(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-14
(45)【発行日】2023-04-24
(54)【発明の名称】癌の診断を補助する方法、および癌を診断するシステム
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20230417BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20230417BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20230417BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20230417BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N30/88 G
G01N30/72 A
G01N27/62 C
G01N27/62 V
(21)【出願番号】P 2018205844
(22)【出願日】2018-10-31
【審査請求日】2021-08-31
(73)【特許権者】
【識別番号】506060258
【氏名又は名称】公立大学法人北九州市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【氏名又は名称】南瀬 透
(72)【発明者】
【氏名】李 丞祐
(72)【発明者】
【氏名】安細 敏弘
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0143962(US,A1)
【文献】特表2013-505428(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0326092(US,A1)
【文献】特表2008-536480(JP,A)
【文献】Tao Wang, Toshihiro Ansai, Seung-Woo Lee,Zeolite-loaded poly(dimethylsiloxane) hybrid films for highly efficient thin-film microextraction of organic volatiles in water,Journal of Chromatography B,2017年01月15日,Volumes 1041-1042,Pages 133-140
【文献】王 涛,低分子代謝物の分子情報:疾患相関の解明およびその検知-第3章 唾液・尿中VOCに基づいたヒト代謝情報の解析,学位論文,北九州市立大学 国際環境工学研究科,2017年03月25日,61-105,https://kitakyu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=569&item_no=1&page_id=13&block_id=431
【文献】茂山博代ほか,唾液中揮発性有機化合物の分子情報をマーカーとする口腔がん診断のアプローチ,九州歯科学会雑誌,2017年,71巻補冊,p.11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取された体液中の揮発性有機化合物(VOC)を検出するものであり、前記VOCとして、健常者では検出されるが癌患者では検出されないVOC群である消失群、健常者では検出されないが癌患者では検出されるVOC群である新生群、及び健常者と癌患者の両方で検出されるが癌患者で検出量が顕著に増減するVOC群である増減群からなる群から選択される1以上の癌診断VOCを検出するVOC検出工程と、
前記癌診断VOCの検出可否および/または検出量から、前記癌診断VOCの健常者群と癌患者群とを
分類す
る基準
と比較して、前記被験者の癌の可能性を
求める比較工程と、を有
し、
前記癌患者が、口腔癌、口腔底癌、歯肉癌、舌癌、および頬粘膜癌からなる群から選択されるいずれかの患者であり、
前記癌診断VOCとして、少なくとも前記消失群を含み、
前記消失群が、ウンデカン、1-ヘプタノール、1-オクタノール、アセトアルデヒドベンゼン、(E,E)-2,4-デカジエナール、ブチロラクトン、およびベンジルアルコールからなる群から選択される1以上のVOCである癌の診断を補助する方法。
【請求項2】
前記癌診断VOCとして、
さらに、前記新生群
および/または前記増減
群のVOCを用いる請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記VOC検出工程が、前記消失群、前記新生群、及び前記増減群から選択される少なくとも3種以上のVOCの検出量を測定するVOC検出量群を検出するものであり、
前記
比較工程が、前記VOC検出量群のVOC検出量を説明変数として、健常者と癌患者とを判別する多変量解析を行う判別式により判別する判別工程を有する請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記新生群が、3-ヘプタノン、メトキシアセトアルデヒド、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、3-メチル-2-ブタノール、メトキシ-フェニル-オキシム、1,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、ブチルエステルブタン酸、1-ヘキサデカノール、および1-テトラデカノールからなる群から選択される1以上のVOCであり、
前記増減群が、エタノール、2-ペンタノン、1-プロパノール、1-ヒドロキシ-2-プロパノン、1-オクテン-3-オール、フェニルエチルアルコール、フェノール、2-ピペリジノン、ヘキサデカン酸、およびインドールからなる群から選択される1以上のVOCである請求項1~
3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記体液が、唾液、汗、および尿からなる群から選択されるいずれかである請求項1~
4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記VOC検出工程が、前記体液に含まれるVOCを濃縮する濃縮工程を含み、前記濃縮工程で濃縮されたVOCを検出するものである請求項1~
5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記濃縮工程が、ゼオライト及びシリコーンの複合膜に、前記体液を接触させ、前記複合膜に前記体液の前記VOCを吸着させる吸着工程と、前記複合膜に吸着した前記VOCを回収流体中に回収する回収工程とを含み、前記VOC検出工程が、前記回収流体中のVOC検出量を測定するものである請求項
6記載の方法。
【請求項8】
前記VOC検出工程が、ガスクロマトグラフィーおよび/またはガスクロマトグラフ質量分析を用いてVOC検出量を測定するものである請求項1~
7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
被験者から採取された体液中の揮発性有機化合物(VOC)を検出するものであり、前記VOCとして、健常者では検出されるが癌患者では検出されないVOC群である消失群、健常者では検出されないが癌患者では検出されるVOC群である新生群、及び健常者と癌患者の両方で検出されるが癌患者で検出量が顕著に増減するVOC群である増減群からなる群から選択される1以上の癌診断VOCを検出するVOC検出手段と、
前記癌診断VOCの検出可否および/または検出量から、前記癌診断VOCの健常者
群と癌患者群とを判定する判定基準を用いて、前記被験者の癌の可能性を判定する判定手段と、を有
し、
前記癌患者が、口腔癌、口腔底癌、歯肉癌、舌癌、および頬粘膜癌からなる群から選択されるいずれかの患者であり、
前記癌診断VOCとして、少なくとも前記消失群を含み、
前記消失群が、ウンデカン、1-ヘプタノール、1-オクタノール、アセトアルデヒドベンゼン、(E,E)-2,4-デカジエナール、ブチロラクトン、およびベンジルアルコールからなる群から選択される1以上のVOCである癌の診断を補助するシステム。
【請求項10】
前記癌診断VOCとして、
さらに、前記新生群
および/または前記増減
群のVOCを用いる請求項
9記載のシステム。
【請求項11】
前記VOC検出手段が、前記消失群、前記新生群、及び前記増減群から選択される少なくとも3種以上のVOCの検出量を測定するVOC検出量群を検出するものであり、
前記判定手段が、前記VOC検出量群のVOC検出量を説明変数として、健常者と癌患者とを判別する多変量解析を行う判別式により判別する判別手段を有する請求項
9または
10に記載のシステム。
【請求項12】
前記新生群が、3-ヘプタノン、メトキシアセトアルデヒド、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、3-メチル-2-ブタノール、メトキシ-フェニル-オキシム、1,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、ブチルエステルブタン酸、1-ヘキサデカノール、および1-テトラデカノールからなる群から選択される1以上のVOCであり、
前記増減群が、エタノール、2-ペンタノン、1-プロパノール、1-ヒドロキシ-2-プロパノン、1-オクテン-3-オール、フェニルエチルアルコール、フェノール、2-ピペリジノン、ヘキサデカン酸、およびインドールからなる群から選択される1以上のVOCである請求項
