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特許7259958銅被覆鋼線、ばね、撚線、絶縁電線およびケーブル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-10
(45)【発行日】2023-04-18
(54)【発明の名称】銅被覆鋼線、ばね、撚線、絶縁電線およびケーブル
(51)【国際特許分類】
   H01B 5/02 20060101AFI20230411BHJP
   H01B 5/08 20060101ALI20230411BHJP
   H01B 7/00 20060101ALI20230411BHJP
   H01B 7/18 20060101ALI20230411BHJP
【FI】
H01B5/02 A
H01B5/08
H01B7/00
H01B7/18 D
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2021527301
(86)(22)【出願日】2019-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2019025936
(87)【国際公開番号】W WO2020261564
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2021-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【弁理士】
【氏名又は名称】北野 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100137246
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 勝也
(74)【代理人】
【識別番号】100158861
【弁理士】
【氏名又は名称】南部 史
(74)【代理人】
【識別番号】100194674
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 覚史
(74)【代理人】
【識別番号】100187908
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 康平
(72)【発明者】
【氏名】赤田 匠
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 大五
【審査官】神田 太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/041132(WO,A1)
【文献】特開昭62-018771(JP,A)
【文献】国際公開第2017/212770(WO,A1)
【文献】特開2005-317463(JP,A)
【文献】特開平1-283707(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 5/02
H01B 5/08
H01B 7/00
H01B 7/18
C22C 38/00
C22C 38/04
C22C 38/46
C21D 9/52
C21D 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼製の芯線と、
前記芯線の外周面を覆い、銅製または銅合金製の被覆層と、を備え、
前記芯線の長手方向に垂直な断面において、前記芯線の外周面の算術平均粗さRaの値が前記被覆層の厚みの25%以上90%以下であり、
前記被覆層の厚みは7.5μm以上200μm以下である、銅被覆鋼線。
【請求項2】
前記芯線の長手方向に垂直な断面において、前記芯線の外周面の最大断面高さRtの値が前記被覆層の厚みの45%以上300%以下である、請求項1に記載の銅被覆鋼線。
【請求項3】
ステンレス鋼製の芯線と、
前記芯線の外周面を覆い、銅または銅合金製の被覆層と、を備え、
前記芯線の長手方向に垂直な断面において、前記芯線の外周面の最大断面高さRtの値が前記被覆層の厚みの45%以上300%以下であり、
前記被覆層の厚みは7.5μm以上200μm以下である、銅被覆鋼線。
【請求項4】
前記芯線を構成する鋼は、フェライト系ステンレス鋼である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線。
【請求項5】
前記芯線を構成する鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線。
【請求項6】
前記オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成が、下記式(1)を満たす、請求項5に記載の銅被覆鋼線。
【数1】

