(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-11
(45)【発行日】2023-04-19
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/46 20060101AFI20230412BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20230412BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20230412BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230412BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20230412BHJP
【FI】
C21D9/46 501B
C21D8/12 B
H01F1/147 183
C22C38/00 303U
C22C38/60
(21)【出願番号】P 2020566452
(86)(22)【出願日】2020-01-16
(86)【国際出願番号】 JP2020001166
(87)【国際公開番号】W WO2020149332
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2021-07-09
(31)【優先権主張番号】P 2019005399
(32)【優先日】2019-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】今井 武
(72)【発明者】
【氏名】奥村 俊介
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-131976(JP,A)
【文献】特開昭59-185725(JP,A)
【文献】特開平06-033142(JP,A)
【文献】特開昭63-250419(JP,A)
【文献】特開2018-090852(JP,A)
【文献】特開平04-337035(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102021282(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォルステライト被膜が
存在しない母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、前記中間層の表面に絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板を製造する方法であって、
Siを含む冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して、酸素量が320ppm以下、かつ炭素量が25ppm以下である脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板の表面に焼鈍分離材を塗布した状態で前記脱炭焼鈍鋼板を加熱して鋼板を二次再結晶させる仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍工程後の前記鋼板上の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る除去工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板に熱酸化焼鈍を施して前記中間層を形成する中間層形成工程と、
前記中間層を形成した仕上げ焼鈍鋼板に前記絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程と、
を有することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
フォルステライト被膜が
存在しない母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、前記中間層の表面に絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板を製造する方法であって、
Siを含む冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して、酸素量が320ppm以下、かつ炭素量が25ppm以下である脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板の表面に焼鈍分離材を塗布した状態で前記脱炭焼鈍鋼板を加熱して鋼板を二次再結晶させる仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍工程後の前記鋼板上の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る除去工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板に前記中間層と前記絶縁被膜とを一工程で形成する中間層-絶縁被膜形成工程と、
を有することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記脱炭焼鈍工程において、前記冷間圧延鋼板を脱炭焼鈍するための均熱帯に対し、雰囲気ガスを前記均熱帯の
入り口付近および後段の2箇所から導入する
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記脱炭焼鈍工程において前記均熱帯の前記
入り口付近から導入する前記雰囲気ガスの露点DP1を40~70℃とし、前記均熱帯の後段から導入する前記雰囲気ガスの露点DP2をDP2≦DP1かつ60-DP1≦DP2≦100-DP1とする
ことを特徴とする請求項3に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記冷間圧延鋼板は、化学成分として、質量%で、
Si:0.80~7.00%、
C:0.085%以下、
酸可溶性Al:0.010~0.065%、
N:0.012%以下、
Mn:1.00%以下、
SおよびSeの合計:0.003~0.015%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなる
ことを特徴とする請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フォルステライト被膜を実質的に有しない方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
本願は、2019年01月16日に、日本に出願された特願2019-005399号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は磁気鉄芯材料として多用されており、特にエネルギーロスを少なくするために鉄損が低い材料が求められている。鉄損の低減手段として、鋼板表面に張力を付与することが有効であることが知られている。
鋼板に張力を付与するためには、鋼板より熱膨張係数の小さい材質からなる被膜を高温で形成することが有効である。仕上げ焼鈍工程で鋼板表面の酸化物と焼鈍分離材とが反応して生成する仕上げ焼鈍被膜(フォルステライト被膜)は鋼板に張力を与えることができ、被膜密着性も優れている。
【0003】
一方、最近、仕上げ焼鈍被膜と地鉄との乱れた界面構造が鉄損に対する被膜張力効果を相殺することが明らかになっている。そのため、特許文献1や特許文献2に開示されているような方法により、仕上げ焼鈍中に鏡面化した方向性電磁鋼板を得た後、張力被膜を改めて施すことにより、更なる鉄損低減を試みる技術が提案されている。
【0004】
特許文献1では、鉄系酸化物の生成を抑制するために、加熱時の雰囲気酸化度PH2O/PH2を0.01~0.15とすることが開示されている。また特許文献2では770~860℃までの加熱速度を9℃/s以上とすることで、脱炭を効率的に行うことが可能になると述べられている。
しかしながら、これらの特許文献では脱炭焼鈍時の板厚が0.14mm、0.23mmにて実施されており、厚手材(0.23mm以上)への適用技術については述べられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特開平07-118750号公報
【文献】日本国特開平07-278668号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】N.Morito et al:Scripta METALLURGICA,10(1976),619-622
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、フォルステライト被膜が実質的に無い方向性電磁鋼板を製造する方法であって、広い板厚範囲において、鋼板の脱炭促進と酸化抑制とを両立することで、磁気特性に優れた方向性電磁鋼板を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
