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7258601熱引け性に優れた内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-07
(45)【発行日】2023-04-17
(54)【発明の名称】熱引け性に優れた内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート
(51)【国際特許分類】
   F01L 3/02 20060101AFI20230410BHJP
   B22F 5/00 20060101ALI20230410BHJP
   B22F 3/26 20060101ALI20230410BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20230410BHJP
   B22F 7/00 20060101ALI20230410BHJP
   B22F 7/06 20060101ALI20230410BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230410BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20230410BHJP
   F01L 3/04 20060101ALI20230410BHJP
【FI】
F01L3/02 H
B22F5/00 Z
B22F3/26 B
B22F3/24 102Z
B22F7/00 Z
B22F7/06 A
C22C38/00 304
B22F3/24 Z
C25D7/00 C
F01L3/04
F01L3/02 F
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019037694
(22)【出願日】2019-03-01
(65)【公開番号】P2020051426
(43)【公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-06-21
(31)【優先権主張番号】P 2018174566
(32)【優先日】2018-09-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390022806
【氏名又は名称】日本ピストンリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】及川 礼人
(72)【発明者】
【氏名】諏訪 清
(72)【発明者】
【氏名】小川 勝明
(72)【発明者】
【氏名】大重 公志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
【審査官】鶴江 陽介
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-240504(JP,A)
【文献】特開2017-115184(JP,A)
【文献】特表2015-528053(JP,A)
【文献】国際公開第2018/020979(WO,A1)
【文献】特表2004-522860(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01L 3/02
F01L 3/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金製シリンダヘッドと該アルミニウム合金製シリンダヘッドに圧入される内燃機関用バルブシートとからなる内燃機関用構造体であって、
前記内燃機関用バルブシートが、鉄基焼結合金製で、機能部材側層のみの単層からなり、該機能部材側層の空孔にはCuが溶浸されてなり、さらに、前記バルブシートの少なくとも外周面にはめっき膜を有し、
前記めっき膜が、厚さ:1~100μmで、ビッカース硬さHVで硬さ:50~300HVを有するめっき膜であり、かつ該めっき膜の硬さが、ビッカース硬さHVで、前記シリンダヘッドの硬さの1.05~4.5倍の範囲を満足し、
前記機能部材側層が、基地相中に硬質粒子を分散させた基地部と溶浸でCuが充填された空孔を含み、前記基地相が、基地相全量に対する体積%で、15%以上の微細炭化物析出相と、0%を含み80%未満の焼戻マルテンサイト相、またはパーライト、マルテンサイト相および高合金相とからなる基地相組織を有し、前記基地部が、前記基地相中に、ビッカース硬さで600~1200HVの硬さを有する前記硬質粒子を、基地部全量に対する体積%で、10~30%分散させ、さらに、固体潤滑剤粒子を前記基地部全量に対する体積%で、0.1~5.0%分散させてなる基地部組織と、該基地部全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、Co:11.75~20.79%、Mo:7.68~11.74%、Si:0.68~1.52%、Cr:3.25~4.58%、Mn:1.34~1.64%、W:2.38~3.81%、V:0.70~1.24%、S:0.64~0.73%を合計で44.14%以下含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地部組成と、を有し、さらに前記空孔に溶浸で充填されたCuを、機能部材側層全量に対する体積%で、10~35%含む層であることを特徴とする内燃機関用構造体。
【請求項2】
前記機能部材側層には、バルブ当たり面が形成され、該機能部材側層の300℃における熱伝導率が25W/m・K以上であることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関用構造体。
【請求項3】
アルミニウム合金製シリンダヘッドと該アルミニウム合金製シリンダヘッドに圧入される内燃機関用バルブシートとかなる内燃機関用構造体であって、
前記内燃機関用バルブシートが、鉄基焼結合金製で、機能部材側層と支持部材側層との2層を一体化してなり、前記機能部材側層および前記支持部材側層の空孔にはCuが溶浸されてなり、さらに、前記バルブシートの少なくとも外周面にはめっき膜を有し、
前記めっき膜が、厚さ:1~100μmで、ビッカース硬さHVで硬さ:50~300HVを有するめっき膜であり、かつ該めっき膜の硬さが、ビッカース硬さHVで、前記シリンダヘッドの硬さの1.05~4.5倍の範囲を満足し、
前記機能部材側層が、基地相中に硬質粒子を分散させた基地部と溶浸でCuが充填された空孔を含み、前記基地相が、基地相全量に対する体積%で、15%以上の微細炭化物析出相と、0%を含み80%未満の焼戻マルテンサイト相、またはパーライト、マルテンサイト相および高合金相とからなる基地相組織を有し、前記基地部が、前記基地相中に、ビッカース硬さで600~1200HVの硬さを有する前記硬質粒子を、基地部全量に対する体積%で、10~30%分散させてなり、さらに、固体潤滑剤粒子を前記基地部全量に対する体積%で、0.1~5.0%分散させてなる基地部組織と、該基地部全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、Co:11.75~20.79%、Mo:7.68~11.74%、Si:0.68~1.52%、Cr:3.25~4.58%、Mn:1.34~1.64%、W:2.38~3.81%、V:0.70~1.24%、S:0.64~0.73%を合計で44.14%以下含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地部組成と、を有し、さらに前記空孔に溶浸で充填されたCuを、機能部材側層全量に対する体積%で、10~35%含む層であ
ることを特徴とする内燃機関用構造体。
【請求項4】
前記機能部材側層には、バルブ当たり面が形成され、該機能部材側層の300℃における熱伝導率が25W/m・K以上で、かつ前記支持部材側層の300℃における熱伝導率が60W/m・K以上であることを特徴とする請求項3に記載の内燃機関用構造体。
【請求項5】
前記めっき膜の表面粗さが、JIS B 6010-1994の規定に準拠して算術平均粗さRaで、0.1~1.6μmであることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の内燃機関用構造体。
【請求項6】
前記めっき膜が、銅めっき膜または錫めっき膜であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の内燃機関用構造体。
【請求項7】
前記バルブシートの外周面の少なくとも1箇所に粗面化領域として、円周方向に延在する凹部と凸部とが隣接してなる凹凸を前記円周方向に垂直な方向に複数列有する凹凸混合部を有し、前記粗面化領域を、前記外周面の全域に対する面積率で合計で0.3%以上有することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の内燃機関用構造体。
【請求項8】
