(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-05
(45)【発行日】2023-04-13
(54)【発明の名称】卵子成熟促進剤及びその用途
(51)【国際特許分類】
A61K 35/28 20150101AFI20230406BHJP
A61P 15/00 20060101ALI20230406BHJP
A01K 67/02 20060101ALI20230406BHJP
【FI】
A61K35/28
A61P15/00
A01K67/02
(21)【出願番号】P 2022574386
(86)(22)【出願日】2022-09-01
(86)【国際出願番号】 JP2022033031
【審査請求日】2022-12-01
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2022/012703
(32)【優先日】2022-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】522468973
【氏名又は名称】山本 徳則
(74)【代理人】
【識別番号】100202120
【氏名又は名称】丸山 修
(72)【発明者】
【氏名】山本 徳則
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 哲磨
(72)【発明者】
【氏名】日巻 武裕
【審査官】柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/038180(WO,A1)
【文献】Int. J. Mol. Sci., (2021.01.08), 22, [2], Article.579<DOI:10.3390/ijms22020579>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/28
A61P 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪組織由来幹細胞破砕液の濾液を有効成分として含有する、卵子成熟促進剤。
【請求項2】
体外受精に使用される、請求項1に記載の卵子成熟促進剤。
【請求項3】
前記脂肪組織由来幹細胞の生物種と、卵子の生物種が同一である、請求項1又は2に記載の卵子成熟促進剤。
【請求項4】
前記脂肪組織由来幹細胞の生物種が非ヒト哺乳動物である、請求項1に記載の卵子成熟促進剤。
【請求項5】
前記脂肪組織由来幹細胞の生物種がヒトである、請求項1に記載の卵子成熟促進剤。
【請求項6】
コントロールを1としたときに、ROS値が1未満である、請求項1に記載の卵子成熟促進剤。
【請求項7】
以下の工程を含む、卵子成熟促進剤の製造方法。
(1)脂肪組織由来幹細胞を破砕する工程。
(2)工程(1)で得られた破砕液又は前記破砕液を遠心処理して得られた上清を、フィルター処理し、濾液を得る工程。
(3)工程(2)で得られた濾液を製剤化する工程。
【請求項8】
請求項1に記載の卵子成熟促進剤存在下で、卵子を培養する、成熟卵子の製造方法。
【請求項9】
請求項1に記載の卵子成熟促進剤で処理した卵子を、精子と生体外で共存させる、
非ヒト哺乳動物の体外受精方法。
【請求項10】
請求項1に記載の卵子成熟促進剤存在下で、卵子と精子を生体外で共存させる、
非ヒト哺乳動物の体外受精方法。
【請求項11】
請求項9に記載の体外受精方法により生成した受精卵を培養し、成育した胚盤胞を
非ヒト哺乳動物の子宮に注入する、
非ヒト哺乳動物の胚移植方法。
【請求項12】
請求項1に記載の卵子成熟促進剤の
非ヒト哺乳動物の卵子の質の改善剤としての使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、畜産分野及び生殖補助医療分野で利用可能な技術に関する。具体的には、卵子成熟促進剤及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
畜産分野及び生殖補助医療分野において、体外で精子と卵子を受精させ(体外受精)、その後受精卵(胚)を他の雌畜の子宮に移植する技術が用いられている。卵子の質や状態は、受精卵の品質に影響を及ぼすため、移植成績を左右する重要な因子である。
特に、未成熟卵子は精子と受精できないため、卵子の成熟は、体外受精成功の必要条件である。しかしながら、卵子の状態は超音波やホルモン値で知ることはできず、採卵することにより初めて知ることが出来るため、卵の成熟不良による受精障害は体外受精でしばしば遭遇する事例である。そのため、妊娠成功率を高める方法の一つとして、採取した卵子の成熟方法が模索されている。
【0003】
ところで、本発明者らは、脂肪組織由来幹細胞がフィーダー細胞の役割を有し、生殖プロセスにも活性的に作用するとの仮説の下で研究を行い、脂肪組織由来幹細胞やその破砕物がin vitroにおいて精子及び卵子を活性化する作用を有することを発見し特許出願を行っている(特許文献1~3参照)。例えば特許文献1には脂肪組織由来幹細胞や骨髄由来幹細胞等の細胞と精子を共培養することで精子を活性化する方法が記載されており、例えば特許文献2には、脂肪組織由来幹細胞と卵子を共培養することで、卵子を活性化することが記載されている。また、例えば特許文献3には、脂肪組織由来幹細胞等の破砕物を有効成分とする精子活性化剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-82987号公報
【文献】特開2016―7161号公報
【文献】国際公開第2018/038180号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
畜産分野及び生殖補助医療分野においては、受胎効率や妊娠成功率を上げることが求められている。
例えばウシ等の畜産分野において、優良な遺伝形質を持った子畜を多数生産することは畜産物の付加価値の向上につながり、畜産経営における収益性も向上する。ウシ以外の畜産、例えばブタにおいては体外受精の件数は近年増加しているものの、ウシの実施例に比べるとまだ少ない。ブタにおいては、2つ以上の精子が卵細胞質と融合してしまう多精子受精が高率で起こるため、正常な受精である単一受精率の向上に結びつかない。そしてヒトにおいて体外受精の成功率の向上は、我が国の超少子高齢化に歯止めをかける一つの手段となり得ると期待される。このように畜産分野及び生殖補助医療分野においては受胎率や受精率を向上させるための方法が検討されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1や2に記載された発明においては、脂肪組織由来幹細胞と精子や卵子を共培養することにより、精子や卵子を活性化しているが、いずれも細胞を用いることから、使用するタイミングを見計らって細胞培養を開始する必要があり、調整や操作の簡便性に欠けた。また、生きた細胞を用いることによる有害事象の発生も懸念される。特許文献3に記載された発明においては脂肪組織由来幹細胞の破砕物を用いた精子の活性化については記載されているが、卵子については記載されていない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決すべく、本発明者らは脂肪組織由来幹細胞破砕液の濾液に着目し検討を重ねた結果、in vitroにおいて卵子の成熟を促進させるという、効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下の構成を有する。
【0008】
[1]脂肪組織由来幹細胞破砕液の濾液を有効成分として含有する、卵子成熟促進剤。
[2]体外受精に使用される、[1]に記載の卵子成熟促進剤。
[3]前記脂肪組織由来幹細胞の生物種と、卵子の生物種が同一である、[1]又は[2]に記載の卵子成熟促進剤。
[4]前記脂肪組織由来幹細胞の生物種が非ヒト哺乳動物である、[1]に記載の卵子成熟促進剤。
[5] 前記脂肪組織由来幹細胞の生物種がヒトである、[1]に記載の卵子成熟促進剤。
[6] コントロールを1としたときに、ROS値が1未満である、[1]に記載の卵子成熟促進剤。
[7]以下の工程を含む、卵子成熟促進剤の製造方法。
(1)脂肪組織由来幹細胞を破砕する工程。
(2)工程(1)で得られた破砕液又は前記破砕液を遠心処理して得られた上清を、フィルター処理し、濾液を得る工程。
(3)工程(2)で得られた濾液を製剤化する工程。
[8][1]に記載の卵子成熟促進剤存在下で、卵子を培養する、成熟卵子の製造方法。
[9][1]に記載の卵子成熟促進剤で処理した卵子を、精子と生体外で共存させる、非ヒト哺乳動物の体外受精方法。
[10][1]に記載の卵子成熟促進剤存在下で、卵子と精子を生体外で共存させる、非ヒト哺乳動物の体外受精方法。
[11][9]に記載の体外受精方法により生成した受精卵を培養し、成育した胚盤胞を非ヒト哺乳動物の子宮に注入する、非ヒト哺乳動物の胚移植方法。
[12][1]に記載の卵子成熟促進剤の非ヒト哺乳動物の卵子の質の改善剤としての使用。
【発明の効果】
【0009】
本発明の卵子成熟促進剤は、卵子を成熟させることができる。より具体的には、体外受精においては、採卵した卵子を用いるが、採卵で採れる卵子は未成熟卵子であるため、それらを精子と媒精しても受精できない。本発明の卵子成熟促進剤を用いれば、未成熟卵子を成熟させることができるため、受精プロセスが進行しやすくなる。受精率が向上し、さらに、受精卵の品質や胚盤胞への発生能が促進されるため、着床率、ひいては妊娠率が向上する。なお、本明細書において成熟とは卵子の核成熟及び細胞質成熟をいう。
