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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-12
(45)【発行日】2023-04-20
(54)【発明の名称】ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/62 20220101AFI20230413BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20230413BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20230413BHJP
【FI】
C12P7/62
C12N1/00 S
C12N1/20 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020522177
(86)(22)【出願日】2019-05-27
(86)【国際出願番号】 JP2019020884
(87)【国際公開番号】W WO2019230644
(87)【国際公開日】2019-12-05
【審査請求日】2022-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2018103862
(32)【優先日】2018-05-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】猪狩 尊史
(72)【発明者】
【氏名】リー・ワンイン
(72)【発明者】
【氏名】小林 新吾
【審査官】千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-63232(JP,A)
【文献】国際公開第2016/170797(WO,A1)
【文献】特開2004-143150(JP,A)
【文献】Journal of Oil Palm Research, 2016, Vol. 28, No. 1, pp. 52-63
【文献】Lipid Technology, 2010, Vol. 22, No. 1, pp. 11-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P、C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーム油の生産工程において得られる廃液もしくは副産物、又は、それらの加水分解物である遊離脂肪酸含有物に対し、蒸留処理を施して、下記要件(i)、(ii)、及び(iii)を満足する遊離脂肪酸画分を得る工程(a)と、
前記遊離脂肪酸画分を含む培養液中でポリヒドロキシアルカン酸産生微生物を培養する工程(b)と、
を含む、ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
(i)スクワレンの含有量が0.05重量%以下
(ii)1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析において標準物質ナフタレン-d8のピーク面積に対するトリメチルインデンのピーク面積の比が110以下
(iii)1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析において標準物質ナフタレン-d8のピーク面積に対する酪酸のピーク面積の比が10未満
【請求項2】
前記遊離脂肪酸画分が、さらに、下記要件(iv)及び(v)を満足する、請求項1に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
(iv)ビタミンEの含有量が0.01重量%未満
(v)β-カロテンの含有量が0.001mg/L以下
【請求項3】
前記廃液が、アブラヤシの果実から粗パーム油を得る過程で排出される廃液(POME)である、請求項1又は2に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項4】
前記副産物が、粗パーム油からRBDパーム油を得る過程で得られる副産物(PFAD)である、請求項1又は2に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項5】
前記副産物が、アブラヤシの空果房から空果房ペレットを得る過程で得られる副産物(EFBジュース)であり、
工程(a)において、当該EFBジュースの加水分解物に対し、蒸留処理を施す、請求項1又は2に記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項6】
前記蒸留処理は、
(i)前記遊離脂肪酸含有物を0.6~1.6Torr、175~185℃の条件で蒸留して、塔底留分と塔頂留分とに分離し、次いで、
(ii)前記塔底留分を0.6~1.6Torr、190~200℃の条件で蒸留して、塔頂留分として前記遊離脂肪酸画分を得る
処理である、請求項1~5のいずれかに記載のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。
【請求項7】
パーム油の生産工程において得られる廃液もしくは副産物、又は、それらの加水分解物である遊離脂肪酸含有物に対し、蒸留処理を施して、下記要件(i)、(ii)、及び(iii)を満足する遊離脂肪酸画分を得る工程、
を含む、ポリヒドロキシアルカン酸産生微生物培養用炭素源の製造方法。
(i)スクワレンの含有量が0.05重量%以下
(ii)1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析において標準物質ナフタレン-d8のピーク面積に対するトリメチルインデンのピーク面積の比が110以下
(iii)1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析において標準物質ナフタレン-d8のピーク面積に対する酪酸のピーク面積の比が10未満