前記凹凸混合部が、前記外周面に対し垂直な方向から観察して、圧入方向に三角形状を呈し、かつ圧入方向に向く該三角形状の頂点が、頂角:10~150°であることを特徴とする請求項7に記載の内燃機関用構造体。
【請求項9】
前記機能部材側層が、バルブシート全量に対する体積%で、10~40%であることを特徴とする請求項3ないし8のいずれかに記載の内燃機関用構造体。
【請求項10】
前記支持部材側層が、基地相と溶浸でCuが充填された空孔を含み、前記支持部材側層の前記基地相が、該基地相全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地相組成を有し、さらに前記支持部材側層の前記空孔に溶浸で充填されたCuを、前記支持部材側層全量に対する体積%で、15~35%含む層であることを特徴とする請求項3に記載の内燃機関用構造体。
【請求項11】
記支持部材側層が、基地相と溶浸でCuが充填された空孔を含み、前記支持部材側層の前記基地相中に固体潤滑剤粒子を分散させてなる基地部を有し、前記支持部材側層の前記固体潤滑剤粒子を、前記支持部材側層の前記基地部全量に対する体積%で、0.1~4.0%分散させてなる基地部組織と、前記支持部材側層の前記基地部全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、Mn:0.64~0.65%、S:0.34~0.36%を合計で1.01%以下含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地部組成を有し、さらに前記支持部材側層の前記空孔に溶浸で充填されたCuを前記支持部材側層全量に対する体積%で、15~35%含む層であることを特徴とする請求項に記載の内燃機関用構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシートに係り、とくに耐摩耗性を維持しつつ、熱引け性を向上させたバルブシートに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関で、バルブを着座させるバルブシートには、燃焼室の気密性の保持に加えて、バルブの繰返し当接による摩耗に十分に耐えられる耐摩耗性と、優れた熱引け性を保持することが要求されている。とくに、バルブシートの熱引け性は、エンジン出力に大きく影響する特性で、そのため、バルブシートには優れた熱引け性を保持することが切望されていた。
【0003】
また、近年では、異なる材料からなる2層構造のバルブシートが適用されるようになっている。この2層構造のバルブシートでは、バルブを着座させるバルブ当り面側に優れた耐摩耗性を有する材料からなる機能部材側層を、シリンダヘッドに接する着座面側に支持部材側層として、優れた熱伝導性を有する材料からなる層を配し、これら2層を一体化している。このような構造のバルブシートは、寸法精度が高いこと、特殊な合金を使用できることなどから、最近では殆どが、粉末冶金を利用した焼結合金製となっている。
【0004】
最近の内燃機関の高効率化・高負荷化の更なる促進にともない、燃焼室周りの温度がさらに上昇する傾向にあり、ノッキングの発生が懸念されている。ノッキングの発生を抑制し、内燃機関の更なる高効率化を達成するため、バルブ及びバルブシートの温度を低下することが、今後の重要なポイントであるとされている。
【0005】
このような要望に対し、例えば特許文献1には、良好な機械加工性、耐摩耗性および高い伝熱性を示す内燃エンジン用の焼結バルブシートが記載されている。特許文献1に記載された技術では、バルブシート用材料(混合物)として、重量%で、混合物の75~90%の焼結硬化性鉄粉末と、好ましくは5~25%の工具鋼粉末と、固体潤滑剤と、焼結中に溶浸によって添加されるCuとを含む、材料を用いるとしている。そして、特許文献1に記載された技術では、使用する鉄粉末は、重量%で、2~5%のCrと、0~3%のMoと、0~2%のNiを含む鉄粉末とすることが好ましく、また、固体潤滑剤は、MnS、CaF2、MoS2からなるグループのうちの1つまたは複数から選ばれる、1~5%の固体潤滑剤とすることが好ましく、また焼結中に成形体に溶浸で添加されるCuは、成形体の重量%で、10~25%とすることが好ましいとしている。これにより、空孔はCu合金によって充填され、熱伝導性が大きく向上するとしている。特許文献1に記載された技術よれば、良好な機械加工性、耐摩耗性および高い伝熱性を示す内燃エンジン用の焼結バルブシートが得られるとしている。
【0006】
また、特許文献2には、冷却能に優れた内燃機関用バルブシートが記載されている。特許文献2に記載された技術では、フェイス面側層と着座面側層との2層を一体化してなる鉄基焼結合金製内燃機関用バルブシートで、フェイス面側層が、バルブシート全量に対する体積%で、10~45%である、従来に比べて格段に、薄肉のフェイス面側層を有するバルブシートとするとしている。これにより、内燃機関用として好適な、優れた耐摩耗性と高い熱伝導性とを兼備した、高い冷却能を有する2層構造の内燃機関用バルブシートが得られるとしている。なお、特許文献2に記載された技術では、薄肉のフェイス面側層を安定して達成するためには、フェイス面側層と着座面側層との境界面が、バルブシート軸とのなす角度で20°以上90°以下の平均角αを有することが好ましく、また、境界面が、境界面の平均位置に対し高さ方向で±300μm以下に調整することが好ましいとしている。なお、特許文献2に記載された技術では、フェイス面側層は、基地相中に硬質粒子が分散した基地部を有し、該基地部が、質量%で、C:0.2~2.0%を含み、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、Fのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で40%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地部組成と、基地相中に硬質粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で、5~40%分散させてなる基地部組織とを有する鉄基焼結合金製であり、着座面側層は、質量%で、C:0.2~2.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鉄基焼結合金製で、あることが好ましいとしている。
【0007】
また、特許文献3には、熱伝導性に優れる内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシートが記載されている。特許文献3に記載された技術では、フェイス面側層と支持部材側層との2層を一体化してなる鉄基焼結合金製内燃機関用バルブシートで、支持部材側層を、20~300℃における熱伝導率が23~50W/m・Kである層に、フェイス面側層を、20~300℃における熱伝導率が10~22W/m・Kである層に、形成し、しかも、フェイス面側層をできるだけ薄くし、支持部材層を厚くし、シリンダヘッドとの接触面を広くする構成とするとしている。そのため、フェイス面側層と支持部材側層との境界面を、バルブ当り面の幅方向の中央位置で、バルブ当り面から支持部材側に0.5mmだけ離れた円形状の線を含み、バルブシート軸とのなす角度が45°である面と、バルブシートの内周面とバルブシートの着座面との交線と、バルブシートの外周面上でバルブシートの着座面からの距離がバルブシート高さの1/2である円形状の線とを含む面と、に囲まれる領域に形成するとしている。なお、上記した形状の境界面を安定して形成するためには、仮押しパンチを用いて支持部材側層用混合粉を仮押しする際に、仮押しパンチの成形面形状と仮押し時の成形圧とのバランスを調整し、さらに支持部材側層用混合粉とフェイス面側層用混合粉とを一体的に加圧する際の、上パンチの成形圧を調整することが重要であるとしている。
【0008】
なお、特許文献3に記載された技術では、フェイス面側層は、基地相中に硬質粒子が分散した基地部を有し、該基地部が、質量%で、C:0.2~2.0%を含み、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、Fのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で40%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地部組成と、基地相中に硬質粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で、5~40%分散させてなる基地部組織とを有する鉄基焼結合金製と、一方、支持部材側層は、質量%で、C:0.2~2.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地部組成を有する鉄基焼結合金製と、することが好ましいとしている。特許文献3に記載された技術によれば、従来に比べて格段に、安定した2層の境界面を有する薄肉のバルブシートを容易に製造でき、内燃機関用として好適な、優れた耐摩耗性を維持しながら、高い熱伝導性を保持するバルブシートとすることができるとしている。
