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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-11
(45)【発行日】2023-04-19
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230412BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20230412BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20230412BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C21D8/02 B
C22C38/54
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023007599
(22)【出願日】2023-01-20
【審査請求日】2023-01-20
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】田畑 晃人
(72)【発明者】
【氏名】湯瀬 文雄
(72)【発明者】
【氏名】松林 拓人
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-013657(JP,A)
【文献】国際公開第2020/208711(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/050010(WO,A1)
【文献】特開2009-019244(JP,A)
【文献】特開2008-303424(JP,A)
【文献】特開2005-305471(JP,A)
【文献】特開2003-129133(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.02質量%以上、0.10質量%以下、
Si:0.10質量%以上、0.50質量%以下、
Mn:0.30質量%以上、2.00質量%以下、
Cu:0.40質量%以上、1.00質量%以下、
Ni:0.40質量%以上、1.00質量%以下、
S :0.010質量%以下(0質量%を含む)、
P :0.030質量%以下(0質量%を含む)、
Cr:4.00質量%以下(0質量%を含む)、
Ti:0.02質量%以上、0.07質量%以下、
Al:0.010質量%以上、0.070質量%以下、
B :0.0005質量%以上、0.0030質量%以下、
N :0.0010質量%以上、0.0100質量%以下、
Ca:0.0050質量%以下(0質量%を含む)、
Ta:0.01質量%以上、0.20質量%以下、ならびに
Mg:0.05質量%以下(0質量%を含まず)およびREM:0.05質量%以下(0質量%を含まず)の一方または両方、
を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼板。
【請求項2】
板厚t/4位置における金属組織がフェライトおよびベイナイトの一方または両方を含み、残部がパーライトおよび島状マルテンサイトの一方または両方であり、前記フェライトおよびベイナイトの最大結晶粒径が30μm以下である請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
橋梁用鋼板である請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
ジンクリッチペイントを施されてなる請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項5】
ジンクリッチペイントを施されてなる請求項3に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼板、とりわけ例えば橋梁等の耐食性を要する用途に用いることができる鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁に用いる鋼板に例示されるように、耐食性を有する鋼板は従来から広く腐食環境で用いられている。例えば、Cr、Cu、Ni、P等の化学成分を適量添加した耐候性鋼材として日本工業規格(JIS)には溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材(SMA:JIS G 3114)と高耐候性圧延鋼材(SPA:JISG 3125)の二種が規定されている。これらは塗装を施さずに用いることができるが、より耐食性を向上させることを目的として塗装を施されて用いられることも一般的に行われている。
