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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-10
(45)【発行日】2023-04-18
(54)【発明の名称】β2ミクログロブリン欠損細胞
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20230411BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 37/06 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 31/00 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 7/06 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 7/00 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 19/02 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 19/08 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20230411BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20230411BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20230411BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20230411BHJP
   A61K 35/12 20150101ALI20230411BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20230411BHJP
   A61K 35/407 20150101ALI20230411BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20230411BHJP
   A61K 35/39 20150101ALI20230411BHJP
   A61K 35/28 20150101ALI20230411BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20230411BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20230411BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20230411BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
A61P3/10
A61P37/06
A61P31/00
A61P7/06
A61P7/00
A61P9/10
A61P9/04
A61P19/02
A61P19/08
A61P17/02
A61P17/00
A61L27/36 100
A61L27/38 300
A61K35/12
A61K35/545
A61K35/407
A61K35/30
A61K35/39
A61K35/28
A61K48/00
C12N15/12
C12N15/54
【請求項の数】 31
(21)【出願番号】P 2020166783
(22)【出願日】2020-10-01
(62)【分割の表示】P 2018156070の分割
【原出願日】2012-04-18
(65)【公開番号】P2020202880
(43)【公開日】2020-12-24
【審査請求日】2020-10-01
(31)【優先権主張番号】61/477,474
(32)【優先日】2011-04-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】512272959
【氏名又は名称】ザ ユニバーシティ オブ ワシントン スルー イッツ センター フォー コマーシャライゼーション
【氏名又は名称原語表記】THE UNIVERSITY OF WASHINGTON THROUGH ITS CENTER FOR COMMERCIALIZATION
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(74)【代理人】
【識別番号】100142907
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100152489
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 美樹
(72)【発明者】
【氏名】ラッセル、デイビッド ダブリュ.
(72)【発明者】
【氏名】ヒラタ、ロリ ケイ.
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第1992/009688(WO,A1)
【文献】特表2007-520428(JP,A)
【文献】特開2003-113118(JP,A)
【文献】特表平09-507753(JP,A)
【文献】特表2004-503213(JP,A)
【文献】国際公開第2010/052229(WO,A1)
【文献】特開2009-137857(JP,A)
【文献】Journal of Immunology,2008年,Vol. 181,p. 6635-6643
【文献】Molecular Therapy,2010年,Vol. 18, No. 6,p. 1192-1199
【文献】Science (1996) Vol.274, pp.792-795
【文献】Cellular Immunology,2010年,Vol. 262,p. 141-149
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β2ミクログロブリン(2M)遺伝子に遺伝子操作による破壊を含む単離細胞であって、霊長類細胞であり、
前記細胞がさらに、1本鎖融合非古典的ヒト白血球抗原(HLA)クラスIタンパク質をコードすることができる1つ以上のポリヌクレオチドを含み、
前記1本鎖融合非古典的HLAクラスIタンパク質が、HLA-E、HLA-F、およびHLA-Gからなる群から選択されるHLAクラスIα鎖の少なくとも一部に共有結合したB2Mの少なくとも一部を含み、
前記1本鎖融合非古典的HLAクラスIタンパク質が、NK細胞の表面の抑制性受容体との結合について正常な機能を有することができる、単離細胞。
【請求項2】
前記非古典的HLAクラスIタンパク質が、HLA-Eである、請求項1に記載の細胞。
【請求項3】
前記非古典的HLAクラスIタンパク質が、HLA-Fである、請求項に記載の細胞。
【請求項4】
前記非古典的HLAクラスIタンパク質が、HLA-Gである、請求項に記載の細胞。
【請求項5】
複数の異なる1本鎖融合非古典的HLAクラスIタンパク質を含む、請求項1に記載の細胞。
【請求項6】
前記細胞が、2M遺伝子のすべてのコピーに、遺伝子操作された破壊を含む、請求項1~のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項7】
前記細胞が、前記1本鎖融合非古典的HLAクラスIタンパク質によって前記細胞の表面に提示されるペプチドをさらに含む、請求項1~のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項8】
前記ペプチドが、前記1本鎖融合非古典的HLAクラスIタンパク質に共有結合している、請求項に記載の細胞。
【請求項9】
前記1本鎖融合非古典的ヒト白血球抗原(HLA)クラスIタンパク質の2Mタンパク質が、完全長の2Mタンパク質である、請求項のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項10】
前記1本鎖融合非古典的ヒト白血球抗原(HLA)クラスIタンパク質の前記2Mタンパク質と前記非古典的HLAクラス-Iα鎖とがリンカー配列を介して結合されている、請求項のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項11】
前記1本鎖融合非古典的ヒト白血球抗原(HLA)クラスIタンパク質の前記2Mタンパク質が、リーダー配列を含んでいない、請求項10のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項12】
前記HLAクラス-Iα鎖が、リーダー配列を含んでいない、請求項11のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項13】
前記細胞が、自殺遺伝子産物をコードすることができる1つ以上の組換え遺伝子をさらに含む、請求項1~12のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項14】
前記自殺遺伝子産物が、チミジンキナーゼおよびアポトーシスシグナル伝達タンパク質からなる群から選択されるタンパク質を含む、請求項13に記載の細胞。
【請求項15】
前記細胞が、正常核型を有している、請求項1~14のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項16】
前記細胞が、非形質転換細胞である、請求項1~15のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項17】
前記細胞が、幹細胞である、請求項1~16のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項18】
前記幹細胞が、多能性幹細胞、造血幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、成体幹細胞、肝幹細胞、神経幹細胞、膵幹細胞、および間葉幹細胞からなる群から選択される、請求項17に記載の細胞。
【請求項19】
前記幹細胞が、多能性幹細胞である、請求項17または18に記載の細胞。
【請求項20】
前記細胞が、分化細胞である、請求項1~19のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項21】
前記分化細胞が、樹状細胞、膵島細胞、肝細胞、筋細胞、ケラチノサイト、神経細胞、造血細胞、リンパ球、赤血球、血小板、骨格筋細胞、眼細胞、間葉細胞、線維芽細胞、肺細胞、消化管細胞、血管細胞、内分泌細胞、脂肪細胞、骨髄間質細胞、骨芽細胞、軟骨細胞、および心筋細胞からなる群から選択される、請求項20に記載の細胞。
【請求項22】
前記細胞がヒト細胞である、請求項1~21のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項23】
請求項1~22のいずれか1項に記載の細胞と、生理学的に適合した緩衝液とを含む、医薬組成物。
【請求項24】
移植の必要な患者における移植に使用するための医薬組成物であって、前記細胞の有効量が前記患者に投与される、請求項23に記載の医薬組成物
【請求項25】
前記患者が免疫適格である、請求項24に記載の医薬組成物
【請求項26】
前記細胞が分化細胞である、請求項24または25に記載の医薬組成物
【請求項27】
前記患者がヒトであり、前記細胞がヒト細胞である、請求項23~26のいずれか1項に記載の医薬組成物
【請求項28】
病状の治療を必要とする患者における病状の治療に使用するための医薬組成物であって、前記細胞の有効量が患者に投与されるものであり、前記病状が糖尿病、自己免疫疾患、癌、感染症、貧血、白血球減少症、心筋梗塞、心不全、骨格もしくは関節の症状、骨形成不全症、火傷、または遺伝的皮膚疾患である、請求項23に記載の医薬組成物
【請求項29】
a)前記患者が免疫適格である;
b)前記細胞が分化細胞である;
c)前記患者がヒトであり且つ前記細胞がヒト細胞である;および/または
d)前記病状が糖尿病であり且つ前記細胞が膵島細胞であり、前記病状が心筋梗塞あるいは心不全であり且つ前記細胞が心筋細胞であり、もしくは前記病状が火傷あるいは遺伝的皮膚疾患であり且つ前記細胞がケラチノサイトである、請求項28に記載の医薬組成物
【請求項30】
請求項1~22のいずれか1項に記載の細胞を含む、キット。
【請求項31】
