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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-05
(45)【発行日】2023-04-13
(54)【発明の名称】電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20230406BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20230406BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20230406BHJP
   B62D 117/00 20060101ALN20230406BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20230406BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D113:00
B62D117:00
B62D119:00
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019098617
(22)【出願日】2019-05-27
(65)【公開番号】P2020192855
(43)【公開日】2020-12-03
【審査請求日】2022-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】仲出 知弘
(72)【発明者】
【氏名】フックス ロバート
【審査官】菅 和幸
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-063437(JP,A)
【文献】特開2018-154334(JP,A)
【文献】特開2018-108750(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0176440(US,A1)
【文献】特開2010-195088(JP,A)
【文献】特開2006-001420(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第102009022054(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
B62D 113/00
B62D 117/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵系にモータトルクを付与する電動モータと、
前記電動モータの回転角を検出する回転角検出部と、
前記電動モータに流れるモータ電流を検出する電流検出部と、
前記操舵系に付与される操舵トルクを検出または推定する操舵トルク検出部と、
自動操舵角指令値に基づき前記電動モータの目標トルクを設定する目標トルク設定部と、
前記目標トルクに対応する電流指令値を設定する電流指令値設定部と、
前記モータ電流を前記電流指令値に追従させる電流制御部と、を備え、
前記目標トルク設定部は、
前記電動モータの回転角が前記自動操舵角指令値に追従するように前記電動モータの基本目標トルクを設定する基本目標トルク演算部と、
前記操舵トルクに基づき第1補償値を設定する第1補償値演算部と、
前記目標トルクまたは前記モータトルク、前記回転角および前記操舵トルクに基づいて、前記操舵系に作用する、前記操舵トルク以外の外乱トルクの推定値である第2補償値を演算する第2補償値演算部と、
前記第1補償値および前記第2補償値によって前記基本目標トルク補正する補正部と、を有する電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記第1補償値演算部は、
重みを設定する重み設定部と、
前記重みを前記操舵トルクに乗算することにより、第1補償値を演算する乗算部とを有する、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車線追従走行制御装置として、自車両の走行状態に関する状態量を推定してフィードバックし、自車両を走行車線に追従して走行させるための自動操舵トルクを発生するものが知られている。この種の車線追従走行制御装置として、車両の走行状態に関する状態量として、操舵系に加わる外乱トルクを推定してフィードバックすることで、外乱トルクによる車線追従性の悪化を抑制するようにしたものが提案されている。しかしながら、外乱トルクをフィードバックするようにすると、ドライバが意図的に操舵介入を行ったときにも、ドライバの操舵トルクが外乱トルクとしてフィードバックされ、ドライバの操舵トルクが打ち消されてしまうので、ドライバが操舵介入しずらいという問題がある。