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸産生微生物によるポリヒドロキシアルカン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリヒドロキシアルカン酸(Polyhydroxyalkanoate;以下、「PHA」と略する場合がある)は、多くの微生物種の細胞内にエネルギー貯蔵物質として生産、蓄積される熱可塑性ポリエステルである。微生物によって様々な天然の炭素源から生産されるPHAは、土中や水中の微生物により完全に生分解されるため、自然界の炭素循環プロセスに取り込まれることになる。したがって、PHAは生態系への悪影響がほとんどない環境調和型のプラスチックであると言える。
【0003】
PHAの製造には、PHA産生能力を有する微生物を培養して当該微生物からPHAを取り出す方法が行なわれているが、その培養の際には、当該微生物によって好適に資化される炭素源を与えることが必要となる。その炭素源の代表的なものとして、糖質、油脂、遊離脂肪酸などが挙げられる。
【0004】
例えば、特許文献1では、植物由来の遊離脂肪酸を利用してPHA産生微生物を培養し、PHAを製造する方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2では、より安価な植物油廃液を炭素源として利用して水素細菌によりPHAを製造する方法が記載されている。
【0006】
特許文献3では、パーム油製造時の蒸留工程で残留した残渣油など、着色が強い油脂に対し、過酸化水素での加熱処理を施した後、これを炭素源として微生物を培養することで、PHAを製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2014/042076号
【文献】特開2000-189183号公報
【文献】国際公開第2016/170797号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
パーム油の生産工程において得られる廃液や副産物は、一般的な植物油脂であるパーム油よりも安価に入手可能であることに加えて、食料と競合しない非可食原料源であって、環境面においても優位である。そこで、これらを、PHA産生微生物を培養する際に使用する炭素源として利用することを検討したところ、PHA生産速度が著しく低かったり、あるいは、得られるPHAが臭気や、好ましくない色を帯びていたりする欠点があることが判明した。
【0009】
本発明は、以上に鑑み、パーム油の生産工程において得られる廃液や副産物を利用してポリヒドロキシアルカン酸産生微生物を培養し、臭気が抑制されたポリヒドロキシアルカン酸を生産性よく製造することが可能な、ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法、及び、ポリヒドロキシアルカン酸産生微生物培養用炭素源の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、パーム油の生産工程において得られる廃液や副産物には、PHA産生微生物の生育を阻害し得る成分が含まれており、その阻害成分がスクワレンであることを特定した。さらに、パーム油の生産工程において得られる廃液や副産物には臭気成分が含まれており、その臭気成分としてトリメチルインデンと酪酸を同定した。そして、パーム油の生産工程において得られる廃液や副産物又はその加水分解物を蒸留工程に付することで、スクワレン、ビタミンE、β-カロテン、トリメチルインデン、及び酪酸それぞれの含量を低減した遊離脂肪酸画分を得ることができ、このような遊離脂肪酸画分を炭素源として用いてPHA産生微生物を培養することで、臭気が抑制されたPHAを生産性よく製造することが可能になることを見出した。
【0011】
すなわち本発明は、パーム油の生産工程において得られる廃液もしくは副産物、又は、それらの加水分解物である遊離脂肪酸含有物に対し、蒸留処理を施して、下記要件(i)、(ii)、及び(iii)を満足する遊離脂肪酸画分を得る工程(a)と、前記遊離脂肪酸画分を含む培養液中でポリヒドロキシアルカン酸産生微生物を培養する工程(b)と、を含む、ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法に関する。
(i)スクワレンの含有量が0.05重量%以下
(ii)1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析において標準物質ナフタレン-d8のピーク面積に対するトリメチルインデンのピーク面積の比が110以下
(iii)1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析において標準物質ナフタレン-d8のピーク面積に対する酪酸のピーク面積の比が10未満。
【0012】
好ましくは、前記遊離脂肪酸画分が、さらに、下記要件(iv)及び(v)を満足する。
(iv)ビタミンEの含有量が0.01重量%未満
(v)β-カロテンの含有量が0.001mg/L以下。
【0013】
前記廃液が、アブラヤシの果実から粗パーム油を得る過程で排出される廃液(POME)であってよい。前記副産物が、粗パーム油からRBDパーム油を得る過程で得られる副産物(PFAD)であってよい。前記副産物が、アブラヤシの空果房から空果房ペレットを得る過程で得られる副産物(EFBジュース)であり、工程(a)において、当該EFBジュースの加水分解物に対し、蒸留処理を施してよい。
【0014】
前記蒸留処理は、(i)前記遊離脂肪酸含有物を0.6~1.6Torr、175~185℃の条件で蒸留して、塔底留分と塔頂留分とに分離し、次いで、(ii)前記塔底留分を0.6~1.6Torr、190~200℃の条件で蒸留して、塔頂留分として前記遊離脂肪酸画分を得る処理であることが好ましい。
【0015】
また本発明は、パーム油の生産工程において得られる廃液もしくは副産物、又は、それらの加水分解物である遊離脂肪酸含有物に対し、蒸留処理を施して、前記要件(i)、(ii)、及び(iii)を満足する遊離脂肪酸画分を得る工程、を含む、ポリヒドロキシアルカン酸産生微生物培養用炭素源の製造方法にも関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明のポリヒドロキシアルカン酸の製造方法によれば、パーム油の生産工程において得られる廃液や副産物に由来する炭素源を利用してポリヒドロキシアルカン酸産生微生物を培養して、臭気が抑制されたポリヒドロキシアルカン酸を生産性よく製造することが可能となる。
【0017】
