(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-18
(45)【発行日】2023-04-26
(54)【発明の名称】プレス成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
B21D 22/26 20060101AFI20230419BHJP
B21D 28/26 20060101ALI20230419BHJP
B21D 22/20 20060101ALI20230419BHJP
【FI】
B21D22/26 C
B21D22/26 D
B21D28/26
B21D22/20 B
(21)【出願番号】P 2021537395
(86)(22)【出願日】2020-08-06
(86)【国際出願番号】 JP2020030278
(87)【国際公開番号】W WO2021025137
(87)【国際公開日】2021-02-11
【審査請求日】2022-01-20
(31)【優先権主張番号】P 2019144366
(32)【優先日】2019-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 翔平
(72)【発明者】
【氏名】西村 隆一
(72)【発明者】
【氏名】▲浜▼田 幸一
(72)【発明者】
【氏名】大石 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】吉田 亨
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-042645(JP,A)
【文献】国際公開第2016/103682(WO,A1)
【文献】特開2017-164774(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/26
B21D 28/26
B21D 22/20
B21D 53/88
B62D 25/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレス成形品の製造方法であって、
前記プレス成形品の外周部の輪郭を形成する輪郭形成部の予定部としての、起伏形状を含む輪郭形成予定部を平板状のブランクシートに形成することで製造中間体を形成し、
前記ブランクシートから前記輪郭形成予定部を形成した後、前記輪郭形成予定部を搬送機で支持しつつ前記製造中間体を搬送することで、前記輪郭形成予定部を形成するプレス機から、前記輪郭形成予定部を形成した後の下流工程で用いられる別のプレス機へ前記製造中間体を搬送し、
前記輪郭形成予定部から前記製造中間体の中心に向かう領域において前記ブランクシートの平坦形状を維持するか、または、前記輪郭形成予定部から前記製造中間体の中心に向かう領域において前記製造中間体に所定の途中成形高さを有する張出途中部を形成し、
前記平坦形状が維持された部分としての平坦部または前記張出途中部の張出側頂部をピアスすることで貫通孔を形成し、
前記貫通孔が形成された後の前記平坦部を所定高さの張出部に成形するか、または、前記貫通孔が形成された後の前記張出途中部を前記途中成形高さよりも大きい前記所定高さの前記張出部に成形する、
プレス成形品の製造方法。
【請求項2】
前記ブランクシートは、板厚0.5mm以下の板部材である、請求項1に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項3】
前記輪郭形成予定部を前記ブランクシートから形成した後に、前記輪郭形成予定部にリストライク加工を含む仕上加工を施すことで、前記輪郭形成予定部を前記輪郭形成部とする、請求項1
または請求項2に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項4】
前記張出部の外周部の形状は、多角形である、請求項1~請求項
3の何れか1項に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項5】
前記途中成形高さは、前記張出部の高さの1/2未満である、請求項
4に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項6】
前記張出部の外周部は、M角形(Mは3以上の整数)に形成され、
前記貫通孔の縁部は、N角形(Nは3以上の整数)に形成され、
前記M=Nであり、且つ、前記貫通孔の周方向における前記外周部のコーナー部の位置と前記縁部のコーナー部の位置とがずらされている、
請求項
4または請求項
5に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項7】
前記周方向において、前記外周部の互いに隣接する2つのコーナー部間の角度ピッチの1/2の位置に、前記縁部の前記コーナー部が配置されている、請求項
6に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項8】
前記
貫通孔の縁部の形状は、正多角形であり、
前記縁部の前記正多角形の各コーナー部は、円弧形状に形成されており、
前記円弧形状の曲率半径をaとし、前記貫通孔の中心から前記縁部の何れか一辺の中点までの距離をbとしたとき、0.3≦a/b≦1.0である、請求項
4~請求項
7の何れか1項に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項9】
前記張出部の外周部の形状は、円形である、請求項1~請求項
3の何れか1項に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項10】
前記途中成形高さは、前記張出部の高さの1/2より大きく且つ前記高さ未満である、請求項
9に記載のプレス成形品の製造方法。
【請求項11】
前記貫通孔の縁部は円形である、請求項
9または請求項
10に記載のプレス成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車フードのインナーパネル等のプレス成形品は、ブランクをプレス成形することで形成されている(例えば、特許文献1,2参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2001-87818号公報
【文献】特許第5920280号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
インナーパネルは、例えば、底部と、この底部から立ち上がる縦壁と、この縦壁に設けられてアウターパネルに接合されるフランジと、を有する。そして、インナーパネルを鋼のブランクから成形する場合、プレス成形によって、ブランクの一部を張り出させて張出部を形成する。この張出部は、縦壁となる部分、および、フランジとなる部分を含んでいる。
【0005】
プレス成形品は、更なる軽量化のために、引張強さのより高い鋼板を用いてより薄肉にすることを求められている。例えば、自動車フードのインナーパネルは、軽量化を達成するために板厚を0.6mm未満とすることも検討されている一方で、曲げ剛性の確保も要求されている。インナーパネルにおいて、板厚をこのように薄くした場合、剛性確保のために縦壁の高さ、すなわち張出部の張出高さを高くする必要がある。その場合、プレス成形時に張出部の張出方向先端側近傍でのひずみ量が大きくなり、延性が足りず、プレス成形の最中に割れが生じることがある。このような割れは、成形不良の原因となる。
【0006】
また、プレス成形工程においては、成形途中の素材を1または複数の工程毎に複数のプレス機間で順次移送して、素材をプレス成形品に成形することがある。このため、薄肉の素材をプレス機間で移送する際に、素材が不要な外力を受けて変形しないように注意する必要がある。ここで、薄肉の素材を移送する手段は限られており、例えば、バキューム搬送機によって薄肉の素材を吸引しつつ、この素材を移送することが考えられる。しかしながら、現実的には、バキューム搬送機の吸引口が素材の表面全面を吸引することは現実的ではなく、吸引口が素材のうちの一部分を吸引しながら素材を移送する。このため、素材のうち吸引口から離れた箇所が自重によって下方に撓んでしまい、意図しない塑性変形が生じることがある。このような変形が生じると、プレス成形品の寸法精度が低下してしまう。また、バキューム搬送機で吸引しながら素材を移送しているときに、素材が撓むと、塑性変形を生じなくても、素材の撓みによって素材と吸引口との間に隙間ができ、吸引力の低下が生じてしまうおそれもある。吸引力の低下は、吸引口に対する素材の位置ずれや、素材の落下の原因となる。このような位置ずれが生じると、素材とプレス機との相対位置がずれることとなり、この場合もプレス成形品の寸法精度が低下してしまう。また素材が落下してしまうと、生産性の低下につながる。
【0007】
しかしながら、特許文献1,2では、プレス成形時に薄肉の素材を移送する際の問題について工夫がされているとはいえない。そして、このような課題は、自動車インナーパネルに限らず、他のプレス成形品にも存在する。
【0008】
本発明の目的の一つは、プレス成形時に素材に割れ等の成形不良が生じることを抑制できるとともに、プレス成形時において素材を移送する場合の不都合を抑制できる、プレス成形品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、下記のプレス成形品の製造方法を要旨とする。
【0010】
(1) プレス成形品の製造方法であって、
前記プレス成形品の外周部の輪郭を形成する輪郭形成部の予定部としての、起伏形状を含む輪郭形成予定部を平板状のブランクシートに形成することで製造中間体を形成し、
前記輪郭形成予定部から前記製造中間体の中心に向かう領域において前記ブランクシートの平坦形状を維持するか、または、前記輪郭形成予定部から前記製造中間体の中心に向かう領域において前記製造中間体に所定の途中成形高さを有する張出途中部を形成し、
前記平坦形状が維持された部分としての平坦部または前記張出途中部の張出側頂部をピアスすることで貫通孔を形成し、
前記貫通孔が形成された後の前記平坦部を所定高さの張出部に成形するか、または、前記貫通孔が形成された後の前記張出途中部を前記途中成形高さよりも大きい前記所定高さの前記張出部に成形する、
プレス成形品の製造方法。
【0011】
(2)前記ブランクシートは、板厚0.5mm以下の板部材である、前記(1)に記載のプレス成形品の製造方法。
【0012】
(3)前記輪郭形成予定部は、平坦な輪郭平坦部の予定部としての平坦な輪郭平坦予定部を含み、
前記ブランクシートから前記輪郭形成予定部を形成した後、前記輪郭平坦予定部を搬送機で支持しつつ前記製造中間体を搬送することで、前記輪郭形成予定部を形成するプレス機から、前記輪郭形成予定部を形成した後の下流工程で用いられる別のプレス機へ前記製造中間体を搬送する、前記(1)または前記(2)に記載のプレス成形品の製造方法。
【0013】
(4)前記輪郭形成予定部を前記ブランクシートから形成した後に、前記輪郭形成予定部にリストライク加工を含む仕上加工を施すことで、前記輪郭形成予定部を前記輪郭形成部とする、前記(1)~前記(3)の何れか1項に記載のプレス成形品の製造方法。
【0014】
(5)前記張出部の外周部の形状は、多角形である、前記(1)~前記(4)の何れか1項に記載のプレス成形品の製造方法。
【0015】
(6)前記途中成形高さは、前記張出部の高さの1/2未満である、前記(5)に記載のプレス成形品の製造方法。
【0016】
(7)前記張出部の外周部は、M角形(Mは3以上の整数)に形成され、
前記貫通孔の縁部は、N角形(Nは3以上の整数)に形成され、
前記M=Nであり、且つ、前記貫通孔の周方向における前記外周部のコーナー部の位置と前記縁部のコーナー部の位置とがずらされている、
前記(5)または前記(6)に記載のプレス成形品の製造方法。
【0017】
