(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-03
(45)【発行日】2023-04-11
(54)【発明の名称】多能性幹細胞による胎児発育不全に伴う脳障害の改善及び治療
(51)【国際特許分類】
A61K 35/545 20150101AFI20230404BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20230404BHJP
A61P 25/14 20060101ALI20230404BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20230404BHJP
C12N 5/0775 20100101ALN20230404BHJP
【FI】
A61K35/545
A61P25/00
A61P25/14
A61P25/28
C12N5/0775
(21)【出願番号】P 2019525672
(86)(22)【出願日】2018-06-20
(86)【国際出願番号】 JP2018023511
(87)【国際公開番号】W WO2018235878
(87)【国際公開日】2018-12-27
【審査請求日】2021-05-13
(31)【優先権主張番号】P 2017120900
(32)【優先日】2017-06-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】514121804
【氏名又は名称】株式会社生命科学インスティテュート
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 義朗
(72)【発明者】
【氏名】北瀬 悠磨
(72)【発明者】
【氏名】清水 忍
(72)【発明者】
【氏名】水野 正明
(72)【発明者】
【氏名】早川 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】出澤 真理
(72)【発明者】
【氏名】辻 雅弘
【審査官】深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-159895(JP,A)
【文献】佐藤義朗,周産期疾患に対するMuse細胞を用いた新規治療法の開発,再生医療 第16回日本再生医療学会総会プログラム・抄録,2017年02月01日,Vol.16, Suppl,p.179[SY-17-4],ISSN 1347-7919
【文献】鈴木俊彦ほか,新生児低酸素性虚血性脳症に対するMultilineage-differentiating stress enduring cellsを用いた幹細胞療法,日本周産期・新生児医学会雑誌,2016年06月,第52巻, 第2号,p.608,ISSN 1348-964X
【文献】周産期医学,2010年,Vol.40, No.2,pp.205-208,ISSN 0386-9881
【文献】周産期医学,2013年,Vol.43, No.2,pp.208-212,ISSN 0386-9881
【文献】杉山裕一朗、外10名,新生児低酸素性虚血性脳症モデルラットにおける間葉系幹細胞療法の検討,再生医療、第15回日本再生医療学会総会プログラム・抄録,2016年02月01日,Vol.15、Suppl,p.261,ISSN 1347-7919
【文献】Dev. Neurosci.,2015年,Vol.37,pp.95-104,ISSN 0378-5866
【文献】Trends in Glycoscience and Glycotechnology,2009年,Vol. 21, No. 120,pp. 207-218
【文献】Trends in Glycoscience and Glycotechnology,2009年,Vol. 21, No. 120,pp. 197-206
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞から分離されたSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む、胎児発育不全に伴う後障害を改善及び/又は治療するための細胞製剤であって、前記多能性幹細胞が、以下:
(i)CD105陽性;
(ii)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(iii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iv)腫瘍性増殖を示さない;及び
(v)セルフリニューアル能を持つ
の全ての性質を有するものであ
り、
前記胎児発育不全に伴う後障害が、運動の質の異常、神経学的発達の異常、脳性麻痺、認知障害、及び行動異常からなる群から選択される、上記細胞製剤。
【請求項2】
前記胎児発育不全に伴う後障害が、運動の質の異常及び神経学的発達の異常からなる群から選択される、請求項1に記載の細胞製剤。
【請求項3】
外部ストレス刺激によりSSEA-3陽性の多能性幹細胞が濃縮された細胞画分を含む,請求項1
又は2に記載の細胞製剤。
【請求項4】
前記多能性幹細胞が、CD117陰性及びCD146陰性である、請求項1
~3のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【請求項5】
前記多能性幹細胞が、CD117陰性、CD146陰性、NG2陰性、CD34陰性、vWF陰性、及びCD271陰性である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【請求項6】
前記多能性幹細胞が、CD34陰性、CD117陰性、CD146陰性、CD271陰性、NG2陰性、vWF陰性、Sox10陰性、Snai1陰性、Slug陰性、Tyrp1陰性、及びDct陰性である、請求項1~
5のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【請求項7】
前記多能性幹細胞が脳組織に生着する能力を有する、請求項1~
6のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【請求項8】
ヒト新生児、乳児又は幼児対象に前記多能性幹細胞を治療上有効量として約1×10
5細胞/個体~約1×10
8細胞/個体で投与する、請求項1~
7のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【請求項9】
ヒト新生児、乳児又は幼児対象に前記多能性幹細胞を治療上有効量として、該対象一個体あたり約1×10
5細胞/kg~約1×10
8細胞/kgを体重換算した細胞量を投与する、請求項1~
8のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療における細胞製剤に関する。より具体的には、多能性幹細胞を含有する、胎児発育不全に伴う脳障害の治療に有効な細胞製剤及び新規な治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胎児発育不全(fetal growth retardation:FGR、又はintrauterine growth restriction:IUGR)は、種々の原因で発症するが、妊娠中期発症の妊娠高血圧症候群によるFGRは、胎盤を介した慢性的な低酸素血症、循環不全、栄養障害などが複合的に作用し、精神発達遅延、認知障害などの神経学的後障害の原因となっており、その治療法は確立されていない。現在、胎児発育不全は、全妊娠の約8~10%に見られ、周産期死亡例の約18%、胎児死亡例の約31%に認められる。また、胎児発育不全は、出生児の身長及び体重がともに基準値を下回る病態(small-for-gestational age:SGA)となる原因であり、神経学的後障害のハイリスク群である。この神経学的後障害を予防するために種々の治療介入が試みられてきているが、いずれも著効はしていない(非特許文献1)。
