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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-14
(45)【発行日】2023-04-24
(54)【発明の名称】細菌感染症の放射性診断薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 51/04 20060101AFI20230417BHJP
   A61P 31/04 20060101ALN20230417BHJP
   C12Q 1/16 20060101ALN20230417BHJP
   A61K 101/00 20060101ALN20230417BHJP
【FI】
A61K51/04 200
A61P31/04
C12Q1/16
A61K101:00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019024241
(22)【出願日】2019-02-14
(65)【公開番号】P2019137686
(43)【公開日】2019-08-22
【審査請求日】2021-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2018023992
(32)【優先日】2018-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(72)【発明者】
【氏名】川井 惠一
(72)【発明者】
【氏名】岡本 成史
(72)【発明者】
【氏名】小林 正和
(72)【発明者】
【氏名】松榮 美希
(72)【発明者】
【氏名】森 裕美子
(72)【発明者】
【氏名】水谷 明日香
(72)【発明者】
【氏名】湯淺 善恵
【審査官】深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】特表昭60-501240(JP,A)
【文献】国際公開第2011/052522(WO,A1)
【文献】特開2013-081430(JP,A)
【文献】Scientific Reports,2017年,Vol.7,Article No.7903
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 51/00-52/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
[2,3-3H]-L-alanineを含む、細菌感染症の放射性診断薬。
【請求項2】
[2,3-3H]-D-alanineを含む、細菌感染症の放射性診断薬。
【請求項3】
[metyl-3H]-D-methionineを含む、細菌感染症の放射性診断薬。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1に記載の放射性診断薬を含む、細菌感染症の診断用のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細菌感染症の放射性診断薬に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な細菌による細菌感染症が人類の健康的な生活をしばしば脅かしている。細菌感染症は、病原性細菌や日和見感染症原因細菌等の宿主への感染により発症し、その病態は原因細菌の種類によって多種多様である(非特許文献1)。
【0003】
細菌感染症の発症には、細菌の病原因子と宿主の感染防御力の2つの要素が関連する(非特許文献2)。
細菌の感染力に関わる重要な病原因子には、宿主の組織への付着・侵入に関与する因子、組織障害を誘導する各種酵素、生理機能や免疫機能を破綻させる毒素などが含まれる。
一方、感染防御力として、好中球やマクロファージなどによる細菌貪食作用を中心とした自然免疫応答や、T細胞やB細胞を中心に抗原特異的に細菌を排除する獲得免疫応答が存在する。ほとんどの細菌は、通常これらの宿主免疫応答により排除されるため感染症の発症には至らない。しかし、宿主の免疫応答の減弱や一部の病原体に対する免疫応答の欠如、更には細菌による免疫攪乱作用などが生じた場合に感染症が発症する。
【0004】
劇症型レンサ球菌感染症などの重篤な急性感染症においては、宿主の免疫応答以外に、感染部位や全身に見られる急激な細菌増殖も大きな問題となる。例えば、劇症型レンサ球菌感染症の一部の症状に壊死性筋膜炎があるが(非特許文献1)、この症状は感染部位における急激なレンサ球菌の増殖と筋膜壊死を伴うものであり、この急激なレンサ球菌増殖の原因究明が大きな課題となっている。しかし、感染症原因細菌が持つ病原因子について、上述の付着・侵入因子、組織障害に関与する各種酵素や毒素などについては多くの研究が進められているが、細菌の増殖能に関する具体的な研究についてはあまり進展が見られていないのが現状である。
【0005】
現在の細菌感染症の検査方法は細菌培養法が用いられている。しかし、この方法は、検査の判定までに時間がかかるため、症状の進行が急激かつ重篤で死亡率が高い劇症型感染症などの診断には適さない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】BrouwerS, Barnett TC, Rivera-Hernandez T, Rohde M, and Walker MJ.Streptococcuspyogenes adhesion and colonization. FEBS Lett.2016;590(21):3739-3757.
【文献】平松 啓一, 中込 治, 神谷 茂. 標準微生物学. 株式会社 医学書院2014;第11版
【文献】vanOosten M, Hahn M, Crane LM: Targeted imaging of bacterialinfections: advances,hurdles and hopes. FEMS Microbiol Rev, 39: 892-916(2015).
【文献】LoveC, Tomas MB, Tronco CG, Palestro CJ: FDG PET of infectionandinflammation.RadioGraphics, 25: 1375-1368(2005).
【文献】岡田 敦, 設楽 政次, 森田 耕司, 長沢 光章, 渡邊 邦友, 宮治 誠, 阿部 美知子, 山根 誠久, 高橋 信二. 微生物学/臨床微生物学. 医歯薬出版株式会社;2012;第3版
【文献】BurkovskiAand Krauml;mer R. Bacterial amino acid transport proteins: occurrence,functions,and significance for biotechnological applications. Appl MicrobiolBiotechnol.2002;58(3):26574.
【文献】LiuQ, Liang Y, Zhang Y, Shang X, Liu S, Wen J, and Wen T. YjeH is anovel exporterof L-methionine and branched-chain amino acids in Escherichiacoli. Appl EnvironMicrobio. 2015;81(22):7753-66.
【文献】Johnson E, Nguyen PT, Yeates TO, and Rees DC. Inward facingconformations of theMetNI methionine ABC transporter: Implications for themechanism oftransinhibition. Protein Sci. 2012;21(1):84-96.
【文献】EllisJ, Carlin A, Steffes C, Wu J, Liu J, and Rosen BP. Topologicalanalysis of thelysine-specific permease of Escherichia coli. Microbiology.1995;141 (Pt8):1927-35.
【文献】Shang X, Zhang Y, Zhang G, Chai X, Deng A, Liang Y, and Wen T.Characterizationand molecular mechanism of AroP as an aromatic amino acid andhistidinetransporter in Corynebacterium glutamicum. J Bacteriol.2013;195(23):5334-42.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、細菌性感染症の診断において、放射性診断薬による病変の検出をより正確に行うための手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討した結果、E. coli K-12由来株を用いて、各増殖期におけるアミノ酸の菌体内への取り込みを検討し、更にアミノ酸のタンパクへの組込み率, 集積に関与する集積機構の特徴を調べ、放射性同位元素標識アミノ酸の一例である[2,3-3H]-L-alanine(3H-L-Ala)、[2,3-3H]-D-alanine(3H-D-Ala)及び[metyl-3H]-D-methionine(3H-D-Met)等がE. coli K-12由来株の増殖活性時に特異的に菌体内へと集積することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1.放射性同位元素標識アミノ酸を含む、細菌感染症の放射性診断薬。
