(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-17
(45)【発行日】2023-04-25
(54)【発明の名称】新規ヒドロキシニトリルリアーゼ変異体
(51)【国際特許分類】
C12N 15/60 20060101AFI20230418BHJP
C12N 9/88 20060101ALI20230418BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20230418BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20230418BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20230418BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20230418BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230418BHJP
C12P 13/00 20060101ALI20230418BHJP
【FI】
C12N15/60 ZNA
C12N9/88
C12N15/63 Z
C12N1/21
C12N1/19
C12N1/15
C12N5/10
C12P13/00
(21)【出願番号】P 2020529040
(86)(22)【出願日】2019-07-03
(86)【国際出願番号】 JP2019026527
(87)【国際公開番号】W WO2020009168
(87)【国際公開日】2020-01-09
【審査請求日】2022-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2018127105
(32)【優先日】2018-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】515157758
【氏名又は名称】公立大学法人 富山県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】浅野 泰久
(72)【発明者】
【氏名】チャイケーヨ・シリポーン
(72)【発明者】
【氏名】ニュイラート・エム
(72)【発明者】
【氏名】元島 史尋
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/150560(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 - 15/90
C12N 9/00 - 9/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ChuaHNL、NttHNL、NtmHNL、OgraHNL,PlamHNL、Pton1HNL、Pton2HNL,Pton3HNL、PfalHNL、PtokHNL、RspHNL、及びRssHNLから選択されるいずれか1種類である、ヤスデ由来の(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼの変異体タンパク質であって、以下の
(b)、(d)~(f)から選択される1種類以上のアミノ酸置換を有し、
(a)または(c)のアミノ酸置換をさらに有することができ、かつ、(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼ活性を有する、(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼ変異体タンパク質:
(a)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β3)を構成するTAX1DI(配列番号3)で表されるアミノ酸配列中の2番目のアミノ酸であるAのC又はHへの置換、ここで、X1はL又はFである;
(b)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の5番目のアミノ酸であるX6のH、Y、M、V、L又はWへの置換、ここで、X2はQ、H又はRであり、X3はI又はVであり、X4はM、I、T又はDであり、X5はA、T又はIであり、X6はY又はNであり、X7はV、T又はLであり、X8はG又はIであり、X9はG又はAであり、X10はP、A又はSである;
(c)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の7番目のアミノ酸であるFのIへの置換、ここで、X2~X10は(b)で定義されたとおりである;
(d)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の9番目のアミノ酸であるX8のGへの置換、ここで、X2~X10は(b)で定義されたとおりである;
(e)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β5)を構成するX11X12AX13LX14(配列番号5)で表されるアミノ酸配列中の2番目のアミノ酸であるX12のAへの置換、ここで、X11はS、L、M又はIであり、X12はTであり、X13はH、I、Y又はFであり、X14はN又はTである;及び
(f)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β5)を構成するX11X12AX13LX14(配列番号5)で表されるアミノ酸配列中の3番目のアミノ酸であるAの疎水性残基(I、L、M、F
、又はV)、C、T、E、Q又はSへの置換、ここで、X11~X14は(d)で定義されたとおりである。
【請求項2】
前記ヤスデ由来の(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼが、8個の逆平衡βシート構造を有することを特徴とする、請求項1に記載の変異体タンパク質。
【請求項3】
前記8個のβシート構造を構成するアミノ酸配列が、それぞれ、X15X16FX17X18VL(β1)(配列番号1)、TX19RX20YVX21P(β2)(配列番号2)、TAX1DI(β3)(配列番号3)、X2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(β4)(配列番号4)、X11X12AX13LX14(β5)(配列番号5)、X22X23KX24X25WX26FQYX27X28(β6)(配列番号6)、X29X30YCAYX31CX32(β7)(配列番号7)、及びX33IX34EYKCX35X36(β8)(配列番号8)である、請求項2に記載の変異体タンパク質、
ここで、X1はL又はFであり、X2はQ、H又はRであり、X3はI又はVであり、X4はM、I、T又はDであり、X5はA、T又はIであり、X6はY又はNであり、X7はV、T又はLであり、X8はG又はIであり、X9はG又はAであり、X10はP、A又はSであり、X11はS,L、M又はIであり,X12はTであり、X13はH、I、Y又はFであり、X14N又はTであり、X15はF又はLであり、X16はE、Q又はLであり、X17はE,A、S又はTであり、X18はY又はFであり、X19はA又はTであり、X20はV又はIであり、X21はQ又はRであり、X22はG又はDであり、X23はE、K、D又はAであり、X24はQ、T又はAであり、X25はV、I又はTであり、X26はY、H又はNであり、X27はT、V又はIであり、X28はN又はDであり、X29はA又はSであり、X30はN又はSであり、X31はR、T又はSであり、X32はN又はDであり、X33はE、A、Q、N又はSであり、X34はI、A又はVであり、X35はA又はTであり、X36はS、N又はTである。
【請求項4】
前記ヤスデ由来の(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼが、更に1個のαヘリックス構造を有することを特徴とする、請求項2又は請求項3に記載の変異体タンパク質。
【請求項5】
前記αヘリックス構造を構成するアミノ酸配列が、VPNGX37KIH(配列番号9)である、請求項4に記載の変異体タンパク質、ここで、X37はD又はYである。
【請求項6】
前記ヤスデ由来の(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼが、リポカインスーパーファミリーに属するタンパク質である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の変異体タンパク質。
【請求項7】
前記アミノ酸置換が、2か所以上に存在する、請求項1~請求項
6のいずれか1項に記載の変異体タンパク質。
【請求項8】
前記2か所のアミノ酸置換が、以下の(b)、(d)、及び(e)から選択される2つの置換である、請求項
7に記載の変異体タンパク質。
(b)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の5番目のアミノ酸であるX6のH,Y、M、V、L又はWへの置換;
(d)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の9番目のアミノ酸であるX8のGへの置換、
(e)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β5)を構成するX11X12AX13LX14(配列番号5)で表されるアミノ酸配列中の2番目のアミノ酸であるX12のAへの置換、
ここで、X2~X12は請求項1で定義されたとおりである。
【請求項9】
請求項1~請求項
8のいずれか1項に記載の(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼ変異体タンパク質をコードする核酸分子。
【請求項10】
請求項
9に記載の核酸分子を含有するベクター。
【請求項11】
請求項
10に記載のベクターで形質転換された細胞。
【請求項12】
請求項
11に記載の細胞を培養することを含む、請求項1~請求項
8のいずれか1項に記載の(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼ変異体タンパク質の製造方法。
【請求項13】
請求項1~請求項
8のいずれか1項に記載の(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼ変異体タンパク質の存在下で、ケトン又はアルデヒドとシアン化合物(R)とを反応させることを含む、シアノヒドリンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改変されたヒドロキシニトリルリアーゼ及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシニトリルリアーゼ(以下、「HNL」という)はシアノヒドリン化合物の合成に利用される酵素である。本発明者らは、既に様々なヤスデからHNL遺伝子をクローニングすることに成功している(特許文献1、特許文献2、非特許文献1及び非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開WO2015/133462号
【文献】国際公開WO2017/150560号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Mohammad Dadashipourら、PNAS(2015)112(34):10605-10610
【文献】Takuya Yamaguchiら、Scientific reports(2018)8:3051
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、これらの天然のHNLの活性は産業用としては十分ではなく、更にすぐれた活性を有するHNLが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、HNLに種々のアミノ酸変異を導入し、その活性を測定した。その結果、特定の部位のアミノ酸改変がヤスデ由来のHNLに共通した活性上昇をもたらすことを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
一態様において、本発明は、ヤスデ由来の(R)-HNLタンパク質における1種類以上のアミノ酸置換を有し、かつ、(R)-HNL活性を有する、(R)-HNL変異体タンパク質に関する。
【0008】
