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特許7260117可視光応答型複合薄膜光触媒材料及び可視光応答型複合薄膜光触媒材料の製造方法
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  • 特許-可視光応答型複合薄膜光触媒材料及び可視光応答型複合薄膜光触媒材料の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-10
(45)【発行日】2023-04-18
(54)【発明の名称】可視光応答型複合薄膜光触媒材料及び可視光応答型複合薄膜光触媒材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/30 20060101AFI20230411BHJP
   B01J 37/02 20060101ALI20230411BHJP
   B01J 37/34 20060101ALI20230411BHJP
   B01J 35/02 20060101ALI20230411BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20230411BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20230411BHJP
【FI】
B01J23/30 M
B01J37/02 301P
B01J37/34
B01J35/02 J
C23C14/34 A
C23C14/08 N
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020061677
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021159811
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2021-12-03
(73)【特許権者】
【識別番号】591224788
【氏名又は名称】大分県
(74)【代理人】
【識別番号】110003122
【氏名又は名称】弁理士法人タナベ・パートナーズ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100168930
【弁理士】
【氏名又は名称】大坪 勤
(72)【発明者】
【氏名】宮城 友昭
(72)【発明者】
【氏名】高橋 芳朗
(72)【発明者】
【氏名】園田 正樹
(72)【発明者】
【氏名】秋本 恭喜
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-234105(JP,A)
【文献】特開平10-225639(JP,A)
【文献】特開2012-120967(JP,A)
【文献】宮城友昭、他,機能性表面処理技術と評価に関する研究(第2報),平成30年度研究報告大分県産業科学技術センター,2018年,https://www.oita-ri.jp/kankoubutu/kenkyuuhoukoku-h30/
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
B01D 53/86-53/90,53/94-53/96
C23C 14/00-14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化チタンからなる200nm~400nmの薄膜と、
前記酸化チタンからなる薄膜上に形成された酸化タングステンからなる100nm~200nmの薄膜と、
前記酸化タングステンからなる薄膜上に形成された酸化ケイ素からなる薄膜若しくは酸化ケイ素及び酸化タングステンからなる混合薄膜と、
を有する可視光応答型複合薄膜光触媒材料。
【請求項2】
前記酸化タングステンからなる薄膜上に酸化ケイ素からなる薄膜が形成される場合、当該酸化ケイ素からなる薄膜の厚みは4nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の可視光応答型複合薄膜光触媒材料。
