(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-04
(45)【発行日】2023-04-12
(54)【発明の名称】キルド鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21C 7/06 20060101AFI20230405BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230405BHJP
C22C 38/04 20060101ALI20230405BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230405BHJP
C21C 7/04 20060101ALI20230405BHJP
【FI】
C21C7/06
C22C38/00 301Z
C22C38/04
C22C38/58
C21C7/04 B
C22C38/00 302Z
(21)【出願番号】P 2019081984
(22)【出願日】2019-04-23
【審査請求日】2021-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2018121384
(32)【優先日】2018-06-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】溝口 利明
(72)【発明者】
【氏名】武川 隼
(72)【発明者】
【氏名】大賀 信太郎
(72)【発明者】
【氏名】栗本 英典
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-192439(JP,A)
【文献】特開昭57-002819(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 7/00- 7/10
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キルド鋼を製造する方法であって、
(a)成分調整用合金を脱酸の前の溶存酸素量が50ppm以上の溶鋼に投入する工程と、
(b)前記(a)の工程の後、前記溶鋼に脱酸剤を投入することで、脱酸する工程と、
(c)脱酸された前記溶鋼に、成分調整用合金を投入する工程と、
を有し、
前記(a)の工程で投入される成分調整用合金に含まれる酸素量を脱酸前持込み酸素量とし、前記(c)の工程で投入される成分調整用合金に含まれる酸素量を脱酸後持込み酸素量とする場合に、
前記脱酸後持込み酸素量が、10.0ppm以下であり、
前記脱酸前持込み酸素量と前記脱酸後持込み酸素量との合計が15.0ppm以上であり、
前記脱酸前持込み酸素量と前記脱酸後持込み酸素量との比である、(脱酸前持込み酸素量/脱酸後持込み酸素量)が、2.0以上である、
キルド鋼の製造方法。
【請求項2】
前記脱酸剤は、Al、Zr、またはAlおよびZrである、請求項1に記載のキルド鋼の製造方法。
【請求項3】
前記成分調整用合金は、MeMn、MeTi、MeCu、MeNi、FeMn、FeP、FeTi、FeS、FeSi、FeCr、FeMo、FeB、およびFeNbから選択される1種以上である、請求項1または2に記載のキルド鋼の製造方法。
【請求項4】
前記キルド鋼の化学組成が、質量%で、
C:0.0005~1.5%、
Si:0.005~1.2%、
Mn:0.05~3.0%、
P:0.001~0.2%、
S:0.0001~0.05%、
T.Al:0~1.5%、
Zr:0~0.1%、
Cu:0~1.5%、
Ni:0~10.0%、
Cr:0~10.0%、
Mo:0~1.5%、
Nb:0~0.1%、
V:0~0.3%、
Ti:0~0.25%、
B:0~0.005%、
残部がFeおよび不純物である、請求項1~3のいずれかに記載のキルド鋼の製造方法。
【請求項5】
前記キルド鋼の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.1~1.5%、
Ni:0.1~10.0%、
Cr:0.1~10.0%、および
Mo:0.05~1.5%、
から選択される1種以上を含有する、請求項4に記載のキルド鋼の製造方法。
【請求項6】
