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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-17
(45)【発行日】2023-04-25
(54)【発明の名称】駆動力伝達装置及び車両
(51)【国際特許分類】
   F16H 57/04 20100101AFI20230418BHJP
   B60K 17/348 20060101ALI20230418BHJP
【FI】
F16H57/04 Q
B60K17/348 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019181263
(22)【出願日】2019-10-01
(65)【公開番号】P2021055793
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-06-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大田原 直輝
(72)【発明者】
【氏名】原 利美
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 泰成
(72)【発明者】
【氏名】峯松 睦雄
(72)【発明者】
【氏名】黒部 航
(72)【発明者】
【氏名】丸谷 哲史
(72)【発明者】
【氏名】大川 裕三
(72)【発明者】
【氏名】谷 英樹
【審査官】畔津 圭介
(56)【参考文献】
【文献】実開平6-10655(JP,U)
【文献】特開2019-168076(JP,A)
【文献】特開2017-65389(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 57/04
B60K 17/348
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動源の駆動力を受けて回転するシャフトと、
前記シャフトが挿通される挿通孔が設けられたカバー部材と、
前記挿通孔の内周面と前記シャフトの外周面との間に配置された軸受と、
前記シャフトの外周に配置されたクラッチと、
前記クラッチを収容するクラッチハウジングと、
前記クラッチを押圧する押圧装置と、
前記クラッチハウジングを収容するケース部材と、
前記クラッチハウジングの回転によって掻き上げられた前記ケース部材内の潤滑油を前記軸受に導く導油部材とを備え、
前記導油部材は、前記カバー部材に形成された収容部に収容されており、
前記導油部材の前記シャフト軸方向の移動が前記押圧装置の構成部材によって規制されている、
駆動力伝達装置。
【請求項2】
前記押圧装置は、電磁クラッチ機構と、前記電磁クラッチ機構を作動させる電磁力を発生させる電磁コイルと、前記電磁コイルを支持するヨークと、前記電磁クラッチ機構によって伝達される回転力を前記クラッチを押圧する押圧力に変換するカム機構とを備え、
前記ヨークが前記押圧装置の構成部材として前記導油部材の移動を規制する、
請求項1に記載の駆動力伝達装置。
【請求項3】
前記ヨークは、前記カバー部材との間に前記導油部材を挟むように、前記カバー部材にボルトによって固定されている、
請求項2に記載の駆動力伝達装置。
【請求項4】
前記導油部材は、弾性変形可能な突片部を有し、
前記ヨークは、前記カバー部材に固定された状態で、前記突片部を前記カバー部材側に押し付けて弾性変形させている、
請求項2又は3に記載の駆動力伝達装置。
【請求項5】
前記カバー部材には、前記シャフトの回転軸線に平行な方向に窪んだ複数の嵌合穴が設けられており、
前記導油部材は、前記複数の嵌合穴にそれぞれ嵌合する複数の突起を有している、
請求項1乃至4の何れか一項に記載の駆動力伝達装置。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか一項に記載の駆動力伝達装置を介して駆動源の駆動力が伝達される駆動輪を有する車両であって、
前記シャフトは、車両前後方向に延在して配置されており、
前記導油部材は、前記潤滑油が導入される導入部を有して車両前後方向に延在する第1導油部と、前記軸受側に前記潤滑油を導出する導出部を有して車幅方向に延在する第2導油部とを有し、
前記1導油部は、前記導入部に導入された前記潤滑油が前記第2導油部側に流下するように傾斜している、
車両。
【請求項7】
前記押圧装置の構成部材は、前記第2導油部を前記カバー部材との間に挟んでいる、
