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  • 特許-組積造構造物の補強構造および補強方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-06
(45)【発行日】2023-04-14
(54)【発明の名称】組積造構造物の補強構造および補強方法
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/02 20060101AFI20230407BHJP
【FI】
E04G23/02 E
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019067441
(22)【出願日】2019-03-29
(65)【公開番号】P2020165217
(43)【公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】神野 靖夫
【審査官】齋藤 卓司
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-021422(JP,A)
【文献】特開平07-217225(JP,A)
【文献】特開2004-353286(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/00-23/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組積材を積み上げてなる既設の組積造構造物に生じたひびわれを補強する構造であって、
ひびわれと交差する目地に形成され、ひびわれと交差する方向に延びる溝と、溝に配置された補強材と、補強材を埋設する態様で溝に充填された固化材とを備え
溝は、ひびわれの両側の目地のうち片側の目地に形成され、補強材は、溝と、もう片側の目地の近傍の組積材に穿孔された孔とに挿入配置され、固化材は、補強材を埋設する態様で溝および孔に充填されることを特徴とする組積造構造物の補強構造。
【請求項2】
組積材を積み上げてなる既設の組積造構造物に生じたひびわれを補強する方法であって、
ひびわれと交差する目地に対して、ひびわれと交差する方向に延びる溝を形成する際に、ひびわれの両側の目地のうち片側の目地に溝を形成するステップと、形成した溝から、もう片側の目地の近傍の組積材に孔を穿孔するステップと、および孔に補強材を挿入配置するステップと、補強材を埋設する態様で溝および孔に固化材を充填するステップとを有することを特徴とする組積造構造物の補強方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組積造構造物の補強構造および補強方法に関し、例えばレンガ壁などの既設の組積造構造物のひびわれを補強または補修する組積造構造物の補強構造および補強方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、レンガ壁などの組積造構造物では、地震や経年劣化などにより、開口部周辺などにひびわれが生じ、その補修が必要になることがある。ひびわれの補修方法としては、エポキシ樹脂やセメントスラリーをひびわれに注入する方法がある。しかし、歴史的な建物では、エポキシ樹脂は経年劣化などの問題から使用が難しく、セメントスラリーはひびわれへの充填性に問題がある。
【0003】
ひびわれた組積造を元の耐力に戻すためには、ひびわれへの注入により母材と同等の強度に戻す必要があり、将来のひびわれを防止するためにはさらにそれ以上の強度にする必要がある。しかしながら、ひびわれに対する注入だけでは十分な補修効果、すなわち、ひびわれ前と同等あるいはそれ以上の構造性能を持たせることは難しく、補修後の損傷拡大を防止することは困難である。
【0004】
一方、既往の技術として、レンガの目地内にアラミドロッドを埋め込んで補強する工法が知られている(例えば、特許文献1を参照)。しかし、アラミドロッドは補強材としての剛性が小さいため、ひびわれ補強で効果を発揮するために大きな変形を許し、建物の損傷が大きくなるおそれがある。また、強度が小さいため、局所的なひびわれを十分に補強することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-97471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることのできる組積造構造物の補強構造および補強方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る組積造構造物の補強構造は、組積材を積み上げてなる既設の組積造構造物に生じたひびわれを補強する構造であって、ひびわれと交差する目地に形成され、ひびわれと交差する方向に延びる溝と、溝に配置された補強材と、補強材を埋設する態様で溝に充填された固化材とを備えることを特徴とする。
