IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 富士重工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-車両用駆動装置 図1
  • 特許-車両用駆動装置 図2
  • 特許-車両用駆動装置 図3
  • 特許-車両用駆動装置 図4
  • 特許-車両用駆動装置 図5
  • 特許-車両用駆動装置 図6
  • 特許-車両用駆動装置 図7
  • 特許-車両用駆動装置 図8
  • 特許-車両用駆動装置 図9
  • 特許-車両用駆動装置 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-05
(45)【発行日】2023-04-13
(54)【発明の名称】車両用駆動装置
(51)【国際特許分類】
   B60K 17/348 20060101AFI20230406BHJP
   B60W 10/14 20120101ALI20230406BHJP
   B60W 30/192 20120101ALI20230406BHJP
【FI】
B60K17/348 B
B60W10/14
B60W30/192
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019045455
(22)【出願日】2019-03-13
(65)【公開番号】P2020147131
(43)【公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】澤岡 正人
【審査官】増岡 亘
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-171854(JP,A)
【文献】特開平3-37424(JP,A)
【文献】特開平3-217336(JP,A)
【文献】特開平6-107014(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60K 17/348
B60W 10/14
B60W 30/192
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪および後輪を駆動する車両用駆動装置であって、
前記前輪と前記後輪との回転速度差を制限する締結状態と、前記前輪と前記後輪との回転速度差を許容する解放状態と、に制御されるクラッチと、
前記クラッチが締結状態に制御された加速走行時に、前記前輪と前記後輪との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、前記クラッチを締結状態から解放状態に制御するクラッチ制御部と、
を有し、
前記速度差閾値は、加速走行時の目標駆動力が増加するにつれて大きく設定される、
車両用駆動装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両用駆動装置において、
前記クラッチ制御部は、前記クラッチが締結状態に制御された加速走行時に、路面抵抗が抵抗閾値を上回る状態のもとで、前記前輪と前記後輪との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、前記クラッチを締結状態から解放状態に制御する、
車両用駆動装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の車両用駆動装置において、
前記クラッチ制御部は、前記クラッチが締結状態に制御された加速走行時に、操舵角が舵角閾値を下回る状態のもとで、前記前輪と前記後輪との回転速度差が前記速度差閾値を上回る場合に、前記クラッチを締結状態から解放状態に制御する、
車両用駆動装置。
【請求項4】
請求項1~3の何れか1項に記載の車両用駆動装置において、
前記クラッチ制御部は、前記クラッチが締結状態に制御された加速走行時に、車幅方向の加速度が加速度閾値を下回る状態のもとで、前記前輪と前記後輪との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、前記クラッチを締結状態から解放状態に制御する、
車両用駆動装置。
【請求項5】
請求項1~4の何れか1項に記載の車両用駆動装置において、
前記クラッチは、前記前輪と前記後輪との間に設けられるトランスファクラッチである、
車両用駆動装置。
【請求項6】