塗装用耐候性鋼として以下に示す特許文献1~3に係る鋼板が知られている。
【0003】
特許文献1は、Si量を適正な範囲に調整したうえで、Cu、Ni、SnおよびSbを微量複合添加し、さらにWを添加することによって、塗装耐久性を向上できる、すなわち再塗装までの期間を延ばすことができ、メンテナンスコストを低減できる鋼板を開示している。
【0004】
特許文献2は、亜鉛含有被膜をプライマとする鋼材の耐孔食性の向上に関する。Sn添加により、酸化剤として働く腐食界面のFe3+の濃度を低下させ、孔食を抑制し、塗装メンテナンスコストを低減できる鋼板を開示している。
【0005】
特許文献3は、Cu、NiおよびTiを適正量添加することにより錆の緻密化を図り、さらにCr量を低減することにより塗装欠陥部における腐食を抑制できる鋼板を開示している。
【0006】
また、特許文献4は塗装および電気防食を施さなくても優れた耐食性を示す鋼板を開示している。より詳細には、原油タンカー、貨物船、貨客船、客船、軍艦等の船舶において、主要な構造材として用いられる船舶用鋼板に関するものであり、海水による塩分および高温高湿に曝される環境下における耐食性に優れている。硫黄分を含有する原油と接触するような厳しい腐食環境下でも良好な耐食性を示すことから、殊に原油タンカーのタンク構造材として有用である。特許文献に係る鋼板では、Cu、Cr、Niといった耐食性元素の量が規定され、さらにパーライト、ベイナイト、マルテンサイト、フェライトの体積比、およびパーライトのアスペクト比が規定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2022-48121号公報
【文献】特開2014-19908号公報
【文献】特開平10-330881号公報
【文献】特開2007-277615号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のJIS G 3114溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材は、海岸および融雪塩がまかれる地域といった飛来塩分量が多い環境ではうろこ状錆の形成または層状剥離等が生ずることから用いることができない。また、Ni量を増加させて耐食性を向上させた鋼板があるが、これらも飛来塩分量が多い地域では適用できない。またコストが高くなるという問題を有する。
【0009】
そのため、塗装による防食が必要となる。塗装として、従来はA系塗装(一般錆止め+フタル酸樹脂)が用いられていたが、近年は防食性能向上を目的に、防食下地にジンクリッチプライマ、上塗りに紫外線および高温下での耐久性に優れたフッ素系樹脂を適用し、膜厚を増加させたC系塗装が施されることが多くなっている。
なお、ジンクリッチプライマとは亜鉛を多量(70質量%以上)に含んだ下塗り塗料(ジンクリッチペイント)が15~25μmの膜厚で塗装されたものを指す場合が多い。これ以外にも厚膜型ジンクリッチペイントと呼ばれる50~75μmの膜厚の塗装もある。本明細書においては「ジンクリッチペイント」は膜厚によらず亜鉛を多量に(70質量%以上)含んだ下塗り塗装を意味する。
【0010】
ジンクリッチペイントのような顕著に耐食性を向上できる塗装を用いてもなお、塗装の疵部および膜厚が局所的に薄い箇所といった塗膜欠陥部においては、鋼材の腐食が塗膜下等で進行する。そして、腐食が進行することで、外観劣化、腐食減肉部での構造的強度低下による損傷事故などのリスクがあるため定期的な再塗装が必要となる。
【0011】
しかし、再塗装はコストがかかるため、腐食を抑制することで再塗装を最小限に抑え、メンテナンスコストを抑制したいとの要望がある。とりわけ、橋梁の中でも桁端部では、路面からの漏水が多く閉塞的な構造を有するため湿潤環境となり、腐食が特に激しくなるとともに、構造的に点検およびメンテナンスを行いにくい。したがって、橋梁桁端部といった特に厳しい腐食環境で且つメンテナンスが難しい箇所においても十分な塗装耐久性を発揮し、塗装メンテナンスコストを低減できる鋼板が求められている。
【0012】
