(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-17
(45)【発行日】2023-04-25
(54)【発明の名称】電極、溶融塩電解装置、溶融塩電解方法及び、金属の製造方法
(51)【国際特許分類】
C25C 7/02 20060101AFI20230418BHJP
C25C 7/00 20060101ALI20230418BHJP
C22B 26/22 20060101ALN20230418BHJP
【FI】
C25C7/02 308Z
C25C7/00 302B
C22B26/22
(21)【出願番号】P 2019140339
(22)【出願日】2019-07-30
【審査請求日】2022-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小林 純也
(72)【発明者】
【氏名】林 辰美
(72)【発明者】
【氏名】秋元 文二
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-043187(JP,A)
【文献】特開2019-116671(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104204306(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 26/22
C25C 7/00,7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融塩の電気分解を行う溶融塩電解装置であって、
内部を溶融塩浴とする電解槽を備えるとともに、溶融塩電解装置の内部で溶融塩浴に浸漬させて配置される浸漬端部を有する電極
を少なくとも一個備え、
前記電極が、前記溶融塩電解装置の外部のガス供給源側に接続されるガス供給口及び、前記浸漬端部側に位置するガス排出口を含むガス供給通路を有し
、前記ガス供給通路が、当該電極の内部に延びて前記浸漬端部に開口する浸漬側開口を有する少なくとも一個の孔部を含んで構成されて
おり、
少なくとも一対の陽極及び陰極、並びに、前記陽極と陰極との間に配置された複極を備え、
前記陽極及び陰極のうちの陽極だけが前記電極であり、
前記陽極としての前記電極の前記浸漬端部が、前記溶融塩浴の深さ方向で、前記複極の、前記電解槽の底面側の端部よりも浴面側に位置する溶融塩電解装置。
【請求項2】
当該電極が、前記溶融塩浴の深さ方向に延びる複数本の棒状電極部材を含むとともに、それらの棒状電極部材を前記溶融塩電解装置の幅方向に隣り合わせに並べて配置されてなり、
複数本の前記棒状電極部材のそれぞれが、少なくとも一個の前記孔部を含む請求項1に記載の
溶融塩電解装置。
【請求項3】
前記孔部が、前記溶融塩電解装置の外部に露出して配置される当該電極の露出端部に開口する露出側開口を有する請求項1又は2に記載の
溶融塩電解装置。
【請求項4】
前記孔部が、当該電極の内部で前記露出端部と前記浸漬端部との間を直線状に延びる形状を有する請求項3に記載の
溶融塩電解装置。
【請求項5】
前記ガス供給通路が、前記浸漬端部に取り付けられて前記孔部に該浸漬端部で連通する管状の通路延長部材をさらに含む請求項1~4のいずれか一項に記載の
溶融塩電解装置。
【請求項6】
前記通路延長部材により、前記ガス供給通路が、前記溶融塩浴の深さ方向で前記複極の前記端部よりも深い位置まで延長されてなる請求項
5に記載の溶融塩電解装置。
【請求項7】
請求項
1~
6のいずれか一項に記載の溶融塩電解装置を用いて、溶融塩の電気分解を行う溶融塩電解方法であって、
前記電極の前記ガス供給通路から溶融塩電解装置の内部にガスを供給する工程を含む溶融塩電解方法。
【請求項8】
請求項
1~
6のいずれか一項に記載の溶融塩電解装置を用いた溶融塩の電気分解により、金属を製造する、金属の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、溶融塩電解装置に設けられる電極、並びに、溶融塩電解装置、溶融塩電解方法及び、金属の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
