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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-18
(45)【発行日】2023-04-26
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230419BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20230419BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230419BHJP
   C23C 22/00 20060101ALI20230419BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20230419BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20230419BHJP
   C22C 38/04 20060101ALN20230419BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C21D8/12 B
C21D9/46 501B
C23C22/00 A
H01F1/147 183
C22C38/60
C22C38/04
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020566451
(86)(22)【出願日】2020-01-16
(86)【国際出願番号】 JP2020001162
(87)【国際公開番号】W WO2020149331
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2021-07-13
(31)【優先権主張番号】P 2019005201
(32)【優先日】2019-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】山本 信次
(72)【発明者】
【氏名】牛神 義行
(72)【発明者】
【氏名】高谷 真介
(72)【発明者】
【氏名】中村 修一
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-196559(JP,A)
【文献】特開平11-243005(JP,A)
【文献】特開昭60-131976(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
C23C 22/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiおよびMnを含有する母鋼板と、
前記母鋼板の表面上に配され、酸化珪素を主成分とする中間層と、
Siを含有せず、前記中間層の表面上に配された絶縁皮膜と、を備える方向性電磁鋼板であって、
前記母鋼板の前記表面から前記母鋼板内部に向かって10μmの深さの領域における、円相当径0.1μm以上の酸化物の数密度が0.020個/μm 以下であり
前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたMnの発光強度および測定時間のデータから、下記式1-1および式1-2を用いて算出されるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、前記Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点を点Aと定めた場合に、
前記絶縁皮膜の表面~前記点Aの領域である表層領域において、
前記表層領域よりも深い領域における前記母鋼板の平均Mn含有量よりもMn含有量の低いMn含有量の谷部を有するMn欠乏層を有し、
前記Mn欠乏層よりも前記絶縁皮膜の前記表面に近い領域に前記Mn含有量の谷部よりもMn含有量の高いMn含有量のピーク部を有するMn濃化層を有し、
前記表層領域内に、前記Mn規格化発光強度が0.50以上、且つ、極大である点Bを有し、
前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたSiの発光強度および測定時間のデータから、下記式2-1および式2-2を用いて算出されるSi規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、前記表層領域に前記Si規格化発光強度が極大である点Dを有し、
下記式4から算出される前記点B~前記点Dの深さ方向の距離が0~1.3μmである
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
各測定点の深さdμm=測定終了後の単位μmでの実測深さ/測定終了までの単位秒での時間×測定点の単位秒での測定時間 …式1-1
深さdμmにおけるMn規格化発光強度=深さdμmにおけるMnの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるMnの平均発光強度 …式1-2
各測定点の深さdμm=測定終了後の単位μmでの実測深さ/測定終了までの単位秒での時間×測定点の単位秒での測定時間 …式2-1
深さdμmにおけるSi規格化発光強度=深さdμmにおけるSiの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるSiの平均発光強度 …式2-2
点B~点Dの単位μmでの深さ方向の距離=点Bにおける単位μmでの深さ-点Dにおける単位μmでの深さ …式4
【請求項2】
SiおよびMnを含有する母鋼板と、
前記母鋼板の表面上に配され、酸化珪素を主成分とする中間層と、
Siを含有し、前記中間層の表面上に配された絶縁皮膜と、を備える方向性電磁鋼板であって、
前記母鋼板の前記表面から前記母鋼板内部に向かって10μmの深さの領域における、円相当径0.1μm以上の酸化物の数密度が0.020個/μm 以下であり、
前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたMnの発光強度および測定時間のデータから、下記式1-1および式1-2を用いて算出されるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、前記Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点を点Aと定めた場合に、
前記絶縁皮膜の表面~前記点Aの領域である表層領域において、
前記表層領域よりも深い領域における前記母鋼板の平均Mn含有量よりもMn含有量の低いMn含有量の谷部を有するMn欠乏層を有し、
前記Mn欠乏層よりも前記絶縁皮膜の前記表面に近い領域に前記Mn含有量の谷部よりもMn含有量の高いMn含有量のピーク部を有するMn濃化層を有し、
前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたSiの発光強度および測定時間のデータから、下記式2-1および式2-2を用いて算出されるSi規格化発光強度の深さに対するプロファイルと、下記式5-1とを用いて算出されるSi差分商の深さに対するプロファイルにおいて、
前記表層領域において、前記Si差分商が負の値である領域に、前記Si差分商が極小であり、且つ前記Si差分商が-0.5以下である点を点Vと定め、前記Si差分商が極大であり、前記点Vより前記絶縁皮膜の前記表面側に存在し、且つ前記点Vに一番近い点を点Zと定め、
前記Mn規格化発光強度から下記式5-2を用いて算出されるMn差分商の深さに対するプロファイルにおいて、
前記表層領域において、前記Mn差分商が最大である点を点Yと定め、前記Mn差分商が最小である点を点Xと定め、
前記点X~前記点Yの領域に存在し、前記Mn差分商が0である点を点Wと定めた場合に、
下記式6から算出される前記点W~前記点Zの深さ方向の距離が0~1.6μmである
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
各測定点の深さdμm=測定終了後の単位μmでの実測深さ/測定終了までの単位秒での時間×測定点の単位秒での測定時間 …式1-1
深さdμmにおけるMn規格化発光強度=深さdμmにおけるMnの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるMnの平均発光強度 …式1-2
各測定点の深さdμm=測定終了後の単位μmでの実測深さ/測定終了までの単位秒での時間×測定点の単位秒での測定時間 …式2-1
深さdμmにおけるSi規格化発光強度=深さdμmにおけるSiの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるSiの平均発光強度 …式2-2
深さdμmにおけるSi差分商={深さdμmにおけるSi規格化発光強度-深さ(d-h)μmにおけるSi規格化発光強度}/hμm …式5-1
深さdμmにおけるMn差分商={深さdμmにおけるMn規格化発光強度-深さ(d-h)μmにおけるMn規格化発光強度}/hμm …式5-2
点W~点Zの単位μmでの深さ方向の距離=点Wにおける単位μmでの深さ-点Zにおける単位μmでの深さ …式6
ただし、前記式5-1および式5-2において、hは、グロー放電発光分析におけるデータのμmでのサンプリング間隔を示す。
【請求項3】
前記表層領域内の前記点Aと前記点Bとの間に、前記Mn規格化発光強度が極小である点Cを有し、
前記Mn含有量の谷部は、前記点Cの前後0.1μmの深さの領域であり、
前記Mn含有量のピーク部は、前記点Bの前後0.1μmの深さの領域であり、
前記点Bの深さと前記点Cの深さとの中間の深さを境界深さと定め、前記境界深さにおけるMn規格化発光強度を境界Mn規格化発光強度と定めた場合に、
前記Mn欠乏層は、
前記境界深さ~点Aの深さの領域であり、
前記Mn濃化層は、
前記点Bより前記絶縁皮膜の前記表面側に存在し、前記境界Mn規格化発光強度と同じMn規格化発光強度を有する点の深さ~前記境界深さの領域である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板
【請求項4】
前記表層領域内の前記点Bおよび前記点Cが下記式2の関係を満たすことを特徴とする請求項に記載の方向性電磁鋼板。
点BにおけるMn規格化発光強度-点CにおけるMn規格化発光強度≧0.05 …式2
【請求項5】
下記式3から算出される前記点A~前記点Bの深さ方向の距離が1.9~10.0μmであることを特徴とする請求項3又は4に記載の方向性電磁鋼板。
点A~点Bの単位μmでの深さ方向の距離=点における単位μmでの深さ-点における単位μmでの深さ …式3
【請求項6】
前記式4から算出される前記点B~前記点Dの前記深さ方向の距離が0~1.0μmである
ことを特徴とする請求項1、3~5のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項7】
前記式6から算出される前記点W~前記点Zの深さ方向の距離が0~1.0μmであり、
前記点YにおけるMn差分商および前記点XにおけるMn差分商が下記式7の関係を満たす
ことを特徴とする請求項2、3~5のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板。
点YにおけるMn差分商-点XにおけるMn差分商≧0.015 …式7
【請求項8】
請求項1~のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
SiおよびMnを含有するスラブを加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
前記焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板の表面に、MgO含有量が10質量%~50質量%である焼鈍分離材を塗布した状態で加熱した後に、前記表面の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板に熱酸化焼鈍を施して前記仕上げ焼鈍鋼板の表面に中間層を形成する中間層形成工程と、
前記中間層上に絶縁皮膜を形成する絶縁皮膜形成工程と、備え、
前記仕上げ焼鈍工程の冷却過程において、
仕上げ焼鈍温度が1100℃以上の場合はT1を1100℃とし、仕上げ焼鈍温度が1100℃未満の場合はT1を前記仕上げ焼鈍温度として、
前記T1~500℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.3~100000の雰囲気下で冷却し、
前記絶縁皮膜形成工程の冷却過程において、
800℃~600℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、滞留時間を10秒~60秒として冷却する
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項9】
請求項1~のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
SiおよびMnを含有するスラブを加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
前記焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板の表面に、MgO含有量が10質量%~50質量%である焼鈍分離材を塗布した状態で加熱した後に、前記表面の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板の表面に中間層および絶縁皮膜を一工程で形成する中間層および絶縁皮膜形成工程を有し、
前記仕上げ焼鈍工程の冷却過程において、
仕上げ焼鈍温度が1100℃以上の場合はT1を1100℃とし、仕上げ焼鈍温度が1100℃未満の場合はT1を前記仕上げ焼鈍温度として、
T1~500℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.3~100000の雰囲気下で冷却し、
前記中間層および絶縁皮膜形成工程において、
800℃~1150℃の温度域の雰囲気を、酸化度(PH2O/PH2):0.05~0.18とし、
前記中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程において、
800℃~600℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、滞留時間を10秒~60秒として冷却する
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化珪素を主成分とする中間層を有する方向性電磁鋼板において、絶縁皮膜の密着性に優れた方向性電磁鋼板およびその製造方法に関する。