(式中、Aは炭素の含有量[質量%]であり、Bは窒素の含有量[質量%]であり、Cは珪素の含有量[質量%]であり、Dはマンガンの含有量[質量%]であり、Eはニッケルの含有量[質量%]であり、Fはクロムの含有量[質量%]である。)
【請求項7】
前記被覆層は、前記芯線との界面を含む領域に配置され、ニッケルと前記芯線を構成する鋼に含まれる金属元素との合金を含む合金層を有する、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線。
【請求項8】
引張強さが、300MPa以上3400MPa以下である、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線。
【請求項9】
表面を含むように配置され、金層、銀層、スズ層、パラジウム層、ニッケル層およびこれらの金属の合金層からなる群から選択される少なくとも1つを含む表面層をさらに備える、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線。
【請求項10】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線製である、ばね。
【請求項11】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線が複数撚り合わされて構成される、撚線。
【請求項12】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線、または請求項11に記載の撚線と、
前記銅被覆鋼線または前記撚線の外周を覆うように配置される絶縁層と、を含む、絶縁電線。
【請求項13】
線状の導体部と、
前記導体部の外周面を覆うように配置される絶縁層と、
前記絶縁層の外周面を取り囲むように配置されるシールド部と、を含み、
前記シールド部は、請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の複数の銅被覆鋼線を含む、ケーブル。
【請求項14】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の銅被覆鋼線、または請求項11に記載の撚線と、
前記銅被覆鋼線または前記撚線の外周を覆うように配置される絶縁層と、
前記絶縁層の外周面を取り囲むように配置されるシールド部と、を含む、ケーブル。
【請求項15】
前記シールド部が、請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の複数の銅被覆鋼線を含む、請求項14に記載のケーブル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、銅被覆鋼線、ばね、撚線、絶縁電線およびケーブルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
導電性と強度との両立が求められる用途に、鋼材の表面が銅で被覆された銅被覆鋼線が採用される場合がある(たとえば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-270039号公報
【文献】特開平1-289021号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示に従った銅被覆鋼線は、ステンレス鋼製の芯線と、芯線の外周面を覆い、銅製または銅合金製の被覆層と、を備える。芯線の長手方向に垂直な断面において、芯線の外周面の算術平均粗さRaの値が被覆層の厚みの25%以上90%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、実施の形態1における銅被覆鋼線の構造を示す概略断面図である。
図2図2は、銅被覆鋼線の製造方法の概略を示すフローチャートである。
図3図3は、銅被覆鋼線の製造方法を説明するための概略断面図である。
図4図4は、銅被覆鋼線の製造方法を説明するための概略断面図である。
図5図5は、銅被覆鋼線の製造方法を説明するための概略断面図である。
図6図6は、実施の形態1における銅被覆鋼線の第1変形例を示す概略断面図である。
図7図7は、実施の形態1における銅被覆鋼線の第2変形例を示す概略断面図である。
図8図8は、実施の形態2におけるばねの構造を示す斜視図である。
図9図9は、実施の形態3における撚線の構造を示す斜視図である。
図10図10は、実施の形態4における絶縁電線の構造を示す概略断面図である。
図11図11は、実施の形態5におけるケーブルの構造を示す概略断面図である。
図12図12は、疲労強度試験の結果を示す図である。
図13図13は、疲労強度試験の結果を示す図である。
図14図14は、疲労強度試験の結果を示す図である。
図15図15は、繰り返し応力の負荷回数と腐食減量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
