(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-11
(45)【発行日】2023-04-19
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/46 20060101AFI20230412BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20230412BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20230412BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230412BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20230412BHJP
【FI】
C21D9/46 501B
C21D8/12 D
H01F1/147 183
C22C38/00 303U
C22C38/60
(21)【出願番号】P 2020566450
(86)(22)【出願日】2020-01-16
(86)【国際出願番号】 JP2020001161
(87)【国際公開番号】W WO2020149330
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2021-07-09
(31)【優先権主張番号】P 2019005059
(32)【優先日】2019-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】新井 聡
(72)【発明者】
【氏名】牛神 義行
(72)【発明者】
【氏名】濱村 秀行
(72)【発明者】
【氏名】山本 信次
(72)【発明者】
【氏名】奥村 俊介
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-186826(JP,A)
【文献】特開2012-035288(JP,A)
【文献】特開2002-302774(JP,A)
【文献】特開平09-078253(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第00611829(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板の製造方法であって、
母材鋼板と、前記母材鋼板上に接して配され
、酸化珪素を主成分として含む中間層と、前記中間層上に接して配され
、燐酸塩とコロイド状シリカを主体とする絶縁皮膜形成用溶液から作製される絶縁皮膜とを有する方向性電磁鋼板に電子ビームを照射して、前記母材鋼板の表面に前記母材鋼板の圧延方向と交差する方向に延びる歪領域を形成する歪領域形成工程を備え、
前記歪領域形成工程では、前記母材鋼板の圧延方向および前記歪領域の伸びる方向における前記歪領域の中央部の温度が800℃以上2000℃以下に加熱され
、
前記歪領域の中央部の前記絶縁皮膜中にM
2
P
4
O
13
(Mは、Fe又はCrの少なくとも一方、あるいは双方を意味する)が存在することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記歪領域形成工程では、前記母材鋼板の圧延方向および前記歪領域の伸びる方向における前記歪領域の中央部の温度が800℃以上1500℃以下に加熱される
ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記歪領域形成工程では、電子ビームの照射条件が、
加速電圧:50kV以上350kV以下、
ビーム電流:0.3mA以上50mA以下、
ビーム照射径:10μm以上500μm以下、
照射間隔:3mm以上20mm以下、
スキャン速度:5m/秒以上80m/秒以下、
であることを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記母材鋼板上に前記中間層を形成する中間層形成工程をさらに備え、中間層形成工程では、
焼鈍温度:500℃以上1500℃以下、
保持時間:10秒以上600秒以下、
露点:-20℃以上5℃以下、
に調整された焼鈍条件で前記母材鋼板に熱処理を施して中間層を形成する
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記中間層が形成された前記母材鋼板に、前記絶縁皮膜を形成する絶縁皮膜形成工程をさらに備え、絶縁皮膜形成工程では、
絶縁皮膜形成用溶液を塗布量2g/m
2~10g/m
2で前記母材鋼板の表面に塗布し、
前記絶縁皮膜形成用溶液が塗布された母材鋼板を3秒~300秒放置し、
前記絶縁皮膜形成用溶液が塗布された母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH
2O/PH
2が0.001以上0.3以下に調整された雰囲気ガス中で、昇温速度5℃/秒以上30℃/秒以下で加熱し、
加熱された前記母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH
2O/PH
2が0.001以上0.3以下に調整された雰囲気ガス中で、300℃以上950℃以下の温度範囲で、10秒以上300秒以下で均熱し、
均熱された前記母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH
2O/PH
2が0.001以上0.05以下に制御された雰囲気ガス中で、冷却速度5℃/秒以上50℃/秒以下で、500℃まで冷却する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膜密着性に優れた方向性電磁鋼板の製造方法に関する。特に、本発明は、フォルステライト皮膜を有さずとも絶縁皮膜の皮膜密着性に優れた方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
本願は、2019年1月16日に日本に出願された特願2019-005059号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、軟磁性材料であり、主に、変圧器の鉄心材料として用いられる。そのため、高磁化特性および低鉄損という磁気特性が要求される。磁化特性とは、鉄心を励磁したときに誘起される磁束密度である。磁束密度が高いほど、鉄心を小型化できるので、変圧器の装置構成の点で有利であり、かつ変圧器の製造コストの点でも有利である。
【0003】
磁化特性を高くするためには、鋼板面に平行に{110}面が揃い、かつ、圧延方向に〈100〉軸が揃った結晶方位(ゴス方位)の結晶粒がなるべく多く形成されるように結晶粒集合組織を制御する必要がある。結晶方位をゴス方位に集積するために、AlN、MnS、および、MnSeなどのインヒビターを鋼中に微細に析出させて、二次再結晶を制御することが、通常、行われている。
【0004】
鉄損とは、鉄心を交流磁場で励磁した場合に、熱エネルギーとして消費される電力損失である。省エネルギーの観点から、鉄損はできるだけ低いことが求められる。鉄損の高低には、磁化率、板厚、皮膜張力、不純物量、電気抵抗率、結晶粒径、磁区サイズなどが影響する。電磁鋼板に関し、様々な技術が開発されている現在においても、エネルギー効率を高めるため、鉄損を低減する研究開発が継続されている。
【0005】
方向性電磁鋼板に要求されるもう一つの特性として、母材鋼板表面に形成される皮膜の特性がある。通常、方向性電磁鋼板においては、
図1に示すように、母材鋼板1の上にMg
2SiO
4(フォルステライト)を主体とするフォルステライト皮膜2が形成され、フォルステライト皮膜2の上に絶縁皮膜3が形成されている。フォルステライト皮膜と絶縁皮膜は、母材鋼板表面を電気的に絶縁し、また、母材鋼板に張力を付与して鉄損を低減する機能を有する。なお、フォルステライト皮膜にはMg
2SiO
4の他に、母材鋼板や焼鈍分離剤中に含まれる不純物や添加物、および、それらの反応生成物も微量に含まれる。
【0006】
絶縁皮膜が、絶縁性や所要の張力を発揮するためには、絶縁皮膜が電磁鋼板から剥離してはならない。それゆえ、絶縁皮膜には高い皮膜密着性が要求される。しかし、母材鋼板に付与する張力と皮膜密着性との両方を同時に高めることは容易ではない。現在においても、これら両者を同時に高める研究開発が継続されている。
【0007】
方向性電磁鋼板は、通常、次の手順で製造される。Siを2.0~7.0質量%含有する珪素鋼スラブを、熱間圧延し、熱間圧延後の鋼板に必要に応じて焼鈍を施し、次いで、焼鈍後の鋼板に1回又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し、最終板厚の鋼板に仕上げる。その後、最終板厚の鋼板に、湿潤水素雰囲気中で脱炭焼鈍を施すことで、脱炭に加え、一次再結晶を促進するとともに、鋼板表面に酸化層を形成する。
【0008】
酸化層を有する鋼板に、MgO(マグネシア)を主成分とする焼鈍分離剤を塗布して乾燥し、乾燥後、鋼板をコイル状に巻き取る。次いで、コイル状の鋼板に仕上げ焼鈍を施し、二次再結晶を促進して、結晶粒の結晶方位をゴス方位に集積させる。さらに、焼鈍分離剤中のMgOと酸化層中のSiO2(シリカ)とを反応させて、母材鋼板表面に、Mg2SiO4を主体とする無機質のフォルステライト皮膜を形成する。
【0009】
次いで、フォルステライト皮膜を有する鋼板に純化焼鈍を施して、母材鋼板中の不純物を外方に拡散させて除去する。さらに、鋼板に平坦化焼鈍を施した後、フォルステライト皮膜を有する鋼板表面に、例えば、燐酸塩とコロイド状シリカを主体とする溶液を塗布して焼付けて絶縁皮膜を形成する。このとき、結晶質である母材鋼板とほぼ非晶質である絶縁皮膜との間に、熱膨張率の差に起因する張力が付与される。このため、絶縁皮膜は、張力皮膜と称されることもある。
【0010】
Mg
2SiO
4を主体とするフォルステライト皮膜(
図1中「2」)と鋼板(
図1中「1」)との界面は、通常、不均一な凹凸状をなしている(