請求項6に記載の車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動源の駆動力を伝達する駆動力伝達装置、及びその駆動力伝達装置を備えた車両に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、前輪及び後輪を駆動可能な四輪駆動車には、前輪及び後輪の一方である主駆動輪に駆動力を常時伝達すると共に、車両状態に応じて前輪及び後輪の他方である補助駆動輪にも駆動力を伝達するものがある。このような四輪駆動車は、例えば特許文献1に記載されているように、駆動力を前輪側及び後輪側に配分するトランスファ内にクラッチを備えており、このクラッチを介して補助駆動輪側に駆動力を伝達する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2018-187996号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように構成された四輪駆動車のトランスファ内には、車両前後方向に延在する複数のシャフトが配置されている。これらのシャフトを回転可能に支持する軸受は、トランスファケース内に収容された潤滑油によって潤滑される。軸受は、車両が水平状態である場合には、少なくとも一部が潤滑油に浸かって回転するため、良好な潤滑状態が保たれるが、坂道では軸受の全体が潤滑油の油面よりも上方に位置してしまう場合がある。
【0005】
例えば、車両前後方向におけるシャフトの後端部を支持する軸受は、降坂路で停車すると油切れ状態となり、その後の降坂路の走行時には、軸受が油切れ状態のままシャフトが回転するので、回転抵抗や摩耗が増大してしまうおそれがある。
【0006】
そこで、本発明は、車両が水平方向に対して傾斜した状態で走行する際にも、駆動力を伝達するシャフトを支持する軸受に潤滑油を供給することが可能な駆動力伝達装置、及びその駆動力伝達装置を備えた車両を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の目的を達成するため、車両の駆動源の駆動力を受けて回転するシャフトと、前記シャフトが挿通される挿通孔が設けられたカバー部材と、前記挿通孔の内周面と前記シャフトの外周面との間に配置された軸受と、前記シャフトの外周に配置されたクラッチと、前記クラッチを収容するクラッチハウジングと、前記クラッチを押圧する押圧装置と、前記クラッチハウジングを収容するケース部材と、前記クラッチハウジングの回転によって掻き上げられた前記ケース部材内の潤滑油を前記軸受に導く導油部材とを備え、前記導油部材は、前記カバー部材に形成された収容部に収容されており、前記導油部材の前記シャフト軸方向の移動が前記押圧装置の構成部材によって規制されている、駆動力伝達装置を提供する。
【0008】
また、本発明は、上記の目的を達成するため、上記の駆動力伝達装置を介して駆動源の駆動力が伝達される駆動輪を有する車両であって、前記シャフトは、車両前後方向に延在して配置されており、前記導油部材は、前記潤滑油が導入される導入部を有して車両前後方向に延在する第1導油部と、前記軸受側に前記潤滑油を導出する導出部を有して車幅方向に延在する第2導油部とを有し、前記1導油部は、前記導入部に導入された前記潤滑油が前記第2導油部側に流下するように傾斜している、車両を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、車両が水平方向に対して傾斜した状態で走行する際にも、駆動力を伝達するシャフトを支持する軸受に潤滑油を供給することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施の形態に係る車両の構成例を模式的に示す概略構成図である。
図2】駆動力伝達装置の断面図である。
図3図2の一部を拡大して示す拡大図である。
図4】カバー部材、電磁コイル及びヨーク、軸受、ならびに導油部材を示す分解斜視図である。
図5】(a)~(c)は、導油部材を示す斜視図である。
図6】カバー部材に形成された導油部材の導油部材収容部及びその周辺部を示す構成図である。
図7】(a)は、電磁コイルを保持したヨーク、軸受、及び導油部材がカバー部材に組付けられた状態を軸方向視で示す構成図であり、(b)は、(a)のA-A線断面をトランスファケースの一部と共に示す断面図である。
図8】(a),(b)は、カバー部材の導油部材収容部に導油部材を収容する前後の状態を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[実施の形態]
本発明の実施の形態について、図1乃至図8を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0012】
