(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-04
(45)【発行日】2023-04-12
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板、方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法、及び方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230405BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230405BHJP
C23C 22/00 20060101ALI20230405BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20230405BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20230405BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20230405BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/60
C23C22/00 B
C21D8/12 B
C21D9/46 501B
H01F1/147 183
(21)【出願番号】P 2020571300
(86)(22)【出願日】2020-02-07
(86)【国際出願番号】 JP2020004865
(87)【国際公開番号】W WO2020162608
(87)【国際公開日】2020-08-13
【審査請求日】2021-07-07
(31)【優先権主張番号】P 2019021284
(32)【優先日】2019-02-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】田中 一郎
(72)【発明者】
【氏名】片岡 隆史
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
(72)【発明者】
【氏名】久保田 真光
(72)【発明者】
【氏名】多田 裕俊
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-019358(JP,A)
【文献】特開2018-062682(JP,A)
【文献】特開平09-209165(JP,A)
【文献】特開2001-279460(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0073309(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0074860(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板において、
前記方向性電磁鋼板が、
母材鋼板と、
前記母材鋼板に接して配された酸化物層と、
前記酸化物層に接して配された張力付与性絶縁被膜と、を備え、
前記母材鋼板が、化学組成として、質量%で、
Si:2.5%以上4.0%以下、
Mn:0.05%以上1.0
0%以下、
Cr:0.02%以上0.50%以下、
C:0以上0.01%以下、
S+Se:0以上0.005%以下、
酸可溶性Al:0以上0.01%以下、
N:0以上0.005%以下、
Bi:0以上0.03%以下、
Te:0以上0.03%以下、
Pb:0以上0.03%以下、
Sb:0以上0.50%以下、
Sn:0以上0.50%以下、
Cu:0以上1.0%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
前記張力付与性絶縁被膜が、平均厚みが1~3μmのリン酸塩シリカ混合系の張力付与性絶縁被膜であり、
前記張力付与性絶縁被膜の表面から前記母材鋼板の内部に至る範囲をグロー放電発光分析した際に、デプスプロファイル上で、Fe発光強度が飽和値の0.5倍となるスパッタ時間を単位秒でFe
0.5とし、Fe発光強度が飽和値の0.05倍となるスパッタ時間を単位秒でFe
0.05としたとき、Fe
0.5とFe
0.05とが、(Fe
0.5-Fe
0.05)/Fe
0.5≧0.35を満足し、かつ、
前記デプスプロファイル上で、Fe発光強度が飽和値となるスパッタ時間を単位秒でFe
satとし、Cr発光強度が極大値となるスパッタ時間を単位秒でCr
maxとしたとき、前記デプスプロファイル上のFe
0.05からFe
satまでの間に、Cr
maxでのCr発光強度がCr
maxでのFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となるCr発光強度の極大点が含まれ、
前記方向性電磁鋼板の圧延方向の磁束密度B8が、1.90T以上である、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法であって、
前記絶縁被膜形成方法が、鋼基材上に張力付与性絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程を備え、
前記絶縁被膜形成工程では、
前記鋼基材が、
母材鋼板と、
前記母材鋼板に接して配された酸化物層と、を有し、
前記母材鋼板が、化学組成として、質量%で、
Si:2.5%以上4.0%以下、
Mn:0.05%以上1.0
0%以下、
Cr:0.02%以上0.50%以下、
C:0以上0.01%以下、
S+Se:0以上0.005%以下、
酸可溶性Al:0以上0.01%以下、
N:0以上0.005%以下、
Bi:0以上0.03%以下、
Te:0以上0.03%以下、
Pb:0以上0.03%以下、
Sb:0以上0.50%以下、
Sn:0以上0.50%以下、
Cu:0以上1.0%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
前記酸化物層の表面から前記母材鋼板の内部に至る範囲をグロー放電発光分析した際に、デプスプロファイル上でFe発光強度が飽和値となるスパッタ時間を単位秒でFe
satとしたとき、前記デプスプロファイル上の0秒からFe
satまでの間に、Fe発光強度が飽和値の0.40倍以上0.80倍以下の範囲内にFe
sat×0.1秒以上留まるFe発光強度のプラトー領域が含まれ、
前記デプスプロファイル上でCr発光強度が極大値となるスパッタ時間を単位秒でCr
maxとしたとき、前記デプスプロファイル上の前記プラトー領域からFe
satまでの間に、Cr
maxでのCr発光強度がCr
maxでのFe発光強度と比較して0.01倍以上0.03倍以下となるCr発光強度の極大点が含まれ、かつ、
前記デプスプロファイル上でSi発光強度が極大値となるスパッタ時間を単位秒でSi
maxとしたとき、前記デプスプロファイル上のCr
maxからFe
satまでの間に、Si
maxでのSi発光強度がSi
maxでのFe発光強度と比較して0.06倍以上0.15倍以下となるSi発光強度の極大点が含まれ、
前記鋼基材の前記酸化物層上に、
金属リン酸塩とシリカとを含有するリン酸塩シリカ混合系の張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布し
、850~950℃で10~60秒間保持して焼きつけて、平均厚みが1~3μmとなるように張力付与性絶縁被膜を形成する、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記製造方法が、
鋼片を加熱した後に熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を必要に応じて焼鈍して熱延焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
前記熱延鋼板または前記熱延焼鈍鋼板に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板を脱炭焼鈍して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布した後に仕上げ焼鈍して仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板に、洗浄処理と、酸洗処理と、熱処理とを順に施して酸化処理鋼板を得る酸化処理工程と、
前記酸化処理鋼板の表面に、
金属リン酸塩とシリカとを含有するリン酸塩シリカ混合系の張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつけて、平均厚みが1~3μmとなるように張力付与性絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程と、を備え、
前記熱間圧延工程では、
前記鋼片が、化学組成として、質量%で、
Si:2.5%以上4.0%以下、
Mn:0.05%以上1.0
0%以下、
Cr:0.02%以上0.50%以下、
C:0.02%以上0.10%以下、
S+Se:0.005%以上0.080%以下、
酸可溶性Al:0.01
0%以上0.07%以下、
N:0.005%以上0.020%以下、
Bi:0以上0.03%以下、
Te:0以上0.03%以下、
Pb:0以上0.03%以下、
Sb:0以上0.50%以下、
Sn:0以上0.50%以下、
Cu:0以上1.0%以下、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
前記脱炭焼鈍工程では、
前記冷延鋼板を、窒素-水素湿潤雰囲気中で、750℃以上950℃以下の温度域で、1分以上5分以下保持し、
前記仕上げ焼鈍工程では、
前記脱炭焼鈍鋼板上に、固形分率で、MgOとAl
2
O
3
とを合計で85質量%以上含有し、MgOとAl
2
O
3
との質量比であるMgO:Al
2
O
3
が3:7~7:3を満足し、かつ、固形分率で、MgOとAl
2
O
3
との合計含有量に対してビスマス塩化物を0.5~15質量%含有する焼鈍分離剤、または、固形分率で、MgOを60質量%以上含有する焼鈍分離剤を塗布し、
前記焼鈍分離剤を塗布した鋼板を、窒素雰囲気または窒素と水素との混合雰囲気中で、1100℃以上1300℃以下の温度域で、10時間以上30時間以下保持し、
前記酸化処理工程では、
前記洗浄処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄し、
前記酸洗処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板を2~20質量%で且つ70~90℃の硫酸にて酸洗し、
前記熱処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板を、露点が10~30℃であり且つ水素濃度が0~4体積%の窒素-水素混合雰囲気中で、700~900℃の温度で、10~60秒間保持
し、
前記絶縁被膜形成工程では、
前記張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布した鋼板を、850~950℃で10~60秒間保持する、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記熱間圧延工程では、
前記鋼片が、化学組成として、質量%で、
Bi:0.0005%~0.03%、
Te:0.0005%~0.03%、
Pb:0.0005%~0.03%、
のうちの少なくとも一種を含有する、
ことを特徴とする請求項
3に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板、方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法、及び方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
本願は、2019年2月8日に、日本に出願された特願2019-021284号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、ケイ素(Si)を0.5~7質量%程度含有し、二次再結晶と呼ばれる現象を活用して結晶方位を{110}<001>方位(Goss方位)に集積させた鋼板である。なお、{110}<001>方位とは、結晶の{110}面が圧延面と平行に配し、且つ結晶の<001>軸が圧延方向と平行に配することを意味する。
【0003】
方向性電磁鋼板は、軟磁性材料として主にトランスなどの鉄心に用いられている。方向性電磁鋼板はトランス性能に大きな影響を及ぼすため、方向性電磁鋼板の励磁特性と鉄損特性とを改善する検討が鋭意進められてきた。
【0004】
方向性電磁鋼板の一般的な製造方法は、次の通りである。
まず、所定の化学組成を有する鋼片を加熱して熱間圧延を行い、熱延鋼板を製造する。この熱延鋼板に必要に応じて熱延板焼鈍を行う。その後、冷間圧延を行って、冷延鋼板を製造する。この冷延鋼板に脱炭焼鈍を行って、一次再結晶を発現させる。その後、脱炭焼鈍後の脱炭焼鈍鋼板に仕上げ焼鈍を行って、二次再結晶を発現させる。
【0005】
上述の脱炭焼鈍後であって仕上げ焼鈍前に、脱炭焼鈍鋼板の表面に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を含有する水性スラリーを塗布し、乾燥させる。この脱炭焼鈍鋼板をコイルに巻取り、仕上げ焼鈍を行う。仕上げ焼鈍中、焼鈍分離剤のMgOと、脱炭焼鈍時に鋼板の表面に形成された内部酸化層のSiO2とが反応し、フォルステライト(Mg2SiO4)を主成分とする一次被膜(「グラス被膜」や「フォルステライト被膜」とも称される。)が鋼板表面に形成される。加えて、グラス被膜を形成後に(すなわち仕上げ焼鈍後に)、仕上げ焼鈍鋼板の表面に、例えばコロイダルシリカ及びリン酸塩を主成分とする溶液を塗布して焼き付けることにより、張力付与性絶縁被膜(「二次被膜」とも称される。)が形成される。
【0006】
上記のグラス被膜は、絶縁体として機能するほか、グラス被膜上に形成される張力付与性絶縁被膜の密着性を向上させる。グラス被膜と張力付与性絶縁被膜と母材鋼板とが密着することによって、母材鋼板に張力が付与され、その結果、方向性電磁鋼板としての鉄損を低減する。
【0007】
しかしながら、グラス被膜は非磁性体であり、磁気特性の観点からはグラス被膜の存在が好ましくない。また、母材鋼板とグラス被膜との界面は、グラス被膜の根が入り組んだ嵌入構造を有しており、この嵌入構造が方向性電磁鋼板の磁化過程で磁壁移動を阻害しやすい。そのため、グラス被膜の存在が鉄損の増加を引き起こす場合もある。
【0008】
例えば、グラス被膜の形成を抑制すれば、上記した嵌入構造の形成が回避され、磁化過程にて磁壁移動が容易になるかもしれない。ただ、グラス被膜の形成を単に抑制するだけでは、張力付与性絶縁被膜の密着性を担保できず、母材鋼板に十分な張力を付与できない。そのため、鉄損を低減することが難しくなる。
【0009】
上述のように、現状、グラス被膜を方向性電磁鋼板から省けば、磁壁移動が容易になって磁気特性が向上することが期待されるが、一方、母材鋼板への張力付与が難しくなり磁気特性(特に鉄損特性)が低下することが避けられない。もし、グラス被膜を有さないが被膜密着性を担保できる方向性電磁鋼板を実現できれば、磁気特性に優れることが期待される。
【0010】
これまで、グラス被膜を有していない方向性電磁鋼板に関して、張力付与性絶縁被膜の密着性を向上させる検討が行われている。
【0011】