【0003】
この問題を解決するために、特許文献1は、操舵系に加わる外乱トルクを高周波成分と低周波成分とに分けてオブザーバで推定し、それらを、外乱トルクの高周波成分のフィードバックゲインが低周波成分のフィードバックゲインよりも小さいレギュレータでフィードバックする車線追従走行制御装置を開示している。特許文献1の車線追従走行制御装置では、車線追従走行中に、ドライバが操舵介入を行ったときには、その操舵トルクにより外乱トルクの高周波成分の推定結果は大きくなるが、そのフィードバック成分は小さくなるので、ドライバは容易に操舵介入できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-63437号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明の目的は、システムとドライバの優先度合が変更可能となり、ドライバとシステムの協調が可能となる電動パワーステアリング装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、操舵系にモータトルクを付与する電動モータと、前記電動モータの回転角を検出する回転角検出部と、前記電動モータに流れるモータ電流を検出する電流検出部と、前記操舵系に付与される操舵トルクを検出または推定する操舵トルク検出部と、自動操舵角指令値に基づき前記電動モータの目標トルクを設定する目標トルク設定部と、前記目標トルクに対応する電流指令値を設定する電流指令値設定部と、前記モータ電流を前記電流指令値に追従させる電流制御部とを備え、前記目標トルク設定部は、前記電動モータの回転角が前記自動操舵角指令値に追従するように前記電動モータの基本目標トルクを設定する基本目標トルク演算部と、前記目標トルクまたは前記電動モータが発生するモータトルク、前記回転角および前記操舵トルクに基づいて、前記操舵トルクに基づき第1補償値を設定する第1補償部と、前記操舵系に作用する、前記操舵トルク以外の外乱トルクの推定値である第2補償値を演算する第2補償部と、前記第1補償値および前記第2補償値によって前記基本目標トルク補正する補正部と、を有する電動パワーステアリング装置である。
【0007】
この構成では、操舵系に作用する、操舵トルク以外の外乱トルクの推定値は、第2補償値として演算され、基本目標トルクに対する補償値として使用されるので、当該外乱トルクによる自動操舵時の追従性能低下を抑制することができる。
一方、操舵系に付与される操舵トルクに基いて第1補償値が演算されるので、ドライバに好適な触覚情報を提供することが可能となる。例えば、操舵トルクをそのまま第1補償値として設定すると、ドライバの入力を無視するシステム優先の制御となり、絶対値が操舵トルクよりも小さな値を第1補償値として設定すると、ドライバの入力を受け付ける制御となる。このように、第1補償値を調整することにより、システムとドライバの優先度合が変更可能となり、人(ドライバ)とシステムの協調が可能となる。
【0008】
請求項2に記載の発明は、前記第1補償値演算部は、重みを設定する重み設定部と、前記重みを前記操舵トルクに乗算することにより、第1補償値を演算する乗算部とを有する、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一実施形態に係る電動パワーステアリングシステムの概略構成を示す模式図である。
図2】モータ制御用ECUの電気的構成を説明するためのブロック図である。
図3】トーションバートルクTtbに対する目標アシストトルクTm,mdの設定例を示すグラフである。
図4】電動パワーステアリングシステムの物理モデルの構成例を示す模式図である。
図5】外乱トルク推定部の構成を示すブロック図である。
図6】トルク制御部の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る電動パワーステアリングシステムの概略構成を示す模式図である。
電動パワーステアリングシステム1は、車両を操向するための操舵部材としてのステアリングホイール(ハンドル)2と、このステアリングホイール2の回転に連動して転舵輪3を転舵する転舵機構4と、ドライバの操舵を補助するための操舵補助機構5とを備えている。ステアリングホイール2と転舵機構4とは、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して機械的に連結されている。
【0011】
