(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-13
(45)【発行日】2023-04-21
(54)【発明の名称】フソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/702 20060101AFI20230414BHJP
A61P 1/12 20060101ALI20230414BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20230414BHJP
A23L 33/125 20160101ALI20230414BHJP
A23K 20/163 20160101ALI20230414BHJP
A23K 50/40 20160101ALI20230414BHJP
【FI】
A61K31/702
A61P1/12 171
A61P31/04 171
A23L33/125
A23K20/163
A23K50/40
(21)【出願番号】P 2019542255
(86)(22)【出願日】2018-09-12
(86)【国際出願番号】 JP2018033742
(87)【国際公開番号】W WO2019054396
(87)【国際公開日】2019-03-21
【審査請求日】2021-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2017175375
(32)【優先日】2017-09-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000226415
【氏名又は名称】物産フードサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110766
【氏名又は名称】佐川 慎悟
(74)【代理人】
【識別番号】100165515
【氏名又は名称】太田 清子
(74)【代理人】
【識別番号】100169340
【氏名又は名称】川野 陽輔
(74)【代理人】
【識別番号】100195682
【氏名又は名称】江部 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100206623
【氏名又は名称】大窪 智行
(72)【発明者】
【氏名】篠原 実可子
(72)【発明者】
【氏名】門田 吉弘
(72)【発明者】
【氏名】栃尾 巧
【審査官】松本 淳
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-306781(JP,A)
【文献】SUCHODOLSKI, J. S. et al,The Fecal Microbiome in Dogs with Acute Diarrhea and Idiopathic Inflammatory Bowel Disease,PLOS ONE,2012年,Vol.7, Issue 12,e51907
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
A23L 33/00-33/29
A23K 50/00-50/90
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1-ケストースを有効成分とする、フソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制剤。
【請求項2】
イヌにおけるフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数を抑制するために用いられる、請求項1に記載の菌数抑制剤。
【請求項3】
急性出血性下痢の予防または治療に用いられることを特徴とする、請求項1または2に記載の菌数抑制剤。
【請求項4】
1-ケストースを有効成分とする、フソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制用食品組成物。
【請求項5】
1-ケストースを有効成分とする、フソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制用動物用飼料。
【請求項6】
動物(ヒトを除く)に1-ケストースを摂取させることにより
前記動物の体内におけるフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数を抑制する工程を有する、フソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1-ケストースを有効成分とする、フソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制剤、菌数抑制用食品組成物、菌数抑制用動物用飼料および菌数抑制方法、急性出血性下痢の予防または治療方法ならびに急性出血性下痢の予防または治療用医薬品を製造するための1-ケストースの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
