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特許7255804状態量推定方法、状態量推定装置、及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-03
(45)【発行日】2023-04-11
(54)【発明の名称】状態量推定方法、状態量推定装置、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/00 20060101AFI20230404BHJP
   G01N 17/02 20060101ALI20230404BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20230404BHJP
【FI】
G01N27/00 L
G01N17/02
G01N27/416 341M
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019161468
(22)【出願日】2019-09-04
(65)【公開番号】P2021039036
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-07-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000232759
【氏名又は名称】日本防蝕工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 達哉
(72)【発明者】
【氏名】田代 賢吉
(72)【発明者】
【氏名】天谷 賢治
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-162928(JP,A)
【文献】特開2014-051713(JP,A)
【文献】特開2019-002073(JP,A)
【文献】特開平08-283969(JP,A)
【文献】特開平05-188030(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00 - G01N 27/44
G01N 17/00 - G01N 17/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質中において犠牲陽極で防食された金属製の構造物の電気防食状態を表す未知の状態量を、状態量推定モデルを用いて推定する状態量推定方法であって、
所定時間の間において電位センサを有する移動体を移動させた際の前記犠牲陽極の周囲の前記電解質中の電位の測定値を取得するステップと、
前記状態量推定モデルを用いて、前の状態から時間的に更新した次の状態を予測するステップと、
前記測定値に基づいて前記次の状態を確率的に最も真値に近い状態に修正するフィルタリング処理を繰り返し行うステップと、
前記移動体の位置、姿勢及び前記犠牲陽極から出力される電流を含む前記状態量の推定値を算出するステップと、を有する、
状態量推定方法。
【請求項2】
前記状態量推定モデルは、誤差を含む前記測定値から、時々刻々と変化する前記状態量を算出するものであり、前記状態量を時間的に更新する状態方程式と、前記状態量を測定値と同じ物理量である観測値に変換する観測方程式とを含み、
相対的に位置が固定された複数の前記電位センサを有する前記移動体により前記犠牲陽極から不明確に離間した位置において不明確な姿勢の状態で観測時間A内において一定のサンプリング間隔Tでn個(n=A/T)の測定値を前記複数のセンサから繰り返し取得するステップと、
前記状態方程式を用いて、時刻t=0のとき、前記状態量の初期状態を生成するステップと、
前記状態方程式を用いてt=1、2、・・・A/Tのとき、前の状態量から次の状態量を予測するステップと、
前記観測方程式を用いて予測した前記次の状態量を前記観測値に変換するステップと、
前記観測値と前記測定値とに基づいて、前記推定値を算出する前記フィルタリング処理を行うステップと、を有する、
請求項1に記載の状態量推定方法。
【請求項3】
前記状態量推定モデルはパーティクルフィルタであって、
t=0のとき、前記状態量の情報を有する多数の粒子の初期状態を生成するステップと、
前記状態方程式を用いてt=1、2、・・・A/Tのとき、前記粒子ごとに前記前の状態から前記次の状態を予測するステップと、
前記観測方程式を用いて前記粒子ごとに予測した前記次の状態を前記観測値に変換するステップと、
前記粒子ごとの前記観測値と前記測定値の尤度を算出して、正規化することで重み付けを行い、加重平均により前記推定値を求める前記フィルタリング処理を行うステップと、
前記粒子の中から尤度が所定以上に高いものを抽出し、抽出された粒子を複製するリサンプリングのステップと、を有する、
請求項2に記載の状態量推定方法。
【請求項4】
前記観測方程式は、偏微分方程式の離散化手法に基づいた電場解析を表す方程式を含む、
請求項2に記載の状態量推定方法。
【請求項5】
電解質中において犠牲陽極で防食された金属製の構造物の電気防食状態を表す未知の状態量を、状態量推定モデルを用いて推定する状態量推定装置であって、
所定時間の間において電位センサを有する移動体を移動させた際の前記犠牲陽極の周囲の前記電解質中の電位の測定値を取得する取得部と、
前記状態量推定モデルを用いて、前の状態から時間的に更新した次の状態を予測し、前記測定値に基づいて前記次の状態を確率的に最も真値に近い状態に修正するフィルタリング処理を繰り返し、前記移動体の位置、姿勢及び前記犠牲陽極から出力される電流を含む前記状態量の推定値を算出する推定部と、を有する、
状態量推定装置。
【請求項6】
前記移動体を更に備え、
前記移動体は、本体部と、
前記本体部に設けられ、鉛直方向に沿って形成された水中翼と、
を備える、
請求項5に記載の状態量推定装置。
【請求項7】
前記本体部は、管状、錐状、多面体形状、枠状のいずれか一つの形状に形成されている、
請求項6に記載の状態量推定装置。
【請求項8】
電解質中において犠牲陽極で防食された金属製の構造物の電気防食状態を表す未知の状態量を、状態量推定モデルを用いて推定するプログラムであって、
コンピュータに、