ステアリングシャフト6は、ステアリングホイール2に連結された入力軸8と、中間軸7に連結された出力軸9とを含む。入力軸8と出力軸9とは、トーションバー10を介して相対回転可能に連結されている。
トーションバー10の近傍には、トルクセンサ12が配置されている。トルクセンサ12は、入力軸8および出力軸9の相対回転変位量に基づいて、トーションバー10に加えられるトーションバートルクTtbを検出する。この実施形態では、トルクセンサ12によって検出されるトーションバートルクTtbは、例えば、左方向への操舵のためのトルクが正の値として検出され、右方向への操舵のためのトルクが負の値として検出され、その絶対値が大きいほどトーションバートルクTtbの大きさが大きくなるものとする。トーションバートルクTtbは、本発明の「操舵系に付与される操舵トルク」の一例である。
【0012】
転舵機構4は、ピニオン軸13と、転舵軸としてのラック軸14とを含むラックアンドピニオン機構からなる。ラック軸14の各端部には、タイロッド15およびナックルアーム(図示略)を介して転舵輪3が連結されている。ピニオン軸13は、中間軸7に連結されている。ピニオン軸13は、ステアリングホイール2の操舵に連動して回転するようになっている。ピニオン軸13の先端には、ピニオン16が連結されている。
【0013】
ラック軸14は、車両の左右方向に沿って直線状に延びている。ラック軸14の軸方向の中間部には、ピニオン16に噛み合うラック17が形成されている。このピニオン16およびラック17によって、ピニオン軸13の回転がラック軸14の軸方向移動に変換される。ラック軸14を軸方向に移動させることによって、転舵輪3を転舵することができる。
【0014】
ステアリングホイール2が操舵(回転)されると、この回転が、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して、ピニオン軸13に伝達される。そして、ピニオン軸13の回転は、ピニオン16およびラック17によって、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。
操舵補助機構5は、操舵補助力(アシストトルク)を発生するための電動モータ18と、電動モータ18の出力トルクを増幅して転舵機構4に伝達するための減速機19とを含む。減速機19は、ウォームギヤ20と、このウォームギヤ20と噛み合うウォームホイール21とを含むウォームギヤ機構からなる。減速機19は、伝達機構ハウジングとしてのギヤハウジング22内に収容されている。以下において、減速機19の減速比(ギヤ比)をNで表す場合がある。減速比Nは、ウォームホイール21の回転角であるウォームホイール角θwwに対するウォームギヤ20の回転角であるウォームギヤ角θwgの比(θwg/θww)として定義される。
【0015】
ウォームギヤ20は、電動モータ18によって回転駆動される。また、ウォームホイール21は、出力軸9に一体回転可能に連結されている。
電動モータ18によってウォームギヤ20が回転駆動されると、ウォームホイール21が回転駆動され、ステアリングシャフト6にモータトルクが付与されるとともにステアリングシャフト6(出力軸9)が回転する。そして、ステアリングシャフト6の回転は、中間軸7を介してピニオン軸13に伝達される。ピニオン軸13の回転は、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。すなわち、電動モータ18によってウォームギヤ20を回転駆動することによって、電動モータ18による操舵補助や転舵輪3の転舵が可能となる。電動モータ18には、電動モータ18のロータの回転角を検出するための回転角センサ23が設けられている。
【0016】
出力軸9(電動モータ18の駆動対象の一例)に加えられるトルクとしては、電動モータ18によるモータトルクと、モータトルク以外の外乱トルクTlcとがある。外乱トルクTlcには、トーションバートルクTtb、路面負荷トルク(路面反力トルク)Trl、減速機19に発生する摩擦トルクT等が含まれる。
トーションバートルクTtbは、ドライバによってステアリングホイール2に加えられる力や、ステアリング慣性によって発生する力等によって、ステアリングホイール2側から出力軸9に加えられるトルクである。
【0017】
路面負荷トルクTrlは、タイヤに発生するセルフアライニングトルク、サスペンションやタイヤホイールアライメントによって発生する力、ラックアンドピニオン機構の摩擦力等によって、転舵輪3側からラック軸14を介して出力軸9に加えられるトルクである。
車両には、車両の進行方向前方の道路を撮影するCCD(Charge Coupled Device)カメラ25、自車位置を検出するためのGPS(Global Positioning System)26、道路形状や障害物を検出するためのレーダー27および地図情報を記憶した地図情報メモリ28が搭載されている。
