IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人筑波技術大学の特許一覧

特許7258341スタート信号伝達装置およびスタート信号伝達方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-07
(45)【発行日】2023-04-17
(54)【発明の名称】スタート信号伝達装置およびスタート信号伝達方法
(51)【国際特許分類】
   A63K 3/02 20060101AFI20230410BHJP
   A63B 71/06 20060101ALI20230410BHJP
【FI】
A63K3/02
A63B71/06 S
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019086795
(22)【出願日】2019-04-26
(65)【公開番号】P2020121095
(43)【公開日】2020-08-13
【審査請求日】2022-02-02
(31)【優先権主張番号】P 2019013479
(32)【優先日】2019-01-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505426071
【氏名又は名称】国立大学法人筑波技術大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】白石 優旗
(72)【発明者】
【氏名】設楽 明寿
(72)【発明者】
【氏名】生田目 美紀
【審査官】柳 重幸
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-242827(JP,A)
【文献】特開2004-290655(JP,A)
【文献】設楽 明寿、生田目 美紀、白石 優旗,聴覚障害者に適したクラウチングスタートにおける触覚刺激スタート合図の特定,情報処理学会 研究報告 アクセシビリティ(AAC) [online] ,日本,情報処理学会,2018年08月27日,2018-AAC-7、2,1-6,特に「5.3 プッシュ方式触覚刺激発生装置の開発」欄を参照。
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A63K 3/00- 3/04
A63B 71/06
G09B 21/00-21/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
触覚によりスタート信号を伝達するためのスタート信号伝達装置であって、
軸方向に可動として設けられた芯部材と、
前記軸方向に見たときの前記芯部材の周囲の少なくとも一部の領域を外部に接触させるための外部接触面を有する接触部と、
外部から入力される前記スタート信号に応じて、前記芯部材が前記外部接触面から外部側に出ていない第1状態から、前記芯部材の少なくとも一部が前記外部接触面から外部側に出ている第2状態への切り替えを行うアクチュエーターと、
を備え
前記接触部が有する前記外部接触面の形状は前記軸方向に見たときに環状または略環状であり、前記外部接触面の外周円の半径から内周円の半径を減じた差は1.0ミリメートルより大きく且つ3.0ミリメートル以下である、
スタート信号伝達装置。
【請求項2】
前記芯部材は、前記軸方向に見たときに円形または略円形であり、前記軸方向に見たときの直径が1.0ミリメートルより大きく且つ3.0ミリメートル以下である、
請求項に記載のスタート信号伝達装置。
【請求項3】
前記接触部が有する前記外部接触面の形状は前記軸方向に見たときに環状または略環状であり、
前記芯部材は、前記軸方向に見たときに円形または略円形であり、
前記軸方向に見たときに、前記芯部材の外周円から前記外部接触面の内周円までの距離は、1.0ミリメートルより大きく且つ3.0ミリメートル以下である、
請求項1または2に記載のスタート信号伝達装置。
【請求項4】
前記芯部材は金属製であり、前記接触部の少なくとも外部接触面は樹脂製である、
請求項1からまでのいずれか一項に記載のスタート信号伝達装置。
【請求項5】
前記アクチュエーターは、前記スタート信号によって、コイルに電圧を印加して磁界を発生させ、またはコイルへの電圧の印加をやめて磁界を発生させなくする、ことによって前記第1状態と前記第2状態とを切り替えるソレノイドである、
請求項1からまでのいずれか一項に記載のスタート信号伝達装置。
【請求項6】
触覚によりスタート信号を伝達するスタート信号伝達方法であって、
軸方向に可動として設けられた芯部材が、前記軸方向に見たときの前記芯部材の周囲の少なくとも一部の領域を外部に接触させるための外部接触面から外部側に出ていない第1状態から、
外部から入力される前記スタート信号に応じて、ソレノイドに印加される電圧の状態を変化させることによって、前記芯部材の少なくとも一部が前記外部接触面から外部側に出ている第2状態に遷移させて、前記外部接触面に接していた身体の一部部位を前記芯部材が押すものであり、
前記外部接触面の形状は前記軸方向に見たときに環状または略環状であり、前記外部接触面の外周円の半径から内周円の半径を減じた差は1.0ミリメートルより大きく且つ3.0ミリメートル以下である、
スタート信号伝達方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スタート信号伝達装置およびスタート信号伝達方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スポーツ競技において、スタート信号を競技者に伝えるための手段としては、音が用いられることが多い。しかしながら、競技者が聴覚障害者である場合には、音によるスタート信号の伝達ができない、あるいは困難である。
【0003】
非特許文献1では、聴覚障害者のためのスタート合図を発生させる装置について記載されている。非特許文献1の第5.1節と、第5.2節と、第5.3節には、それぞれ、LED光方式による視覚刺激発生装置と、振動方式による触覚刺激発生装置と、プッシュ方式による触覚刺激発生装置が記載されている。LED光方式とは、スタート信号に応じてLED(発光ダイオード)を発光させ、その光によって視覚的に競技者にスタート信号を伝達する方式である。振動方式とは、スタート信号に応じて装置の一部を振動させることにより、その振動を競技者が触覚として感知することによりスタート信号を伝達する方式である。プッシュ方式とは、スタート信号に応じて装置の一部が競技者の身体の一部部位を押す(プッシュする)ことにより、その押圧を競技者が触覚として感知することによりスタート信号を伝達する方式である。
