(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-06
(45)【発行日】2023-04-14
(54)【発明の名称】誘導モータのロータ温度推定器及びロータ温度推定システム
(51)【国際特許分類】
H02P 29/66 20160101AFI20230407BHJP
H02P 23/14 20060101ALI20230407BHJP
H02P 23/12 20060101ALI20230407BHJP
H02P 23/08 20060101ALI20230407BHJP
【FI】
H02P29/66
H02P23/14
H02P23/12
H02P23/08
(21)【出願番号】P 2019064152
(22)【出願日】2019-03-28
【審査請求日】2022-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉昭
(72)【発明者】
【氏名】平本 健二
(72)【発明者】
【氏名】中井 英雄
(72)【発明者】
【氏名】蓑島 紀元
(72)【発明者】
【氏名】古川 智康
(72)【発明者】
【氏名】中河 聡史
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-067400(JP,A)
【文献】特開2000-078744(JP,A)
【文献】特開2017-063539(JP,A)
【文献】特開昭63-249486(JP,A)
【文献】国際公開第2015/122019(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/66
H02P 23/14
H02P 23/12
H02P 23/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導モータについて、モータ回転数と、ステータコイル温度の検出値と、ステータコイル電流値の制御指令値または検出値と、すべり周波数と、ロータ温度の前回推定値とが入力され、ステータ及びロータで発生する損失を算出するモータ損失演算器と、
前記ステータ及び前記ロータで発生する損失の算出値、前記ステータコイル温度の検出値、及び前記誘導モータのフレームの外側に接触する外気の温度の検出値が入力され、熱エネルギの釣り合いを用いて設定されたモデルにより、前記ロータ温度の推定値を求めるロータ温度推定部と、
を備
え、
前記モデルは、熱回路モデルであって、熱的に接続される複数の要素と、当該複数の要素間の熱抵抗とを含んでおり、前記熱抵抗のうち、回転体と非回転体との間の空気の熱抵抗が前記モータ回転数により可変である、
誘導モータのロータ温度推定器。
【請求項2】
請求項1に記載の誘導モータのロータ温度推定器において、
前記ロータ温度推定部は、前記モデルを用いて設計したオブザーバにより、前記ロータ温度の推定値を求める、
誘導モータのロータ温度推定器。
【請求項3】
請求項1
または請求項2に記載の誘導モータのロータ温度推定器において、
前記ロータ温度推定部が、前記誘導モータのモータ回転数域に応じて用意された複数のロータ温度推定部であり、
前記モータ回転数に応じて、前記ロータ温度の推定に用いる前記ロータ温度推定部を切り換える切換部を含む、
誘導モータのロータ温度推定器。
【請求項4】
請求項3に記載の誘導モータのロータ温度推定器において、
前記複数のロータ温度推定部で用いる前記
モデルのそれぞれで、基準とするモータ回転数に応じて、前記ロータと前記ステータとの間の空気の熱抵抗に基づく値が変更されており、
前記モータ回転数の検出値に応じて、前記ロータ温度の推定に用いる前記ロータ温度推定部が切り換えられる、
誘導モータのロータ温度推定器。
【請求項5】
請求項1に記載の誘導モータのロータ温度推定器において、
前記ロータ温度推定部に用いるモデルを表す関係式が、前記モータ回転数で変化する係数を含んでいる、
誘導モータのロータ温度推定器。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の誘導モータのロータ温度推定器と、
前記モータ回転数を検出する回転数センサと、
前記ステータコイル温度を検出するコイル温度センサと、
前記外気の温度を検出する外気温度センサと、を備え、
前記回転数センサと前記コイル温度センサと前記外気温度センサとの検出信号が前記ロータ温度推定器に送信される、
