(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-11
(45)【発行日】2023-04-19
(54)【発明の名称】電磁鋼板の磁気特性予測方法、磁気特性予測装置、およびコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G01R 33/12 20060101AFI20230412BHJP
G01N 27/72 20060101ALI20230412BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230412BHJP
C22C 38/06 20060101ALN20230412BHJP
H01F 1/147 20060101ALN20230412BHJP
【FI】
G01R33/12 Z
G01N27/72
C22C38/00 303U
C22C38/06
H01F1/147 175
(21)【出願番号】P 2019129413
(22)【出願日】2019-07-11
【審査請求日】2022-03-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【氏名又は名称】山本 典輝
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】村川 鉄州
(72)【発明者】
【氏名】富田 俊郎
【審査官】續山 浩二
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-304688(JP,A)
【文献】特開2012-173115(JP,A)
【文献】特開2012-173116(JP,A)
【文献】特開2013-131072(JP,A)
【文献】特開2013-064617(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 33/12
G01N 27/72
C22C 38/00
C22C 38/06
H01F 1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算工程と、
前記平均磁化ベクトルMavに基づいて前記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算工程と
を有し、
前記平均磁化計算工程は、
前記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定工程と、
前記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定工程と、
外部磁場方向の反磁界係数N
//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N
⊥を与える反磁界係数設定工程と、
平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定工程と、
下記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iを求める第1計算工程と、
前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iに基づいて下記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルM
totalを求め、前記各結晶粒の磁化ベクトルM
totalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算工程と、
前記平均磁化ベクトルMavの計算値を前記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、前記平均磁化仮定工程、前記第1計算工程および前記第2計算工程を繰り返し行う反復計算工程と
を有することを特徴とする電磁鋼板の磁気特性予測方法。
【数1】
(上記式(1)において、第一項が静磁エネルギー、第二項が磁気異方性エネルギーを表す。ここで、前記各結晶粒は、前記結晶粒の結晶方位で決まる6種の磁化容易方向のうち、前記外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルM
i(i=1,2,3)を持つ3つの磁区を有すると仮定する。また、Hdは周囲の結晶粒が各結晶粒に及ぼす反磁界ベクトルを表し、外部磁場方向の反磁界係数N
//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を用いて、下記式(3)により決まるものとする。
【数2】
ここで、上記式(3)において、()
//と()
⊥は各々、括弧内のベクトルの外部磁場方向成分のベクトルおよび外部磁場方向に垂直な方向成分のベクトルを表す。上記式(1)において、μ
0は真空中の透磁率、Hex
は外部磁場ベクトル、V
iは前記各結晶粒中の磁区の磁区体積、M
iは前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトル、K
1は結晶磁気異方性定数、α
i,1、α
i,2、α
i,3は前記自発磁化ベクトルM
iの方向余弦を表す。ただし、V
1+V
2+V
3=1である。)
【数3】
【請求項2】
前記平均磁化計算工程は、前記反磁界係数設定工程前に、前記外部磁場方向の反磁界係数N
//および前記外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N
⊥を求める反磁界係数計算工程を有することを特徴とする請求項1に記載の電磁鋼板の磁気特性予測方法。
【請求項3】
前記外部磁場方向の反磁界係数N
//および前記外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N
⊥を、N
//<N
⊥<<1とすることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の電磁鋼板の磁気特性予測方法。
【請求項4】
前記平均磁化計算工程前に、前記集合組織を測定し、前記結晶粒情報を得る集合組織測定工程を有し、前記集合組織測定工程では、後方散乱電子回折法、X線回折法または中性子回折法により、前記集合組織を測定することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかに記載の電磁鋼板の磁気特性予測方法。
【請求項5】
外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算手段と、
前記平均磁化ベクトルMavに基づいて前記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算手段と
を有し、
前記平均磁化計算手段は、
前記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定手段と、
前記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定手段と、
外部磁場方向の反磁界係数N
//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N
⊥を与える反磁界係数設定手段と、
平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定手段と、
下記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iを求める第1計算手段と、
前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iに基づいて下記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルM
totalを求め、前記各結晶粒の磁化ベクトルM
totalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算手段と、
前記平均磁化ベクトルMavの計算値を前記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、反復計算する反復計算手段と
を有することを特徴とする電磁鋼板の磁気特性予測装置。
【数4】
(上記式(1)において、第一項が静磁エネルギー、第二項が磁気異方性エネルギーを表す。ここで、前記各結晶粒は、前記結晶粒の結晶方位で決まる6種の磁化容易方向のうち、前記外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルM
i(i=1,2,3)を持つ3つの磁区を有すると仮定する。また、Hdは周囲の結晶粒が各結晶粒に及ぼす反磁界ベクトルを表し、外部磁場方向の反磁界係数N
//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N
⊥を用いて、下記式(3)により決まるものとする。
【数5】
ここで、上記式(3)において、()
//と()
⊥は各々、括弧内のベクトルの外部磁場方向成分のベクトルおよび外部磁場方向に垂直な方向成分のベクトルを表す。上記式(1)において、μ
0は真空中の透磁率、Hex
は外部磁場ベクトル、V
iは前記各結晶粒中の磁区の磁区体積、M
iは前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトル、K
1は結晶磁気異方性定数、α
i,1、α
i,2、α
i,3は前記自発磁化ベクトルM
iの方向余弦を表す。ただし、V
1+V
2+V
3=1である。)
【数6】
【請求項6】
前記集合組織を測定し、前記結晶粒情報を得る集合組織測定手段を有し、前記集合組織測定手段は、後方散乱電子回折装置、X線回折装置または中性子回折装置であることを特徴とする請求項5に記載の電磁鋼板の磁気特性予測装置。
【請求項7】
電磁鋼板の磁気特性を予測することをコンピューターに実行させるためのコンピュータプログラムであって、
外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算工程と、
前記平均磁化ベクトルMavに基づいて前記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算工程と
をコンピューターに実行させ、
前記平均磁化計算工程は、
前記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定工程と、
前記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定工程と、
外部磁場方向の反磁界係数N
//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N
⊥を与える反磁界係数設定工程と、
平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定工程と、
下記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iを求める第1計算工程と、
前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iに基づいて下記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルM
totalを求め、前記各結晶粒の磁化ベクトルM
totalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算工程と、
前記平均磁化ベクトルMavの計算値を前記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、前記平均磁化仮定工程、前記第1計算工程および前記第2計算工程を繰り返し行う反復計算工程と
を有することを特徴とするコンピュータプログラム。
【数7】
(上記式(1)において、第一項が静磁エネルギー、第二項が磁気異方性エネルギーを表す。ここで、前記各結晶粒は、前記結晶粒の結晶方位で決まる6種の磁化容易方向のうち、前記外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルM
i(i=1,2,3)を持つ3つの磁区を有すると仮定する。また、Hdは周囲の結晶粒が各結晶粒に及ぼす反磁界ベクトルを表し、外部磁場方向の反磁界係数N
//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N
⊥を用いて、下記式(3)により決まるものとする。
【数8】
ここで、上記式(3)において、()
//と()
⊥は各々、括弧内のベクトルの外部磁場方向成分のベクトルおよび外部磁場方向に垂直な方向成分のベクトルを表す。上記式(1)において、μ
0は真空中の透磁率、Hex
は外部磁場ベクトル、V
iは前記各結晶粒中の磁区の磁区体積、M
iは前記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトル、K
1は結晶磁気異方性定数、α
i,1、α
i,2、α
i,3は前記自発磁化ベクトルM
iの方向余弦を表す。ただし、V
1+V
2+V
3=1である。)
【数9】
【請求項8】
前記K
1、前記N
//、及び前記N
⊥について、
前記電磁鋼板に含まれるSiの含有割合(質量%)をSi、主方位の磁化容易方向である<100>方向と板厚方向とがなす角の最少の角をφ
Nとしたとき、
K
1=41500-1666・Si、
N
//=0.00060・cosφ
N―0.00035、及び、
N
⊥=0.00355・cosφ
N―0.00145
で求められる値(ただし、K
1について下二桁は四捨五入した値、N
//が0以下の時はN
//=0とする)を用いることを特徴とする請求項7に記載のコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁鋼板の磁気特性を集合組織から高精度に予測する磁気特性予測方法、磁気特性予測装置、およびコンピュータプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、電動機、発電機、変圧器等の磁心に用いられる電磁鋼板の磁気特性を、材料の集合組織から求める方法が検討されている。しかしながら、その予測精度は十分ではなかった。また、集合組織から磁束密度を求められるにしても、特定の磁化力域における磁束密度が予測できるのみで、その精度も低かった。したがって、広い磁化力の範囲で高い予測精度の磁束密度予測法が求められていた。
【0003】
例えば非特許文献1には、ベクトル法による三次元解析データを用いて、電磁鋼板の集合組織から、その磁気特性を計算する方法が提案されている。非特許文献1では、(1)鉄(単結晶)が磁化されるのは<100>方向のみであること、を前提とし、(2)それぞれの結晶粒は単磁区構造であること(磁化力5000A/mの外部磁界が加わると各結晶粒は単磁区化すること)、(3)それぞれの結晶粒において、外部磁界の向きとのなす角が最も近い磁化容易軸<100>に平行に磁化されていること(各磁区の自発磁化は外部磁界に最も近い「磁化容易方向」を向くこと)、(4)隣接し合う結晶粒の間の相互作用は無視できる程度に十分小さいこと、の仮定の下で、電磁鋼板の磁気特性を計算している。
【0004】
この仮定に基づいて材料の集合組織から求められる磁束密度は、電磁鋼板のB50(磁化力5000A/mにおける磁束密度)に近いことが知られている。しかしながら、この計算には外部磁界の強度は考慮されておらず、計算値が偶然B50に近いといってもよい。また、上記以外の磁化力における磁束密度を正確に計算することはできない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】立野一郎、「無方向性電磁鋼板の集合組織に基づく磁化の異方性」、鉄と鋼、1990年、第76巻、第1号、p.81-88
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、電磁鋼板の集合組織から、広い磁化力の範囲において磁気特性を高精度に予測することができる電磁鋼板の磁気特性予測方法、磁気特性予測装置、およびコンピュータプログラムを提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算工程と、上記平均磁化ベクトルMavに基づいて上記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算工程とを有し、上記平均磁化計算工程は、上記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定工程と、上記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定工程と、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を与える反磁界係数設定工程と、平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定工程と、下記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める第1計算工程と、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viに基づいて下記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求め、上記各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算工程と、上記平均磁化ベクトルMavの計算値を上記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、上記平均磁化仮定工程、上記第1計算工程および上記第2計算工程を繰り返し行う反復計算工程とを有することを特徴とする電磁鋼板の磁気特性予測方法を提供する。
