(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-07
(45)【発行日】2023-04-17
(54)【発明の名称】抗老化物質のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20230410BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20230410BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20230410BHJP
A61K 36/738 20060101ALI20230410BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230410BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230410BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20230410BHJP
A61K 36/9066 20060101ALI20230410BHJP
【FI】
C12Q1/02 ZNA
C12Q1/6851
A61P17/00
A61K36/738
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
G01N33/68
A61K36/9066
(21)【出願番号】P 2019530554
(86)(22)【出願日】2018-07-17
(86)【国際出願番号】 JP2018026783
(87)【国際公開番号】W WO2019017356
(87)【国際公開日】2019-01-24
【審査請求日】2021-06-18
(31)【優先権主張番号】P 2017139181
(32)【優先日】2017-07-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】江連 智暢
(72)【発明者】
【氏名】豊田 美郷
【審査官】佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/036211(WO,A1)
【文献】特表2015-521474(JP,A)
【文献】特表2014-513791(JP,A)
【文献】国際公開第2017/077497(WO,A1)
【文献】特開2004-075632(JP,A)
【文献】特開2017-112892(JP,A)
【文献】特開2003-342159(JP,A)
【文献】特開2000-119125(JP,A)
【文献】特開2017-081874(JP,A)
【文献】特開2010-195817(JP,A)
【文献】特開2008-285423(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
G01N
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
IGFBP7、CFD、及びRSPO4からなる群から選ばれる真皮老化因子の発現を指標とした、抗老化物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
候補薬剤を含む培養培地で真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物を培養する工程、
培養物中の真皮老化因子の発現を測定する工程
真皮老化因子の発現を抑制できる候補薬剤を選択する工程。
を含む、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
皮膚細胞培養物が、さらに幹細胞を含む、請求項2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
真皮老化因子の発現が、真皮老化因子の遺伝子発現又はタンパク質量を測定することにより行われる、請求項1~3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
