(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-12
(45)【発行日】2023-04-20
(54)【発明の名称】低熱膨張合金およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230413BHJP
C22C 38/10 20060101ALI20230413BHJP
B22F 3/16 20060101ALI20230413BHJP
B22F 3/105 20060101ALI20230413BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20230413BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20230413BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20230413BHJP
【FI】
C22C38/00 302R
C22C38/10
B22F3/16
B22F3/105
B22F1/00 T
B33Y70/00
B33Y10/00
(21)【出願番号】P 2019215243
(22)【出願日】2019-11-28
【審査請求日】2022-03-02
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000231855
【氏名又は名称】日本鋳造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099944
【氏名又は名称】高山 宏志
(72)【発明者】
【氏名】半田 卓雄
(72)【発明者】
【氏名】劉 志民
(72)【発明者】
【氏名】大山 伸幸
(72)【発明者】
【氏名】鷲尾 勝
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/171689(WO,A1)
【文献】特開平05-148590(JP,A)
【文献】国際公開第2019/044093(WO,A1)
【文献】特開昭53-096906(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/10
B22F 3/16
B22F 3/105
B22F 1/00
B33Y 70/00
B33Y 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05%以下、
Si:0.4%以下、
Mn:0.5%以下、
Ni:31.5%以上、32.5%未満、
Co:4.5%超、6.0%以下を含有し、
かつNi+0.78Co:35.5~36.5%であり、
残部がFeおよび不可避不純物からなり、デンドライト2次アーム間隔が5μm以下で、-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃であることを特徴とする低熱膨張合金。
【請求項2】
請求項1に記載の組成を有する低熱膨張合金の粉末を、レーザーまたは電子ビームによって、溶融・凝固させて積層造形させ、デンドライト2次アーム間隔が5μm以下である凝固組織を有し、-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲である低熱膨張合金を得ることを特徴とする低熱膨張合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低熱膨張合金およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、実用的な低熱膨張合金としてスーパーインバー(32%Ni-5%Co-Fe合金)が知られている。スーパーインバー(SI)の室温付近の熱膨張係数は1ppm/℃以下であり、熱変形による精度低下を抑える目的で精密装置部材に適用される。特に高精度が要求される超精密装置部材には、0.5ppm/℃以下の極めて小さな熱膨張係数を有するSIを適用することがある。
【0003】
しかし、SIが0.5ppm/℃以下の熱膨張係数を示す温度は、30℃を中心にして前後70℃の、概ね-40~100℃の間である。SIは-40℃付近でマルテンサイト組織を生成して(非特許文献1)、熱膨張係数が急激に増加する。一方、30℃以上ではαが徐々に増加し、100℃付近で熱膨張係数が0.5ppm/℃を超えるようになる(非特許文献2、3)。
【0004】
そのため、-40~100℃の範囲外の温度域において0.5ppm/℃以下の極めて小さなαが要求される場合、従来のSIでは適用できないという問題がある。-40~100℃の範囲外の温度域で適用される分野としては、低温側では航空・宇宙機器等の部材が、また高温側では工作機械等の部材が挙げられる。
【0005】
マルテンサイト組織の生成開始温度(Ms点)をより低温側に改善しようとする技術として、特許文献1ではC、Niを標準のSIより増やすことが提案されており、また特許文献2では2.8×Ni+Coを一定量以上含有させること(実質的にはNi量の調整)が提案されている。