【0003】
近年、再生医療分野において、幹細胞を用いた細胞療法が様々な疾患に対して研究が行われ、臨床応用への可能性が期待されている幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞)、神経幹/前駆細胞(NSPC)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、臍帯血幹細胞(UCBC)が知られている。
【0004】
また、骨髄間葉系細胞画分(MSC)は、成体から単離され、例えば、骨、軟骨、脂肪細胞、神経細胞、骨格筋等に分化する能力を有することが知られている(非特許文献2及び3)。しかしながら、MSCは様々な細胞を含む細胞群であり、その分化能の実体が分かっておらず、治療効果にバラつきが大きい。また、成体由来の多能性幹細胞としてiPS細胞(特許文献1)が報告されているが、iPS細胞の樹立には、間葉系細胞である皮膚線維芽細胞画分に特定の遺伝子や特定の化合物を体細胞に導入するという極めて複雑な操作を必要とすることに加え、iPS細胞が高い腫瘍形成能力を有することから、臨床応用への極めて高いハードルが存在している。
【0005】
本発明者らの一人である出澤の研究により、間葉系細胞画分に存在し、誘導操作なしに得られる、SSEA-3(Stage-Specific Embryonic Antigen-3)を表面抗原として発現している多能性幹細胞(Multilineage-differentiating Stress Enduring cells;Muse細胞)が間葉系細胞画分の有する多能性を担っており、組織再生を目指した疾患治療に応用できる可能性があることが分かってきた。また、Muse細胞は、間葉系細胞画分を種々のストレスで刺激することにより濃縮できることもわかってきた(特許文献2;非特許文献4)。しかしながら、胎児発育不全に伴う脳障害の改善及び/又は治療にMuse細胞を使用し、期待される治療効果が得られることを明らかにした例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4183742号公報
【文献】国際公開第2011/007900号
【非特許文献】
【0007】
【文献】O’Keeffe M.J.,et al.,Pediatrics,Vol.112,p.301-307(2003)
【文献】Dezawa,M.,et al.,J.Clin.Invest.,Vol.113,p.1701-1710(2004)
【文献】Dezawa,M.,et al.,Science,Vol.309,p.314-317(2005)
【文献】Wakao,S,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.108,p.9875-9880(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、再生医療において、多能性幹細胞(Muse細胞)を用いた新たな医療用途を提供することを目的とする。より具体的には、本発明は、Muse細胞を含む、胎児発育不全に伴う脳障害の治療に有効な細胞製剤及び医薬組成物、並びに新規な治療方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、妊娠ラットの子宮動脈にアメロイドコンストリクター(AC)を装着し、慢性的な虚血モデルを作製し、静脈注射によりMuse細胞を投与することによって、発育不全に伴う脳障害(例えば、学習障害、運動障害)が改善されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞から分離されたSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む、胎児発育不全に伴う脳障害を改善及び/又は治療するための細胞製剤。
[2]外部ストレス刺激によりSSEA-3陽性の多能性幹細胞が濃縮された細胞画分を含む、上記[1]に記載の細胞製剤。
[3]前記多能性幹細胞が、CD105陽性である、上記[1]又は[2]に記載の細胞製剤。
[4]前記多能性幹細胞が、CD117陰性及びCD146陰性である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の細胞製剤。
[5]前記多能性幹細胞が、CD117陰性、CD146陰性、NG2陰性、CD34陰性、vWF陰性、及びCD271陰性である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の細胞製剤。
[6]前記多能性幹細胞が、CD34陰性、CD117陰性、CD146陰性、CD271陰性、NG2陰性、vWF陰性、Sox10陰性、Snai1陰性、Slug陰性、Tyrp1陰性、及びDct陰性である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の細胞製剤。
[7]前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の細胞製剤:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ。
[8]胎児発育不全に伴う脳障害が、運動の質の異常、神経学的発達の異常、脳性麻痺、認知障害、行動異常、及び運動障害からなる群から選択される、上記[1]~[7]のいずれかに記載の細胞製剤。
[9]前記多能性幹細胞が脳組織に生着する能力を有する、上記[1]~[8]のいずれかに記載の細胞製剤。
[10]ヒト新生児、乳児又は幼児対象に前記多能性幹細胞を治療上有効量として約1×105細胞/個体~約1×108細胞/個体で投与する、上記[1]~[9]のいずれかに記載の細胞製剤。
[11]ヒト新生児、乳児又は幼児対象に前記多能性幹細胞を治療上有効量として、該対象一個体あたり約1×105細胞/kg~約1×108細胞/kgを体重換算した細胞量を投与する、上記[1]~[10]のいずれかに記載の細胞製剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、胎児発育不全に伴う脳障害を患っている対象に対し、Muse細胞を静脈等から投与することにより、障害脳組織に選択に集積させ、その組織内でMuse細胞が脳組織を構成する細胞に分化するという脳組織再生メカニズムによって、脳障害を劇的に縮小させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1A】Muse細胞投与群(「Muse」)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)、細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))のみを添加した群(「vehicle」)、及びシャムオペ群(「sham」)の胎児発育不全モデルラットの行動改善について負の走他性試験を行った結果を示す。各群について、日齢8~11のラットを用いて、連続4日間、1日1回、試験を実施した結果を表す。
【
図1B】
図1Aと同様に、負の走他性試験を行った結果であるが、各ラットにおいて全4日分の計測時間(秒)を合計し、4で割った平均値の結果を表す。
【
図2】Muse細胞投与群(「Muse」)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)、及び細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))のみを添加した群(「vehicle」)の胎児発育不全モデルラットの運動機能改善についてロータロッド試験を行った結果を示す。
【
