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特許7261825分子のキラリティーを測定するための方法及びシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-12
(45)【発行日】2023-04-20
(54)【発明の名称】分子のキラリティーを測定するための方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/227 20180101AFI20230413BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20230413BHJP
【FI】
G01N23/227
G01N27/62 B
【請求項の数】 21
(21)【出願番号】P 2020573298
(86)(22)【出願日】2019-06-25
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-11-04
(86)【国際出願番号】 EP2019066748
(87)【国際公開番号】W WO2020002283
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2022-05-09
(31)【優先権主張番号】1855683
(32)【優先日】2018-06-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】509025832
【氏名又は名称】サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェ シアンティフィク
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE
(73)【特許権者】
【識別番号】514082686
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ ドゥ ボルドー
【住所又は居所原語表記】35 PLACE PEY BERLAND 33000 BORDEAUX FRANCE
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】メレス,ヤン
(72)【発明者】
【氏名】コンビ,アントワーヌ
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/060120(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/081243(WO,A1)
【文献】Lux et al.,Photoelectron Circular Dichroism of Bicyclic Ketones from Multiphoton Ionization with Femtsecond Laser Pulses,ChemPubsoc,Wiley-VCH Verkag GmbH& Co. KGaA Weinheim,2015年01月12日,vol.16 No.1,115-137
【文献】Bowering et al.,Asymmetry in Photoelectron Emission from Chiral Molecules Induced by Circularly Polarized Light,Physical Review Letters,米国,American physical society,2001年02月01日,vol.86 No.7,1187-1190
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/227
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キラル分子の試料であって少なくとも1つの化学種を含んでいる試料の中の分子のキラリティーを測定する方法であって、
― キラル分子の試料をイオン化エリア(13)の中へ導入するステップと、
― イオン化エリア(13)において電磁放射線(14)により分子をイオン化するステップと、
― イオン化によって生じ、電磁放射線(14)の伝搬の軸zに関してイオン化エリア(13)の前方及び後方へ放出された電子の分布を、検出するステップと
を含み、
電磁放射線(14)は楕円偏光し、該放射線の偏光楕円率は時間の関数として連続的かつ周期的に変化することを特徴とし、該方法はさらに、
― 時間の関数として連続的に検出された電子分布から分子のキラリティーを決定するステップ
を含むことを特徴とする、方法。
【請求項2】
キラリティーを決定するステップはリアルタイムで実施されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
検出ステップは、電磁放射線(14)の伝搬の軸zに関してイオン化エリア(13)の前方及び後方へ放出された電子の数を、t(i=1、2など)の時点で測定することにより実行されることを特徴とし、測定された数は、各々の測定ごとに時間間隔Δt=(t-ti-1)について積分される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
分子のキラリティーを決定するステップは、電磁放射線(14)の伝搬の軸zに関してイオン化エリア(13)の前方で検出された電子の数と、後方で検出された電子の数とを比較するステップを含むことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
電子分布の周波数スペクトルを得るために電子分布の時間発展のフーリエ解析を行うステップをさらに含むことを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
単一分子種の分子の試料について、該方法は、電子分布の周波数スペクトルから鏡像異性体過剰率を決定するステップをさらに含むことを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