【0006】
しかしSIの開発に関する非特許文献4によれば、SIの1ppm/℃以下のαは限定された化学成分範囲において得られる(ただし、非特許文献4に記載されたαの単位は×10-5/℃である)。すなわち、上記特許文献1、2のように、限定組成から逸脱したNi、Co組成にしたり、Cを増やしたりした場合、αが急激に増加してしまう。当然ながら0.5ppm/℃以下といった極めて小さなαは得られない。
【0007】
一方、本出願人は先に、Fe-Ni-Co系合金において、SIよりもCo量が少ない組成において、凝固時の冷却速度を制御して組織を一定以下の大きさにすることにより低熱膨張でかつ低温安定性に優れる低熱膨張合金が得られることを提案している(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭63-50446号公報
【文献】特開2003-221650号公報
【文献】特許第6592222号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Physics and Applications of Invar Alloys:Maruzen,P398,Fig.17.3
【文献】https://edfagan.com/super-invar-32-5-low-expansion-alloy.php
【文献】http://www.tohokusteel.com/en/business/product/specialsteel/specialsteel_07.html
【文献】Physics and Applications of Invar Alloys:Maruzen,P529,Fig.22.20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上のように上記特許文献1、2では、SI組成に対し、NiやC等のオーステナイト化効果が大きい元素の含有量を増やしてMs点を改善して低温への適用を可能としているが、SI組成から逸脱するため熱膨張係数の増加を招き、インバーのαとの差が小さくなってしまい、十分な低熱膨張性が得難いという問題があった。また、上記特許文献1、2は、100℃以上の温度での適用を考慮していない。
【0011】
また、上記特許文献3の合金は、低温安定性が-100℃以下と極めて優れるが、平均αが0±0.5ppm/℃の得られる範囲は10~40℃程度の比較的狭い範囲である。
【0012】
本発明は、-100~150℃の温度で、平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲の低熱膨張係数が得られる低熱膨張合金およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記特許文献3では、Fe-Ni-Co系合金において、SIよりもCo量が少ない組成において、凝固時の冷却速度を制御して組織を一定以下の大きさにすることにより、Ms点を所望の低温域に移動させて-100℃以下の低温安定性を得るとともに、10~40℃の平均熱膨張係数を0±0.5ppm/℃の範囲の低熱膨張性を得ている。
【0014】
すなわち、上記特許文献3は、低温安定性を重視しており、広い温度範囲で低熱膨張係数を得ることを意図するものではない。
【0015】
そこで、より広い温度範囲で0±0.5ppm/℃が得られる合金を検討した結果、特許文献3のように、デンドライト2次アーム間隔が5μm以下である凝固組織を得ることを前提に、特許文献3よりもNi量を低下させるとともに、Co量を増加させることにより、Ms点を-100℃まで確保することができ、-100~150℃という広い温度範囲で0±0.5ppm/℃の範囲の低熱膨張性が得られることを見出した。
【0016】
本発明はこのような知見に基づいて完成されたものであり、以下の(1)~(2)を提供する。
【0017】
(1)質量%で、
C:0.05%以下、
Si:0.4%以下、
Mn:0.5%以下、
Ni:31.5%以上、32.5%未満、
Co:4.5%超、6.0%以下を含有し、
かつNi+0.78Co:35.5~36.5%であり、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、デンドライト2次アーム間隔が5μm以下である凝固組織を有し、-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲であることを特徴とする低熱膨張合金。
【0018】