請求項1~4の何れか1項に記載の車両用駆動装置において、
前記クラッチは、前記前輪と前記後輪との間のデファレンシャル機構に設けられる差動制限クラッチである、
車両用駆動装置。
【請求項7】
前輪および後輪を駆動する車両用駆動装置であって、
前記前輪と前記後輪との回転速度差を制限する締結状態と、前記前輪と前記後輪との回転速度差を許容する解放状態と、に制御されるクラッチと、
前記クラッチが締結状態に制御された加速走行時に、前記クラッチの一方側と他方側との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、前記クラッチを締結状態から解放状態に制御するクラッチ制御部と、
を有し、
前記速度差閾値は、加速走行時の目標駆動力が増加するにつれて大きく設定される、
車両用駆動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前輪および後輪を駆動する車両用駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
前輪および後輪を駆動する車両用駆動装置として、前後輪に一定の比率で駆動力を分配する固定分配式の駆動装置や、前後輪に対する駆動力の分配比率を変化させる可変分配式の駆動装置がある(特許文献1~3参照)。固定分配式の駆動装置には、傘歯車や遊星歯車からなるデファレンシャル機構が設けられており、デファレンシャル機構の差動を制限する差動制限クラッチが設けられている。また、可変分配式の駆動装置には、前輪または後輪に駆動力を伝達するトランスファクラッチが設けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-16732号公報
【文献】特開2005-289160号公報
【文献】特開2005-28913号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、差動制限クラッチやトランスファクラッチが解放された場合には、前輪と後輪との回転速度差が許容される一方、差動制限クラッチやトランスファクラッチが締結された場合には、前輪と後輪との回転速度差が制限される。このように、差動制限クラッチやトランスファクラッチが締結された状態のもとで、前輪と後輪とに回転速度差が生じていた場合には、内部循環トルクが発生して車両のエネルギー効率を低下させる要因となっていた。
【0005】
本発明の目的は、車両のエネルギー効率を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の車両用駆動装置は、前輪および後輪を駆動する車両用駆動装置であって、前記前輪と前記後輪との回転速度差を制限する締結状態と、前記前輪と前記後輪との回転速度差を許容する解放状態と、に制御されるクラッチと、前記クラッチが締結状態に制御された加速走行時に、前記前輪と前記後輪との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、前記クラッチを締結状態から解放状態に制御するクラッチ制御部と、を有し、前記速度差閾値は、加速走行時の目標駆動力が増加するにつれて大きく設定される。
【0007】
本発明の車両用駆動装置は、前輪および後輪を駆動する車両用駆動装置であって、前記前輪と前記後輪との回転速度差を制限する締結状態と、前記前輪と前記後輪との回転速度差を許容する解放状態と、に制御されるクラッチと、前記クラッチが締結状態に制御された加速走行時に、前記クラッチの一方側と他方側との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、前記クラッチを締結状態から解放状態に制御するクラッチ制御部と、を有し、前記速度差閾値は、加速走行時の目標駆動力が増加するにつれて大きく設定される。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、クラッチが締結状態から解放状態に制御される。これにより、効率良く駆動力を伝達することができ、エネルギー効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一実施の形態である車両用駆動装置を備えた車両の構成例を示す図である。
図2】クラッチ解放制御の実行手順の一例を示すフローチャートである。
図3】前後回転差と駆動力との関係の一例を示す図である。
図4】駆動系の回転状況および駆動力の伝達状況を示す図である。