9~
11のいずれかに記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は癌の診断を補助する方法、および癌を診断するシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
世界における新規癌患者数は約1750万人程度と言われており、死亡者数も約880万人と言われている。医療や保健衛生の進歩により日本は世界有数の長寿国になっているが、癌は30年以上にわたり死因第一位である。また、日本での癌による死亡者数は年間37万人を超え、その数は年々増加している傾向である。
【0003】
このような癌の治療には早期発見は重要であるが、発見が困難な癌も多数存在する。例えば、口腔癌は、高い罹患率及びおよそ50%の5年死亡率を有する、最も一般的なヒト悪性腫瘍の6位の疾患である。また、その90%以上が扁平上皮癌(OSCC:oral squamous cell cancer)であり、毎年新たに30万件の新規症例が報告され、そのうち14万5000人が死に至る。日本では、口腔癌による死亡者数は2016年に7300人以上と報告されている。
【0004】
口腔癌腫は、一連の分子突然変異を介して生じ、過形成から形成異常へ、そして上皮内癌への制御不能な細胞増殖をもたらし、続いて浸潤癌をもたらす。主な危険因子には、環境及び遺伝因子と共に煙草及びアルコール暴露が含まれる(Brinkman and Wong, 2006; Figuerido ら、2004; Hu ら、2007; Turhaniら、2006)。
【0005】
これらの癌は、通常、病期の遅い段階になって発見され、この時期には、疾患が進行し、したがって不十分な予後及び低い生存率をもたらす。現在、外科手術及び放射線療法が一次治療であるが、頭部及び頸部に位置するため、これは、通常、患者に術後欠陥及び機能障害をもたらす(Thomson and Wylie, 2002)。
【0006】
特に、OSCCに関連する死亡率は特に高く、リンパ節又は頸部に広がった後でようやく発見されることが多いことに起因している。したがって、安価で感受性が高く正確な疾患スクリーニングの早期検出のための技術開発が非常に重要であり、早期検出により、この疾患に関連する罹患率及び死亡率を低下させることが可能である。
【0007】
悪性新生物である癌の最も一般的な診断ツールとして、X線診断、CT、腫瘍マーカーを標的とした血液検査等が行われているが、実際に陽性反応が出た時点では病態が進行してしまっていることも少なくなく、必ずしも早期診断につながっていない。従って、疾患の早期検出は、より効果的な治療のための最も重要な医療目標である。
【0008】
ヒトの体液である、唾液、血液及び尿は、多様な経路により系統的に影響を受け、全身性の疾患及び状態のスクリーニング及びモニタリングへの使用に適している。
【0009】
例えば、唾液は、タンパク質、ペプチド、ホルモン等、多様な成分を含み、体内の健康状態を反映する生体液である。乳癌、卵巣癌、シェーグレン症候群、肝細胞癌、白斑症及び口腔癌のような多様な疾患のための潜在的な診断マーカーとして、主に唾液タンパク質が研究されている(Ryuら、2006; Streckfusら、2000; Rhodusら、2005; Brailoら、2006;Yioら、1992; Gorelikら、2005; Huら、2007)。
【0010】
Xieらは、口腔癌患者の全唾液において1千個を超えるタンパク質を同定し、その大部分が上皮から剥離した細胞、並びに、幾つかが癌発症に寄与すると想定される、30種を超える異なる細菌種を含有することを明らかにしている(非特許文献1)。
【0011】
また、口腔癌患者の唾液においてカリウム及びアミラーゼの関係(非特許文献2)、アルファ-アミラーゼ及びアルブミンの関係(非特許文献3)、mRNAプロフィールパターン分析に基づいて口腔癌検出のトランスクリプトーム診断(非特許文献4)、MALDI-MSを使用したショットガンプロテオミクス分析(非特許文献5)などが報告されている。
これらのタンパク質は、潜在的な唾液疾患マーカーとして疾患の初期検出のため、並びに治療の前・後及び間の疾患進行をモニタリングするための、簡単な臨床ツールの開発をもたらすことから注目を集めてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【非特許文献】
【0013】
【文献】H. Xieら、Mol Cell Proteomics, 7(3),486-498 (2008)
【文献】Shpitzerら、J Cancer Res Clin Oncol, 133(9), 613-617 (2007)
【文献】Chenら、Rapid Commun Mass Spectrom, 16(5),364-369 (2002)
【文献】Liら、Clin Cancer Res 10(24), 8442-8450 (2004)
【文献】Huら、Cancer Genomics Proteomics, 4(2), 55-64 (2007)
【文献】Sogaら, J Biol Chem, 281(24), 16768-16776 (2006)
【文献】Haickら, Chem Soc Rev, 43(5), 1423-1449 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
代謝分析は、数百の代謝産物を定性的及び定量的な様式の両方で同時にモニタリングすることを可能にし、特定の環境変数に対する反応をもたらす細胞挙動の解明を可能にすることができる。
【0015】
しかし、トランスクリプトーム及びプロテオームに基づくこれまでの口腔癌の研究は、臨床用途に潜在的な核酸及びタンパク質バイオマーカーを同定することができたが、口腔疾患を罹患している患者の唾液代謝産物のレベルの網羅的な変化は、代謝手法を介して調査されたことがない。
【0016】
例えば、近年、Sogaらは、代謝産物の同定に毛細管電気泳動(CE)組み合わせた飛行時間質量分析(CE-TOF-MS)に加え、タンデム型質量分析(MS/MS)による標準質量校正の正規化に基づいた代謝測定技術を報告し(非特許文献6、特許文献1)、唾液中に含まれるアラニン、ベータ-アラニン、アルパラギン酸、ベタニン、カダベリン、カルニチン、シトルリン、D-アルファ-アミノ酪酸、ガンマ-アミノ酪酸、グルタミン酸、グルタミン、グリ シン、ヒポキサンチン、イソロイシン、トリシン、リシン、オルニチン、ピペコリン酸、 ピペリジン、フェニルアラニン、プロリン、プトレッシン、セリン、トレオニン、チロシン、トリプトファン、及びバリンなど、アミノ酸や有機酸、アミン化合物からなる非揮発性の水溶性小分子代謝産物群に基づいた口腔癌及び歯周病診断を試みている。
【0017】
しかし、非揮発性の水溶性小分子代謝産物の計測を行うことは難しい。これらを行うためのCE-TOF-MS及びMS/MS技術は、高価で分析に掛かる時間が長く、高度の専門性を要するなどの問題がある。また、同定に必要な質量精度を上げるために以下のような技術的問題が指摘されている。m/z範囲の標準偏差が大きい、MSデータのみで未知のピークに代謝産物を割り当てることができない、唾液サンプルを分析する前に候補分子でスパイクするか又はMS/MSフラグメントスペクトルとの比較が必要、組成式を決定するためにアイソトープ分布パターン解析が必要、雑音除去、ベースライン修正、ピーク検出、及び切片電気泳動図のピーク面積の統合など解析に手間がかかる。
【0018】
以上のように、従来技術の多くは核酸やタンパク質、アミノ酸、アミンなどの非揮発性の癌バイオマーカーに着目しており、それらの分子量決定等に当たり複数の分析手法を組み合わせる必要があるなど、分析時間が長く操作が煩雑であるという普及を妨げる課題が残されている。
【0019】
一方、人体から排出される揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds, 以下「VOC」)が体内の健康状態を反映し、癌をはじめとする様々な疾患との関係性が近年の研究されている(例えば、非特許文献7)。しかしながら、まだVOCと様々な疾患との関係は明らかとなっていない点が多く、新しい癌の診断手法が求められている。
係る状況下、本発明は、簡便な操作で実施することができる新たな癌を診断する方法およびシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、下記の発明が上記目的に合致することを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
【0021】
<1> 被験者から採取された体液中の揮発性有機化合物(VOC)を検出するものであり、前記VOCとして、健常者では検出されるが癌患者では検出されないVOC群である消失群、健常者では検出されないが癌患者では検出されるVOC群である新生群、及び健常者と癌患者の両方で検出されるが癌患者で検出量が顕著に増減するVOC群である増減群からなる群から選択される1以上の癌診断VOCを検出するVOC検出工程と、
前記癌診断VOCの検出可否および/または検出量から、前記癌診断VOCの健常者群と癌患者群とを判定する判定基準を用いて、前記被験者の癌の可能性を判定する判定工程と、を有する癌の診断を補助する方法。
<2> 前記癌診断VOCとして、前記消失群、前記新生群、および前記増減群からなる群から選択される異なる2以上の群のVOCを用いる前記<1>記載の方法。