(8)前記周方向において、前記外周部の互いに隣接する2つのコーナー部間の角度ピッチの1/2の位置に、前記縁部の前記コーナー部が配置されている、前記(7)に記載のプレス成形品の製造方法。
【0018】
(9)前記縁部の形状は、正多角形であり、
前記縁部の前記正多角形の各コーナー部は、円弧形状に形成されており、
前記円弧形状の曲率半径をaとし、前記貫通孔の中心から前記縁部の何れか一辺の中点までの距離をbとしたとき、0.3≦a/b≦1.0である、前記(5)~前記(8)の何れか1項に記載のプレス成形品の製造方法。
【0019】
(10)前記張出部の外周部の形状は、円形である、前記(1)~前記(4)の何れか1項に記載のプレス成形品の製造方法。
【0020】
(11)前記途中成形高さは、前記張出部の高さの1/2より大きく且つ前記高さ未満である、前記(10)に記載のプレス成形品の製造方法。
【0021】
(12)前記貫通孔の縁部は円形である、前記(10)または前記(11)に記載のプレス成形品の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、プレス成形時に素材に割れ等の成形不良が生じることを抑制できるとともに、プレス成形時において素材を移送する場合の不都合を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る自動車パネルの模式的な分解斜視図である。
【
図2】
図2は、自動車パネルのインナーパネルの平面図である。
【
図3】
図3は、
図2のIII-III線に沿う模式的な断面図である。
【
図4】
図4は、
図2のIV-IV線に沿う断面図であり、断面の背後に現れる部分の図示を省略している。
【
図6】
図6は、インナーパネルの一部を拡大した平面図である。
【
図7】
図7は、インナーパネルの一つの張出部の周辺を拡大した斜視図である。
【
図8】
図8は、バキューム搬送機の主要部およびブランクシートの模式的な斜視図である。
【
図9】
図9(A)は、ブランクシートおよび(i)の工程におけるプレス機の主要部を示す模式的な断面図である。
図9(B)は、プレス機による(i)の工程におけるプレス加工を示す主要部の模式的な断面図である。
【
図10】
図10(A)は、(i)の工程後の製造中間体の斜視図である。
図10(B)は、(i)の工程後の製造中間体にバキューム搬送機が取り付けられた状態を示す模式的な斜視図であり、バキューム搬送機の一部の図示を省略している。
【
図11】
図11(A)は、製造中間体および(ii)の工程におけるプレス機の主要部を示す模式的な断面図である。
図11(B)は、(ii)の工程におけるプレス機によるピアス加工を示す主要部の模式的な断面図である。
図11(C)は、(ii)の工程(ピアス)を経た製造中間体の模式的な斜視図である。
【
図12】
図12(A)は、製造中間体および(iii)の工程におけるプレス機の主要部を示す模式的な断面図である。
図12(B)は、(iii)の工程におけるプレス機による張出部の加工を示す主要部の模式的な断面図である。
【
図13】
図13(A)は、製造中間体および(iv)の工程におけるプレス機の主要部を示す模式的な断面図である。
図13(B)は、(iv)の工程におけるプレス機によるリストライク加工を示す主要部の模式的な断面図である。
【
図14】
図14(A)は、製造中間体および(v)の工程におけるプレス機の主要部を示す模式的な断面図である。
図14(B)は、(v)の工程におけるプレス機による成形を示す主要部の模式的な断面図である。
【
図15】
図15は、(ii)の工程の変形例の主要部を示す図である。
【
図16】
図16(A)は、ブランクから貫通孔を形成することなく張出部を成形したときの張出部を示す模式的な斜視図である。
図16(B)は、
図16(A)に示す張出部について、O-O’線上の位置と最大主ひずみとの関係を示すグラフである。
【
図17】
図17(A)は、ブランクに貫通孔を形成した後に張出部を成形したときの張出部を示す模式的な斜視図である。
図17(B)は、
図17(A)に示す張出部について、O-O’線上の位置と最大主ひずみとの関係を示すグラフである。
【
図18】
図18(A)は、プレス機の拡大図である。
図18(B)は、貫通孔の仕上がり品質について説明するための模式的な断面図である。
【
図19】
図19は、ピアスによって貫通孔が形成されるときの張出途中部の高さと、張出部として成形できる高さの限界値(許容値)との関係を示す図である。
【
図20】
図20は、張出部の貫通孔の縁部の形状の変形例を示しており、
図20(A)は、1つの張出部を示す平面図であり、
図20(B)は、貫通孔の縁部の各コーナー部の曲率半径aと、貫通孔の中心から貫通孔の縁部の一辺の中点までの距離bとの比a/bと、成形限界高さとの関係を示すグラフである。
【
図21】
図21は、張出部の変形例を示す図であり、
図21(A)は、主要部の模式的な平面図であり、
図21(B)は、
図21(A)のXXIB-XXIB線に沿う断面図である。
【
図22】
図22は、張出部の形状の変形例において、ピアスによって貫通孔が形成されるときの張出途中部の高さと、張出部として成形できる高さの限界値(許容値)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下では、まず、本発明を想到するに至った経緯を説明し、次に、実施形態を詳細に説明する。
【0025】
[本発明を想到するに至った経緯]
本発明は、自動車フード等のインナーパネルおよびアウターパネル等のプレス成形品について、薄肉軽量化を達成しつつ、張り剛性および耐デント性を確保するために鋭意研究する中で、想到されたものである。
【0026】
本明細書では、張り剛性は、比較的ゆるやかな曲面を持つとともに板厚に対して表面積が非常に大きなプレス成形品、例えば、自動車フードのアウターパネルに外部から力が作用した場合の、当該アウターパネルの剛性をいう。張り剛性は、アウターパネルのたわみにくさを表す指標である。例えば、張り剛性が高いと、アウターパネルに手をついた時、アウターパネルがたわみにくい。張り剛性は、アウターパネルを手で押したときの、弾力的な抵抗感やたわみ変形の感覚に対応する。この特性は通常、荷重をかけた際のたわみ量で表され、一定の荷重をかけた際のたわみ量が小さいほど、張り剛性が高い。
【0027】
本明細書では、耐デント性は、強く押された後に残る永久ひずみのできにくさの指標(凹み疵のつきにくさを表す指標)である。例えば、アウターパネルを強く押さえた時、耐デント性が低いと容易に凹み疵がつく。また、耐デント性が低いと、アウターパネルに小石等があたった際に、容易に凹み疵がつく。耐デント性は、何らかの原因でアウターパネルに局所的な荷重が加わった場合、この荷重を除去した後におけるくぼみ(デント)の残留のし難さをいう。実際の自動車のボディでは、ドアなどのアウターパネルを指や手のひらで強く押した場合、あるいは走行中に飛び石が当たった場合などに発生する。デントは、アウターパネルにおいて荷重が付加された箇所が塑性変形することで発生する。したがって、アウターパネルへの負荷時におけるパネルのひずみが一定の大きさに達すると、除荷後にもひずみが残留し、デントが発生する。アウターパネルに一定の残留ひずみを発生させる荷重の最小値をデント荷重と言い、デント荷重が大きい方が耐デント性に優れる。
【0028】
自動車パネルにおいては、パネルの板厚を薄くすればするほど、張り剛性と耐デント性の双方が低下する。そして、従来、自動車パネルに関して、軽量化を達成しつつ張り剛性を確保するという観点を主眼とした改良が行われているとはいえない。さらにいえば、張り剛性と耐デント性の双方を確保するという観点を主眼とした改良が行われているとはいえない。
【0029】
上記の観点から、本願発明者は、インナーパネルに、インナーパネルの一辺の長さと比べて辺長さの短いハニカム形状を設けることを想到した。このようなハニカム形状を成形するには、通常、以下の工程1)、2)が行われる。
工程1)絞り成形により、高剛性形状部を含めて、部材全体形状を形成する。
工程2)高剛性形状部で、最終製品として不要な部位を取り除くピアス(打抜き)を行う。
また、これらの工程の間に,形状が緩やかな部分を最終製品形状に加工するといったリストライクや周辺不要部のトリム等が行われる。
【0030】
しかしながら、上記の通常の方法では、工程1)において高剛性形状を成形する際に、形状が深いために張り出される際の材料の延性が足りず、材料に破断が生じやすい。そこで本願発明者らは、鋭意検討の結果、高剛性形状の張出の変形形態を変化させることを考えた。つまり、張出成形ではなく、穴広げ成形へと変えることで成形性を向上することを検討した。
【0031】
鋭意検討の結果、高剛性形状の張出成形前、あるいは張出成形途中にピアス加工を施し、穴広げ成形へと変形形態を変化させることで、成形性が向上することがわかった。さらに詳細調査の結果、平面視形状が非軸対称、例えば六角ハニカム形状や四角形状の場合、ピアスタイミングは、高剛性形状の成形初期に行う一方、平面視形状が軸対称の円形状である場合、ピアスタイミングは、高剛性形状の成形後期に行うことが、成形性向上効果を最大化するのによいことがわかった。
【0032】
さらに、薄肉の素材でインナーパネル等をプレス成形する構成の実現性を検討することで、素材をプレス成形するときの素材の搬送性に課題があるとの知見を得るに至った。具体的には、前述したように、プレス成形品のプレス成形工程においては、成形途中の素材を1または複数の工程毎に複数のプレス機間で順次移送して、素材をプレス成形品に成形することがある。このため、薄肉の素材をプレス機間で移送する際に、素材が不要な外力を受けて変形しないように注意する必要がある。例えば、バキューム搬送機によって薄肉の素材を吸引しつつ、この素材を移送する場合、現実的には、バキューム搬送機の吸引口が素材の表面全面を吸引することができず、吸引口が素材のうちの一部分を吸引しながら素材を移送する。このため、素材のうち吸引口から離れた箇所が自重によって下方に撓んでしまい、意図しない変形が生じることがある。このような変形が生じると、プレス成形品の寸法精度が低下したり、生産性の低下につながる。
【0033】
また、上述したように、インナーパネルにハニカム形状部分を形成する場合、穴開けされたブランクを自動搬送することは極めて困難であった。すなわち、薄くて剛性の低いブランクを自動搬送する際、搬送時に、ブランクが搬送治具から外れ易い。また、穴あきブランクがバキューム機から外れない場合でも、穴あき部にはバキューム機の吸引口を取り付けられない場合が多い。その結果、ハニカム形状の穴あき部が撓むことで折れが生じてしまい、素材を搬送できない不具合が生じる。すなわち、単にブランク状態で多数の穴をピアス加工すると、量産プレス機における自動搬送ができなくなることがわかった。
【0034】
このような知見を得つつ、本願発明者らは、アウターパネルの薄肉化による張り剛性の低下、さらには耐デント性の低下を抑制するための手法を鋭意検討し、さらには、プレス成形時の素材の搬送の際に素材に意図しない変形等の不都合が生じることを抑制するための手法も鋭意検討した。その結果、本発明のプレス成形品の製造方法を確立した。
【0035】
[実施形態の説明]
以下、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。本実施形態では、プレス成形品の一例として、自動車パネルを説明する。より具体的には、自動車パネルの一例として、自動車フードインナを例に説明する。なお、本発明のプレス成形品として、自動車フードインナに限らず、インナーパネルおよびアウターパネルを含む自動車外板パネル用のパネル部品、例えば、クォーターパネル補剛部材、ドアパネル(ドアインナーパネル、ドアアウターパネル)を例示できる。また、本発明のプレス成形品は、自動車以外の他の構造を構成するプレス成形品としても用いることができる。