図1、参照)。この凹凸状の界面が、張力による鉄損低減効果を僅かながら減殺している。この界面が平滑化されれば鉄損が低減されるため、現在まで、以下のような開発が実施されてきた。
【0011】
特許文献1には、フォルステライト皮膜を酸洗などの手段で除去し、鋼板表面を化学研磨又は電解研磨で平滑にする製造方法が開示されている。しかし、特許文献1の製造方法においては、母材鋼板表面に絶縁皮膜が密着し難い場合がある。
【0012】
そこで、平滑に仕上げた鋼板表面に対する絶縁皮膜の皮膜密着性を高めるため、
図2に示すように、母材鋼板と絶縁皮膜との間に中間層4(又は、下地皮膜)を形成することが提案された。特許文献2に開示された、燐酸塩又はアルカリ金属珪酸塩の水溶液を塗布して形成した下地皮膜も皮膜密着性に効果がある。更に効果のある方法として、特許文献3に、絶縁皮膜の形成前に、鋼板を特定の雰囲気中で焼鈍して、鋼板表面に、外部酸化型のシリカ層を中間層として形成する方法が開示されている。
【0013】
このような中間層を形成することにより、皮膜密着性を改善することができるが、電解処理設備やドライコーティングなどの大型設備を新たに必要とするので、敷地の確保が困難であり、かつ製造コストが上昇する場合がある。
【0014】
特許文献4から6には、クロムを実質的に含有しない酸性有機樹脂を主成分とする絶縁皮膜を鋼板に形成する場合において、鋼板と絶縁皮膜の間に、リン化合物層(FePO4、Fe3(PO4)2、FeHPO4、Fe(H2PO4)2、Zn2Fe(PO4)2、Zn3(PO4)2、および、これらの水和物から成る層、又は、Mg、Ca、Alの燐酸塩から成る層でもよく、厚さは10~200nm)を形成して、絶縁皮膜の外観と密着性を高める技術が開示されている。
【0015】
一方、鉄損の一種である異常渦電流損を低減するための方法として、圧延方向に交差する方向に延びる応力歪み部や溝部を、圧延方向に沿って所定間隔で形成することにより、180°磁区の幅を狭くする(180°磁区の細分化を行う)磁区制御法が知られている。応力歪みを形成する方法では、歪み部(歪領域)で発生する還流磁区の180°磁区細分化効果を利用する。その代表的な方法はレーザビーム照射により衝撃波や急加熱を利用する方法である。この方法では照射部の表面形状はほとんど変化せず、母材鋼板に応力歪み部が形成される。また、溝を形成する方法は、溝側壁で発生する磁極による反磁界効果を利用するものである。即ち磁区制御は、歪み付与型と溝形成型に分類される。
【0016】
例えば、特許文献7には、仕上げ焼鈍済み鋼板の表面の酸化物を除去して平滑面としたのち、その表面に皮膜を形成し、さらにレーザビーム、電子線、又はプラズマ炎照射により磁区の細分化をすることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】日本国特開昭49-096920号公報
【文献】日本国特開平05-279747号公報
【文献】日本国特開平06-184762号公報
【文献】日本国特開2001-220683号公報
【文献】日本国特開2003-193251号公報
【文献】日本国特開2003-193252号公報
【文献】日本国特開平11-012755号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
上記に例示したような「母材鋼板-酸化珪素主体の中間層-絶縁皮膜」の三層構造を有する、フォルステライト皮膜を有さない方向性電磁鋼板では、
図1に示すようなフォルステライト皮膜を有する方向性電磁鋼板に比べて磁区幅が広いという問題がある。本発明者らは、フォルステライト皮膜を有さない方向性電磁鋼板について、種々の磁区制御を検討した結果、方向性電磁鋼板に照射するレーザビーム又は電子ビームのエネルギー密度を増加させると磁区が好ましく細分化されることに着目した。
【0019】
しかし、本発明者らの検討によれば、レーザビーム又は電子ビームのエネルギー密度を増加させた場合、磁区の細分化が促進されると同時に、絶縁皮膜に影響が出ることが見出された。具体的には、エネルギー密度が高いレーザビーム又は電子ビームを照射した場合、照射熱の影響を受け、絶縁皮膜の構造が変化して、絶縁皮膜の密着性が低減するという問題が見出された。
【0020】
本発明は上述のような問題に鑑みてなされたものであり、フォルステライト皮膜を有さず、かつ母材鋼板に歪領域が形成された方向性電磁鋼板であって、絶縁皮膜の良好な密着性が確保でき、良好な鉄損低減効果が得られる方向性電磁鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
(1)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、母材鋼板と、母材鋼板上に接して配され、酸化珪素を主成分として含む中間層と、中間層上に接して配され、燐酸塩とコロイド状シリカを主体とする絶縁皮膜形成用溶液から作製される絶縁皮膜とを有する方向性電磁鋼板に電子ビームを照射して、母材鋼板の表面に母材鋼板の圧延方向と交差する方向に延びる歪領域を形成する歪領域形成工程を備え、歪領域形成工程では、母材鋼板の圧延方向および歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部の温度が800℃以上2000℃以下に加熱され、歪領域の中央部の絶縁皮膜中にM
2
P
4
O
13
(Mは、Fe又はCrの少なくとも一方、あるいは双方を意味する)が存在することを特徴とする。
【0022】
(2)上記(1)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法において、歪領域形成工程では、母材鋼板の圧延方向および歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部の温度が800℃以上1500℃以下に加熱されてもよい。
(3)上記(1)または(2)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法において、歪領域形成工程では、電子ビームの照射条件が、加速電圧:50kV以上350kV以下、ビーム電流:0.3mA以上50mA以下、ビーム照射径:10μm以上500μm以下、照射間隔:3mm以上20mm以下、スキャン速度:5m/秒以上80m/秒以下、であってもよい。
(4)上記(1)から(3)のいずれか一つに記載の方向性電磁鋼板の製造方法において、母材鋼板上に中間層を形成する中間層形成工程をさらに備え、中間層形成工程では、焼鈍温度:500℃以上1500℃以下、保持時間:10秒以上600秒以下、露点:-20℃以上5℃以下、に調整された焼鈍条件で母材鋼板に熱処理を施して中間層を形成してもよい。
(5)上記(1)から(4)のいずれか一つに記載の方向性電磁鋼板の製造方法において、中間層が形成された母材鋼板に、絶縁皮膜を形成する絶縁皮膜形成工程をさらに備え、絶縁皮膜形成工程では、絶縁皮膜形成用溶液を塗布量2g/m2~10g/m2で母材鋼板の表面に塗布し、絶縁皮膜形成用溶液が塗布された母材鋼板を3秒~300秒放置し、絶縁皮膜形成用溶液が塗布された母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH2O/PH2が0.001以上0.3以下に調整された雰囲気ガス中で、昇温速度5℃/秒以上30℃秒以下で加熱し、加熱された母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH2O/PH2が0.001以上0.3以下に調整された雰囲気ガス中で、300℃以上950℃以下の温度範囲で、10秒以上300秒以下で均熱し、均熱された母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH2O/PH2が0.001以上0.05以下に制御された雰囲気ガス中で、冷却速度5℃/秒以上50℃秒以下で、500℃まで冷却してもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、フォルステライト皮膜を有さず、かつ母材鋼板に歪領域が形成された方向性電磁鋼板であって、絶縁皮膜の良好な密着性が確保でき、良好な鉄損低減効果が得られる方向性電磁鋼板の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】従来の方向性電磁鋼板の皮膜構造を示す断面模式図である。
【
図2】従来の方向性電磁鋼板の別の皮膜構造を示す断面模式図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法によって得られる歪領域を説明するための断面模式図である。
【
図5】同実施形態に係る方向性電磁鋼板における、ボイドの線分率の定義を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明者らは、フォルステライト皮膜を有さない方向性電磁鋼板に対して、レーザビームを照射した場合と電子ビームを照射した場合とでは絶縁皮膜の密着性に違いが生じることを見出し、電子ビームによる磁区制御を対象として検討を行った。
【0026】
本発明者らが、フォルステライト皮膜を有さない方向性電磁鋼板について、電子ビームの照射条件を変えて鋭意検討した結果、特定の照射条件では、磁区の幅を狭くすることができ、かつ絶縁皮膜の密着性も確保できることを見出した。
また、本発明者らは、上記のような特定の照射条件を満たさない場合、磁区の幅を狭く制御できたとしても、絶縁皮膜中に空隙が発生し、絶縁皮膜の密着性が劣化することも見出した。
【0027】
さらに本発明者らは、従来の照射条件では照射後の絶縁皮膜に変化が見られないものの、上記のような特定の照射条件で歪領域が形成された場合、歪領域の中央部とその近傍においてM2P4O13を含む特有の構造が見られることも見出した。
【0028】
以下に、本発明の好適な実施形態について説明する。ただし、本発明はこれらの実施形態に開示された構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能であることは自明である。また、以下の実施形態の各要素は、本発明の範囲において、互いに組み合わせ可能であることも自明である。
