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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-03
(45)【発行日】2023-04-11
(54)【発明の名称】溶接電源装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/20 20060101AFI20230404BHJP
   H02M 7/12 20060101ALI20230404BHJP
   H02M 7/155 20060101ALI20230404BHJP
【FI】
B23K9/20 D
H02M7/12 M
H02M7/12 U
H02M7/155 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019163005
(22)【出願日】2019-09-06
(65)【公開番号】P2021041413
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2022-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100086380
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100168044
【弁理士】
【氏名又は名称】小淵 景太
(72)【発明者】
【氏名】藤堂 道隆
(72)【発明者】
【氏名】田中 和裕
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開平4-4976(JP,A)
【文献】実開平2-38173(JP,U)
【文献】特開昭53-118252(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/20
H02M 7/12
H02M 7/155
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スタッドを母材に溶接するアークスタッド溶接のための溶接電流を出力する溶接電源装置であって、
サイリスタを有し、かつ、直流電流であるメイン電流を出力するメイン電流出力部と、
溶接開始時に直流電流であるパイロット電流の出力を開始し、前記メイン電流出力部が前記メイン電流の出力を開始した後も、前記パイロット電流の出力を継続するパイロット電流出力部と、
前記溶接電流の設定値を設定する溶接電流設定部と、
前記設定値が所定電流値以上の場合、前記メイン電流出力部が前記メイン電流の出力を開始した後で、前記スタッドと前記母材とが短絡するまでの期間に、前記パイロット電流出力部からの前記パイロット電流の出力を停止させる制御部と、
を備えている溶接電源装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記溶接電流を、前記パイロット電流から前記設定値まで上昇させるように制御し、前記溶接電流を前記設定値に制御するタイミングで、前記パイロット電流の出力を停止させる、
請求項1に記載の溶接電源装置。
【請求項3】
前記制御部は、前記設定値が前記所定電流値未満の場合、前記スタッドと前記母材とが短絡したときに、前記パイロット電流の出力を停止させる、
請求項1または2に記載の溶接電源装置。
【請求項4】
前記メイン電流の出力開始から、前記スタッドと前記母材とが短絡するまでの溶接時間を設定する溶接時間設定部をさらに備え、
前記制御部は、前記溶接時間が所定時間以上の場合、前記メイン電流出力部が前記メイン電流の出力を開始した後で、前記スタッドと前記母材とが短絡するまでの期間に、前記パイロット電流の出力を停止させる、
請求項1または2に記載の溶接電源装置。
【請求項5】
前記メイン電流出力部は、交流電流を入力される入力端子と、前記メイン電流を出力する出力端子とを備え、
前記パイロット電流出力部は、前記入力端子と前記出力端子との間に接続され、互いに直列接続されたサイリスタおよび抵抗を備えている、
請求項1ないし4のいずれかに記載の溶接電源装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アークスタッド溶接を行うための溶接電源装置に関する。
【背景技術】
【0002】
