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  • 特許-表面被覆層付き銅又は銅合金板条 図1
  • 特許-表面被覆層付き銅又は銅合金板条 図2
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  • 特許-表面被覆層付き銅又は銅合金板条 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-14
(45)【発行日】2023-04-24
(54)【発明の名称】表面被覆層付き銅又は銅合金板条
(51)【国際特許分類】
   C25D 5/50 20060101AFI20230417BHJP
   C25D 5/12 20060101ALI20230417BHJP
   C25D 5/34 20060101ALI20230417BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20230417BHJP
   H01R 13/03 20060101ALI20230417BHJP
【FI】
C25D5/50
C25D5/12
C25D5/34
C25D7/00 H
H01R13/03 D
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019189137
(22)【出願日】2019-10-16
(65)【公開番号】P2020097775
(43)【公開日】2020-06-25
【審査請求日】2021-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2018195558
(32)【優先日】2018-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100100974
【弁理士】
【氏名又は名称】香本 薫
(72)【発明者】
【氏名】上田 雄太郎
(72)【発明者】
【氏名】鶴 将嘉
(72)【発明者】
【氏名】坂本 浩
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第02369688(EP,A1)
【文献】国際公開第2018/074256(WO,A1)
【文献】特開2016-211031(JP,A)
【文献】特開2017-048422(JP,A)
【文献】特開2017-082307(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/00-7/12
H01R 13/03
H01H 1/02
H01H 11/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅又は銅合金板条を母材とし、前記母材表面に表面被覆層としてNi、Co又はFe層のうちいずれか1つ又は2つからなる下地層及びCu-Sn合金層をこの順に有し、さらに前記Cu-Sn合金層の表面にSn層を有し、前記Cu-Sn合金層の表面の算術平均粗さRaが0.3~3.4μm、かつ最大高さRzが2.2~14.4μmであり、前記Sn層の表面被覆率が10%以下であることを特徴とする表面被覆層付き銅又は銅合金板条。
【請求項2】
前記下地層の平均の厚さが0.1~3.0μmであり、前記Cu-Sn合金層がη相又はη相とε相からなり、平均の厚さが0.2~1.0μmであることを特徴とする請求項1に記載された表面被覆層付き銅又は銅合金板条。
【請求項3】
前記下地層とCu-Sn合金層の間にさらにCu層を有することを特徴とする請求項1又は2に記載された表面被覆層付き銅又は銅合金板条。
【請求項4】
前記Cu-Sn合金層のCuの一部が、前記下地層の元素で置換されていることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載された表面被覆層付き銅又は銅合金板条。
【請求項5】