また、以下の実施形態において、「~」を用いて表される数値限定範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。
【0029】
[方向性電磁鋼板の製造方法]
以下に、本発明に係る方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、下記の方法に限定されない。下記の製造方法は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を製造するための一つの例である。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、仕上げ焼鈍時にフォルステライト皮膜の生成が抑制された又は仕上げ焼鈍後にフォルステライト皮膜が除去された母材鋼板を出発材料として、この母材鋼板に対して、中間層を形成し、絶縁皮膜を形成し、歪領域を形成して製造すればよい。
【0030】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、母材鋼板と、母材鋼板上に接して配された中間層と、中間層上に接して配された絶縁皮膜とを有する方向性電磁鋼板に電子ビームを照射して、母材鋼板の表面に圧延方向と交差する方向に延びる歪領域を形成する歪領域形成工程を備える。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の歪領域形成工程では、圧延方向および歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部の温度が800℃以上2000℃以下に加熱される。
【0031】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、
(a)仕上げ焼鈍で生成したフォルステライト等の無機鉱物質の皮膜を、酸洗、研削等の手段で除去した母材鋼板を焼鈍し、又は、
(b)仕上げ焼鈍で上記無機鉱物質の皮膜の生成を抑制した母材鋼板を焼鈍し、
(c)熱酸化焼鈍、すなわち露点を制御した雰囲気下での焼鈍によって、母材鋼板の表面上に中間層を形成し、
(d)この中間層上に、燐酸塩とコロイド状シリカを主体とする絶縁皮膜形成用溶液を塗布して焼付ける。
上記の製造方法によって、母材鋼板と前記母材鋼板上に接して配された中間層と、中間層上に接して配されかつ最表面となる絶縁皮膜とを有する方向性電磁鋼板を製造することができる。
【0032】
母材鋼板は、例えば次のようにして作製する。
Siを0.8~7.0質量%含有する珪素鋼片を、好ましくはSiを2.0~7.0質量%含有する珪素鋼片を、熱間圧延し、熱間圧延後の鋼板に必要に応じて焼鈍を施し、その後、焼鈍後の鋼板に1回又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚の鋼板に仕上げる。次いで、最終板厚の鋼板に、脱炭焼鈍を施すことで、脱炭に加え、一次再結晶を進行させるとともに、鋼板表面に酸化層を形成する。
【0033】
次に、酸化層を有する鋼板の表面に、マグネシアを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して乾燥し、乾燥後、鋼板をコイル状に巻き取る。ついで、コイル状の鋼板を仕上げ焼鈍(二次再結晶)に供する。仕上げ焼鈍により、鋼板表面には、フォルステライト(Mg2SiO4)を主体とするフォルステライト皮膜が形成される。このフォルステライト皮膜を、酸洗、研削などの手段で除去する。除去後、好ましくは、鋼板表面を化学研磨又は電解研磨で平滑に仕上げる。
【0034】
一方、上記の焼鈍分離剤として、マグネシアの代わりにアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を用いることができる。酸化層を有する鋼板の表面に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して乾燥し、乾燥後、鋼板をコイル状に巻き取る。ついで、コイル状の鋼板を仕上げ焼鈍(二次再結晶)に供する。アルミナを主成分とする焼鈍分離剤を用いた場合、仕上げ焼鈍を行っても、鋼板表面にフォルステライトなどの無機鉱物質の皮膜が生成することが抑制される。仕上げ焼鈍後、好ましくは、鋼板表面を化学研磨又は電解研磨で平滑に仕上げる。
【0035】
フォルステライトなどの無機鉱物質の皮膜を除去した母材鋼板、又は、フォルステライトなどの無機鉱物質の皮膜の生成を抑制した母材鋼板を、以下の焼鈍条件で熱酸化焼鈍して、母材鋼板の表面に中間層を形成する。なお、場合によっては、仕上げ焼鈍後には焼鈍を行わず、仕上げ焼鈍後の母材鋼板の表面に絶縁皮膜を形成してもよい。
【0036】
中間層形成時の焼鈍雰囲気は、鋼板の内部が酸化しないように、還元性の雰囲気が好ましく、特に、水素を混合した窒素雰囲気が好ましい。例えば、水素:窒素が80~20%:20~80%(合計で100%)の雰囲気が好ましい。
【0037】
さらに、中間層形成時には、焼鈍温度500℃以上1500℃以下、保持時間10秒以上600秒以下、露点-20℃以上10℃以下に焼鈍条件を調整することが好ましい。露点は5℃以下であることがさらに好ましい。このような焼鈍条件で母材鋼板を熱処理することで、母材鋼板の表面に中間層を形成する。
【0038】
中間層の厚さは、焼鈍温度、保持時間、および、焼鈍雰囲気の露点の一つ又は二つ以上を適宜調整して制御する。上記中間層の厚さは、絶縁皮膜の皮膜密着性を確保する点で、平均で2nm~400nmが好ましい。より好ましくは5nm~300nmである。
【0039】
次いで、中間層上に、絶縁皮膜を形成する。絶縁皮膜を形成する好ましい方法は以下の通りである。もちろん、絶縁皮膜を形成する方法は以下の方法に限られない。まず、燐酸塩とコロイド状シリカを主体とする絶縁皮膜形成用溶液を塗布して焼付ける。
次いで、母材鋼板の表面に、絶縁皮膜形成用溶液を塗布量2g/m2~10g/m2で塗布し、絶縁皮膜形成用溶液が塗布された母材鋼板を3秒~300秒放置する。
【0040】
次いで、絶縁皮膜形成用溶液が塗布された母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH2O/PH2が0.001以上0.3以下に調整された雰囲気ガス中で、昇温速度5℃/秒以上30℃秒以下で加熱する。この条件で加熱された母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH2O/PH2が0.001以上0.3以下に調整された雰囲気ガス中で、300℃以上950℃以下の温度範囲で、10秒以上300秒以下で均熱する。
この条件で均熱された母材鋼板を、水素および窒素を含有しかつ酸化度PH2O/PH2が0.001以上0.05以下に制御された雰囲気ガス中で、冷却速度5℃/秒以上50℃秒以下で、500℃まで冷却する。
加熱~冷却における雰囲気の酸化度が上記で示した下限値未満であると、中間層が薄くなってしまう場合がある。また、上記で示した上限値を超えると中間層が厚くなってしまう場合がある。
また、冷却時の冷却速度が5℃/秒未満であると生産性が低下してしまう場合がある。また、冷却速度が50℃/秒超であると絶縁皮膜中に多くの空隙が発生してしまう場合がある。
【0041】
次いで、上記の工程で得られた方向性電磁鋼板に電子ビームを照射して、母材鋼板の表面に圧延方向と交差する方向に延びる歪領域を形成する。ここで、方向性電磁鋼板に電子ビームを照射することで、圧延方向および歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部の温度が800℃以上2000℃以下に加熱される。これにより、母材鋼板の表面に圧延方向と交差する方向に延びる歪領域が形成される。ここで、圧延方向における歪領域の中央部は、歪領域の中心(詳細は後述するが、歪領域を圧延方向および板厚方向と平行な面を断面視した場合の、圧延方向における歪領域の端部間の中心)を含み、かつ圧延方向に10μmの幅を有する領域である。歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部とは、連続する歪領域で、歪領域が伸びる方向の端部と端部とを結んだ線分の中点(すなわち中心)を含む領域であり、この中点(中心)から歪領域が伸びる方向に10μmの幅を持った領域を意味する。
したがって、圧延方向における歪領域の中央部及び歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部の双方に該当する領域が800℃以上2000℃以下に加熱される。
ここで、圧延方向および歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部の温度を800℃以上2000℃以下に加熱するために、歪領域形成工程では、加速電圧:50kV以上350kV以下、ビーム電流:0.3mA以上50mA以下、ビーム照射径:10μm以上500μm以下、照射間隔:3mm以上20mm以下、スキャン速度:5m/秒以上80m/秒以下の条件で、電子ビームが照射されることが好ましい。電子ビームは、高加速電圧化による皮膜損傷の抑制効果や、高速でビーム制御ができるなどの特徴があるため、電子ビームを用いることが好ましい。
歪領域形成工程では、圧延方向および歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部の温度が800℃以上1500℃以下に加熱されてもよい。
【0042】
電子ビームの照射は、1台あるいは2台以上の照射装置(例えば電子銃)を用いて、鋼板の幅端部から、もう一方の幅端部へビームを走査しながら行われることが好ましい。電子ビームの走査方向は、圧延方向に対して方向性電磁鋼板の表面に平行に時計回り方向または反時計回り方向に45から135°の角度とすることが好ましく、90°、すなわち、圧延方向に対し方向性電磁鋼板の表面に平行かつ直角とすることがより好ましい。90°からのずれが大きくなると、歪領域の体積が過度に増大してしまうため、ヒステリシス損が増加する傾向がある。