2.前記放射性同位元素が3-水素、11-炭素、15-酸素、18-フッ素、32-リン、59-鉄、67-銅、67-ガリウム、81m-クリプトン、81-ルビジウム、89-ストロンチウム、90-イットリウム、99m-テクネチウム、111-インジウム、123-ヨウ素、125-ヨウ素、131-ヨウ素、133-キセノン、117m-サマリウム、153-サマリウム、186-レニウム、188-レニウム、201-タリウム、212-ビスマス、213-ビスマス又は211-アスタチンである、前項1に記載の放射性診断薬。
3.前記放射性同位元素標識アミノ酸が[2,3-3H]-D-alanine、[metyl-3H]-D-methionine、[2-3H]-glycine、[2,3-3H]-L-alanine、[ring3,5-3H]-L-tyrosine、[methyl-3H]-L-methionine、[2,3,4-3H]-L-glutamicacid、[4,5-3H]-L-lysin)、[ring2,5-3H]-L-histidine、[3-125I]-L-tyrosine又は[5-125I]-L-histidineである、前項1又は2に記載の放射性診断薬。
4.前記放射性同位元素標識アミノ酸が[2,3-3H]-D-alanine、[metyl-3H]-D-methionine、[2,3-3H]-L-alanine、[ring3,5-3H]-L-tyrosine、又は[methyl-3H]-L-methionineである、前項1~3のいずれか1に記載の放射性診断薬。
5.前記放射性同位元素標識アミノ酸が[2,3-3H]-L-alanineである、前項1~3のいずれか1に記載の放射性診断薬。
6.前記放射性同位元素標識アミノ酸が[2,3-3H]-D-alanineである、前項1~3のいずれか1に記載の放射性診断薬。
7.前記放射性同位元素標識アミノ酸が[metyl-3H]-D-methionineである、前項1~3のいずれか1に記載の放射性診断薬。
8.前記細菌感染症が大腸菌の感染症である、前項1~7のいずれか1に記載の放射性診断薬。
9.以下の工程を含むことを特徴とする細菌感染症の診断方法、
(1)前項1~8のいずれか1に記載の放射性診断薬を投与する工程、
(2)投与された放射性診断薬を検出する工程、及び
(3)検出結果から細菌感染症の有無若しくは進行を判定する工程。
10.以下のいずれか1以上の組み合わせの放射性診断薬を使用する前項9に記載の診断方法。
(1)[2,3-3H]-D-alanine及び[2,3-3H]-L-alanine
(2)[metyl-3H]-D-methionine及び[metyl-3H]-L-methionine
11.前項1~8のいずれか1に記載の放射性診断薬を含む、細菌感染症の診断用のキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、細菌感染症の放射性診断薬を提供できる。該放射性診断薬は、細菌感染症の原因細菌が体内へ侵入して感染し、体内で細菌の増殖活性が増強し、発症するまでの感染症発症の流れの中で、細菌の増殖活性が増強する発症前での細菌感染症早期画像診断に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1の本培養条件の決定の結果。DMEM培地におけるE. coli K-12由来株の増殖曲線を示す。縦軸は可視分光光度計により測定した波長600 nmにおける培地の濁度(Opticaldensity; OD)を示す。横軸は培養時間 (hour)を示す。■は2.5×105 CFU、×は5.0×105 CFU、◆は1.0×106 CFU、●は2.0×106 CFUの結果を示す。
図2】実施例1の各増殖期における標識天然アミノ酸の集積実験の結果。左軸のAccumulation(nmol/g protein)は標識天然アミノ酸の集積量、右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。横軸は培養時間 (hour)を示す。
図3】実施例1の各増殖期における標識天然アミノ酸の集積実験の集積量比較。左軸のAccumulation(nmol/g protein)は標識天然アミノ酸の集積量、右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。横軸は培養時間 (hour)を示す。各培養時間のバーは、左から順に3H-Gly、3H-L-Ala、3H-L-Tyr、3H-L-Met、3H-L-Glu、3H-L-Lys、3H-L-Hisの結果を示す。
図4】実施例3の低温培養条件における集積実験の結果。左軸のAccumulation(nmol/g protein)は標識天然アミノ酸の集積量、右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。横軸は培養時間 (hour)を示す。左から順に最初の12時間は「16℃培養」の結果を示し、次の12時間は「37℃培養」の結果を示す。
図5】実施例2の3H-L-Alaのタンパク質への組込み率算出実験の結果。左軸の%は菌体内に集積した3H-L-Alaを100%とし、タンパク(質)画分中に集積した3H-L-Ala(各バーの灰色塗り部分)及びタンパク(質)画分以外に集積した3H-L-Ala(各バーの白塗り部分)の割合、右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。
図6】実施例4の集積阻害実験の結果。(a)阻害剤負荷による3H-L-Alaの集積変化の結果を示す。左軸のAccumulation(nmol/g protein)は標識天然アミノ酸の集積量、右軸のTotalprotein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。横軸は培養時間(hour)を示す。各培養時間のバーは、左から順にコントロール(阻害剤非添加時の3H-L-Alaの集積)、L-alanine負荷(L-alanine同時添加時の3H-L-Alaの集積)、glycine負荷(glycine同時添加時の3H-L-Alaの集積)の結果を示す。(b)各集積機構の集積寄与率の算出例を示す。縦軸はコントロールにおける3H-L-Alaの集積率を100 %とした各阻害剤負荷時の3H-L-Alaの集積率を% of controlによる評価結果を示す。(c)各集積機構の集積寄与率の培養時間による推移を示す。左軸の集積寄与率(%)はcontrolの集積率から各阻害剤負荷時の集積率を差し引いた3H-L-Alaの集積における各集積機構の集積寄与率を示す。横軸は培養時間 (hour)を示す。各培養時間のバーは、左から順に活性化による特異的な集積機構の集積寄与率{阻害剤非添加時の3H-L-Alaの集積率(100%)からL-alanine同時添加時における3H-L-Alaの集積率を差し引いた値(%)}、glycineが関与する集積機構の集積寄与率{阻害剤非添加時の3H-L-Alaの集積率(100%)からglycine同時添加時における3H-L-Alaの集積率を差し引いた値(%)}、L-alanine特異的な集積機構の集積寄与率{glycine同時添加時における3H-L-Alaの集積率からL-alanine同時添加時における3H-L-Alaの集積率を差し引いた値(%)}の結果を示す。
図7】実施例5の各増殖期における標識天然アミノ酸の集積実験の結果。左軸のAccumulation(nmol/g protein)は標識天然アミノ酸の集積量、右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。横軸は培養時間(hour)を示す。各培養時間のバーは、左から順に3H-L-His、3H-L-Tyr、3H-L-Met及び3H-2DGの結果を示す。
図8】実施例5の3H-L-His、3H-L-Tyr及び3H-L-Metのタンパク質への組込み量算出実験の結果。左軸のAccumulation(nmol/g protein)は標識天然アミノ酸の集積量、右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。各バーにおける白塗り部分は、菌体内に集積した標識アミノ酸を100%としてタンパク(質)画分中に集積した標識アミノ酸の割合を示す。右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。
図9】実施例6の低温培養条件における集積実験の結果。左軸のAccumulation(nmol/g protein)は標識天然アミノ酸の集積量、右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。横軸は培養時間(hour)を示す。*は培養開始後の経過時間を示し、かっこ内の数字は増殖開始(37℃での培養開始)からの経過時間を示す。各培養時間のバーは、左から順に3H-L-His及び3H-L-Tyrの結果を示す。各バーにおける白塗り部分は、菌体内に集積した標識アミノ酸を100%としたタンパク(質)画分中に集積した標識アミノ酸の割合を示す。右軸のTotal protein(μg/mL)はE. coli K-12由来株の増殖を示す。左から順に最初の12時間は「16℃培養」の結果を示し、次の12時間は「37℃培養」の結果を示す。