【0036】
図1は、本発明の一実施形態に係る自動車パネル1の模式的な分解斜視図である。
図2は、自動車パネル1のインナーパネル2の平面図である。
図3は、
図2のIII-III線に沿う模式的な断面図である。
図4は、
図2のIV-IV線に沿う断面図であり、断面の背後に現れる部分の図示を省略している。なお、
図3および
図4では、
図2では現れていないアウターパネル3を想像線である2点鎖線で示している。
【0037】
図5は、
図3の一部を拡大した図である。
図6は、インナーパネル2の一部を拡大した平面図である。
図7は、インナーパネル2の一つの張出部9の周辺を拡大した斜視図である。以下では、特記なき場合、
図1~
図7を適宜参照して説明する。
【0038】
自動車パネル1は、自動車の前部に設けられるフロントフードであり、ボンネットとも称される。自動車パネル1が設けられる自動車は、例えば、乗用車である。上記乗用車の一例として、セダン型乗用車、クーペ型乗用車、ハッチバック型乗用車、ミニバン型乗用車、SUV(Sport Utility Vehicle)型乗用車等を挙げることができる。
【0039】
なお、本明細書では、自動車パネル1が自動車に装着され且つ自動車パネル1が閉じられているときを基準として、前後、左右、および、上下をいう。前とは、自動車が前進する方向である。後とは、自動車が後進する方向である。右とは、前進中の自動車が右折するときの当該自動車の転回方向である。左とは、前進中の自動車が左折するときの当該自動車の転回方向である。また、本実施形態では、自動車パネル1が装着される自動車の車幅方向を幅方向Xという。また、自動車パネル1が装着される自動車の車長方向を長さ方向Yという。また、自動車パネル1が装着される自動車の車高方向を高さ方向Zという。
【0040】
自動車パネル1は、自動車インナーパネル2と、この自動車インナーパネル2に支持される自動車アウターパネル3と、自動車アウターパネル3とインナーパネル2とを接合する接合部7と、を有している。なお、以下では、自動車インナーパネル2を単にインナーパネル2といい、自動車アウターパネル3を単にアウターパネル3という。
【0041】
アウターパネル3は、自動車パネル1において自動車の外面の一部を構成する部分である。アウターパネル3は、例えば、軟鋼板または高張力鋼板等の金属材料で形成されている。高張力鋼板として、引張強さ340MPa以上の鋼板、例えば引張強さ590MPa以上の鋼板を例示できる。アウターパネル3は、例えば、一枚の鋼板をプレス加工すること等により形成されている。アウターパネル3の板厚t3(鋼板の板厚)は、0.6mm以下に設定されており、好ましくは、0.5mm以下に設定されており、より好ましくは、0.4mm以下に設定されている。このように、アウターパネル3の板厚t3を薄くするほど、自動車パネル1をより軽くできる。アウターパネル3の板厚t3の下限は、例えば、0.1mmである。
【0042】
アウターパネル3の形状には特に制約は無い。なお、本実施形態では、アウターパネル3は、中央部が高さ方向Zの上方に凸の形状である。
【0043】
インナーパネル2は、アウターパネル3の下面3aに接合されることでこのアウターパネル3を補強している。これにより、インナーパネル2は、アウターパネル3の張り剛性を高めている。さらに、本実施形態では、インナーパネル2は、アウターパネル3の耐デント性を高めている。すなわち、本実施形態では、アウターパネル3の張り剛性および耐デント性は、アウターパネル3の板厚を大きくすることで確保するのではなく、インナーパネル2の形状により確保されている。インナーパネル2は、例えば、鋼板等の金属材料で形成されている。インナーパネル2は、例えば、一枚の鋼板をプレス加工することにより形成されている。インナーパネル2は、一体成形品であってもよいし、複数の部材同士を接合することで形成されていてもよい。本実施形態では、インナーパネル2は、一体成形品である。インナーパネル2の板厚t2(鋼板の板厚)は、好ましくは、0.3mm~0.6mmである。インナーパネル2の板厚t2は、アウターパネル3の板厚t3未満であってもよいし、アウターパネル3の板厚t3と同じであってもよいし、アウターパネル3の板厚t3より大きくてもよい。
【0044】
インナーパネル2は、輪郭形成部5が設けられた外周部4と、輪郭形成部5に取り囲まれるように配置された張出構造体6と、を有している。
【0045】
外周部4は、インナーパネル2の外周部分である。アウターパネル3がエンジンルームを閉じているとき、インナーパネル2の外周部4は、アウターパネル3の外周部とともに車体(図示せず)に受けられている。これにより、アウターパネル3の上面3bに作用する荷重は、インナーパネル2を介して車体に受けられる。
【0046】
外周部4の輪郭形成部5は、インナーパネル2の外周部4の輪郭を形成する立体形状部分であり、インナーパネル2の外周部4のうち曲げ剛性が高められている部分である。輪郭形成部5は、本実施形態では、インナーパネル2の外周部の円周方向全域に亘って形成されている。なお、輪郭形成部5は、インナーパネル2の外周部4の円周方向の一部にのみ形成されていてもよい。輪郭形成部5においては、インナーパネル2上を水平方向に移動したときに高さ方向Zに起伏する部分を含んでいる。輪郭形成部5は、インナーパネル2の平坦部分または張出構造体6を持ち上げたことによりインナーパネル2の外周部4が下方に撓む荷重を受けたときに当該外周部4が下方へ撓み変形することを抑制するような起伏形状を含んでいればよく、具体的な形状は問わない。
【0047】
本実施形態では、輪郭形成部5は、輪郭平坦部20と、第1台座21と、第1台座21に形成され張出構造体6を支持する第2台座22と、を有している。
【0048】
輪郭平坦部20は、搬送用の後述するバキュームカップ51によって吸着されることが可能な被吸着部である。輪郭平坦部20は、バキュームカップ51が吸着可能な面積および平坦度(幅方向Xおよび長さ方向Yに移動したときにおける高さ方向Zの高さ変化の小ささ)を有していればよい。本実施形態では、輪郭平坦部20は、7箇所に配置されており、輪郭平坦部として輪郭平坦部20(201~207)が設けられている。
【0049】
輪郭平坦部20は、インナーパネル2の外周側部分(第1台座21の外側)に複数配置されており、本実施形態では、5箇所に形成されている。輪郭平坦部201は、インナーパネル2の前端部且つ幅方向Xの中央に形成されており、ボンネットストライカーが連結される箇所である。輪郭平坦部202,203は、本実施形態では、長さ方向Yにおける張出構造体6の後端付近に配置されており、張出構造体6を幅方向Xに挟むように位置している。輪郭平坦部204,205は、本実施形態では、長さ方向Yにおけるインナーパネル2の後端部に配置されており、幅方向Xにおけるインナーパネル2の両端部付近に位置している。
【0050】
輪郭平坦部20は、インナーパネル2の内周寄り部分(本実施形態では、第2台座22)にも複数配置されており、本実施形態では、2箇所に形成されている。輪郭平坦部206,207は、平面視において輪郭平坦部201~205の位置からインナーパネル2の中心に進んだ位置に配置されている。なお、「インナーパネル2の中心」とは、インナーパネル2を平面視したときにおけるインナーパネル2の図心をいう。輪郭平坦部206,207は、本実施形態では、長さ方向Yにおける張出構造体6の前端付近に配置されており、張出構造体6を幅方向Xに挟むように位置している。
【0051】
なお、本実施形態では、輪郭平坦部201~207が設けられる構成を例に説明するが、この通りでなくてもよい。輪郭平坦部20の数は、少なくとも2あればよく、3でもよい。輪郭平坦部20は、インナーパネル2の平面視において、インナーパネル2の素材を少ないたわみ量でバキュームカップ51によって持ち上げることが可能に配置されている。
【0052】
第1台座21は、高さ方向Zに立ち上がった壁部21aと、この壁部の上端からインナーパネル2の中心に向かう平坦な天板21bと、を含んでいる。第1台座21は、平面視において無端環状に形成されている。第1台座21の外周縁部21cは、
図2において太線で示されている。第1台座21の天板21bの内周縁部に、第2台座22が支持されている。
【0053】
第2台座22は、天板21bから高さ方向Zに立ち上がった壁部22aと、この壁部22aの上端からインナーパネル2の中心に向かう平坦な天板22bと、を含んでいる。第2台座22は、平面視において無端環状に形成されている。第2台座22の天板22bに輪郭平坦部206,207が形成されている。第2台座22の天板22bの内周縁部22cは、
図2において太線で示されている。天板22bに張出構造体6が支持されている。
【0054】
張出構造体6は、アウターパネル3の上面3bに作用する荷重を受けるために設けられた立体構造を有している。張出構造体6は、断面ハット形状(断面V字形状または断面U字形状)の部材を組み合わせた構成を有している。
【0055】
張出構造体6は、第2台座22の天板22b(外周部4の内周縁部4b)に隣接し当該天板22bに連続する複数の不完全張出部8および複数の補強張出部23(231~234)と、複数の張出部9と、を有している。
【0056】
不完全張出部8は、多角形(本実施形態では、六角形)の張出部9の円周方向に沿って張出部9の一部分を切り取った構成に相当する構成を有している。不完全張出部8は、張出部9の後述する部分ユニット10と同様の辺部を有している。そして、この辺部が天板22bに連続している。
【0057】
補強張出部23は、本実施形態では、張出構造体6の前部寄りの4箇所に配置されており、平面視における第2台座22の天板22bの内周領域を補強するように形成されている。補強張出部231,232は、天板22bの前端において幅方向Xに対称に配置されている。補強張出部233,234は、補強張出部231,232から長さ方向Yの後方に進んだ位置において、幅方向Xに対称に配置されている。各補強張出部231~234は、天板22bから上方に立ち上がる縦壁と、この縦壁の上端に形成されたフランジと、を有している。
【0058】
各張出部9は、高さ方向Zの平面視で多角形(本実施形態では、六角形)の環状に形成されている。これ以降、単に平面視と表現する場合、高さ方向Zの平面視を意味する。各張出部9が環状の多角形形状に形成されていることで、インナーパネル2を軽量にできるとともにインナーパネル2に高い剛性を持たせることができる。
【0059】
本実施形態では、各張出部9は、実質的に角が丸くされた正六角形に形成されている。正六角形とは、各辺の長さがすべて等しく、内角も120度と一定な六角形である。また、「実質的に正六角形」とは、本明細書では、アウターパネル3の張り剛性の観点および耐デント性の観点において、正六角形として扱うことができる六角形をいう。各張出部9の形状は、実質的に同じに形成されている。なお、この場合の「実質的に同じ」とは、アウターパネル3の湾曲形状に合わせた形状に各張出部9の形状が合わせられている点以外の構成が同じであることを示している。
【0060】
各張出部9は、正六角形以外の六角形に形成されていてもよい。正六角形以外の六角形として、各辺の長さが不均一な六角形、および、内角が120度で統一されていない六角形を例示できる。各辺の長さが不均一な六角形として、前端辺の長さおよび後端辺の長さが所定の第1長さに設定され、且つ、第1長さとは異なる所定の第2長さにそれぞれ設定された四辺を有する六角形を例示できる。
【0061】
張出構造体6は、六角形の環状の張出部9が複数最密に配置された構造を有している。この場合の「最密」とは、互いに隣接する複数の張出部9が隙間無く配置されていることをいう。具体的には、張出部9は、他の張出部9と後述する張出部境界14において区画されている。