所定時間の間において電位センサを有する移動体を移動させた際の前記犠牲陽極の周囲の前記電解質中の電位の測定値を取得させ、
前記状態量推定モデルを用いて、前の状態から時間的に更新した次の状態を予測させ、
前記測定値に基づいて前記次の状態を確率的に最も真値に近い状態に修正するフィルタリング処理を繰り返させ、
前記移動体の位置、姿勢及び前記犠牲陽極から出力される電流を含む前記状態量の推定値を算出させる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、犠牲陽極から流れる電流を推定するための状態量推定方法、状態量推定装置、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
水中に設置される鋼製の構造物の腐食を防止するために、一般的に犠牲陽極が用いられる。犠牲陽極には、鋼材よりも電気化学的にイオン化傾向が大きいアルミニウム、亜鉛、マグネシウム等の金属やそれらの合金が使用され、構造物に取り付けられ犠牲陽極自体が腐食することで、構造物の腐食を防止する。犠牲陽極は、経時的に消耗する性質があるため定期的に更新する必要がある。犠牲陽極の健全度の評価を行うため、また、更新時期を把握するために、犠牲陽極の体積測定や重量測定を行い、犠牲陽極の消耗度合を推定する方法がある。例えば、ダイバーが水中の犠牲陽極の周長測定を行い、体積を算出して残寿命を求める方法である。しかしながら、ダイバーによる測定は、安全面に懸念があるばかりか労力が大きく検査作業に時間を要し、コストが増加する。
【0003】
出願人は、既に犠牲陽極の電流を推定し、犠牲陽極の更新時期を予測する手段を提案している(例えば特許文献1)。特許文献1に記載された手法によれば、水中において犠牲陽極の周囲の電位を測定するセンサを有する測定部と、測定部が取り付けられた移動体と、犠牲陽極の近傍に設置され移動体を鉛直方向に摺動させるガイド部とを備えている。この手法によれば、移動体を鉛直方向にガイド部に沿って移動させながらセンサにより検出された電位に基づいて、犠牲陽極から出力される電流を推定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-002073号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載された手法によれば、海中における移動体自身の位置は既知であり、ガイド部に沿って鉛直に移動するという仮定を行っていた。しかしながら、海洋環境においてはうねりや波浪といった様々な自然条件の影響により、犠牲陽極から出力される電流の推定の前提となる測定部の位置が必ずしもガイド部の位置とならず、推定結果が不正確となる場合があるという課題が生じていた。
【0006】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、移動体の位置が不明確な状態でも犠牲陽極から流れる電流を推定することができる状態量推定方法、状態量推定装置、及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明は、電解質中において犠牲陽極で防食された金属製の構造物の電気防食状態を表す未知の状態量を、状態量推定モデルを用いて推定する状態量推定方法であって、所定時間の間において電位センサを有する移動体を移動させた際の前記犠牲陽極の周囲の前記電解質中の電位の測定値を取得するステップと、前記状態量推定モデルを用いて、前の状態から時間的に更新した次の状態を予測するステップと、前記測定値に基づいて前記次の状態を確率的に最も真値に近い状態に修正するフィルタリング処理を繰り返し行うステップと、前記移動体の位置、姿勢及び前記犠牲陽極から出力される電流を含む前記状態量の推定値を算出するステップと、を有することを特徴としている。
【0008】
本発明によれば、水中に設置された犠牲陽極の周囲で電位を測定する場合、移動体が波等の影響で位置及び姿勢が不安定な状態であっても、状態量推定を行うことにより、移動体の位置及び姿勢を算出すると共に、犠牲陽極の電流をも算出することができる。また、本発明によれば、算出された位置及び姿勢から、静電場解析により電位推定値に変換でき、犠牲陽極が形成する電場のみを測定対象とすることができる。本発明によれば、測定部を移動させるレール等の装置が不要となり、測定コストを低減すると共に、ダイバーによる測定を不要とし、安全性を向上させることができる。
【0009】
上記目的を達成するため、前記状態量推定モデルは、誤差を含む前記測定値から、時々刻々と変化する前記状態量を算出するものであり、前記状態量を時間的に更新する状態方程式と、前記状態量を測定値と同じ物理量である観測値に変換する観測方程式とを含み、相対的に位置が固定された複数の前記電位センサを有する前記移動体により前記犠牲陽極から不明確に離間した位置において不明確な姿勢の状態で観測時間A内において一定のサンプリング間隔Tでn個(n=A/T)の測定値を前記複数のセンサから繰り返し取得するステップと、前記状態方程式を用いて、時刻t=0のとき、前記状態量の初期状態を生成するステップと、前記状態方程式を用いてt=1、2、・・・A/Tのとき、前の状態量から次の状態量を予測するステップと、前記観測方程式を用いて予測した前記次の状態量を前記観測値に変換するステップと、前記観測値と前記測定値とに基づいて、前記推定値を算出する前記フィルタリング処理を行うステップと、を有するようにしてもよい。
【0010】
本発明によれば、犠牲陽極が形成する電場の測定値に基づいて、状態方程式と観測方程式を用いて状態量の推定値を繰り返し行う状態量推定を行うことで、犠牲陽極から出力される防食電流を推定することができる。
【0011】
上記目的を達成するため、前記状態量推定モデルはパーティクルフィルタであって、t=0のとき、前記状態量の情報を有する多数の粒子の初期状態を生成するステップと、前記状態方程式を用いてt=1、2、・・・A/Tのとき、前記粒子ごとに前記前の状態から前記次の状態を予測するステップと、前記観測方程式を用いて前記粒子ごとに予測した前記次の状態を前記観測値に変換するステップと、前記粒子ごとの前記観測値と前記測定値の尤度を算出して、正規化することで重み付けを行い、加重平均により前記推定値を求める前記フィルタリング処理を行うステップと、前記粒子の中から尤度が所定以上に高いものを抽出し、抽出された粒子を複製するリサンプリングのステップと、を有するようにしてもよい。