例えば、特許文献1には、張力付与性絶縁被膜を施す前に、鋼板を硫酸或いは硫酸塩を硫酸濃度として2~30%の水溶液に浸漬洗浄する技術が開示されている。また、特許文献2には、張力付与性絶縁被膜を施す際に、酸化性酸を用いて鋼板表面を前処理した後、張力付与性絶縁被膜を形成する技術が開示されている。また、特許文献3には、シリカ主体の外部酸化型酸化膜を有し、かつ、外部酸化型酸化膜中に、断面面積率で30%以下の金属鉄を含有させた方向性ケイ素鋼板が開示されている。また、特許文献4には、方向性電磁鋼板の地鉄表面に直接施された深さ0.05μm以上2μm以下の微細筋状溝を、0.05μm以上2μm以下の間隔で有する方向性電磁鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】日本国特開平5-311453号公報
【文献】日本国特開2002-249880号公報
【文献】日本国特開2003-313644号公報
【文献】日本国特開2001-303215号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のように、グラス被膜を有していない方向性電磁鋼板は、張力付与性絶縁被膜の密着性に劣る。例えば、このような方向性電磁鋼板を放置すると、張力付与性絶縁被膜が剥離してしまうことがある。この場合、母材鋼板に張力を付与できない。そのため、方向性電磁鋼板にとって、張力付与性絶縁被膜の密着性向上は極めて重要である。
【0014】
上記の特許文献1~特許文献4に開示されている技術は、いずれも張力付与性絶縁被膜の密着性向上を意図しているものの、安定した密着性が得られるか、その上で鉄損低減効果が得られるかが必ずしも明らかでなく、未だ検討の余地があった。
【0015】
また、グラス被膜を有しない方向性電磁鋼板は、鉄損低減を目的としてレーザ照射等により磁区細分化処理を実施すると、鉄損低減効果が安定的に得られない(鉄損にばらつきが生じてしまう)ことが多かった。
【0016】
本発明は、上記問題に鑑みてなされた。本発明では、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有さずに、張力付与性絶縁被膜の密着性に優れ、鉄損低減効果が安定的に得られる(鉄損のばらつきが小さい)方向性電磁鋼板を提供することを課題とする。また、このような方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法および製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の要旨は、以下の通りである。
【0018】
(1)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は、フォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板であって、前記方向性電磁鋼板が、母材鋼板と、前記母材鋼板に接して配された酸化物層と、前記酸化物層に接して配された張力付与性絶縁被膜と、を備え、前記母材鋼板が、化学組成として、質量%で、Si:2.5%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上1.00%以下、Cr:0.02%以上0.50%以下、C:0以上0.01%以下、S+Se:0以上0.005%以下、酸可溶性Al:0以上0.01%以下、N:0以上0.005%以下、Bi:0以上0.03%以下、Te:0以上0.03%以下、Pb:0以上0.03%以下、Sb:0以上0.50%以下、Sn:0以上0.50%以下、Cu:0以上1.0%以下、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記張力付与性絶縁被膜が、平均厚みが1~3μmのリン酸塩シリカ混合系の張力付与性絶縁被膜であり、前記張力付与性絶縁被膜の表面から前記母材鋼板の内部に至る範囲をグロー放電発光分析した際に、デプスプロファイル上で、Fe発光強度が飽和値の0.5倍となるスパッタ時間を単位秒でFe0.5とし、Fe発光強度が飽和値の0.05倍となるスパッタ時間を単位秒でFe0.05としたとき、Fe0.5とFe0.05とが、(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満足し、かつ、前記デプスプロファイル上で、Fe発光強度が飽和値となるスパッタ時間を単位秒でFesatとし、Cr発光強度が極大値となるスパッタ時間を単位秒でCrmaxとしたとき、前記デプスプロファイル上のFe0.05からFesatまでの間に、CrmaxでのCr発光強度がCrmaxでのFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となるCr発光強度の極大点が含まれ、前記方向性電磁鋼板の圧延方向の磁束密度B8が、1.90T以上である。
(2)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法は、上記(1)に記載のフォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法であって、前記絶縁被膜形成方法が、鋼基材上に張力付与性絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程を備え、前記絶縁被膜形成工程では、前記鋼基材が、母材鋼板と、前記母材鋼板に接して配された酸化物層と、を有し、前記母材鋼板が、化学組成として、質量%で、Si:2.5%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上1.00%以下、Cr:0.02%以上0.50%以下、C:0以上0.01%以下、S+Se:0以上0.005%以下、酸可溶性Al:0以上0.01%以下、N:0以上0.005%以下、Bi:0以上0.03%以下、Te:0以上0.03%以下、Pb:0以上0.03%以下、Sb:0以上0.50%以下、Sn:0以上0.50%以下、Cu:0以上1.0%以下、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記酸化物層の表面から前記母材鋼板の内部に至る範囲をグロー放電発光分析した際に、デプスプロファイル上でFe発光強度が飽和値となるスパッタ時間を単位秒でFesatとしたとき、前記デプスプロファイル上の0秒からFesatまでの間に、Fe発光強度が飽和値の0.40倍以上0.80倍以下の範囲内にFesat×0.1秒以上留まるFe発光強度のプラトー領域が含まれ、前記デプスプロファイル上でCr発光強度が極大値となるスパッタ時間を単位秒でCrmaxとしたとき、前記デプスプロファイル上の前記プラトー領域からFesatまでの間に、CrmaxでのCr発光強度がCrmaxでのFe発光強度と比較して0.01倍以上0.03倍以下となるCr発光強度の極大点が含まれ、かつ、前記デプスプロファイル上でSi発光強度が極大値となるスパッタ時間を単位秒でSimaxとしたとき、前記デプスプロファイル上のCrmaxからFesatまでの間に、SimaxでのSi発光強度がSimaxでのFe発光強度と比較して0.06倍以上0.15倍以下となるSi発光強度の極大点が含まれ、前記鋼基材の前記酸化物層上に、金属リン酸塩とシリカとを含有するリン酸塩シリカ混合系の張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布し、850~950℃で10~60秒間保持して焼きつけて、平均厚みが1~3μmとなるように張力付与性絶縁被膜を形成する。
(3)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、上記(1)に記載のフォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板の製造方法であって、前記製造方法が、鋼片を加熱した後に熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、前記熱延鋼板を必要に応じて焼鈍して熱延焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、前記熱延鋼板または前記熱延焼鈍鋼板に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、前記冷延鋼板を脱炭焼鈍して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、前記脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布した後に仕上げ焼鈍して仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、前記仕上げ焼鈍鋼板に、洗浄処理と、酸洗処理と、熱処理とを順に施して酸化処理鋼板を得る酸化処理工程と、前記酸化処理鋼板の表面に、金属リン酸塩とシリカとを含有するリン酸塩シリカ混合系の張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつけて、平均厚みが1~3μmとなるように張力付与性絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程と、を備え、前記熱間圧延工程では、前記鋼片が、化学組成として、質量%で、Si:2.5%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上1.00%以下、Cr:0.02%以上0.50%以下、C:0.02%以上0.10%以下、S+Se:0.005%以上0.080%以下、酸可溶性Al:0.010%以上0.07%以下、N:0.005%以上0.020%以下、Bi:0以上0.03%以下、Te:0以上0.03%以下、Pb:0以上0.03%以下、Sb:0以上0.50%以下、Sn:0以上0.50%以下、Cu:0以上1.0%以下、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記脱炭焼鈍工程では、前記冷延鋼板を、窒素-水素湿潤雰囲気中で、750℃以上950℃以下の温度域で、1分以上5分以下保持し、前記仕上げ焼鈍工程では、前記脱炭焼鈍鋼板上に、固形分率で、MgOとAl
2
O
3
とを合計で85質量%以上含有し、MgOとAl
2
O
3
との質量比であるMgO:Al
2
O
3
が3:7~7:3を満足し、かつ、固形分率で、MgOとAl
2
O
3
との合計含有量に対してビスマス塩化物を0.5~15質量%含有する焼鈍分離剤、または、固形分率で、MgOを60質量%以上含有する焼鈍分離剤を塗布し、前記焼鈍分離剤を塗布した鋼板を、窒素雰囲気または窒素と水素との混合雰囲気中で、1100℃以上1300℃以下の温度域で、10時間以上30時間以下保持し、前記酸化処理工程では、前記洗浄処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄し、前記酸洗処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板を2~20質量%で且つ70~90℃の硫酸にて酸洗し、前記熱処理として、前記仕上げ焼鈍鋼板を、露点が10~30℃であり且つ水素濃度が0~4体積%の窒素-水素混合雰囲気中で、700~900℃の温度で、10~60秒間保持し、前記絶縁被膜形成工程では、前記張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布した鋼板を、850~950℃で10~60秒間保持する。
(4)上記(3)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法は、前記熱間圧延工程で、前記鋼片が、化学組成として、質量%で、Bi:0.0005%~0.03%、Te:0.0005%~0.03%、Pb:0.0005%~0.03%、のうちの少なくとも一種を含有してもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の上記態様によれば、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有さずに、張力付与性絶縁被膜の密着性に優れ、鉄損低減効果が安定的に得られる(鉄損のばらつきが小さい)方向性電磁鋼板を提供することができる。また、このような方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法および製造方法を提供することができる。
【0020】
具体的には、本発明の上記態様によれば、グラス被膜を有さないので嵌入構造の形成が回避されて磁壁移動が容易となり、加えて、被膜形態を制御するので張力付与性絶縁被膜の密着性が担保されて母材鋼板に十分な張力が付与される。その結果、方向性電磁鋼板として優れた磁気特性が得られる。加えて、本発明の上記態様によれば、鉄損低減効果が安定的に得られる(鉄損のばらつきが小さい)。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1A】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の断面模式図である。
【
図1B】本実施形態に係る方向性電磁鋼板の変形例を示す断面模式図である。
【
図2】本実施形態に係る方向性電磁鋼板のGDSデプスプロファイルの一例である。
【
図3】本実施形態とは異なる方向性電磁鋼板のGDSデプスプロファイルの一例である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法の流れ図である。
【
図5】本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法に用いる鋼基材のGDSデプスプロファイルの一例である。
【
図6】本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法に用いない鋼基材のGDSデプスプロファイルの一例である。
【
図7】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の流れ図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の好ましい一実施形態を詳細に説明する。ただ、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、下記する数値限定範囲には、下限値及び上限値がその範囲に含まれる。「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。また、化学組成に関する「%」は特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0023】
なお、本実施形態及び図面では、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0024】
本発明者らは、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有しない方向性電磁鋼板に関して、張力付与性絶縁被膜の密着性向上について鋭意検討を行った。その結果、仕上げ焼鈍後のグラス被膜を有していない仕上げ焼鈍鋼板に対し、表面を洗浄する洗浄処理を施し、硫酸による酸洗処理を施し、更に、特定の雰囲気中で熱処理を施すことで好適な酸化物層を形成させれば、グラス被膜を有さないにもかかわらず被膜密着性を確保することが可能であると知見した。
【0025】