フソバクテリウム属細菌(Fusobacterium)は嫌気性のグラム陰性桿菌であり、ヒトの腸内や口腔内など、動物の消化器官に生息することが報告されている。ステレラ属細菌(Sutterella)もまた、嫌気性または微好気性のグラム陰性短桿菌であり、ヒトなどの動物の腸内細菌叢の構成菌種である。
【0003】
近年の研究において、フソバクテリウム属細菌やステレラ属細菌は種々の疾患や健康状態との関連が示唆されており、例えば、急性出血性下痢(Acute hemorrhagic diarrihea; AHD)に罹患したイヌの糞便において顕著な増加が見られることから、係る疾患に関与することが示唆されている(非特許文献1;表3および
図3など)。
【0004】
イヌのAHDは、血液の混じった嘔吐や下痢といった症状を特徴とし、血液が濃縮されて重篤な状態となる場合もある消化器系疾患である。AHDの治療には、従来、体液調整や栄養補給を目的として輸液が行われるほか、クロストリジウム属感染症を疑って、また、敗血症予防を目的として、抗生物質の投与が行われている(非特許文献2)。しかしながら、抗生物質は、AHDの治療上での有効性に議論の余地がある上、腸内細菌叢の破壊や耐性菌を生じさせるといったリスクがある(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Jan S.Suchodolskiら、PLOS ONE、Vol.7(12)、e51907、2012年12月
【文献】Ettinger, Feldman, Cote編、Textbook of Veterinary Internal Medicine 8th ed.、第1538-1539頁、2017年
【文献】S.Untererら、J Vet Intern Med、Vol.25、第973-979頁、2011年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明者らは、抗生物質の使用に伴う上述のリスクを生じさせずに、フソバクテリウム属細菌やステレラ属細菌の菌数を抑制することを課題とした。また、係る細菌の菌数を抑制することにより、AHD等の疾患の予防や治療に寄与することを課題とした。すなわち、本発明は、フソバクテリウム属細菌やステレラ属細菌の菌数を効果的に抑制することができる物質および方法、ならびに、AHD等の疾患の予防や治療に寄与しうる物質および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究の結果、1-ケストースが、体内のフソバクテリウム属細菌およびステレラ属細菌の少なくともいずれかの菌数を顕著に抑制することを見出した。そこで、この知見に基づいて、下記の各発明を完成した。
【0008】
(1)本発明に係るフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制剤は、1-ケストースを有効成分とする。
【0009】
(2)本発明に係る菌数抑制剤は、イヌにおけるフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数を抑制するために好適に用いることができる。
【0010】
(3)本発明に係る菌数抑制剤は、急性出血性下痢の予防または治療に好適に用いることができる。
【0011】
(4)本発明に係るフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制用食品組成物は、1-ケストースを有効成分とする。
【0012】
(5)本発明に係るフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制用動物用飼料は、1-ケストースを有効成分とする。
【0013】
(6)本発明に係るフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の菌数抑制方法は、ヒトまたは動物に1-ケストースを摂取させることにより前記ヒトまたは動物の体内におけるフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の数を抑制する工程を有する。
【0014】
(7)本発明に係るAHDの予防または治療方法は、AHDを罹患している、または、罹患する可能性があるヒトもしくは動物に、1-ケストースを摂取させることにより、前記ヒトもしくは動物の体内におけるフソバクテリウム属細菌および/またはステレラ属細菌の数を抑制する工程を有する。
【0015】
