(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-03
(45)【発行日】2023-04-11
(54)【発明の名称】アルミニウム合金、アルミニウム合金線、及びアルミニウム合金線の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20230404BHJP
C22C 21/06 20060101ALI20230404BHJP
C22C 21/12 20060101ALI20230404BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20230404BHJP
C22F 1/043 20060101ALI20230404BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20230404BHJP
C22F 1/057 20060101ALI20230404BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20230404BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230404BHJP
【FI】
C22C21/02
C22C21/06
C22C21/12
C22C21/00 L
C22F1/043
C22F1/047
C22F1/057
C22F1/04 B
C22F1/00 630A
C22F1/00 686B
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 625
C22F1/00 626
C22F1/00 623
C22F1/00 683
C22F1/00 611
C22F1/00 691Z
C22F1/00 685Z
C22F1/00 684C
C22F1/00 612
C22F1/00 694A
C22F1/00 602
(21)【出願番号】P 2022543190
(86)(22)【出願日】2022-03-15
(86)【国際出願番号】 JP2022011698
【審査請求日】2022-07-28
(31)【優先権主張番号】P 2021089504
(32)【優先日】2021-05-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591174368
【氏名又は名称】富山住友電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【氏名又は名称】山野 宏
(72)【発明者】
【氏名】松儀 亮太
(72)【発明者】
【氏名】徳田 一弥
(72)【発明者】
【氏名】松尾 司
(72)【発明者】
【氏名】高井 博昭
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-166480(JP,A)
【文献】特開2015-124409(JP,A)
【文献】特開2014-208865(JP,A)
【文献】特開2013-234389(JP,A)
【文献】特開2012-097321(JP,A)
【文献】特開2013-104122(JP,A)
【文献】特開2007-177308(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/02
C22C 21/06
C22C 21/12
C22C 21/00
C22F 1/043
C22F 1/047
C22F 1/057
C22F 1/04
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコンを1.0質量%以上1.3質量%以下、
マグネシウムを0.5質量%以上1.2質量%以下、
鉄を0.3質量%以上0.8質量%以下、
銅を0.1質量%以上0.4質量%以下、
マンガンを0.2質量%以上0.5質量%以下、
クロムを0質量%超0.3質量%以下、
チタンを0.001質量%以上0.1質量%以下、
ジルコニウムを0質量%超0.2質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備え、
溶体化処理及び時効処理が施された状態において断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上であり、前記111面の配向度の分散が45%以下であり、
溶体化処理及び時効処理が施された状態において引張強さが466MPa以上である、
アルミニウム合金。
【請求項2】
シリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、
マグネシウムを0.7質量%以上1.3質量%以下、
鉄を0.02質量%以上0.4質量%以下、
銅を0.5質量%以上1.2質量%以下、
マンガンを0.5質量%以上1.1質量%以下、
クロムを0質量%超0.3質量%以下、
亜鉛を0.005質量%以上0.5質量%以下、
チタンを0.01質量%以上0.2質量%以下、
ジルコニウムを0.05質量%以上0.2質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備え、
溶体化処理及び時効処理が施された状態において断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上であり、前記111面の配向度の分散が45%以下であり、
溶体化処理及び時効処理が施された状態において引張強さが487MPa以上である、
アルミニウム合金。
【請求項3】
シリコンを0.9質量%以上1.3質量%以下、
マグネシウムを0.8質量%以上1.2質量%以下、
鉄を0質量%超0.4質量%以下、
銅を0.65質量%以上1.1質量%以下、
マンガンを0.55質量%以上1.15質量%以下、
クロムを0質量%超0.35質量%以下、
亜鉛を0.12質量%以上0.25質量%以下、
チタンを0質量%超0.075質量%以下、
ジルコニウムを0.05質量%以上0.17質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備え、
溶体化処理及び時効処理が施された状態において断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上であり、前記111面の配向度の分散が45%以下であり、
溶体化処理及び時効処理が施された状態において引張強さが447MPa以上である、
アルミニウム合金。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金からなる、
アルミニウム合金線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルミニウム合金、アルミニウム合金線、及びアルミニウム合金線の製造方法に関する。
本出願は、2021年5月27日付の日本国出願の特願2021-089504に基づく優先権を主張し、前記日本国出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、シリコンとマグネシウムとを含むアルミニウム合金からなる線材であって溶体化処理及び時効処理が施された後に高い引張強さを有するアルミニウム合金線を開示する。上記アルミニウム合金線はアルミニウム合金部材の原料に利用できる。上記アルミニウム合金部材は上記アルミニウム合金線に所定の塑性加工が施された後に溶体化処理及び時効処理が施されることで製造される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示のアルミニウム合金は、シリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上1.3質量%以下、銅を0.1質量%以上1.2質量%以下、マンガンを0.2質量%以上1.15質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備える。溶体化処理及び時効処理が施された状態において断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上であり、前記111面の配向度の分散が45%以下である。