本願は、2019年1月16日に、日本に出願された特願2019-5201号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、変圧器等の鉄心材料として用いられ、高磁束密度および低鉄損に代表される磁気特性が要求されている。
【0003】
方向性電磁鋼板において磁気特性を確保するため、母鋼板の結晶方位は、例えば板面に平行に{110}面が揃い、かつ圧延方向に〈100〉軸が揃った方位(ゴス方位)に制御される。ゴス方位の集積を高めるためには、AlN、MnS等をインヒビターとして用いた二次再結晶プロセスが広く活用されている。
【0004】
方向性電磁鋼板の鉄損を低下させるため、母鋼板表面に皮膜が形成される。この皮膜は、母鋼板に張力を付与して鋼板単板としての鉄損を低下させる他、方向性電磁鋼板を積層して使用する際に方向性電磁鋼板間の電気的絶縁性を確保することで鉄心としての鉄損を低下させるために形成される。
【0005】
母鋼板表面に皮膜が形成された方向性電磁鋼板として、図7に示される「母鋼板1/仕上げ焼鈍皮膜2A/絶縁皮膜3」の三層構造を基本構造とする方向性電磁鋼板が知られている。例えば、母鋼板表面にフォルステライト(MgSiO)を主成分とする仕上げ焼鈍皮膜が形成され、仕上げ焼鈍皮膜表面に絶縁皮膜が形成された方向性電磁鋼板が知られている。仕上げ焼鈍皮膜および絶縁皮膜は、それぞれが絶縁性付与および母鋼板への張力付与の機能を担っている。
【0006】
なお、仕上げ焼鈍皮膜は、例えば、母鋼板に二次再結晶を生じさせる仕上げ焼鈍において、600℃~1200℃の温度域で30時間以上保持される熱処理中に、マグネシア(MgO)を主成分とする焼鈍分離材と母鋼板とが反応することで形成される。また、絶縁皮膜は、仕上げ焼鈍後の母鋼板に、例えば、燐酸または燐酸塩、コロイド状シリカ、および無水クロム酸またはクロム酸塩を含むコーティング溶液を塗布し、300℃~950℃の温度域で10秒以上焼き付け乾燥することで形成される。
【0007】
皮膜が所望の張力および絶縁性を発揮するためには、これらの皮膜が母鋼板から剥離してはならず、これらの皮膜には母鋼板への高い密着性が要求される。
【0008】
皮膜と母鋼板との密着性は、主に母鋼板と仕上げ焼鈍皮膜の界面の凹凸によるアンカー効果によって確保される。しかし、この界面の凹凸は、方向性電磁鋼板が磁化される際の磁壁移動の障害にもなるため、鉄損の低下作用を妨げる要因ともなる。そこで、仕上げ焼鈍皮膜を存在させずに、上述した界面を平滑化して絶縁皮膜の密着性を確保することによって、方向性電磁鋼板の鉄損を低下させるために、以下のような技術が実施されてきた。
【0009】
例えば、平滑化した母鋼板表面に対する絶縁皮膜の密着性を高めるため、母鋼板と絶縁皮膜との間に中間層(下地皮膜)を形成することが提案されている。例えば、特許文献1には、燐酸塩またはアルカリ金属珪酸塩の水溶液を塗布して中間層を形成する方法が開示されている。特許文献2~4には、温度および雰囲気を適切に制御した数十秒~数分の熱処理を鋼板に施すことによって、外部酸化型の酸化珪素膜を中間層として形成する方法が開示されている。
【0010】
中間層を活用して、母鋼板と皮膜との界面の形態をマクロ的に均一で平滑とした方向性電磁鋼板の皮膜構造は、図1に示される「母鋼板1/中間層2B/絶縁皮膜3」の三層構造を基本構造としている。
【0011】
外部酸化型の酸化珪素膜からなる中間層2Bは、絶縁皮膜3の密着性の向上と、母鋼板1と中間層2Bとの界面の凹凸の平滑化による鉄損の低下に一定の効果を発揮する。しかし、特に絶縁皮膜の密着性については実用上十分なものとはなっていなかったために、さらなる技術開発が進められていた。
【0012】
例えば、特許文献5には、張力付与性絶縁皮膜と母鋼板との界面に、膜厚が2nm以上500nm以下で、鉄、アルミニウム、チタン、マンガンおよびクロムのうちから選ばれる1種または2種以上の元素で構成される酸化物が断面面積率にして50%以下を占める、シリカを主成分とする外部酸化型酸化膜を有する方向性電磁鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】日本国特開平05-279747号公報
【文献】日本国特開平06-184762号公報
【文献】日本国特開平09-078252号公報
【文献】日本国特開平07-278833号公報
【文献】日本国特許第4044739号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述した先行技術文献に記載された酸化珪素(例えば、二酸化珪素(SiO)等)を主成分とする中間層を有する方向性電磁鋼板は、絶縁皮膜との密着性がある程度向上し、かつ、低鉄損化(即ち、母鋼板表面の平滑化)にも成功しているものの、絶縁皮膜との密着性が充分であるとはいえなかった。
【0015】
本発明は、以上の状況を踏まえ、酸化珪素を主成分とする中間層を有する方向性電磁鋼板において、絶縁皮膜の密着性に優れた方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の要旨は以下の通りである。
[1]本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は、SiおよびMnを含有する母鋼板と、前記母鋼板の表面上に配され、酸化珪素を主成分とする中間層と、Siを含有せず、前記中間層の表面上に配された絶縁皮膜と、を備える方向性電磁鋼板であって、
前記母鋼板の前記表面から前記母鋼板内部に向かって10μmの深さの領域における、円相当径0.1μm以上の酸化物の数密度が0.020個/μm 以下であり
前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたMnの発光強度および測定時間のデータから、下記式1-1および式1-2を用いて算出されるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、前記Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点を点Aと定めた場合に、
前記絶縁皮膜の表面~前記点Aの領域である表層領域において、
前記表層領域よりも深い領域における前記母鋼板の平均Mn含有量よりもMn含有量の低いMn含有量の谷部を有するMn欠乏層を有し、
前記Mn欠乏層よりも前記絶縁皮膜の前記表面に近い領域に前記Mn含有量の谷部よりもMn含有量の高いMn含有量のピーク部を有するMn濃化層を有し、
前記表層領域内に、前記Mn規格化発光強度が0.50以上、且つ、極大である点Bを有し、
前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたSiの発光強度および測定時間のデータから、下記式2-1および式2-2を用いて算出されるSi規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、前記表層領域に前記Si規格化発光強度が極大である点Dを有し、
下記式4から算出される前記点B~前記点Dの深さ方向の距離が0~1.3μmである
各測定点の深さdμm=測定終了後の単位μmでの実測深さ/測定終了までの単位秒での時間×測定点の単位秒での測定時間 …式1-1
深さdμmにおけるMn規格化発光強度=深さdμmにおけるMnの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるMnの平均発光強度 …式1-2
各測定点の深さdμm=測定終了後の単位μmでの実測深さ/測定終了までの単位秒での時間×測定点の単位秒での測定時間 …式2-1
深さdμmにおけるSi規格化発光強度=深さdμmにおけるSiの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるSiの平均発光強度 …式2-2
点B~点Dの単位μmでの深さ方向の距離=点Bにおける単位μmでの深さ-点Dにおける単位μmでの深さ …式4
[2]本発明の別の態様に係る方向性電磁鋼板は、SiおよびMnを含有する母鋼板と、前記母鋼板の表面上に配され、酸化珪素を主成分とする中間層と、Siを含有し、前記中間層の表面上に配された絶縁皮膜と、を備える方向性電磁鋼板であって、
前記母鋼板の前記表面から前記母鋼板内部に向かって10μmの深さの領域における、円相当径0.1μm以上の酸化物の数密度が0.020個/μm 以下であり、
前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたMnの発光強度および測定時間のデータから、下記式1-1および式1-2を用いて算出されるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、前記Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点を点Aと定めた場合に、
前記絶縁皮膜の表面~前記点Aの領域である表層領域において、
前記表層領域よりも深い領域における前記母鋼板の平均Mn含有量よりもMn含有量の低いMn含有量の谷部を有するMn欠乏層を有し、
前記Mn欠乏層よりも前記絶縁皮膜の前記表面に近い領域に前記Mn含有量の谷部よりもMn含有量の高いMn含有量のピーク部を有するMn濃化層を有し、
前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたSiの発光強度および測定時間のデータから、下記式2-1および式2-2を用いて算出されるSi規格化発光強度の深さに対するプロファイルと、下記式5-1とを用いて算出されるSi差分商の深さに対するプロファイルにおいて、
前記表層領域において、前記Si差分商が負の値である領域に、前記Si差分商が極小であり、且つ前記Si差分商が-0.5以下である点を点Vと定め、前記Si差分商が極大であり、前記点Vより前記絶縁皮膜の前記表面側に存在し、且つ前記点Vに一番近い点を点Zと定め、
前記Mn規格化発光強度から下記式5-2を用いて算出されるMn差分商の深さに対するプロファイルにおいて、
前記表層領域において、前記Mn差分商が最大である点を点Yと定め、前記Mn差分商が最小である点を点Xと定め、
前記点X~前記点Yの領域に存在し、前記Mn差分商が0である点を点Wと定めた場合に、
下記式6から算出される前記点W~前記点Zの深さ方向の距離が0~1.6μmである
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
各測定点の深さdμm=測定終了後の単位μmでの実測深さ/測定終了までの単位秒での時間×測定点の単位秒での測定時間 …式1-1
深さdμmにおけるMn規格化発光強度=深さdμmにおけるMnの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるMnの平均発光強度 …式1-2
各測定点の深さdμm=測定終了後の単位μmでの実測深さ/測定終了までの単位秒での時間×測定点の単位秒での測定時間 …式2-1
深さdμmにおけるSi規格化発光強度=深さdμmにおけるSiの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるSiの平均発光強度 …式2-2
深さdμmにおけるSi差分商={深さdμmにおけるSi規格化発光強度-深さ(d-h)μmにおけるSi規格化発光強度}/hμm …式5-1
深さdμmにおけるMn差分商={深さdμmにおけるMn規格化発光強度-深さ(d-h)μmにおけるMn規格化発光強度}/hμm …式5-2
点W~点Zの単位μmでの深さ方向の距離=点Wにおける単位μmでの深さ-点Zにおける単位μmでの深さ …式6
ただし、前記式5-1および式5-2において、hは、グロー放電発光分析におけるデータのμmでのサンプリング間隔を示す。
]上記[1]または[2]に記載の方向性電磁鋼板は
前記表層領域内の前記点Aと前記点Bとの間に、前記Mn規格化発光強度が極小である点Cを有し、
前記Mn含有量の谷部は、前記点Cの前後0.1μmの深さの領域であり、
前記Mn含有量のピーク部は、前記点Bの前後0.1μmの深さの領域であり、
前記点Bの深さと前記点Cの深さとの中間の深さを境界深さと定め、前記境界深さにおけるMn規格化発光強度を境界Mn規格化発光強度と定めた場合に、
前記Mn欠乏層は、
前記境界深さ~点Aの深さの領域であり、
前記Mn濃化層は、
前記点Bより前記絶縁皮膜の前記表面側に存在し、前記境界Mn規格化発光強度と同じMn規格化発光強度を有する点の深さ~前記境界深さの領域であってもよい
]上記[]に記載の方向性電磁鋼板は、前記表層領域内の前記点Bおよび前記点Cが下記式2の関係を満たしてもよい。
点BにおけるMn規格化発光強度-点CにおけるMn規格化発光強度≧0.05 …式2
]上記[]または[]に記載の方向性電磁鋼板は、下記式3から算出される前記点A~前記点Bの深さ方向の距離が1.9~10.0μmであってもよい。
点A~点Bの単位μmでの深さ方向の距離=点における単位μmでの深さ-点における単位μmでの深さ …式3
]上記[1]、[3]~[5]のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板は、
前記式4から算出される前記点B~前記点Dの前記深さ方向の距離が0~1.0μmであってもよい。
]上記[2]、[3]~[5]のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板は、
前記式6から算出される前記点W~前記点Zの深さ方向の距離が0~1.0μmであり、
前記点YにおけるMn差分商および前記点XにおけるMn差分商が下記式7の関係を満たしてもよい。
点YにおけるMn差分商-点XにおけるMn差分商≧0.015 …式7
]本発明の別の態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、上記[1]~[]のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
SiおよびMnを含有するスラブを加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
前記焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板の表面に、MgO含有量が10質量%~50質量%である焼鈍分離材を塗布した状態で加熱した後に、前記表面の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板に熱酸化焼鈍を施して前記仕上げ焼鈍鋼板の表面に中間層を形成する中間層形成工程と、
前記中間層上に絶縁皮膜を形成する絶縁皮膜形成工程と、備え、
前記仕上げ焼鈍工程の冷却過程において、
仕上げ焼鈍温度が1100℃以上の場合はT1を1100℃とし、仕上げ焼鈍温度が1100℃未満の場合はT1を前記仕上げ焼鈍温度として、