(8)本発明に係る1-ケストースの使用は、AHDの予防または治療用医薬品を製造するための1-ケストースの使用である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ヒトや動物の生体におけるフソバクテリウム属細菌およびステレラ属細菌の少なくともいずれかの菌数を効果的に抑制することができる。また、係る細菌の菌数を抑制することにより、AHD等の疾患の予防や治療に寄与することができる。
【0017】
また、1-ケストースは、タマネギやニンニク、大麦、ライ麦などの野菜や穀物にも含まれているオリゴ糖の一種であり、古来より食経験を有する物質であることや、変異原性試験、急性毒性試験、亜慢性毒性試験および慢性毒性試験のいずれにおいても毒性が認められていないことから、安全性は極めて高い(食品と開発、Vol.49、No.12、第9頁、2014年)。さらに、1-ケストースは水溶性が高く、砂糖に似た良好な甘味質を有するため、そのまま、あるいは甘味料等の調味料として、日常的に簡便に摂取することができるほか、様々な食品や医薬品、動物用飼料等に容易に配合することができる。
【0018】
したがって、本発明によれば、上述の抗生物質使用によって生じるようなリスク(腸内細菌叢の破壊や耐性菌の発生)を全く懸念することなく、簡便かつ効果的に、フソバクテリウム属細菌およびステレラ属細菌の少なくともいずれかの菌数を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】試験開始時から3ヶ月後(1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後)までの、糞便中の全真正細菌の16S rDNAコピー数を示す折れ線グラフである。
【
図2】試験開始時から3ヶ月後(1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後)までの、糞便中のフソバクテリウム属細菌の16S rDNAコピー数を示す折れ線グラフである。
【
図3】試験開始時から3ヶ月後(1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後)までの、糞便中のステレラ属細菌の16S rDNAコピー数を示す折れ線グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0021】
本発明において、「フソバクテリウム属細菌」は、フソバクテリウム属に属する細菌をいう。フソバクテリウム属に属する細菌としては、例えば、Fusobacterium mortiferum, Fusobacterium necrophorum, Fusobacterium gonidoformans, Fusobacterium russii, Fusobacterium perfoetens, Fusobacterium rectum, Fusobacterium simiae, Fusobacterium nucleatum, Fusobacterium varium, Fusobacterium sp. M3333などを挙げることができる。
【0022】
本発明において、「ステレラ属細菌」は、ステレラ属に属する細菌をいう。ステレラ属に属する細菌としては、例えば、Sutterella wadsworthensis, Sutterella parvirubra, Sutterella stercoricanisなどを挙げることができる。
【0023】
1-ケストースは、1分子のグルコースと2分子のフルクトースからなる三糖類のオリゴ糖である。1-ケストースは、スクロースを基質として、特開昭58-201980号公報に開示されているような酵素による酵素反応を行うことにより作ることができる。具体的には、まず、β-フルクトフラノシダーゼをスクロース溶液に添加し、37℃~50℃で20時間程度静置することにより酵素反応を行って、1-ケストース含有反応液を得る。この1-ケストース含有反応液を、特開2000-232878号公報で開示されているようなクロマト分離法に供することよって、1-ケストースと他の糖(ブドウ糖、果糖、ショ糖、4糖以上のオリゴ糖)とを分離して精製し、高純度1-ケストース溶液を得る。続いて、この高純度1-ケストース溶液を濃縮した後、特公平6-70075号公報に開示されているような結晶化法で結晶化することにより、1-ケストースを結晶として得ることができる。
【0024】
また、1-ケストースは市販のフラクトオリゴ糖に含まれているため、これをそのまま、あるいは、フラクトオリゴ糖から上述の方法により1-ケストースを分離精製して用いてもよい。すなわち、本発明の1-ケストースとして、1-ケストースを含有するオリゴ糖などの1-ケストース含有組成物を用いてもよい。1-ケストース含有組成物を用いる場合、1-ケストースの純度は80%以上であることが好ましく、85%以上であることがより好ましく、90%以上であることがさらに好ましい。なお、本発明において、1-ケストースの「純度」とは、糖の総質量を100とした場合の、1-ケストースの質量%をいう。
【0025】