また、本発明の卵成熟促進剤は濾液を用いるため、細胞投与による有害事象を回避できる。例えば、一般的に細胞投与する場合、投与する細胞は生きているため、病原体が混ざっていても不活性化や除去がほとんどできず感染リスクがある。
さらに、細胞投与する場合は、患者のスケジュールに合わせて細胞を培養する必要がある。一般的には凍結融解した細胞は治療には用いない。細胞の活性が落ちたり、細胞が死んだりすることがあるためである。一方、本発明の卵子成熟促進剤は細胞を含まない液体であるため、凍結保存による保存が可能であり、必要なときに融解することで治療に用いることができる。したがって、使用するタイミングを見計らって細胞培養を行う必要も、治療に必要な数まで細胞を増やす必要もないため、調製や取扱が容易であり、臨床上の利点が極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】卵丘細胞-卵母細胞複合体(COCs)の面積比較試験において、成熟培養前のCOCsの面積(A)と、培養後のCOCsの面積(B)
【
図2】卵子におけるミトコンドリアの分布状況(A:ミトコンドリアが細胞質全体に均一に分布しているI型、B:ミトコンドリアが細胞膜周辺に分布し、内側にも不均一であるが分布しているII型、C:ミトコンドリアが細胞膜周辺にのみ分布しているIII型)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、卵子成熟促進剤に関する。より具体的には、脂肪組織由来幹細胞の破砕濾液を有効成分として含有する。なお、本明細書において「有効成分として含有する」とは、治療をする上で有効量の脂肪組織由来幹細胞の破砕液の濾液を含有することを意味する。
<卵子成熟促進剤>
【0012】
本発明において成熟卵子とは、核成熟及び細胞質成熟した卵子をいう。成熟卵子は、精子との受精が可能であり、受精後、胚盤胞まで成育できる。なお、未成熟卵子とは、精子と媒精しても受精が不可能な卵子をいう。
本発明の卵子成熟促進剤を用いれば卵子の成熟を促進させることができるため、成熟卵子を得られやすい。成熟卵子は精子との受精が可能であるため、受精率を向上させることができ、さらには受精後の発生にも好影響を及ぼす。ひいては着床率、妊娠率が向上する。
本発明において、卵子が成熟しているか否かの判断は、以下の少なくとも1つの方法によって卵子の成熟促進が確認できれば、その卵子は「成熟した」と判断できる。中でも活性酸素種(ROS)は卵子の老化にも関係するため、特に高齢患者における妊娠率の指標ともいえる。
(1)卵丘細胞-卵母細胞複合体(COCs)の面積比較
【0013】
受精において、卵丘細胞層は重要な因子である。一般的に、卵子が未成熟な場合は卵丘細胞も小さく、卵子が成熟するにつれ、卵丘細胞は増殖・膨化して大きくなる。卵丘細胞の膨化具合は卵細胞質成熟の指標とされているため、本明細書においては、COCsの面積を測定し、コントロールよりも面積が増加していたものは、卵子が「成熟した」と判断する。
具体的な試験方法を示す。本発明の卵子成熟促進剤を添加した成熟培地ドロップ(10μL)を作製する。未成熟卵子を各ドロップに1個ずつ入れ、成熟培養開始前にCOCsをデジタルカメラで撮影した後、CO2インキュベーター(37~40℃、5%CO2。以下同じ。)にて培養する。培養後のCOCsを同様に撮影して、成熟培養前後のCOCsの面積を比較する。成熟培養後のCOCsの面積を成熟培養前のCOCsの面積で割ったものをAとしたときに、Aがコントロールよりも増加していたものは、卵子が「成熟した」と判断する。コントロールに対してAが1.05倍以上になると好ましく、1.10倍以上になるとより好ましい。また、コントロールに対してAが2.00倍以下であると好ましい。
【0014】
成熟培地は卵子の成熟培養において一般的に用いられている培地であれば特に限定されないが、NCSU37培地やNCSU23培地等のNCSU培地、Medium199、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM) (ナカライテスク株式会社、シグマ社、Gibco社等)、DMEM/F12(SIGMA社、Gibco社等) 、合成卵管液(SOF) 等を用いることができる。二種以上の培地を併用することにしてもよい。必要であれば培地に、血清、血漿、血清アルブミン、ポリビニルアルコール(PVA) 、ポリビニルピロリドン(PVP) 、抗生物質、2-メルカプトエタノール、アミノ酸、ビタミン、無機塩等を添加してもよい。培養は、培養皿等の培養容器を用いて細胞を培養することが好ましい。
培養条件は、卵子の成熟培養において一般的に用いられている条件あればよい。例えば37℃~40℃、5%CO2の環境下が好ましい。
撮影に供するカメラはCOCsの面積を適切に測れるのであれば特に限定されないが、倒立顕微鏡にデジタルカメラを設置して撮影することが好ましい。
(2) 活性酸素種 (ROS) 及びグルタチオン (GSH) 含有量の評価
【0015】
卵母細胞から卵子への発育には酸化ストレスが深くかかわっていると言われている。酸化ストレスを引き起こす活性酸素は、様々な疾病をもたらす要因になることが知られており、活性酸素の蓄積による酸化ストレスは、特に老化の原因となる。卵子が老化すると、本来であれば綺麗な円形である卵子が、楕円形やいびつな形になることがあり、受精しにくくなる。また、受精しても細胞分裂しにくくなったり、胚の成長が止まったりすることもある。特に30代後半以降の女性における妊娠率の低下は、卵子の老化によることが多い。また、還元型グルタチオンは活性酸素毒性から卵子を守るとも言われており、これらの量は卵子の細胞質成熟の指標として用いられている。そこで本明細書においては、活性酸素種(ROS)及び還元型グルタチオン(GSH)量を測定し、以下の要件を満たすときに、卵子が「成熟した」と判断する。
具体的な試験方法を示す。本発明の卵子成熟促進剤を添加した成熟培地200μLに未成熟卵子30~40個を1群として導入し、培養する。成熟培養後に0.1 % (w/v) ヒアルロニダーゼ添加Hepes-Tyrode-Lactate-Pyruvate-polyvinylalcohol (以下、Hepes-TLP-PVAともいう。) を加えてピペッティングにより卵丘細胞を剥離し、第一極体の放出が確認された卵子を選抜する。
それを10μLの2‘,7’-Dichlorofluorecein diacetate及び5μLのCell Tracker Blue CMF2HCを添加した500 μLのHepes-TLP-PVAに浸漬し、CO2インキュベーター内で30分間染色する。染色した卵子を洗浄後、蛍光顕微鏡で、ROSは460 nm、GSHは365 nmの各UVフィルターを用いて蛍光画像を撮影記録する。コントロールを「1」としたときに、ROSは1未満に、又はGSHは1より大きくなっていたときに卵子が「成熟した」と判断する。ROSは0.9以下が好ましく、0.8以下がより好ましく、0.7以下が更に好ましい。また、ROSは0.1以上が好ましく、0.2以上が更に好ましい。GSHは1.0以上が好ましく、1.1以上がより好ましく、1.3以上が更に好ましい。また、GSHは2.0以下が好ましく、1.8以下が好ましい。培地や培養条件は、COCsの面積比較の際の条件を援用できる。
(3)ミトコンドリアの分布状況
【0016】
ミトコンドリアは生体内でエネルギーを作り出す細胞小器官であり、卵子の老化にも関与しているとされる。ミトコンドリアの複製は、卵子の成熟後、桑実期胚まで抑制されているため、成熟卵子にあらかじめ存在しているミトコンドリアの品質が初期胚発生には重要である。そこで本発明者らは、ミトコンドリアの分布を評価することは、細胞質成熟を予測する指標として用いることができると考えた。本明細書においては、ミトコンドリアの分布状況を評価し、以下の要件を満たすときに卵子が「成熟した」と判断する。
Sha Wei et al. (2010) “Effect of gonadotropins on oocyte maturation in vitro: an animal model.” Fertil Steril, Mar. 15;93(5):1650-61 に記載の方法を参考にする。具体的には、Mito Tracker(登録商標)Red CMXRos (Invitrogen)のキットを使い、指示書に従い調製したStock A 1 μLに対してアミカマイシン(100 mg 力価) (Meiji Seikaファルマ) 添加 Medium 199 (Gibco) 149 μLを入れて混和する。さらに、Medium 199 (Gibco) 1850 μLを混和し、150 μLの微小滴を複数作製する。卵子の選抜は、先述した方法により行う。
【0017】
選抜卵子を洗浄後、約10個を1群として前記微小滴に移した後、CO2インキュベーターにて30分間静置し、ミトコンドリアを染色する。その後卵子を洗浄し、共焦点レーザースキャン顕微鏡で、Rhodamineフィルターを用いて撮影し、画像解析する。
