(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-10
(45)【発行日】2023-04-18
(54)【発明の名称】多層膜回折格子
(51)【国際特許分類】
G21K 1/06 20060101AFI20230411BHJP
G02B 5/18 20060101ALI20230411BHJP
【FI】
G21K1/06 C
G02B5/18
G21K1/06 B
(21)【出願番号】P 2019022387
(22)【出願日】2019-02-12
【審査請求日】2021-06-03
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100149962
【氏名又は名称】阿久津 好二
(74)【代理人】
【識別番号】100170988
【氏名又は名称】妹尾 明展
(74)【代理人】
【識別番号】100189566
【氏名又は名称】岸本 雅之
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【氏名又は名称】江口 裕之
(72)【発明者】
【氏名】小池 雅人
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-094892(JP,A)
【文献】特開2008-090030(JP,A)
【文献】国際公開第2007/119852(WO,A1)
【文献】特開2011-075850(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21K 1/06
G02B 5/18
G01J 3/18
G01N 23/083
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟X線分光計測に用いる表面に周期的な凹凸を持つ回折格子と、
前記回折格子の表面に順に積層された基本反射膜層と多層膜層とを有し、
前記基本反射膜層が、波長1nm~20nm内の目的電磁波の浸透深さよりも厚い金(Au
)から成り、
前記多層膜層が炭素(C
)から成る薄膜層Aと、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、タングステン(W)のいずれか、もしくはそのいずれかを含む化合物から成る薄膜層Bとを1周期以上積層したものであることを特徴とする多層膜回折格子。
【請求項2】
請求項1記載の多層膜回折格子において、
前記回折格子の表面の凹凸が断面矩形状である多層膜回折格子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の多層膜回折格子において、
前記多層膜層の周期が半整数(例:1.5、2.5周期)であることを特徴とする多層膜回折格子。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の多層膜回折格子において、
前記多層膜層を構成する物質の膜厚が膜層ごとに異なることを特徴とする多層膜回折格子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟X線波長領域においる回折格子において、回折格子溝形状及びその上に積層する下地金属膜と多層膜の構成を最適化することにより、10層以下の少ない積層数で回折効率を高めた回折格子製作技術に関する。
【背景技術】
【0002】
エネルギーが約0.1keVから4keV付近の軟X線(波長:0.3nm~12nm)を反射型回折格子で分光する場合、実用的な回折効率を得るため、回折格子に対して入射光を回折格子面とすれすれの方向から入射させる斜入射条件で使用する。
【0003】
軟X線領域では回折格子の表面に反射膜として積層する物質の屈折率nMは1よりわずかに小さい。高い回折効率を得るためには一般に、回折格子面に垂直な法線方向から測った入射角αが鏡面の全反射条件であるsinα≧nM (a≧π/2-{2(1-nM)}1/2)を満たすようにする。しかしながら、回折格子の溝の効果により回折される光のエネルギーは、正反射条件を満たす零次光や多くの次数光に分散されるだけでなく、表面物質内に吸収される成分も存在するため、計測に利用される1次光(または-1次光)の強度は回折格子溝のない鏡の全反射の場合の強度に比較して非常に弱くなる。このため、例えば溝形状が矩形状のラミナー型回折格子においては、溝の深さ、凹凸の山面と谷面の面積比を最適化し、山面と谷面からの光が所望の回折次数の光の回折光方向で強め合う正の干渉を起こすように設計される。
【0004】
さらに、軟X線領域で高い回折効率を得る方法として、回折格子表面に低密度物質層と、前記低密度物質層よりも密度が高い高密度物質層を交互に周期的に積層して形成された構造を具備する軟X線多層膜回折格子を用いる方法がある。この方法は高密度物質層で回折された各光が干渉し、光が強められる必要がある。このためには、入射光を多層膜の膜内部まで侵入させる必要があるが、軟X線領域の全反射条件では侵入深さが小さいために膜内部まで光が侵入できず、多層膜の効果を活かすことができなかった。このことが軟X線多層膜回折格子で高い回折効率を得ることを困難にさせていた。
【0005】
それに対して軟X線回折格子の表面に従来から用いられている基本反射膜層の上に光の吸収が小さい物質の増反射膜層を最適な厚さで積層することにより、回折効率を向上させることができることが数値計算や実験により見出されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2006-133280号公報
【文献】特開2011-141129号公報
【文献】特開2015-094892号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】M. Koike et. al., “Enhancement of diffraction efficiency of laminar-type diffraction gratings overcoated with diamond-like carbon (DLC) in soft X-ray region,” AIP Conf. Proc. 1741, 040045 (2016), (4pages) ; doi: 10.1063/1.4952917.