前記T1~500℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.3~100000の雰囲気下で冷却し、
前記絶縁皮膜形成工程の冷却過程において、
800℃~600℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、滞留時間を10秒~60秒として冷却する。
]本発明の別の態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、上記[1]~[]のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
SiおよびMnを含有するスラブを加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、
前記焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍鋼板の表面に、MgO含有量が10質量%~50質量%である焼鈍分離材を塗布した状態で加熱した後に、前記表面の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍鋼板の表面に中間層および絶縁皮膜を一工程で形成する中間層および絶縁皮膜形成工程を有し、
前記仕上げ焼鈍工程の冷却過程において、
仕上げ焼鈍温度が1100℃以上の場合はT1を1100℃とし、仕上げ焼鈍温度が1100℃未満の場合はT1を前記仕上げ焼鈍温度として、
T1~500℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.3~100000の雰囲気下で冷却し、
前記中間層および絶縁皮膜形成工程において、
800℃~1150℃の温度域の雰囲気を、酸化度(PH2O/PH2):0.05~0.18とし、
前記中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程において、
800℃~600℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、滞留時間を10秒~60秒として冷却する。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る上記態様によれば、酸化珪素を主成分とする中間層を有する方向性電磁鋼板において、絶縁皮膜の密着性に優れた方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することができる。
なお、絶縁皮膜の密着性に優れる(単に、密着性に優れると記載する場合がある)とは、絶縁皮膜と、絶縁皮膜よりも下の層(中間層および母鋼板)との密着性に優れることをいう。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】中間層及び絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板の皮膜構造を模式的に示す図である。
図2】Siを含有しない絶縁皮膜を有する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板(実施例1)におけるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Mnプロファイル)を模式的に示す図である。
図3】Siを含有しない絶縁皮膜を有する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板における、Mn規格化発光強度の深さ方向に対するプロファイル(Mnプロファイル)及びSi規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Siプロファイル)を模式的に示す図である。
図4】Siを含有する絶縁皮膜を有する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板(実施例14)における、Mn規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Mnプロファイル)及びSi規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Siプロファイル)を模式的に示す図である。
図5】Siを含有する絶縁皮膜を有する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板(実施例14)における、Mn差分商の深さに対するプロファイル及びSi差分商の深さに対するプロファイルを模式的に示す図である。
図6】Siを含有する絶縁皮膜を有する、従来技術相当の方向性電磁鋼板における、Mn規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Mnプロファイル)を模式的に示す図である。
図7】仕上げ焼鈍皮膜及び絶縁皮膜を有する従来の方向性電磁鋼板の皮膜構造を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板およびその製造方法について詳細に説明する。
なお、下記説明において数値範囲を「下限値~上限値」で示す場合には、特に断らない限り「下限値以上、上限値以下」であることを意味する。
【0020】
A.方向性電磁鋼板
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、表面上に仕上げ焼鈍皮膜が実質的に存在しない母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、前記中間層表面に絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板である。前記方向性電磁鋼板は、表層領域において、前記表層領域よりも深い領域における前記母鋼板の平均Mn含有量よりもMn含有量の低いMn含有量の谷部を有するMn欠乏層を有し、前記Mn欠乏層よりも前記絶縁皮膜の表面に近い領域に前記Mn含有量の谷部よりもMn含有量の高いMn含有量のピーク部を有するMn濃化層を有する。
なお、母鋼板の平均Mn含有量とは、方向性電磁鋼板の表面から深さ25~30μmの領域におけるMn含有量の平均値である。
【0021】
より具体的には、本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、前記方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたMnの発光強度および測定時間のデータから、下記式1-1および式1-2を用いて算出されるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、前記Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点を点Aと定めた場合に、前記表層領域は、前記絶縁皮膜の前記表面~前記点Aの深さの領域であり、前記表層領域内に、前記Mn規格化発光強度が0.50以上、且つ、極大である点Bを有し、前記表層領域内の前記点Aと前記点Bとの間に、前記Mn規格化発光強度が極小である点Cを有し、前記Mn含有量の谷部は、前記点Cの前後0.1μmの深さの領域であり、前記Mn含有量のピーク部は、前記点Bの前後0.1μmの深さの領域であり、且つ前記点Bの深さと前記点Cの深さとの中間の深さを境界深さと定め、前記境界深さにおけるMn規格化発光強度を境界Mn規格化発光強度と定めた場合に、前記Mn欠乏層は、前記境界深さ~点Aの深さの領域であり、前記Mn濃化層は、前記点Bより前記絶縁皮膜の前記表面側に存在し、前記境界Mn規格化発光強度と同じMn規格化発光強度を有する点の深さ~前記境界深さの領域である、ことを特徴とする。
【0022】
各測定点の深さdμm=(測定終了後の実測深さ、単位μm)/(測定終了までの時間、単位秒)×(測定点の測定時間、単位秒) …式1-1
深さdμmにおけるMn規格化発光強度=深さdμmにおけるMnの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるMnの平均発光強度 …式1-2
【0023】
図1に、仕上げ焼鈍皮膜が実質的に存在しない母鋼板表面に、酸化珪素を主成分とする中間層および絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板の皮膜構造を模式的に示す。仕上げ焼鈍皮膜が実質的に存在しない母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有する方向性電磁鋼板は、図1に示される「母鋼板1/中間層2B/絶縁皮膜3」の三層構造を基本構造としている。
【0024】
ここで「仕上げ焼鈍皮膜が実質的に存在しない」の意図について説明する。
一般的な方向性電磁鋼板では、フォルステライト(MgSiO)、スピネル(MgAl)、及び/又は、コーディエライト(MgAlSi16)などの酸化物で構成される仕上げ焼鈍皮膜を母鋼板と絶縁皮膜との間に介在させ、複雑な界面凹凸によるアンカー効果によって、酸化物膜(仕上げ焼鈍皮膜及び絶縁皮膜)と母鋼板との密着性を確保している。局所的であっても、この仕上げ焼鈍皮膜が存在しない部位があると、その部位では母鋼板と絶縁皮膜との密着性を確保することができない。そのため、仕上げ焼鈍皮膜は、母鋼板の表面の全面を覆う状態で形成される。
【0025】
これに対し、本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、絶縁皮膜の密着性の確保には、仕上げ焼鈍皮膜を必要としない。本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、局所的な仕上げ焼鈍皮膜の欠如はもちろん、完全に仕上げ焼鈍皮膜が存在しない場合でも絶縁皮膜の密着性を確保することができる。また、仕上げ焼鈍皮膜による複雑な界面凹凸は、方向性電磁鋼板の磁気特性にとって好ましいものではない。そのため、磁気特性の観点においては、仕上げ焼鈍皮膜を残存させるメリットはなく、完全に存在しないことが好ましい。
【0026】
しかし、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造過程で、上記フォルステライト、スピネルおよびコーディエライトなどの酸化物が膜状ではない形態でわずかに形成されている状況、また一旦形成した仕上げ焼鈍皮膜を除去する過程でその一部がわずかに残存するような状況は考えられる。本実施形態はこのような酸化物の存在を除外するものではない。すなわち、このような形態を考慮して、「仕上げ焼鈍皮膜が実質的に存在しない」と規定するものである。具体的には、方向性電磁鋼板の断面観察において、上記フォルステライト、スピネルおよびコーディエライトなどの酸化物の観察面積は中間層の観察面積以下、さらには1/2以下、さらには1/10以下である。もちろん、上記フォルステライト、スピネルおよびコーディエライトなどの酸化物の観察面積が0であることが最良の形態であることは言うまでもない。
【0027】
本発明者らは、母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有する電磁鋼板では、仕上げ焼鈍工程において不可避的に母鋼板の表面側および中間層を含む領域にMnが欠乏する領域が生じることを知見した。さらに発明者らが検討を進めた結果、仕上げ焼鈍工程及び中間層を形成する工程において、特定の条件で冷却することにより、母鋼板の表面側および中間層を含む領域でMnの濃化が生じること、及び、Mnが濃化している領域を有する方向性電磁鋼板では、絶縁皮膜の密着性が優れることを知見した。
Mnが濃化している領域を有する方向性電磁鋼板が、絶縁皮膜の密着性に優れる理由は定かではないが、Mnが偏在することで、中間層と母鋼板との化学的な結合を強化しているためであると考えられる。
【0028】
以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の基本構造について説明した後、グロー放電発光分析(GDS)により得られるプロファイルを用いて、本実施形態に係る方向性電磁鋼板について説明する。なお、以下の説明では、図について言及する場合を除き、図中の符号は省略する。
【0029】
1.三層構造
1-1.中間層
中間層は、母鋼板表面に形成され、酸化珪素を主成分とする。中間層は、本実施形態において母鋼板と絶縁皮膜とを密着させる機能を有する。
【0030】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板において、中間層は、後述する母鋼板と後述する絶縁皮膜との間に存在する層を意味する。
中間層の主成分である酸化珪素は、SiOx(x=1.0~2.0)が好ましく、SiOx(x=1.5~2.0)がより好ましい。酸化珪素がより安定するからである。鋼板表面に酸化珪素を形成する熱処理を十分に施せば、シリカ(SiO)を形成することができる。
【0031】
本実施形態において、酸化珪素を主成分とするとは、中間層の組成としてFe含有量が30原子%未満、P含有量が5原子%未満、Si含有量が20原子%以上、50原子%未満、O含有量が50原子%以上、80原子%未満、Mg含有量が10原子%以下を満足することである。
【0032】
1-2.絶縁皮膜
絶縁皮膜3は、図1に示すように中間層2B表面に形成される。絶縁皮膜3は、母鋼板1に張力を付与して方向性電磁鋼板の鉄損を低下させる他、方向性電磁鋼板を積層して使用する際に方向性電磁鋼板間の電気的絶縁性を確保する機能を有する。
【0033】
絶縁皮膜は、特に限定されず、公知のものの中から、用途等に応じて適宜選択して用いることができる。絶縁皮膜は、例えば、有機系皮膜、無機系皮膜のいずれであってもよい。有機系皮膜としては、例えばポリアミン系樹脂、アクリル樹脂、アクリルスチレン樹脂、アルキッド樹脂、ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、ポリオレフィン樹脂、スチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、メラミン樹脂等が挙げられる。また、無機系皮膜としては、例えば、リン酸塩系皮膜、リン酸アルミニウム系皮膜や、更に前記の樹脂を含む有機-無機複合系皮膜等が挙げられる。
【0034】
絶縁皮膜の厚さが薄くなると、母鋼板に付与する張力が小さくなるとともに絶縁性も低下する。そのため、絶縁皮膜の厚さは0.1μm以上が好ましく、0.5μm以上がより好ましい。一方、絶縁皮膜の厚さが10μmを超えると、絶縁皮膜の形成段階で、絶縁皮膜にクラックが発生する場合がある。そのため、絶縁皮膜の厚さは10μm以下が好ましく、5μm以下であることがより好ましい。
【0035】
絶縁皮膜の厚さは、絶縁皮膜(または方向性電磁鋼板)の断面をSEM(走査型電子顕微鏡)またはTEM(透過電子顕微鏡)で観察して測定することができる。好ましくは、TEMを用いて、中間層の厚さの測定と同様の方法で測定するとよい。