たとえば、クロール法による金属チタンの製造に際し、副次的に生成される塩化マグネシウムは、溶融塩電解装置を用いて電気分解により金属マグネシウムと塩素ガスとに分解されることがある。この場合、金属マグネシウム及び塩素ガスはそれぞれ、四塩化チタンの還元およびチタン鉱石の塩化反応に用いられて再利用される。
【0003】
この種の電気分解では一般に、たとえば、溶融塩電解装置の隔壁によって回収室と電解室とに区画された電解槽の内部で、塩化マグネシウム等の金属塩化物を含有する溶融塩を貯留させて溶融塩浴とする。この溶融塩浴では、電解槽の内部の溶融塩が回収室から電解室へ流れて、ここで電極への通電に基いて、金属塩化物が金属マグネシウム等の溶融金属と塩素等のガスとに分解される。電解室で発生したガスは、溶融塩浴を循環させる浴流れをもたらし、これにより電解室で生成した溶融金属は回収室へ送られる。回収室で溶融金属は、溶融塩との密度差によって溶融塩浴の浴面上に浮上した後に回収される。また、ガスは、溶融塩電解装置に設けられたガス排出通路を経て外部に排出される。
【0004】
なお、溶融塩電解に関連する技術には、特許文献1に記載されたもの等がある。特許文献1では、「チタンの酸化物あるいは塩化物を還元するために用いるカルシウムを含む塩化カルシウムを抜き出す電解槽であって、とりわけ溶融塩電解により効率よく塩化カルシウムを回収すること」を目的とし、「溶融塩浴が保持された容器を備え、該浴中に陽極および陰極が浸漬配置され、該陰極が中空であることを特徴とする溶融塩電解槽」が提案されている。これによれば、「カルシウムあるいはカルシウムを一部溶解した塩化カルシウムを効率よく回収し、外部に抜き出すことができる」とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上述したような溶融塩の電気分解では、電極への通電量が低下した際に、電極の近傍で、特に電極間で固化した溶融金属の凝集が生じることがあり、これが電極間を導通して短絡を招くという問題がある。また、通電量の低下により、前記短絡は生じなくとも電気分解でのガスの発生量が少なくなって浴流れが悪化し、それに起因して、溶融金属の製造歩留まりの低下、電流効率の低下も懸念される。
【0007】
特許文献1には「陰極が中空である」ものが記載されているが、これは、「上開きに配置されたフィン部材17に沿って陰極12の表面に形成させた貫通孔18」等を通じて「塩化カルシウムを効率よく抜き出す」ためのものであり(
図1参照)、上述したような通電量が低下した際に生じる問題に対処することはできない。また特許文献1では、上記の短絡や浴流れの悪化の問題について何ら検討されていない。
【0008】
この発明の目的は、溶融金属の凝集による電極間の短絡の発生を抑制するとともに、浴流れを促進させることが可能な電極、ならびに、溶融塩電解装置、溶融塩電解方法及び、金属の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者は鋭意検討の結果、電極の内部で延びるように形成された孔部を含むガス供給通路を介して、電解槽の底面側に位置する電極の浸漬端部側からガスによる気泡を発生させることを案出した。そして、これにより、電極近傍の溶融金属の凝集を有効に取り除くことができるとともに、浴流れを促進できることを見出した。
【0010】
この発明の電極は、溶融塩電解装置の内部で溶融塩浴に浸漬させて配置される浸漬端部を有するものであって、前記溶融塩電解装置の外部のガス供給源側に接続されるガス供給口及び、前記浸漬端部側に位置するガス排出口を含むガス供給通路を有し、前記ガス供給通路が、当該電極の内部に延びて前記浸漬端部に開口する浸漬側開口を有する少なくとも一個の孔部を含んで構成されてなるものである。
【0011】
ここで、当該電極は、前記溶融塩浴の深さ方向に延びる複数本の棒状電極部材を含むとともに、それらの棒状電極部材を前記溶融塩電解装置の幅方向に隣り合わせに並べて配置されてなり、複数本の前記棒状電極部材のそれぞれが、少なくとも一個の前記孔部を含むことが好ましい。
【0012】
前記孔部は、前記溶融塩電解装置の外部に露出して配置される当該電極の露出端部に開口する露出側開口を有することが好ましい。
この場合、前記孔部は、当該電極の内部で前記露出端部と前記浸漬端部との間を直線状に延びる形状を有することが好ましい。
【0013】
上記の電極では、前記ガス供給通路が、前記浸漬端部に取り付けられて前記孔部に該浸漬端部で連通する管状の通路延長部材をさらに含むものとすることができる。