【0009】
また、特許文献4には、高熱伝導バルブシートリングが記載されている。特許文献4に記載された技術は、キャリア層及び機能層を有する粉末冶金法で作製されたバルブシートリングで、55W/m・Kを超える熱伝導率を有することを特徴としている。特許文献4に記載された技術では、キャリア層を形成するキャリア材料及び/又は機能層を形成する機能材料が溶浸によって加えられた銅を含むとしており、キャリア層を形成するキャリア材料では、キャリア材料を鉄-銅合金で構成し、重量%で、好ましくは25%超40%以下の銅を、また機能層を形成する機能材料では、好ましくは8.0%以上の銅を、含有するとしている。なお、キャリア層を形成するキャリア材料は、さらに、重量%で、0.5~1.8%のCと、0.1~0.5%のMnと、0.1~0.5%のSと、を含み、残部Feを含むとしている。また、機能層を形成する機能材料は、さらに、重量%で、0.5~1.2%のCと、6.0~12.0%のCoと、1.0~3.5%のMoと、0.5~3.0%のNiと、1.5~5.0%のCrと、0.1~1.0%のMnと、0.1~1.0%のSと、を含み、残部Feを含むとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特表2004-522860号公報
【文献】特開2011-157845号公報
【文献】特開2015-127520号公報
【文献】特表2015-528053号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1に記載された技術によれば、300℃における熱伝導率で、41W/m・K程度の熱伝導性を有するバルブシートとすることができるが、溶浸により添加されるCu量が10重量%以上と多くCuの凝着が発生しやすく、硬質粒子等による凝着防止対策がなされていないためCuの凝着により耐摩耗性が低下し、熱伝導性と耐摩耗性を兼備したバルブシートを安定して製造できないという問題があった。また、300℃における熱伝導率で、50W/m・Kを超えるような、更なる熱伝導性の向上という最近のバルブシートに対する要望を満足できないという問題もある。
【0012】
また、特許文献2に記載された技術では、熱伝導性の向上が不足し、300℃における熱伝導率で、45W/m・Kを超えるような、更なる熱伝導性の向上という最近の要望を満足できないという問題があった。
【0013】
また、特許文献3に記載された技術で製造されるバルブシートは、20~300℃における熱伝導率が、支持部材側層で23~50W/m・K、フェイス面側層で10~22W/m・Kであるバルブシートである。したがって、特許文献3に記載された技術では、最近の要望である300℃における熱伝導率で、平均で、45W/m・Kを超えるような、高い熱伝導性を有するバルブシートを製造することは難しいという問題があった。また、特許文献3に記載された技術では、フェイス面側層をできるだけ薄くし、支持部材層を厚くし、シリンダヘッドとの接触面を広くする構成とするために、フェイス面側層と支持部材層との境界面を仮押しパンチを用いて調整する必要があり、複雑な構造を有するプレス設備を必要とするという問題がある。
【0014】
また、特許文献4に記載された技術では、機能層において、溶浸により添加されるCu量が8重量%以上と多く、Cu凝集が生じやすいが、Cu凝着防止対策がなされていないため、耐摩耗性が低下しやすく、熱伝導性と耐摩耗性を兼備したバルブシートを安定して製造できないという問題があった。
【0015】
本発明は、かかる従来技術の問題に鑑み、複雑な構造を有する製造設備を使用することなく製造でき、しかも従来に比べて耐摩耗性の著しい低下を伴うことなく、高い熱引け性を有し、優れた耐摩耗性と優れた熱引け性とを兼備する、内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記した目的を達成するため、銅溶浸処理を施された2層構造の鉄基焼結合金製バルブシートに着目した。そして、まず、機能部材側層および支持部材側層における熱伝導性に及ぼす溶浸により添加されたCu量の影響について検討した。その結果、従来から言われているように、銅溶浸処理を施すことにより熱伝導性が向上する。しかし、300℃における熱伝導率が、機能部材側層で25W/m・K以上を満足するためには、溶浸により添加されたCu量(Cu溶浸量)を10体積%以上とする必要があり、また、300℃における熱伝導率が、支持部材側層で60W/m・K以上を満足するためには、Cu溶浸量を15体積%以上とする必要があることを知見した。
【0017】
そして、銅溶浸処理を施された機能部材側層の耐摩耗性について検討した。その結果、溶浸により添加されたCu量が増加するとともに、熱伝導性は向上するが、Cuの凝集により摩耗量が増加し耐摩耗性は逆に低下する。しかし、基地相として、微細炭化物が析出した相(微細炭化物析出相)を所定量以上存在させ、さらに基地相中に硬質粒子を所定量以上分散させることにより、Cuの凝集を抑制でき、耐摩耗性の低下が少ないことを、新規に知見した。
【0018】
さらに、バルブシートを構成する各層の熱伝導性を向上させたうえ、バルブシートとしての熱引け性の更なる向上の手段について、鋭意検討した。その結果、上記した処理に加えてさらに、めっき膜を少なくともバルブシートの外周面に形成することにより、バルブシートの熱引け性が顕著に向上することを見出した。
【0019】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)アルミニウム合金製シリンダヘッドに圧入される内燃機関用バルブシートであって、
鉄基焼結合金製で、機能部材側層のみの単層からなり、該機能部材側層の空孔にはCuが溶浸されてなり、さらに、前記バルブシートの少なくとも外周面にはめっき膜を有し、熱引け性に優れることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(2)(1)において、前記機能部材側層には、バルブ当たり面が形成され、該機能部材側層の300℃における熱伝導率が25W/m・K以上であることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(3)アルミニウム合金製シリンダヘッドに圧入される内燃機関用バルブシートであって、
鉄基焼結合金製で、機能部材側層と支持部材側層との2層を一体化してなり、前記機能部材側層および前記支持部材側層の空孔にはCuが溶浸されてなり、さらに、前記バルブシートの少なくとも外周面にはめっき膜を有し、熱引け性に優れることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(4)(3)において、前記機能部材側層には、バルブ当たり面が形成され、該機能部材側層の300℃における熱伝導率が25W/m・K以上で、かつ前記支持部材側層の300℃における熱伝導率が60W/m・K以上であることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(5)(1)ないし(4)のいずれかにおいて、前記めっき膜が、厚さ:1~100μmで、ビッカース硬さHVで硬さ:50~300HVを有するめっき膜であり、かつ該めっき膜の硬さが、ビッカース硬さHVで、前記シリンダヘッドの硬さの1.05~4.5倍の範囲を満足することを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(6)(5)において、前記めっき膜の表面粗さが、JIS B 