(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-18
(45)【発行日】2023-04-26
(54)【発明の名称】セルカルチャーインサート
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20230419BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230419BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/00 C
(21)【出願番号】P 2019004579
(22)【出願日】2019-01-15
【審査請求日】2022-01-17
(73)【特許権者】
【識別番号】302015926
【氏名又は名称】ネッパジーン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】島垣 昌明
(72)【発明者】
【氏名】栗原 欣也
(72)【発明者】
【氏名】中本 和希
(72)【発明者】
【氏名】渥美 優介
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 孝尚
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】特表平06-501619(JP,A)
【文献】国際公開第2017/111160(WO,A1)
【文献】特開2018-068165(JP,A)
【文献】特開2015-163076(JP,A)
【文献】特開平05-003779(JP,A)
【文献】実開平06-068500(JP,U)
【文献】国際公開第2017/111148(WO,A1)
【文献】実開昭63-186298(JP,U)
【文献】特表2009-506752(JP,A)
【文献】国際公開第2017/221665(WO,A1)
【文献】特開平09-187271(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0051857(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板内に複数の細胞培養ウェルが設けられ、各ウェルの周縁部には、各ウェルを囲包し、前記基板の表面から突出する外壁が設けられている細胞培養プレートの前記ウェルに挿入して用いられるセルカルチャーインサートであって、
容器状本体と、
該容器状本体の底部に配置され、その表面上で細胞を培養する、開孔を有するフィルターと、
前記容器状本体の上部から上方向に延びる複数の位置決めアームであって、各位置決めアームの少なくとも一部分が前記ウェルの内壁と実質的に当接する、複数の位置決めアームと、
該複数の位置決めアームの上端部に設けられたフランジであって、その外径が前記外壁の外径よりも小さく、前記外壁の内径よりも大きい、フランジと
を具備し、
前記複数の位置決めアームと前記ウェルの内壁との当接により、前記フランジが前記外壁の上端部上に支持され
、前記複数の位置決めアームの上部が鉛直方向に延びており、この鉛直部分が前記ウェルの内壁と実質的に当接する、セルカルチャーインサート。
【請求項2】
前記複数の位置決めアームの下部が、前記ウェルの内側方向に向かって斜め下方向に延び、その下端部に前記容器状本体が設けられている請求項
1記載のセルカルチャーインサート。
【請求項3】
前記位置決めアームの数が3本~6本である請求項1
又は2記載のセルカルチャーインサート。
【請求項4】
前記フランジの外縁の一部分から水平方向に突出する耳部が設けられている、請求項1~
3のいずれか1項に記載のセルカルチャーインサート。
【請求項5】
前記耳部の表面が、粗面加工されている請求項
4記載のセルカルチャーインサート。
【請求項6】
前記フィルターの開孔が、規則的に配置されている請求項1~
5のいずれか1項に記載のセルカルチャーインサート。
【請求項7】
前記フィルターの開孔率が、18%~22%である、請求項1~
6のいずれか1項に記載のセルカルチャーインサート。
【請求項8】
前記フィルターの下面に、ビニルピロリドン系ポリマー、ポリエチレングリコール系ポリマー、およびビニルアルコール系ポリマーから選択される1以上の親水性ポリマーを付着させた、請求項1~