【0014】
この発明の溶融塩電解装置は、溶融塩の電気分解を行うものであって、内部を溶融塩浴とする電解槽を備えるとともに、上述したいずれかの電極を少なくとも一個備えるものである。
【0015】
上記の溶融塩電解装置が、少なくとも一対の陽極及び陰極を備えるときは、前記陽極及び陰極のうちの陽極だけが前記電極であることが好適である。
【0016】
上記の溶融塩電解装置は、前記陽極と陰極との間に配置された複極をさらに備えるものとすることができる。この場合、前記陽極としての前記電極の前記浸漬端部は、前記溶融塩浴の深さ方向で、前記複極の、前記電解槽の底面側の端部よりも浴面側に位置することが好ましい。
【0017】
この場合においては、前記電極の前記ガス供給通路が、前記浸漬端部に取り付けられて前記孔部に該浸漬端部で連通する管状の通路延長部材をさらに含み、前記通路延長部材により、前記ガス供給通路が、前記溶融塩浴の深さ方向で前記複極の前記端部よりも深い位置まで延長されてなることが好ましい。
【0018】
この発明の溶融塩電解方法は、上記のいずれかの溶融塩電解装置を用いて、溶融塩の電気分解を行う溶融塩電解方法であって、前記電極の前記ガス供給通路から溶融塩電解装置の内部にガスを供給する工程を含むものである。
【0019】
この発明の金属の製造方法は、上記のいずれかの溶融塩電解装置を用いた溶融塩の電気分解により、金属を製造するというものである。
【発明の効果】
【0020】
この発明によれば、溶融金属の凝集による電極間の短絡の発生を抑制することができるとともに、浴流れを促進させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】この発明の一の実施形態の電極を設けた溶融塩電解装置の一例を示す縦断面図である。
【
図3】他の実施形態の電極を示す、
図2と同様の断面図である。
【
図4】
図4(a)及び(b)はそれぞれ、ガス供給通路を構成する通路延長部材の他の例を示す縦断面図である。
【
図5】さらに他の実施形態の電極を設けた溶融塩電解装置を示す縦断面図である。
【
図6】さらに他の実施形態の電極を示す、
図2と同様の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に図面を参照しながら、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1に縦断面図で例示する溶融塩電解装置1は、たとえばAl
2O
3等を含む耐火煉瓦その他の適切な材料からなる容器状の電解槽2と、陽極3a及び陰極3bを含む電極3とを備える。なお、溶融塩電解装置1はさらに、電解槽2の上方側の開口部を覆蓋する蓋部材4、ならびに、図示しないが、電解槽2の内部の回収室2b等に配置されて溶融塩浴の温度調整を行う熱交換器としての温度調整管等を備えることがある。
【0023】
ここで、この溶融塩電解装置1は、電解槽2の内部に、
図1に示すところでは実質的に深さ方向(
図1の上下方向)に沿って配置された隔壁5をさらに備えるものである。隔壁5により、電解槽2の内部は、
図1の右側に位置して電極3が配置された電解室2aと、左側に位置し、電解室2aでの電気分解により得られた溶融金属が流れ込んで該溶融金属が溶融塩との密度差により上方側に溜まる回収室2bとに区画される。この隔壁5は、電解槽2の上方側の蓋部材4に近接させて配置されている。これにより、電解槽2の下方側の底面との間に、回収室2bから電解室2aへの溶融塩の移動を可能にする溶融塩循環路5aが形成されている。また、隔壁5内に設けた溶融金属流路5bにより、電解室2aから回収室2bへの溶融金属の流入が可能になる。
【0024】
またここで、電解室2aに配置された電極3は、少なくとも、電源に接続された陽極3a及び陰極3bを有する。これらの陽極3a及び陰極3bでは、たとえばMgCl2→Mg+Cl2等といった所定の反応に基いて、陽極3aの表面で酸化反応により塩素等のガスが生じるとともに、陰極3bの表面で還元反応により金属マグネシウム等の溶融金属が生成される。
【0025】
電極3は、少なくとも陽極3a及び陰極3bを有するものであれば、溶融塩中の金属塩化物の電気分解を行うことができる。一方、電極3は、電気分解の電流効率向上等の観点より、
