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特許7264703マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置及び作動シミュレーション方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-17
(45)【発行日】2023-04-25
(54)【発明の名称】マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置及び作動シミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/35 20060101AFI20230418BHJP
   H05H 1/46 20060101ALI20230418BHJP
【FI】
C23C14/35 C
H05H1/46 A
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019075176
(22)【出願日】2019-04-10
(65)【公開番号】P2020172685
(43)【公開日】2020-10-22
【審査請求日】2022-03-15
(73)【特許権者】
【識別番号】515086908
【氏名又は名称】株式会社トヨタプロダクションエンジニアリング
(74)【代理人】
【識別番号】110002516
【氏名又は名称】弁理士法人白坂
(72)【発明者】
【氏名】川嶋 邦裕
【審査官】篠原 法子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-226905(JP,A)
【文献】特開2003-277927(JP,A)
【文献】特開平06-280010(JP,A)
【文献】特開2001-059171(JP,A)
【文献】特開2015-017304(JP,A)
【文献】特開2008-189991(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
H05H 1/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成膜材料からなる平板状のターゲットと、
該ターゲットを保持するとともに電圧印加用の第一電極を兼ねたターゲット保持部と、
前記ターゲット保持部に保持された前記ターゲットの裏面側に配置され、各々二極着磁され着磁方向における第一端面が前記ターゲットの主裏面と対向するとともに前記第一端面側がN極となる複数の第一永久磁石と、前記ターゲット保持部に保持された前記ターゲットの裏面側に配置され、各々二極着磁され着磁方向における第一端面が前記ターゲットの主裏面と対向するとともに前記第一端面側がS極となる複数の第二永久磁石と、それら第一永久磁石及び第二永久磁石を保持する磁石ホルダとを備え、前記第一永久磁石の前記第一端面と前記第二永久磁石の第一端面との間にて前記ターゲットを厚さ方向に貫くとともに該ターゲットの主表面に沿う向きの磁界を発生させる磁界発生部と、
前記ターゲットの前記主表面との間に所定の距離をおいて配置された基板と、該基板を保持するとともに電圧印加用の第二電極を兼ねた基板保持部と、内部に前記ターゲットと前記基板とが配置され内部空間が不活性雰囲気とされるチャンバと、前記ターゲットと前記基板との間にプラズマ発生用の高電圧を印加する電源部とを備え、前記ターゲットと前記基板の間の空間をプラズマ発生空間として前記高電圧の印加により該プラズマ発生空間にプラズマを発生させてターゲット材料をスパッタリングし、前記ターゲット材料の薄膜を前記基板上に形成するマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置であって、
前記第一永久磁石及び前記第二永久磁石の形状情報及び磁気特性情報と、前記磁界発生部内における前記第一永久磁石及び前記第二永久磁石の配置情報とを含む磁界分布計算用データを取得する磁界分布計算用データ取得部と、
前記ターゲット保持部及びその周辺構造物に含まれる導体エレメントの形状情報及び配置情報を含む電界分布計算用データを取得する電界分布計算用データ取得部と、
取得された前記磁界分布計算用データに基づいて前記ターゲットの前記主表面上の各位置の磁界強度を演算する磁界強度演算部と、
取得された前記電界分布計算用データと前記高電圧の印加電圧値とに基づいて前記ターゲットの前記主表面上の各位置の電界強度を演算する電界強度演算部と、
前記ターゲットの前記主表面の各位置について、演算された前記磁界強度に基づきターゲット材料のエロージョン量基本値を算出するエロージョン量基本値算出部と、
前記ターゲットの前記主表面の各位置について、演算された前記電界強度に基づいてエロージョン量に対する電界補正項を算出する電界補正項演算部と、
前記各位置の前記エロージョン量基本値を前記電界補正項で補正することにより、前記ターゲットの前記主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算するエロージョン量予測値演算部と、
前記エロージョン量予測値の演算結果をデータ読み出し可能に記憶するエロージョン量演算結果記憶部と、
を備えたことを特徴とするマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項2】
前記エロージョン量基本値算出部は、前記各位置の前記エロージョン量基本値を該位置の前記磁界強度に比例した値となるように演算するものであり、
前記電界補正項演算部は、前記電界補正項を前記電界強度の平方根に比例した値となるように演算するものであり、
前記エロージョン量予測値演算部は、前記エロージョン量基本値に前記電界補正項を乗ずる形で前記エロージョン量基本値を補正するものである請求項1記載のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項3】
前記ターゲットの前記主表面の各位置について、演算された前記磁界強度及び前記電界強度に基づいて、前記プラズマに含まれる電子のサイクロトロン運動のドリフト速度が前記エロージョン量に及ぼす影響を示すドリフト補正項を演算するドリフト補正項演算部を備え、
前記エロージョン量予測値演算部は前記エロージョン量基本値を前記電界補正項及び前記ドリフト補正項により補正することにより、前記ターゲットの前記主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算するものである請求項1又は請求項2に記載のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項4】
前記ドリフト補正項演算部は前記ドリフト補正項を前記磁界強度に比例し前記電界強度に逆比例する値となるように演算するものであり、
前記エロージョン量予測値演算部は、前記エロージョン量基本値に前記ドリフト補正項を乗ずる形で前記エロージョン量基本値を補正するものである請求項3に記載のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項5】
前記エロージョン量基本値算出部は、前記主表面の各位置について前記電界補正項により補正された前記エロージョン量基本値を電界補正済エロージョン量基本値として演算し、該電界補正済エロージョン量基本値が予め定められた閾値よりも小さい場合に、前記エロージョン量基本値をゼロとして演算する請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項6】
前記磁界強度演算部は、前記ターゲットの前記主表面の各位置における前記主表面と平
行な磁界成分の強度を前記磁界強度として演算するものであり、
前記エロージョン量基本値算出部は、前記電界補正済エロージョン量基本値の前記主表
面上での最大値を検索し、該最大値に基づいて前記閾値を定めるものである請求項5記載
のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項7】
前記エロージョン量予測値に基づいて前記基板上に成膜される薄膜の膜厚予測値を演算する膜厚予測値演算部を備える請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項8】
前記膜厚予測値を出力する膜厚情報出力部を備える請求項7に記載のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項9】
前記エロージョン量予測値を出力するエロージョン量予測値出力部を備える請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置。
【請求項10】
成膜材料からなる平板状のターゲットと、
該ターゲットを保持するとともに電圧印加用の第一電極を兼ねたターゲット保持部と、
前記ターゲット保持部に保持された前記ターゲットの裏面側に配置され、各々二極着磁され着磁方向における第一端面が前記ターゲットの主裏面と対向するとともに前記第一端面側がN極となる複数の第一永久磁石と、前記ターゲット保持部に保持された前記ターゲットの裏面側に配置され、各々二極着磁され着磁方向における第一端面が前記ターゲットの主裏面と対向するとともに前記第一端面側がS極となる複数の第二永久磁石と、それら第一永久磁石及び第二永久磁石を保持する磁石ホルダとを備え、前記第一永久磁石の前記第一端面と前記第二永久磁石の第一端面との間にて前記ターゲットを厚さ方向に貫くとともに該ターゲットの主表面に沿う向きの磁界を発生させる磁界発生部と、
前記ターゲットの前記主表面との間に所定の距離をおいて配置された基板と、該基板を保持するとともに電圧印加用の第二電極を兼ねた基板保持部と、内部に前記ターゲットと前記基板とが配置され内部空間が不活性雰囲気とされるチャンバと、前記ターゲットと前記基板との間にプラズマ発生用の高電圧を印加する電源部とを備え、前記ターゲットと前記基板の間の空間をプラズマ発生空間として前記高電圧の印加により該プラズマ発生空間にプラズマを発生させてターゲット材料をスパッタリングし、前記ターゲット材料の薄膜を前記基板上に形成するマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション方法であって、
前記第一永久磁石及び前記第二永久磁石の形状情報及び磁気特性情報と、前記磁界発生部内における前記第一永久磁石及び前記第二永久磁石の配置情報とを含む磁界分布計算用データを取得するステップと、
前記ターゲット保持部及びその周辺構造物に含まれる導体エレメントの形状情報及び配置情報を含む電界分布計算用データを取得するステップと、
取得された前記磁界分布計算用データに基づいて前記ターゲットの前記主表面上の各位置の磁界強度を演算するステップと、
取得された前記電界分布計算用データと前記高電圧の印加電圧値とに基づいて前記ターゲットの前記主表面上の各位置の電界強度を演算するステップと、
前記ターゲットの前記主表面の各位置について、演算された前記磁界強度に基づきターゲット材料のエロージョン量基本値を算出するステップと、
前記ターゲットの前記主表面の各位置について、演算された前記電界強度に基づいて前記エロージョン量に対する電界補正項を算出するステップと、
前記各位置の前記エロージョン量基本値を前記電界補正項で補正することにより、前記ターゲットの前記主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算するステップと、
前記エロージョン量予測値の演算結果をデータ読み出し可能に記憶するステップと、
を備えたことを特徴とするマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション方法。
【請求項11】
成膜材料からなる平板状のターゲットと、
該ターゲットを保持するとともに電圧印加用の第一電極を兼ねたターゲット保持部と、
前記ターゲット保持部に保持された前記ターゲットの裏面側に配置され、各々二極着磁され着磁方向における第一端面が前記ターゲットの主裏面と対向するとともに前記第一端面側がN極となる複数の第一永久磁石と、前記ターゲット保持部に保持された前記ターゲットの裏面側に配置され、各々二極着磁され着磁方向における第一端面が前記ターゲットの主裏面と対向するとともに前記第一端面側がS極となる複数の第二永久磁石と、それら第一永久磁石及び第二永久磁石を保持する磁石ホルダとを備え、前記第一永久磁石の前記第一端面と前記第二永久磁石の第一端面との間にて前記ターゲットを厚さ方向に貫くとともに該ターゲットの主表面に沿う向きの磁界を発生させる磁界発生部と、
前記ターゲットの前記主表面との間に所定の距離をおいて配置された基板と、該基板を保持するとともに電圧印加用の第二電極を兼ねた基板保持部と、内部に前記ターゲットと前記基板とが配置され内部空間が不活性雰囲気とされるチャンバと、前記ターゲットと前記基板との間にプラズマ発生用の高電圧を印加する電源部とを備え、前記ターゲットと前記基板の間の空間をプラズマ発生空間として前記高電圧の印加により該プラズマ発生空間にプラズマを発生させてターゲット材料をスパッタリングし、前記ターゲット材料の薄膜を前記基板上に形成するマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーションを行なうコンピュータプログラムであって、コンピュータに、
前記第一永久磁石及び前記第二永久磁石の形状情報及び磁気特性情報と、前記磁界発生部内における前記第一永久磁石及び前記第二永久磁石の配置情報とを含む磁界分布計算用データを取得するステップと、
前記ターゲット保持部及びその周辺構造物に含まれる導体エレメントの形状情報及び配置情報を含む電界分布計算用データを取得するステップと、
取得された前記磁界分布計算用データに基づいて前記ターゲットの前記主表面上の各位置の磁界強度を演算するステップと、
取得された前記電界分布計算用データと前記高電圧の印加電圧値とに基づいて前記ターゲットの前記主表面上の各位置の電界強度を演算するステップと、
前記ターゲットの前記主表面の各位置について、演算された前記磁界強度に基づきターゲット材料のエロージョン量基本値を算出するステップと、
前記ターゲットの前記主表面の各位置について、演算された前記電界強度に基づいて前記エロージョン量に対する電界補正項を算出するステップと
前記各位置の前記エロージョン量基本値を前記電界補正項で補正することにより、前記ターゲットの前記主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算するステップと、
前記エロージョン量予測値の演算結果をデータ読み出し可能に記憶するステップと、
を実行させるコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置に関し、特に成膜材料となるターゲットのエロージョン(スパッタリングに伴う材料エロージョン量)量を予測する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、マグネトロンスパッタリングにより、ターゲット材料を基板上に成膜するにあたって、設計段階において基板における膜厚を予測することができれば、実際の基板作成における試行錯誤を抑制し、無駄な試作を抑制することができる。例えば特許文献1には、磁界分布及び電界分布のデータの入力を受け付けて、複数の電子の軌道をベクトル処理により計算して、不活性ガスイオンの発生位置を求め、不活性ガスイオンの発生位置に基づいて、ターゲットのエロ―ジョン形状を計算する演算部を備えたマグネトロンスパッタリングのシミュレーション装置が開示されている。
【0003】