(2)上記(1)に記載の組成を有する低熱膨張合金の粉末を、レーザーまたは電子ビームによって、溶融・凝固させて積層造形させ、デンドライト2次アーム間隔が5μm以下である凝固組織を有し、-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲である低熱膨張合金を得ることを特徴とする低熱膨張合金の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、-100~150℃の温度範囲における平均αが0±0.5ppm/℃の低熱膨張合金およびその製造方法が提供される。本発明による合金によって、従来適用が制限されていた、航空・宇宙分野を始めとする低温域、および工作機械等の高温域で稼働する各種精密装置部材への適用が可能となり、当該分野における高精度化に大きく貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の実施例に用いたアトマイズ装置を示す概念図である。
【
図2】
図1のアトマイズ装置により得られた球状粉末を示す光学顕微鏡写真である。
【
図4】本発明組成合金No.6のDASを示す光学顕微鏡写真である。
【
図6】比較合金No.11のDASを示す光学顕微鏡写真である。
【
図7】比較合金No.11のマルテンサイト組織を示す光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の限定理由について、化学成分および製造条件に分けて説明する。
なお、以下の説明において、特に断わらない限り成分における%表示は質量%である。
【0022】
[化学成分]
C:0.05%以下
Cは本願発明による低熱膨張合金の製造方法において、熱膨張係数を著しく増加させる元素であり、低いことが望ましい。Cは0.05%を超えて含有すると、後述の元素含有量および製造条件によっても-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲を超えるため、C含有量を0.05%以下とする。
【0023】
Si:0.4%以下
Siは合金中の酸素を低減する目的で添加する元素である。しかし、Siは本願発明による低熱膨張合金の製造方法において、熱膨張係数を増加させる元素であり、低いことが望ましい。その含有量が0.4%超ではCと同様に熱膨張係数の増加が無視できなくなり、-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲を超える。したがって、Si含有量を0.4%以下とする。
【0024】
Mn:0.5%以下
MnはSiと同様に脱酸に有効な元素である。しかし、Mnは本願発明による低熱膨張合金の製造方法において、熱膨張係数を増加させる元素であり、低いことが望ましい。その含有量が0.5%を超えると熱膨張係数の増加が無視できなくなり、-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲を超える。したがって、Mn含有量を0.5%以下とする。
【0025】
Ni:31.5%以上、32.5%未満
Niは合金の基本的な熱膨張係数を決定する元素である。-100~150℃の平均熱膨張係数を0±0.5ppm/℃の範囲にするためには、Co量に応じて後述の範囲に調整する必要がある。Niが31.5%未満、または32.5%以上では、Co量に応じた調整および後述する製造条件によっても-100~150℃の平均熱膨張係数を0±0.5ppm/℃の範囲にすることは困難である。したがって、Niの含有量を31.5%以上、32.5%未満の範囲とする。
【0026】
Co:4.5%超、6.0%以下
CoはNiとともに熱膨張係数を決定する重要な元素であり、しかもNi単独添加の場合より小さな熱膨張係数を得るためには不可欠な元素である。しかし、4.5%以下、または6.0%超では後述のNi量とCo量の関係式に基づいて調整しても-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲を超える。したがって、Coの含有量を4.5%超、6.0%以下の範囲とする。
【0027】
Ni+0.78Co:35.5~36.5%
Fe-Ni-Co合金は、前記のNi量、Co量の範囲でかつ、Ni+0.78×Coで表されるNi当量(Nieq.)が一定範囲において顕著な低熱膨張性が得られる。Ni当量は、35.5%未満でも、36.5%超でも、-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲に入らなくなる。したがって、Ni当量であるNi+0.78Coを35.5~36.5%の範囲とする。
【0028】
本発明において、C、Si、Mn、Ni、Co以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0029】
[凝固組織]
上記組成範囲の合金は、凝固時の冷却速度を大きくして凝固組織を微細化すると、αを小さくすることができる。その理由は、前述のように、組織の微細化によってNiのミクロ偏析が軽減するためであると考えられる。
【0030】
-100~150℃の温度範囲の平均熱膨張係数を0±0.5ppm/℃にするためには、上記組成範囲の合金のデンドライト2次アーム間隔(DAS)を5μm以下にすることが必要である。
【0031】
[製造方法]