<3> 前記VOC検出工程で検出する前記癌診断VOCが、消失群から選択される1以上のVOCの消失VOCであり、
前記判定工程が、前記消失VOCが検出されない場合癌と判定する、および/または、前記消失VOCが検出される場合癌ではないと判定する判定工程である前記<1>記載の方法。
<4> 前記VOC検出工程で検出する前記VOCが、新生群から選択される1以上のVOCの新生VOCであり、
前記判定工程が、前記新生VOCが検出される場合癌と判定する、および/または、前記新生VOCが検出されない場合癌ではないと判定する判定工程である前記<1>記載の方法。
<5> 前記VOC検出工程が、前記消失群から選択される1以上の癌診断VOCと、前記新生群から選択される1以上の癌診断VOCとを検出するものであり、
前記判定工程が、前記消失群の癌診断VOCが検出され、かつ、前記新生VOCの癌診断VOCが検出されない場合、癌ではないと判定し、前記消失群の癌診断VOCが検出されず、かつ、前記新生VOCの癌診断VOCが検出される場合、癌であると判定する前記<1>または<2>に記載の方法。
<6> 前記VOC検出手段が、前記消失群から選択される1以上の癌診断VOC、および/または、前記新生群から選択される1以上の癌診断VOCを検出し、かつ、前記増減群から選択される1以上のVOCを検出するものであり、
前記判定工程が、前記消失群のVOCが検出されず、および/または、前記新生群のVOC検出される場合、増減群のVOCの検出量により、癌の進行を判定することを特徴とする前記<1>または<2>に記載の方法。
<7> 前記VOC検出工程が、前記増減群から選択される1以上のVOCの検出量を測定するものであり、
前記判定工程が、前記VOCの検出量について予め作成された健常者と癌患者とを判別する閾値と対比して判定するものである前記<1>記載の方法。
<8> 前記VOC検出工程が、前記消失群、前記新生群、及び前記増減群から選択される少なくとも3種以上のVOCの検出量を測定するVOC検出量群を検出するものであり、
前記判定工程が、前記VOC検出量群のVOC検出量を説明変数として、健常者と癌患者とを判別する多変量解析を行う判別式により判別する判別工程を有する前記<1>または<2>に記載の方法。
<9> 前記癌患者が、口腔癌の患者であり、
前記消失群が、ウンデカン、1-ヘプタノール、1-オクタノール、アセトアルデヒドベンゼン、(E,E)-2,4-デカジエナール、ブチロラクトン、およびベンジルアルコールからなる群から選択される1以上のVOCであり、
前記新生群が、3-ヘプタノン、メトキシアセトアルデヒド、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、3-メチル-2-ブタノール、メトキシ-フェニル-オキシム、1,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、ブチルエステルブタン酸、1-ヘキサデカノール、および1-テトラデカノールからなる群から選択される1以上のVOCであり、
前記増減群が、エタノール、2-ペンタノン、1-プロパノール、1-ヒドロキシ-2-プロパノン、1-オクテン-3-オール、フェニルエチルアルコール、フェノール、2-ピペリジノン、ヘキサデカン酸、およびインドールからなる群から選択される1以上のVOCである前記<1>~<8>のいずれかに記載の方法。
<10> 前記体液が、唾液、汗、および尿からなる群から選択されるいずれかである前記<1>~<9>のいずれかに記載の方法。
<11> 前記VOC検出工程が、前記体液に含まれるVOCを濃縮する濃縮工程を含み、前記濃縮工程で濃縮されたVOCを検出するものである前記<1>~<10>のいずれかに記載の方法。
<12> 前記濃縮工程が、ゼオライト及びシリコーンの複合膜に、前記体液を接触させ、前記複合膜に前記体液の前記VOCを吸着させる吸着工程と、前記複合膜に吸着した前記VOCを回収流体中に回収する回収工程とを含み、前記VOC検出工程が、前記回収流体中のVOC検出量を測定するものである前記<11>記載の方法。
<13> 前記VOC検出工程が、ガスクロマトグラフィーおよび/またはガスクロマトグラフ質量分析を用いてVOC検出量を測定するものである前記<1>~<12>のいずれかに記載の方法。
【0022】
<14> 被験者から採取された体液中の揮発性有機化合物(VOC)を検出するものであり、前記VOCとして、健常者では検出されるが癌患者では検出されないVOC群である消失群、健常者では検出されないが癌患者では検出されるVOC群である新生群、及び健常者と癌患者の両方で検出されるが癌患者で検出量が顕著に増減するVOC群である増減群からなる群から選択される1以上の癌診断VOCを検出するVOC検出手段と、
前記癌診断VOCの検出可否および/または検出量から、前記癌診断VOCの健常者群とを癌患者群とを判定する判定基準を用いて、前記被験者の癌の可能性を判定する判定手段と、を有するシステム。
<15> 前記癌診断VOCとして、前記消失群、前記新生群、および前記増減群からなる群から選択される異なる2以上の群のVOCを用いる前記<14>記載のシステム。
<16> 前記VOC検出手段で検出する前記癌診断VOCが、消失群から選択される1以上のVOCの消失VOCであり、
前記判定手段が、前記消失VOCが検出されない場合癌と判定する、および/または、前記消失VOCが検出される場合癌ではないと判定する判定手段である前記<14>記載のシステム。
<17> 前記VOC検出手段で検出する前記VOCが、新生群から選択される1以上のVOCの新生VOCであり、
前記判定手段が、前記新生VOCが検出される場合癌と判定する、および/または、前記新生VOCが検出されない場合癌ではないと判定する判定手段である前記<14>記載のシステム。
<18> 前記VOC検出手段が、前記増減群から選択される1以上のVOCの濃度を測定するVOC濃度群を検出するものであり、
前記判定手段が、前記VOC濃度について予め作成された健常者と癌患者とを判別する閾値と対比して判定するものである前記<14>記載のシステム。
<19> 前記VOC検出手段が、前記消失群、前記新生群、及び前記増減群から選択される少なくとも3種以上のVOCの検出量を測定するVOC検出量群を検出するものであり、
前記判定手段が、前記VOC検出量群のVOC検出量を説明変数として、健常者と癌患者とを判別する多変量解析を行う判別式により判別する判別手段を有する前記<14>または<15>に記載のシステム。
<20> 前記癌患者が、口腔癌の患者であり、
前記消失群が、ウンデカン、1-ヘプタノール、1-オクタノール、アセトアルデヒドベンゼン、(E,E)-2,4-デカジエナール、ブチロラクトン、およびベンジルアルコールからなる群から選択される1以上のVOCであり、
前記新生群が、3-ヘプタノン、メトキシアセトアルデヒド、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、3-メチル-2-ブタノール、メトキシ-フェニル-オキシム、1,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、ブチルエステルブタン酸、1-ヘキサデカノール、および1-テトラデカノールからなる群から選択される1以上のVOCであり、
前記増減群が、エタノール、2-ペンタノン、1-プロパノール、1-ヒドロキシ-2-プロパノン、1-オクテン-3-オール、フェニルエチルアルコール、フェノール、2-ピペリジノン、ヘキサデカン酸、およびインドールからなる群から選択される1以上のVOCである前記<14>~<19>のいずれかに記載のシステム。
【発明の効果】
【0023】
本発明の癌を診断するための方法およびシステムによれば、検出しやすい成分の検出による比較的簡便な操作で癌を診断に寄与することができる。この診断は、唾液などの被験者から簡易な作業で採取しやすい試料からの診断も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の方法を実施するフローチャートの一例を示す図である。
【
図2】本発明においてVOCを検出する操作の一例を示す図である。
【
図3】本発明の癌を診断するシステムを実施するための構成の一例を示す図である。
【
図4】本発明の癌を診断するシステムを実施するための構成の一例を示す図である。
【
図5】ZSM-5/PDMS複合薄膜抽出による揮発性代謝産物のGC-MS分析の概略図である。
【
図6】腔癌患者群において著しく減少した10個の唾液VOCピーク面積の健常者対照群との比較結果を示す図である。
【
図7】27成分のVOCのGCピーク面積を説明変数として主成分分析(PCA)スコアプロットした結果を示す図である。
【
図8】
図7に示す主成分分析に用いた各VOCの変数の寄与を示すチャートである。
【
図9】健常者と口腔癌患者を区別する12成分の潜在的なVOCバイオマーカープロファイルの比較結果を示す図である。
【
図10】27成分のVOCのGCピーク面積を説明変数として主成分分析(PCA)スコアプロットした結果を示す図である。
【
図11】27成分のVOCのGCピーク面積を説明変数として対象者数を追加して主成分分析(PCA)スコアプロットした結果を示す図である。
【
図12】2-ペンタノン、ウンデカン、ヘキサデカン酸、1,3ブタンジオールの4成分を、癌診断VOCとして用いた癌判定の決定樹を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を変更しない限り、以下の内容に限定されない。なお、本明細書において「~」という表現を用いる場合、その前後の数値を含む表現として用いる。