前記キットが、移植片をさらに含み、前記移植片が、請求項1~22のいずれか1項に記載の細胞を含む、請求項30に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β2ミクログロブリン欠損細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト多能性幹細胞は、殆どすべての臓器系を侵す疾患を治療する潜在能力を有する。しかしながら、ヒト多能性幹細胞およびその派生物の臨床的使用には、大きな制約、すなわち主要組織適合遺伝子複合体の相違に起因するレシピエントによる移植細胞の拒絶反応の問題がある。
【0003】
主要組織適合遺伝子複合体(MHC)は、白血球と他の白血球または他の細胞との相互作用を仲介するすべての脊椎動物に見られる細胞表面多成分分子である。MHC遺伝子ファミリーは、3つの群:クラスI、クラスII、およびクラスIIIに分けられる。ヒトでは、MHCは、ヒト白血球抗原(HLA)と呼ばれる。HLAクラスI(HLA-I)タンパク質は、すべての有核細胞で発現され、HLAクラスI重鎖(またはα鎖)およびβ2ミクログロブリン(B2M)からなる。HLAクラスIタンパク質は、CD8+細胞傷害性T細胞に対して細胞表面にペプチドを提示する。これまでに、3つの古典的(HLA-A、HLA-B、およびHLA-C)α鎖ならびに3つの非古典的(HLA-E、HLA-F、およびHLA-G)α鎖を含む6つのHLAクラスIα鎖が同定されている。HLAクラスI分子ペプチド結合クレフトに結合するペプチドの特異性はα鎖によって決定される。HLAクラスI分子によって提示されるペプチドのCD8+T細胞による認識は、細胞性免疫を媒介する。
【0004】
同種源由来のHLAクラスIタンパク質自体が、移植の状況において外来抗原を構成する。非自己HLAクラスIタンパク質の認識が、移植療法または補充療法に多能性細胞を使用する際の大きな障害である。ヒト胚性幹細胞(ESC)の最初の2回の臨床試験が実施され、ESCが、異種細胞が残存する可能性がある免疫特権部位(例えば、脊髄および眼)に送達された。しかしながら、たとえこれらの免疫特権部位でも、最終的には異種細胞を拒絶するため、殆どの潜在的な臨床応用は、免疫特権部位に関与しない。あるいは、HLA型幹細胞バンク由来のHLA一致細胞もしくはHLA部分一致細胞、または各患者に由来する多能性幹細胞(iPSC)株を、移植のために作製することができる。しかしながら、1つ1つに一致した細胞株の作製には、多大なコスト、数ヶ月に及ぶ細胞培養、高度に訓練されたスタッフ、および最終産物の十分なバリデーションが必要であり、これらのすべては、監督官庁の承認を得てから行わなければならない。さらに、各細胞株は、遺伝子発現パターン、培養特性、分化能、および遺伝的変異においてやや異なって振舞う可能性が高い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、個々の幹細胞調製物または多様なHLAの幹細胞バンクが、現在の移植の問題に対応することができるが、これらは、複数の細胞株を特徴付けて、治療細胞産物に分化させ、そしてヒトへの投与の承認を必要とする。この時間のかかる技術的に困難な費用の嵩むプロセスは、幹細胞をベースとする療法が臨床試験に入れない主な原因である。従って、拒絶によって妨げられないより効果的で低コストの細胞ベースの療法が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によると、一態様では、本発明は、β2ミクログロブリン(B2M)遺伝子に遺伝子組換え改変(genetically engineered disruption)を含む単離された霊長類細胞を提供する。ある特定の実施形態では、この細胞は、B2M遺伝子のすべてのコピーの遺伝子組換え改変を含む。
【0007】
他の一定の実施形態では、この細胞は、1つ以上の組換え免疫調節遺伝子をさらに含む。適切な免疫調節遺伝子は、限定されるものではないが、抗原提示を阻害するウイルスタンパク質をコードする遺伝子、ミクロRNA遺伝子、および以下に説明する1本鎖(SC)融合ヒト白血球抗原(HLA)クラスIタンパク質をコードする遺伝子を含む。好ましい一定の実施形態では、この霊長類細胞はヒト細胞である。
【0008】
好ましい一定の実施形態では、1つ以上の免疫調節遺伝子は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をコードすることができるポリヌクレオチドを含む。ある特定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、HLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-E、HLA-F、およびHLA-Gからなる群から選択されるHLAクラスIα鎖の少なくとも一部に共有結合したB2Mの少なくとも一部を含む。好ましい一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部ならびにHLA-C、HLA-E、およびHLA-Gからなる群から選択されるHLAクラスIα鎖の少なくとも一部を含む。他の好ましい一定の実施形態では、B2Mの少なくとも一部ならびにHLA-A、HLA-E、およびHLA-Gからなる群から選択されるHLAクラスIα鎖の少なくとも一部を含む。ある特定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部およびHLA-A0201(例えば、配列番号16)の少なくとも一部を含む。他のある特定実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部およびHLA-E(例えば、配列番号18および20)の少なくとも一部を含む。
【0009】
なお他の特定の実施形態では、この細胞は正常核型を有する。他のある特定の実施形態では、この細胞は、非形質転換細胞である。特に、この細胞は、造血幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、肝幹細胞、神経幹細胞、膵幹細胞、および間葉幹細胞からなる群から選択される幹細胞である。さらなる一定の実施形態では、この細胞は、自殺遺伝子産物をコードすることができる1つ以上の組換え遺伝子をさらに含む。ある特定の実施形態では、自殺遺伝子産物は、チミジンキナーゼおよびアポトーシスシグナル伝達タンパク質からなる群から選択されるタンパク質を含む。
【0010】
好ましい一定の実施形態では、この幹細胞は、B2Mの少なくとも一部ならびにHLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-E、HLA-F、およびHLA-Gからなる群から選択されるHLAクラスIα鎖の少なくとも一部を含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する多能性幹細胞である。ある特定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部およびHLA-A0201の少なくとも一部を含む。
【0011】
他のある特定の実施形態では、この幹細胞は分化細胞である。一定の実施形態では、この分化細胞は、樹状細胞、膵島細胞、肝細胞、筋細胞、ケラチノサイト、神経細胞、造血細胞、リンパ球、赤血球、血小板、骨格筋細胞、眼細胞、間葉細胞、線維芽細胞、肺細胞、消化管細胞、血管細胞、内分泌細胞、脂肪細胞、および心筋細胞からなる群から選択される。好ましい一定の実施形態では、この分化細胞は、B2Mの少なくとも一部ならびにHLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-E、HLA-F、およびHLA-Gからなる群から選択されるHLAクラスIα鎖の少なくとも一部を含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するヒト細胞である。ある特定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部およびHLA-A0201の少なくとも一部を含む。
【0012】
他の一定の実施形態では、この細胞は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質によってこの細胞の表面に提示される標的ペプチド抗原をさらに発現する。ある特定の実施形態では、この標的ペプチド抗原は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質に共有結合している。好ましい一定の実施形態では、この標的ペプチド抗原は、病原体または癌細胞のタンパク質に由来する。従って、関連する態様では、本発明は、本発明のB2M-/-細胞を含むワクチンを提供し、このワクチンは、標的ペプチド抗原に特異的な免疫応答を霊長類で誘発することができる。ある特定の実施形態では、このワクチンは、分化樹状細胞である本発明の細胞を含む。他の一定の実施形態では、この細胞は、本発明のヒト細胞であり、この細胞は、免疫応答をさらに強化するサイトカインを発現する。好ましい一定の実施形態では、このサイトカインはIL2である。他の好ましい一定の実施形態では、このサイトカインはIFN-γである。一定の実施形態では、この免疫応答は、体液性免疫応答を含むが;他の実施形態では、この免疫応答は、細胞性免疫応答を含む。さらなる関連する態様では、本発明は、本発明の単離細胞および免疫アジュバントを含むワクチンを含むキットを提供する。一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞である。
【0013】
なお別の態様では、本発明は、移植を必要とする患者への移植方法を提供し、この方法は、本発明の単離された細胞の有効量を患者に投与するステップを含む。一定の実施形態では、この患者は免疫適格である。ある特定の実施形態では、この患者は、霊長類、好ましくはヒトである。好ましい一定の実施形態では、この患者はヒトであり、この細胞はヒト細胞である。さらなる実施形態では、この細胞は、任意選択で1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する、幹細胞または分化細胞である。
【0014】
なおさらなる態様では、本発明は、病状の治療を必要とする患者の病状を治療する方法を提供し、この方法は、本発明のB2M-/-細胞の有効量をこの患者に投与するステップを含み、この病状は、限定されるものではないが、内分泌障害、糖尿病、自己免疫疾患、癌、感染症、貧血、血小板障害、免疫不全、白血球減少症、心筋梗塞、心不全、肝不全、骨格もしくは関節の症状、神経学的疾患、脳卒中、麻痺、失明もしくは他の視覚障害、筋ジストロフィー、骨形成不全症、肺疾患、皮膚疾患、または火傷を含む。一定の実施形態では、この患者は免疫適格である。ある特定の実施形態では、この患者は、霊長類、好ましくはヒトである。好ましい一定の実施形態では、この患者はヒトであり、この細胞はヒト細胞である。さらなる実施形態では、この細胞は、任意選択で1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する、幹細胞または分化細胞である。ある特定の実施形態では、この病状は糖尿病であり、この細胞は分化膵島細胞である。さらなる実施形態では、分化膵島細胞は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。
【0015】
別の態様では、本発明は、本発明の単離された霊長類細胞、好ましくはヒト細胞を含むキットを提供する。一定の実施形態では、このキットは、移植に使用される、または病状の治療に使用される。他の一定の実施形態では、このキットは、本発明の単離された霊長類細胞、好ましくはヒト細胞を含む移植片を含む。
【0016】
本発明の特定の実施形態は、好ましい一定の実施形態および添付の特許請求の範囲の以下に示すより詳細な説明から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】B2M-/-ESCの作製を示す図である。図1のAは、エキソンが大きいボックスで示されているAAV B2Mターゲッティングベクターの例示である。図1のBは、遺伝子ターゲッティングおよびCre媒介導入遺伝子切除(Cre-out)の結果を示すサザンブロットを示している。図1のCは、遺伝子ターゲッティング後のHLAクラスI発現の欠如を示すフローサイトメトリー(アイソタイプコントロールを使用)の結果を示している。