表面がリフロー処理されたものであることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載された表面被覆層付き銅又は銅合金板条。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載された表面被覆層付き銅又は銅合金板条からなる嵌合型接続端子。
【請求項7】
請求項6に記載された嵌合型接続端子を含む嵌合型コネクタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として自動車分野や一般民生機器分野で用いられる端子等の接続部品用導電材料として用いられ、低挿入力と耐微摺動摩耗性を兼備した接続部品が得られる表面被覆層付き銅又は銅合金板条に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の電線の接続に用いられるコネクタには、オス端子とメス端子の組み合せからなる嵌合型接続端子が使用されている。自動車の電装分野では、電子制御の多用、高度化によりコネクタが多極化し、自動車の組立工程におけるコネクタの挿入力が増大し、作業者の肉体的負担の増大が問題となっている。そのため、このようなコネクタには挿入力の低減が求められるようになってきた。
また、端子小型化の進行により、端子の接圧は小さくなっている。その結果、自動車のエンジンの振動や自動車走行による振動によって接点間に微摺動が発生し、接点部が摩耗して接触抵抗が増大する現象(微摺動摩耗現象)が問題となってきた。なお、微摺動摩耗現象は、酸化したSnの摩耗粉が接点間に介在することで生じると考えられている。
【0003】
銅又は銅合金板条からなる母材の表面に表面被覆層を有する接続部品用導電材料において、コネクタの挿入力の低減及び微摺動摩耗現象の改善のため、種々の提案がなされている。
特許文献1に記載された導電材料は、表面被覆層としてNi層、Cu-Sn合金層及びSn層をこの順に有する。前記Cu-Sn合金層は、Cu含有量が20~70at%で、平均厚さが0.2~3.0μmであり、前記Sn層は、平均厚さが0.2~5.0μmである。この導電材料の表面はリフロー処理されていて、Cu-Sn合金層の一部が最表面に露出し、その露出面積率が3~75%である。また、この導電材料の表面は、少なくとも一方向における算術平均粗さRaが0.15μm以上、全ての方向における算術平均粗さRaが3.0μm以下とされる。
【0004】
特許文献2に記載された導電材料は、表面被覆層としてNi、Co又はFe層のうちいずれか1つ又は2つからなる下地層、Cu-Sn合金層及びSn層をこの順に有する。前記下地層の平均厚さは0.1~3.0μmであり、前記Cu-Sn合金層はη相又はη相とε相からなり、平均厚さが0.2~3.0μmである。前記Cu-Sn合金層の表面粗さは、算術平均高さSaが0.2μm以下、最大高さSzが5.0μm以下である。前記Sn層の平均厚さが0.02~0.2μmであり、Cu-Sn合金層の全面を覆っている。
【0005】
特許文献3に記載された導電材料は、表面被覆層としてNi又はCu-Ni合金からなる下地層及びCu-Ni-Sn合金層をこの順に有する。この導電材料の表面は、算術平均粗さRaが0.15μm以下、最大高さRzが0.8μm以下とされる。
特許文献4に記載された導電材料は、表面被覆層としてCu-Sn合金にSnが混在したCu-Snめっき層を有する。必要に応じて、Cu-Snめっき層の下にNi層、Cu-Snめっき層の上にSn層を有する。
【0006】
特許文献5に記載された導電材料は、表面被覆層としてNi又はCu-Ni合金からなる下地層、Cu-Sn合金層及びSn層をこの順に有する。前記Sn層は前記Cu-Sn合金層の結晶粒間の凹部内に存在し、前記Cu-Sn合金層を20~80%の面積率で覆う。前記Cu-Sn合金層は平均厚さが0.4~1.5μm、前記Sn層は平均厚さが0.05~0.4μm、最大厚さが0.05~1.0μmである。この導電材料の表面粗さは、算術平均粗さRaが0.05~0.2μm、最大高さRyが0.3~1.5μmとされる。
