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特許7264589トロンビンの抑制作用を指標とした皮膚状態改善剤のスクリーニング方法、及びトロンビン作用阻害剤を含む皮膚状態改善剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-17
(45)【発行日】2023-04-25
(54)【発明の名称】トロンビンの抑制作用を指標とした皮膚状態改善剤のスクリーニング方法、及びトロンビン作用阻害剤を含む皮膚状態改善剤
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/37 20060101AFI20230418BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20230418BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20230418BHJP
   A61P 17/04 20060101ALI20230418BHJP
   A61P 17/16 20060101ALI20230418BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230418BHJP
   A61P 37/08 20060101ALI20230418BHJP
   A61K 31/195 20060101ALI20230418BHJP
   A61K 38/10 20060101ALI20230418BHJP
   A61K 36/48 20060101ALI20230418BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20230418BHJP
   A61K 8/44 20060101ALI20230418BHJP
   A61K 8/9789 20170101ALI20230418BHJP
   C12N 9/99 20060101ALI20230418BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230418BHJP
   G01N 33/86 20060101ALI20230418BHJP
   A61P 17/06 20060101ALN20230418BHJP
   A61Q 5/00 20060101ALN20230418BHJP
【FI】
C12Q1/37 ZNA
A61K45/00
A61P17/00
A61P17/04
A61P17/16
A61P43/00 105
A61P43/00 111
A61P37/08
A61K31/195
A61K38/10
A61K36/48
A61Q19/00
A61K8/44
A61K8/9789
C12N9/99
G01N33/50 Z
G01N33/86
A61P17/06
A61Q5/00
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2017248116
(22)【出願日】2017-12-25
(65)【公開番号】P2019110845
(43)【公開日】2019-07-11
【審査請求日】2020-12-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】中西 忍
(72)【発明者】
【氏名】傳田 光洋
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-508138(JP,A)
【文献】特開2016-121092(JP,A)
【文献】特開2014-237631(JP,A)
【文献】特表2016-515572(JP,A)
【文献】特表2000-503318(JP,A)
【文献】特開2017-109972(JP,A)
【文献】特開2013-189417(JP,A)
【文献】特開平08-109164(JP,A)
【文献】NAKANISHI, S., et al.,"Tranexamic acid blocks the thrombin-mediated delay of epidermal permeability barrier recovery induc,SCIENTIFIC REPORTS,2018年10月23日,Vol.8,15610(pp.1-9),doi: 10.1038/s41598-018-33898-7
【文献】木戸裕子、外5名,「ヒルドイドソフトとヒルドイドの生物学的同等性試験」,KISO TO RINSHO,1996年,Vol.30, No.3,pp.463-469
【文献】野津長、外3名,「ブクラデシンナトリウム軟膏とアルガトロバンの併用による阻血性下腿皮膚潰瘍の治療経験」,J. NEW. REM. & CLIN.,2001年,Vol.50, No.8,pp.827-832
【文献】FUJII, K., et al.,"A specific thrombin inhibitor, argatroban, alleviates herpes zoster-associated pain.",THE JOURNAL OF DERMATOLOGY,2001年,Vol.28,pp.200-207
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
C12N 15/00-15/90
C12N 9/00-9/99
C12P 1/00-41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロンビンの抑制作用を指標とした、アレルゲンにより悪化した美容上の皮膚状態の改善剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記アレルゲンにより悪化した皮膚状態が、層板顆粒の減少により生じる皮膚状態である、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記改善剤が、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤からなる群からえらばれる、請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記スクリーニング方法が、