誘導モータのロータ温度推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘導モータのロータ温度推定器及びロータ温度推定システムに関し、特にロータ温度の推定精度の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、誘導モータのロータ温度の推定装置が記載されている。この装置は、誘導モータの2次抵抗の温度変化によるすべり周波数補正値を算出し、ベクトル制御に用いられるd軸電流指令値、q軸電流指令値、及びすべり周波数補正値に基づいて誘導モータの2次抵抗推定値R2Sを算出し、基準温度、基準温度における2次抵抗の実測値、及び2次抵抗推定値R2Sからロータ温度T2Sを算出することにより推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されたロータ温度の推定装置では、ロータ温度T2Sを算出するために、電流値から導出した2次抵抗推定値R2Sを用いている。この推定装置ではロータ温度T2Sの算出値において電流値の感度が高くなる。この電流値は、応答が速くノイズが乗りやすい。これにより、ロータ温度の推定値が振動したり、実際には起こりえない速さで温度が上昇や下降するので、ロータ温度の推定精度が悪化する場合がある。
【0005】
本発明の目的は、誘導モータのロータ温度推定器及びロータ温度推定システムにおいて、ロータ温度の推定精度を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る誘導モータのロータ温度推定器は、誘導モータについて、モータ回転数と、ステータコイル温度の検出値と、ステータコイル電流値の制御指令値または検出値と、すべり周波数と、ロータ温度の前回推定値とが入力され、ステータ及びロータで発生する損失を算出するモータ損失演算器と、前記ステータ及び前記ロータで発生する損失の算出値、前記ステータコイル温度の検出値、及び前記誘導モータのフレームの外側に接触する外気の温度の検出値が入力され、熱エネルギの釣り合いを用いて設定されたモデルにより、前記ロータ温度の推定値を求めるロータ温度推定部と、を備える。
【0007】
また、本発明に係る誘導モータのロータ温度推定システムは、誘導モータのロータ温度推定器と、前記モータ回転数を検出する回転数センサと、前記ステータコイル温度を検出するコイル温度センサと、前記外気の温度を検出する外気温度センサと、を備え、前記回転数センサと前記コイル温度センサと前記外気温度センサとの検出信号が前記ロータ温度推定器に送信される。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る誘導モータのロータ温度推定器及びロータ温度推定システムによれば、電流値を用いてステータ及びロータで発生する損失を算出し、その算出値を用いてロータ温度の推定値を求めるときに、熱エネルギのつりあいを用いて設定されたモデルによりロータ温度の推定値を求める。これにより、ロータ温度の推定値において、ロータ側部材等の関係する要素の熱容量の感度が大きくなることにより、応答が速くノイズが乗りやすい電流値の変動が影響しにくくなる。このため、ロータ温度の推定値において電流値の感度が高くなるように、ロータ温度が推定される特許文献1に記載された構成と異なり、ロータ温度の推定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明に係る実施形態のロータ温度推定システムを適用する誘導モータの構成図である。
【
図2】実施形態のロータ温度推定システムの構成図である。
【
図3】実施形態のロータ温度推定システムを構成するロータ温度推定器の構成を示すブロック図である。
【
図4】実施形態のロータ温度推定器に用いた
図1の構成についての熱回路モデルの1例を示す図である。
【
図5】空気0,1,2の熱抵抗が、モータ回転数によって変化する傾向を示す図である。
【
図6】実施形態の別例のロータ温度推定システムの構成図である。
【
図7】実施形態の別例において、
図3に対応する図である。
【
図8】実施形態の効果を確認するために行った実験でのモータ回転数の時間についての変化を示す図である。
【
図9】
図2のロータ温度推定システムにおいてロータ温度の推定値の変化と、実験で得られたロータ温度の測定値(真値)の変化とを比較した図である。
【
図10】実施形態の別例のロータ温度推定システムにおいてロータ温度の推定値の変化と、実験で得られたロータ温度の測定値(真値)の変化とを比較した図である。
【