図3】Muse細胞投与群(「Muse」)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)、及び細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))のみを添加した群(「vehicle」)の胎児発育不全モデルラットの情動行動(多動性など)についてオープンフィールド試験を行った結果を示す。Aは、一定時間における被験動物の移動距離(distance)の結果を示し、Bは、不動時間(time immobile)の結果を示し、及びCは、自発運動開始回数(mobile episodes)の結果を示す。
【
図4A】Muse細胞投与群(「Muse」)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)、細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))のみを添加した群(「vehicle」)、及びシャムオペ群(「sham」)の胎児発育不全モデルラットの行動改善について負の走他性試験を行った結果を示す。Aは、各群について、日齢8~11のラットを用いて、走他性試験を行った結果であるが、連続4日間、1日1回、試験を実施した結果を表す。
【
図4B】
図1Aと同様に、Bは、各ラットにおいて全4日分の計測時間(秒)を合計し、4で割った平均値の結果を表す。
【
図5】Muse細胞投与群(「Muse」)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)、細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))のみを添加した群(「vehicle」)、及びシャムオペ群(「sham」)の胎児発育不全モデルラットの行動改善について負の走他性試験を行った結果を示す。
【
図6】Muse細胞投与群(「Muse」)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)、細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))のみを添加した群(「vehicle」)、及びシャムオペ群(「sham」)の胎児発育不全モデルラットの記憶学習や視覚的認知記憶の改善について新奇対象認識試験を行った結果を示す。ラットによる新奇物体への認識率を用いて評価した。
【
図7】Muse細胞投与群(「Muse」)(n=21)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)(n=20)、基液(HBSS液)のみを添加した群(「vehicle」)(n=18)、及びシャムオペ群(「sham」)(n=25)の胎児発育不全モデルラット(日齢9)の行動改善について負の走他性試験を行った結果を示す。各群について、日齢8~11のラットを用いて、走他性試験を行った結果であるが、連続4日間、1日1回、試験を実施した結果を表す。
【
図8】Muse細胞投与群(「Muse」)(n=12)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)(n=12)、基液(HBSS液)のみを添加した群(「vehicle」)(n=9)、及びシャムオペ群(「sham」)(n=16)の胎児発育不全モデルラット(生後1か月)の運動機能改善についてロータロッド試験を行った結果を示す。
【
図9】Muse細胞投与群(「Muse」)(n=12)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)(n=12)、基液(HBSS液)のみを添加した群(「vehicle」)(n=11)、及びシャムオペ群(「sham」)(n=15)の胎児発育不全モデルラット(生後1か月)の自発的な運動活動及び空間的作業記憶についてY迷路試験を行った結果を示す。
【
図10】Muse細胞投与群(「Muse」)(n=12)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)(n=12)、基液(HBSS液)のみを添加した群(「vehicle」)(n=11)、及びシャムオペ群(「sham」)(n=16)の胎児発育不全モデルラット(生後5か月)の運動機能改善についてロータロッド試験を行った結果を示す。
【
図11】Muse細胞投与群(「Muse」)(n=12)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)(n=12)、基液(HBSS液)のみを添加した群(「vehicle」)(n=11)、及びシャムオペ群(「sham」)(n=16)の胎児発育不全モデルラット(生後5か月)の情動行動(多動性など)についてオープンフィールド試験を行った結果を示す。左図は、一定時間における被験動物の移動距離の結果を示し、中央図は、不動時間の結果を示し、及び右図は、自発運動開始回数(明所と暗所間の移動回数)の結果を示す。
【
図12】Muse細胞投与群(「Muse」)(n=10)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)(n=11)、基液(HBSS液)のみを添加した群(「vehicle」)(n=9)、及びシャムオペ群(「sham」)(n=16)の胎児発育不全モデルラット(生後1か月)の運動機能改善についてロータロッド試験を行った結果を示す。
【
図13】Muse細胞投与群(「Muse」)(n=10)、非Muse細胞投与群(「nonMuse」)(n=11)、基液(HBSS液)のみを添加した群(「vehicle」)(n=9)、及びシャムオペ群(「sham」)(n=16)の胎児発育不全モデルラット(生後5か月)の運動機能改善についてロータロッド試験を行った結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、SSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む、胎児発育不全に伴う脳障害を改善及び/又は治療するための細胞製剤及び医薬組成物、並びに新規な治療方法に関する。本発明を以下に詳細に説明する。
【0014】
1.適用疾患とその診断
本発明は、SSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む細胞製剤又は医薬組成物を用いて、胎児発育不全に伴う脳障害の改善及び治療を目指す。一般的には、周産期(ヒトでは妊娠22週から出生後7日未満の時期)における発育不全には、胎児期に起因する子宮内(胎児)発育不全と出生後に身体発育が抑制される子宮外発育不全がある。ここで、「胎児発育不全」(又は「子宮内発育不全」)とは、種々の原因で胎児発育が抑制された状態である。胎児因子としては、多胎、胎児奇形、染色体異常症、先天感染(先天性風疹、先天性サイトメガロウイルス感染症、先天性トキソプラズマ感染症、先天性ヘルペス感染症)など)があり、胎盤・臍帯因子としては、胎盤形成不全、絨毛膜下血腫、前置胎盤、絨毛膜羊膜炎、臍帯付着部異常、臍帯茎捻転、臍帯結節が挙げられる。母体因子としては、妊娠高血圧症候群、心疾患、高血圧、腎疾患、糖尿病、膠原病、呼吸器疾患、自己免疫性疾患などの母体の基礎疾患に加え、喫煙、飲酒、薬剤服用などの生活習慣も原因となる。胎児奇形、染色体異常、先天感染など明らかに胎児の中枢神経系に影響を及ぼす症例を除いたとしても、子宮内発育不全児は正常発育児に比べて発達予後が劣るとされている。特に頭囲発育が抑制されている症例では、その傾向が著しいことが知られている。
【0015】