「1」本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、フォルステライト被膜が存在しない母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、前記中間層の表面に絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板を製造する方法であって、Siを含む冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して、酸素量が320ppm以下、かつ炭素量が25ppm以下である脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、前記脱炭焼鈍鋼板の表面に焼鈍分離材を塗布した状態で前記脱炭焼鈍鋼板を加熱して鋼板を二次再結晶させる仕上げ焼鈍工程と、前記仕上げ焼鈍工程後の前記鋼板上の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る除去工程と、前記仕上げ焼鈍鋼板に熱酸化焼鈍を施して前記中間層を形成する中間層形成工程と、前記中間層を形成した仕上げ焼鈍鋼板に前記絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程と、を有することを特徴とする。
【0009】
「2」本発明の別の態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、フォルステライト被膜が存在しない母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、前記中間層の表面に絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板を製造する方法であって、Siを含む冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して、酸素量が320ppm以下、かつ炭素量が25ppm以下である脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、前記脱炭焼鈍鋼板の表面に焼鈍分離材を塗布した状態で前記脱炭焼鈍鋼板を加熱して鋼板を二次再結晶させる仕上げ焼鈍工程と、前記仕上げ焼鈍工程後の前記鋼板上の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る除去工程と、前記仕上げ焼鈍鋼板に前記中間層と前記絶縁被膜とを一工程で形成する中間層-絶縁被膜形成工程と、を有する。
【0010】
「3」上記「1」または「2」に記載の方向性電磁鋼板の製造方法は、前記脱炭焼鈍工程において、前記冷間圧延鋼板を脱炭焼鈍するための均熱帯に対し、雰囲気ガスを前記均熱帯の入り口付近および後段の2箇所から導入してもよい。
【0011】
「4」上記「3」に記載の方向性電磁鋼板の製造方法は、前記脱炭焼鈍工程において前記均熱帯の前記入り口付近から導入する前記雰囲気ガスの露点DP1を40~70℃とし、前記均熱帯の後段から導入する前記雰囲気ガスの露点DP2をDP2≦DP1かつ60-DP1≦DP2≦100-DP1としてもよい。
【0012】
「5」上記「1」~「4」のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法では、前記冷間圧延鋼板は、化学成分として、質量%で、Si:0.80~7.00%、C:0.085%以下、酸可溶性Al:0.010~0.065%、N:0.012%以下、Mn:1.00%以下、SおよびSeの合計:0.003~0.015%、を含有し、残部がFe及び不純物からなってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の上記態様によれば、フォルステライト被膜を実質的に有しない方向性電磁鋼板の製造方法を提供することができる。上記態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、広い板厚範囲において脱炭と鋼板酸化抑制とを両立することで、鉄損が低く、磁気時効後の磁束密度が高い方向性電磁鋼板を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】脱炭焼鈍後の鋼板の酸素量[O]と最終製品の鉄損との関係を示す図である。
【
図2】脱炭焼鈍後の鋼板の炭素量[C]と最終製品の時効時間と磁束密度(B8)との関係を示す図である。
【
図3】ガスの酸化度(P
H2O/P
H2)が脱炭焼鈍後の鋼板の酸化層に与える影響を示す図である。
【
図4A】脱炭焼鈍炉において、均熱帯の後段のみから雰囲気ガスを導入する場合の構成図である
【
図4B】脱炭焼鈍炉において、均熱帯の前段および後段の2箇所から雰囲気ガスを導入する場合の構成図である。
【
図4C】
図4Aまたは
図4Bの脱炭焼鈍炉を用いた場合の、炉内の雰囲気ガスの露点分布の概要を示す説明図である。
【
図5】磁気特性と露点(前段露点DP1,後段露点DP2)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
上述の通り、フォルステライト被膜と地鉄との乱れた界面構造が、鉄損に対する被膜張力効果を相殺する。そのため、本発明者らは、フォルステライト被膜を実質的に有しない方向性電磁鋼板の製造方法について検討を進めた。また、フォルステライト被膜を実質的に有しない方向性電磁鋼板において、絶縁被膜の密着性を確保するため、母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を形成し、中間層の表面に絶縁被膜を形成する製造方法を前提とした。
本発明者らの検討の結果、フォルステライト被膜が実質的に存在しない母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、前記中間層の表面に絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板を製造する方法において、脱炭焼鈍工程で、特定の条件で処理し、脱炭後の鋼板の酸素量及び炭素量を特定の範囲に調整することで、広い板厚範囲において脱炭と鋼板酸化とを両立でき、優れた磁気特性を有する方向性電磁鋼板を提供できることを知見した。
【0016】
以下、本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法(本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法)と本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法によって製造される方向性電磁鋼板とについて詳細に説明する。
下記説明において数値範囲を「下限値~上限値」で示す場合には、特に断らない限り「下限値以上、上限値以下」であることを意味する。
【0017】
A.方向性電磁鋼板
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法によって製造される方向性電磁鋼板(以下、本実施形態の方向性電磁鋼板と言う場合がある)は、母鋼板と、酸化珪素を主成分とする中間層、及び、絶縁被膜を、この順に有する三層構造の方向性電磁鋼板である。
以下、本実施形態の方向性電磁鋼板の三層の基本構造について説明する。
1-1.母鋼板
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法によって製造される電磁鋼板(本実施形態の方向性電磁鋼板)は、酸化珪素を主体とする中間層に接する絶縁被膜を有するが、本実施形態の方向性電磁鋼板における母鋼板の化学組成や組織等の構成は、Siを必須成分として含有することを除いてこのような絶縁被膜の層構成とは直接関連しない。このため、本実施形態の方向性電磁鋼板における母鋼板は、本実施形態で求める作用効果が得られるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な方向性電磁鋼板における母鋼板を用いることができる。以下、本実施形態の方向性電磁鋼板における母鋼板について説明する。
【0018】
(1)化学組成
母鋼板の化学組成は、例えばSiを必須成分として含有することを除いて一般的な方向性電磁鋼板における母鋼板の化学組成を用いることができる。Siの機能は、一般的な方向性電磁鋼板における機能と同様であるため、含有量は目的とする方向性電磁鋼板に求められる特性から、一般的な範囲で定めればよい。
以下において、母鋼板の化学組成における各成分の含有量は質量%での値である。また、本実施形態の方向性電磁鋼板の化学組成が安定している深さ50~60μmにおける化学組成である。
【0019】
母鋼板の化学組成の代表的な一例は、質量%で、Si:0.80%~7.00%、およびMn:0.05%~1.00%を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものである。また、前記化学組成に加え、SおよびSeを合計で0.003%以上0.015%以下含んでいても良い。以下、化学組成の代表的な一例の限定理由について説明する。
【0020】
「Si」:0.80%以上7.00%以下