また、グラス被膜を有しない方向性電磁鋼板では、レーザ照射後の鉄損がばらつくという問題を有していたが、上記の層構造に制御することで、鉄損のばらつきも改善されるとの知見を得た。これは、上記の層構造に制御すれば、張力付与性絶縁被膜中のFe成分が制御されて外観が変化し、その結果、レーザ照射の効果が安定的に得られるようになったためと推察される。
【0026】
<方向性電磁鋼板について>
まず、
図1A及び
図1Bを参照しながら、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の主要な構成について説明する。
図1A及び
図1Bは、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の構造を模式的に示した説明図である。
【0027】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は、
図1Aに模式的に示したように、母材鋼板11と、母材鋼板11に接して配された酸化物層15と、酸化物層15に接して配された張力付与性絶縁被膜13と、を有する。本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、母材鋼板11と張力付与性絶縁被膜13との間には、グラス被膜(フォルステライト被膜)が存在していない。また、グロー放電発光分析法(Glow Discharge Spectromety:GDS)による分析結果から鑑みて、酸化物層15は、特定の酸化物を含む。本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、張力付与性絶縁被膜13及び酸化物層15は、通常、
図1Aに模式的に示したように、母材鋼板11の両面に形成されるが、
図1Bに模式的に示したように、母材鋼板11の一方の板面に形成されていてもよい。
【0028】
以下では、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10について、特徴的な構成を中心に説明する。なお、以下の説明では、公知の構成や、当業者が実施可能な一部の構成については、詳細な説明を省略しているところがある。
【0029】
[母材鋼板11について]
母材鋼板11は、所定の化学組成を含有する鋼片を用いて、所定の製造条件を適用して製造することで、化学組成および集合組織が制御される。母材鋼板11の化学組成については、以下で改めて詳述する。
【0030】
[張力付与性絶縁被膜13について]
張力付与性絶縁被膜13は、母材鋼板11の上方(より詳細には、以下で詳述する酸化物層15の上方)に位置している。張力付与性絶縁被膜13は、方向性電磁鋼板10に電気絶縁性を付与することで渦電流損を低減し、その結果、磁気特性(より詳細には、鉄損)を向上させる。また、張力付与性絶縁被膜13は、上記の電気絶縁性に加えて、方向性電磁鋼板10に、耐蝕性、耐熱性、すべり性などを付与する。
【0031】
更に、張力付与性絶縁被膜13は、母材鋼板11に張力を付与する。母材鋼板11に張力を付与することで、磁化過程で磁壁移動が容易になり、方向性電磁鋼板10の鉄損特性を向上させる。
【0032】
また、この張力付与性絶縁被膜13の表面から、連続波レーザビーム又は電子ビームを照射して、磁区細分化処理を施してもよい。
【0033】
この張力付与性絶縁被膜13は、例えば、金属リン酸塩とシリカとを主成分とする張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を、母材鋼板11に接して配された酸化物層15の表面に塗布して焼き付けることによって形成される。
【0034】
この張力付与性絶縁被膜13の平均厚み(
図1A及び
図1Bにおける厚みd
1)は、特に限定されないが、例えば、1μm以上3μm以下とすればよい。張力付与性絶縁被膜13の平均厚みが、上記範囲内となることで、電気絶縁性、耐蝕性、耐熱性、すべり性、張力付与性といった種々の特性を好ましく実現することができる。張力付与性絶縁被膜13の平均厚みd
1は、2.0μm以上3.0μm以下であることが好ましく、2.5μm以上3.0μm以下であることがより好ましい。
【0035】
ここで、上記のような張力付与性絶縁被膜13の平均厚みd1は、電磁誘導式膜厚計(例えば、株式会社ケツト科学研究所製LE-370)により測定することが可能である。
【0036】
[酸化物層15について]
酸化物層15は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10にて、母材鋼板11と張力付与性絶縁被膜13との間の中間層として機能する酸化物層である。この酸化物層15は、以下で詳述するような母材鋼板11中のCrが濃化したCr濃化層を有する。
【0037】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、後述する(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満足し、かつ、Cr発光強度がFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となる極大点を示すとき、上記の酸化物層15が含まれると判断する。なお、フォルステライト被膜や従来の酸化物層を含む方向性電磁鋼板は、上記の条件を満足しない。
【0038】
この酸化物層15は、例えば、マグネタイト(Fe3O4)、ヘマタイト(Fe2O3)、ファイアライト(Fe2SiO4)等の鉄系酸化物や、Cr含有酸化物を主に含むことが多い。これらの酸化物以外に、シリコン含有酸化物(SiO2)等が含有されることもある。この酸化物層15の存在は、グロー放電発光分析法(GDS)により方向性電磁鋼板10を分析することによって確認することができる。
【0039】
上記のような各種の酸化物は、例えば、仕上げ焼鈍鋼板の表面と酸素とが反応することで形成される。酸化物層15が主に鉄系酸化物やCr含有酸化物を含むことにより、母材鋼板11との間の密着性が良好となる。なお、一般に、金属とセラミックスとの間の密着性を向上させることは、困難を伴うことが多い。しかしながら、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、母材鋼板11と、セラミックスの一種である張力付与性絶縁被膜13との間に酸化物層15が位置することで、グラス被膜が存在しなくても張力付与性絶縁被膜13の密着性を向上させ、レーザ照射後でも鉄損のばらつきを小さくできる。
【0040】
なお、酸化物層15の構成相は特に限定されないが、必要に応じて、X線結晶構造解析法、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)、または透過型電子顕微鏡(Transmission Elctron Microscope:TEM)などから構成相を特定することが可能である。
【0041】
<方向性電磁鋼板10の板厚について>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10の平均板厚(
図1A及び
図1Bにおける平均厚みt)は、特に限定されないが、例えば0.17mm以上0.35mm以下とすればよい。
【0042】
<母材鋼板11の化学組成について>
続いて、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10の母材鋼板11の化学組成について、詳細に説明する。なお、以下では、特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わす。
【0043】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、母材鋼板11が、化学組成として、基本元素を含み、必要に応じて選択元素を含み、残部がFe及び不純物からなる。
【0044】
本実施形態では、母材鋼板11が、基本元素(主要な合金元素)として、Si、Mn、およびCrを含有する。
【0045】
[Si:2.5~4.0%]
Si(ケイ素)は、鋼の電気抵抗を高めて渦電流損を低減する元素である。Siの含有量が2.5%未満である場合には、上記のような渦電流損の低減効果を十分に得られない。一方、Siの含有量が4.0%を超えると、鋼の冷間加工性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のSi含有量を2.5~4.0%とする。Siの含有量は、好ましくは2.7%以上であり、より好ましくは2.8%以上である。一方、Si含有量は、好ましくは3.9%以下であり、より好ましくは3.8%以下である。
【0046】
[Mn:0.05~1.00%]
Mn(マンガン)は、製造過程で後述するS及びSeと結合して、MnS及びMnSeを形成する。これらの析出物は、インヒビター(正常結晶粒成長の抑制剤)として機能し、仕上げ焼鈍時に鋼に二次再結晶を発現させる。Mnは、更に、鋼の熱間加工性も高める元素である。Mnの含有量が0.05%未満である場合には、上記のような効果を十分に得ることができない。一方、Mnの含有量が1.00%を超えると、二次再結晶が発現せずに、鋼の磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のMn含有量を0.05~1.00%とする。Mn含有量は、好ましくは0.06%以上であり、好ましくは0.50%以下である。
【0047】
[Cr:0.02~0.50%]
Cr(クロム)は、磁気特性を向上させる元素である。また、Cr濃化層を有する酸化物層15を得るために必要な元素である。母材鋼板11がCrを含有することに起因して、酸化物層15が制御され、その結果、被膜密着性が向上し、レーザ照射後でも鉄損のばらつきが小さくなる。Cr含有量が0.02%未満である場合には、上記の効果を得ることができない。そのため、本実施形態では、母材鋼板11のCr含有量を0.02%以上とする。Cr含有量は、好ましくは0.03%以上であり、より好ましくは0.04%以上である。一方、Cr含有量が0.50%を超えると、上記の効果を得ることができない。そのため、本実施形態では、母材鋼板11のCr含有量を0.50%以下とする。Cr含有量は、好ましくは0.40%以下であり、より好ましくは0.35%以下である。
【0048】
本実施形態では、母材鋼板11が、不純物を含有してもよい。なお、「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップから、または製造環境等から混入するものを指す。
【0049】
また、本実施形態では、母材鋼板11が、上記した基本元素および不純物に加えて、選択元素を含有してもよい。例えば、上記した残部であるFeの一部に代えて、選択元素として、C、S、Se、sol.Al(酸可溶性Al)、N、Bi、Te、Pb、Sb、Sn、Cuなどを含有してもよい。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよい。よって、これらの選択元素の下限値を限定する必要がなく、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、上記効果は損なわれない。
【0050】
[C:0~0.01%]
C(炭素)は、選択元素である。Cは、製造過程にて、脱炭焼鈍工程の完了までの組織制御に有効な元素であり、方向性電磁鋼板としての磁気特性を向上させる。しかしながら、最終製品として、母材鋼板11のC含有量が0.01%を超えると、方向性電磁鋼板10の磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のC含有量を0.01%以下とする。Cの含有量は、好ましくは0.005%以下である。一方、母材鋼板11のC含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。Cの含有量は、低ければ低いほうが好ましい。ただ、Cの含有量を0.0001%未満に低減しても、組織制御の効果は飽和し、製造コストが高くなる。従って、Cの含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。
【0051】
[S+Se:合計で0~0.005%]
S(硫黄)及びSe(セレン)は、選択元素である。S及びSeは、製造過程でMnと結合して、インヒビターとして機能するMnS及びMnSeを形成する。しかしながら、S及びSeの含有量が合計で0.005%を超える場合には、母材鋼板11にインヒビターが残存して、磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のS及びSeの合計含有量を0.005%以下とする。一方、母材鋼板11のS及びSeの合計含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。S及びSeの合計含有量は、なるべく低いほうが好ましい。しかしながら、S及びSeの合計含有量を0.0001%未満に低減するには、製造コストが高くなる。従って、S及びSeの合計含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。
【0052】
[酸可溶性Al:0~0.01%]
酸可溶性Al(酸可溶性アルミニウム)は、選択元素である。Alは、製造過程でNと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。しかしながら、酸可溶性Alの含有量が0.01%を超えると、母材鋼板11にインヒビターが過剰に残存して、磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11の酸可溶性Al含有量を0.01%以下とする。酸可溶性Al含有量は、好ましくは0.005%以下であり、より好ましくは0.004%以下である。なお、母材鋼板11の酸可溶性Al含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、酸可溶性Al含有量を0.0001%未満に低減するには、製造コストが高くなる。従って、酸可溶性Al含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。
【0053】
[N:0~0.005%]
N(窒素)は、選択元素である。Nは、製造過程でAlと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。しかしながら、Nの含有量が0.005%を超えると、母材鋼板11にインヒビターが過剰に残存して、磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、母材鋼板11のN含有量を0.005%以下とする。Nの含有量は、好ましくは0.004%以下である。一方、母材鋼板11のN含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、N含有量を0.0001%未満に低減するには、製造コストが高くなる。従って、Nの含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。
【0054】
[Bi:0~0.03%]
[Te:0~0.03%]
[Pb:0~0.03%]
Bi(ビスマス)、Te(テルル)、及びPb(鉛)は、選択元素である。これらの元素が、母材鋼板11にそれぞれ0.03%以下含有されると、方向性電磁鋼板10の磁気特性を好ましく高めることができる。しかしながら、これらの元素の含有量がそれぞれ0.03%を超えると、熱間での脆化を引き起こす。従って、本実施形態では、母材鋼板11に含まれるこれらの元素の含有量を0.03%以下とする。一方、母材鋼板11に含まれるこれらの元素の含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。また、これらの元素の含有量の下限値は、それぞれ0.0001%であってもよい。