プロトロンビン又はトロンビンと、候補薬剤とを接触させる工程、
トロンビン活性を測定する工程、
候補薬剤のトロンビン抑制作用に基づき、アレルゲンにより悪化した美容上の皮膚状態の改善剤を選択する工程、
を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
トロンビン活性の測定が、トロンビン基質の分解量又は血液凝固時間により測定される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記スクリーニング方法が、
プロトロンビン又はトロンビンおよび候補薬剤を含む培地中で、PAR‐1発現細胞を培養する工程、
PAR-1受容体の活性化の阻害作用を測定する工程
候補薬剤のPAR-1阻害作用に基づき、皮膚状態の改善剤を選択する工程、
を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
PAR-1受容体の活性化の阻害作用の測定が、カルシウムイメージングで行われる、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
プロトロンビンからトロンビンへの活性化作用又はPAR-1受容体の活性化作用の阻害剤(ただし、トラネキサム酸を除く)を含む、アレルゲンにより悪化した美容上の皮膚状態の改善剤であって、前記改善剤が、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤からなる群からえらばれる、前記改善剤。
【請求項9】
PAR-1受容体の活性化の阻害剤が、PAR‐1による細胞作用の抑制を介して、アレルゲンにより悪化した皮膚状態を改善する、請求項8に記載の皮膚状態改善剤。
【請求項10】
トラネキサム酸又はその塩を含む、PAR-1受容体の活性化の阻害剤
【請求項11】
トラネキサム酸又はその塩を含む、プロトロンビンからトロンビンへの分解の抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚状態改善の技術分野に関し、具体的には化粧、美容又は医療技術に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は、生体の最外層に存在することから、常に外界からの刺激にさらされている。外界からの刺激としては、紫外線や温度などの物理的な刺激の他、化学物質や抗原物質による刺激も含まれる。花粉症を引き起こすスギ花粉は、粘膜を介して作用して、花粉症特有の呼吸器症状や咽頭症状を引き起こす他に、皮膚への接触によりスギ花粉皮膚炎を引き起こす。スギ抗原として知られているCryj1は、ケラチノサイトにおいてセリンプロテアーゼを活性化することが知られており、活性化されたセリンプロテアーゼが、ケラチノサイトに発現する膜タンパク質であるPAR‐2タンパク質の活性化を介して、層板顆粒(lamellar granule)が減少を引き起こすと考えられている(非特許文献1:Arch Dermatol Res 308:49-54, 2016)。層板顆粒は、顆粒層のケラチノサイトの細胞質内においてみられる顆粒であり、ケラチノサイトがアポトーシスを起こすことにより細胞外に分泌される。層板顆粒は、セラミド、コレステロール、脂肪酸といった、細胞間脂質が含まれており、層板顆粒の減少は皮膚バリア機能の低下をもたらす。
【0003】
一方、抗プラスミン作用を有する止血剤として開発されたトラネキサム酸は、皮膚において美白効果をもたらすことが発見され、シミや乾斑の治療薬として皮膚外用剤が開発されている(特許文献1)。トラネキサム酸は、トリプシンタイプのセリンプロテアーゼの一種であるプラスミンの作用を阻害することで、凝血作用を発揮する。プラスミンは、表皮中では主に基底層に存在し、プロスタグランジンの産生を介し、メラノサイトの活性に寄与することから、トラネキサム酸によるプラスミンの抑制が、美白効果をもたらすと考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-152159号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Arch Dermatol Res 308:49-54, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、新規の作用メカニズムを指標とした、皮膚状態改善剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、花粉抗原に応答して層板顆粒の分泌を抑制するシグナル伝達の起点のメカニズムを解明すべく鋭意研究を行ったところ、従来かかるシグナル伝達の起点となると考えられていたトリプシンタイプセリンプロテアーゼによるPAR-2の活性化ではなく、トロンビンまたはトロンビン様タンパクによるPAR-1の活性化が、層板顆粒の分泌を抑制するシグナル伝達の起点となることをはじめて見出した。そこで、トロンビンを抑制する作用を指標とすることで、皮膚状態改善剤をスクリーニングできるという新たなスクリーニング方法を発明した。
【0008】
そこで、本発明は以下の発明に関する:
[1] トロンビンの抑制作用を指標とした、皮膚状態改善剤のスクリーニング方法。
[2] 前記皮膚状態改善剤が、美白剤、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤からなる群からえらばれる、項目1に記載のスクリーニング剤。
