(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-05
(45)【発行日】2023-04-13
(54)【発明の名称】ストレス測定装置、ストレス測定方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/16 20060101AFI20230406BHJP
A61B 5/113 20060101ALI20230406BHJP
【FI】
A61B5/16 110
A61B5/113
(21)【出願番号】P 2021172725
(22)【出願日】2021-09-24
【審査請求日】2023-02-09
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514118321
【氏名又は名称】ヘルスセンシング株式会社
(72)【発明者】
【氏名】鐘ヶ江 正巳
(72)【発明者】
【氏名】新関 久一
【審査官】磯野 光司
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2020/0383636(US,A1)
【文献】国際公開第2017/141976(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0220957(US,A1)
【文献】特開2012-249884(JP,A)
【文献】渡部 真 ほか,脈波からの呼吸性不整脈位相カップリングを用いたストレスモニターの開発,日本生体医工学会大会プログラム・抄録集(Web),2017年,Vol.56th,p.242,URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/55Annual/3PM-Abstract/55Annual_242/_article/-char/ja/,Online ISSN:1881-4379, DOI:10.11239/jsmbe.55Annual.242
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00-5/398
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項6】
動物から取得した呼吸由来の心拍間隔の変動の瞬時位相と、前記呼吸由来の心拍間隔の変動と同一時系列における前記動物の呼吸パターンの瞬時位相との間の瞬時位相差に基づいて瞬時位相差の位相コヒーレンスを算出するステップと、前記呼吸パターンから呼吸数を算出するステップと、前記位相コヒーレンスと前記呼吸数からストレス指標を生成するステップとをコンピュータに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物の生体情報から抽出された心拍波形及び呼吸パターンから算出された位相コヒーレンスと呼吸数によって動物のストレスを測定する装置又は方法に関する。
さらには、椅子に装着されたシート状の圧電センサから、ヒトの心拍波形及び呼吸波形を抽出して位相コヒーレンスと呼吸数を算出して動物のストレスを測定する装置又は方法に関する。
【背景技術】
【0002】
社会の高度化によってもたらされるストレス、あるいは少子高齢化が益々進展する中で、呼吸器・循環器疾患患者が増加しつつあり、呼吸・循環機能の把握やその疾患の予防はますます重要になりつつある。
従来、ストレス評価法は、問診による主観的評価、血圧、心拍数、皮膚温、発汗などの生理指標、カテコールアミンやコルチゾールなどの液性ストレスマーカーの計測など、医療機関での計測が主であり、個人が計測できる指標ではなかった。
【0003】
このような問題に応える技術として、特許文献1には、心拍波形及び呼吸パターンから算出された位相コヒーレンスがストレスの指標となり得ることが開示されている。
すなわち、ベッドのシーツの下に敷いたシート型圧電センサから、少なくとも動物の心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報を取得し、前記生体情報から呼吸パターンを抽出し、前記生体情報から心拍間隔の変動を算出し、前記呼吸パターンと前記心拍間隔の変動との間の瞬時位相差の位相コヒーレンスを算出することが可能であることが開示されている。