【0012】
本発明によれば、パーティクルフィルタを用いた状態量推定において、尤度を用いて算出した状態量の推定値をフィルタリングすることにより、推定値を確率的に真値に近づけることができ、犠牲陽極から出力される防食電流を最も確からしく推定することができる。
【0013】
上記目的を達成するため、前記観測方程式は、偏微分方程式の離散化手法に基づいた電場解析を表す方程式を含むようにしてもよい。
【0014】
本発明によれば、上記観測方程式を偏微分方程式の離散化手法に従って解くことで電位の計測値を用いて犠牲陽極から出力される防食電流を推定することができる。
【0015】
また、本発明は、電解質中において犠牲陽極で防食された金属製の構造物の電気防食状態を表す未知の状態量を、状態量推定モデルを用いて推定する状態量推定装置であって、所定時間の間において電位センサを有する移動体を移動させた際の前記犠牲陽極の周囲の前記電解質中の電位の測定値を取得する取得部と、前記状態量推定モデルを用いて、前の状態から時間的に更新した次の状態を予測し、前記測定値に基づいて前記次の状態を確率的に最も真値に近い状態に修正するフィルタリング処理を繰り返し、前記移動体の位置、姿勢及び前記犠牲陽極から出力される電流を含む前記状態量の推定値を算出する推定部と、を有することを特徴としている。
【0016】
上記目的を達成するため、前記移動体を更に備え、前記移動体は、本体部と、前記本体部に設けられ、鉛直方向に沿って形成された水中翼と、を備えるようにしてもよい。
【0017】
本発明によれば、移動体が水中を移動する際に、本体部に水中翼が形成されていることにより、本体部の動きが安定し、計測値のばらつきを低減し、状態量推定の精度を向上させることができる。
【0018】
上記目的を達成するため、前記本体部は、管状、錐状、多面体形状、枠状のいずれか一つの形状に形成されているようにしてもよい。
【0019】
本発明によれば、本体部を単純な形状で構成しつつも、水中の抵抗を低減すると共に、製造工程を簡略化してコストダウンすることができる。
【0020】
また、本発明は、電解質中において犠牲陽極で防食された金属製の構造物の電気防食状態を表す未知の状態量を、状態量推定モデルを用いて推定するプログラムであって、コンピュータに、所定時間の間において電位センサを有する移動体を移動させた際の前記犠牲陽極の周囲の前記電解質中の電位の測定値を取得させ、前記状態量推定モデルを用いて、前の状態から時間的に更新した次の状態を予測させ、前記測定値に基づいて前記次の状態を確率的に最も真値に近い状態に修正するフィルタリング処理を繰り返させ、前記移動体の位置、姿勢及び前記犠牲陽極から出力される電流を含む前記状態量の推定値を算出させることを特徴としている。
【0021】
本発明によれば、水中に設置された犠牲陽極の周囲で電位を測定する場合、移動体が波等の影響で位置及び姿勢が不安定な状態であっても、状態量推定モデルを用いることにより、移動体の位置及び姿勢を算出すると共に、犠牲陽極から出力される電流をも算出することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、移動体の位置及び姿勢が不明確な状態でも犠牲陽極から出力される電流を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】構造物に設けられた犠牲陽極の近傍の電位測定状況を示す図である。
図2】状態量推定装置の構成を示すブロック図である。
図3】モデル化した測定部を示す図である。
図4A】状態量推定の処理の流れを示すフローチャートである。
図4B】推定部30において実行される処理の流れを示すフローチャートである。
図5】数値実験の模擬測定データ生成に用いたパラメータを示す図である。
図6】数値実験に用いた状態方程式と粒子生成条件のパラメータを示す図である。
図7】数値実験の結果を示す図である。
図8】推定される電位の数値実験の結果を示す図である。
図9】移動体の構造を示す斜視図である。
図10】移動体の他の構造を示す斜視図である。
図11】移動体の他の構造を示す斜視図である。
図12】移動体の他の構造を示す斜視図である。
図13】移動体の他の構造を示す斜視図である。
図14】移動体の他の構造を示す斜視図である。
図15】移動体の他の構造を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照にしつつ、本発明の状態量推定方法、状態量推定装置、及びプログラムの実施形態について説明する。
【0025】
図1に示されるように、犠牲陽極Pは、例えば、海中に配置された金属製の構造物Uの近傍に所定距離離間して芯金等の固定部Qを介して取り付けられている。犠牲陽極Pは、例えば、アルミニウム、亜鉛、マグネシウム等の金属やそれらの合金が使用されている。犠牲陽極Pは、海中だけでなく、地中に設けられていてもよい。
【0026】
犠牲陽極Pと鋼材との間には、イオン化傾向の差異によって生じる電位差により犠牲陽極Pから構造物Uに向かって海水を電解質として定常的に防食電流(電流I)が流れており、構造物Uを構成する鋼材が電気防食される。このとき犠牲陽極Pの周囲には、犠牲陽極Pから鋼材に電流が流れることにより、電場が形成されている。
【0027】
図2及び図3に示されるように、状態量推定装置1は、犠牲陽極Pの周囲の電位を測定する測定部2と、測定部2に設けられた移動体10と、端末装置15とを備える。状態量推定装置1は、移動体10を用いて犠牲陽極Pの近傍の電位を測定し、測定結果に基づいて犠牲陽極Pで防食された金属製の構造物Uの電気防食状態を表す未知の状態量を、状態量推定モデルを用いて推定するものである。状態量推定装置1は、経時的に移動する移動体10の位置を追跡し、各時刻における移動体10の位置と犠牲陽極から出力される電流の推定値を算出する。
【0028】