ウコンエキス又はエイジツエキスを含む、RSPO4である真皮老化因子の発現抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真皮老化因子の発現を指標とした、抗老化物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢に伴う様々な老化現象は不可避的な問題であるが、老化進行を抑制又は老化の改善を目的として、老化を科学的に分析する研究が進められている。美容上最も関心の高い皮膚老化の原因は、マクロ的にみれば加齢が重要な因子であるが、それに加えて乾燥、酸化、紫外線等による影響も皮膚老化に関わる直接的な因子として挙げられる。皮膚老化の外観的現象としては、肌のしわ(大じわ及び小じわ)、たるみ、しみ、くすみ、きめの悪化等があげられ、その原因としては、コラーゲンの減少、コラーゲン架橋反応、ヒアルロン酸をはじめとするムコ多糖類の減少、メラニン色素の増加、表皮ターンオーバーの低下が挙げられる。これらの原因は、主に真皮性の原因と表皮性の原因とに分けられ、それぞれ対応が必要となる。真皮性の原因に対しては、ヒアルロン酸の産生促進、マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP)の産生・活性の抑制、コラーゲンの産生促進、エステラーゼの活性の阻害作用が、真皮の抗老化に有効であることが解明されてきている。こうした抗老化研究として、表皮又は真皮層の細胞を活性化することが行われてきているが、最近になって幹細胞、特に体性幹細胞を活性化することによる皮膚の抗老化の技術が検討されてきている。
【0003】
幹細胞は、自己複製能と他の種類の細胞に分化する分化能を有する細胞と定義されている。幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)や誘導多能性幹細胞(iPS細胞)のように一個体を形成する全ての系統の細胞種へ分化することのできる分化万能性を有する幹細胞の他、成人の生体内の各組織にも、分化万能性はないが、複数系統へ分化できる分化多能性を有する体性幹細胞が存在することが知られている。体性幹細胞は、組織の損傷時における組織修復、組織の恒常性の維持や老化に寄与していることが知られている。体性幹細胞は、様々な組織において存在することが知られており、皮膚組織に存在する幹細胞としては、表皮層に存在する表皮幹細胞と、真皮層及び皮下脂肪層に存在する間葉系幹細胞などが知られている。
【0004】
表皮では、表皮基底層に表皮幹細胞が存在することが良く知られており、また毛包のバルジ領域と呼ばれる領域には、毛包上皮幹細胞や皮膚色素幹細胞が存在することが報告されている。一方、真皮には脂肪、グリア、軟骨、筋肉など複数の細胞系列に分化する皮膚由来前駆細胞(skin-derived precursors:SKP)が存在すること(非特許文献1:Wong CE et al., J Cell Biol. 175:1005-1015, 2006)が報告され、さらに真皮間葉系幹細胞と呼ばれる細胞が単離されている(特許文献1:WO2011/034106)。
【0005】
間葉系幹細胞は、皮膚が外傷を受けた際に、外傷部位に誘引されることが知られている。外傷部位に誘引された間葉系幹細胞は、周囲の皮膚細胞を活性化して、細胞増殖を促すとともに、自身も皮膚細胞へと分化して、外傷を塞ぎ、治癒に貢献すると考えられており、ある種のフラボノイドが、間葉系幹細胞の誘引作用を有することが示されている(非特許文献2:PLOS ONE DOI:10.137/journal.pone.0144166)。皮膚損傷の治癒に関与する間葉系幹細胞は、血管を介して運搬されてきた骨髄由来間葉系幹細胞の他に、皮下組織に存在する脂肪幹細胞や、皮脂腺、汗腺、毛包などの器官の周囲や、血管付近に存在していた真皮間葉系幹細胞であると考えられる。間葉系幹細胞としては、従来は骨髄由来幹細胞が主に研究の対象とされてきたが、脂肪組織から脂肪幹細胞が単離されると、その入手の容易性と、種々の細胞系列へと分化することができる多分化能を有することから、様々な再生治療への応用が期待されている(非特許文献3:World J Stem Cells 2014 January 26; 6(1): 65-68)。真皮間葉系幹細胞は、血管付近に存在しているが、その分化能や性質については未知の点が多く、その応用については今後の研究が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2011/034106号
【文献】特表2013-507956号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】J Cell Biol. 175:1005-1015, 2006