上述の特許文献1~3に係る鋼板では、橋梁桁端部のような濡れ時間が長く、特に厳しい腐食環境下での塗装耐久性が十分でない虞がある。特許文献1~3の鋼板は、腐食に伴い、鋼材に含まれる微量合金成分が溶出し、その溶出した合金成分により錆相を緻密化・安定化することで錆の環境遮断性(Cl、O、HO等腐食因子の侵入阻害効果)を向上させ、腐食の進行を遅延させることで、塗膜耐久性を向上するものである。腐食により母材の溶出がある程度進行しないと、母材に添加された耐食成分が供給されないため、効果を発現せず(腐食の起点そのものを低減するものでは無く)、安定さびが形成するまでの初期の腐食を抑制できないといった問題もさらにある。
【0013】
特許文献4は、船舶の石油タンクおよびバラストタンクといった液体浸漬環境において塗装を施さずに使用することを前提とした鋼材であり、大気環境中およびジンクリッチプライマ等の塗布下で使用されることは考慮されていない。ジンクリッチプライマ塗布下では、初期にプライマ中の亜鉛の溶出が生じ、次いでZn腐食生成物が形成することで環境遮断効果を発現するが、石油および海水等の液体浸漬環境においては、Zn腐食生成物が流出してしまうためにそもそもジンクリッチプライマの耐食効果が期待できない。一方、橋梁が使用される大気環境中ではZn腐食生成物が鋼材および塗膜上に残存することで環境遮断効果を発現し、ひいては塗装耐久性向上に重要な役割を担う。すなわち、対象とする腐食のメカニズムが異なることから、引用文献4に記載の鋼板を用いても十分な塗装耐久性が得られない虞がある。
【0014】
本開示は、このような状況に鑑みてなされたものであり、ジンクリッチペイント等の塗装を行って耐食性を向上できる鋼板であって、塗装耐久性に優れた鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の態様1は、
C :0.02質量%以上、0.10質量%以下、
Si:0.10質量%以上、0.50質量%以下、
Mn:0.30質量%以上、2.00質量%以下、
Cu:0.40質量%以上、1.00質量%以下、
Ni:0.40質量%以上、1.00質量%以下、
S :0.010質量%以下(0質量%を含む)、
P :0.030質量%以下(0質量%を含む)、
Cr:4.00質量%以下(0質量%を含む)、
Ti:0.02質量%以上、0.07質量%以下、
Al:0.010質量%以上、0.070質量%以下、
B :0.0005質量%以上、0.0030質量%以下、
N :0.0010質量%以上、0.0100質量%以下、
Ca:0.0050質量%以下(0質量%を含む)、
Ta:0.01質量%以上、0.20質量%以下、ならびに
Mg:0.05質量%以下(0質量%を含まず)およびREM:0.05質量%以下(0質量%を含まず)の一方または両方、
を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼板である。
【0016】
本発明の態様2は、板厚t/4位置における金属組織がフェライトおよびベイナイトの一方または両方を含み、残部がパーライトおよび島状マルテンサイトの一方または両方であり、前記フェライトおよびベイナイトの最大結晶粒径が30μm以下である態様1に記載の鋼板である。
【0017】
本発明の態様3は、橋梁用鋼板である態様1または2に記載の鋼板である。
【0018】
本発明の態様4は、ジンクリッチペイントを施されてなる態様1~3のいずれかに記載の鋼板である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の1つの実施形態によれば、ジンクリッチペイント等の塗装を行って耐食性を向上できる鋼板であって、塗装耐久性に優れた鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討した。その結果、所定の成分、とりわけ(1)所定量のTaと、(2)所定量のMgおよび所定量のREMの一方または両方とを含有させることにより、塗装耐久性を大きく向上できることを見出した。
【0021】
Taは腐食発生の起点となるMnS/鋼界面の面積を低減し、腐食の発生自体を抑制すること、また、同時に母材の電位を貴化する効果も有することを見出した。なお、従来Taは金属組織微細化といった強度および靭性向上の観点から添加されるのが一般的であった。一部には耐食性の観点として、Taの添加により鉄錆の微細化による環境遮断効果が図られている。具体的には、本発明と用途が異なるが、ラインパイプの耐サワー環境鋼材などでもTaが添加されることがある。しかし鉄さびの緻密化を意図したものであり、本発明のように、母材の耐食性そのものを向上させる(腐食起点低減と電位貴化)効果を検討したものはない。
【0022】
Mgについては、腐食に伴い鋼板より溶出したMgイオンが、ジンクペイント由来のZn腐食生成物の結晶子サイズを緻密化および安定化し、Zn腐食生成物による環境遮断効果を高める効果があることを見出した。