【請求項3】
前記酸化タングステンからなる薄膜上に酸化ケイ素及び酸化タングステンからなる混合薄膜が形成される場合、当該混合薄膜の厚みは30nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の可視光応答型薄膜光触媒材料。
【請求項4】
基板上に、スパッタリング法により酸化チタンからなる200nm~400nmの薄膜を形成する工程と、
前記酸化チタンからなる薄膜上に、スパッタリング法により酸化タングステンからなる100nm~200nmの薄膜を形成する工程と、
前記酸化タングステンからなる薄膜上に、スパッタリング法により酸化ケイ素からなる 薄膜若しくは酸化ケイ素及び酸化タングステンからなる混合薄膜を形成する工程と、
を含むことを特徴とする可視光応答型複合薄膜光触媒材料の製造方法。
【請求項5】
前記スパッタリング法は、高周波スパッタリング法であり、
前記酸化チタンからなる薄膜を形成する工程では、チャンバ内の圧力が0.1~1.0 Paであり、前記基板を200~300℃に加熱した条件下で前記酸化チタンからなる薄 膜を形成し、
前記酸化タングステンからなる薄膜を形成する工程では、チャンバ内の圧力が0.1~ 1.0Paであり、前記基板を10~100℃に加熱した条件下で前記酸化タングステン からなる薄膜を形成し、
前記酸化ケイ素からなる薄膜若しくは酸化ケイ素及び酸化タングステンの混合薄膜を形 成する工程では、チャンバ内の圧力が0.1Pa~1.0Paであり、前記基板を10~ 100℃に加熱した条件下で前記酸化ケイ素若しくは酸化ケイ素及び酸化タングステンの 混合薄膜を形成することを特徴とする請求項4に記載の可視光応答型複合薄膜光触媒材料 の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合薄膜光触媒材料及び複合薄膜光触媒材料の製造方法に関し、特に可視光に対して好適な応答性を示す技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光を照射することにより触媒作用を示す物質である光触媒(以下、「光触媒材料」ともいう)が知られている。光触媒とは、固体表面で吸収された光により酸化還元反応を起こすものである。防汚、防曇、殺菌、脱臭などの環境浄化作用を有し、我々の身回りの至る所で応用されている。
【0003】
1972年に酸化チタン(TiO)の水に対する光分解反応が本多健一氏と藤嶋昭氏によって発見されて以来、光触媒材料そのものの基礎的研究から、光触媒材料を利用した有機物分解やかび防止の製品の研究開発が進められてきた。このような光触媒材料に関する各種の発明がなされてきた(例えば、特許文献1、2参照)
【0004】
特許文献1には、透明基板上に、光触媒活性を有する金属酸化物半導体を主成分とする膜と、その上に、成膜時の圧力が0.8Pa以上の条件で反応性スパッタ法により形成された二酸化シリコンを主成分とする膜とが形成された防塵防汚物品に係る技術が開示されている。特許文献1に係る技術によれば、充分な機械的耐久性と、光触媒活性とを具備させることができる。
【0005】
特許文献2には、単板ガラス、強化ガラスまたは合せガラスの室外側となる面に光触媒層を含む親水性防汚処理膜が形成され、室内側となる面に光触媒層を含む揮発性有機化合物分解膜が形成された多機能ガラスに係る技術が開示されている。特許文献2に係る技術によれば、親水性に基づいた防汚機能と室内の揮発性有機化合物低減機能の2つの機能を同時に満足できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2003-176153号公報
【文献】特開2001-287972号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記の酸化チタンは波長380nm以下の紫外光しか吸収できず、夜間や室内といった弱光環境下(紫外線強度:1.0mW/cm未満)では光触媒として機能しないという課題があった。
【0008】
近年では、酸化チタンをベースに白金などの金属元素や窒素などをドープさせることで、可視光でも光触媒機能を発揮する材料開発も行われてきている。しかしながら、コスト上昇や工程の複雑化などの問題が生じていた。