【0005】
本開示のアルミニウム合金線は、本開示のアルミニウム合金からなる。
【0006】
本開示のアルミニウム合金線の製造方法は、シリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上1.3質量%以下、銅を0.1質量%以上1.2質量%以下、マンガンを0.2質量%以上1.15質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金の鋳造材に塑性加工を施すことで加工材を製造する工程と、前記加工材に冷間で第一伸線加工を施すことで第一伸線材を製造する工程と、前記第一伸線材に軟化処理を施すことで軟化材を製造する工程と、前記軟化材に冷間で第二伸線加工を施すことで第二伸線材を製造する工程とを備える。前記第二伸線加工における加工度は20%以上であると共に前記第一伸線加工における加工度よりも大きい。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、実施形態のアルミニウム合金線の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、試験例1の試料No.3のアルミニウム合金線の横断面について、111面の配向度の分布の一例を示す図である。
【
図3】
図3は、試験例1の試料No.3のアルミニウム合金線について、111面の配向度の分布の一例を等高線によって示す図である。
【
図4】
図4は、試験例1の試料No.1のアルミニウム合金線の横断面について、111面の配向度の分布の一例を示す図である。
【
図5】
図5は、試験例1の試料No.1のアルミニウム合金線について、111面の配向度の分布の一例を等高線によって示す図である。
【
図6】
図6は、試料の断面の全域について111面の配向度の分布を測定する方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示が解決しようとする課題]
上述のように溶体化処理及び時効処理が施された状態で使用されるアルミニウム合金部材には更なる強度の向上が望まれている。また、このような高強度なアルミニウム合金部材を構成することができるアルミニウム合金が望まれている。
【0009】
そこで、本開示は溶体化処理及び時効処理が施された状態において高強度なアルミニウム合金を提供することを目的の一つとする。本開示は上記のアルミニウム合金からなるアルミニウム合金線を提供することを別の目的の一つとする。本開示は上記のアルミニウム合金線を製造することができるアルミニウム合金線の製造方法を提供することを別の目的の一つとする。
【0010】
[本開示の効果]
本開示のアルミニウム合金及び本開示のアルミニウム合金線は溶体化処理及び時効処理が施された状態において高強度である。本開示のアルミニウム合金線の製造方法は、本開示のアルミニウム合金線を製造できる。
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の一態様に係るアルミニウム合金は、シリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上1.3質量%以下、銅を0.1質量%以上1.2質量%以下、マンガンを0.2質量%以上1.15質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備える。このアルミニウム合金では溶体化処理及び時効処理が施された状態において断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上であり、前記111面の配向度の分散が45%以下である。
【0012】
本開示における111面は、結晶学において(111)と表記される結晶面を意味する。本開示における111面の配向度は、上記断面の全域についてX線回折によって得られた以下の三つの回折強度をそれぞれ規格化した値を用いて求める。本開示における111面の配向度は、三つの規格化した値を合計した値に対する111面の回折強度を規格化した値の割合である。三つの回折強度は、111面の回折強度、200面の回折強度、220面の回折強度である。200面、220面は、結晶学において(200)、(220)と表記される結晶面を意味する。本開示における111面の配向度の平均値は、上記断面の全域の各測定点における上述の割合を平均した値である。本開示における111面の配向度の分散は、上記平均値から求められた値である。本開示における111面の配向度の平均値及び分散の測定方法は後述する。後述する測定方法は、上記断面の全域をX線回折の測定対象とし、かつ上記の回折強度を規格化した値を用いて111面の配向状態を特定することで、上記断面の全域における111面の配向度を適切に評価できる。
本開示においてアルミニウム合金の断面は例えば以下の断面である。アルミニウム合金が線、パイプ、板等のようにある程度長い形状を有する場合、上記断面はアルミニウム合金の長手方向に直交する平面で切断した断面である。
本開示において溶体化処理の条件及び時効処理の条件は以下の通りである。
(溶体化処理の条件)
加熱温度は530℃以上580℃以下の範囲から選択される温度である。加熱時間は15分以上120分以下の範囲から選択される時間である。
(時効処理の条件)
加熱温度は150℃以上180℃以下の範囲から選択される温度である。加熱時間は4時間以上100時間以下の範囲から選択される時間である。
【0013】
本開示のアルミニウム合金は上述の特定の組成を備えることで溶体化処理及び時効処理が施された状態では析出硬化によって高い引張強さを有する。特に本開示のアルミニウム合金では結晶粒の111面が配向した状態が断面の一部ではなく断面の全域にわたって生じている。このような断面を有する本開示のアルミニウム合金は例えばこの断面に垂直な方向を引張方向として引っ張られた場合に破断し難い。この点からも本開示のアルミニウム合金は高い引張強さを有する。好ましくは本開示のアルミニウム合金は特許文献1に記載されるアルミニウム合金よりも高い引張強さを有する。以上のことから本開示のアルミニウム合金は溶体化処理及び時効処理が施された状態において高強度である。
【0014】
また、本開示のアルミニウム合金は溶体化処理及び時効処理が施された状態では国際合金記号で6000系合金と呼ばれる合金と同様に耐熱性、耐食性、強度をバランスよく備える。このような本開示のアルミニウム合金は耐熱性、耐食性に加えて更なる高強度が求められるアルミニウム合金部材やこのアルミニウム合金部材の原料に好適に利用できる。アルミニウム合金部材は例えば自動車部品や各種の構造部材等である。自動車部品や各種の構造部材は線材、棒材、パイプ等の形態をとり得る。上記原料は例えばアルミニウム合金線、アルミニウム合金板等である。
【0015】
(2)本開示のアルミニウム合金は、更に、鉄、クロム、亜鉛、チタン、及びジルコニウムからなる群より選択される1種以上の元素を含んでもよい。鉄の含有割合は0質量%超0.8質量%以下である。クロムの含有割合は0質量%超0.35質量%以下である。亜鉛の含有割合は0質量%超0.5質量%以下である。チタンの含有割合は0質量%超0.2質量%以下である。ジルコニウムの含有割合は0質量%超0.2質量%以下である。
【0016】
上記のアルミニウム合金はより高い引張強さを有し易い。
【0017】