Siは必須成分であり、電気抵抗を高めて鉄損を低下させる。また、Siを高濃度で含有することで、酸化珪素を主体とする中間層との間に強い化学親和力が発現し、中間層と母鋼板とがより強固に密着する。しかしながら、Siの含有量が7.00%を超えると、冷間圧延が極めて困難となり、冷間圧延時に割れが生じやすくなる。このため、Siの含有量は7.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは4.50%以下であり、さらに好ましくは4.00%以下である。
一方、Siの含有量が0.80%未満であると、仕上げ焼鈍時にγ変態が生じ、方向性電磁鋼板の好ましい結晶方位が損なわれてしまう。このため、Siの含有量は0.80%以上とすることが好ましい。より好ましくは2.00%以上であり、さらに好ましくは2.50%以上である。
【0021】
「Mn」:0.05%以上1.00%以下
「SおよびSe」:合計で0.003%以上0.015%以下
Mnは、SおよびSeと共に、MnSおよびMnSeを生成し、複合化合物がインヒビターとして機能する。Mn含有量が0.05%~1.00%の範囲内にある場合に、二次再結晶が安定する。このため、Mnの含有量は、0.05%~1.00%とすることが好ましい。Mnの含有量は、0.08%以上であることがより好ましく、0.09%以上であることがさらに好ましい。また、Mnの含有量は、0.50%以下であることがより好ましく、0.20%以下であることがさらに好ましい。
【0022】
「残部」
残部はFeおよび不純物からなる。「不純物」とは、母鋼板を工業的に製造する際に、原材料に含まれる成分、または製造の過程で混入する成分から不可避的に混入する元素を意味する。
【0023】
1-2.中間層
中間層は、母鋼板表面に形成され、酸化珪素を主成分とする。本実施形態の方向性電磁鋼板では、フォルステライト被膜を実質的に有しないので、中間層は母鋼板表面に直接接して形成される。中間層は、本実施形態の三層構造において母鋼板と絶縁被膜とを密着させる機能を有する。
【0024】
本実施形態の方向性電磁鋼板において、中間層は、後述する母鋼板および後述する絶縁被膜(後述する化合物層)の間に存在する層を意味する。
中間層の主成分である酸化珪素は、SiOx(x=1.0~2.0)が好ましく、SiOx(x=1.5~2.0)がより好ましい。酸化珪素がより安定するからである。鋼板表面に酸化珪素を形成する熱処理を十分に施せば、シリカ(SiO2)を形成することができる。
酸化珪素を主体とするとは、後述するように中間層の組成としてFe含有量が30原子%未満、P含有量が5原子%未満、Si含有量が20原子%以上、O含有量が50原子%以上、Mg含有量が10原子%以下を満足することである。
【0025】
中間層が薄いと、熱応力緩和効果が十分に発現しないので被膜密着性を確保できない。そのため、中間層の厚さは2nm以上が好ましく、5nm以上がより好ましい。一方、中間層が厚いと、厚さが不均一になるとともに層内にボイドやクラック等の欠陥が生じることが懸念される。そのため、中間層の厚さは400nm以下が好ましく、300nm以下がより好ましい。また、中間層は被膜密着性を確保できる範囲内で薄くした方が、形成時間を短くして高生産性にも貢献できるとともに鉄心として利用する際の占積率の低下を抑制できるので、さらに100nm以下が好ましく、50nm以下がより好ましい。
【0026】
中間層の厚さや位置の測定方法は、特に限定されないが、例えば、電子線の径を10nmとしたSEM(走査電子顕微鏡)やTEM(透過電子顕微鏡)などを用いて中間層の断面を以下のように観察して測定することで求めることができる。
具体的には、切断面が板厚方向と平行かつ圧延方向と垂直となるようにFIB(Focused Ion Beam)加工にて試験片を切り出し、この切断面の断面構造を、観察視野中に各層が入る倍率にてSTEM(Scanning-TEM)で観察(明視野像)する。観察視野中に各層が入らない場合には、連続した複数視野にて断面構造を観察する。
【0027】
断面構造中の各層を特定するために、TEM-EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて、板厚方向に沿って線分析を行い、各層の化学成分の定量分析を行う。試料の観察断面において、母鋼板表面に平行な方向に0.1μmの間隔で100箇所測定する。この際、電子線の径を10nmとしたエネルギー分散型X線分光法(EDS)により、板厚方向に1nm間隔で定量分析を行う。
定量分析する元素は、Fe、P、Si、O、Mgの5元素とする。また、化合物層の特定には、EDSと合わせて、電子線回折による結晶相の同定を行う。
【0028】
上記したTEMでの明視野像観察、TEM-EDSの定量分析、電子線回折結果から、各層を特定して、各層の厚さの測定を行う。以降の各層の特定、厚さの測定はすべて同一試料の同一走査線上で行う。
【0029】
Fe含有量が80原子%以上となる領域を母鋼板であると判断する。Fe含有量が80原子%未満、P含有量が5原子%以上、Si含有量が20原子%未満、O含有量が50原子%以上、Mg含有量が10原子%以下となる領域を絶縁被膜であると判断する。また、Fe含有量が30原子%未満、P含有量が5原子%未満、Si含有量が20原子%以上、O含有量が50原子%以上、Mg含有量が10原子%以下を満足する領域を中間層であると判断する。
【0030】
上記のように各層を成分で判断すると、分析上いずれの組成にも該当しない領域(ブランク領域)が発生する場合がある。しかしながら、本実施形態の方向性電磁鋼板では、母鋼板、中間層、および絶縁被膜(組成変動層を含む)の三層構造となるように各層を特定する。その判断基準は以下のとおりである。
まず母鋼板と中間層との間のブランク領域は、ブランク領域の厚さ方向の中心を境界として、母鋼板側は母鋼板、中間層側は中間層とみなす。次に絶縁被膜と中間層との間のブランク領域は、ブランク領域の厚さ方向の中心を境界として、絶縁被膜側は絶縁被膜、中間層側は中間層とみなす。この手順により、母鋼板、絶縁被膜および中間層を分離できる。
【0031】
1-3.絶縁被膜
絶縁被膜は、中間層表面に形成され、鋼板に張力を付与して鋼板単板としての鉄損を低下させる他、方向性電磁鋼板を積層して使用する際に方向性電磁鋼板間の電気的絶縁性を確保する機能を有する。
【0032】
絶縁被膜の組成は、特に限定されず、公知のものの中から、用途等に応じて適宜選択して用いることができ、有機系被膜、無機系被膜のいずれであってもよい。
有機系被膜としては、例えばポリアミン系樹脂、アクリル樹脂、アクリルスチレン樹脂、アルキッド樹脂、ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、ポリオレフィン樹脂、スチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、メラミン樹脂等が挙げられる。また、無機系被膜としては、例えば、リン酸塩系被膜、リン酸アルミニウム系被膜や、更に前記の樹脂を含む有機-無機複合系被膜等が挙げられる。より具体的には、マトリックス中に、コロイド状シリカの粒子が分散されたものを焼き付けたものであっても良い。ここで、「マトリックス」とは、絶縁被膜の基質のことであり、例えば、非結晶性燐酸塩から構成されたものである。マトリックスを構成する非結晶性燐酸塩としては、例えば、燐酸アルミ、燐酸マグネシウム等が挙げられる。焼付け後の絶縁被膜は、P、O、Sのうち1種以上を含む複数の化合物からなる。
【0033】
絶縁被膜は薄くなると、鋼板に付与する張力が小さくなるとともに絶縁性も低下する。そのため、絶縁被膜の厚さは0.1μm以上が好ましく、0.5μm以上がより好ましい。一方、絶縁被膜の厚さが10.0μmを超えると、絶縁被膜の形成段階で、絶縁被膜にクラックが発生する恐れがあるので、絶縁被膜の厚さは10.0μm以下が好ましく、5.0μm以下がより好ましい。
絶縁被膜には、必要に応じ、レーザー、プラズマ、機械的方法、エッチング、その他の手法で、局所的な微小歪領域または溝を形成する磁区細分化処理を施してもよい。
【0034】
B.方向性電磁鋼板の製造方法
次に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
【0035】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、上述した「A.方向性電磁鋼板」の項目に記載のフォルステライト被膜が実質的に存在しない母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、前記中間層の表面に絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板の製造方法である。言い換えれば、母鋼板と、母鋼板表面に形成された中間層と、中間層の表面に形成された絶縁被膜とを有する方向性電磁鋼板の製造方法である。母鋼板はフォルステライト被膜を有さないので、中間層は母鋼板に直接接して形成される。
【0036】
「第一実施形態の製造方法」
第一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、中間層と絶縁被膜とを別工程で形成する。すなわち、第一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、以下の工程を有する。