また、位相コヒーレンスは、0~1の値をとり、心拍間隔の変動と呼吸パターンの瞬時位相差が一定の関係に近いほど1に近づき、瞬時位相差がランダムになるほど0に近づく。安静リラックス時には位相コヒーレンスが1に近く、ストレスがかかると位相コヒーレンスが低下するので、ストレスを位相コヒーレンスによって推定することが可能となることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ストレス状態において位相コヒーレンスが低下することが示されているものの、位相コヒーレンスが0に近ければストレス状態であり、位相コヒーレンスが1に近ければリラックス状態であるという必然性はない。
例えば、食事中は消化管に血液を送る必要性から心臓交感神経活動が亢進し心拍数が増加するという生理反応が見られる。その結果、ストレスがかかっていないのにもかかわらず位相コヒーレンス(λ)が低下し、位相コヒーレンス(λ)の低下をもってストレス状態下にあるとは必ずしも断定できないという問題があった。
また、シート型圧電センサを椅子に設置して椅子に坐したまま仕事をする被験者のストレスを測定しようとしても、心拍や呼吸に関する生体情報信号に、体動信号が混入し、有用な心拍情報や呼吸情報を取得できず、位相コヒーレンスを算出できないという問題があった。
本発明者は、このような問題を解決するために鋭意研究を進めて、ストレスを表す指標として、自律神経活動を反映する指標である位相コヒーレンス(λ)に高位中枢の影響を受ける呼吸数を加えて、位相コヒーレンスと呼吸数を組み合わせてストレスを測定する手段を考案した。
また、シート型圧電センサを椅子に設置して得られる心弾動信号(BCG)のように、体動信号が多く混入する生体振動信号から、その体動信号に心拍情報や呼吸情報が埋もれる部分を選別する手段を開発した。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明に関わるストレス測定装置は、動物から取得した呼吸由来の心拍間隔の変動の瞬時位相と、前記呼吸由来の心拍間隔の変動と同一時系列における前記動物の呼吸パターンの瞬時位相との間の瞬時位相差に基づいて瞬時位相差の位相コヒーレンスを算出する位相コヒーレンス算出手段と、前記呼吸パターンから呼吸数を算出する呼吸数算出手段と、前記位相コヒーレンスと前記呼吸数からストレス指標を生成するストレス指標生成手段とを備える。
前記ストレス指標は、前記位相コヒーレンスと前記呼吸数からなる二次元データまたは、前記位相コヒーレンスと前記呼吸数のそれぞれに所定の重み付けをして加算した数値であってよい。
また、心拍情報、呼吸情報および体動信号を含む生体振動信号から、前記心拍情報や前記呼吸情報が前記体動信号に埋もれる部分を選別し、その部分の心拍数、呼吸数を補完する手段を備えてもよい。
【発明の効果】
【0007】
位相コヒーレンスが0に近い状態がストレス状態なのか鬱状態(depress状態)なのか、位相コヒーレンスが1に近い状態が、アクティブ状態(active状態)なのかリラックス状態(relax状態)なのか、ストレスを精密に測定することができる。
また、被験者が、勤務時間中に椅子に座って仕事をしている状態でも、被験者を拘束することなく、ストレスを継続して測定することができる。
本発明によれば、λ-RR平面の表示点を見るだけで、被験者は自己のストレスの状態、すなわちstress、depress、activeまたはrelaxのどの状態であるかを知ることができる。
位相コヒーレンス(λ)が低い場合、仕事がハードでstress状態なのか、やる気が起きない仕事でdepress状態なのかの判断材料になる。
また、位相コヒーレンス(λ)が高い場合、心身ともにrelax状態なのか、適度の運動をしてactive状態なのか等を判断することができる。
また、数値的な表現をすれば、被験者は自己のストレス状態の経緯をstress indexのグラフとして把握することができる。
これを、同一時系列の他の生体情報と並べることによって、お互いの関連を知ることができる。
さらには、座位BCG信号のように、体動信号が多く、心拍や呼吸に関わる情報が体動信号に埋もれることが多い場合でも、有効な心拍情報や呼吸情報を抽出してストレスを測定することが可能となる。
例えば、労働時間(8時間)における個人のストレスのリズムをその個人を拘束することなく、継続的に把握することができ、照明制御技術・音響技術・香料技術等を組み合わせて、最適な労働環境を提供することに寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図4】暗算課題をランダムに課した事例におけるλ-RR分布
【
図6】50問正解暗算課題を課した事例におけるλ-RR分布
【
図7】50問正解暗算課題を課した事例におけるλ-RR分布(状態別)
【
図8】運動時のストレス測定におけるλ-RR分布(被験者A)
【
図9】運動時のストレス測定におけるλ-RR分布(被験者B)
【