胎児発育不全は、胎児の発育が阻害される時期によって、「均衡型」と「不均衡型」に大別される。「均衡型」では、細胞増殖が阻害されるため、細胞が不足し、頚部、体幹、四肢の発育が同程度に抑制され、均整のとれた体型だが、全体的に小さいという特徴を有する。また、出生後の予後は、胎児自体に発育阻害因子があるために予後が悪いという傾向がある。妊娠初期における胎児側の主な原因は、染色体異常、先手奇形、胎内艦船、アルコール中毒などが挙げられる。一方、「不均衡型」では、局所的(主に体幹)に細胞の大きさが小さく、頭部の発育は見られるが、体幹の発育が抑制されるため、痩せた体型となることを特徴とする。発症頻度は、「均衡型」の約2~3倍である。出生後の予後は、発育阻害因子が胎盤血流障害(胎児栄養失調)にあるため、予後は比較的良好となる。
【0016】
ここで、「胎児発育不全」の定義としては、一般的に、「出生時の身長・体重がともに基準値の10パーセンタイルを下回る」(SGA)、「妊娠週(日)数相当の発育より胎児の推定体重が10パーセンタイルを下回る」、又は「標準化された胎児体重推定式を用いた場合、標準値の-1.5SD以下である」が知られている。ここで、胎児発育不全の診断に関して、初期症状がないが、通常、超音波検査において判明することが多く、さらには、上述したように、標準化された胎児体重推定式(エイプス法)を用いて診断することがより好ましいとされる。具体的には、下記の式を用いる。
EFW(g)=1.07×BPD3+0.30×AC2×FL
(式中、EFW:推定胎児体重(estimated fetal weight)、BPD:児頭大黄径(biparietal diameter)、AC:腹囲(abdominal circumference)、及びFL:大腿骨長(femur length))
【0017】
臨床的な対処としては、胎児発育不全と診断された胎児は、胎児の状態をバイオフィジカル・プロファイル・スコア(BPS)を用いて評価しながら、適切な時期に分娩を行い、胎外治療に移行するのが一般的である。出生後、新生児では、死亡、多血症、血小板減少、白血球減少、胆汁うっ滞、消化管異常、低血糖、心不全・肺出血、運動の質の異常、脳性麻痺等が見られ、小児に至っては、低身長、神経学的発達の異常(認知障害、行動異常)等が見られ、さらに成人に至っては、耐糖能異常、心・血管異常、脂質異常糖が見られる。このように、胎児発育不全に伴って様々な後障害が生じる。
【0018】
本発明は、胎児発育不全に伴う後障害のうち、特に、胎盤・臍帯因子に起因した低酸素血症、循環不全、栄養障害などの複合的かつ慢性的な要因による後障害、特に、運動の質の異常(例えば、運動の定位性・秩序性低下、運動のレパートリーの低下など)や神経学的発達の異常(例えば、知能・認知の低下、学業上の問題、行動の問題、社会への適応性の低下など)の改善及び治療を目指す。上記の通り、本発明は、胎児発育不全に伴う脳障害を改善及び治療の対象とするが、特に、慢性低灌流(虚血)に起因した脳障害を適用疾患とし、これは、出生前又は出生時の何らかのイベントを伴う低酸素虚血に起因した周産期脳障害と区別される。
【0019】
本発明によれば、上記の適用疾患を治療するために、後述する細胞製剤及び医薬組成物を対象に投与(以下、総じて「移植」と記述することがある。)し、適用疾患の改善及び/又は治療を可能にする。ここで、「改善」とは、胎児発育不全に伴う脳障害の緩和及び進行の抑制を意味し、好ましくは、日常生活に差し支えない程度にまで症状を緩和することを意味する。また、「治療」とは、胎児発育不全に伴う脳障害を抑制すること又は完全に消失させることをいう。
【0020】
2.細胞製剤及び医薬組成物
(1)多能性幹細胞
本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用される多能性幹細胞は、典型的には、本発明者らの一人である出澤氏が、ヒト生体内にその存在を見出し、「Muse(Multilineage-differentiating Stress Enduring)細胞」と命名した細胞である。Muse細胞は、骨髄液、脂肪組織(Ogura,F.,et al.,Stem Cells Dev.,Nov 20,2013(Epub)(published on Jan 17,2014))や真皮結合組織等の皮膚組織から得ることができ、各臓器の結合組織にも散在する。また、この細胞は、多能性幹細胞と間葉系幹細胞の両方の性質を有する細胞であり、例えば、それぞれの細胞表面マーカーである「SSEA-3(Stage-specific embryonic antigen-3)」と「CD105」のダブル陽性として同定される。したがって、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、これらの抗原マーカーを指標として生体組織から分離することができる。また、Muse細胞はストレス耐性であり、間葉系組織又は培養間葉系細胞から種々のストレス刺激により濃縮することができる。本発明の細胞製剤には、ストレス刺激によりMuse細胞が濃縮された細胞画分を用いることもできる。Muse細胞の分離法、同定法、及び特徴などの詳細は、国際公開第WO2011/007900号に開示されている。また、Wakaoら(2011、上述)によって報告されているように、骨髄、皮膚などから間葉系細胞を培養し、それをMuse細胞の母集団として用いる場合、SSEA-3陽性細胞の全てがCD105陽性細胞であることが分かっている。したがって、本発明における細胞製剤及び医薬組成物において、生体の間葉系組織又は培養間葉系幹細胞からMuse細胞を分離する場合は、単にSSEA-3を抗原マーカーとしてMuse細胞を精製し、使用することができる。なお、本明細書においては、胎児発育不全に伴う脳障害を改善及び/又は治療するための細胞製剤及び医薬組成物において使用され得る、SSEA-3を抗原マーカーとして、生体の間葉系組織又は培養間葉系組織から分離された多能性幹細胞(Muse細胞)又はMuse細胞を含む細胞集団を単に「SSEA-3陽性細胞」と記載することがある。また、本明細書においては、「非Muse細胞」とは、生体の間葉系組織又は培養間葉系組織に含まれる細胞であって、「SSEA-3陽性細胞」以外の細胞を指す。後述する実施例においては、ヒトMuse細胞の分離及び同定に関する国際公開第WO2011/007900号に記載された方法に準じて、MSCからSSEA-3及びCD105陽性細胞を除いた細胞集団を非Muse細胞として用いた。
【0021】
簡単には、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、細胞表面マーカーであるSSEA-3に対する抗体を単独で用いて、又はSSEA-3及びCD105に対するそれぞれの抗体を両方用いて、生体組織(例えば、間葉系組織)から分離することができる。ここで、「生体」とは、哺乳動物の生体をいう。本発明において、生体には、受精卵や胞胚期より発生段階が前の胚は含まれないが、胎児や胞胚を含む胞胚期以降の発生段階の胚は含まれる。哺乳動物には、限定されないが、ヒト、サル等の霊長類、マウス、ラット、ウサギ、モルモット等のげっ歯類、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ロバ、ヤギ、フェレット等が挙げられる。本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用されるMuse細胞は、生体の組織から直接マーカーを用いて分離される点で、胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞と明確に区別される。また、「間葉系組織」とは、骨、滑膜、脂肪、血液、骨髄、骨格筋、真皮、靭帯、腱、歯髄、臍帯、臍帯血などの組織及び各種臓器に存在する組織をいう。例えば、Muse細胞は、骨髄や皮膚、脂肪組織から得ることができる。例えば、生体の間葉系組織を採取し、この組織からMuse細胞を分離し、利用することが好ましい。また、上記分離手段を用いて、線維芽細胞や骨髄間葉系幹細胞などの培養間葉系細胞からMuse細胞を分離してもよい。本発明の細胞製剤及び医薬組成物においては、使用されるMuse細胞は、レシピエントに対して自家であってもよく、又は他家であってもよい。