1-ケストースは、ヒトまたは動物に摂取させることにより用いる。1-ケストースの摂取量(投与量)としては、例えば、1日あたり0.04g/kg体重以上を挙げることができる。係る摂取量は、1日1回に限らず、複数回に分割して摂取してもよい。
【0026】
1-ケストースをヒトや動物に摂取させる方法としては、フソバクテリウム属細菌やステレラ属細菌の生息場所である腸内に到達させる方法であればよい。そのような方法として、具体的には、1-ケストースを、そのまま、あるいは飲食物や医薬品、動物用飼料の形態で、ヒトまたは動物に経口摂取させる方法を挙げることができる。その他、1-ケストースを肛門から直接あるいは挿入したチューブを経由して投与する方法、1-ケストースを経腸栄養剤に添加して、これを、胃や小腸などの消化管に挿入したチューブを経由して経腸栄養法により投与する方法などを挙げることができる。
【0027】
上述のとおり、フソバクテリウム属細菌およびステレラ属細菌の菌数は、急性出血性下痢(AHD)に罹患したイヌの糞便中において、健康なイヌと比較して顕著に増加していることが報告されており(非特許文献1;表3および
図3など)、このことから、係る疾患に関与することが示唆されている。
【0028】
したがって、1-ケストースをヒトや動物に摂取させてその体内ないし腸内においてフソバクテリウム属細菌またはステレラ属細菌の少なくともいずれかの菌数を抑制することにより、AHDを予防または治療することができる。また、1-ケストースは、AHDの予防または治療用医薬品を製造するために使用することができる。
【0029】
本発明において、細菌の「菌数を抑制する」とは、生体のいずれかの細胞ないし組織・器官における当該細菌の菌数の増加を抑制することをいう。
【0030】
例えば、腸における当該細菌の菌数は、糞便中の当該細菌の菌数と相関していると考えられるため、糞便中の当該細菌の菌数を計測することにより、腸において当該細菌の菌数が抑制されたか否かを確認することができる。具体的には、例えば、後述する実施例1(5)に示すように、1-ケストースの摂取前後の糞便を試料として、当該細菌に特異的なプライマーを用いたリアルタイムPCR法を行って16S rDNAコピー数を計測する。当該細菌に特異的なプライマーは、当該細菌の公知の塩基配列に基づいて設計することができる。例えば、フソバクテリウム属細菌であれば配列番号1~4に、ステレラ属細菌であれば配列番号5に、それぞれ示す16S rDNA配列に基づいて特異的プライマーを設計することができる。また、簡便には、当該細菌を定量するための市販のキットを用いてリアルタイムPCR法を行うこともできる。
【0031】
当該細菌の16S rDNAコピー数と当該細菌の菌数とは相関関係にあるため、16S rDNAコピー数は、菌数の指標とすることができる。よって、フソバクテリウム属細菌またはステレラ属細菌の16S rDNAコピー数を計測した結果、1-ケストースの摂取後の糞便における16S rDNAコピー数が摂取前よりも小さければ、1-ケストースの摂取により菌数が抑制されたと判断することができる。また、急性出血性下痢(AHD)の罹患者などの、フソバクテリウム属細菌やステレラ属細菌の菌数が時間経過に伴い増加する状態にある者については、1-ケストース摂取前後の糞便における菌数が同程度(一定)、あるいは増加していても、その増加の程度が小さければ、1-ケストースの摂取により菌数が抑制されたと判断することができる。
【0032】
本発明の菌数抑制剤やAHDの予防または治療用医薬品の形態としては、有効成分である1-ケストースのみからなるもののほか、医薬品や食品添加剤、サプリメントなどの形態を挙げることができる。医薬品や食品添加剤、サプリメントの形態とする場合、その剤型としては、例えば、散剤、錠剤、糖衣剤、カプセル剤、顆粒剤、ドライシロップ剤、液剤、シロップ剤、ドロップ剤、ドリンク剤等の固形または液状の剤型を挙げることができる。
【0033】
上記各剤型の医薬品や食品添加剤、サプリメントは、当業者に公知の方法で製造することができる。例えば、散剤であれば、1-ケストース800gおよび乳糖200gをよく混合した後、90%エタノール300mLを添加して湿潤させる。続いて、湿潤粉末を造粒した後、60℃で16時間通風乾燥し、その後、整粒して、適当な細かさの散剤1000g(1-ケストース含有量800mg/1g)を得ることができる。また、錠剤であれば、1-ケストース300g、粉末還元水飴380g、コメデンプン180gおよびデキストリン100gをよく混合した後、90(v/v)%エタノール300mLを添加して湿潤させ、湿潤粉末を得る。この湿潤粉末を押し出し造粒した後、60℃で16時間通風乾燥して顆粒を得る。この顆粒を850μmの篩を用いて整粒した後、顆粒470gに対してショ糖脂肪酸エステル50gを添加して混合する。これを、ロータリー打錠機(6B-2、菊水製作所)に供して打錠することにより、直径8mm、重量200mgの錠剤5000錠(1-ケストース含有量60mg/1錠)を得ることができる。その他、後述する実施例1(1)に記載の方法で錠剤を製造することもできる。