【文献】PLOS ONE DOI:10.137/journal.pone.0144166
【文献】World J Stem Cells 2014 January 26; 6(1): 65-68
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、抗老化物質のスクリーニング方法の開発を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、真皮について老化研究を行ったところ、驚くべきことに、老化細胞が分泌する因子(以下、真皮老化因子とする)が、正常細胞に作用することで、真皮成分の産生の低下や、真皮成分の分解を促進するという現象を見出した。本発明者らは、この知見に基づき、真皮老化因子を指標とすることで、抗老化物質をスクリーニングする方法を開発するに至った。より具体的に、本発明は、以下に関する。
【0010】
[1] 真皮老化因子の発現を指標とした、抗老化物質のスクリーニング方法。
[2] 候補薬剤を含む培養培地で真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物を培養する工程、
培養物中の真皮老化因子の発現を測定する工程
真皮老化因子の発現を抑制できる候補薬剤を選択する工程。
を含む、項目1に記載のスクリーニング方法。
[3] 皮膚細胞培養物が、さらに幹細胞を含む、項目2に記載のスクリーニング方法。
[4] 真皮老化因子の発現が、真皮老化因子の遺伝子発現又はタンパク質量を測定することにより行われる、項目1~3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
[5] 真皮老化因子が、IGFBP7、CFD、又はRSPO4である、項目1~4のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
[6] ウコンエキス又はエイジツエキスを含む、真皮老化因子の発現抑制剤。
[7] 真皮老化因子が、CFDである、項目6に記載の真皮老化因子の発現抑制剤。
[8] 真皮老化因子の発現抑制を介して、シワ、たるみ、又は肌老化の治療において使用するためのウコンエキス又はエイジツエキス。
[9] シワ、たるみ、又は肌老化を改善するための美容又は非治療方法であって、ウコンエキス又はエイジツエキスを含む組成物を投与する方法。
[10] 真皮老化因子の発現抑制を介して、シワ、たるみ、又は肌老化を改善する、項目9に記載の方法。
[12]シワ、たるみ、又は肌老化を患う対象に対し、投与される、項目9又は10に記載の方法。
[13]真皮老化因子の発現抑制剤の製造のための、ウコンエキス又はエイジツエキスの使用。
[14]シワ、たるみ、又は肌老化を患う対象に対し、ウコンエキス又はエイジツエキスを含む組成物を投与することを含む皮膚改善方法。
[15]真皮老化因子の発現抑制を特徴とする、シワ、たるみ、又は肌老化を改善するための美容又は非治療方法。
[16]前記真皮老化因子がIGFBP7、CFD、又はRSPO4である、項目15に記載の美容又は非治療方法。
[17]真皮老化因子の発現抑制のために、ウコンエキス又はエイジツエキスを投与することを含む、項目16に記載の美容又は非治療方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のスクリーニング方法は、真皮老化因子を指標に抗老化物質をスクリーニングすることができる。真皮老化因子を介した老化という新たな老化メカニズムを解明し、そのような因子を指標とすることで、従来のスクリーニング方法ではスクリーニングできなかった物質を抗老化物質として取得することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1(A)は、トランスウェルシステムの模式図を示しており、上層において通常(若い)線維芽細胞が培養され、下層において老化線維芽細胞が培養される。
図1(B)~(D)は、下層に細胞を培養しない場合(Blank)と、下層に老化線維芽細胞が培養された場合(+Senescent)における、(B)コラーゲン1A1(COL1A1)、(C)エラスチン(ELN)、及び(D)マトリクスメタロプロテイナーゼ1(MMP1)の遺伝子発現量の比較を示すグラフである。
【
図2】
図2は、トランスウェルシステムの下層の老化線維芽細胞において、CFDの遺伝子発現を抑制した場合(A)の、上層の線維芽細胞におけるMMP1遺伝子発現の変化を示すグラフである(B)。