図11】実施形態の別例のロータ温度推定システムにおいて、制御装置の一部の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を用いて本発明の実施形態を説明する。以下において複数の実施形態や、変形例などが含まれる場合、それらを適宜組み合わせて実施することができる。以下ではすべての図面において同等の要素には同一の符号を付して説明する。以下では、誘導モータのロータ温度推定器及びロータ温度推定システムを説明するが、誘導モータは、発電機の機能を有するモータジェネレータとしてもよい。
【0011】
図1は、実施形態のロータ温度推定システム10(
図2)を適用する誘導モータ50の構成図である。誘導モータ50は、第1フレーム51及び第2フレーム52に固定されたステータ53と、ロータ60とを備える。以下では、誘導モータ50のフレームが2つに分かれている場合について説明するが、フレームの数に限定を設けるものではない。
【0012】
ステータ53は、環状のステータコア54にステータコイル55が取り付けられる。ステータコイル55は、U相、V相、W相の3相コイルを含んでいる。ステータコイル55は3相以外の複数相のコイルを持つ構成としてもよい。
図1では、各フレーム51,52内の空間70,71を細かい砂地部で示している。
【0013】
3相コイルの一部は、ステータコア54から外側に導出されて3相端子(図示せず)に接続される。3相端子は、電源側のインバータ(図示せず)に接続された3相の電線(図示せず)に接続される。インバータは、後述の制御装置40(
図2)により、トルク指令値に応じて制御される。
【0014】
ロータ60は、ステータ53の半径方向内側に対向するように配置され、回転軸63の外周面に固定される。回転軸63は、第1フレーム51及び第2フレーム52に軸受S1,S2を介して回転可能に支持されており、第1フレーム51から外側に突出する部分が負荷65に接続されている。これにより、ロータ60の回転によって負荷65が駆動される。
【0015】
ロータ60は、かご形ロータである。具体的には、ロータ60は、回転軸63に固定された磁性材製のロータコアと、ロータコアの周方向複数位置に設けられた孔に挿入された複数の導体バーと、複数の導体バーの端部同士を、ロータコアの軸方向両端でそれぞれ連結することで短絡した一対のエンドリングとを含んで構成される。導体バー及びエンドリングは、導電性の材料により形成される。
【0016】
図1では、荒い砂地部で誘導モータ50の周囲空間(外気部)72を示しており、斜格子部でステータ53の内周面とロータ60の外周面との間の空間73を示している。後述するように、この空間73の空気(空気0)と、各フレーム51,52内の空間70,71の空気(空気1,2)との空気抵抗は、モータ回転数に応じて変化する。
【0017】
誘導モータ50の動作時には、ステータコイル55に通電することによりステータ53に回転磁界を発生させて、その回転磁界により導体バーに誘導電流(ロータ2次電流)を流す。この誘導電流と回転磁界との間に作用する電磁力により、各導体バーに所定方向の回転力を発生させる。これにより、ロータ60が回転軸63の中心を回転中心として回転する。なお、誘導モータ50は、ロータとして、ロータコアに3相コイルが配置された巻線形ロータを備えるものでもよい。
【0018】
このような誘導モータ50は、例えば電気自動車またはハイブリッド車等の車両に搭載されて使用される。ハイブリッド車は、車輪の駆動源としてエンジン及びモータを含む。例えば、誘導モータ50は走行用モータであり、走行用モータから車輪に動力を伝達することにより、車輪を駆動させる。
【0019】
このような誘導モータ50では、ロータ60が回転するため、ロータ60の温度を直接に測定することは難しい。このために、実施形態のロータ温度推定システム10(
図2)は、ロータ60の温度を直接検出せずに、ステータコイル55のコイル温度の検出値等を用いて、ロータ60の温度を高精度に推定する。また、ロータ温度推定システム10は、特許文献1に記載されたロータ温度の推定装置と異なり、ロータ温度の推定値において、応答が速くノイズが乗りやすい電流値の変動の影響を生じにくくすることで、ロータ温度の推定精度を向上させるために考えられた。
【0020】
図2は、ロータ温度推定システム10の構成図である。
図3は、ロータ温度推定システム10を構成する制御装置40の構成を示すブロック図である。以下、ロータ温度推定システム10は、推定システム10と記載する場合がある。推定システム10は、制御装置40と、回転数センサ30と、コイル温度センサ31と、外気温度センサ32とを備える。制御装置40は、ロータ温度推定器に相当する。