(3)上記(2)のアルミニウム合金は、シリコンを1.0質量%以上1.3質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上1.2質量%以下、鉄を0.3質量%以上0.8質量%以下、銅を0.1質量%以上0.4質量%以下、マンガンを0.2質量%以上0.5質量%以下、クロムを0質量%超0.3質量%以下、チタンを0.001質量%以上0.1質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備えてもよい。このアルミニウム合金は更にジルコニウムを0.001質量%以上0.2質量%以下含んでもよい。
【0018】
上記のアルミニウム合金はより高い引張強さを有し易い。
【0019】
(4)上記(2)のアルミニウム合金は、シリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、マグネシウムを0.7質量%以上1.3質量%以下、鉄を0.02質量%以上0.4質量%以下、銅を0.5質量%以上1.2質量%以下、マンガンを0.5質量%以上1.1質量%以下、クロムを0質量%超0.3質量%以下、亜鉛を0.005質量%以上0.5質量%以下、チタンを0.01質量%以上0.2質量%以下、ジルコニウムを0.05質量%以上0.2質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備えてもよい。
【0020】
上記のアルミニウム合金はより高い引張強さを有し易い。
【0021】
(5)本開示のアルミニウム合金は、溶体化処理及び時効処理が施された状態において引張強さが425MPa超でもよい。
【0022】
上記のアルミニウム合金は高い引張強さを有することで高強度である。
【0023】
(6)本開示の一態様に係るアルミニウム合金線は、上記(1)から(5)のいずれか1つに記載のアルミニウム合金からなる。
【0024】
本開示のアルミニウム合金線は本開示のアルミニウム合金からなることで溶体化処理及び時効処理が施された状態では高強度である。このような本開示のアルミニウム合金線は高強度なアルミニウム合金部材の原料に利用できる。
【0025】
(7)本開示の一態様に係るアルミニウム合金線の製造方法は、シリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上1.3質量%以下、銅を0.1質量%以上1.2質量%以下、マンガンを0.2質量%以上1.15質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金の鋳造材に塑性加工を施すことで加工材を製造する工程と、前記加工材に冷間で第一伸線加工を施すことで第一伸線材を製造する工程と、前記第一伸線材に軟化処理を施すことで軟化材を製造する工程と、前記軟化材に冷間で第二伸線加工を施すことで第二伸線材を製造する工程とを備える。前記第二伸線加工における加工度は20%以上であると共に前記第一伸線加工における加工度よりも大きい。
【0026】
本開示のアルミニウム合金線の製造方法は、溶体化処理及び時効処理が施された状態において高強度なアルミニウム合金線を製造できる。この理由は後述する。
【0027】
(8)本開示のアルミニウム合金線の製造方法では、前記アルミニウム合金は、更に、鉄、クロム、亜鉛、チタン、及びジルコニウムからなる群より選択される1種以上の元素を含んでもよい。鉄の含有割合は0質量%超0.8質量%以下である。クロムの含有割合は0質量%超0.35質量%以下である。亜鉛の含有割合は0質量%超0.5質量%以下である。チタンの含有割合は0質量%超0.2質量%以下である。ジルコニウムの含有割合は0質量%超0.2質量%以下である。
【0028】
上記のアルミニウム合金線の製造方法は、より高い引張強さを有するアルミニウム合金線を製造できる。
【0029】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を適宜参照して、本開示の実施形態を具体的に説明する。
【0030】
[アルミニウム合金]
(概要)
実施形態のアルミニウム合金は以下の組成と以下の断面組織とを備える。実施形態のアルミニウム合金の組成は、シリコンとマグネシウムと銅とマンガンとをそれぞれ後述する範囲で含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる。実施形態のアルミニウム合金は更に鉄、クロム、亜鉛、チタン、及びジルコニウムからなる群より選択される1種以上の元素を後述する範囲で含んでもよい。実施形態のアルミニウム合金の断面組織は、溶体化処理及び時効処理が施された状態において結晶粒の111面が断面の法線方向に配向している。特に、アルミニウム合金の断面を構成する結晶粒のうち多くの結晶粒において111面が断面の法線方向に配向している。以下、組成、組織を順に説明する。
【0031】
以下の説明では、以下のように表記することがある。
シリコン、マグネシウム、銅、及びマンガンをまとめて第一元素と示す。鉄、クロム、亜鉛、チタン、及びジルコニウムをまとめて第二元素と示す。
各元素を元素記号によって示す。Siはシリコンを意味する。Mgはマグネシウムを意味する。Cuは銅を意味する。Mnはマンガンを意味する。Alはアルミニウムを意味する。Feは鉄を意味する。Crはクロムを意味する。Znは亜鉛を意味する。Tiはチタンを意味する。Zrはジルコニウムを意味する。
アルミニウム合金に溶体化処理及び時効処理が施された状態を熱処理後の状態と示す。
【0032】
(組成)
実施形態のアルミニウム合金では第一元素は必須元素であり、第二元素は任意元素である。定量的には実施形態のアルミニウム合金はシリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上1.3質量%以下、銅を0.1質量%以上1.2質量%以下、マンガンを0.2質量%以上1.15質量%以下、鉄を0質量%以上0.8質量%以下、クロムを0質量%以上0.35質量%以下、亜鉛を0質量%以上0.5質量%以下、チタンを0質量%以上0.2質量%以下、ジルコニウムを0質量%以上0.2質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備える。1種以上の第二元素を含む実施形態のアルミニウム合金において鉄の含有割合は0質量%超0.8質量%以下である。クロムの含有割合は0質量%超0.35質量%以下である。亜鉛の含有割合は0質量%超0.5質量%以下である。チタンの含有割合は0質量%超0.2質量%以下である。ジルコニウムの含有割合は0質量%超0.2質量%以下である。
【0033】
第一元素の含有割合が上述の下限値以上であることで、熱処理後の状態では第一元素を含む化合物等が析出されている。上記化合物等の析出物が分散して存在していることで析出硬化による強度向上効果が得られる。第一元素の一部が母相の主体であるアルミニウムに固溶している場合には固溶強化による強度向上効果も得られる。第一元素の含有割合が上述の上限値以下であることで、第一元素の偏析による粒界脆化が抑制されたり、第一元素を含む化合物等が粗大になり難かったりする。粗大な化合物等の粒子は割れの起点になり得る。上記の粗大な粒子が少なければ上記粗大な粒子に起因する割れが生じ難い。これらの点から、実施形態のアルミニウム合金は熱処理後の状態では高い引張強さを有する。製造過程では上記粗大な粒子に起因する割れが生じ難いことで冷間伸線加工等の冷間での塑性加工が良好に行える。この点から、実施形態のアルミニウム合金は製造性にも優れる。
【0034】
第一元素に加えて第二元素を含む場合には、析出硬化、固溶強化、粒界脆化の抑制、及び結晶粒の粗大化の抑制からなる群より選択される一つ以上の効果が期待できる。このような効果によって第一元素に加えて第二元素を含む実施形態のアルミニウム合金は熱処理後の状態ではより高い引張強さを有し易い。第二元素の含有割合が上述の上限範囲を満たすことで第二元素を含む化合物等が粗大になり難い。その他、第二元素の種類によっては鋳造材を微細な組織とすることができる。これらの点から、第一元素に加えて第二元素を含む実施形態のアルミニウム合金は製造過程に塑性加工を含む場合に加工性に優れる。第二元素の種類によっては鋳込み温度を低くすることができる。これらの点から、第一元素に加えて第二元素を含む実施形態のアルミニウム合金は製造性により優れる。