【0004】
非特許文献1の第6節、第7節、第9節では、上記の各方式をそれぞれ用いた場合の、競技者の反応時間の比較・検討がなされている。
【0005】
なお、現在の聴覚障害者陸上競技では、ピストル音によるスタート合図を代行するものとして、LED光を用いた光刺激スタートシステムが実用化されている。また、現在では、健聴者を対象とした競技大会においても、聴覚障害者が競技者として参加する場合には、光刺激スタートシステムの使用が認められるようになっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】設楽明寿,生田目美紀,白石優旗,聴覚障害者に適したクラウチングスタートにおける触覚刺激スタート合図の特定,情報処理学会研究報告,Vol.2018-AAC-7,No.2,研究報告アクセシビリティ(AAC),2018年8月17日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前記の各方式には、それぞれ課題が存在する。
【0008】
LED光等による視覚刺激を用いる場合には、「まばたき問題」がある。すなわち、競技者が偶然まばたきした瞬間にLED光を用いた視覚刺激のスタート合図が発生した場合に、視覚に頼る聴覚障害者は、健聴者よりも遅れてスタートしてしまう可能性がある。また、聴覚刺激による人の反応と視覚刺激による人の反応のそれぞれの反応時間を比較した実験によると、視覚刺激による場合の反応時間は、聴覚刺激による反応時間よりも約30ミリ秒(msec)遅れることが報告されている。
【0009】
振動方式を用いる場合には、視覚刺激ほどではないものの、やはり聴覚刺激による反応時間よりも遅れが生じることがわかっている。
【0010】
一方で、プッシュ方式を用いる場合には、反応時間は、聴覚刺激による反応時間よりも約5ミリ秒遅れることが報告されている。反応時間の遅れについては、例えば陸上の競走競技で写真判定を行う場合の最小時間単位が10ミリ秒であることを考慮する必要がある。つまり、プッシュ方式を用いる場合には、聴覚刺激と比べた場合の遅延が、陸上競技での写真判定の最小時間単位未満に抑えられる。
【0011】
しかしながら、プッシュ方式を用いる場合の課題は、プッシュによる触覚刺激が、競技者の身体の所望の部位に与えられるようにすることである。プッシュによる触覚刺激が身体の所望の部位に正確に当てられない場合には、スタート信号の伝達は不安定なものとなってしまう。プッシュする方向が正確でない場合には、プッシュする部材が競技者の身体にまで届かず、触覚刺激が生じない場合もあり得る。つまり、従来技術では、プッシュ方式を用いて正確に競技者にスタート信号を伝達することはできなかった。
【0012】
本発明は、上記の課題認識に基づいて行なわれたものであり、聴覚障害者が感知(知覚)でき、且つ他の方式と比べても大きな反応遅延を生じさせないようなスタート信号伝達装置およびスタート信号伝達方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
[1]上記の課題を解決するため、本発明の一態様によるスタート信号伝達装置は、触覚によりスタート信号を伝達するためのスタート信号伝達装置であって、軸方向に可動として設けられた芯部材と、前記軸方向に見たときの前記芯部材の周囲の少なくとも一部の領域を外部に接触させるための外部接触面を有する接触部と、外部から入力される前記スタート信号に応じて、前記芯部材が前記外部接触面から外部側に出ていない第1状態から、前記芯部材の少なくとも一部が前記外部接触面から外部側に出ている第2状態への切り替えを行うアクチュエーターと、を備える。
【0014】
このスタート信号伝達装置によれば、芯部材が外部接触面から突出して外部接触面に接している物(例えば、人の身体の一部)を押すことにより、触覚によるスタート信号の伝達が可能である。
【0015】
[2]また、スタート信号伝達装置において、前記接触部が有する前記外部接触面の形状は前記軸方向に見たときに環状または略環状であり、前記外部接触面の外周円の半径から内周円の半径を減じた差は1.0ミリメートルより大きく且つ3.0ミリメートル以下であってもよい。
【0016】
これにより、外部接触面が大きすぎず、様々な形状あるいは姿勢の外部の物と接触することができる。また、外部接触面が小さすぎず、安定した接触が可能となる。
【0017】
[3]また、スタート信号伝達装置において、前記芯部材は、前記軸方向に見たときに円形または略円形であり、前記軸方向に見たときの径(直径)が1.0ミリメートルより大きく且つ3.0ミリメートル以下であってもよい。
【0018】
これにより、芯部材の断面積が大きすぎず、装置が大型化することを避けることができる。また、芯部材の断面積が小さすぎず、外部に対して適切に刺激を与えることができる。
【0019】
[4]また、スタート信号伝達装置において、前記接触部が有する前記外部接触面の形状は前記軸方向に見たときに環状または略環状であり、前記芯部材は、前記軸方向に見たときに円形または略円形であり、前記軸方向に見たときに、前記芯部材の外周円から前記外部接触面の内周円までの距離は、1.0ミリメートルより大きく且つ3.0ミリメートル以下であってもよい。
【0020】
これにより、芯部材が生じさせる触覚刺激に対して適切な反応時間で反応できることが、後述する実証実験によってわかっている。
【0021】
[5]また、スタート信号伝達装置において、前記芯部材は金属製であり、前記接触部の少なくとも外部接触面は樹脂(合成樹脂)製であってもよい。
【0022】
これにより、芯部材を電磁力によって移動させることができる。また、外部接触面は、その電磁力の影響を受けない。また、外部接触面と芯部材との材質が違うことにより、例えば人の皮膚等で、その材質の違いを感じ取りやすくなる。
【0023】