図10】E.coli K-12由来株の各増殖期における各標識アミノ酸の集積の結果。標識アミノ酸の集積量をAccumulation (左軸)、E. coli K-12 由来株の増殖をTotal protein (右軸) により評価した。
図11】E. coli K-12由来株の各増殖期における各標識アミノ酸の集積の結果(まとめ)。標識アミノ酸の集積量をAccumulation (左軸)、E. coli K-12 由来株の増殖をTotal protein (右軸) により評価した。
図12】HaCaT細胞における各標識アミノ酸の集積の結果。標識アミノ酸の集積量をAccumulation (左軸) により評価した。
図13】E. coli K-12由来株とHaCaT細胞の各標識アミノ酸の集積比較の結果。標識アミノ酸の集積量をAccumulation (左軸) により評価した。
図14】E. coli K-12由来株とHaCaT細胞の3H-Glycineの集積比較の結果。標識アミノ酸の集積量をAccumulation (左軸) により評価した。
図15】E. coli K-12由来株とHaCaT細胞に集積した各標識アミノ酸のタンパク組み込み率の結果。菌体と細胞内にそれぞれ集積した標識アミノ酸のうち、タンパク合成系に組み込まれた標識アミノ酸の割合をタンパク画分、タンパク質以外の代謝産物として存在する標識アミノ酸の割合をタンパク画分以外とした。また、菌体と細胞内に集積した標識アミノ酸の集積率を100 %とし、タンパク画分およびタンパク画分以外の割合を%(左軸)とした。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、細菌感染症の発症における細菌の増殖能とアミノ酸との関連性、すなわち放射性同位元素標識アミノ酸の一例である3H-L-Ala、3H-D-Ala及び3H-D-Met等がE. coli K-12由来株の増殖活性時に特異的に菌体内へと集積することを新たに見出し、達成されたものである。
【0013】
本発明は、放射性同位元素標識アミノ酸を含む、細菌感染症の放射性診断薬(以下、単に「放射性診断薬」と称する場合がある)を対象とする。本発明の放射性診断薬は、該診断薬を細胞内に集積させることにより、細菌感染症の検査において、従来の方法よりも早期の細菌の増殖活性が増強する発症前であっても検出し得るものである。特に、本発明の放射性診断薬は、細菌感染症の対数増殖期を検出することに好ましい。
【0014】
(放射性トレーサー)
放射性同位元素をトレーサーとして添加し、その放射能を測定することによって、目的とする物質の移動や分布を追跡する方法を放射性トレーサー法という。
放射性トレーサーとしては、18F-2-deoxy-2-fluoro-D-glucose(18F-FDG)が現在がん診断に用いられている(非特許文献3及び4)。
【0015】
(細菌の増殖期)
細菌の増殖は、誘導期・対数増殖期・定常期・死滅期の4つの増殖期に分けられる。誘導期(log phase)は細菌の増殖がほとんど停止している状態であり、細菌が新しい環境に適応し増殖を開始するための準備期間である。対数増殖期(log phase)では、菌体内の酵素活性が最も活発となり、細菌が盛んに増殖する。定常期(stationary phase)には栄養分の欠乏や有害代謝産物の蓄積により細菌の増殖速度が低下し、細菌の死滅が始まる。死滅期(phase of decline)には、生菌数が減少し死菌が増加する(非特許文献2及び5)。
【0016】
(細菌のアミノ酸代謝)
細菌が発育し増殖するためには、必要な栄養素を外界から取り込み、その栄養素を利用して菌体成分の合成やエネルギーの獲得に必要な物質を作り出すことが必須である。細菌の発育・増殖に必要な栄養素は高等生物と同じであり、水分、炭素源、窒素源、無機塩類、発育因子等である(非特許文献2)。
アミノ酸は窒素源として細菌の生命維持に必須であり、細菌の菌体内にはアミノ酸輸送機能が遍在している(非特許文献6)。細菌は外界のアミノ酸を直接菌体内に取り込み、発育・増殖のために必要なタンパク合成、炭素源の確保、窒素代謝を効率的に行う。また、細菌はメチオニン、リジン、そしてチロシン、ヒスチジンなど様々なアミノ酸を取り込む(非特許文献7~10)。
【0017】
(放射性同位元素)
放射性診断薬に含まれる放射性同位元素標識アミノ酸は、放射性同位元素がアミノ酸に結合してなるものであり、放射性同位元素としては、特に限定されないが、3-水素(3H)、11-炭素(11C)、15-酸素(15O)、18-フッ素(18F)、32-リン(32P)、59-鉄(59Fe)、67-銅(67Cu)、67-ガリウム(67Ga)、81m-クリプトン(81mKr)、81-ルビジウム(81Rb)、89-ストロンチウム(89Sr)、90-イットリウム(90Y)、99m-テクネチウム(99mTc)、111-インジウム(111In)、123-ヨウ素(123I)、125-ヨウ素(125I)、131-ヨウ素(131I)、133-キセノン(133Xe)、117m-サマリウム(117mSm)、153-サマリウム(153Sm)、186-レニウム(186Re)、188-レニウム(188Re)、201-タリウム(201Tl)、212-ビスマス(212Bi)、213-ビスマス(212Bi)および211-アスタチン(211At)等が挙げられる。
【0018】
(アミノ酸)
本発明の放射性診断薬において放射性同位元素標識するアミノ酸は、特に限定されないが、例えば、中性アミノ酸であるD-alanine、D-methionine、Glycine、L-alanine、L-tyrosine及びL-methionine、酸性天然アミノ酸であるL-glutamicacid、塩基性天然アミノ酸であるL-lysine及びL-histidine等が挙げられる。
【0019】
(放射性同位元素標識アミノ酸)
本発明の放射性診断薬に含まれる放射性同位元素標識アミノ酸は、体内に投与されて細菌性感染症の病原菌を検出し得るものであればいかなるものであってもよい。
具体例として、3H、18F、125I等の放射性同位元素の結合したD-alanine、D-methionine、Glycine、L-tyrosine、L-methionine、酸性天然アミノ酸であるL-glutamicacid、L-lysine及びL-histidine等のアミノ酸、それらの塩及びそれらの誘導体などが挙げられる。
例えば、放射性トリチウム(3H)で標識した[2,3-3H]-D-alanine、[metyl-3H]-D-methionine、[2-3H]-glycine(3H-Gly)、[2,3-3H]-L-alanine(3H-L-Ala)、[ring3,5-3H]-L-tyrosine(3H-L-Tyr)、[methyl-3H]-L-methionine(3H-L-Met)、[2,3,4-3H]-L-glutamicacid (3H-L-Glu)、[4,5-3H]-L-lysine(3H-L-Lys)、[ring2,5-3H]-L-histidine(3H-L-His)、放射性ヨウ素125Iで標識した[3-125I]-L-tyrosine(125I-L-Tyr)、[5-125I]-L-histidine(125I-L-His)、放射性炭素(炭素11:11C)で標識した[S-methyl-11C]-L-methionine等が挙げられる。
【0020】
(医薬的に許容し得る担体)
本発明の放射性診断薬は、放射性同位元素標識アミノ酸以外に、医薬的に許容し得る担体を含んでいてもよい。医薬的に許容し得る担体とは、液体または固体の賦形剤、希釈液、潤滑剤、または物質をカプセル化する溶媒のような、医薬的に許容し得る物質、組成物または媒体を意味する。各担体は、前記製剤の他の成分との適合性があり、また投与対象に対して傷害性でないという意味において「許容し得る」ものでなければならない。医薬的に許容し得る担体の具体的な例としては、例えば、ラクトース、グルコース、ショ糖などの糖;コーンスターチ、ジャガイモデンプンなどのデンプン;セルロース、ナトリウムカルボキシメチルセルロース、エチルセルロース、セルロース酢酸塩などのセルロース;トラガカント;麦芽;ゼラチン;滑石;カカオバター、坐薬ワックスなどの賦形剤;ピーナッツ油、綿実油、紅花油、ゴマ油、オリーブ油、トウモロコシ油、ダイズ油などの油;プロピレングリコールなどのグリコール類;グリセリン、ソルビトール、マンニトール、ポリエチレングリコールなどのポリオール類;オレイン酸エチル、ラウリン酸エチルなどのエステル類;寒天;水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウムなどの緩衝化剤;アルギン酸;生理食塩水;リンゲル溶液;エチルアルコール;ポリエステル、ポリカーボネートなどのポリ無水物類、などが挙げられるが、特に限定されない。当業者であれば、適宜これらの担体を選択することが可能である。
【0021】
(剤型)
本発明の放射性診断薬を、細菌感染症の診断を目的として対象に投与する場合は、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、丸剤、液剤などとして経口的に、あるいは、注射剤、坐剤、経皮吸収剤、吸入剤等として非経口的に投与することができる。このような投与剤型の選択および製造は、当業者であれば自体公知の方法を利用して適宜行うことができる。