本発明のポリヒドロキシアルカン酸産生微生物培養用炭素源の製造方法によれば、パーム油の生産工程において得られる廃液や副産物に由来する炭素源であって、臭気が抑制されたポリヒドロキシアルカン酸を生産性よく製造することが可能な炭素源を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の具体的な実施態様を詳細に説明するが、本発明はこれら実施態様に限定されるものではない。
【0019】
本発明によるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の製造方法は、パーム油の生産工程において得られる廃液もしくは副産物、又は、それらの加水分解物である遊離脂肪酸含有物に対し、蒸留処理を施して、下記要件(i)、(ii)、及び(iii)を満足する遊離脂肪酸画分を得る工程(a)と、前記遊離脂肪酸画分を含む培養液中でPHA産生微生物を培養する工程(b)と、を含む。
【0020】
(工程(a))
まず、蒸留処理によって遊離脂肪酸画分を得る工程(a)について説明する。工程(a)では、パーム油の生産工程において得られる廃液もしくは副産物、又は、それらの加水分解物である遊離脂肪酸含有物に対して蒸留処理を行なう。
【0021】
パーム油の生産工程において得られる廃液または副産物としては種々のものが知られているが、本発明では、遊離脂肪酸を含む廃液または副産物、または、3分子の脂肪酸が1分子のグリセロールに結合してなるトリグリセリドを含む廃液または副産物を使用することができる。そのような廃液または副産物としては限定されないが、例えば、以下が挙げられる。
(i)PFAD(Palm Fatty Acid Distillate):粗パーム油からRBDパーム油を得る過程で得られる副産物
(ii)POME(Palm Oil Mill Effluent):アブラヤシの果実から粗パーム油を得る過程で排出される廃液
(iii)EFBジュース(Empty Fruit Bunch Juice):アブラヤシの空果房から空果房ペレットを得る過程で得られる副産物。
【0022】
パーム油の生産工程の一例を以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0023】
パーム油の生産工程では、まず、アブヤラヤシの椰子房(Fresh Fruit Bunch : FFB)を、蒸気を用いた蒸煮工程に付した後、果房を剥離して果実を取り出す。取り出された果実は、その後、蒸解、スクリュープレス、振動ふるい、精製、真空乾燥といった各工程を経て、粗パーム油(CPO)が製造される。以上は搾油工場において実施される。
【0024】
FFBの蒸煮工程では、遊離脂肪酸と水や、その他の固形分を含有する廃液が生じる。これがPOME(Palm Oil Mill Effluent)である。なお、POMEは、遊離脂肪酸に加えて、トリグリセリドを含有する場合もある。
【0025】
FFBから剥離された空の果房(Empty Fruit Bunch : EFB)はプレスされた後、ペレット化され、例えばバイオマス発電等に利用され得るが、そのプレスからペレット化の過程で生じる液状の副産物がEFBジュースである。EFBジュースはトリグリセリドと遊離脂肪酸の混合物であって、トリグリセリドを遊離脂肪酸よりも多く含む材料である。
【0026】
搾油工場で製造された粗パーム油は、精油工場に輸送されて、そこで脱ガム、脱酸、白土を用いた脱色、蒸留による脱臭といった各工程を経てRBD(Refined, Bleached and Deodorized)パーム油が製造される。前記蒸留では、粗パーム油に含まれる遊離脂肪酸が除去される。この蒸留によって除去された遊離脂肪酸を含む副産物がPFAD(Palm Fatty Acid Distillate)である。
【0027】
本発明では、以上で説明した副産物または廃液を原料として、これに蒸留処理を施すことで、PHA産生微生物を培養する際に好適に使用可能な炭素源を製造することができる。
【0028】
前記廃液または副産物が水や固形分を含有する場合には、蒸留処理の前に、遠心分離を実施して、これら水や固形分をあらかじめ除去しておくことが好ましい。遠心分離の条件は特に限定されず、前記廃液または副産物の状態や、それに含まれる水や固形分の種類または量などを考慮して適宜決定することができる。
【0029】
前記廃液または副産物が遊離脂肪酸を豊富に含む材料(例えば、PFAD、又は、トリグリセリドを実質的に含有しない場合のPOME)である場合には、当該廃液または副産物を、必要に応じて遠心分離を実施した後、蒸留処理に付すことができる。しかし、前記廃液または副産物がトリグリセリドを豊富に含む材料(例えば、EFBジュース、又は、トリグリセリドを豊富に含有する場合のPOME)である場合には、当該廃液または副産物を、必要に応じて遠心分離を実施した後、さらに加水分解処理に付して該トリグリセリドを遊離脂肪酸に変換してから、蒸留処理に付すことができる。加水分解処理を実施するか否かは、前記廃液または副産物中のトリグリセリド含量を考慮して適宜決定すればよい。また、加水分解処理によってトリグリセリドを遊離脂肪酸に変換することで、着色成分などの不純物を炭素源から分離することが容易になる。
【0030】
加水分解処理としては、トリグリセリドを加水分解して遊離脂肪酸が得られる処理方法であれば特に限定されず、公知の処理方法を適宜採用することができる。例えば、水酸化ナトリウムなどの塩基性物質を添加する方法や、リパーゼなどの酵素を添加する方法が挙げられる。
【0031】
本発明では、前記廃液または副産物をそのまま、または、以上述べたように遠心分離及び/又は加水分解処理を施した後、工程(a)における蒸留処理に付することで、蒸留前の材料に含まれる培養阻害成分、臭気成分、および、好ましくは着色成分を低減または除去して、これらの含量が低い遊離脂肪酸画分を得る。
【0032】
前記遊離脂肪酸画分に含まれる遊離脂肪酸は、特に限定されないが、主要な遊離脂肪酸としては、パルミチン酸や、オレイン酸等が挙げられる。これらに加えて、リノール酸、ステアリン酸、ミリスチン酸なども含まれる。前記遊離脂肪酸画分におけるパルミチン酸とオレイン酸の合計含量は、50重量%以上が好ましく、60重量%以上がより好ましく、70重量%以上がさらに好ましい。
【0033】