図2】免疫不全マウスに移植されたB2M-/-Cre-outヒトESCから発生した奇形腫の組織切片を示す図である。この切片を、DAPI、ヘマトキシリン、およびエオシン、または外胚葉用の系列特異的マーカーMAP-2(微小管関連タンパク質2)、中胚葉用のα-SAM(α-平滑筋アクチン)、または内胚葉用のFoxA2(フォークヘッドボックスタンパク質A2)を用いて染色した。スケールバー=100マイクロン。
図3】1本鎖融合HLAクラスI構築物を示す図である。図3のAは、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現させるための泡沫状ウイルスベクターの設計を示す図である。図3のBは、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の線形タンパク質構造を例示している。例示的な1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の配列は、HLA-bGBE(配列番号19および20、それぞれDNA配列およびタンパク質配列)、HLA-gBE(配列番号17および18)、およびHLA-bBA0201(配列番号15および16)に対して示されている。図3のCは、B2M-/-ESCにおける1本鎖融合HLA-E発現を示すフローサイトメトリー(アイソタイプコントロール)の結果を示している。図3のDは、B2M-/-ESCにおける1本鎖融合HLA-A0201発現を示すフローサイトメトリー(アイソタイプコントロール)の結果を示している。
図4】各分化細胞型の実験的設計の概要を示している。
図5】B2M-/-ESC由来のケラチノサイトの分化を示している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本明細書で言及されるすべての刊行物、特許、および特許出願は、あらゆる目的のために参照により本明細書に組み入れられるものとする。
本出願において、別段の記載がない限り、利用される技術は、いくつかの周知の参考文献、例えば、「分子クローニング:実習マニュアル(Molecular Cloning:A Laboratory Manual)」(サンブルック(Sambrook)ら著、コールド・スプリング・ハーバー・ラボラトリー・プレス(Cold Spring Harbor Laboratory Press)、1989年)および「PCRプロトコル:方法および応用へのガイド(PCR Protocols:A Guide
to Methods and Applications」(イニス(Innis)ら著、アカデミック・プレス(Academic Pres)、1990年、サンディエゴ、カリフォルニア州)のいずれでも確認することができる。
【0019】
本明細書で使用される単数形「ある(a)」、「ある(an)」、および「その(the)」は、別段の記載がない限り、複数の指示対象を含む。例えば、「ある単離された細胞」は、1つ以上の単離された細胞を意味する。
【0020】
本明細書に開示されるすべての実施形態は、別段の記載がない限り、組み合わせることができる。
一態様では、本発明は、B2M欠損細胞を提供する。特に、本発明は、B2M遺伝子に遺伝子組換え改変を含む、単離された霊長類細胞、好ましくはヒト細胞を提供する。好ましい一定の実施形態では、この細胞は、B2M遺伝子に遺伝子組換え改変を含むヒト細胞である。関連する態様では、この細胞は、B2M遺伝子のすべてのコピーにおける遺伝子組換え改変を含む。一定の実施形態では、B2M遺伝子の遺伝子改変により、B2Mタンパク質の欠損、またはB2Mタンパク質が発現されなくなる。B2Mは、すべてのHLAクラスIタンパク質の共通の要素であるため、遺伝子組換え改変は、細胞表面でのすべての天然HLAクラスIタンパク質の発現を防止する。B2Mをコードする配列は、配列番号1(GenBankアクセッション番号NM_004048)で示され、B2Mタンパク質配列は、配列番号2で示される。この遺伝子には多数の一塩基多型(SNP)が存在する可能性があり;当業者には理解されるように、本発明のヒト細胞および方法は、このようなB2M遺伝子およびSNPのいずれにも適用可能である。
【0021】
本発明のこれらの実施形態の細胞は、例えば、移植を必要とするレシピエントの移植用ドナー細胞として使用することができる。B2M欠損細胞は、B2M-/-遺伝的背景を含む細胞(B2M-/-細胞)を包含する。用語「B2M-/-細胞」とは、B2M遺伝子のすべてのコピーにおける遺伝子組換え改変を含む霊長類細胞、好ましくはヒト細胞のことである。B2M-/-細胞は、集団におけるレシピエントのすべてまたは大部分に免疫学的に適合するという点で「万能ドナー細胞」として機能し得る。本明細書で使用されるレシピエントまたは患者とは、霊長類、好ましくはヒトのことである。ある特定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、この患者はヒトである。
【0022】
本発明の細胞は、B2M遺伝子を改変するように遺伝子組換えされて、改変された遺伝子座から機能的内因性B2Mタンパク質が産生されないようにすることができる。一定の実施形態では、この改変は、非機能的B2Mタンパク質の発現をもたらし、限定されるものではないが、切断、欠失、点突然変異、および挿入を含む。他の実施形態では、この改変により、B2M遺伝子からタンパク質が全く発現されなくなる。
【0023】
B2M発現が欠損した細胞は、細胞表面にHLAクラスIタンパク質を発現させることができない。HLAクラスIの欠損は、さらなる利点を提供する;例えば、HLAクラスIを発現しない細胞は、自己免疫疾患、例えば、糖尿病および関節リウマチの細胞療法の成功を普通なら妨げる自己抗原を提示することができない。同様に、特定の遺伝病(例えば、筋ジストロフィー)の患者に欠損している、本発明の細胞療法によって導入される治療遺伝子産物(例えば、ジストロフィン)も、提示されず、補充療法における新抗原として認識されない。
【0024】
B2M遺伝子の1つ、2つ、またはすべてのコピーを改変する任意の適切な技術を使用することができ;例示的な技術は、本出願を通して開示され、かつ本明細書の教示および当分野で既知の教示に基づいた当業者のレベルの範囲内である。例示的な他の技術も、例えば、参照によりその全容が本明細書に組み入れられる、2008年9月11日公開の米国仮特許出願第2008/0219956号明細書で確認することができる。これらの技術は、任意選択で、B2M遺伝子の改変後に細胞から非ヒトDNA配列を除去するステップを含み得る。
【0025】
この方法の例示的な実施形態は、本出願を通して開示されるように、アデノ随伴ウイルス遺伝子ターゲッティングベクターを使用し、任意選択で、以下に説明されるような技術によってターゲッティングに使用される導入遺伝子を除去するステップ、あるいはCre媒介loxP組換えまたは他の適切な組換え技術によってターゲッティングに使用される導入遺伝子を除去するステップを含む。参照によりその全容が本明細書に組み入れられるカーン(Khan)ら著、プロトコル(Protocol)、2011年、第6巻、p.482~501を参照されたい。例示的なターゲッティングベクターおよび例示的なベクターの図も本明細書に開示されている。本発明のB2M-/-細胞、好ましくはヒト細胞を作製するために様々な技術を利用することは、本明細書の教示および当分野で既知の教示に基づいた当業者の技術レベルの範囲内である。
【0026】
一定の実施形態では、B2M-/-細胞の細胞ゲノムは、非ヒトDNA配列の100未満、50未満、または30未満のヌクレオチドを含み得る。他の一定の実施形態では、細胞ゲノムは、非ヒトDNA配列の6個、5個、4個、3個、2個、1個、または0個のヌクレオチドを含み得る。B2M遺伝子の改変で導入されるあらゆる非ヒトDNAを除去する例示的な技術が、図1のAに示されている。非ヒトDNA配列は、第1のベクターにおけるHyTKまたはTKNeo導入遺伝子を除去する2回目のターゲッティングによって、またはCre媒介loxP組換えによって除去することができる。
【0027】
他の実施形態では、細胞は、代わりに、B2M-/-遺伝的背景で1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を組換え発現するように操作することができる。従って、本明細書で使用されるB2M-/-細胞は、B2M-/-遺伝的背景で1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する霊長類細胞、好ましくはヒト細胞も包含する。1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を組換え発現するB2M-/-細胞は、それでもなお、正常なB2M機能が欠落しているため、この細胞は、細胞表面の任意のHLAクラスIα鎖に非共有結合したへテロ二量体を形成する野生型B2Mタンパク質を発現しない。
【0028】
用語「1本鎖融合HLAクラスIタンパク質」、「1本鎖融合HLAクラスI分子」、または「1本鎖融合HLAクラスI抗原」とは、直接またはリンカー配列を介してHLA-Iα鎖の少なくとも一部に共有結合されたB2Mタンパク質の少なくとも一部を含む融合タンパク質のことである。他方、用語「HLAクラスIタンパク質」、「HLAクラスI分子」、または「HLAクラスI抗原」とは、野生型細胞の表面で発現される、B2MとHLAα鎖の非共有結合されたヘテロ二量体のことである。
【0029】
本明細書で使用される用語「HLAクラスIα鎖」または「HLA-I重鎖」とは、HLAクラスIヘテロ二量体のα鎖のことである。HLAクラスI重鎖は、限定されるものではないが、HLAクラスIα鎖HLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-E、HLA-F、およびHLA-Gを含む。HLA-A(GenBank番号K02883.1、配列番号3;UniProt番号P01892、配列番号4)、HLA-B(NM_005514、配列番号5;NP_005505;配列番号6)、HLA-C(NM_002117、配列番号7;NP_002108、配列番号8)、HLA-E(NM_005516、配列番号9;NP_00507、配列番号10)、HLA-F(NM_018950、配列番号11;NP_061823、配列番号12)、およびHLA-G(NM_002127、配列番号13;NP_002118、配列番号14)の代表的なDNA配列およびタンパク質配列が示されている。
【0030】
加えて、用語「HLAクラスIタンパク質/分子」は、ヒトのMHCクラスIタンパク質/分子を指すことが知られており、用語HLAとMHCは、本出願を通して時には互換的に使用される:例えば、用語HLAクラスIタンパク質は、霊長類のHLAクラスIタンパク質に相当する霊長類のものを指すために使用することもできる。当業者であれば、内容に基づいて用語の意味を理解することができよう。
【0031】
本明細書で使用される用語B2M-/-細胞は、B2M遺伝子のすべてのコピーにおける遺伝子組換え改変を有する細胞も包含し、1つのB2Mアレルは、野生型B2Mタンパク質の代わりに、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するように遺伝子組換えされている(すなわち、1つのB2Mアレルにおける遺伝子標的ノックイン)。このような遺伝的背景を有するB2M-/-細胞は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の状況においてのみB2M遺伝子座からB2Mを発現する。一定の有利な実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の発現は、B2M遺伝子座に位置する内因性B2M調節配列によって調節される。
【0032】
関連する実施形態では、B2M-/-細胞は、B2M遺伝子のすべてのコピーにおける遺伝子組換え改変を有する細胞もさらに包含し、すべてのB2Mアレルは、野生型B2Mタンパク質の代わりに、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するように遺伝子組換えされている(すなわち、すべてのB2Mアレルにおける遺伝子標的ノックイン)。このような遺伝子改変を有するB2M-/-細胞は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の状況においてのみB2M遺伝子のすべてのアレルの遺伝子座からB2Mを発現する。一定の実施形態では、この細胞は、B2M遺伝子のすべてのアレルの遺伝子座から同じ型の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するように遺伝子組換えされるが;他の実施形態では、この細胞は、B2M遺伝子の異なるアレルの遺伝子座から異なる型の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するように遺伝子組換えされる。