図6に示されているように、底部13の先端13c(下端)が、当該先端13cを含む底部13の境界を形成していることで、張出部境界14が形成されている。この張出部境界14は、平面視で六角形状に形成されている。このような最密六角形配置がされていることにより、張出構造体6は、平面視における全領域において高さ方向Zを含む、あらゆる方向の荷重に略同様に抗することができる。
【0062】
張出部9の後述するフランジ11が最密配置される場合、複数の張出部9が同一形状であることが好ましい。また、異なる形状、相似形の張出部9が最密配置されてもよい。なお、張出構造体6において、張出部9は最密配置されなくてもよく、隣接する張出部9,9同士の間に他の部分が形成されていてもよい。
【0063】
複数の張出部9は、本実施形態では、全体として幅方向Xに対称に形成されている。例えば、張出部9は、本実施形態では、幅方向Xの中央において、前後に3つ並んでいる。そして、平面視において、この3つの張出部9における幅方向Xの中央を通り前後に延びる仮想線A1を基準として、複数の張出部9が幅方向Xに対称に配置されている。なお、この構成に限らず、張り剛性と耐デント性と質量は張出部9の方向に依存しないため、張出部9の方向に制約は無い。
【0064】
本実施形態では、幅方向Xの中央位置に配置された上記3つの張出部9から右側へ向けて、順に、長さ方向Yに並ぶ4つの張出部9が配置され、さらに、長さ方向Yに並ぶ3つの張出部9が配置され、さらに、長さ方向Yに並ぶ2つの張出部9が配置され、さらに、長さ方向Yに並ぶ2つの張出部9が配置されている。また、上記と同様にして、幅方向Xの中央位置に配置された上記3つの張出部9から左側へ向けて、順に、長さ方向Yに並ぶ4つの張出部9が配置され、さらに、長さ方向Yに並ぶ3つの張出部9が配置され、さらに、長さ方向Yに並ぶ2つの張出部9が配置され、さらに、長さ方向Yに並ぶ2つの張出部9が配置されている。
【0065】
各張出部9は、6つの部分ユニット10(10a~10f)を有している。本実施形態では、各張出部9において、前部分ユニット10aと後部分ユニット10dがそれぞれ、幅方向Xに沿って延びている。そして、各張出部9において、残りの4つの部分ユニット10が、平面視において長さ方向Yに対して傾斜する方向に延びている。このように、複数の部分ユニット10によって、多角形形状の張出部9が形成されている。
【0066】
図5~
図7によく示されているように、各部分ユニット10(10a~10f)は、フランジ11と、フランジ11に連続する縦壁12と、縦壁12に連続しフランジ11とは離隔している底部13と、を有している。
【0067】
フランジ11は、アウターパネル3に隣接しており、部分ユニット10においてアウターパネル3に最も近接配置されている部分である。フランジ11は、帯板状部分である。1つの張出部9において、6つの部分ユニット10a~10fのフランジ11は全体として六角形状のフランジを形成している。そして、6つのフランジ11の内側端部11aが、全体として環状の端部を構成している。すなわち、6つのフランジ11の内側端部11aによって貫通孔18が形成されている。フランジ11の上面11bの幅(部分ユニット10の長手方向Lと直交する断面における幅)は、フランジ11の内側端部11aと外側端部11cとの間の距離である。部分ユニット10の長手方向Lと直交する断面(
図5に示す断面)において、外側端部11cは、フランジ11の上面11b(直線部分)を含む仮想線V1と、縦壁12の上側面12aの中間部(直線部分)を含む仮想線V2の交点である。本実施形態のように、フランジ11と縦壁12とが湾曲状に接続されている場合、外側端部11cは、仮想の端部となる。一方、フランジ11と縦壁12とが直線状に尖った形状で接続されている場合、外側端部11cは、これらの接続点となる。フランジ11のうち、接合部7を塗布可能な上面11bの幅は、2mm以上であることが、接合部7を十分な量設ける点で好ましい。
【0068】
部分ユニット10の長手方向Lと直交する断面において、底部13の内側端部13aは、底部13の下側面13bの頂部の接線である仮想線V3と、前述した仮想線V2との交点である。本実施形態のように、縦壁12と底部13とが湾曲状に接続されている場合、底部13の内側端部13aは、仮想の部分となる。一方、縦壁12と底部13とが直線状に尖った形状で接続されている場合、底部13の内側端部13aは、実在部分となる。
【0069】
フランジ11の長手方向Lの両端部は、それぞれ、平面視で湾曲した形状に形成されており、隣接する部分ユニット10のフランジ11と滑らかに連続している。本実施形態では、各張出部9において、少なくとも一部の部分ユニット10のフランジ11は、上面11bにおいて接合部7に接着されており、この接合部7を介してアウターパネル3に接着されている。
図5に示す通り、フランジ11から縦壁12が下方に向けて延びている。
【0070】
縦壁12は、フランジ11と底部13の間に配置されており、フランジ11と底部13とを接続している。縦壁12は、当該縦壁12が設けられている部分ユニット10の長手方向Lの全域に亘って設けられている。縦壁12は、例えば、アウターパネル3側に近づくに従い張出部9の中心軸線側(内側端部11a側)に進むテーパ状に形成されている。
【0071】
縦壁12の上端に、フランジ11が連続している。縦壁12の下端に、底部13が連続している。部分ユニット10の長手方向Lと直交する断面において、フランジ11と縦壁12とは、滑らかに湾曲する形状で互いに連続しており、応力集中が生じにくい態様で接続されている。同様に、底部13と縦壁12とは、滑らかに湾曲する形状で互いに連続しており、応力集中が生じにくい態様で接続されている。
【0072】
底部13は、張出部9においてアウターパネル3から最も離隔した部分であり、第2台座22の天板22bに接続されている。底部13は、下方に向けて凸となる湾曲形状に形成されている。底部13は、当該縦壁12が設けられている部分ユニット10の長手方向Lの全域に亘って設けられている。部分ユニット10の長手方向Lと直交する断面において、張出部9の半径方向の内側から外側に向かって、フランジ11、縦壁12、底部13の順に並んでいる。一の張出部9における底部13の先端13cは、隣接する他の張出部9における底部13の先端13cと一体である。
図6によく示されているように、1つの張出部9において、互いに隣接する部分ユニット20の底部13同士は互いに突き合わされて直接連続している。例えば、1つの張出部9内において、部分ユニット10aの底部13は、部分ユニット10b,10fのそれぞれの底部13と突き合わされて直接連続している。そして、6つの部分ユニット10a~10fにおける6つの底部13の先端13cは、全体として六角形状の張出部境界14を形成している。そして、この張出部境界14において、隣接する張出部9,9の底部13同士が連続している。これにより、互いに隣接する張出部9,9は、底部13同士が連続する部分ユニット10を有している。例えば、互いに隣接する張出部9,9において、一方の張出部9の部分ユニット10aの底部13と、他方の張出部9の部分ユニット10dの底部13とは、互いに突き合わされて直接連続している。
【0073】
上記の構成により、各張出部9において、互いに隣接する(連続する)部分ユニット10,10同士の接続部が、張出部9の外周部9aのコーナー部9bを形成している。コーナー部9bは、部分ユニット10の長手方向Lにおける、互いに隣接する部分ユニット10,10の端部、フランジ11,11の端部、および、縦壁12,12の端部を含んでいる。本実施形態では、コーナー部9bは、1つの張出部9に6つ設けられている。コーナー部9bは、滑かな湾曲形状に形成されている。張出部9のうち、底部13から張り出した部分としての張出側頂部9cは、張出部9の径方向外側かつ高さ方向Zの上側に凸となる膨らんだ形状に形成されている。
【0074】
張出部9の張出側頂部9cの形状は、多角形としての六角形である。すなわち、張出部9の外周部9aは、多角形としての六角形である。また、張出部9の貫通孔18の縁部18aの形状は、多角形としての六角形である。本実施形態では、張出側頂部9cの六角形と、貫通孔18の縁部18aとは、同心に配置されているけれども、同心でなくてもよい。上述の構成により、本実施形態では、張出部9の外周部9aはM角形(Mは3以上の整数。本実施形態では、M=6)に形成されている。また、貫通孔18の縁部18aは、N角形(Nは3以上の整数。本実施形態では、N=6)に形成されている。そして、M=Nである。なお、上記M,Nの値は、4,5または7以上であってもよい。また、M=Nでなくてもよい。
【0075】
本実施形態では、張出部9の外周部9aと貫通孔18の縁部18aとは、コーナー部9b,18bの形状以外が相似形である。
【0076】
本実施形態では、底部13,13が互いに離隔して配置され且つ互いに隣接する2つの部分ユニット10,10の2つのフランジ11,11間の距離D1の最大値は、250mm以下に設定されていることが好ましい。
【0077】
「互いに離隔」とは、直接に接触していないということを意味する。2つの底部13,13が別の底部13等の別の部分を介して繋がっている場合は、互いに離隔しているという。例えば、1つの張出部9において、部分ユニット10aの底部13と部分ユニット10bの底部13とは互いに連続しているけれども、部分ユニット10aの底部13と部分ユニット10cの底部13とは、部分ユニット10bの底部13を介して連続しているため「互いに離隔」している。また、隣り合う張出部9,9においては、底部13が直接繋がっている部分ユニット10aと部分ユニット10dとは互いに連続しているけれども、一方の張出部9の部分ユニット10aの底部13と、他の張出部9の部分ユニット10eの底部13とは直接繋がっていないため、互いに離隔している。
【0078】
「隣接する」とは、直接隣接していることを意味し、2つの部分ユニット10,10の間に他の部分が配置されている場合には、隣接するとはいわない。例えば、1つの張出部9においては、部分ユニット10aは、部分ユニット10b~10fの何れとも他の部材の介在無く向かい合っており、隣接しているといえる。また、隣り合う張出部9,9においては、一方の張出部9の一の部分ユニット10aと当該一の部分ユニット10に最も近い部分ユニット10dとが隣接しているといえる。例えば、隣接する張出部9,9において、一方の張出部9の部分ユニット10aと他方の張出部9の部分ユニット10aとは、間に他方の張出部9の部分ユニット10dが存在しているため、隣接しているとはいわない。
【0079】
1つの張出部9内においては、対辺となる2つの部分ユニット10,10のフランジ11,11間の距離D1の最大値が250mm以下であることが好ましい。より具体的には、部分ユニット10a,10dのフランジ11,11間の距離、部分ユニット10b,10eのフランジ11,11間の距離、部分ユニット10c,10f間の距離D1がそれぞれ250mm以下であることが好ましい。
【0080】
また、隣り合う2つの張出部9,9において、互いに突き合わされて直接連続する一対の底部13,13を含む一対の部分ユニット10,10によって、断面ハット形状の枠部15が形成されている。図では、枠部15を楕円状の一点鎖線で囲っている。枠部15は、例えば、一の張出部9の部分ユニット10aと他の張出部9の部分ユニット10dとを有している。枠部15は、複数形成されており、各枠部15は、異なる2つの張出部9,9によって形成されている。本実施形態では、枠部15は、互いに平行な一対の部分ユニット10,10によって形成されている。インナーパネル2は、枠部15を1つの単位構造体として、この枠部15が複数組み合わされた構成を有している。そして、本実施形態では、複数の枠部15が交差していることで、交差部16が形成されている。交差部16において、一の枠部15と別の枠部15とさらに別の枠部15とが互いに交差している。本実施形態では、多角形の張出部9が最密配置されていることで、複数の枠部15の交差部16が複数設けられ、且つ、各交差部16の形状が実質的に同じである。この場合の「実質的」とは、張り剛性および耐デント性について同じ特性を発揮することをいう。本実施形態では、複数の枠部15の長手方向がそれぞれ異なっていることで、高さ方向Zと直交する平面上においてインナーパネル2に作用する任意の方向からの荷重に対する強度が確保されている。