時間tの関数としての電子の分布から、放出された電子の空間分布及び/又は角度分布の分布マップP(x,t)を生成するステップをさらに含むことを特徴とし、xはマップ上の電子の位置である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
分布マップの各成分のフーリエ解析を行うステップをさらに含むことを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
― 電磁放射線の伝搬の軸zの上に分布マップP(x,t)の投影像P(z,t)を定めるステップと、
― 周波数スペクトルを得るために、投影像P(z,t)の時間発展のフーリエ解析を行うステップと
をさらに含むことを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
複数分子種の分子の試料について、該方法は、分布マップの投影像P(z,t)の周波数スペクトルから試料の分子種を決定するステップをさらに含むことを特徴とする、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
該方法は、電子の分布マップの投影像P(z,t)の周波数スペクトルから鏡像異性体過剰率を決定するステップをさらに含むことを特徴とする、請求項9又は10に記載の方法。
【請求項12】
キラリティーを測定するためのシステム(1)であって、
― 少なくとも1つの化学種を含んでいるキラル分子の試料を受け入れるように配置構成されたイオン化エリア(13)と、
― 電磁放射線(14)を放射し、かつ電磁放射線によりイオン化エリア(13)の中でキラル分子をイオン化するように配置構成された、電磁放射線発生源(10)と、
― イオン化によって生じ、電磁放射線(14)の伝搬の軸zに関してイオン化エリア(13)の前方及び後方へ放出された電子の分布を、検出するように配置構成された電子検出手段(17a、17b)と
を備え、
該システム(1)はさらに、
― 電磁放射線(14)を楕円偏光させるように配置構成され、かつ放射線(14)の偏光楕円率を時間の関数として連続的に変化させるように配置構成された、偏光調整器(16)と、
― 時間の関数として連続的に検出された電子分布から分子のキラリティーを決定するように配置構成及び/又はプログラムされた、決定デバイスと
を備えていることを特徴とする、システム。
【請求項13】
電子検出手段(17a、17b)が、磁場型放出非対称性検出器及び速度マップイメージング分光器のうち少なくとも一方を備えることを特徴とする、請求項12に記載のシステム(1)。
【請求項14】
電磁放射線発生源(10)はレーザ源であることを特徴とする、請求項12又は13に記載のシステム(1)。
【請求項15】
レーザ源(10)はフェムト秒パルスレーザ源であることを特徴とする、請求項14に記載のシステム(1)。
【請求項16】
イオン化された分子を検出するように配置構成されたイオン検出器をさらに備えることを特徴とする、請求項12~15のいずれか1項に記載のシステム(1)。
【請求項17】
イオン検出器は質量分析計であることを特徴とする、請求項16に記載のシステム(1)。
【請求項18】
偏光調整器(16)は、放射線の伝搬の軸zの周りで回転する状態に取り付けられるように配置構成された四分の一波長板を備えることを特徴とする、請求項12~17のいずれか1項に記載のシステム(1)。
【請求項19】
電磁放射線のための強度調整器及び/又は電磁放射線のための波長調整器をさらに備えることを特徴とする、請求項12~18のいずれか1項に記載のシステム(1)。
【請求項20】
レーザ源(10)のパルスの持続時間のための調整器をさらに備えることを特徴とする、請求項15~19のいずれか1項に記載のシステム(1)。
【請求項21】
請求項1~11のいずれか1項に記載の方法を実施するように配置構成されることを特徴とする、請求項12~20のいずれか1項に記載のシステム(1)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キラル分子の試料であって少なくとも1つの化学種のキラル分子を含んでいる試料の中の、分子のキラリティーを測定するための方法に関する。本発明はさらに、そのような方法を実施する測定システムに関する。
【0002】
本発明の分野は、キラル分子の混合物の化学分析の分野である。
【背景技術】
【0003】
化学混合物の分析は、研究開発及び品質管理いずれのためであっても、多くの工業的方法において必須のツールである。キラル分子は、自身の鏡像の上に重ね合わせることが不可能な鏡像異性体として知られる少なくとも2つの形態で存在しており、分析を行うことが特に難しい。これらの分子は、薬理学、食品加工、農薬など多くの産業分野において極めて重要な役割を果たしているが、上記分野では鏡像異性体の純度が非常に重要となりうる。例えば、薬剤化合物はキラル分子を含みうるが、分子に対する生物体の反応は該分子のキラリティーに左右される可能性があるので、その化合物の分子の鏡像異性体組成を知ることは極めて重要である。
【0004】
鏡像異性体の純度を測定するために多くの方法が開発されてきた。
【0005】
分子のキラリティーを分析するために過去用いられてきた技法は、円偏光二色性(CD)に基づいている。左回り又は右回りの円偏光放射線の吸収の差を測定することにより、試料のキラリティーに関する情報を得ることが可能である。しかしながら、CDは非常に微弱な作用であり、濃い(液体の)試料を必要とするので大量の材料を必要とする。CDが提供するのは微弱な信号であり、良好な信号対雑音比を得るためには長いデータ取得時間が必要である。
【0006】
他の一般に認められた技法は光電子円偏光二色性(PECD)に基づくものであり、円偏光放射線によって気体試料のキラル分子をイオン化することで構成されている。イオン化によって放出される電子の角度分布は、光の伝搬の軸に沿って強い非対称性を有する。よって、光のらせん度(円偏光の回転方向)又は分子の鏡像異性に応じて、より多数又は少数の電子が前方又は後方に向かって放出される。この技法は、単一光子を用いるイオン化のためには極紫外(XUV)領域の放射線を、イオン化が多光子イオン化である場合には紫外線、可視光又は赤外線のレーザ光線を、使用することが可能である。一例が国際公開第2018/060120A1号に記載されている。
【0007】