【0034】
また、本発明の菌数抑制用食品組成物の形態としては、有効成分である1-ケストースのみからなるもののほか、菓子や飲料、加工食品、健康食品、乳幼児食品などの通常の飲食物の形態を挙げることができる。飲食物の形態とする場合は、通常の製造過程で、有効成分を添加して製造することができる。1-ケストースの甘味度は30で、その味質・物性・加工性はショ糖に近いことから、各種飲食物の製造過程において、砂糖の一部または全部を1-ケストースに置き換えるなどして、砂糖と同様に扱って各種飲食物を製造することができる。
【0035】
本発明の菌数抑制用動物用飼料の形態もまた、有効成分である1-ケストースのみからなるもののほか、乳牛飼料や肉牛用飼料、養豚飼料、養鶏飼料等の家畜用飼料、イヌ用飼料やネコ用飼料等の愛玩動物用飼料(ペットフード)といった通常の動物用飼料の形態を挙げることができる。通常の動物用飼料の形態とする場合は、その製造過程で有効成分を添加して製造することができる。
【0036】
以下、本発明について、各実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0037】
<実施例1>1-ケストース摂取によるフソバクテリウム属およびステレラ属の菌数変化
(1)1-ケストースを主成分とする錠剤の調製
1-ケストース(純度98質量%以上;物産フードサイエンス)800gおよびステアリン酸マグネシウム8gをよく混合した後、連続打錠機(RT-S-9、菊水製作所)に供して打錠することにより、直径8mm、重量400mgの錠剤2000錠(1-ケストース含有量396mg/1錠)を得た。
【0038】
(2)1-ケストースを経口摂取させたビーグル犬の飼育および糞便の採取
試験期間を3ヶ月として、5頭のビーグル犬に、本実施例1(1)の錠剤を1日当たり2g(1日当たりの1-ケストース摂取量が1980mg)摂取させながら2ヶ月間飼育した。その後、経過観察の為に、錠剤を摂取させずに1ヶ月間飼育した。試験開始時、試験開始から1ヶ月後、2ヶ月後、および3ヶ月後(試験終了時)に、採便容器スプーン型キットを用いて直腸便を採取し、-80℃で凍結保存した。
【0039】
(3)総DNAの抽出
〈Shunsuke Takahashiら、PLosONE、第9巻、第8号、e105592、2014年8月〉に記載の方法に従って、本実施例1(2)の糞便から総DNAを抽出した。具体的には、まず、4Mのグアニジンチオシアネート、100mMのトリスHCl(pH9.0)および40mMのEDTAを含む水溶液に、氷上で融解した糞便100mgを懸濁し、FastPrep FP100A(MP Biomedicals)を用いてジルコニアビーズで粉砕して懸濁液を得た。Magtration System 12GC(Precision System Science)およびGC series MagDEA DNA 200(Precision System Science)を用いて、この懸濁液からDNAを抽出した。DNAの濃度を分光測光器ND-1000(NanDrop Technologies)を用いて測定し、10ng/μLとなるように調製して、これを糞便由来総DNAとした。
【0040】
(4)糞便中の微生物由来DNAの網羅的解析
本実施例1(2)の糞便に含まれる、細菌および古細菌の種類と存在比率の網羅的解析を行った。具体的には、〈Shunsuke Takahashiら、PLosONE、第9巻、第8号、e105592、2014年8月〉に記載の方法に従い、ユニバーサルプライマーを用いて、本実施例1(3)の糞便由来総DNAに含まれる、細菌由来の16S rDNAを増幅した後、次世代シークエンサーMiSeq(Illumina)によりその塩基配列を解読した。得られた塩基配列データから、データの質(クオリティ)が低いものおよびキメラ配列由来のものを排除した後、相同性が高い配列を1つの群としてまとめ、これを1菌種(または1属)として扱った。当該1群の中で出現頻度が最も高い配列を代表配列として、配列データベースとの相同性解析を行い菌種を同定した。存在比率は、総リード数に占める各群のリード数の割合を百分率として算出した。なお、キメラ配列のチェックは〈Robert C. Edgarら、BIOINFORMATICS、第27巻、16号、第2194-2200頁、2011年6月〉に、相同性解析は〈Chika Kasaiら、BMC Gastroenterology、第15巻、記事100号、2015年8月〉に、それぞれ記載の方法に準じて行った。
【0041】