【0022】
上記のように、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA-3陽性、及びSSEA-3とCD105の二重陽性を指標にして生体組織から分離することができるが、ヒト成人皮膚には、種々のタイプの幹細胞及び前駆細胞を含むことが知られている。しかしながら、Muse細胞は、これらの細胞と同じではない。このような幹細胞及び前駆細胞には、皮膚由来前駆細胞(SKP)、神経堤幹細胞(NCSC)、メラノブラスト(MB)、血管周囲細胞(PC)、内皮前駆細胞(EP)、脂肪由来幹細胞(ADSC)が挙げられる。これらの細胞に固有のマーカーの「非発現」を指標として、Muse細胞を分離することができる。より具体的には、Muse細胞は、CD34(EP及びADSCのマーカー)、CD117(c-kit)(MBのマーカー)、CD146(PC及びADSCのマーカー)、CD271(NGFR)(NCSCのマーカー)、NG2(PCのマーカー)、vWF因子(フォンビルブランド因子)(EPのマーカー)、Sox10(NCSCのマーカー)、Snai1(SKPのマーカー)、Slug(SKPのマーカー)、Tyrp1(MBのマーカー)、及びDct(MBのマーカー)からなる群から選択される11個のマーカーのうち少なくとも1個、例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個又は11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。例えば、限定されないが、CD117及びCD146の非発現を指標に分離することができ、さらに、CD117、CD146、NG2、CD34、vWF及びCD271の非発現を指標に分離することができ、さらに、上記の11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。
【0023】
また、本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用される上記特徴を有するMuse細胞は、以下:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ
からなる群から選択される少なくとも1つの性質を有してもよい。本発明の一局面では、本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用されるMuse細胞は、上記性質を全て有する。ここで、上記(i)について、「テロメラーゼ活性が低いか又は無い」とは、例えば、TRAPEZE XL telomerase detection kit(Millipore社)を用いてテロメラーゼ活性を検出した場合に、低いか又は検出できないことをいう。テロメラーゼ活性が「低い」とは、例えば、体細胞であるヒト線維芽細胞と同程度のテロメラーゼ活性を有しているか、又はHela細胞に比べて1/5以下、好ましくは1/10以下のテロメラーゼ活性を有していることをいう。上記(ii)について、Muse細胞は、in vitro及びin vivoにおいて、三胚葉(内胚葉系、中胚葉系、及び外胚葉系)に分化する能力を有し、例えば、in vitroで誘導培養することにより、肝細胞、神経細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、骨細胞、脂肪細胞等に分化し得る。また、in vivoで精巣に移植した場合にも三胚葉に分化する能力を示す場合がある。さらに、静注により生体に移植することで損傷を受けた臓器(心臓、皮膚、脊髄、肝、筋肉等)に遊走及び生着し、組織に応じた細胞に分化する能力を有する。上記(iii)について、Muse細胞は、浮遊培養では増殖速度約1.3日で増殖するが、浮遊培養では1細胞から増殖し、胚様体様細胞塊を作り14日間程度で増殖が止まる、という性質を有するが、これらの胚様体様細胞塊を接着培養に持っていくと、再び細胞増殖が開始され、細胞塊から増殖した細胞が広がっていく。さらに精巣に移植した場合、少なくとも半年間は癌化しないという性質を有する。また、上記(iv)について、Muse細胞は、セルフリニューアル(自己複製)能を有する。ここで、「セルフリニューアル」とは、1個のMuse細胞から浮遊培養で培養することにより得られる胚様体様細胞塊に含まれる細胞から3胚葉性の細胞への分化が確認できると同時に、胚様体様細胞塊の細胞を再び1細胞で浮遊培養に持っていくことにより、次の世代の胚様体様細胞塊を形成させ、そこから再び3胚葉性の分化と浮遊培養での胚様体様細胞塊が確認できることをいう。セルフリニューアルは1回又は複数回のサイクルを繰り返せばよい。
【0024】
また、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞を含む細胞画分は、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に外的ストレス刺激を与え、該外的ストレスに耐性の細胞以外の細胞を死滅させ、生き残った細胞を回収することを含む方法によって得られる、以下の性質の少なくとも1つ、好ましくは全てを有する、SSEA-3陽性及びCD105陽性の多能性幹細胞が濃縮された細胞画分であってもよい。
(i)SSEA-3陽性;
(ii)CD105陽性;
(iii)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(iv)三胚葉に分化する能力を持つ;
(v)腫瘍性増殖を示さない;及び
(vi)セルフリニューアル能を持つ。
【0025】
上記外的ストレスは、プロテアーゼ処理、低酸素濃度での培養、低リン酸条件下での培養、低血清濃度での培養、低栄養条件での培養、熱ショックへの曝露下での培養、低温での培養、凍結処理、有害物質存在下での培養、活性酸素存在下での培養、機械的刺激下での培養、振とう処理下での培養、圧力処理下での培養又は物理的衝撃のいずれか又は複数の組み合わせであってもよい。例えば、上記プロテアーゼによる処理時間は、細胞に外的ストレスを与えるために合計0.5~36時間行うことが好ましい。また、プロテアーゼ濃度は、培養容器に接着した細胞を剥がすとき、細胞塊を単一細胞にばらばらにするとき、又は組織から単一細胞を回収するときに用いられる濃度であればよい。プロテアーゼは、セリンプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、システインプロテアーゼ、金属プロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ又はN末端スレオニンプロテアーゼであることが好ましい。さらに、前記プロテアーゼがトリプシン、コラゲナーゼ又はジスパーゼであることが好ましい。
【0026】
また、本発明の細胞製剤に使用される上記特徴を有するMuse細胞は、後述するように、静脈投与等により生体に投与後、障害脳組織に生着する。その後、Muse細胞は、該組織を構成する細胞に分化し、胎児発育不全に伴う脳障害を改善及び/又は治療するものと考えられる。
【0027】
(2)細胞製剤及び医薬組成物の調製及び使用
