(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-07
(45)【発行日】2023-04-17
(54)【発明の名称】微生物、油分分解剤、及び油分分解方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20230410BHJP
C02F 3/34 20230101ALI20230410BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230410BHJP
【FI】
C12N1/16 G ZNA
C02F3/34 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2019098708
(22)【出願日】2019-05-27
【審査請求日】2021-12-02
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02894
(73)【特許権者】
【識別番号】596136316
【氏名又は名称】三菱ケミカルアクア・ソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】川岸 朋樹
(72)【発明者】
【氏名】中島 永二
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-308689(JP,A)
【文献】特開2018-042514(JP,A)
【文献】特開2013-022586(JP,A)
【文献】特開2003-274994(JP,A)
【文献】特開平07-274984(JP,A)
【文献】特開2011-182782(JP,A)
【文献】特開2011-160713(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号NITE P-02894として寄託されたキャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)MC7
株。
【請求項2】
請求項
1に記載の
キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)MC7株を含有する油分分解剤。
【請求項3】
請求項
2に記載の油分分解剤と油分含有物質とを接触させ、前記油分含有物質中の油分を分解することを特徴とする油分分解方法。
【請求項4】
前記油分含有物質が、油分含有廃水である請求項
3に記載の油分分解方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物、油分分解剤、及び油分分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品加工工場や厨房等の調理施設から排出される廃水には、油脂が含まれることが多い。油脂は、廃水の上層を覆い、悪臭を放つだけでなく、その酸化分解には多量の酸素を必要とする。さらに、それらが溶解すると、極めて高いBOD値を示すことから、重大な汚染源となりうる。これら廃水中の油脂は、水環境保護のため適切な処理が要請されている。例えば、一日当たり平均排出水量が50m3以上の工場又は事業場の廃水については、ノルマルヘキサン抽出物質含有量として30mg/Lを限度とする一律廃水基準が定められている。
【0003】
また、原油より分離精製して得られる各種鉱物油は、主として、化石燃料として現代社会の主要なるエネルギー源として利用されており、その過程で廃水に混入し、それを汚染する場合も多い。また、機械加工業、メッキ業および製鉄業や、石油精製、石油化学および廃油再生などの石油関連工業の工場では、使用済みの潤滑油、切削油、油圧作動油および熱媒体油の他、各種精製工程および化学反応工程で副生する廃油などの鉱物油が廃水中に混入する場合がある。鉱物油を含有する廃水も、油脂の場合と同様の理由により、そのまま下水道を放流することはできず、例えば、一日当たり平均排出水量が50m3以上の工場又は事業場の廃水については、ノルマルヘキサン抽出物質含有量として5mg/Lを限度とする一律廃水基準が定められている。
【0004】
油脂、鉱物油等の油分を含有する廃水は、それらを排出する業務(工場等)が盛業中であれば、ますます多量に排出することとなる。したがって、それらの廃水は、限られたスペースで、2次公害を伴わずに、効率よく、速やかに分解処理して、廃水水質基準に合格しうる水質にしなければならない。