図2から解かるように、陽極3aと陰極3bとの間に、陽極3a及び陰極3b間への電圧の印加によって分極する一枚以上の複極3cをさらに有することが好ましい。この例では、複極3cは二枚としている。但し、このような複極3cは必ずしも必要ではない。
なお、陽極3aは黒鉛製、陰極3bは黒鉛製又は炭素鋼製、複極3cは黒鉛製とすることがある。
【0026】
溶融塩電解装置1を用いて行うことのできる溶融塩電解では、たとえば塩化マグネシウムの電気分解により、
図1に示すように、溶融金属として金属マグネシウム(Mg)が生成されるとともに、ガスとして塩素(Cl
2)が発生する。なお、溶融塩電解で生成された金属マグネシウムは、金属チタンを製造するクロール法における四塩化チタンの還元に、また塩素ガスは、チタン鉱石の塩化反応にそれぞれ用いることができる。この電気分解の原料とする塩化マグネシウムとしては、クロール法で副次的に生成されるものを使用可能である。
【0027】
この溶融塩電解を詳説すると、溶融塩浴の対流により、
図1に示すように、溶融塩が、回収室2bから電解槽2の底面側の溶融塩循環路5aを経て電解室2aに流動する。電解室2aでは、溶融塩中の塩化マグネシウムが電気分解されて、電解室2aで金属マグネシウムが生成される。そしてこの金属マグネシウムは、隔壁5の浴面Sb側の溶融金属流路5bを通って回収室2bに流入する。その後、溶融塩に対する比重の小さい金属マグネシウムは、回収室2bの浅い箇所に浮上してそこに溜まる。回収室2bで浮上した金属マグネシウムは、図示しないポンプ等により回収することができる。したがって、これによれば、溶融塩から溶融金属としての金属マグネシウムを製造することができる。
【0028】
なお溶融塩浴には一般に、上記の塩化マグネシウムの他、支持塩を含む。この支持塩は、塩化マグネシウムとともに溶融塩浴を構成し、塩化マグネシウムと混合した際に晶出温度を低下させ、かつ、粘度や電気抵抗率を低下させる電解質である。支持塩は具体的には、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カルシウム(CaCl2)、塩化カリウム(KCl)、フッ化マグネシウム(MgF2)及びフッ化カルシウム(CaF2)からなる群から選択される少なくとも一種とすることができる。
【0029】
上述したような溶融塩電解では、溶融塩電解装置1の使用開始時又は長期間の稼働停止時や、電解槽2の熱バランス維持、生産量の調整、単価の安い夜間電力の有効活用等の目的から、電極3への通電量を低下させることがある。この場合、溶融塩浴の温度低下や浴流れを生じさせる塩素ガス発生量の低下により、電極3の下部等の電極3間で溶融金属が固化して凝集し、これが原因となって短絡するおそれがある。また、通電量の低下は、電解室2aの電極3の近傍で溶融塩浴を滞留させ、溶融金属の生成の歩留まりの低下、電流効率の低下を招く懸念もある。
【0030】
これに対し、この実施形態では、ガス供給通路6を有する陽極3aを用いる。より詳細には、陽極3aは、溶融塩電解装置1の内部で溶融塩浴に浸漬させて配置される浸漬端部7aと、溶融塩電解装置1の蓋部材4よりも外側の外部に露出して配置される露出端部7bとを有するものである。そして、陽極3aには、陽極3aの内部に延びてその浸漬端部7aに開口する浸漬側開口を有する孔部6aが形成されている。ガス供給通路6は、溶融塩電解装置1の外部の図示しないガス供給源側に接続されるガス供給口6cと、浸漬端部7a側に位置するガス排出口6dと、先述した孔部6aを含んで構成される。
図1に示す実施形態においては、前記孔部6aの浸漬側開口とガス排出口6dとが一致している。
【0031】
溶融塩電解装置1の外部から陽極3aのガス供給通路6に、アルゴン又はヘリウム等の不活性ガスその他のガスを供給することにより、当該ガスは、陽極3aの浸漬端部7a側から溶融塩浴に入って、溶融塩浴中に気泡Bgを発生させる。浸漬端部7aは電解槽2の底面側のある程度深い箇所に位置することから、浸漬端部7a側で発生した気泡Bgは浮上しながら、電極3間に生じた溶融金属の凝集に当接して、該凝集を取り除くべく機能する。これにより、短絡の発生を抑制することができる。
【0032】
また、浸漬端部7a側で発生した気泡Bgは、電解室2aで溶融塩浴の流れと実質的に一致する方向である上方側に向けて浮上するので、浴流れを促進させることができる。その結果として、電解室2aの電極3近傍の浴流れの滞留を効果的に防止できて、歩留まりおよび電流効率の向上を図ることができる。