鏡像異性体の分析は、数種類の化学種を含む混合物の場合には一層複雑である。PECDを使用する現行の技法は、各々の電子に由来するのはどのイオンであるかを同時に知るために、生じた電子及びイオンの同時検出に基づいている。この種の検出では、電子を1個だけ生じさせてその親イオンに割り当てることが可能であるように、レーザ1パルスにつき多くとも1つの事象しか測定しないことが必要である。したがって、これによりこの種の測定の速度及び精度はかなり限定される。
【発明の開示】
【0008】
本発明の目的は、簡単で、信頼性が高く、かつ迅速なやり方で試料の化学組成及び鏡像異性体組成の分析を可能にする測定のための、方法及びシステムを提案することである。
【0009】
本発明の別の目的は、キラル分子の試料の組成の連続的な観察又は検査を可能にする測定のための、方法及びシステムを提案することである。
【0010】
本発明の別の目的は、複数分子種の試料の中の分子種の相対比率の連続的な観察又は検査を可能にする測定を行うための、及びそれぞれの分子種の鏡像異性体過剰率を決定するための、方法及びシステムを提案することである。
【0011】
本発明の目的はさらに、試料の前処理を必要とせず、かつ試料の消費を少量しか必要としない測定のための、方法及びシステムを提案することである。
【0012】
最後に、本発明の目的は、イオンの検出を必要としない測定のための方法及びシステムを提案することである。
【0013】
上記目的のうち少なくとも1つは、キラル分子の試料であって少なくとも1つの化学種を含んでいる試料の中の分子のキラリティーを測定する方法を用いて達成され、該方法は、下記すなわち
― キラル分子の試料をイオン化エリアの中へ導入するステップと;
― イオン化エリアにおいて電磁放射線により分子をイオン化するステップと;
― イオン化によって生じ、電磁放射線の伝搬の軸zに関してイオン化エリアの前方及び後方へ放出された電子の分布を、検出するステップと;
― 時間の関数として連続的に検出された電子分布から、分子のキラリティーを決定するステップと
を含んでいる。電磁放射線は楕円偏光し、該放射線の偏光楕円率は時間の関数として連続的かつ周期的に変化する。
【0014】
本発明の範囲内において、用語「電子分布」は、
― 単純な計数によって得られる電子の数、
― 電子の空間分布、又は
― 電子の角度分布
を同時に意味することが可能であり、このとき電子は電離放射線の伝搬の軸に関してイオン化エリアの前方及び後方へと放出される。
【0015】
よって、本発明の範囲内では、試料の分子のキラリティーは、前方へ放出された電子の数及び後方へ放出された電子の数から決定することができる。
【0016】
本発明の方法によって提案される技法は、連続的に測定される電子すなわち光電子の楕円二色性に基づいている。よって、前方及び後方に放出された電子の分布ひいてはその非対称性の逐次変化が、時間の関数として、かつ電磁放射線の偏光状態の関数として、測定される。放射線の偏光の楕円率を時間の関数として連続的かつ周期的に変化させることにより、偏光は、左回りの円偏光~左回りの楕円偏光~直線偏光~右回りの楕円偏光~右回りの円偏光の間で連続的かつ周期的に振動する。次に周期的信号を連続測定することにより、分子の試料をより簡単かつ迅速に分析することが可能になる。
【0017】
有利には、キラリティーを決定するステップはリアルタイムで実施することができる。
【0018】
特に有利な実施形態によれば、検出ステップは、電磁放射線の伝搬の軸zに関してイオン化エリアの前方及び後方へ放出された電子の数を、t(i=1、2など)の時点で測定することにより実行可能であり、測定された数は、各々の測定ごとに時間間隔Δt=(t-ti-1)について積分される。
【0019】
よって、測定時間全体が信号の正確なサンプリングに有用であり、時間の損失を伴わない。
【0020】
非限定的な実施形態の例によれば、分子のキラリティーを決定するステップは、電磁放射線の伝搬の軸zに関してイオン化エリアの前方で検出された電子の数と、後方で検出された電子の数とを比較するステップを含むことができる。
【0021】
有利には、本発明の方法は、電子分布の周波数スペクトルを得るために電子分布の時間発展のフーリエ解析を行うステップをさらに含むことができる。
【0022】
実際に、電離放射線の偏光状態を周期的に調整することにより、電子分布の形で検出される信号も周期性を有する。この周期性により、信号の簡単な解析、特にフーリエ変換を実施することで構成されるフーリエ解析のステップが、可能となる。フーリエ変換は、電子分布の時間発展の周波数スペクトルを介して、分子の試料の他の特性、例えば鏡像異性体過剰率及びその時間発展などを得ることを可能にする。
【0023】
よって、単一分子種の試料について考えると、本発明の方法は、電子分布の周波数スペクトルから鏡像異性体過剰率を決定するステップをさらに含むことができる。
【0024】
有利には、フーリエ変換は、連続した電子分布の時間スライスについて行われることも可能である。その場合、鏡像異性体過剰率の時間発展を観察することが可能である。
【0025】
別例として、電子分布の時間発展は、例えばフーリエ変換の様々な成分の測定を可能にする一連の電子フィルタを使用して、又は電子スペクトラムアナライザを使用して、電子信号の分析から直接得ることもできる。
【0026】
実施形態によれば、本発明の方法は、時間の関数としての電子の分布から、電子の空間分布及び/又は角度分布の分布マップを作成するステップをさらに含むことができる。
【0027】
一例によれば、分布マップは電子の速度マップであってよい。
【0028】
このマップは、検出器上に着地した電子の数によって構成される。検出器上での位置は、イオン化の際の電子の速度及び電子の放出方向を反映する。各種のキラル分子は固有の速度マップを有する。
【0029】
有利には、本発明の方法は、分布マップのそれぞれの成分のフーリエ解析を行うステップをさらに含むことができる。
【0030】
別例として、又は追加として、本発明の方法は、下記すなわち
― 電磁放射線の伝搬の軸上に分布マップの投影像を定めるステップと;
― 周波数スペクトルを得るために、投影像の時間発展のフーリエ解析を行うステップと
をさらに含むことができる。
【0031】