ミトコンドリアが細胞質全体に均一に分布しているものをI型、ミトコンドリアが細胞膜周辺に分布し、内側にも不均一であるが分布しているものをII型 、ミトコンドリアが細胞膜周辺にのみ分布しているものをIII型とする。供試卵数に対するI型の割合を算出し、コントロールのそれを「1」としたときに、その割合が1より大きければ卵子が「成熟した」と判断する。1.3倍以上であれば好ましく、1.5倍以上であればより好ましい。また、前記割合が5倍以下であれば好ましい。
(4)ミトコンドリアの活性評価
【0018】
ミトコンドリア活性は、ブタの卵母細胞の成熟や品質及びその後の胚発生に重要であることが知られていることから、本発明者らは、ミトコンドリアの活性を評価することは、細胞質成熟を予測する指標として用いることができると考えた。本明細書においては、ミトコンドリアの活性を評価し、以下の要件を満たすときに、卵子が「成熟した」と判断する。
Lee SK et al. (2014) “The association of mitochondrial potential and copy number with pig oocyte maturation and developmental potential.”, J Reprod Dev. 2014 Apr 24;60(2):128-35に記載の方法を参考にする。具体的には、MitoProbe(登録商標) JC-1 Assay Kit (Invitrogen)のキットを使い、指示書に従い調製したStock A 57.5 μLに対してアミカマイシン(100 mg 力価) (Meiji Seika ファルマ)添加Medium 199 (Gibco)を1092.5 μL入れて混和し、80 μLの微小滴を複数作製する。卵子の選抜は、先述した方法により行う。
選抜卵子を洗浄後、約10個を1群として前記微小滴に移した後、CO2インキュベーターにて50分間静置し、ミトコンドリアを染色する。その後卵子を洗浄後、共焦点レーザースキャン顕微鏡で、Rhodamineフィルター及びFITCフィルターを用いて撮影し、画像解析する。高い活性を示すredの蛍光強度を、低い活性を示すgreenの蛍光強度で割ることで膜電位差を算出し、ミトコンドリア活性とする。コントロールの値を「1」としたときに、ミトコンドリア活性がそれより高ければ卵子が「成熟した」と判断する。1.01以上あると好ましく、1.02以上あるとより好ましい。また、前記値が1.10以下が好ましく、1.07以下がより好ましい。
<脂肪組織由来幹細胞>
【0019】
間葉系幹細胞である、脂肪組織由来幹細胞(Adipose-derived stem cells: ASC、Adipose-derived regeneration cells: ADSC、Adipose-derived mesenchymal stem cells: AT-MSC, AD-MSC等と呼ばれる。以下、単に「ADSC」ということがある。)は、体性幹細胞の一種であり、脂肪組織に含まれる幹細胞である。脂肪組織由来幹細胞も自己複製能及び多分化能を有しており、脂肪だけではなく、骨、軟骨、神経、筋肉、心筋、血管、肝細胞、膵島細胞等、多様な細胞に分化することが可能であることが知られている。
本発明の発明者らは、脂肪組織由来幹細胞それ自体ではなく、前記幹細胞の破砕液の濾液に、卵子の成熟を促進させる効果があることを見出した。
【0020】
本発明の卵子成熟促進剤に用いるADSCの由来、即ち生物種は特に限定されない。使用する卵子の由来、及び本発明の方法によって得られる卵子(成熟卵子) の用途を考慮して生物種を決定するとよい。所望の効果、即ち卵子が成熟される限りにおいて、卵子成熟促進剤に使用するADSCの生物種と、卵子の生物種とは異なっていてもよいが、同一が好ましい。免疫拒絶の問題を回避するために、卵子成熟促進剤を適用する対象(レシピエント)と同一の個体からADSCを採取して卵子成熟促進剤とすることが好ましい。
【0021】
ADSCの由来(生物種)としては、ヒト又は非ヒト哺乳動物が挙げられる。非ヒト哺乳動物としては、ウシ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター等が挙げられる。効率的に畜産業を営めるため、非ヒト哺乳動物の中でもウシ、ブタ、ウマ、ヤギ又はヒツジが好ましい。また、卵子の由来(生物種)としては、ヒト、非ヒト哺乳動物、鳥類、魚類等が挙げられる。非ヒト哺乳動物としては、先述した動物が挙げられる。
<脂肪組織由来幹細胞の調製方法>
【0022】
本発明においてADSCは、多能性を維持している限りにおいて、当該体性幹細胞の培養(継代培養を含む)により得られる細胞もADSCに該当するものとする。通常ADSCは、生体から分離された脂肪組織を出発材料とし、細胞集団(脂肪組織に由来するADSC以外の細胞を含む)を構成する細胞として「単離された状態」に調製される。ここでの「単離された状態」とは、その本来の環境(即ち生体の一部を構成した状態)から取り出された状態、即ち人為的操作によって本来の存在状態と異なる状態で存在していることを意味する。
なお、本発明におけるADSCの調製は常法に従えばよい。ADSCは各種用途に広く用いられているため、当業者であれば文献や成書を参考にして調製することもできる。公的な細胞バンクから分譲された細胞や市販の細胞等を用いることにしてもよい。以下、細胞の調製方法の例として、脂肪組織由来幹細胞の調製法(一例)を説明する。
【0023】
ADSCは、脂肪基質からの幹細胞の分離、洗浄、濃縮、培養等の工程を経て調製される。ADSCの調製法は特に限定されない。例えば公知の方法(Fraser JK et al.(2006), Fat tissue: an under appreciated source of stem cells for biotechnology. Trends in Biotechnology; Apr; 24(4): 150-4. Epub 2006 Feb 20. Review.; Zuk PA et al.(2002), Human adipose tissue is a source of multipotent stem cells. Molecular Biology of the Cell; Dec;13(12):4279-95.; Zuk PA et al.(2001), Multilineage cells from human adipose tissue: implications for cell-based therapies. Tissue Engineering; Apr; 7(2): 211-28.等が参考になる)に従ってADSCを調製することができる。また、脂肪組織からADSCを調製するための装置(例えば、Celution(登録商標)装置(サイトリ・セラピューティクス社、米国、サンディエゴ))も市販されており、当該装置を利用してADSCを調製することにしてもよい。当該装置を利用すると、脂肪組織より、ADSCを含む細胞集団を分離できる(K. Lin. Et al. Cytotherapy(2008)Vol. 10, No.4, 417-426)。以下、ADSCの調製法の具体例を示す。
(1)脂肪組織からの細胞集団の調製
【0024】
脂肪組織はヒト及び非ヒト哺乳動物から切除、吸引等の手段で採取される。非ヒト哺乳動物は先述した動物であればよく、ペット動物、家畜、実験動物は問わない。また、生物の年齢、性別は特に限定されない。なお、免疫拒絶の問題を回避するため、卵子成熟促進剤を適用する対象(レシピエント)と同一の個体から脂肪組織(自己脂肪組織)を採取することが好ましい。但し、同種の動物の脂肪組織(他家)又は異種動物の脂肪組織の使用を妨げるものではない。
なお、ヒトにおいては、美容整形の際の脂肪吸引手術により吸引される組織片や、外科手術等の際に生体から切除される組織に含まれる切除脂肪組織から、ADSCを調製することもできる。ADSCは太い血管の周囲に存在するため脂肪吸引液よりも切除脂肪組織から多く得ることができる。一方、脂肪吸引液から幹細胞を調製したほうが、手術跡が小さく済みドナーの負担が小さい。
【0025】
脂肪組織として皮下脂肪、内臓脂肪、筋肉内脂肪、筋肉間脂肪を例示できる。この中でも皮下脂肪は局所麻酔下で非常に簡単に採取できるため、採取の際のドナーへの負担が少なく、好ましい細胞源といえる。通常は一種類の脂肪組織を用いるが、二種類以上の脂肪組織を併用することも可能である。また、複数回に分けて採取した脂肪組織(同種の脂肪組織でなくてもよい)を混合し、以降の操作に使用してもよい。
【0026】
脂肪組織の採取量は、ドナーの種類や組織の種類、或いは必要とされるADSCの量を考慮して定めることができ、例えば0.5~500g程度である。但し、ドナーへの負担を考慮して一度に採取する量を約10~20g以下にすることが好ましい。採取した脂肪組織は、必要に応じてそれに付着した血液成分の除去及び細片化を経た後、以下の酵素処理に供される。なお、脂肪組織を適当な緩衝液や培養液中で洗浄することによって血液成分を除去することができる。
【0027】
酵素処理は、脂肪組織をコラゲナーゼ、トリプシン、ディスパーゼ等の酵素によって消化することにより行う。このような酵素処理は当業者に既知の手法及び条件により実施すればよい(例えば、R. I. Freshney, Culture of Animal Cells: A Manual of Basic Technique, 4th Edition, A John Wiley & Sones Inc., Publication参照)。以上の酵素処理によって得られた細胞集団は、多能性幹細胞、内皮細胞、間質細胞、血球系細胞、及び/又はこれらの前駆細胞等を含む。細胞集団を構成する細胞の種類や比率等は、使用した脂肪組織の由来や種類に依存する。