【0021】
制御装置40は、CPU等の演算処理部、及びメモリ等の記憶部を有する。また、制御装置40は、モータ損失演算器42及びロータ温度推定部41を有する。回転数センサ30は、モータ回転数Nとして、誘導モータ50を構成するロータ60の回転数を検出し、その検出信号を制御装置40に送信する。回転数センサ30は、ロータ60の回転角度を検出するレゾルバにより構成されてもよい。コイル温度センサ31は、ステータコイル55のコイル温度Tcoilを検出し、その検出信号を制御装置40に送信する。コイル温度Tcoilは、ステータコイル温度に相当する。外気温度センサ32は、誘導モータ50の周囲の外気温度Tair3として、誘導モータ50の第1フレーム51及び第2フレーム52の外側に接触する外気の温度を検出し、その検出信号を制御装置40に送信する。
【0022】
さらに、外部制御装置(図示せず)には、車両のアクセルペダルセンサ等の加速度指示センサから加速指示のための操作量の検出値が入力され、その入力に応じてトルク指令値TRが算出される。外部制御装置は、加速指示のための操作量検出値と、車速センサの検出値とからトルク指令値TRを算出してもよい。また、制御装置40に直接に加速指示のための操作量検出値等が入力され、制御装置40自体がトルク指令値TRを算出してもよい。外部制御装置では、トルク指令値TRと、モータ回転数Nとに基づいてコイル電流Isと、すべり周波数ωsとの制御指令値が算出される。
【0023】
コイル電流Isは、モータ1次電流であり、誘導モータ50に制御指令値として与えるステータコイル電流値に相当する。外部制御装置は、コイル電流Isとして、1つの所定相のコイル電流の実効値を算出してもよく、3相のコイル電流の実効値を算出してもよい。制御装置40には、外部制御装置からコイル電流Isと、すべり周波数ωsとの制御指令値が入力される。
【0024】
図3に示すように、モータ損失演算器42には、モータ回転数Nの検出値、コイル電流Is、すべり周波数ωs、及びコイル温度Tcoilの検出値が入力される。さらに、モータ損失演算器42には、後述するロータ温度推定部41の出力側から、前回のロータ温度推定におけるロータ温度Trotの推定値(前回推定値)も入力される。
【0025】
なお、コイル電流Isとして、制御指令値でなく、電流センサで検出された検出値がモータ損失演算器42に入力されてもよい。このとき、制御装置40は、電流センサから入力された1つの所定相のコイル電流の複数回の検出に基づく所定相のコイル電流の実効値を算出する。この実効値の算出には、所定相のコイル電流において所定時間間隔で検出された複数の電流検出値が用いられる。例えば、U相のコイル電流Iuの所定時間間隔で検出された複数の電流検出値の二乗平均平方根から、U相のコイル電流の実効値が算出される。所定相のコイル電流の実効値の算出値は、実質上、3相のコイル電流の実効値である。そして、コイル電流Isとして、所定相のコイル電流の実効値がモータ損失演算器42に入力されてもよい。
【0026】
モータ損失演算器42は、モータ回転数Nの検出値、コイル電流Is、すべり周波数ωs、及びコイル温度Tcoilの検出値と、前回のロータ温度Trotの推定値とから、ステータ53で発生する損失としてのステータ鉄損Loss_s1及びステータ銅損Loss_s2と、ロータ60で発生するロータ損失Loss_rとを算出する。
【0027】
図3に示すように、ロータ温度推定部41には、コイル温度Tcoilの検出値、ステータ鉄損Loss_s1、ステータ銅損Loss_s2、ロータ損失Loss_r及び外気温度Tair3の検出値が入力される。ロータ温度推定部41は、これらの入力から、熱エネルギの釣り合いを用いて設定された熱回路モデルにより、ロータ温度Trotの推定値を求める。
【0028】
図4を用いて対象モデルである熱回路モデルの具体例を説明する。
図4は、推定システム10に用いた
図1の構成についての熱回路モデルの1例を示している。また、ロータ60におけるロータコア及び2次導体である導体バーの温度と、回転軸63の温度とが互いに等しいと仮定し、これらの要素を結合してロータ側部材64としている。
【0029】
図4では、
図1の斜格子部で示す空間73内の空気を空気0と示し、
図1の細かい砂地部で示す空間70,71内の空気を空気1、2と示している。また、