【0035】
第一元素に加えて第二元素を含む組成の具体例として、以下の第一組成、第二組成、第三組成が挙げられる。
〈第一組成〉
第一組成は、シリコンを1.0質量%以上1.3質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上1.2質量%以下、鉄を0.3質量%以上0.8質量%以下、銅を0.1質量%以上0.4質量%以下、マンガンを0.2質量%以上0.5質量%以下、クロムを0質量%超0.3質量%以下、チタンを0.001質量%以上0.1質量%以下、ジルコニウムを0質量%以上0.2質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる。
【0036】
〈第二組成〉
第二組成は、シリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、マグネシウムを0.7質量%以上1.3質量%以下、鉄を0.02質量%以上0.4質量%以下、銅を0.5質量%以上1.2質量%以下、マンガンを0.5質量%以上1.1質量%以下、クロムを0質量%超0.3質量%以下、亜鉛を0.005質量%以上0.5質量%以下、チタンを0.01質量%以上0.2質量%以下、ジルコニウムを0.05質量%以上0.2質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる。第二組成は更にストロンチウムを0.005質量%以上0.05質量%以下含んでもよい。
【0037】
〈第三組成〉
第三組成は、シリコンを0.9質量%以上1.3質量%以下、マグネシウムを0.8質量%以上1.2質量%以下、鉄を0質量%超0.4質量%以下、銅を0.65質量%以上1.1質量%以下、マンガンを0.55質量%以上1.15質量%以下、クロムを0質量%超0.35質量%以下、亜鉛を0.12質量%以上0.25質量%以下、チタンを0質量%超0.075質量%以下、ジルコニウムを0.05質量%以上0.17質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる。第三組成は国際合金記号A6056で示される合金の組成に概ね相当する。
【0038】
以下、第一組成、第二組成、第三組成において第一元素の含有範囲と第二元素の含有範囲を例示する。
〈第一組成〉
シリコンの含有割合は1.0質量%超1.3質量%以下、1.1質量%以上1.3質量%以下でもよい。
マグネシウムの含有割合は0.6質量%以上1.1質量%以下、0.7質量%以上1.0質量%以下でもよい。
鉄の含有割合は0.3質量%以上0.7質量%以下、0.3質量%以上0.6質量%以下でもよい。
銅の含有割合は0.2質量%以上0.4質量%以下でもよい。
マンガンの含有割合は0.2質量%以上0.4質量%以下、0.2質量%以上0.3質量%以下でもよい。
クロムの含有割合は0.005質量%以上0.20質量%以下、0.01質量%以上0.10質量%以下でもよい。
チタンの含有割合は0.005質量%以上0.05質量%以下、0.01質量%以上0.05質量%以下でもよい。
ジルコニウムを含む場合にはジルコニウムの含有割合は0.001質量%以上0.20質量%以下、0.005質量%以上0.10質量%以下でもよい。
チタンとジルコニウムとの合計の含有割合は0.01質量%以上0.10質量%以下でもよい。
【0039】
〈第二組成〉
シリコンの含有割合は0.8質量%以上1.4質量%以下、1.1質量%以上1.3質量%以下でもよい。
マグネシウムの含有割合は0.8質量%以上1.3質量%以下、0.8質量%以上1.0質量%以下でもよい。
鉄の含有割合は0.05質量%以上0.40質量%以下でもよい。
銅の含有割合は0.8質量%以上1.2質量%以下でもよい。
マンガンの含有割合は0.7質量%以上1.1質量%以下でもよい。
クロムの含有割合は0.01質量%以上0.30質量%以下、0.05質量%以上0.30質量%以下でもよい。
亜鉛の含有割合は0.05質量%以上0.25質量%以下でもよい。
チタンの含有割合は0.01質量%以上0.15質量%以下でもよい。
ジルコニウムの含有割合は0.08質量%以上0.2質量%以下でもよい。
チタンとジルコニウムとの合計の含有割合は0.10質量%以上0.20質量%以下でもよい。
ストロンチウムを含む場合にはストロンチウムの含有割合は0.005質量%以上0.04質量%以下でもよい。
【0040】
〈第三組成〉
シリコンの含有割合は0.9質量%以上1.2質量%以下でもよい。
マグネシウムの含有割合は0.8質量%以上1.0質量%以下でもよい。
鉄の含有割合は0.10質量%以上0.25質量%以下でもよい。
銅の含有割合は0.65質量%以上0.85質量%以下でもよい。
マンガンの含有割合は0.55質量%以上0.80質量%以下、0.55質量%以上0.65質量%以下でもよい。
クロムの含有割合は0.01質量%以上0.10質量%以下、0.02質量%以上0.05質量%以下でもよい。
亜鉛の含有割合は0.13質量%以上0.25質量%以下でもよい。
チタンの含有割合は0.001質量%以上0.075質量%以下、0.01質量%以上0.075質量%以下でもよい。
ジルコニウムの含有割合は0.10質量%以上0.17質量%以下でもよい。
チタンとジルコニウムとの合計の含有割合は0.11質量%以上0.20質量%以下でもよい。
【0041】
〈その他の元素〉
チタンを含む場合には実施形態のアルミニウム合金は更に硼素を50質量ppm以下の範囲で含んでもよい。
【0042】
(組織)
本発明者らは、熱処理後の状態において高い引張強さを有するアルミニウム合金は以下の組織を有することが好ましいとの知見を得た。アルミニウム合金の断面の全域において結晶粒の111面が結晶粒における他の結晶面よりも配向していることが好ましい。つまりアルミニウム合金の断面を構成する結晶粒のうち多くの結晶粒では111面が配向していることが好ましい。定量的には実施形態のアルミニウム合金では、熱処理後の状態において断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上である。また、上記111面の配向度の分散が45%以下である。このような断面を複数備えると共に複数の断面が一つの断面に垂直な方向に並んでいるアルミニウム合金は上記垂直な方向を引張方向として引っ張られても破断し難い。
【0043】
111面の配向度の平均値が50%以上であれば、アルミニウム合金の断面を構成する結晶粒のうち半数以上の結晶粒では111面が断面の法線方向に配向している。111面の配向度の分散が45%以下であれば、アルミニウム合金の断面を構成する結晶粒のうち配向している結晶面の分布は111面に集中した分布となる。このような実施形態のアルミニウム合金は結晶粒の111面の配向性が高い。一般にアルミニウム合金は結晶粒の111面の配向性が高いほど引張強さが高くなり易い。従って、実施形態のアルミニウム合金は熱処理後の状態において高い引張強さを有する。111面の配向度の平均値が大きいほど、また111面の配向度の分散が小さいほど、引張強さが高くなり易い。強度の向上の観点から、111面の配向度の平均値は55%以上、更に60%以上でもよい。111面の配向度の分散は40%以下、更に38%以下でもよい。
【0044】
なお、111面の配向度の平均値は50%以上100%以下である。111面の配向度の分散は0%超45%以下である。製造性を考慮すると、111面の配向度の平均値は99%以下、111面の配向度の分散は1%以上でもよい。
【0045】