【0008】
また、本発明に係る他の組積造構造物の補強構造は、上述した発明において、目地は、ひびわれの両側で位置ずれしており、溝は、この両側の目地のうち片側の目地に形成され、補強材は、溝と、もう片側の目地の近傍の組積材に穿孔された孔とに挿入配置され、固化材は、補強材を埋設する態様で溝および孔に充填されることを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る組積造構造物の補強方法は、組積材を積み上げてなる既設の組積造構造物に生じたひびわれを補強する方法であって、ひびわれと交差する目地に対して、ひびわれと交差する方向に延びる溝を形成するステップと、溝に補強材を配置するステップと、補強材を埋設する態様で溝に固化材を充填するステップとを備えることを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る他の組積造構造物の補強方法は、上述した発明において、目地が、ひびわれの両側で位置ずれしている場合に、この両側の目地のうち片側の目地に溝を形成するステップと、形成した溝から、もう片側の目地の近傍の組積材に孔を穿孔するステップと、溝および孔に補強材を挿入配置するステップと、補強材を埋設する態様で溝および孔に固化材を充填するステップとを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る組積造構造物の補強構造によれば、組積材を積み上げてなる既設の組積造構造物に生じたひびわれを補強する構造であって、ひびわれと交差する目地に形成され、ひびわれと交差する方向に延びる溝と、溝に配置された補強材と、補強材を埋設する態様で溝に充填された固化材とを備えるので、組積造構造物にひびわれが生じたとき、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができるという効果を奏する。
【0012】
また、本発明に係る他の組積造構造物の補強構造によれば、目地は、ひびわれの両側で位置ずれしており、溝は、この両側の目地のうち片側の目地に形成され、補強材は、溝と、もう片側の目地の近傍の組積材に穿孔された孔とに挿入配置され、固化材は、補強材を埋設する態様で溝および孔に充填されるので、ひびわれの両側の目地に段差があるような場合でも、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができるという効果を奏する。
【0013】
また、本発明に係る組積造構造物の補強方法によれば、組積材を積み上げてなる既設の組積造構造物に生じたひびわれを補強する方法であって、ひびわれと交差する目地に対して、ひびわれと交差する方向に延びる溝を形成するステップと、溝に補強材を配置するステップと、補強材を埋設する態様で溝に固化材を充填するステップとを備えるので、組積造構造物にひびわれが生じたとき、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができるという効果を奏する。
【0014】
また、本発明に係る他の組積造構造物の補強方法によれば、目地が、ひびわれの両側で位置ずれしている場合に、この両側の目地のうち片側の目地に溝を形成するステップと、形成した溝から、もう片側の目地の近傍の組積材に孔を穿孔するステップと、溝および孔に補強材を挿入配置するステップと、補強材を埋設する態様で溝および孔に固化材を充填するステップとを備えるので、ひびわれの両側の目地に段差があるような場合でも、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明に係る組積造構造物の補強構造および補強方法の実施の形態を示す図であり、(1)は正面図、(2)は側断面図である。
図2図2は、帯板状補強材を示す斜視図である。
図3図3は、ひびわれの左右の水平目地に上下段差があるときの補強方法の説明図であり、(1)は水平断面図、(2)は正面図である。
図4図4は、本発明の効果を検証するために行った実験の説明図であり、(1)は水平断面図、(2)は正面図、(3)は側面図である。
図5図5は、実験結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明に係る組積造構造物の補強構造および補強方法の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0017】