変形形態によれば、分布マップの投影像は、適切な一次元検出器を用いて直接測定可能である。
【0032】
有利には、複数分子種の分子の試料について、本方法は、分布マップの投影像の周波数スペクトルから該試料の分子種を決定するステップをさらに含むことができる。
【0033】
実施形態によれば、本発明の方法は、分布マップの投影像の周波数スペクトルから鏡像異性体過剰率を決定するステップをさらに含むことができる。
【0034】
有利には、偏光の調整に加えて、電磁放射線の他のパラメータ、例えばエネルギー(すなわち強度)、波長又はレーザパルス持続時間を、時間的に調整することが可能である。このとき電子分布の時間発展は、偏光の楕円率のみが調整された場合の分布とは異なるか、又は偏光の楕円率のみが調整された場合の分布に比べて増強される。そのような増強された電子分布のフーリエスペクトルにおいて、存在する成分すなわちピークの数は、偏光の楕円率のみが調整された場合の分布と比較して多くなる。成分の数が最も多ければ、複数分子種の分子の試料の化学組成及び鏡像異性体組成についての一層精密な分析、並びにそのリアルタイムでの観察が可能となる。
【0035】
本発明の別の態様によれば、キラリティーを測定するためのシステムであって、
― 少なくとも1つの化学種を含んでいるキラル分子の試料を受け入れるように配置構成されたイオン化エリアと;
― 電磁放射線を放射し、かつ電磁放射線によりイオン化エリアの中でキラル分子をイオン化するように配置構成された電磁放射線発生源と;
― イオン化によって生じ、電磁放射線の伝搬の軸zに関してイオン化エリアの前方及び後方へ放出された電子の分布を、検出するように配置構成された電子検出手段と;
― 電磁放射線を楕円偏光させるように配置構成され、かつ該放射線の偏光の楕円率を時間の関数として連続的かつ周期的に変化させるように配置構成された、偏光調整器と;
― 時間の関数として連続的に検出された電子分布から分子のキラリティーを決定するように配置構成及び/又はプログラムされた、決定デバイスと
を備えているシステムが提案される。
【0036】
非限定的な実施例によれば、電子検出手段は、磁場型放出非対称性検出器及び速度マップイメージング分光器のうち少なくとも一方を含むことができる。
【0037】
特に有利には、電磁放射線発生源はレーザ源であってよい。
【0038】
好ましくは、レーザ源はフェムト秒パルスを発生させるパルスレーザ源である。
【0039】
非限定的な実施例によれば、パルスレーザ源の波長は紫外線~可視光の範囲であってよい。
【0040】
有利な変形形態によれば、パルスレーザ源は高速ファイバレーザであってよい。
【0041】
そのようなレーザ源は市販されており、本発明によるシステムと共に使用し易い。
【0042】
一般に、電磁放射線発生源の波長は、分子のイオン化の種類、すなわち単一光子イオン化又は多光子イオン化のいずれかを決定する。
【0043】
実際に、可視光、赤外線又は紫外線領域に波長を有するパルスレーザ源は、多光子イオン化を引き起こすことができる放射線を生じる。これに対し、遠紫外線又は極端紫外線の光源は、連続光源かパルス光源かにかかわらず、単一光子イオン化を引き起こすことができる。
【0044】
実施形態によれば、本発明によるシステムは、レーザ源のためのパルス持続時間調整器をさらに備えることができる。
【0045】
実施形態によれば、本発明によるシステムは、イオン化された分子を検出するように配置構成されたイオン検出器をさらに備えることができる。
【0046】
イオン検出器は例えば質量分析計であってよい。
【0047】
イオン検出器は、本発明の方法の実施に必須ではないとしても、本発明に従って試料の化学組成の時間発展を観察するために、及び複数分子種の混合物の鏡像異性体の分析にさらなる精度を与えるために、役立つ可能性がある。
【0048】
有利には、偏光調整器は、放射線の伝搬の軸の周りで回転する状態に取り付けられるように配置構成された四分の一波長板を備えることができる。
【0049】
そのような調整器は、特に使い易く、小型かつ経済的である。市販の電動回転デバイスが四分の一波長板と共に使用されてもよい。
【0050】
さらに、電気光学素子(ポッケルスセルなど)のような他の種類の偏光調整器を使用することも可能である。
【0051】
変形形態によれば、偏光の楕円率は、2つの偏光成分を干渉法で制御することにより調整することもできる。
【0052】
有利には、本発明のシステムは、電磁放射線の強度調整器及び/又は電磁放射線の波長調整器をさらに備えることができる。
【0053】
典型的には、決定デバイスは、少なくとも1台のコンピュータ、中央処理装置若しくは中央演算処理装置、アナログ電子回路(好ましくは専用のもの)、デジタル電子回路(好ましくは専用のもの)、及び/又はマイクロプロセッサ(好ましくは専用のもの)、及び/又はソフトウェア手段を具備している。
【0054】
有利には、本発明のシステムは本発明の方法を実施するように配置構成される。
【0055】
実施形態によれば、決定デバイスは、キラリティーをリアルタイムで決定するように配置構成及び/又はプログラムされる。
【0056】
一例によれば、検出手段は、電磁放射線の伝搬の軸に関してイオン化エリアの前方及び後方へ放出された電子の数の測定を、t(i=1、2など)の時点で行うように配置構成され、決定デバイスは、測定された数を各々の測定ごとに時間間隔Δt=(t-ti-1)について積分するように配置構成及び/又はプログラムされる。
【0057】
実施形態によれば、決定デバイスは、電磁放射線の伝搬の軸に関してイオン化エリアの前方で検出された電子の数と、後方で検出された電子の数とを比較するように配置構成及び/又はプログラムされ、検出手段は電子の数を検出するように配置構成される。
【0058】
有利には、決定デバイスは、電子分布の周波数スペクトルを得るために電子分布の時間発展のフーリエ解析を実施するように配置構成及び/又はプログラムされる。
【0059】
一例によれば、単一分子種の分子の試料について、決定デバイスは、電子分布の周波数スペクトルから鏡像異性体過剰率を決定するように配置構成及び/又はプログラムされる。
【0060】
