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特許7260761抵抗スポット溶接継手の製造方法及び抵抗スポット溶接継手
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-11
(45)【発行日】2023-04-19
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接継手の製造方法及び抵抗スポット溶接継手
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/11 20060101AFI20230412BHJP
【FI】
B23K11/11 540
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019053309
(22)【出願日】2019-03-20
(65)【公開番号】P2020151756
(43)【公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-11-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1:〔講演概要〕 ・一般社団法人溶接学会 平成30年度 春季全国大会 溶接学会全国大会講演概要 第102集(2018-4) 2:〔講演会〕 ・一般社団法人溶接学会 平成30年度 春季全国大会 溶接学会全国大会講演会 講演スライド資料
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 康信
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-173666(JP,A)
【文献】特開昭61-216871(JP,A)
【文献】特開平04-210878(JP,A)
【文献】特開平09-099376(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0197135(US,A1)
【文献】国際公開第2017/064817(WO,A1)
【文献】古迫 誠司、宮崎 康信,インサート材を用いた高強度鋼鈑スポット溶接継手強度の向上,溶接学会全国大会公演概要,日本,溶接学会,2017年,第100 集,30-31,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwstaikai/2017s/0/2017s_30 /_pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1枚が780MPa以上の引張強度を有する複数の鋼板を重ね合わせた抵抗スポット溶接継手の製造方法において、
複数の前記鋼板を、それらの間に、鋼からなるインサート板を挿入して重ね合わせ、該インサート板を介して前記複数の鋼板の相互間を抵抗スポット溶接するにあたり、
前記インサート板として、その板厚tiが前記鋼板の板厚thとの関係で、
1.0>ti/th>0.20
の範囲内にあり、かつ板面のサイズが、抵抗スポット溶接により形成されるナゲットの径dnの1.1倍以上であり、板面の面積が、
Sn=π×(dn/2)
によって求められるナゲットの面積Snの100倍以下である板材を用いることを特徴とする抵抗スポット溶接継手の製造方法。
ここで、インサート板を挟んだ前記複数の鋼板の板厚が互いに異なる場合は、薄い側の鋼板の板厚をthとする。
【請求項2】
少なくとも1枚が780MPa以上の引張強度を有する複数の鋼板を重ね合わせたスポット溶接継手において、
複数の前記鋼板の間に、鋼を用いたインサート板が介在されていて、スポット溶接によるナゲットが前記鋼板と前記インサート板とを跨って形成されており、
前記インサート板は、その板厚tiが前記鋼板の板厚thとの関係で、
1.0>ti/th>0.20
の範囲内にあり、かつ板面のサイズが、前記ナゲット径dnの1.1倍以上であり、板面の面積が、
Sn=π×(dn/2)