しかしながら、上記特許文献1に開示されたシミュレーション装置では、複数の電子の軌道のベクトル演算や、不活性ガスイオンの発生位置の算出など、複雑かつ計算量の多い演算を行うことになり、シミュレーション装置に重い処理負荷がかかるという問題があった。そこで、特許文献2には、マグネトロンスパッタ装置に発生する磁界に関する情報に基づいてターゲットのエロージョン(摩耗)度合を予測する手法が提案されている。この手法によると、電子の速度やイオン分布等に関する演算を行わないので、従来よりも少ない演算量でターゲットのエロージョン量を予測することができ、装置の処理負担を軽減することができる。
【0004】
また、特許文献2は、電圧が印加されたときの電界の分布を特定し、その電界に基づいてエロージョン量を補正する手法も開示する。より詳細には、ターゲット及び基板の周囲に配設された防着板による電界分布形状の歪を考慮したエロージョン分布の補正、特に、ターゲット主表面(=成膜側の主面)の外周領域のエロージョン分布を、上記歪により生ずる水平方向電界成分により位置補正する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平6-280010号公報
【文献】特開2017-226905号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献2の手法においては、ターゲット主表面上の位置別のエロージョン量が、基本的は各位置の磁界強度によってのみ演算されている。そして、電界歪の影響については、電界歪の影響がなかったと仮定したときに、上記磁界分布に基づいて演算される各位置のエロージョン量は不変として、その演算されたエロージョン量に紐づけられる基板上の位置を歪により生ずる水平電界成分に応じて補正しているに過ぎない。しかしながら、スパッタリングにおいて電界強度は、ターゲットに衝突させる不活性ガスイオンの加速度を支配する重要な因子であり、電界強度がエロージョン量そのものに与える影響については特に考慮がなされておらず、エロージョン分布予測の誤差要因となっていた。
【0007】
そこで、本発明は上記問題に鑑みて成されたものであり、従来よりも計算量を抑制しつつターゲットのエロージョン量を予測することができ、かつ電界強度のエロージョン量に及ぼす影響を予測値に対しより高精度に反映できるマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置、方法及びコンピュータプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明が関係するマグネトロンスパッタ装置は、成膜材料からなる平板状のターゲットと、該ターゲットを保持するとともに電圧印加用の第一電極を兼ねたターゲット保持部と、該ターゲット保持部に保持されたターゲットの裏面側に配置され、各々二極着磁され着磁方向における第一端面がターゲットの主裏面と対向するとともに第一端面側がN極となる複数の第一永久磁石と、該ターゲット保持部に保持されたターゲットの裏面側に配置され、各々二極着磁され着磁方向における第一端面がターゲットの主裏面と対向するとともに第一端面側がS極となる複数の第二永久磁石と、それら第一永久磁石及び第二永久磁石を保持する磁石ホルダとを備え第一永久磁石の第一端面と第二永久磁石の第一端面との間にてターゲットを厚さ方向に貫くとともに該ターゲットの主表面に沿う向きの磁界を発生させる磁界発生部と、ターゲットの主表面との間に所定の距離をおいて配置された基板と、該基板を保持するとともに電圧印加用の第二電極を兼ねた基板保持部と、内部にターゲットと基板とが配置され内部空間が不活性雰囲気とされるチャンバと、ターゲットと基板との間にプラズマ発生用の高電圧を印加する電源部とを備え、ターゲットと基板の間の空間をプラズマ発生空間として高電圧の印加により該プラズマ発生空間にプラズマを発生させてターゲット材料をスパッタリングし、ターゲット材料の薄膜を基板上に形成するものである。そして、本発明のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置は、上記課題を解決するために、第一永久磁石及び第二永久磁石の形状情報及び磁気特性情報と、磁界発生部内における第一永久磁石及び第二永久磁石の配置情報とを含む磁界分布計算用データを取得する磁界分布計算用データ取得部と、ターゲット保持部及びその周辺構造物に含まれる導体エレメントの形状情報及び配置情報を含む電界分布計算用データを取得する電界分布計算用データ取得部と、取得された磁界分布計算用データに基づいてターゲットの主表面上の各位置の磁界強度を演算する磁界強度演算部と、取得された電界分布計算用データと高電圧の印加電圧値とに基づいてターゲットの主表面上の各位置の電界強度を演算する電界強度演算部と、ターゲットの主表面の各位置について、演算された磁界強度に基づきターゲット材料のエロージョン量基本値を算出するエロージョン量基本値算出部と、ターゲットの主表面の各位置について、演算された電界強度に基づいてエロージョン量に対する電界補正項を算出する電界補正項演算部と各位置のエロージョン量基本値を電界補正項で補正することにより、ターゲットの主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算するエロージョン量予測値演算部と、エロージョン量予測値の演算結果をデータ読み出し可能に記憶するエロージョン量演算結果記憶部と、を備えたことを特徴とする。
【0009】
また、本発明のマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション方法は、上記課題を解決するために、第一永久磁石及び第二永久磁石の形状情報及び磁気特性情報と、磁界発生部内における第一永久磁石及び第二永久磁石の配置情報とを含む磁界分布計算用データを取得するステップと、ターゲット保持部及びその周辺構造物に含まれる導体エレメントの形状情報及び配置情報を含む電界分布計算用データを取得するステップと、取得された磁界分布計算用データに基づいてターゲットの主表面上の各位置の磁界強度を演算するステップと、取得された電界分布計算用データと高電圧の印加電圧値とに基づいてターゲットの主表面上の各位置の電界強度を演算するステップと、ターゲットの主表面の各位置について、演算された磁界強度に基づきターゲット材料のエロージョン量基本値を算出するステップと、ターゲットの主表面の各位置について、演算された電界強度に基づいてエロージョン量に対する電界補正項を算出するステップと、各位置のエロージョン量基本値を電界補正項で補正することにより、ターゲットの主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算するステップと、エロージョン量予測値の演算結果をデータ読み出し可能に記憶するステップと、を備えたことを特徴とする。
【0010】
また、本発明のコンピュータプログラムは、上記マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーションを行なうコンピュータプログラムであって、コンピュータに、第一永久磁石及び第二永久磁石の形状情報及び磁気特性情報と、磁界発生部内における第一永久磁石及び第二永久磁石の配置情報とを含む磁界分布計算用データを取得するステップと、ターゲット保持部及びその周辺構造物に含まれる導体エレメントの形状情報及び配置情報を含む電界分布計算用データを取得するステップと、取得された磁界分布計算用データに基づいてターゲットの主表面上の各位置の磁界強度を演算するステップと、取得された電界分布計算用データと高電圧の印加電圧値とに基づいてターゲットの主表面上の各位置の電界強度を演算するステップと、ターゲットの主表面の各位置について、演算された磁界強度に基づきターゲット材料のエロージョン量基本値を算出するステップと、ターゲットの主表面の各位置について、演算された電界強度に基づいてエロージョン量に対する電界補正項を算出するステップと、各位置のエロージョン量基本値を電界補正項で補正することにより、ターゲットの主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算するステップと、エロージョン量予測値の演算結果をデータ読み出し可能に記憶するステップと、を実行させるものである。