実施形態によれば、決定デバイスは、時間の関数としての電子の分布から、電子の空間分布及び/又は角度分布の分布マップを作成するように配置構成及び/又はプログラムされる。
【0061】
変形形態によれば、決定デバイスは、分布マップの各成分のフーリエ解析を実施するように配置構成及び/又はプログラムされる。
【0062】
実施形態によれば、決定デバイスは、
― 電磁放射線の伝搬の軸上に分布の投影像を定めるように;かつ
― 周波数スペクトルを得るために投影像の時間発展のフーリエ解析を実施するように、
配置構成及び/又はプログラムされる。
【0063】
一例によれば、複数分子種の分子の試料について、決定デバイスは、分布マップの投影像の周波数スペクトルから試料の分子種を決定するように配置構成及び/又はプログラムされる。
【0064】
別の例によれば、決定デバイスは、分布マップの投影像の周波数スペクトルから鏡像異性体過剰率を決定するように配置構成及び/又はプログラムされる。
【0065】
本発明による方法及びシステムは、薬理学、食品加工、又はさらに殺虫剤の分野において分子のキラリティーを測定するためにそれぞれ使用することができる。実際、数ある中でもとりわけ上記の産業は、特に新規化合物の開発段階において、例えば反応生成物とその鏡像異性体過剰率を同定するために、信頼性が高く迅速なキラル分析技法を必要とする。
【0066】
第1の適用例によれば、化学反応が生じている混合物の組成をリアルタイムで観察することは、非常に有用な可能性がある。この反応モニタリングは、本発明の方法及びシステムを用いて、特に反応が生じている容器から放出された蒸気を収集することにより、直接実施することができる。
【0067】
第2の適用例によれば、特に、信頼性及び速度という要素が非常に重要な研究開発の段階において極めて類似した構造を有する複数の生成物を合成する際に、順次キラル分析測定を進めることは、非常に有用な可能性がある。例えば、基本の分子について、最適な目指す特性を有する化合物に近づくように様々な官能基が置換される場合がある。この専門分野では、測定されるべき中間化合物は少量しか生成されないことが多いが、本発明の方法及びシステムはこの要件を満たすことが意図されている。
【0068】
第3の適用例によれば、キラル分析は品質管理の際に、かつ特に生産の終了時に、実行される。理想的には、リアルタイムの分析を行いながら、分析されるべき微少量の生成物を極めて規則的に、又はまさに連続的に試料採取することにより、鏡像異性体過剰率及びその経時的逐次変化を定量化することが可能になる。
【0069】
より一般的には、本発明による測定のための方法及びシステムは、キラル分子の試料の鏡像異性体純度を分析するためにそれぞれ使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
その他の利点及び特徴は、実施例(全く限定的なものではない)の詳細な説明を検討すれば、また添付の図面から、明白となろう。図面は以下のとおりである。
図1】本発明によるデバイスの非限定的な実施形態の例を示す図。
図2A】本発明によるデバイスのレーザ放射線の偏光を示す図。
図2B】本発明によるデバイス又は方法を用いたキラル分子の試料の分析の非限定的な例を示す図。
図2C】本発明によるデバイス又は方法を用いたキラル分子の試料の分析の非限定的な例を示す図。
図3】本発明による方法の実施形態を示すダイアグラム。
図4】本発明の方法の実施形態による鏡像異性体過剰率の測定例を示す図。
図5】本発明を用いた単一分子種の試料の分析について非限定的な例を示す図。
図6A】本発明を用いた複数分子種のキラル分子の混合物の試料の分析について非限定的な例を示す図。
図6B】本発明を用いた複数分子種のキラル分子の混合物の試料の分析について非限定的な例を示す図。
図6C】本発明を用いた複数分子種のキラル分子の混合物の試料の分析について非限定的な例を示す図。
図6D】本発明を用いた複数分子種のキラル分子の混合物の試料の分析について非限定的な例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0071】
以降に記載される実施形態が全く限定的なものでないことは、よく理解されている。本発明の変形形態は特に、以降に記載される特徴から選択されたものが先行技術の状況に対して技術的利点を与えるか又は本発明を差別化するのに十分である場合には、記載された他の特徴とは分離して選択された特徴のみを具備するものと見なすことが可能である。この選択には、少なくとも1つの、好ましくは機能的な特徴であって、構造細部を伴わないか、又は構造細部の一部のみで先行技術の状況に対して技術的な利点を与えるか若しくは本発明を差別化するのに十分な場合はその一部のみを備えた特徴が含まれる。
【0072】
特に、記載された全ての変形形態及び全ての実施形態を組み合わせることは、その組み合わせに対して技術的観点から反対する理由がない場合、可能である。
【0073】
図面において、いくつかの図面に共通する要素は同じ参照記号を有する。
【0074】
図1は、本発明による測定のためのシステムの非限定的な実施形態の例を示す図である。
【0075】
図1に示されたシステム1は、電磁放射線発生源10、例えばパルスレーザを備えている。
【0076】
好ましくは、このレーザ源10は、赤外線領域(例えば1030nm)の光を放射するパルスファイバレーザであって、場合により、およそ515nmの放射線を生じるように非線形結晶、例えば二倍化結晶と組み合わされる。放射されるパルスは、およそ200万パルス/秒の速度を有するフェムト秒パルスである。1パルス当たりのエネルギーは数μJ程度である。そのようなレーザ源を用いるとき、分子のイオン化は共鳴多光子イオン化である。
【0077】
本発明の範囲内で使用可能な様々な種類のフェムト秒レーザ源が存在しているが、当業者には良く知られており、ここでは詳細に説明しない。
【0078】
システム1は、分子の容器11をさらに備えている。容器11の中の分子の混合物は、単一分子種であっても複数分子種であってもよい。混合物は、固体、液体又は気体の形態で存在しうる。容器11は例えばフラスコであってよい。
【0079】
分子の試料は、気体の形態でガス管12を通してイオン化エリア13へと運ばれる。容器11の中の混合物が固体又は液体の場合に気体の形態とするために、容器を例えば加熱することが可能である。