【0022】
(細菌性感染症)
本明細書中「細菌性感染症」とは、生体内で細菌が増殖することにより引き起こされる感染症である。細菌は特に限定されないが、例えば、腸管病原性大腸菌(enteropathogenic Escherichia coli:EPEC)、腸管侵入性大腸菌(enteroinvasiveEscherichia coli:EIEC)、腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli:EHEC)、毒素原性大腸菌(enterotoxigenic Escherichiacoli:ETEC)、腸管凝集性大腸菌(enteroaggregativeEscherichia coli:EAEC)、ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)、コレラ菌(Vibrio cholerae O1及びVibrio cholerae O139)、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)、非結核抗酸菌(non-tuberculousis mycobacteria:NTM)、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin Resistant Staphylococcus aureus:MRSA)、緑膿菌(Pseudomonasaeruginosa)、レジオネラ属菌(Legionella spp.)、セラチア(Serratia marcescens)、化膿レンサ球菌(Streptococcuspyogenes)などが挙げられる。
細菌性感染症は、特に限定されないが、例えば、下痢原性大腸菌感染症、ウエルシュ菌感染症、コレラ、ジフテリア、非結核性抗酸菌症、MRSA感染症、緑膿菌感染症、レジオネラ肺炎、セラチア感染症、劇症型溶血性レンサ球菌感染症などが挙げられる。
【0023】
(細菌感染症の診断用キット)
本発明は、放射性診断薬を含む、細菌感染症の診断用キットを包含する。
本発明の細菌感染症の診断用キットは、各有効成分の投与に関する説明書を含んでも良い。なお、該説明書は、下記で示す本発明の細菌感染症の診断方法における各有効成分の投与スケジュールが記載されている。
特に、本発明の細菌感染症の診断用キットにおける各有効成分は、経口投与可能な錠剤が好ましいが、徐放性顆粒剤、シロップ、細粒、及び/又は注射剤とすることも可能である。
【0024】
(細菌感染症の診断方法)
本発明の放射性診断薬を用いた細菌感染症の診断方法は、細菌感染症の病原菌に感染した細胞への放射性診断薬の集積を検出する。
該診断方法は、(1)対象(被験者)に本発明の放射性診断薬を投与する工程、(2)投与された放射性診断薬を検出する工程、及び(3)検出結果から細菌感染症の有無若しくは進行を判定する工程を含む。
【0025】
(1)について、本発明の放射性診断薬を投与する方法は、他の一般に知られている放射性画像診断剤と同様の方法にて投与することができる。投与方法は、特に限定されないが、例えば、静脈注射、皮下注射、皮内注射及び筋肉注射等が挙げられる。
投与のタイミングは、対象(患者)の状態、治療や診断の状況によって、適宜決定することができる。
【0026】
(2)について、投与された放射性診断薬を検出する方法は、特に限定されないが、例えば、公知の方法により画像化することにより行うことができる。例えばPETやSPECT等の核医学画像を用いて当該化合物から放出される放射線を検出することにより、細菌感染(患者体内の細菌増殖)のイメージングが可能である。
【0027】
(放射能量)
本発明の放射性診断薬の放射能量は、(2)の工程で検出可能な放射能量を適宜設定できる。例えば、PET撮像の場合、PET撮像が可能となる放射能量を有している必要がある。例えば、成人に対してPET撮像を行う目的においては、使用時に50~225MBqの放射能量を有していれば良い。
【0028】
(3)について、検出結果から細菌感染症の有無若しくは進行を判定する方法は、特に限定されないが、例えば、対象において検出された放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布を、本発明の放射性診断薬を投与した細菌感染症を有しないことが分かっている比較対象(細菌感染症陰性の比較対象)の同部位において検出した放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布、あるいは、本発明の放射性診断薬を投与した細菌感染症を有していることが分かっている比較対象(細菌感染症陽性の比較対象)の同部位において検出した放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布と比較することにより判定することができる。
例えば、対象において検出された放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布が、細菌感染症陰性の比較対象の同部位において検出した放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布と同程度以下であれば細菌感染症陰性と判定する。
例えば、対象において検出された放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布が、細菌感染症陰性の比較対象の同部位において検出した放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布よりも高ければ細菌感染症陽性と判定する。
例えば、対象において検出された放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布が、細菌感染症陽性の比較対象の同部位において検出した放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布と同程度以上であれば細菌感染症陽性と判定する。
例えば、対象において検出された放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布が、細菌感染症陽性の比較対象の同部位において検出した放射能のシグナル強度及び/又はシグナル分布よりも低ければ細菌感染症陰性と判定する。
【0029】
(PET)
本発明の放射性診断薬を用いた細菌感染症の診断方法の具体例として、PET(Positron Emission Tomography:陽電子放出断層撮影)の場合を説明する。
(1)被験者に本発明の放射性診断薬を静脈注射する。
(2)注射の20分~1時間後、PET撮像(又はPET-CT撮像)する。
(3)PET画像のアミノ酸集積が高ければ細菌感染陽性と診断する。
【0030】
現在臨床利用される核医学画像診断薬は、投与後60分程度で画像診断を行っていることが多い。下記の実施例により、D体アミノ酸は、投与後約60分にヒト体細胞との集積量の差が大きかったことを確認した。一方、L体アミノ酸は、投与後約5分ではD体と同様に細菌と細胞間の集積量の差が大きいことを確認した。
これにより、本発明の細菌感染症の診断方法において、L体アミノ酸の投与後約5分(又は、1~30分、2~15分、3~10分)で該アミノ酸の放射線量を測定し、かつ、D体アミノ酸の投与後約60分(又は、10~180分、20~120分、30~100分)で該アミノ酸の放射線量を測定すれば、高精度に診断することができる。
【0031】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
[各増殖期におけるアミノ酸の菌体内への取り込みの評価]
細菌が誘導期・対数増殖期・定常期の各増殖期においてどの種類のアミノ酸をどの程度取り込むか(集積するか)について評価した。
【0033】
(使用菌種と前培養条件)
本実施例では、E.coli K-12由来株をモデル細菌として使用した。
前培養用の培地として、Todd’s Hewitt Broth (THB培地; Becton, Dickinson and Company) に、0.2% Yeast extract (Becton,Dickinsonand Company) を添加したTHY培地を用いた。
前培養条件は、37℃、好気条件下で14時間とした。
【0034】
(使用した標識天然アミノ酸)
中性天然アミノ酸としてGlycine、L-alanine、L-tyrosine及びL-methionine、酸性天然アミノ酸としてL-glutamic acid、塩基性天然アミノ酸としてL-lysine及びL-histidineをそれぞれ選択した。本実施例ではこれらの天然アミノ酸を放射性トリチウム(3H)で標識した[2-3H]-glycine (3H-Gly)、[2,3-3H]-L-alanine(3H-L-Ala)、[ring3,5-3H]-L-tyrosine(3H-L-Tyr)、 [methyl-3H]-L-methionine(3H-L-Met)、[2,3,4-3H]-L-glutamicacid (3H-L-Glu)、[4,5-3H]-L-lysine(3H-L-Lys)、[ring2,5-3H]-L-histidine(3H-L-His) (AmericanRadiolabeled Chemicals)を用いた。