油脂、鉱物油等の油分を含有する廃水の処理のためには、従来から加圧浮上分離法が一般的に使用されている。この方法では、廃水を加圧装置に入れて十分に加圧した後、常圧のタンクに移すことにより、もともと比重の異なる油分と水分とが2層分離してくるので、油分を分離除去することができる。加圧浮上分離法の運転管理は比較的容易であるが、処理水の油分を十分に低位に保持することが困難である場合が多い。さらに、それを実施するためには、比較的大きな装置と、多量の水を加圧するための多量のエネルギーが必要となる。また、この方法では、分離された油分を産業廃棄物として処分する必要がある。
【0005】
油脂、鉱物油等の油分を含有する廃水のもう一つの処理方法として、硫酸アルミニウム、鉄塩などを含む無機凝集剤または架橋性の高分子を含む有機凝集剤を廃水に添加するとともにpH値を調整することによって、油分を固液分離する方法を採用することがあるが、この場合は固相として多量の含油汚泥が生成し、その脱水分離が比較的困難であり、分離できてもやはりその含油汚泥を産業廃棄物として処分しなければならない。
【0006】
以上のような物理化学的処理方法は、廃水条件や処理条件の設定によっては、十分には油分が除去されず、水質汚濁防止法における基準値まで低減されず、さらに液相を濾過し、活性炭などの吸着剤により吸着処理するなどの高度処理を必要とする場合がある。また、従来の物理化学的処理方法では、設備費や、凝集剤および吸着剤等の使用および汚泥処分費用などのランニングコストが多大であるという欠点もあった。
【0007】
一方で、油脂、鉱物油等の油分を含有する廃水を、そのまま直接的に活性汚泥法、または生物膜にて処理する方法も試みられているが、これらの生物処理方法は、油分の分解能力および分解速度が極めて小さく、優れた処理効果が得られず、処理設備が長大になる問題がある。
【0008】
そこで、油分を含む廃水を高度に処理する方法として、油分を分解するように馴致された活性汚泥を用いた生物学的処理方法が提案されている。たとえば、特許文献1には、油分を分解するように馴致された活性汚泥によって油分を分解する処理方法および装置が開示されている。特許文献1に開示されている装置は、油分を分解するように活性汚泥を馴致する馴致槽、この馴致槽から供給される活性汚泥と希釈された廃水とを収容し、廃水に含まれる油分を活性汚泥により曝気しながら分解させる生物処理槽、および該生物処理槽から移送された処理水から活性汚泥を分離するための沈殿槽を備えている。
【0009】
しかしながら、この処理方法では、生物処理に際して、馴致活性汚泥を適宜添加しているため、生物処理操作と平行して活性汚泥の馴致操作を別途行う必要があり、その管理が面倒である他、生物処理槽、馴致槽および沈殿槽からなる三種の槽を必要とするため装置構成が複雑となるという問題があった。さらに、このように馴致された活性汚泥を用いた場合でも、油分の分解能力および分解速度は小さく、油分を十分に低減するのには長期間を要するという問題もあった。
【0010】
これに対し、油分を分解する活性を指標にスクリーニングして得られた微生物を利用して油分を分解する方法が提案されている。例えば、ロドコッカス属(Rhodococcus)の微生物を利用する汚染土壌や汚染水の浄化方法(特許文献2~4)、アゾアーカス属(Azoarcus)の微生物を利用する汚染された土壌、海洋、地下水、または廃水等の浄化方法(特許文献5)、ゴルドニア属(Gordonia)に属する微生物を利用する環状炭化水素分解方法(特許文献6)、アシネトバクター属(Acinetobacter)の微生物を利用する油脂分解処理方法(特許文献7)等の各種の微生物を利用する油分の処理方法が知られているが、やはりこのような方法にあっても、油分の分解能力および分解速度を充分に向上させることができないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2000-271589号公報
【文献】特開2007-135425号公報
【文献】特開2003-102469号公報
【文献】特許第4237998号
【文献】特開2007-222004号公報
【文献】特許第4270837号公報
【文献】特許第4172992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