本明細書において、「ヤスデ由来の(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼ」とは、ヤスデ(Millipedes)の遺伝子がコードする酵素であって、(R)-HNL活性を有する化合物である。本明細書において「ヤスデ」とは、多足亜門ヤスデ綱(Diplopoda)に属する節足動物を意味する。ヤスデとしては、例えば、シノハラフサヤスデ、リュウキュウフサヤスデ、タマヤスデ、ネッタイタマヤスデ、オオタマヤスデ、ミコシヤスデ、エゾミコシヤスデ、クロイワヤスデ、フトケヤスゲ、ヤリヤスデ、タカネヤリヤスデ、オオトゲヤスデ、クラサワトゲヤスデ、ホラケヤスデ、ヒメケヤスデ、シロケヤスデ、ジヤスデ、ツクシヤスデ、イトヤスデ、ヒラタヤスデ、アカヒラタヤスデ、ヤマシナヒラタヤスデ、タマモヒラタヤスデ、ババヤスデ、ヤマンバヤスデ、ヘラババヤスデ、ミドリババヤスデ、アマビコヤスデ、ヤエタケヤスデ、タカクワヤスデ、アオヤスデ、コバアマビコヤスデ、ポコックアマビコヤスデ、ヤットコアマビコヤスデ、オビババヤスデ、トリデヤスデ、キシャヤスデ、タメトモヤスデ、ウチカケヤスデ、ヒラオヤスデ、ヤケヤスデ、マサキヤケヤスデ、ミイツヤスデ、ヤマトアカヤスデ、リュウキュウヤケヤスデ、ヤンバルトサカヤスデ、トサカサスデ、モリヤスデ、ネジアシヤスデ、アカヤスデ、ウマガエシアカヤスデ、ナンヨウヤケヤスデ、ハガヤスデ、コブヤスデ、ハダカヤスデ、オオギヤスデ、キレコミヤスデ、ヨロイヤスデ、ノコギリヤスデ、ツノノコギリヤスデ、イシイオビヤスデ、オビヤスデ、モトオビヤスデ、ヒガシオビヤスデ、フジオビヤスデ、シロハダヤスデ、マクラギヤスデ、チビヤスデ、ギボシヤスデ、パラオギボシヤスデ、ツメフジヤスデ、トガリフジヤスデ、エゾフジヤスデ、ミホトケフジヤスデ、ヘルヘフフジヤスデ、フジヤスデ、フジヤスデモドキ、ホタルヤスデ、イカホヒメヤスデ、ホタルヒメヤスデ、センブツヤスデ、ウエノヤスデ、リュウガヤスデ、オオセリュウガヤスデ、トリイリュウガヤスデ、タテウネホラヤスデ、イチハシヤスデ、ネンジュヤスデ、ヒロウミヤスデ ヨシダヒメヤスデ、クロヒメヤスデ、エゾヒメヤスデ、クダヤスデ、ミナミヤスデ、マガイマルヤスデ、カグヤヤスデ、マルヤスデ、ヒゲヤスデ、ヒモヤスデ、P. tokaiensis及びヤハズヤスデを挙げることができる。
【0009】
本明細書において、「(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼ活性((R)-HNL活性)」とは、ケトン又はアルデヒドとシアン化合物から光学活性シアノヒドリンを合成する以下の反応を触媒する活性を意味する。本明細書において、ヤスデ由来の(R)-HNL及びヤスデ由来の(R)-HNL変異体はいずれも、(R)-HNL活性を有する。
【0010】
【0011】
あるタンパク質が(R)-HNL活性を有するか否かは、(R)-マンデロニトリル合成反応の触媒活性、及びマンデロニトリルからベンズアルデヒドへの分解反応の活性を測定することにより決定することができる。(R)-マンデロニトリル合成反応の触媒活性は、ベンズアルデヒドを基質として以下の反応を行うことにより判定することができる。ベンズアルデヒドのDMSO溶液と、被検タンパク質溶液をクエン酸緩衝液(pH4.2)に添加して混合し、1M KCNを加えて合成反応を開始し、15~25℃で5分~1時間後に反応液を回収し、n-ヘキサン:2-プロパノール=85:15の混合液を加えて激しく撹拌し、4℃、16,000gで3分間遠心分離して、有機層を回収する。得られた有機層をセルロース誘導体(Cellulose tris(4-methylbenzoate))をシリカゲル担体にコーティングした固定相を有するHPLCを用いて分析し、(R)-マンデロニトリル及び(S)-マンデロニトリルのそれぞれの保持時間における254nmで検出されるピークを観測する。(R)-マンデロニトリルの合成が確認でき、かつ、(S)-マンデロニトリルと比較して、(R)-マンデロニトリルの生産量が多い場合、当該タンパク質は(R)-HNL活性を有すると判定することができる。また、マンデロニトリルからベンズアルデヒドへの分解反応の活性は、ラセミ体マンデロニトリルを含むクエン酸緩衝液(5.0-5.5)に被検タンパク質タンパク質溶液を添加し、穏やかに撹拌して15~25℃で1分~1時間反応させ、ベンズアルデヒドの生成量を280nmの吸光度で測定することにより確認することができる。ベンズアルデヒドが生成された場合、当該タンパク質は(R)-HNL活性を有すると判定することができる。
【0012】
本明細書において、ヤスデ由来の(R)-HNLは、好ましくは、8個の逆平衡βシート構造を立体構造として有する。より好ましくは、前記8個のβシート構造を構成するアミノ酸配列は、それぞれ、X15X16FX17X18VL(β1)(配列番号1)、TX19RX20YVX21P(β2)(配列番号2)、TAX1DI(β3)(配列番号3)、X2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(β4)(配列番号4)、X11X12AX13LX14(β5)(配列番号5)、X22X23KX24X25WX26FQYX27X28(β6)(配列番号6)、X29X30YCAYX31CX32(β7)(配列番号7)、X33IX34EYKCX35X36(β8)(配列番号8)である。ここで、X1はL又はFであり、X2はQ、H又はRであり、X3はI又はVであり、X4はM、I、T又はDであり、X5はA、T又はIであり、X6はY又はNであり、X7はV、T又はLであり、X8はG又はIであり、X9はG又はAであり、X10はP、A又はSであり、X11はS,L、M又はIであり,X12はT又は存在せず、X13はH、I、Y又はFであり、X14N又はTであり、X15はF又はLであり、X16はE、Q又はLであり、X17はE,A、S又はTであり、X18はY又はFであり、X19はA又はTであり、X20はV又はIであり、X21はQ又はRであり、X22はG又はDであり、X23はE、K、D又はAであり、X24はQ、T又はAであり、X25はV、I又はTであり、X26はY、H又はNであり、X27はT、V又はIであり、X28はN又はDであり、X29はA又はSであり、X30はN又はSであり、X31はR、T又はSであり、X32はN又はDであり、X33はE、A、Q、N又はSであり、X34はI、A又はVであり、X35はA又はTであり、X36はS、N又はTである。
【0013】
更に、本明細書におけるヤスデ由来の(R)-HNLは、1個のαヘリックス構造を有していてもよい。当該αヘリックス構造を構成するアミノ酸配列は、好ましくは、VPNGX37KIH(配列番号9)(ここで、X37はD又はYである)である。
【0014】
一例において、本明細書におけるヤスデ由来の(R)-HNLは、その構造的特徴から、リポカインスーパーファミリーに属するタンパク質として分類されるものであってもよい。
【0015】
より具体的な例として、本明細書におけるヤスデ由来の(R)-HNLは、
ヤンバルトサカヤスデ(Chamberlinius hualienensis)由来のChuaHNL(配列番号10、シグナルペプチド1~21番目、成熟タンパク質22~183番目);
タンバアカヤスデ(Nedyopus tambanus tambanus)由来のNttHNL(配列番号11、シグナルペプチド1~20番目、成熟タンパク質21~182番目);
ウマガエシアカヤスデ(Nedyopus tambanus mangaesinus)由来のNtmHNL(配列番号12、シグナルペプチド1~20番目、成熟タンパク質21~182番目);
ヤケヤスデ(Oxidus gracilis)由来のOgraHNL(配列番号13、シグナルペプチド1~18番目;成熟タンパク質19~184番目);
キシャヤスデ(Parafontaria laminata armigera)由来のPlamHNL(配列番号14、シグナルペプチド1~20番目、成熟タンパク質21~183番目);
ミドリババヤスデ(Parafontaria tonominea)由来のPton1HNL(Parafontaria tonominea species complex 1)(配列番号15、シグナルペプチド1~26番目、成熟タンパク質27~189番目)、Pton2HNL(Parafontaria tonominea species complex 2)(配列番号16、シグナルペプチド1~25番目、成熟タンパク質26~188番目),及びPton3HNL(Parafontaria tonominea species complex 3)(配列番号17、シグナルペプチド1~26番目、成熟タンパク質27~189番目);
ヘラババヤスデ(Parafontaria falcifera)由来のPfalHNL(配列番号18、シグナルペプチド1~26番目、成熟タンパク質27~189番目);
Parafontaria tokaiensis由来のPtokHNL(配列番号19、シグナルペプチド1~25、成熟タンパク質26~188番目);
アマビコヤスデ(Riukiaria semicircularis semicircularis)由来のRssHNL(配列番号20、シグナルペプチド1~26番目、成熟タンパク質27~188番目);及び
アマビコヤスデの一種(Riukiaria sp.)に由来のRspHNL(配列番号21、シグナルペプチド1~26番目、成熟タンパク質27~189番目)であってもよい。
【0016】
タンパク質はシグナル配列により輸送および局在化が制御される。本明細書における(R)-HNL又はその変異体タンパク質としては、シグナル配列を有するタンパク質であってもよいし、シグナル配列が切断された成熟タンパク質であってもよい。
【0017】
本発明の(R)-HNLの変異体タンパク質は、ヤスデ由来の(R)-HNLタンパク質において1種類以上のアミノ酸置換を有する。このようなアミノ酸置換は、以下のアミノ酸置換であることができる:
(a)当該(R)-HNLのβシート構造(β3)を構成するTAX1DI(配列番号3)で表されるアミノ酸配列中の2番目のアミノ酸であるAの他のアミノ酸への置換、ここで、X1はL又はFである;
(b)当該(R)-HNLのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の5番目のアミノ酸であるX6の他のアミノ酸への置換、ここで、X2はQ、H又はRであり、X3はI又はVであり、X4はM、I、T又はDであり、X5はA、T又はIであり、X6はY又はNであり、X7はV、T又はLであり、X8はG又はIであり、X9はG又はAであり、X10はP、A又はSである;
(c)当該(R)-HNLのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の7番目のアミノ酸であるFの他のアミノ酸への置換、ここで、X2~X10は(b)で定義されたとおりである;
(d)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の9番目のアミノ酸であるX8の他のアミノ酸への置換、ここで、X2~X10は(b)で定義されたとおりである;
(e)当該(R)-HNLのβシート構造(β5)を構成するX11X12AX13LX14(配列番号5)で表されるアミノ酸配列中の2番目のアミノ酸であるX12の他のアミノ酸への置換、ここで、X11はS,L、M又はIであり,X12はT又は存在せず、X13はH、I、Y又はFであり、X14N又はTである;及び
(f)当該(R)-HNLのβシート構造(β5)を構成するX11X12AX13LX14(配列番号5)で表されるアミノ酸配列中の3番目のアミノ酸であるAの他のアミノ酸への置換、ここで、X11~X14は(d)で定義されたとおりである。
【0018】
好ましくは、前記アミノ酸置換は、以下の(a)~(e)から選択される1種類以上の置換である:
(a)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β3)を構成するTAX1DI(配列番号3)で表されるアミノ酸配列中の2番目のアミノ酸であるAのC又はHへの置換;
(b)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の5番目のアミノ酸であるX6のH、Y、M、V、L又はWへの置換;
(c)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の7番目のアミノ酸であるFのIへの置換;
(d)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β4)を構成するX2X3X4X5X6DFX7X8X9X10(配列番号4)で表されるアミノ酸配列中の9番目のアミノ酸であるX8のGへの置換;