【0036】
絶縁皮膜には、必要に応じ、レーザ、プラズマ、機械的方法、エッチング、その他の手法で、局所的な微小歪領域または溝を形成する磁区細分化処理を施してもよい。
【0037】
1-3.母鋼板
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、母鋼板に接する酸化珪素を主成分とする中間層を有し、表層領域にMn欠乏層が存在し、かつ、Mn欠乏層よりも絶縁皮膜の表面に近い領域にMn濃化層が存在することによって、絶縁皮膜の密着性が向上する。なお、Mn欠乏層およびMn濃化層の定義については後述する。
【0038】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板における母鋼板の化学組成や組織等の構成は、Si及びMnを必須成分として含有することを除いて、方向性電磁鋼板の皮膜構造とは直接関連しない。このため、本実施形態に係る方向性電磁鋼板における母鋼板は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の作用効果が得られるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な方向性電磁鋼板における母鋼板を用いることができる。以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板における母鋼板について説明する。
【0039】
(1)化学組成
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母鋼板の化学組成は、一般的な方向性電磁鋼板における母鋼板の化学組成を用いることができる。母鋼板の化学組成はたとえば、次の元素を含有する。母鋼板の化学組成における各元素の含有量で使用する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。「~」を挟んで記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。
【0040】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母鋼板はたとえば、Si:0.50~7.00%およびMn:0.05%~1.00%、C:0.005%以下、並びに、N:0.0050%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなる。以下、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母鋼板の化学組成の代表的な一例の限定理由について説明する。
【0041】
Si:0.50~7.00%
シリコン(Si)は、方向性電磁鋼板の電気抵抗を高めて鉄損を低下させる。Si含有量が0.50%未満であれば、この効果が十分に得られない。したがって、Si含有量は0.50%以上であることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは1.50%以上であり、さらに好ましくは2.50%以上である。
一方、Si含有量が7.00%を超えると、母鋼板の飽和磁束密度が低下し、方向性電磁鋼板の鉄損が劣化する。したがって、Si含有量は、7.00%以下であることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは5.50%以下であり、さらに好ましくは4.50%以下である。
【0042】
Mn:0.05%~1.00%
Mnは必須成分であり、母鋼板の電気抵抗を高めて方向性電磁鋼板の鉄損を低下させると共に,母鋼板と酸化珪素との化学結合性を強めて密着性を改善する。Mn含有量が0.05%~1.00%の範囲内にある場合に、良好な絶縁皮膜の密着性が得られる。このため、Mn含有量は、0.05%~1.00%とすることが好ましい。Mn含有量は、0.08%以上であることがより好ましく、0.09%以上であることがより一層好ましい。Mn含有量は0.50%以下であることがより好ましく、0.20%以下であることがより一層好ましい。
【0043】
C:0.005%以下
炭素(C)は、母鋼板中で化合物を形成し、方向性電磁鋼板の鉄損を劣化させる。したがって、C含有量は、0.005%以下であることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.004%以下であり、さらに好ましくは0.003%以下である。
一方、C含有量はなるべく低いほうが好ましいので0%でもよいが、Cは鋼中に不純物として含有される場合がある。したがって、C含有量は、0%超としてもよい。
【0044】
N:0.0050%以下
窒素(N)は、母鋼板中で化合物を形成し、方向性電磁鋼板の鉄損を劣化させる。したがって、N含有量は、0.0050%以下であることが好ましい。N含有量は、より好ましいくは0.0040%以下であり、さらに好ましくは0.0030%以下である。
一方で、N含有量はなるべく低いほうが好ましいので、0%でもよいが、Nは鋼中に不純物として含有される場合がある。したがって、N含有量は、0%超としてもよい。
【0045】
母鋼板の化学組成の残部はFe及び不純物からなる。なお、ここでいう「不純物」は、母鋼板を工業的に製造する際に、原材料に含まれる成分、又は製造の過程で混入する成分から混入し、本実施形態に係る方向性電磁鋼板によって得られる効果に実質的に影響を与えない元素を意味する。
【0046】
[任意元素]
母鋼板の化学組成は、上記の元素を含有し、残部がFe及び不純物からなることを基本とするが、磁気特性の改善や、製造上の課題解決を目的として、Feの一部に代えて、任意元素を1種または2種以上含有してもよい。Feの一部に代えて含有される任意元素として、たとえば、次の元素が挙げられる。これらの元素は含有させなくてもよいので、下限は0%である。一方、これらの元素の含有量が多すぎると、析出物が生成して方向性電磁鋼板の鉄損が劣化したり、フェライト変態が抑制されて、GOSS方位が十分に得られなかったり、飽和磁束密度が低下したりして、方向性電磁鋼板の鉄損が劣化する。そのため、含有させる場合でも、以下の範囲とすることが好ましい。
酸可溶性Al:0.0065%以下、
S及びSe:合計で0.001%以下、
Bi:0.010%以下、
B:0.0080%以下、
Ti:0.015%以下、
Nb:0.020%以下、
V:0.015%以下、
Sn:0.50%以下、
Sb:0.50%以下、
Cr:0.30%以下、
Cu:0.40%以下、
P:0.50%以下、
Ni:1.00%以下、及び
Mo:0.10%以下。
なお、「S及びSe:合計で0.001%以下」とは、母鋼板がS又はSeのいずれか一方のみを含有し、S又はSeのいずれか一方の含有量が0.001%以下であってもよいし、母鋼板がS及びSeの両方を含有し、S及びSeの含有量が合計で0.001%以下であってもよい。
【0047】
上述した本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母鋼板の化学組成は、後述する化学組成を有するスラブを用いて本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法を採用することによって得られる。
【0048】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母鋼板の化学組成は、スパーク放電発光分析法:Spark-OES(Spark optical emission spectrometry)を用いて測定すれば良い。また、含有量が微量の場合には、必要に応じてICP-MS(Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、酸可溶性Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP-MSによって測定すればよい。また、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。
【0049】
2.グロー放電発光分析により得られるプロファイル
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、表層領域において、表層領域よりも深い領域における母鋼板の平均Mn含有量よりもMn含有量の低い「Mn含有量の谷部」を有するMn欠乏層を有し、Mn欠乏層よりも絶縁皮膜の表面に近い領域に「Mn含有量の谷部」よりもMn含有量の高い「Mn含有量のピーク部」を有するMn濃化層を有する。より具体的には、本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、グロー放電発光分析(GDS)により測定されたMnの発光強度および測定時間のデータから、下記式1-1および式1-2を用いて算出されるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、前記Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点を点Aと定めた場合に、前記表層領域は、前記絶縁皮膜の前記表面~前記点Aの深さの領域であり、前記表層領域内に、前記Mn規格化発光強度が0.50以上、且つ、極大である点Bを有し、前記表層領域内の前記点Aと前記点Bとの間に、前記Mn規格化発光強度が極小である点Cを有し、前記Mn含有量の谷部は、前記点Cの前後0.1μmの深さの領域であり、前記Mn含有量のピーク部は、前記点Bの前後0.1μmの深さの領域であり、且つ前記点Bの深さと前記点Cの深さとの中間の深さを境界深さと定め、前記境界深さにおけるMn規格化発光強度を境界Mn規格化発光強度と定めた場合に、前記Mn欠乏層は、前記境界深さ~点Aの深さの領域であり、前記Mn濃化層は、前記点Bより前記絶縁皮膜の前記表面側に存在し、前記境界Mn規格化発光強度と同じMn規格化発光強度を有する点の深さ~前記境界深さの領域である。
【0050】
各測定点の深さdμm=(測定終了後の実測深さ、単位μm)/(測定終了までの時間、単位秒)×(測定点の測定時間、単位秒) …式1-1
深さdμmにおけるMn規格化発光強度=深さdμmにおけるMnの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるMnの平均発光強度 …式1-2
【0051】
なお、Mn規格化発光強度とは、特定の深さにおけるMnの発光強度を、方向性電磁鋼板の組成が安定している深さ25μm~30μmにおけるMnの平均発光強度で除して規格化することにより、Mn含有量が異なる方向性電磁鋼板の分析値を比較可能とした値である。
【0052】
Mnの発光強度の分析は、方向性電磁鋼板の表面から板厚方向に向かって、株式会社リガク製のGDA750を用いて、測定径3mmで行うとよい。なお、後述するSiの発光強度についても同様の方法とするとよい。
【0053】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、上記点Aよりも絶縁皮膜(方向性電磁鋼板)の表面側の構成により、絶縁皮膜の密着性を向上することができる。そのため、絶縁皮膜の表面~点Aの深さ位置を表層領域と定義した上で、本実施形態に係る方向性電磁鋼板を特定する。
【0054】
図2に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板に対して、グロー放電発光分析(GDS)して測定されたMn規格化発光強度の深さ(μm)に対するプロファイル(以下、単にMnプロファイルと称することがある)を示す。また、図6に、従来技術の方向性電磁鋼板の典型的なMnプロファイルを示す。
【0055】
本実施形態では、表層領域のうち、Mn規格化発光強度が極小となる点(図2の点C)の前後0.1μmの深さの領域(「点Cの深さ-0.1μm」深さ~「点Cの深さ+0.1μm」深さの領域)をMn含有量の谷部(図2の領域b)と定義する。表層領域のうち、Mn規格化発光強度が0.50以上であり、且つ極大となる点(図2の点B)の前後0.1μmの深さの領域(「点Bの深さ-0.1μm」深さ~「点Bの深さ+0.1μm」深さの領域)をMn含有量のピーク部(図2の領域a)と定義する。点Cの深さと点Bの深さとの中間位置を、境界位置と定義し、この境界位置におけるMn規格化発光強度を境界Mn規格化発光強度と定義する。表層領域において、「点Bよりも絶縁皮膜の表面に近い領域に存在し、且つ境界Mn規格化発光強度と同じMn規格化発光強度を有する点」~境界Mn規格化発光強度の領域を、Mn濃化層と定義する。表層領域において、境界Mn規格化発光強度~点Aの位置の領域を、Mn欠乏層と定義する。
【0056】
図2に示したMnプロファイルの例では、Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点Aが深さ5μmに存在する。そのため、上記定義より、絶縁皮膜の表面から深さ5μm以下の領域が表層領域となる。
【0057】
図6に示した従来技術の方向性電磁鋼板におけるMnプロファイルでは、Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点Aは深さ13μm付近に存在する。そのため、上記定義より、絶縁皮膜の表面から深さ13μm以下の領域が表層領域となる。なお、従来技術の方向性電磁鋼板とは、図7に示す、「母鋼板1/仕上げ焼鈍皮膜2A/絶縁皮膜3」の三層構造を基本構造とする方向性電磁鋼板を示す。
【0058】
このように、本発明者らは、図1に示される「母鋼板1/中間層2B/絶縁皮膜3」の三層構造を基本構造としている方向性電磁鋼板では、表層領域にMn含有量の谷部を有するMn欠乏層が形成されていることを確認した。このような方向性電磁鋼板において、表層領域にMn含有量の谷部を有するMn欠乏層が形成される理由は明らかではない。しかし、本発明者らは、後述する仕上げ焼鈍工程で、母鋼板表面のMnが焼鈍分離材と反応して、焼鈍分離材とともに除去されることで、表層領域のMnが欠乏するためであると推定している。
【0059】
図6に示すように、従来技術の方向性電磁鋼板では、表層領域内において、Mn規格化発光強度は絶縁皮膜の表面側に向かうにつれて単調に減少した。図6に示す従来技術の方向性電磁鋼板では、表層領域において、Mn含有量の谷部を有するMn欠乏層およびMn含有量のピーク部を有するMn濃化層は観察されない。
【0060】
これに対して、本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、図2に示すように、表層領域における深さ3μm付近に、Mn規格化発光強度が0.50以上、且つ、極大となる点Bの存在が確認された。また、図2に示す本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、Mn含有量の谷部(図2の領域b)、Mn含有量のピーク部(図2の領域a)、Mn欠乏層およびMn濃化層が確認された。