【0008】
【0009】
上記式(1)において、第一項が静磁エネルギー、第二項が磁気異方性エネルギーを表す。ここで、上記各結晶粒は、上記結晶粒の結晶方位で決まる6種の磁化容易方向のうち、上記外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルMi(i=1,2,3)を持つ3つの磁区を有すると仮定する。また、Hdは周囲の結晶粒が各結晶粒に及ぼす反磁界ベクトルを表し、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を用いて、下記式(3)により決まるものとする。
【0010】
【0011】
ここで、上記式(3)において、()//と()⊥は各々、括弧内のベクトルの外部磁場方向成分のベクトルおよび外部磁場方向に垂直な方向成分のベクトルを表す。上記式(1)において、μ0は真空中の透磁率、Hexは外部磁場ベクトル、Viは上記各結晶粒中の磁区の磁区体積、Miは上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトル、K1は結晶磁気異方性定数、αi,1、αi,2、αi,3は上記自発磁化ベクトルMiの方向余弦を表す。ただし、V1+V2+V3=1である。
【0012】
【0013】
上記発明において、上記平均磁化計算工程は、上記反磁界係数設定工程前に、上記外部磁場方向の反磁界係数N//および上記外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を求める反磁界係数計算工程を有していてもよい。
【0014】
また本発明においては、上記外部磁場方向の反磁界係数N//および上記外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を、N//<N⊥<<1としてもよい。
【0015】
また本発明においては、上記平均磁化計算工程前に、上記集合組織を測定し、上記結晶粒情報を得る集合組織測定工程を有し、上記集合組織測定工程では、後方散乱電子回折法、X線回折法または中性子回折法により、上記集合組織を測定することが好ましい。
【0016】
また本発明は、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算手段と、上記平均磁化ベクトルMavに基づいて上記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算手段とを有し、上記平均磁化計算手段は、上記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定手段と、上記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定手段と、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を与える反磁界係数設定手段と、平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定手段と、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める第1計算手段と、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viに基づいて上記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求め、上記各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算手段と、上記平均磁化ベクトルMavの計算値を上記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、反復計算する反復計算手段とを有することを特徴とする電磁鋼板の磁気特性予測装置を提供する。
【0017】
また、本発明の電磁鋼板の磁気特性予測装置は、上記集合組織を測定し、上記結晶粒情報を得る集合組織測定手段を有していてもよく、上記集合組織測定手段は、後方散乱電子回折装置、X線回折装置または中性子回折装置であることが好ましい。
【0018】
また本発明は、電磁鋼板の磁気特性を予測することをコンピューターに実行させるためのコンピュータプログラムであって、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算工程と、上記平均磁化ベクトルMavに基づいて上記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算工程とをコンピューターに実行させ、上記平均磁化計算工程は、上記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定工程と、上記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定工程と、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を与える反磁界係数設定工程と、平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定工程と、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める第1計算工程と、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viに基づいて上記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求め、上記各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算工程と、上記平均磁化ベクトルMavの計算値を上記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、上記平均磁化仮定工程、上記第1計算工程および上記第2計算工程を繰り返し行う反復計算工程とを有することを特徴とするコンピュータプログラムを提供する。
【0019】
当該コンピュータプログラムにおいて、K1、N//、及びN⊥について、電磁鋼板に含まれるSiの含有割合(質量%)をSi、主方位の磁化容易方向である<100>方向と板厚方向とがなす角の最少の角をφNとしたとき、
K1=41500-1666・Si、
N//=0.00060・cosφN―0.00035、及び、
N⊥=0.00355・cosφN―0.00145
で求められる値(ただし、K1について下二桁は四捨五入した値、N//が0以下の時はN//=0とする)を用いてもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、電磁鋼板の集合組織から、電磁鋼板に要求される、1000A/m~10000A/m程度の広い磁化力の範囲において磁束密度を高精度に予測することができるという効果を奏する。したがって、所望の磁気特性を得る電磁鋼板の開発のリードタイムを短縮することができるだけでなく、オンラインまたはオフラインで集合組織を測定し、製品の磁気特性の高精度管理も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図4】本発明の電磁鋼板の磁気特性予測方法の一例を示すフローチャートである。
【
図5】本発明における結晶粒情報の一例を示す模式図である。
【
図6】本発明の電磁鋼板の磁気特性予測装置の一例を示す模式図である。
【
図8】実施例1における、圧延方向から0°~90°方向の磁束密度を示すグラフである。