上記銅被覆鋼線は、芯線と、銅製または銅合金製の被覆層と、を備える。銅被覆鋼線は、繰り返し応力が負荷される用途に用いられる場合がある。このような繰り返し応力が負荷されることにより、被覆層の芯線との界面において割れが生じ、導電性の低下や鋼線の破断が発生する場合がある。また、上記銅被覆鋼線は、芯線における腐食の発生を抑制することが求められている。
【0007】
そこで、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができると共に、芯線における腐食の発生を抑制することができる銅被覆鋼線を提供することを目的の1つとする。
【0008】
[本開示の効果]
本開示の銅被覆鋼線によれば、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができると共に、芯線における腐食の発生を抑制することができる。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。本開示の銅被覆鋼線は、ステンレス鋼製の芯線と、芯線の外周面を覆い、銅製または銅合金製の被覆層と、を備える。芯線の長手方向に垂直な断面において、芯線の外周面の算術平均粗さRaの値が被覆層の厚みの25%以上90%以下である。
【0010】
本開示の銅被覆鋼線においては、ステンレス鋼製の芯線により高い強度が確保される。銅製または銅合金製の被覆層により、優れた導電性が確保される。さらに、芯線の長手方向に垂直な断面において、芯線の外周面のRaの値が被覆層の厚みの25%以上90%以下に設定される。このように、芯線の表面に凹凸を形成することで、芯線と被覆層との結合強度が上昇する。その結果、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができる。Raの値を被覆層の厚みの25%以上とすることで、芯線と被覆層との結合強度を確実に向上させることができる。Raの値を被覆層の厚みの90%以下とすることで、芯線の強度を十分に維持することができる。また、芯線の表面に凹凸を形成すると、被覆層の芯線との界面の面積が大きくなり、芯線の被覆層との異種金属界面において腐食が発生する可能性が高くなる。芯線を構成する材料にステンレス鋼を用いることで、異種金属界面における腐食の発生を抑制することができる。
【0011】
以上のように本開示の銅被覆鋼線によれば、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができると共に、芯線における腐食の発生を抑制することができる。
【0012】
上記銅被覆鋼線において、芯線の長手方向に垂直な断面における、芯線の外周面の最大断面高さRtの値が被覆層の厚みの45%以上300%以下であってもよい。Rtの値を被覆層の厚みの45%以上とすることで、芯線と被覆層との接合強度をより確実に向上させることができる。Rtの値を被覆層の厚みの300%を超えると、被覆層の導電性が低下する可能性がある。したがって、Rtの値は、被覆層の厚みの300%以下であることが好ましい。
【0013】
本開示の銅被覆鋼線は、ステンレス鋼製の芯線と、芯線の外周面を覆い、銅または銅合金製の被覆層と、を備える。芯線の長手方向に垂直な断面において、芯線の外周面の最大断面高さRtの値が被覆層の厚みの45%以上300%以下である。
【0014】
本開示の銅被覆鋼線においては、芯線の長手方向に垂直な断面における、芯線の外周面のRtの値が被覆層の厚みの45%以上300%以下に設定される。Rtの値が被覆層の厚みの45%以上とすることで、芯線と被覆層との結合強度を確実に向上させることができる。Rtの値が被覆層の厚みの300%を超えると、被覆層の導電性が低下する可能性がある。したがって、Rtの値は、被覆層の厚みの300%以下であることが好ましい。また、芯線の表面に上記条件を満たす凹凸を形成すると、被覆層の芯線との界面の面積が大きくなり、芯線の被覆層との異種金属界面において腐食が発生する可能性が高くなる。芯線を構成する材料にステンレス鋼を用いることで、異種金属界面における腐食の発生を抑制することができる。本開示の銅被覆鋼線によっても、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができると共に、芯線における腐食の発生を抑制することができる。
【0015】
本開示の銅被覆鋼線において、芯線を構成する鋼は、フェライト系ステンレス鋼であってもよい。フェライト系ステンレス鋼は、上記芯線を構成する材料として好適である。
【0016】
本開示の銅被覆鋼線において、芯線を構成する鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼であってもよい。オーステナイト系ステンレス鋼は、上記芯線を構成する材料として好適である。
【0017】