[6]また、スタート信号伝達装置において、前記アクチュエーターは、前記スタート信号によって、コイルに電圧を印加して磁界を発生させ、またはコイルへの電圧の印加をやめて磁界を発生させなくする、ことによって前記第1状態と前記第2状態とを切り替えるソレノイドであってもよい。
【0024】
これにより、遅延の略ない電気信号として、外部からのスタート信号を受信することができる。
【0025】
[7]また、本発明の一態様は、触覚によりスタート信号を伝達するスタート信号伝達方法であって、軸方向に可動として設けられた芯部材が、前記軸方向に見たときの前記芯部材の周囲の少なくとも一部の領域を外部に接触させるための外部接触面から外部側に出ていない第1状態から、外部から入力される前記スタート信号に応じて、ソレノイドに印加される電圧の状態を変化させることによって、前記芯部材の少なくとも一部が前記外部接触面から外部側に出ている第2状態に遷移させて、前記外部接触面に接していた身体の一部部位を前記芯部材が押す、スタート信号伝達方法である。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、スタート信号を、芯部材を移動させるという形で安定して伝達することができる。また、他の刺激を用いる場合と比べて、反応時間の遅延量はない、あるいは無視してよいほど小さい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の実施形態によるスタート信号伝達装置の外観を示した斜視図である。
図2A】本実施形態によるスタート信号伝達装置の本体部の形状を示す正面図である。
図2B】本実施形態によるスタート信号伝達装置の本体部の形状を示す側面図である。
図2C】本実施形態によるスタート信号伝達装置の本体部の形状を示す上面図である。
図3A】本実施形態によるスタート信号伝達装置の接触部の形状を示す正面図である。
図3B】本実施形態によるスタート信号伝達装置の接触部の形状を示す側面図である。
図3C】本実施形態によるスタート信号伝達装置の接触部の形状を示す上面図である。
図4A】本実施形態による接触部が有する接触面と芯部材の位置との関係を示す概略図である。
図4B】本実施形態による接触面の形状および芯部材の位置のバリエーションの一例を示す概略図同実施形態による。
図4C】本実施形態による接触面の形状および芯部材の位置のバリエーションの一例を示す概略図同実施形態による。
図4D】本実施形態による接触面の形状および芯部材の位置のバリエーションの一例を示す概略図同実施形態による。
図4E】本実施形態による接触面の形状および芯部材の位置のバリエーションの一例を示す概略図同実施形態による。
図4F】本実施形態による接触面の形状および芯部材の位置のバリエーションの一例を示す概略図同実施形態による。
図5A】本実施形態のスタート信号伝達装置における、スタート信号到来前(スタート合図前)の芯部材の位置を示す上面図である。
図5B】本実施形態のスタート信号伝達装置における、スタート信号到来後(スタート合図後)の芯部材の位置を示す上面図である。
図6】本実施形態のスタート信号伝達装置を使用する際の、スタート信号伝達装置とユーザーの手との位置の関係を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[実施形態]
次に、図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態について説明する。
【0029】
図1は、本実施形態によるスタート信号伝達装置の概略外観を示す斜視図である。同図において符号1は、スタート信号伝達装置である。図示するように、スタート信号伝達装置1は、本体部2と、接触部3とを有している。本体部2には、アクチュエーター7が設けられている。同図において、接触部3側が前方向であり、本体部2側が後方向である。
アクチュエーター7は、外部から入力されるスタート信号に基づいて、芯部材8を軸方向に移動させる。芯部材8は、細長い円柱状の形状を有し、その軸方向の所定の可動域内で可動である。即ち、芯部材8は、前後方向に可動となるよう設けられている。接触部3には、芯部材8を貫通させるための軸孔が設けられている。また、接触部3を前方向から見たときに、軸孔の周辺の少なくとも一部の領域に外部接触面5が設けられている。外部接触面5は、スタート信号伝達装置1を外部の物等に接触させるための面である。
【0030】
本体部2および接触部3は、それぞれ、例えば、合成樹脂や、金属や、木などといった材料で構成される。本体部2および接触部3は、それぞれ、例えば、切削加工や射出成形といった手段によって成形される。本体部2および接触部3のそれぞれを成形するために、例えば、3Dプリンター(3次元プリンター)といった機械を用いてもよい。本体部2と接触部3の材質は、同一でもよいし、互いに異なっていてもよい。本実施形態では、本体部2と接触部3とを別々に成形し、樹脂ネジで留めることによって接触部3を本体部2に固定させている。ただし、接触部3を本体部2に固定させるために、樹脂ネジの代わりに金属ネジ等を用いてもよい。また、樹脂ネジや金属ネジ等以外の方法を用いて接触部3を本体部2に固定させてもよい。また、本体部2と接触部3とを元々一体の物として成形してもよい。
【0031】
アクチュエーター7は、リード線9を介して外部から入力されるスタート信号に基づいて、第1状態から第2状態への切り替えを行う。つまり、第1状態において外部接触面5よりも後側(本体部2側)に収まっていた芯部材8の少なくとも一部は、第1状態から第2状態に遷移したとき、外部接触面5よりも前側に押し出される。このとき、芯部材8は、押し出された際の力を、外部接触面5に接触していた物に作用させることができる。本実施形態では、アクチュエーター7として、ソレノイドを用いる。つまり、外部からのスタート信号として電圧がソレノイドに印加されたときに、電磁力により、芯部材8が移動する構成とする。2本のリード線9は、それぞれ、電源の正電極および負電極に接続される。
【0032】
芯部材8としては、例えば鉄等の金属材料を成形した円柱型の棒を使用する。芯部材8として使用される円柱の直径は、数ミリメートル(例えば、1.0ミリメートル以上且つ3.0ミリメートル以下)でよい。また、円柱の長さ(軸方向の長さ)は、1センチメートル以上であり、数センチメートル(例えば、5センチメートル)以下である。なお、アクチュエーター7と芯部材8とが一体化した製品(プッシュ型ソレノイド)を用いてスタート信号伝達装置1を構成してもよい。