特許文献6に記載された導電材料は、表面被覆層としてNi、Co又はFe層のうちいずれか1つ又は2つからなる下地層、Cu-Sn合金層及びSn層をこの順に有する。この導電材料は、Cu-Sn合金層のCu含有量と表面露出率、及び表面粗さが特許文献1に記載された導電材料と同じとされ、Cu-Sn合金層の表面の平均結晶粒径が2μm以下とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-183068号公報
【文献】特開2017-82307号公報
【文献】特開2017-43827号公報
【文献】特開2016-211031号公報
【文献】特開2015-180770号公報
【文献】特開2014-208904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1~6に記載された接続部品用導電材料は、それぞれコネクタの挿入力を低減し、かつ微摺動摩耗現象を改善できるとされている。一方、コネクタの多極化及び小型化に伴い、低接圧化が進行し、改めて耐微摺動摩耗性低下が問題視されるようになってきた。
本発明は、低摩擦係数(低挿入力)で、低接圧でも耐微摺動摩耗性が優れるコネクタ等の接続部品を得ることができる導電材料(表面被覆層付き銅又は銅合金板条)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
接続部品用導電材料が低摩擦係数で端子の接圧が小さいと、端子の摺動が生じやすく、かつ摺動により発生したSnの摩耗粉が接点外部に排出されにくく、酸化したSn摩耗粉が接点間に堆積し、一般に微摺動摩耗(接触抵抗の増加)が生じやすい。また、導電材料の最表面に存在するSn層の表面被覆率が大きいと、摩擦係数が増加し、かつ接点間に堆積するSn摩耗粉の量が増大し、耐微摺動摩耗性が悪化する。
本発明では、接続部品用導電材料におけるSn層の表面被覆率を下げ、Cu-Sn合金層の表面粗さを大きくすることで、接点間のSn摩耗粉の増加を抑え、かつ生成したSn摩耗分の接点外への排出を促進して、低接圧下でも耐微摺動摩耗性を改善することができた。また、Sn層の表面被覆率を下げることで、低い摩擦係数を実現できた。
【0010】
本発明に係る接続部品用導電材料(表面被覆層付き銅又は銅合金板条)は、銅又は銅合金板条を母材とし、前記母材表面に表面被覆層としてNi、Co又はFe層のうちいずれか1つ又は2つからなる下地層及びCu-Sn合金層をこの順に有し、前記Cu-Sn合金層の表面の算術平均粗さRaが0.3~3.4μm、かつ最大高さRzが2.2~14.4μmである。この表面被覆層付き銅又は銅合金板条は、表面被覆層の一部として前記Cu-Sn合金層の表面にさらにSn層を有していてもよい。その場合、前記Sn層の表面被覆率が10%以下とされる。
なお、本発明において板条とは、板又は条(コイル)を意味する。また、本発明においてNi層、Co層、Fe層、Sn層は、それぞれNi、Co、Fe、Sn金属のほか、Ni合金、Co合金、Fe合金、Sn合金を含む。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る表面被覆層付き銅又は銅合金板条を素材として用いることで、低挿入力で、かつ低接圧でも耐微摺動摩耗性に優れたコネクタ等の接続部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係る表面被覆層付き銅又は銅合金板条の模式的断面図である。
図2】本発明に係る表面被覆層付き銅又は銅合金板条の顕微鏡組織写真である。
図3】微摺動摩耗試験機の概略図である。
図4】摩擦係数測定機の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る表面被覆層付き銅又は銅合金板条について、より詳細に説明する。