油脂、鉱物油等の油分を含有する廃水等の油分含有物質を、その排出基準値にまで低減することを目的として、産業廃棄物としての処分が必要な汚泥等の発生を伴わずに、効果的で、かつ経済的に、油分含有物質中の油分を分解することができる油分分解剤、及び油分分解方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであり、油分含有物質に含まれる油分を迅速かつ充分に分解でき、短期間で油分を分解することが可能な油分分解剤及び油分分解方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、鋭意検討の結果、油分分解能力の高い微生物を用いて、さらにこの目的に好適な油分分解方法を採用することが重要であるとの結論に達し、上記の目的に合致した微生物を求めて、多様な土壌および水域の微生物を収集し、長期間の探索の末、油分含有物質に含まれる油分を積極的に資化し、分解しうる微生物を得、得られた微生物を用いて、油分含有物質に含まれる油分を分解することができることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は以下の態様を有する。
[1] キャンディダ(Candida)属に属し、26S rDNAの塩基配列が、配列番号1で示される塩基配列、又は配列番号1で示される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列であり、下記の菌学的性質を示し、塩分0~5%(W/V)を含む環境下で油分分解活性を有することを特徴とする微生物。
(1)コロニー形態(YM寒天培地、27℃、1週間培養)
色調:白色~クリーム色
形:円形
隆起状態:周辺部は扁平で、中央部はクッション形
周縁:全縁
表面の形状:平滑
光沢及び性状:鈍光性、湿性
(2)生育温度:12~37℃
(3)生育塩濃度:0~5%(W/V)
(4)細胞形態観察
栄養細胞は楕円形~卵形
増殖は出芽による
培養4週間で有性生殖器官の形成なし
[2] 生理・生化学的性状試験において、下記の生理・生化学的性質を示す、[1]に記載の微生物。
(1)糖類発酵性試験
グルコース +
ガラクトース -
マルトース -
スクロース +
トレハロース -
ラフィノース +
(2)炭素源資化性試験
グルコース +
ガラクトース -
L-ソルボース -
D-グルコサミン -
D-リボース -
D-キシロース +
L-アラビノース -
D-アラビノース -
L-ラムノース -
スクロース +
マルトース +
トレハロース +
α-メチル-D-グルコシド +
セロビオース +
サリシン L
アルブチン D
メリビオース -
ラフィノース +
メレチトース +
イヌリン +
可溶性デンプン -
グリセロール +
エリスリトール -
リビトール(アドニトール) -
キシリトール -
D-グルシトール(ソルビトール) L
D-マンニトール D
ガラクチトール(ダルシトール) -
イノシトール -
スクシネート -
シトレート D
エタノール +
(3)窒素源資化性
硝酸塩 +
亜硝酸塩 +
L-リジン +
(4)耐性試験
25℃での生育 +
35℃での生育 +
45℃での生育 -
0.01%シクロヘキシミド -
50%(W/V)D-グルコース -
10%塩化ナトリウム/5%グルコース -
(5)ビタミン要求性試験
ビタミン非含有培地 +
(上記において、「+」は陽性、「-」は陰性、「L(latent)」は試験開始2週間以降に急速に陽性反応が認められたこと、「D(delay)」は試験開始後1週間以上の時間をかけて徐々に陽性反応が認められたこと、をそれぞれ示す)
[3] キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)に属する、[1]又は[2]に記載の微生物。
[4] キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)MC7株(NITE P-02894)。
[5] [1]~[4]のいずれか一項に記載の微生物を含有する油分分解剤。
[6] [5]に記載の油分分解剤と油分含有物質とを接触させ、前記油分含有物質中の油分を分解することを特徴とする油分分解方法。