図5】(A)および(B)は、駆動系の回転状況および駆動力の伝達状況を示す図である。
図6】前後回転差と駆動力との関係の一例を示す図である。
図7】速度差閾値と目標駆動力との関係の一例を示す図である。
図8】(A)および(B)は、トランスファクラッチの位置を簡単に示した図である。
図9】本発明の他の実施の形態である車両用駆動装置を備えた車両の構成例を示す図である。
図10】(A)~(C)は、差動制限クラッチの位置を簡単に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0011】
[車両構成]
図1は本発明の一実施の形態である車両用駆動装置10を備えた車両11の構成例を示す図である。図1に示すように、全輪駆動車である車両11には、エンジン12およびトランスミッション13からなるパワートレイン14が設けられている。このパワートレイン14のトランスミッション13には、車両用駆動装置10の一部を構成するトランスファクラッチ(クラッチ)15が設けられている。また、トランスミッション13には自動変速機構等の変速機構16が設けられており、変速機構16の変速出力軸17にはギア列18を介して前輪出力軸19が連結されている。この前輪出力軸19にはフロントデファレンシャル機構20が連結されており、フロントデファレンシャル機構20から延びるフロントドライブ軸21には左右の前輪22が連結されている。さらに、変速出力軸17には、トランスファクラッチ15を介して後輪出力軸23が連結されている。この後輪出力軸23にはリアデファレンシャル機構24が連結されており、リアデファレンシャル機構24から延びるリアドライブ軸25には左右の後輪26が連結されている。
【0012】
エンジン12から変速機構16を経て出力される駆動力は、ギア列18を介して前輪出力軸19に伝達された後に、前輪出力軸19からフロントデファレンシャル機構20等を経て前輪22に伝達される。また、エンジン12から変速機構16を経て出力される駆動力は、トランスファクラッチ15を介して後輪出力軸23に伝達された後に、後輪出力軸23からリアデファレンシャル機構24等を経て後輪26に伝達される。このように、トランスファクラッチ15を介して後輪26に駆動力が伝達されるため、前輪22および後輪26を駆動する全輪駆動時にはトランスファクラッチ15が締結状態に制御される一方、前輪22だけを駆動する前輪駆動時にはトランスファクラッチ15が解放状態に制御される。また、摩擦クラッチであるトランスファクラッチ15の締結力を制御することにより、後輪26に分配される駆動力を増減させることができ、前輪22と後輪26とのトルク分配比を自在に制御することができる。このように、前輪22および後輪26を駆動する全輪駆動時においては、トランスファクラッチ15がスリップ状態を含む締結状態に制御されている。
【0013】
[制御系]
続いて、パワートレイン14の制御系について説明する。図1に示すように、車両用駆動装置10には、マイコン等からなるコントローラ30が設けられている。コントローラ30は、エンジン12の運転状態を制御するエンジン制御部31と、変速機構16の変速比を制御する変速制御部32と、トランスファクラッチ15の締結力を制御するクラッチ制御部33と、を有している。このコントローラ30は、各種センサから送信される各種情報に基づいて、図示しないインジェクタおよびスロットルバルブ等に制御信号を出力し、エンジン12の運転状態を制御している。また、コントローラ30は、各種センサから送信される各種情報に基づいて、複数の電磁バルブや油路からなるバルブユニット34に制御信号を出力し、変速機構16およびトランスファクラッチ15の作動状態を制御している。なお、図示しないオイルポンプから吐出される作動油は、バルブユニット34を経て変速機構16やトランスファクラッチ15の油室に供給される。
【0014】
コントローラ30に接続される各種センサとして、アクセルペダルの操作量を検出するアクセルセンサ35、ブレーキペダルの操作量を検出するブレーキセンサ36、および車速を検出する車速センサ37がある。また、コントローラ30に接続される各種センサとして、外気温度を検出する外気温センサ38、図示しないステアリングの操舵角を検出する操舵角センサ39、車両前後方向の加速度(以下、前後加速度と記載する。)を検出する前後加速度センサ40、および車幅方向の加速度(以下、横加速度と記載する。)を検出する横加速度センサ41がある。さらに、コントローラ30に接続される各種センサとして、右側の前輪22の回転速度を検出する右前輪速度センサ42、左側の前輪22の回転速度を検出する左前輪速度センサ43、右側の後輪26の回転速度を検出する右後輪速度センサ44、および左側の後輪26の回転速度を検出する左後輪速度センサ45がある。