7のいずれか1項に記載のセルカルチャーインサート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞の培養等に用いられるセルカルチャーインサートに関する。
【背景技術】
【0002】
動物細胞は、血球細胞のように本来の存在場所が液体であるもの以外は固相上でなければ増殖しないので、動物細胞を増殖させる際には、固相培養が行われる。固相培養に用いられる固相としては、古くから用いられているシャーレやフラスコの他、細胞培養プレートも多用されている。細胞培養プレートは、ポリスチレン等のプラスチック製の基板内に複数(市販品では6個、12個、24個、96個等)のウェル(穴)を設けたものであり、この各ウェルの底面を固相として動物細胞が培養される。各ウェルには培養液が入れられ、細胞は、この培養液内で培養される。セルカルチャーインサート(cell culture insert、直訳は細胞培養挿入物)は、このウェル内に挿入されて使用されるものである。
【0003】
従来のセルカルチャーインサートの模式断面図を
図1に示す。
図1中、参照番号10がウェル、12が細胞培養プレートの上面である。
図1に示されるように、ウェル10の上部は、プレート上面12よりも上方向に突出して外壁10aを形成している。セルカルチャーインサート
14は、容器状本体14aと、該容器状本体14aの上端部に設けられたフランジ16とを具備し、このフランジ16を、外壁10aの頂部に載置することにより、セルカルチャーインサート
14がウェル10内に懸架される。
図1中、参照番号18が細胞培養液であり、セルカルチャーインサート
14の下部は、細胞培養液中に位置する。セルカルチャーインサート
14の底面は、フィルターで構成され、細胞は、このフィルターを固相として、培養液18中で固相培養される。幹細胞を含む細胞集団(幹細胞と分化した体細胞の混合物)をこのフィルター上で下層に特別な生理活性を有する液性因子もしくは共培養用細胞を入れておくことで、フィルター下面から供給される液性因子によって、in vivoに近い環境での細胞培養が行える。
【0004】
従来のセルカルチャーインサート14では、セルカルチャーインサート14がウェル外壁10aの頂部に確実に懸架されるように、フランジ16の幅dは外壁10aの頂部の幅よりも十分に大きい。このため、フランジ16の外縁部は、外壁10aの外縁よりも外側に突出しており、すなわち、フランジ16の外縁部は空中にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
セルカルチャーインサートをウェルに挿入する際には、セルカルチャーインサートをピンセットでつまんでウェルに挿入する。また、培養液に新たな添加物を加える場合等には、マイクロピペットで各ウェル内に液を添加する。このように、セルカルチャーインサートを用いる場合には、ピンセットやマイクロピペット等の器具が多用される。一方、上記のとおり、一枚の細胞培養プレートには多数のウェルがあり、従来のセルカルチャーインサートでは、幅広のフランジの外縁部が空中に突出している。本願発明者らは、ピンセット等を用いた操作中に、ピンセット等の先端部が、他のウェルにすでに挿入されたセルカルチャーインサートの、空中に突出しているフランジ外縁部に当たり、そのセルカルチャーインサートが斜めになったり、大きな振動を受けたりすることがかなりの頻度で起きているという問題があることに気づいた。セルカルチャーインサートが斜めになったり、大きな振動を受けると、セルカルチャーインサートの底部で培養されている細胞に偏りが生じる、場合によっては培養液がはねることで汚染が起こる等の問題が起き、好ましくない。また、複数の細胞を用いた実験を行う際、水準の区別をマーキングするには、セルカルチャーインサートを入れる細胞培養プレートの蓋部に記載することなどが行われてきたが、ピンセット等が空中に突出しているフランジ外縁部に当たり、位置ずれを起こしたりして区別が難しい状況が生まれやすかった。
【0007】