移動体10は、例えば、ワイヤ等で水中に吊下された状態から鉛直上方に引き上げられ、または沈降させるように形成された移動体である。移動体10は、鉛直方向に移動するだけでなく横方向や斜め方向に移動してもよい。即ち、移動体10の移動方向に制限は無く、任意の方向に移動するものであってもよい。移動体10の構造については、後に詳述する。
【0029】
移動体10には、複数(例えば、4個)のセンサo,a,b,cが設けられている。複数のセンサo,a,b,cは、電位を検出する電位センサである。複数のセンサo,a,b,cは、例えば、位置計測の基準となるセンサをoとして、3軸方向に3個のセンサa,b,cが所定距離離間すると共に、互いになす角度を一定とした位置関係を保持するように移動体10に取り付けられている。相対位置が固定された複数のセンサo,a,b,cにより、電位が検出され測定値が取得される。測定値は、電位もしくは各センサ間の電位差もしくはその両方が用いられる。
【0030】
海水に浸漬した構造物Uを構成する鋼材の自然電位は、状況によって値が異なるので、測定値に電位差を用いることで、未知の値である鋼材の自然電位の影響をキャンセルできる。電位差による測定値を取得することは実現場の測定において特に有効となる。移動体10には、複数のセンサo,a,b,cに追加されて水深計やレーザー距離計など位置を測定する他のセンサが設けられていてもよい。これらの位置が把握できる他のセンサにより、後述の状態方程式に基づく推定値の精度を向上させることができる。
【0031】
移動体10と端末装置15とは、例えば、有線または無線で接続される。移動体10と端末装置15とは、必ずしも接続される必要はなく、移動体10の測定時のデータが記憶された記憶媒体を介して端末装置15に読み込ませたり、移動体10からネットワークを介したデータ通信等により端末装置15に取得させたりするものであってもよい。
【0032】
端末装置15は、例えば、パーソナルコンピュータ、タブレット型端末、スマートフォン等により構成される。端末装置15は、例えば、測定部2が取得した測定値を取得する取得部20と、取得部20が取得した測定値に基づいて、移動体10の位置及び犠牲陽極から出力される電流を推定する推定部30と、推定部30の演算結果を表示する表示部40と、を備える。取得部20は、測定部2から測定データを取得するインタフェースである。
【0033】
推定部30は、測定部2から取得した測定値に基づいて、測定部2の位置と犠牲陽極Pの電流の推定値を算出する。推定部30は、例えば、測定部2の自己位置、姿勢、及び犠牲陽極Pから出力される電流の推定値を、パーティクルフィルタを用いた状態量推定により算出する。推定部30の演算手法については後述する。
【0034】
推定部30は、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)等のプロセッサがプログラム(ソフトウェア)を実行することで実現される。これらの各機能部のうち一部または全部は、LSI(Large Scale Integration)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)等のハードウェアによって実現されてもよいし、ソフトウェアとハードウェアの協働によって実現されてもよい。プログラムは、予めHDD(Hard Disk Drive)やフラッシュメモリなどの記憶装置に格納されていてもよいし、DVDやCD-ROMなどの着脱可能な記憶媒体に格納されており、記憶媒体がドライブ装置に装着されることで記憶装置にインストールされてもよい。
【0035】
表示部40は、推定部30の演算結果を出力する。表示部40は、例えば、LCD(Liquid Crystal Display)、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイ、LED(Light Emitting Diode)ディスプレイ等の表示装置である。
【0036】
次に、推定部30により実行される状態推定の処理について説明する。
【0037】
推定部30は、測定部2により測定される測定値に基づいて状態量を推定する。測定値は、移動体10を備える測定部2により波等の影響を受けて不安定に移動しながら測定される犠牲陽極Pの近傍の電位である。従って測定値は、犠牲陽極Pから不明確に離間した位置において不明確な姿勢の状態の移動体10に相対的な位置関係が保たれるように設けられた複数のセンサを備える測定部2により測定される。
【0038】
推定部30は、このような観測環境において、状態量推定方法に基づいて犠牲陽極Pから出力される電流を推定する。状態量推定方法とは、状態量推定モデルを用いて未知の状態を推定する手法である。状態量推定モデルは、時々刻々と変化する状態量を算出するものである。状態量推定モデルは、状態方程式(システム方程式)と観測方程式によって記述され、以下の(1)と(2)の過程がある。ここで、状態方程式とは、ある時点の状態量を時間的に更新して新たな状態量を推定する式である。状態方程式は、例えば、状態xに確率的なノイズを付加して時刻t+1の状態xt+1を推定する式である。観測方程式とは、状態量を測定値と同じ物理量である観測値に変換する式である。観測方程式は、例えば、状態xに基づいて確率的なノイズを付加して観測値yを生成する。
【0039】
(1)予測:離散化された状態方程式に基づいて時刻tの状態xを予測し、観測方程式に基づいて観測値yを算出する。(2)フィルタリング:時刻1~時刻tの観測時間内に測定された測定値に基づいて状態xを推定する過程であり、予測した観測値と測定値から未知の状態xを確率的に推定する。
【0040】
ここで、状態量推定手法には、パーティクルフィルタ(粒子フィルタ)、拡張カルマンフィルタや無香カルマンフィルタなどの非線形カルマンフィルタが用いられる。
【0041】
図4Aは、状態推定手法に基づく状態推定方法の処理の流れを示すフローチャートである。状態方程式及び観測方程式を含む状態量推定モデルに基づいて、状態空間を構築する(ステップS1)。例えば、推定部30に状態方程式及び観測方程式を実行させるプログラムを予め端末装置15に入力する。電解質中の犠牲陽極の周囲で移動体10を移動させ測定部2により電位の測定値を取得する(ステップS2)。
【0042】