【0015】
[クラッチ解放制御]
前述したように、前輪22および後輪26を駆動する全輪駆動時には、トランスファクラッチ15がスリップ状態を含む締結状態に制御される。このように、トランスファクラッチ15が締結状態に制御されると、前輪22と後輪26との回転速度差が制限されるため、前後輪22,26に回転速度差が発生する状況においては、駆動系に内部循環トルクが生じて車両11のエネルギー効率が低下する。例えば、空気圧力の低下等によって前輪22または後輪26の直径寸法が減少する場合には、直進走行であっても前後輪22,26に回転速度差が発生するため、内部循環トルクが生じてエネルギー効率が低下していた。このため、コントローラ30は、車両11のエネルギー効率を向上させる観点から、全輪駆動時における前輪22と後輪26との回転速度差に基づき、トランスファクラッチ15を解放するクラッチ解放制御を実行する。
【0016】
図2はクラッチ解放制御の実行手順の一例を示すフローチャートである。図2に示すように、ステップS10では、外気温度が0℃以上であるか否かが判定される。ステップS10において、外気温度が0℃未満であると判定された場合には、ステップS11に進み、トランスファクラッチ15が締結状態に制御される。つまり、外気温度が0℃未満であり路面凍結の虞がある場合には、ステップS11に進み、全輪駆動制御を実行することで車両姿勢を安定させている。
【0017】
ステップS10において、外気温度が0℃以上であると判定された場合には、ステップS12に進み、前輪22と後輪26との回転速度差(以下、前後回転差と記載する。)が所定の閾値a1を下回るか否かが判定される。ステップS12において、前後回転差が閾値a1(例えば数100rpm)以上であると判定された場合、つまり前輪22または後輪26がスリップしていると判定された場合には、ステップS13に進み、路面抵抗が所定の閾値b1(例えば0.3)を上回るか否かが判定される。ステップS13において、路面抵抗が閾値(抵抗閾値)b1以下であると判定された場合、つまり滑り易い路面によって前輪22または後輪26がスリップしていると判定された場合には、ステップS11に進み、全輪駆動制御を実行することで車両姿勢を安定させている。なお、ステップS13においては、前後加速度および前後回転差等に基づき路面抵抗が推定される。また、路面抵抗とは、走行路面とタイヤとの摩擦係数である。
【0018】
ステップS12において前後回転差が閾値a1を下回ると判定された場合、またはステップS13において路面抵抗が閾値b1を上回ると判定された場合には、ステップS14に進み、ステアリングの操舵角が所定の閾値(舵角閾値)c1を下回るか否かが判定される。ステップS14において、操舵角が閾値c1以上であると判定された場合、つまり車両11が旋回走行中であると判定された場合には、ステップS11に進み、全輪駆動制御を実行することで旋回走行中の車両姿勢を安定させている。
【0019】
ステップS14において、操舵角が閾値c1を下回ると判定された場合、つまり車両11が直進走行を行っていると判定された場合には、ステップS15に進み、車両11の横加速度が所定の閾値(加速度閾値)d1を下回るか否かが判定される。ステップS15において、横加速度が閾値d1以上であると判定された場合、つまり車両11に横滑りが発生していると判定された場合には、ステップS11に進み、全輪駆動制御を実行することで横滑り中の車両姿勢を安定させている。
【0020】
ステップS15において、車両11の横加速度が閾値d1を下回ると判定された場合、つまり車両11に横滑りが発生していないと判定された場合には、ステップS16に進み、車両11が加速走行中であるか否かが判定される。ステップS16において、車両11が加速走行中であると判定された場合には、全輪駆動制御を解除する際の前提条件が全て成立することから、後述するステップS17に進み、トランスファクラッチ15の解放条件が判定される。
【0021】