この網羅的解析の結果、フソバクテリウム属およびステレラ属、ならびに、Fusobacterium mortiferum、Fusobacterium varium、Fusobacterium perfoetens、Fusobacterium necrogenesおよびSutterella stercoricanisの存在比率に顕著な減少が見られた。各菌種の代表配列(16S rDNAの部分配列)を配列番号1~5にそれぞれ示す。また、各菌種(属)の存在比率を表1に示す。なお、表1において、存在比率の値は、5頭のビーグル犬における中央値を示す。
【0042】
【0043】
表1に示すように、フソバクテリウム属細菌の16S rDNAの存在比率は、試験開始時は7.18であったのに対して、試験開始から1ヶ月後は1.53、2ヶ月後は1.44、1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)は2.41であった。また、Fusobacterium mortiferumの16S rDNAの存在比率は、試験開始時は5.97であったのに対して、1ヶ月後は1.64、2ヶ月後は1.55、3ヶ月後は1.85であった。また、Fusobacterium variumの16S rDNAの存在比率は、試験開始時は0.55であったのに対して、1ヶ月後は0.09、2ヶ月後は0.07、3ヶ月後は0.23であった。また、Fusobacterium perfoetensの16S rDNAの存在比率は、試験開始時は0.46であったのに対して、1ヶ月後は0.03、2ヶ月後は0.06、3ヶ月後は0.08であった。また、Fusobacterium necrogenesの16S rDNAの存在比率は、試験開始時は0.13であったのに対して、1ヶ月後は0.02、2ヶ月後は0.04、3ヶ月後は0.01であった。
【0044】
以上のとおり、フソバクテリウム属細菌の16S rDNAの存在比率は、試験開始から1ヶ月後、2ヶ月後および1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)のいずれの時点においても、試験開始時と比較して顕著に小さかった。この結果から、1-ケストースの摂取により、糞便中のフソバクテリウム属細菌の16S rDNAの存在比率が減少することが明らかになった。
【0045】
また、ステレラ属細菌の16S rDNAの存在比率は、試験開始時は0.22であったのに対して、1ヶ月後は0.10、2ヶ月後は0.09、1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)は0.02であった。また、Sutterella stercoricanisの16S rDNAの存在比率は、試験開始時は0.31であったのに対して、1ヶ月後および2ヶ月後は0.11、3ヶ月後は0.02であった。
【0046】
以上のとおり、ステレラ属細菌の16S rDNAの存在比率は、試験開始から1ヶ月後、2ヶ月後および1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)のいずれの時点においても、試験開始時と比較して顕著に小さかった。この結果から、1-ケストースの摂取により、糞便中のステレラ属細菌の16S rDNAの存在比率が減少することが明らかになった。
【0047】
そこで、フソバクテリウム属細菌およびステレラ属細菌の菌数について定量的解析を行うこととした。
【0048】
(5)リアルタイムPCR法による菌数の定量的解析
本実施例1(2)の糞便中のフソバクテリウム属細菌およびステレラ属細菌の菌数を、リアルタイムPCR法により定量した。具体的には、本実施例1(3)の糞便由来総DNAを鋳型として、Fusobacterium Detection Kit(Cat. No. RO-0005)(テクノスルガ・ラボ)、リアルタイムPCR試薬「SYBR Premix Ex Taq II (T1i RNase H Plus)」(タカラ)およびリアルタイムPCR装置「Rotor-Gene Q 」(キアゲン)を用いて、添付の使用書に従ってリアルタイムPCRを行い、糞便1gあたりのフソバクテリウム属細菌の16S rDNAコピー数を定量した。
【0049】
また、Fusobacterium Detection Kitに代えてSutterella Detection Kit(テクノスルガ・ラボ)を用いて、同様にリアルタイムPCRを行い、糞便1gあたりのステレラ属細菌の16S rDNAコピー数を定量した。さらに、ユニバーサルプライマー(フォワードプライマー;CCTACGGGAGGCAGCAG(配列番号6)、リバースプライマー;ATTACCGCGGCTGCTGG(配列番号7))を用いて同様にリアルタイムPCRを行い、糞便1gに含まれる全真正細菌の16S rDNAコピー数を定量した。
【0050】