本発明の目的は、このような、操作中の、意図しないセルカルチャーインサートとの接触を防止し、水準の取り違えなどを防止して、細胞培養を安定的に行うことができる新規なセルカルチャーインサートを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した意図しない接触は、上記フランジ16の幅を狭くして、フランジ16の外縁部が、ウェル外壁10aの頂部から外側に向かって突出しないようにすれば防止できると考えた。しかしながら、単にフランジ16の幅を小さくしたのでは、フランジ16をその全周に渡って外壁10aの頂部に載置する操作が難しくなり、非現実的である。
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、セルカルチャーインサートの容器状本体の上端部と、フランジとを複数のアームで連結すると共に、この各アームの一部分をウェルの内壁に当接させることにより、セルカルチャーインサートをウェルの中心部に来るように自動的に位置決めできることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
【0011】
(1) 基板内に複数の細胞培養ウェルが設けられ、各ウェルの周縁部には、各ウェルを囲包し、前記基板の表面から突出する外壁が設けられている細胞培養プレートの前記ウェルに挿入して用いられるセルカルチャーインサートであって、
容器状本体と、
該容器状本体の底部に配置され、その表面上で細胞を培養する、複数の開孔を有するフィルターと、
前記容器状本体の上部から上方向に延びる複数の位置決めアームであって、各位置決めアームの少なくとも一部分が前記ウェルの内壁と実質的に当接する、複数の位置決めアームと、
該複数の位置決めアームの上端部に設けられたフランジであって、その外径が前記外壁の外径よりも小さく、前記外壁の内径よりも大きい、フランジと
を具備し、
前記複数の位置決めアームと前記ウェルの内壁との当接により、前記フランジが前記外壁の上端部上に支持され、前記複数の位置決めアームの上部が鉛直方向に延びており、この鉛直部分が前記ウェルの内壁と実質的に当接する、セルカルチャーインサート。
(2) 前記複数の位置決めアームの下部が、前記ウェルの内側方向に向かって斜め下方向に延び、その下端部に前記容器状本体が設けられている (1)記載のセルカルチャーインサート。
(3) 前記位置決めアームの数が3本~6本である(1)又は(2)記載のセルカルチャーインサート。
(4) 前記フランジの外縁の一部分から水平方向に突出する耳部が設けられている、(1)~(3)のいずれか1項に記載のセルカルチャーインサート。
(5) 前記耳部の表面が、粗面加工されている(4)記載のセルカルチャーインサート。
(6) 前記フィルターの開孔が、規則的に配置されている(1)~(5)のいずれか1項に記載のセルカルチャーインサート。
(7) 前記フィルターの開口率が、18%~22%である、(1)~(6)のいずれか1項に記載のセルカルチャーインサート。
(8) 前記フィルターの下面に、ビニルピロリドン系ポリマー、ポリエチレングリコール系ポリマー、およびビニルアルコール系ポリマーから選択される1以上の親水性ポリマーを付着させた、(1)~(7)のいずれか1項に記載のセルカルチャーインサート。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、フランジの外縁部がウェル外壁の外縁よりも外側に突出しておらず、すなわち、フランジの外縁部が空中に突出していないので、操作中の意図しないフランジとの接触が防止され、細胞培養を安定的に実施することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】従来のセルカルチャーインサートの模式断面図である。
【
図2】本発明のセルカルチャーインサートの一実施形態の斜視図である。
【
図3】
図2に示すセルカルチャーインサートを上下逆さまに置いて底部を上にした際の斜視図の斜視図である。
【
図4】
図2に示すセルカルチャーインサートを縦に二分割した斜視図である。
【
図5】
図2に示すセルカルチャーインサートを、細胞培養プレートのウェル内に懸架した状態を示す斜視図である。
【
