(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-11
(45)【発行日】2023-04-19
(54)【発明の名称】渦電流式減速装置用ロータ
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230412BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20230412BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20230412BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20230412BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/54
C21D8/02 A
C21D9/00 S
(21)【出願番号】P 2021516122
(86)(22)【出願日】2020-04-21
(86)【国際出願番号】 JP2020017151
(87)【国際公開番号】W WO2020218276
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2021-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2019083029
(32)【優先日】2019-04-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】大瀧 奈央
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】野口 泰隆
(72)【発明者】
【氏名】今西 憲治
(72)【発明者】
【氏名】田坂 方宏
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-049041(JP,A)
【文献】特開平09-172770(JP,A)
【文献】特開平03-247742(JP,A)
【文献】米国特許第06318518(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
渦電流式減速装置用ロータであって、
円筒部を備え、
前記円筒部の化学組成が、質量%で、
C:0.05~0.15%、
Si:0.10~0.40%、
Mn:0.50~1.00%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Mo:0.20~1.00%、
Nb:0.020~0.060%、
V:0.040~0.080%、
sol.Al:0.030~0.100%、
B:0.0005~0.0050%、
N:0.003~0.010%、
Cu:0~0.20%、
Ni:0~0.20%、
Cr:0~0.10%、及び、
残部:Fe及び不純物、からなり、
500倍の光学顕微鏡で観察したときのミクロ組織はフェライト、マルテンサイト及びベイナイトからなり、
前記ミクロ組織におけるマルテンサイト及びベイナイトの総面積率は95.0%超であり、
円相当径が100~500nmの炭化物の数密度が0.35~0.75個/μm
2である、
渦電流式減速装置用ロータ。
【請求項2】
請求項1に記載の渦電流式減速装置用ロータであって、
前記化学組成は、
Cu:0.01~0.20%、
Ni:0.01~0.20%、及び、
Cr:0.01~0.10%、からなる群から選択される1元素又は2元素以上を含有する、
渦電流式減速装置用ロータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ロータに関し、さらに詳しくは、渦電流式減速装置(リターダ)に用いられる、渦電流式減速装置用ロータに関する。
【背景技術】
【0002】
バスやトラック等の大型自動車は、フットブレーキや排気ブレーキ等の制動装置を備える。最近の大型自動車ではさらに、渦電流式減速装置を備えるものが登場している。渦電流式減速装置は、リターダとも呼ばれる。たとえば、急勾配の長い下り坂等を走行する場合であって、エンジンブレーキや排気ブレーキを併用しても大型自動車の走行速度を減速しにくい場合、渦電流式減速装置を作動させる。渦電流式減速装置を作動させることにより、制動力をさらに高め、大型自動車の走行速度を有効に減速させることができる。
【0003】
渦電流式減速装置は、電磁石を用いるタイプと、永久磁石を用いるタイプとが存在する。永久磁石を用いた渦電流式減速装置は、ロータと、ロータに収納されるステータとを備える。ロータは例えば、円筒部(ドラム)と、プロペラシャフトにロータを固定するための円環状のホイール部と、円筒部とホイール部とをつなぐ複数のアーム部とを備える。ステータは、円筒体と、極性の異なる2種類の複数の永久磁石と、複数のポールピースとを備える。極性の異なる複数の永久磁石は、円筒体の外周面上に、円周方向に交互に配列される。ポールピースは、ロータの円筒部の内周面と、永久磁石との間に配置される。ステータのうち、複数の永久磁石が取り付けられた円筒体は、複数のポールピースとは別個独立して、円筒体の軸まわりを回転可能である。
【0004】
制動時、つまり、渦電流式減速装置を作動させる場合、ステータの永久磁石の磁束がポールピースを介してロータに到達して、永久磁石とロータの円筒部との間に磁気回路が形成される。このとき、ロータの円筒部に渦電流が発生する。渦電流の発生に伴い、ローレンツ力が発生する。このローレンツ力が制動トルクとなり、大型自動車に制動力を付与する。一方、非制動時、つまり、渦電流式減速装置の動作を停止する場合、ポールピースに対する永久磁石の相対位置をずらして、永久磁石の磁束をロータに到達しないようにする。この場合、永久磁石とロータの円筒部との間に磁気回路が形成されない。そのため、ロータの円筒部に渦電流が発生せず、制動力も発生しない。以上の動作により、渦電流式減速装置は、制動動作及び非制動動作(停止)を切り替える。
【0005】
ところで、制動力は、制動時のロータの円筒部に発生する渦電流量に依存する。そのため、制動時にロータの円筒部に発生する渦電流量は大きい方が好ましい。制動時に発生する渦電流量を増加させるためには、ロータの円筒部の電気抵抗が低い方が好ましい。
【0006】
さらに、制動時において、渦電流とともに発生するジュール発熱により、ロータは加熱される。一方、渦電流式減速装置の非制動時において、ロータは円筒部の外周面に形成されている複数の冷却フィンにより急速に冷却(空冷)される。つまり、制動及び非制動の繰り返しにより、ロータには熱サイクルが負荷される。そのため、渦電流式減速装置用ロータには、低い電気抵抗だけでなく、高い高温強度も要求される。
【0007】
渦電流式減速装置用ロータにおいて、電気抵抗を低減しつつ、高い高温強度を得る技術が特開平8-49041号公報(特許文献1)に開示されている。
【0008】
特許文献1に記載された渦電流式減速装置用ロータ材は、質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.5~1.0%、P:0.05%以下、Ni:0.50%以下、Mo:0.2~1.0%、Nb:0.01~0.03%、V:0.03~0.07%、B:0.0005~0.003%、Sol.Al:0.02~0.09%、N:0.01%以下を含有し、残部は実質的にFeからなる。この文献では、電気抵抗を高める元素であるP、Ni、Mnの含有量を低減することにより、ロータ材の電気抵抗を低減する。さらに、Bを含有することにより、ロータ材の高温強度を高めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、上述のとおり、渦電流式減速装置の制動及び非制動の繰り返しにより、ロータには熱サイクルが負荷される。渦電流式減速装置の累積稼働時間が長くなれば、ロータに負荷される熱サイクルも多くなり、ロータが高温で保持されている累積時間も長くなる。そのため、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴い、ロータの高温強度が低下してしまう場合がある。ロータの高温強度は、渦電流式減速装置の累積稼働時間が長くなっても、なるべく維持できる方が好ましい。