【0035】
(本培養条件の決定)
本培養用培地にはアミノ酸不含有のDulbecco’s Modified Eagle’s Medium (DMEM培地; Wako PureChemical Industries, Ltd)を使用した。DMEM培地5 mL中に、上記方法により前培養したE. coli K-12由来株を2.5×105 CFU、5×105 CFU、1×106 CFU又は2×106 CFU量播種し、37℃、160 rpm下で振盪培養を行った。その後、可視分光光度計を用いて600 nm における液体培地の濁度(Optical density; OD)を一定時間ごとに測定し、細菌数を相対的に評価した。
OD測定の結果を図1に示す。図1の結果より、最終的にE.coli K-12由来株が最も増殖した2×106 CFUを本培養時における播種菌量とした。
よって、本培養条件は、DMEM培地 5 mL、2×106 CFU量播種及び37℃、160 rpm下での振盪培養に決定した。
【0036】
(各増殖期における標識天然アミノ酸の集積実験)
上記方法により前培養したE. coli K-12由来株をDMEM培地 5 mLに2×106 CFU量播種し、37℃、160 rpm下で振盪培養(本培養)した。E. coli K-12由来株の増殖における誘導期 (培養開始後~2時間)、対数増殖期 (培養開始後2~8時間)、定常期 (培養開始後8~24時間) におけるアミノ酸集積を調べるため、培養開始後2時間、4時間、6時間、8時間、12時間又は24時間後の各本培養液に約37 kBqの標識天然アミノ酸の3H-Gly、3H-L-Ala、3H-L-Tyr、3H-L-Met、3H-L-Glu、3H-L-Lys又は3H-L-Hisを10 μL添加し、37℃、70 rpmの振盪条件下で5分間インキュベーションした。標識天然アミノ酸とのインキュベーション後、4℃、6,000 × gの条件下で5分間遠心し菌体を回収した。上清除去後、Phosphate buffered saline(-) (PBS; Medical & BiologicalLaboratories Co., Ltd) 5 mLで菌体を3回洗浄した。洗浄後、0.1 M NaOH 1 mLにより菌体を懸濁した。懸濁液500 μLとULTIMA GOLD (Perkin Elmer) 5 mLとを混和後、液体シンチレーションカウンター (Aloka; LSC-5100)で菌体内に集積した標識天然アミノ酸の放射能を測定した。
【0037】
(結果)
放射能測定の結果を図2に示す。図2の結果より、E. coli K-12由来株の各増殖期において標識天然アミノ酸の集積に変化が認められ、且つ標識天然アミノ酸の種類によってその集積傾向が異なっていた。より詳しくは、中性標識天然アミノ酸である3H-Gly、3H-L-Ala、3H-L-Tyr及び3H-L-Metは、E. coli K-12由来株の増殖の準備段階である誘導期 (培養開始後2時間)には集積量が低い一方、E. coli K-12由来株の増殖活動が最も活発になる対数増殖期(3H-Gly、3H-L-Ala及び3H-L-Tyrは培養開始後6時間、3H-L-Metは培養開始後8時間)に集積量が最大を示した。また、増殖活動が低下し、死菌が増え始める定常期 (3H-Gly、3H-L-Ala及び3H-L-Tyrは培養開始後8時間以降、3H-L-Metは培養開始後12時間以降) には集積量が低下した。この結果より、中性天然アミノ酸であるglycine、L-alanine、L-tyrosine、L-methionineは、細菌の増殖状態に相関して集積が変化することを明らかにした。また、酸性標識天然アミノ酸である3H-L-Gluは誘導期に最大集積を示し、その後低下する傾向を示した。一方、塩基性標識天然アミノ酸である3H-L-Lysと3H-L-Hisは定常期に最大集積を示した (図2及び図3)。また、各標識天然アミノ酸のE. coliK-12由来株への集積量の比較により、誘導期には3H-L-Glu、対数増殖期には3H-L-Ala、定常期には3H-L-Lysと3H-L-Hisが最も多く集積することを見出した (図3)。
以上の結果から、実施例2以降は、細菌の増殖状態に相関して集積が変化し、かつ細菌の増殖活動が盛んな対数増殖期における集積量が最も多い3H-L-Alaを使用した。
【実施例2】
【0038】
[アミノ酸のタンパク質への組込み率の解析]
細菌が取り込んだアミノ酸をどのように利用しているのかについて調べるため、集積したアミノ酸のタンパク質への組込み率を評価した。
【0039】
3H-L-Alaのタンパク質への組込み率算出実験)
実施例1の方法により前培養、本培養、標識天然アミノ酸の3H-L-Alaとのインキュベーションを行い、回収及び洗浄をした菌体を0.1 M NaOH 1mLに懸濁した懸濁液190 μLに、最終濃度5%となるように100%トリクロロ酢酸 (Nacalai tesque)を10 μL加えて混和した。
混和後、沈殿画分をGLASS FIBERFILTER (GC-50、Advantec)に捕集し、氷冷5%トリクロロ酢酸溶液1 mLで3回洗浄した。洗浄後、GLASS FIBER FILTERを100℃下で1時間加熱処理することによりタンパク質を固定し、放射能を測定した。測定した放射能を「タンパク画分」への組込み率として評価した。菌体内に集積した3H-L-Alaのうち、タンパク質合成系に組み込まれた3H-L-Alaの割合を「タンパク(質)画分」、タンパク質以外の代謝産物として存在する3H-L-Alaの割合を「タンパク(質)画分以外」とした。各培養時間において、実施例1で測定した菌体内に集積した3H-L-Alaの放射能を100%とし、実施例2で測定した「タンパク画分」の3H-L-Alaの放射能から「タンパク画分」及び「タンパク画分以外」の割合(%)を算出し、「タンパク画分」の割合を「3H-L-Alaのタンパク質への組込み率(%)」とした。また、E. coli K-12由来株の増殖をTotal protein(μg/mL)により評価した。
【0040】
(結果)
E. coliK-12由来株の各増殖期において菌体内に集積した3H-L-Alaのタンパク質への組込み率を検討した結果を図5に示す。誘導期 (培養開始後2時間)の細菌において3H-L-Alaのタンパク質への組込み率が最も高くなり、約50%であった。また、増殖が進むにつれ3H-L-Alaのタンパク質への組込み率は減少し、対数増殖期から定常期 (培養開始後4~24時間)においては約10~35%と低値を示した。
【実施例3】
【0041】
[細菌の活動状態及び3H-L-Alaの集積変化の関連性の評価]
細菌の発育・増殖とアミノ酸集積との関連性を明らかにするため、E. coli K-12由来株の活動状態の変化に対する3H-L-Alaの集積の変化を評価した。より詳しくは、大腸菌の増殖が停止した状態となる16℃の低温で培養することにより、増殖の準備段階である誘導期の状態を延長させた。そして、37℃に温度変更して増殖を開始させ、増殖開始前後における細菌の活動状態及び3H-L-Alaの集積変化の関連性を評価した。
【0042】
(低温培養条件における集積実験)
実施例1の方法により前培養したE. coli K-12由来株をD-MEM培地5 mLに2×106 CFU量播種し、16℃、160 rpm下で振盪培養を行った。培養開始後2、4、6、8又は12時間の時点で実施例1の方法により3H-L-Alaとのインキュベーションを行い、回収した菌体について実施例1の方法により菌体内に集積した3H-L-Alaの放射能を測定した。前記16℃での12時間培養の後、培養温度を37℃に変更し、細菌の増殖を開始させて、増殖開始後2、4、6、8又は12時間(培養開始後14、16、18、20又は24時間)の時点で実施例1の方法により3H-L-Alaとのインキュベーションを行い、回収した菌体について実施例1の方法により菌体内に集積した3H-L-Alaの放射能を測定した。
【0043】
(結果)
16℃での低温培養開始後2、4、6、8、12時間の時点における3H-L-Alaの集積量は、37℃培養時に比べて低値であった (図4)。また低温で12時間培養後、培養温度を37℃に切り替えると、E. coli K-12由来株の増殖活動が活発になるにつれ3H-L-Alaの集積量が増大し (37℃培養開始後2~6時間)、細菌の増殖が最も活発な対数増殖期 (37℃培養開始後6時間)に最大集積を示した。
【実施例4】
【0044】
[阻害剤負荷による3H-L-Alaの集積変化の評価]
集積に関与する集積機構の特徴を調べるため、L-alanine及びL-alanineと似た構造を持つglycineを集積阻害剤として負荷した場合の各増殖期における3H-L-Alaの集積変化を評価した。
【0045】
(集積阻害実験)
3H-L-Alaの集積の阻害剤として、L-alanine及びglycine (Nacalai tesque)を用いた。実施例1の方法により前培養及び本培養を行った。本培養開始後2、4、6、8、12、24時間の時点で、約37 kBqの3H-L-Alaと各阻害剤{最終濃度1 mM、コントロール(control)は溶媒(DMEM培地)のみ}を添加し、37℃、70 rpmの条件下で5 分間インキュベーションした。インキュベーション後、実施例1と同様の方法によりPBS 5mLで菌体を3回洗浄し、液体シンチレーションカウンターにて菌体内に集積した放射能を測定した(図6-a)。