【0009】
一方で、酸化タングステンもそれ自体が可視光応答型光触媒材料として注目されている。しかし、耐アルカリ性が十分でなく、また単体で使用すると高コストであり、酸化チタンほどの実用化には至っていなかった。
【0010】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、低コストに簡素な工程で製造可能であり、且つ弱光環境下で作用可能な可視光応答型光触媒材料及び可視光応答型光触媒材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明に係る可視光応答型光触媒材料は、酸化チタンからなる200nm~400nmの薄膜と、前記酸化チタンからなる薄膜上に形成された酸化タングステンからなる100nm~200nmの薄膜と、前記酸化タングステンからなる薄膜上に形成された酸化ケイ素からなる薄膜若しくは酸化ケイ素及び酸化タングステンからなる混合薄膜と、を有することを特徴とする。
【0012】
また上記の目的を達成するために、本発明に係る可視光応答型光触媒材料の製造方法は、基板上に、スパッタリング法により酸化チタンからなる200nm~400nmの薄膜を形成する工程と、前記酸化チタンからなる薄膜上に、スパッタリング法により酸化タングステンからなる100nm~200nmの薄膜を形成する工程と、前記酸化タングステンからなる薄膜上に、スパッタリング法により酸化ケイ素からなる 薄膜若しくは酸化ケイ素及び酸化タングステンからなる混合薄膜を形成する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、低コストに簡素な工程で製造可能であり、且つ弱光環境下で作用可能な可視光応答型複合薄膜光触媒材料及び可視光応答型複合薄膜光触媒材料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本実施形態において用いられるスパッタリング装置の概略を示す図である。
図2】本実施形態に係る可視光応答型複合薄膜光触媒材料の製造方法の一例を示すフローチャートである。
図3】本実施形態に係る可視光応答型複合薄膜光触媒材料の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0016】
まず光触媒材料の製造方法は、湿式と乾式に大別される。湿式の製造方法にはコーティング法やゾルゲル法が挙げられる。この湿式の製造方法は、工程が簡素かつ装置が安価であり主流の製造方法であるが、サブミクロン以下のオーダーで均一な薄膜を作製することは困難である。また、ゾルゲル法では焼成工程で600℃以上の加熱処理を要するため、低融点材料の表面上に薄膜を作製することは困難である。そこで、以下に示す本実施形態では、乾式の製造方法(乾式コーティング法)の一つであるスパッタリング法を用いる。このスパッタリング法によれば、装置が複雑で成膜速度も遅いが均一な薄膜作製が可能である。従って、ガラスや樹脂製品への光触媒応用や薄膜を組み合わせて高機能・多機能な光触媒薄膜作製に適している。
【0017】
[スパッタリング装置の概要]
図1は、本実施形態において用いられるスパッタリング装置の概略を示す図である。
【0018】
図1に示すスパッタリング装置1は、真空チャンバ2、試料台3、ターゲット装着台4、RF(Radio Frequency)電源5、加熱装置6、温度測定装置7等を備えた高周波スパッタリング装置である。
【0019】
真空チャンバ2は、主にアルゴンガス等の不活性ガスを不図示のマスフローメーター及びマスフローコントローラーにより流量を調節可能に導入するガス導入口2aと、不図示の真空ポンプにより排気を行うガス排出口2bとを有する内部を真空にするための容器である。試料台3は、成膜作製対象(コーティング対象)の基板10を保持する台である。ターゲット装着台4は、ターゲット11を装着させる部位であり、例えば銅製のパッキングプレートである。RF電源5は、10MHz以上の高周波数で交流電力を供給する電源である。加熱装置6は、基板10を加熱する装置、例えば放射熱によって基板10を加熱する基板加熱用ランプである。温度測定装置7は、加熱装置6と基板10との間に設置され、基板10の温度を測定する装置、例えば熱電対である。温度の測定値は不図示の制御装置に保持される。