【0011】
上記マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置において、エロージョン量基本値算出部は、各位置のエロージョン量基本値を該位置の磁界強度に比例した値となるように演算するものであり、電界補正項演算部は、電界補正項を電界強度の平方根に比例した値となるように演算するものであり、エロージョン量予測値演算部は、エロージョン量基本値に電界補正項を乗ずる形でエロージョン量基本値を補正するものとして構成できる。
【0012】
また、ターゲットの主表面の各位置について、演算された磁界強度及び電界強度に基づいて、プラズマに含まれる電子のサイクロトロン運動のドリフト速度がエロージョン量に及ぼす影響を示すドリフト補正項を演算するドリフト補正項演算部を備設けることができ、エロージョン量予測値演算部はエロージョン量基本値を電界補正項及びドリフト補正項により補正することにより、ターゲットの主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算するように構成できる。この場合、ドリフト補正項演算部はドリフト補正項を磁界強度に比例し電界強度に逆比例する値となるように演算するものであり、エロージョン量予測値演算部は、エロージョン量基本値にドリフト補正項を乗ずる形でエロージョン量基本値を補正するものとして構成できる。
【0013】
さらに、エロージョン量基本値算出部は、主表面の各位置について電界補正項により補正されたエロージョン量基本値を電界補正済エロージョン量基本値として演算し、該電界補正済エロージョン量基本値が予め定められた閾値よりも小さい場合に、エロージョン量基本値をゼロとして演算するものとして構成できる。この場合、磁界強度演算部は、ターゲットの主表面の各位置における主表面と平行な磁界成分の強度を磁界強度として演算するものであり、エロージョン量基本値算出部は、電界補正済エロージョン量基本値の主表面上での最大値を検索し、該最大値に基づいて閾値を定めるものとして構成できる。
【0014】
また、上記マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置には、エロージョン量予測値に基づいて基板上に成膜される薄膜の膜厚予測値を演算する膜厚予測値演算部を設けることができる。また、薄膜予測値を出力する膜厚情報出力部やエロージョン量予測値を出力するエロージョン量予測値出力部を設けることが可能である。
【発明の効果】
【0015】
上記本発明によると、マグネトロンスパッタ装置に発生する磁界に関する情報に基づいてターゲット主表面の各位置のエロージョン量を予測するとともに、ターゲット保持部及びその周辺構造物に含まれる導体エレメントの形状情報及び配置情報を含む電界分布計算用データと高電圧の印加電圧値とに基づいて、ターゲットの主表面上の各位置の電界強度を演算する。そして、演算された電界強度に基づいてエロージョン量に対する電界補正項を算出し、各位置のエロージョン量基本値を電界補正項で補正することにより、ターゲットの主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算する。電子の速度やイオン分布等に関する演算を行わないので、従来よりも少ない演算量でターゲットのエロージョン量を予測できるとともに、電界強度のエロージョン量に及ぼす影響を予測値に対しより高精度に反映できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】マグネトロンスパッタ装置の構成例を示す断面図である。
図2】磁界発生部の構成例を示す平面図である。
図3】磁界発生部の構成例を示す斜視図である。
図4】マグネトロンスパッタリングの概念を説明する第一の図である。
図5】磁界発生部においてスペーサを用いて磁界強度を調整する概念を示す説明図である。
図6】マグネトロンスパッタリングの概念を説明する第二の図である。
図7】プラズマ理論に基づく電界中の電子運動の速度を説明する図である。
図8】プラズマ理論に基づく磁界中の電子運動の旋回速度を説明する図である。
図9】プラズマ理論に基づく磁界中の電子運動のドリフト速度を説明する図である。
図10】ドリフト速度とエロージョン量の関係を説明する図である。
図11】マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置の構成例を示すブロック図である。
図12】エレメント配置データの説明図である。
図13】電磁物性データの説明図である。
図14】磁界分布計算結果記憶部の内容説明図である。
図15】電界分布計算結果記憶部の内容説明図である。
図16】平行電界位置補正データの内容説明図である。
図17】磁界分布計算モジュールの処理の流れを示すフローチャートである。
図18】電界分布計算モジュールの処理の流れを示すフローチャートである。
図19】エロージョン予測演算モジュールの処理の流れを示すフローチャートである。
図20】膜厚分布関数の説明図である。
図21】膜厚分布演算モジュールの処理の流れを示すフローチャートである。
図22】成膜レートの予測値と実測値との相関関係を示すグラフである。
図23】薄膜の面内均一性の予測値と実測値との相関関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施態様に係るマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置について、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の作動シミュレーション装置の適用対象となるマグネトロンスパッタ装置100の一構成例を示す断面模式図である。マグネトロンスパッタ装置100は、磁界発生部110と、ターゲット保持部120と、ターゲット131と、基板132と、基板保持部140と、チャンバ150と、防着板160aと、防着板160bとを備える。ターゲット131と、基板132と、基板保持部140と、防着板160a、160bbとは、チャンバ150内に設けられる。図示していないがチャンバ150は、開閉自在に構成されており、チャンバ150を開けた状態で、ターゲット131が固定されたターゲット保持部120を取り付けたり、基板132を基板保持部140上に載置したりすることができる。
【0018】
ターゲット131は、基板132上に薄膜を形成する材料である。ターゲット131には、例えば、アルミニウム、チタン、ニッケル、金など基板132上に成膜したい各種の金属を用いることができる。また、後述の高周波スパッタリングを行なう場合には、アルミナやシリカなどの絶縁材料とすることもできる。ターゲット131は、所望する薄膜の材質に応じて対応する材質のものが選定され、ターゲット保持部120に着脱可能に取り付けられる。ターゲット保持部120は、ターゲット131を取り付けるための部材であり、室温にて常磁性ないし反磁性(以下、両者を総称して非磁性と称する)を示す導電性の素材、例えばCuあるいはCu合金等の非磁性金属からなる。該ターゲット保持部120は、ターゲット131を保持するとともに電圧印加用の第一電極を兼ねるものである。
【0019】
また、基板132はターゲットの構成材料を堆積させて薄膜を形成するための基材であり、シリコンウェーハなどで構成されて基板保持部140に着脱可能に装着される。基板保持部140は耐熱性導電材料、例えばインコネルなどの耐熱性金属材料で構成され、基板132を着脱可能に載置するための構造物をなすとともに、電圧印加用の第二電極を兼ねるものである。
【0020】