これまで説明したように、ステップS10,S12~S15を経て、ステップS16で加速走行中であると判定された状況とは、外気温度が0℃以上に上昇している状況であり、滑り易い路面で前輪22または後輪26がスリップしていない状況であり、車両11が前進走行を行っている状況であり、車両11の横滑りが発生していない走行状況であり、かつ車両11が加速走行を行っている状況である。すなわち、トランスファクラッチ15を解放して全輪駆動制御を停止させたとしても車両姿勢が安定する走行状況であり、かつエンジン12によって燃料が消費される加速状況である。このように、ステップS10,S12~S16を経て、全輪駆動制御を解除する際の前提条件が成立すると判定された場合には、ステップS17に進み、前後回転差および目標駆動力に基づいて、前輪22または後輪26にマイナス側の駆動力が作用する状況であるか否かが判定される。
【0022】
ここで、図3は前後回転差と駆動力との関係の一例を示す図である。図3において、縦軸には駆動力が示されており、横軸には前後回転差が示されている。また、図3において、破線TFは前後輪22,26から出力される車両11の目標駆動力であり、実線Ftmは変速機構16から出力される駆動力であり、一点鎖線Ffは前輪22から出力される駆動力であり、二点鎖線Frは後輪26から出力される駆動力である。なお、図3に示した矢印αは、後述する内部循環トルクの大きさを示している。また、図4および図5は、駆動系の回転状況および駆動力の伝達状況を示す図である。図4には前後回転差が生じていない状況が示されており、図5(A)および(B)には前後回転差が生じている状況が示されている。なお、図5(A)には図3に示す前後回転差N1の状況が示されており、図5(B)には図3に示す前後回転差N2の状況が示されている。
【0023】
まず、前後回転差が生じていない状況について説明する。図4に示すように、エンジン12から変速機構16を経て出力される駆動力Ftmの一部は、ギア列18から前輪出力軸19に分配され、前輪22から駆動力Ffとして出力される。また、エンジン12から変速機構16を経て出力される駆動力Ftmの一部は、トランスファクラッチ15から後輪出力軸23に分配され、後輪26から駆動力Frとして出力される。図4に示す例においては、前後輪22,26の回転速度NF,NRがほぼ一致しており、トランスファクラッチ15の入力回転速度Niと出力回転速度Noとがほぼ一致している。つまり、駆動系において内部循環トルクが発生していない状況であり、効率良く変速機構16から前後輪22,26に駆動力が伝達される状況である。このため、図3に符号Xaで示すように、前後回転差が0である状況においては、変速機構16から出力される駆動力Ftmが、前後輪22,26から出力される目標駆動力TFにほぼ一致している。
【0024】
続いて、前後回転差が生じている状況について説明する。図5(A)に示すように、後輪26の空気圧が低下することにより、後輪26の回転速度NRが前輪22の回転速度NFよりも速くなる場合には、トランスファクラッチ15の出力回転速度Noが入力回転速度Niよりも速くなる。この場合には、内部循環トルクとして後輪26側から前輪22側に駆動力α1が流れ、この駆動力α1はトランスファクラッチ15のスリップや各種回転軸の捩り等によって吸収される。このように、後輪26側から前輪22側に駆動力α1が流れると、図3に前後回転差N1で示すように、後輪26から出力される駆動力Fr1が低下し、前輪22から出力される駆動力Ff1が上昇し、駆動力Ff1と駆動力Fr1の合計値Ftm1は目標駆動力TFよりも高くなる。つまり、目標駆動力TFと同等の駆動力を得るためには、エンジン出力をより引き上げる必要がある。
【0025】
また、図3および図5(B)に示すように、図5(A)に示す状況に比べて、後輪26の空気圧が更に低下することにより、後輪26の回転速度NRが前輪22の回転速度NFよりも更に速くなる場合には、トランスファクラッチ15の出力回転速度Noが入力回転速度Niよりも更に速くなる。つまり、前後回転差がN2まで拡大した場合には、駆動力α1よりも大きな駆動力α2が内部循環トルクとして後輪26側から前輪22側に流れ、この駆動力α2はトランスファクラッチ15のスリップや各種回転軸の捩り等によって吸収される。このように、前後回転差が拡大して後輪26側から前輪22側に駆動力α2が流れると、後輪26にはマイナス側つまり抵抗側の駆動力Fr2が作用し、前輪22から出力される駆動力Ff2が上昇し、駆動力Ff2と駆動力Fr2の合計値Ftm2は目標駆動力TFよりも高くなる。つまり、目標駆動力TFと同等の駆動力を得るためには、エンジン出力をより引き上げる必要がある。このように、図5(B)に示した例においては、エンジン出力の引き上げによってエネルギー効率が低下するだけでなく、後輪26に抵抗側の駆動力Fr2が作用する状況であった。