スタッドを母材に溶接するアークスタッド溶接のための溶接電流を出力する溶接電源装置が知られている。アークスタッド溶接用の溶接電源装置は、例えば2500A程度の大電流を扱う場合、サイリスタによる位相制御で溶接電流を調整している。特許文献1には、サイリスタを備えるアークスタッド溶接用の溶接電源装置が開示されている。当該溶接電源装置は、溶接開始時に、数十A程度の直流電流であるパイロット電流を出力して、スタッドを母材から引き離すことでパイロットアークを発生させる。そして、出力する電流をパイロット電流から溶接電流に切り替えて、メインアークを発生させる。当該溶接電源装置は、サイリスタを含む回路によって整流され、直流リアクトルによって平滑化された直流電流を溶接電流として出力する。
【0003】
アークスタッド溶接用の溶接電源装置は、建築現場間での移動などの利便性のために、小型軽量化が要求されている。当該要求に応じるために、直流リアクトルを備えていない、または、小型でインダクタンス値の小さい直流リアクトルを備えた溶接電源装置が開発されている。このような溶接電源装置においては、小電流領域でのアーク切れの発生が問題になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平4-4977号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、アーク切れの発生を抑制することができる溶接電源装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によって提供される溶接電源装置は、スタッドを母材に溶接するアークスタッド溶接のための溶接電流を出力する溶接電源装置であって、サイリスタを有し、かつ、直流電流であるメイン電流を出力するメイン電流出力部と、溶接開始時に直流電流であるパイロット電流の出力を開始し、前記メイン電流出力部が前記メイン電流の出力を開始した後も、前記パイロット電流の出力を継続するパイロット電流出力部と、前記溶接電流の設定値を設定する溶接電流設定部と、前記設定値が所定電流値以上の場合、前記メイン電流出力部が前記メイン電流の出力を開始した後で、前記スタッドと前記母材とが短絡するまでの期間に、前記パイロット電流出力部からの前記パイロット電流の出力を停止させる制御部とを備えている。
【0007】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記制御部は、前記溶接電流を、前記パイロット電流から前記設定値まで上昇させるように制御し、前記溶接電流を前記設定値に制御するタイミングで、前記パイロット電流の出力を停止させる。
【0008】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記制御部は、前記設定値が前記所定電流値未満の場合、前記スタッドと前記母材とが短絡したときに、前記パイロット電流の出力を停止させる。
【0009】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記メイン電流の出力開始から、前記スタッドと前記母材とが短絡するまでの溶接時間を設定する溶接時間設定部をさらに備え、
前記制御部は、前記溶接時間が所定時間以上の場合、前記メイン電流出力部が前記メイン電流の出力を開始した後で、前記スタッドと前記母材とが短絡するまでの期間に、前記パイロット電流の出力を停止させる。
【0010】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記メイン電流出力部は、交流電流を入力される入力端子と、前記メイン電流を出力する出力端子とを備え、前記パイロット電流出力部は、前記入力端子と前記出力端子との間に接続され、互いに直列接続されたサイリスタおよび抵抗を備えている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、パイロット電流出力部は、溶接開始時にパイロット電流の出力を開始し、メイン電流出力部がメイン電流の出力を開始した後も、パイロット電流の出力を継続する。したがって、溶接電流が小さい場合でも、パイロット電流も出力されているので、アーク切れの発生を抑制することができる。また、制御部は、溶接電流の設定値が所定電流値以上の場合、パイロット電流の出力を停止させる。これにより、アーク切れが発生しにくい大電流領域では、パイロット電流出力部の負担を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】第1実施形態に係る溶接電源装置を備えたアークスタッド溶接システムの全体構成を示すブロック図である。
図2】アークスタッド溶接処理を説明するためのフローチャートである。
図3】アークスタッド溶接処理を説明するためのタイムチャートである。
図4】第1実施形態に係る溶接電源装置の変形例のアークスタッド溶接処理を説明するためのタイムチャートである。
図5】第2実施形態に係る溶接電源装置を備えたアークスタッド溶接システムの全体構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施の形態を、添付図面を参照して具体的に説明する。