(2)沈降細胞集団(SVF画分:stromal vascular fractions)の取得
【0028】
細胞集団は続いて遠心処理に供される。遠心処理による沈渣を沈降細胞集団(本明細書では「SVF画分」ともいう)として回収する。遠心処理の条件は、細胞の種類や量によって異なるが、例えば1~10分間、800~1,500rpmである。なお、遠心処理に先立ち、酵素処理後の細胞集団を濾過等に供し、その中に含まれる酵素未消化組織等を除去しておくことが好ましい。
ここで得られた「SVF画分」はADSCを含む。なお、SVF画分を構成する細胞の種類や比率等は、使用した脂肪組織の由来や種類、酵素処理の条件等に依存する。また、国際公開第2006/006692A1号パンフレットにはSVF画分の特徴が示されている。
(3)接着性細胞(ADSC)の選択培養及び細胞の回収
【0029】
SVF画分にはADSCの他、他の細胞成分(内皮細胞、間質細胞、血球系細胞、これらの前駆細胞等)が含まれる。そこで本発明の一態様では以下の選択培養を行い、SVF画分から不要な細胞成分を除去する。そして、その結果得られた細胞をADSCとして本発明に用いる。
まず、SVF画分を適当な培地に懸濁した後、培養皿に播種し、一晩培養する。培地交換によって浮遊細胞(非接着性細胞)を除去する。その後、適宜培地交換(例えば2~4日に一度)をしながら培養を継続する。必要に応じて継代培養を行う。継代数は特に限定されないが、多能性と増殖能力の維持の観点からは過度に継代を繰り返すことは好ましくない(5継代程度までに留めておくことが好ましい)。なお、培養用の培地には、通常の動物細胞培養用の培地を使用することができる。例えば、Dulbecco's modified Eagle's Medium(DMEM)(日水製薬株式会社等)、α-MEM(大日本製薬株式会社等)、DMEM:Ham'sF12混合培地(1:1)(大日本製薬株式会社等)、Ham'sF12medium(大日本製薬株式会社等)、MCDB201培地(機能性ペプチド研究所)等を使用することができる。血清(ウシ胎仔血清、ヒト血清、羊血清等)又は血清代替物(Knockout serum replacement(KSR)等)を添加した培地を使用することにしてもよい。血清又は血清代替物の添加量は例えば5~30%(v/v)の範囲内で設定可能である。
【0030】
以上の操作によって接着性細胞が選択的に生存・増殖する。続いて、増殖した細胞を回収する。回収操作は常法に従えばよく、例えば酵素処理(トリプシンやディスパーゼ処理)後の細胞をセルスクレイパーやピペット等で剥離することによって容易に回収することができる。また、市販の温度感受性培養皿等を用いてシート培養した場合は、酵素処理をせずにそのままシート状に細胞を回収することも可能である。このようにして回収した細胞(ADSC)を用いることにより、ADSCを高純度で含有する細胞集団を調製することができる。
(4)低血清培養(低血清培地での選択的培養)及び細胞の回収
【0031】
本発明の一態様では、上記(3)の操作の代わりに又は上記(3)の操作の後に以下の低血清培養を行う。そして、その結果得られた細胞をADSCとして本発明に用いる。
低血清培養では、SVF画分((3)の後にこの工程を実施する場合には(3)で回収した細胞を用いる)を低血清条件下で培養し、目的の多能性幹細胞(即ちADSC)を選択的に増殖させる。低血清培養法では用いる血清が少量で済むことから、本発明の方法で得られたADSCを治療目的に使用する場合、対象(患者)自身の血清を使用することが可能となる。即ち、自己血清を用いた培養が可能となる。ここでの「低血清条件下」とは5%(v/v)以下の血清を培地中に含む条件である。好ましくは2%(v/v)以下の血清を含む培養液中で細胞培養する。更に好ましくは、2%(v/v)以下の血清と1~100ng/mLの線維芽細胞増殖因子-2(bFGF)を含有する培養液中で細胞培養する。
【0032】
血清はウシ胎仔血清に限られるものではなく、ヒト血清や羊血清等を用いることができる。本発明の方法で得られた活性化精子をヒトの治療に使用する場合には、好ましくはヒト血清、更に好ましくは治療対象の血清( 即ち自己血清) を用いる。
培地は、使用の際に含有する血清量が低いことを条件として、通常の動物細胞培養用の培地を使用することができる。例えば、Dulbecco's modified Eagle's Medium(DMEM)(日水製薬株式会社等)、α-MEM(大日本製薬株式会社等)、DMEM: Ham's F12混合培地(1:1)(大日本製薬株式会社等)、Ham's F12 medium(大日本製薬株式会社等)、MCDB201培地(機能性ペプチド研究所)等を使用することができる。
【0033】
以上の方法で培養することによって、ADSCを選択的に増殖させることができる。また、上記の培養条件で増殖するADSCは高い増殖活性を持つので、継代培養によって、本発明に必要とされる数の細胞を容易に調製することができる。なお、国際公開第2006/006692A1号パンフレットには、SVF画分を低血清培養することによって選択的に増殖する細胞の特徴が示されている。
続いて、上記の低血清培養によって選択的に増殖した細胞を回収する。回収操作は上記(3)の場合と同様に行えばよい。回収したADSCを用いることにより、ADSCを高純度で含有する細胞集団を得ることができる。
【0034】
以上の方法では、SVF画分を低血清培養して増殖した細胞が利用に供されることになるが、脂肪組織から得た細胞集団を直接(SVF画分を得るための遠心処理を介することなく)低血清培養することによって増殖した細胞をADSCとして用いることにしてもよい。即ち本発明の一態様では、脂肪組織から得た細胞集団を低血清培養したときに増殖した細胞をADSCとして用いる。また、選択的培養(上記(3)及び(4))によって得られる多能性幹細胞ではなく、SVF画分(脂肪組織由来間葉系幹細胞を含有する)をそのまま用いることにしてもよい。なお、ここでの「そのまま用いて」とは、選択的培養を経ることなく本発明に用いること、を意味する。
<脂肪組織由来幹細胞破砕液の濾液の調製方法>
【0035】
本発明の卵子成熟促進剤は、ADSCを破砕処理した破砕液を濾過して得られた濾液(ADSC濾液と言うこともある)を有効成分として含有する。
ADSCの破砕は、一般的な細胞破砕方法を用いることができる。例えば、凍結融解(凍結した後融解する処理)、超音波、フレンチプレス、乳鉢、ホモジナイザー、ガラスビーズ等を用いた処理方法を利用することができる。また、破砕処理に供する細胞として、生細胞に限らず、死細胞や障害を受けた細胞を用いることにしてもよい。上記破砕処理の中でも凍結融解処理及び超音波処理が好ましい。特に凍結融解処理は簡便であり、また、機械と細胞の接触による汚染を回避でき、衛生的である点から特に好ましい。凍結融解にて破砕する場合は、後述する好ましい条件を用いることができる。超音波処理にて破砕する場合は、凍結していない細胞を用いて破砕処理することが好ましいが、機器から発せられる熱の影響により、しばしばタンパク質の変性や凝集が引き起こされるため、細胞懸濁液を氷中で冷却しながら短時間の処理を繰り返し行うことが好ましい。具体的には、200~300Wの出力で5~15秒間の破砕と、10~30秒間の休止を複数回繰り返すことが好ましい。
【0036】
なお、凍結融解は、凍結過程で細胞が膨張し氷晶が形成され、その氷晶が細胞を破壊することで解凍時に溶解されるため、十分に溶解させるためには繰り返し行うことが好ましい。具体的には、凍結融解処理を1~5回繰り返すことが好ましい。凍結融解処理における凍結の条件は特に限定されないが、例えば、-20~-196℃で凍結することが好ましい。融解の条件も特に限定されない。例えば、5℃以下の冷蔵庫にて一晩おくことでの融解、湯煎(例えば35~40℃)での融解、室温での融解等を採用することができる。
破砕に用いる細胞懸濁液濃度は、ADSCが1×104 ~1×107 cells/mLが好ましい。ADSCが10×104~500×104 cells/mLがより好ましい。作業しやすい濃度であり、1回の作業で十分量の濾液を取ることができる。
【0037】
本発明の卵子成熟促進剤は前記細胞破砕液をフィルター濾過し、得られた濾液を用いる。フィルター濾過によって不要成分を除去することができる。また、適切な孔径のフィルターを使用すれば、不要成分の除去と滅菌濾過を同時に行うことができる。フィルター処理に使用するフィルターの材質は特に限定されないが、タンパク質が吸着しにくいセルロースアセテート、金属製のフィルターが好ましい。特にセルロースアセテートが好ましい。フィルター孔径は0.1~0.45μmが好ましい。0.15~0.3μmが更に好ましい。滅菌濾過も同時に行う場合は0.2μmの孔径が好ましい。
なお、破砕液を事前に遠心処理して、得られた上清をフィルター処理してもよい。破砕液をフィルター処理前に遠心処理することにより、核等が取り除かれ、フィルターの目詰まりを防ぐことができるため、効率良くフィルター処理をすることが可能となる。事前に遠心処理する場合は、ADSC破砕後、100~1,500×gで3~10分間遠心することが好ましい。また、遠心処理時の温度は特に限定されない。