また、REMについては、腐食に伴い鋼板より溶出したREMイオンが、母材/塗膜界面での腐食環境中性化による耐食性向上効果、および鋼材表層への沈着インヒビターの作用(保護被膜形成)を有することでジンクリッチプライマ中のZn粒子の消耗および母材の溶出を抑制することを見出した。
【0023】
本発明に係る鋼板は、橋梁桁端部等の特に厳しい腐食環境での使用を前提とするため、腐食促進評価法である複合サイクル試験の試験条件は、従来よりも厳しい条件を設定する必要がある。すなわち、従来の腐食促進方法では実橋梁の桁端部といった厳しい腐食環境を模擬できないため、このような厳しい腐食環境において優位性を有する鋼板が得られたとしてもその優位性を検証できないといった問題があった。発明者らは、実際の橋梁における長期大気曝露試験より、橋梁桁端部における濡れ時間と腐食量の関係を調査し、それに基づき、JIS-K-5600-7-9:2006 サイクルD法から湿潤時間を増加させ、乾燥時間を減少させたより厳しい腐食促進試験方法を新たに開発した。こうした、新たな腐食促進試験を適用することで初めて、上述のTa、MgおよびREMが塗装耐久性向上に寄与することを明らかにし、本発明に至ったものである。
なお、この新しい腐食促進試験方法の技術思想を含む詳細については必要に応じて特願2022-111847号の明細書等を参照されたい。
以下、本発明の実施形態で規定する各要件について詳細に説明する。
【0024】
1.化学組成
本発明の実施形態に係る鋼板は、以下に説明する化学組成を有することで優れた塗装耐久性を得ることができる。
とりわけ、以下の(1)および(2)の一方または両方を含有させることが塗装耐久性向上に大きく寄与する。
(1)Ta:0.01質量%以上、0.20質量%以下。
(2)Mg:0.05質量%以下(0質量%を含まず)およびREM:0.05質量%以下(0質量%を含まず)の一方または両方。
【0025】
[Ta:0.01質量%以上、0.20質量%以下]
Taは、Ta炭化物として析出し、腐食起点として作用するMnSの周囲を被覆することで、腐食の発生を抑制(腐食起点を低減)する効果を有する。Taはさらに鋼板(母材)の腐食電位を貴化し、腐食の発生を抑制する効果も有する。これらの効果を発揮するためにはTaを0.01質量%以上の含有させる必要がある。一方、含有量が過大になると効果が飽和する、コストの上昇を招く、および微細分散析出するTa炭化物が新たな腐食起点として作用する等の理由から、Ta含有量の上限を0.20質量%とした。Ta含有量の上限は好ましくは0.15質量%、さらに好ましくは0.10質量%以下である。
【0026】
[Mg:0.05質量%以下(0質量%を含まず)およびREM:0.05質量%以下(0質量%を含まず)の一方または両方]
本発明の実施形態に係る鋼板は、以下のi)およびii)のいずれか一方または両方を含有する。
i)0.05質量%以下(0質量%を含まず)のMg
ii)0.05質量%以下(0質量%を含まず)のREM
【0027】
Mgは、母材の溶出が進行した際に溶出したMgがジンクリッチプライマ由来のZn腐食生成物に供給されることで、保護性のZn腐食生成物の体積比率を増大させ、腐食因子(Cl、HO、O等)の母材への透過を抑制し(環境遮断効果を高め)、塗装耐久性を向上する。一方、過剰に添加されたMgは析出物として新たな腐食起点となる。このため、Mgを添加する場合、その含有量は0.05質量%以下(0質量%を含まず)とする。Mg含有量は好ましくは0.01質量%以下(0質量%を含まず)、さらに好ましくは0.006質量%以下(0質量%を含まず)である。
なお、本明細書において「0質量%を含まず」とは、当該元素が意図的に添加されていることを意味する。
一方、本明細書において「0質量%を含む」とは、意図的に添加しない実施形態に係る含有量、例えば不可避不純物レベルの含有量である場合を包含する(意図的に添加した場合を排除するものではない)ことを意味する。Mgの通常の不純物レベルは0.0001質量%未満であり、このため、本発明の実施形態ではMgの添加効果をより確実に発揮させるため、好ましくは、Mgを0.0001質量%以上含有させる。
【0028】