【0043】
加速電圧は、50kV以上350kV以下であることが好ましい。
電子ビームの加速電圧は高い方が好ましい。電子ビームの加速電圧が高いほど、電子ビームの物質透過性が高まり、電子ビームが絶縁皮膜を透過しやすくなる。そのため、絶縁皮膜の損傷が抑制される。また、加速電圧が高いとビーム径を小さくしやすいという利点がある。以上の効果を得るために、加速電圧を50kV以上とすることが好ましい。なお、加速電圧は70kV以上とすることが好ましく、100kV以上とすることがより好ましい。
一方、設備コスト抑制の観点から、加速電圧は350kV以下とすることが好ましい。なお、加速電圧は300kV以下とすることが好ましく、250kV以下とすることがより好ましい。
【0044】
ビーム電流は、0.3mA以上50mA以下であることが好ましい。
ビーム電流は、ビーム径縮小の観点からは小さい方が好ましい。ビーム電流が大きすぎるとビームを収束させることが困難となる可能性があるため、ビーム電流を50mA以下とすることが好ましい。なお、ビーム電流は30mA以下とすることがより好ましい。ビーム電流が小さすぎると、十分な磁区細分化効果を得るために必要な歪を形成することができない可能性があるため、ビーム電流を0.3mA以上とすることが好ましい。なお、ビーム電流は0.5mA以上とすることがより好ましく、1mA以上とすることがさらに好ましい。
【0045】
ビーム照射径は、10μm以上500μm以下であることが好ましい。
ビームの走査方向と直交する方向におけるビーム照射径は、小さいほど単板鉄損の向上に有利である。電子ビームの走査方向と直交する方向におけるビーム照射径を500μm以下とすることが好ましい。ここで、本実施形態では、ビーム照射径を、スリット法(幅0.03mmのスリットを使用)によって測定したビームプロファイルの半値幅と定義する。なお、走査方向と直交する方向におけるビーム照射径は、400μm以下とすることが好ましく、300μm以下とすることがより好ましい。
走査方向と直交する方向におけるビーム照射径の下限は特に限定されないが、10μm以上とすることが好ましい。電子ビームの走査方向と直交する方向におけるビーム照射径が10μm以上であれば、1つの電子ビーム源によって広い範囲に対し照射を行うことが可能である。なお、走査方向と直交する方向におけるビーム照射径は、30μm以上とすることが好ましく、100μm以上とすることがより好ましい。
【0046】
照射間隔は、3mm以上20mm以下であることが好ましい。
また、照射間隔が3mm以上20mm以下であることにより、磁区細分化による渦電流損の低減とヒステリシス損の増加抑制とのバランスによる鉄損低減という効果が得られる。照射間隔とは、母材鋼板の圧延方向に沿った、電子ビームを照射する距離であり、圧延方向における歪領域の間隔である。
【0047】
スキャン速度は、5m/秒以上80m/秒以下であることが好ましい。
さらに、スキャン速度が5m/秒以上80m/秒以下であることにより、磁区細分化効果と生産性向上とが両立できる。
ビームのスキャン速度は5m/秒以上とすることが好ましい。ここで、スキャン速度とは、各歪領域を形成する際の電子ビームの照射開始地点から照射終了地点までの距離を当該地点間のスキャンに要した時間で除することで得られるスキャン速度、すなわち平均スキャン速度である。例えば、電子ビームの照射開始地点及び照射終了地点が鋼板の幅方向の両端部となる場合、スキャン速度は、鋼板の幅端部から、もう一方の幅端部へビームを走査しながら照射する間の、平均スキャン速度(鋼板の幅端部間の距離を当該幅端部間の走査に要した時間で除した速度)となる。スキャン速度が5m/秒より小さいと、処理時間が長くなり、生産性が低下する可能性がある。走査速度は、45m/秒以上とすることがより好ましい。
【0048】
次に、上述の実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法によって得られる方向性電磁鋼板の一例を説明する。しかし、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法によって得られる方向性電磁鋼板が以下の実施形態に限定されないことは自明である。
【0049】
[方向性電磁鋼板]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、母材鋼板と、母材鋼板上に接して配された中間層と、中間層上に接して配された絶縁皮膜とを有する。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、母材鋼板の表面に圧延方向と交差する方向に延びる歪領域を有し、圧延方向および板厚方向と平行な面の断面視で、歪領域上の絶縁皮膜中にM2P4O13が存在する。Mは、Fe又はCrの少なくとも一方、あるいは双方を意味する。
【0050】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、母材鋼板と、母材鋼板上に接して配された中間層と、中間層上に接して配された絶縁皮膜とが存在し、フォルステライト皮膜がない。
ここで、フォルステライト皮膜のない方向性電磁鋼板とは、フォルステライト皮膜を製造後に除去して製造した方向性電磁鋼板、又は、フォルステライト皮膜の生成を抑制して製造した方向性電磁鋼板である。
【0051】
本実施形態において、母材鋼板の圧延方向とは、母材鋼板を後述する製造方法で製造した際の熱間圧延又は冷間圧延における圧延方向である。圧延方向は、鋼板の通板方向、搬送方向などと称することもある。なお、圧延方向は、母材鋼板の長手方向となる。圧延方向は、磁区構造を観察する装置、またはX線ラウエ法などの結晶方位を測定する装置を用いて特定することもできる。
本実施形態において、圧延方向と交差する方向とは、圧延方向に対して母材鋼板の表面に平行かつ直角な方向(以下、単に「圧延方向に対して直角な方向」とも称する)から母材鋼板の表面に平行に時計回り方向または反時計回り方向に45°以内の傾きの範囲にある方向を意味する。歪領域は母材鋼板の表面に形成されるため、歪領域は、母材鋼板の表面上の圧延方向および板厚方向に対して直角な方向から、母材鋼板の板面において45°以内の傾きの方向に延在する。
【0052】
圧延方向および板厚方向と平行な面とは、上述の圧延方向と母材鋼板の板厚方向の双方に対して平行な面を意味する。
【0053】
歪領域上の絶縁皮膜とは、母材鋼板上に配される絶縁皮膜において、圧延方向および板厚方向と平行な面の断面視で、歪領域の板厚方向上部に位置する部位を意味する。
【0054】
以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の各構成要素について説明する。本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、上述した方向性電磁鋼板の製造方法によって製造することができる。
【0055】
(母材鋼板)
基材である母材鋼板は、母材鋼板の表面において結晶方位がゴス方位に制御された結晶粒集合組織を有する。母材鋼板の表面粗度は、特に制限されないが、母材鋼板に大きい張力を付与して鉄損の低減を図る点で、算術平均粗さ(Ra)で0.5μm以下が好ましく、0.3μm以下がより好ましい。なお、母材鋼板の算術平均粗さ(Ra)の下限は、特に制限されないが、0.1μm以下では鉄損改善効果が飽和してくるので下限を0.1μmとしてもよい。
【0056】
母材鋼板の板厚も、特に制限されないが、鉄損をより低減するため、板厚は平均で0.35mm以下が好ましく、0.30mm以下がより好ましい。なお、母材鋼板の板厚の下限は、特に制限されないが、製造設備やコストの観点から、0.10mmとしてもよい。なお、母材鋼板の板厚の測定方法は特に制限されないが、例えばマイクロメータ等を用いて測定することができる。
【0057】
母材鋼板の化学成分は特に制限されないが、例えば高濃度のSi(例えば、0.8~7.0質量%)を含有していることが好ましい。この場合、酸化珪素主体の中間層との間に強い化学親和力が発現し、中間層と母材鋼板とが強固に密着する。
【0058】
(中間層)
中間層は、母材鋼板上に接して配され(すなわち、母材鋼板の表面に形成され)、母材鋼板と絶縁皮膜とを密着させる機能を有する。中間層は、母材鋼板の表面上に連続して広がっている。中間層が母材鋼板と絶縁皮膜との間に形成されることで、母材鋼板と絶縁皮膜との密着性が向上して、母材鋼板に応力が付与される。
【0059】
中間層は、仕上げ焼鈍時にフォルステライト皮膜の生成が抑制された母材鋼板、又は仕上げ焼鈍後にフォルステライト皮膜が除去された母材鋼板を、所定の酸化度に調整された雰囲気ガス中で熱処理することにより形成することができる。
【0060】
中間層の主体をなす酸化珪素は、SiOx(x=1.0~2.0)であることが好ましい。酸化珪素がSiOx(x=1.5~2.0)であれば、酸化珪素がより安定するので、より好ましい。母材鋼板の表面に中間層を形成する際に熱酸化焼鈍を十分に(すなわち、上述の実施形態の条件を満たすように)行えば、中間層にSiOx(x≒2.0)を形成することができる。
【0061】
上述の実施形態の条件で熱酸化焼鈍を行なえば、酸化珪素は、非晶質のままである。このため、熱応力に耐える高い強度を有し、かつ、弾性が増して、熱応力を容易に緩和できる、緻密な材質の中間層を母材鋼板の表面に形成することができる。
【0062】
中間層の厚さが薄いと、熱応力緩和効果が十分に発現しない可能性があるので、中間層の厚さは平均で2nm以上が好ましい。中間層の厚さはより好ましくは5nm以上である。一方、中間層の厚さが厚いと、厚さが不均一になり、また、層内にボイドやクラックなどの欠陥が生じる可能性がある。そのため、中間層の厚さは平均で400nm以下が好ましく、より好ましくは300nm以下である。なお、中間層の厚さの測定方法は後述する。
【0063】