【0081】
本実施形態では、互いに離隔して配置され且つ隣接する2つの枠部15,15間のフランジ11,11間の距離D2が規定されている。距離D2は、平面視において互いに離隔して配置され且つ隣接する2つの枠部15,15であって、フランジ11,11の長手方向Lと直交する方向に向かい合う2つの枠部15,15における、フランジ11,11間の距離である。本実施形態では、この距離D2の最大値は、250mm以下であることが好ましい。このように、互いに対辺として配置された2つの枠部15,15のフランジ11,11間の距離D2の最大値が、250mm以下であることが好ましい。
【0082】
距離D1,D2の少なくとも一方の最大値が250mm以下であることにより、インナーパネル2に支持されるアウターパネル3の支持スパンが長くなり過ぎることを抑制でき、その結果、インナーパネル2を軽量にしつつアウターパネル3の張り剛性を実用上十分に確保できる。
【0083】
距離D1,D2の少なくとも一方の最小値は、30mm以上であることが好ましい。距離D1,D2の最小値が30mm以上であることにより、アウターパネル3の撓み変形を適度に許容でき、その結果、インナーパネル2に支持されるアウターパネル3の耐デント性を実用上十分に確保できる。
【0084】
本実施形態では、高さ方向Zにおける部分ユニット10の高さ、すなわち、張出部9の高さH1は、高さ方向Zにおける底部13の内側端部13aとフランジ11の外側端部11cとの距離であり、すなわち、底部13からフランジ11にかけての高さである。高さH1は、好ましくは、10mm以上である。高さH1を10mm以上に設定することで、インナーパネル2を曲げようとする外力、すなわち、インナーパネル2の一部または全体を弓なりに撓ます外力が作用したときにおける当該外力により生じる曲げモーメントに対する断面二次モーメントをより高くできる。これにより、インナーパネル2および当該インナーパネル2に接合されているアウターパネル3の曲げ変形を抑制できる。この高さH1は、好ましくは13mm以上である。
【0085】
なお、上述したように、張出部9の高さH1は、10mm以上が好ましい。一方で、
図1,
図2に示すように、本実施形態では、張出部9のうちインナーパネル2の外周部4の外周縁部に最も近接するように隣接配置された部分ユニット10としての最外周部分ユニット101の少なくとも一部における底部13からフランジ11にかけての高さは、他の部分ユニット10における高さH1よりも低い。このように、最外周部分ユニット101における高さを他の部分ユニット10における高さH1よりも低くすることで、最外周部分ユニット101とインナーパネル2の外周部4との境界部における形状変化を滑らかにできる。その結果、当該境界部における成形時の応力集中を抑制でき、境界部におけるインナーパネル2の意図しない割れをより確実に抑制できる。部分ユニット10の高さH1と最外周部分ユニット101の高さとの差は、インナーパネル2の外周部4の形状に応じて適宜設定される。
【0086】
次に、接合部7について、より具体的に説明する。接合部7は、本実施形態では、接着剤である。この接着剤として、マスチックシーラー(マスチック接着剤)を例示できる。このマスチックシーラーとして、樹脂系接着剤を例示できる。接着剤は、常温(例えば摂氏20度)で硬化する性質であってもよいし、加熱工程または乾燥工程を経ることにより硬化する性質であってもよい。接合部7は、各張出部9において、複数のフランジ11,11の少なくとも一部に設けられている。そして、接合部7は、フランジ11とアウターパネル3の下面3bとを互いに接合している。
【0087】
<インナーパネルの製造方法>
次に、インナーパネル2の製造方法の一例を説明する。
【0088】
インナーパネル2の製造工程では、
(i)ブランクシート30をドロー成形(外周部からの流入が無い張出成形を含む)することで、インナーパネル2の製造中間体31であって外周部予定部37および輪郭形成予定部38を含む製造中間体31を形成し、
(ii)製造中間体31にピアス加工を施すことで、貫通孔18を含む製造中間体32を形成し、
(iii)製造中間体32を成形することで、張出部9を含む製造中間体33を形成し、
(iv)製造中間体33にリストライク加工・トリム加工等の仕上加工を施すことで、
インナーパネル2を完成する。
【0089】
なお、上記(iv)の仕上加工は必須ではなく、無くてもよい。この場合、製造中間体33がインナーパネル2となる。また、(v)の工程として、上記(i)の工程と(ii)の工程の間で、張出部9の成形途中部分としての張出途中部39が成形されてもよい。この場合、張出途中部39を含む製造中間体35に対して、上記(ii)以降の工程が行われる。以下、上記(i)~(v)の工程について、より具体的に説明する。
【0090】
<上記(i)の工程(輪郭形成予定部38の成形)>
インナーパネル2を製造する際には、
図8を参照して、所定の形状に形成された平板部材としてのブランクシート30を準備する。
図8は、バキューム搬送機50の主要部およびブランクシート30の模式的な斜視図である。なお、以下では、ブランクシート30および後述する製造中間体31~33,35,36を総称して、「素材29」という場合がある。ブランクシート30の板厚は、インナーパネル2の板厚と同じであり、0.5mm以下であることが好ましい。本実施形態では、ブランクシート30の外周部の形状は、インナーパネル2の形状に近い形状として台形形状に形成されている。
【0091】
バキューム搬送機50は、略水平姿勢を保ったまま素材29をプレス機にあるいはプレス機から移送するために設けられている。バキューム搬送機50は、複数のバキュームカップ51と、バキュームカップ51を搬送するための搬送機構52と、を有している。各バキュームカップ51は、直径数cm~150cm程度のカップ状に形成されており、吸引口を有している。各バキュームカップ51は、図示しない作動空気源に接続されており、吸引動作によって製造中間体31等の物体を吸引して保持する。
【0092】
搬送機構52は、ロボットアーム等の駆動機構を有しており、この搬送機構52に各バキュームカップ51が支持されている。なお、
図8では、搬送機構52は、単に概念的に示しており、想像線である二点鎖線で示している。搬送機構52は、各バキュームカップ51とともに素材29を複数のプレス機間で移送する。本実施形態では、各バキュームカップ51は、互いに独立して素材29を吸着する動作をオン/オフできる。これにより、バキューム搬送機50は、素材29の状態に応じて最適な箇所を吸引して搬送できる。また、バキューム搬送機50は、一部のバキュームカップ51と、搬送機構52のうちこの一部のバキュームカップ51を支持する箇所と、を取り外すことも可能である。また、プレス機による素材29のプレス加工時には、バキューム搬送機50は、金型と接触しないように素材29の保持を解除した後、プレス機から待避した位置に移動される。
【0093】
なお、本実施形態では、素材29をバキューム(吸引)によって保持して移送する構成を例に説明するが、この通りでなくてもよい。素材29は、例えば、ロボットアームに把持または下方から支持されることで移送されてもよいし、電磁石等の電磁機構に吸着されることで移送されてもよい。
【0094】
バキュームカップ51は、本実施形態では、ブランクシート30における四隅近傍および中心に取り付けられる。そして、各バキュームカップ51の吸引および搬送機構52の動作によって、ブランクシート30が略水平姿勢を保ったまま、
図9(A)および
図9(B)に示すプレス機41へ移送される。
【0095】
図9(A)は、ブランクシート30および(i)の工程におけるプレス機41の主要部を示す模式的な断面図である。
図9(B)は、プレス機41による(i)の工程におけるプレス加工を示す主要部の模式的な断面図である。バキューム搬送機50によってプレス機41へ移送されたブランクシート30は、プレス機41を用いてドロー成形(絞り成形)される。プレス機41は、インナーパネル2の輪郭形成部5を含む外周部4の予定部としての外周部予定部37を形成するために用いられる。外周部予定部37は、輪郭形成部5となる輪郭形成予定部38を含んでいる。
【0096】
プレス機41は、パンチ41aと、ダイ41bと、ダイ41bと協働してブランクシート30の外周部を押さえるブランクホルダ41cと、を有している。プレス機41を用いたドロー成形では、ブランクシート30の一部がダイ41bおよびブランクホルダ41cで拘束されつつ、ブランクシート30が成形加工されて、インナーパネル2の製造中間体31となる。
図10(A)は、(i)の工程後の製造中間体31の斜視図である。
図10(A)を参照して、製造中間体31は、輪郭形成部5を含む外周部4の予定部である外周部予定部37を含んでいる。外周部予定部37は、輪郭形成部5の予定部としての輪郭形成予定部38を含んでいる。すなわち、(i)の処理では、輪郭形成予定部38が素材としてのブランクシート30から形成され、ブランクシート30が製造中間体31となる。すなわち、起伏形状を含む輪郭形成予定部38を平板状のブランクシート30に形成して製造中間体31を形成する。外周部予定部37は、後述するリストライク加工によって当該外周部予定部37の形状が微調整されることで、外周部4となる。この場合の微調整とは、例えば、外周部予定部37の各部において、ブランクシート30から外周部予定部37が形成されるときの位置変化量を100%としたときに、外周部予定部37から外周部4となるときの位置変化量が数%程度であることをいう。よって、外周部予定部37の形状は、概ね外周部4の形状と同じである。
【0097】
製造中間体31において、輪郭形成予定部38からブランクシート30の中心に向かう領域(輪郭形成予定部38に対して製造中間体31の中心寄りの位置)において、ブランクシート30(素材)の平坦形状が維持されていることで、平坦部40が形成されている。なお、平坦部40は、プレス機41による加工時に、アウターパネル3の緩やかな湾曲形状に合わせてわずかに湾曲するように加工されてもよい。このような湾曲加工が施された箇所も、本明細書では「平坦部」または「平坦形状」という。平坦部40における湾曲形状は、張出部9が形成される箇所とは無関係に、平坦部40の全体に形成される。平坦部40が湾曲形状となるように加工される際、平坦部40の曲率半径は、アウターパネル3のうち張出部9と対向する箇所におけるアウターパネル3の曲率半径と概ね同じであり、例えば500mm以上である。輪郭形成予定部38は、輪郭平坦部20の予定部としての輪郭平坦予定部60と、第1台座21の予定部としての第1台座予定部61と、第2台座22の予定部としての第2台座予定部62と、を有している。輪郭平坦予定部60、第1台座予定部61および第2台座予定部62は、それぞれ、リストライク加工を施されることで、インナーパネル2の輪郭平坦部20、第1台座21および第2台座22となる。
【0098】
図10(B)は、(i)の工程後の製造中間体31にバキューム搬送機50が取り付けられた状態を示す模式的な斜視図であり、バキューム搬送機50の一部の図示を省略している。
図10(B)に示すように、製造中間体31の外周部予定部37のうち、平坦な部分である輪郭平坦予定部60に、バキュームカップ51が取り付けられる。バキュームカップ51は、例えば、外周部予定部37の5~6箇所程度に適宜間隔を隔てて取り付けられる。