前記キルド鋼の前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.005~0.1%、
V:0.005~0.3%、および
Ti:0.001~0.25%、
から選択される1種以上を含有する、請求項4または5に記載のキルド鋼の製造方法。
【請求項7】
前記キルド鋼の前記化学組成が、質量%で、
B:0.0005~0.005%、
を含有する、請求項4~6のいずれかに記載のキルド鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キルド鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板等の鋼材は、通常、転炉等の一次精錬炉により大気圧下で脱炭精錬を行われた未脱酸の溶鋼を取鍋に出鋼した後、脱炭精錬により増加した溶鋼中の酸素を、例えばRH真空脱ガス装置でAlまたはAl-Siにより脱酸するAlキルド鋼等として、製造されている。
【0003】
脱酸時に不可避的に生成するアルミナ等の酸化物は、硬質であり、凝集してクラスター化し易く、数100μm以上の介在物として鋼中に残留する。このため、溶鋼からのアルミナの除去が不十分であると、連続鋳造時にタンディッシュの浸漬ノズルでノズル孔内付着によるノズル詰まりを生じる。
【0004】
また、アルミナ等の酸化物が最終製品である鋼材に残存すると、例えば、薄板では熱間圧延または冷間圧延でのスリバー疵(線状疵)、構造用厚板では材質不良、耐摩耗鋼用厚板では低温靭性の低下、油井用鋼管では溶接部のUST欠陥といった、アルミナクラスター等に起因した介在物欠陥が発生する。
【0005】
例えば、引張強度が340MPa級の塗装焼付け硬化型鋼板用の極低炭素鋼(以下、「340BH/HiMn-SULC」という)の溶製においても、アルミナクラスターに起因した介在物欠陥が問題になる。
【0006】
340BH/HiMn-SULCは、Mn含有量が0.60質量%程度と高Mnの化学組成を有する。このため、製鋼工程においてMnの供給源となる金属Mn(以下、「MeMn」と記載する。)を溶鋼に投入して、溶鋼のMn濃度を高める必要がある。
【0007】
一方、溶鋼に添加されたMnは酸化されてMnOを生成して浮上分離し易いため、Mnの投入歩留まりは低下し易い。このため、MeMnは、これまで、転炉で溶製された未脱酸の溶鋼を取鍋に出鋼し、RH真空脱ガス装置を用いてAlまたはAl-Siにより脱酸した後に、溶鋼に投入されていた。
【0008】
340BH/HiMn-SULCの溶製においても、連続鋳造時にタンディッシュの浸漬ノズルでノズル孔内付着によるノズル詰まりおよび、冷間圧延でのスリバー疵といった介在物欠陥が頻発しており、塗装焼付け硬化型鋼板の低下や品質低下が発生していた。
【0009】
本発明者らは、特許文献1により、AlまたはAl-Si脱酸した溶鋼中に、Ce、La、PrおよびNdの1種類以上の希土類金属(REM)を添加することにより、質量%で、C:0.0005~1.5%、Si:0.005~1.2%、Mn:0.05~3.0%、P:0.001~0.1%、S:0.0001~0.05%、Al:0.005~1.5%、残部がFeである鋼組成を有し、全REMが0.1ppm以上10ppm未満であり、かつ固溶REMが1ppm未満である、アルミナクラスターが少ない鋼材を開示した。
【0010】
特許文献1により開示された鋼材は、介在物欠陥の原因となる粗大なアルミナクラスターの生成を、溶鋼中およびAr気泡の表面で防止し、自動車用や家電用の薄板のスリバー疵、構造用厚板の材質不良、耐摩耗用厚板の低温靭性の低下、油井管用鋼管の溶接部のUST欠陥といった介在物欠陥を大幅に抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1により開示された発明によれば、確かに、アルミナクラスターが少ない鋼材を提供できる。
【0013】
近年、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を低減することの要請は、鋼材の需要家の生産性向上のための無欠陥指向および加工特性の向上の要求の高まりにより、従来に増して一段と高まっており、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥をより一層低減することが強く求められている。