(e)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β5)を構成するX11X12AX13LX14(配列番号5)で表されるアミノ酸配列中の2番目のアミノ酸であるX12のAへの置換;及び
(f)当該(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼのβシート構造(β5)を構成するX11X12AX13LX14(配列番号5)で表されるアミノ酸配列中の3番目のアミノ酸であるAの疎水性残基(I、L、M、F、W、Y又はV)、C、T、E、Q又はS(好ましくは、I、L、M、F、V、C、T、E、Q又はS)への置換。
【0019】
これらのアミノ酸置換は、1か所のみにおいて行ってもよいし、2か所以上、例えば、2か所、3か所、4か所、又は5か所において行われてもよい。
【0020】
より具体的には、前記置換としては、OgraHNL変異体タンパク質における置換であって、以下の(i)~(iii)から選択される、1個、2個、3個、1~2個、又は1~3個の置換を挙げることができる。
(i)配列番号13における、76番目のアラニン残基(OgraHNL成熟タンパク質(配列番号13の19~184番目のアミノ酸からなるタンパク質、以下同様)における58番目のアラニン残基に対応)のシステイン残基又はヒスチジン残基への置換(A76C又はA76H)(成熟タンパク質におけるA58C又はA58H)
(ii)配列番号13における、89番目のフェニルアラニン残基(OgraHNL成熟タンパク質における71番目のフェニルアラニン残基に対応)のイソロイシン残基への置換(F89I)(成熟タンパク質におけるF71I)
(iii)配列番号13における、97番目のアラニン残基(OgraHNL成熟タンパク質における79番目のアラニン残基に対応)のシステイン残基、フェニルアラニン残基、イソロイシン残基、ロイシン残基、メチオニン残基、セリン残基、又はばリン残基への置換(A97C、A97F、A97I、A97L、A97M、A97S、又はA97V)(成熟タンパク質におけるA79C、A79F、A79I、A79L、A79M、A79S、又はA79V)
【0021】
より具体的には、前記置換としては、PlamHNL変異体タンパク質における置換であって、以下の(iv)~(vi)から選択される、1個、2個、3個、1~2個、又は1~3個の置換を挙げることができる。例えば、2個の変異を有する場合、N85HとT95A,N85YとT95A、N85YとI89G(PlamHNL成熟タンパク質(配列番号14の21~183番目のアミノ酸からなるタンパク質、以下同様)におけるN65HとT75A,N65YとT75A、N65YとI69G)などの組み合わせが挙げられる。
(iv)配列番号14における、96番目のアラニン残基(PlamHNL成熟タンパク質における76番目のアラニン残基に対応)のシステイン残基、セリン残基、トレオニン残基、グルタミン酸残基、グルタミン残基、バリン残基、又はメチオニン残基への置換(A96C、A96S、A96T、A96E、A96Q、A96V、又はA96M)(成熟タンパク質におけるA76C、A76S、A76T、A76E、A76Q、A76V、又はA76M)
(v)配列番号14における、85番目のアスパラギン残基(PlamHNL成熟タンパク質における65番目のアスパラギン残基に対応)のヒスチジン残基、チロシン残基、メチオニン残基、バリン残基、ロイシン残基、又はトリプトファン残基への置換(N85H、N85Y、N85M、N85V、N85L、又はN85W)(成熟タンパク質におけるN65H、N65Y、N65M、N65V、N65L、又はN65W)
(vi)配列番号14における、89番目のイソロイシン残基(PlamHNL成熟タンパク質における69番目のイソロイシン残基に対応)のグリシン残基への置換(I89G)(成熟タンパク質におけるI69G)
【0022】
また、本明細書において、本発明のヤスデ由来(R)-HNLの変異体タンパク質は、(R)-HNL活性を有する限り、上記アミノ酸置換以外のアミノ酸がオリジナルの又は野生型のヤスデ由来(R)-HNLタンパク質とは異なるアミノ酸に置換されていてもよい。例えば、本発明のヤスデ由来(R)-HNLの変異体タンパク質は、オリジナルの又は野生型のヤスデ由来(R)-HNLタンパク質のアミノ酸配列において、上記アミノ酸置換以外のアミノ酸が、1~10個、1~8個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、又は1個置換されていてもよい。あるいは、本発明のヤスデ由来(R)-HNLの変異体タンパク質は、オリジナルの又は野生型のヤスデ由来(R)-HNLタンパク質と60%、70%、80%、85%、90%、95%、98%、又は99%の同一性を有していてもよい。よって、例えば、ヤスデ由来(R)-HNLタンパク質が配列番号10~21のいずれか1つの配列に記載のアミノ酸配列(又は、当該配列において成熟タンパク質を構成するアミノ酸配列)を有する場合、本発明のヤスデ由来(R)-HNLの変異体タンパク質は、前記アミノ酸置換以外に、配列番号10~21のいずれか1つの配列に記載のアミノ酸配列(又は、当該配列において成熟タンパク質を構成するアミノ酸配列)における、1~10個、1~8個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、又は1個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換された配列を有し、かつ、(R)-HNL活性を有するタンパク質であってもよい。あるいは、本発明のヤスデ由来(R)-HNLの変異体タンパク質は、配列番号10~21のいずれか1つの配列に記載のアミノ酸配列(又は、当該配列において成熟タンパク質を構成するアミノ酸配列)と60%、70%、80%、85%、90%、95%、98%、又は99%の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、(R)-HNL活性を有するタンパク質であってもよい。
【0023】
本明細書において、アミノ酸は本技術分野において慣用のアミノ酸一文字表記又は三文字表記により表される。また、「XN」(Nは自然数)で表されるアミノ酸は、それぞれ定義された複数のアミノ酸から選択されるいずれか1つのアミノ酸であることを意味する。また、XaNuXb(Xa,Xbはアミノ酸一文字表記、Nuは自然数)で表される表記は、Nu番目のアミノ酸がXaからXbに置換されていることを示す。例えば、A79Mは、79番目のアラニンがメチオニンに置換されていることを意味する。
【0024】
本明明細書に記載されたアミノ酸配列において,Aはアラニン残基であり,Rはアルギニン残基であり,Nはアスパラギン残基であり,Dはアスパラギン酸残基であり,Cはシステイン残基であり,Qはグルタミン残基であり,Eはグルタミン酸残基であり,Gはグリシン残基であり,Hはヒスチジン残基であり,Iはイソロイシン残基であり,Lはロイシン残基であり,Kはリシン残基であり,Mはメチオニン残基であり,Fはフェニルアラニン残基であり,Pはプロリン残基であり,Sはセリン残基であり,Tはトレオニン残基であり,Wはトリプトファン残基であり,Yはチロシン残基であり,Vはバリン残基である。
【0025】
別の態様において、本発明は前記ヤスデ由来(R)-HNLの変異体タンパク質をコードする核酸分子に関する。本明細書の核酸分子は、目的の形質転換細胞内において本発明のヤスデ由来(R)-HNLの変異体タンパク質を発現可能な核酸分子である。核酸としては、DNA、RNA、人工核酸又はそれらの修飾物であってもよい。本発明の核酸は、必要に応じて発現に必要な領域(プロモーター、エンハンサー、ターミネーター等)を含む発現カセットであってもよい。
【0026】
さらに別の態様において、本発明は前記核酸分子を有するベクターに関する。本発明のベクターは、用いる形質転換細胞との組み合わせにより目的のタンパク質を発現させることができるベクターであれば特に制限されるものではない。ベクターとしては、プラスミドベクター、ウイルスベクターのいずれであってもよい。例えば、宿主として大腸菌を用いる場合、pETベクターを使用することができる。
【0027】
本発明は、更に、前記ベクターにより形質転換された形質転換細胞を含む。形質転換細胞としては、大腸菌(例えば、大腸菌SHuffle T7株)、酵母(例えば、Pichia pastoris)、昆虫細胞、動物細胞など任意の細胞を使用することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明のヤスデ由来HNLの変異体は、優れた比活性、エナンチオ選択性、及び/又は生産性を有することから、HNL活性を利用した光学活性シアノヒドリンの工業生産に適している。本発明の変異体は、従来(150U/ml)より少ない酵素量で高いエナンチオ選択性を示す。また、(R)-2-Cl-Manについては、ChuaHNL及び他の報告されたHNLは、緩衝系において非常に低いエナンチオ選択性しか示さなかった(ee<21%)が、本発明の変異体は(R)-2-Cl-Manについても高いエナンチオ選択性を示す。また、本発明の変異体は、有機溶媒を含む二相系下で反応を触媒する従来の(R)-HNLとは異なり、単相緩衝系において高いエナンチオ純度(96.3%)を有する(R)-2-Cl-Manの非対称合成が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】ChuaHNLの全体構造を示す図である。(A)ChuaHNLのモノマー構造の立体像を絵で示す。ヘリックス(α-ヘリックスのα1-2及び3
10ヘリックスのη1,3)、βシート(β1-8)及びループ構造が示されている。「N」及び「C」の記号は、それぞれChuaHNLのN末端及びC末端を示す。(B)ChuaHNLの二量体構造を示す図である。ジスルフィド結合は残基番号と共に球体で表現されている。Asn109及びAsn123に結合するN-アセチルグルコサミン部分は、それぞれNAG1及びNAG2と示した。Asn109、Asn123、及び糖部分はスティックで示されている。(C)ChuaHNLの二量体界面を示す図である。界面におけるジスルフィド結合、水素結合、及び塩橋が示されている。界面残基及びβシートが示されている。
【
図2】種々のリガンドと複合化したChuaHNLの活性部位を示す図である。活性部位のアミノ酸残基及び結合したリガンドは、CPK配色(タンパク質の炭素原子及びリガンドはそれぞれ緑色及びシアンで示されている)でスティック表示されている。アミノ酸残基とリガンドとの間の水素結合及び静電的相互作用は、点線で示され、結合長がÅで表示されている。リガンドと水分子のσ
A-weightedオミットマップは、メッシュ表示で示され、D(5.0σ)を除いて3.0σレベルで輪郭が描かれている。(A)アセテートに結合した活性部位のwall-eye stereo viewを示す図である。活性部位の空洞の表面は透明な灰色の表面として示す。画像の下部はアクティブサイトの入口である。(B)リガンド非含有形態を示す図である。活性部位に結合した水分子は、球体で表現されている。(C)シアン化物イオンとの複合体を示す図である。(D)ヨードアセテートとの複合体を示す図である。anomalous difference mapは、メッシュ示され、4.0σレベルで輪郭を描いた。(E)チオシアン酸塩との複合体を示す図である。チオシアネートの2つの代替結合形態が示されている(SCN1及びSCN2)。
【
図3】ChuaHNLのドッキングシミュレーションの結果を示す図である。ChuaHNLの活性部位におけるドッキングされた(R)-MANの表面を示す。(R)-MAN及び活性部位の残基はCPK配色でスティック表現で示す。
【
図4】12種類のヤスデHNLの推定アミノ酸配列のアラインメントを示す(配列番号10~21)。アスタリスクは、ヤスデHNLの結合ポケットに関与していると考えられる保存領域を示す。下線はシグナル配列を示す。βn(nは1~8の自然数)で表される矢印は、それぞれ、逆平衡βシート構造を構成するアミノ酸を示す。この図において、アミノ酸番号はシグナル配列(下線部)を含む配列における番号で表される。
【
図5】2-クロロベンズアルデヒド及びKCNを含浸させた(R)-2-Cl-Manと複合体を形成したOgraHNLの結晶構造により目的の触媒メカニズムを調べた図である。(a)OgraHNLの二量体モデル示す。2つのα-ヘリックス、2つの3