図10(B)では、一例として、輪郭平坦部204,205,206,207の予定部としての輪郭平坦予定部604,605,606,607にバキュームカップ51が取り付けられている。そして、バキュームカップ51の吸引および搬送機構52(
図10(B)では図示せず)の動作によって、製造中間体31が略水平姿勢を保ったままプレス機間を搬送される。より具体的には、ブランクシート30から輪郭形成予定部38を形成した後、輪郭平坦予定部60をバキューム搬送機50で支持しつつ製造中間体31を搬送することで、輪郭形成予定部38を形成するプレス機41から、輪郭形成予定部38を形成した後の下流工程で用いられる別のプレス機42へ、製造中間体31が搬送される。
【0099】
<上記(ii)の工程(貫通孔18の形成)>
図11(A)は、製造中間体31および(ii)の工程におけるプレス機42の主要部を示す模式的な断面図である。
図11(B)は、(ii)の工程におけるプレス機42によるピアス加工を示す主要部の模式的な断面図である。
図11(A)および
図11(B)を参照して、前述したように、製造中間体31は、バキューム搬送機50によって水平姿勢でプレス機41から別のプレス機42に搬送される。そして、プレス機42において、パンチを用いて、複数の貫通孔18がピアス加工される。なお、プレス機42は、
図11(A)および
図11(B)に示すように、上刃42aと当該上刃42aの周辺部42bとが一体であってもよいし、図示していないけれども別体であってもよい。上刃42aと周辺部42bとが別体の場合、周辺部42bが平坦部40を押さえた状態で、上刃42aは、下刃42c側にプレス動作することで製造中間体31をピアスしてもよい。貫通孔18は、製造中間体31のうち、輪郭形成予定部38に対して製造中間体31(素材)の中心寄りの平坦部40に形成される。貫通孔18は、複数の張出部9が形成される予定箇所のそれぞれに形成される。貫通孔18は、必ずしも全ての張出部9に設ける必要が無い場合もある。製造中間体31に複数の貫通孔18が形成されることで、製造中間体31は、
図11(C)に示すように、(ii)の工程を経た製造中間体32となる。製造中間体32において、平坦部40に複数の貫通孔18が形成されている。なお、
図11(C)では図示していないが、不完全張出部8用の貫通孔と、補強張出部23用の貫通孔も同様に形成される。この実施形態では、(iii)の処理の前に張出部9となる部分(張出途中部)を成形していないので、張出途中部の成形高さとしての途中成形高さは、ゼロである。
【0100】
<上記(iii)の工程(張出部9の成形)>
図12(A)は、製造中間体32および(iii)の工程におけるプレス機43の主要部を示す模式的な断面図である。
図12(B)は、(iii)の工程におけるプレス機43による張出部9の加工を示す主要部の模式的な断面図である。
図12(A)および
図12(B)を参照して、製造中間体32は、バキューム搬送機50によって輪郭平坦予定部60を吸着されることで、水平姿勢でプレス機42から別のプレス機43に搬送される。そして、プレス機43を用いて、製造中間体32を加工することで、張出部9を形成する。なお、不完全張出部8および補強張出部23の形成工程は、張出部9と同様であるので説明を省略する。
【0101】
プレス機43は、六角形の複数のパンチ43a(
図12(A)および
図12(B)では複数のパンチ43aのうちの1つのパンチ43aを図示)と、ダイ43bと、を有している。プレス機43を用いた成形では、複数の張出部9が設けられる領域の外周部を、上型のパッド(図示せず)等で押さえた上で、各張出部9の周辺は成形途中拘束することなく、曲げ成形によって加工する。このように製造中間体32が加工されて、製造中間体33となる。製造中間体33は、貫通孔18が形成された後の平坦部40を、張出部9の高さH1と同じ高さまで成形することで、張出部9を成形する。なお、プレス機43において、張出部9を完全には形成せず、後述するリストライク加工によって張出部9となる部分の形状が微調整されることで、張出部9が完成してもよい。
【0102】
<上記(iv)の工程(仕上加工)>
図13(A)は、製造中間体33および(iv)の工程におけるプレス機44の主要部を示す模式的な断面図である。
図13(B)は、(iv)の工程におけるプレス機44によるリストライク加工を示す主要部の模式的な断面図である。
図13(A)および
図13(B)を参照して、製造中間体33は、バキューム搬送機50によって輪郭平坦予定部60を吸着されつつ、水平姿勢でプレス機43から別のプレス機44に搬送される。そして、プレス機44を用いて、製造中間体33をリストライク加工する。プレス機44は、製造中間体33の輪郭形成予定部38に、仕上加工としてのリストライク加工を行う。
【0103】
このとき、プレス機44による、輪郭形成予定部38の各部の塑性変形量は、ブランクシート30から輪郭形成予定部38を成形する際のプレス機41によるブランクシート30の対応する各部の塑性変形量よりも小さい。また、リストライク加工によって、輪郭形成予定部38は、形状を微調整される。さらに、図示しないトリム加工によって製造中間体33の外周部の形状を整えることで、輪郭形成予定部38が輪郭形成部5となり、外周部予定部37が外周部4となる。すなわち、製造中間体33に仕上加工としてのリストライク加工およびトリム加工を施すことで、製造中間体33がインナーパネル2となる。なお、仕上加工として、リストライク加工およびトリム加工以外の加工が行われてもよい。また、これらリストライク、トリム加工は上記(i)、(ii)、(iii)の何れかの加工と同時に行われてもよい。また、リストライク加工と、トリム加工とは別の工程で行われてもよい。
【0104】
<上記(i)と(ii)の工程の間における(v)の工程(張出途中部39の成形)>
図14(A)は、製造中間体31および(v)の工程におけるプレス機45の主要部を示す模式的な断面図である。
図14(B)は、(v)の工程におけるプレス機45による成形を示す主要部の模式的な断面図である。
図14(A)および
図14(B)を参照して、製造中間体31にピアス加工によって貫通孔18を形成する前に張出途中部35を成形する場合、製造中間体31は、バキュームカップ51の吸引および搬送機構の動作によって、略水平姿勢を保ったままプレス機41から別のプレス機45へ移送される。
【0105】
プレス機45は、複数の六角形のパンチ突起部45a(
図14(A)および
図14(B)では複数のパンチ突起部45aのうち1つのパンチ突起部45aを図示)と、ダイ45bと、を有している。プレス機45を用いた成形では、複数の張出部9が設けられる領域の外周部を、上型のパッド(図示せず)等で押さえた上で、各張出部9の周辺は成形途中拘束することなく、パンチ突起部45aと、ダイ45bによって挟み込むことで加工する。このように、製造中間体31が成形されて、製造中間体35となる。製造中間体35に対しては、貫通孔18が形成される前の平坦部40、すなわち、輪郭形成予定部38から製造中間体31(素材)の中心に向かう領域において、製造中間体31の厚み方向(高さ方向Zに相当)に所定の途中成形高さH2を有する張出途中部39が、形成される。張出途中部39は、本実施形態では、六角形の外形を有する凸形状に形成されている。この場合の途中成形高さH2は、張出部9の高さH1の1/2未満であることが好ましい。なお、製造中間体31から製造中間体35を形成する加工は、プレス機41において行われてもよい。すなわち、ブランクシート30から製造中間体31を形成すると同時に張出途中部39を形成することで、ブランクシート30をプレス機41において製造中間体35としてもよい。
【0106】
製造中間体35は、上記(ii)の工程の変形例の主要部を示す
図15に示されているように、上記(ii)の処理で説明したのと同様に、バキューム搬送機50によってプレス機46へ移送される。そして、製造中間体35は、ピアス加工が可能なプレス機46(プレス機45とは別のプレス機46)によってピアス加工を施される。すなわち、張出途中部39の張出側頂部をピアスして貫通孔18が形成されることで、製造中間体35は、製造中間体36となる。製造中間体36は、(iii)の処理において説明したプレス機43(
図12(A)および
図12(B)参照)によって、製造中間体32への成形と同様の成形を施されることで、製造中間体33となる。すなわち、貫通孔18が形成された後の張出途中部39を、途中成形高さH2よりも大きい高さH1を有する張出部9に成形する。製造中間体36が製造中間体33となって以降の処理は、前述したとおりである。
【0107】
以上説明したように、本実施形態によると、プレス成形品であるインナーパネル2の製造時には、輪郭形成予定部38が形成された後、ピアス加工によって貫通孔18が形成され、その後、平坦部40または張出途中部39が、穴広げ加工によって張出部9に成形される。この構成によると、インナーパネル2を製造するためのプレス成形時の素材29(製造中間体31~33,35,36等)に割れが生じることを抑制できるとともに、プレス成形時において素材29の移送時に意図しない変形や位置ずれが生じることを抑制できる。より具体的には、プレス成形においては、薄肉の素材29がバキューム搬送機50によって順次複数のプレス機間を移送されて、ブランクシート30からインナーパネル2が形成される。この移送の際、ブランクシート30から製造中間体31が形成された時点で、製造中間体31の外周部に起伏形状の輪郭形成予定部38が形成されている。よって、製造中間体31以降の製造中間体は、曲げ剛性が高められており、バキューム搬送機50による移送の際に意図しない曲げ変形等の変形が生じにくくされている。よって、製造中間体31の外周部分や、中央部分が自重によって下方に撓むことを抑制できるので、インナーパネル2の素材29に意図しない塑性変形が生じることをより確実に抑制できる。さらに、バキューム搬送機50で吸引しながら素材29を移送しているときに、素材29の撓みが抑制されているので、素材29の撓みによって素材29と吸引口との間に隙間ができることに起因する吸引力の低下が抑制できる。よって、吸引口に対する素材29の位置ずれに起因する、素材29とプレス機41~46との相対位置ずれを抑制できる。その結果、インナーパネル2の寸法精度の低下を抑制できる。さらに、ピアスの後に張出部9の最終成形が行われるので、張出部9の張出側頂部9cの付近に割れが生じることを抑制できる。
【0108】
上述の割れ抑制を実現できる理由について、より具体的に説明する。
図16(A)は、ブランクから貫通孔を形成することなく張出部9’を成形したときの張出部9’を示す模式的な斜視図である。
図16(B)は、
図16(A)に示す張出部9’について、O-O’線上の位置と最大主ひずみε1との関係を示すグラフである。
図17(A)は、ブランクに貫通孔18を形成した後に張出部9を成形したときの張出部9を示す模式的な斜視図である。
図17(B)は、
図17(A)に示す張出部9について、O-O’線上の位置と最大主ひずみε1との関係を示すグラフである。
【0109】
図16(A)および
図16(B)に示すように、ブランクを成形することで張出部9’が成形されるとき、ブランクは、パンチとダイによって大きく引っ張られることとなる。このため、パンチとダイで強く挟まれてこれらパンチおよびダイに摩擦接触している張出側頂部9c’付近は、割れを生じない。しかしながら、張出側頂部9c’から少し下の箇所9d’で、パンチおよびダイからの摩擦力が弱くなり、その結果、当該箇所9d’にひずみが集中してしまい、当該箇所9d’の最大主ひずみε1が許容値ε1aを超え、当該箇所9dに割れが生じる。この現象は、張出部9d’の頂部では素材が満たされており、張出部9’の頂部では素材の塑性変形が少ない一方、上記箇所9d’では素材の塑性変形が多くなることが一因であると考えられる。