磁界発生部110は、ターゲット131に対して、複数の第一永久磁石112aと複数の第二永久磁石112bとを内部に含み、軸111を中心として図示しないモータ等により回転駆動される円盤状のユニットである。なお、以降、本実施の形態において永久磁石を総称する場合は、永久磁石112と記載する。永久磁石112は、例えば希土類‐鉄-ボロン系(例えば商標名:NEOMAX)や希土類-コバルト系の焼結磁石であり、各々円柱状に形成されるとともに、軸線方向を着磁方向として二極着磁されたものである。
【0021】
第一永久磁石112aは、ターゲット保持部120に保持されたターゲット131の裏面側に、各々二極着磁され着磁方向における第一端面がターゲット131の主裏面と対向するとともに第一端面側がN極となるように配置される。また、第二永久磁石112bは、第一端面側がS極となるように配置される点を除き、 第一永久磁石112aと同様に配置される。これら第一永久磁石及び第二永久磁石は、CuないしCu合金等の非磁性金属からなる磁石ホルダ110hに装着され保持される。本実施形態において磁石ホルダ110hは、永久磁石112の装着孔を板厚方向に貫く形で複数形成した板状の部材であり、装着孔の形成個数や配置間隔の異なるものを複数用意しておき、所望の磁界分布が得られるものを適宜選択して使用することができる。
【0022】
図2は、磁界発生部110をターゲット保持部120側から見た場合の平面図であり、図3は、磁界発生部110をターゲット保持部120側から見た場合の斜視図である。図1に示す断面図は、図2におけるA-A´線でマグネトロンスパッタ装置100を切断した場合の断面図である。磁界発生部110においては、各永久磁石112は、マグネトロンスパッタリングにより、基板132に成膜される薄膜の面内均一性パラメータの値がなるべく小さくなるように、即ち、薄膜の膜厚がなるべく均一になるように配置されている。面内均一性とは、基板132上に成膜された薄膜の最も膜厚が厚い箇所の膜厚と最も膜厚が薄い箇所の膜厚との差分を、平均膜厚の2倍で除した値のことである。
【0023】
図2及び図3に示す永久磁石112の磁界発生部110における配置は、近年のマグネトロンスパッタリングにおいて用いられる配置である。円板状のターゲット131の主裏面外周縁領域には、主裏面周方向に沿う第一永久磁石112aの列をターゲット半径方向に複数列配置する一方、その内側には、半径方向に所定幅(永久磁石2~4個分程度)の永久磁石非配置領域110bを隔てて、主裏面周方向に沿う第二永久磁石112bの列を複数列配置している。また、図1に示すように、第一永久磁石112a及び第二永久磁石112bの第二端面側には、軟鉄やパーマロイなどの軟磁性金属材料からなる板状のバックヨーク113が各永久磁石112の第二端面と接する形で配置されており、ターゲット主裏面側の磁路が形成されている。また、バックヨーク113の裏面側には水冷式等の冷却部材114を配置することが可能である。
【0024】
これにより、磁界発生部110は、図4に示すように、第一永久磁石112aの第一端面(N極側)と第二永久磁石112bの第一端面(S極側)との間にてターゲット131を厚さ方向に貫くとともに該ターゲット131の主表面に沿う向きに、具体的には永久磁石非配置領域110bの幅方向における所定幅の中心区間にてターゲット131の主表面と平行な磁界(平行磁界)BPを発生させる。図2及び図3の永久磁石112の配置形態によると、発生する磁界の磁力線は、ターゲット131の中心に関して半径方向を向くものが、ターゲット131の周方向に放射状に分布した形となる。なお、平行磁界BPは、図5に示すようにターゲット131と永久磁石112との間に非磁性材料からなるスペーサ115を配置することにより弱めることができ、該スペーサ115の厚みを変更することで平行磁界BPの強度調整が可能である。
【0025】
チャンバ150には真空ポンプ90及び不活性ガス注入器180が接続される。ここで、不活性ガス注入器180は、不活性ガスをチャンバ150に注入する機器であり、チャンバ150と着脱自在に接続される。真空ポンプ190によりチャンバ150内は予め定められた真空度以下となるように排気されるとともに、その真空排気を継続しつつチャンバ150内がグロー放電分圧領域となるように、不活性ガス注入器180により不活性ガスが流量調整されつつ注入される。用いる不活性ガスは、スパッタ率の高いアルゴン、クリプトン及びキセノンが好適であり、安価なアルゴンが一般的に使用される。
【0026】
次に、防着板160a、160bbは、スパッタリングにより基板への堆積方向以外の向きに飛散するターゲット材料が、チャンバ150内に付着するのを防止するために設けられるものである。防着板160aはターゲット保持部120の外周縁に沿って設けられる円筒状の部材であり、防着板160bは基板保持部140の外周縁に沿って設けられる円筒状の導電性の板である。これら円筒状の防着板160a、160bは、一方の内径が他方の内径よりも径小とされ、その径小となる側のものの軸方向先端部が他方のものの先端部内側に、半径方向の隙間を介して重なるように配置され、該隙間にてチャンバ150内の不活性ガス雰囲気と連通する。そして、プラズマ発生空間となるターゲット保持部120及び基板保持部140の対向空間を、外側の空間から静電遮蔽して該電極対向空間に電界を集中させるために、防着板160a、160bは金属等の導電性材料にて構成される。
【0027】
ターゲット保持部120と基板保持部140とには電源130が接続される。本実施形態において電源130は直流電源であり、ターゲット保持部120には電源130の負極側が、基板保持部140には電源130の正極側が接続される。これにより、ターゲット保持部120及びターゲット131側がカソードとなり、基板保持部140及び基板132がアノードとなるように高電圧(例えば300~1000V)が印加される。なお、電源部としては交流電源130Aを使用することも可能であり、該交流電源130AによりRF領域の高周波交流電圧を印加することで、絶縁材料にて構成されたターゲット131のスパッタリングも可能となる。
【0028】
次に、マグネトロンスパッタ装置100におけるマグネトロンスパッタリングの原理について、図4及び図6を用いて説明する。以下の実施形態の説明では、直流スパッタリングの場合を例にとる。チャンバ150内に封入される不活性ガスはアルゴンガスとし、ターゲット131は例えばニッケルとするが、本発明はこれらに限定されるものではない。マグネトロンスパッタ装置100において電源130によりターゲット131と基板132との間に電圧が印加されると、ターゲット131と基板132との間には基板132側をアノードとする形で電界Eが発生する。この電界Eにより、正極側導体(主としてターゲット131の構成金属)からの電界放出ないし、電界により分極したアルゴン原子のターゲット131への衝突による二次電子放出等により、ターゲット131と基板132との間に電子流が発生する。
【0029】
この電子流に含まれる電子411はアルゴン原子に衝突し、外殻電子をはじき出してアルゴン原子をアルゴンイオンに変換する。その結果、ターゲット131と基板132との間にアルゴンイオンと電子とが混合したプラズマが発生し、いわゆるグロー放電状態が形成される。プラズマに含まれる正極性のアルゴンイオンは電界により加速され、カソードであるターゲット131に衝突する。その衝突のエネルギーによりターゲット131の構成材料原子(すなわち、ニッケル原子)が弾き飛ばされる形で蒸発するのがスパッタリング現象であり、蒸発した構成材料原子は基板132上に堆積して薄膜を形成する。以上は直流スパッタリング(あるいはグロースパッタリング)の原理として知られているものであるが、通常の直流スパッタリングではグロー放電により生ずるアルゴンイオンの濃度が低く、成膜速度が遅い欠点がある。
【0030】