【0033】
なお、ソレノイド以外の技術を利用してアクチュエーター7を実現してもよい。その場合においても、アクチュエーター7は、外部から入力されるスタート信号に応じて、芯部材8の位置の変更を実行する。つまり、アクチュエーター7は、芯部材8が外部接触面5から外部側に出ていない第1状態から、芯部材8の少なくとも一部が外部接触面5から外部側に出ている第2状態への切り替えを行う。
【0034】
スタート信号伝達装置1を、競走(陸上競技)や競泳(水泳)等の競技におけるスタートの合図の伝達に用いることができる。例えば、人体の一部(手や指等)が外部接触面5に接していたとき、外部からのスタート信号をトリガーとして第1状態から第2状態に遷移することによって、芯部材8が当該人体に接触するとともに、当該人体を押す。この力を人は触覚により感知する。競走や競泳などといった競技においては、音(例えば、ピストル音や電子音)によるスタート合図を行うことが一般的であるが、本実施形態のスタート信号伝達装置1を用いると、例えば聴覚障害者にも、スタートの合図を伝達することが可能となる。
【0035】
スタート信号伝達装置1を例えば陸上競技におけるクラウチングスタートのために用いる場合には、芯部材8が地面(トラック面)と平行な方向または略平行な方向に移動するように、スタート信号伝達装置1を地面(トラック面)等に設置する。スタート信号伝達装置1を他の競技の場合には、必要に応じて、適切な方向に芯部材が移動するように、スタート信号伝達装置1を適切な角度で適切な場所に設置してよい。
【0036】
次に、本体部2の詳細な形状等について説明する。図2A図2B,および図2Cは、スタート信号伝達装置1の本体部2の形状を示す、それぞれ、正面図(前側)、側面図(左側)、および上面図である。
【0037】
図2A(正面図)において、手前方向が前側であり、奥方向が後側である。図示するように、本体部2の前側には、中央部分の1個の軸孔22と、左右それぞれに合計2個のネジ孔25とが設けられている。また、本体部2には、アクチュエーター設置領域21が設けられている。アクチュエーター設置領域21の形状やサイズは、アクチュエーター7の形状やサイズに合わせて適宜定めてよい。図示する例では、本体部2の上部を半円状にくりぬいてアクチュエーター設置領域21が設けられている。アクチュエーター7は、本体部2のアクチュエーター設置領域21に固定して設置される。なお、軸孔22の中心と、当該半円の中心とは、一致する。軸孔22は、芯部材8を通すための孔である。ネジ孔25の各々は、接触部3を本体部2に固定するための樹脂ネジ等を通すための孔である。正面視したとき、本体部2の形状は、角に丸みを持った四角形である。この四角形のサイズは、一例として、幅30ミリメートル程度、高さ12ミリメートル程度である。
【0038】
図2B(側面図、左側)において、左方向が前側であり、右方向が後側である。図示するように、本体部2の前側には、軸孔22およびネジ孔25が設けられている。また、本体部2の上部の一部をくりぬいた形状で、アクチュエーター設置領域21が設けられている。アクチュエーター7による芯部材の可動方向は、前後方向(この側面図における左右方向)である。また、本体部2には、芯部材8の後側の可動領域として、芯部材可動領域29がくりぬきの形で設けられている。この側面図で示すように、本体部2の前側と後側では高さが異なり、途中に段差が設けられている。一例として、前側の高さは12ミリメートル程度、後側の高さは9ミリメートル程度である。なお、本体部2の前後方向の長さは、一例として38ミリメートル程度である。また、アクチュエーター設置領域21の前後方向の長さは、一例として19ミリメートル程度である。また、芯部材可動領域29の長さは、一例として9ミリメートル程度である。
【0039】
図2Cは、(上面図)において、上方向が後側であり、下方向が前側である。本体部2の前側には、1個の軸孔22と、2個のネジ孔25とが設けられている。また、本体部2には、アクチュエーター設置領域21が設けられている。この上面図に示すように、アクチュエーター設置領域21の左右の内側壁と、本体部2のそれぞれ左右の外側壁との厚みは、左右均等である。また、軸孔22の左右方向における位置は、本体部2の略中央である。
【0040】
次に、接触部3の詳細な形状等について説明する。図3A図3B,および図3Cは、スタート信号伝達装置1の接触部3の形状を示す、それぞれ、正面図(前側)、側面図(左側)、および上面図である。
【0041】
図3A(正面図)において、手前方向が前側であり、奥方向が後側である。図示するように、接触部3には、接触部3全体を貫通する、中央部分の1個の軸孔32と、左右それぞれに合計2個のネジ孔35とが設けられている。接触部3を本体部2に固定させたとき、接触部3の軸孔32の位置と、本体部2の軸孔22の位置とは、正面視において一致する。また、接触部3の各々のネジ孔35の位置と、本体部2の対応するネジ孔25の位置とは、正面視において一致する。軸孔32は、芯部材8を通すための孔である。また、ネジ孔35は、接触部3を本体部2に固定するための樹脂ネジ等を通すための孔である。接触部3の前側には、傾斜部38を経て、外部接触面5が設けられている。外部接触面5は、軸孔32の周囲に設けられた、幅が略一定の勘定の平面である。正面視したとき、本体部2の形状は、角に丸みを持った四角形である。この四角形のサイズは、一例として、幅30ミリメートル程度、高さ15ミリメートル程度である。また、軸孔32の直径は、一例として6ミリメートル程度である。軸孔32の直径は、芯部材8の断面直径よりも大きいことを要する。外部接触面5の内径直径は、軸孔32の直径と同じく、一例として6ミリメートル程度である。外部接触面5の外径直径は、一例として10ミリメートル程度である。つまり、外部接触面5の環は、2ミリメートル程度の略一定の幅を有する。
【0042】
なお、芯部材8の断面直径と、軸孔32の直径と、外部接触面5の内径直径との関係、およびそのバリエーションについては、後で説明する。
【0043】