によって求められるナゲットの面積Snの100倍以下の板材であることを特徴とする抵抗スポット溶接継手。
ここで、インサート板を挟んだ前記複数の鋼板の板厚が互いに異なる場合は、薄い側の鋼板の板厚をthとする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の抵抗スポット溶接継手の製造方法及び抵抗スポット溶接継手に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体の組み立てにあたっては、鋼板同士を重ね合わせて抵抗スポット溶接により接合する工程が多用されている。一方、車体の軽量化、高強度化のために、骨格部品などの鋼板としては、高強度鋼板を使用することが望まれる。しかしながら、高強度鋼板を抵抗スポット溶接した場合、充分な継手強度(溶接部強度)が得られないことがある。特にスポット溶接継手の剥離方向の引張強さ、例えば十字引張強さ(Cross Tension Strength;以下、“CTS”と記す)で代表される剥離強度については、鋼板の強度が高くなると低下する傾向を示す。そのため、車体への高強度鋼板の適用や車体軽量化が阻害される場合がある。
【0003】
スポット溶接継手の剥離強度を向上させるための対策としては、ナゲット径の拡大や後通電などの対策が有効とされているが、ナゲット径の拡大は、散りの抑制が困難であったり、溶接フランジ幅を大きくせざるを得なくなる場合があり、また後通電はトータルの通電時間を長くして生産性を低下させる問題があり、そのためこれらの対策を適用することが困難となることがある。
そこでこれらの観点から、ナゲット径の拡大や後通電を適用せずに、高強度鋼板の抵抗スポット溶接において剥離強度を向上させる方法の開発が強く望まれている。
【0004】
ところで特許文献1には、ナゲット割れ感受性が低く、ナゲット内破断が発生しにくい重ね抵抗溶接方法及び重ね溶接継手を提供することを課題とし、2枚の高強度鋼板(被接合材)を重ね合わせてスポット溶接する重ね抵抗溶接方法において、2枚の高強度鋼板の間に、薄い鉄インサート材を装入して、その状態でスポット溶接する方法が提案されている。
【0005】
すなわち、特許文献1においては、被接合材を重ね合わせてスポット溶接する重ね抵抗溶接方法において、前記被接合材は、引張り強さが340MPa以上で、板厚が0.5~10mmの高強度鋼板(冷延鋼板又は熱延鋼板)であり、前記被接合材間に、質量%で、C:0.1%以下、Si:1.4%以下、Mn:2.0%以下、P:0.15%以下、S:0.03%以下、Al:0.1%以下に規制した組成を有し、板厚t1が薄い方の高強度鋼板の板厚tminの1/50以上かつ1/5未満である鉄インサート材を、高強度鋼板の間に配置して溶接する重ね抵抗溶接方法が提案されている。
【0006】
また本発明者等は、非特許文献1で報告しているように、高強度鋼板として引張強さが1470MPa級のホットスタンプ鋼(HS鋼)を用い、板厚が1.6mmの2枚のHS鋼板の間に、同じく板厚が1.6mmの鋼板からなるインサート材を挟んで、抵抗スポット溶接を行い、溶接継手のせん断強度として引張せん断強さ(Tensile Shear Strength;以下、“TSS”と記す)と、剥離強度として前述のCTS及びL字引張強さ(L-type Tension Strength;以下、“LTS”と記す)を調査する実験を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2008-173666号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】古迫誠司、宮崎康信「インサート材を用いた高強度鋼板スポット溶接継手強度の向上」一般社団法人 溶接学会 平成29年度溶接春季全国大会 講演概要(2017年4月21日発表)
【文献】古迫誠司ら「自動車ボディの接合技術における最近の課題とその対策技術-前編」新日鐵技報第393号(2012)、p.69-75