[3] 前記スクリーニング方法が、
プロトロンビン又はトロンビンと、候補薬剤とを接触させる工程、
トロンビン活性を測定する工程、
候補薬剤のトロンビン抑制作用に基づき、皮膚状態改善剤を選択する工程、
を含む、項目1又は2に記載の方法。
[4] トロンビン作用の測定が、トロンビン基質の分解量又は血液凝固時間により測定される、項目3に記載の方法。
[5] 前記スクリーニング方法が、
プロトロンビン又はトロンビンおよび候補薬剤を含む培地中で、PAR‐1発現細胞を培養する工程、
トロンビン活性を測定する工程
候補薬剤のトロンビン抑制作用に基づき、皮膚状態改善剤を選択する工程、
を含む、項目1又は2に記載の方法。
[6] トロンビン作用の測定が、カルシウムイメージングで行われる、項目5に記載の方法。
[7] トロンビン作用阻害剤を含む、皮膚状態改善剤。
[8] 前記皮膚状態改善剤が、美白剤、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤からなる群からえらばれる、項目7に記載の皮膚状態改善剤。
[9] トロンビン作用阻害剤が、PAR‐1による細胞作用の抑制を介して、皮膚状態を改善する、項目7又は8に記載の皮膚状態改善剤。
[10] トラネキサム酸又はその塩を含む、トロンビン作用阻害剤。
[11] 前記トロンビン作用阻害剤が、PAR‐1による細胞作用を抑制する、項目10に記載のトロンビン作用阻害剤。
[12] トロンビン作用の阻害が、プロトロンビンからトロンビンへの活性化を抑制することにより奏される、項目11に記載のトロンビン作用阻害剤。
【発明の効果】
【0009】
トロンビンの抑制作用を指標とすることで、皮膚状態改善剤のスクリーニングが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1Aは、培養ケラチノサイトにおけるカルシウムイメージングの結果を示しており、Cryj1の添加で、蛍光の励起がみ見られる一方で、Cryj1とトラネキサム酸(T-AMCHA)の添加では励起が抑えられることが示される。また、Cryj1とダイズトリプシン阻害剤(SBTI)、Cryj1とビバリルジン(Bivalirudin)の添加によっても励起が抑制される。図1Bは、各場合における試薬導入後2分以内における活性化された細胞の割合をグラフにして示す。
図2図2Aは、培養ケラチノサイトにおけるプロテアーゼの活性を示すグラフである。培地中にCryj1、Cryj1とトラネキサム酸(T-AMCHA)、Cryj1とダイズトリプシン阻害剤(SBTI)、Cryj1とビバリルジンをそれぞれ含め、対照として試薬未添加群(Control)を用い、蛍光基質を添加した際の蛍光変化を示す。図2Bは、各場合における試薬導入後2分以内における活性化された細胞の割合をグラフにして示す。
図3図3は、Cryj1(図3A)、及びCryj1とトラネキサム酸(T-AMCHA)(図3B)を含む溶液を皮膚に適用した後の皮膚切片の電子顕微鏡写真を示す。写真中において層板顆粒(lamellar granule)を矢印で示した。
図4図4は、Cryj1、Cryj1とトラネキサム酸(T-AMCHA)、Cryj1とビバリルジンを含む溶液、対照として試薬未添加溶液(Control)を皮膚に適用した後の、適用箇所のTEWL値を示す。
図5図5Aは、ケラチノサイトにおけるプラスミノーゲン(プラスミン)の遺伝子発現を、リアルタイムPCRで調べた結果を示す。そして、図5Bは、その増幅産物の電気泳動の結果を示す。
図6図6Aは、培養ケラチノサイトにおけるカルシウムイメージングの結果を示しており、トロンビンの添加で、蛍光の励起が見られる一方で、トロンビンとトラネキサム酸(T-AMCHA)の添加、及びトロンビンとビバリルジンの添加では励起が抑えられることが示される。図6Bは、各場合における試薬導入後2分以内における活性化された細胞の割合をグラフにして示す。
図7図7Aは、トロンビン遺伝子発現を抑制した場合(Thrombin KD)、PARファミリーの遺伝子発現をそれぞれ抑制した場合(PAR-1~PAR-4 KD)、PAR-1及びPAR-2の両方の遺伝子発現を抑制した場合(PAR-1,2 DKD)及び抑制していない場合(scRNA)の培養ケラチノサイトにおけるカルシウムイメージングの結果を示している。PAR-1~PAR-4遺伝子発現またはトロンビン遺伝子発現を抑制していない場合(scRNA)ではCryj1の添加により、励起がみられる一方で、PAR-1遺伝子発現またはトロンビン遺伝子発現を抑制した場合、励起がみられなかった。図7Bは、同じ実験系で、Cryj1添加の2分後における活性化された細胞の割合をグラフにして示す。
図8図8は、各酵素の蛍光基質または発色基質を用いて酵素活性を蛍光で示したグラフである。図8Aは、トロンビン(F2)に対する基質を用いており、トロンビン活性がビバリルジンでは抑制された一方で、トラネキサム酸では抑制できなかったことを示す。また、プロトロンビン(Pro-F2)は酵素活性を有さないことが示される。図8Bは、第Xa因子(Fxa)に対する基質を用いており、第Xa因子の活性が、その抑制作用を有するGGACKにより抑制される一方、トラネキサム酸では抑制されないことを示す。図8Cは、トロンビン(F2)に対する基質を用いており、プロトロンビン(Pro-F2)と第Xa因子が用いられている。プロトロンビンが第Xa因子により活性化され、それによりトロンビン活性が生じる。トロンビン活性が、ビバリルジンやGGACKでは抑制されることが示されており、またトラネキサム酸の用量依存的に抑制されることが示された。以上の結果からトラネキサム酸はプロトロンビンからトロンビンへの活性化を抑制していることが示された。
図9図9は、プロトロンビンと、プラスミノーゲンにおけるトラネキサム酸の作用部位を示す構造解析の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一の態様において、本発明は、トロンビンの抑制作用を指標とした、皮膚状態改善剤のスクリーニング方法に関する。