図1の荒い砂地部で示す周囲空間72内の空気を空気3と示している。ステータコア54、第1フレーム51、第2フレーム52、負荷65、ステータコイル55、ロータ側部材64の温度Tsta、Tfr1、Tfr2、Tload、Tcoil、Trotと、空気0,1,2,3の温度Tair0、Tair1、Tair2、Tair3とを、熱抵抗75で接続して、熱回路モデルを構成している。
【0030】
図4に示す熱回路モデルは、熱的に接続される複数の要素として、ステータコア54、ステータコイル55、ロータ側部材64、第1フレーム51、第2フレーム52、負荷65に分ける。
【0031】
空気0,1,2の熱抵抗は、モータ回転数Nによって変化する。具体的には、
図5に略図で示すように、モータ回転数Nと空気0,1,2の熱抵抗との間には、モータ回転数Nが大きくなるほど熱抵抗が低下し、モータ回転数Nが小さくなるほど熱抵抗が増大する関係がある。これにより、
図4において、丸で囲んだ熱抵抗75がモータ回転数Nによって変化する。このため、空気0,1,2の熱抵抗に関係する値が、モータ回転数Nに応じて変化する。
【0032】
【0033】
【0034】
ここで、行列A、Bは係数行列である。行列Cは、数式(2)で表される。
【0035】
【0036】
モータ回転数Nに応じて空気0,1,2の熱抵抗が変化することにより、行列Aは、モータ回転数Nに応じて値が変わるパラメータとしての成分を含んでいる。
【0037】
図3に示すロータ温度推定部41は、ロータ温度Trotを推定するために、数式(1)、数式(2)に基づく関係式としての状態方程式を用いる。具体的には、ロータ温度推定部41は、数式(3)で表されるオブザーバを用いる。
【0038】
【0039】
数式(3)において、推定値を表すx、yには、上付の山形(ハット)を付している。また、xにおいて、ロータ側部材64(
図4)の温度Trotが推定で求める値である。u、yは、ロータ温度推定部41(
図3)に入力される既知の値で構成される。Fは、オブザーバのゲインを表す。さらにロータ温度推定部41に用いる数式(3)は、行列Aのパラメータとしての成分に、モータ回転数Nが所定回転数以下の任意の回転数で算出された値を用いる。
【0040】
そして、ロータ温度推定部41に用いる数式(3)において、y-y(ハット)が漸近的に0に収束するように、ゲインFが設計される。ロータ温度推定部41は、数式(3)に示す状態方程式から、ロータ側部材64(
図4)の温度と一致するロータ温度Trotを算出する。これにより、ロータ温度推定部41は、熱回路モデルで設計したオブザーバを用いてロータ温度Trotを推定する。なお、ロータ温度推定部41は、オブザーバを用いずに、熱回路モデルを用いて、ロータ温度を推定してもよい。
【0041】
上記の推定システム10によれば、電流値を用いてステータ53及びロータ60で発生する損失を算出し、その算出値を用いてロータ温度Trotの推定値を求めるときに、熱エネルギのつりあいを用いて設定された熱回路モデルによりロータ温度Trotの推定値を求める。これにより、ロータ温度Trotの推定値において、ロータ側部材64等の関係する要素の熱容量の感度が大きくなることにより、応答が速くノイズが乗りやすい電流値の変動が影響しにくくなる。このため、ロータ温度の推定値において電流値の感度が高くなるように、ロータ温度が推定される特許文献1に記載された構成と異なり、ロータ温度Trotの推定精度を向上させることができる。これにより、ロータ温度Trotの推定値を用いることにより、誘導モータ50の制御性の向上が可能となる。さらに、ロータ60が許容温度を超えた場合に誘導モータ50を停止させる等の制御を行うモータ保護装置に推定システム10を用いることで、保護機能を高くすることができる。
【0042】
図6は、実施形態の別例のロータ温度推定システム10aの構成図である。
図7は、実施形態の別例において、
図3に対応する図である。本例の構成では、
図1~
図5に示した構成と異なり、制御装置40aは、ロータ温度推定部41の代わりに、低回転数側ロータ温度推定部43及び高回転数側ロータ温度推定部44と、切換部45とを有する。切換部45は、低回転数側ロータ温度推定部43及び高回転数側ロータ温度推定部44をモータ回転数に応じて切り換える。
【0043】
図7に示すように、低回転数側ロータ温度推定部43と高回転数側ロータ温度推定部44には、モータ回転数Nの検出値、コイル温度Tcoilの検出値、ステータ鉄損Loss_s1、ステータ銅損Loss_s2、ロータ損失Loss_r及び外気温度Tair3の検出値が入力される。各ロータ温度推定部43,44は、これらの入力から、熱エネルギの釣り合いを用いて設定された熱回路モデルにより、ロータ温度Trotの推定値を求める。具体的には、低回転数側ロータ温度推定部43及び高回転数側ロータ温度推定部44は、誘導モータ50のモータ回転数域に応じて用意される。