【0080】
イオン化エリア13は一般に真空チャンバ18によって実装され、該チャンバ内に気体が導入される。
【0081】
レーザ10によって放射されたビーム14は、図1に参照記号15で表わされた既知のビーム整形手段、例えば反射鏡及びレンズなどを活用して、イオン化エリア13へと方向付けられて同エリア内に集束せしめられる。
【0082】
本発明によるシステム1は、偏光調整器16をさらに備えている。偏光調整器16は、レーザ放射線14を楕円偏光させるように、かつ偏光の楕円率を時間の関数として連続的に変化させるように、配置構成される。
【0083】
有利な実施形態によれば、偏光調整器は、レーザ放射線の伝搬の軸zの周りで回転する状態に取り付けられた四分の一波長板16である。直線偏光したビームが四分の一波長板16を通過するとき、プレート16を経た結果生じる偏光は、入射した直線偏光に対するプレートの速軸及び遅軸の配向の関数として、直線偏光、左回り又は右回りの円偏光又は楕円偏光となる。四分の一波長板16が伝搬の軸z(プレート16の主軸に相当する)の周りで連続的に回転する状態に設定される場合、結果として生じる偏光の楕円率は時間の関数として左回りの円偏光~左回りの楕円偏光~直線偏光~右回りの楕円偏光~右回りの円偏光の間で変化する。図2Aは、毎秒45°回転する四分の一波長板の偏光の楕円率の時間発展の例を示す。この逐次変化は正弦曲線の形状を有している。
【0084】
四分の一波長板の回転は、当業者には既知の任意の手段により、特に電動式波長板支持体を活用して、実施することができる。
【0085】
実施形態の例によれば、本発明によるシステム1はさらに、レーザ光線用の強度調整器(又はエネルギー調整器、図示せず)を具備することができる。この調整器は、例えば二分の一波長板及び固定偏光子によって構成された減衰器であってよい。二分の一波長板の連続的な回転により、レーザのエネルギーの周期的な調整が可能となる。強度を調整する頻度は、偏光の楕円率を調整する頻度よりも低くてよい。例えば、楕円率調整の周期が1秒で、強度調整の周期が20秒であってもよい。
【0086】
別の実施形態の例によれば、本発明によるシステム1はさらに、レーザパルス持続時間の調整器(図示せず)を具備することができる。例えば、回折格子コンプレッサを備えた周波数変動増幅レーザの場合、機械式の平行移動手段を用いてコンプレッサの回折格子の間の距離を変えることにより、調整を実施することができる。
【0087】
さらに別の実施形態の例によれば、本発明によるシステム1は、電磁放射線発生源のための波長調整器を備えることができる。パルスレーザ源の場合には、例えば、二倍化結晶の配向を変えることにより微細に、又は光パラメトリック増幅器型の周波数変換デバイスを使用することにより大きく、波長を調整することが可能である。
【0088】
レーザ放射線がイオン化エリア内に存在する分子と相互作用すると、分子はイオン化されて電子を放出する。好ましくは、少なくとも1個の分子が1レーザパルスごとにイオン化される。電子は様々な方向に放出される。分子のキラリティーにより、放出される電子の角度分布及び/又は空間分布は非対称であるが、このことは、後方よりも前方により多くの電子が放出されるか、又は前方よりも後方により多くの電子が放出されることを意味している。この非対称性は円偏光及び楕円偏光したレーザについて生じる。放射線の偏光が直線偏光の場合、非対称性は消失する。
【0089】
なおも図1を参照すると、本発明によるシステム1は、分子のイオン化によって生じ、光の伝搬の軸zに関してイオン化エリア13の前方及び後方へ放出された電子すなわち光電子を検出するように配置構成された、電子検出手段をさらに具備している。図示された実施形態の例では、これらの検出手段は、イオン化エリア13の前方及び後方に配置されたプレート17a、17bによって表わされている。
【0090】
電子検出手段としては、例えば、電子用の速度マップイメージング(VMI)分光器が挙げられる。そのようなVMI分光器は電子の角度分布及び/又は空間分布を画像化してカメラにより測定可能な光学信号へと変換する。
【0091】
その他の電子検出器は、例えば、前方及び後方へ放出された電子の数を、磁場を使用して電子を2つの検出器上に誘導することにより直接測定する検出器である。
【0092】
本発明によるシステム1は、コンピュータのような決定デバイス(図示せず)も具備している。このデバイスは具体的には、時間の関数として連続的に検出された電子の空間分布又は角度分布から分子のキラリティーの決定を実行するように配置構成される。その他の分析作業は、以降に詳述されるようにしてこのデバイスにより実行可能である。
【0093】
本発明による測定のための方法の実施形態の例について、上述の実施形態のシステムによって実装された図1~5を参照して以下に説明する。
【0094】
分子の気体試料はイオン化エリア13へ導入される。試料は、単一又は数種の化学種の分子を含有することができる。分子は、イオン化エリア13においてレーザ放射線14により、共鳴多光子イオン化法でイオン化される。レーザ光線14は、回転している四分の一波長板16によって、楕円率が時間の関数として連続的に変化するように楕円偏光されている。図2Aは、45°/秒で回転する四分の一波長板についての偏光の楕円率の時間発展を示す。
【0095】
イオン化によって放出された光電子、特に伝搬の軸zに関してイオン化エリアの前方及び後方へ放出された光電子の数及び/又は角度分布若しくは空間分布が、検出される。これにより、特に光電子の分布の前後の非対称性を放射線の偏光楕円率の関数として測定することが可能になる。角度分布は、例えばVMI分光器で測定することができる。
【0096】
測定される信号の逐次変化は周期性を有する、すなわち信号は四分の一波長板が半回転するごとに同一であり、同じく波長板が半回転するごとに同一な偏光楕円率と合致している(図2Aを参照)。この周期性により、例えばフーリエ変換によって、信号の簡単な分析が可能となる。信号は「オンザフライで」測定される、すなわち信号は曝露期間Δtにわたって平均され、かつ休止時間なしでΔtごとに測定される。曝露時間Δtは良好な信号レベルが得られるように選ばれる。したがって四分の一波長板16の回転速度は、信号の振動を正確にサンプリングするために調節しなければならない。一例によれば、45°/秒で回転する波長板については、曝露期間Δt=50ミリ秒である。当然ながら他の曝露時間及び他の波長板回転速度を選ぶこともできる。