【0012】
皮膚状態とは、皮膚の状態をいう。悪化した皮膚状態としては、かゆみの誘発、色素沈着、肌荒れ、皮膚バリア機能低下、しみ、しわ、たるみなどが挙げられる。本発明においては、皮膚状態の改善は、主に美白、かゆみの抑制、及び/又は皮膚バリア機能の向上に関する。したがって、皮膚状態改善剤としては、美白剤、かゆみ抑制剤、皮膚バリア向上剤が挙げられる。
【0013】
トロンビンとは、血液の凝固にかかわるセリンプロテアーゼの一種であり、第IIa因子とも呼ばれる。凝血系ではフィブリノーゲンのフィブリンへの反応を触媒するほか、第V因子、第VIII因子及び第IX因子を活性化させる。プロトロンビン(第II因子)として血中に存在しており、第Xa因子や第Va因子の作用により活性化されてトロンビンとなる。
【0014】
トロンビンの抑制作用とは、トロンビン又はトロンビン様タンパク質の作用が結果として抑制されればよく、例えばトロンビンの活性中心に対する阻害の他、プロトロンビンからトロンビンへの活性化の抑制も含まれうる。さらに、本発明では、特にトロンビンのケラチノサイトへの作用が抑制されることが好ましく、ケラチノサイトへの作用は、主にトロンビン受容体であるPAR‐1の活性化を介して発揮される。したがって、トロンビンの抑制作用は、PAR‐1阻害作用であってもよい。トロンビン様タンパク質とは、トロンビンと同じくPAR-1を活性化するタンパク質のことをいう。かかるトロンビン様タンパク質として、トロンビンのホモログやオルソログであってもよいし、非ヒト由来のタンパク質であってもよい。また、トロンビン様タンパク質としては、ヒト又は非ヒトのプロトロンビンのトロンビン活性を有する部分ペプチドであってもよい。本発明のスクリーニング方法では、トロンビンと同じくPAR-1活性化作用を有するトロンビン様タンパク質を用いることで、トロンビン抑制作用を指標とすることもできる。トロンビンの抑制作用を指標とするとは、トロンビンの活性を直接計測してもよいし、トロンビンが制御する下流の現象を観察することで間接的に計測をしてもよい。トロンビン作用の直接的な計測として、トロンビンの基質となる物質を導入し、基質の分解量に基づいてトロンビンの作用を決定することができる。トロンビンの抑制作用の間接的な計測の一例として、血液を用いた試験や、培養細胞を用いた試験が挙げられる。
【0015】
トロンビンの作用を測定するために用いるトロンビンの基質としては、トロンビンが分解できるペプチド又はタンパク質が挙げられる。かかるペプチド又はタンパク質を蛍光物質と、消光物質とで標識し、トロンビンにより切断された場合にのみ蛍光の検出を可能にする蛍光基質や、発色物質で標識されており、トロンビンにより切断された場合にのみ吸光の検出を可能にする発色基質が市販されており、このような蛍光基質や発色基質を用いることが好ましい。
【0016】
本発明の皮膚状態改善剤のスクリーニング方法の一例として、以下の:
トロンビンと、候補薬剤とを接触させる工程、
トロンビン活性を測定する工程、
候補薬剤のトロンビン抑制作用に基づき、皮膚状態改善剤を選択する工程
を含む方法が挙げられる。
【0017】
トロンビンと、候補薬剤とを接触させる工程は、トロンビンを含む溶液に候補薬剤を添加するか、又はトロンビンと候補薬剤とを含む溶液を調製することとで行われる。トロンビン活性を測定する工程は、例えばトロンビン作用を測定するためのトロンビン基質を添加し、基質の分解量をもとにトロンビン活性が測定される。上述の蛍光基質または発色基質が用いられる場合、基質の分解量は、蛍光または吸光を測定することで決定することができる。対照におけるトロンビン活性に比べて、候補薬剤を添加した場合のトロンビン活性が減少した場合、候補薬剤がトロンビン抑制作用を有するものと決定することができる。トロンビン抑制作用を有する候補薬剤を、皮膚状態改善剤として選択することができる。対照のトロンビン活性は、候補薬剤のみを含まない実験系であらかじめ決定されていてもよいし、同時に実験を行って比較してもよい。
【0018】
本発明のスクリーニング方法は、トロンビンの代わりに、トロンビンの前駆物質であるプロトロンビンを用いることもできる。その場合、プロトロンビンがトロンビンへと変換するための物質、例えば第IXa因子やその複合体も含まれる。
【0019】
本発明で使用するトロンビンやプロトロンビンは、血液から精製されたものであってもよいし、培養細胞で組み換え発現されたタンパク質を生成されたものであってもよい。さらに別の態様では、トロンビン及び/又はプロトロンビンを含む溶液として血液をそのまま又は加工して用いてもよい。血液を用いた場合、トロンビン活性を血液凝固時間に基づき決定することができる。その場合、血液凝固時間が延長された場合に、候補薬剤がトロンビン抑制作用を有する物質として選択することができる。血液における具体的なトロンビン活性の測定手法は、プロトロンビン時間測定法やトロンボテストに基づいて行われうる。血液において、血液凝固作用は、複数の因子の協働により達成される。したがって、血液凝固時間の延長のみにより選択された候補薬剤は、トロンビン抑制作用を有していない可能性もある。その場合、トロンビンの基質を用いた試験を行って、実際にトロンビン抑制作用が達成されているかをさらに確かめることもできる。
【0020】
トロンビンによる細胞作用を伝達する受容体でとしてPAR‐1(protease-activated receptor-1)が挙げられる。PAR‐1は、血小板や血管内皮細胞、血管平滑筋細胞により細胞膜上に発現されていることが報告されている。トロンビンにより、細胞外領域のN末端ペプチドが切断されることで活性化し、血小板においてはトロンビン凝集のシグナルを伝達する。本発明のスクリーニング方法の一例として、PAR‐1を発現する細胞を用いて、トロンビンの抑制作用を決定することができる。
【0021】
具体的に、本発明に係るトロンビン抑制作用を指標とした皮膚状態改善剤のスクリーニング方法は、一例として、以下の:
トロンビン及び候補薬剤を含む培地中でPAR‐1発現細胞を培養する工程、
トロンビン活性を測定する工程、及び
候補薬剤のトロンビン抑制作用に基づき、皮膚状態改善剤を選択する工程
を含む。
【0022】
ここで、トロンビン活性は、PAR‐1発現細胞の活性を測定することで測定することができる。一例として、PAR‐1が活性化されると、細胞内におけるCa2+の細胞濃度が増大することから、Ca2+のイメージングを行うことで、トロンビン活性を測定することができる。より具体的に、トロンビン及び候補薬剤を含む培地中でPAR-1発現細胞を培養し、Ca2+イメージングを行った場合、トロンビンによる細胞内Ca2+濃度の増加が抑制される場合に、トロンビン作用を抑制する物質として候補薬剤を選択することができる。ここで、培地にトロンビンが添加されてもよいし、その前駆物質であるプロトロンビンを活性化することで生成されてもよい。プロトロンビンは、添加されてもよいし、細胞自身により発現されて分泌されたものであってもよい。プロトロンビンの活性化は、任意の抗原、例えばCryj1、の添加により行われてもよい。こうして選択されたトロンビン作用を抑制する物質は、PAR‐1の阻害剤、すなわちPAR‐1アンタゴニストであってもよい。こうして選択された物質は、皮膚状態改善剤、すなわち美白剤、かゆみ抑制剤、及びバリア機能改善剤として作用しうる。
【0023】
トラネキサム酸は、抗プラスミン作用に基づいて凝血作用や抗アレルギー作用を発揮することが知られており、止血薬や抗炎症剤として開発されている。その一方で、美白に対する効果が見出されており、美白剤としても開発されている。美白作用や抗アレルギー作用も、トラネキサム酸が有する抗プラスミン作用に基づくものと考えられているが、その作用メカニズムの解明は未だなされていない。
【0024】
スギ花粉の抗原であるCryj1は、セリンプロテアーゼの作用を介して、層板顆粒(lamellar granule)の減少を引き起こすことが報告されていた。そしてそのセリンプロテアーゼは、PAR‐2を介して細胞作用を及ぼすと考えられていた。
【0025】
本発明者らの研究により、Cryj1によるケラチノサイトに対する細胞作用は、トラネキサム酸の投与により抑制されることが分かった(図1A-B)。このトラネキサム酸の作用は、細胞外におけるセリンプロテアーゼの活性の抑制によるものであることが分かった(図2A-B)。そして実際に経皮投与試験において、トラネキサム酸は、Cryj1による層板顆粒の減少を妨げることが示され(図3A-B)、またCryj1によるTEWLの増加(皮膚バリア機能の低下)を抑制することができた(図4)。
【0026】
Cryj1による細胞作用は、セリンプロテアーゼの活性化により基づくものであることから、トラネキサム酸による細胞作用の抑制も、従来知られていたセリンプロテアーゼの基質の一種であるPAR‐2を介した細胞作用であると考えられた。しかしながら、PAR‐2活性化に寄与するプラスミンの前駆体であるプラスミノーゲンがケラチノサイト中に存在しないことが示された(図5)。また、ケラチノサイトにおいて、PAR-2のノックダウンした場合であっても、Cryj1に対するケラチノサイトの応答性の変化がみられなかった一方で、PAR‐1のノックダウンにより、Cryj1に対するケラチノサイトの応答性が減少したことから、PAR‐1が、Cryj1による細胞作用に重要であることが示された(図6)。PAR‐1は、トロンビン受容体として知られていることから、トラネキサム酸のCryj1による細胞作用の抑制作用は、抗プラスミン作用ではなく、抗トロンビン作用に基づくものであることが予測された。
【0027】
実際に、培養ケラチノサイトにトロンビンを投与したところ、細胞作用が発揮された(図7A)。また、トラネキサム酸は、トロンビン抑制剤であるビバリルジンと同様に、その細胞作用を抑制した(図7A-B)。ケラチノサイトにおいて、トロンビンをノックダウンした場合に、Cryj1による細胞作用が失われることから(図8A-B)、Cryj1による細胞作用が、トロンビンとPAR-1との相互作用により生じることが明らかになった。そして、トラネキサム酸は、かかるトロンビン作用を抑制することで、細胞作用を抑制することが見いだされた。トラネキサム酸のトロンビン抑制作用をより詳しく解析した結果、トラネキサム酸は、トロンビンや、トロンビン活性化因子である第Xa因子には作用しない一方で(図9AおよびB)、プロトロンビンに作用していることが示された(図9C)。したがって、トラネキサム酸によるケラチノサイトにおける細胞作用は、プロトロンビンの活性化を抑制することにより達成されることが示された。
【0028】
本発明者らが新たに見出したように、トラネキサム酸は、抗プラスミン作用の他、抗トロンビン作用を有する。しかし、ケラチノサイトではプラスミノーゲンの発現が見られない。また、ケラチノサイトでは、PAR‐1が発現されており、抗原物質であるCryj1による細胞の活性化が、PAR‐1経路を介していることが示されている。プラスミンによる細胞作用の標的は、PAR-2であることから、トラネキサム酸の皮膚における作用は、従来知られていた抗プラスミン作用によるものではなく、本発明で見出された抗トロンビン作用に基づく蓋然性が高い。
【0029】
本発明の別の態様では、本発明は、トロンビン作用阻害剤を含む、皮膚状態改善剤に関する。トロンビン作用阻害剤は、血液学の分野において十分に研究されており、またいくつもの化合物が、トロンビン作用抑制剤として開発されている。例えば、ダビガトラン、アルガトロバンは、トロンビンの競合阻害作用を有する薬剤として開発されており、またPAR‐1アンタゴニストとしても、SCH503458、E5555などの化合物が開発されている。血液学の技術分野において既知のトロンビン作用阻害剤が知られており、これらのトロンビン作用阻害剤を、皮膚状態改善剤として開発することができる。トロンビン作用阻害剤は任意の投与経路で用いることができるが、皮膚に直接作用させる観点から経皮投与が好ましい。経皮投与とすることで、全身投与では副作用が生じる薬剤であっても皮膚状態改善の観点で許容されうる。本発明の皮膚改善剤は、美白剤、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤として用いることができる。本発明の皮膚改善剤は、PAR‐1の抑制を介して皮膚状態を改善することができる。