図1は、本発明の実施の形態に係る車両の構成例を模式的に示す概略構成図である。この車両1は、左右の前輪101,102及び左右の後輪103,104を駆動することが可能な四輪駆動車である。車両1は、駆動源としてエンジン11を備え、エンジン11の出力軸の回転がトランスミッション12で変速されてトランスファ13に出力される。なお、駆動源としては、電動モータを用いてもよく、エンジンと電動モータとを組み合わせた所謂ハイブリッドシステムを駆動源としてもよい。
【0013】
本実施の形態では、後輪103,104にエンジン11の駆動力が常時伝達され、前輪101,102には車両状態に応じてエンジン11の駆動力が伝達される。すなわち、本実施の形態では、後輪103,104が主駆動輪であり、前輪101,102が補助駆動輪である。前輪101,102には、例えば加速時あるいは後輪103,104にスリップが発生した際に駆動力が伝達される。
【0014】
車両1は、前輪側のプロペラシャフト14及びディファレンシャル装置15を備えている。前輪側のプロペラシャフト14は、トランスファ13から前輪側に出力された駆動力をディファレンシャル装置15に伝達する。ディファレンシャル装置15は、プロペラシャフト14から入力された駆動力を左右のドライブシャフト151,152を介して左右の前輪101,102に配分する。
【0015】
また、車両1は、後輪側のプロペラシャフト16及びディファレンシャル装置17を備えている。後輪側のプロペラシャフト16は、トランスファ13から後輪側に出力された駆動力をディファレンシャル装置17に伝達する。ディファレンシャル装置17は、プロペラシャフト16から入力された駆動力を左右のドライブシャフト161,162を介して左右の後輪103,104に配分する。
【0016】
トランスファ13は、エンジン11の駆動力を受けて回転するシャフト2と、シャフト2が挿通される挿通孔30が設けられたカバー部材3と、シャフト2の外周に配置されたクラッチ4と、クラッチ4を収容するクラッチハウジング5と、クラッチ4を押圧する押圧装置6と、クラッチハウジング5を収容するケース部材としてのトランスファケース7とを備えている。トランスファケース7は、車両後方側に向かって開口しており、その開口部がカバー部材3によって閉塞されている。
【0017】
シャフト2は、車両前後方向に延在して配置され、車両前方側の端部がトランスミッション12の出力軸121に連結され、車両後方側の端部が後輪側のプロペラシャフト16に連結されている。これにより、後輪103,104にエンジン11の駆動力が常時伝達される。
【0018】
また、トランスファ13は、前輪側のプロペラシャフト14に連結された前輪側出力軸131と、前輪側出力軸131と一体に回転するスプロケット132と、クラッチハウジング5及びスプロケット132に掛け回されたチェーン133とを備えている。シャフト2からクラッチ4を介してクラッチハウジング5に伝達された駆動力は、チェーン133を介してスプロケット132から前輪側出力軸131を経て前輪側のプロペラシャフト14に伝達される。これにより、前輪101,102にエンジン11の駆動力がクラッチ4を介して断続可能に伝達される。なお、クラッチハウジング5と前輪側出力軸131とをギヤの噛み合いによって連結してもよい。
【0019】
シャフト2、カバー部材3、クラッチ4、クラッチハウジング5、押圧装置6、及びトランスファケース7は、後述する軸受及び導油部材と共に本発明に係る駆動力伝達装置10を構成する。以下、この駆動力伝達装置10について詳細に説明する。
【0020】
図2は、駆動力伝達装置10の断面図である。図3は、図2の一部を拡大して示す拡大図である。図2では、駆動力伝達装置10をシャフト2の回転軸線Oに沿った鉛直方向断面で示しており、図面下側が鉛直方向の下方にあたる。また、図2では、図面左側が車両前後方向の前方にあたり、図面右側が車両前後方向の後方にあたる。なお、以下の説明において、「前方」とは車両前後方向の前方を意味し、「後方」とは車両前後方向の後方を意味する。
【0021】
シャフト2は、トランスファケース7から突出した前方側の端部に、トランスミッション12の出力軸121が嵌合する嵌合孔21が設けられている。また、カバー部材3の挿通孔30に挿通されたシャフト2の後方側の端部には、後輪側のプロペラシャフト16を連結するための図略の連結部材が嵌合するスプライン嵌合部22、及びこの連結部材を固定する図略のナットが螺合する雄ねじ部23が設けられている。カバー部材3は、複数のボルト301によってトランスファケース7に固定されており、図2では、このうち一つのボルト301を図示している。
【0022】