10ヘリックス及び8つの逆平行β-シートを示す。C末端及びN末端を表示した。活性部位におけるリガンド(R)-2-Cl-Manは、黄色スティックモデルとして示した。(b)結合ポケットの拡大図である。入口トンネルを青い点線の円で示す。疎水性残基(緑色)及び疎水性残基(正電荷側鎖:青色;負電荷側鎖:ピンク色;及び荷電していない側鎖:淡橙色)を含む結合ポケットに暴露された残基はスティックモデルとして示され、アミノ酸の種類と番号を表示した。(c)(R)-2-Cl-Manに結合したOgraHNLの活性部位を示す。水素結合を赤い点線で示し、その距離を表示した。(d)OgraHNLの目的の触媒機構を表す。(1)待機状態。Arg42及びLys121の触媒二分子を青色で示す。(2)(R)-Manとの複合体形成。Lys121の窒素の孤立した電子対は、(R)-Manのヒドロキシル基からプロトンを引き抜き、水素から放出された電子はニトリル基の炭素原子によって受け取られ、シアン化物イオンの放出を誘発する。(3)シアン化物プロトン化。放出されたシアン化物イオンはArg42からプロトンを除去してシアン化水素を生成する。2-クロロベンズアルデヒドのアルデヒド基は、Lys121及びArg42と水素結合を形成する。続いて、生成された2-クロロベンズアルデヒド及びシアン化水素が放出され、活性残基が待機状態(1)に戻る。
【
図6】(a)及び(b)OgraHNLの結合ポケット内のフェニル環の異なるオルト位(a、b)が塩素原子に置換されるようにデザインされた(R)-2-Cl-Manの結合様式。(c)及び(d)OgraHNL変異体の基質侵入トンネルの開環構造(c)及び閉鎖構造(d)。
【
図7】ドッキングシミュレーションによる(R)-2-クロロマンデロニトリルによるPlamHNLの予測構造を示す。a)鋳型としてOgraHNL(バイオレット)を用いたPlamHNL(青色)の相同性モデリング予測の全体構造を表す。b)結合ポケットにおける2-クロロマンデロニトリル(緑色)に結合した側鎖残基の重ね合わせは、2つのタンパク質間の有意な類似性を示す。
【
図8】(R)-2-クロロマンデロニトリルのエナンチオマー過剰率に対する酵素量(a)及びpH(b)の影響を示すグラフである。ソリッドバー:野生型;灰色のバー:T75A;クロスバー:N65Y;オープンバー:T75A/N65Y。
【発明を実施するための形態】
【0030】
(野生型ヤスデ由来hnl遺伝子配列)
ヤスデ由来のhnl遺伝子は、WO2017/150560の記載に従い、ヤスデ由来の遺伝子から保存アミノ酸配列をコードするプライマーを用いて容易に取得することができる。一例としては、ヤスデから得た遺伝子を鋳型として、以下の配列を有するプライマーを用いてPCR反応を行うことにより、得ることができる。得られたヤスデhnl遺伝子の塩基配列を解析することにより、野生型ヤスデ由来hnl遺伝子配列を決定することができる。
HNL-FW:CTGCAACTGCATTGGAMATTCAAGG(配列番号76)、
HNL-RV:ATGAATCTTRTCRCCGTTTGGAAC(配列番号77)
HNL-FW2:SSAACTGCATTGGAYATMMRAGG(配列番号78)
HNL-RV2:ATGAATCTTRTCRCCRTTTGGRAC(配列番号79)
あるいは、本明細書に具体的に開示されたヤスデHNLを用いる場合には、本明細書の配列番号10~21を各野生型ヤスデ由来hnl遺伝子配列とすることができる。
【0031】
(野生型ヤスデ由来HNLタンパク質)
ヤスデ由来のHNLタンパク質は、上述において得られたヤスデhnl遺伝子を必要に応じて宿主内での発現に適した発現カセット内に挿入した上でベクターに挿入し、宿主細胞に形質転換させて培養することにより発現させて得ることができる。また、決定された野生型ヤスデhnl遺伝子配列からコードされるアミノ酸配列を得ることができる。
【0032】
(変異型ヤスデ由来hnl遺伝子及び変異型ヤスデ由来HNLタンパク質)
変異型ヤスデ由来HNLタンパク質は、以下の手順で得ることができる。まず、上述により決定された野生型ヤスデHNLタンパク質を構成するアミノ酸配列を、既に得られているヤスデHNLのアミノ酸配列とアラインメントさせる(
図4)。アラインメントの結果から、他のヤスデHNLについて知られている8つの逆平衡βシートを構成するアミノ酸配列を決定する。更に、N末端側から数えて、3番目(β3)、4番目(β4)、5番目(β5)に位置するβシート構造を構成するアミノ酸配列を決定する。β3を構成するアミノ酸配列中の2番目のアミノ酸、β4を構成するアミノ酸配列中の5番目及び7番目のアミノ酸、並びに、β5を構成するアミノ酸配列中の2番目及び3番目のアミノ酸から選択される1箇所以上のアミノ酸を他のアミノ酸に置換する構造を設計する。設計されたアミノ酸配列に基づき、当該変異アミノ酸を含むプライマーを設計し、当該プライマーを用いてオリジナルの野生型hnl遺伝子を鋳型としてPCRを行うことにより、変異型ヤスデ由来hnl遺伝子(変異型HNLタンパク質をコードする核酸分子)を得ることができる。得られた変異型ヤスデhnl遺伝子を必要に応じて宿主内での発現に適した発現カセット内に挿入した上でベクターに挿入することで、変異型HNLタンパク質をコードする核酸分子を有するベクターを得ることができる。得られたベクターを宿主細胞に形質転換させることにより、前記ベクターにより形質転換された形質転換細胞を得ることができる。形質転換細胞を培養して目的タンパク質を発現させて変異型HNLタンパク質を得ることができる。
【0033】
(シアノヒドリン合成方法)
一態様において本発明は、(R)-HNL変異体タンパク質の存在下で、ケトン又はアルデヒドとシアン化合物とを反応させることを含む、シアノヒドリンの製造方法に関する。アルデヒド又はケトンからのシアノヒドリンの合成は、例えば、Dadashipourら(2015)(上掲)を参照して行うことができる。具体的には、(R)-HNL変異体タンパク質を、アルデヒド及びシアン化合物を含有する、クエン酸緩衝液に添加して混合し、25℃で3分間反応させ、n-ヘキサン及び2-プロパノールと激しく混合することにより有機相中にシアノヒドリンを得ることができる。
【0034】
【0035】
必要に応じてクエン酸緩衝液(pH4.0)中に有機溶媒を添加して反応させることもできる。このような有機溶媒としては、酢酸エチル(EA)、ジエチルエーテル(DEE)、メチル-t-ブチルエーテル(MTBE)、2-イソプロピルエーテル(DIPE)、ジブチルエーテル(DBE)、メタノール(Met)、及びヘキサン(Hex)を挙げることができ、好ましくは、DIPE、DEE、MTBE、DBE及びHexであり、より好ましくは、DIPE、DEE、MTBE、及びDBEEである。
【0036】
(R)-HNL変異体タンパク質は、精製したタンパク質を使用することもできるし、菌体粉砕物またはその粗生成物を使用することもできる。シアノヒドリン合成に用いる酵素量は、反応を触媒できる酵素量であれば特に制限されるものではないが、例えば、1~100U、1~50U、1~10U、2~8U、3~5Uとすることができる。また、クエン酸緩衝液のpHは、例えば、3~7、3~6、3~5、3.5~5、及び3.5~4とすることができる。また、反応温度は、酵素反応に依存しないラセミ体のシアノヒドリンの生成が抑制され、かつ、酵素反応に適した温度が好ましく、例えば、0~50℃、15~35℃とすることができる。
【0037】
アルデヒド又はケトンは合成したいシアノヒドリンの構造に応じて選択することができる。例えば、R1及びR2は、水素原子(ただし、R1とR2のいずれか1つのみ)、置換されていてもよいC1~18の直鎖又は分岐アルキル基、置換されていてもよい5~22員環の芳香族基(N,O及びSから選択される1~4個の原子を有するヘテロ芳香族基を含む)であり得る。置換されていてもよい場合の置換基としては、アミノ基、イミノ基、水酸基、C1~22の直鎖又は分岐アルキル基(芳香族基の置換基の場合のみ)、C1~8アルコキシ基、ハロゲン原子、アリルオキシ基、カルボキシル基、C3~20のシクロアルキル基(ハロゲン原子、水酸基、C1~8の直鎖又は分岐状のアルキル基、及び/又はC2~8の直鎖又は分岐状のアルケニル基で置換されていてもよい)、N,O及びSから選択される1つ以上の原子を有する5~22員環のヘテロ芳香族基(ハロゲン原子、水酸基、C1~8の直鎖又は分岐状のアルキル基、及び/又はC2~8の直鎖又は分岐状のアルケニル基で置換されていてもよい)を挙げることができる。置換されていてもよい場合の置換基の数としては、1個以上とすることができ、2個、3個、4個、5個またはそれ以上であってもよい。例えば、アルデヒド又はケトンとしては、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ブタナール、ペンタナール、ヘキサナール、ヘプタナール、オクタナール、ノナナール、デカナール、蟻酸、ビニルアルデヒド、ベンズアルデヒド、2-クロロベンズアルデヒド、シンナムアルデヒド、ペリルアルデヒド、バニリン、グリオキサールなどを挙げることができる。アルデヒド又はケトンの濃度は、0.01mM~5M,0.1mM~1M、又は1mM~100mMとすることができる。
【0038】
シアン化合物としては、シアン化ナトリウム、シアン化カリウムを用いることができる。使用するシアン化合物の量は、例えば、0.1mM~10M、0.2mM~2M、又は2mM~200mMとすることができる。
【0039】
得られたシアノヒドリンは、必要に応じてキラルHPLCなどにより更に精製することができる。
【0040】
形成された(R)-Man及び(R)-2-Cl-Manの変換及びeeをキラルHPLCによって分析することができる。対応する基質の標準曲線を用いて変換を計算することができる。eeは、以下の式(1)を用いて2つのエナンチオマーのピーク面積を計算することによって決定することができる。以下の式において、RはR体の濃度、SはS体の濃度を表す。
【0041】
【実施例】
【0042】
以下,実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし,本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお,本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。また、以下の実施例においては、HNLのアミノ酸の番号はシグナル配列を含まない成熟タンパク質におけるアミノ酸の位置を示す。よって、
図4及び配列表と以下の実施例とでは同じアミノ酸を表す番号が異なる。
【0043】
(実施例1)ChuaHNLの構造解析
(マンデロニトリル(MAN)合成のための酵素アッセイ)
ラセミ体MANは、Sigma-Aldrich(St.Louis、MO、USA)から購入した。HNLによる(R)-MANの合成活性を以前に報告されたように測定した(Dadashipour,M.ら,(2015)Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.112:10605-10610.)。要約すると、酵素試料を1mlの反応緩衝液(400mMクエン酸緩衝液(pH4.2)、50mMベンズアルデヒド及び100mMシアン化カリウム)に加え、混合物を22℃で5分間インキュベートした。次いで、9倍量のn-ヘキサン:2-プロパノール(85:15)と混合することによって反応を停止させた。最後に、キラルカラム(CHIRALCEL OJ-H、Daicel、Tokyo、Japan)(内径4.6mm×200mm長、粒子サイズ5μm)を備えたHPLC装置(UFLC Prominence Liquid Chromatograph LC-20AD、Shimadzu、Kyoto、Japan)を用いて有機層を分析した。1ユニットの活性は、ベンズアルデヒド及びシアン化水素から1分間に1μmolの(R)-MANを合成する酵素の量として定義した。
【0044】
(Pichia pastoris発現系におけるChuaHNLの構築)
ChuaHNL cDNAは、KOD-Plus-DNAポリメラーゼ(TOYOBO、Osaka、Japan)、His-ChuaHNL-Fwプライマー及びHis-ChuaHNL-Rvプライマーを用いて、ChuaHNL cDNA(Dadashipourら(2015)上掲)を鋳型としたPCRによって増幅した。得られたPCR産物をXhoI及びXbaI(TaKaRa)で消化し、ピキア(Pichia)発現ベクターpPICZαAのAOX1プロモーター下にクローニングし、pPICZαA-His-ChuaHNLを得た。
【0045】
His-ChuaHNL-Fwプライマー(配列番号22):
GCGCTCGAGAAAAGAGCACATCATCATCATCATCATCATCATGAAAATTTATACTTCCAAGGGTCACTGACTTGTGATCAACTTCCC
His-ChuaHNL-Rvプライマー(配列番号23):
CGCTCTAGATTAGTAAAAAGCAAAGCAACCGTGGGTTTC