【
図10】実施例2における、圧延方向から0°~90°方向の磁束密度を示すグラフである。
【
図12】実施例3における、圧延方向から0°~90°方向の磁束密度を示すグラフである。
【
図13】実施例4における無方向性電磁鋼板の断面組織の光学顕微鏡写真である。
【
図15】実施例4における、圧延方向から0°~90°方向の磁束密度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の電磁鋼板の磁気特性予測方法、磁気特性予測装置、およびコンピュータプログラムについて図面に示す形態例を参照しつつ説明する。
【0023】
A.電磁鋼板の磁気特性予測方法
本発明の電磁鋼板の磁気特性予測方法は、平均場近似による磁気特性予測方法である。
平均場近似とは、個々の局所的状態を決定するときに、周囲からの影響を平均場(個々の局所状態を平均した状態)として捉え、個々の局所状態を計算する方法である。ある平均場を仮定して局所状態が計算できれば、それらを平均することで平均場が求まるので、自己無撞着に計算が行える。したがって、本発明においては、
図1に示すように、外部磁場ベクトルHexの方向に一様に磁化した平均場ベクトルBavの中に、各結晶粒20が埋め込まれているとして、各結晶粒の磁化容易方向および磁区状態を決定することを考える。つまり、ここでの平均場とは、それによって計算される各結晶粒の磁化容易方向および磁区状態を平均したものである。
【0024】
本発明においては、以下のような状態を考える。
(1)1000A/m程度以上の磁化力域では、180°磁壁の移動は終了しており、外部磁場の方向に近い自発磁化を持つ3つの磁区が存在する。
(2)各磁区の自発磁化は、結晶磁気異方性および磁界で決められる角度だけ、磁化容易方向から回転している。
(3)周囲の結晶粒との相互作用を、境界に浸み出した磁極による反磁界の影響として捉え計算する。
【0025】
(1)の仮定は、180°磁壁が90°磁壁に比べ動き易いので、1000A/m程度を超える磁化力域では自然な仮定である。
(2)の仮定は、結晶磁気異方性定数から容易に評価できる。
(3)の仮定は、平均場近似に従えば、
図1に示すように、埋め込まれた結晶粒20が持つ磁化ベクトル(各磁区の持つ磁化ベクトルの和)をM
totalとすると、M
totalが作る反磁界ベクトルHdおよび外部磁界ベクトルHexの和で作られる磁界中でM
totalが持つエネルギーが最小になるように各磁区の分量が決まるとすることである。
【0026】
結晶磁気異方性エネルギーE
aは、下記式(4)で表される。
E
a=K
1・(α
1
2・α
2
2+α
2
2・α
3
2+α
3
2・α
1
2) (4)
上記式(4)において、K
1は結晶磁気異方性定数、α
1、α
2、α
3は結晶座標系からみた自発磁化ベクトルの方向余弦である。
図2に結晶座標系を示す。α
1、α
2、α
3はそれぞれ結晶座標系のX軸、Y軸、Z軸に対する自発磁化ベクトルMの方向余弦であり、自発磁化ベクトルMとX軸、Y軸、Z軸とのなす角をそれぞれθ
1、θ
2、θ
3とすると、
α
1=cos(θ
1)
α
2=cos(θ
2)
α
3=cos(θ
3)
で表される。
ここで、K
1は電磁鋼板の化学組成に依存するパラメータである。この値は各種文献などによる値を採用することも可能であるが、本発明では、電磁鋼板に含まれるSiの比率をSi(質量%)としたとき、
K
1=41500-1666・Si
により決定される値を用いることが好ましい。この値を用いる際には下2桁を四捨五入した値とすることができる。
【0027】
自発磁化ベクトルMが作る反磁界ベクトルHdおよび外部磁界ベクトルHexの和で作られる磁界中で自発磁化ベクトルMが持つエネルギーを最小にするには、下記式(5)で表される結晶磁気異方性エネルギーと静磁エネルギーとの和の最小化を考えればよい。
【0028】
【0029】
上記式(5)において、μ0は真空中の透磁率、Hexは外部磁界ベクトル、Hdは自発磁化ベクトルMが作る反磁界ベクトル、K1は結晶磁気異方性定数、α1、α2、α3は結晶座標系からみた自発磁化ベクトルMの方向余弦である。
【0030】
電磁鋼板は体心立方格子(bcc)を有するため、磁化容易方向は[100][010][001][-100][0-10][00-1]の6種である。このうち、外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向[100][010][001]を考える。自発磁化ベクトルは、結晶磁気異方性および磁界で決められる角度だけ、磁化容易方向から回転していると仮定することから、3種の磁化容易方向[100][010][001]について、磁化容易方向から所定の角度だけ回転している自発磁化ベクトルを持つ3つの磁区が存在すると仮定する。
図3に結晶座標系を示す。結晶座標系のX軸、Y軸、Z軸はそれぞれ3種の磁化容易方向[100][010][001]のいずれかになる。自発磁化ベクトルM
1、M
2、M
3はそれぞれ磁化容易方向、つまりX軸、Y軸、Z軸から所定の角度だけ回転しており、自発磁化ベクトルM
1、M
2、M
3を持つ3つの磁区が存在する。すなわち、各結晶粒は、結晶粒の結晶方位で決まる6種の磁化容易方向のうち、外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルM
i(i=1,2,3)を持つ3つの磁区を有すると仮定する。
【0031】
ここで、6種の磁化容易方向のうち、外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルMi(i=1,2,3)を持つとは、自発磁化ベクトルが磁化容易方向から所定の角度だけ回転していることを前提として、6種の磁化容易方向のうち、外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向から所定の角度だけ回転している自発磁化ベクトルMiを持つことを意味する。
【0032】
したがって、結晶粒が持つ磁化ベクトルMtotalは、3つの磁区が持つ磁化ベクトルの和であり、下記式(6)で表される。
【0033】
【0034】
ただし、V1+V2+V3=1である。上記式(6)において、V1、V2、V3は結晶粒中の各磁区の磁区体積、M1、M2、M3は結晶粒中の各磁区の磁化ベクトルである。
【0035】
よって、下記式(1)で表される結晶磁気異方性エネルギーと静磁エネルギーとの和Eの最小化を考えればよい。
【0036】
【0037】
上記式(1)において、μ0は真空中の透磁率、Hexは外部磁界ベクトル、Hdは自発磁化ベクトルMi(i=1,2,3)が作る反磁界ベクトル、Viは結晶粒中の各磁区の磁区体積、Miは結晶粒中の各磁区の磁化ベクトル、K1は結晶磁気異方性定数、αi,1、αi,2、αi,3は結晶座標系からみた自発磁化ベクトルMiの方向余弦である。
【0038】
また、隣接する結晶粒の影響は、平均場近似を考え、下記式(7)に示すように平均場ベクトルBavと結晶粒が持つ磁化ベクトルMtotalとの差から発生する反磁界ベクトルHdで表される。
【0039】
【0040】
上記式(7)において、Nは反磁界係数、Mtotalは結晶粒が持つ磁化ベクトル、Bavは平均場ベクトル、V1、V2、V3は結晶粒中の各磁区の磁区体積、M1、M2、M3は結晶粒中の各磁区の磁化ベクトルである。
【0041】
上述したように、ここでの平均場ベクトルBavとは、それによって計算される各結晶粒の磁化容易方向および磁区状態を平均したものであり、つまり、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavに真空中の透磁率μ0を掛けたものである。
【0042】
【0043】
したがって、周囲の結晶粒が各結晶粒に及ぼす反磁界ベクトルHdは、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を用いて、下記式(3)により決まるものとする。
【0044】
【0045】
ここで、上記式(3)において、()//と()⊥は各々、括弧内のベクトルの外部磁場方向成分のベクトルおよび外部磁場方向に垂直な方向成分のベクトルを表す。N//は外部磁場方向の反磁界係数、N⊥は外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数、Mavは外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトル、Viは各結晶粒中の磁区の磁区体積、Miは各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルである。