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の技術では、インサート材として、板厚t1が薄い方の高強度鋼板の板厚tminの1/50以上かつ1/5未満である鉄インサート材、すなわち溶接対象の高強度鋼板よりも格段に薄い箔状のインサート材を用いることとしている。しかしながら本発明者等の実験によれば、このような箔状の薄いインサート材を用いた場合、剥離強度を十分に向上させ得ないことが判明している。また特許文献1の場合、実施例では780MPaの高強度鋼板を溶接対象としているが、より高強度の鋼板の場合に、どのような効果が得られるかは確認されていない。
【0010】
一方、非特許文献1では、高強度鋼板として引張強さが1470MPa級のホットスタンプ鋼(HS鋼)を用いた場合について、溶接対象のHS鋼板の間に、同じ板厚のインサート材を挟んで、抵抗スポット溶接実験を行っており、この場合、インサート材を挿入しない場合と比較すれば、溶接継手の剥離強度(CTS及びLTS)が向上する結果が得られると報告されている。しかしながら、未だ十分な程度まで剥離強度が向上しているとは言えず、自動車の車体などに高強度鋼板を使用する上において、充分な溶接強度が確実に得られるかは明確でない。また非特許文献1の報告では、インサート材を用いない場合と比較して、剥離強度は若干向上するものの、スポット溶接部のせん断強度、すなわち引張せん断強さ(TSS)が大幅に低下してしまう傾向を示すことが確認されている。
【0011】
本発明は以上の事情を背景としてなされたもので、複数の鋼板のうちの少なくとも1枚が780MPa以上の引張強度を有する複数の鋼板を重ね合わせて抵抗スポット溶接するにあたり、溶接継手部の強度として、せん断強度を大幅に低下させることなく、充分に高い剥離強度を示し得るスポット溶接継手の製造方法を提供し、同時に、少なくとも1枚が780MPa以上の引張強度を有する複数の鋼板についての抵抗スポット溶接継手として、高い剥離強度とせん断強度とを併せ持つ溶接継手を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、非特許文献1の報告を踏まえ、780MPa以上の引張強度を有する鋼板についての抵抗スポット溶接において、せん断強度を大幅に低下させることなく、より十分に剥離強度を向上させるための方策を検討した。その結果、インサート材の厚みの、溶接対象の鋼板の厚みに対する比(板厚比)を適切に調整することによって、せん断強度の大幅な低下を招くことなく、高い剥離強度が得られることを新たに知見し、本発明をなすに至った。
【0013】
以下に本発明の具体的な態様について示す。
【0014】
本発明の基本的な態様(第1の態様)の抵抗スポット溶接方法は、
少なくとも1枚が780MPa以上の引張強度を有する複数の鋼板を重ね合わせた抵抗スポット溶接継手の製造方法において、
複数の前記鋼板を、それらの間に、鋼からなるインサート板を挿入して重ね合わせ、該インサート板を介して前記複数の鋼板の相互間を抵抗スポット溶接するにあたり、
前記インサート板として、その板厚tiが前記鋼板の板厚thとの関係で、
1.0>ti/th>0.20
の範囲内にあり、かつ板面のサイズが、抵抗スポット溶接により形成されるナゲットの径dnの1.1倍以上であり、板面の面積が、
Sn=π×(dn/2)
によって求められるナゲットの面積Snの100倍以下である板材を用いることを特徴とする。
ここで、インサート板を挟んだ前記複数の鋼板の板厚が互いに異なる場合は、薄い側の鋼板の板厚をthとする。
【0015】
また本発明の第2の態様の抵抗スポット溶接継手は、
少なくとも1枚が780MPa以上の引張強度を有する複数の鋼板を重ね合わせたスポット溶接継手において、
複数の前記鋼板の間に、鋼を用いたインサート板が介在されていて、スポット溶接によるナゲットが前記鋼板と前記インサート板とを跨って形成されており、
前記インサート板は、その板厚tiが前記鋼板の板厚thとの関係で、
1.0>ti/th>0.20
の範囲内にあり、かつ板面のサイズが、前記ナゲット径dnの1.1倍以上であり、板面の面積が、