実施形態のアルミニウム合金では断面の一部ではなく、断面の全域において結晶粒の111面の配向性が評価されている。この点で、実施形態のアルミニウム合金は、熱処理後の状態において断面の一部のみが評価されている場合よりも高強度な組織を確実に有する。
【0046】
実施形態のアルミニウム合金が線材である場合には111面の配向度を測定する対象となる断面は、線材の長手方向の任意の位置において上記長手方向に垂直な平面で切断した断面を利用する。以下、実施形態のアルミニウム合金からなる線材、即ち実施形態のアルミニウム合金線1の長手方向に垂直な平面で切断した断面を横断面と示す場合がある。上記線材では各横断面の全域において上述のように結晶粒の111面が他の結晶面よりも配向している。各横断面における111面の配向方向は横断面の法線方向、即ち線材の長手方向に沿った方向である。このような線材は線材の長手方向を引張方向として引っ張られても破断し難い。
【0047】
なお、実施形態のアルミニウム合金では、溶体化処理のみが施されており、時効処理が施されていない状態であっても、111面の配向度の平均値が50%以上であり、111面の配向度の分散が45%以下である。即ち結晶粒の111面の配向性は時効処理の前後において実質的に変わらないと考えられる。
【0048】
(引張強さ)
実施形態のアルミニウム合金は例えば熱処理後の状態における常温での引張強さが425MPa超である。ここでの常温は5℃以上35℃以下である。引張強さが425MPa超である実施形態のアルミニウム合金は強度に優れる。引張強さが427MPa超、430MPa以上、更に440MPa以上である実施形態のアルミニウム合金は強度により優れる。組成や製造条件によっては実施形態のアルミニウム合金は450MPa以上、460MPa以上、更には470MPa以上という高い引張強さを有する。
【0049】
引張強さの上限は特に問わない。製造性を考慮すると、常温での引張強さは例えば425MPa超550MPa以下でもよい。
【0050】
(利用形態)
実施形態のアルミニウム合金は種々の形状を有することができる。例えば、実施形態のアルミニウム合金はある程度長い形状を有する。このような実施形態のアルミニウム合金はその長手方向に垂直な平面からなる端面と上記長手方向に延びた延伸部とを備える。延伸部における上記長手方向に沿った長さは、端面の外周輪郭の面積と等しい面積を有する円の直径よりも長い。上記延伸部を有する実施形態のアルミニウム合金では、上述の111面の配向度を測定する対象となる断面は、上記長手方向に垂直な平面で延伸部を切断することで得られる。
【0051】
延伸部を有する実施形態のアルミニウム合金は例えば線材、パイプ、板材等である。つまり延伸部は線材、板材のような中実体でもよいしパイプのような中空体でもよい。
【0052】
〈線材〉
実施形態のアルミニウム合金線1は実施形態のアルミニウム合金からなる。実施形態のアルミニウム合金線1は
図1に示すように端面10と延伸部11とを備える。ここでの端面10はアルミニウム合金線1の長手方向に垂直な面である。延伸部11は上記長手方向に延びている。実施形態のアルミニウム合金線1は代表的には
図1に示すように延伸部11の全長にわたって外周輪郭が同じであると共に線径が同じである。ここでの線径は端面10の面積又は上記長手方向に垂直な平面で切断した断面の面積と同じ面積を有する円の直径とする。
図1は端面10の外周輪郭及び上記長手方向に垂直な平面で切断した任意の断面の外周輪郭が円形である場合を例示する。端面10の外周輪郭及び上記断面の外周輪郭は四角等の多角形でもよいし楕円等の曲面形状でもよい。実施形態のアルミニウム合金線1の線径は特に問わない。上記線径は例えば3mm以上15mm以下程度である。
【0053】
実施形態のアルミニウム合金線1では上述の111面の配向度を測定する対象となる断面は横断面である。実施形態のアルミニウム合金線1では横断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上である。また、上記111面の配向度の分散が45%以下である。実施形態のアルミニウム合金線1ではこのような横断面が上記長手方向に並んでいる。このような実施形態のアルミニウム合金線1は熱処理後の状態において425MPa超といった高い引張強さを有する。
【0054】
〈アルミニウム合金部材〉
実施形態のアルミニウム合金は、アルミニウム合金部材を構成することができる。例えばアルミニウム合金部材は、実施形態のアルミニウム合金からなり、溶体化処理及び時効処理が施されたものである。具体例は、実施形態のアルミニウム合金線1に塑性加工が施された後に溶体化処理及び時効処理が施されたアルミニウム合金部材である。別例は、実施形態のアルミニウム合金からなる板材に塑性加工が施された後に溶体化処理及び時効処理が施されたアルミニウム合金部材である。ここでの塑性加工は、溶体化処理及び時効処理後においてアルミニウム合金部材の断面が上述の特定の配向性を有するように行う。更に別例は、実施形態のアルミニウム合金線1に溶体化処理及び時効処理が施されたアルミニウム合金部材である。つまりアルミニウム合金部材は線状、又は棒状でもよい。その他、アルミニウム合金部材は筒状でもよい。
【0055】
例えばアルミニウム合金部材は実施形態のアルミニウム合金線1の長手方向を押出方向としてアルミニウム合金線1を押し出した押出材からなる。このアルミニウム合金部材は押出方向に沿って延びている。このアルミニウム合金部材では、上述の111面の配向度を測定する対象となる断面は、上記押出方向に垂直な平面でアルミニウム合金部材を切断することで得られる。この断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上である。また、上記111面の配向度の分散が45%以下である。
【0056】
上述のアルミニウム合金部材は、上述の特定の組成と上述の特定の組織とを有するアルミニウム合金からなるため高強度である。また、このアルミニウム合金部材は、鋼等の鉄系合金からなる金属部材に比較して軽量である。このようなアルミニウム合金部材は、軽量で高強度が望まれる用途、例えば自動車部品、各種の構造部材等に利用できる。
【0057】
(アルミニウム合金の製造方法)
本発明者らは上述の特定の組成を有するアルミニウム合金であって溶体化処理及び時効処理が施された状態において強度に優れるアルミニウム合金の製造方法を検討した。その結果、本発明者らは、溶体化処理の直近に行われる塑性加工は冷間加工であると共に大きい加工度であることが好ましいとの知見を得た。この知見から、実施形態のアルミニウム合金を製造する場合には例えば以下のアルミニウム合金の製造方法を利用することができる。
【0058】
アルミニウム合金の製造方法はアルミニウム合金からなる素材に冷間加工を施すことで冷間加工材を製造する工程を備える。上記アルミニウム合金は、上述の第一元素を上述の範囲で含み残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を有する。
上記素材は第一塑性加工が施された加工材である。上記冷間加工は加工度が20%以上である第二塑性加工である。
上記アルミニウム合金は上述の第一元素に加えて第二元素を上述の範囲で含む組成を有してもよい。
【0059】
熱間加工及び温間加工は冷間加工に比較して転位が解放され易い。これに対し、第二塑性加工は冷間加工であることで温間加工又は熱間加工である場合に比較して第二塑性加工に伴うひずみ即ち転位がアルミニウム合金に蓄積され易い。転位が蓄積されるほど、その後に施される溶体化処理の際に結晶粒の111面が配向し易い。その結果、上述のように溶体化処理及び時効処理が施された状態ではアルミニウム合金の断面の全域において結晶粒の111面が多く配向した組織が得られる。
【0060】
以下、上述のアルミニウム合金の製造方法を具体的に説明する。
〈素材〉