【0046】
よって、本発明においては、平均場近似に従って、上記式(1)で表される結晶磁気異方性エネルギーと静磁エネルギーとの和が最小になるように、平均場ベクトル、つまり外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める。この際、上記式(1)には求めるべき平均磁化ベクトルMavが含まれているため、まず適当な平均磁化ベクトルMavを仮定し、結晶磁気異方性エネルギーと静磁エネルギーとの和を最小化することで求められる平均磁化ベクトルMavの値が一定値に収斂するまで反復計算する。
【0047】
すなわち、本発明の電磁鋼板の磁気特性予測方法は、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算工程と、上記平均磁化ベクトルMavに基づいて上記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算工程とを有し、上記平均磁化計算工程は、上記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定工程と、上記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定工程と、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を与える反磁界係数設定工程と、平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定工程と、下記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める第1計算工程と、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viに基づいて下記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求め、上記各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算工程と、上記平均磁化ベクトルMavの計算値を上記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、上記平均磁化仮定工程、上記第1計算工程および上記第2計算工程を繰り返し行う反復計算工程とを有することを特徴とする。
【0048】
【0049】
上記式(1)において、第一項が静磁エネルギー、第二項が磁気異方性エネルギーを表す。ここで、上記各結晶粒は、上記結晶粒の結晶方位で決まる6種の磁化容易方向のうち、上記外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルMi(i=1,2,3)を持つ3つの磁区を有すると仮定する。また、Hdは周囲の結晶粒が各結晶粒に及ぼす反磁界ベクトルを表し、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を用いて、下記式(3)により決まるものとする。
【0050】
【0051】
ここで、上記式(3)において、()//と()⊥は各々、括弧内のベクトルの外部磁場方向成分のベクトルおよび外部磁場方向に垂直な方向成分のベクトルを表す。上記式において、μ0は真空中の透磁率、Hexは上記外部磁場ベクトル、Viは上記各結晶粒中の磁区の磁区体積、Miは上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトル、K1は結晶磁気異方性定数、αi,1、αi,2、αi,3は上記自発磁化ベクトルMiの方向余弦を表す。ただし、V1+V2+V3=1である。
【0052】
【0053】
なお、本願明細書においては、単位系としてSI単位系を用いる。
【0054】
図4は本発明の電磁鋼板の磁気特性予測方法の一例を示すフローチャートである。まず、電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与えるステップS1(結晶粒情報設定工程)を行う。次に、電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与えるステップS2(外部磁場設定工程)を行う。次に、外部磁場方向の反磁界係数N
//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N
⊥を与えるステップS3(反磁界係数設定工程)を行う。次に、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavの仮定値を与えるステップS4(平均磁化仮定工程)を行う。
次に、ステップS5において、結晶粒番号jとして「1」を設定する。次に、結晶粒番号jの結晶粒について、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、結晶粒番号jの結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iを求めるステップS6(第1計算工程)を行う。次に、ステップS7において、ステップS1で与えた全ての結晶粒について、結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iを求めたか否かを判定する。全ての結晶粒について、結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iを求めていない場合には、ステップS8に進む。ステップS8に進むと、結晶粒番号jとして「j+1」を設定する。そして、ステップS6に戻り、全ての結晶粒について、結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iを求めるまで、ステップS6~S8を繰り返し行う。
そして、ステップS7において、全ての結晶粒について、結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iを求めたと判定されると、ステップS9(第2計算工程)に進み、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルM
iおよび磁区体積V
iに基づいて上記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルM
totalを求め、各結晶粒の磁化ベクトルM
totalを各結晶粒の体積に比例する重みを掛け平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める。
次に、ステップS10において、ステップS4で与えた平均磁化ベクトルMavの仮定値とステップS9で求めた平均磁化ベクトルMavの計算値とを比較し、平均磁化ベクトルMavの値が一定値に収斂したか否かを判定する。平均磁化ベクトルMavの値が収斂していない場合には、ステップS11に進む。ステップS11に進むと、平均磁化ベクトルMavの仮定値として、ステップS9で求めた平均磁化ベクトルMavの計算値を与える。そして、ステップS5に戻り、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、ステップS5~S11を繰り返し行う。ここまでのステップS1~S10が平均磁化計算工程である。
そして、ステップS11において、平均磁化ベクトルMavの値が収斂したと判定されると、ステップS12(磁束密度計算工程)に進み、平均磁化ベクトルMavの収斂値に基づいて電磁鋼板の磁束密度を求める。
【0055】
本発明においては、上述の(1)~(3)の仮定に基づいて、上記式(1)、(3)を使用して、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求めることにより、外部磁界の強度、磁区構造、および隣接する結晶粒の影響等を考慮して電磁鋼板の磁束密度を求めることができる。したがって、電磁鋼板の材料の集合組織から、電磁鋼板に要求される、1000A/m~10000A/m程度の広い磁化力の範囲において磁束密度を精度良く予測することが可能である。したがって、所望の磁気特性を得る電磁鋼板の開発のリードタイムを短縮することができるだけでなく、オンラインまたはオフラインで集合組織を測定し、製品の磁気特性の高精度管理も可能となる。
【0056】
以下、本発明の電磁鋼板の磁気特性予測方法における各工程について説明する。