図13】座位状態の生体振動信号から算出したλ、Stress index
【発明を実施するための形態】
【0009】
位相コヒーレンスを利用したストレス測定装置1は、
図1に示すように、少なくとも情報取得部2及び情報処理部3を備えている。さらにストレス定装置1は、操作部4、出力部5及び記憶部6を備えていてもよい。
【0010】
情報取得部2は、位相コヒーレンスの算出に必要な情報を取得するものであり、動物を計測するためのセンサ及びセンサの情報を有線又は無線で入力する入力部を含む構成であってもよいし、すでに計測済みの情報が記録された他の記録媒体からの情報を有線又は無線で入力可能な入力部を含む構成であってもよい。
すなわち、情報取得部2は、少なくとも情報を入力する入力部を備えており、場合によっては入力部と有線又は無線で接続された生体情報を計測するためのセンサを備えていてもよい。センサで生体情報を計測する場合、サンプリング周波数は100Hz以上であることが好ましい。
【0011】
情報処理部3は、入力された情報を処理するものであり、例えば、コンピュータのCPU(中央処理装置)の演算処理機能を利用することができる。また、情報処理の中には、デジタル回路ではなくアナログ回路で実現することも可能である。
例えば、情報処理として周波数フィルタは、コンデンサや抵抗及びオペアンプ等で構成されたローパスフィルタ(LPF)やハイパスフィルタ(HPF)のアナログフィルタで実現してもよいし、CPUの演算処理機能によってフィルタリングを行なうデジタルフィルタで実現してもよい。
情報処理部3は、情報処理の種類に応じて、デジタル回路とアナログ回路の両方を含んでいてもよいし、入力される情報がアナログであれば、アナログ-デジタル変換回路によってデジタル信号に変換してもよい。
情報処理部3は、入力される情報によって必要となる機能又は処理が異なるが、少なくとも心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する位相コヒーレンス算出機能を有している。
さらに、情報処理部3は、算出した位相コヒーレンスと呼吸数に基づいて、ストレス指標を生成するストレス指標生成機能を有する。
ストレス指標は、λ-RRの時系列の二次元データおよび、その二次元データに重み付けをして数値化した時系列の数値データ(stress index)である。
【0012】
操作部4は、使用者がストレス測定装置1を操作するためのスイッチ、タッチパネル、ボタン、つまみ、キーボード、マウス、音声入力用マイク等の操作端子が設けられている。
また操作部4には、操作内容等を表示するディスプレイが設けられていてもよい。
出力部5は、算出した位相コヒーレンスやストレス指標を出力してもよいし、位相コヒーレンス以外の生体情報を出力してもよい。
例えば、結果を画像で表示するディスプレイ、結果を紙で出力するプリンター、結果を音声で出力するスピーカー、結果を電子情報で出力する有線又は無線の出力端子などを使用することができる。なお、出力部5としてのディスプレイを操作部4におけるタッチパネルや操作内容等を表示するディスプレイと兼用させる構成であってもよい。
記憶部6は、情報取得部2で取得した情報や、情報処理部3で算出した位相コヒーレンスやストレス指標などを記憶することができる。
【0013】
図2は、ストレス測定装置1の一例である。ストレス測定装置1は、センサ21、アナログ-デジタル変換回路31、有効生体振動信号選別手段32、心拍抽出手段33、心拍間隔算出手段34、呼吸波形抽出手段36、ヒルベルト変換フィルタ35、37、瞬時位相差算出手段39、位相コヒーレンス算出手段40、呼吸数算出手段38、ストレス指標生成手段41、操作ボタン51、タッチパネル52、音声入力用マイク53、表示ディスプレイ54、無線通信手段55、スピーカー56、記録装置57を有している。
【0014】
センサ21は、心拍に関する情報を含んだ生体情報及び呼吸に関する情報を含んだ生体情報を検出するものである。
例えば、心拍に関する情報を含んだ生体情報を検出するものとして心電図計測用センサ、心音図センサ、脈波センサ又は心拍動に伴う振動を計測するセンサなどがあり、呼吸に関する情報を含んだ生体情報を検出するものとして呼吸流速計測用センサ、呼気の熱流を計測するセンサ、又は呼吸運動に伴う胸郭の振動を計測するセンサなどがある。
【0015】
また、振動を計測するセンサは、接触式でも非接触式でもよく、接触型の振動を計測するセンサの場合は、動物に直接又は間接的に接触させて配置することによって、心弾動図波形又は生体振動信号を検出することができる。心弾動図波形又は生体振動信号を検出するための接触型のセンサは、振動を発生する種々の生物に直接又は近傍に配置され、生物からの振動を検出し電気信号として出力する。