図3B(側面図、左側)において、左方向が前側であり、右方向が後側である。図示するように、接触部3には、軸孔32およびネジ孔35が設けられている。接触部3全体の厚さ(前後方向の長さ)は、一例として4ミリメートル程度である。そのうち、傾斜部38の厚さ(前後方向の長さ)は、一例として2ミリメートル程度である。この接触部3の後側(この側面図における右側)の面が、本体部2の前側の面と接するように固定される。
【0044】
図3C(上面図)において、上方向が後側であり、下方向が前側である。図3A図3B図3Cに示すように、傾斜部38は、略円錐台形状を有する。当該円錐台形の前側の環状の平面が、外部接触面5である。
【0045】
図4Aは、接触部3が有する外部接触面5と、芯部材8の位置との関係を示す概略図である。この図を参照しながら、外部接触面5と芯部材8との間の位置の関係等について説明する。図4Aは、スタート信号伝達装置1の正面側から、芯部材8の軸方向に見た図である。この正面図の手前方向が前側であり、奥方向が後側である。正面視したとき、外部接触面5は、環状あるいは略環状である。また、芯部材8は、軸方向に見たときに円形または略円形である。また、正面視したとき、円柱状の芯部材8の断面の中心と、外部接触面5の環の中心とは、略一致する。なお、正面視したときの、芯部材8の外周と外部接触面5の環の内周との間の離間距離xについては、後で説明する。また、正面視したときの、外部接触面5の環の幅yや、芯部材8の直径zについても、後で説明する。外部接触面5の環の幅とは外部接触面5の外周円の半径から内周円の半径を減じた差である。
【0046】
図4B図4C図4D図4E図4Fの各々は、接触部3が有する外部接触面5の複数のバリエーション、および各々の場合における外部接触面5と芯部材8との位置の関係を示す概略図である。図4Aの場合と同様に、これらの正面図の手前方向が前側であり、奥方向が後側である。
【0047】
図4Bに示す外部接触面5は、正面視において、芯部材8の周囲を囲う形で配置される。同図に示す外部接触面5は、所定の幅を持ち、4つの角に丸みを付けた角丸四角形の形状を有する。
【0048】
図4Cに示す外部接触面5は、正面視において、芯部材8の周囲を囲う形で配置される。同図に示す外部接触面5は、所定の幅を持ち、六角形の形状を有する。
【0049】
図4Dに示す外部接触面5は、正面視において、芯部材8の周囲の大部分を囲う形で配置される。しかしながら、外部接触面5は、芯部材8の周囲の全部を囲うものではなく、一部、上部と下部とに切れ目が存在する。同図に示す外部接触面5は、2つの三日月状の形状が横方向に互いに対向する形態を有する。
【0050】
図4Eに示す外部接触面5は、正面視において、芯部材8の周囲の大部分を囲う形で配置される。しかしながら、外部接触面5は、芯部材8の周囲の全部を囲うものではなく、一部、左上部と右下部とに切れ目が存在する。同図に示す外部接触面5は、2つの鉤括弧状の形状が斜め方向に互いに対向する形態を有する。
【0051】
図4Fに示す外部接触面5は、正面視において、6個の円の集合として構成される。これら6個の円は、正面視において、芯部材の周囲を六角形状に囲むものであるが、各円と隣り合う円との間には隙間が存在する。
【0052】
図4A図4B図4C図4D図4E図4Fに示したそれぞれの外部接触面5は、形状はさまざまであるものの、いずれも、軸方向に見たときの芯部材8の周囲の少なくとも一部の領域を外部に接触させるための平面である。つまり、これらのいずれの場合の外部接触面5も、外部接触面5に接触する物体と、芯部材8との位置関係を安定させる作用を生じるものである。
【0053】
次に、アクチュエーター7による作用と、芯部材8に関する状態の遷移について説明する。前述の通り、本実施形態では、ソレノイドを用いてアクチュエーター7を実現している。例えば、アクチュエーター7を実現するために、新電元メカトロニクス社の小型プルプッシュソレノイド(14C)を用いることができる。スタート信号伝達装置1では、ソレノイドのコイルに電圧を印加(スタート信号)することにより、芯部材8の位置を変える。具体的には、アクチュエーター7は、外部からの電圧信号(スタート信号)に応じて、芯部材8の状態を、第1状態から第2状態に遷移させる。第1状態とは、芯部材8が外部接触面5から外部側(前側)に全く出ていない状態である。第2状態とは、芯部材8の少なくとも一部(例えば、先端の数ミリメートル)が外部接触面5から外部側(前側)に出ている状態である。
【0054】
図5Aは、スタート信号伝達装置1が有する芯部材8の、上記の第1状態における位置を示す上面図である。図5Aにおいて、左側が前方であり、右側が後方である。この第1状態において、芯部材8の全体は、外部接触面5よりも後方(図における右側)に収まっている。つまり、芯部材8の先端は、軸孔32から外部接触面5の外側(図における左側)には出ていない。
【0055】
図5Bは、スタート信号伝達装置1が有する芯部材8の、上記の第2状態における位置を示す上面図である。図5Bにおいて、左側が前方であり、右側が後方である。この第2状態において、芯部材8の前方先端は、軸孔32から外部接触面5の外側(図における左側)には出ている。これにより、外部接触面5に接触している物は、例えば人の身体のパーツの一部は、芯部材8が第2状態にあることを感知することが可能である。なお、ソレノイドの可動鉄芯71の端部72の可動範囲は、アクチュエーター設置領域21内に制限されている。これにより可動鉄芯71に対して固定されている芯部材8の可動範囲も制限される。
【0056】
本実施形態では、ソレノイドに電圧が印加されていない状態から印加されている状態に変化することにより、電磁力が発生し、第1状態から第2状態に遷移するようにしている。一方、電圧の変化を逆にしてもよい。逆にする場合、ソレノイドに電圧が印加されている状態から印加されていない状態に変化したとき、電磁力が消滅し、アクチュエーター7等が有するバネ(金属バネ、空気バネ)等の力によって芯部材8が移動する。この場合にも、芯部材8は、第1状態から第2状態に遷移する。つまり、アクチュエーター7は、スタート信号によって、コイルに電圧を印加して磁界を発生させ、またはコイルへの電圧の印加をやめて磁界を発生させなくする、ことによって第1状態と第2状態とを切り替えるソレノイドである。