中間層は外部酸化によって形成された外部酸化膜であってもよい。外部酸化膜とは、低酸化度雰囲気ガス中で形成される酸化膜であり、鋼板中の合金元素(Si)が鋼板表面まで拡散した後に、鋼板表面で膜状に形成される酸化物を意味する。
【0064】
中間層は、上述したように、シリカ(酸化珪素)を主成分として含む。中間層は、酸化珪素以外に、母材鋼板に含まれる合金元素の酸化物を含む場合もある。すなわち、Fe、Mn、Cr、Cu、Sn、Sb、Ni、V、Nb、Mo、Ti、Bi、Alの何れかの酸化物、またはこれらの複合酸化物を含む場合がある。中間層は、加えて、Fe等の金属粒を含む場合もある。また、効果を損なわない範囲で中間層が不純物を含んでもよい。
【0065】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、圧延方向および板厚方向と平行な面の断面視で、中央部の中間層の平均厚さが歪領域以外の中間層の平均厚さの0.5倍以上2倍以下であることがより好ましい。ここで、中央部とは、後述する歪領域の中央部である。
このような構成とすることで、歪領域においても絶縁皮膜の密着性を良好に保つことができる。
【0066】
通常、圧延方向に複数の歪領域がほぼ連続的に(例えば、歪領域の継ぎ目を除いて連続的に)形成される。よって、圧延方向にカウントしたN番目の歪領域と、例えばN番目の歪領域に圧延方向に隣接するN+1番目の歪領域(あるいはN-1番目の歪領域)との間の領域を歪領域以外の領域と称することができる。
【0067】
歪領域以外の中間層の平均厚さは、後述する方法で、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)又は透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)で測定することができる。また、歪領域の中間層の平均厚さも、同じ手法で測定することができる。
具体的には、次に説明する手法で、歪領域の中間層の平均厚さ、ならびに歪領域以外の中間層の平均厚さを測定することができる。
【0068】
まず初めに、切断方向が板厚方向と平行となるように試験片を切り出し(詳細には、切断面が板厚方向と平行かつ圧延方向と垂直となるように試験片を切り出し)、この切断面の断面構造を、観察視野中に各層(すなわち母材鋼板、中間層、及び絶縁皮膜)が入る倍率にてSEMで観察する。反射電子組成像(COMPO像)で観察すれば、断面構造が何層から構成されているかを類推できる。
【0069】
断面構造中の各層を特定するために、SEM-EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて、板厚方向に沿って線分析を行い、各層の化学成分の定量分析を行う。
定量分析する元素は、Fe、Cr、P、Si、Oの5元素とする。以下に説明する「原子%」とは、原子%の絶対値ではなく、これらの5元素に対応するX線強度を基に計算した相対値である。
【0070】
以下では、SEM-EDSで測定される上記相対値は、株式会社日立ハイテクノロジーズ製の走査型電子顕微鏡(NB5000)およびブルカー・エイエックスエス株式会社製のEDS分析装置(XFlash(r) 6|30)で線分析を行い、その結果をブルカー・エイエックスエス株式会社製のEDSデータ用ソフト(ESPRIT1.9)に入力して計算した場合の具体的数値であるものとする。
また、TEM-EDSで測定される上記相対値は、日本電子株式会社製の透過電子顕微鏡(JEM-2100F)および日本電子株式会社製のエネルギー分散型X線分析装置(JED-2300T)で線分析を行い、その結果を日本電子株式会社製のEDSデータ用ソフト(Analysis Station)に入力して計算した場合の具体的数値であるものとする。もちろん、SEM-EDS、TEM-EDSでの測定は以下に示す例に限られない。
【0071】
まず、上記したCOMPO像での観察結果およびSEM-EDSの定量分析結果に基づいて、以下のように母材鋼板、中間層、及び絶縁皮膜を特定する。すなわち、Fe含有量が測定ノイズを除いて80原子%以上、O含有量が30原子%未満となる領域が存在し、かつこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域を母材鋼板であると判断し、この母材鋼板を除く領域を、中間層、絶縁皮膜であると判断する。
【0072】
上記で特定した母材鋼板を除く領域を観察した結果、測定ノイズを除いて、P含有量が5原子%以上、O含有量が30原子%以上となる領域が存在し、かつこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域を絶縁皮膜であると判断する。
【0073】
なお、上記の絶縁皮膜である領域を特定する際には、皮膜中に含まれる析出物や介在物などを判断の対象に入れず、母相として上記の定量分析結果を満足する領域を絶縁皮膜であると判断する。例えば、線分析の走査線上に析出物や介在物などが存在することがCOMPO像や線分析結果から確認されれば、この領域を対象に入れないで母相としての定量分析結果によって判断する。なお、析出物や介在物は、COMPO像ではコントラストによって母相と区別でき、定量分析結果では構成元素の存在量によって母相と区別できる。
【0074】
上記で特定した母材鋼板、絶縁皮膜を除く領域が存在し、かつこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域を中間層であると判断する。この中間層は、全体の平均(例えば走査線上の各測定点で測定された各元素の原子%の算術平均)として、Si含有量が平均で20原子%以上、O含有量が平均で30原子%以上を満足すればよい。なお、中間層の定量分析結果は、中間層に含まれる析出物や介在物などの分析結果を含まない、母相としての定量分析結果である。
【0075】
さらに、上記で絶縁皮膜であると判断された領域のうち、測定ノイズを除いて、Fe、Cr、PおよびOの含有量の合計が70原子%以上、Si含有量が10原子%未満となる領域を析出物であると判断する。
【0076】
上記の析出物に関しては、後述するように、電子線回折のパターンから、その結晶構造を特定できる。
【0077】
なお、従来の絶縁皮膜中にはM2P2O7が存在する場合があるが、このM2P2O7(Mは、Fe又はCrの少なくとも一方、あるいは双方)に関しては、電子線回折のパターンから、その結晶構造を特定して判別することができる。
【0078】
上記のCOMPO像観察およびSEM-EDS定量分析による各層の特定および厚さの測定を、観察視野を変えて5カ所以上で実施する。計5カ所以上で求めた各層の厚さのうち、最大値および最小値を除いた値から算術平均値を求めて、この平均値を各層の厚さとする。ただし、中間層である酸化膜の厚さは、組織形態を観察しながら外部酸化領域であって内部酸化領域でなないと判断できる箇所で厚さを測定して平均値を求める。このような方法により、絶縁皮膜及び中間層の厚さ(平均厚さ)を測定することができる。
【0079】
なお、上記した5カ所以上の観察視野の少なくとも1つに、線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm未満となる層が存在するならば、該当する層をTEMにて詳細に観察し、TEMによって該当する層の特定および厚さの測定を行うことが好ましい。
【0080】
より具体的には、TEMを用いて詳細に観察すべき層を含む試験片を、FIB(Focused Ion Beam)加工によって、切断方向が板厚方向と平行となるように切り出し(詳細には、切断面が板厚方向と平行かつ圧延方向と垂直となるように試験片を切り出し)、この切断面の断面構造を、観察視野中に該当する層が入る倍率にてSTEM(Scanning-TEM)で観察(明視野像)する。観察視野中に各層が入らない場合には、連続した複数視野にて断面構造を観察する。
【0081】
断面構造中の各層を特定するために、TEM-EDSを用いて、板厚方向に沿って線分析を行い、各層の化学成分の定量分析を行う。定量分析する元素は、Fe、Cr、P、Si、Oの5元素とする。
【0082】
上記したTEMでの明視野像観察結果およびTEM-EDSの定量分析結果に基づいて、各層を特定して、各層の厚さの測定を行う。TEMを用いた各層の特定方法および各層の厚さの測定方法は、上記したSEMを用いた方法に準じて行えばよい。
【0083】
なお、TEMで特定した各層の厚さが5nm以下であるときは、空間分解能の観点から球面収差補正機能を有するTEMを用いることが好ましい。また、各層の厚さが5nm以下であるときは、板厚方向に沿って例えば2nm以下の間隔で点分析を行い、各層の線分(厚さ)を測定し、この線分を各層の厚さとして採用してもよい。例えば、球面収差補正機能を有するTEMを用いれば、0.2nm程度の空間分解能でEDS分析が可能である。
【0084】
上記した各層の特定方法では、まず全領域中の母材鋼板を特定し、次にその残部中での絶縁皮膜を特定し、最後にその残部を中間層と判断し、さらに析出物を特定するので、本実施形態の構成を満たす方向性電磁鋼板の場合には、全領域中に上記各層以外の未特定領域が存在しない。
【0085】
(絶縁皮膜)
絶縁皮膜は、燐酸塩とコロイド状シリカ(SiO2)を主体とする溶液を中間層の表面に塗布して焼付けて形成されるガラス質の絶縁皮膜である。あるいは、アルミナゾルとホウ酸とを主体とする溶液を塗布して焼付けて絶縁皮膜を形成してもよい。
この絶縁皮膜は、母材鋼板に高い面張力を付与することができる。絶縁皮膜は、例えば方向性電磁鋼板の最表面を構成する。
【0086】
絶縁皮膜の平均厚さは、好ましくは0.1~10μmである。絶縁皮膜の平均厚さが0.1μm未満であると、絶縁皮膜の皮膜密着性が向上せず、鋼板に所要の面張力を付与することが困難になる可能性がある。そのため、平均厚さは平均で0.1μm以上が好ましく、より好ましくは0.5μm以上である。
【0087】
絶縁皮膜の平均厚さが10μmを超えると、絶縁皮膜の形成段階で、絶縁皮膜にクラックが発生する可能性がある。そのため、平均厚さは平均で10μm以下が好ましく、より好ましくは5μm以下である。
【0088】