【
図3】
図3は、老化線維芽細胞と通常(若い)線維芽細胞との間における老化因子(A)IGFBP7、(B)RSPO4、及び(C)CFDの遺伝子発現量の比較を示すグラフである。
【
図4】
図4は、IGFBP7及びRSPO4を添加した場合に、(A)MMP1遺伝子が用量依存的に発現増加したこと、及び(B)コラーゲン1遺伝子が、発現低下したことを示すグラフである。
【
図5】
図5は、老化線維芽細胞と間葉系幹細胞との共培養系において、間葉系幹細胞の存在により、老化因子(IGFBP7)の発現が低下することを示すグラフである。
【
図6】
図6は、老化線維芽細胞の培養物に対して、ウコンエキス又はエイジツエキスを添加して培養した場合に、対照に対して、老化因子であるRSPO4の発現が低下したことを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、真皮老化因子の発現を指標とした、抗老化物質のスクリーニング方法に関する。より具体的には、このスクリーニング方法は、以下の工程を含む:
候補薬剤を含む培養培地で真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物を培養する工程、
培養物中の真皮老化因子の発現を測定する工程
真皮老化因子の発現を抑制できる候補薬剤を選択する工程。
【0014】
本発明のスクリーニング方法は、候補薬剤を含む培養培地で真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物を培養する培養工程の前に、候補薬剤未添加培地において、真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物を培養する前培養工程をさらに含んでもよい。前培養は、任意の期間行われうるが、一般に皮膚細胞培養物の播種後サブコンフルエント又はコンフルエントに達するまで行われうる。候補薬剤を含む培養培地で真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物を培養する工程は、前培養工程の培地に対して候補薬剤を添加するか、又は候補薬剤を含む培地へと置換することで達成してもよい。
【0015】
候補薬剤を含む培養培地で真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物を培養する培養工程の培養時間は、候補薬剤が細胞に作用する時間を確保する観点から、24時間以上、好ましくは3日間以上、さらに好ましくは5日間以上である。候補薬剤を含む培養培地で真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物を培養する培養工程の後に、候補薬剤未添加培地において真皮線維芽細胞を含む皮膚細胞培養物をさらに培養する後培養工程をさらに含んでもよい。
【0016】
培養培地は、細胞が生存できれば任意の溶液であってよく、皮膚細胞培養物を培養するために通常用いられる任意の培地をもちいることができる。一例として、DMEM、EMEM、RPMI1640などが用いられる。培養条件は、皮膚細胞培養物を培養するために通常用いられる培養条件が用いられる。一例として、5%CO2、37℃、加湿雰囲気下で培養が行われる。
【0017】
真皮老化因子とは、老化細胞から主に分泌される因子であり、正常の真皮細胞に作用して、真皮成分の産生を抑制するか、又は分解を促進する因子をいう。真皮老化因子としては、一例としてIGFBP7、CFD、及びRSPO4などが挙げられる。これらの因子の1つ又は2つ、或いは全ての組合せの発現を指標とすることで、抗老化物質をスクリーニングすることができる。
【0018】
培養物中の真皮老化因子の発現を測定する工程とは、任意の手法により培養物中の真皮老化因子の遺伝子発現量又はタンパク質量を測定する工程を指す。老化因子の発現量は、分子生物学的手法を用いて適宜測定することができる。一例として、タンパク質量を測定する場合には、各真皮老化因子に対する特異的抗体を作製し、ウエスタンブロット、ELISAなどの手法を用いることでタンパク質量を測定することができる。真皮老化因子の遺伝子発現量については、下記のプライマーを用いてRT-PCRを行うことで測定することができるが、これらの方法に限定されることを意図するものではない。内部標準は当業者であれば適宜選択することができる。
【表1】
【0019】