【文献】T. Imazono et al., “Experimental evaluation of enhancement of diffraction efficiency by overcoating diamond-like carbon (DLC) on soft X-ray laminar-type gratings,” AIP Conf. Proc. 1741, 040043 (2016), (4 pages) ; doi: 10.1063/1.4952915.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
全反射条件によって数十ナノメートル程度の深さの物質内部までしか光エネルギーが侵入できない軟X線領域において、表面反射膜層として一般に用いられる金等の単層膜を用いた回折格子の回折効率を改善する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る回折格子では、溝が刻線された所定面上に、使用入射角において吸収のため透過光が存在しない厚さの金(Au)、白金(Pt)、ロジウム(Rh)、タングステン(W)の基本反射膜層があり、その上に多層膜層として消衰係数が小さく、屈折率が1より僅かに小さい炭素(C)、炭化ボロン(B4C)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)のいずれか、もしくはそのいずれかを含む化合物の薄膜層Aとオスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、タングステン(W)のいずれか、もしくはそのいずれかを含む化合物の薄膜層Bを周期的に付加し、軟X線回折格子の回折効率を向上させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、回折格子の基本反射膜層と多層膜層の相関効果により、入射エネルギーが零次を含む反射回折光として回折される割合が増加するため、全反射条件によって物質内部まで侵入できないエネルギーの軟X線領域において、金等を反射膜とする一般に用いられる回折格子の回折効率を広い波長範囲で改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】従来の形態となる回折格子の構造を示す図である。
【
図2】本発明の実施の形態となる回折格子の構造を示す図である。
【
図3】従来の形態となる回折格子の回折効率の波長依存性を示す図である。
【
図4】本発明の形態となる回折格子の回折効率の波長依存性を示す図である。 基本反射膜層がAu(d
1= 30.0 nm),多層膜層がC(d
2= 7.4 nm)とOs(d
3=6.0 nm)が2周期の場合。
【
図5】本発明の形態となる回折格子の回折効率の波長依存性を示す図である。 基本反射膜層がAu(d
1= 30.0 nm),多層膜層がC(d
2= 7.4 nm)と Ir(d
3=6.0 nm)が2周期の場合。
【
図6】本本発明の形態となる回折格子の回折効率の波長依存性を示す図である。 基本反射膜層がAu(d
1= 30.0 nm),多層膜層がC(d
2= 7.4 nm)と W(d
3=6.0 nm)が2周期の場合。
【発明を実施するための形態】
【0012】
発明者は矩形状の溝形状を持つラミナー型の軟X線回折格子の回折効率を一定の波長範囲で高めるには、従来の形態である基本反射膜表面にある種の物質を一定の厚さで積層させればよいことを見いだした(非特許文献1、2)。探索の結果鉄のL発光(Fe-La,b)の波長 1.7~1.8 nm(700~720 eV)を中心とした領域の回折効率を高めるには回折格子溝が刻線された表面上に、使用入射角において吸収のため透過光が存在しない厚さの金(Au)、白金(Pt)、ロジウム(Rh)、タングステン(W)の基本反射膜層があり、その上に多層膜層として消衰係数が小さく、屈折率が1より僅かに小さい炭素(C)、炭化ボロン(B4C)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)のいずれか、もしくはそのいずれかを含む化合物の薄膜層Aとオスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、タングステン(W)のいずれか、もしくはそのいずれかを含む化合物の薄膜層Bを1周期以上付加することにより軟X線回折格子の回折効率が向上することを見出した。
【実施例】