本実施の形態では、補強対象の組積造構造物として、図1に示すような組積造壁10を例にとり説明する。この組積造壁10は、直方体状の組積材12を積み上げて形成した壁体であり、左下側には開口14がある。開口14の隅部から組積造壁10にひびわれ16が右上方向に生じている。上下および左右に隣り合う組積材12間には、モルタルやグラウトなどからなる目地18が設けられている。目地18は、水平方向に延びる水平目地18Aと、鉛直方向に延びる鉛直目地18Bとで構成される。組積材12は、例えば、レンガ、コンクリートブロック、石材などで構成される。組積造壁10の例としては、例えば、レンガを積み上げたレンガ壁、コンクリートブロックを積み上げたコンクリート壁、石材などを積み上げた壁を挙げることができる。
【0018】
(実施の形態1)
まず、本発明の実施の形態1について説明する。
本実施の形態1の補強方法は、以下の施工手順で行われる。
【0019】
まず、図1に示すように、組積造壁10に生じたひびわれ16に、エポキシ樹脂あるいはセメントスラリーなどの注入材20を注入する。
【0020】
注入材20の硬化後、組積造壁10に生じたひびわれ16を横切る部分の水平目地18Aを、壁面から削って溝状に掘る。これにより、水平目地18A内にひびわれ16と交差する方向に延びる溝22を形成する。溝22はひびわれ16を横切り、ひびわれ16の両側にそれぞれ十分な長さがあるように形成する。
【0021】
次に、溝22内に、棒状あるいは帯板状の補強材24を入れ込み、その後、溝22内にモルタルやグラウト等の充填材26(固化材)を充填して、補強材24を埋設する。補強材24は、ひびわれ16あるいはひびわれ16が将来進展しそうな位置を横切る水平目地18Aに、ひびわれ16の延びる方向と交差させて、ひびわれ16から両側に十分な長さの定着長Lをとって埋め込む。この補強材24は、水平目地18Aにのみ埋め込むものとし、鉛直目地18Bには埋め込まない。定着長Lとしては、例えば、40d程度以上(dは補強材24の直径または厚さ)を確保することが望ましい。補強材24は、水平目地18A内に納まるサイズとする。通常レンガ壁の目地幅は約10mmであるので、棒状の補強材24ならば直径10mm以下、帯板状の補強材24ならば厚さ10mm以下となる。また、溝22の深さは、溝22の幅の2倍以上とするのが望ましい。
【0022】
補強材24は、錆びにくい材料であることが望ましく、例えば、(1)表面に凹凸を持つステンレス製の棒状の補強材(ステンレス鉄筋、ステンレス寸切りボルト)、(2)樹脂でコーティングされた鉄筋、(3)メッキされた寸切りボルト、(4)ステンレス製の帯板状の補強材(フラットバー)に複数の孔をあけて付着強度を大きくしたものなどを用いることができる。図2に、帯板状の補強材の一例を示す。この図に示すように、補強材24の長手方向に沿って間隔をあけて複数の孔28が設けられている。この帯板状の補強材24を溝22内に設ける場合は、補強材24の長手方向と水平目地18Aの延びる方向を一致させるとともに、孔28の貫通方向を上下方向にして溝22内に設ける。
【0023】
本実施の形態1によれば、組積造壁10の開口14付近などにひびわれ16が生じたとき、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができる。また、補強量を多くすることで、将来的なひびわれの再発生や進展を防ぐことができる。ひびわれ発生前の組積造壁に適用することで、ひびわれの発生と進展を未然に防ぐことができる。
【0024】
(実施の形態2)
次に、本発明の実施の形態2について説明する。
本実施の形態2は、図3に示すように、ひびわれ16の両側で変形が大きく、ひびわれ16を横切る部分の水平目地18Aに位置ずれ(上下段差)が生じている場合の補強方法である。本実施の形態2は、以下の施工手順で行われる。
【0025】
まず、ひびわれ16の片側(図の左側)の水平目地18Aについて、上記の実施の形態1と同様に溝22を掘り、溝22の中からドリル等でひびわれ16の反対側(図の右側)の組積材12に穿孔して孔30を形成する。溝22の深さaは、溝22の幅の2倍以上(例えば40mm程度)とするのが望ましい。次に、補強材24を溝22の側から孔30に挿入する。挿入する長さは、上述したように、ひびわれ16を挟んで溝22内に40d以上、孔30内に40d以上とするのが望ましい。その後、孔30内および溝22内にモルタルやグラウト等の充填材26(固化材)を充填する。
【0026】