真皮老化因子の発現を抑制できる候補薬剤を選択する工程は、真皮老化因子の発現が低下した場合に、候補薬剤を抗老化因子として選択する工程をいう。比較対象として、候補薬剤のみを添加していない点でのみことなる対照群において、培養物中の真皮老化因子の発現を測定し、対照群の測定結果と比較することができる。対照群についての実験は、本発明のスクリーニング方法と同時に行われていてもよいし、対照群についての実験を予め行っておき、結果のみを比較することもできる。別の態様では、候補薬剤の添加前の真皮老化因子の発現量と、添加後の真皮老化因子の発現量を比較し、真皮老化因子の発現が低下した場合に、候補薬剤を抗老化因子として選択することができる。真皮老化因子の発現は、対照群に比べて低下していればよいが、有意差をもって低下していてもよい。
【0020】
皮膚細胞の培養物は、皮膚を構成する任意の細胞の培養物であってよい。皮膚を構成する細胞としては、表皮の角化細胞、真皮の線維芽細胞、及び皮下脂肪層に存在する脂肪細胞や、その他の細胞、例えばランゲルハンス細胞、メラノサイト、メルケル細胞、組織球、肥満細胞、形質細胞、幹細胞などが挙げられ、また皮膚に存在する各器官、例えば皮脂腺、汗腺、毛包などを構成する細胞も含まれうる。真皮線維芽細胞を、単独で培養してもよいし、他の細胞と共培養することもできる。共培養の一態様として、真皮線維芽細胞と表皮細胞とを共培養することで構築した、皮膚3次元モデルの培養物に対して候補薬剤を添加してもよい。さらに別の態様では、真皮線維芽細胞と、幹細胞とを共培養した培養物を使用することもできる。幹細胞としては、表皮に存在する表皮幹細胞、真皮や皮下脂肪組織に存在する間葉系幹細胞が挙げられる。
【0021】
真皮線維芽細胞は、間葉系に属する細胞であり、膠原線維や弾性線維、ムコ多糖を産生する細胞である。線維芽細胞は、比較的分裂速度が速く、継代を繰り返すことで、老化した線維芽細胞を取得することができる。
【0022】
間葉系幹細胞とは、一般に間葉系に分類される任意の組織由来の幹細胞をいう。間葉系に分類される組織として、骨髄、胎盤、脂肪組織、真皮などが挙げられ、それらの組織由来の幹細胞の例として、骨髄由来間葉系幹細胞(以下、単に骨髄幹細胞とする)、胎盤由来間葉系幹細胞、脂肪組織由来間葉系幹細胞(以下、単に脂肪幹細胞とする)、歯髄由来間葉系幹細胞、臍帯血由来間葉系幹細胞、真皮由来間葉系幹細胞(以下、単に真皮幹細胞とする)などが挙げられ、また毛乳頭細胞の一部も間葉系幹細胞であると考えられている。
【0023】
骨髄由来間葉系幹細胞は、骨髄に存在する幹細胞である。骨髄幹細胞は、心筋細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、軟骨細胞、骨細胞、脂肪細胞といった多様な組織への分化能を有している。骨髄由来間葉系幹細胞は、CD105、CD73、CD90を陽性マーカーとして特徴付けられるが、これらのマーカーを発現する細胞に限定されることを意図するものではない。骨髄間葉系幹細胞は、組織の損傷などのシグナルに応じ、血液中に放出されて、創傷部における治癒機能を果たすと考えられている。
【0024】
脂肪組織由来間葉系幹細胞とは、単に脂肪幹細胞ということもでき、脂肪組織中に存在する間葉系幹細胞の一種である。脂肪幹細胞は、遊走能力を有することが知られており(非特許文献3及び特許文献2)、脂肪組織中を移動することができると考えられている。脂肪幹細胞は、CD90マーカー、CD105マーカー等の発現により特徴付けられるが、これらのマーカーを発現する細胞に限定されることを意図するものではない。
【0025】
真皮由来間葉系幹細胞とは、単に真皮幹細胞ということもでき、真皮に存在する幹細胞である。真皮幹細胞は、線維芽細胞への分化、又は線維芽細胞の活性化を介して、線維芽細胞を補充して真皮層の恒常性の維持に寄与する。真皮間葉系幹細胞は、真皮層中、ペリサイト様の細胞集団として微小血管部位や、皮脂腺、汗腺、毛包などの器官の周囲に主に存在する。皮膚の損傷時に活性化し、線維芽細胞、筋線維芽細胞に分化して皮膚の再生・修復に寄与していると考えられる。真皮幹細胞は、CD34及びNG2の二重陽性により特徴付けられるが、これらのマーカーを発現する細胞に限定されることを意図するものではない。真皮幹細胞が存在する各器官の周囲には毛細血管が張り巡らされていることから、真皮幹細胞は、血管を通して補充されることが考えられる。したがって、真皮幹細胞は、骨髄間葉系幹細胞と近い性質を有しうる。
【0026】