上述のアルミニウム合金からなる素材は鋳造材に第一塑性加工が施されたものである。第一塑性加工は例えば圧延加工等である。第一塑性加工は例えば熱間加工である。
【0061】
〈初期軟化〉
上述の素材には以下の条件の軟化処理を施すことができる。以下、素材に施す軟化処理を初期軟化処理と呼ぶことがある。
《軟化処理の条件》
加熱温度は250℃以上500℃未満の範囲から選択される温度である。保持時間は1時間以上100時間以下の範囲から選択される時間である。軟化時の雰囲気は例えば大気雰囲気、非酸化性雰囲気である。非酸化性雰囲気は例えば減圧雰囲気、不活性ガス雰囲気、還元ガス雰囲気等である。
加熱温度は300℃以上480℃以下、更に300℃以上460℃以下でもよい。
【0062】
素材に初期軟化処理を施すことで、初期軟化処理後のアルミニウム合金の塑性加工性が高められる。そのため、第二塑性加工の加工度を大きくすることができる。素材に初期軟化処理を施さない場合には第一塑性加工によって導入された転位がアルミニウム合金に蓄積されている。結果として、転位が多く蓄積されたアルミニウム合金が得られ易い。
【0063】
〈第二塑性加工〉
素材に施す第二塑性加工は上述のように冷間加工である。第二塑性加工は例えば伸線加工、圧延加工、押出加工等である。第二塑性加工が伸線加工であれば線材が得られる。第二塑性加工が圧延加工であれば代表的には板材が得られる。第二塑性加工が押出加工であれば押出ダイスの形状によって線材や板材、パイプ等が得られる。
《加工度》
第二塑性加工の加工度が大きいほど111面の配向性が高められる。強度の向上の観点から第二塑性加工の加工度は30%以上、40%以上、60%以上でもよい。ここでの加工度は、第二塑性加工前の断面積と第二塑性加工後の断面積との差を第二塑性加工前の断面積で除した割合である。
【0064】
〈中間軟化〉
第二塑性加工の途中に軟化処理を施すことができる。以下、第二塑性加工の途中に行う軟化処理を中間軟化処理と呼ぶことがある。中間軟化処理の条件は上述の初期軟化処理の条件を参照するとよい。中間軟化処理の前後に冷間加工を行うことで上述のように温間加工や熱間加工を行う場合に比較してアルミニウム合金に転位が蓄積され易い。また、中間軟化処理を行うことで中間軟化処理後の冷間加工の加工度を大きくすることができる。そのため、中間軟化処理後の冷間加工によってアルミニウム合金に転位を蓄積することができる。中間軟化処理後の冷間加工の加工度が大きいほど111面の配向性が高められる。また、中間軟化処理を行う場合には、中間軟化処理後の冷間加工における加工度は中間軟化処理前の冷間加工における加工度よりも大きいことが好ましい。特に中間軟化処理後の冷間加工における加工度は30%以上、40%以上、更に60%以上でもよい。
【0065】
(アルミニウム合金線の製造方法)
発明者らは、実施形態のアルミニウム合金線1を製造するには以下の条件を満たすことが好ましいとの知見を得た。この知見から、実施形態のアルミニウム合金線の製造方法は以下の第一工程と第二工程と第三工程と第四工程とを備える。
〈条件〉
冷間で伸線加工を行う。伸線加工の途中に軟化処理を行う。上記軟化処理後の伸線加工の加工度が20%以上であると共に軟化処理前の伸線加工における加工度よりも大きい。
【0066】
第一工程は、上述の第一元素を上述の範囲で含み残部がアルミニウム及び不可避不純物からなるアルミニウム合金の鋳造材に塑性加工を施すことで加工材を製造する工程である。鋳造材を構成するアルミニウム合金は第一元素に加えて更に第二元素を上述の範囲で含んでもよい。
第二工程は、上記加工材に冷間で第一伸線加工を施すことで第一伸線材を製造する工程である。
第三工程は、上記第一伸線材に軟化処理を施すことで軟化材を製造する工程である。
第四工程は、上記軟化材に冷間で第二伸線加工を施すことで第二伸線材を製造する工程である。
実施形態のアルミニウム合金線の製造方法では、上記第二伸線加工における加工度は20%以上である。また、上記第二伸線加工における加工度は上記第一伸線加工における加工度よりも大きい。
第一工程の塑性加工は上述の第一塑性加工に相当する。第三工程の軟化処理は上述の中間軟化処理に相当する。第一伸線加工及び第二伸線加工は上述の第二塑性加工に相当する。
【0067】
実施形態のアルミニウム合金線の製造方法は上述のように軟化処理の前後に冷間で伸線加工を行うことで温間加工や熱間加工を行う場合に比較してアルミニウム合金に転位が蓄積され易い。また、軟化処理を行うことで上述のように軟化処理後の第二伸線加工の加工度を大きくすることができる。そのため、軟化処理後の第二伸線加工によってアルミニウム合金に転位を蓄積することができる。このような実施形態のアルミニウム合金線の製造方法は実施形態のアルミニウム合金線1を製造できる。また、上述のように特定の組成を備えるアルミニウム合金からなる素材は冷間での伸線加工性に優れる。このような素材を用いる実施形態のアルミニウム合金線の製造方法は、実施形態のアルミニウム合金線1を量産できる。
【0068】
以下、各工程を説明する。なお、実施形態のアルミニウム合金線の製造方法における基本的な操作は公知のアルミニウム合金線の製造方法を参照することができる。
〈第一工程〉
第一工程において鋳造材は例えば金型鋳造法、連続鋳造法等を利用して製造する。第一工程において塑性加工は例えば熱間圧延加工であり、加工材は例えば連続鋳造圧延材である。加工材が連続鋳造圧延材であれば、連続した長いアルミニウム合金線を製造することができる。この点で、加工材が連続鋳造圧延材である場合には実施形態のアルミニウム合金線1を量産することができる。
【0069】
加工材には上述の初期軟化処理を施すことができる。初期軟化処理を施す場合には上述のように次の第一伸線加工の加工度を大きくすることができる。初期軟化処理を施さない場合には上述のように最終的に転位が多く蓄積されたアルミニウム合金線が得られ易い。
【0070】
〈第二工程〉
第二工程において第一伸線加工の加工度は30%以上であることが好ましい。第一伸線加工の加工度が30%以上であれば、第一伸線加工によって導入された転位が軟化処理後においてある程度残存し易い。結果として、最終的に転位が多く蓄積されたアルミニウム合金線が得られ易い。第一伸線加工の加工度は35%以上、40%以上でもよい。第一伸線加工の加工度は最終線径にもよるが例えば30%以上80%以下の範囲から選択する。第一伸線加工の加工度は、第一伸線加工前の断面積と第一伸線加工後の断面積との差を第一伸線加工前の断面積で除した割合である。
【0071】
〈第三工程〉
第三工程の軟化処理の条件は上述の初期軟化処理の条件を参照するとよい。第三工程で軟化処理を行うことで軟化処理後の軟化材の加工性が高められる。そのため、第四工程における第二伸線加工の加工度を大きくすることができる。特に第四工程における第二伸線加工の加工度を第二工程における第一伸線加工の加工度よりも大きくすることできる。その結果、第二伸線加工によってアルミニウム合金に転位を蓄積することができる。
【0072】
〈第四工程〉
第四工程における第二伸線加工の加工度が大きいほど111面の配向性が高められる。第二伸線加工の加工度が20%以上であれば、最終的に転位が多く蓄積されたアルミニウム合金線が得られ易い。第二伸線加工の加工度が第一伸線加工の加工度よりも大きいことからも、最終的に転位が多く蓄積されたアルミニウム合金線が得られ易い。上述のように第一伸線加工の加工度は30%以上であることが好ましいことから、第二伸線加工の加工度は30%超、40%以上、更に60%以上でもよい。第二伸線加工の加工度は所定の最終線径を有する第二伸線材が得られるように20%以上99.9%以下の範囲から選択する。第二伸線加工の加工度は、第二伸線加工前の断面積と第二伸線加工後の断面積との差を第二伸線加工前の断面積で除した割合である。
【0073】
(アルミニウム合金部材の製造方法)
上述のアルミニウム合金部材を製造する方法は例えば以下の加工工程と熱処理工程とを備える。