【0020】
このスパッタリング装置1では、金属酸化物のような絶縁物をターゲット11として使用することができる。すなわち、ターゲット装着台4に絶縁物をそのまま装着させて用いることができる。RF電源5から供給される高周波交流電力により、真空チャンバ2内に導入されるアルゴンガス等がアルゴンイオン等の不活性ガス陽イオン12aと電子12bとに分解されたプラズマを発生させる。陽イオン12aに比較して質量が小さい電子12bが高周波電場の影響を受け、基板10及びターゲット11に到達する。基板10に到達した電子は回路内を流れる一方、ターゲット11に到達した電子12bはターゲット11において溜まる。陽イオン12aは、ターゲット11に溜まった電子12bに引き付けられて衝突する。陽イオン12aの衝突によりターゲット11から飛び出した分子や原子を基板10に付着させることで、基板10に薄膜が形成される。
【0021】
本実施形態に係るスパッタリング装置1のいわゆる高周波スパッタリング法によれば、例えば直流二極スパッタリング法と比較して以下の利点を奏する。直流二極スパッタリング手法では、ターゲット11が絶縁物の場合、ターゲット11に衝突する陽イオンやターゲット11から放出される二次電子のため、ターゲット11が帯電してしまい、さらにターゲット11表面を陽イオンが覆ってしまって継続的なスパッタリングが困難であった。これに対し、本実施形態に係る高周波スパッタリング手法によれば、陽イオン12aに比較して質量が小さい電子12bのみが高周波電場の影響を受けるため、陽イオン12aがターゲット11表面に到達することがなく、安定したスパッタリングが可能である。
【0022】
なお、本実施形態においては、高周波スパッタリング法を例に挙げて説明を行うが、スパッタリング法は高周波スパッタリング法に限定されるものではない。例えばDC(Direct Current)電源スパッタ法・反応性スパッタリング法等の他のスパッタリング法であっても良い。
【0023】
[可視光応答型複合薄膜光触媒材料の例]
図2は、本実施形態に係る可視光応答型複合薄膜光触媒材料の製造方法の一例を示すフローチャートである。図3は、本実施形態に係る可視光応答型複合薄膜光触媒材料の一例を示す図である。
【0024】
図2では、図1のスパッタリング装置1によって可視光応答型複合薄膜光触媒材料(以下、単に「複合薄膜光触媒材料」ともいう)を製造する際の各工程を示している。図3は、図2に示す各工程により作製される複合薄膜光触媒材料20を示している。
【0025】
図3に示す複合薄膜光触媒材料20は、基板10上に形成された酸化チタンからなる薄膜21(以下、「酸化チタン薄膜21」ともいう)と、酸化チタン薄膜21上に形成された酸化タングステンからなる薄膜22(以下、「酸化タングステン薄膜22」ともいう)と、酸化タングステン薄膜22上に形成された酸化ケイ素からなる薄膜23(以下、「酸化ケイ素薄膜23」ともいう)とを備える。
【0026】
図2を用いて複合薄膜光触媒材料20を製造する処理の各工程について説明する。まずステップS1において、スパッタリング装置1は酸化チタン薄膜21を形成する(S1)。ステップS1では、ターゲット11として酸化チタンを使用する。次にステップS2において、スパッタリング装置1は酸化タングステン薄膜22を形成する(S2)。ステップS2では、ターゲット11として酸化タングステンを使用する。その後ステップS3において、スパッタリング装置1は酸化ケイ素薄膜23を形成する(S3)。ステップS3では、ターゲット11として酸化ケイ素を使用する。
【0027】
以上に示す各工程により、本実施形態に係るスパッタリング装置1は、複合薄膜光触媒材料20を製造する。製造された複合薄膜光触媒材料20は、波長10~400nmの紫外光領域で光触媒活性を示す酸化チタン薄膜と、波長400~750nmの可視光領域で光触媒活性を示す酸化タングステン薄膜とを備えており、全体としては紫外光領域から可視光領域まで幅広く光触媒活性を示すものである。図2の各工程の詳細については実施例にて後述する。