また、阻害剤非添加時 (コントロール)の3H-L-Alaの集積に対する各阻害剤負荷時の3H-L-Alaの集積を検討した。コントロールにおける3H-L-Alaの集積率を100%とし、各阻害剤負荷時の3H-L-Alaの集積率を% of controlにより評価した(図6-b)。さらにコントロールの集積率から各阻害剤負荷時の集積率を差し引くことで、3H-L-Alaの集積における各集積機構の集積寄与率を評価した(図6-c)。
【0046】
(結果)
3H-L-Alaの集積変化の結果を図6-aに示す。glycineを負荷した場合において、特に対数増殖期 (培養開始後6時間)の集積が低下し、コントロールと比較して約70%の低下を示した。また、3H-L-Alaの集積に関して、E. coli K-12由来株の活性化による特異的な集積機構の集積寄与率は、対数増殖期以降 (培養開始後6~24時間)において90%以上と顕著に高かった(図6-b及びc)。また、そのうちglycineと共通の集積機構の集積寄与率が約50~75%を示し、glycineとは無関係のL-alanine特異的な集積機構の集積寄与率は約20~40%であった(図6-c)。
【実施例5】
【0047】
[各増殖期における標識天然アミノ酸及び3H-2DGの菌体内への取り込みの評価]
現在がん診断に用いられている18F-FDGと集積機序が同じであるグルコース誘導体[1,2-3H]-2-deoxy-D-glucose等について、各増殖期における集積を評価した。
【0048】
(使用した標識アミノ酸及びグルコース誘導体)
天然アミノ酸を放射性トリチウム(3H)で標識した[ring 3,5-3H]-L-tyrosine (3H-L-Tyr)、[ring 2,5-3H]-L-histidine(3H-L-His)及び[S-methyl-3H]-L-methionine(3H-L-Met) (American Radiolabeled Chemicals)を用いた。
グルコース誘導体を放射性トリチウム(3H)で標識した[1,2-3H]-2-deoxy-D-glucose (3H-2DG)を用いた。
【0049】
(各増殖期における標識アミノ酸とグルコース誘導体の集積実験)
前培養としてE.coli K-12由来株を37℃、好気条件下で14時間培養した。アミノ酸不含有のD-MEM培地 5mL に菌液を200 μL(2×106 CFU)加え、37℃、160 rpm下で振盪培養(本培養)した。
培養開始後2時間、4時間、6時間、8時間、12時間又は24時間後の各本培養液に約37kBqの標識アミノ酸の3H-L-Tyr、3H-L-His及び3H-L-Met、並びにグルコース誘導体の3H-2DGを10 μL添加し、37℃、70 rpmの振盪条件下で5分間インキュベーションした。その後、4℃、6,000 × gの条件下で5分間遠心し菌体を回収した。上清除去後、PBS 5 mLで菌体を3回洗浄した。洗浄後、0.1 M NaOH 1 mLにより菌体を懸濁した。懸濁液500 μLとULTIMA GOLD 5 mLとを混和後、液体シンチレーションカウンターで菌体内に集積した標識天然アミノ酸の放射能を測定した。
【0050】
(標識アミノ酸のタンパク質への組込み量算出実験)
前記の集積実験において調製した懸濁液190 μLに、最終濃度5%となるように100%トリクロロ酢酸 (Nacalai tesque)を10 μL加えて混和した。混和後、沈殿画分をGLASS FIBER FILTERに捕集し、氷冷5%トリクロロ酢酸溶液1 mLで3回洗浄した。洗浄後、GLASS FIBER FILTERを100℃下で1時間加熱処理することによりタンパク質を固定し、放射能を測定した。
測定した放射能を「タンパク画分」への組込み量として評価した。菌体内に集積した3H-L-Alaのうち、タンパク質合成系に組み込まれた標識アミノ酸の割合を「タンパク(質)画分」とした。
【0051】
(結果)
集積実験の結果を図7に示す。3H-L-Tyr及び3H-L-Metの集積は対数増殖期に高くなり、3H-L-His及び3H-2DGの集積は定常期に高くなることが明らかとなった。誘導期は全ての放射性トレーサーで低い集積となった。3H-L-Tyrでは、最も菌数が多い定常期と最も菌数が少ない誘導期とが同程度の集積となった。
組込み量算出実験の結果を図8に示す。3H-L-Tyr及び3H-L-Metの組込み量は対数増殖期に高くなり、3H-L-Hisの組込み量は定常期に高くなることが明らかとなった。
集積実験及び組込み量算出実験の結果より、標識アミノ酸の組み込み量の挙動と標識アミノ酸の集積の挙動が一致し、標識天然アミノ酸の集積が大腸菌の増殖に関連していることを確認した。
【実施例6】
【0052】
[細菌の活動状態と3H-L-Tyr及び3H-L-Hisの集積変化との関連性の評価]
実施例5で高い集積を示した3H-L-Tyr及び3H-L-Hisについて、細菌の発育・増殖とアミノ酸集積との関連性を明らかにするため、E. coli K-12由来株の活動状態の変化に対する集積の変化を評価した。より詳しくは、大腸菌の増殖が停止した状態となる16℃の低温で培養することにより、増殖の準備段階である誘導期の状態を延長させた。その後、37℃に温度変更して増殖を開始させ、増殖開始前後における細菌の活動状態と3H-L-Tyr及び3H-L-Hisの集積変化との関連性を評価した。
【0053】
(低温培養条件における集積実験)
実施例5の方法により前培養したE. coli K-12由来株をD-MEM培地5mLに2×106 CFU量播種し、16℃、160rpmの低温で振盪培養し、培養開始後2時間、6時間及び12時間の時点で実施例5の方法により3H-L-Tyr及び3H-L-Hisとのインキュベーションを行い、回収した菌体について実施例5の方法により菌体内に集積した3H-L-Tyr及び3H-L-Hisの放射能を測定した。さらに、前記16℃での12時間培養の後、培養温度を37℃に変更し細菌の増殖を開始させて、増殖開始後2時間(培養開始後14時間)、6時間 (培養開始後18時間)及び12時間 (培養開始後24時間)の時点で実施例5の方法により3H-L-Tyr及び3H-L-Hisとのインキュベーションを行い、回収した菌体について実施例5の方法により菌体内に集積した3H-L-Tyr及び3H-L-Hisの放射能を測定した。
【0054】
(結果)
各標識天然アミノ酸の集積を図9に示す。E. coli K-12由来株の増殖が停止している16℃では、全ての培養時間において菌数の少ない誘導期と同程度に集積が低かった。
一方、培養温度を37℃に変更して増殖を開始した後は、細菌の増殖活性に合わせた集積がみられ、3H-L-Tyrの集積は対数増殖期に高くなり、3H-L-Hisの集積は定常期に高くなり、実施例5と同様に標識天然アミノ酸の集積が大腸菌(E. coli K-12由来株)の増殖に関連していることを確認した。
【実施例7】
【0055】
[アミノ酸光学異性体による細菌と細胞の集積比較の検討]
生体内では天然アミノ酸は正常細胞にも集積が見られるため、画像診断法に重要な正常組織との比較が行えるか検討した。天然アミノ酸の光学異性体であるD体アミノ酸に焦点を置き、細菌におけるD体アミノ酸の集積と非癌化細胞への集積を評価した。
【0056】
(1)使用菌種と前培養条件
本実施例では、E.coli K-12由来株をモデル細菌として使用した。前培養用の培地としてTodd Hewitt Broth(THB 培地;Becton,Dickinson and Company; Tokyo,Japan)に、0.2% Yeast extract (Becton、Dinckinsonand Company; Tokyo,Japan) を添加したTHY培地を用いた。前培養条件は、37℃、好気条件下で14時間とした。本実施例における実験においては、以上の条件を満たした菌を使用した。
【0057】
(2)使用細胞と前培養条件
本実施例では、Human Skin Keratinocyte (HaCaT) 細胞を使用した。前培養培地としてDulbecco’s Modified Eagle’s Medium(D-MEM培地; Wako Pure Chemical Industries、Ltd; Osaka、Japan)を使用した。培養条件は、37℃、好気条件下とし、24 well Plate上でconfluentにした。本実施例における実験は全てこの状態の細胞を使用した。
【0058】
(3)使用した標識アミノ酸
天然アミノ酸として、L-Alanine、L-methionine、Glycineを選択し、人工アミノ酸として、D-Alanine、D-methionineを選択し、本実施例において上述のアミノ酸を放射性トリチウム(3H)で標識した[2-3H]-Glycine(3H-Gly)、[2,3-3H]-L-alanine(3H-L-Ala)、[methyl-3H]-L-methionine(3H-L-Met)、[2,3-3H]-D-Alanine(3H-D-Ala)、[metyl-3H]-D-methionine(3H-D-Met)を用いた。
【0059】
(4)E.coli K-12由来株を用いた標識アミノ酸の集積実験