振動を計測するセンサとしては、圧電センサとしてピエゾ素子が好適に用いられるが、その他のセンサ、例えば高分子圧電体(ポリオレフィン系材料)を用いてもよい。
圧電センサとしては、フィルム状であることが好ましい。
さらに、圧電センサの場合、動物を拘束せずに心弾動図波形又は生体振動信号を取得することが可能であり、ストレスフリーで測定できるので好ましい。
ただし、圧電センサは、リストバンド、ベルト、腕時計、指輪、ヘッドバンド等に取り付けて、動物に装着してウェアラブルセンサとして利用することもできる。
また、その他の種類の振動を計測するセンサとして、例えば、高感度の加速度センサを用いて、腕時計、携帯端末のように体と接触させて、あるいはベッド、椅子等の一部に加速度センサを設置して心弾動図波形又は生体振動信号を取得してもよいし、チューブ内の空気圧又は液体圧の変化を圧力センサ等で検知して、心弾動図波形又は生体振動信号を取得してもよい。
さらに、振動を計測するセンサとして、マイクロ波等を用いた信号受発信により、心弾動図波形又は生体振動信号を取得できる非接触式のセンサを利用してもよい。
【0016】
センサ21で検出した信号は、有線又は無線でストレス測定装置1のアナログ-デジタル変換回路31に入力される。
アナログ-デジタル変換回路31は、センサ21からのアナログ信号をデジタル信号に変換する回路である。センサ21内にアナログ-デジタル変換回路31を設けてもよいし、センサ21がデジタル信号を検出できる場合には設けなくてもよい。
また、センサ21からのアナログ信号をフィルタリング等の処理を行った後にアナログ-デジタル変換回路31によってデジタル信号に変換してもよい。
【0017】
アナログ-デジタル変換回路31の出力は有効生体振動信号選別手段32に入力される。
有効生体振動信号選別手段32は、例えば、心拍情報や呼吸情報を抽出することができる部分を有効な生体振動信号と、心拍情報や呼吸情報が体動信号(BM信号)に埋もれてしまって有効でない生体振動信号を選別する。さらには、有効でない生体振動信号に対応する心拍情報や呼吸情報を補完する機能を備えてもよい。
例えば、10秒の時間窓中に体動がある場合(生体振動信号が3V以上は体動とみなす)または無信号の場合は、その窓のデータを補完信号で置き換える。
また、生体振動信号から抽出された心弾動信号(BCG信号)に体動信号が混入した信号をバンドパスフィルタを通した後全波整流積分し、その自己相関関数(ACR)を算出して、自己相関関数(ACR)の振動が明確な部分を有効な心弾動信号(BCG信号)として選別する。
自己相関関数(ACR)の振動が明確な部分とは、10秒の窓に自己相関関数(ACR)のピークが少なくとも5個以上ある部分をいう。5個以上は、心拍周期が最長でも2秒を超えないことに基づいている。
または、自己相関関数(ACR)の振動振幅が閾値(0.2~0.5)以上ある部分をいうが、これらの要件は、生体振動信号の状態に応じて適宜変更しても構わない。
すなわち、心弾動信号(BCG信号)を5~15Hzのバンドパスフィルタを通し、絶対値をとり、0.1Hz~3.0Hzのバンドパスフィルタを通して得られた心拍成分の包絡線を取得し、その自己相関関数(ACR)を計算し、その振動が上記の要件を満たす部分を有効な生体振動信号として選別する。生体振動信号の有効でない部分については、補完する等の処理をすることも可能である。
この手段によって、椅子の上に設置したシート状の圧電センサによって得られた生体振動信号に大きな体動信号が混入した場合でも、生体振動信号の有効部を選別し、心拍間隔(BBI)等の計算をし、位相コヒーレンス(λ)を求めることが可能になる。
【0018】
心拍抽出手段33は、センサ21で検出した信号から心拍に関する信号を抽出する手段であり、センサの種類又は入力される信号に応じて適宜適当な処理が選択される。
心電図波形や心弾動図波形が入力された場合、通常、心電図波形や心弾動図波形は呼吸の影響を受けているため、呼吸の成分を取り除くための処理を行うことが好ましいが、心拍間隔の算出に問題がなければ心拍抽出手段33を使用しなくてもよい。
また、生体振動信号が入力された場合、通常、生体振動信号には、心臓の拍動による心弾動だけではなく、呼吸による振動や、体動、発声、外部環境等に基づく振動も含まれる場合があり、これらのノイズを除去する処理を行うことが好ましい。
かかる処理としては、例えば、心電図波形や振動信号の強度をn乗(nは2以上の整数であり、nが奇数の場合は絶対値を取る)して強調処理した後、バンドパスフィルタ(BPF)を通過させてもよい。