【0097】
試料の分子のキラリティーを決定することができるためには、前方へと放出された電子の数Fが、後方へと放出された電子の数Bと、時間の関数として比較される。非対称性の関数G(t)は、次式すなわちG=4(F-B)/(F+B)という定義で得られる。この関数G(t)の、四分の一波長板の回転(図2Aに表わされる)の関数としての逐次変化は、図2Bに示されている。
【0098】
図2Bでは、非対称性G(t)が複雑かつ非正弦曲線の時間構造を有することが認められる。これは、前後の非対称性の逐次変化がレーザの偏光楕円率に合わせて単調なのではなく、表れ方が変化しうることを意味している。この作用は、レーザによる多光子イオン化が共鳴する性質に起因する。
【0099】
非対称性関数G(t)のフーリエ解析は、フーリエ変換により関数を分解して、関数のスペクトルを振動周波数の関数として得ることを可能にすることから構成される。図2Bの関数Gの周波数スペクトルは図2Cに示されている。この周波数スペクトルは、レーザの楕円率に対する応答、すなわち電子分布の非対称性の時間発展の、非線形性を反映している一連のピーク31~34を示している。
【0100】
フーリエ変換による分解は何通りかの方法で使用することができる。これらの可能性は図3にまとめられている。
【0101】
電子の空間(又は角度)分布20から、単一分子種の試料の鏡像異性体過剰率21を直接得ることができる。さらに、上記に示すような速度マップ22を生成することも可能である。速度マップ22は次に少なくとも2つの方法で分析することができる。第1に、伝搬の軸zへの投影像23により、複数分子種の試料の化学組成24及び鏡像異性体過剰率25を決定することが可能となる(1次元での分析)。第2に、複数分子種の試料の化学組成24及び鏡像異性体過剰率25は、投影像23を経ずに速度マップ22から直接決定することもできる(点線矢印によって表わされる二次元での分析)。
【0102】
様々な測定及び分析の例について以下に詳述する。
【0103】
[単一分子種の試料の鏡像異性体過剰率の直接測定]
図2Cを参照すると、フーリエ変換の主ピーク31の振幅Ipeakから、鏡像異性的に純粋な化合物であってそのフーリエ変換の主ピークが振幅Ipeak refを有する化合物を用いた較正の後に、単一分子種の試料の鏡像異性体過剰率の直接測定が可能となる。鏡像異性体過剰率eeは以下すなわち
ee=([R]-[S])/([R]+[S])
として定義され、上記式中、[R]及び[S]は試料中に存在する2つの鏡像異性体の濃度である。eeはフーリエ変換解析によって直接与えられる、すなわち
ee=Ipeak/Ipeak ref
である。
【0104】
このようにフェムト秒ファイバレーザのような高速レーザ源を使用して、鏡像異性体過剰率の正確な測定を極めて迅速に行なうことが可能である。
【0105】
図4は、ee測定の精度(95%信頼区間)を測定時間の関数として示している。およそ3秒の測定で5%程度の精度が達成されることが認められる。測定を繰り返すことによって、すなわちより長時間のデータ取得を実行して分析すべき信号を連続した3秒のスライスに分割することによって、より優れた精度を達成することが可能である。これは信号のガボール解析の原理であり、この解析は解析の時間窓における局所フーリエ変換で構成されている。このようにして局所化された上記フーリエ変換すべてが信号のガボール変換を形成し、ひいては局所的な周波数スペクトルを提供する。
【0106】
120回の5秒間測定(すなわち10分間の合計データ取得時間)の統計解析を以下の表1にまとめる。この統計解析の精度は0.4%である(右側の欄)。表1は、本発明による技法を用いたいくつかの鏡像異性体混合物の特性評価を、該混合物の製造業者により提供されるデータと比較して示している。この比較から、製造業者の理論上の予測値と本発明の方法で得られた結果とが非常に良く一致することが実証される。この精度は、レーザ放射線の偏光楕円率の連続的変化とオンザフライのデータ取得のおかげで達成される。上記に示したように、測定時間の全てが、電子の分布の信号の振動をサンプリングするのに役立つ。フーリエ解析は、信号の振動している部分のみを再生することにより雑音を除去する。
【表1】
【0107】
[単一分子種の試料の鏡像異性体組成のリアルタイム観察]
鏡像異性体過剰率の迅速かつ正確な決定を行なうことが可能であると、試料の鏡像異性体組成のリアルタイム観察を実行することが可能になる。これについては、測定された信号は時間スライスに分割され、それぞれのスライスについてフーリエ解析が実施される(ガボール解析に相当する)。それぞれのスライスの持続時間によって、それぞれの測定値の精度及び観察の時間分解能が決まる。
【0108】
図5は、2つの対立するキラリティー(+)及び(-)の分子を有するフェンコンの試料について、本方法によって得られた結果を示す。同図には、フェンコンの鏡像異性的に純粋な試料であるF(+)、F(-)、又はこれらの混合物M1、M2について測定された鏡像異性体過剰率51が、時間の関数として示されている。1つの試料から別の試料への移行は、種々の加熱された液体化合物が入った該当するフラスコを開閉することによって実施される。1つの試料から別の試料への移行には、フラスコとイオン化エリアとの間の通路を試料が通ることになるので数分を要する。この測定により、リアルタイムでの試料の鏡像異性体組成を、高精度で観察することが可能になる。
【0109】
[複数分子種の試料の鏡像異性体過剰率の測定]
偏光楕円率の関数としての非対称な信号G(t)の逐次変化は、検討される化学種に左右される。これは、フーリエ解析(図2Cの例を参照)の観点からは、周波数スペクトルの種々のピークの振幅及び位相がイオン化した分子種の特性を示していること、よっていくつかの化学種の混合物について鏡像異性体分析を行なうために使用することができることを意味している。複数分子種の混合物を完全に特性解析するためには、測定される信号における様々な分子種の相対的加重及びそれぞれの分子種の鏡像異性体過剰率を知ることも必要である。