【0028】
なお、ステップS2では、酸化タングステン薄膜22の代わりに、チタン酸ストロンチウム、酸化インジウム、酸化モリブデン、酸化ジルコニウム、酸化スズ、酸化ニオブ、酸化亜鉛又は酸化鉄のいずれかからなる薄膜を形成してもよい。また、ステップS3では、酸化ケイ素薄膜23の代わりに、酸化ケイ素と酸化タングステンの混合薄膜を形成してもよい。
【実施例
【0029】
以下、本実施形態に係る実施例について説明する。
【0030】
まず本実施例において複合薄膜光触媒材料20(図3参照)を作製するために使用する各種原料等について、図1を適宜参照しながら説明する。
【0031】
本実施例では、ターゲット装着台4として銅製のパッキングプレートを使用した。また基板10として直径2インチ×厚さ1mmのホウケイ酸ガラス製のガラス基板を使用した。また、ターゲット11として、例えば株式会社アドバンテック製の純度99.99%以上の酸化チタン、酸化タングステン又は酸化ケイ素を使用した。すなわち、ターゲット装着台4(銅製のパッキングプレート)上にターゲット11を載せ、ターゲット装着台4とターゲット11との間にインジウム箔を挟み込んだ状態で、不図示のホットプレート上で加熱することで、ターゲット装着台4とターゲット11を貼り合わせた。
【0032】
真空チャンバ2内の真空度は、真空チャンバ2内にガスを導入する前に5.0×10-5Paまで真空引きし、ガスを導入した後は0.1Paに調整した。なお、ガス導入後の真空度が高い(すなわち圧力値が小さい)ほど、成膜速度が速いことが実験的に分かっている。しかしながら、あまりに真空度が高いと(例えば0.01Pa台以下)、ターゲット11が放電できずスパッタリングができない。以上を踏まえ、ガス導入後の圧力値を0.1Paに設定した。真空チャンバ2内のガス導入後の圧力値は0.1Pa~1.0Paに設定することが望ましい。
【0033】
真空チャンバ2内に導入するガスは、純度99.99%以上の高純度アルゴンガス及び酸素ガスを使用した。なお、ターゲット11として酸化チタンや酸化ケイ素を使用する場合、すなわち酸化チタンや酸化ケイ素の成膜時は、アルゴンガスのみでターゲット11と同じ材料の薄膜を作製できるためアルゴンガスのみを導入した。一方、ターゲット11として酸化タングステンを使用する場合、すなわち酸化タングステンの成膜時は、アルゴンガス及び酸素ガスの混合ガスを導入した。アルゴンガス及び酸素ガスの割合については後述する。
【0034】
またRF電源5によって供給される電力は、ターゲット11として酸化タングステンや酸化ケイ素を使用する場合には100Wと設定した。ターゲット11として酸化チタンを使用する場合には電力値を変更させた。電力値の変更については表5を用いて後述する。
【0035】
[基板温度と光触媒活性との関係]
まず、基板10の温度と光触媒活性との関係について説明する。
【0036】
表1では、基板10上に膜厚200nmの酸化チタン又は酸化タングステンの単層薄膜を作製する場合において、基板10の温度が室温(10℃)、100℃、200℃、300℃に設定した場合のそれぞれの反応速度(単位:μmol/L/t))の計測値を示している。なお、基板10(ホウケイ酸ガラス製のガラス基板)の耐熱温度が約400℃であることから、基板温度を400℃近傍に上昇させると基板10を損傷させてしまう恐れがあるため、最大の基板温度を300℃に設定した。
【表1】

ここでいう反応速度とは、光触媒活性を示す指標値であり、この反応速度の値が大きいほど光触媒活性が高いことを示す。以下説明する。
【0037】
上記の反応速度は、メチレンブルー溶液の分解速度である。すなわち、まずメチレンブルー溶液の原液を25(μmol/L)に希釈した試験液15(ml)を、生成された複合薄膜光触媒材料20(表1の参考例1~8では単層薄膜)の表面に浸漬し、紫外線ランプ又はLEDランプ(表1では紫外線ランプ、表2~4においても同様)より5cm直下に設置した。なお、紫外線ランプの照射量は1mW/cmに調整した。その後、紫外線ランプ又はLEDランプを照射してから3時間及び6時間後に試験液を採取した。採取した試験液及び最初の試験液のモル濃度を吸光度測定により算出し、モル濃度-照射時間のグラフの傾きの絶対値を分解速度(単位:μmol/L/t、t:時間)とした。