まず、本発明に係る表面被覆層付き銅又は銅合金板条の一例を、図1(模式的断面図)に示す。図1において、表面被覆層は下地層1、Cu-Sn合金層2及びSn層3からなり、母材(銅又は銅合金板条)4上にこの順に形成されている。個々のSn層3の面積は微少で、Cu-Sn合金層2の表面に点在している。
【0014】
<Cu-Sn合金層>
(Cu-Sn合金層の表面粗さ)
端子嵌合時(オス端子の挿入時)に接点間に摺動が生じ、あるいはエンジン振動又は自動車走行時の振動により接点間に微摺動が生じると、端子表面のSn層が摩耗し、接点間に酸化したSn摩耗粉が堆積し、微摺動摩耗(接触抵抗の増加)が生じる。しかし、オスメス両端子のうち少なくとも一方の端子においてCu-Sn合金層の表面に十分大きい凹凸があると、Sn摩耗粉の接点外部への排出が促進され、Sn摩耗粉の堆積が抑制されて、微摺動摩耗性が改善される。
【0015】
Cu-Sn合金層表面の算術平均粗さRaが0.3μm未満、又は最大高さRzが2.2μm未満であると、Sn摩耗粉の接点外部への排出が不十分となる。一方、Cu-Sn合金層表面の算術平均粗さRaが3.4μmを超え、又は最大高さRzが14.4μmを超えると、接点の摩耗が早まり母材が露出して銅酸化物が生成され、接触抵抗が増大するリスクがある。また、現行の粗面化工程(ロール表面の凹凸を銅合金板条の表面に転写する工程)において材料が摩耗し、銅粉が発生して、製品(銅合金板条)が汚染されるリスクがある。従って、Cu-Sn合金層の表面粗さは、算術平均粗さRaが0.3~3.4μmの範囲内、かつ最大高さRzが2.2~14.4μmの範囲内とする。Cu-Sn合金層の表面粗さを上記のようにするには、母材表面の算術平均粗さRaを0.3~3.4μmの範囲内、最大高さRzを2.2~14.4μmの範囲内とし、後述するリフロー処理において、Cu-Sn合金層を均一に成長させる必要がある。算術平均粗さRa、最大高さRzは、JIS B0601(2001)で規定される線粗さである。Cu-Sn合金層表面の算術平均粗さRaは、下限値が好ましくは0.5μmであり、上限値が好ましくは2.0μmである。最大高さRzは、下限値が好ましくは3.5μm、上限値が好ましくは10.0μmである。
【0016】
また、Cu-Sn合金層表面の要素の平均長さ(凹凸の平均間隔)Rsmが余り小さいと、粗面化工程に使用されるロールの製造コストが増大する。一方、要素の平均長さRsmが余り大きいと、特に接点の面積の小さい小型端子に用いた場合に、他端子に対し凸部の接触機会が少なく、低い摩擦係数を得ることが困難な場合が生じる。以上の点を勘案し、Cu-Sn合金層表面の要素の平均長さRsmは、好ましくは24~218μmの範囲内とする。
なお、Cu-Sn合金層の表面粗さ(Ra,Rz,Rsm)の測定方向は、算術平均粗さRa及び最大高さRzが最も大きくなる方向(例えば母材の圧延又は研磨方向に垂直な方向)とする。
【0017】
(Cu-Sn合金層の平均厚さ)
特許文献2に記載されたとおり、Cu-Sn合金層は、コネクタを接合したときのオス-メス端子間の摩擦力を高め、コネクタに加わる振動の影響(接点間に生じる摺動)を抑制する作用を有する。接点間の摺動が抑制されることで、低い接触抵抗値を維持する効果が得られる。しかし、Cu-Sn合金層の平均厚さが小さいと、特に低接圧下において接点間の摺動を抑制する効果が小さい。また、Cu-Sn合金層は、下地層の成分であるNi、Co、FeがSn層へ拡散するのを防止する。Cu-Sn合金層の平均厚さが小さいと、拡散防止効果が不十分であり、Ni、Co、FeがSn層まで拡散して酸化物を形成する。Ni、Co、Feの酸化物は体積抵抗率がSnの酸化物よりも大きいため、接触抵抗を高くする。一方、Cu-Sn合金層の平均厚さが大きくなると、曲げ加工で割れが発生するなど、端子への成形加工性が低下する可能性が出てくる。以上の点を勘案し、Cu-Sn合金層の平均厚さは、好ましくは0.2~1.0μmの範囲内とする。Cu-Sn合金層の平均厚さの下限値は、より好ましくは0.3μm、上限値は、より好ましくは0.5μmである。