(I)Siを含む冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して、酸素量が320ppm以下、かつ炭素量が25ppm以下である脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程
(II)前記脱炭焼鈍鋼板の表面に焼鈍分離材を塗布した状態で前記脱炭焼鈍鋼板を加熱して鋼板(脱炭焼鈍鋼板)を二次再結晶させる仕上げ焼鈍工程
(III)前記仕上げ焼鈍工程後の前記鋼板(脱炭焼鈍鋼板)上の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る除去工程
(IV)前記仕上げ焼鈍鋼板に熱酸化焼鈍を施して中間層を形成する中間層形成工程
(V)前記中間層を形成した仕上げ焼鈍鋼板に絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程
【0037】
「第二実施形態の製造方法」
第一実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、中間層と絶縁被膜とを1工程で同時に形成する。すなわち、第二実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、以下の工程を有する。
(I)Siを含む冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して、酸素量が320ppm以下、かつ炭素量が25ppm以下である脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程
(II)前記脱炭焼鈍鋼板の表面に焼鈍分離材を塗布した状態で前記脱炭焼鈍鋼板を加熱して鋼板(脱炭焼鈍鋼板)を二次再結晶させる仕上げ焼鈍工程
(III)前記仕上げ焼鈍工程後の前記鋼板(脱炭焼鈍鋼板)上の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る除去工程
(IV’)前記仕上げ焼鈍鋼板に中間層と絶縁被膜とを一工程で形成する中間層-絶縁被膜形成工程
【0038】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、絶縁被膜による鉄損の低下作用が仕上げ焼鈍被膜と母鋼板との界面凹凸により妨害されることを回避し、中間層により絶縁被膜と母鋼板との密着性を確保することができる。
【0039】
以下、第一実施形態と第二実施形態とに分けて、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法における各工程について説明する。
以下では、上述した特に特徴となる工程以外の条件は、一般的な条件を例として示したものであるから、充足しなかったとしても本実施形態の効果を得ることは可能である。
【0040】
B-1.第一実施形態
1.脱炭焼鈍工程に供する冷間圧延鋼板
最初に、後述する脱炭焼鈍に用いる冷間圧延鋼板について説明する。
冷間圧延鋼板は、Siを必須成分として含有することを除いて一般的な方向性電磁鋼板における母鋼板の化学組成を有することができる。Siの電磁鋼板における機能は、一般的な方向性電磁鋼板と同様であるため、含有量は目的とする電磁鋼板に求められる特性から、一般的な範囲で定めればよい。
例えば、冷間圧延鋼板の化学組成は、質量%で、Si:0.80~7.00%、C:0.085%以下、酸可溶性Al:0.010~0.065%、N:0.012%以下、Mn:1.00%以下、SおよびSeの合計:0.003~0.015%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を例示することができる。
このような冷間圧延鋼板は、例えばスラブを加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る熱間圧延工程と、当該熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、当該焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る冷間圧延工程を備える製造方法によって製造することができる。
【0041】
スラブ加熱、熱間圧延、熱延板焼鈍、冷間圧延で実質的に化学組成は変化しないので、スラブは求める冷間圧延鋼板の化学組成に応じて、公知の技術に準じたものとする。化学組成の代表的な一例は、質量%で、Si:0.80%~7.00%、C:0.085%以下、酸可溶性Al:0.010%~0.065%、N:0.004%~0.012%、およびMn:0.05%~1.00%、ならびにSおよびSe:合計で0.003%~0.015%を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものである。
以下、スラブ及びそれによって得られる冷間圧延鋼板の化学組成の代表的な一例の限定理由について説明する。
【0042】
a.Si:0.80%~7.00%
Siは必須成分であり、電気抵抗を高めて鉄損を低下させる。また、Siを高濃度で含有することで、酸化珪素を主体とする中間層との間に強い化学親和力が発現し、中間層と母鋼板とはより強固に密着する。しかしながら、Siの含有量が7.00%を超えると、冷間圧延が極めて困難となり、冷間圧延時に割れが生じやすくなる。このため、Siの含有量は7.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは4.50%以下であり、さらに好ましくは4.00%以下である。
一方、Siの含有量が0.80%未満であると、仕上げ焼鈍時にγ変態が生じ、方向性電磁鋼板の結晶方位が損なわれる。このため、Siの含有量は0.80%以上とすることが好ましい。より好ましくは2.00%以上であり、さらに好ましくは2.50%以上である。
【0043】
b.C:0.085%以下
Cは、一次再結晶組織の制御に有効な元素であるが、磁気特性に悪影響を及ぼす。このため、仕上げ焼鈍前に脱炭焼鈍を施す。C含有量が0.085%より多いと、脱炭焼鈍時間が長くなり、工業生産における生産性が損なわれてしまう。これらのことから、Cの含有量は0.085%以下であることが好ましい。C含有量の下限値としては、特に限定されないが、C含有量は0.020%以上であることが好ましく、0.050%以上であることがより好ましい。
【0044】
c.酸可溶性Al:0.010%~0.065%
酸可溶性Alは、Nと結合して(Al,Si)Nとして析出し、インヒビターとして機能する。酸可溶性Alの含有量が0.010%~0.065%の範囲内にある場合に二次再結晶が安定する。このため、酸可溶性Alの含有量は0.010%~0.065%とすることが好ましい。また、後述するように、仕上げ焼鈍において鋼板表面にAlを濃化させて、これを後述する本発明の方向性電磁鋼板の製造方法において中間層形成時の鋼板表面に存在するAlおよびMgのうちのAlとして活用する等の観点から、酸可溶性Alの含有量は0.015%以上であることが好ましく、0.020%以上であることがより好ましい。また、二次再結晶の安定性の観点から、酸可溶性Al含有量は0.050%以下であることがより好ましく、0.035%以下であることがさらに好ましい。
【0045】
d.N:0.004%~0.012%
Nは、Alと結合してインヒビターとして機能する。N含有量が0.004%未満であると、十分な量のインヒビターを得ることができない。このため、N含有量は0.004%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.005%以上であり、さらに好ましくは0.006%以上である。
一方、Nの含有量が0.012%を超えていると、鋼板中にブリスターとよばれる欠陥を生じ易くなる。このため、N含有量は0.012%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.011%以下であり、さらに好ましくは0.010%以下である。
【0046】
e.Mn:0.05%~1.00%
f.SおよびSe:合計で0.003%~0.015%
Mnは、Sおよび/またはSeと共に、MnSおよび/またはMnSeを生成し、複合化合物がインヒビターとして機能する。Mnの含有量が0.05%~1.00%の範囲内にある場合に、二次再結晶が安定する。このため、Mnの含有量は、0.05%~1.00%とすることが好ましい。Mnの含有量は、0.08%以上であることがより好ましく、0.09%以上であることがさらに好ましい。また、Mnの含有量は0.50%以下であることがより好ましく、0.20%以下であることがさらに好ましい。
【0047】
SおよびSeの含有量が合計で0.003%~0.015%の範囲内にある場合に、二次再結晶が安定する。このため、SおよびSeの含有量は合計で0.003%~0.015%とすることが好ましい。
【0048】
ここで、「SおよびSeの含有量が合計で0.003%~0.015%である」とは、母鋼板がSまたはSeのいずれか一方のみを含有し、SまたはSeのいずれか一方の含有量が合計で0.003%~0.015%である場合と、母鋼板がSおよびSeの両方を含有し、SおよびSeの含有量が合計で0.003%~0.015%である場合の両方を意味する。