【0046】
P.pastoris由来のタンパク質ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)をコードする遺伝子(PpPDI、Genbank ID:AJ302014)を、プライマー対(PpPDI-InFu-Fwプライマー及びPpPDI-InFu-Rvプライマー)、及びKOD-Plus-Neo DNAポリメラーゼ(TOYOBO))を用いて、P.pastorisゲノムDNAを鋳型としてPCRにより増幅した。得られたDNA断片を、In-Fusion HDクローニングキット(Clontech Laboratories、Palo Alto、CA、USA)を用いて、Pichia発現ベクターのpAO815におけるAOX1プロモーター下のEcoRI(TaKaRa)部位にクローニングした。得られた発現ベクターをStuI(TaKaRa)で直線化し、エレクトロトランスフォーメーション法によりP.pastoris GS115株に形質転換した。 得られた発現ベクターをSacI(TaKaRa)により線状化し、細胞に形質転換した。形質転換体は、5’AOX1プライマー及び3’AOX1プライマーを用いたコロニーPCRによって確認した。
【0047】
PpPDI-InFu-Fwプライマー(配列番号24):
TCGAAACGAGGAATTCACCATGCAATTCAACTGGGATATT
PpPDI-InFu-Rvプライマー(配列番号25):
TGTCTAAGGC GAATTCTTAAAGCTCGTCGTGAGCGTC
5’AOX1プライマー(配列番号26):
GACTGGTTCCAATTGACAAGC
3’AOX1プライマー(配列番号27):
GCAAATGGCATTCTGACATCC
【0048】
(Pichia pastorisの培地及び培養条件)
Pichia pastoris GS115株を、必要に応じて100~2000μg/mlのゼオシン(Invitrogen、Carlsbad、CA、USA)を添加したYPDS培地(2%グルコース、2%ペプトン、1%酵母エキス、2%寒天及び1Mソルビトール)中、28℃で増殖させ、形質転換させた。タンパク質発現のために、必要に応じて0.004%のヒスチジンを添加した、緩衝化最小グリセロール(BMG)培地(アミノ酸を含まない1.34%酵母窒素塩基、4×10-5%ビオチン、100mMリン酸カリウム緩衝液(pH 7.0)及び1%グリセロール)、又はBMM培地(1%グリセロールが1%メタノールに置き換えられたBMG培地)を使用した。培養は往復振盪しながら好気的条件下、28℃で行い、酵母の増殖は波長600nmでの光学濃度を測定することによってモニターした。大腸菌HST08株(TaKaRa Bio、Otsu、Japan)をプラスミド増幅に用いた。必要に応じてアンピシリン(50mg/ml)又はゼオシン(25mg/ml)を添加した低塩Luria-Bertani(LB)培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス及び0.5%NaCl)中、37℃で大腸菌を増殖させた。
【0049】
(ChuaHNLタンパク質の精製)
天然のChuaHNLは以前に報告されたプロトコールにより精製した。要約すると、まず、緩衝液-A(20mMリン酸カリウム、pH7.0)に可溶化されたヤスデのホモジネートを硫酸アンモニウム沈殿法により分画した。次に、TOYOPEARL Butyl-650M(Tosoh、Tokyo、Japan)、TOYOPEARL DEAE-650M(Tosoh)、Q Sepharose FF(GE Healthcare、Chicago、IL、USA)及びSuperdex 75 10/300GL(GE Healthcare)を用いて天然のChuaHNLタンパク質を精製した。最後に、活性画分を集め、SDS-PAGEに供して純度を評価した。タンパク質の結晶化のために、緩衝液を50mMクエン酸緩衝液(pH5.0)と交換し、使用するまで4℃で保存した。
【0050】
組換えHisタグ化ChuaHNLは、PpPDIを発現するP.pastorisにおけるタンパク質分泌系によって発現させた。最初に、6日間のインキュベーション後の培地を、2M水酸化ナトリウムを添加することによりpH7.5に調整した。 次に、His-tagタンパク質をNi Sepharose 6 FF樹脂(GE Healthcare)、Mono Q 5/50 GL(GE Healthcare)及びSuperdex 200 10/300 GL(GE Healthcare)を用いて精製した。 最後に、活性画分を10mMクエン酸緩衝液(pH5.5)に透析し、使用するまで-20℃で保存した。
【0051】
(結晶化、データ収集、構造決定)
タンパク質結晶化のための全ての化学物質は、Hampton Research(Aliso Viejo、CA、USA)から購入した。天然及び組換えChuaHNLタンパク質溶液を、Amicon Ultra Centrifugal Filter Unites NMWL、10kDa(Merck Millipore、Billerica、MA、USA)を用いて10mg/mlまで濃縮した。標準物質としてウシ血清アルブミン(Sigma-Aldrich)を用いて、Quick Start Protein Assay(Bio-Rad Laboratories、Hercules、CA、USA)によりタンパク質濃度を測定した。 CrystalScreen I及びII(Hampton Research)を用いて初期結晶化条件をスクリーニングし、0.2Mの硫酸アンモニウム、0.1Mの酢酸ナトリウム(pH4.6)、30%(w/v)ポリエチレングリコール(PEG)モノメチルエーテル2,000の条件下で二面体結晶を得た。最後に、0.2M硫酸アンモニウム、0.1M酢酸ナトリウム(pH5.0)、28~32%(w/v)PEGモノメチルエーテル2000、及び0.3M NDSB-195の条件下、20℃で3日間ハンギングドロップ蒸気拡散法を用いて最良の結晶を得た。
【0052】
相の決定のために、凍結及びデータ収集の前に、天然ChuaHNL結晶は0.5Mヨウ化ナトリウムを含有する貯蔵溶液中に20℃で30分間浸漬した。アセテートと複合体を形成した天然及び組換え構造については、得られた結晶を直接データ収集に使用した。リガンドを含まない形態については、天然タンパク質から得られた結晶を浸漬溶液-1(32%(w/v)PEGモノメチルエーテル2,000、0.3M NDSB-195,50mMビス-トリス-プロパン、50mMクエン酸、pH4.5)中に20℃で20分間浸し、アセテートを除去した。チオシアン酸塩、ヨードアセテート及びシアン化物イオンを有する複雑な構造の場合、それぞれ、80mMチオシアン酸カリウム、10mMのヨード酢酸ナトリウム及び0.5Mのシアン化カリウムを含む浸漬溶液-1中に、リガンド非含有形態の結晶を浸漬した。
【0053】
すべての結晶をパーフルオロエーテルで凍結保護し、データセットを窒素流下100Kで収集した。単一異常分散(SAD)フェーズのX線回折データは、X線発生器及びイメージングプレート(MicroMAX-007及びR-AXIS VII、Rigaku、Tokyo、Japan)で収集した。他のデータは、Photon Factory beamline BL-1A及びBL-5A(つくば、日本)のシリコンピクセル検出器(Pilatus 2M-F、DECTRIS、Baden-Daettwil、スイス)及びCCD検出器(Quantum 315r、Area Detector Systems、Poway、CA,USA)を用いて収集した。
【0054】
すべてのデータセットはXDS(Kabsch,W.(2010)Acta Crystallogr.D Biol.Crystallogr.66,125-132)を使用して統合され、SCALA(Winn,M.D.ら,(2011)Acta Crystallogr.D Biol.Crystallogr.67,235-242)によってスケーリングした。SHELX suite(Sheldrick,G.M.(2010)Acta Crystallographica Section D Biological Crystallography 66, 479-485)を用いて初期相を決定した。 全てのモデルはCOOT(Emsley,P.ら,Acta Crystallographica Section D Biological Crystallography 66,486-501)を用いて修正され、REFMAC5(Murshudov,G.N.ら,(1997)Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr. 53, 240-255)又はPHENIX(Afonine,P.V.ら,(2012)Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr.68,352-367)プログラムを用いて改良された。
【0055】
(構造解析)
すべての構造は、MolProbity(Chen,V.B.ら,(2010)Acta Crystallographica Section D Biological Crystallography 66,12-21)を使用して検証され、Ramachandranプロットの不許可領域には残基は存在しなかった。相分析の統計を表1に、データ収集及び構造の改良の統計を表2に示す。構造分析はPISA(Krissinel,E.ら,(2007)J. Mol. Biol. 372, 774-797)を用いて行った。 タンパク質構造の図はPyMOLプログラム(http://www.pymol.org)を用いて作製した。
【0056】
【0057】
【0058】
(ChuaHNLの全体構造)
ヤスデから精製された天然のChuaHNLの結晶構造は、ヨウ素含浸ChuaHNL結晶を用いてSAD法により内部X線源で2.1Åの分解能に回折することにより測定した(表1)。結晶はPユニットに1分子存在した(表2及び
図1A)。 アミノ酸残基は、シグナルペプチドを除去した成熟ChuaHNLのN末端Leu残基から番号付けした。成熟したChuaHNLのN末端のLeu1及びC末端のTyr162の電子密度マップが明瞭に確認された。ChuaHNLは、2つのα-ヘリックス、3つの3
10ヘリックス、及び8つのβシートを含んでいた(
図1)。8つのβシートは、中央活性部位空洞を含む逆平行βバレルを形成していた(
図1B)。
【0059】
ChuaHNLと相同的な配列はBLAST検索では見つからなかったが、Daliサーバー(Holm,L.ら,(2010)Nucleic Acids Res. 38, W545-549)を用いた構造比較検索により、ChuaHNLがリポカリンタンパク質に似ていることを明らかとなった。多くの典型的なリポカリンは、10より高いZスコアを与え、有意な構造類似性を示す。典型的なリポカリンに対するChuaHNLの全体的なアミノ酸配列同一性は8%未満であった。 リポカリンは、一般に、structurally-conserved regions(SCR)1~3(Flower D.R.(1996)Biochem.J. 318(Pt1),1-14)として知られる3つの構造的及び配列的に保存されたモチーフを含む。SCRにおけるアミノ酸類似性が非常に低いにもかかわらず、ChuaHNLの二次構造はヒトレチノール結合タンパク質4の二次構造とよく重複していた。
【0060】
(ChuaHNLの活性部位へのリガンドの結合)
アセテート結合型
ChuaHNL構造のアセテート結合形態を1.5Åの分解能で測定した。リザーバー溶液中に含まれるアセテートが活性部位に観察された。カルボキシ酸素は、Arg38及びTyr40と塩橋を形成していた(
図2A)。
リガンドフリーの形態
ChuaHNL構造のリガンドを含まない形態を1.6Åの分解能で測定した。 活性部位に結合した酢酸塩を除去するために、結晶をビス-トリスプロパン-クエン酸緩衝液を含む溶液に浸漬した。3つの水分子が活性部位に観察された(
図2B)。これらはArg38、Tyr103、及びLys117と水素結合を形成していた。
シアン化物イオン結合型
シアン化物イオンと複合体を形成したChuaHNLの結晶構造を2.1Åの分解能で測定した(
図2C)。シアン化物イオンの配向は温度係数及び負に帯電した炭素とArg38との間に存在し得る静電相互作用によって決定した。シアン化物イオンの窒素原子は3.3Åの距離でTry40-Oηと水素結合を形成した。シアン化物イオンの負に帯電した炭素は、4.2Åの距離でArg38-Nη1と静電的に相互作用していた。
阻害剤結合型