上記のような直流スパッタリングの欠点を解消するために考案されたものがマグネトロンスパッタリングである。図4に示すように、マグネトロンスパッタ装置においては、永久磁石112によりプラズマ発生空間においてターゲット131の主表面に対し平行磁界PBが発生している。この平行磁界PBが一定の値以上となるプラズマ発生空間の領域では、平行磁界PBを旋回軸線方向とするらせん状の軌道に沿ってプラズマ中の電子が、いわゆるサイクロトロン旋回運動を起こす。旋回運動する電子411はイオン化されていないアルゴン原子との衝突確率が増大し、結果として該空間におけるアルゴンイオンが高濃度化する結果、電界により加速されターゲット131に衝突するアルゴンイオン濃度は大幅に増加する。これにより、アルゴンイオン衝突によるターゲット131のエロージョン量、ひいては基板132上の成膜速度が飛躍的に改善される。
【0031】
図1に示すターゲット131の主裏面側にて、帯状の永久磁石非配置領域110bの幅方向一方の側に第一永久磁石112aが、他方の側に第二永久磁石112bが配置された磁界発生部110の構成においては、電子411の旋回中心の移動軌跡であるドリフト軌跡が、図2図3において矢印200で示すように、第一永久磁石112aのN極の列と第二永久磁石112bのS極の列の間でジグザグにホッピングする形態となることが知られている。このような軌跡に沿って旋回運動する電子411とアルゴン原子との衝突によりアルゴンイオンを生ずる機構においては、アルゴン原子のイオン化の確率はアルゴン原子に衝突する電子411の旋回運動の運動エネルギーが大きいほど高くなる。周知のプラズマ理論によると、図7に示すように、アルゴン原子に衝突する電子の速度veは、ターゲット131と基板132との間の電界強度をE、電子の電荷をe、電子の質量をMeとしたとき、
ve=(2・e・E/Me)0.5 ・・・・(1)
となることが知られている。速度veが電界の平方根に比例する事情は、電界中にて電子が獲得するクーロンポテンシャルエネルギーが、電子に生ずる運動エネルギー((1/2)Me・ve)に変換されることに由来する。一方、図8に示すように、電子旋回運動の角速度ωは、平行磁界強度をBとして、
ω=e・B/Me ・・・・(2)
となることが知られている。
【0032】
一方、電子ドリフトの速度については、これも上記のプラズマ理論によると、図9に示すように、ドリフト速度vdは、電界ベクトル及び磁界ベクトルの概念を用いて、
vd=E(ベクトル)×B(ベクトル)/B ・・・・(3)
と表されることが知られている(ここで「×」はベクトル積を示す)。E(ベクトル)及びB(ベクトル)のなす角度をθ、絶対値を各々|E|及び|B|とすれば、
vd=(|E|/|B|)・sinθ ・・・・(4)
となるが、磁界Bがターゲット131の主表面と平行であればθ=90°であるから、
vd=|E|/|B| ・・・・(5)
となり、ドリフト速度vdは電界強度|E|に比例する一方、磁界強度|B|に反比例することがわかる。特に、平行磁界BPの強度が値として使用できる場合は、(5)式は
vd=|E|/PB ・・・・(5)’
となる。
【0033】
また、ドリフト速度vdは、電界Eと磁力線とが直交する電子軌道の頂点で最大になる。一方、電子ドリフトの向きは図4に示すように平行磁界BPの向きと一致する。よって、ターゲット131と基板132との間の電界Eの印加方向に加速される分極したアルゴン原子の移動方向と電子ドリフトの向きは直交形態となるから、電子ドリフトの速度が大きいほどアルゴン原子のイオン化の確率は低くなる。その結果、図10のごとく、ドリフト速度vdが大きいとターゲット131のエロージョン量は小さくなり、ドリフト速度vdが小さいとターゲット131のエロージョン量は大きくなる。
【0034】
このように、電子411の旋回運動の運動エネルギーと電子ドリフトの速度は、いずれも、磁界Bと電界Eの双方の影響を受けて変化する。本実施の形態に係るマグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置においては、以下に詳述するように、ターゲット131の主表面上の各位置の磁界Bと電界Eの双方の影響を考慮して、それら各位置のエロージョン量の予測を行なう点に特徴がある。
【0035】
以下、マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置の構成例について詳細に説明する。図11は、マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置(以下、単に「シミュレーション装置」ともいう)500の構成例を示すブロック図である。作動シミュレーション装置500はコンピュータハードウェア50を主体に構成されるものであり、処理主体をなすCPU51、そのワークエリアとなるRAM52、及びBIOS等の基本プログラムを格納したROM53、種々のソフトウェア(プログラム)を格納したハードディスクドライブ55(フラッシュメモリなど、記憶内容が電気的に書換え可能であって、外部からのリセット信号を受けても当該記憶内容を保持する不揮発性メモリ構成してもよい)、入出力部54、それらを相互に接続するバス56を備える。また、入出力部54には磁界分布計算用データ取得部及び電界分布計算用データ取得部となる入力部60が接続されている。また、種々の解析結果の出力部となるモニタ59及びプリンタ61も併せて接続されている。磁界分布計算用データ及び電界分布計算用データは、図示しない着脱式記憶媒体(CD-ROMやフラッシュメモリ等)からの読み取りにより取得するようにしてもよいし、外部ネットワークから通信取得するようにしてもよい。
【0036】
ハードディスクドライブ(HDD)55には、図1のチャンバ150内、特にプラズマ発生空間内の磁界分布及び電界分布を演算するための、上記の磁界分布計算用データ及び電界分布計算用データをなすエレメントデータ55gが格納されている。図12はエレメントデータ55gのデータ構造の概念を示すものであり、形状データ(SD01,SD02・・)、位置データ(LC01,LCD02・・)、材質データ(MC01,MC02・・)及び電磁物性データ(EMD01,EM02・・)の組からなる。このうち、磁界分布計算用データをなすものは、材質データ(MC01,MC02・・)が図1の第一永久磁石112a、第二永久磁石112b及びバックヨーク113等を示している場合において、対応する形状データ(SD01,SD02・・)が第一永久磁石112a、第二永久磁石112b及びバックヨーク113等の形状情報に相当し、同じく位置データ(LC01,LCD02・・)がそれらの磁界発生部110内の配置情報に相当する。また、電界分布計算用データをなすものは、材質データ(MC01,MC02・・)が図1のターゲット保持部120、ターゲット131、基板保持部140及びその周辺構造物としての防着板160a、160bb(導体エレメント)を示している場合に、対応する形状データ(SD01,SD02・・)及び位置データ(LC01,LCD02・・)がそれらの形状情報及び配置情報に相当するものとなる。図13は、電磁物性データの概念を示すものであり、各材質の誘電率、導電率、密度、残留磁束密度、保磁力(さらには、最大エネルギー積)、パーミアンス係数及び透磁率等の情報を含む。
【0037】
また、膜厚予測解析ソフト55aは以下のプログラムモジュールを含む。
・磁界分布計算モジュール55b:上記の磁界分布計算用データに基づいてターゲット131の主表面上の各位置の磁界強度(及び向き)を演算する磁界強度演算部として機能する。RAM52内の磁界分布演算メモリ52aはその実行エリアである。
・電界分布計算モジュール55c:上記の電界分布計算用データと、電源130によるプラズマ発生用の高電圧の印加電圧値とに基づいてターゲット131の主表面上の各位置の電界強度を演算する電界強度演算部として機能する。RAM52内の電界分布演算メモリ52bはその実行エリアである。