【0044】
図1に示した空間73の空気(空気0)と、各フレーム51,52内の空間70,71の空気(空気1,2)との空気抵抗は、モータ回転数に応じて変化する。これに対応して、本例の構成では、ロータ温度推定部43,44の設計に用いる、基準とするモータ回転数に応じて、熱モデルの値が変更されている。具体的には、本例の構成では、各ロータ温度推定部43,44で用いる熱モデルのそれぞれで、基準とするモータ回転数に応じて、ロータとステータとの間の空気の熱抵抗に基づく値が変更されている。低回転数側ロータ温度推定部43に用いる数式(3)は、行列Aのパラメータとしての成分に、モータ回転数Nが所定回転数以下の任意の回転数で算出された値を用いる。また、高回転数側ロータ温度推定部44に用いる数式(3)は、行列Aのパラメータとしての成分に、モータ回転数Nが所定回転数を上回る任意の回転数で算出された値を用いる。行列Aの成分は、低回転数側ロータ温度推定部43と高回転数側ロータ温度推定部44のそれぞれでは変更されない。これにより、
図4の熱回路モデルを表す関係式における一部の値、例えばロータとステータとの間の空気の熱抵抗に基づく値が、低回転数側ロータ温度推定部43と高回転数側ロータ温度推定部44とで、基準とするモータ回転数Nに応じて互いに変更されている。
【0045】
そして、各ロータ温度推定部43,44に用いる数式(3)において、y-y(ハット)が漸近的に0に収束するように、ゲインFが設計される。これによりゲインFは、行列Aの変更に応じて変更される。各ロータ温度推定部43,44は、数式(3)に示す状態方程式から、ロータ側部材64(
図4)の温度と一致するロータ温度Trotを算出する。これにより、各ロータ温度推定部43,44は、熱回路モデルで設計したオブザーバを用いてロータ温度Trotを推定する。また、熱回路モデルでは、ロータ60とステータ53との間の空気0の熱抵抗が、ロータ温度推定部43,44でモータ回転数Nに応じて互いに変更される。なお、各ロータ温度推定部43,44は、オブザーバを用いずに、熱回路モデルを用いて、ロータ温度を推定してもよい。
【0046】
さらに、切換部45は、低回転数側ロータ温度推定部43及び高回転数側ロータ温度推定部44の出力側に選択的に接続される。切換部45は、モータ回転数Nが所定回転数以下の場合に低回転数側ロータ温度推定部43を用い、モータ回転数Nが所定回転数を上回る場合には高回転数側ロータ温度推定部44を用いるように、ロータ温度の推定に用いるロータ温度推定部43,44を切り換える。
【0047】
本例の構成によれば、推定システム10は、低回転数側ロータ温度推定部43及び高回転数側ロータ温度推定部44と、モータ回転数Nに応じてロータ温度推定部43,44を切り換える切換部45とを有する。これにより、モータ回転数Nが変化する場合に、ロータ温度Trotをより精度よく推定できる。実際のモータ回転数Nが各ロータ温度推定部43,44の設計における回転数と完全に一致する機会はほとんどないが、オブザーバの持つロバスト性によりロータ温度Trotを推定できる。
【0048】
さらに、推定システム10の各ロータ温度推定部43,44は、熱回路モデルで設計したオブザーバを用いてロータ温度Trotを推定する。また、熱回路モデルでは、ロータ60とステータ53との間の空気0の熱抵抗が、設計におけるモータ回転数Nに応じて変更される。これにより、モータ回転数Nで変化する空気の熱抵抗を用いて、ロータ温度Trotをより精度よく推定できる。本例において、その他の構成及び作用は、
図1~
図5の構成と同様である。
【0049】
図8は、
図1~
図5の実施形態及び
図6、
図7の実施形態の別例の効果を確認するために行った実験でのモータ回転数Nの時間についての変化を示す図である。実験では、時間が0-t
1で誘導モータ50を所定回転数未満の一定回転数で回転させ、時間がt
1で回転数を切り換えて誘導モータ50を、所定回転数を上回る一定回転数で回転させた。
【0050】
図9は、
図1~
図5の実施形態の推定システム10においてロータ温度Trotの推定値の変化と、実験で得られたロータ温度Trotの測定値(真値)の変化とを比較した図である。
図9に示すように、ロータ温度推定部41は、時間が0-t