【0038】
濾液をすぐに治療に使わない場合は、使用時まで凍結保存することができる。-100~-60℃で保存することが好ましい。一般的に、細胞の凍結融解を繰り返すと、細胞の活性が落ちたり、死細胞が増えたりする傾向にあるが、本発明の卵子成熟促進剤は、濾液であり、幹細胞を含まないため、冷凍保存と融解を何度繰り返してもその品質は変わらない。本発明においては得られた濾液を卵子成熟促進剤として用いる。
<卵子成熟促進剤の製造方法>
【0039】
本発明における卵子成熟促進剤は、以下の工程により製造することができる。ADSCの培養方法、破砕処理方法、遠心処理方法及びフィルター濾過方法は前述した。
(1)脂肪組織由来幹細胞を破砕する工程。
(2)工程(1)で得られた破砕液又は前記破砕液を遠心処理して得られた上清を、フィルター処理し、濾液を得る工程。
(3)工程(2)で得られた濾液を製剤化する工程。
本発明の卵子成熟促進剤は、後述する各種用途への利用に際し、組成物の形態で利用することもできる。具体的には、その有効性を失わない範囲において、細胞の保護を目的として胎子血清を含有させてもよい。さらに、得られた濾液に、製剤上許容される他の成分、例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水等を含有させて製剤化しても良い。
本発明の卵子成熟促進剤は、ADSCが1×104 ~1×107 cells/mLの細胞懸濁液、好ましくはADSCが10×104~500×104 cells/mLの細胞懸濁液を破砕する。得られる濾液には実際には細胞は含まれていないが、前記濃度の細胞懸濁液を破砕するので濾液には1×104 ~1×107 cells/mL相当の細胞が含まれている。好ましくは10×104~500×104 cells/mL相当である。細胞懸濁液の濃度の好ましい濃度は動物種によって異なるが、下限は10×104 cells/mL以上、30×104 cells/mL以上、50×104 cells/mL以上が好ましい。細胞懸濁液の濃度の上限は、450×104 cells/mL以下、400×104 cells/mL以下、380×104 cells/mL以下、300×104 cells/mL以下、250×104 cells/mL以下、200×104 cells/mL以下が好ましい。細胞懸濁液の濃度の範囲は、これら上限値および下限値の任意の組み合わせとして決定することができる。なお、ブタにおいては30×104~150×104 cells/mLがより好ましく、40×104~130×104 cells/mLが更に好ましい。ウシにおいては60×104~450×104 cells/mLがより好ましく、70×104~400×104 cells/mLが更に好ましい。
<卵子成熟促進剤の用途>
【0040】
本発明の卵子成熟促進剤は、体外受精、卵子の機能低下に起因する不妊症の治療や改善、家畜の繁殖や、育種・種の維持(例えば絶滅危惧種の維持、ペットの系統の維持又は交雑) 等に利用され得る。
本発明の卵子成熟促進剤は、ROS量を低減させることができるため、卵子の老化による質の低下改善効果を改善する。よって、本発明の卵子成熟促進剤は、卵子を成熟させるだけでなく、卵子の質改善剤として用いることもでき、ヒト高齢患者の妊娠率向上効果が期待される。
以下、本発明の卵子成熟促進剤の用途の中で、体外受精について詳細に説明する。尚、本発明に特徴的な条件、即ち、本発明の卵子成熟促進剤を使用すること以外については常法に従えばよい(例えば、家畜人工受精講習会テキスト(家畜体内受精卵・家畜体外受精卵移植編)(日本家畜人工受精師協会) 等が参考になる) 。
<体外受精における卵子の成熟促進方法>
【0041】
卵子の成熟促進方法としては、本発明の卵子成熟促進剤存在下で、卵子を培養することが挙げられる。言い換えると、成熟卵子の製造方法としては、本発明の卵子成熟促進剤存在下で、卵子を培養することが挙げられる。
培養に供する卵子は、卵巣より採卵した卵子であっても良いし、凍結保存した卵子であっても良い。卵子の生物種と、卵子成熟促進剤由来の生物種は同一が好ましい。先述したヒト又は非ヒト哺乳動物が挙げられる。
【0042】
培養には、卵子の培養に適した条件を採用することができるが、例えば37~40℃、5%CO2の環境下での培養が好ましい。但し、卵子の動物種を考慮し、動物の体温に近い温度に設定することが好ましい。例えばブタやウシ等の家畜の卵子を用いる場合、比較的高温(38~39℃) に設定するとよい。また、ヒトの卵子であれば37℃前後の温度条件が好ましい。培地として、先述したNCSU培地やMedium199等を用いることができる。二種以上の培地を併用することにしてもよい。培地に添加可能な成分も、先述した通りである。典型的には培養皿等の培養容器を用いて細胞を培養する。
【0043】
培養方法は、卵子成熟促進剤と卵子を一緒に培養するなどして、卵子を卵子成熟促進剤に曝露させることができれば、その方法は特に限定されない。例えば卵子成熟促進剤を含む液体培地中に卵子を配置、懸濁、又は浸すことができる。卵子成熟促進剤と卵子を添加する順番は特に限定されず、同時に添加して培養してもよいし、一定の間隔をあけて添加して培養してもよい。具体的には卵子成熟促進剤を添加した培地に卵子を添加することが好ましい。
10×104~500×104 cells/mLの濃度の細胞懸濁液を破砕した濾液である卵子成熟促進剤10~50μLに対して、卵子を10~70個添加することが好ましい。
卵子成熟促進剤投与後、卵子は1時間~4日間培養することが好ましい。培養期間が短すぎると卵子が十分に成熟しないため、1~3日がより好ましい。
先述した方法のいずれかにより卵子が成熟したことを確認できたら卵子を回収して、体外受精や卵子機能低下に起因する不妊治療、家畜の交配・繁殖、育種・種の維持等に利用することができる。
【0044】
本発明の卵子成熟促進剤を用いた体外受精方法の一態様としては、(i)卵子成熟促進剤で処理した卵子を、精子と生体外で共存させる方法、(ii)卵子成熟促進剤存在下で、卵子と精子を生体外で共存させる方法が挙げられる。ここで共存とは2つ以上のものが一緒に存在することをいい、例えば(i)では卵子成熟促進剤と卵子を混合して成熟卵子とし、そこへ精子を添加する方法、(ii)では、卵子成熟促進剤、卵子、精子を混合する方法などが挙げられる。
【0045】
上記体外受精において使用される精子としては、採精、精巣内精子採取法、顕微鏡下精巣上体精子採取法、経皮的精巣上体精子採取法、精子濃縮洗浄法等により取得された精子や、該精子を前培養した精子や、これらを凍結保存後に解凍した精子等を挙げることができる。精子は培地等希釈し、50×104~4000×104匹/mLとなるように調製することが好ましい。受精効率を上げるために、運動性の高い精子を使うことが好ましい。
なお、卵子と精子の生物種は原則として同一である。卵子又は精子の由来となる生物種としては、先述したヒト、非ヒト哺乳動物が挙げられる。但し、受精可能な組合せであれば、卵子の生物種と精子の生物種が異なっていてもよい。
卵子及び精子、又は成熟卵子及び精子の培養条件は、体外受精の常法に従うことができる。
【0046】
体外受精において、本発明の卵子成熟促進剤によって成熟した卵子を用いると、受精しやすくなるため受精率が向上する。受精卵が正常に発生すると、体細胞分裂を繰り返す。その後の胚の分化も良好であることから、桑実胚や胚盤胞への発生率が向上する。胚盤胞の用途としては、成育した胚盤胞を哺乳動物の子宮に注入する、胚移植方法が挙げられる。着床率や妊娠率の向上へとつながる。なお、胚移植は胚盤胞の移植に限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。実験に用いたADSC濾液の調製方法、モデル動物及び測定方法を以下に記載する。なお本実施例においては同種の動物間で実験を行った。
<ADSC濾液(凍結融解)の調製>
(1)ブタ脂肪組織由来幹細胞(ADSC)
【0048】
屠殺されたブタの臍帯皮下脂肪を約4g切り取り、下記方法により継代培養を行った。継代培養したADSCは、細胞保存用チューブに分注後、-80℃で凍結保存した。
【0049】
チューブに入った凍結保存細胞を38.5℃のウォーターバスにて融解し、15mLの遠心管に移した。次いで適量の10% FCS添加PBS (-) を添加して数回遠心洗浄した。上清を吸引除去後、細胞沈殿物に選択培養液(Mesen PRO (Gibco) 25mLに対して2%ペニシリン-ストレプトマイシン、Growth Supply (Gibco) 500μL 、200mMのL-Glutamin (ナカライテスク) 250μL) 1mL加えて細胞を再浮遊させ、フラスコへ播種し、CO2インキュベーター (38.5 ℃、5 % CO2) 下でコンフルエントになるまで培養した。コンフルエントになった脂肪幹細胞は 0.25 %(w/v) トリプシン / 1mmol/l EDTAで細胞を剥離し、15 mLの遠沈管に回収した。さらに、10% FCS添加PBS (-) でフラスコ内をリンスし、回収した細胞液とリンス液を混合して遠心分離 (200g、5分間) を行った。遠心分離後、 上清を吸引除去し、300μLのPBS (-) を加え再懸濁させた。その後、細胞懸濁液にPBS (-) を加えて濃度調整し、クライオチューブに分注後、-25℃フリーザで凍結することで細胞を破砕した。