【0011】
本開示の目的は、低い電気抵抗と高い高温強度とを有し、さらに、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の低下を抑制できる、渦電流式減速装置用ロータを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示による渦電流式減速装置用ロータは、
円筒部を備え、
前記円筒部の化学組成が、質量%で、
C:0.05~0.15%、
Si:0.10~0.40%、
Mn:0.50~1.00%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Mo:0.20~1.00%、
Nb:0.020~0.060%、
V:0.040~0.080%、
sol.Al:0.030~0.100%、
B:0.0005~0.0050%、
N:0.003~0.010%、
Cu:0~0.20%、
Ni:0~0.20%、
Cr:0~0.10%、及び、
残部:Fe及び不純物、からなり、
ミクロ組織におけるマルテンサイト及びベイナイトの総面積率は95.0%超であり、
円相当径が100~500nmの炭化物の数密度が0.35~0.75個/μm2である。
【発明の効果】
【0013】
本開示による渦電流式減速装置用ロータは、低い電気抵抗と高い高温強度とを有し、さらに、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータが適用される、渦電流式減速装置の正面図である。
【
図2】
図2は、
図1に示す渦電流式減速装置をプロペラシャフトに固定した場合の、渦電流式減速装置の、プロペラシャフトの軸方向の断面図である。
【
図3】
図3は、非制動時の渦電流式減速装置の軸方向に垂直な断面図(径方向の断面図)である。
【
図4】
図4は、制動時の渦電流式減速装置の軸方向に垂直な断面図(径方向の断面図)である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、渦電流式減速装置用ロータにおいて、低い電気抵抗と高い高温強度とを有し、さらに、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の低下を抑制できる手段について調査及び検討を行った。
【0016】
本発明者らは、化学組成が、質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.10~0.40%、Mn:0.50~1.00%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Mo:0.20~1.00%、Nb:0.020~0.060%、V:0.040~0.080%、sol.Al:0.030~0.100%、B:0.0005~0.0050%、N:0.003~0.010%、Cu:0~0.20%、Ni:0~0.20%、Cr:0~0.10%、及び、残部:Fe及び不純物、からなり、焼入れ及び焼戻しを実施した鋼材をロータとみなして、電気抵抗と、650℃での引張強度TS0(MPa)とを調査した。さらに、渦電流式減速装置の累積稼働時間が長くなった場合の高温強度を模擬して、高温保持試験を実施した。高温保持試験では、上述の化学組成を有する鋼材を650℃で300時間保持した。保持後の鋼材の650℃での引張強度TS1(MPa)を求めた。そして、引張強度TS0と引張強度TS1との差分を、引張強度差ΔTS(MPa)と定義した。調査の結果、上述の化学組成を有する鋼材の場合、電気抵抗を低く抑えることができても、650℃での引張強度TS0と高温保持試験後の引張強度TS1との引張強度差ΔTSが大きくなり、累積稼働時間経過に伴う高温強度の低下が大きくなる場合があった。
【0017】
そこで、本発明者らは、渦電流式減速装置の累積稼働時間が長くなった場合に高温強度が低下するメカニズムについて検討を行った。従前のロータは、熱間鍛造後に焼入れ及び焼戻しを実施して、焼入れにより導入された転位密度により高温強度を高めている。この場合、渦電流式減速装置の稼働初期においては、転位により、650℃でも高い引張強度を維持できる。しかしながら、渦電流式減速装置の累積稼働時間が長くなるに従い、ロータの高温保持時間が長くなり、ロータ中の転位密度が顕著に低減する。そのため、転位密度により渦電流式減速装置用ロータの高温強度を確保している場合、渦電流式減速装置の累積稼働時間が長くなるに従い、高温強度が低下すると考えられる。
【0018】
そこで、本発明者らは、上述の化学組成の鋼材からなるロータにおいて、転位密度による高温強度向上とは異なるメカニズムにより、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の低下を抑制することを検討した。
【0019】
上述の化学組成において、生成する炭化物としては、Mo炭化物(Mo2C)、セメンタイト、Nb炭化物(NbC)、V炭化物(VC)等が存在する。これらの炭化物のうち、最も微細な炭化物は、MX型析出物のNb炭化物及びV炭化物である。MX型析出物の平均円相当径は50nm以下である。本明細書では、Nb炭化物及びV炭化物を「微細炭化物」と称する。一方、Mo炭化物及びセメンタイトは、MX型析出物のNb炭化物及びV炭化物よりも大きな炭化物であり、Mo炭化物及びセメンタイトの円相当径の多くは100nm以上である。Mo炭化物及びセメンタイトのうち、円相当径が100~500nmのMo炭化物及びセメンタイトを、本明細書では、「中型炭化物」と定義する。
【0020】
微細炭化物及び中型炭化物は、析出強化機構により、ロータの高温強度を高める。したがって、本発明者らは、従来よりもロータ中の転位密度を低減して、転位密度に代えて、微細炭化物及び中型炭化物を用いた析出強化による高温強度を確保すれば、累積稼働時間に伴うロータの高温強度の低下を抑制できると考えた。
【0021】
そこで、本発明者らは、微細炭化物及び中型炭化物の数密度を増加させたロータの高温強度を検討した。しかしながら、検討の結果、微細炭化物及び中型炭化物の数密度を高めた場合、650℃での引張強度TS0を高くすることができるものの、高温保持試験後の650℃での引張強度TS1が低くなり、引張強度差ΔTS(=TS0-TS1)が顕著に低下する場合があることが判明した。
【0022】
そこで、本発明者らは、この原因について調査した。その結果、本発明者らは、次の事項を知見した。円相当径が100~500nmの中型炭化物の数密度(個/μm2)が少なすぎれば、650℃での引張強度TS0が低くなりすぎる。そのため、中型炭化物の数密度はある程度必要である。しかしながら、中型炭化物の数密度が過剰に多くなれば、ロータ内において、中型炭化物に多くの転位がトラップされてしまう。そのため、ロータ内は、中型炭化物も多いものの、転位密度も過剰に高い状態となっている。この場合、微細炭化物及び中型炭化物による析出強化機構と、多数の転位密度とにより、ロータの高温強度が確保されている。そのため、このロータを高温で長時間保持した場合、ロータ内の転位が消滅して、高温強度が顕著に低下する。
【0023】
以上の知見に基づいて、本発明者らは、高温で長時間保持後の高温強度の低下を抑制するためには、析出強化を活用して中型炭化物の数密度を単純に高めるのではなく、析出強化機構を発揮しつつ、ロータ内の転位密度を十分に低減可能な適切な中型炭化物の数密度の範囲が存在すると考えた。そこで、本発明者らは、上述の化学組成を有する鋼材からなるロータにおいて、高い高温強度が得られ、かつ、高温での長時間保持後の高温強度の低下を抑制可能な中型炭化物の適切な数密度の範囲について検討した。その結果、上述の化学組成を有し、ミクロ組織におけるマルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%超であるロータにおいて、円相当径が100~500nmの炭化物(中型炭化物)の個数密度が0.35~0.75個/μm2であれば、低い電気抵抗及び高い高温強度が得られ、ロータを高温で長時間保持した後であっても、高温強度を低下するのを有効に抑制できることを見出した。