【0110】
一方、
図17(A)および
図17(B)に示すように、貫通孔18が形成された後の製造中間体32を成形することで張出部9が成形されるとき、製造中間体32は、パンチ43aとダイ43bによって大きく引っ張られたとしても、割れを生じずに済む。割れが生じずに済む一因として、貫通孔18の存在を挙げることができる。パンチ43aとダイ43bで強く挟まれて製造中間体32が塑性変形するとき、貫通孔18が存在していることにより、張出側頂部9cから少し下の箇所9dが変形するとともに、貫通孔18の周縁部も変形することができる。このため、張出側頂部9cから少し下の箇所9dにひずみが集中せずに済み、張出部9において最大主ひずみε1が許容値ε1aを超えずに済む。よって、当該箇所9dに割れが生じずに済む。
【0111】
また、本実施形態によると、ブランクシート30は、板厚0.5mm以下の板部材である。この構成によると、アウターパネル3の板厚を薄くできるので、自動車パネル1をより軽くできる。また、板厚0.5mm程度まで板厚が薄い素材29であると、バキューム搬送機50によって移送されるときに、極めて撓み易く、移送時に素材29がうける外力によって意図しない変形を受け易い。このように、移送時に素材29が変形し易いという本願特有の課題があるけれども、素材29にはプレス成形の初期段階で起伏形状に形成されて曲げ剛性の高い輪郭形成予定部38が形成されている。よって、素材29が撓みにくくされており、素材29の板厚が薄いことによる移送時の不具合発生をより確実に抑制できる。
【0112】
なお、本実施形態では、平坦部40に張出成形を行って張出部9を形成する工程と、貫通孔18をピアスする工程とが別々に行われる。これらの工程を別々に行うことで、ピアス工程における貫通孔18の仕上がり品質をより高くできる。換言すれば、張出部9を形成する工程と、貫通孔18をピアスする工程とが一括して行われる場合、貫通孔18の仕上がり品質が低下し易い傾向にある。
【0113】
図18(A)は、プレス機100の拡大図である。
図18(B)は、貫通孔の仕上がり品質について説明するための模式的な断面図である。
図18(A)に示すように、プレス機100は、下刃100b上に載せられた素材105を上刃100aが打ち抜くことで貫通孔を形成する。そして、上刃100aが下刃100bと接触しないように、通常、下刃100bの内径D12は、上刃100aの外径D11と比べて素材105の板厚t11の3~40%大きい。すなわち、素材105の板厚t11の0.03~0.4倍のクリアランスCLが上刃100aと下刃100bとの間に存在する。このような前提において、張出部9の成形と貫通孔の成形とを一括して1回のプレス動作で行うと、貫通孔105aの内面に、水平方向内側に向かって突出したバリ105b等の不要形状が発生してしまう。
図18(A)では、上刃100aによって素材105が打ち抜かれた瞬間のバリ105bを示しており、バリ105bの先端が下向きとなっている。
図18(A)に示す上刃100aは、素材105を打ち抜いた後、若干ではあるがさらに下刃100b側である下側に進んで下死点まで到達し、その後上死点まで上昇する。
図18(B)では、貫通孔105aの形成が完了して上刃100aが素材105から引き抜かれた後のピアス完了時点でのバリ105bを実線で示している。なお、
図18(B)では、
図18(A)に示す瞬間のバリ105bも二点鎖線で示している。通常のピアスではバリ105bの先端は下向きに生じる場合がほとんどである。しかしながら、
図18(B)に示すようにバリ105bの先端が水平方向内側に向かって突出してしまうのは、素材105の張出部9が成形されている最中であるため、動きながら打ち抜かれているということと、素材105が打ち抜かれた後、バリ105bが残った素材105が外側(貫通孔105aの径方向外方)に向かって動くため、下刃100bと接触することで水平方向内向きに曲げられるという理由による。
【0114】
特に、本実施形態では、ブランクシート30の板厚が0.5mm以下であり、極めて薄い。このように、貫通孔18が形成されるブランクシート30の板厚が0.5mm以下であると、クリアランスCLの絶対値(実際の長さ)が極めて小さくなる。このため、バリを小さくおさえるためのクリアランスCLの調整代が小さくなる傾向である。また、素材105が動きながら打ち抜かれることに起因してバリが生じやすくなると考えられる。一方で、本実施形態では、前述したように、平坦部40に張出成形を行って張出部9を形成する工程と、貫通孔18をピアスする工程とが別々である。よって、バリを小さくおさえるためのクリアランスCLの調整代が小さい中、素材105が動いていないため、上記のバリ105bのような不要形状が貫通孔18に発生することを抑制しやすくなる。
【0115】
また、本実施形態によると、ブランクシート30から輪郭形成予定部38を形成した後、輪郭形成予定部38の輪郭平坦予定部60をバキューム搬送機50で支持しつつ製造中間体31を搬送することで、(i)の工程で用いられたプレス機41から下流工程で用いられる別のプレス機へ製造中間体31を搬送できる。本実施形態では、一つの工程毎に素材29がプレス機間を移送される。このような多回数の素材搬送が行われる製造方法であっても、インナーパネル2の成形時に素材29が不用意に撓んで塑性変形することをより確実に抑制できる。
【0116】
また、本実施形態によると、輪郭形成予定部38をブランクシート30から形成した後に、輪郭形成予定部38にリストライク加工を含む仕上加工を施すことで、輪郭形成予定部38を輪郭形成部5にしている。この構成によると、インナーパネル2の成形の初期段階で曲げ剛性を確保するために輪郭形成予定部38を形成しつつ、インナーパネル2の成形の後期段階で、寸法精度の高い輪郭形成部5を形成できる。
【0117】
また、本実施形態によると、張出部9の外周部9aの形状は、多角形である。この構成によると、各張出部9において、任意の方向からの荷重に対する強度をより高くできる。
【0118】
また、本実施形態によると、張出途中部39が形成される場合、張出途中部39の途中成形高さH2は、張出部9の高さH1の1/2未満であることが好ましい。この構成によると、張出部9の高さH1の許容値をより高くできる。また、張出部9の高さH1が比較的低い場合でも、張出途中部39や張出部9に割れが生じることをより確実に抑制できる。途中成形高さH2を張出部9の高さH1の1/2未満にすることが好ましい理由について、より具体的に説明する。
【0119】
図19は、ピアスによって貫通孔18が形成されるときの張出途中部39の高さH2と、張出部9として成形できる高さH1の限界値(許容値)との関係を示す図である。
図19に示すグラフは、コンピュータシミュレーションによって得られた結果を示している。コンピュータシミュレーションでは、ブランク素材として、270MPa級軟鋼板で且つ板厚が0.4mmの素材を対象とした。
図19において、丸印は算出を行った箇所の結果を示し、曲線は傾向線を示している。
図19の横軸は、貫通孔高さ比である。貫通孔高さ比は、貫通孔18が形成されるときの張出途中部39の高さH2を、張出成形限界高さH3で除した値である。張出成形限界高さH3とは、ブランクに貫通孔を形成することなく、張出部9と同様の外周形状(本実施形態では、六角形形状)を有する張出部を1回の張出成形で形成したときにおいて、割れを生じること無く形成できる張出部の高さの限界値をいう。
図19の縦軸は、成形限界高さ比である。成形限界高さ比は、割れを生じること無く形成できる張出部9の高さの限界値を、上述した張出成形限界高さH3で除した値である。
【0120】
図19および
図14(B)を参照して、張出途中部39の外周部の形状、および、張出部9の外周部9aの形状が六角形(多角形)である場合、貫通孔高さ比が、0.0~1.0の間の任意の範囲において、成形限界高さが1.0を超えている。すなわち、張出途中部39の高さH2が張出成形限界高さH3に到達するまでの間の任意において貫通孔18を形成することで、成形限界高さH1が、張出成形限界高さH3より大きくなっていることがわかる。このように、張出部9の成形開始前または成形途中に貫通孔18を形成することで、成形限界高さH1を、張出成形限界高さH3よりも大きくできることが明らかである。特に、張出部9の成形開始前(すなわち貫通孔高さ比がゼロ)、または、貫通孔高さ比が0.5未満のときには、
図19のグラフから明らかなように、成形限界高さが特に大きい。これは、張出部9を成形する際、貫通孔18が形成されるタイミング(孔抜きタイミング)が早いほど、貫通孔18の縁部18aのひずみ量が増加し、その分張出側頂部9cの直ぐ下の部分9dにおけるひずみ量を緩和できることに起因している。なお、貫通孔高さ比が0.5を超えると、貫通孔高さ比の増加量に対する成形限界高さH1の減少量の割合が低くなる。このように、貫通孔高さ比が0.5という数値には臨界的意義が存在する。
【0121】
なお、上述の実施形態では、各張出部9の外周部9aが多角形であり、且つ、貫通孔18の縁部18aが多角形である形態を例に説明した。しかしながら、この通りでなくてもよい。張出部9の形状の変形例を以下に説明する。なお、以下では、上述の実施形態と異なる構成について主に説明し、同様の構成には図に同様の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0122】
<貫通孔の縁部の形状の変形例>
図20は、張出部9の貫通孔18の縁部18aの形状の変形例を示しており、
図20(A)は、1つの張出部9を示す平面図であり、
図20(B)は、貫通孔18の縁部18aの各コーナー部18bの曲率半径aと、貫通孔18aの中心Pから貫通孔18の縁部18aの一辺の中点までの距離bとの比a/bと、成形限界高さとの関係を示すグラフである。
【0123】
図20(A)を参照して、本変形例では、各張出部9において、貫通孔18の周方向Cにおける張出部9の外周部9aのコーナー部9bの位置と、貫通孔18の縁部18aのコーナー部18bの位置とがずらされている。本変形例では、周方向Cにおいて、張出部9の外周部9aの互いに隣接する2つのコーナー部9b,9b間の角度ピッチが、60度である。そして、このコーナー部9b,9b間の角度ピッチの1/2の位置に、貫通孔18の縁部18aのコーナー部18bが配置されている。換言すれば、張出部9の外周部9aのコーナー部9bと、貫通孔18のコーナー部18bとは、周方向Cに1/2ピッチずれて配置されている。さらに換言すれば、長手方向Lにおける部分ユニット10の中央位置と、貫通孔18のコーナー部18bとが、貫通孔18の径方向に並んでいる。なお、張出部9のコーナー部9b,9b間の角度ピッチの1/2の位置以外の位置に、貫通孔18のコーナー部18bが配置されていてもよい。
【0124】
また、本変形例では、貫通孔18の縁部18aの正多角形の各コーナー部18bは、円弧形状に形成されている。この円弧形状の曲率半径をaとし、貫通孔18の中心Pから縁部18aの任意の一辺の中点までの距離をbとしたとき、0.3≦a/b≦1.0であることが好ましい。
【0125】
この変形例によると、張出部9の外周部9aがM角形に形成され、貫通孔18の縁部18aは、N角形に形成され、さらに、M=Nであり、且つ、貫通孔18の周方向Cにおける外周部9のコーナー部9bの位置と縁部18aのコーナー部18bの位置とがずらされている。この構成によると、ブランクシート30からインナーパネル2を成形するときにおいて、張出部9の外周部9aのうちコーナー部9bの周辺のひずみ量が最も大きくなり、また、貫通孔18の縁部18aのうちコーナー部18bのひずみ量が最も大きくなる。よって、これらひずみ量が大きくなる箇所の位置を周方向Cにずらすことで、素材の特定の箇所にひずみが集中しないようにできる。その結果、インナーパネル2の成形時に割れをより生じ難くできる。
【0126】