図7】フィルター上で増殖した細胞の密度を測定するための電気抵抗値の測定方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施形態を図面に基づき説明する。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、「上」、「下」、「上下」、「鉛直」、「水平」、「横」、「縦」、「斜め」、「傾斜」等の語は、細胞培養プレートを水平な机の上に置き、そのウェルにセルカルチャーインサートを挿入して設置した際の方向、すなわち、セルカルチャーインサートの使用時における方向を意味する。
【0015】
図2は、本発明のセルカルチャーインサートの好ましい一実施形態の斜視図、
図3は同セルカルチャーインサートを上下逆さまに置いて底部を上にした際の斜視図、
図4は同セルカルチャーインサートを縦に二分割した斜視図、
図5は、同セルカルチャーインサートを、細胞培養プレートのウェル内に懸架した状態を示す斜視図である。
【0016】
図2~
図4に示すように、本実施形態のセルカルチャーインサート
20は、円筒状の容器状本体22と、該容器状本体22の上端部から上方に延びる3本の位置決めアーム24と、該3本の位置決めアーム24の上端部に設けられたフランジ26を具備する。3本の位置決めアーム24は、容器状本体22の上端部に等間隔に配置されている。各位置決めアーム24は、その上部が鉛直方向に延びて鉛直部24aを構成し、該鉛直部24aの上端部にフランジ26が設けられている。位置決めアーム24は、鉛直部24aと、鉛直部24aの下端部から容器状本体22の中心方向、すなわち、ウェル10(
図5参照)の中心方向に向かって斜め下方向に延びる傾斜部24bとから成る。なお、本実施形態では位置決めアーム24の数は3本であるが、3本に限定されるものではなく、もっと多くてもよい。3本~6本が好ましく、3本あれば十分であるので3本が最も好ましい。フランジ26の一部分には、水平方向に突出する耳部26aが設けられている。耳部26aの基部の幅は、特に限定されないが、フランジ26の外周長さの5%~15%程度、好ましくは8%~12%程度である。耳部26aの表面を祖面化しておくと、耳部に筆記具で文字やマークを書くことができるので便利である。容器状本体22の底部は、フィルター30によって構成される(
図3、
図4参照)。フィルター30は、
図4によく示されるように、容器状本体22の下端部を肉薄にし、この肉薄部に丁度嵌まる寸法のアッパーリング32をはめ込み、この肉薄部とアッパーリング32の内面との間にフィルター30の周縁部を挟み込むことにより容器状本体22の底部に固定されている。アッパーリング32をはめ込んだ状態で、容器状本体22の下部に段差が生じないようにアッパーリング32の厚さが設定されている。なお、フィルター30は、熱圧着等により容器状本体の下端部に結合することもできる。
【0017】
セルカルチャーインサートをウェル10に懸架した状態を
図5に示す。細胞培養プレートは、市販品を好ましく利用できるので、
図5に示すウェル10自体は
図1に示す従来技術の場合と同じである。
図5に示すように、フランジ26をウェル外壁10aの頂部に載置することにより、セルカルチャーインサートがウェル10内に懸架される。本発明においては、フランジ26は、その外径が外壁10aの外径よりも小さく、外壁10aの内径よりも大きいので、フランジ26の外縁全周を、外壁10aの頂部上に載置することができる。また、このため、フランジ26の外縁部は、外壁10aの外縁部から突出することがない。この様子を
図6に示す。
図6は、
図5の右上部分の拡大図である。
図6によく示されるように、フランジ26の外縁は、外壁10aの頂部の外縁よりも内側に位置し、外側(
図6の右側)には全く突出していない。このように、フランジ26の外縁が、外壁10aの頂部上に位置し、外壁10aの頂部の外縁よりも外側に全く突出していないことが、本願発明における重要な特徴の1つである。この特徴により、操作時にピンセット等がフランジに当たってセルカルチャーインサートが傾いたり大きく振動したりすることが防止される。
【0018】
また、