【0055】
[Sb:0~0.50%]
[Sn:0~0.50%]
[Cu:0~1.0%]
Sb(アンチモン)、Sn(スズ)、及びCu(銅)は、選択元素である。これらの元素が、母材鋼板11に含有されると、方向性電磁鋼板10の磁気特性を好ましく高めることができる。従って、本実施形態では、母材鋼板11に含まれるこれらの元素の含有量を、Sb:0.50%以下、Sn:0.50%以下、Cu:1.0%以下とすることが好ましい。一方、母材鋼板11に含まれるこれらの元素の含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、上記の効果を好ましく得るためには、これらの元素の含有量が、それぞれ0.0005%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量は、それぞれ0.001%以上であることがより好ましい。
【0056】
なお、Sb、Sn、およびCuは、少なくとも1種が母材鋼板11に含有されればよい。すなわち、母材鋼板11が、Sb:0.0005%~0.50%、Sn:0.0005%~0.50%、Cu:0.0005%~1.0%のうちの少なくとも1種を含有すればよい。
【0057】
なお、方向性電磁鋼板では、脱炭焼鈍および二次再結晶時の純化焼鈍を経ることで、比較的大きな化学組成の変化(含有量の低下)が起きる。元素によっては純化焼鈍によって、一般的な分析手法では検出できない程度(1ppm以下)にまで含有量が低減することもある。上記した化学組成は、最終製品(方向性電磁鋼板10の母材鋼板11)における化学組成である。一般に、最終製品の化学組成は、出発素材である鋼片(スラブ)の化学組成から変化する。
【0058】
方向性電磁鋼板10の母材鋼板11の化学組成は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、化学組成は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。具体的には、母材鋼板11から採取した35mm角の試験片を、島津製作所製ICPS-8100等(測定装置)により、予め作成した検量線に基づいた条件で測定することにより、化学組成が特定される。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用いて測定し、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。
【0059】
なお、上記の化学組成は、方向性電磁鋼板10の母材鋼板11の成分である。測定試料となる方向性電磁鋼板10が、表面に張力付与性絶縁被膜13や酸化物層15を有している場合は、被膜等を公知の方法で除去してから化学組成を測定する。
【0060】
<グロー放電発光分析による分析について>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、母材鋼板11と張力付与性絶縁被膜13との間に酸化物層15が存在することで、たとえグラス被膜(フォルステライト被膜)を有してなくても、酸化物層15と張力付与性絶縁被膜13と母材鋼板11とが密着する。
【0061】
方向性電磁鋼板10に酸化物層15が存在する否かは、グロー放電発光分析による分析で確認できる。具体的には、グロー放電発光分析を行い、GDSデプスプロファイルを確認すればよい。以下、
図2及び
図3を参照しながら、GDSデプスプロファイルについて、詳細に説明する。
【0062】
図2は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10のGDSデプスプロファイルの一例である。この
図2は、張力付与性絶縁被膜13の表面から母材鋼板11の内部に至る範囲をグロー放電発光分析して得られるGDSデプスプロファイルである。
図3は、フォルステライト被膜を有していないが本実施形態に係る方向性電磁鋼板とは異なる方向性電磁鋼板のGDSデプスプロファイルの一例である。この
図3も、張力付与性絶縁被膜の表面から母材鋼板の内部に至る範囲をグロー放電発光分析して得られるGDSデプスプロファイルである。
【0063】
図2及び
図3に関する方向性電磁鋼板の両方とも、張力付与性絶縁被膜として、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分としたCrを含有するリン酸塩シリカ混合系の張力付与性絶縁被膜を形成している。また、
図2及び
図3に示したGDSデプスプロファイルでは、方向性電磁鋼板の表面から4~8μm程度の深さまでGDS分析を行っている。
【0064】
GDSは、測定対象物の表面をスパッタしながら、測定対象物の厚み方向の各位置において、着目する元素がどれだけ存在しているかを測定する手法である。
図2及び
図3における横軸は、スパッタ時間[秒](換言すれば、測定開始からの経過時間)に対応しており、スパッタ時間が0秒の位置が、着目している方向性電磁鋼板の表面の位置に対応している。また、
図2及び
図3の縦軸は、各元素に関する発光強度[a.u.]である。
【0065】
まず、
図2及び
図3で、Feに由来する発光強度(以下、Fe発光強度という。)が、スパッタ開始後から顕著に立ち上がり始めるまでの領域(
図2及び
図3ではスパッタ時間が0秒から40秒程度までの領域)に着目する。
図2から明らかなように、この領域では、Al由来の顕著な発光ピークが認められる。また、Si及びPの発光強度がなだらかに減衰し、なだらかでブロードに分布する発光ピークが存在しているように見受けられる。また、Crについても、発光ピークが認められる。この領域に検出されるAl、Si、Pは、張力付与性絶縁被膜として用いたリン酸アルミニウム及びコロイダルシリカに由来すると考えられる。そのため、Fe発光強度が立ち上がり始めるまでの領域(
図2ではスパッタ時間が0秒から40秒程度までの領域)は、方向性電磁鋼板の層構造における張力付与性絶縁被膜とみなすことができる。この領域よりもスパッタ時間の長い領域が、酸化物層及び母材鋼板とみなすことができる。
【0066】
また、Fe発光強度は、方向性電磁鋼板の表面付近(
図2ではスパッタ時間が0秒程度の位置)からゆるやかに増加し始め、ある位置(
図2ではスパッタ時間が40秒程度の位置)から急激に増加して、その後、所定の値に飽和するようなプロファイルとなっている。プロファイル中に検出されるFeは、主に母材鋼板に由来すると考えられる。そのため、Fe発光強度が飽和する領域は、方向性電磁鋼板の層構造における母材鋼板とみなすことができる。
【0067】
本実施形態では、デプスプロファイル上で、Fe発光強度が、母材鋼板のFe発光強度(すなわち、Fe発光強度の飽和値)の0.05倍となる位置(スパッタ時間)を、張力付与性絶縁被膜13及び酸化物層15でFe含有量が増加し始める位置とみなし、このスパッタ時間を単位秒で「Fe0.05」と表す。
【0068】
また、酸化物層15と母材鋼板11との界面は、水平面であることが少ない。本実施形態では、デプスプロファイル上で、Fe発光強度が、母材鋼板のFe発光強度(すなわち、Fe発光強度の飽和値)の0.5倍となる位置(スパッタ時間)を、酸化物層15と母材鋼板11との界面とみなし、このスパッタ時間を単位秒で「Fe0.5」と表す。
【0069】
また、「(Fe0.5-Fe0.05)」という値は、張力付与性絶縁被膜13及び酸化物層15内で、Fe含有量が高い領域(厚み)とみなすことができる。そのため、「(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5」という値は、張力付与性絶縁被膜13及び酸化物層15の合計の厚みに対する、Fe含有量が高い領域の厚みの割合となる。
【0070】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は、Fe0.5とFe0.05とが、以下の(式101)を満足する。
【0071】
(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35 ・・・(式101)
【0072】
更に、
図2の本実施形態に係る方向性電磁鋼板10のGDSデプスプロファイルには、Fe発光強度が表面から増加し飽和するまでの間のスパッタ時間が55秒程度の位置に、Cr発光強度の極大点が存在している。このようなCr発光強度の極大点の存在は、酸化物層15と母材鋼板11との界面近傍に、Cr濃化層が存在していることを表す。
【0073】
本実施形態では、デプスプロファイル上で、Fe発光強度が、母材鋼板のFe発光強度(すなわち、Fe発光強度の飽和値)となる位置(スパッタ時間)を、単位秒で「Fesat」と表す。また、本実施形態では、デプスプロファイル上で、Cr発光強度が極大値となる位置(スパッタ時間)を、単位秒で「Crmax」と表す。
【0074】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は、デプスプロファイル上のFe0.05からFesatまでの間に、Cr発光強度が極大点を有する。具体的には、デプスプロファイル上のFe0.05からFesatまでの間に、CrmaxでのCr発光強度がCrmaxでのFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となるCr発光強度の極大点が含まれる。このCr発光強度の極大点を含む領域が、Cr濃化層とみなすことができる。
【0075】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、上記の(式101)を満たし、かつ、上記のCr濃化層が存在することによって、被膜密着性が向上し、レーザ照射後でも鉄損のばらつきが小さくなる。これらの効果が得られる理由は、現時点では明確ではない。ただ、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、上記の構造に起因して外観が黒褐色となる。そのため、磁区細分化処理に用いられるレーザ光の反射率が低減し、レーザ照射による鉄損低減効果が安定的に得られると考えられる。
【0076】
一方、
図3はフォルステライト被膜を有していないが本実施形態とは異なる方向性電磁鋼板のGDSデプスプロファイルである。この
図3のGDSデプスプロファイルは、
図2に示したGDSデプスプロファイルと大きく相違する。また、
図3のGDSデプスプロファイルは、上記の条件を満足するCr発光強度の極大点を有さず、上記(式101)も満たさない。なお、
図3に関する方向性電磁鋼板は、その外観が明灰色となる。
【0077】
なお、「(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5」は、0.36以上であることが好ましく、0.37以上であることがより好ましい。このとき、被膜密着性がより向上する。「(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5」の上限は、特に限定されず、例えば0.75であればよい。
【0078】
また、デプスプロファイル上のFe0.05からFesatまでの間に存在するCr発光強度の極大点は、このCr発光強度がCrmaxでのFe発光強度と比較して、0.09倍以上であることが好ましく、0.10倍以上であることがより好ましい。また、この値は、0.23倍以下であることが好ましく、0.22倍以下であることがより好ましい。
【0079】
なお、GDSは、直径4mm程度の領域をスパッタしながら分析していく方法である。そのため、GDSデプスプロファイルは、サンプルの直径4mm程度の領域における各元素の平均的な挙動を観察していると考えられる。また、方向性電磁鋼板はコイル状に巻き取られることがあるが、コイルの頭部から任意の距離だけ離れた位置では、板幅方向のいずれの箇所でも同等のGDSデプスプロファイルを示すと考えられる。加えて、コイルの頭部と尾部との双方で、同等のGDSデプスプロファイルが得られれば、コイル全体で同等のGDSデプスプロファイルを示すと考えることができる。
【0080】
GDSは、張力付与性絶縁被膜の表面から母材鋼板の内部に至る範囲に対して行う。GDS分析条件は、以下とすればよい。一般的なグロー放電発光分光分析装置(例えば、リガク社製GDA750)の高周波モードにて、出力:30W、Ar圧力:3hPa、測定面積:4mmφ、測定時間:100秒で測定すればよい。
【0081】
なお、上記した(式101)やCr濃化層の判定は、測定後のGDSデプスプロファイルをスムージングした後に実施することが好ましい。GDSデプスプロファイルをスムージングする方法は、例えば、単純移動平均法を用いればよい。また、上記したFe発光強度が飽和値となるスパッタ時間は、例えば、100秒として特定すればよい。
【0082】
<フォルステライト被膜について>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は、フォルステライト被膜を有さない。本実施形態では、方向性電磁鋼板10が、フォルステライト被膜を有するか否かを以下の方法によって判断すればよい。
【0083】
方向性電磁鋼板10がフォルステライト被膜を有さないことは、X線回折によって確認すればよい。例えば、方向性電磁鋼板10から張力付与性絶縁被膜13などを除去した表面に対してX線回折を行い、得られたX線回折スペクトルをPDF(Powder Diffraction File)と照合すればよい。例えば、フォルステライト(Mg2SiO4)の同定には、JCPDS番号:34-189を用いればよい。本実施形態では、上記X線回折スペクトルの主な構成がフォルステライトでない場合に、方向性電磁鋼板10がフォルステライト被膜を有さないと判断する。
【0084】
なお、方向性電磁鋼板10から張力付与性絶縁被膜13などを除去するには、被膜を有する方向性電磁鋼板10を、高温のアルカリ溶液に浸漬すればよい。具体的には、NaOH:30質量%+H2O:70質量%の水酸化ナトリウム水溶液に、80℃で20分間、浸漬した後に、水洗して乾燥することで、方向性電磁鋼板10から張力付与性絶縁被膜13などを除去できる。通常、アルカリ溶液によって絶縁被膜などが溶解され、塩酸などの酸性溶液によってフォルステライト被膜が溶解される。そのため、フォルステライト被膜が存在する場合には、上記したアルカリ溶液への浸漬を行えば、張力付与性絶縁被膜13などが溶解してフォルステライト被膜が露出する。
【0085】
<磁気特性について>
方向性電磁鋼板の磁気特性は、JIS C2550:2011に規定されたエプスタイン法や、JIS C2556:2015に規定された単板磁気特性測定法(Single Sheet Tester:SST)に基づいて測定することができる。これらの方法のうち、本実施形態に係る方向性電磁鋼板10では、JIS C2556:2015に規定された単板磁気特性測定法を採用して磁気特性を評価すればよい。
【0086】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板10は、圧延方向の磁束密度B8(800A/mでの磁束密度)の平均値が、1.90T以上であればよい。この磁束密度の上限は、特に限定されず、例えば2.02Tであればよい。
【0087】
なお、研究開発過程にて真空溶解炉などで鋼塊が形成された場合では、実操業ラインと同等サイズの試験片を採取することが困難となる。この場合、例えば、幅60mm×長さ300mmとなるように試験片を採取して、単板磁気特性試験法に準拠した測定を行っても構わない。さらに、エプスタイン試験に基づく方法と同等の測定値が得られるように、得られた結果に補正係数を掛けても構わない。本実施形態では、単板磁気特性試験法に準拠した測定法により測定する。