【0024】
以上の知見により完成した本実施形態の渦電流式減速装置用ロータは、次の構成を備える。
【0025】
[1]
渦電流式減速装置用ロータであって、
円筒部を備え、
前記円筒部の化学組成が、質量%で、
C:0.05~0.15%、
Si:0.10~0.40%、
Mn:0.50~1.00%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Mo:0.20~1.00%、
Nb:0.020~0.060%、
V:0.040~0.080%、
sol.Al:0.030~0.100%、
B:0.0005~0.0050%、
N:0.003~0.010%、
Cu:0~0.20%、
Ni:0~0.20%、
Cr:0~0.10%、及び、
残部:Fe及び不純物、からなり、
ミクロ組織におけるマルテンサイト及びベイナイトの総面積率は95.0%超であり、
円相当径が100~500nmの炭化物の数密度が0.35~0.75個/μm2である、
渦電流式減速装置用ロータ。
【0026】
[2]
[1]に記載の渦電流式減速装置用ロータであって、
前記化学組成は、
Cu:0.01~0.20%、
Ni:0.01~0.20%、及び、
Cr:0.01~0.10%、からなる群から選択される1元素又は2元素以上を含有する、
渦電流式減速装置用ロータ。
【0027】
以下、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータについて詳述する。
【0028】
[渦電流式減速装置の構成]
図1は、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータが適用される、渦電流式減速装置の正面図である。
図1を参照して、渦電流式減速装置1は、ロータ10と、ステータ20とを備える。
【0029】
図2は、
図1に示す渦電流式減速装置1をプロペラシャフト30に固定した場合の、渦電流式減速装置1の、プロペラシャフト30の軸方向の断面図である。
図2を参照して、本実施形態では、ロータ10がプロペラシャフト30に固定される。そして、ステータ20が、図示しないトランスミッションに固定される。
図1及び
図2を参照して、ロータ10は、円筒部(ドラム)11を備える。より具体的には、ロータ10は、円筒部11と、アーム部12と、ホイール部13とを備える。円筒部11は、円筒状であり、ステータ20の外径よりも大きい内径を有する。ホイール部13は、円筒部11の内径よりも小さい外径を有する円環状の部材であり、中心部に貫通孔を有する。ホイール部13の厚さ(プロペラシャフト30の軸方向の長さ)は、円筒部11の厚さ(プロペラシャフト30の軸方向の長さ)よりも薄い。ホイール部13は、貫通孔にプロペラシャフト30を挿入し、プロペラシャフト30に固定される。アーム部12は、
図1及び
図2に示すとおり、円筒部11の端部と、ホイール部13とを繋いでいる。なお、円筒部11の外周面には、複数の冷却フィン11Fが形成されている。円筒部11と、アーム部12と、ホイール部13とは、一体的に形成されていてもよい。円筒部11と、アーム部12と、ホイール部13とは、別個独立した部材で構成されていてもよい。
【0030】
図3は、非制動時の渦電流式減速装置1の軸方向に垂直な断面図(径方向の断面図)である。
図3を参照して、ステータ20は、磁石保持リング21と、複数の永久磁石22及び23と、複数のポールピース24とを備える。複数の永久磁石22及び永久磁石23は、磁石保持リング21の外周面上に、円周方向に交互に配列されている。永久磁石22の表面のうち、ロータ10の円筒部11の内周面と対向する表面はN極である。永久磁石22の表面のうち、磁石保持リング21の外周面と対向する表面はS極である。永久磁石23の表面のうち、ロータ10の円筒部11の内周面と対向する表面はS極である。永久磁石23の表面のうち、磁石保持リング21の外周面と対向する表面はN極である。複数のポールピース24は、複数の永久磁石22及び23の上方に配置され、ステータ20の円周方向に配列されている。複数のポールピース24は、複数の永久磁石22及び23と、円筒部11の内周面との間に配列されている。
【0031】
[渦電流式減速装置1の制動及び非制動の動作について]
図3を参照して、非制動時において、渦電流式減速装置1の径方向に見た場合、各永久磁石22及び各永久磁石23は、互いに隣り合う2つのポールピース24と重複している。換言すれば、渦電流式減速装置1の径方向に見た場合、1つのポールピース24が、互いに隣り合う永久磁石22及び23と重複している。この場合、磁束Bは
図3に示すとおり、ステータ20内を流れる。具体的には、磁束Bは、永久磁石22及び23と、ポールピース24と、磁石保持リング21との間を流れる。そのため、ロータ10と永久磁石22及び23との間には磁気回路が形成されておらず、ロータ10にローレンツ力が発生しない。したがって、
図3では、制動力が作動しない。
【0032】
図4は、制動時の渦電流式減速装置1の軸方向に垂直な断面図(径方向の断面図)である。制動時において、ステータ20内の磁石保持リング21が回転して、
図3と比較して、永久磁石22及び23の、ポールピース24に対する相対位置をずらす。具体的には、
図4では、制動時において、渦電流式減速装置1の径方向に見た場合、各永久磁石22又は23は、1つのポールピース24のみと重複しており、2つのポールピース24には重複していない。この場合、磁束Bは
図4に示すとおり、磁石保持リング21、永久磁石22又は23、ポールピース24、及び、円筒部11との間を流れる。そのため、ロータ10と永久磁石22又は23との間には磁気回路が形成される。このとき、ロータ10の円筒部11に渦電流が発生する。渦電流の発生に伴い、ローレンツ力が発生する。このローレンツ力が制動トルクとなり、制動力が発生する。
【0033】
以上のとおり、渦電流式減速装置1は、ロータ10に発生する渦電流により、制動力を発生させる。したがって、ロータ10の円筒部11では渦電流の発生量が大きくなる方が好ましい。制動力が大きくなるためである。円筒部11の電気抵抗が小さいほど、渦電流の発生量が大きくなる。そのため、ロータ10の円筒部11は、電気抵抗が小さい方が好ましい。ロータ10はさらに、制動及び非制動を繰り返すことにより、熱サイクルが負荷される。上述のとおり、最近では、650℃になっても高い高温強度が得られることが求められている。以下、ロータ10について詳述する。
【0034】
[渦電流式減速装置用ロータ10について]
[化学組成]
本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の円筒部11の化学組成は、次の元素を含有する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0035】
[必須元素について]
C:0.05~0.15%
炭素(C)は、ロータを構成する鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cはさらに、Nb炭化物、V炭化物等の微細炭化物を生成し、鋼材の高温強度を高める。Cはさらに、円相当径が100~500nmのMo炭化物及びセメンタイト(中型炭化物)を生成して、鋼材の高温強度を高める。C含有量が0.05%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上述の効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.15%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、C含有量は0.05~0.15%である。C含有量の好ましい下限は0.06%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.08%である。C含有量の好ましい上限は0.14%であり、さらに好ましくは0.13%であり、さらに好ましくは0.12%である。
【0036】
Si:0.10~0.40%