図5に示されるように、各位置決めアームの鉛直部24aは、ウェル10の内壁に実質的に当接する。ここで、「実質的に当接する」とは、当接するか、又は、ウェル内壁との間に僅かな隙間が存在するが、その隙間の大きさが、セルカルチャーインサートをウェル10内に懸架した状態で、水平方向にどのように動かしてもフランジ26の外縁が、外壁10aの外壁から突出することがない程度に小さいことを意味する。3本の位置決めアームの鉛直部10aが同時にウェル10の内壁に当接するのが理想的ではあるが、これは設計精度の点から容易ではないので、通常、各位置決めアーム24の鉛直部24aとウェル10内壁との間には僅かな隙間がある。この隙間の大きさは、セルカルチャーインサートがウェル10の丁度中央に来るように懸架した状態で、通常、0.1mm~0.5mm程度、好ましくは0.2mm~0.4mm程度である。
【0019】
セルカルチャーインサート20をウェル10内に挿入する際には、ピンセット等で耳部26aをつかんでウェル10内に挿入する。この際、どこにも触れることなくセルカルチャーインサート20をウェル10内に挿入できる場合もあるが、これはいつも必ずできるというものではなく、多少ずれた位置でセルカルチャーインサート20を挿入しようとしてしまう場合も少なくない。本実施形態のセルカルチャーインサート20では、位置決めアーム24に傾斜部24bが存在するので、傾斜部24bが、ウェル外壁10aの内縁に当たった場合でも、傾斜部24bが斜めに形成されているので、セルカルチャーインサート20がウェル10の中央方向にスムースに誘導され、ウェル10のほぼ中央に挿入される。ここで、3本の位置決めアーム24の鉛直部24aが、それぞれ実質的にウェル10内壁に当接するので、セルカルチャーインサート20は、自動的に、ウェル10のほぼ中央に挿入される。したがって、セルカルチャーインサート20をウェル10内に挿入する操作が非常に容易となり、かつ、確実にウェル10のほぼ中央に挿入される。
【0020】
本発明では、細胞培養プレートは市販品を利用できるので、セルカルチャーインサートの寸法は、市販の細胞培養プレートのウェルのサイズに応じて適切に設定される。典型的な市販品の1例では、ウェル10の内径(外壁10aの内径も同じ)が22.77mm、ウェル10の外径(外壁10aの外径も同じ)が24.3mm、深さが16.5mm、である。このウェルに対応するセルカルチャーインサートとしては、例えば、フランジ26の直径が23.6mm、容器状本体22の内径が10mm、同外径が12mm、同高さが10mm、フィルター30とウェル10底面との距離が1.4~2.2mm程度である。また、例えば、位置決めアーム24の鉛直部24aの長さは3mm、位置決めアーム24の幅は4mmとすることができる。もちろん、これらの寸法は一例であり、本発明の要件を満足する範囲内で適宜設定可能である。また、本発明のセルカルチャーインサートは、従来と同様、ポリスチレンやポリカーボネート等のプラスチックで周知の成型方法により成型して製造することができる。
【0021】
フィルター30としては、従来からセルカルチャーインサートに用いられているポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレートやオレフィン系のポリマーなどから成膜された、細胞分離膜等のフィルターを用いることができる。フィルター30には、下層の液性因子等が通過可能な貫通孔が多数設けられており、厚さは通常、5μm~40μm程度である。なお、この貫通孔のサイズとして、幹細胞が通過可能なサイズ(通常、直径3μm~8μm程度)を採用することにより、遊走能を持つ幹細胞の分離をも行うことが可能になる。すなわち、遊走因子の存在下で固相培養すると、遊走能を有する幹細胞のみがフィルター内の開孔を通過することで、遊走活性を解析することが出来る。しかしながら、従来のセルカルチャーインサートでは、開孔を通過した細胞がフィルター下面に接着してしまい、ウェル10の底面に落ちることはほとんどなかった。このため、従来のものは、細胞を分離して培養するといったウェル10の底面を固相とする固相培養は実用的には実現されていなかった。遊走能を有する幹細胞の分離を行う場合には、フィルターの下面に細胞の付着を抑制する親水性ポリマーによる表面処理が施されていることが好ましい。親水性ポリマーとしては、ポリビニルピロリドン等のビニルピロリドン系ポリマー、ポリエチレングリコール等のポリエチレングリコール系ポリマー、およびポリビニルアルコール等のビニルアルコール系ポリマーを挙げることができる。これらの親水性ポリマーの分子量としては、特に限定されないが、重量平均分子量として通常、3000~1000000程度、好ましくは、6000~200000程度のものが用いられる。さらにそれぞれのポリマーにカルボキシル基、エステルなどがグラフトしたものも、好適に用いられる。フィルター下面の親水性ポリマーの付着量としては、フィルターの総重量に対して0.3%以上1.5%未満が好ましい。なお、親水性ポリマーは、フィルターの下面だけではなく、上面にも施すことも可能である。表面付着量はX線光電子分光法(ESCA)による公知の方法(WO2009/123088)により測定することができる。