【0026】
そこで、図2のフローチャートで説明したように、車両用駆動装置10が備えるコントローラ30は、ステップS10,S12~S16を経て、全輪駆動制御を解除するための前提条件が成立すると判定した場合には、ステップS17に進み、前後回転差および目標駆動力に基づいて、前輪22または後輪26にマイナス側の駆動力が作用する状況であるか否かを判定している。例えば、図3に示すように、アクセルペダルの操作量や車速等に基づき目標駆動力が「TF1」に設定されていた場合には、前輪22の回転速度NFが後輪26の回転速度NRを上回る領域において、前輪22にマイナス側の駆動力Ffが作用する状況であるか否かが判定される。つまり、目標駆動力が「TF1」である場合には、空気圧低下等によって前輪22の回転速度NFが上昇し、前後回転差が速度差閾値Na1を上回ると、前輪22にマイナス側の駆動力Ffが作用する状況であると判定される。また、後輪26の回転速度NRが前輪22の回転速度NFを上回る領域においては、後輪26にマイナス側の駆動力Frが作用する状況であるか否かが判定される。つまり、目標駆動力が「TF1」である場合には、空気圧低下等によって後輪26の回転速度NRが上昇し、前後回転差が速度差閾値Nb1を上回ると、後輪26にマイナス側の駆動力Frが作用する状況であると判定される。
【0027】
また、前輪22または後輪26にマイナス側の駆動力が作用する前後回転差は、目標駆動力の大きさに応じて変化している。ここで、図6は前後回転差と駆動力との関係の一例を示す図である。図6に示すように、目標駆動力が「TF1」よりも大きな「TF2」に設定された場合には、空気圧低下等によって前輪22の回転速度NFが上昇し、前後回転差が「Na1」よりも大きな速度差閾値Na2を上回ると、前輪22にマイナス側の駆動力Ffが作用する状況であると判定される。また、目標駆動力が「TF1」よりも大きな「TF2」に設定された場合には、空気圧低下等によって後輪26の回転速度NRが上昇し、前後回転差が「Nb1」よりも大きな速度差閾値Nb2を上回ると、後輪26にマイナス側の駆動力Frが作用する状況であると判定される。図3および図6に示すように、前後回転差と比較される速度差閾値は、加速走行時の目標駆動力TFに応じて増減している。ここで、図7は速度差閾値と目標駆動力との関係の一例を示す図である。図7に示すように、前後回転差と比較される速度差閾値は、加速走行時の目標駆動力が増加するにつれて大きく設定されている。なお、速度差閾値は、目標駆動力に応じて増減することになるが、例えば数rpmから数10rpmの範囲で設定されている。
【0028】
これまで説明したように、前後回転差および目標駆動力に基づいて、前輪22または後輪26にマイナス側の駆動力が作用する状況であると判定された場合には、図2に示したフローチャートのステップS18からステップS19に進み、トランスファクラッチ15が締結状態から解放状態に制御される。このように、トランスファクラッチ15を解放して前後輪22,26を切り離すことにより、内部循環トルクの発生を停止させることができ、車両11のエネルギー効率を高めて燃費性能を向上させることができる。さらに、内部循環トルクの発生を停止させることにより、各種回転軸の過度な捩り等を解消することができ、駆動系における異音の発生を防止することができる。
【0029】
前述の説明では、前輪22と後輪26とのタイヤサイズが互いに共通であることから、前輪22と後輪26との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、トランスファクラッチ15を締結状態から解放状態に制御しているが、これに限られることはない。例えば、前輪22の回転速度NFに連動するトランスファクラッチ15の入力回転速度Niと、後輪26の回転速度NRに連動するトランスファクラッチ15の出力回転速度Noと、を使用しても良い。つまり、入力回転速度Niと出力回転速度Noとの回転速度差が速度差閾値を上回る場合、つまりトランスファクラッチ15の入力側(一方側)と出力側(他方側)との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、トランスファクラッチ15を締結状態から解放状態に制御しても良い。このように、トランスファクラッチ15の入力側と出力側との回転速度差を用いる場合であっても、図7に示した例と同様に、トランスファクラッチ15の入力側と出力側との回転速度差と比較される速度差閾値は、加速走行時の目標駆動力が増加するにつれて大きく設定される。