【0033】
本出願を通して、「本発明の細胞」、「本発明の単離された細胞」、「B2M-/-細胞」、「本発明のB2M-/-細胞」、または「本発明の幹細胞または分化細胞」は、時には互換的に使用され、本明細書に記載されるすべてのB2M-/-細胞を包含し得る。ある特定の実施形態では、本発明のB2M-/-細胞は、B2M-/-の背景において、本明細書で定義される1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。B2M-/-細胞は、B2M遺伝子座またはゲノムの他の位置から1本鎖HLAクラスIタンパク質を発現するように遺伝子組換えすることができる。ある特定の実施形態では、本発明の細胞は、野生型B2Mタンパク質の発現を防止するが、B2M遺伝子座から1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は発現するB2M遺伝子のアレルにおける遺伝子組換え改変を含む。他のある特定の実施形態では、本発明の細胞は、野生型B2Mタンパク質の発現を防止するが、なおすべてのB2M遺伝子座から1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は発現するB2M遺伝子のすべてのアレルにおける遺伝子組換え改変を含む。用語「遺伝子」、「アレル」、および「遺伝子座」は、本出願を通して互換的に使用することがある。
【0034】
「単離された細胞」は、所与の目的に対して適切な任意の細胞型とすることができる。例えば、細胞は、多能性幹細胞または分化細胞とすることができる。「幹細胞」は、さらに分化することができるすべての細胞を広範に包含する。「多能性幹細胞」とは、3つの胚葉:内胚葉、中胚葉、または外胚葉のいずれにも分化する能力を有する幹細胞のことである。他方、「成熟幹細胞」は、制限された数の細胞型のみを産生できるという点で多能性である。「胚性幹(ES)細胞」とは、胚盤胞、初期胚の内細胞塊に由来する多能性幹細胞のことである。「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、特定の遺伝子の発現を人工的に誘導することによって、非多能性細胞、典型的には成体の体細胞から人工的に作製された多能性幹細胞のことである。
【0035】
一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部、およびHLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-E、HLA-F、またはHLA-G(二量体構築物とも呼ばれる)の少なくとも一部を含む。好ましい一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質に含まれるHLAα鎖は、HLAクラスIα鎖(リーダーレスHLAα鎖(leaderless HLA α chain))のリーダー配列(またはシグナル配列)を含んでいない。他の一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部、およびHLA-C、HLA-E、またはHLA-Gの少なくとも一部を含む。さらなる一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部、およびHLA-A、HLA-E、またはHLA-Gの少なくとも一部を含む。好ましい一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部に共有結合したリーダー配列(またはシグナル配列)、および細胞表面における1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の適切な折り畳みを確実にするHLAα鎖の少なくとも一部を含む。このリーダー配列は、B2Mタンパク質のリーダー配列、HLAα鎖タンパク質のリーダー配列、または他の分泌タンパク質のリーダー配列とすることができる。ある特定の実施形態では、この1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、リーダー配列が除去されたB2Mタンパク質を含む。他のある特定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、リーダー配列が除去されたHLAα鎖タンパク質を含む。一定のHLAクラスIα鎖は、高度に多型性である。当業者には理解されるように、本発明のヒト細胞および方法は、このようなどのHLAα鎖およびその多型に適用可能である。
【0036】
配列変異体ならびにB2Mおよび/またはHLAα鎖の断片を含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、本発明に包含され、このような1本鎖融合構築物は、なお正常なHLAクラスI機能、例えば、細胞表面にヘテロ二量体の適切な二次構造を形成する機能、ペプチド結合クレフトにペプチドを提示する機能、およびNK細胞の表面の抑制性受容体に結合する機能を有する。一定の実施形態では、この配列変異体は、自然発生のHLA重鎖およびB2M配列と少なくとも75%、80%、81%、85%、88%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、または完全な配列相同性を有し、この配列変異体は、正常なHLAクラスI機能を有する。特定の他の実施形態では、この配列変異体は、配列番号2、4、6、8、10、12、または14に示されているB2MまたはHLA重鎖の配列と少なくとも75%、80%、81%、85%、88%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、または完全な配列相同性を有する。
【0037】
ある特定の実施形態では、HLA-A変異体は、配列番号4と少なくとも85%、88%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、または完全な配列相同性を有する。他のある特定の実施形態では、HLA-B変異体は、配列番号6と少なくとも81%、83%、85%、88%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、または完全な配列相同性を有する。さらなる一定の実施形態では、HLA-C変異体は、配列番号8と少なくとも90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、または完全な配列相同性を有する。なお他の実施形態では、HLA-E変異体は、配列番号10と少なくとも97%、98%、99%、または完全な配列相同性を有する。ある特定の実施形態では、HLA-F変異体は、配列番号12と少なくとも99%または完全な配列相同性を有する。他の一定の実施形態では、HLA-G変異体は、配列番号14と少なくとも98%、99%、または完全な配列相同性を有する。
【0038】
他の一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、完全長B2M(そのリーダー配列を含む)およびリーダー配列を含まないHLAα鎖(リーダーレスHLAα鎖)を含むが;他の一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、リーダー配列を含まないB2Mタンパク質を含む。2つ、3つ、またはそれ以上の異なる型の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を任意の組み合わせで発現するB2M-/-細胞、例えば、HLA-A(またはリーダーレスHLA-A)を含むSC融合およびHLA-C(またはリーダーレスHLA-C)を含むSC融合を発現するB2M-/-細胞、HLA-A(またはリーダーレスHLA-A)を含むSC融合およびHLA-E(またはリーダーレスHLA-E)を含むSC融合を発現するB2M-/-細胞、またはHLA-B(またはリーダーレスHLA-B)を含むSC融合、HLA-E(またはリーダーレスHLA-E)を含むSC融合、およびHLA-G(またはリーダーレスHLA-G)を含むSC融合を発現するB2M-/-細胞などのB2M-/-細胞がすべて、本発明に包含されることを理解されたい。
【0039】
ナチュラルキラー(NK)細胞は、先天性免疫応答の一部である。いくつかの病原体が、感染細胞におけるHLAクラスIタンパク質の発現を下方制御し得る。NK細胞は、HLAクラスIタンパク質を発現しない細胞を認識してアポトーシスを誘導することによって感染を監視する。NK細胞表面の抑制性受容体は、HLAクラスIα鎖アレルを認識し、これにより非感染の正常細胞のNK誘導アポトーシスを防止する。従って、ある特定の実施形態では、1本鎖融合HLA-Iタンパク質は、NK細胞上の抑制性受容体に結合することによって内因性HLAクラスIタンパク質を発現しない細胞のNK細胞誘導死を阻害する。例えば、HLA-Eは、NK細胞誘導アポトーシスを阻害するNK細胞のCD94/NKG2受容体のリガンドである。従って、ある特定の実施形態では、B2M-/-細胞は、B2Mの少なくとも一部およびHLA-Eの少なくとも一部を含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。加えて、HLA-Gは、HLA-A、B、またはCを発現しない胎盤細胞栄養芽層の表面で正常に発現され、NK細胞上の抑制性ILT2(LIR1)受容体と相互作用することによってこれらの細胞をNK細胞誘導溶解から保護する(パズマニー(Pazmany)ら著、サイエンス(Science)、1996年、第274巻、p.792~795)。従って、他の好ましい一定の実施形態では、B2M-/-細胞は、B2Mの少なくとも一部およびHLA-Gの少なくとも一部を含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。
【0040】
ある特定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2Mの少なくとも一部、およびHLA-A0201、HLA-Aアレルの少なくとも一部を含む。HLA-A0201(配列番号4)は、米国の人口の大部分に見られる一般的なHLAクラスIアレルである。従って、有利な一定の実施形態では、単離細胞は、B2M-/-遺伝的背景において、B2Mの少なくとも一部およびHLA-A0201の少なくとも一部を含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現し、該単離細胞は、米国の人口の大部分に対して免疫適合性である。使用できる他の適切な共通アレルには、限定されるものではないが、HLA-A0101、HLA-A0301、HLA-B0702、HLA-B0801、HLA-C0401、HLA-C0701、およびHLA-C0702が含まれる。好ましい一定の実施形態では、HLAアレルは、HLA-A0201(配列番号4)、HLA-B0702(配列番号6)、またはHLA-C0401(配列番号8)を含む。
【0041】