【0014】
図1は、第1実施形態に係る溶接電源装置を説明するための図であり、溶接電源装置を備えたアークスタッド溶接システムの全体構成を示すブロック図である。
【0015】
アークスタッド溶接システムAは、溶接電源装置1、パワーケーブル21,22、溶接ガンG、スタッドS、および母材Wを備えている。溶接電源装置1の出力端子aは、パワーケーブル21によって、溶接ガンGに接続されている。スタッドSは、溶接ガンGに取り付けられており、母材Wに接触するように配置されている。溶接電源装置1の出力端子bは、パワーケーブル22によって、母材Wに接続されている。溶接電源装置1は、商用電源Pから供給される交流電流を直流電流に変換して出力する。また、溶接電源装置1は、溶接ガンGの駆動を制御する。溶接電源装置1は、溶接ガンGのガンスイッチが押圧されたときに、数十A程度の直流電流であるパイロット電流を出力する。そして、溶接ガンGを駆動させてスタッドSを母材Wから引き離すことで、アークを発生させる。次に、溶接電源装置1は、溶接電流を所定時間出力してアークによってスタッドSおよび母材Wを溶融させた後に、溶接ガンGの駆動を停止させて、スタッドSを母材Wに押し付けさせる。これにより、スタッドSが母材Wに溶接される。
【0016】
溶接電源装置1は、トランス11、メイン電流出力部12、パイロット電流出力部13、および制御装置14を備えている。
【0017】
トランス11は、商用電源Pから入力される三相交流電圧を降圧(または昇圧)するものであり、本実施形態では、相間リアクトル付二重星形結線の変圧器である。本実施形態では、トランス11は、商用電源Pから入力される200Vの交流電圧を100Vの交流電圧に降圧して出力する。トランス11は、一次側に、Δ結線された一次側巻線111を備えており、二次側に、Y結線(星形結線)された二次側巻線112,113を、それぞれの中性点を相間リアクトル114を介して接続して、六相の出力としたものを備えている。一次側巻線111は、商用電源Pに接続されている。二次側巻線112,113は、メイン電流出力部12の各入力端子に接続されており、相間リアクトル114に設けられたセンタータップは、出力端子bを介して、パワーケーブル22に接続されている。
【0018】
なお、トランス11の回路構成は、上述したものに限定されない。二次側のメイン電流出力部12への出力を六相にしているのは、メイン電流出力部12からの出力をできるだけ平滑化するためである。例えば、より平滑化するために、出力が12相であってもよい。また、より簡略化した回路とするために、二次側巻線113および相間リアクトル114を設けず、出力が三相であってもよい。また、本実施形態においては、一次側巻線111と二次側巻線112,113との結線方式がΔ-Y結線であるが、Δ-Δ結線や、Y-Δ結線、Y-Y結線などの他の結線方式であってもよい。
【0019】
メイン電流出力部12は、溶接電流の中心となる直流電流であるメイン電流を出力する。メイン電流出力部12は、複数のサイリスタを備え、トランス11から入力される交流電流を整流しつつ、位相制御によりメイン電流の調整を行う。本実施形態では、メイン電流出力部12は、6個のサイリスタを備えている。各サイリスタのアノード端子は、互いに接続されて、出力端子aを介して、パワーケーブル21に接続されている。本実施形態では、メイン電流出力部12と出力端子aとの間に、直流リアクトルが接続されていない。各サイリスタのカソード端子は、トランス11の六相の出力にそれぞれ接続されている。また、各サイリスタのゲート端子には、制御装置14から、制御のためのトリガパルスが入力される。制御装置14は、トリガパルスの位相を変化させることで、各サイリスタのターンオンのタイミングを変化させて、メイン電流出力部12が出力するメイン電流を調整する。なお、メイン電流出力部12の回路構成は、上述したものに限定されない。例えば、メイン電流出力部12は、サイリスタとダイオードとからなる混合ブリッジ回路を備え、全波整流を行ってもよい。
【0020】
パイロット電流出力部13は、パイロット電流を出力する。パイロット電流出力部13は、3個のサイリスタおよび抵抗を備えている。各サイリスタは、整流素子として機能し、かつ、スイッチとして機能する。各サイリスタのアノード端子は、互いに接続されて抵抗の一方端に接続されている。抵抗の他方端は、出力端子aに接続されている。各サイリスタのカソード端子は、トランス11の二次側巻線112の各出力にそれぞれ接続されている。つまり、各サイリスタは抵抗に直列接続されており、各サイリスタと抵抗とからなる直列回路が、メイン電流出力部12の入力端子と出力端子(溶接電源装置1の出力端子a)との間に並列接続されている。これにより、溶接電源装置1は、メイン電流にパイロット電流を重畳させて出力することができる。