【0013】
以下、本発明の実施形態の基本となる従来型の軟X線用ラミナー型回折格子(形態O)の構造を、
図1を用いて詳細に説明する。直交座標系において、x軸を回折格子表面中心Oでの回折格子の垂線(法線)方向、y軸を
中心Oでの回折格子面の接線方向、z軸を
中心Oにおいて紙面に垂直な軸とする。この時、x軸方向から入射光の方向へ張る角度を入射角(α)とする。したがって、回折格子面から入射光の方向に張る角度
θとの間には
θ=90°-αの関係がある。また、x軸方向から測定に用いる波長(λ)の回折次数(m)が+1次の回折光の方向を回折角(β)とする。角度αとβの双方について符号はx軸から反時計廻りを正とする。回折格子溝はラミナー型と一般に称される矩形波状であり、材質がSiO2等の基板1の表面に、溝周期である格子定数(σ)、溝の山部の長さ(a)、溝深さ(h)の格子溝が形成されている。因みに角度α、β及び波長λ、格子定数σの間には回折格子に式と称されるsinα+sinβ=λ/σの関係がある。
【0014】
従来型のラミナー型回折格子及び本発明の実施の形態となる回折格子の基板1として、例えば 格子定数σ = 416.7 nm (1/σ = 2400 本/mm)、h = 6.2 nm、デューティ比(a/σ) = 0.40(a = 167 nm)のラミナー型の格子溝を用いる。
【0015】
図1に基板1上に基本反射膜層2を堆積した従来型のラミナー型回折格子の形態を示す。
【0016】
図2は本発明の形態を説明する図である。ここでは回折格子基板1上に基本反射膜層2が膜厚d
1で堆積されている回折格子の上に回折効率を高める多層膜層3、4をそれぞれ膜厚d
2、d
3で積層する。
【0017】
図3は
図1で示した形態の回折格子において 基板1として、格子定数σ = 416.7 nm (1/σ = 2400 本/mm)、h = 6.2 nm、デューティ比(a/σ) = 0.40(a = 167 nm)のラミナー型の回折格子に基本反射膜層2としてAuを30 nm付加した場合の0.6 nm~6 nmの軟X線に対する回折効率の波長依存性を示す図である。入射角αは88.65°である。
【0018】
図4は
図1で示した形態の回折格子において 基板1として、格子定数σ = 416.7 nm (1/σ = 2400 本/mm)、h = 6.2 nm、デューティ比(a/σ) = 0.40(a = 167 nm)のラミナー型の回折格子に基本反射膜層2としてAuを30 nm付加し、さらに多層膜層がC(d
2= 7.4 nm)とOs(d
3=6.0 nm)が2周期の場合の0.6 nm~6 nmの軟X線に対する回折効率の波長依存性を示す図である。入射角αは86.20°である。
【0019】
図5は
図1で示した形態の回折格子において 基板1として、格子定数σ = 416.7 nm (1/σ = 2400 本/mm)、h = 6.2 nm、デューティ比(a/σ) = 0.40(a = 167 nm)のラミナー型の回折格子に基本反射膜層2としてAuを30 nm付加し、さらに多層膜層がC(d
2= 7.4 nm)とIr(d
3=6.0 nm)が2周期の場合の0.6 nm~6 nmの軟X線に対する回折効率の波長依存性を示す図である。入射角αは88.65°である。
【0020】
図6は
図1で示した形態の回折格子において 基板1として、格子定数σ = 416.7 nm (1/σ = 2400 本/mm)、h = 6.2 nm、デューティ比(a/σ) = 0.40(a = 167 nm)のラミナー型の回折格子に基本反射膜層2としてAuを30 nm付加し、さらに多層膜層がC(d
2= 7.4 nm)とW(d
3=6.0 nm)が2周期の場合の0.6 nm~6 nmの軟X線に対する回折効率の波長依存性を示す図である。入射角αは88.65°である。
【0021】
図3と
図4,5、6を比較したらわかるように1.5 nm~6 nmの広い波長領域で回折効率が2倍以上改善していることが判る。
【0022】
電子顕微鏡に搭載した軟X線発光回折格子分光器に組み込むことにより、電子線で試料を励起し、鉄鋼のなどの軟X線発光の分光計測に基づく微量成分分析、鉄を含む永久磁石材料開発、スピントロ二クスデバイス中における鉄化合物の状態分析等に用いることができる。また、励起源として各種加速器等により生成される放射光、イオンビーム、高周波放電、プラズマ放電光源等も用いることができる。
【符号の説明】
【0023】
1…回折格子基板
2…基本反射膜層
3…薄膜層A
4…薄膜層B