なお、Cu-Sn合金層は基本的にCu及びSnからなるが、Cuの一部が下地層の元素(Ni、Co、Fe)で置換されていてもよい。
【0018】
(Cu-Sn合金層の相構成)
特許文献2に記載されたとおり、Cu-Sn合金層はη相(CuSn)のみ又はε相(CuSn)とη相からなり、ε相は下地層とη相の間に形成され(Cu-Sn合金層がε相とη相からなる場合)、前記下地層に接している。Cu-Sn合金層は、Cuめっき層のCuとSnめっき層のSnがリフロー処理により反応して形成される層である。リフロー処理前のSnめっき層の厚さ(ts)とCuめっき層の厚さ(tc)の関係をts/tc>2としたとき、平衡状態ではη相のみが形成されるが、リフロー処理条件により、実際には非平衡な相であるε相も形成される。ε相はη相に比べて硬いため、ε相が存在すると被覆層が硬くなり、摩擦係数の低減に寄与する。
【0019】
<Sn層>
表面被覆層の一部として、Sn層がCu-Sn合金層の表面に形成されていてもよい。しかし、耐摺動摩耗性の向上と低摩擦係数(低挿入力)を図るため、Sn層の表面被覆率は10%以下とする。Sn層の表面被覆率は好ましくは5%以下であり、0%(Sn層が存在しない状態)でもよい。
なお、Sn層は金属Sn又はSn合金からなる。Sn層がSn合金からなる場合、Sn合金のSn以外の構成成分としては、Pb,Bi,Zn,Ag,Cuなどが挙げられる。Pbについては50質量%未満、他の元素については10質量%未満が好ましい。
【0020】
<下地層>
母材とCu-Sn合金層の間(Cu層がない場合)、又は母材とCu層の間に、下地層としてNi、Co又はFe層のうちいずれか1つ又は2つからなる下地層が形成される。特許文献2に記載されたとおり、下地層は、銅合金母材のCu及び合金元素が材料表面へ拡散するのを抑制し、高温長時間使用後も接触抵抗の上昇を抑制する。また、下地層自身の材料表面への拡散はCu-Sn合金層やCu層により抑制される。このことから、Ni、Co又はFe層のうちいずれか1つ又は2つからなる下地層が形成された導電材料は、耐熱性が求められる接続部品に特に適する。また、この下地層が形成されることにより、材料の亜硫酸ガス耐食性が向上する。
下地層が厚くなると成形加工性が低下し、経済性が悪くなり、一方、下地層が余り薄いと、下地層中のピット欠陥が増加することなどにより、上記効果を充分に発揮できなくなる。以上の点を勘案し、下地層の平均厚さは、好ましくは0.1~3.0μmの範囲内とする。
【0021】
Ni層、Co層、Fe層は、それぞれ金属Ni又はNi合金、金属Co又はCo合金、金属Fe又はFe合金からなり、それぞれに母材に含まれる成分元素等が少量混入していてもよい。Ni層がNi合金からなる場合、Ni合金のNi以外の構成成分としては、Cu、P、Coなどが挙げられる。Cuについては40質量%以下、P、Coについては10質量%以下が望ましい。Co層がCo合金からなる場合、Co以外の合金元素としてNi、Cu、Pなどが挙げられ、これらの合金元素は合計で10質量%以下が好ましい。Fe層がFe合金からなる場合、Fe以外の合金元素としてNi、Cr、Cなどが挙げられ、これらの合金元素は合計で10質量%以下が好ましい。
下地層として、Ni層、Co層又はFe層のうちいずれか2層の組合せ(Co層とNi層、Fe層とNi層、Co層とFe層)もあり得る。この場合、2層の合計の平均厚さを、好ましくは0.1~3.0μmの範囲内とする。
【0022】
<Cu層>
Cu層はリフロー処理後にCuめっき層が消滅せずに残留したものである。特許文献2に記載されたとおり、Cu層は厚くなりすぎると成形加工性などが劣化し、経済性も悪くなる。このため、Cu層の平均厚さは3.0μm以下が好ましく、より好ましくは1.0μm以下であり、さらに好ましくは0.3μm以下であり、最も好ましいのは0μm(Cuめっき層がリフロー処理の過程で消滅)である。Cu層がCu合金からなる場合、Cu合金のCu以外の構成成分としてはSn、Zn等が挙げられる。Snの場合は10質量%未満、他の元素については5質量%未満が好ましい。