REMは母材/塗膜界面での腐食環境中性化による耐食性向上効果、および鋼材表層への沈着インヒビターの作用(保護被膜形成)を有することでジンクリッチプライマ中のZn粒子の消耗および母材の溶出を抑制し、塗装耐久性を向上させる。一方、過剰に添加されたREMは析出物として新たな腐食起点となる。このためREMを含有する場合、その含有量は0.05質量%以下(0質量%を含まず)とした。REMの含有量は好ましくは、0.01質量%以下(0質量%を含まず)、さらに好ましくは0.005質量%以下(0質量%を含まず)である。なお、REMは、LaおよびCeをはじめとした任意の希土類金属の1種または2種以上であってよく、REM含有量は、それぞれの希土類元素の含有量の合計量である。本明細書において「希土類元素」の定義はYを含む。REMの通常の不純物レベルは0.0001質量%未満であり、このため、本発明の実施形態ではREMの添加効果をより確実に発揮させるため、好ましくは、REMを0.0001質量%以上含有させる。
【0029】
[C:0.02質量%以上、0.10質量%以下]
Cは、鋼の強度を増加させる元素であり、構造用鋼としての所定の強度を確保するために、Cの含有量は0.02質量%以上とする。一方、0.10質量%を超えるCの含有は靭性の低下を招く。このため、Cの含有量は0.02~0.10質量%の範囲とする。
【0030】
[Si:0.10質量%以上、0.50質量%以下]
Siは、脱酸材として有効な元素である。また、Siは、母材強度の向上に有効な元素であり、これらの効果を発揮させるには、Siを0.10質量%以上含有させる。しかし、Si含有量が過剰になると、島状マルテンサイト(MA)が形成され母材強度と靭性の確保が困難となる。加えて、溶接熱影響部の靭性と溶接性の劣化を招きやすくなるので、Si含有量は0.50質量%以下とする。
【0031】
[Mn:0.30質量%以上、2.00質量%以下]
Mnは、オーステナイトを安定化させ、変態温度を低温化させる元素である。また、Mnは、低温変態による結晶粒径微細化効果による衝撃特性の確保に有効な元素である。さらに、Mnは、焼入れ性を向上させて強度向上に有効である。これらの効果を発揮させるために、Mnを0.30質量%以上含有させる。しかし、Mnを過剰に含有させると、伸び特性、低温靭性およびHAZ靭性が劣化する。そのため、Mn含有量の上限は2.00質量%とする。
【0032】
[Cu:0.40質量%以上、1.00質量%以下]
Cuは、溶接性、溶接熱影響部の靭性に大きな悪影響を及ぼすことなく、母材の強度および靭性を向上させるのに有効な元素である。これらの効果を有効に発揮させるには、Cuを0.40質量%以上含有させる。しかし、原料コストを低減する観点から、Cuは少ない方がよい。そのため、Cu含有量は1.00質量%以下とする。
【0033】
[Ni:0.40質量%以上、1.00質量%以下]
Niは、溶接性、HAZ靭性に大きな悪影響を及ぼすことなく、母材の強度および靭性を向上させるのに有効な元素である。この効果を有効に発揮させるには、Niを0.40質量%以上含有させる。しかし、原料コストを低減する観点から、Niは少ない方がよい。そのため、Ni含有量は1.00質量%以下とする。
【0034】
[S:0.010質量%以下(0質量%を含む)]
Sは、MnSを形成して衝撃特性と溶接熱影響部の靭性、更には母材伸びを劣化させる不可避不純物元素である。そのため、S含有量は0.010質量%以下に規制する。
【0035】
[P:0.030質量%以下(0質量%を含む)]
Pは、衝撃特性(母材靭性、曲げ加工後の靭性)と溶接熱影響部の靭性に悪影響を及ぼす不可避不純物元素である。そのため、P含有量を0.030質量%以下に規制する必要がある。
【0036】
[Cr:4.00質量%以下(0質量%を含む)]
Crは、母材の耐食性を向上させる元素であることから添加してもよい。ただしCrは必須の元素でなく添加しなくてもよい。この場合でも製造上、0.08質量%以下までは不可避不純物元素として混入する可能性がある。一方でCrは塗装欠陥部では、pH低下の原因となり、欠陥内での凝集水分の酸化性を促進することにより塗装-素地界面での隙間腐食を誘発する作用をもたらす。このためCr含有量が0.08質量%を超えるように意図的に添加する場合でもその含有量は4.00質量%以下とする。
【0037】
[Ti:0.02質量%以上、0.07質量%以下]
Tiは炭化物を生成することで母材の強度を向上させるのに有効であるとともに、生成錆を緻密化し安定錆層の生成を促進する効果がある。これら効果を有効に発揮させるに、Tiを0.02質量%以上含有させる。しかし、過剰に添加するとTi炭化物生成により母材靱性が劣化することから、Ti含有量は0.07質量%以下とする。
【0038】
[Al:0.010質量%以上、0.070質量%以下]