【0033】
なお図示しないが、作業者が溶融塩浴に長尺のガス吹込み用パイプを挿入し、これにより溶融塩浴に気泡を発生させて、電極3間の溶融金属の凝集除去、浴流れの促進を行うことも考えられる。但し、電解室2aは通常、塩素ガスの漏出防止等の観点から蓋部材4で密閉されているので、ガス吹込み用パイプは回収室2b側から、たとえば溶融塩循環路5aを介して電解室2aの下方側まで挿入することが必要になる。したがって、この方法では、ガス吹込み用パイプの挿入配置の作業が容易ではなく、しかも狙い通りの位置に気泡を発生させることが難しい。またこの場合、電解槽2の底面に堆積しているスラッジが、ガス吹込み用パイプの挿入により巻き上げられて、溶融金属に混入するおそれがある。
一方、上述した実施形態では、陽極3a自体に浸漬端部7aに開口する孔部6aを形成し、その孔部6aを含むガス供給通路6を設けるので、電極3間等の所期したとおりの位置に気泡Bgを発生させ易くなるとともに、スラッジの巻上げが生じにくい。また、ガス吹込み用パイプの挿入作業は不要である。
【0034】
陽極3aのガス供給通路6は、溶融金属の凝集除去や浴流れの促進に使用しないときは、そこに供給するガスによりガス供給通路6の内圧を常に若干高くしておくことが好ましい。それにより、ガス供給通路6内への溶融塩の流入及び、ガス供給通路6内の溶融塩の固化による閉塞を抑制することができる。
【0035】
たとえば断面が円形状等のガス供給通路6の径は、たとえば5mm~50mmとすることができる。ガス供給通路6の径を5mm以上とすれば、加工が容易であり、良好な気泡発生により電極間の閉塞が生じにくくなる。ガス供給通路6の径を50mm以下とすることにより、陽極3aの所要の強度を確保しやすくなる。陽極3aは、ガス供給通路6用の穴開け加工性及び電気抵抗の観点から、100mm以上の厚みを有することが好ましい。陽極の厚みの上限側は特に限定されないが、あえて一例を挙げると400mm以下とすることができる。陽極3aの厚みは、たとえば50mm~400mm、好ましくは100mm~400mmとすることができる。陽極3aの幅は適宜決定すればよいが、あえて一例を挙げると1000mm~2500mmの範囲内とすることができる。
【0036】
このような陽極3aを設けた溶融塩電解装置1で実施する溶融塩電解方法では、先に述べた溶融塩電解の間の少なくとも所定の期間に、陽極3aのガス供給通路6を通じて、アルゴンガス又はヘリウムガス等のガスを電解槽2内に供給する工程が含まれる。
ガス供給通路6にガスを供給する工程では、溶融塩浴に気泡Bgを良好に発生させるため、たとえば、ガス供給通路6のガスの供給流量を10L/min~1000L/minとすることができる。一方、溶融塩浴に気泡Bgを少量のみ発生させる又は発生させない期間(待機時)は、たとえば、ガス供給通路6の内圧を少なくとも正圧(例えば0.01MPa以上)とし、またガスの供給流量を0.5L/min~5.0L/minとすることができる。ガス供給通路6内に溶融塩浴が侵入すると通路内で固化し浸漬側開口を閉塞するおそれがあるため、上記待機状態においても少量の気泡Bgを発生させることが好ましい。
【0037】
ところで、陽極3aには、電解槽2内の溶融塩浴に浸漬する部分と、溶融塩浴の浴面Sbよりも上方側に位置する部分とが含まれる。陽極3aの浴面Sb上の部分は蓋部材4を通り、その部分の、溶融塩電解装置1の外部に露出する箇所の先端に、露出端部7bがある。上述したように一端が浸漬端部7aに開口する孔部6aの他端は、陽極3aの、溶融塩電解装置1の外部にある部分、典型的には露出端部7bに開口することが好適である。この場合、孔部6aの他端に、ガス供給通路6へガスを供給するための図示しないバルブ付き等のガス導管を接続することが容易になる。したがって、この例では、孔部6aは、陽極3aの浸漬端部7a及び露出端部7bにそれぞれ、浸漬側開口及び露出側開口を有する。
【0038】