シリコン(Si)は、製鋼工程において、鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Si含有量が0.10%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、Si含有量は0.10~0.40%である。Si含有量の好ましい下限は0.12%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.17%である。Si含有量の好ましい上限は0.38%であり、さらに好ましくは0.36%であり、さらに好ましくは0.34%であり、さらに好ましくは0.32%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.28%であり、さらに好ましくは0.26%である。
【0037】
Mn:0.50~1.00%
マンガン(Mn)は、製鋼工程において、鋼を脱酸する。Mnはさらに、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Mn含有量が0.50%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、Mn含有量は0.50~1.00%である。Mn含有量の好ましい下限は0.56%であり、さらに好ましくは0.58%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.62%であり、さらに好ましくは0.64%であり、さらに好ましくは0.66%であり、さらに好ましくは0.68%である。Mn含有量の好ましい上限は0.94%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.88%である。
【0038】
P:0.030%以下
燐(P)は不可避に含有される不純物である。つまり、P含有量は0%超である。Pは、鋼材の熱間加工性及び靱性を低下する。Pはさらに、鋼材の電気抵抗を高める。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。P含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び靱性が顕著に低下し、さらに、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、P含有量は0.030%以下である。P含有量の好ましい上限は0.028%であり、さらに好ましくは0.026%であり、さらに好ましくは0.025%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は、製造コストを引き上げる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0039】
S:0.030%以下
硫黄(S)は不可避に含有される不純物である。つまり、S含有量は0%超である。Sは、鋼材の熱間加工性及び靱性を低下する。S含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び靱性が顕著に低下する。したがって、S含有量は0.030%以下である。S含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.022%であり、さらに好ましくは0.020%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減は、製造コストを引き上げる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0040】
Mo:0.20~1.00%
モリブデン(Mo)は、Cと結合してMo炭化物(Mo2C)を形成する。Mo炭化物を含む100~500nmの円相当径の析出物が0.35~0.75個/μm2であることを条件として、鋼材の高温強度が高まる。Moはさらに、鋼材の焼入れ性を高める。Moはさらに、鋼材の靱性を高める。Mo含有量が0.20%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、Mo含有量は0.20~1.00%である。Mo含有量の好ましい下限は0.25%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.40%である。Mo含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0041】
Nb:0.020~0.060%
ニオブ(Nb)は、炭素と結合してNb炭化物(微細炭化物)を生成し、析出強化により、鋼材の高温強度を高める。Nbはさらに、結晶粒の粗大化を抑制する。Nb含有量が0.020%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Nb含有量が0.060%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。Nb含有量が0.060%を超えればさらに、鋼材の靱性が低下する。したがって、Nb含有量は0.020~0.060%である。Nb含有量の好ましい下限は0.025%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.032%であり、さらに好ましくは0.034%である。Nb含有量の好ましい上限は0.058%であり、さらに好ましくは0.056%であり、さらに好ましくは0.054%であり、さらに好ましくは0.052%である。
【0042】
V:0.040~0.080%
バナジウム(V)は、炭素と結合してV炭化物(微細炭化物)を生成し、析出強化により、鋼材の高温強度を高める。Vはさらに、結晶粒の粗大化を抑制する。V含有量が0.040%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、V含有量が0.080%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。V含有量が0.080%を超えればさらに、鋼材の靱性が低下する。したがって、V含有量は0.040~0.080%である。V含有量の好ましい下限は0.044%であり、さらに好ましくは0.048%であり、さらに好ましくは0.050%である。V含有量の好ましい上限は0.075%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.068%であり、さらに好ましくは0.066%であり、さらに好ましくは0.064%であり、さらに好ましくは0.062%である。
【0043】
sol.Al:0.030~0.100%
アルミニウム(Al)は、製鋼工程において、鋼を脱酸する。Alはさらに、窒素(N)と結合してAlNを形成し、鋼材の結晶粒を微細化する。sol.Al含有量が0.030%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、sol.Al含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、sol.Al含有量は0.030~0.100%である。sol.Al含有量の好ましい下限は0.040%であり、さらに好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.052%である。sol.Al含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.088%であり、さらに好ましくは0.086%であり、さらに好ましくは0.084%であり、さらに好ましくは0.082%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0044】
B:0.0005~0.0050%