【0023】
<銅又は銅合金母材>
本発明に係る銅又は銅合金板条(銅又は銅合金母材)の素材として、純銅のほか、Cu-Ni-Si系、Cu-Ni-Sn-P系、Cu-Fe-P系、Cu-Zn系、Cu-Cr-Ti-Si系等、種々の銅合金を用いることができる。
Cu-Sn合金層の表面粗さを、先に記載した範囲内とするには、銅合金母材の表面粗さを、算術平均粗さRaが0.3~3.4μmの範囲内、かつ最大高さRzが2.2~14.4μmの範囲内とする必要がある。銅又は銅合金母材の表面粗さ(Ra,Rz,Rsm)の測定方向は、基本的にCu-Sn合金層の表面粗さの測定方向と同じである。
【0024】
銅又は銅合金母材の表面をこのように粗化処理する方法として、例えば特許文献1に記載されたとおり、圧延(研磨やショットブラスト等により粗面化したワーククロールを使用して仕上げ圧延)、研磨又はショットブラスト等の機械的方法が挙げられる。また、イオンエッチング等の物理的方法、又はエッチングや電解研磨等の化学的方法を使用することもできる。なお、銅合金母材の表面を機械的に研磨すると、加工変質層が比較的厚く形成されるが、このような加工変質層の存在は本発明の効果に特に影響しない。
【0025】
<製造方法>
本発明に係る表面被覆層付き銅又は銅合金板条は、銅又は銅合金母材の表面を粗化処理した上で、前記母材表面に下地めっき(Ni、Co、Feめっき)、Cuめっき及びSnめっきをこの順に行い、次いでリフロー処理を行うことで製造できる。Cuめっき層とSnめっき層の当初厚さは、リフロー処理により前記Cuめっき層とSnめっき層が完全に消費される(消滅する)か、Snめっき層の残留量がごくわずかになるように設定されることが好ましい。また、リフロー処理において、Cu-Sn合金層としてη(CuSn)相を形成させるには、Cuめっき層とSnめっき層の当初厚さの比を約1:2にすることが好ましい。
【0026】
リフロー処理は、300~600℃の温度範囲に、25~115秒間保持する条件で行うことが好ましい。保持温度が高温のとき保持時間を短く、保持温度が低温のとき保持時間を長く設定することが好ましい。
リフロー処理では、Cuめっき層のCuとSnめっき層のSn(溶融Sn)が相互拡散し、Cu-Sn合金層が形成される。リフロー処理の間、Cu-Sn合金層は下地層の輪郭(凹凸)に沿って形成され、かつ隣接するCu-Sn合金結晶(柱状晶)同士の間に微細な凹部を有し、溶融Snが前記輪郭の凹部及び前記結晶間の微細な凹部に流入する。
【0027】
本発明において、Cuめっき層とSnめっき層の当初厚さの比、又はリフロー処理の条件によっては、リフロー処理後もCu層又はSn層が残留することがある。リフロー処理後にCu層が残留するとき、前記Cu層の平均厚さは3.0μm以下であることが好ましい。リフロー処理後にSnめっき層が残留する場合、主に前記凹部にSn層が形成される。Sn層の残留は、表面被覆率が10%以下となることを条件に許容される。
【0028】
図2に、Sn層がわずかに残留した被覆層付き銅又は銅合金板条(実施例No.3)の表面組織写真(走査電子顕微鏡による反射電子像)を示す。図2の右側の写真は左側の写真の一部拡大写真である。図2の左側の写真において濃い色の部分が母材の凸部に対応するCu-Sn合金層の凸部であり、淡い色の部分が母材の凹部に対応するCu-Sn合金層の凹部である。低倍率の組織写真(図2の左側の写真)ではSn層の存在がはっきり確認できないが、拡大した組織写真(図2の右側の写真)では全面に白く微細に点在するSn層が確認できる。なお、図2の左側の写真の左下に記載したスケール(白抜きの箇所)は全長が200μmである。Sn層のサイズ(外接円直径)は上面視で100μm以下が好ましく、50μm以下がより好ましい。