本発明者らは以前に、ヨードアセテート及びチオシアネートがChuaHNLによって触媒される(R)-MAN合成反応を阻害することを報告した(Dadashipourら(2015)上掲)。ヨードアセテートとチオシアン酸塩との複合体を形成したChuaHNLのそれぞれの構造を、1.55Åの分解能で測定した。ヨードアセテートとの複合体構造において、カルボキシ酸素は、3.1Å及び3.0Åの距離でArg38-N1η及びN2ηと、また、3.1Åの距離でLys117-Nεと塩橋を形成した(
図2D)。ヨードアセテートのヨウ素原子は、4.3Åの距離でPhe67と弱いπ相互作用を形成することがある。Phe67とArg38との間の強いanomalous difference mapは、ヨウ素原子の存在を意味した。
チオシアン酸塩との複合体構造において、2つの代替結合様式が観察された。結晶構造中の2つのチオシアネート分子の配向は、構造微細化後のより低いB因子値によって決定された。1つの結合様式(
図2E、SCN1)において、チオシアネートの硫黄原子は、Tyr103-Oη及びArg38-Nη1と、それぞれ3.0Å及び3.2Åの距離で水素結合を形成していた。もう一つの結合様式(
図2E、SCN2)では、チオシアン酸塩の硫黄原子は、3.1Åの距離でArg38-Nη2及びLys117-Nεと塩橋を形成していた(
図2E)。
【0061】
((R)-MANのドッキングシミュレーション)
ChuaHNLがシアノヒドリンの合成及び切断反応をどのように触媒するかを知るために、MOE(Molecular Operating Environment、バージョン2016.8;(hemical Computing Group、Montreal、カナダ)によりChuaHNLの活性部位への(R)-MANのドッキングシミュレーションを行った。最も顕著な親和性スコア(S =-5.44)を与えるモデルにおける、活性部位の空洞における(R)-MANの結合を
図3に示す。(R)-MANの水酸基及びニトリル基は、活性部位の底でChuaHNLの親水性残基と相互作用していた。 (R)-MANのベンゼン基は、多くの疎水性及び芳香族残基(Ile11、Phe17、Phe25、Ala54、Phe67、Ala75、Leu77、Trp88、Phe90、Ala105及びAla119)によって取り囲まれていた。深い疎水性空洞は、以前に観察されたように(Dadashipourら(2015)上掲)、様々なかさ高いシアノヒドリンを受容するのに役立つと考えらえた。
【0062】
親水性残基と(R)-MANとの相互作用を
図3Bに示す。(R)-MANの水酸基は、Lys117-Nε及びArg38-Nη1と、それぞれ3.3Å及び3.3Åの距離で水素結合を形成していた。ニトリル基は、Arg38-Nη1、Arg38-Nη2及びTyr103-Oηと、それぞれ3.4,3.3及び3.3Åの距離で水素結合を形成していた。Asp56は、Arg38-Nη2、Arg38-Nε及びLys117-Nεと塩橋を形成する。Tyr40-Oηは、Arg38-Nη1及びTyr103-Oηと水素結合を形成する。リガンド結合を含む残基の結合長さ及び配向は、5つのChuaHNL構造においてほぼ同一であった。
【0063】
(実施例2)OgraHNL変異体の作製と活性測定
(化合物)
全ての化合物は市販品を購入した。ベンズアルデヒド及び(R/S)-ManはSigma-Aldrichから購入した。2-クロロベンズアルデヒドは東京化成工業(Tokyo Chemical Industry)から購入した。(R/S)-2-Cl-ManはAlagozらの方法(Alagoz Dら,Enzymatic(2014)101:40-46)に従って合成した。
【0064】
(組換えOgraHNLの培養及び発現)
以前に構築されたograhn1遺伝子を含有するプラスミドpET28a(Yamaguchi Tら,Scientific Reports(2018)8(1):3051)を保有する大腸菌SHuffle T7株の形質転換体を用いてOgraHNLを生産した。組換え大腸菌細胞を、カナマイシン(50μg/ml)を含有するLB培地5mlに接種し、250rpmで振とうしながら30℃で16~18時間培養し、次いでカナマイシン(50μg/ml)を含有するLB培地500mlに移した。150rpmで振とうしながら30℃で6時間培養した後(OD600=0.6-0.8)、最終濃度1mMとなるようにイソプロピルβ-チオガラクトシド(IPTG)を添加し、培養物を16℃で20時間さらに培養した。 4,500×g、4℃で10分間遠心分離して細胞を回収した。採取した細胞を、500mM塩化ナトリウム及び20mMイミダゾールを含有する20mMリン酸カリウム緩衝液(KPB、pH7.4)に再懸濁し、超音波処理により破壊した。4℃、15,000×gで10分間遠心分離した後に得られた上清を粗酵素として用いた。
【0065】
(組換えOgraHNLの精製)
最初に、粗酵素をNi2+セファロース6 Fast Flowカラム(GE Healthcare社、ウプサラ、スウェーデン)上にロードし、500 mM塩化ナトリウム、及び300mMイミダゾールを含有する20mMのKPB(pH 7.4)で溶出した。活性画分を回収して濃縮し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS、pH7.3)で交換してトロンビン消化(22℃、2Uトロンビン/100μgタグ-タンパク質で16時間)を行い、目的タンパク質からHisタグを除去した。次いで、タンパク質をモノQ5/50GLカラム(GEヘルスケア)にロードし、溶出緩衝液(20mM KPB及び500mM NaCl、pH7.4)の0-50%勾配を1ml/分の流速で流して溶出した。全ての精製工程は0~4℃で行った。タンパク質の純度は、12%ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)によって評価した。タンパク質濃度は、標準タンパク質としてウシ血清アルブミンを用いて、BCAアッセイキット(Thermo Fisher Scientific、MA、USA)で測定した。
【0066】
(結晶化及び構造決定)
最適な結晶化条件のスクリーニングは、シッティングドロップ蒸気拡散法を用いて96ウェルIntelli-Plates(Art Robbins instruments、CA、USA)を用いて20℃で行った。等容量(1μL)のリザーバー溶液と10mg/mLのOgraHNLのタンパク質溶液とを混合することによって、液滴を調製した。スクリーニングは、IndexTM-HR2-144(Hampton Research、CA、USA)を用いて行った。単結晶は、2.0M硫酸アンモニウムを含有する0.1M BIS-TRIS(pH5.5)中で1日後に現れた。OgraHNLの結晶を、10%、20%及び25%(v/v)グリセロールを含む貯蔵溶液中にそれぞれ約30秒間連続的に浸漬した。次いで、結晶を2-クロロベンズアルデヒド1滴を添加した25%(v/v)グリセロール凍結保護剤溶液に2時間浸漬し、シアン化カリウム(KCN)で5分間浸漬した後、液体窒素流下でフラッシュ冷却した。
【0067】
Rigaku Micro-Max007CuKα回転陽極X線発生器及びRigaku R-AXISVII画像プレート検出器を使用して、極低温で回折データを収集した。回折データの索引付けと積分はXDS(Kabsch W(2006)Crystallography of biological macromolecules:218-225)によって行われ、スケーリングはScala(Evans P(2006) Acta Crystallographica Section D: Biological Crystallography;62(1):72-82)によってCCP4プログラムsuit(Winn MDら(2011) Acta Crystallographica Section D: Biological Crystallography;67(4):235-242)で実施した。データは空間群P63において六方(Hexagonal)として処理した。初期段階は、ChuaHNLで得られた結晶構造をテンプレートとして用いて、CCP4プログラムスーツのMolrep(Vagin Aら(2000)Acta Crystallographica Section D: Biological Crystallography;56(12):1622-1624)によって決定された。モデル構築と構造の改良は、それぞれCoot(Emsley P, Cowtan K(2004)Acta Crystallographica Section D: Biological Crystallography;60(12):2126-2132)とRefmac5(Murshudov GNら(1997)Acta Crystallographica Section D: Biological Crystallography;53(3):240-255)を用いて行った。 Rfree値は、精密化に使用されなかった無作為に選ばれた反射の5%から計算した(Kleywegt GJら(1996)Structure;4(8):897-904)。水分子は、手動及び自動の両方で異なる電子密度マップに配置され、幾何学的基準及びそれらの純化されたB因子(B <60Å2)に基づいて保持されるか拒否された。すべての構造図はPyMol (Schrodinger L:The PyMOL molecular graphics system,version 1.3 r1. Schrodinger, LLC,Portland,OR.In.;2010.)によって作成した。
【0068】
(MOEプログラムを用いたドッキングシミュレーション)
(R)-2-Cl-Manと複合体化したOgraHNL変異体の構造を予測するために、(R)-2-Cl-Manと複合体化したOgraHNLの結晶構造を鋳型として、MOEを用いたドッキングシミュレーションを行った。タンパク質は剛性を保持した。(R)-2-Cl-Manの位置及び配向ならびにクロロフェニル基及びOH基を含む2つのねじれ角をシミュレーション中に変化可能とした。ドッキングシミュレーションは、Compute-Simulationドックプログラムで実行した。すべてのパラメータは、MOEソフトウェアのデフォルト設定に従った。
【0069】
(OgraHNLの部位特異的突然変異誘発)
全てのOgraHNL突然変異体を作製するために、テンプレートとしてpET28a-OgraHNLを用い、突然変異誘発プライマー(表3)及びQuikChange IIキット(Agilent Technologies、Santa Clara、CA、USA)を用いて目的部位に置換を導入して、部位特異的突然変異を行った。反応混合物は、10×反応緩衝液 1μl、dNTP混合物 0.2μl、蒸留水 8.2μl、PfuTurbo DNAポリメラーゼ 0.5U、10ng/μlのセンス及びアンチセンスプライマー 各0.2μlからなり、50ng/μlのpET28a-OgraHNLベクター(0.2μl)をテンプレートDNAとして使用した。変性(95℃、30秒)、アニーリング(55℃、1分)、及び伸長(68℃、6分)を16サイクル行った。生成物を37℃で1時間DpnI(10U)で処理し、次いで大腸菌SHuffle T7に形質転換した。すべての変異酵素の産生及び精製は、上述の野生型と同様の方法で行った。
【0070】
【0071】
(HNL活性アッセイ)
ベンズアルデヒドからのマンデロニトリルの合成は、わずかな改変を加えた以外は以前の報告(Dadashipourら(2015)上掲)に従ってキラルカラムを用いたHPLCで分析した。酵素サンプル(140μl)を、50mMベンズアルデヒド及び100mM KCNを含有する、300mMクエン酸緩衝液(pH4.0)110μlに添加し、混合し、25℃で3分間インキュベートした。反応を停止させるために、100μlの反応物を900μlのn-ヘキサン:2-プロパノール= 85:15と激しく混合して、得られた(R)-Manを抽出した。得られた有機相の10マイクロリットルを、Dadashipourら(2015)(上掲)に記載された方法に従って、CHIRALCEL OJ-Hカラム(粒径5μm、内径4.6mm×250mm、Daicel Corporation、東京。日本)を備えたProminence UV-Vis検出器SPD-20A(Shimadzu、Kyoto、Japan)に接続したUFLC Prominense液体クロマトグラフLC-20ADを用いて、以下の条件で分析した:
移動相 n-ヘキサン:2-プロパノール(85:15)
流速 1ml/分
OJ-Hカラムのカラムオーブン温度 30℃
吸光度 254nmの吸光度