【0030】
本発明の別の態様では、本発明は、トラネキサム酸又はその塩を含む、トロンビン作用阻害剤に関する。トラネキサム酸は、これまで抗プラスミン作用を介した凝血剤、抗炎症剤、美白剤として開発されてきている。その一方で、トロンビン作用に対する効果は全く知られていない。かかるトロンビン作用阻害剤は、皮膚バリア機能向上剤として使用しうる。また、アレルゲンによる反応を抑制することから、抗アレルギー剤、かゆみ抑制剤、抗炎症剤として使用しうる。トロンビン作用阻害剤により改善又は治療しうる皮膚状態としては、乾燥肌、敏感肌、鱗屑、ふけなどの美容上の問題が挙げられる。さらに、トロンビン作用阻害剤により、アトピー性皮膚炎、乾癬、湿疹などの皮膚疾患、ならびに花粉症などのアレルギー性疾患の治療に使用しうる。
【0031】
血液学の分野では、トロンビン作用の阻害は、血液の抗凝固作用となることから、これまでプラスミンの作用として知られてきた抗プラスミン作用とは逆の作用となる。トロンビン作用は、トロンビン受容体であるPARを介した細胞作用と、フィブリノーゲンに作用して生じるフィブリン血栓形成作用とに大別される。本発明におけるトロンビン作用は、主にPAR‐1を介した作用をいう。したがって、トロンビン作用阻害剤は、PAR、好ましくはPAR‐1、を介したトロンビン作用の阻害剤ということができる。トロンビン阻害作用は、PAR‐1の受容体に対するアンタゴニスト作用であってもよいし、プロトロンビンからトロンビンへの分解を抑制することで発揮されてもよい。
【0032】
本発明により、スクリーニングされた皮膚状態改善剤は、美白、かゆみ抑制、皮膚バリア向上を目的として、機能性食品、化粧料、医薬部外品、医薬品に配合しうる。配合される化粧品としては、日焼け止め、化粧水、美容液、美容クリーム、アフターケアローション、サンオイルなどが挙げられるが、皮膚に適用されるものであれば任意の化粧料に配合することができる。医薬品としては、抗炎症用の皮膚外用剤、抗炎症用の経口薬剤などが挙げられる。また、皮膚に直接適用することができる皮膚外用剤として配合されることが好ましい。本発明の皮膚状態改善剤は、その効果を損なわない範囲で、化粧品や医薬品等に用いられる任意配合成分を、必要に応じて適宜配合することができる。前記任意配合成分としては、例えば、油分、界面活性剤、粉末、色材、水、アルコール類、増粘剤、キレート剤、シリコーン類、酸化防止剤、紫外線吸収剤、保湿剤、香料、各種薬効成分、防腐剤、pH調整剤、中和剤などが挙げられる。他の薬効成分として、例えば抗炎症成分、美白成分などが含まれていてもよい。
【0033】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0034】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例
【0035】
実施例1:Cryj1による細胞活性化、およびトラネキサム酸またはビバリルジン添加による活性化の抑制
培養ケラチノサイト(販売元:クラボウ)を、EPILIFE-KG2培地(販売元:クラボウ)で、37℃加湿雰囲気下で2日間培養した。コンフルエントになった培養物に対し、培地をEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換し、28~48時間培養し、次いでFura2 AM(販売元:life technology)を5μMで含むEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換し、1時間培養した。その後、NaCl 150mM、KCl 5mM、CaCl2 1.8mM、MgCl2 1.2mM、HEPES 25mM、D-glucose 10mMを含むバッファー(pH7.4)に置換し、Cryj1(販売元:HAYASHIBARA)を100ng/mlの濃度で、単独で、又はトラネキサム酸(T-AMCHA)(販売元:LKT Laboratories)(10mM)、ビバリルジン(販売元:PROSPEC)(100ng/ml)、又はダイズトリプシン阻害剤(SBTI)(1μM)をバッファーに添加した。蛍光を蛍光顕微鏡で測定し、細胞内のカルシウム濃度変化を測定した。結果を図1(A)に示す。Cryj1添加約2分後の細胞内カルシウム濃度値を、Aqua Cosmosソフトウェアを用いて計算し、図1(B)に示した(p<0.0001)。Cryj1単独添加により活性化された細胞が、トラネキサム酸、ビバリルジン又はダイズトリプシン阻害剤の添加により抑制されることが示された。
【0036】
実施例2:セリンプロテアーゼ活性の測定
培養ケラチノサイト(販売元:クラボウ)を、EPILIFE-KG2培地(販売元:クラボウ)で、37℃加湿雰囲気下で2日間培養した。コンフルエントになった培養物に対し、培地をEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換し、28~48時間培養した後、セリンプロテアーゼ活性測定試薬(販売元:AAT Bioquest)を培地に添加した。培養物に対し、Cryj1(100ng/ml)、Cryj1(100ng/ml)+トラネキサム酸(10mM)、Cryj1(100ng/ml)+ダイズトリプシン阻害剤(SBTI)(1μM)、およびCryj1(100ng/ml)+ビバリルジン(100ng/ml)をそれぞれ添加し、対照として試薬未添加群を用いた。試薬添加後、蛍光顕微鏡で蛍光(波長:545nm)を測定し、セリンプロテアーゼ活性を測定した。結果を図2(A)に示す。試薬添加後約1分におけるセリンプロテアーゼ基質分解の割合を、Aqua Cosmosソフトウェアを用いて計算し、図2(B)に示した(トラネキサム酸:p<0.0001、SBTI:p<0.0001、ビバリルジン:p<0.0001)。