本発明の低熱膨張合金の製造方法は、上記の溶融・凝固条件を実現する方法であればいずれの方法も適用可能であり、たとえば前記組成範囲の合金粉末を、レーザーまたは電子ビームによって、溶融・凝固させて積層造形させることによりDASを5μm以下とすることができる。また、このように積層造形することにより、任意の形状の積層造形部材とすることができる。
【0032】
一方、後掲の
図3に示すように、従来の鋳造プロセスの中では、最も冷却速度が大きいダイカストによってもDASを5μm以下とするには冷却速度が不十分であり、また、後掲の
図4に示すように、本発明に係る高融点の鉄系合金の鋳造が可能である銅合金型においてもDASを5μm以下にすることは到底できず、所期の特性を得ることは不可能である。
【実施例】
【0033】
以下、本発明の実施例について説明する。
表1に示す化学成分および組成の合金の積層造形、ならびに純銅型への鋳造によって試料を作製した。
【0034】
積層造形の試料は、表1に示す化学組成の合金を高周波誘導炉で溶解し、
図1に示すアトマイズ装置を用いて、溶融した金属を滴下し、ノズルから不活性ガス(本例では窒素ガス)を噴霧することで液滴に分断するとともに急速凝固させて球状粉末を得た。その後、ふるい分けして
図2に示す粒径10~45μmの造形用粉末を得た。レーザー式積層造形装置を用いて、出力300W、レーザー移動速度1000mm/秒、レーザー走査ピッチ0.1mm、粉末積層厚さ0.04mmの条件で造形用粉末を積層造形し、φ10×L100の試料を作製した。
【0035】
鋳造の試料は、高周波誘導炉で溶解した合金溶湯約100gを、鋳込み温度1550℃で
図5に示す純銅型に鋳造し、鋳型底の先端部から採取した。
【0036】
図3は、本発明試料の光学顕微鏡組織観察によって実測したDASと、以下の文献1に記載のDASと冷却速度の関係の外挿線から、試料の冷却速度を推定するもので、以下の文献2~4の情報から得られた各種鋳型の冷却速度も併記した。
R=(DAS/709)
1/-0.386 ・・・(1)
R:冷却速度(℃/min.)、DAS:デンドライト2次アーム間隔(μm)
文献1:「鋳鋼の生産技術」P378、素形材センタ―
文献2:「鋳物」、第63巻(1991)第11号、P915
文献3:「鋳造工学」、第68巻(1996)第12号、P1076
文献4:「素形材」、Vol.54(2013)No.1、P13
【0037】
試料は造形用ベースプレートから放電ワイヤーカットで切り離した後、φ6×50mmの熱膨張試験片に機械加工し、レーザー干渉式熱膨張計を用い、液体窒素により-100℃に冷却後、2℃/min.で昇温しながら150℃まで熱膨張を測定し、熱膨張曲線を求めた。上記の熱膨張曲線から、-100~150℃間の平均熱膨張係数を求めた。また、試料を切断してφ6の面のミクロ組織を観察し、DASを測定した。
【0038】
表1の本発明例No.1~6は、化学成分および組成が本発明の範囲内であり、かつ粉末積層造形により製造されたものであり、いずれも-100~150℃の平均熱膨張係数は0±0.5ppm/℃の範囲で、DASは5μm以下であった。
図4はNo.6のDASを実測した光学顕微鏡写真であり、DASが5μm以下であることがわかる。
【0039】
以上の結果から、本発明合金は、-100~150℃の温度範囲で0±0.5ppm/℃の平均熱膨張係数を有し、航空・宇宙分野等の低温環境、および工作機械等の高温環境における厳しい高精度要求に応えられる特性を持っていることが確認された。
【0040】
一方、比較例AのNo.11~16は、それぞれ発明例のNo.1~6と化学成分および組成は同じであるが、
図7に示す純銅型に鋳造したものであり、いずれもDASが5μmを超えた本発明範囲外のものである。このため、-100~150℃の平均熱膨張係数が本発明の範囲外となった。すなわち、No.11~15では、-100℃に冷却する途中で熱膨張曲線が急激に変化したため、測定を中止した。組織観察によってマルテンサイト組織が確認され、-100℃までの低温安定性がないことがわかった。No.16では、-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲を外れた。
図5はNo.11のDASを測定した光学顕微鏡写真、
図6はNo.11のマルテンサイト組織を確認した光学顕微鏡写真である。これらから、DASが5μmを超えており、かつ、マルテンサイト組織が存在していることがわかる。
【0041】
また比較例BのNo.21~27は化学成分および組成が本発明範囲外のもので、積層造形によって試料を作製したものである。No.21はCが上限超で、かつCoが下限に満たなかったため、No.23はMnおよびCoが、No.24はNiが、またNo.27はNi+0.78Coが、それぞれ上限超であったため、いずれも-100~150℃の平均熱膨張係数が0±0.5ppm/℃の範囲を外れた値となった。No.22はSiが上限超で、かつNiが下限に満たなかったため、-100℃に冷却する途中で熱膨張曲線が急激に変化したため、測定を中止した。組織観察によってマルテンサイト組織が確認され、-100℃までの低温安定性がないことがわかった。
【0042】