本開示の銅被覆鋼線において、オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成が、下記式(1)を満たしてもよい。下記式(1)を満たす成分組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼は、上記芯線を構成する材料として好適である。
【数1】
(式中、Aは炭素の含有量[質量%]であり、Bは窒素の含有量[質量%]であり、Cは珪素の含有量[質量%]であり、Dはマンガンの含有量[質量%]であり、Eはニッケルの含有量[質量%]であり、Fはクロムの含有量[質量%]である。)
【0018】
本開示の銅被覆鋼線において、被覆層は、芯線との界面を含む領域に配置され、ニッケルと芯線を構成する鋼に含まれる金属元素との合金を含む合金層を有してもよい。このような合金層を形成することで、芯線と被覆層との結合力を増大させ、被覆層の芯線との界面における割れの発生をより確実に抑制することができる。
【0019】
本開示の銅被覆鋼線において、引張強さが、300MPa以上3400MPa以下であってもよい。引張強さを300MPa以上とすることにより、十分な強度を得ることができる。引張強さを3400MPa以下とすることにより、十分な加工性を確保することができる。
【0020】
本開示の銅被覆鋼線において、表面を含むように配置され、金層、銀層、スズ層、パラジウム層、ニッケル層およびこれらの金属の合金層からなる群から選択される少なくとも1つを含む表面層をさらに備えてもよい。このようにすることにより、銅被覆鋼線の表面における耐食性、はんだ付け性、導電性を向上させることができる。
【0021】
本開示のばねは、上記銅被覆鋼線製である。本開示のばねによれば、上記銅被覆鋼線製であることにより、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができると共に、芯線における腐食の発生を抑制することができる。したがって、耐久性に優れたばねを提供することができる。
【0022】
本開示の撚線は、上記銅被覆鋼線が複数撚り合わされて構成される。本開示の撚線によれば、上記銅被覆鋼線が撚り合わされた構造を有することにより、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができると共に、芯線における腐食の発生を抑制することができる。したがって、耐久性に優れた撚線を提供することができる。
【0023】
本開示の絶縁電線は、上記銅被覆鋼線または上記撚線と、銅被覆鋼線または撚線の外周を覆うように配置される絶縁層と、を含む。本開示の絶縁電線によれば、上記銅被覆鋼線または上記撚線を含むことにより、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができると共に、芯線における腐食の発生を抑制することができる。したがって、耐久性に優れた絶縁電線を提供することができる。
【0024】
本開示のケーブルは、線状の導体部と、導体部の外周面を覆うように配置される絶縁層と、絶縁層の外周面を取り囲むように配置されるシールド部と、を含む。シールド部は、複数の上記銅被覆鋼線を含む。本開示のケーブルによれば、シールド部が複数の上記銅被覆鋼線を含むことにより、シールド部の耐久性を向上させることができる。
【0025】
本開示のケーブルは、上記銅被覆鋼線または上記撚線と、銅被覆鋼線または撚線の外周を覆うように配置される絶縁層と、絶縁層の外周面を取り囲むように配置されるシールド部と、を含む。本開示のケーブルによれば、上記銅被覆鋼線または上記撚線を含むことにより、被覆層の芯線との界面における割れの発生を抑制することができると共に、芯線における腐食の発生を抑制することができる。したがって、耐久性に優れたケーブルを提供することができる。
【0026】
上記ケーブルにおいて、シールド部が、複数の上記銅被覆鋼線を含んでもよい。シールド部が複数の上記銅被覆鋼線を含むことにより、シールド部の耐久性を向上させることができる。
【0027】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示にかかる銅被覆鋼線の実施の形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0028】
(実施の形態1)
図1は、芯線の長手方向に垂直な断面における断面図である。図1を参照して、本実施の形態における銅被覆鋼線1は、芯線10と、被覆層20と、を備える。芯線10は、ステンレス製である。被覆層20は、芯線10の外周面11を覆う。被覆層20は、銅製または銅合金製である。銅被覆鋼線1の長手方向に垂直な断面は円形である。
【0029】
本実施の形態において、芯線10を構成するステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼である。本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成は、下記式(1)を満たす。本実施の形態における芯線10を構成するステンレス鋼は、たとえばJIS規格に規定されるSUS304である。