推定部30は、初期状態の状態量を生成する(ステップS3)。初期状態は、例えば、操作者が端末装置15に任意の値を入力することで与えられる。推定部30は、観測方程式を用いて生成した状態量に基づいて観測値を算出する(ステップS4)。推定部30は、測定部2から得られた計測値と算出した観測値に基づいて次の状態を確率的に最も真値に近い状態に修正するフィルタリング処理を行い、測定部の位置、姿勢及び前記犠牲陽極から出力される電流を含む状態量の推定値を算出する(ステップS5)。
【0043】
推定部30は、状態方程式を用いて推定値を時間的に遷移させた状態量に更新する(ステップS6)。推定部30は、ステップ7で計測期間が終了する等の一定の終了条件が成立するか否かを判定し、終了条件でないと判定した場合、処理をステップ4に戻す。推定部30は、ステップ7で終了条件が成立した場合、繰り返し処理を終了する。上記処理により、推定部30は、移動体10の位置、姿勢及び前記犠牲陽極から出力される電流を含む状態量の推定値を最も真値に近くなるように算出する。
【0044】
以下、一例としてベイズ推定の一手法として知られるパーティクルフィルタを用いた状態量推定について説明する。推定部30は、パーティクルフィルタに基づく予測、観測、及びリサンプリングの手順を繰り返す処理を用いて移動体10の位置、姿勢、及び犠牲陽極Pから出力される電流を算出する。
【0045】
図4Bは、推定部30において実行される処理の流れを示すフローチャートである。推定部30は、移動体10の位置、姿勢、犠牲陽極Pから出力される電流について状態空間モデルを構築する。パーティクルフィルタを用いて推定する手段として移動体10が存在する領域に含まれるN個(Nは自然数)の粒子を設定する。推定部30は、まず、位置、姿勢、及び電流値の情報がランダムに与えられた多数(N個)の粒子を空間に散布して初期状態を生成する(ステップS10)。次に、推定部30は、離散化された状態方程式を用いてN個の粒子が前の状態から時間的に遷移した次の状態の予測値を算出する(ステップS12)。
【0046】
推定部30は、算出したN個の粒子の位置、姿勢を含む状態の予測値に基づいて各センサo,a,b,cの位置(以下電位測定位置)をN個算出する。そして、推定部30は、算出した各センサo,a,b,cの位置及び電流値に基づいて境界要素法を用いた静電場解析を行い、各センサo,a,b,cの電位測定位置において計測される電位の観測値をN個の粒子ごとに観測方程式を用いて算出する(ステップS14)。
【0047】
次に、推定部30は、各センサo,a,b,cから取得した電位の測定値と算出された観測値の推定値とから各粒子の尤度を求める。そして、これらの尤度を正規化することで重み付けし、加重平均を行うことで推定値を算出する(ステップS16)。即ち、推定部30は、移動体10の位置における観測値の推定値が測定値の真値に近付くように電位を確率的に求めるフィルタリング処理を行う。
【0048】
次に、推定部30は、N個の粒子の中から尤度が所定以上に高い粒子を抽出し、抽出された粒子を複製し、新たにN個の粒子を生成して空間に散布するリサンプリングを行う(ステップS18)。次に、ステップS20において推定部30は、計測期間が終了する等の一定の終了条件が成立するか否かを判定し、終了条件でないと判定した場合、処理をステップ12に戻す。推定部30は、ステップ20で終了条件が成立した場合、繰り返し処理を終了する。
【0049】
次に推定部30において実行されるステップS10からS20の各処理の内容について、詳細に説明する。
【0050】
先ず、ステップS10の処理について説明する。
【0051】
推定部30は、N個の粒子を生成する処理を以下の式(1)に基づいて行う。下付き文字tは時刻を表し、上付き文字Tは行列の転置を表す。ただし、tは観測時間Aと一定のサンプリング間隔Tに依存し、その範囲は1~A/Tであり、A/Tは自然数である。
【数1】
式(1)は、犠牲陽極Pの重心を3次元座標系の原点として、測定部2の推定すべき複数のパラメータを含む状態量を状態ベクトルXとして表現したものである。原点は予め解析領域内(もしくは構造物上)の任意の点を設定してもよい。原点は、例えば、構造物の端部に設定してもよいし、構造物の任意の位置に設定してもよい。状態ベクトルXは、例えば、測定部2の基準点の3次元座標のパラメータx,y,zと、測定部2の姿勢を表すオイラー角のパラメータα,β,γと、電流Iとの7個のパラメータを含む。測定部2の姿勢は、オイラー角のみではなく、回転ベクトル、回転行列、クォータニオンなど他の表現方法が用いられてもよい。測定部2の基準点の座標は、2次元座標であってもよい。
【0052】
基準点とは、原点に対するоの座標である。оを基準点として、測定部2の位置及び回転を計算する。測定部2は、測定中に様々な海洋環境の影響を受けて回転するため、状態ベクトルXにおいてオイラー角のパラメータα,β,γを用いて姿勢が表現されている。
【0053】
電流Iは犠牲陽極Pから出力される電流である。電流Iは、測定の間は定常値として設定されている。
【0054】
推定部30は、初期状態(時刻t=0)において、正規分布に従った乱数を発生させて状態ベクトルXの各パラメータに初期値を与え、状態ベクトルXに基づくN個の粒子を生成する。
【0055】
次に、ステップS12の処理について説明する。
【0056】
推定部30は、生成したN個の粒子の時間的に遷移した状態を推定する処理を以下の式(2)に基づいて行う。式(2)は、前回(時刻t)の状態から所定時間後(時刻t+1)の移動体10の姿勢、位置、及び電流の推定値を算出する状態方程式である。前回の状態とは、初期状態(時刻t=0)の場合は初期状態を示し、繰り返し処理の過程では後述のリサンプリング後の状態(時刻t)を示す。
【0057】
【数2】
ここで、Fは非線形の関数であり、wはシステムノイズを表す。ただし、システムノイズwは正規分布に従う。Fは、例えば、後述のようにランダムウォークモデルが用いられる。推定部30は、式(2)に基づいて、前回(時刻t)の状態から所定時間後(時刻t+1)に遷移したN個の粒子の状態を予測した予測値を算出する。
【0058】
次に、ステップS14の処理について説明する。
【0059】