[7] 前記油分含有物質が、油分含有廃水である[6]に記載の油分分解方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、油脂または鉱物油等の油分を含有する廃水等の油分含有物質を低コストかつ効率的に処理することができ、特に、塩含有廃水中の油分を低コストかつ効率的に処理することができる微生物、前記微生物を含む、油分によって汚染された河川、海洋、地下水又は土壌等の油分含有物質中の油分を分解できる油分分解剤、及び前記油分分解剤を用いる油分分解方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】相同性検索で得られた塩基配列を基に解析した、MC7株の分子系統樹を示した図である。
【
図2】MC7株のpH7、温度15~35℃での鉱物油の分解率を示した図である。
【
図3】MC7株の温度30℃、pH4~8での鉱物油の分解率を示した図である。
【
図4】MC7株のpH7、温度15~35℃での油脂の分解率を示した図である。
【
図5】MC7株の温度30℃、pH4~8での油脂の分解率を示した図である。
【
図6】キャンディダ・アルビカンス(Candida albicans)ATCC90029株のpH7、温度15~35℃での油脂の分解率を示した図である。
【
図7】キャンディダ・アルビカンス(Candida albicans)ATCC90029株の温度30℃、pH4~8での鉱物油の分解率を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態を説明する。以下の実施形態は、本発明を説明するための単なる例示であって、本発明をこの実施の形態にのみ限定することは意図されない。本発明は、その趣旨を逸脱しない限り、様々な態様で実施することが可能である。
【0018】
本明細書において、「油分」とは、有機性油状物質を意味し、油脂及び鉱物油を含む。
前記油脂とは、グリセリンと、1~3個の脂肪酸とがエステル結合したグリセリドを含む物質を意味し、油脂の主要成分であるトリグリセリド(トリアシルグリセロール)のほか、ジグリセリド(ジアシルグリセロール)及びモノグリセリド(モノアシルグリセロール)を含んでいてもよい。また、前記油脂には、動植物性の油脂(動物油、植物油、魚油)のほか、動植物油由来のグリセリド以外の成分(例えば、植物ステロール、レシチン、抗酸化成分、色素成分等)が含まれてもよい。
【0019】
本発明の微生物は、特に、油脂を構成する成分のうち95質量%以上はグリセリドである油脂を効率よく分解することができる。
【0020】
また、前記鉱物油とは、原油を精製して得られる炭化水素類のことをいい、例えば、炭素数4~10の炭化水素類(例えば、ガソリン)、炭素数9~15の炭化水素類(例えば、灯油)、炭素数10~20の炭化水素類(例えば、軽油)、炭素数17以上の炭化水素類(例えば、重油)、及び、炭素数15~50の炭化水素類(例えば、潤滑油(例えば、シェラテラスオイル、エンジンオイル))等が挙げられる。
ガソリンは、芳香族炭化水素類を多く含んでおり、灯油、軽油及び重油は、脂肪族炭化水素類を多く含んでいる。本発明の微生物は、特に、炭素数が22~36の脂肪族炭化水素類が多く含まれている鉱物油を効率よく分解することができる。
【0021】
(微生物)
本発明の微生物は、キャンディダ(Candida)属に属し、26S rDNAの塩基配列が、配列番号1で示される塩基配列、又は配列番号1で示される塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の相同性を有する塩基配列であり、下記の菌学的性質を示し、塩分0~5%(W/V)を含む環境下で油分分解活性を有することを特徴とする。
(1)コロニー形態(YM寒天培地、27℃、1週間培養)
色調:白色~クリーム色
形:円形
隆起状態:周辺部は扁平で、中央部はクッション形
周縁:全縁
表面の形状:平滑
光沢及び性状:鈍光性、湿性
(2)生育温度:12~37℃
(3)生育pH:4.0~9.0
(4)生育塩濃度:0~5%(W/V)
(5)細胞形態観察
栄養細胞は楕円形~卵形
増殖は出芽による
培養4週間で有性生殖器官の形成なし
【0022】
塩基配列の相同性は、GenBank/EMBL/DDBJのデータベースを用いてBLAST検索により求めることができる。
【0023】
本発明の微生物は、pH4.0~9.0の幅広いpH域及び12℃~37℃の幅広い温度域、塩濃度0~5%(W/V)においても生育能力を示し、塩分0~5%(W/V)を含む環境下で優れた油分分解活性を有する。
【0024】
本発明の微生物としては、例えば、キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)属に属する微生物が挙げられる。