・エロージョン演算モジュール55d:ターゲット131の主表面の各位置について、演算された磁界強度に基づきターゲット材料のエロージョン量基本値を算出し(エロージョン量基本値算出部)、ターゲットの主表面の各位置について、演算された電界強度に基づいてエロージョン量に対する電界補正項を算出し(電界補正項演算部)、各位置のエロージョン量基本値を電界補正項で補正することにより、ターゲットの主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算する。また、本実施形態では、ターゲット131の主表面の各位置について、演算された磁界強度及び電界強度に基づいて、プラズマに含まれる電子のサイクロトロン運動のドリフト速度がエロージョン量に及ぼす影響を示すドリフト補正項を演算する(ドリフト補正項演算部)。そして、上記のエロージョン量基本値を電界補正項及びドリフト補正項により補正することにより、ターゲットの主表面の各位置のエロージョン量予測値が演算される。RAM52内のエロージョン演算メモリ52cはその実行エリアである。
・膜厚演算モジュール55e:上記エロージョン量予測値に基づいて基板上に成膜される薄膜の膜厚予測値を演算する、膜厚予測値演算部として機能する。RAM52内の 膜厚分布演算メモリ52dはその実行エリアである。
【0038】
また、ハードディスクドライブ(HDD)55には、上記の磁界分布計算結果を記憶する磁界分布計算結果記憶部55i、電界分布計算結果を記憶する電界分布計算結果記憶部55j、エロージョン演算モジュール55dによるエロージョン量予測値の演算結果をデータ読み出し可能に記憶するエロージョン解析結果記憶部55kが形成されている。図14は磁界分布計算結果記憶部55iのデータ記憶構造の概念を示すものであり、ターゲット131の主表面上の位置座標値(極座標:半径方向座標ri(=1、2、3・・・)、周方向座標θj(=1、2、3・・・))に、磁界強度(Bij)及び磁界方向(ベクトル)の成分(三次元直角座標値(xi、yi、zi))を互いに対応付けて記憶している。図15は電界分布計算結果記憶部55jのデータ記憶構造の概念を示すものであり、ターゲット131の主表面上の位置座標値(極座標:半径方向座標ri(=1、2、3・・・)、周方向座標θj(=1、2、3・・・))に、電界強度(Eij)及び磁界方向(ベクトル)の成分(三次元直角座標値(x、y、z))を互いに対応付けて記憶している。また、平行電界位置補正データ55hも格納されているが、詳細については後述する。
【0039】
以下、シミュレーション装置500の動作について、フローチャートを用いて説明する。
図17は磁界分布計算モジュール55bの処理の流れを示すものである。S101では、エレメントデータ55g内にて永久磁石112のエレメントを検索する。S102では、検索された永久磁石エレメントの形状データ及び位置データを読み込む。S103では検索された永久磁石エレメントの残留磁束密度、保磁力及びパーミアンス係数から動作点を算出する。次に、S104ではエレメントデータ55g内にて磁気回路エレメント(ここでは、図1のバックヨーク113)を検索し、S105でその透磁率及び形状データから磁路及び磁路内の磁束を特定する。そして、S106では、以上の結果を用いて周知の手法により各永久磁石112の第一端面(磁極面)位置での磁束密度を計算し、有限要素法によりターゲット131の主表面側空間の磁界分布を計算する。S107では、その計算結果を用いてターゲット主表面上の各点の磁界強度及び方向を算出し、磁界分布計算結果記憶部55iに記憶する。
【0040】
図18は、電界分布計算モジュール55cの処理の流れを示すものである。S201では、エレメントデータ55g内にて電極として機能する部分のエレメント(以下、電極エレメントという)を検索する。電極エレメントは、例えばターゲット131、ターゲット保持部120、基板保持部140及び防着板160a、160bなどである。S202では、検索された電極エレメントの形状データ及び位置データを読み込む。S203では読み込んだ電極エレメントの形状デー及び位置データを用いて電極面形状データ(プラズマ発生空間と接する表面形状を示す3次元データ)を作成するとともに、印加電圧の値を入力する。そして、これらの結果を用いて、S204では有限要素法によりターゲット131の主表面側空間の電界分布を計算する。S205では、その計算結果を用いてターゲット主表面上の各点の電界強度及び方向を算出し、電界分布計算結果記憶部55jに記憶する。
【0041】
図19は、エロージョン予測演算モジュール55dの処理内容を示すフローチャートである。まず、S301では、最大エロージョン量基本値CEmaxを演算する。CEmaxは次式にて表されるパラメータである。
CEmax≡(BP・E0.5)max ・・・・(6)
BP =|B|・(x+y)/(x+y+z) ・・・・(7)
(x、y、z)は磁界Bの方向単位ベクトルの成分
ここで、平行磁界BPの強度を求めるための(7)式においては、ターゲット131の主表面内に直交する形でx軸とy軸を設定しており、(x+y)/(x+y+z)は主表面法線方向にz軸を設定した時の、磁界の方向単位ベクトルの主表面への正射影長さを与えるものである。
【0042】
アルゴン原子のイオン化確率を支配する電子運動の速度は、磁界の影響については(2)式が基礎式となり、サイクロトロン旋回運動の角速度ωeが平行磁界強度BPに比例する内容となる。一方、電界の影響については(1)式が基礎式であり、ターゲット131と基板132間の電圧印加に由来した電界により電子が加速されて生ずるドリフト速度vdは、電界の平方根に比例する内容となる。よって、CE≡BP・E0.5は、磁界及び電界の双方の寄与を考慮した場合の、アルゴン原子に対する電子411の衝突速度を反映したパラメータであり、S301は、ターゲット131の主表面上の各位置についてCE≡BP・E0.5を算出し、その最大値を求める処理となっている。
【0043】
続いて、ターゲット主表面上の解析点座標を平面極座標により(r,θj)(i=1,2,3・・・、j=1,2,3・・・)と定義するとともに、S302では半径方向の座標変数riの引数iを初期化し、S303では周方向の座標変数θjの引数jを初期化する。S304では、すでに演算され記憶されている平行磁界BP(r,θj )の値を読み出し、S305では電界強度E(ri,θj ) を読み出す。磁界Bについてはターゲット131の主表面と平行な磁界成分BPがエロージョン量に寄与するために、ベクトル量としての取り扱いが必要であるが、電子の衝突の方向はアルゴン原子のイオン化確率に影響を及ぼさないので、電界Eについてはスカラー量である強度|E|のみを考慮すればよい(以下の説明にて、電界のベクトル量としての取り扱いが特に必要とならない限り、電界強度について単に「E」と記載する。
【0044】
続いて、S306では、CEを、
CE(r,θj ) =BP(r,θj ) ・E(r,θj0.5 ・・・・(8)
として算出する。BP(r,θj )は位置(r,θj)における平行磁界の強度そのものであるが、電子速度への磁界による寄与は前述の通りサイクロトロン旋回運動の角速度ωdであり(2)式で示す如く平行磁界BPに単純に比例する。そして、電子速度にアルゴン原子のイオン化確率が比例すると考えれば、アルゴンイオンの位置(r,θj)における局所的な存在密度も電子速度に比例し、結果的にターゲット131の位置(r,θj)におけるエロージョン量は電子速度に比例したものとして演算できる。よって、エロージョン量への磁界による寄与は平行磁界の強度に単純比例すると考えてよく、また、各位置のエロージョン量を規格化して考えればその比例定数は1となる。よって、BP(r,θj )は位置(r,θj)におけるエロージョン量基本値となる。
【0045】
また、電子に対する電界中での加速を考慮したエロージョン量への寄与は、(1)式で示す如くE(r,θj0.5に比例する。よって、(8)式が示すCE(r,θj )は、エロージョン量基本値BP(r,θj )にE(r,θj0.5を電界補正項として乗じた補正済エロージョン量基本値としての意味を持つ。