ボロン(B)は鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の高温強度を高める。B含有量が0.0005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、B含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靱性が低下する。したがって、B含有量は0.0005~0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0008%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0012%であり、さらに好ましくは0.0014%であり、さらに好ましくは0.0015%である。B含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0045】
N:0.003~0.010%
窒素(N)は、Alと結合してAlNを形成する。AlNは、析出強化により、鋼材の高温強度を高める。AlNはさらに、鋼材の結晶粒を微細化する。N含有量が0.003%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.010%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、ロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、N含有量は0.003~0.010%である。N含有量の好ましい下限は0.004%である。N含有量の好ましい上限は0.009%であり、さらに好ましくは0.008%であり、さらに好ましくは0.007%であり、さらに好ましくは0.006%である。
【0046】
本実施形態の渦電流式減速装置1のロータ10の円筒部11の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、本実施形態のロータ10の円筒部11を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のロータ10の円筒部11に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0047】
[任意元素について]
本実施形態の渦電流式減速装置1のロータ10の円筒部11の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Cu、Ni及びCrからなる群から選択される1元素又は2元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の焼入れ性を高める。
【0048】
Cu:0~0.20%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の高温強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置の制動時において、渦電流式減速装置1のロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、Cu含有量は0~0.20%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Cu含有量の好ましい上限は0.15%であり、さらに好ましくは0.12%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0049】
Ni:0~0.20%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、Niは、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の高温強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、渦電流式減速装置1のロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、Ni含有量は0~0.20%である。Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Ni含有量の好ましい上限は0.15%であり、さらに好ましくは0.12%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0050】
Cr:0~0.10%
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Crは、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の高温強度を高める。Crが少しでも含有されれば、上記効果はある程度得られる。しかしながら、Cr含有量が0.10%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の電気抵抗が過剰に高まる。この場合、渦電流式減速装置1の制動時において、渦電流式減速装置1のロータ10の円筒部11を流れる渦電流量が減少する。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が低下する。したがって、Cr含有量は0~0.10%である。Cr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Ni含有量の好ましい上限は0.09%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.06%であり、さらに好ましくは0.05%である。
【0051】
[ミクロ組織について]
本実施形態のロータ10の円筒部11のミクロ組織では、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%超である。つまり、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の円筒部11のミクロ組織は、主としてマルテンサイト及び/又はベイナイトからなる組織である。本明細書でいう「マルテンサイト及びベイナイト」は、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトも含む。本実施形態のロータ10の円筒部11のミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイト以外の残部はフェライトである。つまり、フェライトの面積率は5.0%未満である。
【0052】
なお、円筒部11のミクロ組織には、マルテンサイト、ベイナイト及びフェライト以外に、上述の炭化物に代表される析出物や、介在物も存在する。しかしながら、これらの析出物及び介在物の総面積率は、マルテンサイト、ベイナイト及びフェライトの面積率と比較して極めて小さく、無視できる。
【0053】
また、後述のミクロ組織観察において、マルテンサイトとベイナイトとを区別することは極めて困難である。一方で、フェライトと、マルテンサイト及びベイナイトとは、コントラストにより極めて容易に区別できる。したがって、ミクロ組織観察において、フェライト以外の領域を、「マルテンサイト及びベイナイト」と認定する。
【0054】
本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の円筒部11のミクロ組織も、強度に影響する。本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の円筒部11のミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%以下であり、フェライトの面積率が5.0%以上であれば、中型炭化物の数密度が0.35~0.75個/μm2であっても、十分な高温強度が得られない。一方、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%超であり、フェライトの面積率が5.0%未満であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、中型炭化物の数密度が0.35~0.75個/μm2であることを前提として、650℃において高い高温強度が得られる。