【0057】
図6は、スタート信号伝達装置1を使用する際の、スタート信号伝達装置1と伝達先である人の手との位置関係を示す概略図である。同図に示されている右手は、陸上競技の短距離競走におけるクラウチングスタート(crouch start)をする際の置き方で、平面上に置かれている。即ち、人差し指と親指の間を広げながら、5本の指の腹が平面上に置かれている。スタート前には、5本のすべての指がスタートラインよりも後方に置かれる。スタート信号伝達装置1は、親指の第一関節あたりの、スタートラインに対して後方側に置かれる。このとき、スタート信号伝達装置1は、必要に応じて平面上に固定される。2本のリード線9は、手に干渉しないようにスタート信号伝達装置1の後方に伸ばすことが好ましい。より詳細には、芯部材8が、外部接触面5の外側に出たときに親指の第一関節あたりを押すように位置合わせして、親指の後方側を外部接触面5に接触させる。競走のスタートの直前の状態(「On your mark」(位置について)の直前の状態)において右手とスタート信号伝達装置1とを配置しておく。これにより、スタート信号伝達装置1にスタート信号が届く(ソレノイドに電圧が印加される)と、芯部材8の先端が親指の第一関節のあたりを突く。つまり、親指に対する押圧を生じさせる。このときの芯部材8からの接触刺激によって、競技者(走者)はスタートのタイミングを感知する。
【0058】
図6では、右手と1台のスタート信号伝達装置1との関係を示した。実際には、短距離競争におけるクラウチングスタートをする際には、左右両方の手のそれぞれに、計2台のスタート信号伝達装置1が接するように置いて使用する。それら2台のスタート信号伝達装置1を並列に接続することによって、スタート信号(電圧信号)が2台のスタート信号伝達装置1に同時に到達する。これによって、2台のスタート信号伝達装置1の各々の芯部材8が同時に、各手(右手と左手)に同時に接触刺激を与える。
【0059】
以上、図6を参照しながら、陸上競技のクラウチングスタートをする場合のスタート信号伝達装置1の使用のしかたを説明した。スタート信号伝達装置1は、陸上競技のクラウチングスタートのためだけではなく、他の競技のスタートの合図を行うためにも使用することができる。例えば、水泳(競泳)や、陸上競技の中長距離競走(スタンディングスタートが用いられる)や、その他の競技のために、スタート信号伝達装置1を用いることができる。図6では、芯部材8が水平方向に押し出される場合を示したが、競技の種類等によっては、芯部材が水平方向以外の方向に押し出されて人の身体のパーツの一部箇所に接触刺激を与えるようにしてもよい。例えば、芯部材8が、垂直方向(上から下、あるいは下から上)に押し出されたり、斜め上または斜め下の方向に押し出されたりするように、スタート信号伝達装置1の構造・形状を設計してもよい。
【0060】
[芯部材8の直径]
芯部材8の直径zが大きすぎると、装置が大型化してしまうデメリットがある。また、芯部材8の直径zが小さすぎると、スタートの合図の際に手に対して与える圧力が大きすぎるという問題が生じ得る。そこで、芯部材8の直径zは、1.0mm以上且つ3.0mm以下であることが好ましい。本実施形態では、zを2.0mmとしている。
【0061】
[芯部材8が外部接触面5から突出する長さ]
前記の第2状態において、芯部材8の先端が外部接触面5から前側に出ている。芯部材8が外部接触面5から突出する長さ(押出距離)は、人の皮膚に接触するものであることを考慮すると、2.0mm以上且つ4.0mm以下であることが好ましい。2.0mm以上の押出距離は、手に十分な刺激を与えるのに適した距離である。本実施形態では、この押出距離を3.0mmとしている。なお、本実施形態において芯部材8の先端は、平らな形状をしている。ただし、芯部材8の先端に丸みを付けたり、テーパーを付けたりしたものであってもよい。
【0062】
[外部接触面5の環の幅]
スポーツ競技においてスタートの際の、手の形状や手の置き方は、競技者ごとの差が大きい。したがって、できる限り少ない接触面で十分な刺激を安定して伝達できるようにすることが好ましい。つまり、外部接触面5の面積は、大きすぎないことが好ましい。一方で、外部接触面5の面積が小さすぎると、スタート信号伝達装置1と手との間の接触の安定性に欠けることとなる。そこで、環状の外部接触面5を設ける場合の環の幅yは、1.0mm以上且つ3.0mm以下であることが好ましい。本実施形態では、yを2.0mmとしている。
【0063】
[芯部材8の外周と外部接触面5の環の内周との間の離間距離]
スタート信号伝達装置1の正面側から見たときの、芯部材8の外周と外部接触面5の環の内周との間の離間距離xは、5.0mm以下であることが好ましい。この離間距離xが大きすぎると、スタートの合図の際に芯部材8の先端を人の身体のパーツの所望の位置に当てることが困難になる。xの範囲として、次の3通りのいずれかとしてよい。なお、単位はミリメートルである。この3通りの離間距離xのそれぞれについて、次に実験結果に基づく評価を行っている。
(1)0.0<x≦1.0
(2)1.0<x≦3.0
(3)3.0<x≦5.0
【0064】
[実験結果と評価]
スタート信号伝達装置1を、競走や競泳などといったスポーツ競技で使用する場合、人間系まで含めた応答遅延時間を考慮する必要がある。特に、音刺激によるスタート合図に基づいてスタートする競技者と、スタート信号伝達装置1を用いた接触刺激によるスタート合図に基づいてスタートする競技者とが同時に競技する場合には、両者間で不公平が生じないようにする必要がある。あるいは、不公平が極力少なくなるようにする必要がある。音刺激によるスタート合図に基づいてスタートする競技者とは、例えば、聴覚に障害を有しない競技者である。接触刺激によるスタート合図に基づいてスタートする競技者とは、例えば、聴覚障害者である。そこで、以下では、実験結果にも基づき、上記の公平性の観点から、スタート信号伝達装置1のより詳細な構成について検討する。
【0065】