カバー部材3の挿通孔30の内周面30aとシャフト2の外周面2aとの間には、カバー部材3に対してシャフト2を回転可能に支持する軸受8が配置されている。本実施の形態では、軸受8が転がり軸受であり、より具体的には内輪81と外輪82との間の軸受空間80に複数の転動体としての玉83が配置された玉軸受である。なお、転動体としては、玉83に限らず、例えば円筒ころや円錐ころを用いてもよい。軸受8は、クラッチ4、クラッチハウジング5、及び押圧装置6よりも後方に配置されている。
【0023】
クラッチ4は、シャフト2に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能に係合した複数のインナクラッチプレート41と、クラッチハウジング5に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能に係合した複数のアウタクラッチプレート42とを有し、インナクラッチプレート41とアウタクラッチプレート42とが交互に配置された多板クラッチである。シャフト2の外周面には、インナクラッチプレート41が係合する複数のスプライン突起20が形成されている。
【0024】
クラッチハウジング5は、有底円筒状の第1ハウジング部材51と、第1ハウジング部材51の後方側の端部に固定された第2ハウジング部材52とを有している。第1ハウジング部材51は、例えばアルミニウム合金等の非磁性金属からなり、第2ハウジング部材52は例えば鉄等の磁性金属からなる。第2ハウジング部材52には、後述する電磁コイル62を収容する環状の凹部520が後方に開口して形成されている。
【0025】
第1ハウジング部材51は、クラッチ4を収容する円筒部511と、円筒部511の前方側の端部に設けられた円環状の底部512と、底部512の内径側の端部から前方に向かって延在して設けられたスプロケット部513とを一体に有している。円筒部511の内周面には、アウタクラッチプレート42が係合する複数のスプライン突起50が形成されている。スプロケット部513の外周には、チェーン133(図1参照)が掛け回される。なお、図2では、チェーン133の図示を省略している。
【0026】
第1ハウジング部材51のクラッチハウジング5の底部512及び第2ハウジング部材52とシャフト2との間には、一対のラジアル軸受501,502及びシール部材503,504が配置されている。ラジアル軸受501,502は、シャフト2に対してクラッチハウジング5を回転可能に支持している。シール部材503,504は、クラッチハウジング5内に封入されたクラッチオイルの漏出を防止している。
【0027】
クラッチ4は、押圧装置6からの押圧力を受けて複数のインナクラッチプレート41と複数のアウタクラッチプレート42とが摩擦接触することにより、シャフト2とクラッチハウジング5との間で駆動力を伝達する。押圧装置6は、クラッチ4を第1ハウジング部材51の底部512に向かって軸方向に押圧する。
【0028】
押圧装置6は、電磁クラッチ機構61と、電磁クラッチ機構61を作動させる電磁力を発生させる環状の電磁コイル62と、電磁コイル62を支持するヨーク63と、電磁クラッチ機構61によって伝達される回転力をクラッチ4を押圧する押圧力に変換するカム機構64とを備えている。電磁コイル62には、制御装置18(図1参照)から励磁電流が供給される。制御装置18は、例えば車速や舵角、前輪101,102及び後輪103,104の回転速度、ならびにアクセル開度等の車両状態に基づいて、励磁電流の大きさをPWM制御により調節する。
【0029】
電磁クラッチ機構61は、クラッチハウジング5のスプライン突起50に係合する複数のアウタクラッチプレート611と、複数のアウタクラッチプレート611と交互に配置された複数のインナクラッチプレート612と、電磁コイル62の電磁力によって複数のアウタクラッチプレート611及び複数のインナクラッチプレート612を第2ハウジング部材52に向かって押し付けるアーマチャ613とを有している。アウタクラッチプレート611及びインナクラッチプレート612は、鉄等の磁性金属からなり、径方向の中央部には磁束の短絡を防ぐ複数の円弧状のスリットが設けられている。
【0030】
カム機構64は、インナクラッチプレート612が係合する複数のスプライン突起640が外周面に形成されたパイロットカム部材641と、パイロットカム部材641よりもクラッチ4側に配置されたメインカム部材642と、パイロットカム部材641とメインカム部材642との間に配置された複数の転動体643と、複数の転動体643を保持するリテーナ644とを有している。
【0031】
パイロットカム部材641は、シャフト2及びクラッチハウジング5に対して相対回転可能であり、メインカム部材642から離れる方向の軸方向移動がスラストころ軸受645によって規制されている。メインカム部材642は、シャフト2のスプライン突起20に係合しており、シャフト2に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。