【0025】
本発明の微生物としては、例えば、生理・生化学的性状試験において、下記の生理・生化学的性質を示す微生物が挙げられる。
尚、本発明において、生理・生化学的性状試験は、Kurtzman C. P., Fell J. W., Boekhout T. & Robert V. (2011). Methods for isolation, phenotypic characterization and maintenance of yeasts. In: Kurtzman C. P., Fell J. W. & Boekhout T. (eds.) The Yeasts, a taxonomic study, 5th edition. pp. 87-110, Elsevier, Amsterdam.に記載の方法を用いた。
<生理・生化学的性状試験結果>
(1)糖類発酵性試験
グルコース +
ガラクトース -
マルトース -
スクロース +
トレハロース -
ラフィノース +
(2)炭素源資化性試験
グルコース +
ガラクトース -
L-ソルボース -
D-グルコサミン -
D-リボース -
D-キシロース +
L-アラビノース -
D-アラビノース -
L-ラムノース -
スクロース +
マルトース +
トレハロース +
α-メチル-D-グルコシド +
セロビオース +
サリシン L
アルブチン D
メリビオース -
ラフィノース +
メレチトース +
イヌリン +
可溶性デンプン -
グリセロール +
エリスリトール -
リビトール(アドニトール) -
キシリトール -
D-グルシトール(ソルビトール) L
D-マンニトール D
ガラクチトール(ダルシトール) -
イノシトール -
スクシネート -
シトレート D
エタノール +
(3)窒素源資化性
硝酸塩 +
亜硝酸塩 +
L-リジン +
(4)耐性試験
25℃での生育 +
35℃での生育 +
45℃での生育 -
0.01%シクロヘキシミド -
50%(W/V)D-グルコース -
10%塩化ナトリウム/5%グルコース -
(5)ビタミン要求性試験
ビタミン非含有培地 +
(上記において、「+」は陽性、「-」は陰性、「L(latent)」は試験開始2週間以降に急速に陽性反応が認められたこと、「D(delay)」は試験開始後1週間以上の時間をかけて徐々に陽性反応が認められたこと、をそれぞれ示す)
【0026】
本発明のキャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)属に属する微生物としては、例えば、キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)MC7株が挙げられる。キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)MC7株は、2019年2年26日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に受託番号NITE P-02894として国内寄託されている。
【0027】
本発明の微生物は塩分を含む環境下でも油分分解活性を有し、例えば、塩濃度0~5%(W/V)の環境下で油分分解活性を有する。
ここで、「油分分解活性を有する」とは、下記手順で測定した油分分解率が5%以上であることを言う。
手順1:SCD培地(15g/Lカゼインペプトン、5g/L大豆ペプトン、5g/L塩化ナトリウム)50mLに、寒天プレート上の菌株を1白金耳またはグリセロールストック菌株を100μL加え、30℃で一晩、振とうし、前培養を行う。
手順2:塩分0%(W/V)の分解試験用培地(10g/L 鉱物油または油脂、1g/Lコーンスティープリカー、0.5g/L尿素)150mLに、前培養液を100μL加え、pH7、30℃で24時間振とうし、油分分解反応を行う。
手順3:ノルマルヘキサン抽出物質-重量法(JIS K102)により、反応前後のノルマルヘキサン抽出物質濃度を測定し、反応前のノルマルヘキサン抽出物質濃度から、反応後のノルマルヘキサン抽出物質濃度を差し引き、反応前のノルマルヘキサン抽出物質濃度で除することにより、油分分解率を求める。
【0028】
前記ノルマルヘキサン抽出物質-重量法によるノルマルヘキサン抽出物質濃度の測定は、具体的には、試料を微酸性とし、ノルマルヘキサンで抽出し、80℃でノルマルヘキサンを揮発させて残留するノルマルヘキサン抽出物質の重量を求めることにより行うことができる。