【0038】
表1より、酸化チタンの単層薄膜については基板温度が高いほど反応速度が大きくなることが分かった。一方で、酸化チタン薄膜は非結晶の場合には光触媒活性が見られず、200℃以上にすると結晶性が向上して光触媒活性が高くなることが分かっている。以上により、基板温度が200℃以上300℃以下の条件下で酸化チタン薄膜を作製することが望ましい。従って、下記の実施例では当該条件下で酸化チタン薄膜を作製する(図2のステップS1)。なお、基板10を加熱した状態で酸化チタン薄膜を作製しており、酸化チタン薄膜を作製した後に加熱する場合と比べて酸化チタンを結晶化できる温度が低く、すなわち低温で光触媒効果の高い酸化チタンが作製可能である。
【0039】
また表1より、酸化タングステンについては基板温度が低いほど反応速度が大きくなることが分かった。一方で、酸化タングステン薄膜は非結晶のアモルファス状の場合には光触媒活性が高く、100℃以上にすると結晶性が向上して光触媒活性が低くなることが分かっている。以上により、基板温度が10℃以上100℃未満の条件下で酸化タングステン薄膜を作製することが望ましい。従って、下記の実施例では当該条件下で酸化タングステン薄膜を作製する(図2のステップS2)。
【0040】
[真空チャンバ内のガス構成と酸化タングステン薄膜の光触媒活性との関係]
次に、真空チャンバ2内のスパッタガス構成と酸化タングステン単層薄膜の光触媒活性との関係について説明する。
【0041】
表2では、基板10上に膜厚200nmの酸化タングステンの単層薄膜を作製する場合において、真空チャンバ2内に導入するアルゴンガスと酸素ガスの混合ガスにおける両ガスの比率を変えた場合のそれぞれの反応速度(単位:μmol/L/t)の計測値を示している。
【表2】
【0042】
表2より、基板温度が同一温度(300℃又は10℃)である場合、酸素ガスの比率が少ないほど反応速度が大きくなることが分かった。一方で、酸素比率を0とすると、作製される酸化タングステン薄膜が黒色に変化して透明性を完全に失ってしまう現象が見られた。これは、酸素が欠乏した化合物の薄膜ができてしまったためである。以上により、酸化タングステン薄膜の透明性を確保しつつ光触媒活性を向上させるという点では、アルゴンガスと酸素ガスとの比率が7:1~1:1、特に7:1の条件下で酸化タングステン薄膜を作製することが望ましい。従って、下記の実施例では当該条件下で酸化タングステン薄膜を作製する(図2のステップS2)。
【0043】
[スパッタ電力と酸化チタン薄膜の光触媒活性との関係]
続いて、RF電源5から供給されるスパッタ電力値と酸化チタン単層薄膜の光触媒活性との関係について説明する。
【0044】
表3では、膜厚200nm及び400nmの酸化チタンの単層薄膜を作製する場合において、RF電源5から供給される電力値を50W、100W、200Wに設定した場合のそれぞれの反応速度(単位:μmol/L/t)の計測値を示している。
【表3】
【0045】
表3より、電力値を低くするほど反応速度が大きくなることが分かった。また、電力値を低くするほど高い光触媒活性を示すアナターゼ型酸化チタンが相対的に多く生成し、電力値を高くするほど低い光触媒活性を示すルチル型酸化チタンが多く生成することが分かっている。以上により、RF電源5から供給される電力値が50W以上100W以下の条件下で酸化チタンの薄膜を作製することが望ましい。従って、下記の実施例では当該条件下で酸化チタン薄膜を作製する(図2のステップS1)。
【0046】
[二層膜の膜厚と光触媒活性(紫外光照射時)との関係]
続いて、酸化チタンの薄膜及び酸化タングステンの薄膜からなる二層薄膜の膜厚と、紫外光照射時の光触媒活性との関係について説明する。
【0047】
表4では、酸化チタンの薄膜及び酸化タングステンの薄膜からなる二層の薄膜を作製する場合において、それぞれの膜厚を変化させた場合の紫外光照射時の反応速度(単位:μmol/L/t)の計測値を示している。
【表4】