【0049】
g.その他元素
化合物形成によるインヒビター機能の強化や磁気特性への影響を考慮して、残部のFeの一部に代えて様々な種類の元素を公知文献に従って含有させることができる。Feの一部に代えて含有させる元素の種類と含有量の目途としては、例えば、「Bi:0.010%以下」、「B:0.080%以下」、「Ti:0.015%以下」、「Nb:0.20%以下」、「V:0.15%以下」、「Sn:0.10%以下」、「Sb:0.10%以下」、「Cr:0.30%以下」、「Cu:0.40%以下」、「P:0.50%以下」、「Ni:1.00%以下」、「Mo:0.10%以下」等が挙げられる。
【0050】
h.残部
残部はFeおよび不純物からなる。「不純物」とは、母鋼板を工業的に製造する際に、原材料に含まれる成分、または製造の過程で混入する成分から混入する元素を意味する。
【0051】
スラブは、例えば、上述した化学組成を有する鋼を転炉または電気炉等により溶製して、必要に応じて真空脱ガス処理し、次いで連続鋳造または造塊後分塊圧延することによって得られる。スラブの厚さは、特に限定されないが、例えば、150mm~350mmであり、220mm~280mmであることが好ましい。また、厚さが、10mm~70mm程度であるスラブ(いわゆる「薄スラブ」)であってもよい。薄スラブを用いる場合は、熱間圧延工程において、仕上げ圧延前の粗圧延を省略できる。
【0052】
<熱間圧延工程>
熱間圧延工程においては、上述したようなSiを含有するスラブを、例えば800℃~1300℃の温度域で加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る。
スラブの加熱温度を1200℃以下とすることで、例えば、1200℃よりも高い温度で加熱した場合の諸問題(専用の加熱炉が必要なこと、および溶融スケール量の多さ等)を回避することができるため好ましい。
加熱温度が低すぎる場合、熱間圧延が困難になって、生産性が低下することがある。そのため、スラブの加熱温度の下限値は950℃とすることが好ましい。また、スラブ加熱工程そのものを省略して、鋳造後、スラブの温度が下がるまでに熱間圧延を開始することも可能である。
【0053】
熱間圧延工程では、加熱後のスラブに粗圧延を施し、さらに仕上げ圧延を施すことによって、所定厚さの熱間圧延鋼板とする。仕上げ圧延完了後、熱間圧延鋼板を所定の温度で巻き取る。
また、熱間圧延鋼板の板厚は、特に限定されないが、例えば、3.5mm以下とする。
【0054】
<熱延板焼鈍工程>
熱延板焼鈍工程においては、熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る。熱延板焼鈍条件は、一般的な条件であればよいが、例えば、750~1200℃の範囲内の温度で30秒~10分間保持する。
【0055】
<冷間圧延工程>
冷間圧延工程においては、焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る。
最終の冷間圧延での冷間圧延率(最終冷延率)は、特に限定されないが、結晶方位制御の観点から、80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましい。
また、冷間圧延鋼板の板厚は、特に限定されないが、鉄損をより低下させるためには、0.35mm以下とすることが好ましく、0.30mm以下とすることがより好ましい。
【0056】
2.脱炭焼鈍工程
脱炭焼鈍工程においては、冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して脱炭焼鈍鋼板を得る。
具体的には、脱炭焼鈍を施すことで、冷間圧延鋼板に一次再結晶を生じさせ、冷間圧延鋼板中に含まれるCを除去し、脱炭焼鈍後の鋼板の炭素量を25ppm以下にする。脱炭焼鈍は、Cを除去するために湿潤雰囲気中で施すことが好ましい。また、脱炭焼鈍工程では、酸化を抑制することで脱炭焼鈍後の酸素量を320ppm以下に制御する。
【0057】
以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法が含む脱炭焼鈍方法について詳細に説明する。
方向性電磁鋼板においては、磁性を良好とするための集合組織を得るために、炭素は500~600ppm程度添加されている。しかしながら、前述の冷間圧延工程後において、炭素(C)は不要となるため、脱炭焼鈍工程においては焼鈍後の炭素量は変圧器等の最終製品における磁気時効を発生しないレベルまで除去する必要がある。フォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼板においては、鋼板表層にファイヤライトを有する酸化層を形成する必要があるため、通常、冷間圧延鋼板を露点60~70℃、均熱温度800~900℃にて焼鈍する。
【0058】
しかしながら、本実施形態の方向性電磁鋼板のようにフォルステライト被膜を実質的に有しない方向性電磁鋼板においては、上述したような高露点の条件にて焼鈍してしまうと、高温焼鈍時に酸化物(ムライト)が形成され、鋼板の酸化により表面の平滑性が低下し、磁気特性が低下する。また、これを回避するために露点を低減した場合、本発明者らの研究によると、脱炭速度が低下して残留炭素量が多くなり、磁気時効が発生することが判明した。すなわち、鋼板の脱炭促進と酸化抑制とは雰囲気条件を確立する上で相反する現象であるため、脱炭焼鈍時の露点を一定条件にて実現することは困難である。
【0059】
本発明者らは、脱炭焼鈍処理として、最初に、高露点にて脱炭を優先的に行い、次に露点を下げることで脱炭を完了させた後の酸化を最小限とすることで、脱炭と酸化抑制を両立することが可能ではないかと考えた。この考えに基づき本発明者は、以下の実験を行い、脱炭焼鈍処理の前半における露点制御と、脱炭焼鈍処理の後半における露点制御の影響について調査した。
【0060】
この実験について、
図4A、
図4Bに示す構成の箱型の加熱炉1と均熱炉2とを備えた脱炭焼鈍炉を用いて行った。
図4A、
図4Bに示すように加熱炉1の内部は加熱帯であり、均熱炉2の内部は均熱帯であり、加熱帯から均熱帯にかけて
図4A、
図4Bに示す矢印が示す右方向へ鋼板を水平搬送することができ、搬送途中で鋼板に対する脱炭焼鈍処理を実施できる脱炭焼鈍炉である。
図4Aに示す脱炭焼鈍炉は、均熱炉2の出口近くの側壁部(均熱帯後段)から均熱炉2の内部に鋼板の通過方向と反対方向向きに雰囲気ガスを供給出来る炉である。
図4Bに示す脱炭焼鈍炉は、均熱炉2の出口近くの側壁部(均熱帯後段)から均熱炉2の内部に鋼板の通過方向と反対方向向きに雰囲気ガスを供給出来るとともに、均熱炉2の入口近くの底部(均熱帯前段(加熱帯後段))から加熱炉1側に向かって鋼板の搬送方向と反対側向きに雰囲気ガスを供給出来る脱炭焼鈍炉である。
本実施形態において、均熱帯前段とは、均熱帯の中央より加熱帯側(上流側)、均熱帯後段とは、均熱帯の中央より下流側の位置を意味し、例えば
図4Bに示す位置である。雰囲気ガスを導入する位置は、前段であれば均熱帯の入口付近(均熱温度到達位置)、後段であれば均熱帯の出口付近が好ましい。
【0061】
<実験1>
本実施形態では
図4Bに示す脱炭焼鈍炉を用いて、以下の表1に記載の処理条件において、均熱帯前段から露点(DP1)を30~70℃とした雰囲気ガスを導入し、かつ均熱帯後段から導入する雰囲気ガスの露点(DP2)を-20~50℃へ変更する試験を行った。続いて得られた脱炭焼鈍鋼板を表1に記載の窒化処理条件にて窒化処理を行い、脱炭焼鈍後の鋼板の炭素量と酸素量とを調査した。得られた鋼板中の炭素量については、酸素気流中にて燃焼させることでCOガスとし、赤外線吸収法を用いて分析を行った。酸素量については、Heなどの不活性ガス中にて黒鉛坩堝中にて試料を燃焼させることでCOガスとし、これを赤外線吸収法にて分析を行った。
得られた脱炭焼鈍鋼板については、従来のようにマグネシア水スラリーを塗布することもあるが、この例の場合、仕上げ焼鈍工程にてシリカと反応するために表層酸化層の凸凹が発生することから、本実験では、アルミナを主成分とする(例えば、MgO:10~50%程度、Al
2O
3:90~50%を含む)焼鈍分離剤を用いた水スラリー塗布を実施した。
次に、仕上げ焼鈍を実施し、さらに張力コーティング塗布を行い、その後にレーザー照射による磁区細分化を行って複数の方向性電磁鋼板を得た。これらの方向性電磁鋼板についてJISC2550-1:2011に記載のエプスタインン法に基づき、磁気特性(1.7T、50Hzにおける鉄損W17/50及び磁化力800A/mにおける磁束密度B8)の測定を行った。
【0062】
【0063】
図1に、得られた鋼板酸素量と磁気特性との関係を示す。
図1より、鋼板酸素量が320ppm超になるといずれの試料も鉄損が悪化することが判明した。これは脱炭焼鈍における酸化量が320ppmを超えてしまうと、高温焼鈍時に酸化物(ムライト)が形成され、鋼板の平滑性が失われることで鉄損が低下するためである。
また、
図2に、150℃にて焼鈍しながら最大10日間保持した後に得られた、時効時間と鋼板炭素量と磁束密度との関係を示す。