【実施例
【0029】
表面を粗化処理した厚さ0.25mmの銅合金板(No.1~9)を作製し、その表面粗さを下記要領で測定した。その結果を表1に示す。
(母材の表面粗さ)
母材の表面粗さ(算術平均粗さRa)は、接触式表面粗さ計(株式会社東京精密;サーフコム1400)を用いて、JIS B0601:2001に基づいて測定した。表面粗さ測定条件は、カットオフ値を0.8mm、基準長さを0.8mm、評価長さを4.0mm、測定速度を0.3mm/s、及び触針先端半径を5μmRとした。表面粗さの測定方向は、圧延方向に垂直な方向(表面粗さが最も大きく出る方向)とした。
【0030】
前記銅合金板(No.1~9)を母材とし、前記母材の表面に、種々の厚さにNiめっき、Cuめっき及びSnめっきをこの順に施した。めっき後の銅合金板から試験材を採取し、Niめっき層、Cuめっき層及びSnめっき層の平均厚さを下記要領で測定した。その結果を表1に示す。なお、Niめっき、Cuめっき及びSnめっきの各めっき液及びめっき条件は、特許文献2の実施例と同じとした。
(Snめっき層の平均厚さ)
蛍光X線膜厚計(セイコーインスツルメンツ株式会社;SFT3200)を用いて、試験材のSnめっき層の平均厚さを算出した。測定条件は、検量線にSn/母材の単層検量線又はSn/Ni/母材の2層検量線を用い、コリメータ径をφ0.5mmとした。得られた値をSnめっき層の平均厚さとした。
【0031】
(Cuめっき層の平均厚さ)
Cuめっきを実施した際の電流値からCuめっき層の厚さを算出した。ファラデーの法則より、電気析出量は流れた電気量に比例する。なお、下記(1)式により析出したCuの質量m(単位:g)を求め、下記(2)式によりCuめっき層の平均厚さL(単位:μm)を算出した。
m/M=It/zF ・・・(1)
L=m/PS ・・・(2)
ここで、MはCuの分子量(単位:g/mol)、Iは電流値(単位:A)、tは時間(単位:s)、zはイオン価数、Fはファラデー常数、PはCuの密度(g/μm)、Sはめっき面積(単位:μm)である。
【0032】
(Niめっき層の平均厚さ)
蛍光X線膜厚計(セイコーインスツルメンツ株式会社;SFT3200)を用い、試験材のNiめっき層の平均厚さを算出した。測定条件は、検量線にSn/Ni/母材の2層検量線を用い、コリメータ径をφ0.5mmとした。なお、Niめっき層の平均厚さはリフロー処理前後で実質的に変化しない。
【0033】
【表1】
【0034】
めっき後の銅合金板に表1に示す条件でリフロー処理を施した後、リフロー処理後の銅合金板(No.1~9)から試験材を採取し、Cu-Sn合金層の平均厚さ、Cu-Sn合金層の表面粗さ、及びSn層の表面被覆率を下記要領で測定した。その結果を表2に示す。なお、リフロー処理後の全ての銅合金板(No.1~9)においてCuめっき層は消滅していた。
【0035】
(Cu-Sn合金層の平均厚さ)
まず、試験材をp-ニトロフェノール及び苛性ソーダを成分とする水溶液に10分間浸漬し、Sn層を除去した。その後、蛍光X線膜厚計(セイコーインスツルメンツ株式会社;SFT3200)を用いて、Cu-Sn合金層に含有されるSn成分の膜厚を測定した。測定条件は、検量線にSn/母材の単層検量線又はSn/Ni/母材の2層検量線を用い、コリメータ径をφ0.5mmとした。得られた値をCu-Sn合金層の平均厚さとした。
【0036】
(Cu-Sn合金層の表面粗さ)
各試験材のCu-Sn合金層の表面粗さ(Ra,Rz,Rsm)は、Sn層の除去を行った後、非接触式表面粗さ計(株式会社OLYMPUS製レーザー顕微鏡、型式OLS4100)を用いて測定した。測定条件は、分析モード:線粗さ、測定距離:600~800μm、カットオフ値:λs2.5μmとし、測定方向は圧延方向に対し垂直方向(算術平均粗さRa及び最大高さRzが最も大きく出る方向)とした。測定された表面粗さ(Ra,Rz,Rsm)は、JIS B0601:2001の規定に準拠したものである。
【0037】