6010-1994の規定に準拠して算術平均粗さRaで、0.1~1.6μmであることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(7)(1)ないし(6)のいずれかにおいて、前記めっき膜が、銅めっき膜または錫めっき膜であることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(8)(1)ないし(7)のいずれかにおいて、前記バルブシートの外周面の少なくとも1箇所に粗面化領域として、円周方向に延在する凹部と凸部とが隣接してなる凹凸を前記円周方向に垂直な方向に複数列有する凹凸混合部を有し、前記粗面化領域を、前記外周面の全域に対する面積率で合計で0.3%以上有することを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(9)(8)において、前記凹凸混合部が、前記外周面に対し垂直な方向から観察して、圧入方向に三角形状を呈し、かつ圧入方向に向く該三角形状の頂点が、頂角:10~150°であることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(10)(3)ないし(9)のいずれかにおいて、前記機能部材側層が、バルブシート全量に対する体積%で、10~40%であることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(11)(1)ないし(10)のいずれかにおいて、前記機能部材側層が、基地相中に硬質粒子を分散させた基地部と溶浸でCuが充填された空孔を含み、前記基地相が、基地相全量に対する体積%で、15%以上の微細炭化物析出相と、0%を含み80%未満の焼戻マルテンサイト相、またはパーライト、マルテンサイト相および高合金相とからなる基地相組織を有し、前記基地部が、前記基地相中に、ビッカース硬さで600~1200HVの硬さを有する前記硬質粒子を、基地部全量に対する体積%で、10~30%分散させてなる基地部組織と、該基地部全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、F、Cu、Mgのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で45%以下含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地部組成と、を有し、さらに前記空孔に溶浸で充填されたCuを、機能部材側層全量に対する体積%で、10~35%含む層であることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(12)(3)ないし(11)のいずれかにおいて、前記支持部材側層が、基地相と溶浸でCuが充填された空孔を含み、前記基地相が、該基地相全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地相組成を有し、さらに前記空孔に溶浸で充填されたCuを、支持部材側層全量に対する体積%で、15~35%含む層であることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(13)(11)において、前記機能部材側層が、前記基地部組織に加えてさらに、固体潤滑剤粒子を前記基地部全量に対する体積%で、0.1~5.0%分散させてなる基地部組織を有することを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(14)(12)において、前記支持部材側層が、前記基地相組成に加えてさらに、前記基地相全量に対する質量%で、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Cu、Coのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で10%以下含む基地相組成を有することを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
(15)(12)において、前記支持部材側層に代えて、前記支持部材側層が、基地相と溶浸でCuが充填された空孔を含み、前記基地相中に固体潤滑剤粒子を分散させてなる基地部を有し、該固体潤滑剤粒子を、該基地部全量に対する体積%で、0.1~4.0%分散させてなる基地部組織と、前記基地部全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、F、Cu、Co、Mgのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で15%以下含む基地部組成を有し、さらに前記空孔に溶浸で充填されたCuを支持部材側層全量に対する体積%で、15~35%含む層であることを特徴とする内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシート。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、複雑な構造を有する製造設備を使用することなく簡便に製造でき、優れた耐摩耗性と優れた熱引け性とを兼備する、内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシートを容易に、しかも安価に提供でき、産業上格段の効果を奏する。しかも、本発明によれば、従来に比べて耐摩耗性の著しい低下を伴うことなく優れた熱引け性を有する内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシートとすることができるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明で対象とする2層構造バルブシートの断面の一例を模式的に示す説明図である。
図2】実施例で使用した単体リグ試験機の概要を模式的に示す説明図である。
図3】バブル当り面の温度測定位置を模式的に示す説明図である。
図4】実施例で使用した高温保持力測定装置の概略を模式的に示す説明図である。
図5】実施例で用いた粗面化領域の形状を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明バルブシート10は、一例を図1に示すように、少なくとも外周面にめっき膜13を有し、バルブと接触する側に機能部材側層11を、シリンダヘッドの着座面と接する側に支持部材側層12を、有し、機能部材側層11と支持部材側層12との2層を一体化してなる内燃機関用鉄基焼結合金製バルブシートである。なお、本発明バルブシートは、機能部材側層11のみからなる単層としてもよい。
【0023】
本発明バルブシート10では、少なくとも外周面にめっき膜13を有する。これにより、バルブシートの熱引け性が向上し、バルブシートのバルブ当り面に当接するバルブの温度が著しく低下する。形成するめっき膜13の膜種(種類)は、とくに限定する必要はないが、熱伝導性、密着性の観点から、Cu、Cu合金、Sn、Sn合金とすることが好ましい。Cu、Sn以外の、例えば、Ni、Ag、Al、Au、Cr等の純金属あるいは合金としても何ら問題はない。なかでも、Cu(銅)は、純Cu、Sn(錫)は純Snとすることが好ましい。
【0024】
また、形成するめっき膜の厚さとしては、1~100μmとすることが好ましい。めっき膜の厚さが1μm未満では、所望の優れた熱引け性を確保できにくい。一方、100μmを超えて厚くなると、めっき膜の密着性が低下する。このため、少なくとも外周面に形成するめっき膜の厚さは、1~100μmの範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは1~50μm、さらに好ましくは1~10μmである。
【0025】
また、形成するめっき膜の硬さは、ビッカース硬さHVで50~300HVとすることが好ましい。めっき膜の硬さが、50HV未満ではめっき膜が軟らかすぎて、シリンダヘッドへの圧入に際しめっき膜の剥離等の問題が生じる。一方、300HVを超えて硬くなると、シリンダヘッドとの密着性が低下し、熱引け性が低下する。このため、めっき膜は、50~300HVの範囲の硬さとすることが好ましい。なお、より好ましくは50~200HV、さらに好ましくは50~150HVである。さらに、形成するめっき膜は、上記した硬さの範囲内でかつ圧入されるシリンダヘッドの硬さの1.05~4.5倍の範囲を満足するように調整することが好ましい。めっき膜の硬さが、シリンダヘッドの硬さに対して上記した範囲を低く外れると、めっきが剥がれやすく、一方、上記した範囲を高く外れると、バルブシートの圧入不能が発生する。なお、めっき膜の形成に際しては、密着性の観点から、バルブシート表面をJIS B 0601-1994の規定に準拠した算術平均粗さRaで0.1~1.6μmとすることが好ましい。めっき膜の表面粗さが、Raで、上記した範囲を外れると、シリンダヘッドとの密着性が低下し、バルブシートの熱引け性も低下する。なお、より好ましくはRaで0.1~0.5μmである。
【0026】
また、めっき膜の形成領域は、バルブシートの外周面以外にも、図1に示すように、シート着座面、内周面の一部とすることが好ましい。めっき膜の形成領域が増加することにより、バルブシートの熱引け性が向上する。
【0027】
上記した特性を有するめっき膜を形成するバルブシートとしては、下記に示すような、機能部材側層と支持部材側層の2層を一体化した構造(2層構造)のバルブシート、あるいは機能部材側層のみの単層構造のバルブシートが、いずれも適用できる。
【0028】
本発明バルブシート10では、機能部材側層11には、少なくともバルブ当り面が形成される。
【0029】