さらなる一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、そのペプチド結合クレフトを塞ぐ特異的ペプチド抗原も含み、このペプチド抗原は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質に共有結合している(三量体構築物とも呼ばれる)。三量体構築物の一例が図3のBに示されている。図3のBのHLA-bGBE構築物は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質のペプチド結合クレフトを塞ぐように設計されたペプチド抗原(例えば、限定されるものではないが、この図に例示されているHLA-Gペプチド抗原)(配列番号23)に共有結合したHLA-EおよびB2Mを含む。他の一定の実施形態では、共有結合ペプチド抗原は、組み込みプロテアーゼ切断部位によって切断され、この切断ペプチド抗原は、提示のために1本鎖融合HLA-Iタンパク質のクレフトに結合するペプチドに結合することができる。一定の代替の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質のペプチド結合クレフトを塞いでいるペプチド抗原は、細胞内抗原処理経路によって産生され、この処理経路では、このペプチド抗原は、プロテアソームによって産生され、小胞体内の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質に輸送され、この1本鎖融合HLAクラスIタンパク質に付着する。ある特定の実施形態では、このペプチド抗原には、腫瘍抗原のペプチドが含まれる。他の一定の実施形態では、このペプチド抗原には、限定されるものではないが、細菌、ウイルス、真菌、および寄生虫を含む病原体由来のタンパク質のペプチドが含まれる。さらなる実施形態では、このペプチド抗原には、腫瘍抗原のペプチドが含まれる。ある特定の実施形態では、B2M-/-細胞は、患者の自己抗原または新抗原を含まないペプチドに共有結合した1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。1本鎖融合HLAクラスIタンパク質およびこの1本鎖融合HLAクラスIタンパク質に提示されるペプチド抗原を、レシピエントで誘発され得る免疫応答を調節するように設計することは当業者の能力の範囲内である。
【0042】
1本鎖融合HLAクラスIタンパク質に共有結合または非共有結合した特異的ペプチド抗原を含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する単離B2M-/-細胞を、例えば、レシピエントに投与して免疫応答を誘発するために使用することができる。従って、関連する態様では、本発明は、本発明の単離細胞を含むワクチンを提供し、このワクチンは、標的ペプチド抗原に特異的な免疫応答をレシピエントで誘発することができる。この免疫応答には、限定されるものではないが、細胞性免疫応答および/または体液性免疫応答が含まれる。このワクチンは、幹細胞または分化細胞を含んでも良く;ある特定の実施形態では、このような細胞は、分化樹状細胞である。他の一定の実施形態では、この細胞は、サイトカインをさらに発現する。任意の適切なサイトカインを使用することができ;ある特定の実施形態では、このようなサイトカインはIL2またはIFN-γである。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、このレシピエントはヒトである。
【0043】
1本鎖融合HLAクラスIタンパク質は、B2M-/-細胞でのタンパク質の一過性の発現、より好ましくは安定した発現を可能にする発現ベクターから発現させることができる。例示的な適切な発現ベクターは、当分野で公知である。このような一例は、レトロウイルスベクターであり、レトロウイルスベクターは、細胞のゲノムに組み込まれて、外来性遺伝子を長期間安定して発現させる。ある特定の実施形態では、ウイルスベクターは、レトロウイルス型のヒト泡沫状ウイルスに由来する。他の適切なウイルスベクターには、限定されるものではないが、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レンチウイルス、単純ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、およびポックスウイルスが含まれる。
【0044】
一定の好ましい実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をコードできるポリヌクレオチドが、安定した発現のために、細胞の染色体、好ましくはB2MまたはHLA遺伝子座に組み込まれる。従って、好ましい一定の実施形態では、B2M遺伝子座は、内因性野生型B2Mタンパク質の発現の代わりとなるように1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をコードすることができるポリヌクレオチドをこのB2M遺伝子座に挿入することによって改変される。このような遺伝子ターゲッティングの結果、正常なB2Mの発現が改変されて、野生型HLAクラスIタンパク質の形成が防止されるが、普通ならB2Mが欠損する細胞の表面に最適な所定の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の発現は可能である。他の発現ベクターも考えられ、適切な発現ベクターの選択は、当業者の能力の範囲内である。
【0045】
ベクターの設計によると、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現することができるポリヌクレオチドが、ウイルス感染(ウイルスベクターが使用される場合)によって、または限定されるものではないが、トランスフェクション、エレクトロポレーション、遺伝子ターゲッティング、またはリポソーム媒介DNA送達を含む他の送達方法によって細胞に送達される。
【0046】
1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するB2M-/-細胞のあらゆる免疫効果を様々な手段によって試験することができる。例えば、SC融合HLAクラスIタンパク質を発現するB2M-/-細胞は、抗原提示樹状細胞(iDC)に分化することができる。NK細胞誘導溶解の抑制を、正常なヒトNK細胞およびNKL細胞株と共にiDCをインキュベートした後にクロム放出アッセイによって測定することができる。様々なコントロール(非形質導入B2M-/-iDC、B2M+/+iDC、721.221クラスI陰性細胞株、ならびに抗受容体抗原および抗HLA抗体)を使用して、相互作用の特異性を確立することができる。さらなる特徴付けは、細胞をT細胞と共にインキュベートすることによってElispotアッセイで行うことができる。
【0047】
関連する態様では、本発明は、HLAクラスI型B2M-/-細胞バンクを提供し、この細胞バンクの細胞は、B2M-/-遺伝的背景を含み、HLAα鎖がHLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-E、HLA-F、およびHLA-Gからなる群から選択される1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の1つ以上の型を発現するように組み換えられている。一定の実施形態では、この細胞バンクは、HLAα鎖がHLA-Aを含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する細胞集団を含む。他の一定の実施形態では、この細胞バンクは、HLAα鎖がHLA-Bを含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する細胞集団を含む。さらなる一定の実施形態では、この細胞バンクは、HLAα鎖がHLA-Cを含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する細胞集団を含む。なお他の実施形態では、この細胞バンクは、HLAα鎖がHLA-Eを含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する細胞集団を含む。他の一定の実施形態では、この細胞バンクは、HLAα鎖がHLA-Fを含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する細胞集団を含む。ある特定の実施形態では、この細胞バンクは、HLAα鎖がHLA-Gを含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する細胞集団を含む。ある特定の実施形態では、この細胞バンクは、上記の1つ以上の細胞集団、好ましくはすべての細胞集団を含む。
【0048】
細胞バンクの細胞は、多能性幹細胞または分化細胞とすることができる。ある特定の実施形態では、細胞バンクは、同じ1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する異なる型の分化細胞、例えば、皮膚細胞、膵島β細胞などを含む。一方、他の実施形態では、細胞バンクは、それぞれが異なる1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する異なる型の分化細胞、例えば、皮膚細胞、膵島β細胞などを含む。所与の患者に適したドナー細胞の細胞バンクからの選択を、熟練した研究者または臨床医によって決定することができる。他の一定の実施形態では、細胞バンクの一部の細胞は、細胞が投与される患者のHLAクラスIアレルに一致するHLAクラスIアレルを発現する。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、この患者はヒトである。ある特定の実施形態では、細胞は、米国の人口の大部分のHLAアレルに一致するHLA-A0201およびB2Mを含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。
【0049】
別の態様では、本発明は、有効量の本発明の細胞を移植のために患者に投与するステップを含む、移植を必要とする患者への移植の方法を提供する。B2M-/-細胞は、細胞表面に野生型HLAクラスIタンパク質を発現しないため、この細胞は、患者に投与されても、免疫応答を患者に殆どまたは全く誘発しない。従って、B2M-/-細胞を用いた移植では、免疫抑制療法を行う必要性が限られる。従って、好ましい一定の実施形態では、患者は、免疫適格である。他の一定の実施形態では、この細胞は、同質遺伝子細胞(同系細胞)(isogeneic cell)であるが;他の実施形態では、この細胞は、同種異系細胞(allogeneic cell)である。
【0050】
さらなる一定の実施形態では、本発明の細胞は多能性幹細胞であるが;他の実施形態では、本発明の細胞は分化細胞である。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、この患者はヒト患者である。ある特定の実施形態では、移植の方法は、有効量の多能性幹細胞または分化細胞をヒトに投与するステップを含む。好ましい一定の実施形態では、本発明の細胞は、1つ以上の組換え1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をさらに発現する。他の一定の実施形態では、細胞は、移植後にNK細胞誘導死を回避することができ、かつ免疫応答をレシピエントに殆どまたは全く誘発しない。
【0051】
移植療法、補充療法、または再生療法は、患者に細胞または組織を投与して、標的器官における細胞の機能不全を補うまたは置換することによる病状の療法を指す。ある特定の実施形態では、移植の必要性は、組織または器官の身体的または物理的障害の結果として生じる。他のある特定の実施形態では、移植の必要性は、患者における1つ以上の遺伝的欠陥または変異の結果として生じ、本発明の細胞の移植は、患者の原因となっている遺伝子変異を修正する遺伝子療法を必要とすることなく、患者の細胞の機能不全を補うまたは置換する。さらなる一定の実施形態では、移植は、限定されるものではないが、造血幹細胞移植、あるいは、器官、例えば、肝臓、腎臓、膵臓、肺、脳、筋肉、心臓、消化管、神経系、皮膚、骨、骨髄、脂肪、結合組織、免疫系、または血管に取り込まれる細胞の移植を含む。ある特定の実施形態では、標的器官は固形臓器である。
【0052】
ある特定の実施形態では、レシピエントに投与される細胞は、このような療法を必要とする器官に取り込まれても良いし、または取り込まれなくても良い。一定の実施形態では、本発明の細胞は、移植の前または後に所望の細胞型に分化し、移植部位の組織に取り込まれなくても必要な細胞機能を果たす。例えば、糖尿病を治療する一定の実施形態では、本発明の細胞は、多能性幹細胞または分化膵島β細胞として、糖尿病患者に移植される。移植された細胞は、機能する膵臓を構成する必要はなく:これらの細胞は、血糖値に応答してインスリンを分泌するだけで良い。ある特定の実施形態では、この細胞は、異所性部位に移植され、膵臓に完全には取り込まれない。本発明の細胞集団、本発明の分化細胞、または本発明の細胞から生体外で分化して発生した組織はすべて、本発明によって企図される。好ましい一定の実施形態では、細胞はヒト細胞であり、この患者はヒト患者である。他の好ましい一定の実施形態では、本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。
【0053】