【0088】
<方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法について>
次に、本発明の好ましい一実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法について詳細に説明する。本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法は、絶縁被膜形成工程を備える。この絶縁被膜形成工程では、鋼基材上に、張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつけて、張力付与性絶縁被膜を形成する。
【0089】
図4は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法の一例を示した流れ図である。
図4に示すように、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法では、フォルステライト被膜を有さない鋼基材を準備し(ステップS11)、この鋼基材の表面に、張力付与性絶縁被膜を形成する(ステップS13)。このステップS13が、絶縁被膜形成工程に対応する。
【0090】
上記の鋼基材は、母材鋼板と、母材鋼板に接して配された酸化物層とを有する。この鋼基材は、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有していない。
【0091】
鋼基材の母材鋼板は、化学組成として、質量%で、Si:2.5%以上4.0%以下、Mn:0.05%以上1.0%以下、Cr:0.02%以上0.50%以下、C:0以上0.01%以下、S+Se:0以上0.005%以下、酸可溶性Al:0以上0.01%以下、N:0以上0.005%以下、Bi:0以上0.03%以下、Te:0以上0.03%以下、Pb:0以上0.03%以下、Sb:0以上0.50%以下、Sn:0以上0.50%以下、Cu:0以上1.0%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる。
【0092】
この母材鋼板の化学組成は、上述した母材鋼板11の化学組成と同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0093】
鋼基材の酸化物層は、鉄系酸化物を主成分とする層、Si-Cr含有酸化物層、およびSi含有酸化物層を含む。この酸化物層は、フォルステライト被膜ではない。詳細は後述する。
【0094】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法に用いる鋼基材は、以下の(I)~(III)の条件を満足する。なお、フォルステライト被膜を有する鋼基材や、従来の鋼基材は、これらの条件を満足しない。
【0095】
(I)酸化物層の表面から母材鋼板の内部に至る範囲をグロー放電発光分析した際に、デプスプロファイル上でFe発光強度が飽和値となるスパッタ時間を単位秒でFesatとしたとき、デプスプロファイル上の0秒からFesatまでの間に、Fe発光強度が飽和値の0.40倍以上0.80倍以下の範囲内にFesat×0.1秒以上留まるFe発光強度のプラトー領域が含まれる。
(II)デプスプロファイル上でCr発光強度が極大値となるスパッタ時間を単位秒でCrmaxとしたとき、デプスプロファイル上のプラトー領域からFesatまでの間に、CrmaxでのCr発光強度がCrmaxでのFe発光強度と比較して0.01倍以上0.03倍以下となるCr発光強度の極大点が含まれる。
(III)デプスプロファイル上でSi発光強度が極大値となるスパッタ時間を単位秒でSimaxとしたとき、デプスプロファイル上のCrmaxからFesatまでの間に、SimaxでのSi発光強度がSimaxでのFe発光強度と比較して0.06倍以上0.15倍以下となるSi発光強度の極大点が含まれる。
【0096】
図5は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法に用いる鋼基材のGDSデプスプロファイルの一例である。この
図5は、酸化物層の表面から母材鋼板の内部に至る範囲をグロー放電発光分析して得られるGDSデプスプロファイルである。
図5のGDSプロファイルの測定条件は、
図2のGDSデプスプロファイルの測定条件と同様である。
図5で、横軸はスパッタ時間[秒]であり、縦軸は各元素に関する発光強度[a.u.]である。
【0097】
図5で、Fe発光強度は、スパッタ開始後から急激に立ちあがった後、図中に破線で囲った領域のように、Fe発光強度が一旦略水平(プラトー)となった後、再び立ち上がって、所定の値に飽和するようなプロファイルとなっている。Fe発光強度が飽和する領域は、鋼基材の層構造における母材鋼板とみなすことができる。また、
図5中に破線で囲った領域(プラトー領域)は、この領域と同じスパッタ時間の間にO(酸素)の発光強度が存在することから、鋼基材の酸化物層のうちで鉄系酸化物を主成分とする領域とみなすことができる。
【0098】
次に、上記のプラトー領域よりもスパッタ時間が長時間側では、Cr発光強度とSi発光強度とが増加し始める。このCr発光強度は、極大点を示した(スパッタ時間が10秒近傍)後に、所定の値に漸近していく。一方、Si発光強度は、Cr発光強度が減衰し始めた後も増加していき、極大点を示した(スパッタ時間が15秒近傍)後に、所定の値へと漸近していく。Cr及びSiの漸近値は、母材鋼板のCr含有量及びSi含有量に対応するとみなせる。
【0099】
上記したCr発光強度が極大点を示す領域は、Cr、Si、Oが検出されることから、鋼基材の酸化物層のうちのSi-Cr含有酸化物層とみなすことができる。また、Cr発光強度が減衰した後、Si発光強度が所定の値に漸近するまでの領域は、Si及びOが検出されることから、鋼基材の酸化物層のうちのSi含有酸化物層とみなすことができる。
【0100】
図5に示すGDSデプスプロファイルから、本実施形態に係る絶縁被膜形成方法に用いる鋼基材は、表面側から順に、鉄系酸化物を主成分とする層、Si-Cr含有酸化物層、Si含有酸化物層、および母材鋼板が存在していることがわかる。本実施形態では、鉄系酸化物を主成分とする層、Si-Cr含有酸化物層、およびSi含有酸化物層をまとめて、酸化物層とみなす。
【0101】
本実施形態では、上記の化学組成を有し且つ上記の(I)~(III)の条件を満足する鋼基材に対して絶縁被膜形成工程を施す。その結果、
図2に示したようなGDSデプスプロファイルを示す方向性電磁鋼板10が製造される。
【0102】
なお、デプスプロファイル上のプラトー領域からFesatまでの間に存在するCr発光強度の極大点は、このCr発光強度がCrmaxでのFe発光強度と比較して、0.011倍以上であることが好ましく、0.012倍以上であることがより好ましい。また、この値は、0.029倍以下であることが好ましく、0.028倍以下であることがより好ましい。
【0103】
また、デプスプロファイル上のCrmaxからFesatまでの間に存在するSi発光強度の極大点は、このSi発光強度がSimaxでのFe発光強度と比較して、0.07倍以上であることが好ましく、0.08倍以上であることがより好ましい。また、この値は、0.14倍以下であることが好ましく、0.13倍以下であることがより好ましい。
【0104】
一方、
図6はフォルステライト被膜を有していないが本実施形態で用いる鋼基材とは異なる鋼基材のGDSデプスプロファイルである。この
図6のGDSデプスプロファイルは、
図5に示したGDSデプスプロファイルとは大きく相違する。また、
図6のGDSデプスプロファイルは、Cr発光強度の極大点及びSi発光強度の極大点を有さず、上記の(I)~(III)の条件も満たさない。
【0105】
なお、GDS分析条件や、データ解析方法や、フォルステライト被膜を有するか否かの判断方法は、上述の通りである。
【0106】
上記の化学組成を有し且つ上記の(I)~(III)の条件を満足する鋼基材の酸化物層上に、リン酸塩シリカ混合系の張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつけて、平均厚みが1~3μmの張力付与性絶縁被膜を形成する。上記の処理液は、鋼基材の両面又は片面に対して塗布すればよい。
【0107】
絶縁被膜形成工程の諸条件は、特に限定されず、公知のリン酸塩シリカ混合系絶縁被膜形成用処理液を用いて、公知の方法により処理液の塗布及び焼き付けを行えばよい。例えば、処理液を塗布した後、850~950℃で10~60秒間保持すればよい。鋼基材上に張力付与性絶縁被膜を形成することで、方向性電磁鋼板の磁気特性を更に向上させることが可能となる。
【0108】
なお、絶縁被膜が形成される鋼基材の表面は、処理液を塗布する前に、アルカリなどによる脱脂処理や、塩酸、硫酸、リン酸などによる酸洗処理など、任意の前処理を施してもよく、または、これら前処理を施さなくてもよい。
【0109】
張力付与性絶縁被膜は、特に限定されず、公知の被膜を採用すればよい。例えば、張力付与性絶縁被膜は、無機物を主体とし、更に有機物を含んだ複合絶縁被膜であってもよい。この複合絶縁被膜は、リン酸金属塩及びコロイダルシリカを主体とし、微細な有機樹脂の粒子が分散している絶縁被膜であればよい。
【0110】
また、上記の絶縁被膜形成工程に続いて、形状矯正のための平坦化焼鈍を施してもよい。絶縁被膜形成工程後の方向性電磁鋼板に対して平坦化焼鈍を行うことで、鉄損を好ましく低減させることが可能となる。
【0111】
また、上記で製造した方向性電磁鋼板に、磁区細分化処理を行ってもよい。磁区細分化処理とは、方向性電磁鋼板の表面に磁区細分化効果のあるレーザ光を照射したり、方向性電磁鋼板の表面に溝を形成したりする処理である。この磁区細分化処理により、磁気特性を好ましく向上させることが可能となる。
【0112】
<方向性電磁鋼板の製造方法について>
次に、本発明の好ましい一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について、
図7を参照しながら詳細に説明する。
図7は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の一例を示した流れ図である。
【0113】
なお、上記した方向性電磁鋼板10を製造する方法は、下記の方法に限定されない。下記の製造方法は、上記した方向性電磁鋼板10を製造するための一つの例である。
【0114】
<方向性電磁鋼板の製造方法の全体的な流れ>
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、フォルステライト被膜を有さない方向性電磁鋼板の製造方法であって、全体的な流れは、以下の通りである。
【0115】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、
図7に示すように、
(S111)所定の化学組成を有する鋼片(スラブ)を加熱した後に熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
(S113)熱延鋼板を必要に応じて焼鈍して熱延焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
(S115)熱延鋼板または熱延焼鈍鋼板に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
(S117)冷延鋼板を脱炭焼鈍して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
(S119)脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布した後に仕上げ焼鈍して仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
(S121)仕上げ焼鈍鋼板に、洗浄処理と、酸洗処理と、熱処理とを順に施して酸化処理鋼板を得る酸化処理工程と、
(S123)酸化処理鋼板の表面に張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつける絶縁被膜形成工程と、を有する。
【0116】
上記の各工程について、詳細に説明する。なお、以下の説明で、各工程の条件が記載されていない場合、公知の条件を適宜適応すればよい。
【0117】
<熱間圧延工程>
熱間圧延工程(ステップS111)は、所定の化学組成を有する鋼片(例えば、スラブ等の鋼塊)を熱間圧延して、熱延鋼板を得る工程である。この熱間圧延工程では、鋼片が、まず加熱処理される。鋼片の加熱温度は、1200~1400℃の範囲内とすることが好ましい。鋼片の加熱温度は、1250℃以上であることが好ましく、1380℃以下であることが好ましい。次いで、加熱された鋼片を熱間圧延して、熱延鋼板を得る。熱延鋼板の平均板厚は、例えば、2.0mm以上3.0mm以下の範囲内であることが好ましい。
【0118】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、上記鋼片が、化学組成として、基本元素を含み、必要に応じて選択元素を含み、残部がFe及び不純物からなる。なお、以下では、特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わす。
【0119】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、上記の鋼片(スラブ)が、基本元素(主要な合金元素)として、Si、Mn、Cr、C、S+Se、酸可溶性Al、Nを含有する。
【0120】
[Si:2.5~4.0%]
Siは、鋼の電気抵抗を高めて渦電流損を低減する元素である。鋼片のSi含有量が2.5%未満である場合には、渦電流損の低減効果を十分に得ることができない。一方、鋼片のSi含有量が4.0%を超える場合には、鋼の冷間加工性が低下する。従って、本実施形態では、鋼片のSi含有量を2.5~4.0%とする。鋼片のSi含有量は、好ましくは2.7%以上であり、より好ましくは2.8%以上である。一方、鋼片のSi含有量は、好ましくは3.9%以下であり、より好ましくは3.8%以下である。
【0121】
[Mn:0.05~1.00%]
Mnは、製造過程でS及びSeと結合して、MnS及びMnSeを形成する。これらの析出物は、インヒビターとして機能し、仕上げ焼鈍時に鋼に二次再結晶を発現させる。また、Mnは、鋼の熱間加工性を高める元素でもある。鋼片のMn含有量が0.05%未満である場合には、これら効果を十分に得ることができない。一方、鋼片のMn含有量が1.00%を超える場合には、二次再結晶が発現せず、鋼の磁気特性が低下する。従って、本実施形態では、鋼片のMn含有量を0.05~1.00%とする。鋼片のMn含有量は、好ましくは0.06%以上であり、好ましくは0.50%以下である。
【0122】
[Cr:0.02~0.50%]
Cr(クロム)は、磁気特性を向上させる元素である。また、Cr濃化層を有する酸化物層15を得るために必要な元素である。母材鋼板11がCrを含有することに起因して、酸化物層15が制御され、その結果、被膜密着性が向上し、レーザ照射後でも鉄損のばらつきが小さくなる。Cr含有量が0.02%未満である場合には、上記の効果を得ることができない。そのため、本実施形態では、鋼片のCr含有量を0.02%以上とする。Cr含有量は、好ましくは0.03%以上であり、より好ましくは0.04%以上である。一方、Cr含有量が0.50%を超えると、上記の効果を得ることができない。そのため、本実施形態では、鋼片のCr含有量を0.50%以下とする。Cr含有量は、好ましくは0.40%以下であり、より好ましくは0.35%以下である。