【0029】
本発明の微生物の油分分解率は、最大の油分分解率を示す温度条件下で、鉱物油に対する分解率として10%以上が好ましく、15%以上がより好ましく、20%以上がさらに好ましい。
また、本発明の微生物の油分分解率は、最大の油分分解率を示す温度条件下で、油脂に対する分解率として20%以上が好ましく、30%以上がより好ましく、40%以上がさらに好ましい。
【0030】
(油分分解剤)
本発明の油分分解剤は、本発明の微生物、又は本発明の微生物の処理物を含む。前記微生物の処理物としては、本発明の微生物の培養液を遠心分離等により集菌したものを、生理食塩水、培地等の媒体に懸濁し、凍結乾燥したもの等が例示される。
本発明の油分分解剤は、液体の形状でも固体の形状でもよい。液体形状のものとしては、微生物の培養液そのもの、微生物を遠心分離等により集菌したものを生理食塩水や培地等の媒体に再度分散させたもの等が例示される。固体形状のものは、例えば微生物の培養菌体を凍結乾燥したもの等が例示される。固形形状のものは、例えば、「産業用酵素、上島孝之著、丸善、1995年」等に記載の方法により、微生物を顆粒状にしたものであってもよい。また、微生物を各種担体に固定化したものであってもよい。
【0031】
本発明の油分分解剤は、油分含有物質を分解することができる。前記油分含有物質としては、油分を含有し、本発明の微生物で油分が分解することができる限り、特に制限はなく、例えば、油分含有水(廃水、河川水、地下水、海水等)、油分含有土壌、油分を含有する産業廃棄物等が挙げられるが、油分含有廃水が好ましい。
【0032】
(油分分解方法)
本発明の油分分解方法は、本発明の油分分解剤と前記油分含有物質とを接触させ、前記油分含有物質中の油分を分解する方法である。前記油分含有物質に、本発明の油分分解剤を接触させる方法としては、本発明の油分分解剤と前記油分含有物質とを直接接触させる方法、本発明の油分分解剤を、前記油分含有物質に添加して、前記油分分解剤中の微生物を培養する方法、本発明の油分分解剤中の微生物を前培養し、得られた培養液を、前記油分含有物質に添加する方法、本発明の油分分解剤中の微生物を前培養し、得られた培養液を、前記油分含有物質に添加して、前記微生物を培養する方法等が挙げられる。
本発明の油分分解剤と前記油分含有物質との接触は、好気的条件下で行うことが好ましい。
【0033】
本発明の油分分解剤と油分含有物質とを接触させる際のpHは、特に制限はないが、pH4.0~9.0が好ましく、pH4.0~8.0がより好ましく、pH4.0~6.0がさらに好ましく、pH5.0が特に好ましい。
本発明の油分分解剤と油分分解物質とを接触させる際の温度は、特に制限はないが、12~37℃が好ましく、15~35℃がより好ましく、25~35℃がさらに好ましく、30℃が特に好ましい。
本発明の油分分解剤と油分含有物質とを接触させる際の、油分分解剤の量は、特に制限はないが、例えば、微生物の生菌数として、107~109個/mL程度となる量である。
本発明の油分分解剤と油分含有物質とを接触させる時間は、特に制限はないが、1時間~168時間が好ましく、24時間~96時間がより好ましく、48時間~72時間がさらに好ましい。
【実施例】
【0034】
以下、実施例及び比較例を示して、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0035】
(実施例1)
<MC7株の分離>
L字型試験管に無機培地[(NH4)2SO4、NaNO3、及びK2HPO4を任意の割合で混合後、10μmのフィルターで沈殿物を濾過したもの]10mL、油脂として菜種油10μL、及び汚泥1gを加え、懸濁するまで30℃で斜方振とう培養した。得られた懸濁液を100μL分取して、同様に無機培地10mLと、菜種油10μLとを加えたL字試験管に添加し、無機培地が懸濁するまで振とう培養した。この操作を6回繰り返した後、寒天平板培地へ段階的に希釈した懸濁液100μLを滴下し、コンラージ棒で塗沫して30℃で24時間培養した。なお、寒天培地は菜種油を塗布した無機寒天培地を用い、これらの培地上にコロニーが適度に形成された培養シャーレを選び、形状の整ったコロニーを新たなLB寒天培地に取り分けて菌体を分離した。このような方法を用いて油脂分解活性を有する菌株を50株取得した。
【0036】