【0018】
CCDカメラ25、GPS26、レーダー27および地図情報メモリ28は、運転支援制御や自動運転制御を行うための上位ECU(ECU:Electronic Control Unit)201に接続されている。上位ECU201は、CCDカメラ25、GPS26およびレーダー27によって得られる情報および地図情報を元に、周辺環境認識、自車位置推定、経路計画等を行い、操舵や駆動アクチュエータの制御目標値の決定を行う。
【0019】
この実施形態では、上位ECU201は、自動操舵のための目標自動操舵角θc,cmdaを設定する。この実施形態では、自動操舵制御は、例えば、目標軌道に沿って車両を走行させるための制御である。目標自動操舵角θc,cmdaは、車両を目標軌道に沿って自動走行させるための操舵角の目標値である。このような目標自動操舵角θc,cmdaを設定する処理は、周知であるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0020】
上位ECU201によって設定される目標自動操舵角θc,cmdaは、車載ネットワークを介して、モータ制御用ECU202に与えられる。トルクセンサ12によって検出されるトーションバートルクTtb、回転角センサ23の出力信号は、モータ制御用ECU202に入力される。モータ制御用ECU202は、これらの入力信号および上位ECU201から与えられる情報に基づいて、電動モータ18を制御する。
【0021】
図2は、モータ制御用ECU202の電気的構成を説明するためのブロック図である。
モータ制御用ECU202は、マイクロコンピュータ40と、マイクロコンピュータ40によって制御され、電動モータ18に電力を供給する駆動回路(インバータ回路)31と、電動モータ18に流れる電流(以下、「モータ電流I」という)を検出するための電流検出回路32とを備えている。
【0022】
マイクロコンピュータ40は、CPUおよびメモリ(ROM、RAM、不揮発性メモリなど)を備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、目標アシストトルク設定部41と、基本目標トルク演算部42と、第1補正部43と、第2補正部44と、第1減速比除算部45と、統合トルク演算部46と、トルク制御部47と、減速比乗算部48と、回転角演算部49と、第2減速比除算部50と、第1補償値演算部51と、第2補償値演算部52とを含む。
【0023】
目標アシストトルク設定部41は、手動操舵に必要なアシストトルクの目標値である目標アシストトルク(アシスト制御量)Tm,mdを設定する。目標アシストトルク設定部41は、トルクセンサ12によって検出されるトーションバートルクTtbに基づいて、目標アシストトルクTm,mdを設定する。トーションバートルクTtbに対する目標アシストトルクTm,mdの設定例は、図3に示されている。
【0024】
目標アシストトルクTm,mdは、トーションバートルクTtbの正の値に対しては正をとり、電動モータ18から左方向操舵のための操舵補助力を発生させる。また、目標アシストトルクTm,mdは、トーションバートルクTtbの負の値に対しては負をとり、電動モータ18から右方向操舵のための操舵補助力を発生させる。そして、目標アシストトルクTm,mdは、トーションバートルクTtbの絶対値が大きくなるほど、その絶対値が大きくなるように設定される。
【0025】
なお、目標アシストトルク設定部41は、トーションバートルクTtbに予め設定された定数を乗算することによって、目標アシストトルクTm,mdを演算してもよい。
図2に戻り、回転角演算部49は、回転角センサ23の出力信号に基づいて、電動モータ18のロータ回転角θを演算する。第2減速比除算部50は、回転角演算部49によって演算されるロータ回転角θを減速比Nで除算することにより、ロータ回転角θを出力軸9の回転角(実操舵角)θに換算する。
【0026】
基本目標トルク演算部42は、上位ECU201から与えられる目標自動操舵角θc,cmdaと実操舵角θとを用いて、自動操舵に必要な基本目標トルクT0,adを設定する。具体的には、目標自動操舵角θc,cmdaと実操舵角θとの偏差Δθ(=θc,cmda-θ)に対してPD演算(比例微分演算)を行うことにより、基本目標トルクT0,adを演算する。
【0027】
第1補正部43は、基本目標トルクT0,adから第1補償値演算部51によって演算される第1補償値w・Ttbを減算する。wは重みである。これにより、外乱トルクTlcに含まれるトーションバートルクTtbの少なくとも一部が補償された第1基本目標トルクT1,ad(出力軸9に対するトルク)を得ることが可能となる。第1補償値演算部51については、後述する。