本願発明者らは、炭素源としてPFADを使用してPHA産生微生物を培養すると、該培養が阻害され、PHAの生産性および炭素源収率が有意に低下することを見出した。この障害を解消すべく検討したところ、PFADに含まれる成分が、前記微生物によるPHAの産生を阻害していること、及び、該成分がスクワレンであることを発見した。PFADは、本来、約1重量%程度のスクワレンを含有している。
【0034】
この知見に基づき、本発明は、PFADなどの、本来的にスクワレンを高濃度で含んでいる遊離脂肪酸含有物において、スクワレンの含量を低減した後に、これを、PHA産生微生物の培養時における炭素源として利用する。本発明の工程(a)では遊離脂肪酸含有物に対し蒸留処理を施すことで、スクワレンの含有量が0.05重量%以下の遊離脂肪酸画分を得る。スクワレンの含有量がこの範囲内にあると、前記微生物によるPHAの産生が阻害されにくくなり、PHAの生産性および炭素源収率を向上させることができる。得られる遊離脂肪酸画分におけるスクワレン含量は少ないほどよく、0.04重量%以下が好ましく、0.03重量%以下がより好ましく、0.02重量%以下がさらに好ましく、0.01重量%以下がよりさらに好ましい。
【0035】
また、パーム油の生産工程において得られる廃液もしくは副産物、又は、それらの加水分解物である遊離脂肪酸含有物を炭素源としてPHA産生微生物を培養した場合、得られるPHAが臭気を帯び、さらに、好ましくない色を帯びていることがある。臭気がなく、着色していないPHAを製造するために検討したところ、臭気の原因物質としてPFADにはトリメチルインデンやテトラヒドロトリメチルナフタレン、テトラメチルインダン等が含まれており、POMEおよびEFBジュースには、酪酸、グアイアコールまたはメキノール等が含まれていることを特定した。さらに、着色の原因物質として、PFADにはビタミンE(トコフェロール及びトコトリエノール)が含まれており、EFBジュースにはビタミンEとβ-カロテンが含まれていることを特定した。
【0036】
この知見に基づき、本発明は、これら臭気成分を高濃度で含んでいる遊離脂肪酸含有物において該臭気成分の含量を低減した後に、これを、PHA産生微生物の培養時における炭素源として利用する。具体的には、本発明の工程(a)では遊離脂肪酸含有物に対し蒸留処理を施すことで1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析において標準物質ナフタレン-d8のピーク面積に対するトリメチルインデンのピーク面積の比が110以下、および、酪酸のピーク面積の比が10未満である遊離脂肪酸画分を得る。トリメチルインデンと酪酸の含有量がこの範囲内にあると、臭気が充分に抑制されたPHAを得ることができる。前記トリメチルインデンのピーク面積比は90以下が好ましく、70以下がより好ましい。また、前記酪酸のピーク面積比は、7以下が好ましく、5以下がより好ましい。前記1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析は、後述の方法により実施することができる。
【0037】
また、着色成分に関しても、着色成分を高濃度で含んでいる遊離脂肪酸含有物において該着色成分の含量を低減した後に、これを、PHA産生微生物の培養時における炭素源として利用することが好ましい。本発明の工程(a)によって、ビタミンEの含有量が0.01重量%未満で、β-カロテンの含有量が0.001mg/L以下である遊離脂肪酸画分を得ることが好ましい。ビタミンEとβ-カロテンの含有量がこの範囲内にあると、着色が充分に抑制されたPHAを得ることができる。前記ビタミンEの含有量は0.005重量%以下が好ましく、0.001重量%以下がより好ましい。また、前記β-カロテンの含有量は0.0005mg/L以下が好ましく、0.0001mg/L以下がより好ましい。
【0038】
工程(a)における蒸留処理の具体的な条件は、上述した各種不純物を当該蒸留処理によって除去できる条件であれば特に限定されず、当業者であれば、スクワレン、臭気成分、着色成分を含む各不純物の沸点を考慮して適宜決定することができる。この蒸留工程では、減圧蒸留を行なうことが好ましく、減圧蒸留の一例として、工業的には、蒸留塔において次の処理を実施することが好ましい。
【0039】
まず、前記廃液もしくは副産物またはそれらの加水分解物である遊離脂肪酸含有物を圧力0.6~1.6Torr、温度175~185℃の条件で蒸留して(第一次蒸留)、塔底留分と塔頂留分とに分離する。これにより、酪酸やトリメチルインデンなど低融点の臭気成分は塔頂留分に含まれ、遊離脂肪酸や、より高融点の物質は塔底留分に含まれることになる。
【0040】
以上の第一次蒸留により得られた塔底留分を、第二次蒸留に付する。第二次蒸留では、圧力0.6~1.6Torr、温度190~200℃の条件で蒸留を行なって、塔底留分と塔頂留分とに分離する。この際、ビタミンEやβ-カロテンを含む着色成分や、スクワレンを含む培養阻害成分は融点が高いため、塔底留分に留まる一方、遊離脂肪酸は、蒸留塔上部から塔頂留分として得られることになる。
【0041】
以上で説明した蒸留時の圧力および温度は、蒸留に関する一般的な知識に基づいて当業者が適宜変更することができる。そのような変更後の圧力および温度で実施する蒸留も本発明の範囲に含まれる。
【0042】
第一次蒸留と第二次蒸留は同じ蒸留塔内で連続的に実施してもよいが、第一蒸留において除去する臭気成分が第二次蒸留時に持ち込まれることを回避するため、各蒸留を、別の蒸留塔で実施することが好ましい。つまり、第一次蒸留で得られた塔底留分を、別の蒸留塔に移送して、そこで第二次蒸留を実施することが好ましい。あるいは、第一次蒸留を実施した蒸留塔内部を充分に洗浄した後、同じ蒸留塔で第二次蒸留を実施してもよい。
【0043】
(工程(b))
次に工程(b)について説明する。工程(b)では、工程(a)で得られた遊離脂肪酸画分を炭素源として含む培養液中でPHA産生微生物を培養する。
【0044】