【0021】
また、各サイリスタのゲート端子には、制御装置14から、オンオフ切換のための制御信号が入力される。制御装置14は、制御信号によって、パイロット電流出力部13の出力のオンオフを切り替える。すなわち、制御装置14は、制御信号により各サイリスタをオンにすることで、トランス11の二次側巻線112の出力と抵抗とを導通させて、パイロット電流を出力させる。一方、制御信号により各サイリスタをオフにすることで、トランス11の二次側巻線112の出力と抵抗とを遮断させて、パイロット電流の出力を停止させる。
【0022】
抵抗は、パイロット電流出力部13が出力するパイロット電流を調整するものである。抵抗の抵抗値は、パイロット電流の設定電流I1を、所望の電流値に設定するように設計される。設定電流I1は、抵抗の抵抗値と、トランス11の二次側巻線112の出力電圧値によって定まる固定された電流値になる。本実施形態では、抵抗の抵抗値が2.5Ωであり、トランス11の二次側巻線112の出力電圧値が100Vなので、設定電流I1は、46(=100×1.15/2.5)A程度になっている。なお、抵抗の抵抗値は限定されない。また、抵抗の許容損失は、パイロット電流を流す時間の最大値である所定時間T0に基づいて設定される。本実施形態では、所定時間T0は例えば0.8sである。なお、所定時間T0は限定されない。本実施形態では、抵抗の抵抗値が2.5Ω、トランス11の二次側巻線112の出力電圧値が100V、使用率の周期時間が10sなので、抵抗での損失Wrは、Wr={(100×1.15)2/2.5}×(0.8/10)=423Wになる。したがって、これを許容できる抵抗が用いられている。
【0023】
なお、パイロット電流出力部13の構成は、上記したものに限定されない。例えば、パイロット電流出力部13は、サイリスタに代えて、スイッチおよびダイオードを備えていてもよい。
【0024】
制御装置14は、溶接電源装置1の各種制御を行う。制御装置14は、溶接電流設定部141、溶接時間設定部142、計時部143、および制御部144を備えている。
【0025】
溶接電流設定部141は、溶接電流の設定値I2を設定する。溶接時間設定部142は、溶接時間T2を設定する。溶接時間T2は、メイン電流の出力開始から、スタッドSと母材Wとを短絡させるまでの時間である。溶接電流の設定値I2および溶接時間T2は、使用するスタッドSのスタッド径などに応じた標準溶接条件として設定されている。操作者は、使用するスタッドSに応じた設定値I2および溶接時間T2を、図示しない操作部の操作により入力することで、溶接電流設定部141および溶接時間設定部142に設定する。なお、制御装置14は、操作者がスタッドSのスタッド径や品番を入力することで、当該スタッドSに応じた設定値I2および溶接時間T2を、溶接電流設定部141および溶接時間設定部142に自動的に設定してもよい。計時部143は、時間を計時するタイマであって、溶接時間T2や、後述するパイロット時間T1、ポストヒート時間T3などの計時を行う。
【0026】
制御部144は、メイン電流出力部12が出力するメイン電流を調整することで、溶接電源装置1が出力する溶接電流を制御する。制御部144は、メイン電流出力部12の各サイリスタにトリガパルスを入力することでメイン電流を出力させ、トリガパルスの位相を変化させることで、各サイリスタのターンオンのタイミングを変化させて、メイン電流を調整する。また、制御部144は、パイロット電流出力部13に制御信号を入力することで、パイロット電流の出力開始および停止を制御する。パイロット電流出力部13がパイロット電流を出力しているときは、メイン電流にパイロット電流が重畳された電流が溶接電流として制御されて、出力端子a,bから出力される。一方、パイロット電流出力部13がパイロット電流を出力していないときは、メイン電流が溶接電流として制御されて、出力端子a,bから出力される。また、制御部144は、図示しない制御線を介して、溶接ガンGの駆動を制御する。
【0027】
図2は、制御部144が行うアークスタッド溶接処理を説明するためのフローチャートである。アークスタッド溶接処理は、溶接ガンGから、ガンスイッチが押圧されたことを示す信号が入力されたときに開始される。操作者は、スタッドSと母材Wとを接触させた状態で、溶接ガンGのガンスイッチを押圧することで、アークスタッド溶接処理を開始させる。
【0028】