Alは、脱酸に必要な元素であり、0.010質量%以上含有させる。好ましくは0.015質量%以上含有させる。一方、Alを過剰に含有させると、アルミナ系の粗大な介在物を形成し衝撃特性が低下する。そのため、Al含有量は0.070質量%以下とする。
【0039】
[B:0.0005質量%以上、0.0030質量%以下]
Bは、溶接熱影響部においてオーステナイト粒界に偏析し粒界からの粗大なフェライト析出を抑制し、HAZ靭性向上に有効な元素である。そのため、Bは0.0005質量%以上含有させる。好ましくは0.0008質量%以上含有させる。しかし、B含有量が過剰になると粗大な析出物を形成し、かえって焼入れ性を低下させる。そのため、B含有量の上限は0.0030質量%とする。より好ましい上限は0.0025質量%である。
【0040】
[N:0.0010質量%以上、0.0100質量%以下]
Nは固溶状態では靭性を低下させるためその含有量を0.0100質量%以下とする必要があるが、TiNとなり溶接熱影響部の結晶粒を微細化し高靱化に寄与する効果もあるため0.0010質量%以上含有させる。
【0041】
[Ca:0.0050質量%以下(0質量%を含む)]
CaはMnS介在物の形態制御による鋳片品質の改善に寄与する。一方、Caは介在物として存在することにより母材の靱性を低下させる。このため、Caは添加してもよく、また添加しなくてもよく、Caの含有量を0.0050質量%以下とした。Caの通常の不純物レベルは0.0001質量%未満であり、このため、本発明の実施形態ではCaの添加効果をより確実に発揮させるため、意図的に添加する場合は、好ましくは、Caを0.0001質量%以上含有させる。
【0042】
[残部]
残部は鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、As、Sb、Nb、O、H等)の混入が許容される。
なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0043】
2.金属組織
本発明の実施形態に係る鋼板は上述の化学組成を有することにより優れた塗装耐久性を得ることができる。
一方、橋梁として使用する際により優れた靭性を有することが好ましい。このため以下に規定する金属組織を有することが好ましい。
【0044】
[板厚t/4位置における金属組織がフェライトおよびベイナイトの一方または両方を含み、残部がパーライトおよび島状マルテンサイトの一方または両方であり、フェライトおよびベイナイトにおいて最大結晶粒径が30μm以下であってよい。]
厳しい腐食環境下において靭性を確保するために、鋼板の代表的な部位である板厚t/4位置(鋼板の表面(主面)から中心に向かって板厚tの4分の1の距離にある位置)における金属組織がフェライトおよびベイナイトの一方または両方を含み、残部がパーライトおよび島状マルテンサイト(MA)の一方または両方であり、且つこれらのフェライトおよびベイナイトの結晶粒径を30μm以下としてよい。
ここで「フェライトおよびベイナイトの結晶粒径を30μm以下」とはフェライトとベイナイトの両方が存在する場合は、そのそれぞれの最大結晶粒径が30μm以下であり、フェライトとベイナイトの一方のみが存在する場合は存在する方の最大結晶粒径が30μm以下という意味である。
【0045】
ここで最大結晶粒径は、板厚t/4位置において、光学顕微鏡を用い倍率100倍で、視野が600μm×800μmの領域を観察し、画像解析ソフトを用いて、最大結晶粒が占める面積を測定し、その面積値から円相当径を計算することで得ることができる。
【0046】
上述の本発明の実施形態に係る鋼板は厳しい耐食性が要求される各種の用途、とりわけ優れた塗装耐久性が要求される各種の用途で用いることができる。
好ましい用途の代表例は橋梁であり、とりわけ橋梁桁端部において、優れた塗装耐久性により長期間再塗装を行うことなく(すなわち、メンテナンスコストフリーで)高い耐食性を維持できる。
また、本発明の実施形態に係る鋼板が高い塗装耐久性を示す好ましい塗装形態としてジンクリッチペイント(ジンクリッチプライマ)を挙げることができる。
【0047】
3.製造方法
本発明の実施形態に係る鋼板は、上述の化学成分を満足する限り、橋梁用の鋼板を含む通常の鋼板の製造方法を用いて得ることができる。
なお、上述の好ましい実施形態である板厚t/4位置における金属組織がフェライトおよびベイナイトの一方または両方を含み、残部がパーライトおよび島状マルテンサイトの一方または両方であり、フェライトおよびベイナイトにおいて最大結晶粒径が30μm以下である鋼板については、熱間圧延の条件(圧延後の冷却条件を含む)を以下に示す条件で行うことにより製造可能である。すなわち以下に示す圧延条件は好適な圧延条件である。