続いて、L字型試験管に無機培地10mL、鉱物油としてシェルテラスオイルC(昭和シェル石油社製)を10μL、前記50株のコロニーをそれぞれ加え、30℃で斜方振とう培養した。シェルテラスオイルCは、97質量%以上の基油と3質量%以下の添加剤で構成されている工業用潤滑油である。50株のうち、懸濁がみられた1株について、懸濁液を100μL分取して、同様に無機培地10mL、シェルテラスオイルCを10μL加えたL字試験管に添加し、無機培地が懸濁するまで振とう培養した。この操作を6回繰り返した後、寒天平板培地へ段階的に希釈した懸濁液100μLを滴下し、コンラージ棒で塗沫して30℃で24時間培養した。なお、寒天培地はシェルテラスオイルCを塗布した無機寒天培地を用い、これらの培地上にコロニーが適度に形成された培養シャーレを選び、形状の整ったコロニーを新たなLB寒天培地に取り分けて菌体を分離した。このようにして分離された菌株をMC7株と命名した。
【0037】
<MC7株の同定>
上記で得られたMC7株について、26S rDNAの塩基配列解析を行った。なお、PCR増幅はITS5及びNL4プライマーを用いてターゲット領域のDNAを増幅した後、シークエンスはNL1、NL4プライマーを用いて増幅し、塩基配列を決定した。決定されたMC7株の26S rDNAは、配列番号1で示される塩基配列からなることが確認された。
得られた塩基配列を、国際塩基配列データベース(DDBJ/EMBL/GenBank)に対するBLAST相同検索を行った結果、MC7株の26S rDNAの塩基配列は、子嚢菌系酵母の一種であるCandida mengyuniae CBS 10845Tに対し、相同率100%の相同性を示した。相同性検索で得られた塩基配列を基に解析した分子系統樹を
図1に示す。この分子系統樹において、MC7株は、Candida属及びCyberlndnera属で構成される系統群に含まれ、キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae) CBS 10845T(アクセッション番号EU043158)と同一の分子系統学的位置を示した。以上のことから、MC7株は、キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)に帰属すると推定された。
【0038】
以下に、MC7株の菌学的性質を示す。
(1)コロニー形態(YM寒天培地、27℃、1週間培養)
色調:白色~クリーム色
形:円形
隆起状態:周辺部は扁平で、中央部はクッション形
周縁:全縁
表面の形状:平滑
光沢及び性状:鈍光性、湿性
(2)生育温度:12~37℃(至適温度:30℃)
(3)生育pH:4.0~9.0(至適pH:5.0)
(4)生育塩濃度:0~5%(W/V)
(5)細胞形態観察
栄養細胞は楕円形~卵形
増殖は出芽による
培養4週間で有性生殖器官の形成なし
【0039】
MC7株は、生理・生化学的性状試験において、以下の生理・生化学的性質を示す。
<生理・生化学的性状試験結果>
(1)糖類発酵性試験
グルコース +
ガラクトース -
マルトース -
スクロース +
トレハロース -
ラフィノース +
(2)炭素源資化性試験
グルコース +
ガラクトース -
L-ソルボース -
D-グルコサミン -
D-リボース -
D-キシロース +
L-アラビノース -
D-アラビノース -
L-ラムノース -
スクロース +
マルトース +
トレハロース +
α-メチル-D-グルコシド +
セロビオース +
サリシン L
アルブチン D
メリビオース -
ラフィノース +
メレチトース +
イヌリン +
可溶性デンプン -
グリセロール +
エリスリトール -
リビトール(アドニトール) -
キシリトール -
D-グルシトール(ソルビトール) L
D-マンニトール D
ガラクチトール(ダルシトール) -
イノシトール -
スクシネート -
シトレート D
エタノール +
(3)窒素源資化性
硝酸塩 +
亜硝酸塩 +
L-リジン +
(4)耐性試験
25℃での生育 +
35℃での生育 +
45℃での生育 -
0.01%シクロヘキシミド -
50%(W/V)D-グルコース -
10%塩化ナトリウム/5%グルコース -
(5)ビタミン要求性試験
ビタミン非含有培地 +
(上記において、「+」は陽性、「-」は陰性、「L(latent)」は試験開始2週間以降に急速に陽性反応が認められたこと、「D(delay)」は試験開始後1週間以上の時間をかけて徐々に陽性反応が認められたこと、をそれぞれ示す)
【0040】