心拍抽出手段33のBPFは、通過域の下限周波数が0.5Hz以上、0.6Hz以上、0.7Hz以上、0.8Hz以上、0.9Hz又は1Hz以上であることが好ましく、上限周波数が10Hz以下、8Hz以下、6Hz以下、5Hz以下、3Hz以下であることが好ましく、これらの下限周波数の何れかと上限周波数の何れかを組み合わせた通過域を持つことが好ましい。
【0019】
さらに、心弾動図波形から心拍間隔を算出する方法として、心弾動図波形を心拍の周波数よりも高い周波数を下限周波数とするハイパスフィルタ(HPF)を通過させ、HPF後の信号について絶対値をとることにより、利用したHPFを通過した信号の包絡線信号から、心弾動図波形の各心拍動の山を得ることができ、そのピーク値または心拍動の山の開始時点から心拍間隔を求めることができる。
通常の心拍の周波数は最大でも3Hz程度であるが、このハイパスフィルタの下限周波数は、5Hz以上であることが好ましく、10Hz、20Hz、30Hz、40Hzであってもよい。
【0020】
呼吸波形抽出手段36は、センサ21で検出した信号から呼吸パターンに関する信号を抽出する手段であり、センサの種類又は入力される信号に応じて適当な処理が選択さる。
センサ21の一部に呼吸センサを使用し、呼吸センサによって呼吸パターンが実測される場合には、呼吸波形抽出手段36を設けなくてもよいし、呼吸波形抽出手段36でノイズとなる信号を除去する処理を行ってもよい。
心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号から呼吸パターンに関する信号を抽出する場合には、かかる処理としては、例えば、心電図波形や振動信号の強度をn乗(nは2以上の整数であり、nが奇数の場合は絶対値を取る)して強調処理した後、0.5Hz以下の周波数範囲の通過域を有するローパスフィルタ(LPF)を通過させてもよい。
呼吸波形抽出手段36のLPFの遮断周波数は、0.3Hz、0.4Hz、0.6Hz、0.7Hz、0.8Hzであってもよい。
また、LPFの代わりにBPFを通過させても良く、この場合、BPFの下限周波数は十分低い周波数であれば足り、例えば0.1Hzに設定してもよい。
【0021】
心拍間隔算出手段34は、心拍抽出手段33からの信号が入力され、心拍の間隔を算出する。心拍の間隔は、例えば心電図のP波、R波、T波又はU波の間隔、特にR波が鋭いピークを有するので、R波から次のR波までの間隔を計測することが好ましい。
心弾動図波形や生体振動信号から抽出された心拍に関する信号の場合も、鋭いピークのR波に相当する波形の間隔を計測することが好ましい。
【0022】
ヒルベルト変換フィルタ35は、心拍間隔の変動について瞬時位相と瞬時振幅を出力するものであり、ヒルベルト変換フィルタ37は、呼吸パターンについて瞬時位相と瞬時振幅を出力するものである。
ヒルベルト変換は、アナログ回路で90度位相差分波器を実現しても良いし、有限インパルス応答型のデジタルフィルタで構成しても良い。
ヒルベルト変換した信号と実信号を加えて解析信号を得て、解析信号の実部と虚部の比から瞬時位相を求めることができる。
【0023】
瞬時位相差算出手段39は、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を算出し、結果を位相コヒーレンス算出手段40に出力する。
位相コヒーレンス算出手段40では、上記の心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する。
位相コヒーレンスを求める際のデータは最低でも呼吸1周期の窓長で計算する。
【0024】
呼吸数算出手段38は、呼吸波形抽出手段36の出力である呼吸パターンを入力して、そのパワースペクトル求め、そのパワースペクトルのピークの周波数の逆数として呼吸数を算出する。
【0025】
ストレス指標生成手段41について説明する。
位相コヒーレンス(λ)は0~1を示し、0に近いほど心臓交感神経活動が高まっているストレス状態であり、1に近いほど副交感神経活動が高まりリラックスした状態である。しかし、位相コヒーレンス(λ)が0に近いほどストレス度が高いとは言えない。なぜなら心臓交感神経活動の亢進は運動時や摂食行動などにおいても生じ、位相コヒーレンス(λ)がストレス度を特異的には反映していないからである。しかし、解答時間に制限を設けた計算課題で心理ストレスを課すとほとんどの場合位相コヒーレンス(λ)の低下に伴って呼吸数が上昇することを見出した。
そこで、位相コヒーレンス(λ)に加えて呼吸数を追加して、二次元表示でのストレス評価を考えた。
[呼吸数の採用]