なお、近年の環境問題を考慮すると、絶縁皮膜では、化学成分として、Cr濃度の平均が0.10原子%未満に制限されることが好ましく、0.05原子%未満に制限されることがさらに好ましい。
【0089】
(歪領域)
図3および
図4を用いて、母材鋼板に形成された歪領域の説明をする。
図3は、圧延方向および板厚方向と平行な面の断面を示す模式的な図であり、母材鋼板1の表面に形成された歪領域Dを含む図である。
図3に示すように、母材鋼板1上に接して中間層4が配され、中間層4上に接して絶縁皮膜3が配され、母材鋼板1の表面に歪領域Dが形成されている。なお、中間層4は他の層に比べて厚さが小さいため、
図3においては、中間層4は線で表現されている。
【0090】
ここで、歪領域の中心とは、圧延方向および板厚方向と平行な面を断面視した場合の、圧延方向における歪領域の端部間の中心を意味し、例えば、圧延方向における歪領域の端部間の距離が40μmであるとき、歪領域の中心は、各端部から20μmに位置する。
図3の断面視の場合、歪領域の中心cは、歪領域Dの端部eと端部e’から等しい距離に位置する点で示される。
【0091】
図3に示す例では、母材鋼板に形成された歪領域D上の絶縁皮膜とは、端部eと端部e’に挟まれた絶縁皮膜3の領域である。
【0092】
図3に示す歪領域Dの端部e又は端部e’は、例えば、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)のCI(Confidential Index)値マップで決定することができる。つまり、電子ビームの照射により歪が蓄積した領域では結晶格子が歪んでいるので、未照射領域とCI値が異なる。そこで、例えば照射領域と未照射領域の両方の部位を含んだ領域のEBSDのCI値マップを取得し、マップ内のCI値の上限値と下限値(測定ノイズは除外する)の算術平均値を臨界値としてマップ内の領域をCI値が臨界値以上の領域とCI値が臨界値未満の領域とに区分する。そして、いずれか一方の領域を歪領域(照射領域)とし、他方の領域を歪領域以外の領域(未照射領域)とする。これにより、歪領域を特定することができる。
【0093】
図4は、圧延方向および板厚方向と平行な面の断面を示す模式的な図であり、
図3の破線で囲まれた範囲Aを拡大した図である。
図4は、歪領域Dの中央部Cを含む範囲を示している。
【0094】
歪領域の中央部とは、上記歪領域の中心を含み、かつ圧延方向に10μmの幅を有する領域である。
図4では、歪領域Dの中央部Cが、直線mおよび直線m’で囲まれて示されている。直線mと直線m’は、母材鋼板1の圧延方向に垂直かつ互いに平行な直線であり、10μm間隔がある。なお、
図4の例では、直線mと直線m’から歪領域Dの中心cまでの距離は等しい。
なお、圧延方向において、歪領域の中心と歪領域の中央部の中心の位置が一致することがより好ましい。
【0095】
端部eと端部e’間の距離である歪領域Dの幅は、10μm以上が好ましく、より好ましくは20μm以上である。歪領域Dの幅は、500μm以下が好ましく、より好ましくは100μm以下である。
【0096】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、歪領域の中央部の絶縁皮膜中にM
2P
4O
13が存在することがより好ましい。Mは、Fe又はCrの少なくとも一方、あるいは双方を意味する。
図4に示す例では、歪領域Dの中央部Cの絶縁皮膜3中にM
2P
4O
13の析出物が存在する。
図4では、この析出物を領域5としている。また、
図4の領域5の周辺では、非晶質燐酸化物の析出物を含む領域6が存在する。絶縁皮膜3において、領域5と領域6を除く領域は絶縁皮膜の母相7やボイド8を含む。
【0097】
なお、領域5は、M2P4O13の析出物のみから構成されてもよく、M2P4O13の析出物と他の析出物を含む領域であってもよい。また、領域6は、非晶質燐酸化物の析出物のみから構成されてもよく、非晶質燐酸化物の析出物と他の析出物を含む領域であってもよい。
【0098】
M2P4O13は、燐酸化物であり、例えばFe2P4O13又はCr2P4O13であるか、(Fe,Cr)2P4O13である。
領域6は絶縁皮膜3の表面近傍に形成される場合もある。
【0099】
絶縁皮膜の母相7は組成として、P,Si,Oを含む。
【0100】
M2P4O13の析出物や非晶質燐酸化物の析出物などは、電子線回折パターンを解析する手法で判別することができる。
この同定は、ICDD(International Centre for Diffraction Data)のPDF(Powder Diffraction File)を用いて行えばよい。具体的には、析出物がM2P4O13の場合、PDF:01-084-1956の回折パターンが現れ、析出物が従来の絶縁皮膜に存在するM2P2O7の場合、PDF:00-048-0598の回折パターンが現れる。また、析出物が非晶質燐酸化物の場合、回折パターンはハローパターンとなる。
【0101】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、歪領域の中央部の絶縁皮膜中にM2P4O13が存在することで、良好な鉄損低減効果が得られるエネルギー密度で歪領域を形成した場合にも、絶縁皮膜の良好な密着性を確保することができる。
【0102】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、
図5に示すように、圧延方向および板厚方向と平行な面における歪領域の断面視で、板厚方向と直交する方向の観察視野の全長をL
zとし、板厚方向と直交する方向におけるボイドの長さL
d(
図5の例ではL
1~L
4)の合計をΣL
dとし、ボイドが存在するボイド領域の線分率Xを下記の(式1)で定義するとき、線分率Xが20%以下であることがより好ましい。
【0103】
X=(ΣLd/Lz)×100 (式1)
このような構成とすることで、ボイドを起点とした絶縁皮膜の剥離が抑制され、絶縁皮膜の密着性が向上するという効果が得られる。
【0104】
ボイドの長さL
dは、以下の方法によって特定することができる。上述した方法で特定した絶縁皮膜を、TEMで観察(明視野像)する。この明視野像中では、白色領域がボイドとなる。なお、白色領域がボイドであるか否かは、上述したTEM-EDSによって明確に判別できる。観察視野(全長L
z)上で絶縁皮膜中のボイドである領域とボイドではない領域とを二値化し、画像解析によって、板厚方向と直交する方向におけるボイドの長さL
dを求めることができる。
ここで、
図5の例では、ボイド8の長さL
dの合計ΣL
dは、ΣL
d=L
1+L
2+L
3+L
4である。
図5に示すように、板厚方向にボイド8が重なる場合、重なるボイドの長さL
dから重なった部分の長さを引いたものをボイドの長さとする。
図5において、板厚方向に沿って見たときに重なる2つのボイド8の長さは、重なり合う長さを引いたL
4とする。
【0105】
上記の線分率Xは、絶縁皮膜の密着性向上の観点から、より好ましくは、10%以下である。線分率Xの下限値は特に制限はなく、0%であってもよい。
なお、画像解析を行うための画像の二値化は、上記したボイドの判別結果に基づき、組織写真に対して手作業で空隙の色付けを行って画像を二値化してもよい。
【0106】
観察視野は、上述した歪領域の中央部としてもよい。すなわち、観察視野の全長Lzを10μmと設定してもよい。
【0107】
ボイドの線分率Xは、同一の歪領域について、ボイドの線分率の測定を、母材鋼板の圧延方向および板厚方向に垂直な方向に50mm以上の間隔を空けて3箇所行い、これらの線分率の算術平均値を線分率Xとする。
【0108】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、母材鋼板1の板面に垂直な方向から見た場合、歪領域Dが連続して又は不連続に設けられていることがより好ましい。歪領域Dが連続して設けられるとは、母材鋼板1の圧延方向と交差する方向に、歪領域Dが母材鋼板1の圧延方向と交差する方向に5mm以上形成されていることを意味する。歪領域Dが不連続に設けられるとは、母材鋼板1の圧延方向と交差する方向に、点状、あるいは5mm以下の断続的な線状の歪領域Dが形成されていることを意味する。
このような構成とすることで、磁区細分化効果が安定して得られるという効果が得られる。
【0109】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、圧延方向および板厚方向と平行な面の断面視で、中央部の絶縁皮膜中のM2P4O13の割合が、面積率で10%以上60%以下であることがより好ましい。
面積率は、好ましくは、20%以上であり、より好ましくは30%以上である。面積率は、好ましくは50%以下であり、より好ましくは40%以下である。このような構成とすることで、絶縁皮膜の密着性が向上するという効果が得られる。
【0110】
中央部の絶縁皮膜中のM2P4O13の面積率は、上述した手法で析出物を特定した上で、電子線回折パターンの解析によってM2P4O13の析出物を特定することで算出することができる。中央部の絶縁皮膜中のM2P4O13の面積率は、析出物やボイドを含めた中央部の絶縁皮膜の全断面積に対する、同じ断面におけるM2P4O13の合計の断面積の割合である。これらの断面積は、画像解析で算出してもよく、断面写真から算出してもよい。
【0111】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、圧延方向および板厚方向と平行な面の断面視で、中央部の絶縁皮膜中の非晶質燐酸化物領域の面積率が1%以上60%以下であることがより好ましい。
非晶質燐酸化物領域の面積率が1%以上であることで、絶縁皮膜中の局所応力が緩和される。また、非晶質燐酸化物領域の面積率が60%以下であることで絶縁皮膜の張力を低下させないという効果が得られる。
非晶質燐酸化物領域の面積率は、より好ましくは5%以上であり、非晶質燐酸化物領域の面積率は、より好ましくは40%以下である。中央部の絶縁皮膜中の非晶質燐酸化物領域の面積率は、中央部の絶縁皮膜中のM2P4O13の面積率と同様の方法で測定することができる。