1のモータ回転数Nが所定回転数未満では、ロータ温度Trotを真値に対し高精度に推定できた。実施形態では、熱エネルギのつりあいを用いて設定された熱回路モデルによりロータ温度Trotの推定値を求めるので、ロータ温度の推定値において電流値の感度が高くなるようにロータ温度が推定される特許文献1に記載された構成と異なり、ロータ温度Trotの推定精度を向上させることができる。一方、本例の構成は、空気の熱抵抗が実際のモータ回転数Nで変化する場合において、所定回転数以下の1つのモータ回転数Nで代表させたモデルを用いてロータ温度を推定する。これにより、
図9の破線枠αで囲んだ部分で示すように、時間がt
1以後のモータ回転数Nが所定回転数を上回る場合には、ロータ温度Trotの推定値と真値との差が徐々に広がっている。
【0051】
図10は、
図6、
図7の実施形態の別例の推定システム10aにおいてロータ温度Trotの推定値の変化と、実験で得られたロータ温度Trotの測定値(真値)の変化とを比較した図である。
図10では、時間がt
1で誘導モータ50が所定回転数以下から所定回転数を上回るように、モータ回転数が変化する。これにより、別例の推定システム10aの切換部45が、時間がt
1で、ロータ温度推定に用いるロータ温度推定部を、低回転数側ロータ温度推定部43から高回転数側ロータ温度推定部44に切り換える、すなわちオブザーバXからオブザーバYに切り換える。このような別例の構成では、2つの回転数で設定された2つのモデルを用い、モータ回転数でモデルを切り換えてロータ温度Trotを推定する。これにより、別例の構成では、
図10に示すように、時間が0-t
1でも、時間がt
1を超えても、両方でロータ温度Trotの推定値を測定値(真値)とほぼ一致させることができ、ロータ温度Trotを高精度に推定できることを確認できた。
【0052】
なお、
図6、
図7の構成において、推定システムが、3つ以上のモータ回転数領域に対応する3つ以上のロータ温度推定部を持ち、切換部が、モータ回転数に応じてロータ温度推定に用いるロータ温度推定部を切り換える構成としてもよい。その場合には、ロータ温度の推定精度をより高くできる。
【0053】
また、
図1~
図5の構成、または
図6、
図7の構成において、数式(1)のxにおける各要素のうち、ロータ側部材64(
図4)及びステータコイル55以外のいずれかの要素(例えばステータコア)の温度を測定するとともに、数式(2)におけるcの1の配置をそれに応じて変更することもできる。この場合には、数式(1)のyに対応する要素の温度も(例えばステータコアの温度に)変更される。そして、ロータ温度推定部41または各ロータ温度推定部43,44に、その測定した温度を、コイル温度Tcoilの代わりに入力して、ロータ温度Trotの推定値を求めることもできる。
【0054】
図11は、実施形態の別例の推定システム10bにおいて、制御装置の一部の構成を示すブロック図である。
図10の推定システム10bでは、
図2、
図3の構成と同様に、ロータ温度推定部41aとして1つのみを用いるが、ロータ温度推定部41aでは、ロータ温度Trotを推定する場合に、モータ回転数Nの検出値の変化に応じて行列AとゲインFとの値を変化させて逐次更新する。これにより、ロータ温度推定部41aに用いる熱回路モデルを表す関係式が、モータ回転数Nで変化する係数を含んでいる。このため、各時間のモータ回転数Nでモデルを導出し、そのときに適したモデルでロータ温度Trotを推定する。したがって、その都度のモータ特性に応じたオブザーバとしてのロータ温度推定部41aを実現でき、ロータ温度Trotを精度よく推定できる。本例において、その他の構成及び作用は、
図1~
図5の構成と同様である。
【0055】
なお、
図11の構成でもロータ温度Trotを精度よく推定できるが、この構成では、制御の演算量が多くなりやすい。上記の
図6、
図7の構成は、制御装置40の演算処理部の負荷を低減できる面からより好ましい。
【符号の説明】
【0056】
10,10a,10b ロータ温度推定システム(推定システム)、30 回転数センサ、31 コイル温度センサ、32 外気温度センサ、40,40a 制御装置、41,41a ロータ温度推定部、42 モータ損失演算器、43 低回転数側ロータ温度推定部、44 高回転数側ロータ温度推定部、45 切換部、50 誘導モータ、51 第1フレーム、52 第2フレーム、53 ステータ、54 ステータコア、55 ステータコイル、60 ロータ、63 回転軸、64 ロータ側部材、65 負荷、70,71 空間、72 周囲空間、73 空間、75 熱抵抗。