【0048】
表4より、同一の膜厚の酸化チタン薄膜に対して酸化タングステン薄膜の膜厚が薄いほど、紫外光に対する光触媒活性が向上することが分かった。酸化タングステン薄膜の膜厚を酸化チタン薄膜の膜厚よりも薄くしたときに向上した。すなわち、表4の実施例1、2のケースにおいて、表1の参考例4の反応速度1.28よりも大きい反応速度となり光触媒活性が向上した。また、表4の実施例5~7のケースにおいて、表3の参考例19の反応速度2.38よりも大きい反応速度となり光触媒活性が向上した。従って、200nm~400nmの酸化チタン薄膜と100nm~200nmの酸化タングステン薄膜との複合薄膜を作製することが望ましい。
【0049】
[二層膜の膜厚と光触媒活性(可視光照射時)との関係]
続いて、酸化チタンの薄膜及び酸化タングステンの薄膜からなる二層薄膜の膜厚と可視光照射時の光触媒活性との関係について説明する。
【0050】
表5では、酸化チタンの薄膜及び酸化タングステンの薄膜からなる二層の薄膜を作製する場合において、それぞれの膜厚を変化させた場合の可視光(ここではLED)照射時の反応速度(単位:μmol/L/t)の計測値を示している。
【表5】
【0051】
表5より、酸化チタン薄膜の膜厚よりも酸化タングステン薄膜の膜厚が薄い又は同一の場合に、可視光に対する光触媒活性が向上することが分かった。従って、200nm~400nmの酸化チタン薄膜と100nm~200nmの酸化タングステン薄膜との複合薄膜を作製することが望ましい。
【0052】
表4及び表5により200nm~400nmの酸化チタン薄膜と100nm~200nmの酸化タングステン薄膜との複合薄膜が望ましい。
【0053】
[三層膜の膜厚と光触媒活性との関係]
続いて、酸化チタンの薄膜、酸化タングステンの薄膜及び酸化ケイ素の薄膜からなる三層薄膜の膜厚と紫外光照射時の光触媒活性との関係について説明する。
【0054】
表6では、酸化チタン薄膜21、酸化タングステン薄膜22及び酸化ケイ素薄膜23(図3参照)からなる三層の薄膜を作製する場合において、酸化チタン薄膜21及び酸化タングステン薄膜22をそれぞれ膜厚200nm、100nmとし、酸化ケイ素薄膜23の膜厚を変化させた場合の紫外光照射時、可視光照射時のそれぞれの反応速度(単位:μmol/L/t)及び濡れ性(単位:度°)の計測値を示している。
【表6】

ここでいう濡れ性とは親水性を示す指標値であり、この濡れ性の値が小さいほど親水性が高いことを示す。以下説明する。
【0055】
上記の濡れ性とは、20μLの純水を試験液とし、水平に設置した複合薄膜光触媒材料20(表6では、実施例16~20で生成された三層薄膜)の表面に滴下した状態で、接触角計によって測定された静的接触角である。
【0056】
また、酸化ケイ素薄膜23の作製は、酸化タングステン薄膜22の作製と同一条件下で行う。すなわち、基板温度は10℃、スパッタ圧力は0.1Pa、真空チャンバ2内のガス構成はアルゴンガスと酸素ガスの比率が7:1、RF電源5から供給される電力は100Wの条件下で行う。なお、基板温度は10~100℃、スパッタ圧力は0.1~1.0Pa、真空チャンバ2内のガス構成はアルゴンガスと酸素ガスの比率が7:1~1:1、RF電源5から供給される電力は50~100Wの条件下で行うことが望ましい。
【0057】
表6及び前述の表4より、酸化チタン薄膜と酸化タングステン薄膜との二層膜上に酸化ケイ素薄膜を堆積させると、紫外光照射時の反応速度すなわち光触媒活性が低下する結果となった。ただし、酸化ケイ素膜厚が4nmのときに紫外光照射時の光触媒活性は最も高くなった。そして、酸化ケイ素薄膜が4nm以下(表では、2nm、4nm)の場合に接触角が10°以下の超親水性を示すことが分かった。また、可視光照射時にも酸化チタン薄膜と酸化タングステン薄膜との二層膜上に4nm以下の酸化ケイ素薄膜を堆積させた場合に、親水性が保持されることが分かった。そして、酸化ケイ素薄膜の膜厚を大きくしてしまうと、酸化ケイ素が表面を被覆して下地の光触媒薄膜の表面積が減少してしまうため、酸化ケイ素薄膜は4nm以下にすることが望ましい。従って、0nmより大きく4nm以下の酸化ケイ素薄膜を作製することが望ましい。