最初の3分間、直線的に進行した反応を活性の計算に用いた。1単位の活性は、アッセイ条件下でベンズアルデヒドから1分間に1μmolの光学活性マンデロニトリルを産生する酵素の量として定義した。
【0072】
2-クロロベンズアルデヒドから2-Cl-Manを合成するために、酵素試料(150μl)を50mM 2-クロロベンズアルデヒド及び60mM KCNを含む300mMクエン酸緩衝液(pH3.5)100μlに添加し、混合し、25℃で5分間インキュベートした。反応を停止させるために、n-ヘキサン:2-プロパノール(95:5)1mlを反応混合物に加え、次いで激しく混合し、15,000×gで5分間遠心分離した。5μlの有機相を、以下の条件下でCHIRALPAK ICカラム(粒径5μm;内径4.6mm×250mm;Daicel)を備えたHPLCにより、以下の条件で分析した:
移動相 n-ヘキサン:2-プロパノール(95:5)
流速 1ml/分
カラムオーブン温度 30℃
吸光度 220nm
酵素活性は、最初の5分間の反応から得られた線形曲線から計算した。1単位の合成活性は、アッセイ条件下で2-クロロベンズアルデヒドから1分あたり1μmolの光学活性2-クロロマンデロニトリルを産生する酵素の量として定義した。
【0073】
形成された(R)-Man及び(R)-2-Cl-Manの変換及びeeをキラルHPLCによって分析した。対応する基質の標準曲線を用いて変換を計算した。eeは、以下の式を用いて2つのエナンチオマーのピーク面積を計算することによって決定した。
【0074】
【0075】
ここで、R及びSはそれぞれ(R)-Man又は(R)-2-Cl-Man及び(S)-Man又は(S)-2-Cl-Manの濃度を表す。
【0076】
(反応速度分析)
反応速度分析のために、ベンズアルデヒドの(R)-Manへの酵素的変換、及び2-クロロベンズアルデヒドの(R)-2-Cl-Manへの酵素的変換の初期速度を、上記方法に従って、クエン酸塩緩衝系中、種々の濃度の基質(0~60mM)と0.125Uの総酵素量を各反応に使用してアッセイした。
【0077】
(活性及びエナンチオ選択性への有機溶媒の影響)
酢酸エチル(EA)、ジエチルエーテル(DEE)、メチル-t-ブチルエーテル(MTBE)、2-イソプロピルエーテル(DIPE)、ジブチルエーテル(DBE)、メタノール(Met)、及びヘキサン(Hex)の各有機溶媒0.5mlを等量のクエン酸塩緩衝液(50mM、pH7.0)と混合し、1,200rpm、10℃で60分間振とうして平衡化した。酵素(2.5U)をクエン酸緩衝液相に添加し、水性相と有機相との界面を乱すことなく穏やかに混合した。時間0及びインキュベーション12時間後に、上記のように、10℃、1,200rpmで振とうして酵素活性を測定した。
【0078】
(OgraHNLの結晶構造と反応メカニズム)
OgraHNLの一次構造はChuaHNLと73%のアミノ酸同一性を有している(
図4)。ChuaHNLを鋳型構造とし、(R)-2-Cl-Manと複合体化したOgraHNLの結晶構造を2.05Å分解能の分子置換法により決定した。この酵素はホモ二量体であり、サブユニットの折りたたみはChuaHNLのそれと同様であった(
図5a)。各サブユニットの二次構造は、2つのαヘリックス、2つの3
10αヘリックス及び8つの逆平行βシートからなり、外側にアルファヘリックスを有するベータバレルを形成していた。3つの分子内及び2つの分子間ジスルフィド結合が結晶構造において観察された。各サブユニットにおいて、活性部位は、8つのβシート全てによって囲まれたβバレルの中心に位置する。OgraHNLの活性部位内の比較的大きな疎水性空洞は、15番目のVal;29,71及び94番目のPhe;44及び107番目のTyr;58,79及び109番目のAla;81番目のLeu;並びに92番目のTrpの11個の疎水性残基からなっていた(
図5b)。Arg42、Asn69、Asp60及びLys121の4つの親水性残基も活性部位表面に露出していた。外部溶媒を活性部位に導入する基質侵入トンネルは
図5bに明確に示されており、トンネル内に水に対応する2つの電子密度が確かに存在していた。トンネル入口領域は、Val15、Pro16、Phe21、Tyr44、Phe71、Ala79、Trp92、Phe94の8残基によって形成されていた。(R)-2-Cl-Manのベンゼン環を認識するために、活性部位のいくつかの疎水性残基がベンゼン部分と疎水性相互作用を形成しているようであった。これらの残基のうちPhe71及びPhe94の2つは、(R)-2-Cl-Manのフェニル環の近くに位置して、それぞれ、edge-to-face及びface-to-faceでπ-πスタッキング相互作用を形成する。π-πスタッキング相互作用は、一般的な疎水性相互作用よりも強く、基質結合において重要な役割を果たす可能性がある(Yang STら,Nanotechnology(2008)19(39):395101;及びNakano Sら,Biochim Biophys Acta(2014)1844(12):2059-2067)。π-πスタッキング相互作用の存在は、Nakanoら(2014)(上掲)によってBaliospermum montanum由来の(S)-HNLにおいても報告されている。
【0079】
図5cに示すように、OgraHNLのArg42及びLys121の側鎖は、(R)-2-Cl-Manの水酸基と水素結合を形成し、Tyr107は、(R)-2-Cl-Manのニトリル基と水素結合を形成する。Asp60は(R)-2-Cl-Manと直接相互作用しないが、Arg42及びLys121と水素結合を形成する。この複合体構造分析により、保存されたヒスチジンが一般酸/塩基として作用して基質の水酸基を脱プロトン化させる他のR特異的HNL(Dreveny Iら,Protein Sci(2002)11(2):292-300;Zhu Wら,Proteins(2015)83(1):66-77;及びMotojima Fら,FEBS J(2018)285(2):313-324)とは異なり、Arg42及びLys121による一般酸/塩基触媒に依存する反応機構(
図5d)が示唆された。開裂反応において、(R)-2-Cl-Manの水酸基のプロトンは、Lys121によって除去される。電子がリジンからニトリル脱離基に移動し、次いでシアン化物イオンがArg42からプロトンを引き抜いて、2-クロロベンズアルデヒド及びシアン化水素を放出する。合成反応では、一連の反応がシアノヒドリン開裂と反対の方向に起こる。シアン化水素がArg42により脱プロトン化された後、シアン化物イオンは2-クロロベンズアルデヒドのカルボニル炭素を攻撃する。カルボニル酸素は、シアン化物から電子を受け取り、(R)-2-Cl-Manを生成する。
【0080】
OgraHNLの活性部位内の疎水性空洞は、プロトン引き抜き部位から離れているが、基質選択性に重要な役割を果たすと予測され、その移動度は、Balospermum montanum由来の(S)-HNLにおいて報告されているものと同様に、触媒中の基質のフェニル基の転位を可能としている(Nakano Sら(2014)上掲)。この空洞は、(R)-及び(S)-2-Cl-Manが活性部位に入るとそのフェニル基と結合し、それぞれ、(R)特異的及び(S)特異的ポケットに分割される。報告されているとおり、ChuaHNLは広い基質特異性を有する(Dadashipour Mら(2015)上掲)が、これはChuaHNLが有する柔軟な構造により、様々な基質が基質侵入トンネルに結合することができることによる。
【0081】
((R)-2-Cl-ManによるOgraHNLのドッキングシミュレーション)
(R)-2-Cl-Manと複合体を形成したOgraHNLの結晶構造モデリングに基づいて、基質結合に影響を及ぼす可能性のあるアミノ酸を、MOEを用いた分子ドッキングシミュレーションによって同定した。ベンゼン環の異なるオルト位に塩素原子置換を有する(R)-2-Cl-Manの2つの分子構造をドッキングに使用して(
図6a及びb)、それぞれのデザインについて合計300種類の結合構造を導き出した。基質ドッキング分析により、Ala58、Ala79、Phe71及びVal15が、結合親和性スコアに基づく最も潜在的な残基であることが見出された。これらの疎水性残基は活性部位の疎水性領域に位置し、その側鎖は基質に向いていた。したがって、この領域における動態は、OgraHNLの基質特異性に影響を及ぼすと予測される。Ala79、Phe71及びVal15は基質トンネル入口に位置し、基質に対する親和性において重要な役割を果たすことができる。一方、A58の側鎖は、(R)-2-Cl-Manの芳香族環のオルト位の塩素原子と密接に接触しており(
図6b)、立体相互作用の可能性を示唆していた。この立体相互作用はおそらくこの基質で観察された酵素性能の低下の原因であると考えられた。したがって、酵素の構造解析は、これらの4つの残基が、OgraHNLの酵素的特性及び/又はエナンチオ選択性を改善するための重要なアミノ酸であり得ることを示唆していた。基質入口トンネル(
図3c~d)が開いた好ましい3Dドッキング構造として得られた、A58C、A58H、A58R、A58V、A79M、F71A、F71I及びV15Wの8つの突然変異について、部位特異的突然変異誘発の検討を行った。
【0082】
(OgraHNLの部位特異的突然変異誘発)
活性部位の疎水性空洞における変異は、OgraHNLの活性及びエナンチオ選択性に影響を及ぼした。精製した酵素を使用した場合には、Ala79のメチオニンへの突然変異(A79M)は、比活性及び選択性の両方において有意な増加をもたらした。突然変異体A79Mは、(R)-2-Cl-Manに対して、400±13U/mgの最も高い比活性と83.2±0.1%のee値を示し、野生型のOgraHNL(288±11U/mg、69.5±0.5%のee)よりも高い活性を示した(それぞれ、10及び1.2U/ml)(表4)。A79Mの比活性及びエナンチオ選択性は、(R)-2-Cl-Manのみならず(R)-Manについても野生型と比較して有意に改善された。(R)-Man合成に関しては、野生型では2,780±80U/mgの比活性と82.2±0.6%のeeであったが、A79Mでは3,310±78U/mgの比活性と93.6±0.3%のeeを示した。
【0083】
(OgraHNLにおけるAla79の部位特異的突然変異誘発)
OgraHNLの位置79が触媒活性及びエナンチオ選択性に及ぼす影響を検討するために、部位特異的突然変異誘発によりAla残基をさらに18アミノ酸に置換し、全ての突然変異体について、HNL生産性、比活性、エナンチオ選択性及び転換率を決定した。位置79におけるAlaを、Ile、Leu、Met、Phe、Val及びSerを含む大きな側鎖を有するほとんどの疎水性残基に置換する変異は、(R)-Manに対するOgraHNLの生産性を改善した。また、位置79におけるAlaを、Met、Val、Ser及びCysへ置換する変異は、(R)-2-Cl-Manの生産性を向上させた(表4)。(R)-Man及び(R)-2-Cl-Manの両方について、変異体A79C、A79I及びA79Mは、最も高い比活性、ee及び変換率を示した(表4)。
【0084】
(OgraHNL変異体のエナンチオ選択性)
Ala79における変異を有する酵素が高いエナンチオ選択性を有するか検討するために、ベンズアルデヒド及びKCNからの(R)-Manの合成と、2-クロロベンズアルデヒド及びKCNからの(R)-2-Cl-Manの合成を、精製した酵素(それぞれ10及び2U/ml)を用いて行った。ベンズアルデヒドと2-クロロベンズアルデヒドの転化率は野生型と変異体で同じであった(非図示)。3つの突然変異体の中で、A79Cは、(R)-Man及び(R)-2-Cl-Man合成についてそれぞれ97.1及び83.9%の最も高いeeを示した。(R)-Man及び(R)-2-Cl-Man合成のee値は、野生型がそれぞれ85.5及び69.0%であるのに対し、A79M及びA79Iでは、それぞれ、93.3-93.6及び83.5-83.6%に上昇した。これらの結果は、Ala79の変異が(R)-Man及び(R)-2-Cl-Man産生の両方においてeeを顕著に改善することに寄与することを示している。
【0085】