【0032】
パイロットカム部材641には、メインカム部材642との対向面に、周方向に沿って円弧状に延在する複数のカム溝641aが形成されている。同様にメインカム部材642には、パイロットカム部材641との対向面に、周方向に沿って円弧状に延在する複数のカム溝642aが形成されている。カム溝641a,642aは、周方向の中央部において軸方向の深さが最も深く、周方向両端部に近づくにつれて軸方向の深さが徐々に浅くなるように形成されている。
【0033】
パイロットカム部材641が電磁クラッチ機構61によって伝達される回転力によりシャフト2に対して回転すると、転動体643がカム溝641a,642aを転動する。これにより、メインカム部材642がクラッチ4を軸方向に押圧する。この押圧力は、電磁コイル62に供給される励磁電流に応じて変化する。
【0034】
ヨーク63は、鉄等の磁性金属からなり、電磁コイル62を径方向内側から受ける受け部631と、軸受8に支持された円環状の環状部632と、電磁コイル62のコイル巻線に電流を供給する電線621を導出するボス部633とを一体に有している。受け部631は、環状部632から前方に突出している。ボス部633は、環状部632から径方向外方に突出している。電線621は、カバー部材3とトランスファケース7との間に配置されたグロメット71を貫通して外部に導出されている。
【0035】
トランスファケース7には、潤滑油Lが収容されている。この潤滑油Lは、例えばギヤの潤滑に適した粘度のギヤオイルであり、主としてチェーン133とスプロケット部513及びスプロケット132との噛み合い部、ならびに軸受8を潤滑する。車両1が水平状態で、クラッチハウジング5が回転していないときの潤滑油Lの油面高さは、軸受8における軸受空間80の下端部よりも高い位置である。
【0036】
ところで、車両1が坂道で停車すると、軸受8の全体が潤滑油Lの油面よりも上方に位置することがある。本実施の形態では、軸受8がクラッチハウジング5よりも後方に位置しているので、例えば車両が急な下り坂で停車したときに、軸受8の全体が潤滑油Lの油面よりも上方に位置することがある。この状態では、軸受空間80内の潤滑油Lが流れ落ちてしまい、その後の車両1の降坂走行時にも軸受8に潤滑油Lが供給されないと、軸受8が無潤滑状態で玉83が内輪81及び外輪82を転動することとなり、回転抵抗や摩耗が増大してしまう。
【0037】
そこで、本実施の形態に係る駆動力伝達装置10では、クラッチハウジング5の回転によって掻き上げられたトランスファケース7内の潤滑油Lを軸受8に導く導油部材を備えることにより、停車状態において軸受8の全体が潤滑油Lの油面よりも上方に位置する程度の傾斜角度で車両1が水平方向に対して傾斜して走行する際にも、軸受8に潤滑油Lを供給することを可能としている。以下、図4~8を参照し、導油部材の構成及び取り付け構造について詳細に説明する。
【0038】
図4は、カバー部材3、電磁コイル62及びヨーク63、軸受8、ならびに導油部材9を示す分解斜視図である。図5(a)~(c)は、導油部材9を示す斜視図である。図6は、カバー部材3に形成された導油部材9の導油部材収容部32及びその周辺部を示す構成図である。図7(a)は、電磁コイル62を保持したヨーク63、軸受8、及び導油部材9がカバー部材3に組付けられた状態を軸方向視で示す構成図であり、図7(b)は、図7(a)のA-A線断面をトランスファケース7の一部と共に示す断面図である。図8(a),(b)は、カバー部材3の導油部材収容部32に導油部材9を収容する前後の状態を示す斜視図である。図6及び図7(a)は、図面下側が鉛直方向の下方にあたる。
【0039】
カバー部材3は、ダイキャスト成形された成形体である。図4に示すように、カバー部材3には、軸受8を収容する軸受収容部31と、導油部材9を収容する導油部材収容部32と、ヨーク63のボス部633を収容するボス部収容部33と、グロメット71を収容するグロメット収容部34と、ヨーク63を固定するためのボルト302(図2参照)を挿通させる複数のボルト挿通孔35とが形成されている。軸受8は、軸方向の一部が軸受収容部31からクラッチハウジング5側に突出しており、この突出した部分にヨーク63の一部が外嵌されている。
【0040】
また、カバー部材3には、ヨーク63の環状部632が取り付けられる取付面3aが形成されている。取付面3aは、シャフト2の回転軸線Oに平行な方向に対して垂直な平面である。複数のボルト挿通孔35は、取付面3aに開口すると共に、取付面3aに対して垂直に延在してカバー部材3を貫通している。ヨーク63の環状部632には、ボルト302が螺合するねじ穴630(図2参照)が形成されている。