まず、パイロット電流の出力が開始される(S1)。具体的には、制御部144は、パイロット電流出力部13に、各サイリスタをオンにする制御信号を出力する。パイロット電流出力部13が出力したパイロット電流は、出力端子a,bから出力され、接触されたスタッドSと母材Wとを流れる。次に、パイロット時間T1の経過が待機される(S2)。パイロット時間T1はあらかじめ設定されており、本実施形態では、例えば20ms程度である。なお、パイロット時間T1は限定されない。次に、溶接ガンGが駆動される(S3)。具体的には、制御部144は、溶接ガンGに駆動指令を出力する。駆動指令を入力された溶接ガンGは、スタッドSを母材Wから引き離す。これにより、スタッドSと母材Wとの間にアークが発生する。パイロット電流の出力が開始されてから、パイロット時間T1が経過するまでの期間を、以下では「パイロット期間」とする。
【0029】
次に、メイン電流の出力が開始される(S4)。具体的には、制御部144は、メイン電流出力部12に、各サイリスタを制御のためのトリガパルスを出力する。メイン電流出力部12が出力したメイン電流は、パイロット電流に重畳されて、出力端子a,bから出力される。制御部144は、トリガパルスの位相を変化させることで、メイン電流出力部12から出力されるメイン電流を調整して、溶接電流をパイロット電流から溶接電流設定部141に設定された設定値I2まで、スロープ時間T4の間に徐々に上昇させる。スロープ時間T4はあらかじめ設定されており、本実施形態では、例えば40ms程度である。なお、スロープ時間T4は限定されない。
【0030】
次に、スロープ時間T4の経過が待機される(S5)。スロープ時間T4が経過したときに、溶接電源装置1から出力される溶接電流は、溶接電流設定部141に設定された設定値I2に制御されている。メイン電流の出力が開始されてから、スロープ時間T4が経過するまでの期間を、以下では「スロープ期間」とする。スロープ期間では、パイロット電流の出力も継続されているので、出力端子a,bからは、メイン電流にパイロット電流が重畳された電流が溶接電流として出力される。
【0031】
次に、設定値I2が所定電流値I0以上であるか否かが判別される(S6)。所定電流値I0は、溶接電流が設定値I2に制御されたときに、アーク切れが発生する可能性があるか否かを判断するためのしきい値である。本実施形態では、所定電流値I0は例えば800Aである。なお、所定電流値I0は限定されない。設定値I2が所定電流値I0以上である場合(S6:YES)、アーク切れがほぼ発生しないと判断できるので、パイロット電流の出力が停止されて(S7)、ステップS9に進む。具体的には、制御部144は、パイロット電流出力部13に、各サイリスタをオフにする制御信号を出力する。これにより、パイロット電流出力部13は、パイロット電流の出力を停止する。つまり、設定値I2が所定電流値I0以上である場合、溶接電流が設定値I2に制御されるタイミングで、パイロット電流の出力が停止され、出力端子a,bからは、メイン電流だけが溶接電流として出力されるようになる。
【0032】
ステップS6において、設定値I2が所定電流値I0未満である場合(S6:NO)、溶接時間T2が所定時間T0以上であるか否かが判別される(S8)。溶接時間T2が所定時間T0以上である場合(S8:YES)、パイロット電流出力部13の抵抗での損失Wrが許容損失を超える可能性があるので、パイロット電流の出力が停止されて(S7)、ステップS9に進む。つまり、溶接時間T2が所定時間T0以上である場合、溶接電流が設定値I2に制御されるタイミングで、パイロット電流の出力が停止され、出力端子a,bからは、メイン電流だけが溶接電流として出力されるようになる。なお、厳密にはパイロット時間T1の間も抵抗で損失が発生するので、ステップS8では(T1+T2)を所定時間T0と比較すべきであるが、パイロット時間T1は溶接時間T2に比べてはるかに小さく、所定時間T0を若干の余裕を持たせた値にしているので、ここでは省略して比較している。なお、ステップS8で(T1+T2)を所定時間T0と比較してもよい。
【0033】
ステップS8において、溶接時間T2が所定時間T0未満である場合(S8:NO)、パイロット電流出力部13の抵抗での損失Wrは許容損失を超えないので、パイロット電流の出力は継続されたまま、ステップS9に進む。実際のアークスタッド溶接においては、設定値I2が所定電流値I0(例えば800A)未満である場合、溶接時間T2が所定時間T0(例えば0.8S)以上になることはない。したがって、実際のアークスタッド溶接が行われているときには、パイロット電流の出力は継続される。一方、溶接電源装置1の製品検査時や、定期的な電流計校正時には、設定値I2が所定電流値I0未満で、かつ、溶接時間T2が所定時間T0以上に設定される場合がある。この場合、アークスタッド溶接は行われておらず、アーク切れを考慮する必要がないので、パイロット電流の出力が停止されても、問題が生じない。