加工工程は、上述の第二塑性加工が施された第二塑性加工材又は上述の第二伸線材に第三塑性加工を施すことで第三加工材を製造する工程である。
熱処理工程は、上記第三加工材に溶体化処理及び時効処理を順に施して時効材を製造する工程である。
第三塑性加工は例えば押出加工、鍛造加工、伸線加工等である。溶体化処理及び時効処理の条件は上述の通りである。
【0074】
[実施形態の主な作用効果]
実施形態のアルミニウム合金及び実施形態のアルミニウム合金線1は溶体化処理及び時効処理が施された状態において高い引張強さを有する。以下の試験例1では実施形態のアルミニウム合金線1を例にして上記の効果を具体的に説明する。
【0075】
実施形態のアルミニウム合金線の製造方法は、溶体化処理及び時効処理が施された状態において高い引張強さを有する実施形態のアルミニウム合金線1を製造できる。
【0076】
[試験例1]
表1に示す組成を有するアルミニウム合金線に溶体化処理及び時効処理を施した状態において組織観察を行うと共に引張強さを調べた。アルミニウム合金線の製造条件及び調べた結果を表2から表4に示す。
【0077】
【0078】
(試料の作製)
各試料のアルミニウム合金線は基本的には連続鋳造圧延材に冷間で伸線加工を施すことで製造する。連続鋳造圧延材は例えば公知のプロペルチ式連続鋳造圧延機によって製造することができる。試料のうち一部の試料を除いて、伸線加工の途中に軟化処理を行う。
表2から表4において組成の項目における第一組成、第二組成、第三組成は表1に示す第一組成、第二組成、第三組成にそれぞれ相当する。
表2から表4において軟化処理の項目は加熱温度(℃)と保持時間(時間)とを示す。例えば「380℃×10h」は加熱温度が380℃であり、保持時間が10時間であることを意味する。
【0079】
表2から表4において第一伸線加工の加工度(%)、軟化処理、及び第二伸線加工の加工度(%)の三つの項目に条件が記載された試料を説明する。これらの試料のアルミニウム合金線は、連続鋳造圧延材に冷間の第一伸線加工、軟化処理、冷間の第二伸線加工が順に施されることで製造される。これらの試料のアルミニウム合金線は初期軟化処理が施されていない。
表2から表4において第一伸線加工の加工度(%)にハイフン「-」が記載されており、軟化処理及び第二伸線加工の加工度(%)の二つの項目に条件が記載された試料を説明する。これらの試料のアルミニウム合金線は、連続鋳造圧延材に軟化処理が施された後、第二伸線加工の加工度(%)で冷間の伸線加工が施されることで製造される。これらの試料のアルミニウム合金線は連続鋳造圧延材に初期軟化処理が施された後に冷間の伸線加工が連続的に施されており、中間軟化処理が施されていない。
表2から表4において第一伸線加工の加工度(%)及び第二伸線加工の加工度(%)の二つの項目に条件が記載されており、軟化処理にハイフン「-」が記載された試料を説明する。これらの試料のアルミニウム合金線は、連続鋳造圧延材に第一伸線加工の加工度(%)で冷間の伸線加工が施された後、中間軟化処理が施されることなく第二伸線加工の加工度(%)で冷間の伸線加工が施されることで製造される。つまりこれらの試料のアルミニウム合金線は連続鋳造圧延材に冷間の伸線加工が連続的に施されており、初期軟化処理及び中間軟化処理の双方が施されていない。この冷間の伸線加工における総加工度は表2から表4において第二伸線加工の加工度(%)の項目に記載される加工度よりも大きい。
連続鋳造圧延材の線径は5mm以上30mm以下の範囲から選択される。第二伸線加工後に製造される第二伸線材の線径は加工度によって概ね1.0mm以上21mm以下の範囲から選択される値である。
【0080】
(組織観察)
〈111面の配向度〉
得られた各試料のアルミニウム合金線に上述の条件で溶体化処理及び時効処理を施して熱処理線を製造する。得られた熱処理線を熱処理線の長手方向に垂直な平面で切断することで円盤状の試料を得る。試料は二つの円形状の横断面を有する。二つの横断面のうち一方の横断面の全域を機械研磨によって平滑にする。研磨後の横断面の表面粗さは算術平均粗さRaで0.2μm程度である。機械研磨には例えば2000番の耐水ペーパーを利用することができる。研磨した横断面の全域を以下のようにX線回折する。
【0081】
図6に示すように、可動ステージ51に備えられる平面からなる表面51f上に試料3を配置する。この配置は、試料3における上述の機械研磨された横断面30が上記表面51fに平行となるように、かつ上記横断面30に対して所定の方向DからX線6が照射されるように行う。所定の方向Dは所定の面指数Fに対応した方向である。所定の面指数Fはミラー指数によって特定される結晶面である。ここでは面指数Fは111面、200面、220面の三つの結晶面のいずれか一つの結晶面である。なお、
図6は図示しないX線源からのX線6及び回折したX線60を破線で示す。
【0082】
試料3の横断面30に対して所定の方向DからX線6を照射することで、横断面30から回折したX線60を検出器52によって検出する。X線60の検出は、横断面30の全域が測定されるように、可動ステージ51によって試料3を横断面30に平行な面内で2次元に動かしながら繰り返し行う。こうすることで横断面30の全域における回折強度の分布を得る。なお、試料3を2次元的に動かす際にX線6は動かさない。また、横断面30が存在しない位置からの回折強度を除外するように後述の演算装置53を設定する。
【0083】
面指数Fに応じて角度θ,角度2θを変更することで、111面の回折強度の分布、200面の回折強度の分布、220面の回折強度の分布を得る。角度θは面指数FとX線6とがなす角度である。角度2θは所定の方向Dと回折したX線60とがなす角度である。所定の方向Dに基づく理論値を用いて上記の各回折強度を規格化した値を算出する。上記規格化した値は、各回折強度をX線回折の回折強度のピーク強度の理論値で除することによって得られる値である。上記規格化した値を用いて、各回折強度の分布から規格化分布を算出する。即ち111面の規格化分布、200面の規格化分布、220面の規格化分布を算出する。上記理論値はICDD(International Centre for Diffraction Data)が公開するPDF(Powder Diffraction File)のデータベースから取得するとよい。なお、ピーク強度は、生データのピーク強度ではなく、各測定点におけるX線プロファイルデータをフィッティングして、このフィッティング曲線の最大値又は積分値を用いてもよい。上記のフィッティングに用いるフィッティング関数は例えばLorentz関数、Gauss関数である。
【0084】
測定点ごとに111面の回折強度を規格化した値と200面の回折強度を規格化した値と220面の回折強度を規格化した値とを求める。更にこれら三つの規格化した値を合計した値を求める。更に上記合計した値に対する111面の回折強度を規格化した値の割合を求める。この割合が111面の配向度である。111面の配向度の平均値は全ての測定点における111面の配向度を平均した値である。111面の配向度の分散は上記平均した値から求められる。
【0085】
X線6は例えば放射光施設SAGA-LSに存在するBL16を用いることができる。本ビームラインは波長が例えばλ=0.0919nmのX線を用いることができる。スリット幅は例えば0.5mm角を用いることができる。検出器52は例えば市販の2次元検出器であるDectris社、PILATUS 100Kを用いることができる。試料3の横断面30から上記2次元検出器までの距離は0.512mである。演算装置53は市販のコンピュータを用いることができる。
【0086】
角度θ,2θは上述の波長に応じて選択する。角度θ,2θは例えばλが0.0919nmである場合には以下の値である。
所定の面指数Fが111面である場合、試料3の111面とX線6とがなす角度θは11.3度を用いる。所定の方向Dと回折したX線60とがなす角度2θは22.6度を用いる。なお、