【0058】
続いて表6に示した酸化チタン薄膜21、酸化タングステン薄膜22及び酸化ケイ素薄膜23(図3参照)からなる三層薄膜において、酸化ケイ素薄膜23の代わりに、酸化ケイ素と酸化タングステンの混合薄膜(以下、単に「混合薄膜」ともいう)を形成した三層薄膜の膜厚と紫外光照射時の光触媒活性との関係について説明する。
【0059】
なお、混合薄膜とは、酸化タングステンと酸化ケイ素とをターゲット11とし、これらを同時に成膜させることで形成される薄膜である。基板温度は10℃、スパッタ圧力は0.1Pa、真空チャンバ2内のガス構成はアルゴンガスと酸素ガスの比率が7:1、RF電源5から供給される電力は100Wの条件下で行う。なお、基板温度は10~100℃、スパッタ圧力は0.1~1.0Pa、真空チャンバ2内のガス構成はアルゴンガスと酸素ガスの比率が7:1~1:1、RF電源5から供給される電力は50~100Wの条件下で行うことが望ましい。
【0060】
表7では、酸化チタン薄膜21、酸化タングステン薄膜22及び混合薄膜からなる三層の薄膜を作製する場合において、酸化チタン薄膜21及び酸化タングステン薄膜22をそれぞれ膜厚200nm、100nmとし、混合薄膜の膜厚を変化させた場合の紫外光照射時、可視光照射時のそれぞれの反応速度(単位:μmol/L/t)及び濡れ性(単位:度°)の計測値を示している。
【表7】
【0061】
表7及び前述の表4より、酸化チタン薄膜と酸化タングステン薄膜との二層膜上に混合薄膜を堆積させると、混合薄膜の膜厚が10nm以上であっても、紫外線照射時及び可視光照射時のいずれの場合も光触媒活性が維持されるとともに、濡れ性が10°以下の超親水性を示すことが分かった。従って、酸化ケイ素薄膜の代わりに、混合薄膜を形成しても良い。なお、0nmより大きく30nm以下の混合薄膜を作製することが望ましい。
【0062】
以上各実施例について説明してきたが、従来より既知の下記各事項を考慮すべきである。すなわち、酸化チタン薄膜21及び酸化タングステン薄膜22で構成される光触媒薄膜の膜厚は、合計で300nm以上が十分な光触媒活性を示す上で望ましいことである。また、酸化チタン薄膜21、酸化タングステン薄膜22及び酸化ケイ素薄膜23の膜厚を、すべて合計して1000nm以下の膜厚に設定することが望ましいことである。1000nm以上になると、表面が色付いて透明性が低下してしまうためである。
【0063】
以上の各実施例において説明してきたように、本実施形態によれば、均一な薄膜作製が可能な乾式法で、酸化チタン薄膜をベースに可視光でも活性を示す酸化タングステン薄膜および超親水性を示す酸化ケイ素薄膜を組み合わせることで、弱光環境下でも作用する複合薄膜光触媒材料を作製し、光触媒活性と水の濡れ性の評価を行った。その結果、酸化チタン薄膜単体と比較して光触媒活性が紫外光で3.3倍向上し、さらに可視光でも光触媒活性を示し、かつ水の接触角が10°未満の超親水性を示した。従来から応用されている建築部材の光触媒機能の向上や、車両や道路用のミラー・照明部材・空気や水の浄化装置のフィルターなど多くの技術分野への応用が期待できる。
【0064】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一つを示したものであり、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0065】
例えば、上記説明においては、基板10上に形成された酸化チタン薄膜21と、酸化チタン薄膜21上に形成された酸化タングステン薄膜22と、酸化タングステン薄膜22上に形成された酸化ケイ素薄膜23若しくは酸化タングステン及び酸化ケイ素の混合薄膜とを備えた三層薄膜の形態について説明してきたが、この場合に限定されるものではない。例えば、基板10上に形成された酸化チタン薄膜21と、酸化チタン薄膜21上に形成された酸化タングステン及び酸化ケイ素の混合薄膜とを備えた二層薄膜の形態であってもよい。
【符号の説明】
【0066】
1 スパッタリング装置
20 可視光応答型複合薄膜光触媒材料
21 酸化チタン薄膜
22 酸化タングステン薄膜
23 酸化ケイ素薄膜
図1
図2
図3