【0041】
軸受収容部31は、取付面3aから回転軸線Oに沿って窪んだ環状凹部として形成されている。導油部材収容部32は、図6及び図7に示すように、軸受収容部31の水平方向両端部のうち一方の端部から、軸受収容部31の径方向外方に向かって延びるように延在して形成されている。軸受収容部31の水平方向両端部のうち他方の端部には、切り欠き36(図4参照)が形成されている。
【0042】
また、カバー部材3は、トランスファケース7への取り付けのためのフランジ部37を有し、フランジ部37に設けられえた複数のボルト挿通孔370にそれぞれ挿通される複数のボルト301(図2参照)によってトランスファケース7に固定されている。フランジ部37におけるトランスファケース7との当接面37aは、シャフト2の回転軸線Oに平行な方向に対して垂直な平面である。
【0043】
導油部材収容部32は、フランジ部37における当接面37aから後方側に向かって窪んで形成されている。導油部材収容部32の内面は、図6に示すように、窪み方向の奥側の端面である奥側端面32aと、軸受8の径方向における最も外側の外側端面32bと、奥側端面32a及び外側端面32bの鉛直方向下方の下面32cと、下面32cに対向する上面32dとを含んでいる。外側端面32b、下面32c、及び上面32dは、回転軸線Oに平行な方向に対し、型抜きを容易とする抜き勾配だけ僅かに傾斜している。下面32c及び上面32dは、図6に示す軸方向視において、軸受8側ほど鉛直方向下方となるように傾斜している。
【0044】
また、カバー部材3には、導油部材収容部32の奥側端面32aからさらに回転軸線Oに平行な方向に窪んだ複数の嵌合穴320が設けられている。本実施の形態では、二つの嵌合穴320が奥側端面32aに開口して形成されている。
【0045】
導油部材9は、例えば66ナイロン等の樹脂からなり、射出成形されている。図5(a)~(c)に示すように、導油部材9は、車両前後方向に延在する第1導油部91と、車幅方向に延在する第2導油部92とを有している。第1導油部91は、潤滑油Lが導入される導入部910を有している。第2導油部92は、軸受8側に潤滑油Lを導出する導出部920を有している。導入部910に導入された潤滑油Lは、第1導油部91の第1油路900aから第2導油部92の第2油路900bに流れ、導出部920から導出される。
【0046】
導油部材9は、車両1への搭載状態において、第1油路900aが第2導油部92側ほど鉛直方向の下方になるよう傾斜するように、かつ第2油路900bが導出部920側ほど鉛直方向の下方になるように傾斜するように、導油部材収容部32に収容される。これにより、導入部910に導入された潤滑油Lが重力によって第1油路900aを第2導油部92側に流下し、さらに第2油路900bを流下して導出部920から導出され、軸受8の軸受空間80に供給される。車両1が水平状態である場合の第1油路900aの水平方向に対する傾斜角は、車両1が降坂走行する勾配路の最大斜度として想定される角度以上であることが望ましく、例えば15°以上であることが望ましい。
【0047】
第1導油部91は、底板911と、底板911よりも上方で導油部材収容部32の外側端面32bに向かい合う外側側壁912と、外側側壁912との間に第1油路900aを形成する内側側壁913と、底板911よりも下方に設けられて導油部材収容部32の外側端面32bに向かい合い、導油部材収容部32の下面32cに当接する脚部914とを有している。
【0048】
第2導油部92は、底板921と、導油部材収容部32の奥側端面32aに向かい合う奥側壁部922と、奥側壁部922との間に第2油路900bを形成する前側側壁923と、奥側壁部922から突出して嵌合穴320に嵌合する複数の突起924とを有している。本実施の形態では、それぞれの突起924が円柱状であるが、突起924の形状はこれに限らず、例えば多角形状でもよく円筒状であってもよい。また、本実施の形態では、突起924が嵌合穴320に遊嵌(すきま嵌め)されるが、突起924を嵌合穴320に密嵌合させてもよい。
【0049】
導油部材収容部32から抜け出す方向、すなわちシャフト2の軸方向に沿ったシャフト軸方向の導油部材9の移動は、押圧装置6の構成部材によって規制されている。本実施の形態では、押圧装置6のヨーク63が上記の構成部材として、導油部材収容部32から抜け出す方向の導油部材9の移動を規制している。ヨーク63は、導油部材収容部32に収容された導油部材9の第2導油部92をカバー部材3との間に挟むように、ボルト302によってカバー部材3に固定されている。
【0050】