【0112】
上述した断面視において、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母材鋼板1における歪領域Dは、上述のように、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)のCI(Confidential Index)値マップで判別することができる。
【0113】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板について、母材鋼板の成分組成は特に限定されるものではない。ただし、方向性電磁鋼板は、各種工程を経て製造されるので、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を製造するうえで好ましい素材鋼片(スラブ)および母材鋼板の成分組成が存在する。これらの成分組成について以下で説明する。
以下、素材鋼片および母材鋼板の成分組成に係る%は、素材鋼片または母材鋼板の総質量に対する質量%を意味する。
【0114】
(母材鋼板の成分組成)
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母材鋼板は、例えば、Si:0.8~7.0%を含有し、C:0.005%以下、N:0.005%以下、SおよびSeの合計量:0.005%以下、ならびに酸可溶性Al:0.005%以下に制限し、残部がFeおよび不純物からなる。
【0115】
Si:0.8%以上かつ7.0%以下
Si(シリコン)は、方向性電磁鋼板の電気抵抗を高めて鉄損を低下させる。Si含有量の好ましい下限は0.8%以上であり、さらに好ましくは2.0%以上である。一方、Si含有量が7.0%を超えると、母材鋼板の飽和磁束密度が低下するため、鉄心の小型化が難くなる可能性がある。このため、Si含有量の好ましい上限は7.0%以下である。
【0116】
C:0.005%以下
C(炭素)は、母材鋼板中で化合物を形成し、鉄損を劣化させるため、少ないほど好ましい。C含有量は、0.005%以下に制限することが好ましい。C含有量の好ましい上限は0.004%以下であり、さらに好ましくは0.003%以下である。Cは少ないほど好ましいので、下限は0%を含むが、Cを0.0001%未満に低減しようとすると、製造コストが大幅に上昇するので、製造上、0.0001%が実質的な下限である。
【0117】
N:0.005%以下
N(窒素)は、母材鋼板中で化合物を形成し、鉄損を劣化させるため、少ないほど好ましい。N含有量は、0.005%以下に制限することが好ましい。N含有量の好ましい上限は0.004%以下であり、さらに好ましくは0.003%以下である。Nは少ないほど好ましいので、下限が0%であればよい。
【0118】
SおよびSeの合計量:0.005%以下
S(硫黄)およびSe(セレン)は、母材鋼板中で化合物を形成し、鉄損を劣化させるため、少ないほど好ましい。SまたはSeの一方、または両方の合計を0.005%以下に制限することが好ましい。SおよびSeの合計量は、0.004%以下が好ましく、0.003%以下がさらに好ましい。SまたはSeの含有量は少ないほど好ましいので、下限がそれぞれ0%であればよい。
【0119】
酸可溶性Al:0.005%以下
酸可溶性Al(酸可溶性アルミニウム)は、母材鋼板中で化合物を形成し、鉄損を劣化させるため、少ないほど好ましい。酸可溶性Alは、0.005%以下であることが好ましい。酸可溶性Alは、0.004%以下が好ましく、0.003%以下がさらに好ましい。酸可溶性Alは少ないほど好ましいので、下限が0%であればよい。
【0120】
上述した母材鋼板の成分組成の残部は、Feおよび不純物からなる。なお、「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入するものを指す。
【0121】
また、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母材鋼板は、特性を阻害しない範囲で、上記残部であるFeの一部に代えて選択元素として、例えば、Mn(マンガン)、Bi(ビスマス)、B(ボロン)、Ti(チタン)、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)、Sn(スズ)、Sb(アンチモン)、Cr(クロム)、Cu(銅)、P(燐)、Ni(ニッケル)、Mo(モリブデン)から選択される少なくとも1種を含有してもよい。
【0122】
上記した選択元素の含有量は、例えば、以下とすればよい。なお、選択元素の下限は、特に制限されず、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の効果は損なわれない。
Mn:0%以上かつ1.00%以下、
Bi:0%以上かつ0.010%以下、
B:0%以上かつ0.008%以下、
Ti:0%以上かつ0.015%以下、
Nb:0%以上かつ0.20%以下、
V:0%以上かつ0.15%以下、
Sn:0%以上かつ0.30%以下、
Sb:0%以上かつ0.30%以下、
Cr:0%以上かつ0.30%以下、
Cu:0%以上かつ0.40%以下、
P:0%以上かつ0.50%以下、
Ni:0%以上かつ1.00%以下、および
Mo:0%以上かつ0.10%以下。
【0123】
上述した母材鋼板の化学成分は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、鋼成分は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0124】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母材鋼板は、{110}<001>方位に発達した結晶粒集合組織を有することが好ましい。{110}<001>方位とは、鋼板面に平行に{110}面が揃い、かつ圧延方向に〈100〉軸が揃った結晶方位(ゴス方位)を意味する。方向性電磁鋼板では、母材鋼板の結晶方位がゴス方位に制御されることで、磁気特性が好ましく向上する。
母材鋼板の集合組織は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、X線回折法(ラウエ法)により測定すればよい。ラウエ法とは、鋼板にX線ビームを垂直に照射して、透過または反射した回折斑点を解析する方法である。回折斑点を解析することによって、X線ビームを照射した場所の結晶方位を同定することができる。照射位置を変えて複数箇所で回折斑点の解析を行えば、各照射位置の結晶方位分布を測定することができる。ラウエ法は、粗大な結晶粒を有する金属組織の結晶方位を測定するのに適した手法である。
【0125】
なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の各層は、次のように観察し、測定する。
【0126】
方向性電磁鋼板から試験片を切り出し、試験片の皮膜構造を、走査電子顕微鏡又は透過電子顕微鏡で観察する。
【0127】
具体的には、まず初めに、切断方向が板厚方向と平行となるように試験片を切り出し(詳細には、切断面が板厚方向と平行かつ圧延方向と垂直となるように試験片を切り出し)、この切断面の断面構造を、観察視野中に各層が入る倍率にてSEMで観察する。反射電子組成像(COMPO像)で観察すれば、断面構造が何層から構成されているかを類推できる。
【0128】
断面構造中の各層を特定するために、SEM-EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて、板厚方向に沿って線分析を行い、各層の化学成分の定量分析を行う。
定量分析する元素は、Fe、Cr、P、Si、Oの5元素とする。以下に説明する「原子%」とは、原子%の絶対値ではなく、これらの5元素に対応するX線強度を基に計算した相対値である。以下では、上述した装置などを用いてこの相対値を計算した場合の具体的数値を示す。
【0129】
まず、上記したCOMPO像での観察結果およびSEM-EDSの定量分析結果に基づいて、以下のように母材鋼板、中間層、及び絶縁皮膜を特定する。すなわち、Fe含有量が測定ノイズを除いて80原子%以上、O含有量が30原子%未満となる領域であり、かつこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域を母材鋼板であると判断し、この母材鋼板を除く領域を、中間層、絶縁皮膜であると判断する。
【0130】
上記で特定した母材鋼板を除く領域を観察した結果、測定ノイズを除いて、P含有量が5原子%以上、O含有量が30原子%以上となる領域が存在し、かつこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域を絶縁皮膜であると判断する。
【0131】
なお、上記の絶縁皮膜である領域を特定する際には、皮膜中に含まれる析出物や介在物などを判断の対象に入れず、母相として上記の定量分析結果を満足する領域を絶縁皮膜であると判断する。例えば、線分析の走査線上に析出物や介在物などが存在することがCOMPO像や線分析結果から確認されれば、この領域を対象に入れないで母相としての定量分析結果によって判断する。なお、析出物や介在物は、COMPO像ではコントラストによって母相と区別でき、定量分析結果では構成元素の存在量によって母相と区別できる。
【0132】
上記で特定した母材鋼板、絶縁皮膜を除く領域が存在し、かつこの領域に対応する線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm以上であるならば、この領域を中間層であると判断する。この中間層は、全体の平均(例えば走査線上の各測定点で測定された各元素の原子%の算術平均)として、Si含有量が平均で20原子%以上、O含有量が平均で30原子%以上を満足すればよい。なお、中間層の定量分析結果は、中間層に含まれる析出物や介在物などの分析結果を含まない、母相としての定量分析結果である。
【0133】