【0034】
次に、メイン電流の出力が開始されてから溶接時間T2の経過が待機される(S9)。メイン電流の出力が開始されてから、溶接時間T2が経過するまでの期間を、以下では「溶接期間」とする。この溶接期間に、アークによって、スタッドSおよび母材Wが加熱されて溶融する。次に、溶接ガンGの駆動が停止される(S10)。具体的には、制御部144は、溶接ガンGに停止指令を出力する。停止指令を入力された溶接ガンGは、溶融したスタッドSを溶融した母材Wに押し付ける。これにより、スタッドSが母材Wに溶接される。
【0035】
次に、パイロット電流の出力が停止される(S11)。スタッドSと母材Wとが短絡して、アークは消滅しているので、アーク切れを抑制するためのパイロット電流は不要である。次に、ポストヒート時間T3の経過が待機される(S12)。ポストヒート時間T3は、溶接電流I2に応じてあらかじめ設定されており、本実施形態では、例えば0.1~0.2s程度である。なお、ポストヒート時間T3は限定されない。次に、メイン電流の出力が停止され(S13)、アークスタッド溶接処理は終了される。具体的には、制御部144は、メイン電流出力部12へのトリガパルスの出力を停止する。溶接ガンGの駆動停止からポストヒート時間T3が経過してメイン電流が停止するまでの期間を、以下では「ポストヒート期間」とする。ポストヒート期間では、溶接電流は設定値I2に制御されたままであり、この期間の通電によりスタッドSおよび母材Wへの加熱が継続され、スタッドSと母材Wとの溶接状態が良くなる。
【0036】
なお、図2のフローチャートに示す処理は一例であって、制御部144が行う、アークスタッド溶接処理は上述したものに限定されない。例えば、ステップS12を設けず(ポストヒート期間を設けず)、溶接期間の終了後、すぐにメイン電流の出力を停止させてもよい。
【0037】
図3は、アークスタッド溶接処理を説明するためのタイムチャートである。同図(a)は、溶接ガンGのガンスイッチの操作状態を示している。同図(b)は、溶接ガンGの駆動状態を示している。同図(c)は、パイロット電流出力部13の動作状態を示している。同図(d)は、メイン電流出力部12の動作状態を示している。同図(e)は、溶接電源装置1から出力される出力電流の波形を示している。同図(f)は、出力電流の波形からリップルを省略した波形を示している。同図(c)においては、設定値I2が所定電流値I0未満であり、かつ、溶接時間T2が所定時間T0未満である場合を実線で示しており、設定値I2が所定電流値I0以上であるか、または、溶接時間T2が所定時間T0以上である場合を太破線で示している。
【0038】
まず、設定値I2が所定電流値I0未満であり、かつ、溶接時間T2が所定時間T0未満である場合について説明する。
【0039】
時刻t1において、ガンスイッチが押圧されてオンになって(図3(a)参照)、溶接が開始されている。このとき、パイロット電流出力部13がオンになって(図3(c)参照)、パイロット電流の出力が開始されている。これにより、出力電流はパイロット電流の設定電流I1になっている(図3(f)参照)。この状態が、時刻t1からパイロット時間T1が経過するまでのパイロット期間において継続している。
【0040】
パイロット期間終了時の時刻t2において、溶接ガンGが駆動されてオンになり(図3(b)参照)、メイン電流出力部12がオンになって(図3(d)参照)、メイン電流の出力が開始されている。時刻t2からスロープ時間T4が経過する時刻t3までのスロープ期間において、出力電流(溶接電流)は、パイロット電流の設定電流I1から設定値I2まで、徐々に上昇する(図3(f)参照)。その後、時刻t2から溶接時間T2が経過する時刻t4まで、出力電流(溶接電流)は設定値I2に固定されている。
【0041】
溶接期間終了時の時刻t4において、溶接ガンGがオフになり(図3(b)参照)、パイロット電流出力部13がオフになって(図3(c)参照)、パイロット電流の出力が停止されている。しかし、出力電流(溶接電流)は設定値I2に制御されたまま、時刻t4からポストヒート時間T3が経過するまでのポストヒート期間において継続している(図3(f)参照)。
【0042】
ポストヒート期間終了時の時刻t5において、メイン電流出力部12がオフになって(図3(d)参照)、メイン電流の出力が停止されている。これにより、出力電流はゼロになっている(図3(f)参照)。
【0043】
次に、設定値I2が所定電流値I0以上であるか、または、溶接時間T2が所定時間T0以上である場合について説明する。
【0044】