【0030】
また、前述の説明では、前輪22と後輪26とのタイヤサイズが互いに共通であるが、これに限られることはなく、前輪22と後輪26とのタイヤサイズが互いに異なる場合であっても、本発明を有効に適用することが可能である。つまり、前輪22と後輪26とのタイヤサイズが互いに異なる場合であっても、直進走行時にはトランスファクラッチ15の入力回転速度Niと出力回転速度Noとが互いに一致するように、ギア列18やデファレンシャル機構20,24のギア比が設計される。すなわち、前輪22と後輪26とのタイヤサイズが互いに異なる場合であっても、前輪22または後輪26の空気圧が低下することで一方の回転速度が上昇した場合には、入力回転速度Niと出力回転速度Noとの回転速度差の拡大が現れることになる。このため、入力回転速度Niと出力回転速度Noとの回転速度差が速度差閾値を上回る場合、つまりトランスファクラッチ15の入力側と出力側との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、トランスファクラッチ15を締結状態から解放状態に制御することにより、内部循環トルクの発生を回避することができる。
【0031】
また、図1に示した例では、後輪26に向けて駆動力を伝達するトランスファクラッチ15を設けているが、これに限られることはなく、前輪22に向けて駆動力を伝達するトランスファクラッチ50を設けても良い。ここで、図8(A)および(B)は、トランスファクラッチ15,50の位置を簡単に示した図である。図8(A)に示すように、トランスファクラッチ15を、変速出力軸17と後輪出力軸23との間に設けても良く、前輪出力軸19と後輪出力軸23との間に設けても良い。また、図8(B)に示すように、トランスファクラッチ(クラッチ)50を、変速出力軸17と前輪出力軸19との間に設けても良く、前輪出力軸19と後輪出力軸23との間に設けても良い。このように、トランスファクラッチ15,50を配置した場合であっても、トランスファクラッチ15,50を締結することで前輪22と後輪26との回転速度差を制限することができ、トランスファクラッチ15,50を解放することで前輪22と後輪26との回転速度差を許容することができる。
【0032】
[他の実施形態]
前述の説明では、前輪22と後輪26との回転速度差を制限するクラッチとして、前輪22と後輪26との間に設けられるトランスファクラッチ15,50を用いているが、これに限られることはく、前輪22と後輪26との回転速度差を制限するクラッチとして、前輪22と後輪26との間のセンターデファレンシャル機構60に設けられる差動制限クラッチ61を用いても良い。ここで、図9は本発明の他の実施の形態である車両用駆動装置62を備えた車両11の構成例を示す図である。また、図10(A)~(C)は、差動制限クラッチ61,70,71の位置を簡単に示した図である。なお、図9および図10において、図1および図8に示した部品と同様の部品については、同一の符号を付してその説明を省略する。
【0033】
図9に示すように、トランスミッション13には、前輪22と後輪26とに駆動力を分配するセンターデファレンシャル機構(デファレンシャル機構)60が設けられている。複合遊星歯車式のセンターデファレンシャル機構60は、変速出力軸17に連結される第1サンギア63と、後輪出力軸23に連結される第2サンギア64と、前輪出力軸19にギア列65を介して連結されるキャリア66と、を有している。また、センターデファレンシャル機構60のキャリア66は、第1および第2サンギア63,64に噛み合うピニオン67を回転自在に支持している。前輪22と後輪26との間にセンターデファレンシャル機構60を設けることにより、前輪22と後輪26とに所定のトルク分配比で駆動力を分配することができる。
【0034】