一晩以上凍結した後、室温で融解し、遠心処理後(1,000g、3分間)、上清を0.2μmのメンブレンフィルター(Advantec)を用いて濾過滅菌した。その後、濾液にPBS(-)を加えて濃度調整し、本発明の卵子成熟促進剤とした。卵子成熟促進剤は、使用時までは-25℃で保存し、用いるときに室温で融解した。
(2)ウシ脂肪組織由来幹細胞(ADSC)
ウシの枝肉臍部皮下脂肪を採取した。ブタと同様の操作により、卵子成熟促進剤を調整した。
<卵子の採取>
【0050】
(1)ブタの卵子の採取
屠殺された、春機発動前の雌の三元交雑豚 (ランドレース種、大ヨークシャー種、デュロック種を交配した雑種豚) から 卵巣を採取した。採取した卵巣は直ちに50 mL遠沈管中の、100μg/mL硫酸カナマイシン (Meiji Seika Pharma Co., Ltd.) を添加した0.85 % (w/v) 塩化ナトリウム溶液(生理食塩水)へ浸漬した。遠沈管は、33~36℃に保温し、生理食塩水で卵巣を洗浄後、卵巣表面にある直径約1~5 mmの卵胞から卵胞液と共に COCsを吸引採取した。採取したCOCsを、Hepes-TLP-PVAで洗浄し、実体顕微鏡 (OLYMPUS) 下で卵丘細胞が十分に付着した形態的に正常なCOCsのみを選抜し、実験に供した。
(2)ウシの卵子の採取
屠殺された、29~30ヶ月齢の肥育雌ウシ(黒毛和種)から 卵巣を採取した。卵巣表面にある直径約2~8 mmの卵胞から卵胞液と共に COCsを吸引採取した以外は、ブタの卵子採取と同様に行った。
<精子の調製>
【0051】
(1)ブタの精子の調製
大ヨークシャー種の人工授精用精液(独立行政法人家畜改良センター茨城農場)を使用した。人工授精用精液は 媒精3日前に採取されたものである。1mLの人工授精用精液に、9 mLの精子洗浄液(NaCl 9μg/mL、BSA1μg/m、Kanamycin 0.1μL)を加え、遠心洗浄(1,800 rpm、5分間)した。遠心洗浄終了後、上澄みを取り除き、あらかじめ38.5℃に温めておいた体外受精用培地(PFM, Research Institute for the Functional Peptides, Co., Ltd.)を加えて希釈し、精子濃度が1.0 × 106匹/mLになるように調製して精子懸濁液とした。
(2)ウシの精子の調製
黒毛和種の人工授精用凍結ストロー精液(岐阜県畜産研究所飛騨牛研究部提供)を使用した。ストローに充填され、液体窒素で保存されているウシ凍結精液ストローを38℃の湯温中で20秒間浸漬することによって融解し、CO2インキュベーターで気相平衡したBO-Theophylline (BO-medium (Brackett et al., 1975);10 mM Theophylline)を用いて洗浄・遠心分離 (1,800 rpm、5分間) を2回行った。遠心処理後、媒精時の精子濃度が2.0×107匹/mlとなるようBO-Theophylline及びBO-BSA-Heparin (BO-medium、1% Bovine serum albumin、2.5 IU/ml Heparin)で希釈し、精子懸濁液とした。
【0052】
調製した精子懸濁液の精子活力を倒立顕微鏡(OLYMPUS)で確認した。最も活発な前進運動を 示すものを+++、活発な前進運動を示すものを++、緩慢な前進 運動を示す ものを+、旋回又は振り子運動を示すものを±、全く運動していないものを-と評価し、それぞれの全体に占める割合を以下の式に代入することで求めた。本発明の卵子成熟促進剤の効果を適切に判断するために、運動性の高い精子、具体的には、精子活力が70以上である精子懸濁液を以降の実験に用いた。
【数1】
<体外成熟培地>
【0053】
ブタの場合は、体外成熟培地(1g/mL PVA,、10IU/mL eCG、10IU/mL hCG 0.01μg/mL EGF、10% pig follicular fluid 添加Medium199)180μLの微小滴に、各種濃度の本発明の卵子成熟促進剤を20μLずつ添加した。200μLの体外成熟培地の微小滴をコントロールとした。
ウシの場合は、体外成熟培地(10% fetal bovine serum 添加Medium199)を用いた以外はブタと同様に行った。
<卵丘細胞-卵母細胞複合体(COCs)の面積比較試験>
【0054】
種々の濃度の本発明の卵子成熟促進剤を添加した体外成熟培地ドロップ(10μL)を10個ずつ作製し、未成熟卵子を各ドロップに1個ずつ入れ、成熟培養開始前にすべてのCOCsを倒立顕微鏡 (OLYMPUS)に設置したデジタル カメラ (Canon) で撮影した後、CO
2インキュベーター (38.5 ℃、5%CO
2)下で培養した(ブタ:42時間、ウシ:22時間)。その後各添加区におけるCOCsを同様に撮影した。撮影した画像は、画像解析ソフトImage J (National Institutes of Health) を用いて、成熟培養前後の各添加区のCOCsの面積を測定し平均値を比較した(n=8)。一元配置分散分析検定法を用いて解析し、各添加区間の比較にはTukey-Kramer法を用いた。
面積比較試験の結果を
図1及び表1A(ブタ)、表1B(ウシ)に示す。なお、表1のXは、成熟培養後のCOCsの面積を成熟培養前のCOCsの面積で割ったものである。
【表1A】
【表1B】
【0055】
図1は、ブタ由来の本発明の卵子成熟促進剤を100×10
4 cells/mL添加した際の図である。Aは、体外成熟培養前のCOCs、Bは体外成熟培養後のCOCsである。表1は各添加区のCOCsの面積の定量的な測定結果である。表1A及び表1Bより、本発明の卵子成熟促進剤の添加により、COCsの面積が増加し、卵丘細胞が膨化したことが分かる。ブタにおいては特に50×10
4及び100×10
4 cells/mLの区分において濃度依存的に有意に増加した。ウシにおいては、特に100×10
4 cells/mL 及び200×10
4 cells/mLの 区分において、コントロールと比較して有意に高い値を示した。
卵丘細胞の膨化は細胞質成熟の指標とされ、卵母細胞の成熟、精子侵入及び受精に関与していると言われている。また、顕著な卵丘細胞の膨化は、ブタやウシの卵母細胞の成熟及びその後の胚発生能に正の影響を及ぼすことも明らかにされている。このように、卵丘細胞の膨化は卵母細胞の成熟及びその後の胚発生能に非常に重要な役割を果たしていると考えられている。本発明の卵子成熟促進剤の添加により、卵丘細胞が顕著に増加した、という上記結果から、本発明の卵子成熟促進剤が卵母細胞の成熟改善に寄与したことが分かる。
<活性酸素種(ROS)及び還元型グルタチオン(GSH)量の測定>
【0056】
種々の濃度の本発明の卵子成熟促進剤を添加した体外成熟培地200μLに、未成熟卵子30~40個を1群として添加し、CO
2インキュベーター (38.5 ℃、5 % CO
2)下で42時間培養した。
体外成熟培養後、0.1% (w/v) ヒアルロニダーゼ (Sigma-Aldrich) 添加Hepes-TLP-PVA を加え、機械的ピペッティングを行うことにより、卵丘細胞を全て剥離した。その後、第1極体の放出が確認された卵子を選抜した。前記卵子は、10 μLの2‘,7’-Dichlorofluorecein diacetate(Sigma-Aldrich)及び5μLのCell Tracker Blue CMF
2HC(Invitrogen)を添加した500 μLのHepes-TLP-PVAに浸漬し、CO
2インキュベーター内で30分間染色した。染色した卵子はHepes-TLP-PVAで洗浄後、デジタルカメラ(Canon)を設置した蛍光顕微鏡 (OLYMPUS) で、ROSは460 nm、GSHは365 nmの各UVフィルターを用いて蛍光画像を撮影記録した。得られた蛍光画像を白黒化し、画像解析ソフトImage J (NationalInstitutes of Health)で解析し、得られた 蛍光輝度から、コントロールを対照にし、相対的に各添加区のROS 及びGSH含有量を算出した(n=3)。一元配置分散分析検定法を用いて解析し、各添加区間の比較にはTukey-Kramer法を用いた。
ブタの結果を表2A、ウシの結果を表2Bに示す。
【表2A】
【表2B】
【0057】
表2A及び表2Bから明らかなように、本発明の卵子成熟促進剤の添加により、活性化酸素種(ROS)は減少し、グルタチオン(GSH)は増加していることが分かる。特にブタにおいては50×104及び100×104 cells/mLの区分においてROS含有量は濃度依存的に有意に減少し、GSH含有量は濃度依存的に有意に増加した。ウシにおいては100×104 cells/mL及び 200×104 cells/mLの区分において、ROS含有量は濃度依存的に有意に低い値を示した。またGSH含有量はコントロールに比べて100×104 cells/mL、200×104 cells/mL及び400×104 cells/mLの区分において高い値を示した。したがって、本発明の卵子成熟促進剤は、酸化ストレスを抑制し、卵子の細胞質の成熟度合いを改善させたことが分かる。特にROS含有量が低下したことから酸化ストレスによる卵子の質の低下を抑制・改善させたことが分かる。
<成熟卵子におけるミトコンドリアの分布状況>
【0058】