さらなる態様では、本発明は、有効量の本発明の細胞を患者に投与して病状を治療するステップを含む、病状の治療を必要とする患者の病状を治療する方法を提供し、この病状は、糖尿病、自己免疫疾患、癌、感染症、貧血、白血球減少症、心筋梗塞、心不全、骨格もしくは関節の症状、骨形成不全症、または火傷である。ある特定の実施形態では、病状は、組織または器官の生理的または物理的障害から生じる。一定の実施形態では、本発明の細胞は幹細胞であるが;他の実施形態では、本発明の細胞は分化細胞である。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、この患者はヒト患者である。ある特定の実施形態では、ヒト細胞は分化細胞である。生体外で本発明の細胞から発生した組織の移植も本発明によって企図される。好ましい一定の実施形態では、本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をさらに発現する。一定の実施形態では、細胞は、同質遺伝子細胞であるが;他の実施形態では、細胞は、同種異系細胞である。
【0054】
ある特定の実施形態では、この細胞は、限定されるものではないが、樹状細胞、リンパ球、赤血球、血小板、造血細胞、膵島細胞、肝細胞、筋細胞、ケラチノサイト、心筋細胞、神経細胞、骨格筋細胞、眼細胞、間葉細胞、線維芽細胞、肺細胞、消化管細胞、血管細胞、内分泌細胞、および脂肪細胞を含む分化細胞である。他のある特定の実施形態では、本発明は、固形臓器の病状を治療する方法を提供する。一定の実施形態では、病状の治療に使用される本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。
【0055】
疾患または障害を有する患者の「治療」とは、以下の1つ以上を達成することを意味する:(a)疾患の重症度を下げること;(b)疾患または障害の進行を止めること;(c)疾患または障害の悪化を抑制すること;(d)以前に疾患または障害に罹患した患者の疾患または障害の再発を限定または防止すること;(e)疾患または障害を退行させること;(f)疾患または障害の症状を改善または取り除くこと;および(f)生存率を改善すること。好ましい一定の実施形態では、疾患または障害は、組織または細胞の移植によって治療することができる疾患または障害である。
【0056】
移植または病状の治療に対する本発明の単離細胞の有効量は、多数の因子、例えば、組織型、病状の重症度、移植反応、移植の理由、ならびに患者の年齢および全身の健康状態によって異なる。有効量は、熟練した研究者または臨床医が通常の業務で決定することができる。移植細胞の免疫原性が低下するため、所望の治療効果を達成するために比較的大量の細胞を患者が許容し得る。あるいは、所望の治療効果が達成されるまで細胞を周期的に繰り返し移植することができる。
【0057】
本発明の細胞の投与経路は、特定の経路に限定されるものではない。例示的な投与経路には、限定されるものではないが、静脈内、筋肉内、皮下、腹腔内、経皮、皮内、および皮下経路が含まれる。本発明の細胞は、注射によって局所的に投与することもできる。例えば、損傷した関節、骨折した骨、梗塞部位、虚血部位、またはそれらの周辺に細胞を注射することができる。
【0058】
ある特定の実施形態では、この細胞は、限定されるものではないが、シリンジを含む送達器具によって投与される。例えば、細胞は、このような送達器具内に収容された溶液または医薬組成物中に懸濁することができる。「溶液」または「医薬組成物」は、生理学的に適合した緩衝液、および任意選択で本発明の細胞が生き残る薬学的に許容され得る担体または希釈液を含む。このような担体および希釈液の使用は、当分野で周知である。このような溶液には、限定されるものではないが、生理学的に適合した緩衝液、例えば、ハンクス液、リンガー液、または生理緩衝食塩水が含まれる。細胞は、生存能力が低下することなく溶液または医薬組成物中に短期間保存することができる。ある特定の実施形態では、この細胞は、当分野で周知の冷凍保存法に従って、生存能力が低下することなく長期間保存される。
【0059】
水性注射懸濁液は、その粘度を高める物質、例えば、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ソルビトール、またはデキストランを含み得るが、なお、シリンジ注入によって容易に送達できる程度の液体である。この溶液は、好ましくは、無菌であり、製造および保存の条件下で安定であり、かつ、例えば、パラベン、クロロブタノール、フェノール、アスコルビン酸、およびチメロサールなどの使用によって微生物汚染されない。溶液中に含まれる細胞は、薬学的に許容され得る担体または希釈液、および必要に応じて上記の他の成分に含められた、本明細書に記載された幹細胞または分化細胞とすることができる。
【0060】
この細胞は、全身投与(例えば、静脈内)または局所投与(例えば、エコー図の誘導下で心筋欠損部に直接的に投与、または観血手術中にアクセス可能な損傷組織または器官に直接適用によって投与)することができる。注射用の場合、細胞は、注射可能な液体懸濁調製物、または注射可能な液体形態であって損傷組織部位で半固体になる生体適合性媒体に含めることができる。送達中の細胞の物理的損傷を回避するように針の内腔が十分な直径(例えば、少なくとも30ゲージ以上)であれば、シリンジ、制御可能な内視鏡送達器具、または他の同様の器具を使用することができる。
【0061】
他の一定の実施形態では、この細胞は、固体支持体、例えば、平面体(planar surface)または3次元マトリックスによって移植することができる。マトリックスまたは平面体は、患者の適切な部位に外科手術によって移植される。例えば、膵臓移植を必要とする患者では、分化細胞が設けられた固体支持体を膵臓組織に外科手術によって移植することができる。例示的な固形支持体には、限定されるものではないが、パッチ、ゲルマトリックス(例えば、ファーマシア・アップジョン社(Pharmacia-Upjohn)のGELFOAM(登録商標))、ポリビニルアルコールスポンジ(PVA)-コラーゲンゲル移植片(例えば、イバロン(IVALON)、ユニポイント・インダストリーズ社(Unipoint Industries)、ハイポイント(High Point)、ノースカロライナ州)、および他の同様もしくは同等の器具が含まれる。様々な他の被包技術を本発明の細胞に使用することができる。例えば、国際公開第91/10470号、同第91/10425号、米国特許第5,837,234号明細書;同第5,011,472号明細書:同第4,892,538号明細書)を参照されたい。
【0062】
本発明の細胞は、限定されるものではないが、造血細胞、間葉細胞、膵臓内胚葉細胞、心臓細胞、およびケラチノサイト細胞を含め、3つすべての系列の様々な細胞型に分化することができる。一定の実施形態では、このような分化細胞は、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をさらに発現する。一般に、各細胞型は、HLAクラスIタンパク質発現、ヒトT細胞およびNK細胞との反応性、適切な分化マーカー、およびin vivo発生能を検査するための免疫不全マウスにおける異種移植について分析することができる。図4を参照されたい。各分化細胞型の簡潔な説明を以下に示す。
【0063】
一定の実施形態では、本発明の細胞は、現在は骨髄移植によって治療される様々な造血疾患の治療のために造血細胞に分化することができる。輸血を受ける患者は、HLAの不一致によって血小板輸血が効かなくなることがある。貧血または血小板減少患者は、出血または感染症を治療するために本発明の細胞由来の赤血球、血小板、または好中球を送達して治療することができる。
【0064】
さらに、本発明の幹細胞由来の樹状細胞は、適切に組み換えられると細胞ワクチンとして使用できる抗原提示細胞である。一定の実施形態では、1本鎖融合HLAクラスIタンパク質および独特のペプチド抗原を発現するように組み換えられた本発明の細胞を使用して、特定の病原体または腫瘍抗原に対するワクチン接種をする。他の一定の実施形態では、特定の抗原に対してHLA制限反応性である分化B2M-/-細胞毒性リンパ球を使用して、感染細胞または腫瘍細胞を除去する。
【0065】
造血細胞を得るために、多能性細胞が、先ず胚様体を形成するようにし、次いで非接着性細胞を造血サイトカインの存在下で培養して特定の細胞系統に成長させた。1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する本発明の細胞由来の造血細胞の分化は、フローサイトメトリーおよびコロニーアッセイによって分析することができる。分化細胞集団を、その表面マーカーに基づいて保存し、これを使用して、HLA遺伝子の発現、ならびにElispot、混合リンパ球反応、および細胞毒性アッセイによって測定されるヒトNK細胞およびT細胞との反応性を監視する。1本鎖融合HLA構築物のNK細胞誘導死の抑制に対する有効性を、分化および移植の異なる段階で検査することができる。ビックス(Bix)ら著、ネイチャー(Nature)、1991年、第349巻、p.329~331を参照されたい。造血幹細胞は、例えば、免疫不全マウス(SCID再増殖細胞またはSRC)における異種移植モデルを用いてアッセイすることもできる。
【0066】
本発明の細胞は、この細胞が患者に投与される前または後に造血細胞に分化することができる。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、この患者はヒトである。in vitroでの造血分化は、確立されたプロトコルに従って行うことができる。例えば、スラクビン(Slukvin)ら著、ザ・ジャーナル・オブ・イムノロジー(J Immunol)、2006年、第176巻、p.2924~32、およびチャン(Chang)ら著、ブラッド(Blood)、2006年、第108巻、p.1515~23を参照されたい。
【0067】
他の一定の実施形態では、本発明の細胞は、間葉幹細胞に分化することができる。一定の実施形態では、本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。MSCは、骨髄間質細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、および軟骨細胞を含むいくつかの分化細胞型を形成する能力を有する。従って、多能性幹細胞を誘導してMSC(iMSC)を形成することは、骨格および関節の症状の治療に有用である。iMSCは、骨芽細胞にさらに分化して、in vivoで骨を形成することができる。デイル(Deyle)ら著、モレキュラー・セラピー(Mol Ther.)、2012年、第20(1)巻、p.204~13。T細胞およびNK細胞のESC、iMSC、およびこれらのさらに最終的に分化した派生物、例えば、骨芽細胞に対する細胞応答を検査することができる。
【0068】
ある特定の実施形態では、間葉幹細胞は、限定されるものではないが、細胞型、例えば、骨髄間質細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、骨細胞、および軟骨細胞に分化することができる。本発明の細胞は、患者に投与される前または後に間葉幹細胞に分化される。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、この患者はヒトである。in vitroでの間葉分化は、確立されたプロトコルに従って行うことができる。例えば、デイル(Deyle)ら著、上記を参照されたい。
【0069】
なお他の特定の実施形態では、本発明の細胞は、インスリン産生膵島細胞に分化することができる。一定の実施形態では、本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。本発明の細胞を使用して、インスリン依存性糖尿病を治療することができる。有利なことに、移植された細胞は、機能する膵臓を再構築する必要がなく:血糖値に応じてインスリンを分泌するだけで良い。従って、この治療は、異なる細胞用量でも、成熟細胞型に完全には分化していない細胞でも、そして細胞が異所性部位に移植されたときにも成功し得る。特定の自己抗原、例えば、GAD65またはインスリン由来の抗原は、糖尿病におけるβ細胞の自己免疫破壊を引き起こし得る(ディ・ロレンゾ(Di Lorenzo)ら著、クリニカル・アンド・エクスペリメンタル・イムノロジー(Clin Exp Immunol)、2007年、第148巻、p.1~16)。従って、B2M-/-細胞、または所定のペプチド抗原を提示する1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するB2M-/-細胞は、これらの自己抗原を提示せず、かつ自己免疫拒絶を回避して移植後の糖尿病の再発を防止できるというさらなる利点を提供する。