特に本変形例では、周方向Cにおいて、張出部9の外周部9aの互いに隣接する2つのコーナー部9b,9b間の角度ピッチの1/2の位置に、貫通孔18の縁部18aのコーナー部18bが配置されている。この構成により、張出部9の成形時に素材に生じるひずみ量の最大値を可及的に小さくできる。
【0127】
また、本変形例によると、貫通孔18の縁部18aの正多角形の各コーナー部18bは、円弧形状に形成されている。そして、この円弧形状の曲率半径をaとし、貫通孔18の中心Pから縁部18aの任意の一辺の中点までの距離をbとしたとき、0.3≦a/b≦1.0であることが好ましい。0.3≦a/b≦1.0とすることにより、成形限界高さH1をより大きくできる。a/bをこのようにすることが好ましい理由について、より具体的に説明する。
【0128】
図20(B)に示すグラフは、コンピュータシミュレーションによって得られた結果を示している。コンピュータシミュレーションでは、ブランク素材として、270MPa級軟鋼板で且つ板厚が0.4mmの素材を対象とした。
図20(B)の横軸は、a/bである。
図20(B)の縦軸は、成形限界高さ比である。成形限界高さ比は、割れを生じることなく張出部を形成できる高さの限界値を、a/b=1.0、すなわち、a=bであるときの当該限界値で除した値である。
【0129】
図20(A)および
図20(B)を参照して、a/bが0.0のときは、貫通孔の縁部のコーナー部は、尖った形状となっている。また、a/bが0.3未満のときは、コーナー部の先鋭度合いが大きい。このため、ブランクから張出部を成形するときに、貫通孔の縁部のコーナー部への応力集中が大きくなり、その結果、成形限界高さが小さな値となってしまう。一方、0.3≦a/b≦1.0以上のときは、貫通孔18の縁部18aのコーナー部18bが滑らかな形状となっている。このため、ブランクシート30から張出部9を成形するときに、貫通孔18の縁部18aのコーナー部18bへの応力集中が緩和され、その結果、成形限界高さを大きくできる。なお、a/b>1.0になると、貫通孔18の縁部18aのコーナー部18bを滑らかで且つシンプルな湾曲形状にできず、その結果、成形限界高さ比が1.0を下回るといえる。この効果は、a/b≦0.8のときに、より顕著である。なお、0.3≦a/bの関係は、上述の実施形態において成立していても同様の効果を得られる。
【0130】
<張出部の形状の変形例>
多角形の外周部4を有する張出部9に代えて、
図21(A)および
図21(B)に示すように、1つの部分ユニット10Aによって丸形形状に形成された張出部9Aを複数含む張出構造体6Aが設けられていてもよい。
図21は、張出部の変形例を示す図であり、
図21(A)は、主要部の模式的な平面図であり、
図21(B)は、
図21(A)のXXIB-XXIB線に沿う断面図である。張出構造体6Aは、張出部9Aが、最密配置された構成を有している。
【0131】
張出部についての本変形例では、各張出部9Aは、六角形状の張出部境界14Aを境界として、複数の張出部9Aが最密配置されている。張出部9Aの配列は、張出部9の配列と同じである。そして、各張出部9Aにおいて、縦壁12Aが円筒形状に形成されているとともに、フランジ11Aが丸形状に形成されている。なお、縦壁12Aおよびフランジ11Aは、平面視で楕円形状に形成されていてもよい。なお、張出構造体6Aにおいて、張出部9Aは最密配置されなくてもよく、隣接する張出部9A,9A同士の間に他の部分が形成されていてもよい。
【0132】
各張出部9Aは、1つの部分ユニット10Aを有している。そして、部分ユニット10Aは、フランジ11Aと、フランジ11Aに連続する縦壁12Aと、縦壁12Aに連続しフランジ11Aとは離隔している底部13Aと、を有している。
【0133】
隣り合う2つの張出部9A,9Aにおいて、互いに突き合わされて直接連続する一対の底部13A,13Aを含む一対の部分ユニット10A,10Aによって、断面ハット形状の枠部15Aが形成されている。枠部15Aが形成されている領域および枠部15Aの周囲を
図21(A)では楕円状の一点鎖線で示している。
【0134】
本変形例では、互いに離隔して配置され且つ隣接する2つの枠部15A,15Aのフランジ11A,11A間の距離D2Aが規定されている。距離D2Aは、平面視において互いに離隔して配置され且つ隣接する2つの枠部15A,15Aであって、これら2つの枠部15A,15Aが属する張出部9A,9A,9Aの中心点P,P,P間の線分が向く方向における、フランジ11A,11A間の距離である。本変形例では、この距離D2Aの最大値は、250mm以下であることが好ましく、また、距離D2Aの最小値は、30mm以上であることが好ましい。
【0135】
この変形例によると、部分ユニット10Aによって円形状の張出部9Aが形成されている。この構成によると、インナーパネル2Aの素材となるブランクから張出部9Aを成形する際の成形性を高くできる。特に、張出部9Aの高さ(深さ)を大きくする際の加工性を高くできる。
【0136】
張出部9Aの外周部9aA(張出側頂部9cA)の形状は、円形である。すなわち、張出部9Aの外周部9aAは、円形に形成されている。また、貫通孔18Aは、円形である。この場合の「円形」は、真円形にかぎらず、実質的に円形であればよく、また、楕円形であってもよい。本変形例では、張出側頂部9cAの円形状と、貫通孔18Aの円形状とは、同心に配置されているけれども、同心でなくてもよい。
【0137】
このように、張出部9Aの貫通孔18Aの縁部18aAが円形であることにより、ブランクシート30から張出部9Aが形成される際に、縁部18aAにおける応力集中の度合いを可及的に小さくできる。
【0138】
ブランクシート30から本変形例のインナーパネル2Aを成形する処理は、上述したブランクシート30からインナーパネル2を成形する処理と略同じであり、異なる点は、以下の点である。すなわち、各プレス機42~46におけるパンチおよびダイの形状が、張出部9Aの形状に合わせて平面視で円形形状に形成されている点である。また、ブランクシート30からインナーパネル2を形成するための説明図(
図8~
図15)は、ブランクシート30からインナーパネル2Aを形成するための説明図と参照符号以外の点は同じである。よって、ブランクシート30からインナーパネル2Aを形成する説明の図示は省略する。
【0139】
上述の実施形態において、張出途中部39が形成される場合、ブランクシート30からインナーパネル2を形成する処理では、途中成形高さH2が張出部9の高さH1の1/2未満であることが好ましいと説明した。一方で本変形例において張出途中部39Aが形成される場合、ブランクシート30からインナーパネル2Aを形成する処理では、途中成形高さH2Aは、張出部9Aの高さH1Aの1/2より大きく且つ高さH1A未満であることが好ましい。この構成によると、張出部9Aの高さH1Aの許容値をより高くできる。また、張出部9Aの高さH1Aが比較的低い場合でも、張出途中部39Aや張出部9Aに割れが生じることをより確実に抑制できる。途中成形高さH2Aを張出部9Aの高さH1Aの1/2未満にすることが好ましい理由について、以下により具体的に説明する。
【0140】
図22は、張出部の形状の変形例(張出部9A)において、ピアスによって貫通孔18Aが形成されるときの張出途中部39Aの高さH2Aと、張出部9Aとして成形できる高さH1Aの限界値(許容値)との関係を示す図である。
図22に示すグラフは、コンピュータシミュレーションによって得られた結果を示している。コンピュータシミュレーションでは、ブランク素材として、270MPa級軟鋼板で且つ板厚が0.4mmの素材を対象とした。
図22において、丸印は算出を行った箇所の結果を示し、曲線は傾向線を示している。
図22の横軸は、貫通孔高さ比である。貫通孔高さ比は、貫通孔18Aが形成されるときの張出途中部39Aの高さH2Aを、張出成形限界高さH3Aで除した値である。張出成形限界高さH3Aとは、ブランクに貫通孔を形成することなく、張出部9Aと同様の外周形状(本実施形態では、丸形形状)を有する張出部を1回のドロー成形で形成したときにおいて、割れを生じること無く形成できる張出部の高さの限界値をいう。
図22の縦軸は、成形限界高さ比である。成形限界高さ比は、割れを生じること無く形成できる張出部9Aの高さの限界値を、上述した張出成形限界高さH3Aで除した値である。
【0141】
張出途中部39Aに相当する張出途中部39が示されている
図14(B)、および、
図22を参照して、張出途中部39Aの外周部の形状、および、張出部9の外周部9aの形状が丸形である場合、貫通孔高さ比が0.0~1.0未満の間の任意の範囲において、成形限界高さが1.0を超えている。すなわち、張出途中部39Aの高さが張出成形限界高さH3Aに到達するまでの間の任意の高さにおいて貫通孔18Aを形成することで、成形限界高さH1Aが、張出成形限界高さH3Aより大きくなっていることがわかる。このように、張出部9Aの成形開始前または成形途中に貫通孔18Aを形成することで、成形限界高さH1Aを、張出成形限界高さH3Aよりも大きくできることが明らかである。特に、貫通孔高さ比が0.5以上のときには、
図22のグラフから明らかなように、成形限界高さが特に大きい。これは、貫通孔高さ比を高くしても、ピアス前の張出加工において、ピアス後の最終破断位置に相当する部分(張出側頂部9cに相当する部分)の変形はあまり進まず、張出途中部39の張出側頂部付近の肩部の変形が進む。ピアス後の変形では、張出途中部39の張出側頂部付近の肩部の変形はほとんど進まず、貫通孔18の縁部18aおよびその近傍であるフランジ部の変形が進む。そのため、貫通孔高さ比が高いほど、トータルの貫通孔18の縁部18aおよびその近傍であるフランジ部の変形が抑制できるという理由による。なお、貫通孔高さ比が0.5を超えると、貫通孔高さ比の増加量に対する成形限界高さH1Aの増加量の割合が高くなる。このように、貫通孔高さ比が0.5という数値には臨界的意義が存在する。貫通孔高さ比が0.50~0.95であることがより好ましい。
【0142】
<他の変形例>
上述の実施形態および変形例では、アウターパネル3の板厚t3が0.6mm以下であることが好ましいと説明した。しかしながら、この通りでなくてもよい。少なくともインナーパネル2を軽量且つ高い剛性を得られるようにできればよく、アウターパネル3の板厚t3は、0.6mmより大きくてもよい。
【0143】
上述の実施形態および変形例では、インナーパネル2およびアウターパネル3が鋼板で形成されている形態を例に説明した。しかしながら、この通りでなくてもよい。インナーパネル2およびアウターパネル3は、アルミニウム合金もしくはマグネシウム合金等の金属材料、または、ガラス繊維もしくは炭素繊維等の樹脂材料により形成されてもよい。また、インナーパネル2およびアウターパネル3は、金属材料および樹脂材料の複合材料等により形成されてもよい。
【0144】
また、貫通孔18を形成するピアス((ii)の工程)は、(i)の工程または(iii)の工程と一のプレス機で一括して行われてもよい。また、(iv)の工程は、(ii)や(iii)の工程とともに行われてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0145】
本発明は、自動車インナーパネル、および、自動車パネルとして広く適用できる。
【符号の説明】
【0146】
2,2A インナーパネル(プレス成形品)
4 外周部
5 輪郭形成部
9,9A 張出部
9a 張出部の外周部
9b 外周部のコーナー部
18,18A 貫通孔
18a 貫通孔の縁部
18b 縁部のコーナー部
30 ブランクシート
31 製造中間体
38 輪郭形成予定部
39,39A 張出途中部
40 平坦部(平坦形状部分)
41~46 プレス機
50 バキューム搬送機
C 貫通孔の周方向
H1,H1A 張出部の高さ
H2,H2A 途中成形高さ