本発明バルブシート10における機能部材側層11は、基地相中に硬質粒子を分散させた基地部を有する。基地相中に硬質粒子を分散させることにより、バルブシートの耐摩耗性が向上する。本発明バルブシートにおける機能部材側層では、基地相は、微細炭化物析出相と焼戻マルテンサイト相とからなる組織、または微細炭化物析出相とパーライト、マルテンサイト相および高合金相とからなる組織を有する相とすることが好ましい。基地相中に微細炭化物析出相を所定量以上存在させることにより、使用時にCuの凝着が抑制され、銅溶浸処理を施された機能部材側層の耐摩耗性が顕著に向上する。このような効果を得るために、本発明バルブシートにおける機能部材側層では、微細炭化物析出相を、基地相全量に対する体積%で、15%以上、好ましくは35%以上、占有させる。なお、微細炭化物析出相は、微細な炭化物が析出した相、詳しくは高速度工具鋼組成粉末起因の相で、ビッカース硬さで450HV以上の硬さを有する相とする。微細炭化物析出相が体積%で15%未満では、基地相の硬さが低下し、所望の耐摩耗性を確保できなくなる。なお、基地相硬さを所定値以上とし安定して耐摩耗性の向上を確保するためには、微細炭化物析出相は35%以上とすることがより好ましい。なお、基地相を、微細炭化物析出相の単独相としてもよいが、微細炭化物析出相は、硬さや相手攻撃性の観点からは基地相全量に対する体積%で80%以下とすることが好ましい。
【0030】
また、焼戻マルテンサイト相、またはパーライト、マルテンサイト相および高合金相は純鉄粉組成粉末起因の相であり、焼戻マルテンサイト相、またはパーライト、マルテンサイト相および高合金相が、体積%で80%を超えて多くなると、銅溶浸処理を施された機能部材側層の耐摩耗性が低下する。このため、本発明では、焼戻マルテンサイト相、またはパーライト、マルテンサイト相および高合金相は体積%で80%未満(0%を含む)で、できるだけ低減することが好ましい。
【0031】
また、基地相中に分散させる硬質粒子は、ビッカース硬さで600~1200HVの硬さを有する粒子とすることが好ましい。このような硬質粒子としては、Co基金属間化合物粒子とすることが好ましい。Co基金属間化合物粒子としては、Cr-Mo系Co基金属間化合物粒子、Mo-Ni-Cr系Co基金属間化合物粒子、Mo系Co基金属間化合物粒子などが例示できる。Co基金属間化合物粒子以外でも、Fe-Mo系粒子が例示できる。
【0032】
本発明バルブシートにおける機能部材側層では、基地相中に硬質粒子を、機能部材側層の基地部全量に対する体積%で、10~30%、分散させた組織とすることが好ましい。分散させる硬質粒子が、機能部材側層の基地部全量に対する体積%で、10%未満では、所望の耐摩耗性が確保できない。一方、30%を超えて多量に分散させると、バルブシートとして所望の強度を確保できなくなる。このようなことから、機能部材側層における硬質粒子の分散量は、機能部材側層の基地部全量に対する体積%で、10~30%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは20~25%である。
【0033】
また、本発明バルブシートにおける機能部材側層では、上記した硬質粒子に加えて、さらに固体潤滑剤粒子を機能部材側層の基地部全量に対する体積%で、0.1~5.0%、分散させてもよい。固体潤滑粒子の分散量が、0.1%未満では、所望の潤滑効果が期待できなくなる。一方、5.0%を超えて多くなると、切削性向上効果が飽和するうえ、強度が低下する。このため、分散させる場合には、固体潤滑剤粒子は、機能部材側層の基地部全量に対する体積%で、0.1~5.0%に限定することが好ましい。なお、固体潤滑剤粒子としては、MnS、CaF2、タルク、MoS2が例示できる。
【0034】
なお、本発明バルブシートの機能部材側層では、上記した基地部組織以外は、空孔であり、該空孔には、溶浸によりCu(銅)または銅合金が充填されている。
【0035】
本発明バルブシートの機能部材側層におけるCu溶浸量は、機能部材側層全量に対する体積%で10%以上35%以下に限定することが好ましい。Cu溶浸量が10%未満では、熱伝導性が低下し、所望の熱伝導性を確保できなくなる。一方、Cu溶浸量が35%を超えて多くなると、使用時に、空孔に充填されたCuによる凝着摩耗が生じ、耐摩耗性が低下する。このため、機能部材側層におけるCu溶浸量は、機能部材側層全量に対する体積%で10%以上35%以下に限定する。なお、好ましくは15~30%の範囲である。
【0036】
本発明バルブシートにおける機能部材側層では、基地相と硬質粒子、あるいはさらに固体潤滑剤粒子を含む基地部の組成は、基地部全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、F、Cu、Mgのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で45%以下含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる基地部組成を有することが好ましい。以下、組成における質量%は、単に%で記す。
【0037】
C:0.5~2.0%
Cは、バルブシート(焼結体)の強度を増加させ、焼結時に金属元素の拡散を容易にする元素であり、本発明バルブシートの機能部材側層では、0.5%以上含有させることが好ましい。一方、2.0%を超える含有は、基地中にセメンタイトを生成しやすくするとともに、焼結時に液相が発生しやすくなり、寸法精度が低下する。このようなことから、Cは0.5~2.0%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.75~1.75%である。
【0038】
Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、F、Cu、Mgのうちから選ばれた1種または2種以上:合計で45%以下
Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、F、Cu、Mgはいずれも、バルブシート(焼結体)の強度を増加させ、さらには耐摩耗性を向上させる元素であり、基地相、硬質粒子、あるいはさらには固体潤滑剤粒子を含め、必要に応じて1種又は2種以上、好ましくは合計で10%以上、含有できる。一方、これらの元素を、合計で45%を超えて含有すると、成形性が低下し、さらにバルブシートの圧環強さが低下する。このため、機能部材側層では、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、F、Cu、Mg のうちから選ばれた1種または2種以上を合計で45%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは35%以下である。
【0039】
機能部材側層基地部では、上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。なお、機能部材側層では、上記した基地部以外の組織は、銅溶浸処理によりCuを充填された空孔であり、溶浸Cu量は、機能部材側層全量に対する体積%で10~35%とする。
【0040】
上記した組成、組織を有する機能部材側層であれば、300℃における熱伝導率で25W/m・K以上の、機能部材側層として優れた熱伝導性を保持することができる。
【0041】
本発明バルブシートが単層の場合には、上記した組成、組織を有する機能部材側層のみであるが、機能部材側層11と支持部材側層12との2層を一体化した本発明バルブシートでは、機能部材側層11には、少なくともバルブ当り面が形成され、機能部材側層11が、バルブシート全量に対する体積%で、10~40%となる構成とすることが好ましい。機能部材側層11が、バルブシート全量に対する体積%で10%未満では、機能部材側層が薄くなりすぎて、バルブシートの耐久性が低下する。一方、バルブシート全量に対する体積%で40%を超えて多くなると、機能部材側層が厚くなりすぎて、熱伝導性が低下する。なお、好ましくは、バルブシート全量に対する体積%で、15~35%である。
【0042】
本発明バルブシート10における支持部材側層12は、機能部材側層11と同様に、鉄基焼結合金製で、焼結により、機能部材側層と境界面を介して一体化され、銅溶浸処理されて、空孔がCuで充填されている。
【0043】
支持部材側層12は、シリンダヘッドに、着座面を介して接し、機能部材側層11を支持するとともに、熱伝導性の向上に影響を及ぼし、バルブシートの温度低下に寄与する。そのため、本発明バルブシートにおける支持部材側層12では、所望の強度を確保でき、所望の熱伝導性を有する構成とすることが好ましい。
【0044】
本発明バルブシートにおける支持部材側層では、必要に応じて、基地相中に、さらに固体潤滑剤粒子を、支持部材側層全量に対する体積%で、0.1~4.0%分散させた基地部組織としてもよい。固体潤滑粒子の分散量が、0.1%未満では、所望の潤滑効果が期待できなくなる。一方、4.0%を超えて多くなると、切削性向上効果が飽和するうえ、強度が低下する。このため、分散させる場合には、固体潤滑剤粒子は、支持部材側層の基地部全量に対する体積%で、0.1~4.0%に限定することが好ましい。なお、固体潤滑剤粒子としては、MnS、CaF2、タルク、MoS2が例示できる。
【0045】
また、本発明バルブシートにおける支持部材側層では、必要に応じて、基地相中にさらに硬質粒子を、支持部材側層全量に対する体積%で、4.0%以下分散させた基地部組織としてもよい。硬質粒子の分散量が4.0%を超えて多量になると、熱伝導性が低くなりすぎる。このため、分散させる場合には、硬質粒子は、支持部材側層の基地部全量に対する体積%で、4.0%以下に限定することが好ましい。