推定部30は、各センサo,a,b,cの位置において観測される電位の観測値の推定値をN個の粒子ごとに算出する。ステップS12で算出したN個の粒子のパラメータは、位置、姿勢及び電流が算出されている。予測した位置、姿勢のパラメータを用いることで、各センサo,a,b,cの位置が算出される。
【0060】
測定部2において基準点はセンサоの位置に設定される。予測した座標が与えられたセンサоの位置を粒子の位置とすると、測定部2は剛体なので、センサa,b,cの位置は、センサоの位置に対して相対位置が常に一定となる。
【0061】
推定部30は、算出した位置及び姿勢の値に基づいてセンサa,b,cの位置(3次元座標)を算出する。このとき、複数のセンサo,a,b,cの位置を電位測定位置と呼ぶ。基準点となるセンサoの三次元座標と測定部2の姿勢が与えられたときの各センサa,b,cの位置に相当する電位測定位置を算出する具体的な方法は以下の通りである。
【0062】
基準点となる電位測定位置oと電位測定位置a,b,c間の相対位置ベクトルを定数ベクトルa,b,cと表記する(図3参照)。基準点となる電位測定位置oと各電位測定位置a,b,cとの関係は式(3)に従う。
【数3】
ただし、Ezαtyβtzγtは回転行列であり、以下の式(4)で表される。
【数4】
なお、0はゼロベクトルである。推定部30は、式(3)、式(4)に基づいて、測定部2の位置と姿勢の値を用いて、電位測定位置p(p=o,a,b,c)を算出する。電位測定位置p(p=o,a,b,c)において観測されるのは電位の値なので、推定部30は、電位と電位測定位置pとの関係を算出する。
【0063】
次に、推定部30は、算出した電位測定位置p(p=o,a,b,c)に基づいて、犠牲陽極Pから出力される電流Iが与えられたときの電位測定位置における電位φ(φ=φotφatφbtφct)を静電場解析により算出する。非線形関数Hを用いた観測方程式は以下の式(5)のようにモデル化できる。Yは観測値をまとめた観測ベクトル、Hは非線形の関数、vは観測ノイズを表す。
【数5】
【0064】
以下、静電場解析について説明する。電解質(海水)に囲まれた領域Ωを考え、領域内においてイオンの損失や増加が生じないと仮定する。領域Ω内の電位φは以下の式(6)のラプラス方程式を満たす。本実施形態では、電位φは金属に対する海水の電位を考えている。そのため、通常電気化学で用いる溶液に対する金属の電位の符号を逆転させている。
【0065】
【数6】
式(6)より通常の境界要素法の定式化に従い、境界積分方程式(7)を導く。ただし、Γは境界、iは電流密度を表す。
【数7】
定電位、定電流密度の条件下では式(7)は式(8)のように変形できる。
【0066】
【数8】
sは犠牲陽極Pの表面積を、κは電気伝導度を表す。ここでφ(q,p)は3次元ラプラス方程式の基本解であり、次式(9)で表される。
【数9】
上式において、rは境界上の点qから領域内部の点pまでのベクトルrの大きさを表す。式(8)を離散化することで、電位測定位置pにおける電位推定値を数値的に解くことができる。
【0067】
次に、ステップS16の処理について説明する。
【0068】
は、各センサo,a,b,cの電位の測定値としても得られるので、推定部30は、観測値の推定値と電位の測定値とを比較して観測値の推定値に対応するN個の粒子の尤度を算出する。
【0069】
推定部30は、各センサo,a,b,cから取得部20を介して電位の測定値を取得する。時刻tにおける電位測定位置をo,a,b,cとし、各測定位置における電位の測定値をφot,φat,φbt,φctと表記する。電位測定位置pで測定された電位の測定値には、ノイズ成分が含まれている。
【0070】
次に、尤度の求め方と加重平均について説明する。
【0071】
測定された電位φ'は、式(10)に示すように電位の真の値φとノイズεに分離することができる。
【数10】
このノイズεが平均0、標準偏差Rのガウス分布に従うとすると、尤度Pは式(11)により算出できる。
【数11】
ただし、xは各粒子の情報から求めた電位の観測値である。
【0072】
推定部30は、尤度が大きいともっともらしく、その粒子が持つ情報は信頼でき、小さいとあまり信頼できないと評価する。本実施形態では、センサo,a,b,cの4箇所で電位の測定を行うため、測定値は4種類存在する。そのため、尤度も4種類算出する(P,P,P,P)。上述したような尤度を使った評価をするためには、尤度を一つにまとめる必要がある。そこで推定部30は、式(12)を用い、尤度を統一して取り扱う。尤度は確率と同様に取り扱うことができ、4種類の尤度は「PかつPかつPかつP」の関係にあるので、積により一つにまとめられる。
【0073】
【数12】
続いて推定部30は、得られた尤度を、式(13)を用いて正規化し、重みとして処理する。
【数13】
ただしNは粒子数であり、iは粒子に割り振ったIDである。推定部30は、式(14)を用いてこの重みを使って加重平均を行い、推定値を算出する。
【数14】
加重平均を行うことにより、推定値に対する信頼のできる粒子(尤度の大きな粒子)の寄与を大きくすることができる。
【0074】
次に、ステップS18の処理について説明する。
【0075】
推定部30は、N個の粒子の中から尤度が所定以上に高い粒子を抽出するリサンプリングを行う。推定部30は、抽出した粒子を複製することでN個の粒子を生成して空間に散布する。新たに散布されたN個の粒子は、前回の状態のN個の粒子が存在する領域よりも、移動体10の位置の真値により近い領域に散布される。推定部30は、時刻を遷移させ、ステップS12からの処理を繰り返す。即ち、推定部30は、算出した次の状態を示すN個の粒子を確率的に真値に近づけるように次の状態を修正するフィルタリング処理を繰り返す。
【0076】
推定部30は、上記処理を例えば、移動体10で計測した時間内でA/T回繰り返す。これにより、推定部30は、各時刻における移動体10の位置、姿勢および犠牲陽極から出力される電流を推定し、電位の推定値を更新することができる。
【0077】
上述したように、推定部30は、式(1)に示した7種類のパラメータが与えられたときに、電位測定位置pを算出し、電位測定位置pにおける電位の計算を行って、計算結果に基づいて犠牲陽極Pから出力される電流Iを算出することができる。
【0078】