【0061】
なお、図3及び図4に示すように、SiプロファイルとMnプロファイルとを重ね合わせたグラフから、点Bは、母鋼板の表面付近に存在することも確認された。図3は、Siを含有しない絶縁皮膜を有する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板における、グロー放電発光分析により得られたMnプロファイル及びSiプロファイルを模式的に示す図である。図4は、Siを含有する絶縁皮膜を有する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板(後述の実施例14)における、Mn規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Mnプロファイル)及びSi規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Siプロファイル)を模式的に示す図である。
【0062】
従来技術の方向性電磁鋼板と比較して、母鋼板の表面付近でMnが濃化している本実施形態に係る方向性電磁鋼板において、絶縁皮膜の密着性が向上している理由は定かではないが、Mn含有量のピーク部を有するMn濃化層によって、中間層と母鋼板との化学的な結合を強化しているためであると考えられる。
【0063】
絶縁皮膜の密着性をより高める観点から、点BにおけるMn規格化発光強度は、0.55以上であることが好ましく、0.65以上であることがより好ましい。点BにおけるMn規格化発光強度の上限は、特に制限はないが、実現可能な値として、1.50としてもよい。
【0064】
図2に示すように、点Aと点Bの間に存在する、Mn規格化発光強度が極小となる点Cと、点Bとが下記式2の関係を満たすことが好ましい。点Cと点Bとが下記式2の関係を満たすことで、絶縁皮膜の密着性をより向上することができる。点BにおけるMn規格化発光強度と、点CにおけるMn規格化発光強度との差が大きいほど、すなわち下記式2の左辺の値が大きい程、表層領域の中で、Mnがより濃化していると考えられる。
【0065】
点BにおけるMn規格化発光強度-点CにおけるMn規格化発光強度≧0.05 …式2
【0066】
点A~点Bの深さ方向の距離は0~10.0μmであってもよい。表層領域で濃化しているMnは、中間層を形成する工程において、点Aより深い領域から供給されたものであるため、点A~点Bの深さ方向の距離が近いほどMnの拡散距離が短くなる。そのため、点A~点Bの深さ方向の距離が短いと、表層領域でMnが濃化しやすくなる。その結果、絶縁皮膜の密着性をより向上することができる。表層領域でMnの濃化を促進して絶縁皮膜の密着性をより一層向上するため、点A~点Bの深さ方向の距離は8.0μm以下であることが好ましく、6.0μm以下であることがより好ましい。
なお、点A~点Bの深さ方向の距離は下記式3により表される。
【0067】
点A~点Bの深さ方向の距離(μm)=点における深さ(μm)-点における深さ(μm) …式3
【0068】
[絶縁皮膜がSiを含有しない場合]
絶縁皮膜がSiを含有しない場合には、図3に実線で示すように、Si規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、中間層を示すピークが確認される。なお、Si規格化発光強度とは、特定の深さにおけるSiの発光強度を、方向性電磁鋼板の組成が安定している深さ25μm~30μmにおけるSiの平均発光強度で除して規格化することにより、Si含有量が異なる方向性電磁鋼板の分析値を比較可能とした値である。
【0069】
Si規格化発光強度のピークが表層領域に観察される場合には、下記式4の関係を満たしてもよい。下記式4の点Dは、Siの発光強度から、下記式2-1および式2-2を用いてSi規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Siプロファイル)を算出し、表層領域内でSi規格化発光強度が極大となる点である。当該点Dと、Mnプロファイルにおける、表層領域内におけるMn規格化発光強度の極大値となる点Bとの間の距離を下記式4から算出したとき、点B~点Dの深さ方向の距離が0μm~1.0μmであってもよい。点B~点Dの深さ方向の距離が下記式4を満たす場合、中間層と母鋼板の界面付近にMnが濃化しており、中間層と母鋼板との結合力がより強くなる。そのため、中間層と母鋼板との密着性をより向上することができ、結果として絶縁皮膜の密着性をより向上することができる。
【0070】
各測定点の深さdμm=(測定終了後の実測深さ、単位μm)/(測定終了までの時間、単位秒)×(測定点の測定時間、単位秒) …式2-1
深さdμmにおけるSi規格化発光強度=深さdμmにおけるSiの発光強度/深さ25μm~30μmにおけるSiの平均発光強度 …式2-2
点B~点Dの深さ方向の距離(μm)=点Bにおける深さ(μm)-点Dにおける深さ(μm) …式4
【0071】
[絶縁皮膜がSiを含有する場合]
絶縁皮膜がSiを含有する場合には、図4に一点鎖線で示すように、Si規格化発光強度の深さ方向に対するプロファイル(Siプロファイル)において、絶縁皮膜と中間層との界面が曖昧にはなるものの、Si規格化発光強度の上昇(母鋼板から見たとき)が緩やかになる部分が存在する。この場合には、図5に示すような、Si規格化発光強度から、Si差分商の深さに対するプロファイルを算出すると、中間層の厚さや位置を求めることが容易になる。Si差分商の深さに対するプロファイル上では明確な極大点Zとして示される。
【0072】
Si差分商の深さに対するプロファイルは、Si規格化発光強度と、下記式5-1とを用いて得ることができる。
【0073】
深さdμmにおけるSi差分商={深さdμmにおけるSi規格化発光強度-深さ(d-h)μmにおけるSi規格化発光強度}/hμm …式5-1
ただし、上記式5-1において、hはグロー放電発光分析におけるデータのサンプリング間隔を示す。
【0074】
絶縁皮膜がSiを含有する場合、Siプロファイル(Si規格化発光強度の深さに対するプロファイル)では、表層領域においてSi規格化発光強度の明確なピークは観察されない。しかし、Si規格化発光強度の上昇(母鋼板側から見たとき)が緩やかになる部分が観察される場合には、Si差分商の深さに対するプロファイルでは、図5に示すように、絶縁皮膜の一定の深さに極大点Sが観察され、極大点Sよりもさらに深い位置にSi差分商の極大点Zが観察される。この極大点Zは、表層領域において、Si差分商が負の値である領域に、Si差分商が極小であり、且つSi差分商が-0.5以下である点を点Vと定めたときに、Si差分商が極大であり、点Vより絶縁皮膜の表面側に存在し、且つ点Vに一番近い点である。
【0075】
同じ絶縁皮膜において、Mn規格化発光強度と、下記式5-2とを用いて算出される、Mn差分商の深さに対するプロファイルを得ると、図5に示すように、絶縁皮膜の一定の深さにMn差分商が極大となる点Yが観察され、点Yよりもさらに深い位置にMn差分商が最小となる点Xが観察され、点Y~点Xの領域にMn差分商が0(ゼロ)となる点Wが観察される。
【0076】
深さdμmにおけるMn差分商={深さdμmにおけるMn規格化発光強度-深さ(d-h)μmにおける規格化発光強度}/hμm …式5-2
ただし、上記式5-2において、hはグロー放電発光分析におけるデータのサンプリング間隔を示す。
【0077】
絶縁皮膜がSiを含有する場合には、Si差分商の深さに対するプロファイルにおいて、表層領域において、Si差分商が負の値である領域に、Si差分商が極小であり、且つSi差分商が-0.5以下である点を点Vと定め、Si差分商が極大であり、点Vより絶縁皮膜の表面側に存在し、且つ点Vに一番近い点を点Zと定め、Mn差分商の深さに対するプロファイルにおいて、表層領域において、Mn差分商が極大である点を点Y、Mn差分商が最小である点を点Xと定めたときに、点Y~点Xの間の領域に存在し、Mn差分商が0(ゼロ)である点を点Wと定めた場合に、下記式6から算出される点W~点Zの深さ方向の距離が0μm~1.0μmであり、点YにおけるMn差分商および点XにおけるMn差分商が下記式7の関係を満たしていてもよい。
【0078】
点W~点Zの深さ方向の距離(μm)=点Wにおける深さ(μm)-点Zにおける深さ(μm) …式6
点YにおけるMn差分商-点XにおけるMn差分商≧0.015 …式7
【0079】
Mn規格化発光強度から得られるMn差分商の深さに対するプロファイルと、Si規格化発光強度から得られるSi差分商の深さに対するプロファイルとが上記関係にある場合には、表層領域により多量のMnが濃化していることを示す。その結果、絶縁皮膜の密着性をより向上することができる。
【0080】
B.方向性電磁鋼板の製造方法
次に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、上述した「A.方向性電磁鋼板」の項目に記載の方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0081】
中間層および絶縁皮膜を別工程で形成する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の第一実施形態(以下、第一実施形態の製造方法と記載する)は、SiおよびMnを含有するスラブを加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る熱間圧延工程と、当該熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、当該焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る冷間圧延工程と、を備える。
【0082】
また、第一実施形態の製造方法は、前記冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、当該脱炭焼鈍鋼板の表面に、MgO含有量が10質量%~50質量%である焼鈍分離材を塗布した状態で加熱して、前記脱炭焼鈍鋼板を二次再結晶させた後に、前記表面の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、を備える。この仕上焼鈍工程では、冷却過程において、仕上げ焼鈍温度が1100℃以上の場合はT1を1100℃とし、仕上げ焼鈍温度が1100℃未満の場合はT1を仕上げ焼鈍温度として、T1~500℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.3~100000の雰囲気下で冷却する。
【0083】
更に、第一実施形態の製造方法は、前記仕上げ焼鈍鋼板に熱酸化焼鈍を施して前記仕上げ焼鈍鋼板の表面に中間層を形成する中間層形成工程と、当該中間層上に絶縁皮膜を形成する絶縁皮膜形成工程と、を備える。この絶縁皮膜形成工程の冷却過程では、800℃~600℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、滞留時間を10秒~60秒として冷却する。
【0084】
中間層および絶縁皮膜を1工程で同時に形成する、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の第二実施形態(以下、第二実施形態の製造方法と記載する)は、SiおよびMnを含有するスラブを加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る熱間圧延工程と、当該熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る熱延板焼鈍工程と、当該焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る冷間圧延工程を備える。
【0085】
また、第二実施形態の製造方法は、前記冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して脱炭焼鈍鋼板を得る脱炭焼鈍工程と、当該脱炭焼鈍鋼板の表面に、MgO含有量が10質量%~50質量%である焼鈍分離材を塗布した状態で加熱して前記脱炭焼鈍鋼板を二次再結晶させた後に、前記表面の焼鈍分離材を除去することにより仕上げ焼鈍鋼板を得る仕上げ焼鈍工程と、を備える。この仕上げ焼鈍工程では、冷却過程において、仕上げ焼鈍温度が1100℃以上の場合はT1を1100℃とし、仕上げ焼鈍温度が1100℃未満の場合はT1を仕上げ焼鈍温度として、T1~500℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.3~100000の雰囲気下で冷却する。
【0086】
更に、第二実施形態の製造方法は、前記仕上げ焼鈍鋼板表面に中間層および絶縁皮膜を一工程で形成する中間層および絶縁皮膜形成工程を備える。この中間層および絶縁皮膜形成工程では、800℃~1150℃の温度域の雰囲気を、酸化度(PH2O/PH2):0.05~0.18とする。また、第二実施形態の製造方法では、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程において、800℃~600℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、滞留時間を10秒~60秒として冷却する。
【0087】
第一実施形態の製造方法と、第二実施形態の製造方法との間で異なる点は、第一実施形態の製造方法が中間層形成工程および絶縁皮膜形成工程を備えるのに対し、第二実施形態の製造方法は中間層および絶縁皮膜を一工程で形成する中間層および絶縁皮膜形成工程を備える点である。
【0088】
第一実施形態の製造方法および第二実施形態の製造方法は、絶縁皮膜による鉄損の低下作用が、仕上げ焼鈍皮膜と母鋼板との界面凹凸により妨害されることを回避し、且つ中間層を形成することにより絶縁皮膜と母鋼板との密着性を確保するものである。この中間層は、酸化珪素を主成分とし、Mn含有量の谷部を有する、Mn欠乏層を有する。このため、第一実施形態の製造方法において、特に特徴となる工程は、中間層形成工程および絶縁皮膜形成工程であり、第二実施形態の製造方法において特に特徴となる工程は、中間層および絶縁皮膜形成工程である。
【0089】
最初に、第一実施形態の製造方法および第二実施形態の製造方法で共通となるスラブの化学組成について説明する。
スラブの化学組成は、一般的な方向性電磁鋼板における母鋼板の化学組成を得るために、スラブから方向性電磁鋼板への製造途中で変化する含有量等も考慮し、たとえば、以下の範囲とすることができる。なお、スラブの化学組成における各元素の含有量で使用する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。「~」を挟んで記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。