【0055】
ここで、ミクロ組織中のマルテンサイト及びベイナイトの総面積率と、フェライトの面積率とは、次の方法で測定することができる。ロータ10の円筒部11の肉厚中央位置からサンプルを採取する。サンプルは、後述の観察視野(200μm×100μm)が確保できれば、サイズは特に限定されない。サンプルの表面のうち、上記観察視野を含む観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨後のサンプルを、ナイタル液に10秒程度浸漬してエッチングを実施し、観察面に組織を現出させる。エッチングにより組織が現出された観察面内の任意の1視野(観察視野)を、500倍の光学顕微鏡により観察する。観察視野の視野面積は20000μm2(200μm×100μm)とする。上述のとおり、観察視野中において、フェライトと、マルテンサイト及びベイナイトとは、コントラストに基づいて容易に区別できる。そこで、観察視野中のフェライトを特定して、特定されたフェライトの面積を求める。フェライトの面積を、観察視野の総面積で除して、フェライトの面積率(%)を求める。上述のとおり、本実施形態のロータ10の円筒部11のミクロ組織では、フェライト以外の残部はマルテンサイト及び/又はベイナイトである。したがって、マルテンサイト及びベイナイトの総面積(%)を、次の式で求める。
マルテンサイト及びベイナイトの総面積率=100.0-フェライトの面積率
【0056】
[円相当径が100~500nmの炭化物(中型炭化物)の数密度]
本実施形態のロータ10の円筒部11ではさらに、円相当径が100~500nmの炭化物(中型炭化物)の数密度が0.35~0.75個/μm2である。中型炭化物の数密度が0.35個/μm2未満であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、ミクロ組織中のマルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%超であり、フェライトの面積率が5.0%未満であっても、中型炭化物の数密度が低すぎる。そのため、十分な高温強度が得られない。一方、中型炭化物の数密度が0.75個/μm2を超えれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、ミクロ組織中のマルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%超であり、フェライトの面積率が5.0%未満であっても、中型炭化物の数密度が高すぎる。この場合、多数の転位が中型炭化物にトラップされてしまい、転位密度も過剰に高くなっている。そのため、高い高温強度は得られるものの、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の低下が大きくなる。
【0057】
中型炭化物の数密度が0.35~0.75個/μm2であれば、化学組成の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、ミクロ組織中のマルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%超であり、フェライトの面積率が5.0%未満であることを前提として、本実施形態のロータが、高い高温強度を有し、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の低下を十分に抑えることができる。具体的には、650℃での引張強度TS0が250MPa以上であり、かつ、高温保持試験前後の650℃の引張強度差ΔTSが50MPa未満となる。なお、微細炭化物の円相当径は50nm以下と非常に微細であり、数密度を定量的に測定することが困難である。さらに、高温域での累積稼働時間が長くなっても、微細炭化物の形状の変化は極めて少ない。そのため、微細炭化物は、累積稼働時間に伴う高温強度の低下の抑制にはあまり影響しない。
【0058】
中型炭化物の数密度の好ましい下限は0.38個/μm2であり、さらに好ましくは0.40個/μm2であり、さらに好ましくは0.42個/μm2であり、さらに好ましくは0.44個/μm2であり、さらに好ましくは0.46個/μm2であり、さらに好ましくは0.48個/μm2である。中型炭化物の数密度の好ましい上限は0.70個/μm2であり、さらに好ましくは0.68個/μm2であり、さらに好ましくは0.66個/μm2であり、さらに好ましくは0.64個/μm2であり、さらに好ましくは0.62個/μm2である。
【0059】
[中型炭化物の数密度の測定方法]
中型炭化物の数密度は、次の方法で測定することができる。ロータ10の円筒部11の肉厚中央位置からサンプルを採取する。サンプルの表面のうち、円筒部11の中心軸方向に垂直な断面に相当する表面を観察面とする。サンプルの観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨後の観察面に対して、ナイタル液でエッチングを実施する。エッチング後の観察面に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、10000倍の倍率で、任意の5視野(1視野あたりの視野面積12μm×9μm)を観察する。
【0060】
5視野で確認された各析出物の円相当径を求める。円相当径は周知の画像処理により求めることができる。各析出物のうち、円相当径が100~500nmの析出物は、本実施形態の化学組成の鋼材において、Mo炭化物及び/又はセメンタイトとみなすことができる。したがって、円相当径が100~500nmの析出物を、中型炭化物と認定する。特定された中型炭化物(円相当径が100~500nmの炭化物)の個数と、5視野の総面積(540μm2)とに基づいて、中型炭化物の数密度(個/μm2)を求める。
【0061】
[電気抵抗の測定方法]
ロータ10の円筒部11の電気抵抗は、JIS C 2526(1994)に準拠した測定方法により求めることができる。具体的には、ロータ10の円筒部11の肉厚中央位置を含む試験片を採取する。試験片は、3mm×4mm×60mmの標準試験片とする。常温(20±15℃)で、ダブルブリッジ法により、試験片の電気抵抗(μΩcm)を求める。
【0062】
[650℃での引張強度の測定方法]
渦電流式減速装置用ロータの円筒部の650℃での引張強度(MPa)は、JIS G 0567(2012)に準拠した測定方法により求めることができる。具体的には、ロータ10の円筒部11の肉厚中央位置から引張試験片を採取する。引張試験片の平行部の長さは40mm、平行部の直径は6mmとし、平行部は、円筒部11の中心軸と平行とする。加熱炉を用いて引張試験片を加熱して、引張試験片の温度を650℃にする。650℃での保持時間は10分とする。650℃の引張試験片に対して、大気中にて引張試験を実施して、応力-ひずみ曲線を得る。得られた応力-ひずみ曲線から引張強度TS0(MPa)を求める。
【0063】
[高温保持試験前後の650℃での引張強度差ΔTSの測定方法]
引張強度差ΔTSは次の方向により求めることができる。具体的には、上述の650℃での引張強度の測定方法と同様に、ロータ10の円筒部11の肉厚中央位置から上述の引張試験片を採取する。採取した引張試験片を用いて、高温保持試験を実施する。具体的には、加熱炉を用いて引張試験片を650℃で300時間保持する。保持時間経過後の650℃の引張試験片に対して、大気中にて引張試験を実施して、応力-ひずみ曲線を得る。得られた応力-ひずみ曲線から引張強度TS1(MPa)を求める。求めた引張強度TS0及びTS1を用いて、次式により、高温保持試験前後の650℃での引張強度差ΔTS(MPa)を求める。
ΔTS=TS0-TS1
【0064】