【0014】
このため、製鋼工程での溶鋼の徹底的な清浄化や、鋳片の重手入れ化といった様々な対策が行われてはいるものの、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を、現在要求される程度まで十分に低減できていない。
【0015】
本発明は、従来の技術が有するこの課題に鑑みてなされたものであり、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を、現在要求される程度まで十分に低減しながら、鋼(キルド鋼)を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らが特許文献1により開示したように、低融点酸化物であるFeOは、Alにより脱酸された平衡状態の溶鋼中には本来存在しないが、1600℃程度の溶鋼(O濃度:6~8ppm程度)の一部に、O濃度が0.2質量%程度の溶鋼が非平衡に存在すると、Al2O3と液体のFeOとが同時に生成し、液体のFeOがAl2O3同士の間にバインダーとして介在することにより、Al2O3が凝集、結合したアルミナクラスターが発生する。このようなアルミナクラスターが発生すると、連続鋳造時にノズル詰まりを生じる、あるいは、アルミナクラスターに起因した欠陥が発生すると考えられる。
【0017】
本発明者らは、このアルミナクラスターの発生機構に基づき、アルミナ等の酸化物クラスターの発生防止手段を鋭意検討した結果、以下に列記の知見(A)~(G)が得られた。
【0018】
(A)通常、成分を調整するための表1に示すMeMn等の成分用調整合金は、脱酸後に投入される。例えば、340BH/HiMn-SULCの製鋼工程でMn濃度の調整のために脱酸後に投入されるMeMnは、例えば0.5質量%程度と極微量ではあるものの、Oを含有する。Oを含有するMeMnが溶鋼に持ち込む全O量は例えば15ppm以上になる。
【0019】
上記鋼種のように、成分調整用合金を多量に投入し、化学組成を制御する鋼においては、従来のように脱酸後に、MeMnを投入すると、MeMnに含まれるO(「持込み酸素量」ともいう。)により、溶鋼は局所的に酸素汚染される。これにより、液体状態のFeOがAl2O3と同時に生成し、生成したFeOがAl2O3同士のバインダーになってアルミナクラスターが発生する。
【0020】
(B)340BH/HiMn-SULCのように、MeMnの投入量が多い鋼種、すなわち持込み酸素量が15ppm以上と多い鋼種では、MeMnを、従来のように脱酸後の溶鋼に投入するのではなくて、脱酸前の溶存酸素量が50ppm以上である溶鋼に投入するとともに脱酸後の溶鋼に投入することにより、液体状態のFeOがAl2O3等の酸化物と同時に生成することを阻止してアルミナ等の酸化物クラスターの生成を抑制できるため、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を低減できる。
【0021】
(C)脱酸後持込み酸素量を10.0ppm以下にすることにより、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を低減できる。
【0022】
(D)脱酸前に投入されるMeMnから溶鋼に持ち込まれる脱酸前持込み酸素量と、脱酸後に投入されるMeMnから溶鋼に持ち込まれる脱酸後持込み酸素量との比率(脱酸前持込み酸素量/脱酸後持込み酸素量)を2.0以上に高めることにより、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を低減できる。
【0023】
(E)上記のアルミナクラスターは、Alを脱酸剤として用いた場合に形成するが、例えば、脱酸剤として、Zrを用いた場合は、ZrO2がクラスター化したZrO2クラスターが形成する。一方、Siは脱酸剤として作用する場合もあるが、AlやZrと一緒に使用する場合、SiはAlやZrと比較して脱酸力が弱いため、一般に脱酸効果はなく、介在物中にもほとんど含有されない。しかしながら、Siを添加した場合には、慣例的にAl-Siキルド鋼、あるいはZr-Siキルド鋼と呼ばれている。
【0024】