【0022】
従来から用いられているフィルターの開孔率(フィルターの面積に対する開孔部の面積の比率)は、5%程度であり、本発明のセルカルチャーインサートにおいてもこのような従来のフィルターを用いることが可能である。一方、本願出願人は、開孔率が20%の細胞分離膜を開発した(文献:WOA12014171365、JPA_2017030357)。従来の細胞分離膜では、開孔の位置がランダムであり、貫通孔も必ずしも鉛直方向に延びていないのに対し、この新たな細胞分離膜では、開孔が整然と碁盤の目のように整列しており、かつ、貫通孔がまっすぐ鉛直方向に延びていて、孔はほぼ正円である。もっとも、細胞の通過の妨げにならないのであれば、多角形形状でも問題ない。孔の並び方については、規則的であることが好ましく、格子、千鳥、渦巻き、同心円状などが例示される。本発明のセルカルチャーインサートのフィルターとして、この新たな細胞分離膜を用いることが好ましい。
【0023】
この開孔率20%膜(ポリエチレン製。フィルター下面に酢酸ビニルとビニルピロリドンの共重合体である親水性ポリマー処理有り(ポリマー名:コリドンVA64(BASF社製)、親水性ポリマーの付着量0.3%)と、従来の開孔率5%膜(ポリカーボネート製。親水性ポリマー処理あり、親水性ポリマーの付着量0.7%)を用いて幹細胞の分取を行った実験結果を以下に示す。100μLの培地中に2.0 x 104個の細胞を含む培養物を24時間又は48時間培養し、開孔を通過してウェルの底面に移動した幹細胞の数を測定した。用いた培地は、100ng/mL G-CSF10%血清/DMEMであった。また、各実験に用いた個体数は3であった。結果を下記表1に示す。
【0024】
【0025】
さらに、従来の開口率5%膜(ポリカーボネート製。親水性ポリマー処理なし)を用いて幹細胞の分取を上記と同じヒト歯髄幹細胞を用いて実験を行った。結果は、開孔を通過してウェルの底面に移動した幹細胞数の平均は15.6であった。
【0026】
表1及び上記結果に示すように、いずれの場合も、開孔率20%膜の方が、分取された幹細胞数が遙かに多い。このことから、開孔率は18%~22%程度が好ましく、特に20%が好ましいことがわかる。また、親水性ポリマー処理は、格段に分取された幹細胞の数を増やすことに効果があることがわかる。
【0027】
また、フィルター上で増殖した細胞の密度は、
図7に示すように、ウェル底面上と、フィルターの上方に電極を配置して電圧をかけ、電極間の抵抗値(細胞間のタイトジャンクションの形成による)を測定することにより測定することができる。この場合、従来の開孔率5%膜では、開孔の位置がランダムであるので、抵抗測定値の再現性が低いのに対し、開孔率20%膜では、規則正しく開孔が整列しているので、再現性が高い。また、開孔率20%膜では、規則正しく開孔が整列しており、かつ、各開孔が鉛直方向に延びているので、培養細胞に対して培養液中の栄養素や遊走因子が均一に付与されるという利点もある。
【0028】
従来型のセルカルチャーインサートを用いた場合、指やピンセット等が接触することで容易にセルカルチャーインサートがガタつくため、電極間抵抗値の測定などで大きな値の変動を与え、実験を失敗することがあった。本発明のセルカルチャーインサートでは、セルカルチャーインサートのガタつきを生じさせることが少ない為、安定した測定を行いやすい。
【符号の説明】
【0029】
10 ウェル
12 細胞培養プレートの上面
14 従来のセルカルチャーインサート
16 従来のセルカルチャーインサートのフランジ
18 細胞培養液
20 本発明の実施形態のセルカルチャーインサート
22 容器状本体
24 位置決めアーム
24a 位置決めアームの鉛直部
24b 位置決めアームの傾斜部
26 フランジ
26a 耳部
30 フィルター
32 アッパーリング