【数1】
(式中、Aは炭素の含有量[質量%]であり、Bは窒素の含有量[質量%]であり、Cは珪素の含有量[質量%]であり、Dはマンガンの含有量[質量%]であり、Eはニッケルの含有量[質量%]であり、Fはクロムの含有量[質量%]である。)
【0030】
長手方向に垂直な断面において、芯線10の外周面11の算術平均粗さRaの値は、被覆層20の厚みtの25%以上90%以下である。芯線10の外周面11のRaの値は、好ましくは27%以上75%以下であり、より好ましくは30%以上60%以下である。ここで、上記Raの測定は、たとえば以下の方法により実施される。まず、銅被覆鋼線1からサンプルが採取される。そして、得られたサンプルの長手方向に垂直な断面が研磨される。次に、研磨された面の芯線10の被覆層20との界面を観察して、芯線10の外周面11のRaが導出される。Raは、JIS B 0601:2013に基づき、芯線10の外周面11全体を測定することにより求められる。また、被覆層20の厚みtは、以下のように決定することができる。まず、長手方向に垂直な断面における芯線10の面積を測定する。次に、得られた面積に対応する円(図1において破線で示す)の半径(円相当半径)を算出する。そして、銅被覆鋼線1の半径と芯線10の円相当半径との差を被覆層20の厚みtとする。
【0031】
本実施の形態において、長手方向に垂直な断面において、芯線10の外周面11の最大断面高さRtの値は、被覆層20の厚みtの45%以上300%以下である。芯線10の外周面11のRtの値は、好ましくは50%以上250%以下であり、より好ましくは100%以上200%以下である。ここで、上記Rtの測定は、たとえば以下の方法により実施される。まず、銅被覆鋼線1からサンプルが採取される。そして、得られたサンプルの長手方向に垂直な断面が研磨される。次に、研磨された面の芯線10の被覆層20との界面を観察して、芯線10の外周面11のRtが導出される。Rtは、JIS B 0601:2013に基づき、芯線10の外周面11全体を測定することにより求められる。
【0032】
次に、銅被覆鋼線1の製造方法の一例について説明する。図3は、原料鋼線の長手方向に垂直な断面における断面図である。図2を参照して、本実施の形態の銅被覆鋼線1の製造方法においては、まず工程(S10)として原料鋼線準備工程が実施される。この工程(S10)では、図3を参照して芯線10となるべき原料鋼線90が準備される。本実施の形態においては、原料鋼線90を構成する鋼は、SUS304である。
【0033】
次に、図2を参照して、工程(S20)として第1伸線工程が実施される。この工程(S20)では、工程(S10)において準備された原料鋼線に対して伸線が実施される。次に、図2を参照して、工程(S30)として粗面化工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)において伸線が実施された原料鋼線90に対して、表面粗さを増大させる粗面化処理が実施される。具体的には、図3を参照して、原料鋼線90の表面91を塩酸、硫酸などの酸に接触させることにより表面粗さを増大させる。たとえば濃度が35%である塩酸を用いることができる。硫酸の濃度は、たとえば65%とすることができる。鋼線の製造プロセスにおいて、鋼線の表面の清浄化や酸化被膜の除去を目的として、酸洗処理が実施される場合がある。しかし、工程(S30)における粗面化処理は一般的な酸洗処理とは異なり、高濃度の酸や腐食性の高い酸を用いることや、酸に接触させる時間を長くすることにより、粗面化を達成する。この時点における算術平均粗さRaは、たとえば0.8μm以上とすることができる。粗面化処理としては、酸に接触させる処理に代えて、または酸に接触させる処理に加えて、研磨用不織布を原料鋼線90の表面91に押し付けつつ相対的に移動させる等の処理により機械的に粗面化を達成する処理を実施してもよい。これにより、図4を参照して、外周面11に凹凸が形成された本実施の形態における芯線10が得られる。
【0034】
次に、図2を参照して、工程(S40)として被覆層形成工程が実施される。この工程(S40)では、図4および図5を参照して、工程(S30)において粗面化処理が実施された芯線10の外周面11を覆うように、銅または銅合金からなる被覆層20が形成される。工程(S40)において形成される被覆層20の厚みは、たとえば30μm以上90μm以下である。被覆層20は、たとえばめっきにより形成されてもよいし、別途準備された被覆層20となるべき部材を芯線10に対して機械的に一体化して得られるクラッド層として形成してもよい。
【0035】