【0057】
1.平均磁化計算工程
平均磁化計算工程では、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める。外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求めるに際しては、下記の結晶粒情報設定工程、外部磁場設定工程、平均磁化仮定工程、第1計算工程、第2計算工程、および反復計算工程を行う。
【0058】
(1)結晶粒情報設定工程
結晶粒情報設定工程では、第1計算工程にて、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求めるに際して、また第2計算工程にて、各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求めるに際して、電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える。
【0059】
ここで、結晶方位とは、試料座標系と結晶粒座標系との間の相対的な関係を表すものである。試料座標系は、圧延方向(RD)、板幅方向(TD)、板厚方向(ND)を軸とする三次元座標系であり、結晶座標系は、結晶主軸を軸とする三次元座標系である。
【0060】
結晶粒情報は、
図5に例示するように、結晶粒番号jと、結晶粒番号jの結晶粒の結晶方位と、結晶粒番号jの結晶粒の体積とが相互に関連付けられたものである。なお、結晶粒番号jは整数であり、1から昇順に付けられるものとする。結晶粒番号jは、結晶粒を特定する番号である。
【0061】
各結晶粒の結晶方位および体積としては、測定した各結晶粒の結晶方位および体積のデータを用いてもよく、集合組織モデルを適用して、その集合組織モデルの各結晶粒の結晶方位および体積のデータを用いてもよい。
計算に使用する結晶粒の数は、電磁鋼板の種類や集合組織の集積度等により適宜選択される。例えば、方向性電磁鋼板のように集合組織の集積度が高い場合には、計算に使用する結晶粒の数は50個~500個程度とすることができる。また、無方向性電磁鋼板のように集合組織の集積度が低い場合には、計算に使用する結晶粒の数は300個~3000個程度とすることができる。結晶粒の数が上記範囲内であれば、電磁鋼板の集合組織から磁束密度を精度良く予測することができる。
【0062】
測定した各結晶粒の結晶方位および体積のデータが用いられる場合、各結晶粒の結晶方位および体積は、後方散乱電子回折(EBSD;Electron Back Scattering Diffraction)法、X線回折法または中性子回折法により測定することができる。
EBSD法では、各結晶粒の結晶方位および体積を直接測定することができる。
また、X線回折法、中性子線回折法では、まず極点図を得て、その極点図をもとに結晶方位分布関数を得て、その結晶方位分布関数を用いて各結晶粒の結晶方位および体積を求めることができる。結晶方位分布関数を用いる場合、所望の結晶粒の数の代表方位を選定し、それらに結晶方位分布関数から求められる体積比率を付与して、各結晶粒の結晶方位および体積として使用する。
【0063】
(2)外部磁場設定工程
外部磁場設定工程では、第1計算工程にて、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求めるに際して、電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える。
外部磁場の大きさについては、例えば、磁束密度としてB50を求める場合には、5000A/mが設定される。また、外部磁場の方向と電磁鋼板の圧延方向とのなす角度は如何なる角度にも設定することができる。
【0064】
(3)反磁界係数設定工程
反磁界係数設定工程では、第1計算工程にて、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求めるに際して、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を与える。
上記式(3)において、N//およびN⊥はそれぞれ外部磁場方向の反磁界係数および外部磁場に垂直な方向の反磁界係数である。この値は各種文献などによる値を採用することも可能であるが、本発明者が検討したところ、N//およびN⊥は、電磁鋼板の集合組織に比較的強い影響を受け、計算結果に影響を及ぼす。このため、本発明者らは以下のようにN//およびN⊥を鋼板の集合組織の主方位から決定できる値として設定することを考え、以下のように決定した。
まず、集合組織が判明しているいくつかの鋼板において、実験値との比較によって、妥当と判断できるN//およびN⊥を、次のように計算する。
最初に、磁束密度の実験値から求めた平均磁化ベクトルMavの実験値と、N//およびN⊥の仮定値とを与え、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求め、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viに基づいて上記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求め、各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める。平均磁化ベクトルMavの計算値と平均磁化ベクトルMavの実験値とを比較し、平均磁化ベクトルMavの計算値が平均磁化ベクトルMavの実験値に収斂するように、N//およびN⊥の値を変更して反復計算し、最終的に相当数の事例の集合組織のそれぞれにおいて妥当と判断できるN//およびN⊥の値を決定する。
そして、集合組織の主方位の変化とN//およびN⊥の値の変化の関連から、N//およびN⊥を鋼板の集合組織の主方位から決定できるパラメータとして設定する。得られた結果は以下の通りである。
【0065】
本発明では、N//およびN⊥は、N//<N⊥<<1であり、主方位の磁化容易方向である<100>方向と板厚方向とがなす角の最少の角をφNとする時、
N//=0.00060・cosφN―0.00035
N⊥=0.00355・cosφN―0.00145
により決定できる。ただし、N//が0以下の時はN//は0とする。ここで、無方向性電磁鋼板の一般的な集合組織である{111}方位粒のcosφNは3-0.5であり、理想の集合組織である{100}のcosφNは1である。
【0066】
(4)平均磁化仮定工程
平均磁化仮定工程では、第1計算工程にて、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求めるに際して、平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える。
平均磁化ベクトルMavの仮定値としては、任意の値でよいが、収束を速めるために、解に近い値を与えることが好ましい。一般に、対象とする電磁鋼板と同様の試料の測定値を用いることで、速い収束が得られる。
【0067】
(5)第1計算工程
第1計算工程では、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める。
【0068】
各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiの長さ(大きさ)は、飽和磁束密度Bsを用いて、下記式(8)により求める。
【0069】
【0070】
上記式(8)において、μ0は真空中の透磁率である。Bsは飽和磁束密度であり、電磁鋼板の材料の組成によって決まる値である。
【0071】
各結晶粒は、上記結晶粒情報設定工程にて与えた結晶粒の結晶方位で決まる6種の磁化容易方向のうち、上記外部磁場設定工程にて与えた外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルMi(i=1,2,3)を持つ3つの磁区を有すると仮定する。例えば、計算に使用する結晶粒の数が500個である場合、500個の結晶粒それぞれについて、結晶粒の結晶方位で決まる6種の磁化容易方向のうち、外部磁場の方向に近い3種の磁化容易方向に近い方向に自発磁化ベクトルMi(i=1,2,3)を持つ3つの磁区を有すると仮定する。
結晶粒は上記の3つの磁区を有すると仮定するため、結晶粒中の磁区体積Vi(i=1,2,3)は体積分率であり、V1+V2+V3=1である。
【0072】
上記式(1)において、α
i,1、α
i,2、α
i,3は自発磁化ベクトルM
iの方向余弦である。