【0048】
・鋳片加熱温度:850℃~1300℃
加熱温度が低いほど旧オーステナイト粒径は微細化し高靱化するが、再結晶温度域での圧延が製造上困難になることから加熱温度は850℃以上としてよい。しかし、加熱温度が1300℃以上になると旧オーステナイト粒径が粗大化し低靱化を招くことから加熱温度は1300℃以下としてよい。
【0049】
・再結晶温度域圧下率:40%以上
鋳片加熱後の圧延において、再結晶温度域での圧下は旧オーステナイト粒径を微細化し高靱化に寄与する。ただし、その効果は40%以上の圧下率で飽和する。このため、生産性の観点から再結晶温度域での圧下率を40%以上とした。
なお、再結晶温度域圧下率は(t1-t2)/t1×100(%)と定義する。ここで、t1は再結晶温度域での圧下前の板厚であり、t2は再結晶温度域での圧下完了時の板厚である。
【0050】
・未再結晶温度域圧下率パラメータR:24未満
未再結晶温度域での圧下率が高いほど組織微細化により高靱化に寄与する。圧延によるt/4位置への導入ひずみを考慮するとその効果は板厚が薄いほど大きくなり、また、焼入れ性が高いほど変態温度が低温化することで組織が微細となることから、板厚および焼き入れ性指数DIを変数とするパラメータRを導入する。安定して高靱性を実現するための条件としてパラメータRは24未満(R<24)としてよい。
なお、Rは次式にて定義される。

R=42.18-1.75×(未再結晶温度域圧下率)0.5-124.59÷板厚-9.43×DI

上式のうち、「板厚」は、圧延完了時点での鋼板の板厚であり、従って下記のt4と同じである。
上式のうち、「未再結晶温度域圧下率」は(t3-t4)/t3×100(%)と定義する。t3は未再結晶温度域での圧下前の板厚であり、t4は未再結晶温度域での圧下完了時の板厚である。
またDIは成分指標であり、DI=1.16×(C/10)0.5×(5.1×(Mn-1.2)+5)×(0.35Cu+1)×(0.36Ni+1)×(2.16Cr+1)×(3.0Mo+1)×(1.75V +1)×(200B +1)である。元素記号は対応する各元素の含有量(質量%)を意味する。また、当該元素が含まれていない場合は値をゼロとして計算する。
【0051】
・圧延完了温度:600℃以上
圧延完了温度(最終圧延ロール出口温度)は生産性の観点から600℃以上としてよい。
【0052】
・圧延後冷却
圧延後の冷却については冷却速度が遅いほど変態が高温となり組織が粗大化し靱性劣化を招く。このため、圧延完了温度から400℃までの温度域での平均冷却速度を0.1℃/秒以上としてよい。
【0053】
なお、以上に示した圧延条件を満足することで、十分な靭性を確保できるが、強度調整のために追加で熱処理を施してもよい。ただし、過度に高い温度で熱処理を施すと粗大組織となり靱性が劣化する。このため、熱処理温度を960℃以下としてよい。
【実施例
【0054】
1.実施例1
表1に示す化学組成を有する供試材を通常の溶製法で溶製した後、鋳造材を得た。得られた鋳造材を表2に示す圧延条件で圧延して鋼板サンプルを得た。また組成から計算した焼き入れ性指数DIを表1に示し、パラメータRを表2に示す。サンプル1-7は橋梁等に広く用いられている従来鋼SMであり、後述の耐食性評価の基準となるサンプルである。
表2の「冷却速度」は圧延完了温度から400℃までの温度域での平均冷却速度を意味する。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
(耐食性評価)
得られたサンプルの耐食性を評価した。評価には、JIS-K-5600-7-9:2006 サイクルD法から湿潤時間を増加させ、乾燥時間を減少させた、上述のより厳しい腐食促進試験方法を用いた。以下に具体的に説明する。
【0058】
各サンプルのt/4あるいは3/4t位置から3mmt×50mmW×150mmLの板材を切り出し、この鋼材の表面に鋼材側から順に防食下地塗装として厚さ35μmのジンクリッチプライマ(ジンクリッチペイント)層、中塗り塗装として厚さ20μmのエポキシ系樹脂層、上塗り塗装として厚さ20μmのフッ素系樹脂層を設けた。次いで、供試材の表面にカッターナイフでクロスカット式の人工塗膜欠陥を入れて腐食促進試験用サンプルを得た。
【0059】