(F)脱酸前にMeMnを投入することにより、Mnの投入歩留まりは若干低下するものの、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を、現在要求される品質レベルまで十分に低減できるため、最終製品である鋼材の生産性や品質を顕著に向上でき、鋼材の製造コストを大幅に抑制することが可能になる。
【0025】
(G)溶鋼の成分調整用合金としては、MeMn以外に、MeTi、MeCu、MeNi、MeMn、FeMn、FeP、FeTi、FeS、FeSi、FeCr、FeMo、FeBおよびFeNb等があり、これらの成分調整用合金もOを含有する。このため、これらの成分調整用合金を、上記(B)に記載したように脱酸の前後に投入することにより、アルミナ、ZrO2といった酸化物クラスターの発生を防ぐことができる。
【0026】
本発明は、これらの知見(A)~(G)に基づくものであり、以下に列記の通りである。
(1)キルド鋼を製造する方法であって、
(a)成分調整用合金を脱酸の前の溶存酸素量が50ppm以上の溶鋼に投入する工程と、
(b)前記(a)の工程の後、前記溶鋼に脱酸剤を投入することで、脱酸する工程と、
(c)脱酸された前記溶鋼に、成分調整用合金を投入する工程と、
を有し、
前記(a)の工程で投入される成分調整用合金に含まれる酸素量を脱酸前持込み酸素量とし、前記(c)の工程で投入される成分調整用合金に含まれる酸素量を脱酸後持込み酸素量とする場合に、
前記脱酸後持込み酸素量が、10.0ppm以下であり、
前記脱酸前持込み酸素量と前記脱酸後持込み酸素量との合計が15.0ppm以上であり、
前記脱酸前持込み酸素量と前記脱酸後持込み酸素量との比である、(脱酸前持込み酸素量/脱酸後持込み酸素量)が、2.0以上である、
キルド鋼の製造方法。
【0027】
(2)前記脱酸剤は、Al、Zr、またはAlおよびZrである、上記(1)に記載のキルド鋼の製造方法。
【0028】
(3)前記成分調整用合金は、MeMn、MeTi、MeCu、MeNi、FeMn、FeP、FeTi、FeS、FeSi、FeCr、FeMo、FeB、およびFeNbから選択される1種以上である、上記(1)または(2)に記載のキルド鋼の製造方法。
【0029】
(4)前記キルド鋼の化学組成が、質量%で、
C:0.0005~1.5%、
Si:0.005~1.2%、
Mn:0.05~3.0%、
P:0.001~0.2%、
S:0.0001~0.05%、
T.Al:0~1.5%、
Zr:0~0.1%
Cu:0~1.5%、
Ni:0~10.0%、
Cr:0~10.0%、
Mo:0~1.5%、
Nb:0~0.1%、
V:0~0.3%、
Ti:0~0.25%、
B:0~0.005%、
残部がFeおよび不純物である、上記(1)~(3)のいずれかに記載のキルド鋼の製造方法。
【0030】
(5)前記キルド鋼の前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.1~1.5%、
Ni:0.1~10.0%、
Cr:0.1~10.0%、および
Mo:0.05~1.5%、
から選択される1種以上を含有する、上記(4)に記載のキルド鋼の製造方法。
【0031】
(6)前記キルド鋼の前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.005~0.1%、
V:0.005~0.3%、および
Ti:0.001~0.25%、
から選択される1種以上を含有する、上記(4)または(5)に記載のキルド鋼の製造方法。
【0032】
(7)前記キルド鋼の前記化学組成が、質量%で、
B:0.0005~0.005%、
を含有する、上記(4)~(6)のいずれかに記載のキルド鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を、十分に低減しながら、鋼を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】
図1は、実施例における脱酸前持込み酸素量と脱酸後持込み酸素量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明を説明する。以降の説明において化学組成または濃度に関する「%」は特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0036】