Sn=π×(dn/2)
によって求められるナゲットの面積Snの100倍以下の板材であることを特徴とする。
ここで、インサート板を挟んだ前記複数の鋼板の板厚が互いに異なる場合は、薄い側の鋼板の板厚をthとする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、少なくとも1枚が780MPa以上の引張強度を有する鋼板を重ね合わせて抵抗スポット溶接するにあたり、溶接継手部のせん断強度を大幅に低下させることなく、高い剥離強度を得ることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態の抵抗スポット溶接方法における、スポット溶接直前の段階での略解的な縦断面図である。
図2図1のII-II線における断面図である。
図3】本発明の一実施形態の抵抗スポット溶接方法における、スポット溶接後の段階での略解的な縦断面図である。
図4図3のIV-IV線における断面図である。
図5】インサート板を用いなかった場合の溶接継手のナゲット端の応力集中状況を説明するための模式図である。
図6】適切な板厚のインサート板を用いた場合の溶接継手のナゲット端の応力集中状況を説明するための模式図である。
図7】本発明者等の実験における、インサート板を用いなかった場合のLTS試験片の形状・寸法を示す略解図である。
図8】本発明者等の実験における、インサート板を用いた場合のLTS試験片の形状・寸法を示す略解図である。
図9】本発明者等の実験による、TSS試験片についてのインサート板の板厚と最大荷重との関係を示すグラフである。
図10】本発明者等の実験による、CTS試験片についてのインサート板の板厚と最大荷重との関係を示すグラフである。
図11】本発明者等の実験による、LTS試験片についてのインサート板の板厚と最大荷重との関係を示すグラフである。
図12】本発明が適用されるスポット溶接継手の別の実施形態を示す略解図である。
図13】本発明が適用されるスポット溶接継手のさらに別の実施形態を示す略解図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0019】
図1図4に、本発明の抵抗スポット溶接方法の一実施形態を、模式的に示す。
【0020】
図1図2にはスポット溶接直前の状況を示し、図3図4にはスポット溶接を行った後の状況を示す。なお本実施形態では、例えば幅方向の端縁部がL字状に曲げられてフランジ部2A、2Bが形成されている2枚の鋼板1A、1Bについて、そのフランジ部2A、2Bの板面同士を重ね合わせ、そのフランジ部2A、2Bを溶接対象部位として抵抗スポット溶接する例を示している。言い換えればL字継手を形成する例として示している。
【0021】
抵抗スポット溶接の実施に当たっては、図1図2に示すように、少なくとも1枚が引張強度780MPa以上の2枚の鋼板1A、1Bの溶接対象部位(フランジ部2A、2B)を、その間に鋼板からなる所定の厚みのインサート板3を介挿した状態で重ね合わせる。そしてインサート板3を介挿した位置において抵抗スポット溶接を行い、図3図4に示しているように、インサート板3の外縁よりも内側に相当する部位にナゲット5を形成する。なお本実施形態では、インサート板3の板面形状(厚みに対して直交する方向の面の形状)は、一例として正方形としている。
【0022】
ここで、溶接対象の鋼板1A、1Bとしては、少なくとも1枚は、引張強度が780MPa以上、好ましくは980MPa以上、より好ましくは1180MPa以上の鋼板を用2いる。なお2枚の鋼板1A、1Bが、いずれも引張強度780MPa以上であってもよい。
ここで、インサート板3としては、その板厚tiが、溶接対象の鋼板1A、1Bの板厚thとの関係で、
1.0>ti/th>0.20
の範囲内にある鋼板を用いる。なお、本実施形態では、溶接対象の2枚の鋼板1A、1Bの板厚thが相等しいこととしているが、場合によっては溶接対象の2枚の鋼板の板厚が異なることがあり、その場合には、薄い方の鋼板の板厚をthとして、上記の関係が満たされればよい。