なお、フソバクテリウム属細菌およびステレラ属細菌を定量するための検量線は、上記キットに含まれる標準試料を使用して同条件でリアルタイムPCRを行った結果を基に作製した。一方、全真正細菌を定量するための検量線は、E.coli JCM1649Tの16S rDNA配列(配列番号8)を組み込んだプラスミドDNAを標準試料として、フォワードプライマー;AGAGTTTGATCCTGGCTCAG(配列番号9)およびリバースプライマー;GGTTACCTTGTTACGACTT(配列番号10)を用いてリアルタイムPCRを行った結果を基に作製した。
【0051】
求めた16S rDNAコピー数は、糞便の採取時期ごとに、中央値を算出した。全真正細菌の16S rDNAコピー数(中央値)を
図1の折れ線グラフに、フソバクテリウム属細菌の16S rDNAコピー数(中央値)を
図2の折れ線グラフに、ステレラ属細菌の16S rDNAコピー数(中央値)を
図3の折れ線グラフに、それぞれ示す。また、試験開始時の16S rDNAコピー数を100%として、試験開始から1ヶ月後、2ヶ月後および摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)の16S rDNAコピー数を百分率で表し、これを変化率(%)とした。また、全真正細菌の16S rDNAコピー数を100%として、フソバクテリウム属細菌およびステレラ属細菌のそれぞれの16S rDNAコピー数を百分率で表し、これを占有率(%)とした。全真正細菌についての結果を表2に、フソバクテリウム属細菌についての結果を表3に、ステレラ属細菌についての結果を表4に、それぞれ示す。
【0052】
【0053】
【0054】
【0055】
図1および表2に示すように、全真正細菌の16S rDNAコピー数は、試験開始時から1ヶ月後、2ヶ月後および1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)と、時間経過に伴って増加した。これに対して、
図2および表3に示すように、フソバクテリウム属細菌の16S rDNAコピー数は試験開始時から時間経過に伴って減少した。ステレラ属細菌の16S rDNAコピー数もまた、
図3および表4に示すように、試験開始時から時間経過に伴って減少した。
【0056】
詳細には、表3に示すように、フソバクテリウム属細菌の変化率は、試験開始から1ヶ月後では33%、2ヶ月後では40%、3ヶ月後では32%であった。すなわち、試験開始から1ヶ月後、2ヶ月後および1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)のいずれにおいても、試験開始時と比較して、フソバクテリウム属細菌の16S rDNAコピー数が1/3程度まで顕著に小さくなった。
【0057】
また、フソバクテリウム属細菌の占有率は、試験開始時は4.76%であったのに対して、試験開始から1ヶ月後では1.20%、2ヶ月後では1.35%、3ヶ月後では0.82%であった。すなわち、試験開始から1ヶ月後、2ヶ月後および1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)のいずれにおいても、全真正細菌中に占めるフソバクテリウム属細菌の割合が、試験開始時と比較して、それぞれ1/4程度、1/3程度および1/6程度まで、顕著に小さくなった。
【0058】
以上のとおり、糞便中のフソバクテリウム属細菌の16S rDNAコピー数および全真正細菌中に占める割合は、いずれも、1-ケストースの摂取により顕著に小さくなった。また、係る減少効果は1-ケストースの摂取終了後も継続していた。この結果から、1-ケストースは、イヌの生体内において、フソバクテリウム属細菌の菌数を抑制する作用が顕著に大きいことが明らかになった。
【0059】
次に、表4に示すように、ステレラ属細菌の変化率は、試験開始から1ヶ月後では59%、2ヶ月後では50%、3ヶ月後では17%であった。すなわち、試験開始から1ヶ月後、2ヶ月後および1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)のいずれにおいても、試験開始時と比較して、ステレラ属細菌の16S rDNAコピー数が1/2程度~1/5未満まで顕著に小さくなった。
【0060】
また、ステレラ属細菌の占有率は、試験開始時は0.13%であったのに対して、試験開始から1ヶ月後では0.06%、2ヶ月後では0.04%、3ヶ月後では0.01%であった。すなわち、試験開始から1ヶ月後、2ヶ月後および1-ケストースの摂取終了から1ヶ月後(3ヶ月後)のいずれにおいても、全真正細菌中に占めるステレラ属細菌の割合が、試験開始時と比較して、それぞれ1/4、1/6および1/24まで、顕著に小さくなった。
【0061】
以上のとおり、糞便中のステレラ属細菌の16S rDNAコピー数および全真正細菌中に占める割合は、いずれも、1-ケストースの摂取により顕著に小さくなった。また、係る減少効果は1-ケストースの摂取終了後も継続していた。この結果から、1-ケストースは、イヌの生体内において、ステレラ属細菌の菌数を抑制する作用が顕著に大きいことが明らかになった。
【配列表】