【0070】
本発明の細胞は、既に説明したように膵臓細胞に分化することができ、この分化は、細胞の様々なサイトカインおよび薬物への曝露を利用して、内胚葉系中胚葉、最終的内胚葉(definitive endoderm)、および膵臓前駆体の連続的な形成を促進する(クルーン(Kroon)ら著、ネイチャー・バイオテクノロジー(Nat Biotechnol)、2008年、第26巻、p.443~452)。これらの細胞は、免疫不全マウスにおける移植片でさらに培養することができる。1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するまたは発現しない本発明の細胞および野生型細胞株を、様々な成長段階でT細胞およびNK細胞との反応性について分析することができる。
【0071】
本発明の細胞は、患者への投与の前または後に膵島細胞に分化する。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、この患者はヒト患者である。in vitroでの造血分化は、確立されたプロトコルに従って行うことができる。例えば、クルーン(Kroon)ら著、ネイチャー・バイオテクノロジー(Nat Biotechnol)、2008年、第26巻、p.443~452を参照されたい。
【0072】
他のある特定の実施形態では、本発明の細胞は、心筋細胞に分化することができる。一定の実施形態では、本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をさらに発現する。心筋梗塞および虚血性心不全の共通の臨床上の問題は、機能的心筋を移植および再建する健康な幹細胞由来心筋細胞を移植することによって対処することができる。本発明の細胞由来の心筋細胞により、これらの治療を事前にパッケージングされた細胞で行って、現在は同種心臓移植に必要な免疫抑制を回避することができる。生理学的に適切な試験、例えば、電気伝導および収縮試験を、本発明の細胞に由来する心筋細胞に対して行うことができる。1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現するまたは発現しないB2M-/-幹細胞または分化心筋細胞を試験して、心筋細胞遺伝子を発現するときのそれらの免疫学的反応性を決定して、どのHLAの変更がそれらの免疫応答を最小限にするかを立証する。
【0073】
本発明の細胞は、患者に投与される前または後に心筋細胞に分化することができる。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、この患者はヒトである。一定の実施形態では、本発明の細胞は、限定されるものではないが、心筋梗塞および虚血性心不全を含む疾患を治療するために心筋細胞に分化する。in vitroでの心筋細胞分化は、確立されたプロトコルに従って行うことができる。例えば、ラファイアム(Lafiamme)ら著、ネイチャー・バイオテクノロジー(Nat Biotechnol)、2007年、第25巻、p.1015~1024を参照されたい。
【0074】
なお他の特定の実施形態では、本発明の細胞は、ケラチノサイトに分化することができる。一定の実施形態では、ケラチノサイトへの分化に使用することができる本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現する。重度の火傷および遺伝的皮膚疾患は、皮膚移植片を用いた治療を必要とし、この治療は現在、様々な細胞源、例えば、ブタ皮膚移植片および培養された自己ヒトケラチノサイトを用いて行われている。本発明の細胞に由来するケラチノサイトは、火傷を、予めパッケージングされた細胞で緊急事態として治療することができ、かつ遺伝的疾患、例えば、表皮水疱症を、原因である遺伝子変異の修正を必要としない正常細胞(細胞染色体のB2M-/-背景でも)で治療できるため、大きな臨床的進歩をもたらす。多くの場合、この細胞は、近傍の宿主細胞が患部で再増殖するのに十分な長さで移植するだけで良い。図5は、本発明の細胞由来のケラチン5+およびケラチン14+ケラチノサイトコロニーのin vitroでの分化を示している。本発明の細胞は、マトリゲル培養で培養し、次いで既に説明したようにオールトランス型レチノイン酸およびBMP4を含む無血清ケラチノサイト培地で増殖させる(イトウ(Itoh)ら、米国科学アカデミー紀要(PNAS USA)、2011年、第108巻、p.8797~8802)。in vivo分化の場合、本発明の細胞を、レシピエントに移植するためのポリビニルアルコールスポンジ(PVA)-コラーゲンゲル移植片に埋め込むことができる。本発明の細胞は、移植の前または後にケラチノサイトに分化することができる。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞であり、患者はヒトである。
【0075】
なお別の態様では、本発明は、移植用薬剤の調製における本発明の細胞の使用を提供する。関連する態様では、本発明は、病状の治療用薬剤の調製における本発明の細胞の使用を提供する。
【0076】
さらに、本発明の細胞は、B2M-/-遺伝的背景における免疫調節タンパク質の機能を試験するシステムを提供する研究ツールとして機能し得る。一定の実施形態では、本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をさらに発現する。従って、関連する態様では、本発明は、免疫調節タンパク質の機能を決定する方法を提供し、この方法は、1つ以上の免疫調節遺伝子を本発明の本発明の細胞に導入するステップ、およびこの免疫調節遺伝子の活性についてアッセイするステップを含む。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞である。例えば、本発明の細胞を使用して、不所望のクラスI抗原の非存在下で、免疫調節遺伝子の機能を試験する、または免疫応答を試験することができる。一定の実施形態では、本発明の細胞は、HLA-F、またはB2MおよびHLA-Fを含む1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を発現し、HLA-Fの機能をB2M-/-背景で試験することができる。さらなる関連する態様では、本発明は、免疫調節タンパク質の機能を調節する化合物または分子を同定する方法を提供し、この方法は、1つ以上の免疫調節遺伝子を含むB2M-/-細胞を目的の化合物または分子に接触させるステップ、および免疫調節遺伝子の活性についてアッセイするステップを含む。好ましい一定の実施形態では、この細胞はヒト細胞である。
【0077】
なお別の関連する態様では、本発明は、哺乳動物、特に非ヒト霊長類におけるin vivo研究ツールを提供し、この研究ツールは、免疫調節遺伝子の機能を試験するため、またはB2M-/-遺伝的背景において投与された細胞の免疫調節遺伝子の機能を調節する化合物を同定するために本発明の細胞を投与する。一定の実施形態では、本発明の細胞は、1つ以上の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質をさらに発現する。
【0078】
マウス、特に免疫不全マウスを、ヒト細胞をin vitroで試験するためのモデル系として使用した。ヒト幹細胞は、マウスにおいて異なって振舞い得る。加えて、マウスおよびヒト免疫系は、異なるNK細胞受容体および非古典的HLAクラスI遺伝子(例えば、HLA-E、F、およびG)を有する。従って、本発明の細胞を試験するために、ブタオザル(Mn,pigtailed macaque)モデルを作製することができる。アカゲザルのゲノムを配列決定すると、このゲノムは、ブタオザルゲノムのゲノムに対して高度に相同である。さらに、マカクMHC遺伝子座の構成は、非古典的遺伝子を含む、ヒトHLAに類似している。ヒトHLA-EおよびHLA-G遺伝子の相同体がマカクで同定されている。マカクMHC遺伝子座は、多くのヒトNK細胞受容体の相同体も含む。ヒトB2M-/-ESCおよびMn B2M-/-ESCを、マカクの移植に使用することができる。
【0079】
MHCクラスI欠損(B2M-/-)マカクESCを、ヒト細胞について説明したものと同じAAV媒介遺伝子ターゲッティング戦略を用いて作製することができる。Mn版の1本鎖融合HLAクラスIタンパク質を、上記説明した類似のウイルスベクターを用いてB2M-/-マカクESCで発現させる。
【0080】
細胞をin vitroで増殖させて、移植された細胞の後の同定のためにGFPを発現するベクターで標識することができる。細胞は、ポリビニルアルコールスポンジ(PVA)-コラーゲンゲル移植片に埋め込んで、マカクの皮下に配置することができる。この移植片を取り出して、薄片にし、そして染色して、存在する細胞型を決定することができる。特異的抗体を使用して、移植された細胞によって形成された分化細胞型を同定することができる。
【0081】
上記説明したどの実施形態も、別段の記載がない限り、本発明のどの態様にも適用される。様々な態様の範囲内の実施形態および様々な態様間の実施形態はすべて、別段の記載がない限り、組み合わせることができる。
【0082】
以下の実施例は、本発明の特定の実施形態およびその様々な使用の実例である。これらの実施例は、単に説明目的で示すものであり、本発明の限定と解釈されるべきものではない。
(実施例)
実施例1 B2M遺伝子におけるノックアウト変異を有するヒト多能性幹細胞の作製
ヒト多能性幹細胞を、すべてのHLAクラスIヘテロ二量体(HLA-A、B、C、D、E、F、およびG)の表面発現に必要な共通のサブユニットをコードするβ2ミクログロブリン(B2M)遺伝子の両方のアレルのノックアウト変異を用いて作製した。アデノ随伴ウイルス(AAV)遺伝子ターゲッティングベクターを用いて、B2M-/-(クラスI陰性)H1ヒトESCを作製した(ウィスコンシン大学(University of Wisconsin))。ヒト多能性幹細胞をAAV遺伝子ターゲッティングベクターに感染させて、B2M遺伝子を、相同的組換えによって不活化させた。AAV媒介遺伝子ターゲッティング法は、例えば、カーン(Khan)ら著、プロトコル(Protocol)、2011年、第482巻、p.482~501、およびカーン(Khan)ら著、サイエンス(Science)、1990年、第248巻、p.1227~30に既に説明されている。これらの参考文献は、参照によりそれらの全容が本明細書に組み入れられるものとする。
【0083】
図1は、アデノ随伴ウイルス(AAV)遺伝子ターゲッティングベクターを用いたHLAクラスI陰性ヒトH1 ESC細胞の作製を示している。使用される2つのAAVベクターは、ヒトB2M遺伝子のエキソン1を取り囲んでいる相同アームを含み、G418耐性またはハイグロマイシン耐性をそれぞれコードするTKNeoまたはHyTK融合遺伝子のいずれかをエキソン1に挿入するように設計されている(図1のA)。H1 ESCをAAV-B2M-ETKNpAベクターに感染させ、G418耐性細胞の30%が、サザンブロット分析に基づき一方のB2Mアレルにおける標的となった。次いで、これらのクローンの1つをAAV-B2M-EHyTKpAベクターに感染させ、ハイグロマイシン耐性細胞の10%がB2Mにおける標的となった。両方のB2Mアレル(B2M-/-)に欠失を有する代表的なクローンのサザンブロット分析が、図1のBに示されている(HyTK/TKN)。分析された標的クローンのいずれも、ランダムな要素(random integrant)を含んでいなかった。ターゲッティングベクタープラスミドpA2-B2METKMpAおよびpA2-B2MEHuTKpAの配列をそれぞれ、配列番号21および配列番号22に示す。
【0084】
次いで、Creリコンビナーゼを用いて、B2M遺伝子座から、loxPで挟まれた(floxed)TKNeoおよびHyTK導入遺伝子を除去した。Creは、非組み込み泡沫状ウイルスベクターによって一過性に送達され、この非組み込み泡沫状ウイルスベクターは、ヒトESCを効率的に感染させる既に説明されたレトロウイルスベクターの一種である。デイル(Deyle)ら著、ジャーナル・オブ・バイオロジー(J.Virol)、2010年、第84巻、p.9341~9、およびガーワン(Gharwan)ら著、モレキュラー・セラピー(Mol Ther)、2007年、第15巻、p.1827~1833を参照されたい。TKNeoおよびHyTK導入遺伝子が欠失した4つのクローンを、チミジンキナーゼ(TK)を発現する細胞を死滅させるガンシクロビル部分によって選択した。サザンブロット分析によって示された結果は、導入遺伝子を含まない二重ノックアウトを実証した(図1のB)。