MC7株の菌学的性質は、キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)の特徴にほぼ一致していた。MC7株の生理・生化学的性質と、公知のキャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)の生理・生化学的性質(Chen B., HuangX., Zheng J.-W., Li S.-P. & He J. (2009). Candida mengyuniae sp. nov., a metsulfuronmethyl-resistant yeast. Int J Syst Envol Microbiol 59, 1237-1241.)とを比較した結果、ガラクトース、マルトース、セロビオース、サリシン、アルブチン、メリビオース、及びメレチトースの資化性、45℃での耐性試験、及び10%塩化ナトリウム/5%グルコースでの生育性に相違が認められたが、その他の項目については、公知のキャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)と類似した生理・生化学的性質を示した。
【0041】
上記の26S rDNAの塩基配列解析、菌学的性質及び生理・生化学的性質から、MC7株は、キャンディダ・メンギュニエ(Candida mengyuniae)と同定されたが、MC7株は、下記実施例2、3及び比較例1に示すように、従来のキャンディダ(Candida)属に属する微生物と比較して、優れた油分分解活性を有することから、新規微生物と判断された。
【0042】
(実施例2)
<MC7株を用いた鉱物油の分解>
300mL三角フラスコにSCD培地(15g/Lカゼインペプトン、5g/L大豆ペプトン、5g/L塩化ナトリウム)50mLと寒天プレート上のMC7株を1白金耳加え、30℃で一晩、振とうし、前培養を行った。油分分解試験は、500mL三角フラスコに分解試験用培地(10g/L シェルテラスオイルC、1g/L コーンスティープリカー、0.5g/L 尿素)150mL、及び前培養液100μL加え、所定のpH、温度で振とうした。pH7にて15℃~35℃で24時間分解を行った結果を
図2に示す。MC7株は、30℃にて最大の分解率23%を示した。また、30℃にてpH4~8で24時間分解を行った結果を
図3に示す。MC7株は、pH5において最大の分解率29%を示した。
【0043】
(実施例3)
<MC7株を用いた油脂の分解>
300mL三角フラスコにSCD培地(15g/Lカゼインペプトン、5g/L大豆ペプトン、5g/L塩化ナトリウム)50mLと寒天プレート上のMC7株を1白金耳加え、30℃で一晩、振とうし、前培養を行った。油分分解試験は、500mL三角フラスコに分解試験用培地(10g/L 菜種油、1g/Lコーンスティープリカー、0.5g/L尿素)150mL、及び前培養液100μL加え、所定のpH、温度で振とうした。pH7にて15℃~35℃で24時間分解を行った結果を
図4に示す。MC7株は、30℃にて最大の分解率54%を示した。また、30℃にてpH4~8で24時間分解を行った結果を
図5に示す。MC7株は、pH5において最大の分解率67%を示した。
【0044】
(比較例1)
300mL三角フラスコにSCD培地(15g/Lカゼインペプトン、5g/L大豆ペプトン、5g/L塩化ナトリウム)50mLと寒天プレート上のキャンディダ・アルビカンス(Candida albicans)ATCC90029株を1白金耳加え、30℃で一晩、振とうし、前培養を行った。鉱物油分解試験は実施例2と同様の方法により行い、油脂分解試験は、実施例3と同様の方法により行った。油脂に対してpH7にて15℃~35℃で24時間分解を行った結果を
図6に示す。また、鉱物油に対して、30℃にてpH4~8で24時間分解を行った結果を
図7に示す。いずれの油分に対しても、キャンディダ・アルビカンス(Candida albicans)ATCC90029株の分解率は、MC7株の分解率よりも劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の微生物は、油分に対して高い分解能を有する。また、本発明の微生物は、幅広い温度域、pH域、高塩濃度において増殖可能である。したがって、本発明の微生物及び本発明の微生物を含有する油分分解剤によれば、油分含有廃水等の油分含有物質中の油分を効率的に分解することができる。
【配列表】