以上のとおり、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の円筒部11は、化学組成中の各元素が上述の本実施形態の範囲内であり、ミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率は95.0%超であり、円相当径が100~500nmの炭化物(中型炭化物)の数密度が0.35~0.75個/μm2である。そのため、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10は、低い電気抵抗と、高い高温強度を有し、かつ、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の低下を十分に抑制できる。具体的には、電気抵抗が20.0μΩcm以下であり、650℃での引張強度TS0が250MPa以上であり、上述の高温保持試験前後の650℃での引張強度差ΔTSが50MPa以下である。
【0065】
[製造方法]
本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の製造方法の一例を説明する。以降に説明する製造方法は、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有する渦電流式減速装置用ロータ10は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の製造方法の好ましい一例である。
【0066】
本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の製造方法は、渦電流式減速装置用ロータ10の円筒部11の素材を準備する素材準備工程と、準備された素材に対して熱間鍛造及び熱間圧延を実施して、円筒部11に相当する中間品を製造する熱間鍛造及び熱間圧延工程と、中間品に対して焼入れ処理及び焼戻し処理を実施する調質処理工程と、中間品の内周面及び/又は外周面を切削して円筒部11及び複数のフィン11Fを形成する機械加工工程と、ホイール部13、アーム部12及び円筒部11を用いて、渦電流式減速装置用ロータ10を製造するロータ形成工程とを備える。以下、各工程について説明する。
【0067】
[素材準備工程]
素材準備工程では、各元素含有量が本実施形態の範囲内の化学組成を有する素材を準備する。素材は第三者から供給されたものであってもよい。素材を製造してもよい。製造する場合、たとえば、次の方法で製造する。
【0068】
各元素含有量が本実施形態の範囲内の化学組成を有する溶鋼を製造する。精錬方法は特に限定されず、周知の方法を用いればよい。たとえば、周知の方法で製造された溶銑に対して転炉での精錬(一次精錬)を実施する。転炉から出鋼した溶鋼に対して、周知の二次精錬を実施する。二次精錬において、成分調整の合金元素の添加を実施して、各元素含有量が本実施形態の範囲内の化学組成を有する溶鋼を製造する。
【0069】
上述の精錬方法により製造された溶鋼を用いて、周知の鋳造法により素材を製造する。たとえば、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造する。また、溶鋼を用いて連続鋳造法によりブルーム又はビレットを製造してもよい。製造されたブルーム又はインゴットを1000~1300℃に加熱した後、熱間加工を実施して、ビレットを製造してもよい。熱間加工はたとえば、熱間圧延、熱間鍛造等である。製造されたビレット(連続鋳造により製造されたビレット、又は、ブルーム又はインゴットを熱間加工して製造されたビレット)を、渦電流式減速装置用ロータ10の素材とする。
【0070】
[熱間鍛造及び熱間圧延工程]
素材準備工程にて準備された素材に対して熱間鍛造及び熱間圧延を実施して、円筒部11に相当する中間品を製造する。始めに、素材を1000~1300℃に加熱する。加熱後の素材に対して、熱間鍛造を実施して所定の寸法に成型する。熱間鍛造後さらに、熱間圧延を実施して、円筒状の中間品を製造する。
【0071】
[調質処理工程]
熱間鍛造及び熱間圧延工程により製造された中間品に対して、調質処理工程を実施する。具体的には、中間品に対して、焼入れ処理を実施した後、焼戻し処理を実施する。
【0072】
[焼入れ処理]
始めに、中間品に対して、焼入れ処理を実施する。焼入れ温度は860~930℃である。焼入れ温度が860℃未満であれば、熱間鍛造工程により生成したMo炭化物及びセメンタイトが十分に固溶しない。この場合、次工程の焼戻し処理において、焼入れ処理後に中間品内に残存する未固溶のMo炭化物及びセメンタイトが粗大化してしまう。その結果、中型炭化物の数密度が低下する。また、焼入れ温度が860℃未満であればさらに、焼入れ温度で保持している中間品のミクロ組織がオーステナイト単相にならない。そのため、焼入れ後処理の組織において、マルテンサイト及び/又はベイナイトだけでなく、フェライトが残存してしまう。焼戻し温度の上限は特に限定されないが、たとえば、930℃である。したがって、焼入れ温度は860~930℃である。焼入れ温度の好ましい下限は865℃であり、さらに好ましくは870℃である。焼入れ温度が高すぎれば、オーステナイトが粗粒になる。そのため、焼入れ温度の好ましい上限は920℃であり、さらに好ましくは910℃である。
【0073】
焼入れ処理における上記焼入れ温度での保持時間は特に限定されないが、たとえば、1.0~2.0時間である。
【0074】
[焼戻し処理]
焼入れ処理後の中間品に対して、焼戻し処理を実施する。焼戻し処理により、微細炭化物及び中型炭化物を生成する。焼戻し温度Tは660~700℃である。焼戻し温度Tが660℃未満であれば、中型炭化物の数密度が0.35個/μm2未満になる。この場合、微細炭化物及び中型炭化物の析出量が十分ではないため、高温強度が低くなる。一方、焼戻し温度Tが700℃を超えれば、中型炭化物が粗大化してしまい、中型炭化物の数密度が0.35個/μm2未満になる。そのため、高温強度が低くなる。さらに、ミクロ組織の一部がオーステナイトに変態してしまう可能性がある。したがって、焼戻し温度Tは660~700℃である。焼戻し温度Tの好ましい下限は670℃であり、さらに好ましくは680℃である。
【0075】
焼戻し処理ではさらに、次の式を満たす。
1400≦(T+273.15)×(1+log(t))+(Mo/96+C/12)×20000≦1800 (1)
ここで、式(1)中の「T」には焼戻し温度T(℃)が代入され、「t」には焼き戻し保持時間(時間)が代入される。式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0076】
F1=(T+273.15)×(1+log(t))+(Mo/96+C/12)×20000と定義する。F1は、中型炭化物の析出量の指標である。F1が1400未満であれば、焼戻し温度が660~700℃であっても、中型炭化物が十分に生成せず、中型炭化物の数密度が0.35個/μm2未満となる。一方、F1が1800を超えれば、焼戻し温度が660~700℃であっても、中型炭化物の生成量が過剰に多くなってしまい、中型炭化物の数密度が0.75個/μm2を超えてしまう。その結果、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の顕著な低下が起こってしまう。
【0077】
F1が1400~1800であれば、中型炭化物の数密度が0.35~0.75個/μm2となる。そのため、優れた高温強度が得られ、かつ、渦電流式減速装置の累積稼働時間に伴う高温強度の顕著な低下を十分に抑制できる。F1の好ましい下限は1410であり、さらに好ましくは1420である。F1の好ましい上限は1790であり、さらに好ましくは1780であり、さらに好ましくは1770である。
【0078】
[機械加工工程]
焼戻し後の中間品の外周面を機械加工することにより、冷却フィン11Fを形成する。機械加工は周知の方法で実施すれば足りる。以上の工程により、円筒部11が製造される。
【0079】
[ロータ形成工程]
製造された円筒部11に、ホイール部13に取り付けられたアーム部12を取り付けて、渦電流式減速装置用ロータ10を製造する。取り付け方法は溶接であってもよいし、他の方法であってもよい。
【0080】