【0046】
本発明バルブシートにおける支持部材側層の基地相組成は、支持部材側層の基地相全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、あるいはさらにMo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Cu、Coのうちから選ばれた1種又は2種以上を合計で10%以下含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成とすることが好ましい。以下、組成における質量%は単に%で記す。
【0047】
C:0.5~2.0%
Cは、バルブシート(焼結体)の強度、硬さを増加させる元素であり、本発明バルブシートとして所望の強度、硬さを確保するために、0.5%以上含有させることが好ましい。一方、2.0%を超える含有は、基地中にセメンタイトを生成しやすくするとともに、焼結時に液相が発生しやすくなり、寸法精度が低下する。このようなことから、Cは0.5~2.0%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.75~1.75%である。
【0048】
上記成分が支持部材側層の基本の成分であるが、必要に応じてさらに、選択元素として、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Cu、Coのうちから選ばれた1種又は2種以上を合計で10%以下含有できる。
【0049】
Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Cu、Coのうちから選ばれた1種または2種以上:合計で10%以下
Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Cu、Coはいずれも、支持部材側層の強度、硬さを増加させる元素であり、必要に応じて選択してさらに1種または2種以上含有できる。このような効果を得るためには、合計で10%以下、含有することが好ましい。これら元素の含有量が合計で10%を超えると、成形性が低下し、また強度も低下する。これらの元素は、熱伝導性を阻害するため、熱伝導性向上の観点からはできるだけ含有しないことが好ましい。このため、含有する場合は、合計で10%以下に限定した。
【0050】
なお、基地相中に固体潤滑剤粒子を分散させた場合には、上記した基地相組成に代えて、支持部材側層の基地部組成は、基地部全量に対する質量%で、C:0.5~2.0%を含み、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、S、Ca、F、Cu、Co、Mgのうちから選ばれた1種又は2種以上を合計で15%以下含む基地部組成とすることが好ましい。
【0051】
本発明バルブシートにおける支持部材側層の基地相又は基地部では、上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0052】
なお、本発明バルブシートにおける支持部材側層では、上記した基地相または基地部以外は、空孔であり、本発明バルブシートにおける支持部材側層では、空孔を積極的に形成し、銅溶浸処理で空孔をCuで充填して、熱伝導性の向上を図る。本発明バルブシートにおける支持部材側層では、支持部材側層全量に対する体積%で、15~35%のCu溶浸量とする。支持部材側層では、Cu溶浸量が15%未満では、所望の熱伝達性が確保できない。一方、35%を超えて多量のCu溶浸量とすると、所望の強度を確保できなくなる。このため、支持部材側層におけるCu溶浸量は、支持部材側層全量に対する体積%で15~35%の範囲に限定した。なお、好ましくは18~30%である。
【0053】
上記した組成、組織を有する支持部材側層であれば、300℃における熱伝導率で60W/m・K以上の優れた熱伝導性を保持することができる。
【0054】
つぎに、機能部材側層と支持部材側層との2層を一体化した2層構造のバルブシートの好ましい製造方法について説明する。
【0055】
本発明では、まずプレス成形機内で、所定形状の支持部材側層(バルブシート)が形成可能な充填空間(金型)を形成し、該充填空間に支持部材側層用の原料粉(混合粉)を充填したのち、さらに、支持部材側層の上層として所定形状の機能部材側層(バルブシート)が形成可能な充填空間(金型)を形成し、該充填空間に機能部材側層用の原料粉(混合粉)を充填する。そして、更に、支持部材側層の上層として所定形状の機能部材側層(バルブシート)が形成可能な充填空間(金型)を形成し、該充填空間に機能部材側層用の原料粉(混合粉)を充填する。そして、支持部材側層と機能部材側層とを一体的に、常用のプレス成形機で加圧成形して、圧粉体(バルブシート)とする。なお、圧粉体の強度の観点から、得られる圧粉体の密度が5.5~7.0g/cm3となるように、調整して加圧成形することが好ましい。
【0056】
本発明で使用するプレス成形機としては、とくに限定する必要はなく、2層構造のバルブシートが成形可能なプレス成形機がいずれも適用できる。
【0057】
支持部材側層用の原料粉(混合粉)としては、鉄系粉末と、黒鉛粉末や合金元素粉末等の合金用粉末と、潤滑剤粒子粉末と、あるいはさらに固体潤滑剤粒子粉末と、を上記した支持部材側層組成となるように、所定量配合し、混合、混錬して混合粉(支持部材側層用)とする。鉄系粉末は、純鉄粉としても、あるいは特定組成の鋼系粉末としてもよい。
【0058】
また、機能部材側層の原料粉(混合粉)としては、鉄系粉末と、黒鉛粉末や合金元素粉末等の合金用粉末と、硬質粒子粉末と、あるいはさらに固体潤滑剤粒子粉末と、を上記した機能部材側層の基地部組成となるように、所定量それぞれ配合し、混合、混錬して混合粉(機能部材側層用)とする。本発明では、基地相を形成する鉄系粉末として、微細炭化物析出相を形成できる鋼組成を有する鋼系粉末と純鉄粉との混合、あるいは該鋼系粉末の単独、とすることが好ましい。基地相硬さを高く維持し、Cu凝着による耐摩耗性の低下を抑制するためには、微細炭化物析出相を形成できる鋼組成を有する鋼系粉末の比率を高くする必要があり、純鉄粉の使用はできるだけ少なく制限することが好ましい。上記した鋼系粉末としては、高速度工具鋼組成の鋼系粉末が例示できる。
【0059】
得られた圧粉体は、ついで、焼結処理を施され、焼結体とされたのち、切削等の加工を施されて、内燃機関用のバルブシートとされる。なお、焼結温度は1000~1300℃とすることが好ましい。焼結処理時に、あるいは焼結処理とは別に、銅溶浸処理を施し、空孔に銅(Cu)あるいは銅合金を充填する。なお、所望の硬さを付与するために、熱処理(焼入焼戻処理)を施してもよい。
【0060】
なお、単層構造のバルブシートでは、支持部材側層を形成しない以外は、上記した製造方法がそのまま適用できる。
【0061】
本発明では、得られたバルブシートに、さらにめっき処理を施し、少なくともバルブシートの外周面にめっき膜を形成する。めっき処理としては、常用の電解めっき処理、無電解めっき処理がいずれも好適であるが、めっき膜密着性の観点から、電解めっき処理とすることが好ましい。なお、めっき膜厚、めっき膜硬さの調整は、電解めっき処理であれば、常用にしたがって、電解液、電流値、電解時間等の調整によることが好ましい。なお、シリンダヘッドとの密着性向上の観点から、めっき処理後のめっき膜の表面粗さが、JIS B 0601-1994の規定に準拠した算術平均粗さRaで0.1~1.6μmの範囲となるように、めっき処理条件を調整することが好ましい。
【0062】
なお、本発明バルブシートは、シリンダヘッドの所定の場所に圧入され、内燃機関用構造体を構成する。シリンダヘッドは、アルミニウム合金製とする。シリンダヘッドに使用されるアルミニウム合金としては、JIS H 5202の規定に準拠した、例えばAC4B、AC2B、AC4D、AC5A等が好適である。なお、これらの合金は、シリンダヘッドに形成された状態では、通常、60~90HV程度の硬さを示す。
【0063】
シリンダヘッドに圧入するバルブシートとしては、上記したように、機能部材側層と支持部材側層の2層を一体化したうえ、少なくとも外周面に、めっき膜を有する鉄基焼結合金製バルブシートとする。そして、少なくとも外周面に形成するめっき膜の硬さを、50~300HVの範囲内で、かつシリンダヘッドの硬さ、すなわちシリンダヘッドを構成するアルミニウム合金の硬さの1.05~4.5倍の範囲の硬さ、となるように、めっき膜の硬さを調整する。これにより、シリンダヘッドに圧入した後のバルブシートが優れた熱引け性等の所望の特性を確保できるようになる。
【0064】