表1は、実験のために用いた7種類の刺激種別ごとの、反応時間の測定結果を示す一覧である。表1において、刺激識別情報は、刺激種別ごとに付与したaからgまでの識別情報である。刺激種別aは、LED光による刺激である。刺激種別bからgまでの6種類は、スタート信号伝達装置1を用いたプッシュ型接触刺激である。これらの6種類の刺激種別は、芯部材8の外周と外部接触面5の環の内周との間の離間距離xの違いと、接触刺激を与える人の身体の場所の違いとの組み合わせによるものである。刺激種別bとcとでは、離間距離xは、0.0<x≦1.0の範囲内にある(単位はミリメートル)。実験では、その範囲内の代表的な値としてx≒0.0としている。刺激種別dとeとでは、離間距離xは、1.0<x≦3.0の範囲内にある。実験では、その範囲内の代表的な値としてx=2.0としている。刺激種別fとgとでは、離間距離xは、3.0<x≦5.0の範囲内にある。実験では、その範囲内の代表的な値としてx=4.0としている。また、プッシュ型接触刺激を与える人の身体の部位として、親指の指腹と、親指の第一関節との、2通りとしている。刺激種別b,d,fでは、刺激を与える部位を親指の指腹としている。刺激種別c,e,gでは、刺激を与える部位を親指の第一関節付近としている。
【0066】
表1に示す反応時間平均値は、各刺激に対して反応までに要した時間を測定した結果の平均値である。この反応時間の単位は、秒(sec)である。本実験では、6名の被験者に対して反応時間を測定し、その平均値をとっている。また、併せて、表1では、各被験者の反応時間の測定結果の標準偏差値と分散値とを示している。
【0067】
【表1】
【0068】
表2は、表1に示した7種類の刺激に対する反応時間の測定結果に対して、多重検定を行った結果である。つまり、表2は、aからgまでの7種類の刺激のうちの、2種類のペアごとに、テューキー(Tukey)の検定の値、T検定の値、ボンフェローニ(Bonferroni)の検定の値を示す。なお、表2におけるT検定の値およびボンフェローニの検定の値については、指数表記を用いている。
【0069】
【表2】
【0070】
表2に示す21個のペアのうち、Tukeyの値が大きい順の上位8ペアは、a-b(第1行目)、a-e(第4行目)、a-d(第3行目)、b-g(第11行目)、e-g(第20行目)、d-g(第18行目)、a-c(第2行目)、a-f(第5行目)である。
【0071】
表3は、上記の上位8ペアについて、速い側(反応時間が短い側)および遅い側(反応時間が長い側)を並べたものである。
【0072】
【表3】
【0073】
表3のa-b,a-c,a-d,a-e,a-fの各ペアが示す通り、LED光刺激への反応時間に対して、プッシュ型接触刺激への反応時間は、安定的に短い。また、b-g,d-g,e-gの各ペアが示す通り、g(PUSH 4mm 親指 第一関節)の刺激への反応時間に対して、b(PUSH 0mm 親指 指腹),d(PUSH 2mm
親指 指腹),e(PUSH 2mm 親指 第一関節)の各刺激の反応時間は短い。また、表2を参照すると、親指の指腹への刺激と、親指の第一関節への刺激との間では、有意差はない。つまり、スタート信号伝達装置1が親指の第一関節に刺激を与えるように実施しても、親指の指腹に刺激を与える場合と比べて特に不利はない。
【0074】
以上の実験結果の評価から、離間距離xを、1.0<x≦3.0とする(代表的には、x=2.0とする)ことが有利である。離間距離xを、1.0<x≦3.0とした場合には、dの刺激(指腹)も、eの刺激(第一関節)も、gの刺激に対して有利である。また、光による刺激の場合には目のまばたきの問題が生じ得たが、触覚による刺激を用いる場合にはこのまばたき等による問題は生じない。また、表1に示したdの刺激およびeの刺激への反応時間と、音(ピストル音等)による刺激への反応時間との差は、下で表4から表6までを参照しながら説明する通り、10ミリ秒未満である。10ミリ秒は、例えば陸上の競走競技における写真判定での最小時間単位である。これらの事実から、本実施形態によるスタート信号伝達装置1は、特に1.0<x≦3.0とする場合には、陸上等のスポーツのスタートの合図を聴覚障害者等に伝達するために使用することが適切である。
【0075】
次に、表4から表6までを参照しながら、光による視覚刺激とプッシュ方式による触覚刺激とを比較した実験結果について説明する。
【0076】
表4は、本実施形態によるスタート信号伝達装置自体の反応時間を計測した結果を表すものである。この表は、10回の試行によるスタート信号伝達装置の反応時間と、各回の平均からの差と、各回の差の2乗と、各回の差分ベクトルとを表す。また、この表は、これらのサンプルに基づく、平均値と、分散値と、標準偏差とを表す。反応時間の計測値の単位はミリ秒(msec)である。平均値は8.7(msec)、分散は0.41、標準偏差は0.6403である。ここで計測している時間は、スタート信号伝達装置に与えられるスタート信号のタイミングから、芯部材8が電磁力により動かされて終端に達するまで(人の皮膚面に達するまで)の時間である。
【0077】
【表4】
【0078】
表5は、LED光による視覚刺激を用いた場合の人の反応時間と、プッシュ方式による触覚刺激を用いた場合の人の反応時間とを、それぞれ16回ずつの試行によって計測した結果を表す。また、各方式について、前半(第1回から第8回まで)と、後半(第9回から第16回まで)と、全体(第1回から第16回まで)との、それぞれの計測結果を表している。反応時間の単位は秒(sec)である。ここでは、LED光による視覚刺激を用いた場合と、プッシュ方式による触覚刺激を用いた場合との、それぞれの平均値および標準偏差を表している。また、表5は、これらの試行結果である計測時間に関する検定結果(t検定およびF検定)を表している。
【0079】
表5に表しているように、LED光による視覚刺激の場合の全体(16回)の反応時間の平均値は、0.2211秒である。また、プッシュ方式による触覚刺激の場合の全体(16回)の反応時間の平均値は、0.2060秒である。このように、LED光による視覚刺激を用いる場合よりも、プッシュ方式による触覚刺激を用いる場合のほうが、平均値として0.0151秒、短い反応時間を得ることができる。つまり、本実施形態によるスタート信号伝達装置を用いることにより、LED光による視覚刺激を用いる場合よりも、スタート信号の伝達を改善することができる。
【0080】
【表5】
【0081】