本実施の形態2によれば、ひびわれ16の両側で変形が大きく、ひびわれ16を横切る部分の水平目地18Aに位置ずれ(例えば上下段差)が生じている場合、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができる。また、補強量を多くすることで、将来的なひびわれの再発生や進展を防ぐことができる。ひびわれ発生前の組積造壁に適用することで、ひびわれの発生と進展を未然に防ぐことができる。
【0027】
なお、本実施の形態2の補強方法は、ひびわれ16の両側の水平目地18Aに位置ずれが生じていない場合にも適用可能である。例えば、水平目地18Aの目地幅が小さい場合に適用することができる。
【0028】
(本発明の効果の検証)
本発明の効果を検証するために、実験を行った。以下に、その内容および結果について説明する。
【0029】
本実験は、図4に示すように、レンガ組積体を左右に2分割し、ひびわれを想定した5mmの隙間にグラウトを注入してひびわれ補修を行うとともに、水平目地1段に細径ステンレス筋(D6)を埋め込んで補強を行い、3点曲げ形式の加力を行って補強効果を調べたものである。試験体は、以下の4体とした。
【0030】
・比較例1:ひびわれのない一体で作られた組積体
・比較例2:ひびわれにグラウト注入のみを行ったもの
・実施例1:ひびわれへのグラウト注入および、水平目地1段にステンレス筋D6を2本埋め込んだもの
・実施例2:ひびわれへのグラウト注入および、水平目地1段にステンレス筋D6を4本埋め込んだもの
【0031】
図5は、実験により得られた荷重と、変位の関係を示したものである。この図に示すように、ステンレス筋を埋め込んだもの(実施例1、2)は、ひびわれ注入補修だけのもの(比較例2)に比べて耐力が大きく増加し、ステンレス筋が多いほど耐力は大きくなった。本実験では、ステンレス筋D6(2本)では元のひびわれのないレンガ組積体に近い耐力を発揮し、ステンレス筋D6(4本)では元のひびわれのないレンガ組積体の耐力を大きく上回った。本実験の結果より、本発明は、ひびわれ補修・補強に大きな効果を発揮することがわかる。
【0032】
以上説明したように、本発明に係る組積造構造物の補強構造によれば、組積材を積み上げてなる既設の組積造構造物に生じたひびわれを補強する構造であって、ひびわれと交差する目地に形成され、ひびわれと交差する方向に延びる溝と、溝に配置された補強材と、補強材を埋設する態様で溝に充填された固化材とを備えるので、組積造構造物にひびわれが生じたとき、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができる。
【0033】
また、本発明に係る他の組積造構造物の補強構造によれば、目地は、ひびわれの両側で位置ずれしており、溝は、この両側の目地のうち片側の目地に形成され、補強材は、溝と、もう片側の目地の近傍の組積材に穿孔された孔とに挿入配置され、固化材は、補強材を埋設する態様で溝および孔に充填されるので、ひびわれの両側の目地に段差があるような場合でも、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができる。
【0034】
また、本発明に係る組積造構造物の補強方法によれば、組積材を積み上げてなる既設の組積造構造物に生じたひびわれを補強する方法であって、ひびわれと交差する目地に対して、ひびわれと交差する方向に延びる溝を形成するステップと、溝に補強材を配置するステップと、補強材を埋設する態様で溝に固化材を充填するステップとを備えるので、組積造構造物にひびわれが生じたとき、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができる。
【0035】
また、本発明に係る他の組積造構造物の補強方法によれば、目地が、ひびわれの両側で位置ずれしている場合に、この両側の目地のうち片側の目地に溝を形成するステップと、形成した溝から、もう片側の目地の近傍の組積材に孔を穿孔するステップと、溝および孔に補強材を挿入配置するステップと、補強材を埋設する態様で溝および孔に固化材を充填するステップとを備えるので、ひびわれの両側の目地に段差があるような場合でも、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
以上のように、本発明に係る組積造構造物の補強構造および補強方法は、既設のレンガ壁のような組積造構造物に生じたひびわれを補修・補強するのに有用であり、特に、外観に影響を与えることなく、ひびわれ発生前の強度に回復させるのに適している。
【符号の説明】
【0037】
10 組積造壁(組積造構造物)
12 組積材
14 開口
16 ひびわれ
18 目地
18A 水平目地
18B 鉛直目地
20 注入材
22 溝
24 補強材
26 充填材(固化材)
28,30 孔
図1
図2
図3
図4
図5