【0026】
[本発明の癌の診断を補助する方法]
本発明の癌の診断を補助する方法は、被験者から採取された体液中の揮発性有機化合物(VOC)を検出するものであり、前記VOCとして、健常者では検出されるが癌患者では検出されないVOC群である消失群、健常者では検出されないが癌患者では検出されるVOC群である新生群、及び健常者と癌患者の両方で検出されるが癌患者で検出量が顕著に増減するVOC群である増減群からなる群から選択される1以上の癌診断VOCを検出するVOC検出工程と、
前記癌診断VOCの検出可否および/または検出量から、前記癌診断VOCの健常者群と癌患者群とを判定する判定基準を用いて、前記被験者の癌の可能性を判定する判定工程を有する。
以下、本発明の癌の診断を補助する方法を、「本発明の癌を診断する方法」と略記する場合がある。
【0027】
本発明の癌を診断する方法によれば、特定のVOCを測定することで、簡易な操作でも癌の診断を補助することができる。この検出対象となる成分はVOCのため、比較的簡便な装置で検出することができる。また、特定のVOCを対象とするため、そのVOCを検出するものとして設定すればよいため、検出作業が行いやすい。
【0028】
[本発明の癌を診断するシステム]
本発明の癌を診断するシステムは、被験者から採取された体液中の揮発性有機化合物(VOC)を検出するものであり、前記VOCとして、健常者では検出されるが癌患者では検出されないVOC群である消失群、健常者では検出されないが癌患者では検出されるVOC群である新生群、及び健常者と癌患者の両方で検出されるが癌患者で検出量が顕著に増減するVOC群である増減群からなる群から選択される1以上の癌診断VOCを検出するVOC検出手段と、
前記癌診断VOCの検出可否および/または検出量から、前記癌診断VOCの健常者群とを癌患者群とを判定する判定基準を用いて、前記被験者の癌の可能性を判定する判定手段と、を有する。
本発明の癌を診断するシステムによれば、特定のVOCを測定することで、簡易な操作でも癌を診断することができる。
なお、本願において本発明の癌を診断する方法は、本発明の癌を診断するシステムを用いて行うこともでき、本願においてそれぞれの発明に対応する構成は相互に利用することができる。
【0029】
[本発明の知見]
本発明者等は、癌患者および健常者から採取した体液に含まれるVOCを測定した結果、特定のVOCに癌患者と健常者との間に差がみられることを見出した。その差として、消失群に分類するVOCは、健常者の体液に含まれるものの、癌患者の体液には含まれず、癌となることで消失する傾向がみられることを見出した。また、新生群に分類するVOCは、健常者の体液に含まれないものの、癌患者の体液には含まれ、癌となることで新生する傾向がみられることを見出した。また、増減群に分類するVOCは、健常者の体液に含まれるものの、癌患者の体液では優位に増加または減少し、癌となることで明らかに増加または減少する傾向がみられることを見出した。このような知見に基づき、体液の消失群、新生群、増減群のVOCの有無やその検出量や濃度等を検出することで癌を診断することができることを見出した。
【0030】
[VOC検出工程]
本発明の癌を診断する方法は、被験者から採取された体液中の揮発性有機化合物(VOC)を検出するVOC検出工程を有する。このVOC検出工程は、VOCとして、消失群、新生群、及び増減群からなるいずれかの癌診断VOCを検出するものである。なお、本発明において、検出とは、対象とするVOCが検出下限以上含まれるか否かの特定(検出可否)や、その検出量の特定も含む概念として、検出と呼ぶ。
【0031】
[体液]
本発明は、体液に含まれるVOCに基づいて癌を診断するものである。本発明において体液は、生体由来のVOCを含む液体成分の総称であり、被験者から採取できるものをいう。例えば、血液;リンパ液;組織液(組織間液、細胞間液、間質液);漿膜腔液、胸水、腹水、心嚢液などの体腔液;脳脊髄液(髄液);関節液(滑液);眼房水(房水);唾液、胃液、胆汁、膵液、腸液などの消化液;汗;涙;鼻水;尿;精液;膣液;羊水;乳汁が挙げられる。また、呼気や痰を液体に溶解・分散させたものも含む。これらのうち、適宜癌の種類や、体液の採取しやすさ、VOCの含みやすさを考慮して、診断に適した体液を用いることができる。
これらの中でも、採取しやすさや被験者の症状によるVOCの変化の生じやすさ等を考慮し、血液や、唾液、汗、尿などが好ましく用いられる。血液は侵襲的な採取によること、コストがかかること、感染の恐れがあることなどが懸念される場合がある。このため、特に、唾液や、汗、尿を用いることが好ましい。簡単な採取及び処理、最小限の侵襲性、並びに低い費用のために、唾液は本発明に係る診断に用いる検体に特に適している。
【0032】
[被験者]
本発明における被験者とは、癌患者や健常者など、癌か否か診断する対象となるものをいう。VOCは食事や喫煙習慣等の影響も受ける可能性があるため、被験者からのサンプリング条件をある程度統一した状態とした方がよい。この状態は、判定工程で用いる健常者、癌患者の判定基準の作成時にも同様の状態とした方がよい。具体的には、食事、飲酒、服薬、喫煙の条件をある程度統一したほうがよい。例えば、起床後、朝食前の所定の時間に採取したり、食後1時間以上や、1.5時間以上、2時間以上空けてから、体液を採取したほうがよい。また、ばらつきや傾向を確認するために同日に時間を空けて複数回採取したり、別日に複数回採取してもよい。
【0033】
[揮発性有機化合物(VOC)]
本発明は、VOCの検出結果に基づいて癌を診断するものである。VOCは、揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds)の略称である。揮発性有機化合物は、揮発性を有する有機化合物であり、分子量が数百程度の低分子である。本発明では、このような低分子の代謝産物をモニターできる点が特徴である。
【0034】
本発明では、消失群、新生群、減少群といったVOCのいずれかを分析する。さらに、これらに含まれないVOCや、各種マーカーと併用してもよい。
消失群、新生群、増減群のVOCから選択され、判定の対象として用いるものを癌診断VOCと呼ぶ。この癌診断VOCは、消失群、新生群、増減群のいずれかから1種以上を用いる。この癌診断VOCは、複数種のVOCを用いることが好ましく、癌診断VOCに用いるVOCは、2種以上が好ましく、3種以上がより好ましく、4種以上がさらに好ましい。用いるVOCが多いほど、より信頼性が高い判定ができる。このとき同一の群から複数用いてもよいし、複数の群から1種以上を用いてもよい。なお、用いるVOCの数は特に上限を定めなくてもよいが、検出対象を限定してより高い精度で検出しやすいように、30種以下や、27種以下、20種以下、15種以下、12種以下、10種以下のような上限を設けてもよい。
【0035】
この癌診断VOCは、消失群、新生群、および増減群からなる群から選択される2以上の群のVOCを用いることが好ましい。また、癌診断VOCは、消失群、新生群、および増減群の3つの群からそれぞれ1種以上のVOCを選択して用いることがより好ましい。異なる群から選択されるVOCを用いることで、より体液の採取や測定による誤差の影響を抑えて、信頼性が高い判定が可能となる。また、2以上の群から選択される癌診断VOCは、合計で3種以上用いることがより好ましく、4種以上用いることがさらに好ましい。複数の群から選択し、用いるVOCが多いほど、より信頼性が高い判定ができる。
【0036】
本発明において、消失群、新生群、および増減群のVOCは、予め、健常者と、癌患者との体液中のVOCを測定し、VOCの種類ごとに健常者と、癌患者とでその検出の可否、検出量を対比する。この対比の結果、健常者と癌患者とに差があるとき、健常者では検出されるが癌患者では検出されないとき消失群、健常者では癌患者では検出されないとき新生群、健常者と癌患者音いずれでも検出されるがその検出量に顕著に差があるとき増減群とすることで具体的なVOCを決定することができる。健常者と、癌患者とは、それぞれ複数の対象者の群とすることが好ましく、同一の対象者から複数回、時間帯等を変えて採取したものを用いてもよい。健常者と癌患者と、それぞれ3以上の対象者の群から。好ましくは5以上の対象者の群から採取したものを用いて、各VOCを決定することが好ましい。また、同一対象者から複数回サンプリングすることも含めて、健常者群と、癌患者群とから、それぞれ10以上や、15以上、20以上とより多くのサンプルを採取して、各VOCを決定することが好ましい。また、癌患者は、より好ましくは、癌の種類に応じて変更することが好ましく、さらに好ましくはそのステージに応じて異なる群とすることが好ましい。
【0037】
[消失群]
消失群は、健常者では検出されるが癌患者では検出されないVOC群である。消失群のVOCは、健常者の群で検出量を測定したとき、その出現頻度が0.08以上や、0.1以上のものとすることが好ましく、0.2以上や、0.3以上、0.4以上のものを用いることが好ましい。一方で、癌患者の群で出現頻度が、0.08未満や、0.05未満、0.03未満のものとすることが好ましく、0であることが最も好ましい。