1.本発明の概要
本発明では、基本的に、転炉で溶製された未脱酸の溶鋼を取鍋に出鋼した後、出鋼された溶鋼を、例えばRH真空脱ガス装置においてAl、Zr、Al-Zr等により脱酸することによりキルド鋼を製造する。
【0037】
具体的には、
(a)成分調整用合金を脱酸の前の溶存酸素量が50ppm以上の溶鋼に投入する工程と、
(b)上記(a)の工程の後、溶鋼に脱酸剤を投入することで、脱酸する工程と、
(c)脱酸された上記溶鋼に、成分調整用合金を投入する工程と、
を有し、
上記(a)の工程で投入される成分調整用合金に含まれる酸素量を脱酸前持込み酸素量とし、上記(c)の工程で投入される成分調整用合金に含まれる酸素量を脱酸後持込み酸素量とする場合に、
脱酸後持込み酸素量が、10.0ppm以下であり、
脱酸前持込み酸素量と脱酸後持込み酸素量との合計が15.0ppm以上であり、
脱酸前持込み酸素量と脱酸後持込み酸素量との比である、(脱酸前持込み酸素量/脱酸後持込み酸素量)が、2.0以上である、キルド鋼の製造方法である。
【0038】
酸素を含有する成分調整用合金を、取鍋への出鋼中または出鋼後であって、脱酸の前の溶存酸素量が50ppm以上の溶鋼に投入するとともに(上記(a)の工程)、脱酸の後の溶鋼に投入する(上記(c)の工程)。なお、溶鋼の溶存酸素量は、500ppm以下であることが好ましい。
【0039】
2.脱酸剤
本発明では、脱酸剤は、Al、Zr、またはAlおよびZrとするのが好ましい。
【0040】
3.成分調整用合金
本発明では、取鍋への出鋼中または出鋼後であって、かつ脱酸前および脱酸後に、酸素を含有する成分調整用合金を溶鋼に投入する。すなわち、酸素を含有する成分調整用合金の溶鋼への投入タイミングを、従来の脱酸後だけではなく、取鍋への出鋼中または出鋼後であって脱酸前および脱酸後に変更する。
【0041】
本発明では、脱酸前に投入される成分調整用合金から、溶存酸素量が50ppm以上の溶鋼に持ち込まれる脱酸前持込み酸素量(ppm)と、脱酸後に投入される成分調整用合金から溶鋼に持ち込まれる脱酸後持込み酸素量(ppm)との比率(脱酸前持込み酸素量/脱酸後持込み酸素量)を2.0以上にする。
【0042】
すなわち、上記(a)の工程で投入される成分調整合金に含まれる酸素量を脱酸前持込み酸素量とし、上記(c)の工程で投入される成分調整合金に含まれる酸素量を脱酸後持込み酸素量とする場合に、脱酸前持込み酸素量と脱酸後持込み酸素量との比である、(脱酸前持込み酸素量/脱酸後持込み酸素量)を、2.0以上とする。また、上記比は、好ましくは、2.5以上、130以下である。
【0043】
なお、持込み酸素量(脱酸前持込み酸素量、脱酸後持込み酸素量)は、各成分調整用合金からの持込み酸素量(質量ppm)を、成分調整用合金投入量(kg)×当該成分調整用合金中酸素濃度(%)/100/溶鋼量(kg)×106により求め、全ての成分調整用合金からの持込み酸素量を合計して求めることができる。さらに、本発明では、脱酸後持込み酸素量を10.0ppm以下にし、好ましくは、0.2ppm以上、5.0ppm以下である。
【0044】
これらにより、Al2O3等の酸化物および液体のFeOが溶鋼中で同時に発生することを防止でき、アルミナ等の酸化物クラスターの発生を防ぐことができるため、アルミナ等の酸化物クラスターによる介在物欠陥を、現在要求される品質レベルまで十分に低減しながら、溶鋼を製造することができる。
【0045】
本発明では、脱酸前持込み酸素量と脱酸後持込み酸素量との合計を15.0ppm以上とする。脱酸前持込み酸素量と脱酸後持込み酸素量との合計の持込み酸素量が15.0ppm未満であると、Al2O3等の酸化物および液体のFeOが少量しか発生せず、酸素を含有する成分調整用合金を溶鋼に投入することの弊害が発生しないからである。なお、合計の持込み酸素量は、好ましくは、170.0ppm以下である。
【0046】
成分調整用合金の溶鋼への投入タイミングは、取鍋への出鋼中または出鋼後であって、かつ脱酸前および脱酸後であれば、特に制限されない。しかし、脱酸よりできるだけ前のタイミング、例えば取鍋への出鋼直後で投入すれば、脱酸前に一旦生成した液体FeOが確実に溶鋼中に溶解することになるために、好ましい。