Si:0.80~7.00%、
Mn:0.05%~1.00%、
C:0.085%以下、
酸可溶性Al:0.010~0.065%、
N:0.0040~0.0120%、
Mn:0.05~1.00%、
S及びSe:合計で0.003~0.015%、および
残部:Feおよび不純物。
以下、各元素について説明する。
【0090】
Si:0.80~7.00%
シリコン(Si)は、方向性電磁鋼板の電気抵抗を高めて鉄損を低下させる。Si含有量が0.80%未満であると、仕上げ焼鈍時にγ変態が生じて、方向性電磁鋼板の結晶方位が損なわれてしまう。
一方、Si含有量が7.00%を超えると、冷間加工性が低下して、冷間圧延時に割れが発生しやすくなる。したがって、好ましいSi含有量は0.80~7.00%である。Si含有量は、より好ましくは2.00%以上であり、さらに好ましくは2.50%以上である。また、Si含有量は、より好ましくは4.50%以下であり、さらに好ましくは4.00%以下である。
【0091】
Mn:0.05~1.00%
マンガン(Mn)はS又はSeと結合して、MnS、又は、MnSeを生成し、インヒビターとして機能する。Mn含有量が0.05~1.00%の範囲内にある場合に、二次再結晶が安定する。したがって、好ましいMn含有量は、0.05~1.00%である。Mn含有量は、好ましくは0.06%以上であり、さらに好ましくは0.07%以上である。
また、Mn含有量は、より好ましくは0.50%以下であり、さらに好ましくは0.20%以下である。
【0092】
C:0.085%以下
炭素(C)は不可避に含有される。Cは、一次再結晶組織の制御に有効な元素であるものの、磁気特性に悪影響を及ぼす。したがって、C含有量は0.085%以下であることが好ましい。C含有量はなるべく低い方が好ましい。
しかしながら、工業生産における生産性を考慮した場合、C含有量は0.020%以上が好ましく、0.040%以上がより好ましい。
Cは後述の脱炭焼鈍工程及び仕上げ焼鈍工程で純化され、仕上げ焼鈍工程後にはC含有量が0.005%以下となる。
【0093】
酸可溶性Al:0.010~0.065%
酸可溶性アルミニウム(Al)は、Nと結合して(Al、Si)Nとして析出し、インヒビターとして機能する。酸可溶性Alの含有量が0.010~0.065%である場合に二次再結晶が安定する。したがって、酸可溶性Alの含有量は0.010~0.065%であることが好ましい。酸可溶性Al含有量は、より好ましくは0.015%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。二次再結晶の安定性の観点から、酸可溶性Al含有量は、より好ましくは0.045%以下であり、さらに好ましくは0.035%以下である。
酸可溶性Alは、仕上げ焼鈍後に残留すると化合物を形成し、方向性電磁鋼板の鉄損を劣化させる。そのため、仕上げ焼鈍中の純化により、仕上げ焼鈍後の鋼板に含有される酸可溶性Alをできるだけ少なくすることが好ましい。仕上げ焼鈍の条件によっては、仕上げ焼鈍後の鋼板は、酸可溶性Alを含有しないことがある。
【0094】
N:0.0040~0.0120%
窒素(N)は、Alと結合してインヒビターとして機能する。N含有量が0.0040%未満であれば、十分な量のインヒビターが生成しない。N含有量は、より好ましくは0.0050%以上であり、さらに好ましくは0.0060%以上である。
一方、N含有量が0.0120%を超えれば、鋼板中に欠陥の一種であるブリスタが発生しやすくなる。したがって、好ましいN含有量は0.0040~0.0120%である。N含有量は、より好ましくは0.0110%以下であり、さらに好ましくは0.0100%以下である。
Nは仕上げ焼鈍工程で純化され、仕上げ焼鈍工程後にはN含有量が0.0050%以下となる。
【0095】
S及びSe:合計で0.003~0.015%
硫黄(S)及びセレン(Se)は、Mnと結合して、MnS又はMnSeを生成し、インヒビターとして機能する。S及びSeの含有量が合計で0.003~0.015%であれば、二次再結晶が安定する。したがって、好ましいS及びSeの含有量は合計で0.003~0.015%である。
S及びSeは仕上げ焼鈍後に残留すると化合物を形成し、方向性電磁鋼板の鉄損を劣化させる。そのため、仕上げ焼鈍中の純化により、仕上げ焼鈍後の鋼板に含有されるS及びSeをできるだけ少なくすることが好ましい。仕上げ焼鈍の条件によっては、仕上げ焼鈍後の鋼板は、SおよびSeを含有しないことがある。
【0096】
ここで、「S及びSeの含有量が合計で0.003~0.015%である」とは、スラブがS又はSeのいずれか一方のみを含有し、S又はSeのいずれか一方の含有量が0.003~0.015%であってもよいし、スラブがS及びSeの両方を含有し、S及びSeの含有量が合計で0.003~0.015%であってもよい。
【0097】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造に用いるスラブの化学組成の残部はFe及び不純物からなる。ここでいう「不純物」は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の母鋼板を工業的に製造する際に、原材料に含まれる成分、又は製造の過程で混入する成分から混入し、本実施形態に係る方向性電磁鋼板によって得られる効果に実質的な悪影響を与えない元素を意味する。
【0098】
[任意元素]
スラブの化学組成は、化合物形成によるインヒビター機能の強化や磁気特性への影響を考慮して、Feの一部に代えて、任意元素を1種または2種以上含有してもよい。Feの一部に代えて含有される任意元素として、たとえば、次の元素が挙げられる。これらの元素は任意元素であり、含有させなくてもよいので、その下限は0%である。
Bi:0.010%以下、
B:0.080%以下、
Ti:0.015%以下、
Nb:0.20%以下、
V:0.15%以下、
Sn:0.50%以下、
Sb:0.50%以下、
Cr:0.30%以下、
Cu:0.40%以下、
P:0.50%以下、
Ni:1.00%以下、及び、
Mo:0.10%以下。
【0099】
以下、第一実施形態の製造方法と第二実施形態の製造方法とに分けて、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
以下では、上述した特に特徴となる工程(中間層形成工程および絶縁皮膜形成工程、並びに中間層絶縁皮膜形成工程)以外の工程における条件は、一般的な条件を例として示したものである。そのため、一般的な条件を充足しなかったとしても、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の効果を得ることは可能である。なお、上述したように、第一実施形態の製造方法と、第二実施形態の製造方法との間で異なる点は、第一実施形態の製造方法が中間層形成工程および絶縁皮膜形成工程を備えるのに対し、第二実施形態の製造方法は中間層および絶縁皮膜を一工程で形成する中間層および絶縁皮膜形成工程を備える点である。
【0100】
B-1.第一実施形態の製造方法
1.熱間圧延工程
熱間圧延工程においては、上述した化学組成を有するスラブを800℃~1300℃の温度域で加熱した後、熱間圧延を施して熱間圧延鋼板を得る。スラブは、例えば、上述したスラブの化学組成を有する鋼を転炉または電気炉等により溶製して、必要に応じて真空脱ガス処理し、次いで連続鋳造または造塊後分塊圧延することによって得られる。スラブの厚さは、特に限定されないが、例えば、150mm~350mmであり、220mm~280mmであることが好ましい。また、厚さが、10mm~70mm程度であるスラブ(いわゆる「薄スラブ」)であってもよい。薄スラブを用いる場合は、熱間圧延工程において、仕上げ圧延前の粗圧延を省略できる。
【0101】
スラブの加熱温度を1200℃以下とすることで、例えば、1200℃よりも高い温度で加熱した場合の諸問題(専用の加熱炉が必要なこと、および溶融スケール量が多いこと等)を回避することができるため好ましい。
スラブの加熱温度が低すぎる場合、熱間圧延が困難になって、生産性が低下することがある。そのため、スラブの加熱温度は950℃以上とすることが好ましい。また、スラブ加熱工程そのものを省略して、鋳造後、スラブの温度が下がるまでに熱間圧延を開始することも可能である。
スラブの加熱時間は、40分~180分とすればよい。
【0102】
熱間圧延工程では、加熱後のスラブに粗圧延を施し、さらに仕上げ圧延を施すことによって、所定の厚さの熱間圧延鋼板とする。熱間圧延工程における仕上げ温度(仕上げ圧延機において最後に鋼板を圧下する仕上げ圧延スタンドの出側での鋼板温度)は、例えば900℃~1000℃である。仕上げ圧延完了後、熱間圧延鋼板を所定の温度で巻き取る。
熱間圧延鋼板の板厚は、特に限定されないが、例えば、3.5mm以下とすることが好ましい。
【0103】
2.熱延板焼鈍工程
熱延板焼鈍工程においては、熱間圧延鋼板に熱延板焼鈍を施して焼鈍鋼板を得る。熱延板焼鈍条件は、一般的な条件であればよいが、例えば、焼鈍温度(熱延板焼鈍炉での炉温):750℃~1200℃、焼鈍時間(熱延板焼鈍炉での滞在時間):30秒~600秒の条件とすることが好ましい。上記条件で保持した後は、急冷するとよい。
【0104】
3.冷間圧延工程
冷間圧延工程においては、焼鈍鋼板に一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して冷間圧延鋼板を得る。なお、焼鈍鋼板に対して冷間圧延を実施する前に、焼鈍鋼板に対して酸洗処理を実施してもよい。
【0105】
中間焼鈍工程を実施することなく、複数の冷間圧延工程を実施する場合、製造された方向性電磁鋼板において、均一な特性が得られにくい場合がある。一方、複数回の冷間圧延工程を実施し、かつ、各冷間圧延工程の間に中間焼鈍工程を実施する場合、製造された方向性電磁鋼板において、磁束密度が低くなる場合がある。したがって、冷間圧延工程の回数、及び、中間焼鈍工程の有無は、最終的に製造される方向性電磁鋼板に要求される特性及び製造コストに応じて決定される。
【0106】
一回または二回以上の冷間圧延における、最終の冷間圧延での冷間圧延率(最終冷延率)は、特に限定されないが、結晶方位制御の観点から、80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましい。
【0107】
冷間圧延工程によって得られた冷間圧延鋼板は、コイル状に巻き取られる。冷間圧延鋼板の板厚は、特に限定されないが、方向性電磁鋼板の鉄損をより低下させるためには、0.35mm以下とすることが好ましく、0.30mm以下とすることがより好ましい。
【0108】
4.脱炭焼鈍工程
脱炭焼鈍工程においては、冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を施して脱炭焼鈍鋼板を得る。具体的には、脱炭焼鈍を施すことで、冷間圧延鋼板に一次再結晶を生じさせ、冷間圧延鋼板中に含まれるCを除去する。脱炭焼鈍は、Cを除去するために、水素および窒素を含有する湿潤雰囲気中で施すことが好ましい。脱炭焼鈍条件は、例えば、脱炭焼鈍温度(脱炭焼鈍を行う炉の温度):800℃~950℃、脱炭焼鈍時間:30秒~120秒とすることが好ましい。
【0109】
5.仕上げ焼鈍工程
仕上げ焼鈍工程においては、脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離材を塗布した状態で加熱する、仕上げ焼鈍を施す。これにより、脱炭焼鈍鋼板において二次再結晶を生じさせる。
【0110】
一般的な方向性電磁鋼板の製造方法では、フォルステライト(MgSiO)を主成分とする仕上げ焼鈍皮膜を形成させるために、脱炭焼鈍鋼板の表面にマグネシア濃度の高い(例えば、MgO≧90質量%)焼鈍分離材を塗布して仕上げ焼鈍を行う。なお、一般的に、焼鈍分離材とは、仕上げ焼鈍後の鋼板同士の焼きつきを防止するほか、フォルステライト(MgSiO)からなる仕上げ焼鈍皮膜を形成するために塗布するものである。
【0111】
これに対し、第一実施形態の製造方法の仕上げ焼純工程においては、脱炭焼鈍鋼板の表面にマグネシア濃度が低い焼鈍分離材(例えば、MgO:10質量%~50質量%、Al:50質量%~90質量%)を塗布した状態で加熱する、仕上げ焼鈍を施す。その後、焼鈍分離材を除去することにより、仕上げ焼鈍鋼板を得る。この仕上げ焼鈍工程では、マグネシア濃度の低い焼鈍分離材を用いるため、フォルステライト(MgSiO)からなる仕上げ焼鈍皮膜を形成させずに、中間層を形成することができる。焼鈍分離材中のMgO含有量は、好ましくは15質量%以上であり、より好ましくは20質量%以上である。また、焼鈍分離材中のMgO含有量は、好ましくは45質量%以下であり、より好ましくは40質量%以下である。
【0112】
仕上げ焼鈍の加熱条件は、一般的な条件であればよく、例えば、仕上げ焼鈍温度までの加熱速度:5℃/h~100℃/h、仕上げ焼鈍温度(仕上げ焼鈍を行う炉の温度):1000℃~1300℃、仕上げ焼鈍時間(仕上げ焼鈍温度での保持時間):10時間~50時間の条件とすればよい。第一実施形態の製造方法では、1000℃~1300℃の仕上げ焼鈍温度で10時間~50時間保持した後の冷却過程において、所定の温度域における雰囲気の酸化度(PH2O/PH2)を0.3~100000に制御する。雰囲気の酸化度を制御する温度域は、仕上げ焼鈍温度が1100℃以上の場合はT1を1100℃とし、仕上げ焼鈍温度が1100℃未満の場合はT1を仕上げ焼鈍温度として、T1~500℃の温度域とする。この仕上げ焼鈍により、仕上げ焼鈍鋼板の表層部におけるMnの欠乏を抑制することができる。
【0113】
なお、焼鈍分離材の除去方法は、特に制限はないが、仕上げ焼鈍鋼板表面をブラシでこすること等が挙げられる。
【0114】
6.中間層形成工程
中間層形成工程においては、仕上げ焼鈍鋼板に対し熱酸化焼鈍を行う。これにより、仕上げ焼鈍鋼板表面に、酸化珪素を主成分とする中間層を形成する。
中間層は、上述した「A.方向性電磁鋼板 1-1.中間層」の項目に記載された厚さ(2nm~400nm)に形成することが好ましい。
【0115】
中間層形成工程における、熱酸化焼鈍の条件は、特に制限はないが、例えば、以下の条件とすることが好ましい。
熱酸化焼鈍温度(熱酸化焼鈍を行う炉の温度):600℃~1150℃
熱酸化焼鈍時間(熱酸化焼鈍を行う炉内での滞在時間):10秒~60秒
雰囲気の酸化度(PH2O/PH2):0.0005~0.2
【0116】
熱酸化焼鈍温度は、反応速度の観点から、650℃以上とすることが好ましい。より好ましくは、700℃以上である。しかし、熱酸化焼鈍温度が1150℃超になると、中間層の形成反応を均一に保つことが困難となり、中間層と母鋼板との界面の凹凸が大きくなり、方向性電磁鋼板の鉄損が劣化する場合がある。また、方向性電磁鋼板の強度が低下し、連続焼鈍炉での処理が困難となるため、生産性が低下する場合がある。そのため、熱酸化焼鈍温度は1150℃以下とすることが好ましい。より好ましくは1100℃以下である。