表6は、スタート信号が発せられた時点から、人が反応する時点までの、トータルな時間を評価した数値を表す。表6において、(A)は、スタート信号が発せられた時から刺激が人体に届くまでの時間である。(B)は、人の反応時間である。(C)は、それらの合計時間である。即ち、(A)+(B)=(C)である。表6に示す数値の単位は秒(sec)である。この表では、小数点以下第4位までを表している。
【0082】
LED光による視覚刺激は、人体まで、光速で伝わる。つまり、ここに示す有効桁数において、光速での伝達に要する時間は0.0000秒である。また、LED光による視覚刺激の場合の人の反応時間は、平均値として0.2211秒である。なお、これらの合計時間は、表5にも表した通り、0.2211秒(0.0000秒+0.2211秒)である。
【0083】
一方、プッシュ方式による触覚刺激が、人体まで伝わる時間は、表4にも表した通り、平均値として0.0087秒である。また、プッシュ方式による触覚刺激の場合の人の反応時間は、平均値として0.1973秒である。なお、これらの合計時間は、表5にも表した通り、0.2060秒(0.0087秒+0.1973秒)である。
【0084】
【表6】
【0085】
以上のように、スタート信号時から刺激が人体に届くまでの時間を加味した場合にも、LED光による視覚刺激を用いる場合よりも、プッシュ方式による触覚刺激を用いる場合のほうが、平均値として0.0238秒、短い反応時間を得ることができる。なお、プッシュ方式による触覚刺激を用いる場合には、刺激が人体に届くまでの時間(表6の(A))が不利に作用するため、これを補正する形でスタート信号のタイミングを調整するようにしてもよい。
音(ピストル音等)による刺激への反応時間よりも光による刺激への反応時間のほうが0.0300秒長いことは知られている。プッシュ方式による触覚刺激への反応時間は、光による刺激への反応時間よりも、上記の通り、0.0238秒短い。つまり、プッシュ方式による触覚刺激への反応時間は、音(ピストル音等)による刺激への反応時間よりも、せいぜい0.0062秒長い程度である。つまり、表1に示したdの刺激およびeの刺激への反応時間と、音(ピストル音等)による刺激への反応時間との差は、前述の通り、10ミリ秒未満である。
【0086】
以上、説明したように、本実施形態による装置は、次のようなスタート信号伝達方法を実現する。すなわち、そのスタート信号伝達方法は、触覚によりスタート信号を伝達するスタート信号伝達方法である。また、そのスタート信号伝達方法では、軸方向に可動として設けられた芯部材が、前記軸方向に見たときの前記芯部材の周囲の少なくとも一部の領域を外部に接触させるための外部接触面から外部側に出ていない第1状態から、外部から入力される前記スタート信号に応じて、ソレノイドに印加される電圧の状態を変化させることによって、前記芯部材の少なくとも一部が前記外部接触面から外部側に出ている第2状態に遷移させて、前記外部接触面に接していた身体の一部部位を前記芯部材が押す。
【0087】
本実施形態によれば、スタート信号伝達装置1は、芯部材8の軸方向に見たとき(平面視)の、芯部材8の周囲の少なくとも一部の領域を外部に接触させるための外部接触面を有している。この外部接触面を例えば人体に接触させることにより、人体と芯部材8との相対的な位置関係を安定的に固定することができる。これにより、芯部材8が第1状態から第2状態に移行したときに、芯部材8が人体の所望の位置(例えば、手の皮膚上の所望の所定の位置)を確実にプッシュすることができる。つまり、スタート信号を、確実に、人体に伝達することが可能となる。仮に、上記の外部接触面を持たない場合には、人体の所望の位置を適切にプッシュすることができないことによってスタート信号を適切に伝達することができない可能性が高まる。
【0088】
上記の外部接触面について、さらに説明する。上記の通り、この外部接触面とは、芯部材8の軸方向に見たときの、芯部材8の周囲の少なくとも一部の領域を占める面である。そして、その一態様は、上記平面視において、芯部材8の部分を基準として、ある所定方向の両側のそれぞれに、少なくとも、外部接触面の領域が存在する態様である。これにより、人体と芯部材8との間の相対的な位置関係の安定化を図ることができる。そのさらに具体的な態様は、図4Aから図4Fまでに示した通りである。これらの特殊な一態様は、下で説明する、環状または略環状の形状を有する外部接触面である。
【0089】
即ち、本実施形態によれば、前記の外部接触面の形状は、芯部材8の軸方向に見たときに環状または略環状である。これにより、芯部材8を軸方向に見たとき(平面視)に、芯部材8の周から外部接触面までの離間距離を一定とすることができる。これにより、外部接触面からスタート信号伝達装置1側に人体の一部が食い込むことを防ぐことができる。つまり、スタート信号の伝達特性を安定させることができる。
【0090】
また、本実施形態によれば、光を用いた視覚刺激による伝達や、予め人体(手など)が接触している面を振動させる方式による伝達を行う場合よりも、短い時間で、即ち、より良い伝達特性で、スタート信号を人体に伝達させることができる。
【0091】
以上、この発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計等も含まれる。例えば、本体部2や接触部3の形状やサイズを変更してもよい。また、例えば、雨等からの保護のために、本体部2の上部にカバー等を設けてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明は、触覚による合図のために利用することができる。本発明は、例えば、聴覚障害者が参加するスポーツ競技等に利用することができる。但し、本発明の利用範囲はここに例示したものには限られない。
【符号の説明】
【0093】
1 スタート信号伝達装置
2 本体部
3 接触部
5 外部接触面
7 アクチュエーター
8 芯部材
9 リード線
21 アクチュエーター設置領域
22 軸孔
25 ネジ孔
29 芯部材可動領域
32 軸孔
35 ネジ孔
38 傾斜部
71 可動鉄芯
72 端部
図1
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図4F
図5A
図5B
図6