ガス供給通路6を構成する孔部6aの形状は、種々の条件等を考慮して適宜決定することができる。図示の実施形態のように、孔部6aが、陽極3aの内部で露出端部7bと浸漬端部7aとの間を、溶融塩浴の深さ方向とほぼ平行に直線状に延びて貫通する形状を有するものとしたときは、ガス供給源の装置の不具合等によりガス供給通路6でガスの供給ができなくなった際に、溶融塩浴を構成する溶融塩が孔部6aを通って溶融塩電解装置1の外部へ漏出しにくいという利点がある。その他、このような孔部6aは陽極3aの加工により形成することが容易であり、また直線状の孔部6aはガスへの抵抗が少ないという利点もある。あるいは、図示は省略するが、陽極の内部の途中で、屈曲、湾曲及び/又は分岐する孔部とすることも可能である。途中で分岐する孔部の場合、浸漬端部7aに複数箇所で開口させてもよい。
【0039】
陽極3aとともに又は陽極3aに代えて、陰極3b及び/又は複極3cに、この明細書で説明した陽極3aのガス供給通路6と同様のガス供給通路を設けることも可能である。
但し、一般に陽極3aは陰極3bよりも厚みを厚くすることがあるため、孔部6aの形成のための穿孔作業が比較的容易である。このような理由から、陽極3a及び陰極3bのうち、この実施形態のように陽極3aだけにガス供給通路6を設けることが好ましい。溶融塩電解装置1が、陽極と陰極との間に配置された複極3cを備える場合、それらの陽極3a、陰極3b及び複極3cのうち、陽極3aだけにガス供給通路6を設けることが好適である。溶融塩電解装置1の外部に露出していることが多い陽極3aはガスを供給しやすいからである。また陽極3aに設けたガス供給通路6では、そこから外部への溶融塩の漏出が生じにくい。そしてまた、陽極3aにガス供給通路6を設けた場合、仮にガス供給通路6が溶融塩で閉塞したとしても、陽極3aは上方側に引き抜くことが可能であり、交換が容易である。
【0040】
図2に示すように、陽極3aは、迂回電流が生じないように、浸漬端部7aが、溶融塩浴の深さ方向で、複極3cの、電解槽2の底面側の端部8aよりも浴面Sb側に位置するように配置されることがある。
この場合、
図3に示すように、陽極13aの浸漬端部17aに、その浸漬端部17aで孔部16aに連通するように取り付けられた円管等の管状の通路延長部材16bを設けることができる。このことによれば、通路延長部材16bにより、ガス供給通路16を、溶融塩浴の深さ方向で複極3cの端部8aよりも深い位置まで延長させることができて、その深い位置から気泡Bgを発生させることが可能になる。それにより、同図に示すように、気泡Bgが陽極13aと陰極3bの間の広範囲に行き渡り、凝集の除去及び浴流れ促進の効果が高まる。なお、
図3の例では、陽極13a内に設けられた孔部16aの浸漬側開口はガス排出口16dと一致せず、ガス排出口16dは通路延長部材16bの底面BS側の端部に位置する。
【0041】
通路延長部材16bは、たとえばセラミックス製、なかでも、耐食性や絶縁性の観点から好ましくは窒化珪素(Si3N4)製とすることができる。通路延長部材16bは、陽極13aの孔部16a内に浸漬端部17a側から圧入し又はねじ込むこと等により、浸漬端部17aに取り付けることができる。その取付け箇所は必要に応じて、黒鉛セメント等で補強してもよい。
通路延長部材16bによりガス供給通路16を、溶融塩浴の深さ方向で、複極3cの端部8aの位置と、底面BSから浴面Sb側に500mm離れた位置との間の位置まで延長することが好適である。これにより、底面BS付近の堆積物の巻き上げを抑制しつつ、気泡Bgを広範囲に行き渡らせることができる。
【0042】
図3では、単純な円管状の通路延長部材16bとしたが、
図4(a)又は(b)に示すような形状の通路延長部材26b又は36bとすることもできる。
図4(a)の通路延長部材26bは、電解槽2の底面側に位置させる端部の近傍に、先端側に向けて内径が漸増するテーパ状部分を有することを除いて、
図3の通路延長部材16bと同様の形状を有するものである。この通路延長部材26bでは、テーパ状部分によりガスによる気泡Bgが溶融塩浴中に拡散するので、より広い範囲にわたって気泡Bgを送ることができる。
【0043】
図4(b)の通路延長部材36bは、電解槽2の底面側に位置させる端部に、外周側に延びる円環状等のフランジ部分を設けたことを除いて、
図3の通路延長部材16bと同様の形状である。このフランジ部分は、ガスを良好に拡散するべく機能する。フランジ部分の形状は、特に陽極13aの浸漬端部17aの端面の形状とほぼ同じにすることが好適である。例えば、フランジ部分は平面視で矩形の形状としてよい。
【0044】