【0046】
ここで、電子衝突によりアルゴン原子から外殻電子を1個はじき出して1価のアルゴンイオンとするには、そのはじき出しの臨界エネルギー(第一イオン化エネルギー)を超えた衝突運動エネルギーが必要である。本実施形態では、すでに算出しているCEmax≡(BP・E0.5)maxを基準として、これに予め定められた値の係数α(ただし、0<α<1)を乗じた値α・CEmaxを閾値として定める。そして、図19のS307において、算出された補正済エロージョン量基本値CEを閾値α・CEmaxと比較する。補正済エロージョン量基本値CEが閾値を超えている場合はS308に進み、算出されている補正済エロージョン量基本値CE(r,θj )の値をエロージョン解析結果記憶部55kに記憶する。
【0047】
そして、S310では、補正済エロージョン量基本値CEに対し、さらにドリフト補正を行なう。図9及び図10を用いて説明したごとく、ドリフト速度vdが大きいとターゲット131のエロージョン量は小さくなり、ドリフト速度vdが小さいとターゲット131のエロージョン量は大きくなる。よって、ドリフト補正項は、ドリフト速度vdに反比例する項として前述の式(5)’からBP/Eとして設定され、補正済エロージョン量基本値CE(r,θj )の値にさらに該ドリフト補正項BP/Eを乗じることにより、位置(r,θj )における最終的なエロージョン量CE’が演算される。すなわち、S310では、B(r,θ)及びE(r,θ)を再度読み出し、エロージョン量をCE’=CE・BP/Eとして演算する。
【0048】
一方、S307にて補正済エロージョン量基本値CEが閾値未満の時は、第一イオン化エネルギーを超える電子衝突の運動エネルギーが確保できず、該位置でのエロージョンは生じないとみなし、S309に進んで補正済エロージョン量基本値CEの値をゼロに置き換えてエロージョン解析結果記憶部55kに記憶する。また、S310のドリフト補正はこの流れではスキップされる。
【0049】
続いて、半径方向座標riを固定したまま、周方向の次の位置のエロージョン量演算を行なうために、S311において周方向座標値θjの引数jをインクリメントする。jが最大値mを超えていなければS304に戻り、以下S312に至る処理を繰り返す。そして、S312においてjがmを超えていれば、周方向の各位置についてのエロージョン量演算の処理ループを脱し、S313に進む。S313では、CE(r,θj )の周方向総和(すなわち、半径方向位置riおける周方向のエロージョン量の線積分値に相当する)であるSPCE(r)を演算し、エロージョン解析結果記憶部55kに記憶する。これは、図1においてターゲット131が軸111の周りに回転しながらスパッタリングされる結果、エロージョン量がターゲット周方向に平均化される事情を反映したものである。これにより、エロージョン量を示すパラメータは半径方向座標riのみの関数値SPCE(r)に変換される。
【0050】
続いて、S314では、特許文献2と同様の技術思想に基づき、ターゲット131の主表面上の各位置の水平電界強度EPによりSPCE(r)の座標値riが補正される。すなわち、上記算出されたSPCE(r)の値が、水平電界強度EPの強度別に定められた座標補正量Δr(EP)により補正されてSPCE(r+Δr(EP))とされ、 エロージョン解析結果記憶部55kにて該値にて置き換えられる。水平電界強度EPの値と座標補正量Δr(EP)との関係は事前に実験的に定められ、図16に示す如く、平行電界位置補正データ55h
として図1のHDD55に記憶されている。
【0051】
図19に戻り、以上で周方向のエロージョン量演算がすべて終了すれば、半径方向座標riの引数iをインクリメントする。そして、S316でiが最大値nを超えていなければS303に戻り、周方向座標θjの引数jを初期化して以下S304からS315に至る処理を繰り返す。そして、全ての半径方向座標riについてエロージョン量演算が終了し、S316でiが最大値nを超えていれば処理を終了する。
【0052】
続いて、上記演算されたエロージョン量に基づいて、基板132に対して成膜される薄膜の膜厚を演算する処理となる。特許文献2には、基板132に堆積する薄膜の膜厚を、周知のコサイン則を用いて演算する方法が開示されている。具体的には、演算されたターゲット131の半径方向位置別のエロージョン量SPCEをコサイン則に適用して、薄膜の膜厚を演算する。ターゲット131の蒸発分布に応じたコサイン側による膜厚値tは、蒸発分布のモデル種別により異なる数式にて表されるが、それらは特許文献2において数1~数5として詳述されているので、詳細な説明は略する。特許文献1においていずれのモデルを用いるかは、ターゲット131の蒸発分布モデルにしたがって最適なモデル(式)を個別に決定するようにしていたが、本実施形態では、本発明者が見出した図20に示す包括的な膜厚分布関数f(h0,l)のnの値を適宜選択することで、特許文献1に開示されたいずれかのモデルに対応する式と等価なものとなる。nがいずれのモデルに対応するかについても、図20に合わせて開示している。h0は、ターゲット131と基板132との間の距離、即ち、蒸発源直上から基板132までの高さを示している。lは、ターゲット131のスパッタされた位置(蒸発源)から基板132に付着する位置までの水平方向の距離を示している。膜厚分布関数f(h0,l)は、蒸発源の直上位置を基準点とする規格化された関数である。
【0053】
図21は、膜厚分布演算モジュール55eの処理の流れを示すものである。S401では、膜厚分布関数f(h0,l)の図20に示すn値を選択する。S402ではnに対応する規格化されたf(h0,l)のプロファイルデータを読み込む。S403では、SPCEの変数である半径方向座標riの引数iを初期化し、S404ですでに演算済みのSPCE(r)の値を読みこむ。S405では、半径位置riへのエロージョン量分配関数g(ri)を、SPCE(ri)に規格化された膜厚分布関数f(h0,l)(ただし、基準点を半径方向位置riに変換)を乗じることにより、
g(ri)=SPCE(ri)・f(h0-ri)
として演算し記憶する。これを、全ての半径方向位置のエロージョン量SPCEについて繰りかえす(S406、S407→S404の流れ)。そして、S408では、全てのiについて演算されたg(ri)を重ね合わせ、基板上での最終的な膜厚分布関数fT(r)を決定する。S409では、fT(r)を基板半径の全域にわたって積分し、予測堆積速度VFを演算する。また、S410では、全堆積速度VFを基板面積SSで除し、予測成膜レートλを
λ=VF/SS
として算出する。
【0054】
図22は、シリコン基板とNiターゲットを用いた場合の本実施形態の手法に基づき予測された成膜レート(縦軸)と実測された成膜レート(横軸)の関係をプロットしたグラフである。また、図23は、同じく成膜された薄膜の面内均一性の予測値(縦軸)と実測値(横軸)の関係をプロットしたグラフである。いずれも、予測値と実測値とが良好な相関を有していることがわかる。すなわち、演算された電界強度に基づいてエロージョン量に対する電界補正項を算出し、各位置のエロージョン量基本値を電界補正項で補正することにより、ターゲットの主表面の各位置のエロージョン量予測値として演算することで、電界強度のエロージョン量に及ぼす影響を予測値に対しより高精度に反映できていることがわかる。
【符号の説明】
【0055】
100 マグネトロンスパッタ装置
110 磁界発生部
111 軸
112a、112b、112c、112d 永久磁石
120 ターゲット保持部
130 電源
131 ターゲット
132 基板
140 基板保持部
150 チャンバ
160a、160b 防着板
180 不活性ガス注入器
190 真空装置
500 マグネトロンスパッタ装置の作動シミュレーション装置
図1
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