図3に示す結晶座標系において、α
i,1、α
i,2、α
i,3はそれぞれ結晶座標系のX軸、Y軸、Z軸に対する自発磁化ベクトルM
iの方向余弦であり、自発磁化ベクトルM
iとX軸、Y軸、Z軸とのなす角をそれぞれθ
i,1、θ
i,2、θ
i,3とすると、
α
i,1=cos(θ
i,1)
α
i,2=cos(θ
i,2)
α
i,3=cos(θ
i,3)
で表される。具体的には、θ
i,1、θ
i,2、θ
i,3は下記式で表される。
【0073】
【0074】
上記式中、Mi,X、Mi,Y、Mi,Zはそれぞれ自発磁化ベクトルMiのX軸、Y軸、Z軸方向成分である。
【0075】
自発磁化ベクトルMiの方向余弦αi,1、αi,2、αi,3は、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和を最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める際に、同時に求めることができる。すなわち、自発磁化ベクトルMiの方向余弦αi,1、αi,2、αi,3も、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和が最小になるように決められる。
【0076】
また、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび自発磁化ベクトルMiの方向余弦αi,1、αi,2、αi,3を求める際には、上記式(1)を簡略化することができ、各磁区について下記式(9)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eiが最小になればよいことになる。この場合、各結晶粒中の磁区体積Viとは無関係に、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび自発磁化ベクトルMiの方向余弦αi,1、αi,2、αi,3を求めることができる。
【0077】
【0078】
上記式(9)において、各記号は上記式(1)と同様である。
よって、まず、上記式(9)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eiを最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび自発磁化ベクトルMiの方向余弦αi,1、αi,2、αi,3を求め、次に、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和を最小化するように、各結晶粒中の磁区体積Viを求めることもできる。この場合には、上記式(9)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eiを最小化するように、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび自発磁化ベクトルMiの方向余弦αi,1、αi,2、αi,3を求める際に、反磁界ベクトルHd=0とし、上記式(9)をさらに簡略化してもよい。
【0079】
上記式(1)において、K1は結晶磁気異方性定数であり、電磁鋼板の材料の組成によって決まる値である。例えば、ケイ素鋼板であって、3%Si-Feの組成の場合、結晶磁気異方性定数K1は36500J/m3である。
【0080】
第1計算工程では、計算に使用する全ての結晶粒について、各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める。
【0081】
(6)第2計算工程
第2計算工程では、上記第1計算工程にて求めた各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viに基づいて上記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求め、各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める。
第2計算工程では、計算に使用する全ての結晶粒について、各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求める。
平均磁化ベクトルMavの計算値は、下記式(10)に示すように、各結晶粒の磁化ベクトルMtotalについて、各結晶粒の体積Wによる加重平均を行って求められる。
【0082】
【0083】
上記式(10)において、kは計算に使用する結晶粒の数、Mj,totalは結晶粒番号jの結晶粒の磁化ベクトルMtotal、Wjは結晶粒番号jの結晶粒の体積である。
各結晶粒の体積Wjは、上記結晶粒情報設定工程にて与えた各結晶粒の体積である。
【0084】
(7)反復計算工程
反復計算工程では、上記第2計算工程にて求めた平均磁化ベクトルMavの計算値を上記平均磁化仮定工程での平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、上記平均磁化仮定工程、上記第1計算工程および上記第2計算工程を繰り返し行う。
平均磁化ベクトルMavが収斂するまで反復計算を行う際には、仮定値に対する計算値の変化の割合が1%以下になるまで計算することが好ましく、より好ましくは0.5%以下になるまで計算する。なお、(仮定値に対する計算値の変化の割合)={|(計算値)-(仮定値)|}/(仮定値)×100である。例えば、平均磁化ベクトルMavの仮定値と計算値とが2桁目まで一致するように反復計算を行えばよい。具体的には、平均磁化ベクトルMavの値は数回の反復計算で収斂する。
【0085】
(8)反磁界係数計算工程
平均磁化計算工程は、上記反磁界係数設定工程前に、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を求める反磁界係数計算工程を有していてもよい。なお、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥の計算については、上記反磁界係数設定工程に記載したので、ここでの説明は省略する。
【0086】
2.磁束密度計算工程
磁束密度計算工程では、上記反復計算工程にて求めた平均磁化ベクトルMavの収斂値に基づいて電磁鋼板の磁束密度を求める。
【0087】
3.集合組織測定工程
本発明においては、上記平均磁化計算工程前に、電磁鋼板の集合組織を測定し、各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を得る集合組織測定工程を有してもよい。
集合組織の測定方法としては、後方散乱電子回折法、X線回折法、中性子回折法が挙げられる。なお、これらの方法については、上記結晶粒情報設定工程にて記載したので、ここでの説明は省略する。
【0088】
4.電磁鋼板
本発明の電磁鋼板の磁気特性予測方法は、無方向性電磁鋼板および方向性電磁鋼板のいずれにも適用可能である。
【0089】
B.電磁鋼板の磁気特性予測装置
本発明の電磁鋼板の磁気特性予測装置は、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算手段と、上記平均磁化ベクトルMavに基づいて上記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算手段とを有し、上記平均磁化計算手段は、上記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定手段と、上記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定手段と、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を与える反磁界係数設定手段と、平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定手段と、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める第1計算手段と、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viに基づいて上記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求め、上記各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算手段と、上記平均磁化ベクトルMavの計算値を上記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、反復計算する反復計算手段とを有することを特徴とするものである。