表1は、19人の被験者に計算課題を課したときの心肺変数の変動を示すが、計算課題負荷時に血圧の上昇や心拍数および呼吸数の増加が見られる。それらの変数の中でも呼吸数は標準誤差が小さく、指標としての個人差が少ないと判断できる。そこで、ストレスを測定するための第2の指標として呼吸数を採用した。
【表1】
計算課題の遂行は認識努力と集中力を要し、切迫感などにより高位中枢が刺激される。高位中枢からの下行神経回路により呼吸中枢にある呼吸リズム発生器が影響を受け、呼吸数が増加するものと推察される。また、鬱病患者では安静時の位相コヒーレンス(λ)は健常者に比べて低く、呼吸数も低下する傾向があることが報告されている。位相コヒーレンス(λ)と呼吸数を用いて二次元で表現すると、例えば、
図6に示すように、位相コヒーレンス(λ)が低い領域でも呼吸数が高いstress状態と、呼吸数が低いdepress状態があることが見えてくる。
【0026】
[λ-RRデータ生成]
位相コヒーレンス算出手段40が算出した位相コヒーレンス(λ)と、呼吸数算出手段38が算出した呼吸数であって前記位相コヒーレンス(λ)と同一時刻の呼吸数から、λ-RRの二次元のストレス指標を時系列データとして生成する。
そして、このストレス指標を、横軸が位相コヒーレンス、縦軸が呼吸数である2次元平面(λ-RR平面)に表示する。
例えば、
図4に示すλ-RR平面は、λ軸が0~1、RR軸が10~30(回/分)であり、λ軸は0.2刻み、RR軸は5刻みとしている。
図4において、ストレスが二次元のλ-RR平面に表示されているが、これを見ていろいろな解釈をすることができる。
λが低い左半分は、自律神経(交感神経・副交感神経)活動が交感神経優位な状態、λが高い右半分は、副交感神経活動が優位な状態である。右下がリラックス状態、右側の上半分がactive状態、左上がストレス状態、左下がdepress状態であると推測される。
例えば、active状態とは、軽い運動などをしている場合で呼吸数は多いものの、自律神経活動が副交感神経優位の状態であり、depress状態とは呼吸数は少ないものの動機付が弱い(やる気がない)状態であろうと推測することができる。
このように、ストレスをλ-RR平面で表現することによって、被験者のストレスがλ-RR平面のどこに位置するのかを容易に知ることができる。被験者は、例えば、自分のストレスがλ-RR平面のstress状態にあれば休息をとる、depress状態にあれば、やる気が出ることに切り替える等の対応をすることができるようになる。
【0027】
[λ-RRデータの時系列数値化]
例えば、
図10に示すように、λ-RR平面を16分割し、λ軸方向は2点刻みの重みづけ、RR軸方向は1点刻みの重みづけをして、16分割されたλ-RR平面の各領域を数値化する。この数値化されたストレス指標をstress indexというが、数値そのものに生理学的な根拠があるわけではない。安静relax時には位相コヒーレンス(λ)が高くてRRが小さく、ストレス下では位相コヒーレンス(λ)が低くRRが大きくなる方向へ数値が大きくなるように重みづけし、ストレス度を定量化しようとしているものである。
例えば、
図3の最下段のStress indexように、被験者のストレスが、時間の経過とともに変化する様子を、時系列的な数値グラフとして表現することができる。ストレスは0~9まで10段階で評価し、例えば、0~3:リラックス状態、4~6:軽いストレス状態、7~9:ストレス状態というように判断することができる。
このように、ストレスを時系列データとして表現すると、同一時系列の他の生体情報と並べることによって、お互いの関連を知ることができ、ストレスを細かく知ることができるようになる。
また、労働時間(例えば8時間)においてstress indexをグラフ化すると、被験者のストレス状態のリズムを把握でき、例えば、照明制御技術・温度調節技術を組み合わせて、適切な労働環境を提供して、労働者のメンタルヘルスに寄与することが可能になる。
【0028】
操作ボタン51、タッチパネル52、音声入力用マイク53は、使用者がストレス測定装置1を操作するための入力手段であり、ストレス測定装置1を作動させたり、必要な情報を出力させたりすることができる。
表示ディスプレイ54、スピーカー56は、心拍、呼吸パターン、呼吸性不整脈、位相コヒーレンス(λ)や、位相コヒーレンス(λ)と呼吸数から生成されるストレス指標などを出力する出力手段として利用することができる。
無線通信手段55は、算出した位相コヒーレンス(λ)や位相コヒーレンス(λ)と呼吸数から生成されるストレス指標などの出力手段に利用してもよいし、センサ21からの信号を入力する入力手段として使用してもよい。または、音声でストレス指標などを出力してもよい。