【0028】
第2補正部44は、第1基本目標トルクT1,adから第2補償値演算部52によって演算される第2補償値(^Tlc-Ttb)を減算する。これにより、トーションバートルクTtbを除いた外乱トルクTlcが補償された第2基本目標トルクT2,ad(出力軸9に対するトルク)が得られる。第2補償値演算部52については、後述する。この実施形態では、第1補正部43および第2補正部44によって、本発明の「補正部」が構成されている。
【0029】
第1減速比除算部45は、第2基本目標トルクT2,adを減速比Nで除算することにより、目標自動操舵トルクTm,ad(電動モータ18に対する目標トルク)を演算する。
統合トルク演算部46は、目標アシストトルクTm,mdに目標自動操舵トルクTm,adを加算することによって、目標統合トルクTm,maを演算する。
【0030】
トルク制御部47は、電動モータ18のモータトルクが目標統合トルクTm,maに近づくように駆動回路31を駆動する。トルク制御部47の詳細については後述する。
減速比乗算部48は、第1減速比除算部45によって演算される目標自動操舵トルクTm,adに減速比Nを乗算することにより、目標自動操舵トルクTm,adを、出力軸9(ウォームホイール21)に作用する目標自動出力軸トルクN・Tm,adに換算する。
【0031】
第1補償値演算部51は、重み設定部53と重み乗算部54とからなる。重み乗算部54は、重み設定部53によって設定される重みwを、トーションバートルクTtbに乗算することによって、第1補償値w・Ttbを演算する。重みwは、0以上1以下の値をとる。
重み設定部53は、基本的には、ドライバに操舵介入させたくないときには、重みwを比較的大きな値に設定し、ドライバに操舵介入させたいときには、重みwを比較的小さな値に設定する。この実施形態では、重み設定部53は、トーションバートルクTtbの絶対値が所定値α未満でありドライバによる操舵介入の意思が小さいときには、重みwを例えば1に設定し、トーションバートルクTtbの絶対値が所定値α以上でありドライバによる操舵介入の意思が大きいときには、重みwを例えば0に設定する。
【0032】
なお、重み設定部53は、ドライバがステアリングホイール2を把持したか解放したかに応じて、重みwを設定してもよい。具体的には、図2に二点鎖線で示すように、ドライバがステアリングホイール2を把持したか解放したかを判定するためのハンズオンオフ判定部59を設ける。そして、重み設定部53は、ドライバがステアリングホイール2を解放しているとき(ハンズオフ時)には重みを1に設定し、ドライバがステアリングホイール2を把持しているとき(ハンズオン時)には重みを0に設定する。
【0033】
ハンズオンオフ判定部59としては、ステアリングホイール2に設けられたタッチセンサ(図示せず)の出力信号に基づいてドライバがステアリングホイール2を把持したか解放したかを判定するもの、車内に設けられたカメラ(図示せず)の撮像画像に基づいてドライバがステアリングホイール2を把持したか解放したかを判定するもの等を用いることができる。なお、ハンズオンオフ判定部59としては、ドライバがステアリングホイール2を把持したか解放したかを判定できるものであれば、前述の構成以外のものを用いることができる。
【0034】
さらに、重み設定部53は、緊急時に、ドライバによる操舵介入をさせないように重みwを1に設定するようにしてもよいし、自動操舵と手動操舵の両方が可能となるように重みwを0.5に設定するようにしてもよい。
第2補償値演算部52は、外乱トルク推定部55と減算部56とからなる。外乱トルク推定部55は、減速比乗算部48によって演算される目標自動出力軸トルクN・Tm,adと、第2減速比除算部50によって演算される実操舵角θとに基づいて外乱トルクTlcを推定する。外乱トルクTlcの推定値を^Tlcで表す。減算部56は、外乱トルク推定値^TlcからトーションバートルクTtbを減算することにより、第2補償値(^Tlc-Ttb)を演算する。
【0035】
外乱トルク推定部55について詳しく説明する。外乱トルク推定部55は、例えば、図4に示す電動パワーステアリングシステム1の物理モデル101を使用して、外乱トルク推定値^Tlc、実操舵角推定値^θおよび角速度推定値^dθ/dtを演算する、外乱オブザーバから構成されている。