図6はθ及び2θを実際の値よりも大きく示す。
所定の面指数Fが200面である場合、試料3の200面とX線6とがなす角度θは13度を用いる。所定の方向Dと回折したX線60とがなす角度2θは26度を用いる。
所定の面指数が220面である場合、試料3の220面とX線6とがなす角度θは18.6度を用いる。所定の方向Dと回折したX線60とがなす角度2θは37.2度を用いる。
【0087】
〈引張強さ〉
引張強さ(MPa)は、JIS Z 2241:2011に準拠して測定する。ここでは常温での引張強さを測定する。
【0088】
〈成分分析〉
得られた各試料のアルミニウム合金線の組成は表1の組成と同じである。即ち各試料のアルミニウム合金線を構成するアルミニウム合金は表1に示す元素を表1に示す範囲で含み残部がAl及び不可避不純物からなる。アルミニウム合金線の組成の分析には公知の手法が利用できる。上記組成の分析には例えばエネルギー分散型X線分析装置等が利用できる。
【0089】
【0090】
【0091】
【0092】
以下の説明では試料No.1から試料No.9、No.11からNo.19,No.21からNo.29をまとめて第一試料群と呼ぶことがある。試料No.101からNo.104をまとめて第二試料群と呼ぶことがある。
【0093】
表2から表4に示すように第一試料群のアルミニウム合金線は第二試料群のアルミニウム合金線に比較して高い引張強さを有する。定量的には第一試料群のアルミニウム合金線は425MPa超の引張強さを有する。多くの試料は440MPa以上の引張強さを有する。組成によっては470MPa以上の高い引張強さを有する試料もある。
【0094】
上述のような結果が得られた理由の一つとして、111面の配向度の相違が考えられる。第一試料群のアルミニウム合金線では第二試料群のアルミニウム合金線に比較して111面の配向度の平均値が大きく、かつ111面の配向度の分散が小さい。定量的には第一試料群のアルミニウム合金線では111面の配向度の平均値が50%以上であり、かつ111面の配向度の分散が45%以下である。多くの試料は111面の配向度の平均値が60%以上であり、かつ111面の配向度の分散が35%以下である。組成によっては111面の配向度の平均値が70%以上であり、かつ111面の配向度の分散が30%以下である。このことを
図2から
図5を参照して視覚的に説明する。
【0095】
図2及び
図3は試料No.3のアルミニウム合金線についての111面の配向度の分布を示す。
図4及び
図5は試料No.1のアルミニウム合金線についての111面の配向度の分布を示す。
図2及び
図4はアルミニウム合金線の横断面の全域において上述の測定点ごとの111面の配向度をグレースケールの濃淡に変換した図である。
図2の右及び
図4の右に示すバーはカウント数に応じた濃淡を示す。各測定点の111面の配向度を例えばゼロから100までのカウント数に変換する。黒色はカウント数がゼロであることを意味する。白色はカウント数が100であることを意味する。111面の配向度が大きいほど、カウント数が大きくなる、即ち白色に近くなる。
【0096】
図3及び
図5は111面の配向度の分布を等高線で示す。各等高線は111面の配向度が同じである測定点を結ぶ。
図2及び
図4は以下の4種の等高線を示す。細実線は111面の配向度が20%の測定点を結ぶ等高線である。細破線は111面の配向度が40%の測定点を結ぶ等高線である。細点線は111面の配向度が60%の測定点を結ぶ等高線である。太実線は111面の配向度が80%の測定点を結ぶ等高線である。
【0097】
470MPaという高い引張強さを有する試料No.3のアルミニウム合金線では
図2に示すように白色の測定点が多く、薄い灰色の測定点が若干あり、黒色の測定点がほとんどない。即ちカウント数が大きい測定点が多い上に、カウント数のばらつきが小さい。カウント数が大きい測定点が多いことは
図3に示すように太実線で囲まれる領域が大きな面積を有することからも裏付けられる。ここでは太実線で囲まれる領域の形状及び大きさは試料No.3のアルミニウム合金線の横断面の形状及び大きさに相当程度近い。また、この大きな面積を有する領域内には他の等高線で囲まれる領域がほとんど含まれていない。ばらつきが小さいことは
図3に示すように上述の4種の等高線で囲まれる領域が概ね同じ形状を描くことからも裏付けられる。このような試料No.3のアルミニウム合金線は横断面の全域にわたって一様に111面が横断面の法線方向に配向している。このような111面が配向した組織を有することで、試料No.3のアルミニウム合金線は高い引張強さを有すると考えられる。
【0098】
試料No.3よりも引張強さが低い試料No.1のアルミニウム合金線では
図4に示すように濃い灰色の測定点及び黒色の測定点が試料No.3よりも多くみられる。また、濃い灰色の測定点が点在している。即ちカウント数が小さい測定点を含む上に、カウント数のばらつきがある程度大きい。カウント数が小さい測定点を含むことは
図5に示すように細実線で囲まれる領域が複数存在することからも裏付けられる。ばらつきがある程度大きいことは
図5に示すように上述の4種の等高線で囲まれる領域の形状及び大きさがバラバラであることからも裏付けられる。また、太実線で囲まれる領域が複数存在するものの、合計面積が小さい。このことから、試料No.1よりも引張強さが低い第二試料群のアルミニウム合金線は、試料No.1よりもカウント数が小さい測定点を多く含み、かつカウント数のばらつきが大きいと考えられる。
【0099】
その他、この試験から以下のことが示される。
(1)第一組成、第二組成を有するアルミニウム合金線は第三組成を有するアルミニウム合金線よりも111面の配向度の平均値が大きく、かつ111面の配向度の分散が小さい傾向にある。この点から、第一組成、第二組成を有するアルミニウム合金線はより高強度である。
【0100】
(2)溶体化処理及び時効処理が施された状態において111面の配向度の平均値が大きく、かつ111面の配向度の分散が小さいアルミニウム合金線は、上述の〈条件〉を満たす製造方法によって製造することができる。第一試料群のアルミニウム合金線では、上述の〈条件〉を満たすことで、第二伸線加工後の状態において転位が蓄積されていると考えられる。これに対し、第二試料群のアルミニウム合金線では第一試料群のアルミニウム合金線に比較して第二伸線加工の加工度が小さい。また、第二試料群のアルミニウム合金線では第二伸線加工の加工度が第一伸線加工の加工度よりも小さい、又は第一伸線加工の加工度と同じである。これらのことから第二試料群のアルミニウム合金線では第二伸線加工後の状態において転位が十分に蓄積されていないと考えられる。
【0101】
本開示はこれらの例示に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。例えば試験例1においてアルミニウム合金の組成を変更したり、伸線加工の加工度、軟化処理の条件等の製造条件を変更したりすることができる。
【符号の説明】
【0102】
1 アルミニウム合金線、3 試料
10 端面、11 延伸部、30 横断面
6,60 X線
51 可動ステージ、51f 表面、52 検出器、53 演算装置
D 方向、F 面指数、θ,2θ 角度
【要約】
アルミニウム合金は、シリコンを0.6質量%以上1.5質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上1.3質量%以下、銅を0.1質量%以上1.2質量%以下、マンガンを0.2質量%以上1.15質量%以下含み、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなる組成を備え、溶体化処理及び時効処理が施された状態において断面の全域をX線回折して求められた111面の配向度の平均値が50%以上であり、前記111面の配向度の分散が45%以下である。