【0023】
さらにインサート板3は、その板面のサイズ(例えばフランジ部2A、2Bの幅方向における寸法W、及びフランジ部2A、2Bの長手方向における寸法L)を、形成されるナゲット5の直径dnの1.1倍以上とし、かつ板面の面積Siを、
Sn=π×(dn/2)
によって求められるナゲットの面積Snの100倍以下とする。ここで、上記のナゲットの面積Snとは、インサート板3の板面と平行な面でのナゲット5の形状を真円とみなして、ナゲット径dnから上記の式によって算出される値である。
【0024】
以上のような、鋼板1A、1Bの強度条件、インサート板の板厚条件、インサート板の板面のサイズおよび面積の条件についての詳細及びそれらの限定理由については、項を改めて説明する。
【0025】
<溶接対象の鋼板の強度>
例えば非特許文献2の図1に示しているように、スポット溶接継手のせん断強度の指標である引張せん断強さ(TSS)は、溶接対象の2枚の鋼板の引張強度が高くなればそれに伴って上昇する傾向を示す。これに対して剥離強度の一つの指標である十字引張強さ(CTS)は、溶接対象の2枚の鋼板の引張強度が780MPa未満では、鋼板の引張強度が高くなるに伴って若干上昇する傾向を示すものの、2枚の鋼板の引張強度が、780MPa以上となれば、2枚の鋼板の引張強度が高くなるに伴って低下する傾向を示す。そのほか、剥離強度の別の指標であるL字引張強さ(LTS) についても、非特許文献2の図1には示されていないが、2枚の鋼板の引張強度が780MPa以上となれば、2枚の鋼板の引張強度が高くなるに伴って低下する傾向を示すことが確認されている。
【0026】
上記のところから明らかなように、溶接対象の2枚の鋼板の引張強度が、2枚とも780MPa未満では、剥離強度の低下は認められないか、又はわずかであるため、剥離強度の低下に対する方策を講じる必要性は少ない。そこで本発明では、少なくとも1枚の引張強度が780MPa以上の鋼板を対象としている。なお溶接対象の鋼板の少なくとも1枚の引張強度が980MPa以上では、さらに剥離強度が大きく低下するから、溶接対象の鋼板の少なくとも1枚の引張強度は好ましくは980MPa以上とし、より好ましくは1180MPa以上とする。
【0027】
<インサート板の挿入による作用>
鋼板のスポット溶接継手の剥離強度が低い主な原因として、剥離方向の引張が溶接継手に作用した場合、ナゲット(溶接金属)端部に大きな応力集中が生じることが考えられる。ここで、インサート板3を介挿せずに2枚の鋼板1A、1Bを重ね合わせてスポット溶接した場合の、ナゲット5の端部付近の断面状況を図5に模式的に示す。またある程度の板厚を有するインサート板3を介挿して2枚の鋼板1A、1Bを重ね合わせ、スポット溶接した場合の、ナゲット5の端部付近の断面状況を図6に模式的に示す。
【0028】
インサート板3を介挿しない図5の場合、引張荷重が作用すれば、ナゲット5の端部5aからそれに隣接する2枚の鋼板1A、1Bの熱影響部(HAZ)に至る領域(図5の鎖線囲い部分P)に大きな応力が集中する。一方、ある程度以上の厚みのインサート板3を介挿した図6の場合、引張荷重が作用すれば、ナゲット5の2か所の端部5b,5cからそれに隣接する2枚の鋼板1A、1Bの熱影響部(HAZ)に至る領域(図6の鎖線囲い部分Q、R)のそれぞれに応力が集中するが、2か所に応力集中箇所が分散するため、インサート板3を介挿しない図5の場合よりも、各個所における集中応力が格段に小さくなる。その結果、ある程度以上の厚みのインサート板を介挿してスポット溶接することにより、高い剥離強度を確保することが可能となると考えられる。
【0029】
<インサート板の板厚>
インサート板の板厚tiは、溶接対象の鋼板の板厚thとの関係で、
1.0>ti/th>0.20
を満たす範囲内とする。なお溶接対象の2枚の鋼板の板厚が異なる場合には、薄い方の鋼板の板厚をthとして、上記の関係が満たされればよい。