候補薬剤の添加前に、老化因子が産生されていることが必要であることから、使用する細胞は老化した細胞であることが好ましい。老化した細胞としては、一定期間、例えば3ヶ月以上継代培養を行い、増殖が遅くなった細胞(例えば、倍化時間が0.5/週未満、Pdl>50)を用いることが好ましい。また、初代細胞を、老人から取得することで、老化した細胞を取得することもできる。好ましい態様では、このようにして得られた老化細胞において、IGFBP7、CFD、及びRSPO4からなる群から選ばれる老化因子の発現が確認されている細胞を使用することが好ましい。老化細胞は、皮膚に含まれる細胞であれば任意の細胞であってよいが、IGFBP7、CFD、及びRSPO4からなる群から選ばれる老化因子が発現している観点から、好ましくは真皮線維芽細胞である。
【0027】
皮膚細胞培養物が、真皮線維芽細胞のみを含む場合、スクリーニング方法で選択された抗老化物質は、老化した真皮線維芽細胞に直接作用することで、老化因子の発現を抑制することができる。その一方で、皮膚細胞培養物が、真皮線維芽細胞と、その他の細胞との共培養物である場合には、スクリーニング方法で選択された抗老化物質は、老化した真皮線維芽細胞に直接作用することで、又は共培養されたその他の細胞を介して間接的に作用することで老化因子の発現を抑制することができる。間接的な作用としては、例えば共培養された細胞の活性を介して、老化真皮線維芽細胞における老化因子の発現を制御することが考えられる。間葉系幹細胞が、真皮線維芽細胞に間接的に作用することで老化因子(IGFBP7)の発現を抑制できることが示されている(
図5)。
【0028】
共培養を行う場合、真皮線維芽細胞と、その他の細胞は、同一の箇所に混合して播種されてもよいし、積層して培養してもよいし、同一培養容器内で隔離して培養されてもよい。同一培養容器内で隔離して培養する場合、培地の交換は可能であるが、細胞の移動を妨げる程度の孔を介して、培地が混合することで、一方の細胞の分泌する因子が、他方の細胞へと影響することができる。1の実施態様では、幹細胞と真皮線維芽細胞とを共培養することができる。このような幹細胞は、真皮線維芽細胞へと分化する分化能を有すると共に、なんらかの因子を放出することで周囲の細胞に作用することができる。したがって、この共培養系を用いることにより、幹細胞に作用して、老化真皮線維芽細胞による老化因子の産生を抑制することができる抗老化物質をスクリーニングすることができる。
【0029】
したがって、本発明のスクリーニング方法により選択された抗老化物質は、その使用した系に伴い、直接老化細胞に作用し、老化因子の分泌を抑制する抗老化物質であってもよいし、他の細胞、例えば幹細胞に作用することで、間接的に老化因子の分泌を抑制する抗老化物質であってもよい。老化細胞に直接作用する抗老化物質は、老化因子の発現抑制剤ということもできる。老化因子は、真皮成分の産生を抑制するか、又は分解を促進する。したがって、老化因子の発現抑制は、コラーゲンやエラスチンなどの真皮成分の増加させる作用を有する。したがって、抗老化物質は、真皮成分の増加促進剤、及びシワやたるみ改善剤、抗老化剤として、化粧品や医薬品に配合しうる。幹細胞に作用して間接的に老化因子の分泌を抑制する抗老化物質は、幹細胞賦活剤として使用でき、単独で用いられてもよいが、幹細胞治療と併せて、或いは幹細胞誘引剤と合わせて投与することで、さらに所望の抗老化作用を発揮しうる。
【0030】
複数の化粧品素材を候補薬剤として用いて本発明のスクリーニング方法を実行したところ、ウコンエキス及びエイジツエキスが、抗老化因子発現抑制剤としてスクリーニングすることができた。
【0031】
ウコンエキスは、インド原産のショウガ科ウコン属(Curcuma Longa)の多年草の抽出物をいう。抽出する部位としては、全草、葉、花、根が挙げられるが、特に根茎が好ましい。抽出方法は任意の方法を用いることができるが、一例として、乾燥させた根ついて水蒸気蒸留や溶媒抽出を行うことで抽出物を得ることができる。また溶媒としては、任意の抽出溶媒を用いることができるが、50%ブチレングリコールなどが用いられ得る。
【0032】
エイジツエキスとは、東アジア原産のノイバラ(Rosa multiflora)の偽果又は果実の抽出物をいう。抽出方法は任意の方法を用いることができるが、一例として、乾燥させた偽果又は果実を、水蒸気蒸留や溶媒抽出を行うことで抽出物を得ることができる。また溶媒としては、任意の抽出溶媒を用いることができるが、エタノール水溶液や50%ブチレングリコールなどが用いられ得る。