また、本発明バルブシートでは、上記しためっき膜の形成に加えて、さらにバルブシート外周面の少なくとも1箇所に、「粗面化領域」を形成することが好ましい。なお、「粗面化領域」の形成は、上記しためっき膜形成の前としても、あるいはめっき膜形成後としても、いずれでもよい。ここでいう「粗面化領域」は、通常の仕上げ加工面の表面粗さ(Ra:0.8μm程度)に比べて、局所的に粗い表面性状の領域を意味する。この「粗面化領域」は、軽金属合金製シリンダヘッドにバルブシートが圧入された際に、軽金属合金製シリンダヘッドの表層に噛み込み、シリンダヘッドとの接合力(バルブシートの保持力)を高め、抜け落ち荷重の増大に寄与し、エンジン振動中のバルブシートの抜落ちを抑制する作用を有する。なお、この粗面化領域の形成については、本発明者らにより、PCT/JP2017/024854号に詳しく記載されており、記載された内容がいずれも、本発明においても好適に適用できる。
【0065】
本発明バルブシートの外周面に形成する「粗面化領域」は、外周面を基準として、一定高さの山高さが5~80μmの凸状部、および/または、一定深さの谷深さが5~100μmの凹状部とすることが好ましい。このような表面性状を有する「粗面化領域」を、外周面の少なくとも1箇所で、外周面全域に対する面積率で0.3%以上を形成することで、十分に所望の保持力を維持できる。
【0066】
また、凸状部あるいは凹状部である「粗面化領域」の形状は、圧入方向に対して直交する方向に長い領域となる形状とすることが、耐抜落ち性向上の観点から好ましい。例えば、外周面に対し垂直な方向から観察して、圧入方向に、逆三角形状、四角形状とすることが好ましいが、三角形状、円形形状、半円形状、星形形状としても何ら問題はない。
【0067】
また、凸状部は、山高さが外周面を基準とし、該基準から圧入方向に沿って最大山高さまで連続的に、あるいは段階的に増加する、傾斜した山高さを有する領域としてもよい。また、凹状部は、谷深さが外周面を基準とし、圧入方向に沿って最大谷深さから該基準まで連続的に、あるいは段階的に、減少する、傾斜した谷深さを有する領域としてもよい。
【0068】
また、粗面化領域として、円周方向に延在する凹部と凸部とが隣接してなる凹凸を、円周方向に垂直な方向に複数列有する領域としてもよい。このような粗面化領域の一例を図5に示す。あるいは、圧入方向に延在する凹部と凸部とが隣接してなる凹凸を、圧入方向に垂直な方向に複数列有する領域としてもよい。これらの領域を「凹凸混合部」と称する。
【0069】
このような表面性状を有する「粗面化領域」を、外周面の少なくとも1箇所で、外周面全域に対する面積率で0.3%以上を形成することが好ましい。
【0070】
また、上記した「凹凸混合部」では、外周面を基準として、山高さで3~80μmの凸部と、谷深さで3~100μmの凹部からなる凹凸とすることが好ましい。また、「凹凸混合部」では、凹部および凸部が延在する方向に垂直な断面で、隣接する2つの凸部の間隔であるピッチ(山ピッチ)で、1~600μmである凹凸とすることが好ましい。
【0071】
なお、上記した「凹凸混合部」では、外周面に対し垂直方向から観察して、圧入方向に三角形状を呈し、かつ圧入方向に向く該三角形状の頂点が、頂角:10~150°である「凹凸混合部」とすることがより好ましい。これにより、抜け出し荷重が顕著に増加する。
【0072】
このような領域をバルブシート外周面に設けることにより、凹部、凸部をそれぞれ単独で配置する場合より、耐抜落ち性が格段に向上する。
【0073】
上記した「粗面化領域」は、レーザ光照射処理により形成することが好ましい。レーザ光の照射は、予め設定したバルブシート外周面の所定の位置で、予め設定された形状、大きさで、上記した所望の表面性状となるように、照射パターン、照射時間、さらには出力、周波数等を適正に選択、調整して行うことが好ましい。
【0074】
仕上げ加工されたバルブシート外周面に、レーザ光を照射すると、表面が溶融し、溶融した溶湯が排出されることにより凹部を、一方、排出された溶湯が凝固してその周りに凸部を、それぞれ形成する。なお、「粗面化領域」の形成は、上記しためっき膜形成の前としても、あるいはめっき膜形成後としても、いずれでもよい。
【0075】
以下、実施例に基づき、さらに本発明について説明する。
【実施例
【0076】
(実施例1)
原料粉として、表1に示す原料粉(鉄系粉末、合金元素用粉末、硬質粒子粉末、固体潤滑剤粒子粉末)を、表1に示す配合量で配合し、混合、混錬し、各種の機能部材側層用の混合粉とした。また、表2に示す原料粉(鉄系粉末、合金元素用粉末、固体潤滑剤粒子粉末)を、表2に示す配合量で配合し、混合、混錬し、各種の支持部材側層用の混合粉とした。なお、使用した各種鉄系粉末の組成を表3に、また、使用した各種硬質粒子粉末の組成を表4に示す。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
【表3】
【0080】
【表4】
【0081】
つぎに、これら混合粉を、プレス成形機で一体的に加圧成形(面圧:2~7ton/cm2)して、2層構造のバルブシート用圧粉体を得た。なお、一部では、支持部材側層用の混合粉を使用せず、機能部材側層用混合粉のみを使用して、同サイズの単層のバルブシート用圧粉体とした。
【0082】
得られた圧粉体に、さらに焼結処理(加熱温度:1000~1300℃)を施す、1P1S工程により焼結体とした。なお、焼結に際しては、銅溶浸処理を施し、空孔内にCuを充填(溶浸)した。焼結体No.1(従来例)には、銅溶浸処理は施さなかった。
【0083】
ついで、得られた焼結体に、熱処理(900℃加熱・焼入れ処理と600℃焼戻し処理)を施したのち、切削、研削により、外径28.7mmφ×内径24.3mmφ×厚さ6.0mmのバルブシートとした。バルブシートの表面粗さは、Raで0.1μmとした。なお、銅溶浸処理を施さなかった一部の焼結体には上記した熱処理は施さなかった。
【0084】
ついで、得られたバルブシートの全面に、めっき処理を施し、めっき膜を形成した。なお、めっき膜形成後、バルブ当り面のめっき膜は切削により削除し、図1に示すように、めっき膜は、バルブシートの外周面、シート着座面および内周面の一部に形成して、バルブシート(製品)とした。めっき膜の種類は、Cu、Snとし、常用のCu電解めっき液(硫酸銅浴)、Sn電解めっき液(硫酸塩浴)を用いた電解処理を行って、めっき膜を形成した。めっき膜の厚さ、硬さ、表面粗さは、電解処理条件を変化して、表7に示すように調整した。また、一部のバルブシート(バルブシートNo.1、No.2)にはめっき処理を施さなかった。
【0085】
得られたバルブシート(製品)の各層について、発光分析により各成分の含有量を分析し、各層の組成を測定した。また、各層中のCu(溶浸)量(質量%)は、発光分析により得られた各層中のCu量から算出した。得られた結果を表5に示す。
【0086】
【表5】
【0087】
また、得られたバルブシート(製品)の断面を研磨し、ナイタール腐食して、各層の組織を、走査型電子顕微鏡(倍率:200倍)を用いて、観察し、撮像した。得られた組織写真から、画像解析により、バルブシートにおける機能部材側層の比率(体積%)、各層における組織分率を算出し、その結果を表6に示した。なお、表中に示した組織分率以外は空孔である。なお、機能部材側層の基地相中に分散する硬質粒子量、固体潤滑剤粒子量は、機能部材の基地部全量に対する体積%で表示した。また支持部材側層の基地相中に分散する固体潤滑剤粒子量は、支持部材の基地部全量に対する体積%で表示した。なお、Cu(溶浸)量は、各層全量に対する体積%で表示した。
【0088】
【表6】
【0089】
また、得られたバルブシート(製品)の断面を研磨し、ナイタール腐食して、ビッカース硬さ計(荷重:20g)を用いて、めっき膜の硬さHVを測定した。得られた結果を表7に示す。なお、バルブシートを圧入するシリンダブロックの硬さも同様に測定した。
【0090】
つぎに、得られたバルブシート(製品)を試験片として、図2に示す単体リグ摩耗試験機に装着し、下記条件で、摩耗試験を実施した。
試験温度 :270℃、
試験時間 :8hr、
カム回転数 :3000rpm、
バルブ回転数 :20rpm、
バルブ材質 :窒化バルブ、
熱源 :LPG。
【0091】
摩耗試験の試験前後の試験片(バルブシート)形状から、試験前後の差を算出し、摩耗量(μm)に換算した。焼結体No.1(従来例)の摩耗量を1.00(基準)とし、それに対する各バルブシート摩耗比を算出し、結果を、表8に示す。バルブシート摩耗比が従来例未満(摩耗比1.00未満)である場合を「○」と評価し、それ以外を「×」と評価した。
【0092】
また、上記したバルブシートと同じ条件で、熱伝導率測定用サンプルを製造し、レーザフラッシュ法を利用して、300℃における熱伝導率を測定し、表8に併記した。なお、300℃における熱伝導率が、機能部材側層で25W/m・K以上および支持部材側層で60W/m・K以上、を満足する場合を、「○」と評価し、それ以外は「×」と評価した。
【0093】
また、上記したバルブシートと同じ条件で、熱引け性調査用サンプルを製造し、得られたバルブシートを試験片として、バルブシートの熱引け性を調査した。