図2より、鋼板炭素量が25ppm超の試料において保持力が急激に悪化することが判明した。これは、時効により炭化物や窒化物が析出し、これらが磁壁の移動を妨げるためであると考えられる。
【0064】
次に本実施形態では、脱炭、酸化反応の支配因子を明確化し、低露点脱炭焼鈍時に脱炭と酸化とを両立するための技術について検討を行った。
鋼板中の脱炭反応速度については鋼板中の炭素の拡散律速であることが知られており、また、脱炭反応は約700℃以上から開始することが知られている。よって700℃以上において、脱炭温度、脱炭時間、及び雰囲気ガスのガス酸化度を向上させることが脱炭性を改善する上で重要となると考えられる。
非特許文献1には、3%Si鋼板を850℃にて焼鈍した際にガス酸化度(P
H2O/P
H2)が鋼板の酸化に与える影響について説明されている(
図3参照)。
図3に示されるように、ガス酸化度(P
H2O/P
H2)が0.02(75%水素雰囲気の場合、露点は18℃に相当)以下の場合、鋼板表面に形成される酸化物はSiO
2が主体となる。このSiO
2は非晶質であるため、ガス浸透効果が極めて小さいことが知られている。また、低温部において低露点で焼鈍した場合に、SiO
2が優先的に形成されることから、脱炭改善のためには、酸化初期において比較的高露点で焼鈍し、SiO
2の形成を抑制することが重要であることがわかる。
【0065】
図4Cに、
図4Aのように脱炭焼鈍炉において均熱帯の後段から雰囲気ガスを導入した場合の炉内の雰囲気ガス露点分布(点線)、及び
図4Bのように
均熱帯の前段(入り口付近)と後段の2箇所から雰囲気ガスを導入した場合の炉内の雰囲気ガス露点分布(実線)の模式図を示す。
図4Aに示すように均熱帯2の後段から一括して雰囲気ガスを導入する場合、雰囲気ガス中の水蒸気は均熱帯2から加熱帯側1向かって流れていく間に消費されることから、均熱帯2の後段にて導入された雰囲気ガスの露点は、
図4Cで点線で示されるように加熱帯1の方向に向かうに従い低下してゆくことがわかる。この露点低下は、非晶質SiO
2の生成を促進することとなり、脱炭と酸化の両立を一層困難なものとする。また、脱炭は均熱温度到達時に完了することから、脱炭を促進するためには、高露点の雰囲気ガスを均熱温度到達前に供給することが有効である。
一方、
図4Bに示すように
均熱帯の前段と後段の2箇所から雰囲気ガスを導入する場合、前段にて高露点ガスを導入することで、前記非晶質SiO
2の生成を抑制し、脱炭反応を促進することができる。一方、後段にて低露点ガスを導入することで脱炭後のSiの過剰酸化を抑制することができる。
以上の考察から、本実施形態では、
図4Bの実線に示すように均熱帯2の前段(均熱温度到達点)において脱炭を促進するために、高露点(DP1)の雰囲気ガスを導入し、更に、均熱帯2の後段から過剰酸化を抑制するために低露点(DP2)の雰囲気ガスを導入する2段階のガス導入により、脱炭と酸化抑制との両立が可能になると考えた。
【0066】
<実験2>
本発明者らは、
図4Bに示す脱炭焼鈍炉10を用いて以下の表2に記載の処理条件において、加熱帯1にて脱炭を促進し、均熱帯2にて酸化を調整するために、脱炭焼鈍中の露点条件を焼鈍中に変更する実験を行った。脱炭焼鈍時の均熱温度については、脱炭焼鈍鋼板の脱炭と酸化量が両立する条件として決定され、800~870℃にて行えばよく、好ましくは805~850℃であり、より好ましくは820~835℃である。
【0067】
【0068】
得られた脱炭焼鈍鋼板については、表2に記載の窒化処理焼鈍を行い、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤を用いた水スラリー塗布して仕上げ焼鈍を実施、張力コーティング塗布後にレーザー照射による磁区細分化を行って得た複数の方向性電磁鋼板について磁気特性の測定を行った。磁気測定については、JISC2550-1:2011に記載のエプスタインン法に基づき、1.7T、50Hzにおける鉄損W17/50及び磁化力800A/mにおける磁束密度B8の評価を行った。
図5にその試験結果を示す。
図5において、〇は、磁性目標を満足した例であり、×は満足しなかった例である。
図5に示す試験結果から、DP1が40~70℃、DP2≦DP1、かつ60-DP1≦DP2≦100-DP1の条件において、良好な磁気特性が得られることが判明した。
すなわち、脱炭焼鈍後の酸素量を320ppm以下、かつ炭素量を25ppm以下として、良好な磁気特性を得る場合、DP1が40~70℃、DP2≦DP1、かつ60-DP1≦DP2≦100-DP1となる条件で脱炭焼鈍を行うことが好ましい。
DP1が40℃未満の場合に厚手材の脱炭が困難になり、DP1が70℃超の場合は、薄手材の酸化が過剰となる。厚手材では、さらに好ましくは50~70℃であり、薄手材では、さらに好ましくは40~60℃である。
【0069】
また、DP2>DP1の場合、加熱帯での脱炭進行が遅れる上、加熱帯に対して板温が上昇する均熱帯での酸化が進行するために脱炭が阻害される。そのため、DP2≦DP1とすることが好ましい。
また、DP2が(60-DP1)未満の場合には脱炭焼鈍後の脱炭が不十分となり、DP2が(100-DP1)超の場合には薄手材の過剰酸化となる。そのため、DP2を60-DP1≦DP2≦100-DP1の範囲とすることが好ましい。
【0070】
3.仕上げ焼鈍工程、除去工程
仕上げ焼鈍工程においては、鋼板に仕上げ焼鈍を施す。これにより、鋼板において二次再結晶を生じさせる。
通常の方向性電磁鋼板では、フォルステライト(Mg2SiO4)を主成分とする仕上げ焼鈍被膜を形成させるため、一般的に前記脱炭焼鈍鋼板の表面にマグネシア濃度の高い(例えば、MgO≧90質量%)焼鈍分離材を塗布して仕上げ焼鈍工程を行う。
これに対し、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の仕上げ焼純工程においては、前記脱炭焼鈍鋼板の表面にマグネシア濃度が低く酸化アルミニウムを含有する焼鈍分離材(例えば、MgO:10~50質量%程度、Al2O3:90~50質量%程度を含む)を塗布した状態で加熱して仕上げ焼鈍を施し(二次再結晶させ)、その後、余分な焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る。これらによって、フォルステライト(Mg2SiO4)からなる仕上げ焼鈍被膜が形成しないように中間層を形成する。
ここで、焼鈍分離剤とは、仕上げ焼鈍後の鋼板同士の焼きつきを防止するほか、フォルステライト(Mg2SiO4)からなる仕上げ焼鈍被膜を形成するために塗布するものである。本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、フォルステライト(Mg2SiO4)からなる仕上げ焼鈍被膜を形成しないように中間層を形成する必要があるため、マグネシア濃度の低い焼鈍分離剤を用いる。
【0071】
仕上げ焼鈍の加熱条件は、一般的な条件であればよく、例えば、加熱速度:5℃/s~100℃/s、1000℃~1300℃の範囲内の温度で10時間~50時間加熱する。
当該加熱後の冷却時に、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.0001~100000の雰囲気下で、例えば1100℃から500℃まで冷却することができる。
より詳細には、前記仕上げ焼鈍工程の最高温度に到達した後の冷却過程において、最高温度が1100℃以上の場合はT1を1100℃とし、最高温度が1100℃未満の場合はT1を最高温度として、T1~500℃の温度域を、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.0001~100000の雰囲気下で冷却することができるが、これらの条件に制約されるものではない。好ましくは、ガス酸化度は0.3~100000である。
上記条件で冷却する冷却時間に、特に制限はないが、5~30時間とすることが好ましい。
冷却後、焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得ることができる。焼鈍分離材の除去方法について、特に制限はないが、母鋼板表面ブラシでこする程度で除去することができる。
【0072】
4.中間層形成工程
中間層形成工程においては、例えば、前記仕上げ焼鈍鋼板を、600℃を超える上限温度域まで加熱後、当該鋼板を600℃超、前記上限温度以下の温度領域で、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.001~0.04の雰囲気に保持しつつ焼鈍することにより、仕上げ焼鈍鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を形成することができる。
中間層は、上述した「A.方向性電磁鋼板 2.中間層」の項目に記載された厚さに形成することが好ましい。
【0073】
中間層形成工程における、前記仕上げ焼鈍鋼板の加熱条件は、600℃超の温度域への加熱であれば、特に制限はないが、例えば、700℃~1150℃の温度域で10秒~60秒保持する条件で行うことが好ましい。反応速度の観点から、温度は600℃を超える必要があるが、1150℃よりも高温になると、中間層の形成反応を均一に保つことが困難となり中間層と母鋼板の界面の凹凸が激しくなり鉄損が劣化することがあり、鋼板の強度が低下し、連続焼鈍炉での処理が困難となるため、生産性が低下する場合がある。