時刻t1からt3までは、上記と同様なので、説明を省略する。スロープ期間終了時の時刻t3において、パイロット電流出力部13がオフになって(図3(c)太破線参照)、パイロット電流の出力が停止されている。しかし、出力電流(溶接電流)は設定値I2に制御されたままである(図3(f)参照)。その後、時刻t5までも、上記と同様なので、説明を省略する。
【0045】
次に、本実施形態に係る溶接電源装置1の作用および効果について説明する。
【0046】
本実施形態によると、溶接電源装置1は、メイン電流出力部12と出力端子aとの間に、直流リアクトルを備えていない。したがって、リップルの大きいメイン電流が平滑されずにそのまま出力される。メイン電流は激しく上下するので、スロープ期間において、メイン電流の電流値が「0」に近くなる瞬間がある。しかしながら、本実施形態では、制御部144は、スロープ期間においては、メイン電流に比べてリップルが小さいパイロット電流を、メイン電流に重畳させて出力させる(図3(e)参照)。したがって、溶接電源装置1は、アークに供給される電流が小さくなりすぎることを抑制して、アーク切れが発生することを抑制することができる。
【0047】
また、本実施形態によると、制御部144は、溶接電流の設定値I2が所定電流値I0未満であり、かつ、溶接時間T2が所定時間T0未満の場合、溶接期間においてパイロット電流の出力を継続させ、メイン電流にパイロット電流を重畳させて出力させる(図3(e)参照)。したがって、溶接電源装置1は、アークに供給される電流が小さくなりすぎることを抑制して、アーク切れが発生することを抑制することができる。また、溶接時間T2が所定時間T0未満なので、パイロット電流出力部13の抵抗での損失Wrは許容損失を上回らない。したがって、パイロット電流出力部13の抵抗の焼損を防止することができる。
【0048】
また、制御部144は、溶接電流の設定値I2が所定電流値I0以上の場合、パイロット電流の出力を停止させる(図3(c)太破線参照)。したがって、パイロット電流出力部13の抵抗での損失Wrが許容損失を上回らないので、パイロット電流出力部13の抵抗の焼損を防止することができる。また、設定値I2が所定電流値I0以上なので、アーク切れがほぼ発生しない。また、制御部144は、溶接時間T2が所定時間T0以上の場合、パイロット電流の出力を停止させる。したがって、パイロット電流出力部13の抵抗での損失Wrが許容損失を上回らないので、パイロット電流出力部13の抵抗の焼損を防止することができる。設定値I2が所定電流値I0(例えば800A)未満で、かつ、溶接時間T2が所定時間T0(例えば0.8S)以上になるのは、製品検査時や電流計校正時であり、実際のアークスタッド溶接は行われておらず、アーク切れを考慮する必要がないので、パイロット電流の出力が停止されても、問題が生じない。
【0049】
また、本実施形態によると、パイロット電流出力部13は、サイリスタと抵抗とからなる直列回路をメイン電流出力部12の入力端子と出力端子(溶接電源装置1の出力端子a)との間に並列接続させたものである。したがって、別途、定電流回路を設ける場合などと比べて、パイロット電流出力部13を簡略な回路とすることができるので、溶接電源装置1の小型軽量化および低コスト化に寄与する。
【0050】
なお、本実施形態においては、設定値I2が所定電流値I0以上である場合や、溶接時間T2が所定時間T0以上である場合に、溶接電流が設定値I2に制御されるタイミング(スロープ期間が終了したタイミング)で、パイロット電流の出力が停止される場合について説明したが、パイロット電流の出力停止のタイミングは、これに限定されない。パイロット電流の出力停止のタイミングは、メイン電流の出力を開始した後でスタッドSと母材Wとが短絡するまでの期間のうちのいずれかのタイミングであればよい。例えば、スロープ期間の途中の任意のタイミング(例えばスロープ期間の開始から所定時間後)であってもよいし、スロープ期間終了後の任意のタイミング(例えばスロープ期間の終了から所定時間後)であってもよい。ただし、パイロット電流の出力停止のタイミングが早すぎると、スロープ期間の途中でアーク切れが発生する場合がある。また、パイロット電流の出力停止のタイミングが遅すぎると、パイロット電流出力部13の抵抗での損失Wrが許容損失を超える場合がある。したがって、スロープ期間が終了したタイミングとするのが望ましい。
【0051】
本実施形態においては、直流リアクトルが設けられていない場合について説明したが、これに限られず、メイン電流出力部12と出力端子aとの間に、直流リアクトルが接続されていてもよい。この場合でも、直流リアクトルのインダクタンスが小さいと、メイン電流はリップルを有して上下する。したがって、メイン電流にパイロット電流を重畳させることは、アーク切れの発生をより抑制するために有効である。
【0052】
〔変形例〕