本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、限定されないが、上記(1)で得られたMuse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団を生理食塩水や適切な緩衝液(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁させることによって得られる。この場合、自家又は他家の組織から分離したMuse細胞数が少ない場合には、投与前に細胞を培養して、所定の細胞濃度が得られるまで増殖させてもよい。なお、すでに報告されているように(国際公開第WO2011/007900号パンフレット)、Muse細胞は、腫瘍化しないため、生体組織から回収した細胞が未分化のまま含まれていても癌化の可能性が低く安全である。また、回収したMuse細胞の培養は、特に限定されないが、通常の増殖培地(例えば、10%仔牛血清を含むα-最少必須培地(α-MEM))において行うことができる。より詳しくは、上記国際公開第WO2011/007900号を参照して、Muse細胞の培養及び増殖において、適宜、培地、添加物(例えば、抗生物質、血清)等を選択し、所定濃度のMuse細胞を含む溶液を調製することができる。ヒト対象に本発明の細胞製剤又は医薬組成物を投与する場合には、ヒトの腸骨から数mL程度の骨髄液を採取し、例えば、骨髄液からの接着細胞として骨髄間葉系幹細胞を培養して有効な治療量のMuse細胞を分離できる細胞量に達するまで増やした後、Muse細胞をSSEA-3の抗原マーカーを指標として分離し、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。あるいは、例えば、Muse細胞をSSEA-3の抗原マーカーを指標として分離後、有効な治療量に達するまで細胞を培養して増やした後、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。
【0028】
また、Muse細胞の細胞製剤及び医薬組成物への使用においては、該細胞を保護するためにジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入及び増殖を防ぐために抗生物質等を細胞製剤及び医薬組成物に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)や間葉系幹細胞に含まれるMuse細胞以外の細胞又は成分を細胞製剤及び医薬組成物に含有させてもよい。当業者は、これら因子及び薬剤を適切な濃度で細胞製剤及び医薬組成物に添加することができる。
【0029】
上記で調製される細胞製剤及び医薬組成物中に含有するMuse細胞数は、胎児発育不全に伴う脳障害の改善及び/又は治療において所望の効果(例えば、運動の質の改善、神経学的発達の改善)が得られるように、対象の性別、年齢、体重、患部の状態、使用する細胞の状態等を考慮して、適宜、調整することができる。後述する実施例1においては、妊娠ラットの子宮内にアメロイドコンストリクター(AC)を装着し、胎児の慢性虚血を起こさせることにより、子宮内発育モデルを作製した。この親から出生した、胎児発育不全に陥ったモデルラットを治療対象とし、Muse細胞移植の治療効果を検討した。体重約15~20gの該モデルラットに対しては、SSEA3陽性細胞を1×104細胞/頭(一個体あたり)で投与することにより、非常に優れた効果が得られた。この結果からヒト新生児(生後28日以内)、乳児(生後1年未満)、又は幼児(生後1~6年)の一個体あたり約1×105細胞/kg~約1×108細胞/kgを体重換算した細胞量を投与することで優れた効果が得られることが期待される。例えば、新生児の体重を約1,000gとした場合、投与量としては概算で約1×105細胞/個体~約1×108細胞/個体が有効であると考えられる。一方で、血管への細胞投与による閉塞を防ぐために、1回投与分の量として、例えば、SSEA-3陽性細胞を1×107細胞/個体以下で細胞製剤に含有させるとよい。ここで個体はラット、ヒトを含むがこれに限定されない。また、本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、所望の治療効果が得られるまで、複数回(例えば、2~10回)、適宜、間隔(例えば、1日に2回、1日に1回、1週間に2回、1週間に1回、2週間に1回)をおいて投与されてもよい。したがって、対象の状態にもよるが、治療上有効量としては、例えば、一個体あたり1×104細胞~1×107細胞で1~10回の投与量が好ましい。一個体における投与総量としては、限定されないが、1×105細胞~1×108細胞、1×105細胞~5×107細胞、1×105細胞~1×107細胞、1×105細胞~5×106細胞、1×105細胞~1×106細胞、5×105細胞~1×108細胞、5×105細胞~5×107細胞、5×105細胞~1×107細胞、5×105細胞~5×106細胞、5×105細胞~1×106細胞、1×106細胞~1×108細胞、1×106細胞~5×107細胞、1×106細胞~1×107細胞、1×106細胞~5×106細胞などが挙げられる。
【0030】
本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、胎児発育不全に伴う脳障害を改善及び治療対象とするが、投与時期としては、神経学的症状、発達遅延を認めた後と考えられるが、胎児発育不全の強い場合は、出生後すぐであってもよい。すなわち、受傷直後に投与されることが好ましいが、受傷後の遅い時期、例えば、受傷から1時間後、1日後、1週間後、1カ月後、3カ月後、6カ月後であっても、本発明の細胞製剤等の効果が期待できる。また、使用されるMuse細胞は、他家由来の場合でも免疫応答を惹起しないことが本発明者らの実験で確認されているので、胎児発育不全に伴う脳障害の改善及び治療において所望の効果が得られるまで適宜投与されてもよい。なお、後述する実施例2~4では、上述した子宮内発育モデルから出生したモデルラット(以下、「胎児発育不全モデルラット」と称することがある。)を用いたMuse細胞による、胎児発育不全に伴う脳障害の改善において、行動学的評価を行うと、該脳障害の改善が顕著に見られた。
【0031】
なお、本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用されるMuse細胞は、疾患部位に集積する性質を有する。したがって、細胞製剤又は医薬組成物の投与において、それらの投与部位(例えば、腹腔内、筋内、疾患部位)、投与される血管の種類(静脈及び動脈)等は限定されない。また、投与されたMuse細胞が疾患部位に到達し、生着したことを確認する方法としては、例えば、予め蛍光タンパク質(例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP))を発現するように遺伝子導入されたMuse細胞を作製し、生体に投与後、蛍光を検出できるシステム(例えば、IVIS(登録商標)Imaging System(住商ファーマインターナショナル株式会社))によって観察し、Muse細胞の動態を確認することができる。なお、本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用されるMuse細胞はヒト由来であるため、ラットとは異種の関係にある。モデル動物において異種の細胞等が投与される実験では、異種細胞の生体内で拒絶反応を抑制するために、異種細胞の投与前又は同時に免疫抑制剤(シクロスポリンなど)が投与されてもよい。
【0032】
3.胎児発育不全を惹起する子宮内発育モデルの作製
本明細書においては、本発明の細胞製剤及び医薬組成物による胎児発育不全に伴う脳障害(例えば、運動の質の異常、神経学的発達の異常)の改善及び治療効果を検討するために、妊娠ラットにおいて発育不全を惹起する子宮内発育モデルを構築し、該ラットから出生した脳障害を有するラットを用いることができる。この子宮内発育モデルは、限定されないが、例えば、妊娠17日目のラットの子宮動脈の4か所にアメロイドコンストリクター(ameroid constrictor:AC)(内径:0.45mm、0.40mmなど)、マイクロコイル(内径:0.24mmなど)を装着し、胎児の慢性的な虚血を起こさせることにより作製することができる。使用されるACは、その内部にカゼインを含み、内部に切れ込みと中心に穴を有し、幅広なチタン製リングで覆われている。慢性的な虚血を起こす作用機序としては、ACの内部に含まれるカゼインは、吸水により徐々に膨張し、穴が小さくなることに伴って、ACが装着された子宮動脈部分の径が狭まることにより虚血を起こさせることができる。なお、子宮内発育モデルに使用可能なラットは、限定されないが、一般的に、Wistar/ST系ラット、スプラーグドーリー(SD)系ラットが挙げられる。