【0047】
酸素を含有する成分調整用合金としては、MeMn、MeTi、MeCu、MeNi、FeMn、FeP、FeTi、FeS、FeSi、FeCr、FeMo、FeB、およびFeNbから選択される1種以上が例示される。
【0048】
各成分調整用合金の酸素濃度としては、MeMn:0.5%程度、MeTi:0.2%程度、MeCu:0.04%程度、MeNi:0.002%程度、FeMn:0.4%程度、FeP:1.5%程度、FeTi:1.3%程度、FeS:6.5%程度、FeSi:0.4%程度、FeCr:0.1%程度、FeMo:0.01%程度、FeB:0.4%程度、FeNb:0.03%程度が例示される。
【0049】
4.本発明により製造されるキルド鋼の化学組成
本発明により製造されるキルド鋼の化学組成は、質量%で、C:0.0005~1.5%、Si:0.005~1.2%、Mn:0.05~3.0%、P:0.001~0.2%、S:0.0001~0.05%、T.Al:0~1.5%、Zr:0~0.1%、Cu:0~1.5%、Ni:0~10.0%、Cr:0~10.0%、Mo:0~1.5%、Nb:0~0.1%、V:0~0.3%、Ti:0~0.25%、B:0~0.005%、残部がFeおよび不純物である炭素鋼または合金鋼であることが好ましい。この化学組成を有する鋼材に必要な加工を加えることにより、薄板、厚板、鋼管、形鋼、棒鋼等へ適用できる。上記組成範囲が好ましい理由は以下の通りである。
【0050】
なお、上述したように、本発明において、脱酸剤をAl、Zr、またはAlおよびZrとするのが好ましい。このため、製造されるキルド鋼は、Alキルド鋼、Zrキルド鋼、または、Al-Zrキルド鋼であると考えられる。また、Siが添加されている場合は、慣例に従いAl-Siキルド鋼、Zr-Siキルド鋼、またはAl-Zr-Siキルド鋼と呼ぶこともある。
【0051】
C:0.0005~1.5%
Cは、鋼の強度を最も安定して向上させる基本的な元素である。C含有量は、強度あるいは硬度の確保のためには好ましくは0.0005%以上である。しかし、C含有量が1.5%を超えると靭性が損なわれる。このため、C含有量は、所望する材料の強度に応じて好ましくは0.0005~1.5%の範囲で調整する。
【0052】
Si:0.005~1.2%
Si含有量が0.005%未満であると溶銑予備処理を行う必要が生じ、精錬に大きな負担をかけ経済性が損なわれる。また、SiはAlやZrが少ない場合、僅かではあるが、脱酸作用を有することがある。一方、Si含有量が1.2%を超えるとメッキ不良が発生し、表面性状や耐食性が劣化する。このため、Si含有量は好ましくは0.005~1.2%である。
【0053】
Mn:0.05~3.0%
Mn含有量が0.05%未満であると、精錬時間が長くなって経済性が損なわれる。一方、Mn含有量が3.0%を超えると鋼材の加工性が大きく劣化する。このため、Mn含有量は、好ましくは0.05~3.0%である。
【0054】
P:0.001~0.2%
P含有量が0.001%未満であると溶銑予備処理の時間およびコストが増加し経済性が損なわれる。一方、P含有量が0.2%を超えると鋼材の加工性が大きく劣化する。このため、P含有量は好ましくは0.001~0.2%である。
【0055】
S:0.0001~0.05%
S含有量が0.0001%未満であると、溶銑予備処理の時間およびコストがかかり経済性が損なわれる。一方、S含有量が0.05%を超えると、鋼材の加工性および耐食性が大きく劣化する。このため、S含有量は好ましくは0.0001~0.05%である。
【0056】
T.Al:0~1.5%
Alは脱酸効果を有するため、必要に応じて、脱酸剤として用いてもよい。なお、本発明では、Al含有量について材質に影響する酸可溶Al(sol.Al)量と、介在物であるAl2O3に由来するAl(insol.Al)量の合計量である、Al量をT.Al(Total.Al)として規定する。換言すれば、T.Al=sol.Al+insol.Alを意味する。
【0057】
T.Al含有量が1.5%を超えると表面性状と加工性が劣化する。このため、Alを脱散剤として用いる場合には、T.Al含有量は1.5%以下とするのが好ましい。一方、上記脱酸剤としての効果、およびAlNとしてNをトラップし、固溶Nを減少させる効果を得ることができない。このような効果を得るためには、T.Al含有量は、0.005%以上とするのが好ましい。