先述したSha Wei et al. (2010)に記載の方法を参考にした。ブタの卵子の選抜は、先述した方法により行った。
Mito Tracker(登録商標) Red CMXRos (Invitrogen)のキットを使い、指示書に従いStock Aを調製した。Stock A 1 μLに対してアミカマイシン(100 mg 力価) (Meiji Seikaファルマ) 添加 Medium 199 (Gibco) 149 μLを入れて混和した。さらに、Medium 199 (Gibco) 1850 μLを混和し、150 μLの微小滴を複数作製した。
各添加区から選抜したブタの卵子は、0.3% (w/v) PVA-PBSで洗浄後、約10個を1群として前記微小滴に移した。その後、CO
2インキュベーターにて30分間静置し、ミトコンドリアを染色した。成熟卵を0.3% (w/v) PVA-PBSで洗浄後、共焦点レーザースキャン顕微鏡 (Carl Zeiss, Oberkochen) で、Rhodamineフィルターを用いて撮影し、画像解析ソフトウェア (Carl Zeiss; ZEN) を用いて解析した(n=4)。一元配置分散分析検定法を行い、各添加区間の比較には、Tukey-Kramer法を用いて、多重比較検定を行った。
その結果を
図2及び表3A及び表3Bに示す。
ミトコンドリアが細胞質全体に均一に分布しているものをI型 (
図2A)、
ミトコンドリアが細胞膜周辺に分布し、内側にも不均一であるが分布しているものをII型 (
図2B)、
ミトコンドリアが細胞膜周辺にのみ分布しているものをIII型 (
図2C) とし、それぞれの割合を算出することでミトコンドリアの分布を評価した。
【表3A】
【表3B】
【0059】
表3Aより、特に50×104及び100×104 cells/mLの区分において、コントロールと比較してI型の割合が増加したことが分かった。表3Bより、特に50×104及び100×104 cells/mLの区分において、供試卵数に対するI型の割合がコントロールより大きいため、卵子は成熟したといえる。
未成熟卵のブタ卵母細胞において、ミトコンドリアは細胞膜付近に主に分布し、その後、核成熟や細胞質成熟が進行するにしたがって、細胞質全体に均一に分布及び拡散するとされる。また、均一なミトコンドリアの分布は、卵母細胞の受精と初期胚の発生能を向上させるとの報告がある。したがって、本発明の卵子成熟促進剤の添加により、各成熟や細胞質成熟が進行したことによって、ミトコンドリアの分布が改善したと思われる。
<ミトコンドリアの活性評価>
【0060】
先述したLee SK et al. (2014) に記載の方法を参考にした。ブタの卵子の選抜は、先述した方法により行った。
MitoProbe(登録商標) JC-1 Assay Kit (Invitrogen)のキットを使い、指示書に従いStock Aを調製した。Stock A 57.5 μLに対してアミカマイシン(100 mg 力価) (Meiji Seika ファルマ)添加Medium 199 (Gibco)を1092.5 μL入れて混和し、80 μLの微小滴を複数作製した。
各添加区から選抜したブタの卵子は、0.3% (w/v) PVA-PBSで洗浄後、約10個を1群として前記微小滴に移した。その後、CO
2インキュベーターにて50分間静置し、ミトコンドリアを染色した。染色後、成熟卵子を速やかに0.3% (w/v) PVA-PBSで洗浄後、共焦点レーザースキャン顕微鏡 (Carl Zeiss) で、Rhodamineフィルター及びFITCフィルターを用いて撮影し、画像解析ソフトウェア (Carl Zeiss; ZEN) を用いて解析した。
画像の蛍光強度は、image Jソフトウェアを用いて計測し、高い活性を示すredの蛍光強度 を低い活性を示すgreenの蛍光強度で割ることで膜電位差を算出し、ミトコンドリア活性を評価した(n=3)。一元配置分散分析検定法を用いて解析し、各添加区間の比較にはTukey-Kramer法を用いた。
その結果を表4に示す。表4は、コントロールを対照にし、相対的に各添加区の膜電位差を記載した。
【表4】
【0061】
表4の結果から、本発明の卵子成熟促進剤の添加により、特に100×104cells/mLの区分において、コントロールと比較してミトコンドリア活性が有意に高くなった。ミトコンドリア活性は、ブタの卵母細胞の成熟や品質及びその後の胚発生に重要であることが知られており、表4の結果より、本発明の卵子成熟促進剤が、ミトコンドリア機能を向上させることが分かった。また、ミトコンドリア活性が低いとアポトーシスを引き起こすことが知られているため、本発明の卵子成熟促進剤によるミトコンドリア活性向上は、早期アポトーシスの抑制にもつながる。このように、本発明の卵子成熟促進剤により、卵子の細胞質が成熟することで、その後の胚発生能を十分に維持し、ひいては受精率の改善、着床率、妊娠率の改善に寄与すると推測された。
<体外受精>
【0062】
本発明の卵子成熟促進剤を用いた卵子が、正常に体外受精するか否かについて確認すべく、種々の濃度の本発明の卵子成熟促進剤を添加した体外成熟培地でCOCsを体外成熟培養後、体外受精を行った。
具体的には、種々の濃度の本発明の卵子成熟促進剤20μLを添加した体外成熟培地200μLに、未成熟卵子数十個(ブタ:30~40個、ウシ:20~35個)を1群として添加し、CO2インキュベーター (38.5℃、5%CO2)下で培養した(ブタ:42時間、ウシ:22時間)。その後0.1% (w/v) ヒアルロニダーゼ (Sigma-Aldrich)添加Hepes-TLP-PVAをCOCsにふりかけ、ガラスピペットを用いて卵丘細胞を2、3層程度残してそれ以外は剥離させた。その後、80 μLの体外受精用培地(PFM, Research Institute for the Functional Peptides, Co., Ltd.)の微小滴で複数回洗浄し、20~40個の卵を1群として90~180μLの体外受精用培地の微小滴へ移した。そこに精子懸濁液10~20μLを加えて媒精した。最終精子濃度は、ブタは1.0×106匹/mL、ウシは2.0×107匹/mLに調整した。その後、CO2インキュベーター (38.5℃、5 %CO2)下にて媒精後6時間共培養し、その後卵子を発生培地に移し、6時間培養した。その後、下記方法に従って体外受精状況、成熟率及び正常受精率を評価し、各添加区間で比較検討した。一元配置分散分析検定法を用いて解析し、各添加区間の比較にはTukey-Kramer法を用いて、多重比較検定を行った。
(1)体外受精状況の確認
【0063】
媒精12時間後に各添加区の一部の卵を無作為に発生培地から取り出して、実体顕微鏡下にてカルノア液(エタノール:酢酸=3:1)で固定した。固定後48時間以降1% (w/v) 酢酸オルセイン液で核を染色し、正立顕微鏡(OLYMPUS)下で受精状況を観察し、判定を以下の通り行った(n=5)。
(i)成熟率:供試卵に対して、第一極体及び第二減数分裂中期の染色体が観察された卵子の割合
(ii)精子侵入率:成熟卵に対して、精子頭部もしくは1個ないし複数個の雄性前核が観察された卵子の割合
(iii)正常受精率:精子が侵入した卵子に対して、第一及び第二極体を放出し雌雄両前核が観察された卵子の割合
(iv)多精子受精率(ブタに多い):精子が侵入した卵子に対して、第一及び第二極体を放出し前核が3つ以上観察された卵子の割合
(v)受精効率:成熟卵子に対して、正常受精した卵の割合
ブタにおける上記結果を表5Aに示す。ウシにおける成熟率の結果を表5Bに、正常受精率の結果は表5Cに示す。
【表5A】
【表5B】
【表5C】
【0064】
表5Aから明らかなように、ブタでは、成熟率、精子侵入率、正常受精率、受精効率において、特に50×104及び100×104 cells/mLの区分で増加した。一方、多精子受精率は、特に50×104及び100×104 cells/mLの区分において減少した。表5B及び表5Cから明らかなように、ウシにおいては成熟率及び正常受精率が特に100×104 cells/mL及び200×104 cells/mLの区分で増加し、中でも200×104 cells/mL が最も高い値となった。
卵丘細胞分泌因子には卵母細胞における減数分裂を誘発する重要な因子が含まれており、体外成熟培養過程において、卵母細胞の核成熟の進行に関与すると言われている。表1から明らかなように、本発明の卵子成熟促進剤を添加すると卵丘細胞の膨化が顕著なことから、おそらく本発明の卵子成熟促進剤により、卵丘細胞から多くの成熟関連因子が分泌され、卵母細胞の核成熟を促進させたと推測される。同様に、卵丘細胞が膨化したことが、精子侵入率の増加に寄与したと推測される。また、精子核の脱凝縮及び雄性前核形成は卵子の成熟状態に依存すると言われているため、卵子の成熟を促進する本発明の卵子成熟促進剤を添加した卵子を用いると、受精効率が高まることは当然であるとも言える。
【0065】
一方、細胞質成熟が不完全であると、多精子受精拒否機構の遅延を招くことで多精子受精率が増加すると言われている。特にブタは、他の動物種に比べて多精子受精が多い。多精子受精した卵は正常に発生しないため、このことがブタの体外受精胚生産効率向上の阻害要因の一つとなっている。しかしながら、表5Aの結果から明らかなように、本発明の卵子成熟促進剤により、おそらく細胞質成熟状況が改善され、その結果、多精子受精拒否機構が正常に機能し、正常受精率の向上及び多精子受精率が減少したと考えられる。