【0033】
候補薬剤としては、任意のライブラリーに属する薬剤を使用することができる。ライブラリーとしては、有機化合物ライブラリー、抽出物ライブラリー、化粧品素材ライブラリー、医薬品ライブラリーなどを使用することができる。候補薬剤を経皮投与する観点から、経皮投与での安定性がすでに示されている化粧品素材を候補薬剤として使用することが好ましい。
【0034】
本発明の方法によりスクリーニングされた抗老化物質は、任意の組成物、例えば化粧品、医薬品、又は医薬部外品に配合されうる。抗老化物質が配合された化粧品、医薬品、又は医薬部外品は、シワやたるみなどの肌老化に悩む対象に使用される。このような肌老化に悩む対象では、皮膚において老化因子の発現が高い対象ということもできる。特に、美容分野において、抗老化が望まれていることから、化粧品に配合することが好ましい。配合される化粧品の剤型は任意であり、液体、ゲル、気泡、乳液、クリーム、軟膏、シート等の形態で配合して用いることができる。配合される化粧品としては、外用薬用製剤、化粧水、乳液、クリーム、軟膏、ローション、オイル、パック等の基礎化粧料、洗顔料や皮膚洗浄料、除毛剤、脱毛剤、アフターシェーブローション、プレシェーブローション、シェービングクリーム、ファンデーション、口紅、頬紅、アイシャドウ、アイライナー、マスカラ等のメークアップ化粧料、シャンプー、リンス、ヘアートリートメント、プレヘアートリートメント、整髪料、パーマ剤、ヘアートニック、染毛料、育毛・養毛料等の頭髪化粧料、浴用剤など様々な製品に応用できる。
【0035】
本発明においてIGFBP7、CFD、及びRSPO4は、老化因子として決定された。したがって、これらの因子の発現を調べることで、細胞の老化度を決定することができる。例えば内部標準となる遺伝子に対する発現量を測定することで、細胞の老化度を決定することができる。生体から取得された細胞、特に皮膚細胞に対して老化度を決定することもできるし、培養細胞について老化度を決定することもできる。したがって、本発明のさらに別の態様では、本発明は、老化因子の発現量を指標とした細胞の老化度決定方法に関する。
【0036】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0037】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【0038】
実施例1:老化細胞による、正常細胞への影響
細胞培養
成人(21歳)の背中の皮膚から樹立された真皮線維芽細胞を、10%FBSを添加したダルベッコ改変イーグル培地で培養した。通常の線維芽細胞(若い線維芽細胞)として、1ヶ月未満の培養期間であり、Pdl<30の細胞を用いた。同細胞を、3ヶ月以上培養し、増殖が遅くなった細胞(倍化時間が0.5/週未満、Pdl>50)を老化線維芽細胞として用いた。通常の線維芽細胞を1250細胞/cm2の密度となるように、10%FBSを添加したダルベッコ改変イーグル培地を満たした6ウェルのトランスウェルシステム(Falcon; Franklin Lakes, NJ)の上層に播種した。サブコンストラクト状態の老化線維芽細胞及び通常の線維芽細胞を、それぞれトランスウェルシステムの下層の2つのウェルに播種した。トランスウェルシステムの上層及び下層を組み合わせて、37℃5%CO2加湿雰囲気下で2日間培養後、上層の細胞と下層の細胞をそれぞれQiazole(Qiagen)を用いて回収した。
【0039】
定量的RT-PCR
回収した細胞ライセートから、RNeasy Protect Kit(Qiagen)を製品説明書に従い用いてRNAを抽出し、そしてSuperscript VILO(Invitrogen)を製品説明書に従い用いてcDNAへと翻訳した。28SrRNAを内部標準とし、下記の遺伝子についてのプライマー対を用いて、LightCycler(販売元)にてリアルタイムPCRを行った。結果を
図1に示す。Lightcycler software ver.3.5により計算されたサイクル閾値(Ct値)を、各サンプルのGAPDHmRNAについて正規化した。
【表2】
図1(A)に示されるように、老化線維芽細胞を下層に播種した場合、下層に細胞を播種しなかった場合に比べてMMP1の発現が有意に増加し、またエラスチン及びコラーゲンの発現が有意に減少した。通常の線維芽細胞(若い線維芽細胞)を下層に播種した場合は、下層に細胞を播種しなかった場合に比べて有意な変化が示されなかった(データ未掲載)。この結果から、老化細胞から、何らかの老化因子が分泌されることにより、培地を共有する真皮線維芽細胞において、遺伝子発現の変化が生じることが明らかになった。