【0058】
Zr:0~0.1%
Zrは脱酸剤として用いることで、鋼板の内部品質制御が重要な薄板ハイテン、厚板、または鋼管等の鋼種において、中心偏析およびポロシティの抑制や耐遅れ破壊性等の材質向上が可能となる。このため、必要に応じてZrを脱酸剤として用いることができる。Zrは以下に示す通りAlとは得られる効果が異なるため、Zr単独でも、Alと併用して使用することも可能である。
【0059】
Zrは、脱酸で生成するZrO2が凝固時に形成する等軸晶の生成核として作用し、中心偏析、またはポロシティの原因となる液相中の不純物元素を分散させることができる。加えて、ZrO2はMnSの析出核としても作用するため、水素のトラップサイトとなるMnSを微細かつ分散させることができる。その結果、遅れ破壊の原因となる水素をより多くトラップして、無害化することができる。
【0060】
しかしながら、Zr含有量が0.1%を超えると鋳造時の鍋ノズル閉塞が急激に悪化する。このため、Zr含有量は0.1%以下とするのが好ましい。一方、上述した中心偏析およびポロシティの抑制や耐遅れ破壊性等の材質向上の効果を得るためには、Zr含有量は0.005%以上とするのが好ましい。
【0061】
以上が必須元素であるが、本発明では、これらの他にそれぞれの用途に応じて、任意元素として、(i)Cu、Ni、CrおよびMoから選択される1種以上、(ii)Nb、VおよびTiから選択される1種以上、および(iii)B、を含有してもよい。
【0062】
Cu:0~1.5%、Ni:0~10.0%、Cr:0~10.0%およびMo:0~1.5%から選択される1種以上
【0063】
Cu、Ni、Cr、Moは、いずれも、鋼の焼入れ性を向上させる元素である。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、CuおよびMoは1.5%を超えて、NiおよびCrは10.0%を超えて、それぞれ含有すると、鋼の靭性および加工性が損なわれる。このため、好ましくはCu:1.5%以下、Ni:10.0%以下、Cr:10.0%以下、Mo:1.5%以下とする。鋼の強度を確実に高めるためには、Cu含有量、Ni含有量およびCr含有量はそれぞれ好ましくは0.1%以上であり、また、Mo含有量は好ましくは0.05%以上である。
【0064】
Nb:0~0.1%、V:0~0.3%およびTi:0~0.25%から選択される1種以上
Nb、V、Tiは、いずれも、析出強化により鋼の強度を向上させる元素である。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Nbは0.1%を超えて、Vは0.3%を超えて、Tiは0.25%を超えて、それぞれ含有すると、鋼の靭性が損なわれる。このため、好ましくはNb:0.1%以下、V:0.3%以下、Ti:0.25%以下である。鋼の強度を確実に高めるためには、Nb含有量およびV含有量はそれぞれ好ましくは0.005%以上であり、Ti含有量は好ましくは0.001%以上である。
【0065】
B:0~0.005%
Bは、鋼の焼入れ性を向上させ、強度を高める元素である。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、0.005%を超えて含有するとBの析出物を増加させ、鋼の靭性を損なうおそれがある。このため、好ましくは、B含有量は0.005%以下である。鋼の強度を確実に高めるためには、B含有量は好ましくは0.0005%以上である。
【実施例】
【0066】
270トンの転炉で溶製された未脱酸の溶鋼を、取鍋に出鋼した後、出鋼された溶鋼を、RH真空脱ガス処理装置においてAl、Zr等により脱酸することによってキルド鋼を溶製した。この際、取鍋への出鋼中または出鋼後であって、かつAl、Zr等による脱酸前の溶存酸素量を有する溶鋼、および脱酸後の溶鋼に、酸素を含有する成分調整用合金を投入した。表1に投入した成分調整用合金の合金濃度および酸素濃度を示す。
【0067】
【0068】