【0117】
熱酸化焼鈍時間は、中間層形成の観点からは10秒以上とすることが好ましい。また、生産性および中間層の厚さが厚くなることによる占積率の低下を回避するために、60秒以下とすることが好ましい。
中間層を2~400nmの厚さに成膜する観点から、熱酸化焼鈍は、650℃~1000℃の温度域で15秒~60秒保持することが好ましく、700℃~900℃の温度域で25秒~60秒保持することがより好ましい。
【0118】
熱酸化焼鈍を行う雰囲気の酸化度(PH2O/PH2)は、0.0005~0.2とすることが好ましい。
【0119】
7.絶縁皮膜形成工程
絶縁皮膜形成工程においては、中間層表面にコーティング溶液を塗布して焼き付けた後、窒素および水素ガスの混合雰囲気下で加熱することにより、中間層表面に絶縁皮膜を形成する。
【0120】
絶縁皮膜は、上述した「A.方向性電磁鋼板 1-2.絶縁皮膜」の項目に記載された厚さ(0.1μm~10μm)に成膜することが好ましい。
【0121】
コーティング溶液について、特に制限はないが、用途に応じて、コロイド状シリカを含むコーティング溶液と、コロイド状シリカを含まないコーティング溶液とを使い分けることができる。コロイド状シリカを含むコーティング溶液を用いて絶縁皮膜を形成した場合には、Siを含有する絶縁皮膜を形成することができる。また、コロイド状シリカを含まないコーティング溶液を用いて絶縁皮膜を形成した場合には、Siを含有しない絶縁皮膜を形成することができる。
【0122】
コロイド状シリカを含まないコーティング溶液としては、例えば、ホウ酸、および、アルミナゾルを含むコーティング溶液があげられる。
また、コロイド状シリカを含むコーティング溶液としては、例えば、燐酸または燐酸塩、コロイド状シリカ、および無水クロム酸またはクロム酸塩を含むコーティング溶液があげられる。燐酸塩としては、たとえば、Ca、Al、MgおよびSr等の燐酸塩が挙げられる。クロム酸塩としては、例えば、Na、K、Ca、Sr等のクロム酸塩が挙げられる。コロイド状シリカについては特に限定はなく、その粒子サイズも適宜使用することができる。
【0123】
コーティング溶液には、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の効果が失われなければ、各種の特性を改善するために、様々な元素や化合物をさらに添加してもよい。
【0124】
絶縁皮膜形成工程では、中間層を形成した仕上げ焼鈍鋼板に対し、以下の条件で熱処理を行うことが好ましい。
雰囲気の酸化度(PH2O/PH2):0.001~0.1
保持温度:800℃~1150℃
保持時間:10秒~30秒
【0125】
保持温度が800℃未満では、絶縁皮膜の種類によっては、良好な絶縁皮膜が形成されない場合がある。保持温度が1150℃を超える、または雰囲気の酸化度が0.001未満であると、絶縁皮膜が分解する場合がある。また、雰囲気の酸化度が0.1を超えると、母鋼板が著しく酸化して、方向性電磁鋼板の鉄損が劣化する場合がある。雰囲気の酸化度(PH2O/PH2)は、0.02以上が好ましく、0.05以上がより好ましい。雰囲気の酸化度(PH2O/PH2)は、0.09以下が好ましく、0.07以下がより好ましい。
【0126】
雰囲気中のガスとしては、一般的に使用されるガスであればよいが、例えば、水素:25体積%および残部:窒素および不純物からなるガスを使用することができる。
【0127】
上記のような熱処理の後、仕上げ焼鈍鋼板を冷却する。この冷却過程の雰囲気の酸化度および冷却履歴が、表層領域に好適なMn分布を形成するために重要な条件となる。絶縁皮膜形成工程の冷却過程において、800℃~600℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、滞留時間を10秒~60秒として冷却する。生産性を考慮すると、滞留時間は、好ましくは25秒以下である。なお、ここでいう滞留時間とは、絶縁皮膜形成工程の冷却過程において、仕上げ焼鈍鋼板の表面温度が800℃に到達した時から、仕上げ焼鈍鋼板の表面温度が600℃に到達した時までの時間である。
【0128】
上記のような冷却を行うことにより、表層領域のある深さに、Mnを濃化および偏在させることができる。この理由は明確ではないが、本発明者らは、600℃~800℃の温度域では、比較的高めの酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、Mn原子が母鋼板内部から表層領域に拡散して供給され、母鋼板と中間層との界面でMn原子が濃化するためであると考える。
【0129】
上記条件でMn原子が拡散できる範囲は5μm程度である。仕上げ焼鈍工程で、仕上げ焼鈍鋼板の表層部におけるMnの欠乏を抑制していない従来技術の製造方法では、拡散により、母鋼板と中間層との界面付近まで十分な量のMnを到達させることができない。そのため、従来技術の製造方法では、母鋼板と中間層との界面付近に、Mnを濃化および偏在させることができないと考えられる。その結果、方向性電磁鋼板の表層領域に、Mn含有量の谷部)を有するMn欠乏層を形成することができず、またMn含有量のピーク部を有するMn濃化層を形成することができないと考えられる。
【0130】
8.その他の工程
第一実施形態の製造方法は、一般的に方向性電磁鋼板の製造方法において行われる工程をさらに有するものでもよい。脱炭焼鈍の開始から、仕上げ焼鈍における二次再結晶の発現までの間に、脱炭焼鈍鋼板のN含有量を増加させる窒化処理を施す窒化処理工程をさらに有してもよい。一次再結晶領域と二次再結晶領域との境界部分の鋼板に与える温度勾配が低くても、方向性電磁鋼板の磁束密度を安定して向上できるためである。窒化処理としては、一般的な処理であればよいが、例えば、アンモニア等の窒化能のあるガスを含有する雰囲気中で焼鈍する処理、MnN等の窒化能のある粉末を含む焼鈍分離材を塗布した脱炭焼鈍鋼板を仕上げ焼鈍する処理等が挙げられる。
【0131】
B-2.第二実施形態の製造方法
第二実施形態の製造方法は、第一実施形態の製造方法における、中間層を形成する工程と絶縁皮膜を形成する工程とを、一工程で行うものである。中間層および絶縁皮膜を一工程で形成すること以外に、第一実施形態の製造方法と違いは無い。そのため、以下、中間層および絶縁皮膜を一工程で形成する、中間層および絶縁皮膜形成工程についてのみ説明する。
【0132】
1.中間層および絶縁皮膜形成工程
コーティング溶液の焼き付け中に、熱酸化による中間層の形成および絶縁皮膜の形成を同時に進行させるには、加熱温度を800℃~1150℃の温度域とし、酸化度(PH2O/PH2):0.05~0.18の雰囲気とすることが好ましい。800℃~1150℃の温度域での保持時間は、10秒~120秒とすればよい。雰囲気の酸化度は、0.10~0.15とすることが好ましい。
コーティング溶液、雰囲気中のガスは、第一実施形態の製造方法と同様とすればよい。
【0133】
上記のような熱処理の後、仕上げ焼鈍鋼板を冷却する。この冷却過程の条件は、第一実施形態の絶縁皮膜形成工程の冷却過程と同様の条件である。具体的には、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程では、800℃~600℃の温度域を、酸化度(PH2O/PH2):0.10~0.30の雰囲気下で、滞留時間を10秒~60秒として冷却する。生産性を考慮すると、滞留時間は好ましくは25秒以下である。なお、ここでいう滞留時間とは、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程において、仕上げ焼鈍鋼板の表面温度が800℃に到達した時から、仕上げ焼鈍鋼板の表面温度が600℃に到達した時までの時間である。
【0134】
第二実施形態の製造方法では、上述の仕上げ焼鈍工程(第一実施形態の製造方法の仕上げ焼鈍工程と同様)と、中間層および絶縁皮膜形成工程とを行うことにより、母鋼板表面に中間層が形成され、さらに中間層表面に絶縁皮膜が形成される。また、Mn含有量の谷部を有するMn欠乏層、およびMn含有量のピーク部)を有するMn濃化層を形成することができる。
【0135】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。上述した実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例
【0136】
以下、実施例および比較例を例示して、本発明を具体的に説明する。以下において、実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0137】
1.試験方法
(皮膜構造の観察)
方向性電磁鋼板の皮膜構造については、TEM(透過電子顕微鏡)で皮膜の断面を観察して、中間層および絶縁皮膜(絶縁皮膜全体)の状態を観察した。
【0138】
方向性電磁鋼板から、圧延方向に垂直な断面を有する試験片を採取し、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて該断面を観察した。倍率は10000倍、鋼板表面から深さ10μmの領域を、鋼板表面に平行な方向へ100μmの範囲について観察した。これにより、母鋼板の表面から母鋼板内部に向かって10μmの深さの領域における、円相当径0.1μm以上の酸化物の数密度を測定した。
【0139】
後述する実施例1~20では、母鋼板の表面から母鋼板内部に向かって10μmの深さの領域における、円相当径0.1μm以上の酸化物の数密度は0.020個/μm以下であった。すなわち、これらの実施例においては、母鋼板表面に仕上げ焼鈍皮膜が実質的に存在しなかった。
【0140】
後述する実施例1~20について、TEM(透過電子顕微鏡)による断面観察において、電子線回折図形及びEDX(エネルギー分散型X線分析)により、中間層の組成として、Fe含有量が30原子%未満、P含有量が5原子%未満、Si含有量が20原子%以上、50原子%未満、O含有量が50原子%以上、80原子%未満、Mg含有量が10原子%以下であることも確認した。更に、中間層の厚さは2nm~400nmであり、絶縁皮膜の厚さは0.1μm~10μmであることも確認した。
【0141】
(Mn及びSiの発光強度分析)
グロー放電発光分析によるMnの発光強度及びSiの発光強度は、方向性電磁鋼板の表面から板厚方向に向かって、株式会社リガク製のGDA750を用いて、測定径3mmで測定した。得られたMnの発光強度およびSiの発光強度から、Mn規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Mnプロファイル)、Mn差分商の深さに対するプロファイル、Si規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Siプロファイル)およびSi差分商の深さに対するプロファイルを得た。これらのプロファイルから、点Aの深さ、点Bの深さ、点BにおけるMn規格化発光強度、点B~点Cの深さ方向の距離、点A~点Bの深さ方向の距離、点B~点Dの深さ方向の距離、点W~点Zの深さ方向の距離および点Y~点Xの深さ方向の距離を得た。なお、上述した式を用いてこれらの値を算出した。
なお、比較例では、方向性電磁鋼板の表層領域内に、Mn規格化発光強度が0.50以上、且つ、極大である点Bが存在しなかったが(極大点のMn規格化発光強度が0.50未満であったため)、表層領域内の極大点を仮に点Bと定義して、表中に点Bの深さ等を記載した。
【0142】
(絶縁皮膜の密着性試験)
絶縁皮膜の密着性試験は、JIS K 5600-5-1(1999)の耐屈曲性試験に準じて実施した。方向性電磁鋼板から、圧延方向に80mm、圧延垂直方向に40mmの試験片を採取した。採取した試験片を直径16mmのマンドレルに巻きつけた。密着性試験には、JIS K 5600-5-1(1999)の耐屈曲性試験に記載されたタイプ1の試験装置を用いて、180°曲げを行った。曲げた後の試験片の曲げ内面について、絶縁皮膜が残存した部分の面積率を測定した。絶縁皮膜の残存率が40%以上の場合を、密着性に優れるとして合格と判定した。絶縁皮膜の残存率が40%未満の場合を、密着性に劣るとして不合格と判定した。
【0143】
(化学組成の分析)
母鋼板の化学組成は、スパーク放電発光分析法:Spark-OES(Spark optical emission spectrometry)を用いて測定した。また、含有量が微量の場合には、必要に応じてICP-MS(Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry)を用いて測定した。なお、酸可溶性Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP-MSによって測定した。また、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定した。
後述する実施例1~16の母鋼板は、Si:0.80%~7.00%およびMn:0.05%~1.00%、C:0.005%以下、並びに、N:0.0050%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものであった。
【0144】
2.Siを含有しない絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板の実験例(表1の実施例1~8および比較例1~4)
表1の実施例1~8、比較例1~4は、Siを含有しない絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板の実験例である。これらの実験例のうち、実施例1~4、実施例7~8および比較例1~4は、中間層の形成と絶縁皮膜の形成とを一工程で実施した実験例(第二実施形態の製造方法の実験例)であり、実施例5および6は、中間層の形成と絶縁皮膜の形成とを別工程で実施した実験例(第一実施形態の製造方法の実験例)である。
【0145】
(実施例1)
Si:3.30%、C:0.050%、酸可溶性Al:0.030%、N:0.008%、Mn:0.10%、ならびに、SおよびSe:合計で0.005%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成のスラブを用いた。このスラブを1150℃で60分均熱した後、加熱後のスラブに熱間圧延を施して、板厚が2.8mmの熱間圧延鋼板を得た(熱間圧延工程)。次に、熱間圧延鋼板を、900℃で120秒保持した後、急冷する熱延板焼鈍を施して、焼鈍鋼板を得た(熱延板焼鈍工程)。次に、焼鈍鋼板を酸洗後、冷間圧延を施し、最終板厚が0.23mmの冷間圧延鋼板を得た(冷間圧延工程)。
【0146】
得られた冷間圧延鋼板に、水素:75体積%、残部:窒素および不純物からなる雰囲気中にて850℃で90秒保持する脱炭焼鈍を施して、脱炭焼鈍鋼板を得た(脱炭焼鈍工程)。