(Sn層の表面被覆率)
各試験材の表面を走査電子顕微鏡により200倍の倍率で観察し、反射電子像から実測でSn層の表面被覆率を算出した。算出手順は、反射電子像のSn層(白い部分)ではない部分を黒く塗りつぶし、画像解析ソフト(フリーソフトのImageJ1.49)でSn層の面積Sを算出した。測定エリアの全面積Aに対する面積Sの100分率(100×S/A)をSn層の表面被覆率とした。観察視野の大きさ(測定エリア)は約400μm×600μmであり、各試験材について2視野の表面被覆率の平均値を求め、当該試験材の表面被覆率とした。
【0038】
また、リフロー処理後の銅合金板(No.1~9)を試験材として、微摺動摩耗特性と動摩擦係数を下記要領で測定した。なお、微摺動摩耗特性の試験において付加した1.0Nという荷重は、特許文献1の試験の2N、特許文献2の試験の7Nに比べてかなり小さい。その結果を表2に示す。
(微摺動摩耗特性)
微摺動摩耗特性(接触抵抗値)は、嵌合型接続部品における電気接点のインデント部の形状を模擬し、図3に示すような摺動試験機を用いて測定した。まず、各試験材から切り出した板材のオス試験片5を水平な台6に固定し、その上にNo.9の試験材の半球加工材(外径をφ1.8mmとした)のメス試験片7を置いて被覆層同士を接触させた。メス試験片7に1.0N(錘8)の荷重をかけてオス試験片5を押さえ、オス試験片5とメス試験片8の間に10mAの定電流を印加し、ステッピングモータ9を用いてオス試験片5を水平方向に摺動させ、接触抵抗の初期ピーク値を測定した。摺動距離は50μm、摺動周波数は1Hzとした。図4中の矢印は摺動方向である。接触抵抗の初期ピーク値は10mΩ以下を合格とした。
【0039】
(動摩擦係数)
嵌合型接続部品における電気接点のインデント部の形状を模擬し、図4に示すような装置を用いて評価した。まず、各試験材から切り出した板材のオス試験片10を水平な台11に固定し、その上にNo.9の試験材の半球加工材(外径をφ1.8mmとした)のメス試験片12をおいて被覆層同士を接触させた。続いて、メス試験片12に1.0Nの荷重(錘13)をかけてオス試験片10を押さえ、横型荷重測定器(アイコーエンジニアリング株式会社;Model-2152)を用いて、オス試験片10を水平方向に1回摺動させたときの最大摩擦力(単位:N)を測定した。摺動距離は5mm、摺動速度は80mm/minとした。図5において、14はロードセル、矢印は摺動方向であり、オス試験片10及びメス試験片12のいずれも、圧延垂直方向を摺動方向に平行な向きとした。垂直抗力(荷重)をP(=1.0N)とし、最大摩擦力をFとしたとき、動摩擦係数μ’はμ’=F/Pで表される。各試験材について測定試験を3回行い、動摩擦係数の平均値を求め、当該試験材の動摩擦係数とした。動摩擦係数は、0.50未満を合格と判定した。
【0040】
【表2】
【0041】
表2に示すように、本発明の規定を満たす表面被覆層を有するNo.1~5は、動摩擦係数が小さく、微摺動摩耗特性が優れる(接触抵抗値が低い)。
これに対し、本発明の規定を満たす表面被覆層を有しないNo.6~9は、動摩擦係数が大きいか、又は/及び微摺動摩耗特性が劣る。このうちNo.6は、算術平均粗さRa及び最大高さRzが共に小さいため、微摺動摩耗特性が劣る。No.7は、算術平均粗さRa及び最大高さRzが共に小さく、かつSn層の表面被覆率が大きいため、微摺動摩耗特性が劣る。No.8は、算術平均粗さRa及び最大高さRzが共に適性値であったが、Sn層の表面被覆率が大きいため、微摺動摩耗特性が劣る。No.9は、Sn層の表面被覆率が100%である(Cu-Sn合金層の露出がない)ため、動摩擦係数が大きく、かつ微摺動摩耗特性が劣る。
【符号の説明】
【0042】
1 Ni層
2 Cu-Sn合金層
3 Sn層
4 銅又は銅合金母材
5,10 オス試験片
6,11 台
7,12 メス試験片
8,13 錘
9 ステッピングモータ
14 ロードセル
図1
図2
図3
図4