(R)-Man及び(R)-2-Cl-Manの生産性及びee値は、酵素量を増加させると増加した。マンデロニトリル及び2-クロロマンデロニトリルの全生成量は、野生型及び変異体で類似しており、それぞれ約35~38及び24~26mMであった。すべての変異体は、98.4~98.7%の最大eeで(R)-Manの合成を触媒し、これは野生型(95.6%)より高かった。(R)-2-Cl-Man合成については、変異体A79Cが96.3%の最大eeを示し、次いでA79Mが95.5%及びA79Iが95.0%を示した。これらの値はいずれも野生型から得られた値(92.8%)より顕著に高かった。これは、変異体による(R)-Man及び(R)-2-Cl-Manの驚異的な改善を表す。これにより、Ala79における変異、特にはシステイン、イソロイシン、又はメチオニンへの変異が、(R)-Man及び(R)-2-Cl-Manの合成においてエナンチオマー過剰を増加させることができ、光学的に純粋なシアノヒドリンの産生を可能にすることが示された。以前に報告された最良の事例では、99%eeの(R)-Manがクエン酸緩衝液(pH2.7)中のChuaHNLにより得られている(Dadashipour Mら(2015)上掲)が、使用された酵素量はより多かった(150U/ml)。(R)-2-Cl-Manについて、ChuaHNL及び他の報告されたHNLは、緩衝系において非常に低いエナンチオ選択性しか示さない(ee<21%)(Dadashipour Mら(2015)上掲;Yildirim Dら,Biotechnol Prog(2014)30(4):818-827)。したがって、本発明は、通常は有機溶媒を含む二相系下でこれらの反応を触媒する他の(R)-HNLとは異なり、単相緩衝系において高いエナンチオ純度(96.3%)を有する(R)-2-Cl-Manの非対称合成を初めて実現した。
【0086】
以上より、部位特異的突然変異誘発を行った変異体のうち、(R)-Manについてのee値が野生株よりも優れていたのは、A58C、A58H、F71I、A79C、A79I、及びA79Mであり、比活性が野生株よりも優れていたものは、A79CとA79Mであり、生産性が野生株よりも優れていたものは、A79F、A79I、A79L、A79M、A79S、及びA79Vであった。また、(R)-2-Cl-Manについてのee値が野生株よりも優れていたのは、A79C、A79I、及びA79Mであり、比活性が野生株よりも優れていたものは、A79IとA79Mであり、生産性が野生株よりも優れていたものはA79M、A79S、及びA79Vであった。
【0087】
【0088】
(有機溶媒の活性及び鏡像異性体活性への影響)
すべての野生型及び突然変異体について、ほとんどの有機溶媒は、酵素活性及びエナンチオ選択性に大きな影響を及ぼしたが、DIPEのみは、酵素活性にほとんど影響を及ぼさず、最も高い%eeを与えた(非図示)。A79C及びA79MはDEE、MTBE及びHexの条件下で野生型よりも安定であった。すべての野生型及び変異体の残存活性は、すべての有機溶媒において50%以上であった。すべての変異体は、DEE、MTBE、DIPE、DBE及びMetの条件下で50%より高いeeを示したが、EA及びHexの条件下では50%より低いeeを示した。EAとHexは分配係数の低い値を示したので、ベンズアルデヒドと2-クロロベンズアルデヒドは水相にほとんど溶解した(Ueatrongchit Tら,Journal of Molecular Catalysis B: Enzymatic(2009)56(4):208-21)。これが非酵素反応を促進し、(R)-Man及び(R)-2-Cl-Manのより低いeeを引き起こしたと考えられる。
【0089】
(実施例3)PlamHNL変異体の作製と活性測定
(MOEプログラムを用いたドッキングシミュレーション)
(R)-2-クロロマンデロニトリルと複合体を形成したPlamHNLの構造を予測するために、MOE分析を用いたドッキングシミュレーションの鋳型として(R)-2-クロロマンデロニトリルと複合化したOgraHNLの構造を用いた。(R)-2-クロロマンデロニトリルと複合体化したPlamHNLの相同性モデリングは、結合ポケット内の約14アミノ酸残基をAlanine and Residue Scanning機能を用いて計算し、他の19アミノ酸を親和性に重要な残基として同定した。最も低いdAffinityを示した変異体を検証のために選択した。
【0090】
(部位特異的突然変異誘発)
PlamHNL突然変異体は、フォワード及びリバースプライマー(表5)を用い、pET28aPlamHNLを鋳型として、Quick-Change部位特異的突然変異誘発キットを用いた部位特異的突然変異誘発によって調製した。PCR反応は、変性(95℃、20秒;最初のサイクル:95℃、2分)とアニーリング52℃20秒を18サイクル行った。PCR産物を37℃で1時間DpnI(10U)処理し、次いで大腸菌Shuffle T7株に形質転換した。
【0091】
【0092】
(HNL活性アッセイ)
基質として2-クロロベンズアルデヒド及びシアン化カリウムを用いて、光学活性(R)-2-クロロマンデロニトリルの量を測定することにより酵素活性をアッセイした。反応混合物(0.5mL)をマイクロチューブ中で調製した。クエン酸ナトリウム緩衝液(400mM、pH4.0)に1.25Mの2-クロロベンズアルデヒド(メタノール中、20μL)を添加し、続いて酵素溶液及びKCN溶液(1.0M、50μL)を添加した。反応混合物のアリコート(100μL)をとり、900μLの有機溶媒(94%n-ヘキサン、6%イソプロパノール、0.2%TFA、v/v)で抽出することによって反応をモニターした。混合物を15,000×g、4℃で10分間遠心分離した後、ベンズアルデヒド、(R)-及び(S)-2-クロロマンデロニトリルを含有する有機層を得た。その後、有機相のアリコート(10μL)を、上述のキラルHPLCを用いて分析した。1単位のHNL活性は、アッセイ条件下で、2-クロロベンズアルデヒドとKCNから光学活性(R)-2-クロロマンデロニトリルを1分間あたり1μmol生成する酵素の量として定義した。
【0093】
(組換えPlamHNLの発現及び精製)
pET28a-PlamHNLを有する大腸菌Shuffle T7株 Expressの単一コロニーを、カナマイシン(80μg/mL)を含有する5mLのLB培地に接種し、30℃、300rpmの振盪速度で一晩培養した。スターター培養液5mLを、2リットルのErlenmeyerフラスコ中のカナマイシン(80μg/mL)を含むLB培地500mLに移し、30℃、150rpmの振盪速度で培養した。12時間後、IPTGを終濃度0.5mMとなるように加え、18℃、同じ振盪速度で24時間細胞を培養した。細胞を遠心分離(8500×g;15分)し、塩化ナトリウム(0.5M)及びイミダゾール(25mM)を含むリン酸カリウム緩衝液(KPB;20mM、pH7.0)に再懸濁させた。再懸濁させた細胞を超音波処理によって溶解させ、溶解物を遠心分離(15000×g;4℃で15分間)して破片を除去した。上清をNi Sepharose 6 Fast Flow(GE Healthcare、Little Chalfont、UK)カラム(内径25mm、カラム容量20mL)にロードし、50mMイミダゾールで洗浄し、次に塩化ナトリウム(0.5M)を含むKPB(20mM;pH7.0)中の50~300mMイミダゾールの直線勾配で、0.5mL/分の流速で溶出した。最高の比活性を示す画分をプールし、透析し、MonoQ 5/50 GL(GE Healthcare)カラムに負荷した。酵素活性を上記方法で測定し、活性画分をプールし、透析し、濃縮し、SDS-PAGEにより純度を調べた。
【0094】
(相同性モデリングPlamHNL構造)
Parafonteria laminate由来のHNLはOxidus gracilis HNLと52%のアミノ酸配列相同性を有するため、(R)-2-クロロマンデロニトリルと複合体化したOgraHNL構造を鋳型として用いてPlamHNL構造のモデル相同性を計算した。PlamHNLの全体的な構造は、OregHNL(
図7a)と非常によく似ており、結合ポケット及び活性部位において同じ10個の疎水性アミノ酸残基及び4個の親水性アミノ酸残基から構成されていた(表6)。結合ポケット及び活性部位上のこれらのすべての残基は、すべてのヤスデHNLにおいて保存されていた(
図4)。PlamHNLの相同性モデリングは、OgraHNLにおけるLys121と同じように、Lys118が(R)-2-クロロマンデロニトリルのシアン化物領域との相互作用の重要な残基であることを示した(
図7b)。
【0095】
【0096】
(PlamHNLの(R)-2-クロロマンデロニトリルによるドッキングシミュレーションの検証)
MOEプログラムは、結合ポケット内の約14アミノ酸残基をAlanine and Residue Scanning機能により突然変異体を生成し、親和性に重要な残基を同定した。選択された13のヒットについて変異体を作製したところ、N65、T75及びW89の3つの位置における、N65H、N65Y、W89H、N65E、N65Q及びT75Aの6種類の変異体について、2-クロロベンズアルデヒドに対する活性が確認された。対照的に、R38、Y40、L78及びY104の位置における突然変異体では活性が検出されなかったことから、これらの残基がPlamHNLの活性機構に関与している可能性が示唆された。アラニンスキャニング機能より得られた最良の変異体T75Aは、野生型より約1.5倍高い比活性を示したが、N65H、N65Y、W89H、N65E及びN65Qは野生型よりも低い比活性を示した。これらの結果は、Thr75における突然変異が2-クロロベンズアルデヒドに対する酵素活性の改善に寄与することを示している。(R)-2-クロロマンデロニトリルのエナンチオマー過剰率を改善する変異を調べるために、2-クロロベンズアルデヒド及びKCNからの合成反応を全ての精製された変異体1.0Uを用いて行った。(R)-2-クロロマンデロニトリルのエナンチオマー過剰率は、野生型が80%eeであるのに対し、N65Y、N65H、及びT75Aは、それぞれ、92%ee、85%ee、及び86%eeの増加したエナンチオマー過剰率を示した(表7)。したがって、Asn65及びThr75における変異、特にはAsn65のチロシン又はヒスチジンへの変異及びThr75のアラニンへの変異は、(R)-2-クロロマンデロニトリルの生成におけるエナンチオマー過剰率の増加に寄与する。また、N65H/T75A及びN65Y/T75Aのように、2種類の変異を組み合わせても、野生型と比較して(R)-2-クロロマンデロニトリルの比活性やエナンチオマー過剰を改善する効果が得られることが示された(非図示)。
【0097】
また、PlamHNL(70-75残基)のβ4-β5を結ぶループは、OgraHNLのそれよりも長く、ポケットの入り口に位置する。PlamHNLの、このループ領域(I69G)は、PlamHNLの活性に大きく影響すると考えられる。さらに、ポケットの入り口にあるβ4の69番目のアミノ酸残基は、PlamHNLでは、イソロイシンであり、OgraHNLではグリシンである。これらの残基が基質との親和性に影響を与えると考えられる。そこで、この変異体を作製して検討したところ、野生型酵素PlamHNLの(R)-2-クロロマンデロニトリルに対するKm値が56.8mMであるのに対して、変異型酵素PlamHNL-I69Gの(R)-2-クロロマンデロニトリルに対するKm値は41.8mMと低く、変異型酵素では基質に対する親和性が増大していた(表8)。また、I69Gや、N65Y/I69Gを用いて合成した(R)-2-クロロマンデロニトリルのee(エナンチオマー過剰率)は、それぞれ、83%および91%であり、野生型酵素PlamHNLのそれが80%であるのに対して向上していた(表7)。これらのデータから、β4-β5領域での変異も酵素の性質を向上させるために、重要な役割を果たしていると判断される。
【0098】
【0099】
【0100】
(PlamHNL変異体のエナンチオ選択性)
最良の候補変異体N65Y、T75A及び2点変異体N65Y/T75Aについて、(R)-2-クロロマンデロニトリル合成のための最適化条件を見出すためにさらに検討を行った。酵素量を増加し4Uとすると、N65Yによって産生された(R)-2-クロロマンデロニトリルの最大エナンチオマー過剰率は96.33%に増加した。同じ条件下で野生型を用いて生成した最大eeは87%であった(
図8a)。さらに、pH3.5とすることにより、N65Y変異体は98.2%のe.e.を与えた(
図8b)。精製された酵素N65Yによる(R)-2-クロロマンデロニトリルの製造は、pH3.5、25℃で30分間のインキュベーションにより、野生型(76%変換、90%ee)よりも高い変換率(91%、98.2%ee)を示した(非図示)。これらの結果は、(R)-2-クロロマンデロニトリル合成におけるPlamHNLのエナンチオ選択性が、Asn65突然変異によって顕著に改善されたことを示した。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明のヤスデ由来のHNL変異体は、シアノヒドリンの合成において産業応用することができる。
【配列表】