ここで、上記の板厚比ti/thが0.20以下では、ナゲット端での応力集中を分散させる作用が十分に得られず、剥離強度の低下を防止することが困難となる。一方、上記の板厚比ti/thが1.0以上となれば、スポット溶接継手におけるせん断強度(引張せん断強さ:TSS)が低下してしまう。そこで板厚比ti/thを上記のように定めた。
なお板厚比ti/thは、上記の範囲内でも、特に0.3~0.8の範囲内が好ましい。
上記のような板厚比ti/thと剥離強度およびせん断強度との関係は、本発明者等の実験により見出されたことであり、次にその実験の概要について説明する。
【0030】
<インサート板の板厚に関する実験>
溶接対象の鋼板として、板厚が1.6mmの1470MPa級ホットスタンプ鋼(以下、HS鋼と記す)を用い、インサート板として板厚が0.2~1.6mmの270MPa級の炭素鋼(以下、270鋼と記す)を用いて、次のような実験を行なった。
すなわち、インサート板無しで2枚のHS鋼を重ね合わせる態様と、2枚のHS鋼の間にインサート板として種々の板厚の270鋼を挟んで重ね合わせた態様との2態様について、スポット溶接して3種の継手引張試験片を作成した。
【0031】
ここで、継手引張試験片としては、JIS Z 3136(2013年確認、2014年版)に準拠した引張せん断試験片(TSS試験片)、JIS Z 3137(2013年確認、2014年版)に準拠した十字引張試験片(CTS試験片)、及びL字引張試験片(LTS試験片)の3種とし、それぞれ引張試験を実施した。なおLTS試験片については規格はないが、図7図8に示す形状、寸法とした。
インサート板無しで2枚のHS鋼を重ね合わせた試験片(すなわちインサート板の板厚がゼロの試験片)と、種々の板厚のインサート材を介挿させた試験片についての、各引張試験による最大引張荷重とインサート材の板厚との関係を図9図11に示す。図9はTSS試験片についての結果を示し、図10はCTS試験片についての結果を示し、図11はLTS試験片についての結果を示す。
【0032】
図9から、TSS試験片では、インサート板を介挿した場合には、インサート板を介挿しない場合(インサート板の板厚がゼロの場合)よりも最大荷重が若干低下する傾向、すなわちせん断強度としてのTSSが低下する傾向が認められた。
一方、CTS試験片及びLTS試験片では、インサート板を介挿した場合には、インサート板を介挿しない場合(インサート板の板厚がゼロの場合)よりも最大荷重が上昇する傾向が認められ、特にLTS試験片では、インサート材の板厚が0.32mmを越えれば(したがって前記板厚比ti/thが0.20を越えれば)安定して大きな最大荷重となること、すなわち安定して高い剥離強度が得られることが認められた。
そしてこれらの結果から、インサート板を介挿させることによる剥離強度向上の有効性、特に前記板厚比ti/thが0.20を越えることによる剥離強度向上の有効性を新規に認識することができたのである。
なおTSS試験片について、インサート板の板厚が1.6mmを越える場合(すなわち前記板厚比ti/thが1.0を越える場合)については、上記の実験では示されていないが、別の実験により、さらにTSSが低下してしまうことが確認されている。
【0033】
<インサート板の形状>
インサート板の形状(厚みに対して直交する方向に沿った板面の形状)は、正方形もしくは長方形、あるいは円形もしくは長円形又は楕円形であってもよく、要はスポット溶接対象の部位の形状等に応じて、最適な形状を選択すればよい。
【0034】
<インサート板の板面のサイズおよび板面の面積>
インサート板の板面のサイズは、スポット溶接によって形成されるべき目標のナゲット径dnの1.1倍以上とする。
ここで、インサート板の板面のサイズとは、インサート板の板面形状が正方形もしくは長方形である場合は、各辺の長さを意味する。したがってこの場合は、インサート板の各辺の最小長さがナゲット径dnの1.1倍以上であればよい。また、インサート板の板面形状が円形、長円形、もしくは楕円形の場合、インサート板のサイズとは、その径(中心を通るすべての方向についての径)を意味する。すなわちこの場合は、インサート板の最小径がナゲット径dnの1.1倍以上であればよい。なお、好ましくは、インサート板の板面のサイズはナゲット径の1.5倍以上とする。