【0033】
4.胎児発育不全モデルラットにおけるMuse細胞による改善及び治療効果
本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、ヒトを含む哺乳動物における胎児発育不全に伴う脳障害を改善及び/又は治療することができる。本発明によれば、上記で作製される子宮内発育モデルから出生した胎児発育不全ラットモデルを用いて、実験的に胎児発育不全に伴う脳障害のラットにおけるMuse細胞による症状の改善等を検討し、該Muse細胞の効果を評価することができる。具体的な評価方法としては、ラットを用いた脳機能を評価する一般的な実験系を用いて行うことができ、例えば、行動学的評価として、負の走地性試験(negative geotaxis)、ロータロッド試験(Rota Rod Test)、オープンフィールド試験(Open Field Test)、シャトルアボイダンス試験(Shuttle Avoidance Test)、新奇対象認識試験(Novel Object Recognition Test)、キャットウォーク試験(Cat Walk Test)、モリス水迷路試験(Morris Water Maze Test)などが挙げられる。
【0034】
「負の走地性試験」は、被験動物がある刺激から離れて行動を開始するまでの時間を計測して、評価する方法である。例えば、ラットを傾斜板に頭を下に向けて置き、上に向き治る運動反応を時間計測により行うことができ、これにより、反射成立までの時間を脳機能の改善の指標にすることが可能である。
【0035】
「ロータロッド試験」は、被験動物のもつ運動機能の協調性と平衡感覚を測定する装置を用いた試験である。具体的には、一定の加速ができる回転棒をもつ装置に被験動物を乗せ、ゆっくりした回転から徐々に加速してゆく。その状態で被験動物が回転棒から落下せずに、回転に合せて歩くことができる時間を調べる。繰り返しテストすることで、運動学習機能についても検査することが可能である。
【0036】
「オープンフィールド試験」は、新奇な一定の空間(例えば、60(W)×60(D)×40(H)cmのボックス)に被験動物を入れ、被験動物の探索行動などの情動行動を観察することに基づく。観察者が被験動物の行動を実際に記録するとともに、ビデオカメラでも撮影し、データを抽出し、活動性/情動性の指標(例えば、移動距離、静止時間、中心での滞在率)を評価することができる。
【0037】
「シャトルアボイダンス試験」は、音や光に対する被験動物の条件反応行動を観察する装置を用いた試験であり、学習障害を評価することができる。これは、被験動物が一つの部屋に音を鳴らし、また光を点灯させた後に、床に電流を流し、この電気刺激を回避するために被験動物は別の部屋に避難する。この繰り返しにより、被験動物における学習障害の有無を評価することができる。
【0038】
「新奇対象認識試験」は、被験動物を2つの物体を置いた空間で自由探索させた後、片方を新奇な物体と置換し、被験動物の新しい物体への探索時間の増減を測定することによって、記憶学習や視覚的認知記憶を評価することができる。
【0039】
「キャットウォーク試験」は、内部にLEDを照射した透明なガラス板の上を被験動物に歩かせ、内部全反射の原理で接触面だけを光らせた足跡を下からビデオ撮影した画像により、パソコンのソフトウェアで解析し、被験動物の肢の動きや歩行状態の評価を行うことができる。
【0040】
「モリス水迷路試験」は、一箇所水面下にプラットフォームがある水槽にラットを泳がせ、プラットフォームに到達するまでの時間や距離等を評価することで、空間認知の評価を行うことができる。
【0041】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0042】
実施例1:胎児発育不全モデルラットの作製とMuse細胞の投与
本研究に使用された実験動物に関するプロトコールは、名古屋大学医学部動物実験委員会によって承認されたものである。SD系の妊娠ラットを日本エスエルシー株式会社(日本、静岡県)より入手し、食餌と水を自由に摂取できるようにしたケージに入れ、12時間の明暗サイクル下で飼育した。動物室と実験空間を常に23℃に維持した。
【0043】
妊娠17日目の母獣ラットの子宮動脈4か所にアメロイドコンストリクター(AC)(内径:0.45mm又は0.40mm)を装着し、胎児の慢性的な虚血を起こさせることによって子宮内発育モデルを作製した。この母獣から出生した子どものラットを胎児発育不全モデルとして使用した。なお、出生したラットが、胎児発育不全であったことは、出生後のこれらのラットの体重を経時的に計量し、対照の通常のラットの体重と比較して、体重の増加変化が劣っていることを確認することによって決定した(データ示さず)。
【0044】
生後4日目に、Muse細胞(1×104細胞/個体)を左頸静脈から投与し、これを「Muse細胞投与群」とした。対照群としては、非Muse細胞を投与したラットを「非Muse細胞投与群」とし、及び細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))を投与したラットを「ビヒクル群」として用いた。また、シャム手術を行った母獣ラットから出生したラットを「シャム群」として用いた。
【0045】
実施例2:AC(0.45mm)を用いた場合の脳機能改善(生後1か月後)の評価
(1)負の走他性試験
負の走他性試験により、Muse細胞等の移植による胎児発育不全に伴う脳障害に起因した行動障害の改善を調べた。胎児発育不全モデルラット(以下、単に「ラット」と称することがある。)を30度の傾斜板に頭を下に向けて置き、ラットが反射して昇り出すまでの時間(秒)を測定し、斯かる時間の変化により、各処置の効果を評価した。各群のラットの例数は、シャム群でn=31、ビヒクル群でn=18、Muse細胞投与群でn=19、及び非Muse細胞群でn=18であった。この試験においては、ラットは日齢8~11であり、連続4日間、1日1回、試験を実施した。各群における負の走他性試験を
図1Aに示す。縦軸は、ラットが反射して昇り出すまでの時間(秒)を示し、全体的に生後の日数が経過するに従って、昇り出すまでの時間が短縮した。Muse細胞投与群では、生後8日目での試験では、対照群(ビヒクル群及び非Muse細胞投与群)と比較して、反射成立までの時間が短く、さらには生後9日目では、シャム群の反射成立までの時間に近づき、より顕著な効果が観察された。このことから、Muse細胞は、脳障害を受けたラットの行動改善において、有意な効果を奏することが示された。
【0046】
また、各ラットにおいて全4日分の計測時間(秒)を合計し、4で割った平均計測時間として再プロットしたデータを
図1Bに示す。この結果から、Muse細胞投与群は、対照群(ビヒクル群及び非Muse細胞投与群)と比較して、反射成立までの時間が短く、シャム群の反射成立までの時間に近づく傾向にあった。このことから、Muse細胞は、脳障害を受けたラットの行動改善において、有意な効果を奏することが示された。
【0047】
上記の負の走他性試験では、ビヒクル群は、細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))のみを添加した群であったが、日齢9のラットについて、該細胞保存液を、Muse細胞群及び非Muse細胞群の基液であるHanks’Balanced Salt Solution(HBSS)液に代えて、同様の試験を行った(
図7)。
図7は、下記の基準に基づいて、0~5点によりスコアリングした結果を示す。
0=無反応
1=60秒以内に達成できない、又は中途落下した
2=45秒未満で達成した
3=30秒未満で達成した
4=15秒未満で達成した