保持時間は、中間層形成の観点からは10秒以上とし、生産性および中間層の厚さが厚くなることによる占積率の低下を回避するための観点から60秒以下とすることが好ましい。
中間層を2~400nmの厚さに成膜する観点から、650~1000℃の温度域で15~60秒保持することが好ましく、700~900℃の温度域で25~60秒保持することがより好ましい。
【0074】
5.絶縁被膜形成工程
絶縁被膜形成工程においては、中間層表面にコーティング溶液を塗布して焼き付けた後、例えば窒素ガス100%の雰囲気下、700℃~1150℃の温度域で5~60秒間加熱することにより中間層表面に絶縁被膜を形成する。
絶縁被膜は、上述した「A.方向性電磁鋼板 1-3.絶縁被膜」の項目に記載された厚さに成膜することが好ましい。
コーティング溶液にも特に制限はないが、用途に応じて、コロイド状シリカを有するコーティング溶液とコロイド状シリカを有しないコーティング溶液を使い分けることができる。
コロイド状シリカを有しないコーティング溶液としては、例えばアルミナ及びホウ酸を含むコ-ティング溶液があげられる。
また、コロイド状シリカを有するコーティング溶液としては、例えば、燐酸または燐酸塩、コロイド状シリカ、および無水クロム酸またはクロム酸塩を含むコーティング溶液があげられる。クロム酸塩としては、例えば、Na、K、Ca、Sr等のクロム酸塩が挙げられる。コロイド状シリカは特に限定はなく、その粒子サイズも適宜使用することができる。
さらに、コーティング溶液には、本実施形態で求める効果が失われなければ、各種の特性を改善するために様々な元素や化合物をさらに添加してもよい。
【0075】
また、絶縁被膜形成工程では、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.01~0.30の雰囲気下にて650~950℃まで加熱、焼鈍を行ってもよい。上記ガスとしては、一般的に使用されるガスであればよいが、例えば、水素:25体積%および残部:窒素および不純物からなるガスを使用することができる。
【0076】
絶縁被膜形成工程の冷却時に、ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.01未満であると絶縁被膜が分解される恐れがあり、0.30を超えると母鋼板を著しく酸化させ、鉄損が劣化する恐れがある。ガスの酸化度(PH2O/PH2)は0.02~0.08であることがより好ましく、0.03~0.05であることがさらに好ましい。
【0077】
6.その他の工程
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、一般的に方向性電磁鋼板の製造方法において行われる工程をさらに有するものでもよく、脱炭焼鈍の開始から仕上げ焼鈍における二次再結晶の発現までの間に、脱炭焼鈍鋼板のN含有量を増加させる窒化処理を施す窒化処理工程をさらに有するものが好ましい。一次再結晶領域と二次再結晶領域との境界部位の鋼板に与える温度勾配が低くとも磁束密度を安定して向上させることができるからである。窒化処理としては、一般的な処理であればよいが、例えば、アンモニア等の窒化能のあるガスを含有する雰囲気中で焼鈍する処理、MnN等の窒化能のある粉末を含む焼鈍分離剤を塗布した脱炭焼鈍鋼板を仕上げ焼鈍する処理等が挙げられる。
【0078】
B-2.第二実施形態
第一実施形態では、個別に有する中間層の形成だけを目的とした工程と絶縁被膜の形成だけを目的とした工程を分けて行ったが、第二実施形態では、中間層と絶縁被膜を同時に形成する点が、第一実施形態と異なる。すなわち、上述した中間層形成工程と絶縁被膜形成工程との代わりに、以下の中間層-絶縁被膜形成工程を行う点が第一実施形態と異なる。
そのため、以下、中間層-絶縁被膜形成工程についてのみ説明する。
【0079】
1.中間層-絶縁被膜形成工程
前記仕上げ焼鈍鋼板表面にコーティング溶液を塗布して、例えば、650℃超~950℃以下の温度領域で、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.01~0.30の雰囲気で5~300秒焼鈍することにより、仕上げ焼鈍鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層と絶縁被膜とを同時に形成する。
仕上げ焼鈍鋼板表面にコーティング溶液を塗布して熱処理すると、Fe系酸化物中のFeを還元することによって該鋼板表面に中間層および金属Fe相が形成されるのと同時に、コーティング溶液が焼き付けられることによって中間層の表面に絶縁被膜が形成される。
熱酸化による中間層の形成とコーティング溶液の焼き付けによる絶縁被膜の形成とを同時に進行させるために、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.05~0.25の条件とすることがより好ましく、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.20の条件とすることがさらに好ましい。
【0080】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。上述した実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0081】
以下、実施例を例示して、本発明を具体的に説明する。以下において、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0082】
<実施例1>
「板厚0.18mmの場合」
Si:3.45%、C:0.060%、酸可溶性Al:0.030%、N:0.008%、およびMn:0.10%、ならびにSおよびSe:合計で0.007%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成のスラブを1150℃で60分均熱した後、加熱後のスラブに熱間圧延を施して、板厚が2.8mmの熱間圧延鋼板を得た。次に、熱間圧延鋼板を、900℃で120秒保持した後、急冷する熱延板焼鈍を施して、焼鈍鋼板を得た。次に、焼鈍鋼板を酸洗後、酸洗後の鋼板に1回または複数回の冷間圧延を施し、最終板厚が0.18mmの冷間圧延鋼板を得た。
【0083】
この薄手材(板厚0.18mm)の冷間圧延鋼板を用いて、表3に示すように、均熱温度を820~835℃とし、均熱帯の前段および後段の2箇所から雰囲気ガスを導入して脱炭焼鈍を実施した。その際、前段から導入する雰囲気ガスの露点DP1を30~80℃、後段から導入する雰囲気ガスの露点DP2を-5~55℃に変更した。狙いとする炭素量[C]は25ppm以下とし、酸素量[O]は320ppm以下とした。
脱炭焼鈍後の炭素量については、酸素気流中にて燃焼させることでCOガスとし、赤外線吸収法を用いて分析を行った。酸素量については、Heなどの不活性ガス中にて黒鉛坩堝中にて試料を燃焼させることでCOガスとし、これを赤外線吸収法にて分析を行った。
【0084】
脱炭焼鈍後はシリカと反応し難いアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を水スラリーで塗布した後、仕上げ焼鈍を施した。仕上げ焼鈍は1200℃まではN2:25%+H2:75%の雰囲気ガス中で15℃/Hrの昇温速度で行い、1200℃でH2:100%に切替え20時間焼鈍を行った。当該加熱後の冷却時においては、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.0001~100000の雰囲気下で、例えば1100℃から500℃まで冷却した。また上記条件で冷却する冷却時間には5~30時間とした。
これらの仕上げ焼鈍後の鋼板の焼鈍分離材をブラシにて除粉し、一部の鋼板については、870℃、雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.01の雰囲気で60秒焼鈍することによって、厚みが20nmの中間層を形成した。鋼板を冷却後、コーティング溶液を塗布した後、840℃、雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.03の雰囲気で60秒焼鈍することによって焼付け後の付着量が4.5g/m2、厚みが2μmである絶縁被膜を形成した。
また、その他の鋼板については、コーティング溶液を塗布したのちに450℃にて乾燥、続けて840℃、雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.10の雰囲気で60秒焼鈍することによって、厚みが20nmの中間層と、焼付け後の付着量が4.5g/m2、厚みが2μmである絶縁被膜を形成した。
最後に、圧延方向に交差する方向に延びる線状の溝を所定間隔となるようレーザーにて磁区細分化処理を施した。
その後、得られた方向性電磁鋼板に対し、磁気測定を行った。磁気測定については、JISC2550-1:2011に記載のエプスタインン法に基づき、1.7T、50Hzにおける鉄損W17/50及び磁化力800A/mにおける磁束密度B8の評価を行った。磁気特性の評価については、鉄損W17/50が0.60W/kg未満であり、かつ磁束密度が1.60T超である場合に良好と判断した。