記録装置57は、入力された情報、各種手段のプログラム、位相コヒーレンスやストレス指標等の測定結果などが記録される。
【実施例】
【0029】
[暗算テストを課したときのストレスの測定]
図3は、被験者に、暗算課題をランダムに課す計算テストを行ったときの例である。
椅子の座面に設置したシート状の圧電センサで生体振動信号を取得し、それを処理することによって、心拍数(HR),呼吸数(RR),位相コヒーレンス(λ),Stress indexを得た。
図3の最上段が心拍数(HR)、2段目が呼吸数(RR)、3段目が位相コヒーレンス(λ)である。心拍数(HR)、呼吸数(RR)、位相コヒーレンス(λ)のそれぞれの矩形信号の凸部が暗算課題をランダムに課した時間帯であり、心理ストレスがかかっている時間帯である。
最下段は、Stress indexであるが、暗算課題実施中に、位相コヒーレンス(λ)は0に近づき、Stress indexは高くなっていることが分かる。
また、9人の被験者の結果をまとめて、λ-RR平面にプロットした結果を
図4に示すが、λが低いエリアでも呼吸数が高いエリアと低いエリアがある。呼吸数が低いエリアはdepress状態、呼吸数が高いエリアは暗算課題をランダムに行ったことによりstress状態にあると推測される。
【0030】
[50問正解暗算テストを課したときのストレスの測定]
図5は、被験者に、暗算課題を50問正解するまで課すことを続ける計算テストを行った場合の例である。生体振動信号の取得や、その処理方法は暗算課題をランダムに課す
図3の場合と同様である。
図5の1~3段に出ている矩形状の信号の凸部が、50問正解暗算テストが課されている時間帯であり、心理ストレスがかかっている時間帯であって、その時間帯で位相コヒーレンス(λ)が低く、Stress indexが高いことが見られる。
また、7人の被験者の結果をまとめて、λ-RR平面にプロットした結果を
図6に示すが、λが低いエリアでも呼吸数が高いエリアと低いエリアがある。
図4と比較すると、λが小さい時の呼吸数のバラツキが大きい。
さらに、50問正解暗算テストのデータを状態別に表示すると
図7のようになる。○(Rest)が休息している状態、×(Arithmetic)が暗算テストをしている状態、□(Recovery)が暗算テストを終了して休息に向かう状態である。
呼吸数が低いエリアは計算課題を遂行する前の状態で多く見受けられ、計算課題を課されることに対する被験者の憂鬱感などが反映されているものと推測される。
また、(λ高、RR低)→(λ低、RR高)へ移行する人と、(λ低、RR低)→(λ低、RR高)へ移行する人がいる等を読み取ることができる。
【0031】
[運動時のストレス測定]
呼吸は自律性と随意性の両面の性質を持ち合わせており、運動時に運動リズムにあわせて呼吸を行い、呼吸数が増加する場合がある。呼吸数の増加は無意識の反射反応ではなく、随意的に呼吸を調節した結果である。したがって位相コヒーレンス(λ)が1に近くても必ずしも安静relax状態であるとは断定できない。
被験者Aの運動時のストレス測定結果に基づくλ-RR分布を
図8に、被験者Bの運動時のストレス測定結果に基づくλ-RR分布を
図9に示す。いずれも、胸部双極誘導による心電図から心拍間隔を計測し、呼吸流速計が接続されたフェイスマスクを被験者が装着することにより呼吸波形を計測して、暗算テストの場合と同様の処理を行った。運動プロトコルは自転車運動で3分間は据え置き型の自転車に座ったまま安静にしているRest状態、その後1分毎に20Wずつ負荷を上げていく漸増負荷自転車運動であり、ペダル回転数は50~60回転/分とした。
図8は、被験者Aのλ-RR分布である。○はRest状態、■は20-140W(軽~中等度)の負荷をかけた状態、×は140-240W(強運動)の負荷をかけた状態である。安静時から軽~中等度の運動負荷ではλが変化せず、RRだけが上昇し、強運動負荷ではλが低下するとともにRRも上昇しているのが分かる。
図9は、被験者Bのλ-RR分布である。安静時から軽~中等度の運動負荷ではλもRRもあまり変化せず、強運動負荷ではλが低下するとともにRRも上昇しているのが分かる。
一般に、運動負荷に対する身体ストレスは被験者の身体能力、すなわち有酸素代謝能力に依存し、有酸素代謝能力を超える強運動負荷では被験者Aおよび被験者Bともにλが低下するとともにRRが増加してストレス状態になっていることが伺える。