この物理モデル101は、出力軸9および出力軸9に固定されたウォームホイール21を含むプラント(モータ駆動対象の一例)102を含む。プラント102には、トーションバー10の捩じれトルクであるトーションバートルクTtbが与えられるとともに、転舵輪3側から路面負荷トルクTrlが与えられる。さらに、プラント102には、ウォームギヤ20を介してモータから目標自動出力軸トルクN・Tm,adが与えられるとともに、ウォームホイール21とウォームギヤ20との間の摩擦によって摩擦トルクTが与えられる。
【0036】
プラント102の慣性をJとすると、物理モデル101の慣性についての運動方程式は、次式(1)で表される。
【0037】
【数1】
【0038】
θ/dtは、プラント102の角加速度である。Nは、減速機19の減速比である。Tlcは、プラント102に与えられる外乱トルクを示している。この実施形態では、外乱トルクTlcは、トーションバートルクTtbと路面負荷トルクTrlと摩擦トルクTとの和として示されているが、実際には、外乱トルクTlcはこれら以外のトルクを含んでいる。
【0039】
図4の物理モデル101に対する状態方程式は、次式(2)で表わされる。
【0040】
【数2】
【0041】
前記式(2)において、xは状態変数ベクトル、uは既知入力ベクトル、uは未知入力ベクトル、yは出力ベクトルである。また、前記式(2)において、Aはシステム行列、Bは第1入力行列、Bは第2入力行列、Cは出力行列、Dは直達行列である。
前記状態方程式を、未知入力ベクトルuを状態の1つとして含めた系に拡張する。拡張系の状態方程式(拡張状態方程式)は、次式(3)で表される。
【0042】
【数3】
【0043】
前記式(3)において、xは、拡張系の状態変数ベクトルであり、次式(4)で表される。
【0044】
【数4】
【0045】
前記式(3)において、Aは拡張系のシステム行列、Bは拡張系の既知入力行列、Cは拡張系の出力行列である。
前記式(3)の拡張状態方程式から、次式(5)の方程式で表される外乱オブザーバ(拡張状態オブザーバ)が構築される。
【0046】
【数5】
【0047】
式(5)において、^xはxの推定値を表している。また、Lはオブザーバゲインである。また、^yはyの推定値を表している。^xは、次式(6)で表される。
【0048】
【数6】
【0049】
式(6)において、^θは実操舵角θの推定値であり、^dθ/dtは角速度dθ/dtの推定値であり、^Tlcは外乱トルクTlcの推定値である。
外乱トルク推定部55は、前記式(5)の方程式に基づいて状態変数ベクトル^xを演算する。
図5は、外乱トルク推定部55の構成を示すブロック図である。
【0050】
外乱トルク推定部55は、入力ベクトル入力部61と、出力行列乗算部62と、第1加算部63と、ゲイン乗算部64と、入力行列乗算部65と、システム行列乗算部66と、第2加算部67と、積分部68と、状態変数ベクトル出力部69とを含む。
減速比乗算部48(図2参照)によって演算される目標自動出力軸トルクN・Tm,adは、入力ベクトル入力部61に与えられる。入力ベクトル入力部61は、入力ベクトルuを入力行列乗算部65に出力する。なお、目標自動出力軸トルクN・Tm,adの代わりに、統合トルク演算部46によって演算される目標統合トルク(目標トルク)Tm,maを用いてもよい。
【0051】
積分部68の出力が状態変数ベクトル^x(前記式(6)参照)となる。演算開始時には、状態変数ベクトル^xとして初期値が与えられる。状態変数ベクトル^xの初期値は、たとえば0である。
システム行列乗算部66は、状態変数ベクトル^xにシステム行列Aを乗算する。出力行列乗算部62は、状態変数ベクトル^xに出力行列Cを乗算する。
【0052】
第1加算部63は、実操舵角θである出力ベクトルyから、出力行列乗算部62の出力(C・^x)を減算する。つまり、第1加算部63は、出力ベクトルyと出力ベクトル推定値^y(=C・^x)との差(y-^y)を演算する。ゲイン乗算部64は、第1加算部63の出力(y-^y)にオブザーバゲインL(前記式(5)参照)を乗算する。
入力行列乗算部65は、入力ベクトル入力部61から出力される入力ベクトルuに入力行列Bを乗算する。第2加算部67は、入力行列乗算部65の出力(B・u)と、システム行列乗算部66の出力(A・^x)と、ゲイン乗算部64の出力(L(y-^y))とを加算することにより、状態変数ベクトルの微分値d^x/dtを演算する。積分部68は、第2加算部67の出力(d^x/dt)を積分することにより、状態変数ベクトル^xを演算する。状態変数ベクトル出力部69は、状態変数ベクトル^xに基づいて、外乱トルク推定値^Tlc、実操舵角推定値^θおよび角速度推定値d^θ/dtを演算する。
【0053】