5=0秒未満で達成した
図7の結果から明らかなように、ビヒクル群と比較して、Muse細胞投与群では、シャムオペ群と同様に、有意な改善が認められた。
【0048】
(2)ロータロッド試験
被験動物のもつ運動機能の協調性と平衡感覚を測定する装置として一般的に知られた装置(UGO Basile社製Rat Rota-Rod 47700)を用いて、Muse細胞等の移植による脳障害の改善を調べた。この試験の評価は、回転する台の上でラットが落下するまでの時間を測定し、繰り返す(計4回)ことによって、落下するまでの時間が長期化により運動学習機能の改善が見られたことを指標とするものである。結果を
図2に示す。連続して2日間測定したところ、いずれの日においてもMuse細胞投与群は、非Muse細胞投与群及びビヒクル群と比較して、落下時間の長期化が観察された。この結果から、Muse細胞が、脳障害の1つとして運動学習障害機能を改善できることが示唆された。
【0049】
ロータロッド試験において、対照群にシャムオペ群を加え、また、上記ではビヒクル群は細胞保存液(STEM-CELLBANKER(登録商標))のみを添加した群であったが、これをHanks’Balanced Salt Solution(HBSS)液に代えて、同様の試験を行った。試験の各回ごとに計測したデータを
図8左に示し、各回の計測値を合計した後の平均値を
図8右に示す。
図8右の結果から見て取れるが、Muse細胞群及び非Muse細胞群では、ラット(生後1か月)が落下するまでの時間が、ビヒクル群と比較して有意に延長した。
【0050】
上記では、生後1か月後のラットを使用したが、同様の試験を生後5か月のラットを用いて同様に試験した(
図10)。試験の各回ごとに計測したデータを
図10左に示し、各回の計測値を合計した後の平均値を
図10右に示す。Muse細胞投与群は、シャムオペ群と同程度に、ビヒクル群よりも有意に落下までの時間が延長された。また、非Muse細胞投与群は、Muse細胞投与群及びシャムオペ群と比較して、落下時間が有意に短かった。生後1か月を超えて長期経過後のラットにおいても、Muse細胞の投与によって、脳障害が有意に改善されることが判明した。
【0051】
実施例3:AC(0.45mm)を用いた場合の脳機能改善(生後4か月後)の評価
(1)オープンフィールド試験
ラットを新奇な一定の空間を有するボックスに入れ、被験動物の情動行動(多動性など)を観察した。被験動物の行動をビデオカメラ(室町機械株式会社製ANY-maze Video Tracking Software)で撮影し、一定時間における被験動物の移動距離(distance)(
図3A)、不動時間(time immobile)(
図3B)、及び自発運動開始回数(mobile episodes)(
図3C)を計測した。新奇な空間に置かれたラットは、不安に応じて移動する距離が長くなるが、その空間での適用による移動距離が小さくなる。ラット群を比較すると、Muse細胞投与群と非Muse細胞投与群において改善効果は見られたが、Muse細胞投与群の方がその効果はより顕著であった。これは、Muse細胞の投与により、被験動物の情動行動を改善できることを示唆した。
【0052】
上記では、生後4か月のラットを使用したが、さらに長期(生後5か月)のラットを用いて同様の試験を行った(
図11)。ビヒクル群は、他の群と比較して過活動を認め、頻繁に明るい場所に移動した。この傾向は、2日目及び3日目にも認められた。一方、他群(シャムオペ群、Muse細胞投与群、及び非Muse細胞投与群)において過活動は認められなかった。
【0053】
(2)Y迷路試験
Y迷路装置を用いて、ラット(生後1か月)の自発的な運動活動及び空間的作業記憶について評価した。結果は、3回連続して異なるアームへ進入した回数をアームへの総進入回数から1を引いた値で除した後の割合(交替反応)を数値化して、各群についてプロットした(
図9)。Muse細胞投与群は、シャムオペ群と同程度に、ビヒクル群と比較して、ラットの空間的記憶及び認知が有意に改善したが、非Muse細胞投与群では有意な改善は認められなかった。
【0054】
実施例4:AC(0.40mm)を用いた場合の脳機能改善(生後1か月後)の評価
(1)負の走他性試験
実施例2と同様に、負の走他性試験を行った。結果を
図4と5に示す。
図4は、
図1と同様に、反射して昇り出すまでの時間(秒)により評価した結果を示し、
図5は、下記の基準に基づいて、0~5点によりスコアリングした結果を示す。
0=無反応
1=60秒以内に達成できない、又は中途落下した
2=60秒未満で達成した
3=45秒未満で達成した
4=30秒未満で達成した
5=15秒未満で達成した
【0055】
実測した時間に基づいて評価すると、ACの内径を0.45mmとした場合(
図1A)の傾向は、ACの内径を0.40mmとした場合にも観察された(
図4A)。対照群と比較して、Muse細胞投与群では、ビヒクル群と比較して、反射運動障害に対する顕著な改善が見られ、これは、非Muse細胞投与群と比較しても有意な効果であることが観察された。また、
図1Bと同様に、各群について4日間の平均計測時間として再プロットした場合も、Muse細胞投与群の有意な効果が示された(
図4B)。
【0056】
次に、この負の走他性試験を上記のスコアリングを用いて評価した結果を
図5に示す。
図4と同様に、Muse細胞投与群による反射運動障害に対する顕著な改善が見られ、他の群も同様の傾向が観察された。これは、Muse細胞の投与により、被験動物の反射運動を改善できることを示唆した。
【0057】
(2)新奇対象認識試験
新奇対象認識試験を行った。結果を
図6に示す。新奇対象認識試験について、一般的に使用されている装置(室町機械株式会社製ANY-maze Video Tracking Software)を用いて行った。ラットを、2つの物体(馴染物体)を置いた空間で一定時間、自由探索させ、その後、片方を新奇物体と置換し、その差異のラットの新しい物体への探索時間を測定した。評価の指標として認識率(Recognition Index)(探索指向性)を用いた。具体的には、RI=(TN×100)/(TN+TF)(式中、TF:馴染物体への探索時間、TN:新奇物体への探索時間)により算出した。RIの数値が高いほど、その物体に対する興味度が高いことを示す。結果を
図6に示す。この試験結果から、Muse細胞の投与により、記憶学習や視覚的認知記憶を改善できることを示唆した。
【0058】
(3)ロータロッド試験
実施例2と同様に、ロータロッド試験を行った。その結果を
図12に示す。
また、上記で行ったのと同様に、生後5か月のラットを用いて試験した。その結果を
図13に示す。試験の各回ごとに計測したデータを
図12左及び
図13左に示し、各回の計測値を合計した後の平均値を
図12右及び
図13右に示す。生後1か月のラットでは、Muse細胞投与群は、シャムオペ群と同程度に、ビヒクル群と比較して、落下までの時間が有意に延長されたが、非Muse細胞投与群においてはこのような作用は見られなかった(
図12右)。また、長期(5か月)のラットにおいてもMuse細胞投与群の顕著な効果が観察され、非Muse細胞投与群に比較して有意な効果が見られた(
図13右)。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、胎児発育不全モデルラットに投与することにより、運動の質の異常や神経学的発達の異常などの胎児発育不全に伴う脳障害の改善及び治療に応用できる。
【0060】
本明細書に引用する全ての刊行物及び特許文献は、参照により全体として本明細書中に援用される。なお、例示を目的として、本発明の特定の実施形態を本明細書において説明したが、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく、種々の改変が行われる場合があることは、当業者に容易に理解されるであろう。