本培養培地にはアミノ酸不含有のDulbecco’s Modified Eagles’ Medium (D-MEM 培地;Wako Pure ChemicalIndustries、Ltd.; Osaka、Japan)を使用した。D-MEM培地5mL中に上記(1)に示す方法により培養したE.coli K-12由来株を、先の実施例により検討された最も菌が増殖した2×106 CFUを播種菌量として、37℃、160 rpm下で振盪培養した。E.coli K-12由来株の増殖における誘導期(培養開始後~2時間)、対数増殖期(培養開始後2~8時間)、定常期(培養開始後8~24時間後)に、37kBqの3H-L-Ala、3H-D-Ala、3H-L-Met、3H-D-Metを10 μL添加し、37℃、70 rpmの震盪条件下で5分間インキュベーションした。インキュベート後、4℃、6,000×g の条件下で5分間遠心し、菌体を回収した。PBS 5 mLで菌体を3回洗浄し、上清除去後、Phosphate buffered saline(-) (PBS; Medical & Biological Laboratories Co. Ltd.; Aichi、Japan) 5mLと UlTIMA GOLD (Perkin Elmer; Waltham、MA) 5mLを混和し、液体シンチレーションカウンター(Aloka; LSC-5100)で菌体内に集積した放射能を測定した。
【0060】
(5)HaCaT細胞を用いた標識アミノ酸の集積実験
ConfluentとなったHaCaT細胞から前培養培地を除去したのちに、D-MEM培地(アミノ酸不含)を450 μL加え、37℃下で10分間コンディショニングを行った。37 kBqの3H-L-Ala、3H-D-Ala、3H-L-Met、3H-D-Metをそれぞれ50 μL 添加し、37℃、40 rpmの震盪条件下で5、30、60分間インキュベートした。インキュベート後、上清を除去し氷冷したD-MEM培地 (アミノ酸不含) 500 μLで2回洗浄した。洗浄後、0.1 M NaOH 1 mL を加えて細胞を懸濁し、懸濁液500 μLとULTIMA GOLD 5 mLとを混和後、液体シンチレーションカウンターで菌体内に集積した放射能を測定した。
【0061】
(6)E.coli K-12由来株を用いた標識アミノ酸の集積経過時間変更実験
上記(4)と同様の条件でE.coli K-12 由来株を培養し、培養開始後6、8、12時間の時点で 37kBqの 3H-Gly、3H-L-Ala、3H-D-Ala、3H-L-Met、3H-D-Met を10 μL 添加し、37℃、70 rpm の震盪条件下で5、30、60分間インキュベーションした。インキュベーション後、上記(4)と同様の方法により、標識アミノ酸の集積を検討した。
【0062】
(7)タンパクへの組込み率算出実験
上記(4)、(5)及び(6)の方法を用いて調整した懸濁液190 μLに、最終濃度5%となるように100%トリクロロ酢酸 (Nacalaitesque; Kyoto、Japan) を10 μL 加えて混和した。混和後、沈殿画分をGLASS FIBER FILTER (GC-50; Tokyo) に捕集し、氷冷5%トリクロロ酢酸溶液1mL で三回洗浄した。混和後、GLASS FIBERFILTER を100℃下で1時間加熱処理することによりタンパクを固定し、測定した放射能をタンパク画分への組み込み率として評価した。
【0063】
(E.coli K-12由来株の各増殖期における標識アミノ酸の集積の結果)
E.coli K-12由来株の各増殖期において今回検討を行った二種の標識D体アミノ酸について、先の実施例により明らかとなったそれぞれの標識L体の集積と同様の傾向を示すことが認められた(図10)。標識中性アミノ酸である3H-L-Alaと3H-L-Metは、E.coli K-12由来株の増殖の準備期間である誘導期に(培養開始後~2時間)では集積量が低く、生菌の増殖活動が最も活発となる対数増殖期(培養開始後6~8時間)で集積量が最大を示した。その後、生菌数が一定となり細菌の死滅が開始する定常期(培養開始後12時間~)では集積量が低下することが先の実施例により明らかとなっている。今回検討した3H-D-Ala、3H-D-Metはどちらも標識D体アミノ酸は標識L体アミノ酸の集積量と比べ、全体的に低い集積量を示していたが、それぞれL体アミノ酸同様の集積傾向を示していた。ここで同種アミノ酸について着目すると、Alanineについては3H-L-Alaでは対数増殖期6時間で最大集積量を示し,3H-D-Alaでは対数増殖期8時間で最大集積量を示した。また、Methionineについて3H-L-Met、3H-D-Metのどちらも対数増殖期8時間で最大集積量を示した。
以上の結果より、E.coli K-12由来株において標識D体アミノ酸も標識L体アミノ酸と同様に対数増殖期に最大集積量を示すことが明らかとなった(図11)。
また、3H-Glyでは、誘導期には集積量が低値であり、対数増殖期に移行するにかけて集積量が増大し、定常期には再び低値を示すことが先の実施例より明らかとなっている。
【0064】
(HaCaT細胞における標識アミノ酸の取り込み経過時間による集積変化の結果)
HaCaT細胞における3H-L-Ala、3H-D-Ala、3H-L-Met、3H-D-Metについて、標識体を取り込ませる時間を5分、30分、60分と三段階に振り分けてそれぞれの集積量を検討した。検討した4種の標識アミノ酸について、HaCaT細胞での集積量は添加後のインキュベート時間が経過するに従い、その集積量が増加傾向にあった。また、L体アミノ酸での集積量に比べ、D体アミノ酸では集積量が低い傾向となることが明らかとなった。標識体添加後にインキュベートした3タイムポイントの中で、L体とD体で最も集積量の差が大きいのは添加後60分であった。このタイムポイントにおいて、3H-L-Alaは3H-D-Alaの集積量に対して、約7.4倍の集積量を示し、3H-L-Metについても3H-D-Met と比較すると約13倍の集積量を示した (図12)。
また3H-Glyについて、他2種の標識L体アミノ酸と比較すると、集積量は低いという結果を示した。
【0065】
(E.coli K-12由来株における標識アミノ酸の集積経過時間変化による集積変化と細胞における集積量との比較検討の結果)
3H-L-Ala、3H-D-Ala、3H-L-Met、3H-D-Metそれぞれが最大集積量を示したE.coli K-12由来株の培養時間において、細胞と同様に標識体を取り込ませる時間を三段階に振り分けてそれぞれの場合の集積量を検討した。3H-L-Alaについては培養開始後6時間での細菌を、3H-D-Alaについては培養開始後8時間の細菌、3H-L-Met、3H-D-Metについては培養開始後8時間の細菌を用いた。また、これらのタイムポイントにおける細菌の集積量とHaCaT細胞の集積量についての比較検討を行った。まず、3H-L-Ala、3H-L-Met について、HaCaT細胞においては標識アミノ酸添加後の時間が経過するにつれて集積が増加していたが、E.coli K-12由来株では添加後のインキュベート時間が長くなっても集積に増加傾向は見られなかった。最も集積量に差がみられた経過時間60分において、細菌の標識アミノ酸集積量は細胞での集積量に対して、3H-L-Alaでは1.3倍、3H-L-Metでは1.1倍の比率で集積量にほとんど差はないということが明らかとなった (図13)。
次に E.coli K-12由来株において3H-D-Alaの集積量は、標識アミノ酸添加後のインキュベート時間が経過しても増加傾向は見られなかった。3H-D-Metについて、標識アミノ酸添加後にインキュベート時間が経過するにつれて、集積量が増加する傾向がみられた。これらのD体アミノ酸について、E.coli K-12由来株とHaCaT細胞の集積を比較すると、経過時間が長くなるにつれて集積の比率差が大きくなる傾向にあった。添加後60分において、細菌の標識アミノ酸集積量は細胞での集積量に対して、3H-D-Alaでは約6.6倍、3H-D-Metでは約4.5倍の比率の集積量があることが明らかとなった(図13)。
以上の結果により、E.coli K-12由来株とHaCaT細胞において、L体アミノ酸の集積比率に比べ、D体アミノ酸の集積量比率が大きいということが示された。
また、Glycineについても同様に最大集積量を示した培養6時間のE.coli K-12由来株とHaCaT細胞について比較検討を行った。E.coli K-12由来株について、集積量は標識アミノ酸添加後のインキュベート時間が経過するにつれて減少傾向を示した。また、HaCaT細胞の集積量を比較すると、集積量の差が添加後5分後で最も大きくなり、E.coli K-12由来株の集積量はHaCaT細胞での集積量に対して約20倍となった(図14)。
【0066】
(E.coli K-12由来株とHaCaT細胞における標識アミノ酸のタンパク質への組込み率の結果)
E.coli K-12由来株についてそれぞれの標識アミノ酸の集積量が最大となった培養時間の細菌を使用し、菌体内に集積した3H-L-Ala、3H-D-Ala、3H-L-Met、3H-D-Metのタンパク質への組み込み率を検討した。また、HaCaT細胞についても同様に検討を行った。3H-L-Alaについて細菌と細胞におけるタンパク質への組込み率を検討すると、細菌では標識体添加直後から、その後インキュベート時間が経過しても約40%前後の高いタンパク組込み率を示した。HaCaT細胞では標識体添加直後のタンパク組み込み率は低かったものの、インキュベート時間が経過するに従いタンパク組込み率が高くなる傾向が見られ、添加後60分後には細菌と同程度のタンパク組込み率を示した。3H-D-Alaでは、L体に比べるとその差は小さいものの、細菌の方が細胞よりも高いタンパク組み込み率を示した。(図15A)。