【0123】
[C:0.02~0.10%]
Cは、製造過程にて、脱炭焼鈍工程の完了までの組織制御に有効な元素であり、方向性電磁鋼板としての磁気特性を向上させる。鋼片のC含有量が0.02%未満である場合、又は、鋼片のC含有量が0.10%を超える場合には、上記のような磁気特性向上効果を得ることができない。鋼片のC含有量は、好ましくは0.03%以上であり、好ましくは0.09%以下である。
【0124】
[S+Se:合計で0.005~0.080%]
S及びSeは、製造過程でMnと結合して、インヒビターとして機能するMnS及びMnSeを形成する。鋼片のS及びSeの合計含有量が0.005%未満である場合には、MnS及びMnSeの形成効果を発現させるのが困難となる。一方、S及びSeの合計含有量が0.080%を超える場合には、磁気特性が劣化することに加えて、熱間での脆化を引き起こす。従って、本実施形態では、鋼片のS及びSeの合計含有量を0.005~0.080%とする。鋼片のS及びSeの合計含有量は、好ましくは0.006%以上であり、好ましくは0.070%以下である。
【0125】
[酸可溶性Al:0.01~0.07%]
酸可溶性Alは、製造過程でNと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。鋼片の酸可溶性Al含有量が0.01%未満である場合、AlNが十分に生成せずに磁気特性が劣化する。また、鋼片の酸可溶性Al含有量が0.07%を超える場合、磁気特性が劣化することに加えて、冷間圧延時に割れを引き起こす。従って、本実施形態では、鋼片の酸可溶性Al含有量を0.01~0.07%とする。鋼片の酸可溶性Al含有量は、好ましくは0.02%以上であり、好ましくは0.05%以下である。
【0126】
[N:0.005~0.020%]
Nは、製造過程でAlと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。鋼片のN含有量が0.005%未満である場合には、AlNが十分に生成せずに磁気特性が劣化する。一方、鋼片のN含有量が0.020%を超える場合には、AlNがインヒビターとして機能し難くなって二次再結晶が発現し難くなることに加えて、冷間圧延時に割れを引き起こす。従って、本実施形態では、鋼片のN含有量を0.005~0.020%とする。鋼片のNの含有量は、好ましくは0.012%以下であり、より好ましくは0.010%以下である。
【0127】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、上記の鋼片(スラブ)が、不純物を含有してもよい。なお、「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップから、または製造環境等から混入するものを指す。
【0128】
また、本実施形態では、鋼片が、上記した基本元素および不純物に加えて、選択元素を含有してもよい。例えば、上記した残部であるFeの一部に代えて、選択元素として、Bi、Te、Pb、Sb、Sn、Cuなどを含有してもよい。これらの選択元素は、その目的に応じて含有させればよい。よって、これらの選択元素の下限値を限定する必要がなく、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、上記効果は損なわれない。
【0129】
[Bi:0~0.03%]
[Te:0~0.03%]
[Pb:0~0.03%]
Bi、Te、及びPbは、選択元素である。これらの元素が、鋼片にそれぞれ0.03%以下含有されると、方向性電磁鋼板の磁気特性を好ましく向上させることができる。しかしながら、これら元素の含有量がそれぞれ0.03%を超える場合には、熱間での脆化を引き起こす。従って、本実施形態では、鋼片に含まれるこれらの元素の含有量を0.03%以下とする。一方、鋼片に含まれるこれらの元素の含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、上記の効果を好ましく得るためには、これらの元素の含有量が、それぞれ0.0005%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量は、それぞれ0.001%以上であることがより好ましい。
【0130】
なお、Bi、Te、およびPbは、少なくとも1種が鋼片に含有されればよい。すなわち、鋼片が、Bi:0.0005%~0.03%、Te:0.0005%~0.03%、Pb:0.0005%~0.03%のうちの少なくとも1種を含有すればよい。
【0131】
[Sb:0~0.50%]
[Sn:0~0.50%]
[Cu:0~1.0%]
Sb、Sn、及びCuは、選択元素である。これらの元素が、鋼片に含有されると、方向性電磁鋼板の磁気特性を好ましく高めることができる。従って、本実施形態では、鋼片に含まれるこれらの元素の含有量を、Sb:0.50%以下、Sn:0.50%以下、Cu:1.0%以下とすることが好ましい。一方、鋼片に含まれるこれらの元素の含有量の下限値は、特に限定されず、0%であればよい。ただ、上記の効果を好ましく得るためには、これらの元素の含有量がそれぞれ0.0005%以上であることが好ましい。これらの元素の含有量は、それぞれ0.001%以上であることがより好ましい。
【0132】
なお、Sb、Sn、およびCuは、少なくとも1種が鋼片に含有されればよい。すなわち、鋼片が、Sb:0.0005%~0.50%、Sn:0.0005%~0.50%、Cu:0.0005%~1.0%のうちの少なくとも1種を含有すればよい。
【0133】
鋼片の化学組成は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、上記した方法に基づいて測定すればよい。
【0134】
<熱延板焼鈍工程>
熱延板焼鈍工程(ステップS113)は、熱間圧延工程後の熱延鋼板を必要に応じて焼鈍して、熱延焼鈍鋼板を得る工程である。熱延鋼板に焼鈍処理を施すことで、鋼中で再結晶が生じ、最終的に良好な磁気特性を実現することが可能となる。
【0135】
熱延板焼鈍工程で熱延鋼板を加熱する方法は、特に限定されず、公知の加熱方式を採用すればよい。また、焼鈍条件も、特に限定されない。例えば、熱延鋼板を、900~1200℃の温度域で10秒~5分間の保持を行えばよい。
【0136】
なお、この熱延板焼鈍工程は、必要に応じて省略することが可能である。
また、この熱延板焼鈍工程後、以下で詳述する冷間圧延工程の前に、熱延鋼板の表面に対して酸洗を施してもよい。
【0137】
<冷間圧延工程>
冷間圧延工程(ステップS115)は、熱間圧延工程後の熱延鋼板に、または熱延板焼鈍工程後の熱延焼鈍鋼板に、一回の冷間圧延、又は中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を実施して、冷延鋼板を得る工程である。熱延板焼鈍工程後の熱延焼鈍鋼板は、鋼板形状が良好であるため、1回目の冷間圧延にて鋼板が破断する可能性を軽減することができる。なお、冷間圧延は、3回以上に分けて実施してもよいが、製造コストが増大するため、1回又は2回とすることが好ましい。
【0138】
冷間圧延工程で熱延焼鈍鋼板を冷間圧延する方法は、特に限定されず、公知の方法を採用すればよい。例えば、最終の冷延圧下率(中間焼鈍を行わない累積冷延圧下率、または中間焼鈍を行った後の累積冷延圧下率)は、80%以上95%以下の範囲内とすればよい。
【0139】
ここで、最終の冷延圧下率(%)は次のとおり定義される。
最終の冷延圧下率(%)=(1-最終の冷間圧延後の鋼板の板厚/最終の冷間圧延前の鋼板の板厚)×100
【0140】
最終の冷延圧下率が80%未満である場合には、Goss核を好ましく得ることができないことがある。一方、最終の冷延圧下率が95%を超える場合には、仕上げ焼鈍工程で、二次再結晶が不安定となることがある。そのため、最終の冷延圧下率は、80%以上95%以下であることが好ましい。
【0141】
中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を実施する場合、一回目の冷間圧延は、圧下率を5~50%程度とし、中間焼鈍は、950℃~1200℃の温度で30秒~30分の条件で保持を行えばよい。
【0142】
冷延鋼板の平均板厚(冷延後の板厚)は、張力付与性絶縁被膜の厚みを含む方向性電磁鋼板の板厚とは異なる。冷延鋼板の平均板厚は、例えば、0.10~0.50mmとすればよい。また、本実施形態では、冷延鋼板の平均板厚が0.22mm未満である薄手材でも、張力付与性絶縁被膜の密着性が好ましく高まる。そのため、冷延鋼板の平均板厚は、0.17mm以上0.20mm以下であってもよい。
【0143】
冷間圧延工程では、方向性電磁鋼板の磁気特性を好ましく向上させるために、エージング処理を行ってもよい。例えば、冷間圧延では、複数回のパスにより鋼板の板厚を減じるが、複数回のパスの途中段階で少なくとも一回以上、鋼板を100℃以上の温度範囲で1分以上保持すればよい。このエージング処理により、脱炭焼鈍工程で、一次再結晶集合組織を好ましく形成させることが可能となり、その結果、仕上げ焼鈍工程で、{110}<001>方位が好ましく集積した二次再結晶集合組織を得ることが可能となる。
【0144】
<脱炭焼鈍工程>
脱炭焼鈍工程(ステップS117)は、冷間圧延工程後の冷延鋼板を脱炭焼鈍して、脱炭焼鈍鋼板を得る工程である。この脱炭焼鈍工程で、冷延鋼板を所定の熱処理条件に則して焼鈍処理することで、一次再結晶粒組織を制御する。
【0145】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、脱炭焼鈍工程の熱処理条件は、特に限定されず、公知の条件を採用すればよい。例えば、750℃以上950℃以下の温度域で、1分以上5分以下保持すればよい。また、炉内雰囲気は、周知の窒素-水素湿潤雰囲気とすればよい。
【0146】
<仕上げ焼鈍工程>
仕上げ焼鈍工程(ステップS119)は、脱炭焼鈍工程後の脱炭焼鈍鋼板に、焼鈍分離剤を塗布し、その後に仕上げ焼鈍を施して、仕上げ焼鈍鋼板を得る工程である。仕上げ焼鈍は、一般に、鋼板をコイル状に巻いた状態で、高温で長時間の保持が行われる。従って、仕上げ焼鈍に先立ち、鋼板の巻きの内と外との焼付きの防止を目的として、焼鈍分離剤を脱炭焼鈍鋼板に塗布して乾燥させる。
【0147】
仕上げ焼鈍工程で脱炭焼鈍鋼板に塗布する焼鈍分離剤は、特に限定されず、公知の焼鈍分離剤を採用すればよい。なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有さない方向性電磁鋼板の製造方法であるので、フォルステライト被膜を形成しない焼鈍分離剤を採用すればよい。または、フォルステライト被膜を形成する焼鈍分離剤を採用する場合には、仕上げ焼鈍後にフォルステライト被膜を研削または酸洗によって除去すればよい。
【0148】
[フォルステライト被膜を形成しない焼鈍分離剤]
グラス被膜(フォルステライト被膜)を形成しない焼鈍分離剤として、MgOとAl2O3とを主成分とし、ビスマス塩化物を含有する焼鈍分離剤を用いればよい。例えば、この焼鈍分離剤は、固形分率で、MgOとAl2O3とを合計で85質量%以上含有し、MgOとAl2O3との質量比であるMgO:Al2O3が3:7~7:3を満足し、かつ、この焼鈍分離剤は、固形分率で、上記したMgOとAl2O3との合計含有量に対してビスマス塩化物を0.5~15質量%含有することが好ましい。上記の質量比MgO:Al2O3の範囲や、ビスマス塩化物の含有量は、グラス被膜を有さずに且つ表面平滑度の良好な母材鋼板を得るという観点から定まる。
【0149】
上記したMgOとAl2O3との質量比に関して、MgOが上記範囲を超えて多い場合には、グラス被膜が鋼板表面に形成及び残存して、母材鋼板の表面が平滑にならないことがある。また、MgOとAl2O3との質量比に関して、Al2O3が上記範囲を超えて多い場合には、Al2O3の焼き付きが生じて、母材鋼板の表面が平滑にならないことがある。MgOとAl2O3との質量比MgO:Al2O3は、3.5:6.5~6.5:3.5を満足することがより好ましい。
【0150】
ビスマス塩化物が焼鈍分離剤に含まれると、仕上げ焼鈍中にグラス被膜が形成しても、このグラス被膜が鋼板表面から剥離しやすくなる効果がある。上記のビスマス塩化物の含有量が、上記したMgOとAl2O3との合計含有量に対して0.5質量%未満である場合には、グラス被膜が残存することがある。一方、ビスマス塩化物の含有量が、上記したMgOとAl2O3との合計含有量に対して15質量%を超える場合には、焼鈍分離剤として鋼板と鋼板との焼付きを防ぐ機能が損なわれることがある。ビスマス塩化物の含有量は、上記したMgOとAl2O3との合計含有量に対して、より好ましくは3質量%以上であり、より好ましくは7質量%以下である。
【0151】
上記のビスマス塩化物の種類は、特に限定されず、公知のビスマス塩化物を採用すればよい。例えば、オキシ塩化ビスマス(BiOCl)、三塩化ビスマス(BiCl3)等を用いればよく、あるいは、仕上げ焼鈍工程中に焼鈍分離剤中での反応からオキシ塩化ビスマスを形成することが可能な化合物種を用いてもよい。仕上げ焼鈍中にオキシ塩化ビスマスを形成可能な化合物種として、例えば、ビスマス化合物と金属の塩素化合物との混合物を用いればよい。このビスマス化合物として、例えば、酸化ビスマス、水酸化ビスマス、硫化ビスマス、硫酸ビスマス、リン酸ビスマス、炭酸ビスマス、硝酸ビスマス、有機酸ビスマス、ハロゲン化ビスマス等を用いればよく、金属の塩素化合物として、例えば、塩化鉄、塩化コバルト、塩化ニッケル等を用いればよい。
【0152】
上記のようなフォルステライト被膜を形成しない焼鈍分離剤を、脱炭焼鈍鋼板の表面に塗布して乾燥させた後、仕上げ焼鈍を施す。仕上げ焼鈍工程での熱処理条件は、特に限定されず、公知の条件を採用すればよい。例えば、鋼板を、1100℃以上1300℃以下の温度域で、10時間以上30時間以下保持すればよい。また、炉内雰囲気は、周知の窒素雰囲気又は窒素と水素との混合雰囲気とすればよい。仕上げ焼鈍後は、鋼板表面の余剰の焼鈍分離剤を水洗又は酸洗により除去することが好ましい。
【0153】
[フォルステライト被膜を形成する焼鈍分離剤]
グラス被膜(フォルステライト被膜)を形成する焼鈍分離剤として、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を用いてもよい。例えば、この焼鈍分離剤は、固形分率で、MgOを60質量%以上含有することが好ましい。
【0154】
焼鈍分離剤を、脱炭焼鈍鋼板の表面に塗布して乾燥させた後、仕上げ焼鈍を施す。仕上げ焼鈍工程での熱処理条件は、特に限定されず、公知の条件を採用すればよい。例えば、鋼板を、1100℃以上1300℃以下の温度域で、10時間以上30時間以下保持すればよい。また、炉内雰囲気は、周知の窒素雰囲気又は窒素と水素との混合雰囲気とすればよい。
【0155】
フォルステライト被膜を形成する焼鈍分離剤を用いた場合、仕上げ焼鈍中に、焼鈍分離剤のMgOと、鋼板表面のSiO2とが反応して、フォルステライト(Mg2SiO4)が形成される。そのため、仕上げ焼鈍後に、仕上げ焼鈍鋼板の表面を研削又は酸洗して、表面に形成されたフォルステライト被膜を除去することが好ましい。仕上げ焼鈍鋼板の表面からフォルステライト被膜を除去する方法は、特に限定されず、公知の研削方法又は酸洗方法を採用すればよい。
【0156】