【0147】
得られた脱炭焼鈍鋼板に、Al:60質量%、MgO:40質量%の組成を有する焼鈍分離材を塗布した。次に、水素-窒素混合雰囲気にて15℃/hの昇温速度で1200℃まで加熱した後に、水素雰囲気にて1200℃で20時間保持する仕上げ焼純を施した。
その後、冷却過程では、酸化度(PH2O/PH2):1000の雰囲気下で、1100℃から500℃まで10時間かけて冷却した。冷却後、ブラシを用いて表面から焼鈍分離材を除去することによって二次再結晶が完了した仕上げ焼鈍鋼板を得た(仕上げ焼鈍工程)。
【0148】
仕上げ焼鈍鋼板に対して、中間層と絶縁皮膜とを同時に形成する800℃の熱処理を実施した(中間層および絶縁皮膜形成工程)。具体的には、得られた仕上げ焼鈍鋼板表面に、ホウ酸およびアルミナゾルを含むコーティング溶液(コロイド状シリカを含まないコーティング溶液)を塗布し、水素、水蒸気及び窒素からなり、酸化度(PH2O/PH2):0.1の雰囲気下で、加熱温度:800℃、保持時間:60秒とした熱処理を行った。この熱処理の後、800℃~600℃までの温度域を、酸化度:0.10の雰囲気下で冷却した。これにより、仕上げ焼鈍鋼板の表面に酸化珪素を主成分とする中間層を形成すると同時に、中間層表面にホウ酸とアルミナを主成分とする絶縁皮膜を形成した。なお、800℃~600℃の滞留時間は10秒~60秒であった。
以上の方法により、実施例1の方向性電磁鋼板を得た。
【0149】
(実施例2~4)
中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度を、表1に示した条件に変更したこと以外は実施例1と同様の方法により、実施例2~4の方向性電磁鋼板を得た。
【0150】
(実施例5および6)
実施例5および6では、中間層の形成と絶縁皮膜の形成とを別工程で実施した。具体的には、実施例1と同様の方法により得た仕上げ焼鈍鋼板に対して、酸化度(PH2O/PH2):0.01の雰囲気で、870℃まで加熱して60秒間保持することで中間層を形成した。次に、中間層を形成した仕上げ焼鈍鋼板に対して、ホウ酸およびアルミナゾルを含むコーティング溶液(コロイド状シリカを含まないコーティング溶液)を塗布し、酸化度(PH2O/PH2):0.1の雰囲気下で800℃まで加熱した。加熱した仕上げ焼鈍鋼板を、800℃で30秒間保持して絶縁皮膜を焼き付けた後、表1の「中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度」に記載の雰囲気で600℃まで冷却した(実施例5および6については、実際は「絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度」である)。なお、800℃~600℃の滞留時間は10秒~60秒であった。
【0151】
(実施例7および8)
仕上げ焼鈍工程の冷却過程における酸化度、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度、中間層形成時の加熱温度、及び、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度を、表1に示した条件に変更したこと以外は実施例1と同様の方法により、実施例7および8の方向性電磁鋼板を得た。
【0152】
(比較例1~4)
仕上げ焼鈍工程の冷却過程における酸化度、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度、中間層形成時の加熱温度、及び、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度を、表1に示した条件に変更したこと以外は実施例1と同様にして、比較例1~4の方向性電磁鋼板を得た。
【0153】
3.Siを含有する絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板の実験例(表2の実施例9~16および比較例5~8)
表2の実施例9~16、比較例5~8は、Siを含有する絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板の実験例である。これらの実験例のうち、実施例9~12、実施例15~16および比較例5~8は、中間層の形成と絶縁皮膜の形成とを一工程で実施した実験例(第二実施形態の製造方法の実験例)であり、実施例13および14は、中間層の形成と絶縁皮膜の形成とを別工程で実施した実験例(第一実施形態の製造方法の実験例)である。
【0154】
(実施例9)
仕上げ焼鈍鋼板に塗布するコーティング溶液の組成を変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により、実施例9の方向性電磁鋼板を製造した。コーティング溶液は、Alの燐酸塩、コロイド状シリカおよび無水クロム酸を含むコーティング溶液を使用した。
【0155】
(実施例10~12)
中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度を、表2に示した条件に変更したこと以外は実施例9と同様の方法により、実施例10~12の方向性電磁鋼板を得た。
【0156】
(実施例13および14)
実施例13および14では、中間層の形成と絶縁皮膜の形成とを別工程で実施した。具体的には、実施例9と同様の方法により得た仕上げ焼鈍鋼板に対して、酸化度(PH2O/PH2):0.01の雰囲気で、870℃まで加熱して60秒間保することで中間層を形成した。次に、中間層を形成した仕上げ焼鈍鋼板に対して、Alの燐酸塩、コロイド状シリカおよび無水クロム酸を含むコーティング溶液を塗布し、酸化度(PH2O/PH2):0.1の雰囲気800℃まで加熱した。加熱した鋼板を、当該温度で30秒間保持して絶縁皮膜を焼き付けた後、表2の「中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度」に記載の雰囲気で600℃まで冷却した(実施例13および14については、実際は「絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度」である)。なお、800℃~600℃の滞留時間は10秒~60秒であった。
【0157】
(実施例15および16)
仕上げ焼鈍工程の冷却過程における酸化度、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度、中間層形成時の加熱温度、及び、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度を、表2に示した条件に変更したこと以外は実施例9と同様の方法により、実施例15および16の方向性電磁鋼板を得た。
【0158】
(比較例5~8)
仕上げ焼鈍工程の冷却過程における酸化度、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度、中間層形成時の加熱温度、及び、中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度を、表2に示した条件に変更したこと以外は実施例9と同様の方法により、比較例5~8の方向性電磁鋼板を得た。
【0159】
(評価結果)
評価結果を表1及び表2にまとめた。なお、表1の実施例5および6、表2の実施例13および14については、「中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度」の欄に、「絶縁皮膜形成工程の冷却過程における酸化度」を記載している。
また、図2に実施例1(Siを含有しない絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板)のMn規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Mnプロファイル)を示し、図4に実施例14(Siを含有する絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板)のMn規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Mnプロファイル)及びSi規格化発光強度の深さに対するプロファイル(Siプロファイル)を示し、図5に実施例14(Siを含有する絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板)のMn差分商の深さに対するプロファイル及びSi差分商の深さに対するプロファイルを示す。
【0160】
【表1】
【0161】
【表2】
【0162】
表1及び表2に示すように、実施例1~16の方向性電磁鋼板は、Φ16mm曲げを行う密着性試験において絶縁皮膜の残存率が高く、比較例の方向性電磁鋼板より絶縁皮膜の密着性に優れていた。
【0163】
即ち、母鋼板が化学成分としてSiおよびMnを含有し、母鋼板表面に仕上げ焼鈍皮膜が実質的に存在せず、母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、中間層表面に絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板であって、方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたMnの発光強度および測定時間のデータから得られるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点を点Aと定め、絶縁皮膜の表面~点Aの深さの領域を表層領域と定めた場合に、表層領域内に、Mn規格化発光強度が0.50以上、且つ、極大である点Bを有する方向性電磁鋼板は、絶縁皮膜の密着性に優れていた。
【0164】
実施例1~16の中でも、下記いずれかの条件をさらに満たすものは、絶縁皮膜の残存率がより高くなった。また、下記の全ての条件を満たすものは、特に絶縁皮膜の残存率が高かった。
(1)表層領域内の点Aと点Bとの間に存在する、Mn規格化発光強度が極小である点Cと、点Bとが式2(点BにおけるMn規格化発光強度-点CにおけるMn規格化発光強度≧0.05)を満たす。
(2)点A~点Bの深さ方向の距離が0~10.0μmである。
(3)Siを含有しない絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板の実施例(すなわち実施例1~8)については、方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたSiの発光強度および測定時間のデータから得られる、Si規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、表層領域にSi規格化発光強度が極大値である点Dを有し、点B~点Dの深さ方向の距離が0~1.0μmである。
(4)Siを含有する絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板の実施例(すなわち実施例9~16)については、Si規格化発光強度から得られるSi差分商の深さに対するプロファイルにおいて、表層領域において、Si差分商が極小であり、且つSi差分商が-0.5以下である点を点Vと定め、Si差分商が極大であり、点Vより絶縁皮膜の表面側に存在し、且つ点Vに一番近い点を点Zと定め、Mn規格化発光強度から得られるMn差分商の深さに対するプロファイルにおいて、表層領域において、Mn差分商が極大値である点を点Yと定め、Mn差分商が最小である点を点Xと定め、点X~点Yの領域に存在し、Mn差分商が0である点を点Wと定めた場合に、点W~点Zの深さ方向の距離が0~1.0μmであり、点YにおけるMn差分商および点XにおけるMn差分商が式7(点YにおけるMn差分商-点XにおけるMn差分商≧0.015)の関係を満たす。
【0165】
これらの実施例1~16に対し、比較例1~8の方向性電磁鋼板は、絶縁皮膜の残存率が低く、実施例1~16に比べて絶縁皮膜の密着性に劣っていた。
即ち、母鋼板が化学成分としてSiおよびMnを含有し、母鋼板表面に仕上げ焼鈍皮膜が実質的に存在せず、母鋼板表面に酸化珪素を主成分とする中間層を有し、中間層表面に絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板であるものの、方向性電磁鋼板に対するグロー放電発光分析により測定されたMnの発光強度および測定時間のデータから得られるMn規格化発光強度の深さに対するプロファイルにおいて、Mn規格化発光強度が0.9である点のうち、深さが最大である点を点Aと定め、絶縁皮膜の表面~点Aの深さの領域を表層領域と定めた場合に、表層領域内に、Mn規格化発光強度が0.50以上、且つ、極大である点Bを有しない方向性電磁鋼板は、絶縁皮膜の密着性が十分ではなかった。
【0166】
比較例1、2、5および6は中間層および絶縁皮膜形成工程の冷却過程における雰囲気の酸化度が望ましい範囲から外れた。比較例3、4、7および8は仕上げ焼鈍工程の冷却過程における雰囲気の酸化度が望ましい範囲から外れた。そのため、これらの比較例のMn規格化発光強度が望ましい範囲から外れた。
【0167】
(実施例17~20および比較例9~19)
スラブの化学組成を表3に示す化学組成に変更し、表4に示す条件により方向性電磁鋼板を得た。なお、表3に示す条件以外の条件は実施例と同様とした。
なお、実施例17~20の母鋼板は、Si:0.80%~7.00%およびMn:0.05%~1.00%、C:0.005%以下、並びに、N:0.0050%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものであった。
【0168】
好ましい化学組成を有するスラブを用いて、好ましい製造条件により製造された実施例17~20は、絶縁皮膜の残存率が高かった。一方、好ましい化学組成を有さないスラブを用いて製造された、または好ましい製造条件を外れる製造条件により製造された比較例9~19は、絶縁皮膜の残存率が低かった。なお、表3のA鋼~E鋼のスラブを用いて製造した表5の方向性電磁鋼板の母鋼板は、表4のA鋼~E鋼の化学組成をそれぞれ有する母鋼板であった。
【0169】
【表3】
【0170】
【表4】
【0171】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0172】
本発明に係る上記態様によれば、酸化珪素を主成分とする中間層を有する方向性電磁鋼板において、絶縁皮膜の密着性に優れた方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0173】
1 母鋼板
2A 仕上げ焼鈍皮膜
2B 中間層
3 絶縁皮膜
a ピーク部
b 谷部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7