得られた腐食促進試験用サンプルを用いて、表3に示す工程1~4を1サイクルとして、224サイクル終了後に塗膜下で発生した赤錆面積を画像解析にて算出する腐食促進試験(CCT)を行った。従来鋼SMサンプル(サンプルNo.1-7)の赤錆面積に対する各サンプルの赤錆面積の比を求めた。各腐食促進試験用サンプルの得られた赤錆面積の比を表2の「耐食性」の欄に示す。この赤錆面積の比が0.60以下であれば耐食性に優れると判断した。
なお表3から分かるように、腐食促進試験の1サイクルにおける塩水噴霧時間+湿潤時間は3時間であり、塩水噴霧時間+乾燥(熱風乾燥+温風乾燥)時間+修正湿潤時間が6時間であるため、Wet率は3÷6×100=50%となる。
【0060】
【表3】
【0061】
表2の耐食性の結果から分かるように、本発明の実施形態に係るサンプルNo.1-2~1-6は何れも優れた耐食性を示した。一方、所定量のTaを含まず(サンプルNo.1-1はTaが過剰)且つ所定量のMgおよび所定量のREM量の一方または両方を含有しないサンプルNo.1-1と1-7は耐食性が劣っていた。
【0062】
2.実施例2
表4に示す化学組成を有する供試材を通常の溶製法で溶製した後、鋳造材を得た。得られた鋳造材を表5に示す圧延条件で圧延して鋼板サンプルを得た。また組成から計算した焼き入れ性指数DIを表4に示し、パラメータRを表5に示す。
表5の「冷却速度」は圧延完了温度から400℃までの温度域での平均冷却速度を意味する。
【0063】
【表4】
【0064】
【表5】
【0065】
(耐食性評価)
表4および表5に記載の鋼種A、B、CおよびDは何れも本発明の実施形態に係る組成の条件を満足するため、上記の実施例を含む記載より明らかなように優れた耐食性を有する。念のため、サンプルNo.2-5(鋼種D)について耐食性の評価を行った。サンプルNo.2-5および比較用の従来鋼SMサンプル(サンプルNo.1-7)とも腐食促進試験のサイクルが112であったこと以外は、実施例1に示した耐食性評価方法と同じ方法を用いた。得られた結果を表6に示す。優れた耐食性を示すことが確認できた。
【0066】
(金属組織観察)
後述する衝撃試験片採取位置と同じ板厚t/4位置において、光学顕微鏡を用い倍率100倍で、視野が600μm×800μmの領域を組織観察した。認められた組織を表6に示す。また、画像解析ソフトを用いて、視野内の最大結晶粒径を測定した。具体的にはフェライトおよびベイナイトのうち(フェライトおよびベイナイトの一方しか存在しない場合は存在している方)最大の結晶粒の面積を測定し、その円相当径を最大結晶粒径とした。得られた最大結晶粒径を表6に示す。
【0067】
(靭性評価)
各サンプルの板厚t/4位置から試験片の長手方向が圧延方向と平行となるように、フルサイズのシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2202のVノッチ試験片)を3本ずつ採取した。得られたシャルピー衝撃試験片について-20℃でシャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギー(VE-20)を測定した。これら各3本ずつのシャルピー衝撃試験測定結果の平均値を表6に示す。吸収エネルギー(VE-20)が47J以上を靭性良好とした。また、参考のため各サンプルの降伏強さ(YP)と引張強さ(TS)も表6に示した。
【0068】
【表6】
【0069】
圧延条件が上述した好適な圧延条件を満足しているサンプルNo.2-2~2-5の金属組織はフェライトおよびベイナイトの一方または両方を含み、残部がパーライトである。また、フェライトおよびベイナイトの最大結晶粒径が30μm以下となっている。そして、優れた靭性を有している。
【要約】
【課題】ジンクリッチペイント等の塗装を行って耐食性を向上できる鋼板であって、塗装耐久性に優れた鋼鈑を提供する。
【解決手段】C:0.02~0.10質量%、Si:0.10~0.50質量%、Mn:0.30~2.00質量%、Cu:0.40質量%~1.00質量%、Ni:0.40~1.00質量%、S:0.010質量%以下(0質量%を含む)、P:0.030質量%以下(0質量%を含む)、Cr:4.00質量%以下(0質量%を含む)、Ti:0.02~0.07質量%、Al:0.010~0.070質量%、B:0.0005~0.0030質量%、N:0.0010~0.0100質量%、Ca:0.0050質量%以下(0質量%を含む)、Ta:0.01~0.20質量%、ならびにMg:0.05質量%以下(0質量%を含まず)およびREM:0.05質量%以下(0質量%を含まず)の一方または両方を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼板である。
【選択図】なし