例えば、フォルステライト被膜を酸洗によって除去するには、仕上げ焼鈍鋼板を、20~40質量%塩酸に、50~90℃で1~5分間、浸漬した後に、水洗して乾燥させればよい。あるいは、仕上げ焼鈍鋼板を、ふっ化アンモニムと硫酸の混合溶液中で酸洗し、ふっ酸と過酸化水素水の混合溶液中で化学研磨し、その後、水洗して乾燥させればよい。
【0157】
<酸化処理工程>
酸化処理工程(ステップS121)は、仕上げ焼鈍工程後の仕上げ焼鈍鋼板(フォルステライト被膜を有さない仕上げ焼鈍鋼板)に、洗浄処理と、酸洗処理と、熱処理とを順に施して、酸化処理鋼板を得る工程である。具体的には、洗浄処理として、仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄し、酸洗処理として、仕上げ焼鈍鋼板を2~20質量%で且つ70~90℃の硫酸にて酸洗し、熱処理として、仕上げ焼鈍鋼板を、露点が10~30℃であり且つ水素濃度が0~4体積%の窒素-水素混合雰囲気中で、700~900℃の温度で、10~60秒間保持する。
【0158】
[洗浄処理]
仕上げ焼鈍工程後の仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄する。仕上げ焼鈍鋼板の表面を洗浄する方法は、特に限定されず、公知の洗浄方法を採用すればよい。例えば、仕上げ焼鈍鋼板の表面を水洗すればよい。
【0159】
[酸洗処理]
洗浄処理後の仕上げ焼鈍鋼板を、濃度が2~20質量%で且つ液温が70~90℃の硫酸にて酸洗処理する。
【0160】
硫酸が2質量%未満である場合には、(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満足し、かつ、Cr発光強度がFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となる極大点を有する方向性電磁鋼板が得られない。一方、硫酸が20質量%を超える場合にも、上記の特徴を有する方向性電磁鋼板が得られない。硫酸の濃度は、好ましくは17質量%以下であり、より好ましくは12質量%以下である。
【0161】
また、硫酸が70℃未満である場合には、十分な密着性を実現することができない。一方、硫酸が90℃を超える場合には、密着性向上効果が飽和し、絶縁被膜が鋼板に付与する張力が減少する。硫酸は、好ましくは75℃以上であり、より好ましくは80℃以上である。また、硫酸は、好ましくは88℃以下であり、より好ましくは85℃以下である。
【0162】
酸洗処理する時間は、特に限定されない。例えば、仕上げ焼鈍鋼板を、上記の硫酸が保持されている酸洗浴中で、一般的なライン速度で通過させればよい。
【0163】
[熱処理]
酸洗処理後の仕上げ焼鈍鋼板を、露点が10~30℃であり且つ水素濃度が0~4体積%の窒素-水素混合雰囲気中で、700~900℃の温度で、10~60秒間保持する。この熱処理によって、仕上げ焼鈍鋼板の表面に、上記した鉄系酸化物を主成分とする層、Si-Cr含有酸化物層、及びSi含有酸化物層が形成される。この熱処理後の鋼板は、上記の(I)~(III)の条件を満足する鋼基材になる。
【0164】
なお、水素濃度が0~4体積%の窒素-水素混合雰囲気とは、雰囲気中の窒素分率および水素分率の合計が実質的に100体積%となる雰囲気を意味する。上記の水素濃度が0体積%である場合には、雰囲気中の窒素が実質的に100体積%となる。雰囲気中の水素濃度が4体積%を超えると、(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満足し、かつ、Cr発光強度がFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となる極大点を有する方向性電磁鋼板が得られない。また、熱処理設備に負荷がかかるため好ましくない。
【0165】
露点が10℃未満、または保持温度が700℃未満である場合、上記の特徴を有する方向性電磁鋼板が得られない。保持温度が900℃を超える場合には、効果が飽和し、加熱コストも高くなる。露点が30℃を超える場合には、上記の特徴を有する方向性電磁鋼板が得られない。
【0166】
また、保持時間が10秒未満である場合には、上記の特徴を有する方向性電磁鋼板が得られない。一方、保持時間が60秒を超える場合にも、上記の特徴を有する方向性電磁鋼板が得られない。
【0167】
水素濃度は、好ましくは3体積%以下である。露点は、好ましくは28℃以下であり、より好ましくは25℃以下である。保持温度は、好ましくは750℃以上であり、より好ましくは800℃以上である。保持時間は、好ましくは20秒以上であり、好ましくは50秒以下であり、より好ましくは40秒以下である。
【0168】
なお、本実施形態では、熱処理の雰囲気が、酸素を含まないことが好ましい。本実施形態では、鋼片が基本元素としてCrを含有する。この鋼片が上記の含有量のCrを含み、且つ上記した製造条件を満足するときに、(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満足し、かつ、Cr発光強度がFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となる極大点を有する方向性電磁鋼板が得られる。熱処理の雰囲気が酸素を含むと、上記の特徴を有する方向性電磁鋼板が得られない。熱処理の雰囲気が、不純物として酸素を含有する場合でも、雰囲気中の酸素濃度は、5体積%未満に制限することが好ましい。その上で、露点を20℃以上に制限することが好ましい。
【0169】
<絶縁被膜形成工程>
絶縁被膜形成工程(ステップS123)は、酸化処理工程後の酸化処理鋼板の表面に張力付与性絶縁被膜形成用の処理液を塗布して焼きつけて、平均厚みが1~3μmとなるように張力付与性絶縁被膜を形成する工程である。絶縁被膜形成工程では、酸化処理鋼板の片面又は両面に対し、張力付与性絶縁被膜を形成すればよい。
【0170】
絶縁被膜が形成される酸化処理鋼板の表面は、処理液を塗布する前に、アルカリなどによる脱脂処理や、塩酸、硫酸、リン酸などによる酸洗処理など、任意の前処理を施してもよく、または、これら前処理を施さなくてもよい。
【0171】
張力付与性絶縁被膜を形成する条件は、特に限定されず、公知の条件を採用すればよい。例えば、張力付与性絶縁被膜は、無機物を主体とし、更に有機物を含んだ複合絶縁被膜であってもよい。この複合絶縁被膜は、例えば、クロム酸金属塩、リン酸金属塩、コロイダルシリカ、Zr化合物、Ti化合物等の無機物の少なくとも何れかを主体とし、微細な有機樹脂の粒子が分散している絶縁被膜であればよい。また、製造時の環境負荷低減の観点から、張力付与性絶縁被膜は、リン酸金属塩、ZrやTiのカップリング剤、これらの炭酸塩、これらのアンモニウム塩などを出発物質とした絶縁被膜であってもよい。
【0172】
<その他の工程>
[平坦化焼鈍工程]
絶縁被膜形成工程に続いて、形状矯正のための平坦化焼鈍を施してもよい。絶縁被膜形成工程後の方向性電磁鋼板に対して平坦化焼鈍を行うことで、鉄損特性を好ましく低減させることが可能となる。
【0173】
[磁区細分化工程]
上記で製造した方向性電磁鋼板に、磁区細分化処理を行ってもよい。磁区細分化処理とは、方向性電磁鋼板の表面に磁区細分化効果のあるレーザ光を照射したり、方向性電磁鋼板の表面に溝を形成したりする処理である。この磁区細分化処理により、磁気特性を好ましく向上させることが可能となる。
【実施例1】
【0174】
次に、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に詳細に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0175】
(実験例1)
C:0.081質量%、Si:3.3質量%、Mn:0.083質量%、S:0.022質量%(S+Se:0.022質量%)、酸可溶性Al:0.025質量%、Cr:0.04%、N:0.008質量%、Bi:0.0025質量%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼スラブを、1350℃に加熱し、熱間圧延を行って、平均厚さ2.3mmの熱延鋼板を得た。
【0176】
得られた熱延鋼板に対し、1100℃×120秒間の焼鈍を行った後、酸洗を実施した。酸洗後の鋼板を、冷間圧延により平均厚さ0.23mmに仕上げ、冷延鋼板とした。その後、得られた冷延鋼板に対し、脱炭焼鈍を実施した。
【0177】
その後、固形分率でMgOとAl2O3とを合計で95質量%含有し、MgOとAl2O3の配合比が質量%で50%:50%であり、MgOとAl2O3との合計含有量に対してBiOClを5質量%含有する組成の焼鈍分離剤を塗布乾燥し、1200℃で20時間保持する仕上げ焼鈍に供した。
【0178】
得られた仕上げ焼鈍鋼板の余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去し、X線回折によって確認したところ、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。
【0179】
余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去した鋼板に、濃度5%、液温70℃の硫酸で酸洗処理を実施した後、(A)100%N2且つ露点:30℃、(B)大気(すなわち、21%O2-79%N2)且つ露点10℃で、それぞれ850℃、10秒保持する熱処理を実施した。
【0180】
酸化処理工程後の鋼板に、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とする水溶液を塗布し、850℃で1分間焼付けることで、鋼板表面に片面当たりの目付量4.5g/m2の張力付与性絶縁被膜を形成させた。
【0181】
この方向性電磁鋼板の母材鋼板を上記の方法で化学分析したところ、いずれの鋼板も、化学組成が、質量%で、C:0.002%以下、Si:3.3%、Mn:0.083%、S:0.005%以下(S+Se:0.005%以下)、酸可溶性Al:0.005%以下、Cr:0.04%、N:0.005%以下、Bi:0.0001%を含有し、残部がFe及び不純物からなっていた。
【0182】
得られた(A)および(B)の2種類の方向性電磁鋼板のそれぞれについて、GDS分析、磁気特性、被膜密着性などの評価を行った。
【0183】
<GDS分析>
上記した方法に基づいて、酸化処理工程後の酸化処理鋼板の表面、及び、張力付与性絶縁被膜形成後の方向性電磁鋼板の表面を、リガク社製GDA750を用いてグロー放電発光分析した。測定元素は、酸化処理鋼板:O、Cr、Si、Fe、方向性電磁鋼板:O、Al、Cr、Si、P、Feとした。得られたGDSデプスプロファイルを評価した。
【0184】
<磁気特性>
圧延方向に対して平行に長さ300mm×幅60mmの試験片に、窒素雰囲気中で800℃×2時間保持の歪取り焼鈍を実施し、レーザビームを照射して磁区細分化処理を実施した。この試験片を8枚準備した。この試験片を用いて、JIS C 2556:2015に規定された方法で、圧延方向の磁束密度B8(単位:T)(800A/mでの磁束密度)と、鉄損W17/50(単位:W/kg)(50Hzにおいて1.7Tに磁化したときの鉄損)とを評価した。また、試験片8枚の結果から、B8の平均値、W17/50の平均値、W17/50の標準偏差を求めた。
【0185】
<絶縁被膜密着性>
得られた方向性電磁鋼板から圧延方向を長手方向とする試験片を採取し、円筒型マンドレル屈曲試験機にて、曲げ径φ20の曲げ試験を行った。曲げ試験後の試験片表面を観察し、曲げ部の面積に対して剥離せずに残存する張力被膜の面積の比率(被膜残存率)を算出して、張力付与性絶縁被膜の密着性を評価した。この被膜残存率が評点Aである場合を合格とした。
【0186】
評点A:被膜残存率90%以上
B:被膜残存率70%以上90%未満
C:被膜残存率70%未満
【0187】
<張力付与性絶縁被膜の平均厚み>
得られた方向性電磁鋼板から試験片を採取し、上記の方法で張力付与性絶縁被膜の平均厚みを測定した。
【0188】
得られた方向性電磁鋼板の外観について、上記条件(A)の鋼板が黒褐色を示し、上記条件(B)の鋼板が明灰色を示した。
【0189】
また、絶縁被膜密着性について、条件(A)及び(B)の双方の鋼板が、評点Aであった。また、条件(A)及び(B)の双方の鋼板が、張力付与性絶縁被膜の平均厚みが3.0μmであった。
【0190】
また、GDSデプスプロファイルについて、条件(A)の酸化処理鋼板は、上記の(I)~(III)の条件を満足し、条件(A)の方向性電磁鋼板は、(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満足し、かつ、Cr発光強度がFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となる極大点を示した。
一方、条件(B)の酸化処理鋼板は、上記の(I)~(III)の条件を満足せず、条件(B)の方向性電磁鋼板は、(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満足せず、かつ、Cr発光強度がFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となる極大点を示さなかった。
【0191】
また、磁気特性について、条件(A)の方向性電磁鋼板は、条件(B)の方向性電磁鋼板よりも良好なW17/50の標準偏差を示した。
【0192】
(実験例2)
C:0.082質量%、Si:3.3質量%、Mn:0.082質量%、S:0.023質量%(S+Se:0.023質量%)、酸可溶性Al:0.025質量%、Cr:0.05%、N:0.008質量%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼スラブA(鋼片A)と、C:0.081質量%、Si:3.3質量%、Mn:0.083質量%、S:0.022質量%(S+Se:0.022質量%)、酸可溶性Al:0.025質量%、Cr:0.04%、N:0.008質量%、Bi:0.0025質量%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼スラブB(鋼片B)と、をそれぞれ1350℃に加熱し、熱間圧延を行って、平均厚さ2.3mmの熱延鋼板を得た。
【0193】
得られたそれぞれの熱延鋼板に対し、1100℃×120秒間の焼鈍を行った後、酸洗を実施した。酸洗後の鋼板を、冷間圧延により平均厚さ0.23mmに仕上げ、冷延鋼板を得た。その後、得られた冷延鋼板に対し、脱炭焼鈍を実施した。
【0194】
その後、固形分率でMgOとAl2O3とを合計で95質量%含有し、MgOとAl2O3の配合比が質量%で50%:50%(質量比1:1)であり、MgOとAl2O3との合計含有量に対してBiOClを5質量%含有する組成の焼鈍分離剤を塗布乾燥して、1200℃で20時間保持する仕上げ焼鈍に供した。
【0195】
得られた仕上げ焼鈍鋼板の余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去し、X線回折によって確認したところ、いずれの鋼板でも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。
【0196】
余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去した鋼板に、以下の表1に示したような種々の濃度の70℃の硫酸で酸洗処理を実施した後、雰囲気、露点、温度、時間を変化させて熱処理を実施した。
【0197】