本発明におけるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)とは、微生物が生産し得るPHAである限り特に限定されないが、炭素数4~16の3-ヒドロキシアルカン酸から選択される1種のモノマーの単独重合体、炭素数4~16の3-ヒドロキシアルカン酸から選択される1種のモノマーとその他のヒドロキシアルカン酸(例えば、炭素数4~16の4-ヒドロキシアルカン酸、乳酸)の共重合体、及び、炭素数4~16の3-ヒドロキシアルカン酸から選択される2種以上のモノマーの共重合体が好ましい。具体的には、3-ヒドロキシ酪酸(略称:3HB)のホモポリマーであるP(3HB)、3HBと3-ヒドロキシ吉草酸(略称:3HV)の共重合体P(3HB-co-3HV)、3HBと3-ヒドロキシヘキサン酸(略称:3HH)の共重合体P(3HB-co-3HH)(略称:PHBH)、3HBと4-ヒドロキシ酪酸(略称:4HB)の共重合体P(3HB-co-4HB)、並びに、乳酸(略称:LA)を構成成分として含むPHA、例えば3HBとLAの共重合体P(LA-co-3HB)などが挙げられるが、これらに限定されない。この中でも、ポリマーとしての応用範囲が広いという観点から、PHBHが好ましい。なお、生産されるPHAの種類は、使用する微生物の保有するあるいは別途導入されたPHA合成酵素遺伝子の種類や、その合成に関与する代謝系の遺伝子の種類、培養条件などによって適宜選択しうる。
【0045】
本発明で使用できるPHA産生微生物としてはPHA産生能を有する微生物である限り特に限定されず、自然界で見出される微生物であってもよいし、突然変異体または形質転換体であってもよい。具体的には、PHB生産菌としては、1925年に発見されたBacillus megateriumの他、カプリアビダス・ネケイター(Cupriavidus necator)(旧分類:アルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophus、ラルストニア・ユートロフア(Ralstonia eutropha))、アルカリゲネス・ラタス(Alcaligenes latus)等が挙げられる。また、3-ヒドロキシブチレートとその他のヒドロキシアルカノエートとの共重合体生産菌としては、PHBVおよびPHBH生産菌であるアエロモナス・キヤビエ(Aeromonas caviae)、P3HB4HB生産菌であるアルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophus)等が挙げられる。特に、PHBH生産菌としては、PHBHの生産性を上げるためにPHA合成酵素群の遺伝子を導入したアルカリゲネス・ユートロファス AC32株(Alcaligenes eutrophus AC32,FERM BP-6038)(T.Fukui,Y.Doi,J.Bacteriol.,179,p4821-4830(1997))が挙げられる。
【0046】
形質転換により導入されるPHA合成酵素遺伝子としては特に限定されず、アエロモナス・キヤビエ、Aeromonas hydrophila、Pseuromonas SP 61-3、Cupriavidus necator由来のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子や、それらの改変体などが挙げられる。前記改変体とは、1以上のアミノ酸残基が欠失、付加、挿入、又は置換されたアミノ酸配列を有するPHA合成酵素をコードする塩基配列のことをいう。
【0047】
以上のようなPHA産生微生物を培養することで、菌体内にPHAを蓄積させることができる。培養にあたっては、炭素源として、工程(a)で得られた遊離脂肪酸画分を培地に添加する。当該炭素源は、連続的に、または間欠的に培地に添加することが好ましい。また、炭素源の使用量は適宜設定することができるが、例えば、10Lジャーに対して200~1700g程度である。
【0048】
前記炭素源を流加する際には、前記遊離脂肪酸画分は融点が高いため、流加ライン内で固化してラインが閉塞する不都合が発生しやすい。この不都合を回避するため、前記遊離脂肪酸画分を加温しつつ培地に流加しても、培地に到達した瞬間に固化して、凝集してしまうため、培養を実施できなくなる場合がある。そのため、前記遊離脂肪酸画分を水と混合して乳化液を作製し、この乳化液を培地に添加したり、または、前記遊離脂肪酸画分を培地に噴霧したりする方法をとることが好ましい。
【0049】
また、炭素源として、工程(a)で得られた遊離脂肪酸画分と共に、由来が異なる遊離脂肪酸や、トリグリセリドなど別の炭素源を併用してもよい。
【0050】
炭素源以外の培養条件は、通常の微生物培養法に従うことができ、培地組成、培養スケール、通気攪拌条件や、培養温度、培養時間などは特に限定されない。
【0051】
培養を適切な時間行なって菌体内にPHAを蓄積させた後、周知の方法を用いて菌体からPHAを回収する。その回収方法は特に限定されないが、例えば、次のような方法によって実施することができる。培養終了後、培養液から遠心分離機等で菌体を分離し、その菌体を蒸留水およびメタノール等により洗浄し、乾燥させる。この乾燥菌体から、クロロホルム等の有機溶剤を用いてPHAを抽出する。このPHAを含んだ溶液から、濾過等によって菌体成分を除去し、そのろ液にメタノールやヘキサン等の貧溶媒を加えてPHAを沈殿させる。さらに、濾過や遠心分離によって上澄み液を除去し、乾燥させてPHAを回収することができる。
【0052】
以上によって、パーム油の生産工程において得られる廃液や副産物を炭素源として有効利用しつつ、かつ、臭気、および、好ましくは着色が抑制されたPHAを生産性よく製造することが可能になる。
【実施例
【0053】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0054】
(実施例1及び比較例1)PFADの利用
以下の実験では、FELDA社から、鉄配管に接触しないようにSUS配管経由で入手したPFADを利用した。
【0055】
(第一次蒸留)低融点画分の除去
200mLフラスコに、PFAD 90gを投入した後、該フラスコに連結管(ト字型、角度75°)とコンデンサーを連結し、該コンデンサーを真空ポンプと回収容器に接続して、減圧単蒸留系を組み立てた。
【0056】
スターラーによって1000rpmでの攪拌条件下、真空引きをしながら、オイルバスを用いて昇温を開始した。コンデンサーには4℃程度の冷媒溶液を通液した。系内圧力0.6~1.6Torrにおいて、フラスコ内のPFAD温度が175~185℃に到達した時点で、トリメチルインデンを含む低融点の臭気成分が留出し、コンデンサーを経由して除去された。臭気成分の留出開始時点で、系中の気相部の温度が上昇し、臭気成分の留出終了時点で該温度は低下した。この温度低下によって第一次蒸留の終了と判断した。フラスコ内の残渣物を、次の第二次蒸留で使用した。