例えば、口腔癌の判定に適した消失群のVOCは、次のものである。ウンデカン(undecane)、1-ヘプタノール(1-heptanol)、1-オクタノール(1-octanol)、アセトアルデヒドベンゼン(benzeneacetaldehyde)、ブチロラクトン(butyrolactone)、(E,E)-2,4-デカジエナール(E,E-2,4-decadienal)、ベンジルアルコール(benzyl alcohol)。
この消失群のVOCは、健常者の体液に含まれるものの、口腔癌の癌患者の体液には含まれず、口腔癌となることで消失する傾向がみられる。
【0038】
消失群のVOCの中でも、ウンデカン(undecane)、1-オクタノール(1-octanol)、ブチロラクトン(butyrolactone)、およびベンジルアルコール(benzyl alcohol)からなる群から選択される1以上を癌診断VOCとして用いることが好ましい。これらの好適な消失群のVOCの化学式を下記する。これらのVOCは、癌患者、中でも口腔癌患者において、特異的に消失しやすい傾向があり、これらを指標とすることで判定の精度が向上する。
【0039】
【0040】
[新生群]
新生群は、健常者では検出されないが癌患者では検出されるVOC群である。新生群のVOCは、癌患者の群で検出量を測定したとき、その出現頻度が0.1以上や、0.2以上のものとすることが好ましく、0.3以上や、0.4以上のものを用いることがより好ましい。一方で、健常者の群で出現頻度が、0.1未満や、0.05未満、0.03未満のものとすることが好ましく、0であるものとすることが最も好ましい。
【0041】
例えば、口腔癌の判定に適した新生群のVOCは次のものである。3-ヘプタノン(3-Heptanone)、メトキシアセトアルデヒド(Acetaldehyde, methoxy-)、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン(5-Hepten-2-one, 6-methyl-)、3-メチル-2-ブタノール(2-Butanol, 3-methyl-)、メトキシ-フェニル-オキシム(Oxime, methoxy-phenyl-)、1,3-ブタンジオール(1,3-Butanediol)、1,2-ペンタンジオール(1,2-Pentanediol)、ブチルエステルブタン酸(ブチル酪酸)(Butanoic acid, butyl ester)、1-ヘキサデカノール(1-Hexadecanol)、1-テトラデカノール(1-Tetradecanol)。
この新生群のVOCは、健常者の体液に含まれないものの、口腔癌の癌患者の体液には含まれ、口腔癌となることで新生する傾向がみられる。
【0042】
新生群のVOCの中でも、3-ヘプタノン(3-Heptanone)、1,3-ブタンジオール(1,3-Butanediol)、1,2-ペンタンジオール(1,2-Pentanediol)、および1-ヘキサデカノール(1-Hexadecanol)からなる群から選択される1以上を癌診断VOCとして用いることが好ましい。これらの好適な新生群のVOCの化学式を下記する。これらのVOCは、口腔癌患者において、特異的に新生しやすい傾向があり、これらを指標とすることで判定の精度が向上する。
【0043】
【0044】
[増減群]
増減群は、健常者と癌患者の両方で検出されるが癌患者で検出量が顕著に増減するVOC群である。増減群のVOCは、健常者と、癌患者とでいずれも出現頻度が0.25以上のものを用いることが好ましく、0.3以上、0.4以上、0.5以上と、より出現頻度が高いものを用いることが好ましい。一方で、その増減に顕著な差を確認できることが好ましい。癌患者で増加するものは増加群、癌患者で減少するものは減少群と呼んでもよい。また、検出量を踏まえて、健常者における検出量を基準として、その変化比の絶対値(1-「癌患者の検出量の平均値/健常者の検出量の平均値」×100(%))が5%以上や、10%以上、20%以上のような増減群のいずれかのVOCとする指標を設定してもよい。
【0045】
例えば、口腔癌の判定に適した増減群のVOCは次のものである。エタノール(ethanol)、2-ペンタノン(2-pentanone)、1-プロパノール(1-propanol)、1-ヒドロキシ-2-プロパノン(1-hydroxy-2-propanone)、1-オクテン-3-オール(1-octen-3-ol)、フェニルエチルアルコール(phenylethyl alcohol)、フェノール(phenol)、2-ピペリジノン(2-piperidinone)、ヘキサデカン酸(パルミチン酸)(hexadecanoic acid)、インドール(indole)。
口腔癌の患者においてこれらの増減群のVOCは減少群とよぶこともでき、健常者の体液に含まれるものの、口腔癌の癌患者の体液では優位に減少し、口腔癌となることで明らかに減少する傾向がみられる。
【0046】
増減群のVOCの中でも、エタノール(ethanol)、2-ペンタノン(2-pentanone)、フェノール(phenol)、およびヘキサデカン酸(パルミチン酸)(hexadecanoic acid)からなる群から選択される1以上を癌診断VOCとして用いることが好ましい。これらの好適な増減群のVOCの化学式を下記する。これらのVOCは、癌患者、中でも口腔癌患者において、特異的に減少しやすい傾向があり、これらを指標とすることで判定の精度が向上する。
【0047】
【0048】
消失群、新生群、増減群のVOCとして、癌患者が口腔癌の場合、それぞれの群のVOCは以下のものを用いることができる。
消失群は、ウンデカン、1-ヘプタノール、1-オクタノール、アセトアルデヒドベンゼン、(E,E)-2,4-デカジエナール、ブチロラクトン、およびベンジルアルコールからなる群から選択される1以上のVOCであり、
新生群は、3-ヘプタノン、メトキシアセトアルデヒド、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、3-メチル-2-ブタノール、メトキシ-フェニル-オキシム、1,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、ブチルエステルブタン酸、1-ヘキサデカノール、および1-テトラデカノールからなる群から選択される1以上のVOCであり、
増減群は、エタノール、2-ペンタノン、1-プロパノール、1-ヒドロキシ-2-プロパノン、1-オクテン-3-オール、フェニルエチルアルコール、フェノール、2-ピペリジノン、ヘキサデカン酸、およびインドールからなる群から選択される1以上のVOCである。
【0049】
[濃縮工程]
本発明の癌を診断する方法は、VOC検出工程が、体液に含まれるVOCを濃縮する濃縮工程を含み、濃縮工程で濃縮されたVOCを検出するものであることが好ましい。濃縮には体液からその体液よりもVOC濃度が高いものとすることができる任意の手法を用いることができる。体液中のVOC以外の成分は、水やタンパク質等が含まれるため、これらの成分を選択的に回収したり蒸散、除去させることでVOC濃度を増大させたり、VOC相当の成分等を選択的に回収することで濃縮してもよい。VOC相当の成分を選択的に回収する手法としては、VOCに相当する成分を吸着する多孔質材等の吸着素材に吸着させて、その後、吸着素材に吸着しているVOCを回収することで濃縮することもできる。
【0050】
本発明で用いる体液の好適例として唾液などがあげられる。唾液はタンパク質、ペプチド、ホルモン等、多様な成分を含み、体内の健康状態を反映する体液であり、その中のVOCは血液から受動拡散を介して移送される。更に、簡便で非侵襲的に採取可能であること、採取にあたり感染リスクが少ないこと、赤血球や白血球、血小板等細胞成分がほとんどなく凝固することもないため搬送や保存が容易であり、医療費の削減にもつながることなど、検体液として高い利用価値を有する。
【0051】
一方で、唾液中のVOCに関しての報告は少なく疾患診断への応用が停滞していた。その理由として、唾液中の成分濃度は血液の1/1000に満たない程度少なく、その極微量の成分を高感度に検出する手法が確立されていないこと、常時300種以上の口腔内細菌が存在するなかで、高病原性化した口腔細菌叢や炎症組織から生成されるVOCを分別し詳細に検討した先行研究がないことなどが挙げられる。
濃縮工程を行うことで、この唾液のように、VOCの含有量が少ない体液から、VOC以外の成分を排除して、VOCを検出しやすくなる。
【0052】
濃縮工程は、ゼオライト及びシリコーンの複合膜に、体液を接触させ、複合膜に体液のVOCを吸着させる吸着工程を有し、複合膜に吸着したVOCを回収流体中に回収する回収工程を含むものであることが好ましい。そして、VOC検出工程は、この回収流体中のVOCの検出量を測定するものであることが好ましい。
【0053】
[吸着工程]
吸着工程には、ゼオライト及びシリコーンの複合膜を用いることが好ましい。ゼオライトとシリコーンの複合膜は、ゼオライトが比較的分子量が小さいものを吸着しやすく、シリコーンが比較的分子量が大きいものを吸着しやすい。さらに粒状や粉状の場合が多いゼオライトをシリコーンと複合化することで、シートやフィルム等の膜状で一体化しているため取り扱いやすい。
【0054】
ゼオライトは、アルミノケイ酸塩のうち、結晶構造中に比較的大きな空隙を持つものである。ゼオライトの中でも、典型的な構造であるZSM-5型のゼオライトなどを用いることができる。
【0055】
シリコーンは、シロキサン結合による主骨格を持つ、合成高分子化合物である。シリコーンは、ポリジメチルシロキサンを用いた高分子膜であることが好ましい。このシリコーンは、シート状や膜状に加工され、ここにゼオライトを包埋させたり、表層に固着等させて、複合膜とする。