導油部材9の第2導油部92において、奥側壁部922と前側側壁923との間隔は、底板921側ほど狭くなっており、奥側壁部922及び前側側壁923が略V字状を呈している。導油部材9の第2導油部92における前側側壁923の上端部には、第1導油部91側の一部に切り欠き923aが形成されている。切り欠き923aよりも軸受8側における前側側壁923の一部は、切り欠き923aが形成された部分の前側側壁923の上端面923bよりも上方に突出した突片部925となっている。
【0051】
この突片部925は、ヨーク63によって押圧されることにより弾性変形可能であり、ヨーク63は、カバー部材3に固定された状態で、突片部925をカバー部材3側に押し付けて弾性変形させている。より具体的には、カバー部材3へのヨーク63の取り付け前の状態では、突片部925の一部がカバー部材3の取付面3aから前方に突出しており、ヨーク63が複数のボルト302によってカバー部材3に固定されることにより、突片部925が奥側壁部922側に弾性変形する。
【0052】
図7(b)に示すように、第1導油部91の導入部910には、トランスファケース7に形成された導油溝70から潤滑油Lが導入される。図7(b)では、潤滑油Lの流れを複数の矢印で示している。導出部920から流れ出た潤滑油Lは、軸受収容部31の内面31aを経て軸受空間80に供給される。導油溝70には、クラッチハウジング5の回転により掻き上げられた潤滑油Lが捕集され、捕集された潤滑油Lがカバー部材3側に流れて導入部910に流れ落ちる。
【0053】
(実施の形態の作用及び効果)
以上説明した実施の形態によれば、クラッチハウジング5の回転により掻き上げられた潤滑油Lが導油部材9によって軸受8側に導かれるので、車両1が水平方向に対して傾斜した状態で走行する際にも、軸受8に潤滑油Lを供給することが可能となる。また、第1油路900aが第2導油部92側ほど鉛直方向の下方になるように傾斜し、かつ第2油路900bが導出部920側ほど鉛直方向の下方になるように傾斜しているので、潤滑油Lが滞留することなく、重力によって円滑に導入部910から導出部920に流れる。
【0054】
また、本実施の形態では、導油部材収容部32から抜け出す方向の導油部材9の移動が押圧装置6のヨーク63によって規制されるので、導油部材9の移動を規制するための専用部品を要することなく、導油部材9の移動を規制することができる。これにより、例えばスナップリング等によって導油部材9の移動を規制する場合に比較して、部品点数及び組み付け工数を削減することができ、低コスト化に寄与することができる。
【0055】
また、本実施の形態では、ヨーク63によって導油部材9の第2導油部92をカバー部材3の奥側端面32aとの間に挟むので、導油部材9の抜け出しを確実に抑えることができる。またさらに、本実施の形態では、突片部925が弾性変形した状態で導油部材9の前側側壁923がヨーク63によって押し付けられるので、導油部材収容部32内での導油部材9のがたつきが抑制される。
【0056】
また、本実施の形態では、導油部材9の複数の突起924が嵌合穴320に嵌合されるので、導油部材収容部32内における導油部材9の位置及び姿勢を安定させることができる。
【0057】
(付記)
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、この実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【0058】
また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、一部の構成を省略し、あるいは構成を追加もしくは置換して、適宜変形して実施することが可能である。例えば、上記の実施の形態では、押圧装置6が、電磁クラッチ機構61、電磁コイル62、ヨーク63、及びカム機構64を備えて構成された場合について説明したが、これに限らず、例えば環状のピストン及びシリンダを備える油圧式の押圧装置を用いてもよい。この場合、導油部材収容部32から抜け出す方向の導油部材9の移動をシリンダによって規制する。
【符号の説明】
【0059】
1…車両 10…駆動力伝達装置
103,104…後輪(補助駆動輪) 11…エンジン(駆動源)
2…シャフト 3…カバー部材
30…挿通孔 302…ボルト
32…導油部材収容部(収容部) 320…嵌合穴
4…クラッチ 5…クラッチハウジング
6…押圧装置 61…電磁クラッチ機構
62…電磁コイル 63…ヨーク(構成部材)
64…カム機構 7…トランスファケース(ケース部材)
8…軸受 9…導油部材
91…第1導油部 910…導入部
92…第2導油部 920…導出部
924…突起 925…突片部
L…潤滑油
図1
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図8