以下、推定部30により実行される処理の有効性を数値実験により検証する。具体的には、実環境を模擬した境界要素法計算を行い、予め設定した電位測定位置における電位を計算し、乱数により生成した誤差を付加して模擬測定データとする。そして、模擬測定データに対して本手法を適用し、犠牲陽極Pの電流、移動体10自身の位置および姿勢を推定する。本数値実験では、一つの犠牲陽極Pが形成する電場から推定値を求める問題を扱った。
【0079】
図5には、数値実験の模擬測定データ生成に用いたパラメータが示されている。実験では、犠牲陽極Pの重心を原点とする右手座標系を用いた。犠牲陽極は0.05W×0.05D×0.5Hmの直方体とし、出力電流は1Aとした。測定線は原点から0.2m離れた鉛直線とし、測定線上の31箇所において電位を計算した。各電位測定位置はoを基準点として以下のように表すことができる。すなわち、a,b,cはそれぞれ、基準点からx軸方向に+0.25m、y軸方向に+0.25m、z軸方向に+0.25mの位置である。
【0080】
上述のように測定位置を仮定し、各時刻における測定位置を予め算出する。ただし、オイラー角α,β,γ、水深方向のz座標はそれぞれ+0.2度、-0.3度、0度、-0.05mの条件で移動するとした。そして、各時刻における4箇所の測定位置における電位を算出した。また、これらの電位に正規分布N(0,0.001)に従う乱数を加えて模擬測定データとした。括弧内の各成分は正規分布の平均値と標準偏差であり、電気伝導率は4.5S/mとした。
【0081】
実験では、状態方程式は、式(15)に示すランダムウォークモデルに従うとした。
【数15】
bは入力ベクトルであり、一定時間後の移動体10の移動量を表す。
【0082】
図6には、数値実験に用いた状態方程式と粒子生成条件のパラメータが示されている。図中のAveとSDはそれぞれ正規分布の平均値と標準偏差を表す。また粒子生成条件とは、初期の時間ステップにおける粒子を生成するための条件である。計算の時間ステップΔtは1s、ステップ数は31、そして粒子数は3,000とした。
【0083】
図7(a),(c)に示されるように、x,z座標の推定値が正解値を十分な精度で再現できている様子が認められた。図7(b)に示されるように、y座標の初期の時間ステップにおいて異なる座標が推定され、時間を経るに従って正解値に収束している様子が認められた。粒子生成時の条件が正解値と異なる曖昧なパラメータを有するため、このように異なる座標が推定された。以上により、初期の粒子生成条件が不明な場合でも状態量の推定が可能であることが確認された。
【0084】
図7(d),(e),(f)に示されるように、各オイラー角の推定において、状態方程式が実際の測定部の姿勢をモデル化できていないと推察された。すなわち、各オイラー角における入力ベクトルは模擬測定データとは異なるパラメータであり、システムノイズは標準偏差の大きな曖昧なパラメータとした。本数値実験では、上述したパラメータとして入力ベクトルに0度、システムノイズにはN(0,2)の正規分布に従う乱数を用いた。
【0085】
推定結果のグラフから、推定値は正解値を十分な精度で再現できていることが認められた。これは、標準偏差が大きいシステムノイズを用いたためである。以上の結果から、状態方程式が実際の状態を反映できていない場合でも十分な精度で状態量を推定できることが確認された。図7(g)から、陽極出力電流の推定値は、正解値と比較して誤差約3%と十分な精度で推定できていた。
【0086】
図8に、基準点oにおける電位の測定値の推定結果を示す。正解値において、t=16s付近で電位が卑化している様子が認められた。これは、模擬測定データに加えた測定誤差の影響である。移動体10が犠牲陽極付近を通過したため、t=16s付近で電位が貴化し、電位のピークが現れている。測定時の位置誤差の影響が大きい犠牲陽極近傍を含めて、推定値が正解値を再現できていた。
【0087】
上述したように、状態量推定装置1によれば、電位の測定値から移動体10自身の位置と陽極出力電流を推定する一般化状態推定問題を、パーティクルフィルタを用いて解くことにより、移動体10自身の位置や姿勢が未知な条件下でも、陽極出力電流を適切に評価できることができる。状態量推定装置1によれば、犠牲陽極Pの測定において測定部2を移動させるための水中に設置されるレール等の装置が不要となり、測定コストを低減すると共に、ダイバーによる測定を不要とし、安全性を向上させることができる。
【0088】
次に、移動体10の構造について説明する。水中を移動する移動体10は、種々の形状により形成されていてもよい。上述したように、移動体10は、ワイヤ(不図示)等により吊下げられ、水中を任意の方向に移動する物体である。移動体10は、犠牲陽極Pにより生じる電場により電磁誘導を受けないように、樹脂等で形成されている。移動体10は、金属を絶縁被覆したもの、セラミックコーティングしたもの、FRP、木材等の他の材料が用いられてもよい。移動体10は、電磁誘導を受けない材料であればどのような材料で形成されていてもよい。
【0089】
図9に示されるように、移動体10は、円管状に形成された本体部11を備える。電位を測定する複数のセンサo、a、b、cは、本体部11に相対的な位置関係が保たれるように設けられている。複数のセンサo、a、b、cは、相対的な位置関係が保たれるのであればどのような取り付け位置であってもよい。複数のセンサo、a、b、cは、本体部11の内部に取り付けられ、移動体10が移動した際の抵抗が低減されると共に、ケーブルの引っ掛かりが防止される。移動体10には、複数本の電位センサが最低限設けられていればよいが、精度を向上させるために水深計やレーザー距離計など移動体10の位置情報を取得するような機器が更に設けられていてもよい。
【0090】
本体部11の内側の壁面11Aには、管軸L方向に沿って複数の水中翼12が形成されている。水中翼12は、例えば、壁面11Aの周方向に等間隔に3個設けられている。水中翼12は、管軸L方向から見て本体部11の中心に向かって突出するように形成されている。水中翼12の個数は増減されてもよい。水中翼12は、本体部11の側面側に設けられていてもよい。水中翼12が形成されることにより、移動体10が鉛直方向に移動した際に本体部11が水平方向に移動することや、管軸L周りに回転することが抑制され、安定性が向上する。