【0056】
複合膜と体液とを接触させることで、複合膜内の孔などにVOCが吸着される。この接触は、任意の接触とすることができ、体液を含む容器に複合膜を加えてもよいし、複合膜を配置した容器に体液を加えて行ってもよい。接触させることで複合膜にVOCは吸着され、任意の時間、静置したり、振とうしたり、加圧して吸着させてもよい。接触させた後、吸着されない水分やタンパク質などを除去する。この除去は、体液と接触している複合膜を取り出すか、吸着されない水分等を洗い流すなどして排除する等して行うことができる。さらに、複合膜の表層などに余剰なタンパク質等の成分が付着する場合があるため、これらを除去するために、水等で洗浄してもよい。洗浄後も、複合膜内部にVOCは吸着や担持された状態で保持される。
【0057】
[回収工程]
吸着工程で複合膜に吸着したVOCを回収してVOCを検出する。VOCの検出は、回収流体に複合膜を接触させることで行うことができる。この回収流体は、液体でも気体でもよい。癌診断VOCとして選択していないもの、または、消失群、新生群、増減群のいずれにも属さない有機溶媒等を用いることが好ましい。例えば、メタノールなどを用いることができる。回収流体にVOCを吸着した複合膜を接触させることで、吸着膜に吸着していたVOCが回収流体側に移行し、この回収流体を分析することでVOCを検出することができる。この吸着と、回収との液量の調整などにより、タンパク質等の余分な成分を除去して、VOCを選択的に含む濃縮ができる。
【0058】
[検出手段]
本発明の癌を診断する方法において、VOCの検出は、癌診断VOCとして選択するVOCを検出の可否、またはVOCの検出量を測定することができる任意の手法を採用することができる。
例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、電気化学分析、毛細管電気泳動(CE)、質量分析(MS)、屈折率分光法(RI)、紫外分光法(UV)、蛍光分析、ガスクロマトグラフィー(GC)、放射化学分析、近赤外分光法(近IR)、核磁気共鳴分光法(NMR)、及び光散乱分析(LS)、を含む群から選択されるいずれかの分析手段を用いることができる。また、光導波路センサ及び水晶振動子センサを用いた検出手段(特許第5388309号公報、特許第5652847号公報参照)を用いた検出などを用いることができる。また、VOCを選択して検出するため、癌診断VOCとして選択するVOCに適したセンサを組み合わせたものを検出手段としてもよい。また、これらの検出手段は、適宜組み合わせて用いてもよい。
【0059】
本発明の癌を診断する方法は、前記VOC検出工程が、ガスクロマトグラフィーおよび/またはガスクロマトグラフ質量分析を用いてVOCの検出量を測定するものであることが好ましい。
ガスクロマトグラフィーやガスクロマトグラフ質量分析することで、複数のVOCを短時間で効率的に、分子量及び分子構造を決定することができ、その量の程度も含めて分析することができる。例えば、まずGC-MSを用いて、RTとVOCを関係付けてVOCを特定し、その後はガスクロマトグラフィー単独で検出してもよい。
検出手段は、癌診断VOCを消失群および/または新生群から選択する場合、検出されるか否かの検出可否の検出のみ行うものであってもよい。
【0060】
[判定工程]
本発明の癌を診断する方法は、前記癌診断VOCの検出可否および/または検出量から、前記癌診断VOCの健常者群とを癌患者群とを判定する判定基準を用いて、前記被験者の癌の可能性を判定する判定工程を有する。この判定は、選択された癌診断VOCがいずれの群に属するかに応じて、各種判定をすることができる。また、判定基準は、健常者群と、癌患者群とを分類するものとして設定される基準である。例えば、癌診断VOCの検出の有無や増減に対する閾値に対する比較、複数の癌診断VOCによる決定樹、複数の癌診断VOCを用いた関数や、多変量解析による判別式などを用いて、設定された判断基準と対比して、癌の可能性の有無や、その程度などを判定する。
【0061】
(消失群の判定)
消失群のVOCについては、健常者では通常検出されて、癌患者において消失する傾向がある。このため健常者で検出され、癌患者で検出されないということを判断基準として用いて、消失群のVOCが検出されるか否かで診断することができる。消失群のVOCが検出されない場合、癌の可能性が高いと判定される。
すなわち、本発明の癌を診断する方法は、VOC検出工程で検出するVOCが、消失群から選択される1以上のVOCの消失VOCであり、判定工程が、消失VOCが検出されない場合癌と判定する、および/または、VOCが検出される場合癌ではないと判定する判定工程を有することができる。
【0062】
(新生群の判定)
新生群のVOCについては、健常者では通常検出されず、癌患者において検出される傾向がある。このため健常者で検出されず、癌患者で検出されるということを判断基準として用いて、新生群のVOCが検出されるか否かで診断することができる。新生群のVOCが検出される場合、癌の可能性が高いと判定される。
すなわち、本発明の癌を診断する方法は、VOC検出工程で検出するVOCが、新生群から選択される1以上のVOCの新生VOCであり、判定工程が、新生VOCが検出される場合癌と判定する、および/または、新生VOCが検出されない場合癌ではないと判定する判定工程を有することができる。
【0063】
(増減群の判定)
VOC検出工程が、増減群から選択される1以上のVOCの検出量を検出するものであり、判定工程が、VOC濃度について予め作成された健常者と癌患者とを判別する閾値と対比して判定するものとすることもできる。
増減群のVOCについては、健常者では通常検出され、癌患者において増加または減少する傾向がある。このため健常者の群の上限量または下限量を判断基準として用いて、その上限以上か否かまたは下限量以下か否かを基準として、診断することができる。増減群のVOCが所定の値より高い場合や低い場合、癌の可能性が高いと判定される。また、癌のステージによる検量線を設けて、そのステージを判断する指標としてもよい。
【0064】
これらの消失VOC、新生VOC、減少VOCの指標を組み合わせて判定してもよい。この組み合わせは同一の群から複数のVOCを選択して組み合わせてもよいし、複数の群からの組合わせであってもよい。組み合わせ方としては、例えば、複数の癌診断VOCの検出量を測定してその検出量にそれぞれ閾値を設けて、閾値に対する判定結果の傾向として分析することができる。または、決定樹のように、癌診断VOCの診断結果を特定の順序で閾値を超えるか否かを順に判定して求めることができる。または、VOC検出量を説明変数とし、診断情報を目的変数として多変量解析を行って所定の写像(例えば、検索空間など)を構成する方法などがあげられる。
【0065】
組み合わせて判定する場合、例えば、VOC検出工程が、消失群から選択される1以上の癌診断VOCと、新生群から選択される1以上の癌診断VOCとを検出するものであり、判定工程が、消失群の癌診断VOCが検出され、かつ、新生VOCの癌診断VOCが検出されない場合、癌ではないと判定し、消失群の癌診断VOCが検出されず、かつ、新生VOCの癌診断VOCが検出される場合、癌であると判定するものとすることができる。
【0066】
また、他の例として、消失群から選択される1以上の癌診断VOC、および/または、新生群から選択される1以上の癌診断VOCを検出し、かつ、増減群から選択される1以上のVOCを検出するVOC検出手段と、消失群のVOCが検出されず、および/または、新生群のVOCが検出される場合、増減VOCの検出量により、癌の進行を判定するものとすることができる。
【0067】
[多変量解析による判定]
本発明の癌を診断する方法は、VOC検出工程で検出するVOCが、消失群、新生群、及び増減群から選択される少なくとも3以上のVOCの検出量を測定するVOC検出量群であり、
判定工程が、VOC検出量群のVOCの検出量を説明変数として、健常者と癌患者とを判別する多変量解析を行う判別式により判別する判別工程を有することができる。多変量解析の説明変数として用いる癌診断VOC検出量の数は、4以上が好ましく、6以上がより好ましい。
この3以上のVOCは、消失群、新生群、または増減群のいずれか同じ1つの群に属するものを3種以上としてもよいし、異なる2以上の群のものを1種以上含むものとしてもよい。同じ1つの群に属するものを用いることで、多種のVOCを用いる解析を行うことで、信頼性が高い判定ができる。異なる2以上の群のものを用いることで、それぞれ傾向が異なるものを含む判定となることから、より誤判定や判定不能となることが少なく信頼性が高い判定ができる。
【0068】
[多変量解析]
【0069】
多変量解析とは、互いに関係のある多変量(他種類の特性値)のデータが持つ特徴を要約し、かつ、目的に応じて総合するための手法のことである。
多変量解析には、
(1)予測式(関係式)の発見や量の推定などに用いる重回帰分析や正準相関分析、
(2)標本の分類や質の推定などに用いるクラスター分析や判別分析、
(3)多変量の統合整理(減らす)、変量の分類、および代表変量の発見などに用いる主成分分析や因子分析などが含まれる。本発明に用いる多変量解析は、これらの方法のいずれを採用してもよい。
【0070】
多変量解析は、癌診断VOCを説明変数として、癌患者と健常者との分類を目的変数として判別式を作成して用いるものとすることができ、この判別式により癌患者か否か、またその可能性を判定することができる。