(2)卵割率及び胚盤胞形成状況の確認
【0066】
仮に正常受精しても、その後の体細胞分裂(卵割)が適切に行わなければ、良好な胚盤胞へと成長しない。また、卵割が適切に行われても、その後、正常に発生分化しなければ子宮へ戻しても着床率が向上しない。そこで、本発明の卵子成熟促進剤を用いて体外受精を行った場合の、卵割率やその後の胚盤胞形成状況について以下の方法により測定した。
具体的には、ブタ及びウシにおいて先の方法により体外受精を行い、媒精2日後に倒立顕微鏡(OLYMPUS)下で卵割状況を観察し、細胞分裂が確認された卵子の割合である卵割率を算出した。また媒精7日後には、胚盤胞形成状況を観察し、胚盤胞腔が確認された胚の割合である胚盤胞形成率を算出した。さらに得られた胚盤胞をHoechst 33342染色により胚盤胞総細胞数を、TUNEL染色により胚盤胞総細胞数に対するアポトーシス細胞割合をそれぞれ計測し、各添加区間で比較検討した(n=3)。一元配置分散分析検定法を用いて解析し、各添加区間の比較にはTukey-Kramer法を用いて、多重比較検定を行った。
ブタにおける卵割率及び4細胞期までの卵割状況の結果を表6Aに、それ以降胚盤胞までの形成状況を表6Bに、アポトーシス細胞割合の結果を表6Cに示す。ウシにおける2細胞期までの卵割状況及び胚盤胞形成率ついては表7Aに、胚盤胞の総細胞数とアポトーシス細胞割合の結果を表7Bに示す。
【表6A】
【表6B】
【表6C】
【表7A】
【表7B】
【0067】
表6Aの結果から、本発明の卵子成熟促進剤の添加により、成熟した卵子を用いて体外受精すると、ブタにおいては特に50×104及び100×104 cells/mLの区分において受精卵の卵割率が有意に増加しており、発生速度の向上が認められた。一般的に、発生初期段階の胚は成熟培養過程で卵細胞質内に蓄積された母性mRNA及びタンパク質等の因子によって制御されている。今回の結果は、成熟培養過程における本発明の卵子成熟促進剤の添加により細胞質成熟が改善し、細胞内に母性因子をより多く蓄積したため、初期胚発生能を改善したと考えられる。
【0068】
また、表6B及び表6Cの結果から、ブタにおいてはその後の発生においても、各発育段階における胚盤胞の有意な増加が見られた。これは卵割状況が良好であったことによるものと推測される。また、アポトーシス細胞指標も低下が認められた。
ウシにおいては、表7Aから明らかなように、本発明の卵子成熟促進剤の添加により、全ての区分において卵割率が改善された。特に200×104 cells/mL区分が最も高い値となった。胚盤胞形成率も、200×104 cells/mL区分において、コントロールと比較して有意に高い値を示し、各添加区間の中でも最も高い値となった。また、いずれの実験区においても形態的に正常な胚盤胞が得られた。
また、表7Bから明らかなように、コントロールと比較して有意に高い値を示し、胚盤胞総細胞数は、200×104 cells/mL区分において、各添加区間の中で最も高い値となった。アポトーシス細胞数及び胚盤胞総細胞数に対するアポトーシス細胞の割合は、全ての卵子成熟促進剤添加区において、コントロールと比較して減少する傾向を示し、特に200×104及び400×104 cells/mLの区分において、顕著な効果が認められた。
<胚盤胞の品質評価>
【0069】
表6C及び表7Bより、本発明の卵子成熟促進剤を添加すると、胚盤胞総細胞数形成率が有意に向上することが分かった。しかし、胚盤胞にもグレードがあり、グレードの高い胚盤胞、つまり着床の可能性の高い胚盤胞を選択して移植する必要がある。胚盤胞のグレードは、胎児になる部分(内部細胞塊=ICM)と胎盤になる部分(栄養外胚葉=TE)の細胞数の多さ等により評価される(ガードナー分類)。
【0070】
そこで、本発明の卵子成熟促進剤を添加した場合の胚盤胞におけるICMとTEの分化率を以下の方法により評価した。
ブタの場合、先の方法により体外受精を行い、媒精7日後に得られた、形態的に胚盤胞と認められたものは、6 μLの0.5% (w/v) プロナーゼ液に浸漬し、透明帯を溶解した。Hepes-TLP-PVAで洗浄し、反応液A(10 μLのAnti-Pig Serum antibody produced in rabbit (Sigma-Aldrich) と50 μLのPBS(-))を加え、CO
2インキュベーター内で1時間染色した。その後Hepes-TLP-PVAで洗浄し、反応液B(5μLのComplement sera from guinea pig (Sigma-Aldrich) と50 μLのPI-Hoechst 33342-PBS stock)を加え、再度、CO
2インキュベーター内で1時間染色した。染色後、Hepes-TLP-PVAで洗浄し、デジタルカメラを設置した蛍光顕微鏡 (Olympus) で、365 nmのUVフィルターを用いて蛍光画像を記録した。染色された核を計測し、細胞数が32以上あるものを胚盤胞とみなし、胚盤胞総細胞数を算出した。また、青色蛍光に染色されたICM細胞と赤色蛍光に染色されたTE細胞をそれぞれ計測し、胚盤胞総細胞数に対するICM細胞割合とTE細胞割合を算出した。
ウシの場合、先の方法により体外受精を行い、媒精7日後に得られた、形態的に胚盤胞と認められたものは、500 μLの4 % (w/v) パラホルムアルデヒド中で、室温、遮光条件下で30分間浸漬し固定した。固定した胚は、0.3% PVA-PBSで数回洗浄し、1 % (w/v) Triton X-100 (Sigma-Aldrich) 添加PVA-PBS中で室温、遮光条件下で30分間浸漬し透過した。透過処理後、0.3% PVA-PBSで数回洗浄し、0.5% BSA及び10% Horse serum (16050-130、Gibco、Thermo Fisher Scientific) 添加PVA-PBS中で、4℃、遮光条件下で2時間浸漬することで抗体の非特異的結合をブロッキングした。ブロッキング後、0.3% PVA-PBSで1:50に希釈した一次抗体CDX2 (D11D10) Rabbit mAb (Cell Signaling Technology、Danvers、MA、USA) 液中に4℃、遮光条件下で24時間浸漬した。一次抗体反応後の胚は、0.3% PVA-PBSで数回洗浄し、0.3% PVA-PBSで1:500に希釈した二次抗体Anti-rabbit IgG (H+L), F (ab’)2 Fragment (Alexa Fluor(登録商標) 555 Conjugate;Cell Signaling Technology) 液中に4℃、遮光条件下で1時間浸漬し、TE細胞 (赤色蛍光) を染色した。次いで、10μg/mL Hoechst 33342添加0.3% PBS-PVA中で、4 ℃、遮光条件下で15分間浸漬することで核を染色し、スライドガラスにマウント後、カバーガラスをかぶせ周囲をトップコートで封入した。作成したホールマウント標本は、デジタルカメラ (Canon) を設置した蛍光顕微鏡 (OLYMPUS) で、Hoechst 33342は365 nm、Alexa Fluor(登録商標) 555は546 nmのUVフィルターを用いて蛍光画像を記録観察した。得られた蛍光画像から、画像解析ソフトImage J (National Institutes of Health) を用いて青色及び赤色蛍光に染色された核を計測し、総細胞数及びTE細胞数を計測した。また、ICM細胞数は総細胞数からTE細胞数を差し引くことで算出した。
ブタにおける結果を表8Aに、ウシにおける結果を表8Bに示す。ICM細胞割合とTE細胞割合は、総細胞数に対するICM細胞数とTE細胞数の割合を示す。
【表8A】
【表8B】
【0071】
表8Aの結果から、本発明の卵子成熟促進剤を添加すると、いずれも細胞数が増加することが分かる。ブタにおいては特に50×104 cells/mLと100×104 cells/mLの濃度において、総細胞数、ICM細胞数、ICM細胞割合が有意に増加した。
ウシにおいては、特に200×104 cells/mL区分において、総細胞数はコントロールと比較して有意に高い値を示し、ICM細胞数及びTE細胞数もすべての実験区分でコントロールに比較して高い値となった。また、胚盤胞総細胞数に対するICM細胞数の割合の結果より、すべての実験区分において、ICMへ分化する割合が増加する傾向を示した。
胚盤胞期胚におけるこれら細胞数の評価は、胚の品質を測る指標となり、特にICM細胞は胚移植後の着床と胎児の正常な発生に関わることが明らかになっていることから本発明の卵子成熟促進剤の添加により高品質な胚盤胞ができたことが分かる。移植後の着床率向上、妊娠率向上効果を奏すると推測される。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の卵子成熟促進剤によれば、卵子の成熟を促進させることができ、それにより受精率が向上する。本発明は、家畜の交配・繁殖(胚移植の成功率や効率の向上)、育種・種の維持(例えば絶滅危惧種の維持、ペットの系統の維持又は交雑)等への利用へ有効である。また、卵子成熟不良等の機能低下に起因する不妊症の治療にも有効である。また、老化した卵子の質を改善することができる。
【要約】
畜産分野及び生殖補助医療分野で利用可能な、卵子成熟促進剤及びその用途に関する。本発明の卵子成熟促進剤は、脂肪組織由来幹細胞破砕液の濾液を有効成分として含有する。