また、センターデファレンシャル機構60には、ピニオン67の回転を制限する差動制限クラッチ(クラッチ)61が設けられている。この差動制限クラッチ61を締結状態に制御することにより、センターデファレンシャル機構60の差動回転が制限され、前輪22と後輪26との回転速度差が制限される。一方、差動制限クラッチ61を解放状態に制御することにより、センターデファレンシャル機構60の差動回転が許容され、前輪22と後輪26との回転速度差が許容される。また、摩擦クラッチである差動制限クラッチ61の締結力を制御することにより、前輪22と後輪26との回転速度差を制限しながら、前輪22と後輪26とのトルク分配比を調整することできる。つまり、差動制限クラッチ61の締結状態には、スリップ状態も含まれている。
【0035】
前述したように、前輪22と後輪26との回転速度差を制限するクラッチとして、センターデファレンシャル機構60に設けられる差動制限クラッチ61を用いた場合であっても、前述した車両用駆動装置10と同様に機能させることができる。つまり、差動制限クラッチ61が締結状態に制御された加速走行時に、前輪22と後輪26との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、差動制限クラッチ61が締結状態から解放状態に制御される。このように、差動制限クラッチ61を解放して前後輪22,26の回転速度差を許容することにより、内部循環トルクの発生を停止させることができ、車両11のエネルギー効率を高めることができる。さらに、内部循環トルクの発生を停止させることにより、各種回転軸の過度な捩り等を解消することができ、駆動系における異音の発生を防止することができる。また、差動制限クラッチ61が締結状態に制御された加速走行時に、差動制限クラッチ61の入力側(一方側)と出力側(他方側)との回転速度差が速度差閾値を上回る場合に、差動制限クラッチ61を締結状態から解放状態に制御しても良い。
【0036】
ここで、図10(A)~(C)は、差動制限クラッチ61,70,71の位置を簡単に示した図である。前輪22と後輪26との回転速度差を制限する差動制限クラッチとしては、図10(A)に示すように、前輪出力軸19と後輪出力軸23との間に設けられる差動制限クラッチ61であっても良く、図10(B)に示すように、変速出力軸17と後輪出力軸23との間に設けられる差動制限クラッチ70であっても良く、図10(C)に示すように、変速出力軸17と前輪出力軸19との間に設けられる差動制限クラッチ71であっても良い。このように、差動制限クラッチ61,70,71をセンターデファレンシャル機構60に設けた場合であっても、差動制限クラッチ61,70,71を締結することで前輪22と後輪26との回転速度差を制限することができ、差動制限クラッチ61,70,71を解放することで前輪22と後輪26との回転速度差を許容することができる。
【0037】
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。前述の説明では、トランスファクラッチ15,50や差動制限クラッチ61,70,71として、油圧によって制御される油圧クラッチを用いているが、これに限られることはなく、電磁力によって制御される電磁クラッチを用いても良い。また、前述の説明では、変速機構16として自動変速機を例示しているが、これに限られることはなく、手動変速機や無段変速機等の変速機構を備えていても良い。また、図2に示した例では、あらゆる車速領域において、クラッチ解放制御を実行しているが、これに限られることはなく、内部循環トルクが増加し易い高車速領域においてクラッチ解放制御を実行しても良い。
【0038】
前述の説明では、パワートレイン14の動力源としてエンジン12を用いているが、これに限られることはなく、動力源として電動モータを用いても良い。前述の説明では、センターデファレンシャル機構60として、複合遊星歯車式のデファレンシャル機構を用いているが、これに限られることはなく、単純遊星歯車式のデファレンシャル機構であっても良く、傘歯車式のデファレンシャル機構であっても良い。
【符号の説明】
【0039】
10 車両用駆動装置
11 車両
15 トランスファクラッチ(クラッチ)
22 前輪
26 後輪
33 クラッチ制御部
50 トランスファクラッチ(クラッチ)
60 センターデファレンシャル機構(デファレンシャル機構)
61 差動制限クラッチ(クラッチ)
62 車両用駆動装置
70 差動制限クラッチ(クラッチ)
71 差動制限クラッチ(クラッチ)
Na1,Nb1,Na2,Nb2 速度差閾値
TF,TF1,TF2 目標駆動力
b1 閾値(抵抗閾値)
c1 閾値(舵角閾値)
d1 閾値(加速度閾値)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10