【0057】
(第二次蒸留)高融点画分の除去
第一次蒸留で得た残渣物を回収し、200mL(又は1000mL)フラスコに投入した後、該フラスコにビグリューカラムを連結し、該カラムを真空ポンプと回収容器に接続して、新たに減圧単蒸留系を組み立てた。第二次蒸留では、留出した遊離脂肪酸を回収することになるため、融点の高い遊離脂肪酸によるラインの閉塞のリスクを回避するため、コンデンサーは使用しなかった。
【0058】
スターラーによって1000rpmでの攪拌条件下、真空引きをしながら、オイルバスを用いて昇温を開始した。系内圧力0.6~1.6Torrにおいて、フラスコ内温が190~200℃に到達した時点で、無色の遊離脂肪酸が留出を開始した。この時に気相部の温度が上昇し、遊離脂肪酸の留出終了時点で該温度は低下した。この温度低下によって第二次蒸留の終了と判断した。これにより、第一次蒸留に供したPFADの約80重量%にあたる遊離脂肪酸画分を回収した。
【0059】
この第二次蒸留によって、遊離脂肪酸より融点が高い、ビタミンEやβ-カロテンを含む着色成分や、スクワレンを含む培養阻害成分はフラスコ内に留まり、遊離脂肪酸画分から除去された。
【0060】
(不純物含量の測定)
得られた遊離脂肪酸画分(実施例1)について、スクワレン、トリメチルインデン、酪酸、ビタミンE、β-カロテンの含量を測定した。また、第一次蒸留に供する前のPFAD(比較例1)そのものについても、同様に各成分の含量を測定した。結果を次の表1に示す。
【0061】
なお、各成分の含量は、次に記載した装置を用いて測定した。
【0062】
(スクワレン及びビタミンEの含量測定)ガスクロマトグラフィー(GC)
試料25mgを溶媒(n-ヘキサン/イソプロピルアルコール=2/5(体積比)混合液)に加えメスフラスコで50mlに調整した後、ろ過したものを、以下の条件にてGC分析に供試した。なお、この分析方法によるとビタミンEの検出限界は0.0001重量%である。表1では、ビタミンEを検出できなかった場合を“N.D.”と表示した。
分析機器:GC(島津GC-2010相当品)
カラム:DB-1MS UI(5.0m x 0.25mmID、膜圧0.25μm)
カラム温度:初期温度70℃、70→100℃昇温時の昇温速度10℃/min、100→180℃昇温時の昇温速度15℃/min、180→200℃昇温時の昇温速度5℃/min、200→340℃昇温時の昇温速度15℃/min、340℃で12minホールド
検出器:水素炎イオン化検出器(FID)
注入口温度:300℃
検出器温度:340℃
注入量:2μl
スプリット比1/20
ガス:キャリアガスHe
線速度50.0cm/sec
シリンジ洗浄溶媒:n-ヘキサン/イソプロピルアルコール=2/5(体積比)混合液
面積測定範囲:33分間。
【0063】
(トリメチルインデン及び酪酸の含量測定)1次元目ダイナミックヘッドスペース-GC/TOFMS分析
試料5mgと内部標準物質のナフタレン-d8(100μg/mlヘキサン溶液)1μLをバイアル瓶に入れて60℃で30min加熱した(GERSTEL製MPS-xt)後、1次元目DHS-GC/TOFMS法(GC:Agilent Technology製 7890B、MS:Agilent Technology製 7200)によりn=2で分析した。次の計算式によりナフタレン-d8のピーク面積に対するトリメチルインデン又は酪酸のピーク面積の比を算出した。
トリメチルインデン又は酪酸の面積比=トリメチルインデン又は酪酸の面積/ナフタレン-d8の面積/試料量x1000。
【0064】
(β-カロテンの含量測定)ロビボンド比色計
試料0.5gに試薬特級シクロヘキサンを加え、メスフラスコで50mlに調整した。ろ過後、試料としてロビボンド計分析(Lovibond製 PFX iSeries)に供試した。光路長は10mmに設定した。
【0065】
表1より、第一次蒸留および第二次蒸留を経て得た遊離脂肪酸画分(実施例1)は、蒸留処理を行なっていないPFAD(比較例1)と比較して、培養阻害成分であるスクワレン、臭気成分であるトリメチルインデン、着色成分であるビタミンE及びβ-カロテンが明らかに減少していることが分かる。
【0066】
(炭素源の臭気の評価)
第一次蒸留および第二次蒸留を経て得た遊離脂肪酸画分(実施例1)、又は、蒸留処理を行なっていないPFAD(比較例1)それぞれを1グラムずつ、無臭の50mL試験管に投入した。これらサンプルの臭いを、内容物を特定せずに、5人のパネラーに嗅いでもらい、その臭いを次の基準で評価し、各人の評価点を平均した値を表1に示した。
(臭気の評価基準)0:無臭、1:わずかに感知できる程度の臭い、2:何の臭いであるか判定できる程度の臭い、3:楽に感知できる臭い、4:強い臭い、5:強烈な臭い。
【0067】
(培養実験)
微生物培養における炭素源として、実施例1では、PFADから第一次蒸留および第二次蒸留を経て得た遊離脂肪酸画分を使用し、比較例1では、蒸留処理を行なっていないPFADを使用した。
【0068】
しかし、遊離脂肪酸画分およびPFAD(以下、単に炭素源と略記する場合がある)は融点が高いため、そのまま培養液に加えると直ちに固化してしまい、培養に支障が生じる場合がある。そのため、以下の手法によりあらかじめ炭素源の乳化液を作製し、該乳化液を培養液に加えることで培養を実施した。
【0069】
乳化液を作製する際には、炭素源:水の重量比率が6:4となる量の水を使用し、また、乳化剤であるカゼインナトリウムを炭素源重量に対して0.5重量%使用し、NaHPO・12HOを水に対して10.9g/Lを使用した。乳化液作製の手順としては、カゼイン、及び、前記リン酸塩を溶解した60℃の水に対して60℃に加温した炭素源を少量ずつ、転相しないように、ホモジナイザー作動条件下で添加した。これによって、炭素源の乳化液を作製した。該乳化液を培養培地に流加する際には、60℃に温調した乳化液を使用した。
【0070】
具体的な培養条件は以下のとおりである。
培養生産にはKNK-631株(国際公開2016/114128号を参照)を用いた。
【0071】
種母培地の組成は、1w/v% Meat-extract、1w/v% Bacto-Tryptone、0.2w/v% Yeast-extract、0.9w/v% NaHPO・12HO、0.15w/v% KHPOとし、pHを6.8とした。