表2および3に、合金投入条件(溶存酸素量,投入タイミング(未脱酸時の出鋼開始からの経過時間))、投入合金種(脱酸前、脱酸後)、持込み酸素量(脱酸前持込み酸素量、脱酸後持込み酸素量)、比率(脱酸前持込み酸素量/脱酸後持込み酸素量)、および(脱酸前持込み酸素量と脱酸後持込み酸素量との合計)を示す。
【0069】
【0070】
【0071】
表2および3における合金投入条件は、脱酸前と脱酸後の比較で持ち込み酸素量が多い方の投入条件を示す。
【0072】
なお、持込み酸素量(脱酸前持込み酸素量、脱酸後持込み酸素量)は、各合金からの持込み酸素量(質量ppm)を、合金投入量(kg)×当該合金中酸素濃度(%)/100/溶鋼量(kg)×106により求め、全合金からの持込み酸素量を合計して求めた。
【0073】
溶製されたAlキルド鋼等の溶鋼を垂直曲げ型連続鋳造機により連続鋳造し、連続鋳造鋳片を製造した。その後、連続鋳造鋳片に、(a)熱間圧延および酸洗を行って、表4および5に示す化学組成を有する厚板(Al-Siキルド鋼等)を製造し、(b)熱間圧延、酸洗および冷間圧延を行って、表4および5に示す化学組成を有する薄板(Alキルド鋼、Al-Siキルド鋼等)を製造し、または(c)熱間圧延および酸洗を行って製造した厚板を素材として、表4および5に示す化学組成を有する溶接鋼管(Al-Siキルド鋼等)を製造した。熱間圧延後の板厚は2~100mmとし、冷間圧延後の板厚は0.2~1.8mmとした。
【0074】
鋳片から採取したサンプルの最大クラスター径、クラスター個数、欠陥発生率および鍋ノズル閉塞状況等を、表4および5に示す。また、
図1に、脱酸前持込み酸素量と脱酸後持込み酸素量との関係をグラフで示す。
【0075】
【0076】
【0077】
表4および5における最大クラスター径は、重量1kg±0.1kgの鋳片からスライム電解抽出(最小メッシュ20μmを使用)した介在物を実体顕微鏡で写真撮影(40倍)し、写真撮影した介在物の長径と短径の平均値を全ての介在物で求めてその平均値の最大値を最大介在物径とすることにより、測定した。
【0078】
表4および5におけるクラスター個数は、重量1±0.1kgのスライム電解抽出(最小メッシュ20μmを使用)した介在物であり、光学顕微鏡(100倍)で観察した20μm以上の全ての介在物個数を1kg単位個数に換算することにより、測定した。
【0079】
表4および5における欠陥発生率は、薄板の場合には、板表面でのスリバー疵発生率(=スリバー疵総長/コイル長×100,%)であり、厚板の場合には、製品板でのUST欠陥発生率あるいはセパレーション発生率(=欠陥発生板数/検査総板数×100,%)であり、鋼管の場合には、油井管溶接部でのUST欠陥発生率(=欠陥発生管数/検査総管数×100,%)である。
【0080】
厚板の場合には、シャルピー試験後の破面観察でセパレーションの発生の有無を確認した。なお、表4および5における厚板材の欠陥発生率では、欠陥がUST欠陥のときにはUSTと記載し、セパレーション欠陥のときにはSPRと記載した。
【0081】
表4および5における衝撃吸収エネルギーは、-20℃での圧延方向における幅が10mmのVノッチシャルピー衝撃試験値であり、試験片5本の平均値である。
【0082】
表4および5における絞り値は、室温における製品板の板厚方向絞り値(=引張り試験後の破断部分の断面積/試験前の試験片断面積×100,%)である。さらに、鍋ノズル閉塞状況は、○は閉塞がなかったことを示し、△は閉塞があったものの鋳造速度の低下には至らなかったことを示し、×は閉塞によって鋳造速度を低下させたことを示す。
【0083】
表4に示すように、本発明例によれば、酸素を含有する成分調整用合金を脱酸後のAl脱酸鋼等に投入することに起因した、Al2O3等の酸化物および液体のFeOの同時発生、およびアルミナ等の酸化物クラスターの発生を防ぐことができ、これにより、アルミナ等の酸化物クラスターに起因した介在物欠陥の発生を、現在要求される程度まで十分に低減しながら、溶鋼を製造でき、最終製品である鋼材における粗大アルミナ等の酸化物クラスターに起因する表面疵や内部欠陥を低減できる。
【0084】
一方、本発明の規定を満足しない条件で製造された鋼は、酸化物のクラスターが発生し、これに起因した介在物による欠陥も増加した。また、持込み酸素量の合計が15.0ppm未満である、B1を除き、鋳造時にノズルの閉塞を生じた。