3H-L-Metは、3H-L-Alaと同様に添加後早期にはE.coli K-12由来株のみが高いタンパク組み込み率を示したものの、HaCaT細胞へは経時的なタンパク組み込み率の増加が見られ、投与後60分において大腸菌と細胞間でタンパク組み込み率に大きなが見られなかった。一方、3H-D-Metは、投与後60分においてもE.coli K-12由来株とHaCaT細胞におけるタンパク組み込み率の差が大きく、約10倍前後の差を示した(図15B)。
Glycineについて、細菌でのタンパク組込み率はインキュベート時間が経過するに従い、組込み率が高くなる傾向がみられ、添加後60分後には約33%の組込み率を示した。それに対して、細胞でのタンパク組込み率は、添加後60分においても約10%前後を示し、他のL体アミノ酸の細胞へのタンパク組込み率と比較すると、低い結果となった(図15C)。
以上の結果により、D体アミノ酸は細胞ではタンパク質へと組み込まれる割合が低く、それに対して細菌ではL体もD体も細胞に比べ、よりタンパク質へ組み込まれていることが明らかとなった。
【0067】
[総論]
実施例1では、細菌の増殖過程における誘導期、対数増殖期及び定常期 (図1)の各増殖期における菌体内への天然アミノ酸の取り込みをE. coli K-12由来株と7種類の標識天然アミノ酸を用いて検討した。その結果、酸性標識天然アミノ酸である3H-L-Gluは増殖のための準備段階である誘導期に最大集積を示し、中性標識天然アミノ酸である3H-Gly、 3H-L-Ala、3H-L-Tyr及び3H-L-Metは増殖が最も活発な対数増殖期に最大集積を示した。また、塩基性標識天然アミノ酸である3H-L-Lys及び3H-L-Hisは、増殖活性が低下し死菌が増え始める定常期に最大集積を示した。以上の結果より、誘導期には酸性アミノ酸、対数増殖期には中性アミノ酸、そして定常期には塩基性アミノ酸が優先的に菌体内に取り込まれると考えられる(図2及び3)。
中性標識天然アミノ酸の集積に着目すると、中性標識天然アミノ酸は誘導期には集積量が少なく、対数増殖期に集積量が増大し、その後定常期には集積量が低下するというE. coli K-12由来株の増殖活性の変化に相関した集積変化を示した (図2及び3)。3H-L-Alaは検討した全標識天然アミノ酸の中で集積変化が最も顕著であり、対数増殖期において最大の集積量を示したことから、3H-L-Alaが最も細菌の増殖活性を反映する。
3H-L-Alaが最も集積した理由の1つとして、細菌の細胞壁の構成成分が挙げられる。細胞壁の構成成分の1つであるペプチドグリカンは、N-アセチルグルコサミン (N-acetylglucosamine; GlcNAc)と N-アセチルムラミン酸 (N-acetylmuramic acid; MurNAc)が交互にβ-1.4結合で結ばれた糖鎖と、それに L-Ala-D-Glu-L-ジアミノピメリン酸 (L-diaminopimelic acid; L-DAP)-D-Ala-D-Alaの順で5つのアミノ酸が結合したペプチド鎖から構成されている(Auer GK and Weibel DB. Bacterial cell mechanics.Biochemistry.2017;56(29):3710-3724.)。3H-L-Alaが、対数増殖期において最も集積したのは、E. coli K-12由来株の増殖の活発化に伴い細胞壁の合成が促進され、ペプチドグリカンの構成成分であるL-alanineとして取り込まれたためと考えられる。
【0068】
実施例2では、E.coli K-12由来株の各増殖期において、菌体内に集積した3H-L-Alaのタンパクへの組込み率を評価した。3H-L-Alaは、誘導期に約50%がタンパク合成系へと組込まれたが、その後は徐々に低下した (図5)。このことから、菌体内に取り込まれた3H-L-Alaは、まずは主にタンパク合成に利用されることが示された。これは、誘導期の菌体は小さく、増殖を行うためには菌体を大きくする必要があり、対数増殖期における盛んな増殖活動に向け菌体を大きくするために3H-L-Alaが高い割合でタンパクへ組込まれたためであると考えられる。また、対数増殖期以降におけるタンパクへの組込み率が低下したことから、対数増殖期以降においては3H-L-Alaはタンパク合成系以外の代謝系に組み込まれている可能性が示された。
【0069】
実施例3では、16℃の低温培養によりE. coli K-12由来株の誘導期を延長させた状態における3H-L-Alaの集積を検討した。37℃で培養した場合に見られた3H-L-Alaの集積変化は16℃の低温培養では見られなかった (図4)。このことから、3H-L-Alaは細菌の細胞壁を非特異的に通過して菌体内に集積しているのではなく、細菌の増殖活性に伴い特異的に菌体内に取り込まれていることを確認した。
【0070】
実施例4では、E.coli K-12由来株の各増殖期においてL-alanine及びglycineを集積阻害剤として負荷した場合の3H-L-Alaの集積変化を検討した (図6-a)。さらに、3H-L-Alaの集積に関与すると考えられる各集積機構の集積への寄与率も算出した。対数増殖期以降は、E. coli K-12由来株の活性化による特異的な集積機構の関与が約90~95%であった (図6-b及びc)。そのうちglycineと共通の集積機構の関与は約50~75%であり、またglycineとは無関係のL-alanine特異的な集積機構の関与は約20~40%程度であった。このことから、対数増殖期以降において、3H-L-Alaは全集積量における約90~95%が細菌の活性化により特異的に菌体内に集積したことが示唆された。さらに、そのうち約50~75%がglycineと共通の集積機構、約20~40%がglycineとは無関係のL-alanine特異的な集積機構を介して集積したことを見出し、細菌への3H-L-Alaの集積は主にglycineと共通の集積機構によるものであると考えられる。
【0071】
実施例5では、2DG等の各増殖期における集積及び組込み率を評価した。3H-L-Tyr及び3H-L-Metの集積は対数増殖期に高くなった。
3H-L-Tyr及び3H-L-Metは細菌の増殖活性が増強する段階での集積が高く、細菌感染症早期画像診断には有用である。すなわち、感染症早期画像診断には、天然アミノ酸のL-tyrosineやL-methionineを基本骨格とし、構造を変化させない核種で標識したアミノ酸が有用であると考えられる。よって、現在すでに臨床利用されている[S-methyl-11C]-L-methionineは、細菌感染症早期画像診断が利用できる。また、集積実験及び組込み率算出実験の結果より、標識アミノ酸の組み込み率の挙動と標識アミノ酸の集積の挙動が一致したことから、大腸菌への集積が最も高くなる際にタンパク質組み込みも多く、大腸菌の代謝が活性化していることも確認され、大腸菌の増殖に伴うタンパク質合成などの代謝の活性が天然アミノ酸の集積に関係していると考えられた。
【0072】
実施例6では、細菌の活動状態の変化に対する3H-L-Tyr及び3H-L-Hisの集積の変化を評価した。その結果、実施例5と同様に標識天然アミノ酸の集積が大腸菌の増殖に関連していることが確認できた。
また、増殖開始後の3H標識アミノ酸の集積が最も高くなる際にタンパク質への組み込みも多くなり、代謝活性との相関性も確認できた。よって、大腸菌の増殖活性と3H標識アミノ酸の集積は関連性があり、増殖に伴うタンパク質合成等の大腸菌の代謝活性がアミノ酸集積に関係していると考えられた。
【0073】
実施例7では、天然アミノ酸の光学異性体であるD体アミノ酸に焦点を置き、細菌におけるD体アミノ酸の集積と非癌化細胞への集積を評価した。
実施例1~5で細菌において高い集積がみられたAlanine、MethionineのD体アミノ酸についてEscherichia coli (E.coli) K-12由来株での感染症の原因細菌の増殖活動が盛んな対数増殖期におけるアミノ酸の細菌と細胞への集積を調べたところ、ともに高い集積を示すことが明らかとなった。
また、感染症の原因細菌の増殖活動が盛んな対数増殖期におけるアミノ酸の細菌と細胞への集積を比較するために、非癌化細胞のHuman Skin Keratinocyte (HaCaT細胞)とE.coli K-12 由来株での集積を比較検討したところ、D体Alanine及びD体Methionineについて、非癌化細胞では細菌に比べ、低い集積が見られた。
また、集積実験の結果、3H-D-alanine及び3H-D-methionineは大腸菌に取込まれるがHaCaT細胞には取込まれないことが確認され、細菌と細胞間の高いコントラストを期待できることから、これを利用した細菌感染症の感染早期での画像診断が有用である可能性が示された。
以上の結果より、D体アミノ酸をベースとした新規画像診断薬による迅速な診断法の可能性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0074】
細菌性感染症の診断において、放射性診断薬による病変の検出をより正確に行うための手段を提供できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6a
図6b
図6c
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15A
図15B
図15C