【0090】
図6は本発明の電磁鋼板の磁気特性予測装置の一例を示すブロック図である。
図6において、電磁鋼板の磁気特性予測装置1は、平均磁化計算手段2と、磁束密度計算手段3と、集合組織測定手段4とを有しており、平均磁化計算手段2は、結晶粒情報設定手段11と、外部磁界設定手段12と、反磁界係数設定手段13と、平均磁化仮定手段14と、第1計算手段15と、第2計算手段16と、反復計算手段17と有している。電磁鋼板の磁気特性予測装置1にはパーソナルコンピュータ等のコンピュータを用いることができる。
【0091】
電磁鋼板の磁気特性予測装置における各手段は、上記電磁鋼板の磁気特性予測方法における各工程を実行するものであるため、ここでの説明は省略する。
【0092】
C.コンピュータプログラム
本発明のコンピュータプログラムは、電磁鋼板の磁気特性を予測することをコンピューターに実行させるためのものであって、外部磁場下における電磁鋼板の材料全体の平均磁化ベクトルMavを求める平均磁化計算工程と、上記平均磁化ベクトルMavに基づいて上記電磁鋼板の磁束密度を求める磁束密度計算工程とをコンピューターに実行させ、上記平均磁化計算工程は、上記電磁鋼板の集合組織を構成する各結晶粒の結晶方位および体積を含む結晶粒情報を与える結晶粒情報設定工程と、上記電磁鋼板に外部から印加される外部磁場の大きさおよび方向を与える外部磁場設定工程と、外部磁場方向の反磁界係数N//および外部磁場方向に垂直な方向の反磁界係数N⊥を与える反磁界係数設定工程と、平均磁化ベクトルMavの仮定値を与える平均磁化仮定工程と、上記式(1)で表される静磁エネルギーおよび磁気異方性エネルギーの和Eを最小化するように、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viを求める第1計算工程と、上記各結晶粒中の磁区の磁化ベクトルMiおよび磁区体積Viに基づいて上記式(2)により各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを求め、上記各結晶粒の磁化ベクトルMtotalを平均して平均磁化ベクトルMavの計算値を求める第2計算工程と、上記平均磁化ベクトルMavの計算値を上記平均磁化ベクトルMavの仮定値として与え、平均磁化ベクトルMavの値が収斂するまで、上記平均磁化仮定工程、上記第1計算工程および上記第2計算工程を繰り返し行う反復計算工程とを有することを特徴とするものである。
【0093】
例えば、CPU、RAM、ROM、HDD等を備えるコンピュータにおいて、CPUが、ROMやHDDに記憶されているコンピュータプログラムをRAMを使用して実行することによって、上記の各工程が実行される。
【0094】
図4は本発明のコンピュータプログラムの一例を示すフローチャートである。
図4については、上記電磁鋼板の磁気特性予測方法に記載したので、ここでの説明は省略する。
【0095】
本発明は、上記形態に限定されるものではない。上記形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0096】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。
【0097】
[実施例1]
3%Si-0.6%Mnの組成の{100}<001>集合組織を持つ板厚0.35mmの二方向性電磁鋼板を準備し、短冊状の試験片を圧延方向から種々の角度に切り出し、圧延方向に対して0°~90°方向の磁気特性を単板磁化測定装置を用いて測定した。
また、二方向性電磁鋼板の結晶組織と集合組織をEBSDによって求めた。組織の例を
図7に示す。
図7(a)は{100}極点図、
図7(b)は結晶方位マップである。使用したEBSDデータは53個の結晶粒を含み、結晶粒の平均粒径は0.31mmであった。観察から求めた各結晶粒の体積(面積)と結晶方位を用いて磁気特性の予測計算を行った。計算に用いた結晶粒の個数は約50個とした。また、この計算では、N
//およびN
⊥を各々0.00025および0.005、結晶磁気異方性定数K
1を3%Si-Feの36500J/m
3、飽和磁束密度Bsを2.03Tとした。
計算値と実験値の比較を
図8に示す。B
8からB
100の広い磁化力の範囲で、計算値と実験値がよく一致した。
【0098】
[実施例2]
3%Si-0.6%Mnの組成の{100}<012>集合組織を持つ板厚0.35mmの電磁鋼板を準備し、短冊状の試験片を圧延方向から種々の角度に切り出し、圧延方向に対して0°~90°方向の磁気特性を単板磁化測定装置を用いて測定した。
また、電磁鋼板の結晶組織と集合組織をEBSDによって求めた。組織の例を
図9に示す。
図9(a)は{100}極点図、
図9(b)は結晶方位マップである。EBSDデータは90個の結晶粒を含み、結晶粒の平均粒径は0.4mmであった。観察から求めた各結晶粒の体積(面積)と結晶方位を用いて磁気特性の予測計算を行った。計算に用いた結晶粒の個数は約90個とした。また、この計算では、実施例1と同様に、N
//およびN
⊥を各々0.00025および0.005、結晶磁気異方性定数K
1を3%Si-Feの36500J/m
3、飽和磁束密度Bsを2.03Tとした。
計算値と実験値の比較を
図10に示す。B
10からB
100の広い磁化力の範囲で、計算値と実験値がよく一致した。
【0099】
[実施例3]
3%Si-0.9%Mnの組成の弱い{100}集合組織を持つ板厚0.35mmの電磁鋼板を準備し、短冊状の試験片を圧延方向から種々の角度に切り出し、圧延方向に対して0°~90°方向の磁気特性を単板磁化測定装置を用いて測定した。
また、電磁鋼板の結晶組織と集合組織をEBSDによって求めた。組織の例を
図11に示す。
図11は方位分布関数(Orientation Distribution Function;ODF)のφ
2=45°断面図である。使用したEBSDデータは310個の結晶粒を含んでいた。観察から求めた各結晶粒の体積(面積)と結晶方位を用いて磁気特性の予測計算を行った。計算に用いた結晶粒の個数は約300個とした。また、この計算では、実施例1、2と同様に、N
//およびN
⊥を各々0.00025および0.005、結晶磁気異方性定数K
1を3%Si-Feの36500J/m
3とし、飽和磁束密度Bsは2.00Tとした。
計算値と実験値の比較を
図12に示す。計算値と実験値がよく一致した。
また、立野モデルによる計算値も
図12に示すが、立野モデルの結果は、B
50の実験値に比較して0.05~0.1T程度大きな値となった。
【0100】
[実施例4]
1.8%Si-0.2%Alを含有する、板厚0.5mmの市販の無方向性電磁鋼板を準備し、短冊状の試験片を圧延方向から種々の角度に切り出し、圧延方向に対して0°~90°方向の磁気特性を、単板磁化測定装置を用いて測定した。
また、電磁鋼板の結晶組織と集合組織を各々光学顕微鏡およびX線回折によって求めた。組織の例を
図13に示す。
図13は無方向性電磁鋼板の断面組織の光学顕微鏡写真である。上記の実施例1~3に比較して、結晶粒径は小さく、平均粒径は50μm程度であった。
図14は(a)板の表面、(b)板の表面から板厚の1/4深さ(t/4)、(c)板厚の中心で測定した集合組織をODFの断面図として表したものである。左上から右下に向かって、φ
2=0°~90°の範囲で、φ
2を5°刻みの断面で表している。ODFは、X線回折によって求めた{200}、{110}、{211}極点図から球調和関数展開法を用いて得た。このODFから1200個の結晶方位をランダムに抽出し、各結晶方位のODFの値から、各結晶方位の結晶粒の体積を求め、それら結晶方位と結晶粒の体積を計算に用いた。ここでは、結晶粒の体積はODFの値にsin(Φ)を掛けたものに比例するとし、1200個の結晶粒の体積の和を1とした。ここで、φ
1、Φ、φ
2は結晶方位を表すオイラー角である。この際、板の表面から板厚の1/4深さ(t/4)の影響は表面と板厚中心に比べ2倍あると仮定し、この深さの結晶粒の体積を2倍にして計算した。
また、N
//およびN
⊥を各々0.0および0.0035、結晶磁気異方性定数K
1を38500J/m
3とし、飽和磁束密度Bsは2.09Tとした。
計算値と実験値の比較を
図15に示す。B
25の計算値が実験値をわずかに下回るものの、計算値と実験値はよく一致した。
【0101】
以上のように、本発明によって、材料の集合組織から電磁鋼板の磁束密度を精度良く予測できることが確認された。