【0037】
実施例3:ヒト皮膚におけるCryj1およびトラネキサム酸との作用
ヒト被験者(女性34歳)の腹部位に、Cryj1(1μg/ml)、Cryj1(1μg/ml)+トラネキサム酸(100mM)を20分間適用し、適用後の表皮切片を取得した。取得した皮膚試料を電子顕微鏡(販売元:日立ハイテクノロジーズ)にて、皮膚試料の断面を撮影した(図3)。撮影した電子顕微鏡写真において、表皮の顆粒層のラメラ顆粒(LG)を矢印で示した。Cryj1を単独適用された皮膚では、Cryj1とトラネキサム酸を適用された皮膚に比較して、ラメラ顆粒が減少していた。
【0038】
実施例4:ヒト皮膚におけるCryj1およびトラネキサム酸とビバリルジンの作用
ヒト被験者(女性34歳)の腹部位に、セロハンテープによるテープストリッピング(TS)+Cryj1(1μg/ml)、TS+Cryj1(1μg/ml)+トラネキサム酸(100mM)、TS+Cryj1(1μg/ml)+ビバリルジン(1μg/ml)を2時間、4時間、及び6時間適用し、それぞれ適用後に電子天秤を用いて、適用箇所のTEWLを測定した。その結果を図4に示す。
【0039】
実施例5:ケラチノサイトにおけるプラスミンおよびプラスミノーゲンの発現
培養ケラチノサイト(販売元:クラボウ)を、EPILIFE-KG2培地で、37℃加湿雰囲気下で2日間培養した。コンフルエントになった培養物を回収し、Trizol(販売元:NIPPON GENE)を用いて、cDNAをVILO Master Mix(販売元:Invitrogen)の製品説明書にしたがって調製した。プラスミノーゲンの増幅用の下記のプライマーセット、PLG-Fw:ggatgtgcctcggtagctc(配列番号1)、PLG-Rv:gaacaattggctcccacag(配列番号2)及び内部標準のGapdh増幅用のプライマーセットを用いて、リアルタイムPCRを行ったが、プラスノーゲンの発現は見られなかった(図5)。
【0040】
実施例6:PARファミリーノックダウンケラチノサイトにおけるCryj1反応性
培養ケラチノサイト(販売元:クラボウ)にPARファミリー(PAR-1、PAR-2、PAR-3、PAR-4)のsiRNA(販売元:GE Dharmacon)又はトロンビンsiRNA(販売元:GE Dharmacon)を導入しての遺伝子発現をノックダウンした。対照としてscRNA(販売元:GE Dharmacon)を導入した。導入された培養ケラチノサイトを、EPILIFE-KG2(販売元:クラボウ)で、37℃加湿雰囲気下で1日間培養した。コンフルエントになった培養物に対し、培地をEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換し、1~2日間培養し、次いでFura2 AM(販売元:life technology)を5μMで含むEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換し、1時間培養した。その後、NaCl 150mM、KCl 5mM、CaCl2 1.8mM、MgCl2 1.2mM、HEPES 25mM、D-glucose 10mMを含むバッファー(pH7.4)に置換し、Cryj1(販売元:HAYASHIBARA)を100ng/mlの濃度で、単独でバッファーに添加した。蛍光を蛍光顕微鏡で測定し、細胞内のカルシウム濃度変化を測定した。結果を図7(A)に示す。Cryj1添加約2分後の細胞内カルシウム濃度値を、Aqua Cosmosソフトウェアを用いて計算し、図7(B)に示した。PAR-1のノックダウンにより、ケラチノサイトのCryj1への反応性が失われた。また、Cryj1の添加による細胞の活性化が、トロンビンノックダウンケラチノサイトでは生じないことが示された。
【0041】
実施例7:トロンビン添加による培養ケラチノサイトの活性化
培養ケラチノサイト(販売元:クラボウ)を、EPILIFE-KG2培地(販売元:クラボウ)で、37℃加湿雰囲気下で2日間培養した。コンフルエントになった培養物に対し、培地をEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換し、28~48時間培養し、次いでFura2 AM(販売元:life teqnology)を5μMで含むEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換し、1時間培養した。その後、NaCl 150mM、KCl 5mM、CaCl2 1.8mM、MgCl2 1.2mM、HEPES 25mM、D-glucose 10mM を含むバッファー(pH7.4)に置換し、トロンビン(販売元:ナカライテスク)を100pg/mlの濃度で、単独で、又はトラネキサム酸(T-AMCHA)(10mM)又はビバリルジン(販売元:PROSPEC)(100ng/ml)と組み合わせて、バッファーに添加した。蛍光を蛍光顕微鏡で測定し、細胞内のカルシウム濃度変化を測定した。結果を図6(A)に示す。トロンビン添加約2分後の細胞内カルシウム濃度値を、Aqua Cosmosソフトウェアを用いて計算し、図6(B)に示した(トラネキサム酸:p<0.0001、ビバリルジン:p<0.0001)。トロンビンの添加により、細胞が活性化されたこと、及びトロンビンの添加が、トラネキサム酸又はビバリルジンの同時添加により妨げられたことが示された。
【0042】
実施例8:トラネキサム酸のトロンビン作用抑制の作用機序の同定