【0040】
老化線維芽細胞において発現が増加する遺伝子の特定
若い線維芽細胞と、老化線維芽細胞とにおける遺伝子発現の違いを、マイクロアレイ分析により調べた。若い線維芽細胞の遺伝子発現量と比較して、2.5倍以上の発現量を示した遺伝子を同定した。下記の表に記載の遺伝子を老化因子の候補とした:
【表3】
【0041】
これらの老化因子の候補遺伝子のうち、CFDをノックダウンするようにsiRNAを設計し(SI00030100又はSI00030107;Qiagen、両者は同様の阻害効果を有する)、ネガティブコントロールとしてsiRNA(SI030640318;Qiagen)を用いた。siRNAを老化線維芽細胞に導入して、CFD遺伝子をノックダウンした細胞を、上述の細胞培養法に従い、トランスウェルシステムの下層に播種し、上層の細胞と共に2日間培養を行った。下層の細胞と上層の細胞をそれぞれ取得し、下層の細胞についてはCFDの発現、上層の細胞についてはMMP1の遺伝子発現を調べた。CFDがノックダウンされた老化線維芽細胞を下層に播種した場合に、上層の細胞からのMMP1の発現が低下した。結果を
図2に示す。この結果により、CFDが老化因子であることが特定された。
【0042】
老化細胞における老化因子の発現
本発明者らにより特定された老化因子(CFD)及び候補老化因子(IGFBP7、RSPO4)の発現を、老化線維芽細胞と若い線維芽細胞とで比較した。老化線維芽細胞及び若い線維芽細胞をそれぞれ培養し、Qiazole(Qiagen)を用いて回収した。回収された細胞ライセートを、上述のRT-PCRと同様の手法を用いて、老化因子の発現を調べた。下記のプライマー対を用いた。結果を
図3に示す。本発明で特定された老化因子及び候補老化因子は、ともに老化線維芽細胞で発現が高くなることが示された。
【表4】
【0043】
老化因子の添加
候補老化因子(IGFBP7、RSPO4)のタンパク質(Serotec、R&D SYSTEMSより購入)を若い線維芽細胞を培養する培地に、0μg/ml、10μg/mlの濃度で添加し、2日間培養後、細胞をそれぞれQiazole(Qiagen)を用いて回収した。回収した細胞ライセートについて、定量的RT-PCRの欄で記載したのと同様に、MMP1及びコラーゲンの発現量を調べた。結果を
図4に示す。IGFBP7及びRSPO4は、コラーゲンの発現を低下させ、またMMP1の発現を増加させた。これにより、IGFBP7及びRSPO4も老化因子として作用することが示された。
【0044】
実施例2:間葉系幹細胞による老化因子の抑制
細胞培養
老化線維芽細胞を、1250細胞/cm
2の密度となるように、10%FBSを添加したダルベッコ改変イーグル培地を満たした6ウェルのトランスウェルシステム(Falcon; Franklin Lakes, NJ)の上層に播種した。間葉系幹細胞(MSC)はLonzaより購入し、MessenPro培地にて培養した。サブコンストラクト状態のMSCを、トランスウェルシステムの下層のウェルに播種した。24時間後に培地を10%FBS、250μMアスコルビン酸を含むDMEMに交換し、共培養を開始した。2日後にQiazole(Qiagen)を用いて細胞を回収した。回収された細胞ライセートを、上述のRT-PCRと同様の手法を用いて、老化因子(IGFBP7)の遺伝子発現を調べた。結果を
図5に示す。対照群としてMSC無しで線維芽細胞単独で培養を行った。MSC存在下では、IGFBP7の遺伝子発現は有意に減少した(スチューデントt検定:P<0.05)。
【0045】
実施例3:老化因子を指標としたスクリーニング方法
老化線維芽細胞を、2500細胞/cm2の密度となるように24ウェルプレートに播種した。播種24時間後に、化粧品素材である下記のエキス:エイジツエキス、ウコンエキスをそれぞれ0.5%の濃度で加えた。エキスの抽出溶媒のみを添加した群を対照とした。エキス添加24時間後に、細胞をQiazol(Qiagen)を用いて回収した。回収した細胞ライセートについて、定量的RT-PCRの欄に記載したのと同じ方法でRSPO4の発現量を調べた。対照群のRSPO4発現を100として、添加群におけるRSPO4発現を示した。結果を
図6に示す。
【配列表】