また、癌患者を、ステージや症状に応じてさらに分類したものを目的変数とした判別式とすることもでき、これにより癌のステージや、種類も判定することができる。
【0071】
[表示]
このようにして判定された判定結果は、モニターに「癌である」や「癌ではない」のように表示したり、「癌の可能性X%」のように確率などで表示したり、音や表示灯で示す等、任意の手法で表示することができる。その内容を診断結果として採用したり、その結果に基づいてさらに詳細な精密検査などを行うことができる。
【0072】
[癌]
本発明で診断する癌は、種々の癌を対象とすることができる。癌は、血液(および骨髄)-造血細胞悪性腫瘍、白血病、リンパ腫、ホジキン病、非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫;脳腫瘍;乳がん;子宮体がん;子宮頚がん;卵巣がん;食道癌;胃癌;虫垂癌;大腸癌 ;肝癌、肝細胞癌;胆嚢癌;胆管癌;膵臓がん(膵がん);副腎癌;消化管間質腫瘍;中皮腫(胸膜、腹膜、心膜など);頭頚部癌(喉頭癌;口腔癌、口腔底癌、歯肉癌、舌癌、頬粘膜癌;唾液腺癌;副鼻腔癌、上顎洞癌、前頭洞癌、篩骨洞癌、蝶型骨洞癌、甲状腺癌);腎臓がん;肺癌;骨肉腫;前立腺癌;精巣腫瘍(睾丸がん);腎細胞癌;膀胱癌;横紋筋肉腫;皮膚癌;肛門癌などの各種癌を診断対象とすることができる。診断対象とする癌の種類に応じて、癌診断VOCとして用いるVOCを変更し、その判定基準とする閾値等を設定して実施することができる。
特に、頭頚部癌(喉頭癌;口腔癌、口腔底癌、歯肉癌、舌癌、頬粘膜癌;唾液腺癌;副鼻腔癌、上顎洞癌、前頭洞癌、篩骨洞癌、蝶型骨洞癌、甲状腺癌)を診断対象とすることが好ましく、中でも、口腔癌、口腔底癌、歯肉癌、舌癌、頬粘膜癌を診断対象とすることが特に好ましい。
特に本発明の癌を診断する方法は、口腔癌を診断する方法として好適である。
【0073】
[本発明の第一の実施形態]
図1は、本発明の方法を実施するフローチャートの一例を示すものである。被験者の体液が、VOC検出のサンプルとして供給される(サンプル供給S11)。次に、供給されたサンプルはVOCを濃縮する処理が行われる(濃縮S21)。次に、濃縮されたVOCを回収する処理が行われる(回収S22)。そして、回収されたVOCの有無や検出量の検出が行われる(検出S23)。検出結果は、適宜、読み取って判定手段に入力したり、電子データとして判定手段に入力されて、その結果に基づいて、癌の可能性が判定される(判定S31)。その判定結果は、表示手段に表示される(表示S41)。表示結果をもとに、癌の診断等が行われる。
【0074】
図2は、本発明のVOCを検出するまでの操作の一例をより詳しく説明するための図である。サンプリングピペットまたは吐き出しにより、5~10分にかけて唾液を採取する(i)。次に、採取された唾液は、10mL容量のガラス試料瓶に入れ、この瓶内で、2mLの唾液を、3mLのイオン交換水と混合され希釈される(ii)。その後、容量50mLのガラス抽出瓶に先ほどの抽出液は加える。このガラス抽出瓶の底部には、ZSM-5/PDMS複合膜(ゼオライトとシリコーンの複合膜)が配置されている。このガラス抽出瓶を、3時間ほど振とうすることで、唾液からVOCを、ZSM-5/PDMSの複合膜に抽出する(iii)。その後、イオン交換水による複合膜の洗浄と窒素ガスによる複合膜の乾燥が行われる(iv)。そして、抽出された検体(VOC)は、この乾燥後の複合膜を含む瓶に注入されたメタノール抽出により回収される(v)。このメタノール回収液を、GC-MS分析することで、VOCを検出する(vi)。
【0075】
[本発明の癌を診断するシステム(第一の形態)]
本発明の癌を診断するシステムは、第一の形態として、被験者から採取された体液中に含まれる、前述の消失群から選択される1以上のVOCの消失VOCを検出する消失VOC検出手段を有する。また、前記消失VOCが検出されない場合癌と判定する、および/または、前記VOCが検出される場合癌ではないと判定する判定手段を有するものとすることができる。
消失VOC検出手段は、消失群から選択されたいずれかの消失VOCの有無を検出するものでよい。そして、その検出結果に基づいて、検出されない場合癌と判定、および/または、検出される場合VOCと判定する判定手段を有する。
【0076】
[本発明の癌を診断するシステム(第二の形態)]
本発明の癌を診断するシステムは、第二の形態として、被験者から採取された体液中に含まれる、前述の新生群から選択される1以上のVOCの新生VOCを検出する新生VOC検出手段を有する。また、前記新生VOCが検出されない場合癌と判定する、および/または、前記新生VOCが検出される場合癌ではないと判定する判定手段を有するものとすることができる。
新生VOC検出手段は、新生群から選択されたいずれかの新生VOCの有無を検出するものでよい。そして、その検出結果に基づいて、検出される場合癌と判定、および/または、検出されない場合VOCと判定する判定手段を有する。
【0077】
[本発明の第二の実施形態]
図3は、本発明の癌を診断するシステムの第一の形態や第二の形態の構成の一例を説明するための図である。癌の診断システム11は、検出手段21、判定手段31を有しており、表示手段41と、メモリ61を有している。採取された唾液は、検出手段21に供給され、検出対象のVOCの有無や検出量などが検出される。この検出手段21は、第一の癌を診断するシステムでは、消失VOCを検出する。また、第二の癌を診断するシステムでは、新生VOCを検出する。
【0078】
次に、この検出手段21による検出結果は、適宜メモリ61に保存され、判定手段31でその結果が判定される。検出対象が1種のVOCの場合、その有無のみから判定を行ってもよいし、複数のVOCを検出する場合、それらに基づく複合的な結果を可能性の程度として判定してもよい。このとき、VOCの種類によって重みづけを行うこともでき、その判定や重みづけの指標は適宜メモリ61に保存しておいて判定することもできる。判定結果は、適宜メモリ61に保存され、表示手段41に表示される。これらの各手段は、適宜、装置内に組み込んで癌を診断する装置としてもよいし、その一部(例えば判定手段31やメモリ61)をサーバで実施したり、そのためのプログラムとしたり、これを保存した記録媒体としてもよい。
【0079】
[本発明癌を診断するシステム(第三の形態)]
本発明の癌を診断するシステムの第三の形態は、被験者から採取された体液中の、前述の消失群、新生群、及び増減群からなる群から選択され、少なくとも3種以上の化合物を含む癌診断VOC検出量群に基づいて判定するものとすることができる。また、前記癌診断VOC検出量群の各VOCの検出量を説明変数として、健常者と癌患者とを判別する多変量解析を行った判別式により癌を判別する判定手段を有する。このような複数の癌診断VOCによる分析を行うことで、より、精度が高い判定をすることができる。この多変量解析は、複数の癌患者の癌診断VOCと、健常者の癌診断VOCとを予め取得して、それらを判別するために作成した判別式を用いる。
【0080】
図4は、本発明の癌を診断するシステムの第三の形態の構成の一例を説明するための図である。癌の診断システム12は、操作部52、判定手段32を有しており、表示手段42と、メモリ62を有している。このシステムは、予め取得された癌診断VOCの検出量を用いてその結果に基づく診断を行うことができる。ガスクロマトグラフィーなどを用いて取得された、被験者の体液に関する癌診断VOC群の測定結果は、操作部52から入力したり、データ転送手段(図示せず)等によりメモリ62などに保存しておくことができ、この癌診断VOC群を用いて判定が行われる。
判定手段32では、操作部52から入力したり、メモリ62から読み込んだ、被験者の癌診断VOC群の各VOCの検出量を説明変数として、健常者と癌患者とを判別する多変量解析を行った判別式により癌を判別する。この判別式は、予め、健常者と癌患者とを判別する判別式として作成されたものを用いて、その判別式はメモリ62に保存されている。この判別式により、被験者の判定を行うことで、被験者が癌か否かや、その可能性を判定して、その結果は、表示手段42に表示される。なお、ここでは、被験者の癌診断VOC群を、既知の判別式で判別するものを例に説明したが、被験者の癌診断VOC群を、既に取得していた他の健常者と癌患者との癌診断VOC群とともに多変量解析することで判定するものとしてもよい。なお、これらの各手段は、適宜、装置内に組み込んで癌を診断する装置としてもよいし、その一部(例えば判定手段32やメモリ62)をサーバで実施したり、そのためのプログラムとしたり、これを保存した記録媒体としてもよい。
【0081】
[本発明の効果等]
本発明は、癌の診断を行うことができる。本発明は、個体における口腔癌の早期診断又はその予後の提供に使用するための、口腔癌に特異性を示す新規の揮発性唾液メタボロームを提供するものとすることができる。また、個体の唾液中に見出される揮発性代謝産物を検出することによって、口腔癌を診断する又はその進行や予後を提供することができる。更に、病気の進行に伴って唾液中に見出される揮発性代謝産物が、増減・消滅・新生といった異なる匂い群に分かれ、その匂い群を形成する1種又は1種以上の揮発性代謝産物の代謝プロファイルから口腔癌を検出・診断する方法に関するものとすることができる。
【実施例】