図5に示すところでは、陽極43aは、横断面が矩形状等の複数本の棒状電極部材49を、溶融塩浴の深さ方向に延びる向きで、陽極43aの幅方向(溶融塩電解装置1の幅方向、
図5の左右方向)に隣り合わせに並べて配置されて構成されている。ここでいう棒状電極部材49の横断面とは、溶融塩浴の深さ方向(浴面Sbに垂直な方向)とほぼ一致する当該棒の長手方向に直交する平面に沿う断面を意味する。なお、複数本の棒状電極部材49どうしは密着させて配置されており、必要に応じて連結されることもある。たとえば、各棒状電極部材49の幅(上記の幅方向に沿う長さ)は、500mm~2000mmとすることができる。各棒状電極部材49の厚み(上記の幅方向及び長手方向のいずれにも直交する方向の長さ)は、たとえば50mm~400mm、好ましくは100mm~400mmとすることができる。
【0045】
このような複数本の棒状電極部材49を含む陽極43aの場合、複数本の棒状電極部材49の全体で少なくとも一個の孔部46aが形成されていればよい。この場合、複数本の棒状電極部材49のそれぞれに少なくとも一個の孔部46aを形成し、各棒状電極部材49が孔部46aを含むものとすることが好ましい。これにより、陽極43aの幅方向及び厚み方向の広い範囲に気泡Bgを発生させることができるので、溶融金属の凝集除去及び浴流れ促進の効果をさらに大きく高めることができる。陽極43aを構成する棒状電極部材49の本数は、図示の四本に限らず、一本~三本又は五本以上とすることもできる。
【0046】
図6に、さらに他の実施形態の陽極53aを含む電極を示す。
図6では、電極は、円柱状の陽極53aと、陽極53aの周囲に陽極53aから間隔をおいて配置された底付き円筒状の陰極53bと、陽極53aと陰極53bとの間に所定の距離で互いに離して配置された底付き円筒状の一個以上の複極53cとを有するものである。陰極53b及び複極53cのそれぞれの底壁の中央には、貫通孔が設けられている。
【0047】
上記の陽極53aには、その横断面(溶融塩浴の深さ方向とほぼ一致する陽極53aの長手方向に直交する平面に沿う断面)のほぼ中央域に長手方向(
図6の上下方向)に沿って延びて貫通する孔部56aが形成されている。また、この陽極53aでは、浸漬端部57aで孔部56aに連通する通路延長部材56bが取り付けられており、通路延長部材56bは、陰極53b及び複極53cの各貫通孔を通って、電解槽の底面側に延びている。そして、それらの孔部56a及び通路延長部材56bにより、溶融塩電解装置の外部から供給されるガスを浸漬端部57a側から放出させるガス供給通路56が構成されている。
【0048】
図6に示す陽極53aでも、ガス供給通路56を用いた溶融塩浴での気泡Bgの発生により、溶融金属の凝集除去及び、浴流れの促進を良好に行うことができる。
なお、先に述べた実施形態のように、通路延長部材56bは省略することも可能であり、また孔部56aの形状は適宜変更することができる。また、複極53cを省略してもよい。
【実施例】
【0049】
次に、この発明を試験的に実施したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、それに限定されることを意図するものではない。
【0050】
(試験例1)
溶融塩電解の操業を一旦停止し、所定のメンテナンスを行った後、操業を再開した。操業再開時に、所定の目標電圧に到達するまでに達した時間を、次に述べる実施例1~3並びに比較例1及び2で比較した。
【0051】
実施例1では、
図1及び
図2に示すような溶融塩電解装置を用いて、操業再開時に陽極のガス供給通路を介してアルゴンガスを溶融塩浴に供給して気泡を発生させた。アルゴンガスの供給の条件は、陽極一個当たり100L/minとした。また、ガス供給通路の寸法は、円形断面でその径をφ20mmとした。陽極の寸法は、厚み200mm、幅1600mmとした。
実施例2では、
図5に示すような溶融塩電解装置を用いたことを除いて、実施例1と同様にした。棒状電極部材は、いずれも厚み200mm、幅400mmの寸法とし、該棒状電極部材4本を隣接させて幅1600mmの陽極を構成した。棒状電極部材それぞれに実施例1と同様の寸法形状の孔部をガス供給通路として設けた。
実施例3では、