次に、図2を参照して、工程(S50)として第2伸線工程が実施される。この工程(S50)では、図5を参照して、工程(S40)において被覆層20が形成された芯線10に対して伸線が実施される。これにより、所望の線径を有する銅被覆鋼線1が得られる。工程(S50)における加工度(減面率)および真歪は、たとえばそれぞれ90%以上および2.3以上とすることができる。以上の手順により、本実施の形態における銅被覆鋼線1の製造が完了する。
【0036】
ここで、本実施の形態における銅被覆鋼線1では、芯線10の長手方向に垂直な断面において、芯線10の外周面11のRaの値が被覆層20の厚みの25%以上90%以下に設定される。Raの値が被覆層20の厚みの25%以上とすることで、芯線10と被覆層20との結合強度を確実に向上させることができる。Raの値が被覆層20の厚みの90%以下とすることで、芯線10の強度を十分に維持することができる。また、芯線10の外周面11に凹凸を形成すると、被覆層20の芯線10との界面20A(図1参照)の面積が大きくなり、芯線10の被覆層20との異種金属界面において腐食が発生する可能性が高くなる。芯線10を構成する材料にステンレス鋼を用いることで、異種金属界面における腐食の発生を抑制することができる。以上のように本実施の形態における銅被覆鋼線1によれば、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生を抑制することができると共に、芯線10における腐食の発生を抑制することができる。
【0037】
上記実施の形態においては、芯線10の長手方向に垂直な断面における、芯線10の外周面11のRtの値が被覆層20の厚みの45%以上300%以下である。Rtの値を上記範囲に設定すること必須ではないが、Rtの値が被覆層20の厚みの45%以上とすることで、芯線10と被覆層20との接合強度をより確実に向上させることができる。Rtの値が被覆層20の厚みの300%を超えると、被覆層20の導電性が低下する可能性がある。したがって、Rtの値は、被覆層20の厚みの300%以下であることが好ましい。
【0038】
上記実施の形態においては、芯線10の長手方向に垂直な断面において、芯線10の外周面11のRaの値が被覆層20の厚みの25%以上90%以下であると共に、芯線10の外周面11のRtの値が被覆層20の厚みの45%以上300%以下である場合について説明したが、これに限られず、Raの値およびRtの値のうちのいずれか一方のみが満たされるように設定してもよい。芯線の表面に上記条件を満たす凹凸を形成すると、被覆層20の芯線10との界面20Aの面積が大きくなり、芯線10の被覆層20との異種金属界面において腐食が発生する可能性が高くなる。芯線を構成する材料にステンレス鋼を用いることで、異種金属界面における腐食の発生を抑制することができる。このような銅被覆鋼線1によっても、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生を抑制することができると共に、芯線10における腐食の発生を抑制することができる。
【0039】
上記実施の形態においては、芯線10を構成する鋼が、オーステナイト系ステンレス鋼である場合について説明したが、これに限られず、芯線10を構成する鋼がフェライト系ステンレス鋼であってもよい。
【0040】
上記実施の形態の銅被覆鋼線1において、引張強さが、300MPa以上3400MPa以下であってもよい。引張強さを300MPa以上とすることにより、十分な強度を得ることができる。引張強さを3400MPa以下とすることにより、十分な加工性を確保することができる。上記引張強さは、例えば、JIS Z 2241に基づいて測定される。
【0041】
上記実施の形態の銅被覆鋼線1において、導電率が、5%IACS以上80%IACS以下であってもよい。なお、IACSは、International Annealed Copper Standardを略したものである。このようにすることにより、種々の用途において十分な導電性を確保することができる。
【0042】
次に、実施の形態1における銅被覆鋼線1の第1変形例について説明する。図6は、芯線10の長手方向に垂直な断面において、被覆層20の芯線10との界面20A付近を拡大して示す図である。図6を参照して、本変形例における被覆層20は、芯線10との界面20Aを含む領域に配置される合金層19を含む。合金層19は、ニッケルと芯線10を構成する鋼に含まれる金属元素との合金を含む。本願の銅被覆鋼線において合金層19の存在は必須ではないが、上記合金層19を形成することで、芯線10と被覆層20との結合力を増大させ、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生をより確実に抑制することができる。
【0043】