【0085】
これらのクローンの2つに対して核型をチェックして正常であることが分かり(データ不図示)、免疫不全マウスに対して行った奇形腫アッセイにより、これらの細胞が、3血球系発生能を有することが示された(図2)。B2Mに対する抗体(サンタルーズ・バイオテクノロジー社(SantaCruz Biotechnology)の抗B2M-01-PE)およびpan-HLAクラスI抗原((シグマ・アルドリッチ(Sigma-Aldrich)のW6/32)を用いたフローサイトメトリーにより、これらの細胞が、その表面上にHLAクラスIタンパク質を発現しないことが確認された(図1のC)。
【0086】
実施例2 B2Mノックアウト細胞における1本鎖融合HLAクラスIタンパク質の発現
マウスにおいて、HLAクラスI陰性細胞は、ナチュラルキラー(NK)細胞による「ミッシングセルフ(missing self)」機構を通じて破壊され得る。ビックス(Bix)ら著、ネイチャー(Nature)、1991年、第349巻、p.329~331。ヒトNK細胞は異なる受容体を有するが、NK細胞傷害の類似した抑制は、HLA-C、E、およびGとNK細胞受容体との相互作用によって仲介される。「ミッシングセルフ」現象は、クラスI欠損造血細胞に関して詳しく説明されている。多くの型のB2M-/-器官がB2M+/+宿主で生き残ることを示す既報告のマウス移植データは、移植する細胞が固形臓器を形成する際に「ミッシングセルフ」現象がそれほど重要ではない可能性を示唆している。しかしながら、「ミッシングセルフ」現象が一部の状況でドナー細胞の生存に有意に影響を与え得ることを考慮し、NK細胞傷害を抑制する特定のHLAクラスI遺伝子を1本鎖融合タンパク質としてB2M-/-細胞に導入した。
【0087】
B2M-/-背景において特定のHLAクラスI遺伝子を発現させる戦略が図3に示されている。B2M鎖が特定のHLAクラスI重鎖に融合され、これにより、たとえB2M-/-細胞であってもこのクラスI鎖の表面発現が可能となった。組み込み泡沫状ウイルスベクターを用いて、これらの1本鎖融合タンパク質を発現させた。泡沫状ウイルスベクターは、ヒト多能性幹細胞に十分に感染することができる大きなパッケージング能力を有するレトロウイルスベクター型である(ガーワン(Gharwan)ら著、上記)。このような代表的な1本鎖融合HLAクラスIタンパク質泡沫状ウイルス構築物の1つが図3のAに示されている。ΔΦ-EGP-PHLA-SC泡沫状ベクターは、EF1αプロモータによって駆動されるGFP-Puro融合タンパク質遺伝子と、HLA1本鎖融合(HLA-SC)構築物を駆動する遍在的に発現されるPGKプロモータを有する別個の発現カセットとを含んでおり(図3のA)、GFP-Puro融合タンパク質遺伝子は、形質導入細胞でのピューロマイシン選択およびGFP発現を可能にする。このベクターの設計は、両方の導入遺伝子の構成的発現をもたらしたが、多くの他のベクターの設計および内部プロモータも使用することができる。例えば、GFP-Pur遺伝子を、pGKプロモータによって駆動させることができ、EF1αプロモータが、SC HLA遺伝子の発現を制御する。
【0088】
図3のBに示されているように、HLA-bGBE三量体1本鎖融合構築物は、HLA-Eペプチド結合クレフトに共有結合したHLA-Gペプチド(配列番号23)を含み、一方、HLA-gBE二量体構築物は、切断されているがなおHLA-E分子に非共有結合したHLA-Gシグナルペプチドを含んでいた。クルー(Crew)ら著、モレキュラー・イムノロジー(Mol Immunol)、2005年、第42巻、p.1205~1214を参照されたい。B2M-/-細胞に、これらのベクターを用いて形質導入した。ピューロマイシン耐性クローンを選択し、HLA-E表面発現を、これらの構築物を発現する多能性細胞におけるフローサイトメトリーによって分析した(図3のC)。
【0089】
さらに、特定の古典的HLAクラスIアレル1本鎖融合タンパク質を作製して、B2M-/-H1 ESCで発現させて、レシピエントとの適合性が向上するように「準万能」ドナー細胞を作製した。例えば、米国では、HLA-A0201アレルは、白人の48%、ヒスパニック系の46%、アフリカ系米国人の24%に存在し、これらの全てが、HLA-A0201+幹細胞を許容するはずである。www.allelfrequencies.netおよびストークス(Storkus)ら著、米国科学アカデミー紀要(PNAS USA)、1989年、第86巻、p.2361~2364を参照されたい。HLA-bBA0201二量体1本鎖融合構築物を、泡沫状ウイルスベクターによってB2M-/-H1 ESCに導入し(図3のB)、1本鎖融合タンパク質の発現をフローサイトメトリーによって分析した(図3のD)。
【0090】
前述の開示が本発明のある特定の実施形態を強調していること、ならびにこれらの実施形態と等価な全ての変更および代替が添付の特許請求の範囲に示される本発明の概念および範囲内であることを理解されたい。
(付記)
好ましい実施形態として、上記実施形態から把握できる技術的思想について、記載する。
[項目1]
β2ミクログロブリン(B2M)遺伝子のすべてのコピーに遺伝子組換え改変を含む単離細胞であって、前記細胞がヒト細胞であり、
該細胞は、1本鎖融合ヒト白血球抗原(HLA)クラスIタンパク質をコードすることができるポリヌクレオチドを含む1つ以上の組換え免疫調節遺伝子をさらに含み、
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、直接またはリンカー配列を介して少なくとも1つのHLAクラス-Iα鎖に共有結合した外来性B2Mタンパク質を含み、
前記HLAクラス-Iα鎖はHLAクラス-I鎖タンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まず、前記外来性B2Mタンパク質はB2Mタンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まず、
前記細胞は正常核型を有し且つ非形質転換細胞である、単離細胞。
[項目2]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、HLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-E、HLA-F、およびHLA-Gからなる群から選択されるHLAクラスIα鎖に共有結合した前記B2Mタンパク質を含み、前記選択されるHLAクラスIα鎖は、当該HLAクラス-I鎖タンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まない、項目1に記載の細胞。
[項目3]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、前記B2Mタンパク質、ならびに、HLA-E、HLA-G、およびHLA-Aからなる群から選択されるHLAクラスIα鎖を含み、前記選択されるHLAクラスIα鎖は、当該HLAクラス-I鎖タンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まない、項目1に記載の細胞。
[項目4]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、前記B2Mタンパク質、および、HLA-Aタンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まないHLA-Aを含む、項目1~3のいずれか1項に記載の細胞。
[項目5]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、前記B2Mタンパク質、および、HLA-A0201タンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まないHLA-A0201を含む、項目1~4のいずれか1項に記載の細胞。
[項目6]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、前記B2Mタンパク質、および、HLA-Eタンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まないHLA-Eを含む、項目1~3のいずれか1項に記載の細胞。
[項目7]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、前記B2Mタンパク質、および、HLA-Gタンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まないHLA-Gを含む、項目1~3のいずれか1項に記載の細胞。
[項目8]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、前記B2Mタンパク質および、HLA-Bタンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まないHLA-Bを含む、項目1または2に記載の細胞。
[項目9]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、前記B2Mタンパク質および、HLA-Cタンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まないHLA-Cを含む、項目1または2に記載の細胞。
[項目10]
前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質が、前記B2Mタンパク質および、HLA-Fタンパク質のシグナル配列を含むかまたは含まないHLA-Fを含む、項目1または2に記載の細胞。
[項目11]
前記細胞が、前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質によって前記細胞の表面に提示される標的ペプチド抗原をさらに発現する、項目1~10のいずれか1項に記載の細胞。
[項目12]
前記標的ペプチド抗原が、前記1本鎖融合HLAクラスIタンパク質に共有結合している、項目11に記載の細胞。
[項目13]
前記細胞が、自殺遺伝子産物をコードすることができる1つ以上の組換え遺伝子をさらに含む、項目1~12のいずれか1項に記載の細胞。
[項目14]
前記自殺遺伝子産物が、チミジンキナーゼおよびアポトーシスシグナル伝達タンパク質からなる群から選択されるタンパク質を含む、項目13に記載の細胞。
[項目15]
前記細胞が幹細胞である、項目1~14のいずれか1項に記載の細胞。
[項目16]
前記幹細胞が、造血幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、肝幹細胞、神経幹細胞、膵幹細胞、および間葉幹細胞からなる群から選択される、項目15に記載の細胞。
[項目17]
前記幹細胞が多能性幹細胞である、項目15または16に記載の細胞。
[項目18]
前記幹細胞が分化している、項目15~17のいずれか1項に記載の細胞。
[項目19]
前記分化細胞が、樹状細胞、膵島細胞、肝細胞、筋細胞、ケラチノサイト、神経細胞、造血細胞、リンパ球、赤血球、血小板、骨格筋細胞、眼細胞、間葉細胞、線維芽細胞、肺細胞、消化管細胞、血管細胞、内分泌細胞、脂肪細胞、および心筋細胞からなる群から選択される、項目18に記載の細胞。
[項目20]
項目11または12に記載の細胞を含むワクチンであって、前記標的ペプチド抗原に特異的な免疫応答を霊長類で誘発することができる、ワクチン。
[項目21]
前記霊長類がヒトである、項目20に記載のワクチン。
[項目22]
項目1~19のいずれか1項に記載の細胞を含むキット。
[項目23]
移植片をさらに含み、前記移植片が、項目1~19のいずれか1項に記載の細胞を含む、項目22に記載のキット。
[項目24]
免疫アジュバントをさらに含む、項目20に記載のワクチンを含むキット。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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