また、運動時には活動筋の酸素需要に見合うように肺での酸素摂取量を増やす必要があり、分時換気量が増す。分時換気量は分時呼吸数(RR)と一回換気量の積で表され、軽~中等度の運動では被験者AはRRの増加で分時換気量を増やし、被験者Bでは一回換気量の増加で分時換気量を増やしていることがわかる。運動時にRRを増やすか一回換気量を増やすかは被験者個人の運動に対する呼吸の適応であるが、λは被験者Aおよび被験者Bともに安静時と比較して差異が見られず、軽~中等度の運動負荷ではまだ副交感神経活動が優位であると推察される。
安静時は、
図8のλ-RR分布、
図9のλ-RR分布ともに、λが高く呼吸数が低いエリアに○が分布し、被験者A、Bともに、心身ともにリラックスした副交感神経が優位なRelax状態にあると言える。
【0032】
[生体振動信号の有効部の選別例]
自己相関関数(ACR)の振動振幅が大きいので、心拍間隔(BBI)を正しく算出できる例を
図11に示す。1段目の下側が圧電センサによって取得された生体振動信号から抽出された心弾動信号(BCG信号)、1段目の上側がその5~15Hzの成分である。2段目は、1段目の5~15Hzの成分を全波整流して積分した信号(ピークに○を付した信号)とその瞬時位相である。その全波整流して積分した信号の自己相関関数(ACR)は、3段目に示すように明確である。このような場合、心拍間隔(BBI)は問題なく算出される。
一方、生体振動信号に体動信号が混入しているために自己相関関数(ACR)の振動振幅が小さくて、心拍間隔(BBI)を正しく算出できない例を
図12に示す。1段目の下側が圧電センサによって取得された生体振動信号から抽出された心弾動信号(BCG信号)であり、上側がその5~15Hzの成分であるが、周期性が明確でない。このような場合、2段目に示す、全波整流して積分した信号(ピークに○を付した信号)とその瞬時位相の周期性も乱れ、3段目に示す自己相関関数(ACR)の振動振幅も小さくなる。
なお、自己相関関数(ACR)の振動振幅が小さくなるのは、生体振動信号に体動信号の混入する場合の他に、心拍成分が不明瞭な場合、体動信号の混入と心拍成分が不明瞭なことの両方に起因する場合がある。
【0033】
[座位生体振動信号に基づく測定例]
体動信号が混入する部分、心拍成分が不明瞭な部分が存在する場合でも、有効生体振動信号選別手段32によってその有効部を選別して、位相コヒーレンス(λ)を求め、stress indexを求めた事例を
図13に示す。
被験者は、シート状圧電センサを座面に設置した椅子に座り、普通の事務作業を行いながら、生体振動信号を取得した。
椅子に座った状態で事務作業を行っていると、少しの振り向き程度の動きであっても、生体振動信号に体動信号が混入し、心拍や呼吸に関する情報が体動信号に埋もれる。そこで、生体振動信号から抽出した心弾動信号の自己相関関数(ACR)を10秒の時間窓で計算し、時間窓を5秒ずつシフトさせながらACRの振動振幅の平均値が0.4以上の部分を選別した。
図13の10:30の少し前に、データを補完している部分(信号の変化が少ない部分)があるが、この部分が自己相関関数(ACR)の振動振幅が小さい部分で、計測データを選択しなかった部分である。
【0034】
図13の一段目は、心拍数(HR)であり、センサ21で取得した生体振動信号に基づいて、心拍間隔算出手段34が算出したものである。
2段目は、呼吸数(RR)であり、センサ21で取得した生体振動信号に基づいて呼吸数算出手段38が算出したものである。
3段目は、位相コヒーレンス(λ)である。心拍間隔算出手段34が算出した心拍間隔の変動の瞬時位相と、呼吸波形抽出手段36が抽出した呼吸由来の心拍間隔の変動と同一時系列における呼吸パターンの瞬時位相に基づいて、瞬時位相差算出手段39が瞬時位相差を算出する。その瞬時位相差に基づいて、位相コヒーレンス算出手段40が位相コヒーレンスを算出する。
4段目はStress indexであり、位相コヒーレンスと呼吸数に基づいて、ストレス指標生成手段41が算出したものである。
このように、本発明によれば、椅子に座ったまま仕事をしている状態であっても、被験者の普段通りの活動を阻害することもなく、ストレス指標を継続的に測定することができる。
【符号の説明】
【0035】
1 ストレス測定装置
2 情報取得部
3 情報処理部
4 操作部
5 出力部
6 記憶部
21 センサ
31 アナログ-デジタル変換回路
32 有効生体振動信号選別手段
33 心拍抽出手段
34 心拍間隔算出手段
35、37 ヒルベルト変換フィルタ
36 呼吸波形抽出手段
38 呼吸数算出手段
39 瞬時位相差算出手段
40 位相コヒーレンス算出手段
41 ストレス指標生成手段
51 操作ボタン
52 タッチパネル
53 音声入力用マイク
54 表示ディスプレイ
55 無線通信手段
56 スピーカー
57 記録装置