次に、実施の形態1における銅被覆鋼線1の第2変形例について説明する。図7は、芯線10の長手方向に垂直な断面における断面図である。図7を参照して、本変形例における銅被覆鋼線1は、銅被覆鋼線1の表面を含むように配置される表面層30を含む。表面層30は、金層、銀層、スズ層、パラジウム層、ニッケル層およびこれらの金属の合金層からなる群から選択される少なくとも1つを含む。本願の銅被覆鋼線において合金層19の存在は必須ではないが、表面層30を含むことで、銅被覆鋼線1の表面における耐食性、はんだ付け性、導電性を向上させることができる。
【0044】
(実施の形態2)
次に、実施の形態2として、本開示のばねの一実施の形態について説明する。図8を参照して、本実施の形態におけるばね100は、上記実施の形態1の銅被覆鋼線1製である。ばね100は、上記実施の形態1の銅被覆鋼線1がばねの形状に加工されたものである。本実施の形態におけるばね100は、つる巻きばねであって、中心軸Pに沿う方向に垂直な面に対して傾斜して銅被覆鋼線1が巻かれた構造を有する。本実施の形態におけるばね100は、軸方向に垂直な方向に荷重が負荷されるように使用される斜め巻きばねである。本実施の形態におけるばね100によれば、上記銅被覆鋼線製であることにより、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生を抑制することができると共に、芯線10における腐食の発生を抑制することができる。したがって、耐久性に優れたばね100を提供することができる。なお、本実施の形態においては、ばね100が斜め巻きばねである場合について説明したが、ばね100の軸方向に荷重が負荷されるように使用されるばねであってもよい。
【0045】
(実施の形態3)
次に、実施の形態3として、本開示の撚線の一実施の形態について説明する。図9には、銅被覆鋼線1の長手方向に垂直な断面が併せて図示されている。図9を参照して、本実施の形態における撚線200は、複数の上記実施の形態1の銅被覆鋼線1が撚り合わされて構成されている。本実施の形態においては、7本の銅被覆鋼線1が撚り合わされた構造を有している。撚線200に含まれる各銅被覆鋼線1は、上記実施の形態1の銅被覆鋼線である。本実施の形態における撚線200は上記実施の形態1の銅被覆鋼線1が撚り合わされた構造を有することにより、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生を抑制することができると共に、芯線10における腐食の発生を抑制することができる。したがって、耐久性に優れた撚線200を提供することができる。
【0046】
(実施の形態4)
次に、実施の形態4として、本開示の絶縁電線の一実施の形態について説明する。図10は、銅被覆鋼線1の長手方向に垂直な断面における断面図である。図10を参照して、本実施の形態における絶縁電線300は、上記実施の形態1の銅被覆鋼線1と、銅被覆鋼線1の外周1Aを覆うように配置される絶縁層40と、を含む。本開示の絶縁電線300によれば、上記実施の形態1の銅被覆鋼線1を含むことにより、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生を抑制することができると共に、芯線10における腐食の発生を抑制することができる。したがって、耐久性に優れた絶縁電線300を提供することができる。なお、本実施の形態においては、銅被覆鋼線1を用いる場合について説明したが、これに限られず、銅被覆鋼線1に代えて、実施の形態3の撚線200を用いてもよい。
【0047】
(実施の形態5)
次に、実施の形態5として、本開示のケーブルの一実施の形態について説明する。図11には、撚線、絶縁層、シールド部および保護層の長手方向に垂直な断面が併せて図示されている。図11を参照して、ケーブル400は、実施の形態3の撚線200と、撚線200の外周200Aを覆うように配置される絶縁層40と、絶縁層40の外周面40Aを取り囲むように配置されるシールド部50と、シールド部50の外周50Aを覆うように配置される保護層60と、を含む。シールド部50は、複数の上記実施の形態1の銅被覆鋼線1を含む。本実施の形態におけるシールド部50は、複数の上記実施の形態1の銅被覆鋼線1が編まれた形状を有する。本開示のケーブル400によれば、撚線200を含む構造を有することにより、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生を抑制することができると共に、芯線10における腐食の発生を抑制することができる。また、シールド部50が複数の上記銅被覆鋼線1を含むことにより、シールド部50の耐久性を向上させることができる。したがって、耐久性に優れたケーブル400を提供することができる。なお、本実施の形態においては、導体部として撚線200を用いる場合について説明したが、これに限られず、撚線200に代えて、実施の形態1における銅被覆鋼線1を用いてもよい。また、シールド部50は、複数の銅被覆鋼線1を含む場合について説明したが、これに限られず、シールド部50が本実施の形態以外の線材から構成されていてもよい。また、導体部は本実施の形態以外の線材から構成され、シールド部50のみが複数の上記実施の形態1の銅被覆鋼線1を含むようにしてもよい。