【0035】
インサート板の板面のサイズがナゲット径dnの1.1倍未満では、抵抗スポット溶接時の加圧力によって溶融金属がインサート板の外縁からはみ出てしまう現象、すなわち散りが発生してしまい、ナゲット径が目標値を下回る恐れがある。
一方、インサート板の面積Siがナゲットの面積Sn、すなわち
Sn=π×(dn/2)
によって求められるSnの値の100倍を超える場合、自動車の車体などの軽量化を阻害することが懸念される。なお、好ましくは、インサート板の面積Siは、ナゲットの面積Snの80倍以下とする。
【0036】
ここで、本発明においてインサート板を用いるのは、あくまでスポット溶接部位の剥離強度の向上にあり、インサート板を介在させることによって、剥離方向に負荷が加わった場合におけるナゲット端での応力集中を小さくすることによって剥離強度を高めるためである。したがって本発明の場合、ナゲットを含みかつナゲットの外側を取り囲む領域のみに、局所的にインサート材が存在していればよいのである。
【0037】
なおまた、ナゲット径は溶接条件によって変化するが、一般に溶接対象の鋼板の板厚thとの関係で、
3√th≦dn≦5√th
を満たすナゲット径dnが得られるように、溶接条件を選定するのが一般的である。したがって、インサート板の板面のサイズも、溶接条件と溶接対象の鋼板の板厚thによって定まる目標とするナゲット径dnに応じて設定すればよい。
【0038】
ここで、ナゲット径dnは、ナゲットの直径であって、スポット溶接後、継手表面に現れるインデンテーション(くぼみ)の中心を通るように、板面に対し、垂直に切断し、切断面を研磨し、化学エッチング(例えば、ピクリン酸アルコール溶液に浸漬)して、ナゲットを現出させ、光学顕微鏡でナゲットの板面に平行な長さ(ナゲット径)を測定することで得られる。散りが発生するような条件でのスポット溶接は、溶接条件が不適切であることを意味するが、この場合は、チリの部分を含めた最大径をナゲット径とする。
【0039】
本発明のスポット溶接継手の製造方法を実施するにあたっては、例えば予備実験として、予め鋼板とインサート板を重ねてスポット溶接を行い、上記の方法で、ナゲット径dnを測定しておく。そして実際にスポット溶接継手を製造するにあたっては、板面のサイズがdnの1.1倍以上で、かつ板面の面積がナゲット面積Sn=π×(dn/2)の100倍以下のインサート板を用い、前記予備実験と同じ条件で、スポット溶接継手を製造すればよい。ここで、条件とは、通電電流、通電時間、加圧力など、ナゲット径を決める条件のことである。
【0040】
<インサート板の材質>
インサート材としては、溶接対象の鋼板と同程度の強度を有する鋼板、あるいはそれより低強度の鋼板など、適宜の鋼板を用いることができる。但し、インサート材の鋼板としては、炭素量(C量)が質量%で0.1%を越える鋼を用いることが望ましい。これは、インサート板のC量が0.1%以下では、溶接継手のせん断強度(TSS)が低くなってしまうことが懸念されるからである。
【0041】
<溶接継手の形態>
図1図4に示した例では、幅方向の端縁部がL字状に曲げられてフランジ部2A、2Bが形成されている2枚の鋼板1A、1Bについて、間にインサート板3を挟んでフランジ部2A、2Bの板面同士を重ね合わせ、そのフランジ部2A、2Bを溶接対象部位として抵抗スポット溶接する例を示しているが、本発明で対象とする溶接継手は、このような形態に限定されるものではない。例えば図12に示すように、折り曲げたフランジ部がない鋼板1A、1Bの端部の板面同士を、間にインサート板3を挟んで重ね合わせ、抵抗スポット溶接した継手部でもよい。あるいは、図13に示すように、折り曲げたフランジ部がない鋼板1A、1Bをクロスさせて、間にインサート板3を挟んで重ね合わせ、その重ね合わせ部位に抵抗スポット溶接を施した継手部でもよい。
【0042】