【0198】
酸化処理工程後の鋼板に、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とする水溶液を塗布し、850℃で1分間焼付けることで、試験片の表面に、片面当たりの目付量4.5g/m2の張力付与性絶縁被膜を形成させた。
【0199】
この方向性電磁鋼板の母材鋼板を上記の方法で化学分析したところ、鋼スラブAに由来する鋼板は、化学組成が、質量%で、C:0.002%以下、Si:3.3%、Mn:0.082%、S:0.005%以下(S+Se:0.005%以下)、酸可溶性Al:0.005%以下、Cr:0.05%、N:0.005%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなっていた。また、鋼スラブBに由来する鋼板は、C:0.002%以下、Si:3.3%、Mn:0.083%、S:0.005%以下(S+Se:0.005%以下)、酸可溶性Al:0.005%以下、Cr:0.04%、N:0.005%以下、Bi:0.0001%を含有し、残部がFe及び不純物からなっていた。
【0200】
<評価>
磁気特性、GDS分析、被膜密着性などの評価を行った。評価方法は、以下の通りである。
【0201】
[磁気特性]
圧延方向に対して平行に長さ300mm×幅60mmの試験片に、窒素雰囲気中で800℃×2時間保持の歪取り焼鈍を実施し、レーザビームを照射して磁区細分化処理を実施した。この試験片を8枚準備した。この試験片を用いて、JIS C 2556:2015に規定された方法で、圧延方向の磁束密度B8(単位:T)(800A/mでの磁束密度)、鉄損W17/50(単位:W/kg)(50Hzにおいて1.7Tに磁化したときの鉄損)をそれぞれ評価した。また、試験片8枚の結果から、B8の平均値、W17/50の平均値、W17/50の標準偏差を求めた。なお、鋼種Aに関しては、B8平均値が1.90T以上、W17/50平均値が0.700W/kg以下、W17/50標準偏差が0.020W/kg以下である場合を合格と判断した。鋼種Bに関しては、B8平均値が1.90T以上、W17/50平均値が0.650W/kg以下、W17/50標準偏差が0.020W/kg以下である場合を合格と判断した。
【0202】
[GDS分析]
上記した方法に基づいて、酸化処理工程後の酸化処理鋼板の表面、及び、張力付与性絶縁被膜形成後の方向性電磁鋼板の表面を、リガク社製GDA750を用い、高周波モード、出力:30W、Ar圧力:3hPa、測定面積:4mmφ、測定時間:100秒にて分析した。測定元素は、酸化処理鋼板:O、Cr、Si、Fe、方向性電磁鋼板:O、Al、Cr、Si、P、Feとした。得られたGDSデプスプロファイルから、酸化処理鋼板は上記の(I)~(III)の条件を満たすか、方向性電磁鋼板は(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満たすか、且つCr発光強度がFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となる極大点を示すかを確認した。
【0203】
[張力付与性絶縁被膜の密着性]
得られた方向性電磁鋼板から圧延方向を長手方向とする試験片を採取し、円筒型マンドレル屈曲試験機にて、曲げ径φ10及び曲げ径φ20の曲げ試験を行った。曲げ試験後の試験片表面を観察し、曲げ部の面積に対して剥離せずに残存する張力被膜の面積の比率(被膜残存率)を算出して、張力付与性絶縁被膜の密着性を評価した。この被膜残存率が評点Aである場合を合格とした。
【0204】
評点A:被膜残存率90%以上
B:被膜残存率70%以上90%未満
C:被膜残存率70%未満
【0205】
[張力付与性絶縁被膜の平均厚み]
得られた方向性電磁鋼板から試験片を採取し、上記の方法で張力付与性絶縁被膜の平均厚みを測定した。
【0206】
得られた結果を、以下の表2にまとめて示した。
【0207】
【0208】
上記表1~2から明らかなように、酸化処理条件が好ましかった試験番号2-2、2-3、2-5、2-6、2-8、2-15、2-16、2-18、2-19、2-21では、酸化処理鋼板が、上記の(I)~(III)の条件を満足し、方向性電磁鋼板が、(Fe0.5-Fe0.05)/Fe0.5≧0.35を満足し、かつ、Cr発光強度がFe発光強度と比較して0.08倍以上0.25倍以下となる極大点を示した。その結果、磁気特性及び被膜密着性の双方とも良好な結果を示した。
また、上記の試験番号のうちで試験番号2-15、2-16、2-18、2-19、2-21は、鋼スラブが好ましい化学組成を有するので、磁気特性にさらに優れた。
【0209】
これに対し、
試験番号2-1は、酸化処理の保持時間が短いために、試験番号2-4は、酸化処理の保持温度が低いために、試験番号2-7は、酸化処理の露点が低く、かつ、処理時間が長いために、被膜密着性および磁気特性に劣っていた。
試験番号2-9は、酸化処理雰囲気が本発明の範囲外であるために、試験番号2-10は、酸化処理の露点が低いために、特に磁気特性に劣っていた。
試験番号2-11は、酸化処理雰囲気が本発明の範囲外であり、かつ、処理時間が長いために、被膜密着性および磁気特性に劣っていた。
試験番号2-12は、酸化処理の露点が高いために、特に被膜密着性に劣っていた。
試験番号2-13は、酸洗の濃度が高いばかりか、酸化処理の温度が低いために、被膜密着性および磁気特性に劣っていた。
試験番号2-14は、酸化処理の保持時間が短いために、試験番号2-17は、酸化処理の保持温度が低いために、試験番号2-20は、酸化処理の露点が低く、かつ、処理時間が長いために、被膜密着性および磁気特性に劣っていた。
時間試験番号2-22は、酸化処理雰囲気が本発明の範囲外であるために、試験番号2-23は、酸化処理の露点が低いために、特に磁気特性に劣っていた。
試験番号2-24は、酸化処理雰囲気が本発明の範囲外であり、かつ、処理時間が長いために、被膜密着性および磁気特性に劣っていた。
試験番号2-25は、酸化処理の露点が高いために、特に被膜密着性に劣っていた。
試験番号2-26は、酸洗の濃度が高いばかりか、酸化処理の温度が低いために、被膜密着性および磁気特性に劣っていた。
【0210】
(実験例3)
以下の表3に示す化学組成を有する鋼スラブ(鋼片)を1380℃に加熱し、熱間圧延を行って、平均厚さ2.3mmの熱延鋼板を得た。一部の鋼は割れが発生したため、次工程へ進めることができなかった。
【0211】
【表3】
次工程へ進めることができた熱延鋼板には、1120℃×120秒間の焼鈍を行った後、酸洗を実施した。酸洗後の鋼板を、冷間圧延により平均厚さ0.23mmに仕上げ、冷延鋼板を得た。一部の鋼は冷間圧延時に割れが発生したため、次工程へ進めることができなかった。次工程へ進めることができた鋼板には、脱炭焼鈍を実施した。
【0212】
その後、固形分率でMgOとAl2O3とを合計で94質量%含有し、MgOとAl2O3の配合比が質量%で50%:50%(質量比1:1)であり、MgOとAl2O3との合計含有量に対してBiOClを6質量%含有する組成の焼鈍分離剤を塗布乾燥して、1200℃で20時間保持する仕上げ焼鈍に供した。
【0213】
得られた仕上げ焼鈍鋼板の余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去し、X線回折によって確認したところ、いずれの鋼板でも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。
【0214】
余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去した鋼板に、濃度:10%、温度:70℃の硫酸で酸洗処理を実施した後、100%N2、露点:30℃、温度:800℃で20秒保持する熱処理を実施した。なお、試験番号3-25は、熱処理を実施せず、酸洗のままとした。
【0215】
酸化処理工程後の鋼板について実験例2と同様の方法でGDS分析を進めたところ、試験番号3-12、3-21、3-24以外の鋼板は、上記の(I)~(III)の条件を満足した。
【0216】
その後、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とする水溶液を塗布し、850℃で1分間焼付けることで、試験片の表面に片面あたり目付量4.5g/m2の張力付与性絶縁被膜を形成させた。
【0217】
この方向性電磁鋼板の母材鋼板を上記の方法で化学分析した。化学組成を表4に示す。なお、表3および表4に関して、表中の値が空欄や「-」などの元素は、製造時に目的を持って含有量の制御を行っていない元素であることを表す。
【0218】
【0219】
<評価>
磁気特性、GDS分析、被膜の着性などの評価を行った。GDS分析、被膜密着性、被膜平均厚みの評価方法は、実験例2と同様である。磁気特性は、以下のように評価を行った。
【0220】
[磁気特性]
圧延方向に対して平行に長さ300mm×幅60mmの試験片を8枚準備し、窒素雰囲気中で800℃×2時間保持の歪取り焼鈍を実施した後、JIS C 2556:2015に規定された方法で、圧延方向の磁気特性を評価した。この際、磁束密度B8(単位:T)の平均値が1.90T以上である場合を合格と判断した。また、磁束密度B8が合格である鋼板に、レーザビームを照射し、磁区細分化処理を実施した。レーザ照射を行った鋼板に関して、鉄損W17/50(単位:W/kg)(50Hzにおいて1.7Tに磁化したときの鉄損)の平均値および標準偏差を評価した。なお、B8平均値が1.90T以上、W17/50平均値が0.700W/kg以下、W17/50標準偏差が0.020W/kg以下である場合を合格と判断した。
【0221】
得られた結果を、以下の表5にまとめて示した。
【0222】
【0223】
上記表3~5から明らかなように、母材鋼板の化学組成が好ましかった試験番号3-1~3-11は、磁気特性及び被膜密着性の双方に優れた。
また、上記の試験番号のうちで試験番号3-3~3-11は、鋼スラブが好ましい化学組成を有するので磁気特性にさらに優れた。
【0224】
これに対し、
試験番号3-12は、Si含有量が過剰であり、冷間圧延時に破断した。
試験番号3-13は、Si含有量が不十分であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号3-14は、C含有量が不十分であり、試験番号3-15は、C含有量が過剰であり、いずれも磁気特性に劣っていた。
試験番号3-16は、酸可溶性Al含有量が不十分であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号3-17は、酸可溶性Al含有量が過剰であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号3-18は、Mn含有量が不十分であり、試験番号3-19は、Mn含有量が過剰であり、いずれも磁気特性に劣っていた。
試験番号3-20は、S+Seの合計含有量が不十分であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号3-21は、S+Seの合計含有量が過剰であり、熱間圧延時に割れを生じた。
試験番号3-22は、N含有量が過剰であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号3-23は、N含有量が不十分であり、磁気特性に劣っていた。
試験番号3-24は、Cr含有量が不十分であり、密着性に劣っていた。
試験番号3-25は、酸化処理工程で熱処理を実施していないため、被膜密着性に劣っていた。この試験番号3-25では、曲げ部のみならず、曲げ部以外の平坦部でも、被膜焼付直後で既に被膜に剥離が生じた。そのため、GDS分析に供することができなかった。
【0225】
(実験例4)
以下の表6に示す化学組成を有する鋼スラブ(鋼片)を、試験番号4-1から試験番号4-7は1380℃に加熱し、試験番号4-8から試験番号4-15は1350℃に加熱し、熱間圧延を行って、平均厚さ2.3mmの熱延鋼板を得た。
【0226】
【0227】
得られた熱延鋼板に対し、試験番号4-1から試験番号4-7は1120℃×120秒間の焼鈍を行った後、試験番号4-8から試験番号4-15は1100℃×120秒間の焼鈍を行った後、酸洗を実施した。酸洗後の鋼板を、冷間圧延により平均厚さ0.23mmに仕上げ、冷延鋼板を得た。その後、得られた冷延鋼板に対し、脱炭焼鈍を実施した。
【0228】
その後、以下の表7に示す条件で仕上げ焼鈍を実施した。なお、表7中で、焼鈍分離剤の主な構成物の含有量は、固形分率での含有量である。また、ビスマス塩化物の含有量は、MgOとAl2O3との合計含有量に対する含有量である。
【0229】
【0230】
得られた仕上げ焼鈍鋼板の余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去し、X線回折によって確認したところ、試験番号4-6および4-7以外の鋼板は、いずれも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。試験番号4-6および4-7の鋼板は、仕上げ焼鈍後に、仕上げ焼鈍鋼板の表面を研削又は酸洗して、表面に形成されたフォルステライト被膜を除した。その後、X線回折によって確認したところ、いずれの鋼板でも、グラス被膜(フォルステライト被膜)は形成されていなかった。
【0231】
余剰の焼鈍分離剤を水洗にて除去した鋼板(試験番号4-6および4-7についてはグラス被膜を除去した後の鋼板)に、以下の表8に示した条件で酸化処理を実施した。
【0232】
【0233】
酸化処理工程後の鋼板に、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とする水溶液を塗布し、850℃で1分間焼付けることで、試験片の表面に、目付量4.5g/m2の張力付与性絶縁被膜を形成させた。得られた試験片にレーザビームを照射し、磁区細分化処理を実施した。
【0234】
この方向性電磁鋼板の母材鋼板を上記の方法で化学分析した。化学組成を表9に示す。なお、表6および表9に関して、表中の値が空欄や「-」などの元素は、製造時に目的を持って含有量の制御を行っていない元素であることを表す。
【0235】
【0236】
<評価>
磁気特性、GDS分析、被膜密着性などの評価を行った。評価方法は、実験例2と同様である。なお、B8平均値が1.90T以上、W17/50平均値が0.700W/kg以下、W17/50標準偏差が0.021W/kg以下である場合を合格と判断した。
【0237】
得られた結果を、以下の表10にまとめて示した。
【0238】
【0239】
上記表6~10から明らかなように、母材鋼板の化学組成が好ましく、製造条件も好ましかった試験番号4-1から試験番号4-7は、磁気特性および張力付与性絶縁被膜の密着性の双方に優れた。一方、製造条件が好ましくなかった試験番号4-8から試験番号4-15は、磁気特性および張力付与性絶縁被膜の密着性に劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0240】
本発明の上記態様によれば、グラス被膜(フォルステライト被膜)を有さずに、張力付与性絶縁被膜の密着性に優れ、鉄損低減効果が安定的に得られる(鉄損のばらつきが小さい)方向性電磁鋼板を提供することができる。また、このような方向性電磁鋼板の絶縁被膜形成方法および製造方法を提供することができる。よって、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0241】
10 方向性電磁鋼板
11 母材鋼板
13 張力付与性絶縁被膜
15 酸化物層