トロンビン(F2)(40ng)(販売元:ナカライテスク)、プロトロンビン(pro-F2)(40ng)(販売元:Invitrogen)、トロンビン+トラネキサム酸(100μM)(F2+TAMCHA)、及びトロンビン+ビバリルジン(1μg)(F2+Biv)を含む溶液をそれぞれ準備し、トロンビン蛍光基質(販売元:コスモバイオ)(20μM)を添加し、蛍光を蛍光測度計で測定した。結果を図8(A)に示す。ビバリルジンはトロンビンの活性中心に作用して抗トロンビン作用を発揮する薬剤である。トロンビン活性が、ビバリルジンにより抑制される一方で、トラネキサム酸はトロンビン活性を抑制しなかった。
【0043】
第Xa因子(FXa)(9.5ng)(販売元:abcam)、第Xa因子(9.5ng)+GGACK(販売元:abcam)(100μM)(FXa+GGACK)、第Xa因子(9.5ng)+GGトラネキサム酸(10mM)(FXa+T-AMCHA)を含む溶液をそれぞれ準備し、第Xa因子の蛍光基質(販売元:abcam)を添加し、蛍光を蛍光測度計で測定した。結果を図8(B)に示す。GGACKは第Xa因子の活性中心に作用する第Xa因子抑制作用を発揮する薬剤である。第Xa因子の活性が、GGACKにより抑制される一方で、トラネキサム酸は第Xa因子活性を抑制しなかった。
【0044】
プロトロンビン(Pro-F2)(40ng)+第Xa因子(FXa)溶液に、さらにトラネキサム酸(T-AMCHA)を10mM、1mM、及び100μMでそれぞれ添加した。さらに別のプロトロンビン(Pro-F2)(40ng)+第Xa因子(FXa)溶液に、ビバリルジン(1μg)、及びGGACK(10μM)をそれぞれ添加した。これらの試験溶液に、トロンビンの発色基質(販売元:Rossix)を添加し、吸光を吸光光度系で測定した。結果を図8(C)に示す。トラネキサム酸が、濃度依存的に、トロンビン活性を抑制することが示された。
【0045】
図8(A)~(C)の結果を参照すると、トラネキサム酸は、トロンビンや第Xa因子の活性を抑制することはなく、プロトロンビンのトロンビンへの活性化を抑制することが示された。
【0046】
実施例9:構造解析
Protein data bank(PDB)よりトラネキサム酸が結合しているプラスミノーゲン(KR1ドメイン)の立体構造データ(PDB ID:1CEB)とプロトロンビンの立体構造データ(PDB ID:5EDM)を入手し、解析ソフトChimeraを用いて立体構造の比較を行った(図9)。その結果、トラネキサム酸が結合しているプラスミノーゲン(KR1ドメイン)の立体構造がプロトロンビン中の2つのKRドメインに非常によく重なることが示された。このことからトラネキサム酸はプロトロンビンのKRドメインに結合することが示唆された。
【0047】
実施例10:スクリーニング方法
(1) 96ウェルプレートの各ウェルにトロンビン(F2)と候補薬剤とを含む溶液を注入する。次にトロンビン蛍光基質(販売元:コスモバイオ)を添加する。添加後の蛍光をプレートリーダーで測定し、対照と比較することで候補薬剤のトロンビン活性抑制作用を決定することができる。トロンビン活性抑制作用を有する候補薬剤を、皮膚状態改善剤、好ましくは美白剤、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤としてスクリーニングすることができる。
【0048】
(2) 96ウェルプレートの各ウェルにプロトロンビン(pro-F2)、第IXa因子、及び候補薬剤とを含む溶液を注入する。次にトロンビン発色基質(販売元:Rossixs)を添加する。添加後の吸光をプレートリーダーで測定し、対照と比較することで候補薬剤のトロンビン活性抑制作用を決定することができる。トロンビン活性抑制作用を有する候補薬剤を、皮膚状態改善剤、好ましくは美白剤、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤としてスクリーニングすることができる。
【0049】
(3)培養ケラチノサイト(販売元:クラボウ)を、EPILIFE-KG2培地で、37℃加湿雰囲気下で2日間培養する。コンフルエントになった培養物に対し、培地をEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換し、28~48時間培養し、次いでFura2 AM(販売元:life teqnology)を5μMで含むEPILIFE-KG2+Ca1.8mM(販売元:クラボウ)に置換する。Cryj1(販売元:HAYASHIBARA)および候補薬剤を培地に添加する。蛍光を蛍光顕微鏡で測定し、細胞内のカルシウム濃度変化を測定する。対照と比較してカルシウム濃度が低下した場合に候補薬剤を、トロンビン活性抑制作用を有すると決定することができる。トロンビン活性抑制作用を有する候補薬剤を、皮膚状態改善剤、好ましくは美白剤、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤としてスクリーニングすることができる。
【0050】
(4)培養ケラチノサイト(販売元:クラボウ)を、EPILIFE-KG2培地で、37℃加湿雰囲気下で2日間培養する。コンフルエントになった培養物に対し、培地をEPILIFE-KG2+Ca1.8mMに置換し、24~48時間培養し、次いでFura2 AM(販売元:life teqnology)を5μMで含むEPILIFE-KG2+Ca1.8mMに置換する。トロンビン又はプロトロンビンおよび候補薬剤を培地に添加する。蛍光を蛍光顕微鏡で測定し、細胞内のカルシウム濃度変化を測定する。対照と比較してカルシウム濃度が低下した場合に、候補薬剤を、トロンビン活性抑制作用を有すると決定することができる。トロンビン活性抑制作用を有する候補薬剤を、皮膚状態改善剤、好ましくは美白剤、かゆみ抑制剤、及び皮膚バリア向上剤としてスクリーニングすることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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