前述の拡張状態オブザーバの代わりに、プラントの逆モデルとローパスフィルタとから構成される外乱オブザーバを用いてもよい。この場合、プラントの運動方程式は、前述のように式(1)で表される。
したがって、プラントの逆モデルは、次式(7)となる。
【0054】
【数7】
【0055】
プラントの逆モデルを用いた外乱オブザーバへの入力は、J・dθ/dtおよびN・Tm,adであり、実操舵角θの2階微分値を用いるため、回転角センサ23のノイズの影響を大きく受ける。これに対して、前述の拡張状態オブザーバでは、積分型で外乱トルクを推定するため、微分によるノイズ影響を低減できるという利点がある。
次に、図2のトルク制御部47について説明する。
【0056】
図6は、トルク制御部47の構成を示すブロック図である。
トルク制御部47は、目標モータ電流演算部71と、電流偏差演算部72と、PI制御部73と、PWM(Pulse Width Modulation)制御部74とを含む。
目標モータ電流演算部71は、統合トルク演算部46(図2参照)によって演算された目標統合トルクTm,maを電動モータ18のトルク定数Kで除算することにより、目標モータ電流Icmdを演算する。
【0057】
電流偏差演算部72は、目標モータ電流演算部71によって得られた目標モータ電流Icmdと電流検出回路32によって検出されたモータ電流Iとの偏差ΔI(=Icmd-I)を演算する。
PI制御部73は、電流偏差演算部72によって演算された電流偏差ΔIに対するPI演算(比例積分演算)を行うことにより、電動モータ18に流れるモータ電流Iを目標モータ電流Icmdに導くための駆動指令値を生成する。PWM制御部74は、前記駆動指令値に対応するデューティ比のPWM制御信号を生成して、駆動回路31に供給する。これにより、駆動指令値に対応した電力が電動モータ18に供給される。
【0058】
前述の実施形態では、トーションバートルクTtbを除いた外乱トルクTlcの推定値は、そのまま第2補償値(^Tlc-Ttb)として演算され、常に基本目標トルクT0,adに対する補償値として使用される(図2の第2補償値演算部52、第2補正部44参照)。これにより、外乱トルクによる自動操舵時の追従性能低下を抑制することができる。
【0059】
一方、操舵系に付与される操舵トルクとしてのトーションバートルクTtbについては、それに重みwが乗算された値が、第1補償値(w・Ttb)として演算されている(図2の第1補償値演算部51、第1補正部43参照)。これにより、ドライバに好適な触覚情報を提供できるようになる。言い換えれば、これにより、ヒューマンマシンインタフェース(HMI;Human Machine Interface)機能を実現できる。
【0060】
例えば、操舵トルクをそのまま補償する場合(w=1)には、ドライバの入力を無視するシステム優先の制御となり、操舵トルクをそのまま補償しない場合(w<1)には、ドライバの入力を受け付ける制御となる。つまり、重みwを調整することにより、システムとドライバの優先度合が変更可能となり、人(ドライバ)とシステムの協調が可能となる。
【0061】
以上、この発明の一実施形態について説明したが、この発明はさらに他の形態で実施することもできる。例えば、前述の実施形態では、トルクセンサ12によって検出されるトーションバートルクTtbが操舵トルクとして用いられているが、ステアリングホイール2に加えられるドライバトルクを推定し、推定されたドライバトルクを操舵トルクとして用いてもよい。
【0062】
また、推定操舵トルクを用いる場合には、実操舵角θ、目標自動出力軸トルクN・Tm,adおよびトーションバートルクTtbの3つの演算値を入力として、第1補償値および第2補償値の2つを1つのオブザーバを用いて推定する構成としてもよい。
また、前述の実施形態では、この発明をコラムタイプEPSのモータ制御に適用した場合の例を示したが、この発明は、コラムタイプ以外のEPSのモータ制御にも適用することができる。また、この発明は、ステアバイワイヤシステムの転舵角制御用の電動モータの制御にも適用することができる。
【0063】
その他、この発明は、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0064】
1…電動パワーステアリングシステム、3…転舵輪、4…転舵機構、18…電動モータ、41…目標アシストトルク設定部、42…基本目標トルク演算部、43…第1補正部、44…第2補正部、45…第1減速比除算部、46…統合トルク演算部、47…トルク制御部、48…減速比乗算部、49…回転角演算部、50…第2減速比除算部、51…第1補償値演算部、52…第2補償値演算部、53…重み設定部、54…重み乗算部、55…外乱トルク推定部、56…減算部
図1
図2
図3
図4
図5
図6