【0072】
前培養培地の組成は、1.1w/v% NaHPO・12HO、0.19w/v% KHPO、1.29w/v% (NHSO、0.1w/v% MgSO・7HO、0.5v/v% 微量金属塩溶液(0.1N塩酸に1.6w/v% FeCl・6HO、1w/v% CaCl・2HO、0.02w/v% CoCl・6HO、0.016w/v% CuSO・5HO、0.012w/v% NiCl・6HOを溶かしたもの。)とした。炭素源としてはパーム油を10g/Lの濃度で一括添加した。
【0073】
本培養培地の組成は、0.385w/v% NaHPO・12HO、0.067w/v% KHPO、0.291w/v% (NHSO、0.1w/v% MgSO・7HO、0.5v/v% 微量金属塩溶液(0.1N 塩酸に1.6w/v% FeCl・6HO、1w/v% CaCl・2HO、0.02w/v% CoCl・6HO、0.016w/v% CuSO・5HO、0.012w/v% NiCl・6HOを溶かしたもの。)、0.05w/v% BIOSPUREX200K(消泡剤:コグニスジャパン社製)とした。
【0074】
まず、KNK-631株のグリセロールストック(50μl)を種母培地(10ml)に接種して30℃で24時間培養し種母培養を行なった。
【0075】
得られた種母培養液を、1.8Lの前培養培地を入れた3Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製MDL-300型)に1.0v/v%接種した。運転条件は、培養温度30℃、攪拌速度600rpm、通気量1.8L/minとし、pHは6.5でコントロールしながら24時間培養し、前培養を行なった。pHコントロールには14%水酸化アンモニウム水溶液を使用した。
【0076】
次に、得られた前培養液を、6Lの生産培地を入れた10Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製MDS-1000型)に1.0v/v%接種した。運転条件は、培養温度34℃、攪拌速度600rpm、通気量6.0L/minとし、pHは6.5でコントロールした。pHコントロールには14%水酸化アンモニウム水溶液を使用した。前記炭素源の乳化液を、培養液中の濃度を制御しつつ流加した。培養途中からリン酸溶液を一定速度で流加した。培養は48時間行い、培養終了後、遠心分離によって菌体を回収、メタノールで洗浄、凍結乾燥し、乾燥菌体重量を測定した。
【0077】
得られた乾燥菌体1gに100mlのクロロホルムを加え、室温で一昼夜攪拌して、菌体内のPHBHを抽出した。菌体残渣をろ別後、エバポレーターで総容量が30mlになるまで濃縮後、90mlのヘキサンを徐々に加え、ゆっくり攪拌しながら、1時間放置した。析出したPHBHをろ別後、50℃で3時間真空乾燥し、PHBHを得た。PHBHの生産性、および、炭素源収率を表1に示す。なお、PHBHの生産性は、培養液の体積あたりのPHBHの収量(g/L)であり、炭素源収率は、炭素源の供給重量あたりのPHBHの収量(g/g)である。
【0078】
(PHBHの評価)
得られたPHBHについて臭気、及び、色調を以下の方法によって評価した。結果を表1に示す。
【0079】
(PHBHの臭気の評価)
実施例または比較例で得られたPHBHそれぞれを1グラムずつ、無臭の50mL試験管に投入した。これらサンプルの臭いを、内容物を特定せずに、5人のパネラーに嗅いでもらい、その臭いを次の基準で評価し、各人の評価点を平均した値を表1に示した。
(臭気の評価基準)0:無臭、1:わずかに感知できる程度の臭い、2:何の臭いであるか判定できる程度の臭い、3:楽に感知できる臭い、4:強い臭い、5:強烈な臭い。
【0080】
(色調の評価)
色調(YI値)の測定は、以下のとおり行った。得られたPHBHのプレスシートを作製し、そのYI値を測定した。PHBHのプレスシートの作製は、乾燥させたPHBH3.0gを、15cm四方の金属板で挟み、さらに金属板の四隅に厚さ0.5mmの金属板を挿入して、これを実験用小型プレス機(高林理化株式会社製H-15型)にセットして、160℃にて7分間加温後、約5Mpsにて2分間加熱しながらプレスし、プレス後は室温に放置してPHBHを硬化させる方法で行った。YI値は、色差計「SE-2000」(日本電色社製)にて、30mm測定板を使ってプレスシートを載せ、その上に白色標準板を被せて測定した。
【0081】
【表1】
【0082】
(実施例2及び比較例2)POMEの利用
以下の実験では、FELDA社から入手したPOMEを利用した。ここで利用したPOMEの油脂成分はほぼ遊離脂肪酸から構成され、トリグリセリドを実質的に含有しないものであった。
【0083】
(遠心分離)
まずは、POMEに含まれている水分や固形分を除去して、遊離脂肪酸を含む液状の有機成分を回収するために遠心分離を行なった。遠心分離は、約50℃に加温して融解したPOME150mLを、200mL遠沈管に入れて、遠心機(ベックマン社製、rotar 4250)を用いて常温設定で行なった。遠心分離は4500rpmで10分間行なった。この処理によってPOMEは3つの画分に分かれた。最上層の遊離脂肪酸含有画分を回収し、次の蒸留処理に用いた。
【0084】
(第一次蒸留)低融点画分の除去
実施例1のPFADの代わりに、遠心分離で得たPOME由来遊離脂肪酸含有画分を用いて、実施例1と同様の条件で第一次蒸留を行なった。
【0085】
系内圧力0.6~1.6Torrにおいて、フラスコ内の遊離脂肪酸含有画分の温度が175~185℃に到達した時点で、酪酸、吉相酸およびカプロン酸を含む低融点の臭気成分が留出し、コンデンサーを経由して除去された。臭気成分の留出開始時点で系中の気相部の温度が上昇し、臭気成分の留出終了時点で該温度は低下した。この温度低下によって第一次蒸留の終了と判断した。フラスコ内の残渣物を、次の第二次蒸留で使用した。
【0086】
(第二次蒸留)高融点画分の除去
第一次蒸留で得た残渣物を回収し、実施例1と同様の条件で第二次蒸留を行なった。系内圧力0.6~1.6Torrにおいて、フラスコ内温が190~200℃に到達した時点で、無色の遊離脂肪酸が留出を開始した。この時に気相部の温度が上昇し、遊離脂肪酸の留出終了時点で該温度は低下した。この温度低下によって第二次蒸留の終了と判断した。これにより、第一次蒸留に供したPOME由来遊離脂肪酸含有画分の約80重量%にあたる遊離脂肪酸画分を回収した。