試験結果を以下の表3に示す。
【0085】
【0086】
薄手材は厚手材と比較して脱炭性が良好となる反面、酸化が進行し易いことから、前段露点DP1が30℃及び80℃の場合には良好な磁気特性が得られなかった。
また、表3に示すように、本発明例では、脱炭焼鈍後の鋼板において、酸素量320ppm以下、炭素量25ppm以下の脱炭焼鈍鋼板を得ることができた。特に、均熱帯の前段から導入する雰囲気ガスの露点DP1を40~70℃かつ、均熱帯の後段から導入する雰囲気ガスの露点DP2をDP2≦DP1かつ60-DP1≦DP2≦100-DP1とした場合に、酸素量320ppm以下、炭素量25ppm以下の脱炭焼鈍鋼板を得ることができた。そして、これらの脱炭焼鈍鋼板を用いて中間層と絶縁層とを形成して得られた方向性電磁鋼板は、鉄損の低い優れた電磁鋼板であった。また、いずれの例も被膜密着性は十分であった。
【0087】
<実施例2>
「板厚0.23mmの場合」
Si:3.45%、C:0.060%、酸可溶性Al:0.030%、N:0.008%、およびMn:0.10%、ならびにSおよびSe:合計で0.007%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成のスラブを1150℃で60分均熱した後、加熱後のスラブに熱間圧延を施して、板厚が2.8mmの熱間圧延鋼板を得た。
次に、熱間圧延鋼板を、900℃で120秒保持した後、急冷する熱延板焼鈍を施して、焼鈍鋼板を得た。次に、焼鈍鋼板を酸洗後、酸洗後の鋼板に1回または複数回の冷間圧延を施し、最終板厚が0.23mmの冷間圧延鋼板を得た。
【0088】
厚手材0.23mmの冷間圧延鋼板を用いて、均熱温度を820~840℃とし、前段露点DP1を30~80℃、後段露点DP2を-15~55℃に変更する脱炭焼鈍を実施した。
【0089】
脱炭焼鈍後はシリカと反応し難いアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を水スラリーで塗布した後、仕上げ焼鈍を施した。仕上げ焼鈍は1200℃まではN2:25%+H2:75%の雰囲気ガス中で15℃/Hrの昇温速度で行い、1200℃でH2:100%に切替え20時間焼鈍を行った。当該加熱後の冷却時においては、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.0001~100000の雰囲気下で、1100℃から500℃まで冷却した。また上記条件で冷却する冷却時間は5~30時間とした。
これらの仕上げ焼鈍後の鋼板の焼鈍分離材をブラシにて除粉し、一部の鋼板については、870℃、雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.010の雰囲気で60秒焼鈍することによって、厚みが20nmの中間層を形成した。鋼板を冷却後、コーティング溶液を塗布した後、840℃、雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.01の雰囲気で60秒焼鈍することによって焼付け後の付着量が4.5g/m2、厚みが2μmである絶縁被膜を形成した。また、その他の鋼板については、870℃、雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.10の雰囲気で60秒焼鈍することによって、厚みが20nmの中間層と、焼付け後の付着量が4.5g/m2、厚みが2μmである絶縁被膜を形成した。
最後に圧延方向に交差する方向に延びる線状の溝を所定間隔となるようレーザーにて磁区細分化処理を施した。
その後、得られた方向性電磁鋼板に対し、磁気測定を行った。磁気測定については、JISC2550-1:2011に記載のエプスタインン法に基づき、1.7T、50Hzにおける鉄損W17/50及び磁化力800A/mにおける磁束密度B8の評価を行った。
磁気特性の評価については、鉄損W17/50が0.70W/kg未満であり、かつ磁束密度が1.60T超の場合に良好と判断した。結果を表4に示す。
【0090】
【0091】
表4に試験結果を示す通り、酸化と脱炭の両立条件が表3に示す板厚の鋼板よりも広く、前段露点DP1を40~70℃とした場合に良好な磁気特性が得られる条件が存在した。
表4に示すように、本発明例では、脱炭焼鈍後の鋼板において、酸素量320ppm以下、炭素量25ppm以下の脱炭焼鈍鋼板を得ることができた。そして、これらの脱炭焼鈍鋼板を用いて中間層と絶縁層を形成して得られた方向性電磁鋼板は、鉄損の低い優れた電磁鋼板であった。
また、DP2≦DP1かつ60-DP1≦DP2≦100-DP1の関係を満足することで、酸素量が320ppm以下、かつ炭素量が25ppm以下であり、鉄損が低い優れた方向性電磁鋼板を0.18mmより厚い0.23mm厚の鋼板においても得られることがわかった。
【0092】
<実施例3>
「板厚0.35mmの場合」
Si:3.25%、C:0.050%、酸可溶性Al:0.030%、N:0.008%、およびMn:0.10%、ならびにSおよびSe:合計で0.006%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成のスラブを1150℃で60分均熱した後、加熱後のスラブに熱間圧延を施して、板厚が2.8mmの熱間圧延鋼板を得た。
次に、熱間圧延鋼板を、900℃で120秒保持した後、急冷する熱延板焼鈍を施して、焼鈍鋼板を得た。次に、焼鈍鋼板を酸洗後、酸洗後の鋼板に1回または複数回の冷間圧延を施し、最終板厚が0.35mmの冷間圧延鋼板を得た。
【0093】
厚手材(板厚0.35mm)の冷間圧延鋼板を用いて、均熱温度が820~840℃、前段露点DP1を30~80℃、後段の露点DP2を-15~55℃に変更する脱炭焼鈍を実施した。
【0094】
焼鈍後はシリカと反応し難いアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を水スラリーで塗布した後、仕上げ焼鈍を施した。仕上げ焼鈍は1200℃まではN2:25%+H2:75%の雰囲気ガス中で15℃/Hrの昇温速度で行い、1200℃でH2:100%に切替え20時間焼鈍を行った。
当該加熱後の冷却時においては、ガスの酸化度(PH2O/PH2):0.0001~100000の雰囲気下で、1100℃から500℃まで冷却した。また上記条件で冷却する冷却時間は、5~30時間とした。
これらの試料の焼鈍分離材をブラシにて除粉し、一部の鋼板については、870℃、雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.01の雰囲気で60秒焼鈍することによって、厚みが20nmの中間層を形成した。鋼板を冷却後、コーティング溶液を塗布した後、840℃、雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)が0.01の雰囲気で60秒焼鈍することによって焼付け後の付着量が4.5g/m2、厚みが2μmである絶縁被膜を形成した。また、その他の鋼板については、絶縁被膜を塗布したのち450℃にて乾燥、続けて雰囲気ガスの酸化度(PH2O/PH2)を0.10として840℃で60秒間の焼鈍を行って、厚みが20nmの中間層と焼付け後の付着量が4.5g/m2、厚みが2μmである絶縁被膜を同時に形成した。
最後に圧延方向に交差する方向に延びる線状の溝を所定間隔となるようレーザーにて磁区細分化処理を施した。
その後、得られた方向性電磁鋼板に対し、磁気測定を行った。磁気特性の評価については、鉄損W17/50が0.77W/kg未満であり、かつ磁束密度が1.60T超である場合に良好と判断した。
結果を以下の表5に示す。
【0095】
【0096】
表5に示す結果において、本発明例では、脱炭焼鈍後の鋼板において、酸素量320ppm以下、炭素量25ppm以下の脱炭焼鈍鋼板を得ることができた。そして、これらの脱炭焼鈍鋼板を用いて中間層と絶縁層を形成して得られた方向性電磁鋼板は、鉄損の低い優れた電磁鋼板であった。
厚手材は脱炭がネックとなり、最終製品の磁気時効悪化の原因となるため、前段露点DP1が30℃、80℃の場合には、いずれも良好な磁気特性が得られなかった。
また、DP1=40~70℃、DP2≦DP1かつ60-DP1≦DP2≦100-DP1の関係を満足することで、酸素量が320ppm以下、かつ炭素量が25ppm以下であり、鉄損が低い優れた方向性電磁鋼板を0.23mmより厚い、厚さ0.35mmの厚手の鋼板においても得られることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明によれば、フォルステライト被膜を実質的に有しない方向性電磁鋼板の製造方法を提供することができる。上記態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法では、広い板厚範囲において脱炭と鋼板酸化抑制とを両立することで、鉄損が低く、磁気時効後の磁束密度が高い方向性電磁鋼板を製造することができる。
【符号の説明】
【0098】
1…加熱炉
2…均熱炉