図4は、溶接電源装置1の変形例のアークスタッド溶接処理を説明するためのタイムチャートである。当該変形例のハード構成は、溶接電源装置1のものと同様なので、図示および説明を省略する。当該変形例は、アークスタッド溶接処理において、溶接時間T2と所定時間T0との比較を行わない。図4に示すように、当該変形例のアークスタッド溶接処理は、ステップS6において、設定値I2が所定電流値I0未満である場合(S6:NO)、溶接時間T2と所定時間T0との比較を行うことなく、ステップS9に進む。
【0053】
本変形例においても、制御部144は、スロープ期間においては、メイン電流にパイロット電流を重畳させて出力させるので、アーク切れが発生することを抑制することができる。また、制御部144は、溶接電流の設定値I2が所定電流値I0以上の場合、パイロット電流の出力を停止させるので、パイロット電流出力部13の抵抗の焼損を防止することができる。また、設定値I2が所定電流値I0以上なので、アーク切れがほぼ発生しない。また、制御部144は、溶接電流の設定値I2が所定電流値I0未満の場合、溶接期間においてパイロット電流の出力を継続させ、メイン電流にパイロット電流を重畳させて出力させるので、アーク切れが発生することを抑制することができる。
【0054】
〔第2実施形態〕
図5は、第2実施形態に係る溶接電源装置10を説明するための図であり、溶接電源装置10を備えたアークスタッド溶接システムの全体構成を示すブロック図である。同図において、第1実施形態に係る溶接電源装置1を備えたアークスタッド溶接システム(図1参照)と同一または類似の要素には同一の符号を付して、重複する説明を省略する。
【0055】
本実施形態に係る溶接電源装置10は、パイロット電流出力部13の構成が第1実施形態に係る溶接電源装置1と異なる。
【0056】
本実施形態に係るトランス11は、二次側巻線115をさらに備えている。二次側巻線115は、単相交流を取り出すための補助巻線であり、パイロット電流出力部13に接続されている。二次側巻線115は、取り出した単相交流をパイロット電流出力部13に出力する。
【0057】
本実施形態に係るパイロット電流出力部13は、定電流回路131およびスイッチ132を備えている。定電流回路131は、二次側巻線115から入力された単相交流を、設定電流I1の直流電流に変換して、パイロット電流として出力端子a,bを介して出力する。定電流回路131の内部構成は限定されず、通常知られている定電流回路が用いられる。スイッチ132は、二次側巻線115と定電流回路131とを接続する電力線に配置されており、定電流回路131に単相交流を入力する状態と入力しない状態とを切り替える。パイロット電流出力部13は、制御装置14からスイッチ132をオンにする制御信号を入力された場合、二次側巻線115から単相交流を入力されて、パイロット電流を出力する。一方、制御装置14からスイッチ132をオフにする制御信号を入力された場合、二次側巻線115から単相交流を入力されず、パイロット電流を出力しない。パイロット電流出力部13は、第1実施形態に係るパイロット電流出力部13と異なり、抵抗を備えていないので、抵抗の焼損を考慮する必要がない。したがって、制御装置14(図示を省略している制御部144)は、第1実施形態の変形例に係るアークスタッド溶接処理(図4参照)を行う。なお、パイロット電流出力部13の構成は限定されない。パイロット電流出力部13は、制御装置14から入力される制御信号に応じて、パイロット電流の出力の開始および停止を制御できるものであればよい。
【0058】
本実施形態においても、制御部144は、スロープ期間においては、メイン電流にパイロット電流を重畳させて出力させるので、アーク切れが発生することを抑制することができる。また、制御部144は、溶接電流の設定値I2が所定電流値I0未満の場合、溶接期間においてパイロット電流の出力を継続させ、メイン電流にパイロット電流を重畳させて出力させるので、アーク切れが発生することを抑制することができる。また、制御部144は、溶接電流の設定値I2が所定電流値I0以上の場合、パイロット電流の出力を停止させる。これにより、アーク切れが発生しにくい大電流領域では、パイロット電流出力部13の負担を軽減することができる。
【0059】
本発明に係る溶接電源装置は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る溶接電源装置の各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【符号の説明】
【0060】
1,10:溶接電源装置、12:メイン電流出力部、13:パイロット電流出力部、141:溶接電流設定部、142:溶接時間設定部、144:制御部、S:スタッド、W:母材
図1
図2
図3
図4
図5