さらに、上記で絶縁皮膜であると判断された領域のうち、測定ノイズを除いて、Fe、Cr、PおよびOの含有量の合計が70原子%以上、Si含有量が10原子%未満となる領域を析出物であると判断する。
【0134】
上記の析出物に関しては、上述のように、電子線回折のパターンから、その結晶構造を特定できる。
【0135】
なお、従来の絶縁皮膜中にはM2P2O7が存在する場合があるが、このM2P2O7(Mは、Fe又はCrの少なくとも一方、あるいは双方)に関しては、電子線回折のパターンから、その結晶構造を特定して判別することができる。
【0136】
上記のCOMPO像観察およびSEM-EDS定量分析による各層の特定および厚さの測定を、観察視野を変えて5カ所以上で実施する。計5カ所以上で求めた各層の厚さのうち、最大値および最小値を除いた値から算術平均値を求めて、この平均値を各層の厚さとする。ただし、中間層である酸化膜の厚さは、組織形態を観察しながら外部酸化領域であって内部酸化領域でなないと判断できる箇所で厚さを測定して平均値を求めることが好ましい。
なお、歪領域においても同様の手法で中間層の平均厚さ、および絶縁皮膜の平均厚さを算出することができる。
【0137】
なお、上記した5カ所以上の観察視野の少なくとも1つに、線分析の走査線上の線分(厚さ)が300nm未満となる層が存在するならば、該当する層をTEMにて詳細に観察し、TEMによって該当する層の特定および厚さの測定を行う。
【0138】
より具体的には、TEMを用いて詳細に観察すべき層を含む試験片を、FIB(Focused Ion Beam)加工によって、切断方向が板厚方向と平行となるように切り出し(詳細には、切断面が板厚方向と平行かつ圧延方向と垂直となるように試験片を切り出し)、この切断面の断面構造を、観察視野中に該当する層が入る倍率にてSTEM(Scanning-TEM)で観察(明視野像)する。観察視野中に各層が入らない場合には、連続した複数視野にて断面構造を観察する。
【0139】
断面構造中の各層を特定するために、TEM-EDSを用いて、板厚方向に沿って線分析を行い、各層の化学成分の定量分析を行う。定量分析する元素は、Fe、Cr、P、Si、Oの5元素とする。
【0140】
上記したTEMでの明視野像観察結果およびTEM-EDSの定量分析結果に基づいて、各層を特定して、各層の厚さの測定を行う。TEMを用いた各層の特定方法および各層の厚さの測定方法は、上記したSEMを用いた方法に準じて行えばよい。
【0141】
具体的には、Fe含有量が測定ノイズを除いて80原子%以上、O含有量が30原子%未満となる領域を母材鋼板であると判断し、この母材鋼板を除く領域を、中間層および絶縁皮膜であると判断する。
【0142】
上記で特定した母材鋼板を除く領域のうち、測定ノイズを除いて、P含有量が5原子%以上、O含有量が30原子%以上となる領域を絶縁皮膜であると判断する。なお、上記の絶縁皮膜である領域を判断する際には、絶縁皮膜中に含まれる析出物や介在物などを判断の対象に入れず、母相として上記の定量分析結果を満足する領域を絶縁皮膜であると判断する。
【0143】
上記で特定した母材鋼板および絶縁皮膜を除く領域を中間層であると判断する。この中間層は、中間層全体の平均として、Si含有量が平均で20原子%以上、O含有量が平均で30原子%以上を満足すればよい。なお、上記した中間層の定量分析結果は、中間層に含まれる析出物や介在物などの分析結果を含まず、母相としての定量分析結果である。
【0144】
さらに、上記で絶縁皮膜であると判断された領域のうち、測定ノイズを除いて、Fe、Cr、PおよびOの含有量の合計が70原子%以上、Si含有量が10原子%未満となる領域を析出物であると判断する。析出物は、上述のように、電子線回折のパターンから、その結晶構造を特定できる。
【0145】
上記で特定した中間層および絶縁皮膜について、上記線分析の走査線上にて線分(厚さ)を測定する。なお、各層の厚さが5nm以下であるときは、空間分解能の観点から球面収差補正機能を有するTEMを用いることが好ましい。また、各層の厚さが5nm以下であるときは、板厚方向に沿って例えば2nm間隔で点分析を行い、各層の線分(厚さ)を測定し、この線分を各層の厚さとして採用してもよい。例えば、球面収差補正機能を有するTEMを用いれば、0.2nm程度の空間分解能でEDS分析が可能である。
【0146】
上記のTEMでの観察・測定を、観察視野を変えて5カ所以上で実施し、計5カ所以上で求めた測定結果のうち、最大値および最小値を除いた値から算術平均値を求めて、この平均値を該当する層の平均厚さとして採用する。なお、歪領域においても同様の手法で中間層の平均厚さ、および絶縁皮膜の平均厚さを算出することができる。
【0147】
なお、上記の実施形態に係る方向性電磁鋼板では、母材鋼板に接して中間層が存在し、中間層に接して絶縁皮膜が存在するので、上記の判断基準にて各層を特定した場合に、母材鋼板、中間層、および絶縁皮膜以外の層は存在しない。しかし、上述したM2P4O13の領域や非晶質燐酸化物領域が層状に存在する場合もある。
【0148】
また、上記した母材鋼板、中間層、および絶縁皮膜に含まれるFe、P、Si、OCrなどの含有量は、母材鋼板、中間層、および絶縁皮膜を特定してその厚さを求めるための判断基準である。
【0149】
なお、上記実施形態に係る方向性電磁鋼板の絶縁皮膜の皮膜密着性を測定する場合、曲げ密着性試験を行って評価することができる。具体的には、80mm×80mmの平板状の試験片を、直径20mmの丸棒に巻き付けた後、平らに伸ばす。ついで、この電磁鋼板から剥離していない絶縁皮膜の面積を測定し、剥離していない面積を鋼板の面積で割った値を皮膜残存面積率(%)と定義して、絶縁皮膜の皮膜密着性を評価する。例えば、1mm方眼目盛付きの透明フィルムを試験片の上に載せて、剥離していない絶縁皮膜の面積を測定することによって算出すればよい。
【0150】
方向性電磁鋼板の鉄損(W17/50)は、交流周波数が50ヘルツ、誘起磁束密度が1.7テスラの条件で測定する。
【実施例】
【0151】
次に、実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に詳細に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。
本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0152】
(実験例1)
表1に示す成分組成の素材鋼片を1150℃で60分均熱してから熱間圧延に供し、2.3mm厚の熱延鋼板とした。次いで、この熱延鋼板を1120℃で200秒保持した後、直ちに冷却して、900℃で120秒保持し、その後に急冷する熱延板焼鈍を行った。熱延板焼鈍後の熱延焼鈍板を酸洗後、冷間圧延に供し、最終板厚0.23mmの冷延鋼板とした。
【0153】
【0154】
この冷延鋼板(以下「鋼板」)に、水素:窒素が75%:25%の雰囲気で、850℃、180秒保持する脱炭焼鈍を施した。脱炭焼鈍後の鋼板に、水素、窒素、アンモニアの混合雰囲気で、750℃、30秒保持する窒化焼鈍を施して、鋼板の窒素量を230ppmに調整した。
【0155】
窒化焼鈍後の鋼板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、その後、水素と窒素の混合雰囲気で、鋼板を10℃/時間の昇温速度で1200℃まで加熱して仕上げ焼鈍を施した。次いで、水素雰囲気で、鋼板を1200℃で20時間保持する純化焼鈍を施した。ついで、鋼板を自然冷却し、平滑な表面を有する母材鋼板を作製した。
【0156】
作製した母材鋼板について、表2に示す条件で中間層を形成した。
中間層が形成された母材鋼板の表面に、燐酸塩とコロイド状シリカを主体とする溶液を表2に示す条件で塗布し、表2に示す条件で絶縁皮膜を形成した。
【0157】
【0158】
次いで、表3に示す条件にて、電子ビームを照射することで歪領域を形成して、各実験例に係る方向性電磁鋼板を得た。表3中、「歪領域の中央部の温度」は、母材鋼板の圧延方向および歪領域の伸びる方向における歪領域の中央部の温度を意味する。
【0159】
【0160】
上述の実施形態に係る観察・測定の方法に基づいて、各方向性電磁鋼板から試験片を切り出し、各試験片の皮膜構造を、走査電子顕微鏡(SEM)又は透過電子顕微鏡(TEM)で観察し、歪領域および歪領域の中央部の特定、中間層の厚さ、絶縁皮膜の厚さの測定などを行った。また、析出物の特定を行った。具体的な方法は上述した通りである。
【0161】
表4に、歪領域上の絶縁皮膜におけるM2P4O13の有無の結果を示す。表4からわかるように、本実施形態の製造方法で作製した方向性電磁鋼板では、歪領域上の絶縁皮膜中にM2P4O13が存在する。
【0162】
【0163】
次に、絶縁皮膜を形成した方向性電磁鋼板から、80mm×80mmの試験片を切り出して、直径20mmの丸棒に巻き付け、次いで、平らに伸ばした。ついで、電磁鋼板から剥離していない絶縁皮膜の面積を測定して、皮膜残存面積率(%)を算出した。この結果を皮膜の密着性として表4に示す。絶縁皮膜の密着性は2段階で評価した。「良」は、皮膜残存面積率が90%以上であることを意味する。「劣」は皮膜残存面積率が90%未満であることを意味する。
表4からわかるように、本発明の製造方法で作製した方向性電磁鋼板は密着性が良好である。
【0164】
また、各実験例の方向性電磁鋼板の鉄損を測定した。この結果を表4に示す。
表4からわかるように、本発明の製造方法で作製した方向性電磁鋼板は、鉄損が低減されている。
【産業上の利用可能性】
【0165】
本発明によれば、フォルステライト皮膜を有さず、かつ母材鋼板に歪領域が形成された方向性電磁鋼板であって、絶縁皮膜の良好な密着性が確保でき、良好な鉄損低減効果が得られる方向性電磁鋼板の製造方法を提供できる。よって、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0166】
1 母材鋼板
2 フォルステライト皮膜
3 絶縁皮膜
4 中間層
5 M2P4O13の析出物を含む領域
6 非晶質燐酸化物の析出物を含む領域
7 絶縁皮膜の母相
8 ボイド