【実施例
【0048】
長手方向に垂直な断面における被覆層20の厚みに対する芯線10の算術平均粗さRaの値、および芯線10の最大断面高さRtが銅被覆鋼線1の特性に与える影響を調査する実験を行った。まず、上記実施の形態の工程(S10)~(S50)までを実施し、銅被覆鋼線1のサンプルを作製した。工程(S10)において準備される原料鋼線を構成する鋼として、SUS304を採用した。このようにしてサンプルAを作製した。サンプルAの線径は2mmであり、芯線径は0.8mmであり、被覆層の厚みtは200μmである。サンプルAにおける芯線10の外周面11のRaの値は、被覆層20の厚みtの33%である。サンプルAにおける芯線10の外周面11のRtの値は、被覆層20の厚みtの58%である。
【0049】
芯線10の径、被覆層20の厚み、芯線10の外周面11のRaの値および芯線10の外周面11のRtの値の少なくとも1つがサンプルAとは異なるサンプルB~サンプルHを作製した。比較のため、原料鋼線としてSWP-Bを採用したサンプルI~サンプルLを作製した。
【0050】
次に、サンプルA~サンプルLに対して、引張強さを測定した。測定結果を表1に示す。疲労試験として、ハンター式疲労試験を実施した。疲労試験における破断までの応力繰返し回数と応力振幅との関係を示すS-N線図を図12図14に示す。図12図14における縦軸は応力振幅を示し、横軸は応力の繰り返しの回数を示す。応力振幅の単位は、MPaである。疲労試験において1×10回の応力の繰返しによっても銅被覆鋼線1が破断しない最大の応力振幅を、各サンプルに対して測定した。また、サンプルA、C、D、F、G、Hに対して、上記最大の応力振幅を繰り返し負荷し、疲労試験を実施した。そして、繰り返し応力の負荷回数を100回、10000回、1000000回とした時のサンプルに対して塩水を噴霧して、腐食減量を測定した。疲労試験を実施する前の各サンプルに対しても、塩水を噴霧して腐食減量を測定した。塩水の噴霧は、JIS Z 2371に基づいて実施された。繰り返し応力の負荷回数と腐食減量との関係を図15に示す。図15では、繰り返し応力の負荷回数を0回、100回、10000回、1000000回とした時の各サンプルの腐食減量を示す。図15における縦軸は腐食減量を示し、横軸は繰り返し応力の負荷回数を示す。腐食減量の単位は、mg/mmである。
【0051】
【表1】
【0052】
表1を参照して、引張強さに関して、Raの割合が25%以上90%以下の範囲内であると共に、Rtの割合が45%以上300%以下の範囲内であるサンプルA~サンプルFは300MPa以上3400MPa以下であり、適切な範囲となっていることが確認される。図12図14を参照して、最大の応力振幅に関して、サンプルA~サンプルFは、RaおよびRtの割合が上記範囲外であるサンプルG~サンプルLを明確に上回っている。これは、RaおよびRtの割合が上記範囲内であるサンプルA~サンプルFにおいて、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生が抑制されたためであると考えられる。さらに、図15を参照して、腐食減量に関して、RaおよびRtの割合が上記範囲内であるサンプルA、C、D、Fは、RaおよびRtの割合が上記範囲外であるサンプルG、Hに対して、腐食減量の増加が抑制されている。これは、繰り返し応力の負荷回数が多くなるにつれて顕著である。
【0053】
以上の実験結果より、本開示の銅被覆鋼線1によれば、被覆層20の芯線10との界面20Aにおける割れの発生を抑制することができると共に、芯線10における腐食の発生を抑制可能な銅被覆鋼線を提供できることが確認される。
【0054】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本開示の範囲は上記した説明ではなく、請求の範囲によって規定され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0055】
1 銅被覆鋼線、1A,50A,200A 外周、10 芯線、11,40A 外周面、19 合金層、20 被覆層、20A 界面、30 表面層、40 絶縁層、50 シールド部、60 保護層、90 原料鋼線、91 表面、100 ばね、200 撚線、300 絶縁電線、400 ケーブル、P 中心軸、t 厚み、A,B,C,D,E,F,G,H,I,J,K,L サンプル。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
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図15