また溶接対象となる鋼板は、2枚重ねに限らず、3枚以上の複数数重ねとしてもよい。この場合、すべての鋼板同士の間にインサート材を挟んでも、あるいは一部の(例えば2枚の)鋼板同士の間にのみインサート板を挟んでもよい。この場合、いずれの鋼板間にインサート板を挟むかは、どの鋼板同士に大きな剥離強度が望まれるかなどによって選定すればよい。
【0043】
<スポット溶接条件>
抵抗スポット溶接にあたっては、インサート板の中心が、スポット溶接打点に一致するように重ね合わせた部材を配置して、ナゲットがインサート板を中心として両側の鋼板に跨って形成されるようにする。この際の溶接条件は、通常の3枚組の鋼板を溶接する際の条件を採用することができる。例えばナゲット径dnが、溶接対象の鋼板の板厚thとの関係で、
3√th≦dn≦5√th
を満たすナゲット径dnが得られるように、溶接条件を選定すればよい。
【実施例
【0044】
以下に、本発明の実施例について、比較例とともに説明する。
【0045】
板厚が1.6mmの鋼板(C量が0.22質量%)を溶接対象の鋼板とし、引張強度が1520MPaの種々の板厚の鋼板(C量が0.22質量%)をインサート板とし、これらを組み合わせて、抵抗スポット溶接し、図7もしくは図8に示すようなLTS試験片と、JIS Z 3136に準拠したTSS試験片を作成した。ここで、インサート板の板面の形状は正方形(したがって幅Wと長さLが同じ)とした。
【0046】
溶接対象の2枚の鋼板(上側の鋼板及び下側の鋼板)の板厚th及び引張強度を表1Aに示す。また、インサート板の板厚ti、引張強度およびC量と、インサート板のサイズ(W、L)及び面積Siと、ナゲットの径dn及び面積Snとを、LTS試験片およびTSS試験片について、同じく表1Aに示す。
また、インサート板の板厚tiと溶接対象の鋼板の板厚thとの比[ti/th]、及びインサート板の板面のサイズ(幅W、長さL)とナゲット径dnとの比[W/dn]、[L/dn]、インサート板の面積Siとナゲットの面積Snとの比[Si/Sn]を、LTS試験片およびTSS試験片について、表1Bに示す。
【0047】
さらに、LTS試験片及びTSS試験片について、それぞれ引張試験を実施した。LTS試験片についてのL字引張強さ(LTS)、及びTSS試験片についての引張せん断強さ(TSS)を評価した結果、及びスポット溶接時の散りの発生の有無を調べた結果を表2に示す。なおLTS及びTSSの評価は、インサート材を用いなかった比較例(処理番号1)のLTS及びTSSの値に対する比(強度比)で示す。ここで、LTSの強度比が1.3以上であれば高い剥離強度が得られたと判定することができ、またTSSの強度比が0.8以上であれば、せん断強度の低下が少ないと判定することができる。
【0048】
【表1A】
【0049】
【表1B】
【0050】
【表2】
【0051】
表1A、表1B、表2に示すように、本発明の条件範囲内の処理番号3~5、7では、いずれもせん断強度の低下が少なく、しかも高い剥離強度が得られ、また散りの発生もなかった。
一方、板厚比ti/thが0.18の比較例(処理番号2)では、LTSの値が十分ではなく、剥離強度の向上が不十分であった。
更に板厚比ti/thが1.00で、インサート板のサイズ(W,L)がナゲット径dnの1.1倍未満の比較例(処理番号6)では、TSSの値が低くてせん断強度の低下が大きく、また散りも発生した。
【0052】
以上、本発明の好ましい実施形態および実験例について説明したが、これらの実施形態、実験例は、あくまで本発明の要旨の範囲内の一つの例に過ぎず、本発明の要旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。すなわち本発明は、前述した説明によって限定されることはなく、添付の特許請求の範囲によってのみ限定され、その範囲内で適宜変更可能であることはもちろんである。
【符号の説明】
【0053】
1A、1B 溶接対象の高強度鋼板
2A、2B フランジ部(溶接部位)
3 インサート板
5 ナゲット
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13