【0091】
図10に示されるように、移動体10は、三角断面の管状に形成された本体部11を備える。本体部11は、3枚の矩形の板状体11a,11b,11cの互いの長辺が接して形成されている。板状体11a,11b,11cは、水中翼として機能する。電位を測定する複数のセンサo、a、b、cは、本体部11に相対的な位置関係が保たれるように設けられている。複数のセンサo、a、b、cは、本体部11の内部に取り付けられ、移動体10が移動した際の抵抗が低減されると共に、ケーブルの引っ掛かりが防止される。
【0092】
板状体11a,11b,11cにより移動体10の構成が簡略化されると共に、水中翼として機能することにより、移動体10が鉛直方向に移動した際に本体部11が水平方向に移動することや、管軸L周りに回転することが抑制され、安定性が向上する。
【0093】
図11に示されるように、移動体10は、本体部11が3本の円管11B,11C,11Dが組み合わされて形成されてもよい。円管11B,11C,11Dは、水中翼として機能する。電位を測定する複数のセンサo、a、b、cは、本体部11に相対的な位置関係が保たれるように設けられている。複数のセンサo、a、b、cは、本体部11の内部に取り付けられ、移動体10が移動した際の抵抗が低減されると共に、ケーブルの引っ掛かりが防止される。
【0094】
円管11B,11C,11Dにより移動体10の構成が簡略化されると共に、水中翼として機能することにより、移動体10が鉛直方向に移動した際に本体部11が水平方向に移動することや、管軸L周りに回転することが抑制され、安定性が向上する。
【0095】
図12に示されるように、本体部11が3本の円管11B,11C,11Dが組み合わされて形成された移動体10は、内部の3本の円管11B,11C,11Dが互いに接する部分が切り取られて円管11B,11C,11Dの側面のみで形成されてもよい。移動体10は、このように形成されることにより、水中移動時の抵抗が低減されると共に、円管11B,11C,11Dが水中翼として機能する。従って、移動体10は、鉛直方向に移動した際に本体部11が水平方向に移動することや、管軸L周りに回転することが抑制され、安定性が向上する。
【0096】
図13に示されるように、移動体10は、本体部11が矩形の枠体で形成されていてもよい。移動体10は、2次元で電位を測定するように複数のセンサo、a、cが相対的な位置関係が保たれるように本体部11に設けられている。複数のセンサo、a、cは、本体部11の外部に設けられている。本体部11には、移動を安定化させるために水中翼が設けられていてもよい。枠状に形成された移動体10により、構成を簡略化することができる。
【0097】
図14に示されるように、本体部11が矩形の枠体で形成された移動体10は、3次元で電位を測定するように本体部11の下部にアーム状の突出部13が形成されている。電位を測定する複数のセンサo、a、b、cは、本体部11に相対的な位置関係が保たれるように設けられている。複数のセンサo、a、b、cは、本体部11の外部に設けられている。本体部11には、移動を安定化させるために水中翼が設けられていてもよい。枠状に形成された移動体10により、構成を簡略化することができる。
【0098】
本体部11は、矩形の枠体で形成されるだけでなく、三角形や多角形の枠体で形成されていてもよい。また、これらの本体部11には、1つ以上のアーム状の突出部を設けて、奥行き方向の測定を可能にした形状としてもよい。
【0099】
図15に示されるように、移動体10は、本体部11が三角錐状に形成されていてもよい。本体部11は、4枚の三角形の板状体11E,11F,11G,11Hが組み合わされて形成されている。電位を測定する複数のセンサo、a、b、cは、本体部11に相対的な位置関係が保たれるように設けられている。複数のセンサo、a、b、cは、本体部11の外部に取り付けられる。
【0100】
移動体10は、例えば、鉛直下方向に沈降させるとセンサc方向に流体の流線が集中し、後流の発生が抑制され、水中抵抗が低減される。また、2個の本体部11を上下反対方向に接続し、上下方向に移動して水の抵抗を低減させるようにしてもよい。また、本体部11には、移動を安定化させるために水中翼が設けられていてもよい。本体部11は、三角錐の他、円錐、四角錐等の他の錐状の形状に形成されていてもよい。本体部11の形状は、この他、柱体、錐体、双錐体などの多面体形状に形成されてもよい。
【0101】
上述したそれぞれの移動体10は、必ずしも水位計を取り付ける必要はないが、水位計を取り付けることで、水位計の情報を用いて状態量推定装置1の推定精度を向上させてもよい。移動体10へのセンサの配置は2次元的であってもよいし、3次元的であってもよい。しかし、状態量推定装置1の推定精度を向上させるためには3次元的にセンサを配置することが望ましい。上述したそれぞれの移動体10に、錘を吊下げて安定性を向上させるようにしてもよい。
【0102】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば、上記実施形態では状態量推定において、パーティクルフィルタを用いていたが、拡張カルマンフィルタ、無香カルマンフィルタ等他の状態量推定方法を用いてもよい。また、測定部10の姿勢は、オイラー角の他に、回転ベクトル、回転行列、クォータニオン等を用いてもよい。また、静電場解析に用いる偏微分方程式の離散化手法は、境界要素法の他に、有限要素法、有限体積法、差分法等を用いてもよい。また、防食電流推定方法は、犠牲陽極Pから出力される電流だけでなく、構造物に生じる腐食の評価や、電気設備、装置の電流測定の評価に用いてもよい。
【符号の説明】
【0103】
1 状態量推定装置
2 測定部
10 移動体
11 本体部
11a、11b、11c、11E、11F、11G、11H 板状体
11A 壁面
11B、11C、11D 円管
12 水中翼
13 突出部
15 端末装置
20 取得部
30 推定部
40 表示部
a、b、c、o センサ
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15