【0110】
様々な分子種の相対的寄与率を知るためには、様々な分子種の共鳴イオン化により様々な速度分布を有する光電子が生じるという事実を利用することが可能である。速度マップの逐次変化を(例えばVMI分光器用いて)レーザ放射線の偏光楕円率の関数として測定することにより、イオン化した様々な分子種について様々な識別特性が得られる。速度マップの逐次変化の分析を単純化するために、レーザの伝搬の軸zへの速度マップの投影像P(z,t)を取り入れながら、一次元での調査に限定することが可能である。この投影は、VMIで測定された速度マップの2D像からデジタル的に行なうことができる。別例として、投影像を専用検出器で直接測定することも可能である。
【0111】
得られた投影像P(z,t)は、レーザの偏光楕円率及び時間の関数として振動する。様々な分子種の寄与を判定するために、投影像は以下すなわちPsym(z,t)=(P(z,t)+P(-z,t))/2、のように対称化される。各点zの逐次変化のフーリエ解析がPsym(z,Ω)を得るために実施され、このときΩは振動の周波数である。検討対象の分子種の偏光楕円率への応答に従って、フーリエ変換は周波数Ω、Ωなどにおける様々なピークを提示する。空間分解フーリエ変換の複雑な値を含むベースが確立される。すなわちPsym(z,Ω)、Psym(z,Ω)などである。
【0112】
図6Aは、化合物カンファー60及びフェンコン61についてのz軸への対称投影像の例Psym(Ω)を示す。これらの分子種は質量が同一であり非常に類似したイオン化電位を有する。図6Aは、それにもかかわらず速度分布が異なることを示している。
【0113】
この手順が、未知の混合物中の同定されるべき様々な純粋な分子種について繰り返される。該混合物は2以上の化合物を含むことができる。そのようにして一連のP sym(z,Ω)、P sym(z,Ω)・・・、P sym(z,Ω)、P sym(z,Ω)・・・、など(この場合A及びBは(2つの分子種A及びBを含む混合物についての)分子種を示す)が得られる。
【0114】
未知混合物の速度マップの測定中には、対称な投影像Pmix sym(z,Ω)、Pmix sym(z,Ω)などが得られる。その後、最小二乗アルゴリズム(又は別の調整手法)が次の関数すなわち
f=|Pmix sym(z,Ω)-a*P sym(z,Ω)-(1-a)*P sym(z,Ω)|+α|Pmix sym(z,Ω)-a*P sym(z,Ω)-(1-a)*P sym(z,Ω)|+…,
を極小化するために使用され、上記式中、αはフーリエスペクトルの様々なピークの寄与の相対的加重を均衡させるように選ばれる。
【0115】
この手法により、検出される信号に対して様々な分子種の寄与の相対的加重を与える係数aを決定することが可能になる。この加重により、単一分子種及び複数分子種の試料についての様々な測定が同じ全圧で行なわれる場合の分子種の分圧を推定することが可能になる。
【0116】
相対的加重の測定は通常、電子の検出に合わせて、質量分析法によって行なわれる。しかしながら、この従来技法はデータ取得時間を大きく制限し、また同一質量を有する分子種を識別することが可能にはならない。上述の手法ならば、カンファーとフェンコンのような同一質量を有する2つの分子種を識別することが可能となる。
【0117】
それぞれの分子種の鏡像異性体過剰率を知るためには、混合物の各分子種の相対的加重が決定されてしまえば、速度の分布の対称な部分について上述したものに類似の手法が反対称な部分すなわち
antisym(z,t)=(P(z,t)-P(-z,t))/2
に適用され、これは周波数Ω’、Ω’などにおけるフーリエピークを示している。
【0118】
図6Bは、化合物カンファー60及びフェンコン61についてのz軸への反対称投影像の例Pantisym(Ω)を示す。速度分布の反対称な寄与は、2つの分子種で明白に異なっている。
【0119】
以下の関数すなわち
g=|Pmix antisym(z,Ω’)-a*ee*P antisym(z,Ω’)-(1-a)*ee*P antisym(z,Ω’)|+α|Pmix antisym(z,Ω’)-a*ee*P antisym(z,Ω’)-(1-a)*ee*P antisym(z,Ω’)|+…,
が、対称な部分についての関数fと同様にして極小化される。それぞれの分子種の鏡像異性体過剰率eeA及びeeBがこうして得られる。
【0120】
複数分子種の試料の分析について上述された方法は、化学種という観点及びその鏡像異性体組成という観点の両方から、混合物の組成のリアルタイム観察を実行するために、ガボール解析と関連付けられてもよい。
【0121】
図6Cは、カンファー62及びフェンコン63が入ったフラスコを開閉させてカンファー及びフェンコンの相対比を変えているときの、カンファー62及びフェンコン63の分圧の時間発展を示している。
【0122】
図6Dは、(-)試料から(+)試料へと、それらの試料が入ったフラスコを開閉することによって移行していくときの、カンファー64及びフェンコン65の鏡像異性体過剰率の時間発展をそれぞれ示している。
【0123】
軸zへの速度分布の投影は、問題の次元数を減じてデータの処理を縮小することを目的とする。しかしながら、複数分子種の試料の分析は、速度分布の二次元マップを使用して行なうことも可能である。
【0124】
偏光の調整に加えて電磁放射線の他のパラメータ、例えばエネルギー(すなわち強度)、波長又はレーザパルスの持続時間が時間的に調整されると、電子分布の時間発展は、偏光の楕円率のみが調整されている図2Bに表わされたものとは異なるか、又は図2Bに表わされたものに比べて増強される。そのような増強された電子分布のフーリエスペクトルにおいて、存在する成分の数は、図2Cに表わされるような偏光の楕円率のみが調整される場合の分布と比較して増大する。このように成分の数がより多くなると、鏡像異性体過剰率のより精密な分析、及びそのリアルタイムでの観察が可能になる。
【0125】
当然ながら、本発明はここに説明してきた実施例に限定されるものではなく、これらの実施例には本発明の範囲を逸脱することなく数多くの改変がなされうる。
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図6D