以上の製造方法により、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10を製造できる。なお、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10は、上記製造方法に限定されず、上述の構成を有する渦電流式減速装置用ロータ10が製造できれば、上記製造方法以外の他の製造方法で本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10を製造してもよい。ただし、上記製造方法は、本実施形態の渦電流式減速装置用ロータ10の製造に好適な例である。
【実施例】
【0081】
表1の化学組成を有する溶鋼を製造した。
【0082】
【0083】
表1中の空白部分は、対応する元素の含有量が検出限界未満であったことを意味する。例えば、試験番号1のCu含有量は、小数第三位を四捨五入した値が0%であったことを意味する。試験番号1のNi含有量は、小数第三位を四捨五入した値が0%であったことを意味する。試験番号1のCr含有量は、小数第三位を四捨五入した値が0%であったことを意味する。溶鋼を用いて造塊法により、直径120mm、30kgの円柱状のインゴットを製造した。
【0084】
インゴットを1200℃に加熱した後、熱間鍛造を実施して、擬似中間品として、厚さ40mmの鋼板を製造した。擬似中間品に対して、表2に記載の焼入れ温度で焼入れ処理を実施した。焼入れ温度での保持時間は1.1~1.7時間であった。焼入れ処理後の擬似中間品に対して、表2に記載の焼戻し温度、及び、F1値で焼戻しを実施した。以上の製造工程により、渦電流式減速装置用ロータを擬似した、各試験番号の擬似ロータ(鋼板)を製造した。
【0085】
【0086】
[評価試験]
製造した各試験番号の擬似ロータに対して、次の評価試験を実施した。
【0087】
各試験番号の擬似ロータの板厚中央位置から、サンプルを採取した。サンプルの表面を鏡面研磨した後、ナイタル液に10秒程度浸漬してエッチングを実施し、組織を現出させた。エッチングにより組織が現出された表面の任意の1視野(観察視野)を、500倍の光学顕微鏡により観察した。観察視野の視野面積は20000μm2(200μm×100μm)であった。コントラストにより、観察視野中の相を特定した。その結果、観察視野中のミクロ組織は、マルテンサイト及びベイナイトと、フェライトとからなった。特定されたフェライトの面積を求めた。フェライトの面積を、観察視野の総面積で除して、フェライトの面積率(%)を求めた。上述のとおり、観察視野中のミクロ組織では、フェライト以外の残部はマルテンサイト及び/又はベイナイトであった。そこで、マルテンサイト及びベイナイトの総面積(%)を、次の式で求めた。
マルテンサイト及びベイナイトの総面積率=100.0-フェライトの面積率
求めたフェライトの面積率(%)を、表2に示す。マルテンサイト及びベイナイトの総面積率(%)を表2に示す。
【0088】
[中型炭化物の数密度の測定試験]
各試験番号の擬似ロータの板厚中央位置からサンプルを採取した。サンプルの観察面を鏡面研磨した。鏡面研磨後の観察面に対して、ナイタル液でエッチングを実施した。エッチング後の観察面に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、10000倍の倍率でランダムで5視野(1視野あたりの視野面積12μm×9μm)を観察した。5視野で確認された各析出物の円相当径を求めた。各析出物のうち、円相当径が100~500nmの析出物は、Mo炭化物及び/又はセメンタイトとみなすことができるため、円相当径が100~500nmの析出物を、中型炭化物と認定した。中型炭化物(円相当径が100~500nmの炭化物)の個数と、5視野の総面積(540μm2)とに基づいて、中型炭化物の数密度(個/μm2)を求めた。得られた中型炭化物の数密度を表2に示す。
【0089】
[電気抵抗の測定方法]
各試験番号の擬似ロータの常温での電気抵抗を、JIS C 2526(1994)に準拠した測定方法により求めた。具体的には、各試験番号の擬似ロータの板厚中央位置から、試験片を採取した。試験片のサイズは3mm×4mm×60mmであった。試験片に対して、常温で、ダブルブリッジ法により、試験片の電気抵抗(μΩcm)を求めた。得られた電気抵抗(μΩcm)を、表2に示す。
【0090】
[650℃での引張試験]
各試験番号の擬似ロータの650℃での引張強度TS0(MPa)を、JIS G 0567(2012)に準拠した測定方法により求めた。具体的には、各試験番号の擬似ロータの板厚中央位置から、引張試験片を採取した。引張試験片の平行部の長さは40mm、平行部の直径は6mmであった。引張試験片の平行部は、擬似ロータ(鋼板)の圧延方向と平行であった。加熱炉を用いて引張試験片を加熱して、試験片の温度を650℃にした。650℃での保持時間は10分とした。650℃の引張試験片に対して、大気中にて引張試験を実施して、応力-ひずみ曲線を得た。得られた応力-ひずみ曲線から引張強度TS0(MPa)と定義した。得られた650℃での引張強度TS0(MPa)を、表2に示す。
【0091】
[高温保持試験前後の650℃での引張強度差ΔTSの測定試験]
各試験番号の擬似ロータの引張強度差ΔTSを次の方向により求めた。上述の650℃での引張試験と同様に、擬似ロータの板厚中央位置から試験片を採取した。引張試験片の平行部の長さは40mm、平行部の直径は6mmであった。引張試験片の平行部は、擬似ロータ(鋼板)の圧延方向と平行であった。加熱炉を用いて引張試験片を650℃で300時間保持した。保持時間経過後の650℃の引張試験片に対して、大気中にて引張試験を実施して、応力-ひずみ曲線を得た。得られた応力-ひずみ曲線から引張強度TS1(MPa)を求めた。求めた引張強度TS0及びTS1を用いて、次式により、高温保持試験前後の650℃での引張強度差ΔTSを求めた。得られた引張強度差ΔTSを表2に示す。
ΔTS=TS0-TS1
【0092】
[試験結果]
表2を参照して、試験番号1~7の擬似ロータの化学組成中の各元素の含有量はいずれも適切であり、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%以上であった。さらに、中型炭化物の数密度が0.35~0.75個/μm2であった。そのため、電気抵抗は20.0μΩcm以下であり、渦電流式減速装置のロータとして、十分に低い電気抵抗を示した。さらに、650℃での引張強度TS0はいずれも250MPa以上であり、優れた高温強度を示した。さらに、引張強度差ΔTSは50MPa以下であり、高温保持試験後の高温強度の低下が十分に抑えられていた。
【0093】
一方、試験番号8では、Mo含有量及びB含有量が低すぎた。そのため、650℃での引張強度TS0が250MPa未満となった。
【0094】
試験番号9では、C含有量が低すぎた。そのため、650℃での引張強度TS0が250MPa未満となった。
【0095】
試験番号10では、C含有量が高すぎた。さらに、Cr含有量が高すぎた。そのため、電気抵抗が高すぎた。
【0096】
試験番号11では、各元素の含有量は適切であったものの、焼入れ温度が低すぎた。そのため、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が95.0%以下となった。その結果、650℃での引張強度TS0が250MPa未満となった。
【0097】
試験番号12では、各元素の含有量は適切であったものの、焼戻し温度が高すぎた。そのため、中型炭化物数密度が0.35個/μm2未満となった。その結果、650℃での引張強度TS0が250MPa未満となった。
【0098】
試験番号13では、各元素の含有量は適切であったものの、F1値が式(1)の下限未満であった。そのため、中型炭化物数密度が0.35個/μm2未満であった。その結果、650℃での引張強度TS0が250MPa未満となった。
【0099】
試験番号14では、各元素の含有量は適切であったものの、F1値が式(1)の上限を超えた。そのため、中型炭化物の数密度が0.75個/μm2を超えた。その結果、引張強度差ΔTSが50MPaを超えた。
【0100】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0101】
1 渦電流式減速装置
10 ロータ
11 円筒部
12 アーム部
13 ホイール部
20 ステータ