図3に示すような円筒状の通路延長部材を用いたことを除いて、実施例1と同様にした。通路延長部材の内径はガス供給通路の内径と同一とした。なお、ガス排出口は底面から浴面側に500mm離れた位置に配置し、かつ、前記ガス排出口は複極の底側端面よりも電解槽の底面側に位置させた。
【0052】
比較例1では、陽極がガス供給通路を有しないことを除いて実施例1と同様の溶融塩電解装置を用いて、アルゴンガスの供給を行わずに操業を再開させた。
比較例2では、陽極がガス供給通路を有しないことを除いて実施例1と同様の溶融塩電解装置で、作業者がガス吹込み用パイプを、回収室から溶融塩循環路を経て電解室まで挿入し、これによりアルゴンガスの供給を行った。ガス吹込み用パイプとしては、内径が20mmのものを1本使用した。アルゴンガスの供給の条件は、実施例1と同様に吹き込み量100L/minとした。
【0053】
なお、いずれの実施例1~3並びに比較例1及び2でも、操業再開時の溶融塩浴の組成はMgCl2:20%、NaCl:50%、CaCl2:30%、平均溶融塩温度は655℃、電流密度は0.65A/cm2とした。
【0054】
通電完了後に目標電圧に到達するまでの時間は、実施例1では0.3時間、実施例2では0時間(直後)、実施例3では0時間(直後)であったのに対し、比較例1では1.5時間、比較例2では1.0時間であった。
実施例1~3では、操業停止により電極間に発生していた金属マグネシウムの固化ないし凝集が、陽極のガス供給通路から供給したアルゴンガスによる気泡で良好に除去された結果として、早期に目標電圧に到達することができたと推測される。一方、比較例1では、アルゴンガスの供給を行わなかったことから、電極間の金属マグネシウムの凝集が電圧の上昇を阻害し、目標電圧の到達に多大な時間を要したと考えられる。比較例2では、ガス吹込み用パイプによるアルゴンガスの供給によっては、金属マグネシウムの凝集が円滑には除去されず、それにより、ある程度の時間がかかったと考えられる。
【0055】
(試験例2)
上記の実施例1~3並びに比較例1及び2の各溶融塩電解装置で、生産量の調整時に電極への通電量を低下させ、この際の電流効率を求めた。
【0056】
実施例1~3並びに比較例2のアルゴンガスの供給の条件は、試験例1と同様とした。電解条件は、通電量低下時の電流密度を0.40A/cm2、生産量調整前および復帰後の電流密度を0.65A/cm2としたことを除いて、試験例1と同様とした。
【0057】
生産量調整前(通電量を低下させる前)において6時間操業し、生産量調整時も6時間操業し、各操業において回収した金属マグネシウム量を使用して電流効率を求めた。電流効率を求める際には、生産量調整前の金属マグネシウム量を基準(質量基準)とし、生産調整時におけるマグネシウム回収量の減少分を、電流効率の低下量として評価した。その結果は以下のとおりである。
実施例1:-9%
実施例2:-8%
実施例3:-8%
比較例1:-10%
比較例2:-10%
【0058】
(考察)
上記の試験例1及び2の結果から、実施例1~3では、陽極に設けたガス供給通路でのアルゴンガスの供給により、浴流れが良好に促進されたことに起因して、操業停止状態からすぐに復帰したと考えられる。また、生産量調整時においても比較的金属マグネシウムの生産量が多かった。
【0059】
これに対し、比較例1では、アルゴンガスを供給しなかったことと、通電量低下による塩素ガスの発生量が減少したことが浴流れに大きく影響し、復帰に長時間を要したと推測される。比較例2では、ガス吹込み用パイプを用いた人手によるアルゴンガスの供給が、浴流れの促進にあまり有効に寄与しなかったことから、復帰にある程度時間を要したと考えられる。また、比較例1~2は前記浴流れの影響を受け、生産量調整時における金属マグネシウムの製造量の減少量が比較的大きかった。
【符号の説明】
【0060】
1 溶融塩電解装置
2 電解槽
2a 電解室
2b 回収室
3 電極
3a、13a、43a、53a 陽極
3b、53b 陰極
3c、53c 複極
4 蓋部材
5 隔壁
6、16、46、56 ガス供給通路
6a、16a、46a、56a 孔部
16b、26b、36b、56b 通路延長部材
6c、16c、46c、56c ガス供給口
6d、16d、46d、56d ガス排出口
7a、17a、47a、57a 浸漬端部
7b、17b、47b、57b 露出端部
8a 複極の端部
49 棒状電極部材
Sb 溶融塩浴の浴面
Bg 気泡
BS 底面