【0087】
この第二次蒸留によって、遊離脂肪酸より融点が高い、ビタミンEやβ-カロテンを含む着色成分はフラスコ内に留まり、遊離脂肪酸画分から除去された。
【0088】
(不純物含量の測定)
得られた遊離脂肪酸画分(実施例2)と、第一次蒸留に供する前のPOME由来遊離脂肪酸含有画分(比較例2)それぞれについて、スクワレン、トリメチルインデン、酪酸、ビタミンE、β-カロテンの含量を、実施例1と同様の方法によって測定した。結果を次の表1に示す。
【0089】
(培養実験及びPHBHの評価)
微生物培養における炭素源として、実施例2では、第一次蒸留および第二次蒸留を経て得た遊離脂肪酸画分を使用して、実施例1と同様の条件で微生物の培養を実施し、PHBHを単離した。実施例1と同様にして、炭素源の臭気を評価すると共に、PHBHの生産性、および、炭素源収率を測定し、また、臭気、及び、色調を評価した。結果を表1に示す。
【0090】
第一次蒸留に供する前のPOME由来遊離脂肪酸含有画分を炭素源として用いた培養実験は行なっていないが、このPOME由来遊離脂肪酸含有画分には、相当量の臭気成分および着色成分が含まれているため、これを炭素源として使用してPHBHを製造した場合、そのPHBHは、当然に、臭気および色調の点で不十分な結果に終わるものと推測される。
【0091】
(実施例3及び比較例3)EFBジュースの利用
以下の実験では、Dengkil社から入手したEFBジュースを利用した。
【0092】
(遠心分離)
まずは、EFBジュースに含まれている水分や固形分を除去してトリグリセリドを回収するために遠心分離を行なった。遠心分離は実施例2と同様の条件で行なった。この遠心分離処理によってEFBジュースは3つの画分に分かれた。最上層のトリグリセリド含有画分を回収し、次の酵素処理に用いた。
【0093】
(酵素処理)
次に、トリグリセリドを遊離脂肪酸に変換するために酵素処理を行なった。まずは、遠心分離で得たEFBジュース由来トリグリセリド含有画分45gと、水45gを200mlミニジャーに投入して、40℃にて回転数300rpmで攪拌した。そこに、酵素(リパーゼ、名糖産業社製)を、トリグリセリドに対して0.06重量%添加して、40℃、300rpmの条件下で加水分解反応を行なった。反応時間は約60分とした。
【0094】
酵素処理後の溶液を回収して、60℃で静置して油層と水層が分離した後、油層を回収した。得られた油層を再度60℃で融解し、遠心分離を行い、上層の遊離脂肪酸含有画分を回収し、次の蒸留処理に使用した。
【0095】
(第一次蒸留)低融点画分の除去
実施例1のPFADの代わりに、酵素処理で得たEFBジュース由来遊離脂肪酸含有画分を用いて、実施例1と同様の条件で第一次蒸留を行なった。
【0096】
系内圧力0.6~1.6Torrにおいて、フラスコ内の遊離脂肪酸含有画分の温度が175~185℃に到達した時点で、酪酸、グアイアコール、メキノールおよび酢酸を含む低融点の臭気成分が留出し、コンデンサーを経由して除去された。臭気成分の留出開始時点で系中の気相部の温度が上昇し、臭気成分の留出終了時点で該温度は低下した。この温度低下によって第一次蒸留の終了と判断した。フラスコ内の残渣物を、次の第二次蒸留で使用した。
【0097】
(第二次蒸留)高融点画分の除去
第一次蒸留で得た残渣物を回収し、実施例1と同様の条件で第二次蒸留を行なった。系内圧力0.6~1.6Torrにおいて、フラスコ内温が190~200℃に到達した時点で、無色の遊離脂肪酸が留出を開始した。この時に気相部の温度が上昇し、遊離脂肪酸の留出終了時点で該温度は低下した。この温度低下によって第二次蒸留の終了と判断した。これにより、第一次蒸留に供したEFBジュース由来遊離脂肪酸含有画分の約20重量%にあたる遊離脂肪酸画分を回収した。
【0098】
この第二次蒸留によって、遊離脂肪酸より融点が高い、ビタミンE及びβ-カロテンを含む着色成分はフラスコ内に留まり、遊離脂肪酸画分から除去された。
【0099】
(不純物含量の測定)
得られた遊離脂肪酸画分(実施例3)と、第一次蒸留に供する前のEFBジュース由来遊離脂肪酸含有画分(比較例3)それぞれについて、スクワレン、トリメチルインデン、酪酸、ビタミンE、β-カロテンの含量を、実施例1と同様の方法によって測定した。結果を次の表1に示す。
【0100】
(培養実験)
微生物培養における炭素源として、実施例3では、EFBジュース由来トリグリセリド含有画分に対し、酵素処理、第一次蒸留および第二次蒸留を経て得た遊離脂肪酸画分を使用して、実施例1と同様の条件で微生物の培養を実施し、PHBHを単離した。実施例1と同様にして、炭素源の臭気を評価すると共に、PHBHの生産性、および、炭素源収率を測定し、また、臭気、及び、色調を評価した。結果を表1に示す。
【0101】
第一次蒸留に供する前のEFBジュース由来遊離脂肪酸含有画分を炭素源として用いた培養実験は行なっていないが、このEFBジュース由来遊離脂肪酸含有画分には、相当量の臭気成分および着色成分が含まれているため、これを炭素源として使用してPHBHを製造した場合、そのPHBHは、当然に、臭気および色調の点で不十分な結果に終わるものと推測される。
【0102】
(参考例)スクワレンが培養に与える影響を実証する実験
炭素源として、スクワレンを1重量%添加したRBDパーム油、または、スクワレン未添加のRBDパーム油を用いたこと以外は、実施例1と同様にして微生物の培養を実施してPHBHを単離した。実施例1と同様にして、PHBHの生産性、および、炭素源収率を測定した結果を次の表2に示す。
【0103】
なお、RBDパーム油に本来的に含まれているスクワレン含量は0.05重量%程度であり、RBDパーム油は実質的にスクワレンを含有していないといえる。本参考例で適用したスクワレンの添加量1重量%は、未処理のPFADに含まれているスクワレン含量に相当する数値である。
【0104】
【表2】
【0105】
以上の結果より、炭素源に1重量%のスクワレンが含まれることで、PHBH生産性が約22%低下し、炭素源収率が約5%低下することが分かる。これにより、スクワレンは、PHBH産生微生物のPHBH産生を阻害する作用を有することが明らかである。
以上によって、PFADなど、スクワレンを本来的に含む材料を炭素源として利用する場合には、あらかじめ該材料からスクワレンを除去した後、培養に供する必要があることが明らかになった。