【0082】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を変更しない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0083】
[癌診断VOCの特定]
本実施例では、ZSM-5/PDMS複合薄膜を用いたVOCの分析により、口腔癌患者及び健康者を特徴づける唾液VOCの代謝パターンの確立に有用な技術を検討した。アルコール、ケトン、炭化水素、アルデヒド、有機酸、エステル、フェノール類として分類された口腔癌群(n=24)と対照群(n=51)の試料の間で80種類の揮発性代謝産物が検出され、そのうち口腔癌に特異性を示す27種類の代謝産物(10種類が減少し、7種類が消滅し、10種類が新たに口腔癌群で産生された)発見することができた。以下、より具体的な操作とその結果を説明する。
【0084】
(1)判定基準を作成するための健常者および癌患者情報
本実施例において口腔癌患者(12名)は、病理組織検査、生検、外科的切除により扁平上皮癌と確定診断された者で、放射線療法や化学療法などの治療歴のない者とした。健常者(8名)は基礎疾患がなく、悪性腫瘍の病歴が無い者とした。
【0085】
(2)唾液サンプルの採取
被験者からの唾液サンプルは、採取前に口を水ですすぎ、10mLのサンプル瓶に平均2mLの安静時唾液を5~10分かけて採取した。唾液は、採取後直ちに-80℃の環境下で保管した。唾液中のVOCは、生体内代謝に起因する内因性成分と、食事や飲酒、服薬、喫煙など、生活歴や環境由来の外因性成分が混在し、成分が変動しやすい。従って、これらVOCの日間変動や個体間変動を考慮し、一人当たり複数回唾液の採取を行った。健常者は、朝食をとらず午前7時から10時の間に、最低5日間連続して唾液を採取した。口腔がん患者に関しては、食後少なくとも1.5時間以上経過し、入院後手術までの期間、可能な限り複数回採取した。全ての被験者に、唾液採取1時間前には歯磨剤や洗口液を含めた口腔清掃や喫煙を避けるよう、指示した。
表1に、唾液サンプル採取に関する対象者情報等を示す。
【0086】
【0087】
(3)VOCの検出
本発明では、従来から固相抽出に多く用いられているジメチルポリシロキサン(PDMS)吸着マトリックスにゼオライトの一種であるZSM-5を加えたPDMS/ZSM-5複合膜に基づく薄膜抽出法(Thin Film Microextraction, TFME)を組み合わせたガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)に基づき、口腔癌の病態に特異的なVOC分子情報をもとに口腔癌と高い相関性をもつ新規バイオマーカーの発見を試みた。
【0088】
「複合膜」
(原料)
・ゼオライト(ZSM-5):JGC Catalysts and Chemicals社製、ZSM-5(SiO2/Al2O3モル比= 30,Lot.110421)
・ジメチルポリシロキサン(PDMS):Dow Corning社製Sylgard 184 silicone elastomer kitを用いて製造
(複合膜を作成するための操作)
PDMSを凝固させる前に、PDMSに対してZSM-5の重量比が20%となるように混合して、その混合物1.0gをガラス瓶に滴下し、25℃で72時間放置することでZSM-5/PDMS複合膜を担持した抽出デバイス作成した。次いで100℃で1時間加熱した後、続いて、ZSM-5/PDMSフィルムを有する抽出デバイスを3日間メタノールで振とう洗浄を行うことで、未反応のPDMSモノマーを除去した。
【0089】
「GC-MS」
・ガスクロマトグラフ質量分析:日本電子(JEOL)社製(JMS-Q1000GC、Agilent社製ガスクロマトグラフ7890A合体型)
・検出部:四曲歯質量分析計(電子イオン化モード電位70eV)
・カラム:Agilent社製、DB-WAXキャピラリカラム(長さ30m、内径0.25mm、膜厚0.5μm)
(運転条件等)
超高純度のヘリウムガス(純度99.999%)をキャリアガスとして1.0mL/minの流速で流した。GCインジェクタの温度は230℃に保たれた。オーブンの温度は、40℃で3分間保持し、10℃/分で230℃まで昇温し、10分間保持するようにプログラムした。保持時間データを5分20秒から32分まで記録した。データ収集は、m/z=25-310およびスキャン時間300msのフルスキャンモードで行った。試料成分の同定は、米国標準技術研究所(NIST)質量スペクトルライブラリ検索ソフトウェア(JEOLバージョン1.5)を用いて行った。信頼できるVOC同定のために、700を超える構造的類似性を有する化合物を候補バイオマーカーとして選択した。
【0090】
唾液中VOCの定量分析には、GC-MSを用いた。PDMS/ZSM-5複合膜を有する抽出デバイスに、解凍した唾液2.0mLとイオン交換水3.0mLを入れ、3時間の振とう後、唾液を捨て純水による洗浄及び窒素乾燥を行った。次に100μLのメタノールを入れ、抽出デバイスから30分間VOCの再抽出を行い、その内1.0μLをGC-MSを用いて分析を行った。
【0091】
図5は、ZSM-5/PDMS複合薄膜抽出による揮発性代謝産物のGC-MS分析の概略図である。
図5は、(a)健常者と(b)口腔癌患者のGC-MSトータルイオンクロマトグラム唾液VOCプロファイルの例である。
【0092】
(4)VOCの分析
口腔癌患者12名及び健常者8名からそれぞれ73及び42種のVOCが検出され、両群に共通して検出された成分は35成分であった。
図6は、腔癌患者群において著しく減少した10個の唾液VOCピーク面積の健常者対照群との比較結果を示すものである。
【0093】
健常者群と比較し、口腔癌患者群において有意な差を示した27成分を抽出した。これらは、癌患者と、健常者とのそれぞれの傾向から、「消失群」、「新生群」、「増減群」のいずれかに分類することができた。さらに、これらの中でも12成分のVOCは、高い信頼性と再現性を示す。この結果より、これらの27成分、なかでも12成分を、潜在的な唾液口腔癌マーカーとして選定した。
【0094】
検出結果の一例として、表2は消失群の7種、表3は新生群の10種、表4は増減群の10種について、GC-MS検出時の結果と、VOCの有機化合物としての分類、また、出現頻度(FA)を示すものである。
【0095】
【0096】
【0097】
【0098】
(5)VOCの主成分分析
(5-1)27成分による分析例
図7は、27成分のVOCのGCピーク面積を説明変数として、主成分分析(PCA)スコアプロットした結果を示すものである。主成分分析は、オリジン9ソフトウェア(Origin 9 software、Origin Lab Corporation, Northampton, MA, USA)を用いておこなった。
図7に示すように多変量解析(主成分分析)の結果は、これらのVOCが癌患者群と、健常者群の区別に寄与できることが確認された。この
図7では、主成分分析のPC1を用いて、PC1が約-1以上のものは健常者(Healthy)と判定され、約-1未満のものは、癌患者(Cancer)と判定される基準とできる。この基準に基づき、被験者のVOCを測定して、この主成分分析による基準により分析することで、被験者が癌であるか否か、またその可能性を判定することができる。
【0099】
さらに、
図8は、
図7に示す主成分分析に用いた各VOCの変数の寄与を示すチャートである。チャートに示したとき、消失群、増減群、新生群は、チャート上でも分類できていることが確認できる。
【0100】
特に、口腔癌バイオマーカーとして抽出した12種類の代謝産物のVOCプロファイルは、その有意差に基づいた口腔癌のスクリーニングや異なる段階にある病態の識別に活用できる可能性が高い。
【0101】
図9は、健常者と口腔癌患者を区別する12成分の潜在的なVOCバイオマーカープロファイルの比較を示すグラフである。
【0102】
(5-2)27成分による分析例
癌診断VOCとして、前記(5-1)と同様に27成分のGC-MS検出量を用いて、「健常者群8名(試料数50)」、「癌患者群11名(試料数22)」について主成分分析を行った結果を
図10に示す。さらに、癌患者(舌癌ステージ4)1名(試料数2)を未知の試料として追加して主成分分析を行った結果を
図11に示す。追加した癌患者はいずれの試料(C1、C2)も「癌患者である」と判断されるPC1であった。
【0103】
(6)癌診断VOCの決定樹による分類
図12は、2-ペンタノン、ウンデカン、ヘキサデカン酸、1,3ブタンジオールを、癌診断VOCとして用いた、癌判定の決定樹である。それぞれのVOCについて、GC-MSによる検出量(peak area)に基づいて基準を設けて、この基準と比較して判定していくことで、癌患者(C)と、健常者(H)が分類できることを確認した。
【0104】
(7)VOCのP値(p value)
表5は、健常者と、癌患者とで共通して検出された代表的な成分のp-valueと、検出量の増減(表中「↓」は減少、「↑」は増加)を示すものである。
【0105】
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明の診断するシステムは、癌を診断するための物であり、産業上利用可能性を有する。また、本発明の癌を診断する方法は、人体から収集された試料やデータを用いて基準と比較するなどの分析を行うものであり、癌の可能性を判定するものであり産業上利用可能性がある。
【符号の説明】
【0107】
11、12 診断システム
21 検出手段
31、32 判定手段
41、42 表示手段
52 操作部
61、62 メモリ