【0094】
熱引け性試験はつぎのとおりとした。
得られたバルブシートを、図2に示す単体リグ試験機に装着し、所定の温度に加熱し、バルブとバルブシートとを下記条件で接触させながら、当り面の温度を、図3に示す位置のバルブ側で測定した。温度測定は熱電対を用いた。なお、熱源をバルブシートNo.1の着座面の温度が250℃となる条件に調整して、各バルブシートを加熱した。なお、試験開始から1h経過したのちの温度で比較した。
カム回転数 :1000rpm、
バルブ回転数 :無、
バルブ材質 :窒化バルブ、
熱源 :LPG。
【0095】
得られた測定結果から、バルブシートNo.1を基準とし、当該バルブシートによるバルブ温度の低下量ΔT(=(当該バルブシートによるバルブ温度)-(バルブシートNo.1によるバルブ温度))を算出し、表8に併記して示す。ここで、バルブ温度が、バルブシートNo.1を使用した場合のバルブ温度に比べて、40℃超えて低くなる場合(バルブ温度の低下量ΔTが-40℃未満)を「優れた熱引け性」を有するとして、「○」と評価し、それ以外を「×」として評価した。
【0096】
【表7】
【0097】
【表8】
【0098】
本発明例は、いずれも、300℃における熱伝導率が、機能部材側層で25W/m・K以上、支持部材側層で60W/m・K以上、を満足する、優れた熱伝導性を有し、現状のバルブシートに比べて更なる熱引け性の向上が認められ、かつ現状のバルブシートと同等以上の優れた耐摩耗性を有することがわかる。一方、本発明範囲を外れる比較例は、所望の優れた熱伝導性が得られないか、あるいは所望の優れた熱伝導性を有しているが、耐摩耗性が著しく低下しているか、あるいはバルブ温度の低下量ΔTが-40℃以上でめっき処理による熱引け性の向上が認められない。
(実施例2)
実施例1で作製した焼結体No.1~No.3、No.6を用いた。なお、使用した焼結体の組成および組織は表5、表6に示す。これら焼結体に、切削、研削を施し、外径28.7mmφ×内径24.3mmφ×厚さ6.0mmのバルブシートとした。バルブシートの表面粗さは、Raで0.2μm狙いとした。
【0099】
ついで、得られたバルブシートNo.A4~A6の仕上面全面に、めっき処理を施し、めっき膜を形成した。なお、めっき膜形成後、バルブ当り面のめっき膜は切削により削除し、図1に示すように、めっき膜は、バルブシートの外周面、シート着座面および内周面の一部に形成して、バルブシート(製品)No.A4~A6とした。また、めっき膜の種類は、Cuとし、常用のCu電解めっき液(硫酸銅浴)を用いた電解処理を行って、めっき膜を形成した。めっき膜の厚さ、硬さ、表面粗さは、電解処理条件を変化して、表9に示すように調整した。また、一部のバルブシート(バルブシートNo.A1、No.A2、No.A3)にはめっき処理を施さなかった。
【0100】
めっき膜を形成したバルブシートNo.A4~A6の外周面上に、バルブシートの高さ方向で中央位置に、図5に示す形状の凹凸混合部(粗面化領域)を形成した。粗面化領域は、圧入する方向に三角形状を呈するように形成され、圧入する方向に向く頂角αは36.9°とした。また、粗面化領域の個数は円周方向に5個とし、粗面化領域の面積率は外周面全域に対する面積率で、合計1.61%とした。粗面化領域の形成は、レーザ光照射処理によった。レーザ光照射処理では、上記した所望の表面形状を有する粗面化領域となるようにレーザ光の照射パターン、照射時間、出力、周波数等を調整した。なお、山高さは約30μm、谷深さは約30μm、山ピッチは75μmとした。
【0101】
また、バルブシートNo.A3、No.A7~No.A9では、仕上げ加工された外周面上に、バルブシートNo.A4~A6と同様に、表9に示す形状、面積率を有する粗面化領域を形成したのち、バルブシートNo.A4~A6と同様に、表9に示す厚さ、硬さ、表面粗さを有するめっき膜を形成した。なお、バルブシートNo.A3では、めっき膜の形成は行わず、粗面化領域を形成したままとした。
【0102】
得られたバルブシートNo.A1~No.A9について、実施例1と同様に、断面を研磨し、ナイタール腐食して、ビッカース硬さ計(荷重:20g)を用いて、めっき膜の硬さHVを測定した。得られた結果を表9に併記して示す。なお、バルブシートを圧入するシリンダブロックの硬さも同様に測定した。
【0103】
【表9】
【0104】
つぎに、得られたバルブシート(製品)No.A1~No.A9を試験片として、図2に示す単体リグ摩耗試験機に装着し、実施例1と同様に、下記条件で、摩耗試験を実施した。
試験温度 :270℃、
試験時間 :8hr、
カム回転数 :3000rpm、
バルブ回転数 :20rpm、
バルブ材質 :窒化バルブ、
熱源 :LPG。
【0105】
摩耗試験の試験前後の試験片(バルブシート)形状から、試験前後の差を算出し、摩耗量(μm)に換算した。バルブシートNo.A1(従来例)の摩耗量を1.00(基準)とし、それに対する各バルブシートの摩耗比を算出し、結果を、表10に示す。バルブシート摩耗比が従来例未満(摩耗比1.00未満)である場合を「○」と評価し、それ以外を「×」と評価した。
【0106】
また、上記したバルブシートと同じ条件で、熱伝導率測定用サンプルを製造し、実施例1と同様に、レーザフラッシュ法を利用して、300℃における熱伝導率を測定し、表10に併記して示す。なお、300℃における熱伝導率が、機能部材側層で25W/m・K以上および支持部材側層で60W/m・K以上、を満足する場合を、「○」と評価し、それ以外は「×」と評価した。
【0107】
また、上記したバルブシートと同じ条件で、熱引け性調査用サンプルを製造し、実施例1と同様に、得られたバルブシートを試験片として、バルブシートの熱引け性を調査した。
【0108】
熱引け性試験は、実施例1と同様に、つぎのとおりとした。
得られたバルブシートを、図2に示す単体リグ試験機に装着し、所定の温度に加熱し、バルブとバルブシートとを下記条件で接触させながら、当り面の温度を、図3に示す位置のバルブ側で測定した。温度測定は熱電対を用いた。なお、熱源をバルブシートNo.A1の着座面の温度が250℃となる条件に調整して、各バルブシートを加熱した。なお、試験開始から1h経過したのちの温度で比較した。
カム回転数 :1000rpm、
バルブ回転数 :無、
バルブ材質 :窒化バルブ、
熱源 :LPG。
【0109】
得られた測定結果から、従来例(バルブシートNo.A1)を基準とし、当該バルブシートによるバルブ温度の低下量ΔT(=(当該バルブシートによるバルブ温度)-(バルブシートNo.A1によるバルブ温度))を算出し、表10に併記して示す。ここで、バルブ温度が、従来のバルブシート(バルブシートNo.A1)を使用した場合のバルブ温度に比べて、40℃を超えて低くなる場合(バルブ温度の低下量ΔTが-40℃未満)を「優れた熱引け性」を有するとして、「○」と評価し、それ以外を「×」として評価した。
【0110】
また、得られたバルブシートNo.A1~No.A9について、図4に示す高温保持力測定装置を用いて、所定温度(200℃)における抜け出し荷重を測定し、バルブシートの高温保持力を評価した。評価対象のバルブシート10を、アルミニウム合金製シリンダヘッド相当材20に圧入した。そして、シリンダヘッド相当材20の下部に配設された加熱手段40でバルブシート10が所定温度(200℃)となるまで加熱した。ついで、所定の温度に加熱されたバルブシート10を、押し冶具30を用いて押圧し、シリンダヘッド相当材20から離脱させた。そのときの抜け出し荷重Lを、荷重計(図示せず)により測定した。得られた抜け出し荷重について、バルブシートNo.A1(従来例)を基準(1.00)にして、各バルブシートの抜け出し荷重比(=(当該バルブシートの抜け出し荷重)/(バルブシートNo.A1の抜け出し荷重))を算出し、耐抜落ち性を評価した。得られた結果を表10に併記して示す。
【0111】
【表10】
【0112】
本発明例は、いずれも、基準(めっき膜無、粗面化領域無)であるバルブシートNo.A1に比べて、300℃における熱伝導率が、機能部材側層で25W/m・K以上、支持部材側層で60W/m・K以上、を満足する、優れた熱伝導性を有し、基準(めっき膜無、粗面化領域無)のバルブシートNo.A1に比べて、バルブ温度が40℃を超えて低くなっており(ΔT=-40℃未満)熱引け性に優れており、かつ基準のバルブシートの同等以上の優れた耐摩耗性を有し、さらに粗面化領域を外周面に形成することにより、耐抜落ち性にも優れていることがわかる。一方、本発明範囲を外れるめっき膜を形成しない比較例は、所望の優れた熱引け性を確保できていない。
【0113】
なお、めっき膜と粗面化領域の形成順は、どちらを先に行っても、その効果は変化しない。
【符号の説明】
【0114】
2 セッティング冶具
3 熱源
4 バルブ
10 バルブシート
11 機能部材側層
12 支持部材側層
13 めっき膜
20 シリンダヘッド相当材
30 押し冶具
40 加熱手段
図1
図2
図3
図4
図5