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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-19
(45)【発行日】2023-04-27
(54)【発明の名称】熱分析装置と電気炉の制御方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 25/00 20060101AFI20230420BHJP
   G01N 5/04 20060101ALN20230420BHJP
【FI】
G01N25/00 P
G01N5/04 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019209361
(22)【出願日】2019-11-20
(65)【公開番号】P2021081316
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-03-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】100101867
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 寿武
(72)【発明者】
【氏名】黒木 渉
(72)【発明者】
【氏名】則武 弘一郎
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-322364(JP,A)
【文献】特開2009-192416(JP,A)
【文献】特開平08-095647(JP,A)
【文献】特開平09-101275(JP,A)
【文献】米国特許第05288147(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 25/00
G01N 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度プログラムに基づき電気炉を制御して、当該電気炉内に配置された試料を当該電気炉により加熱又は冷却し、当該試料の温度変化に伴う状態変化を測定する熱分析装置において、
前記温度プログラムにより設定されるプログラム温度を補正する補正手段を備え、
前記補正手段は、前記電気炉内の監視対象に対する温度変化の目標レートを設定する目標レート設定部と、前記監視対象の実際の温度を検出する対象温度検出部と、当該対象温度検出部で検出した温度から前記監視対象に対する実際の温度変化の実レートを算出する実レート算出部とを含み、前記目標レートと前記実レートとの差分に基づき前記プログラム温度を補正することを特徴とする熱分析装置。
【請求項2】
前記監視対象が前記試料又は前記電気炉内の温度を測定する部位のいずれか一つであることを特徴とする請求項1の熱分析装置。
【請求項3】
温度変化に伴う状態変化があらかじめ既知の標準試料を、前記電気炉内に前記試料と並べて配置する構成の熱分析装置において、
前記監視対象が前記標準試料であることを特徴とする請求項1の熱分析装置。
【請求項4】
前記補正手段は、次式に基づいて前記温度プログラムに設定してあるプログラム温度を補正することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の熱分析装置。

Tcp=Tp+M(ΔTp-ΔTc)

Tcp:補正後のプログラム温度
Tp:補正前のプログラム温度
ΔTp:目標レート
ΔTc:実レート
M:調整倍率
【請求項5】
前記電気炉の温度を検出する電気炉温度検出部と、前記温度プログラムを設定しておく温度プログラム設定部と、前記電気炉温度検出部で検出した実際の電気炉温度と前記温度プログラムにより設定されるプログラム温度との偏差を算出する温度偏差算出部と、当該温度偏差算出部で算出した実際の電気炉温度とプログラム温度との偏差に基づき前記電気炉をPID制御するPID制御部と、を備えた熱分析装置において、
前記補正手段は、前記温度プログラムにより設定されるプログラム温度を、前記目標レートと前記実レートとの差分に基づき補正することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の熱分析装置。
【請求項6】
温度プログラムに基づき電気炉を制御して、電気炉内に配置された試料を当該電気炉により加熱し、当該試料の温度変化に伴う状態変化を測定する熱分析方法において、
前記電気炉内の監視対象に対する温度変化の目標レートを設定するとともに、
前記監視対象の実際の温度を検出し、当該検出した温度から前記監視対象に対する実際の温度変化の実レートを算出し、
前記目標レートと前記実レートとの差分に基づき、前記温度プログラムにより設定されるプログラム温度を補正することを特徴とする電気炉の制御方法。
【請求項7】
次式に基づいて前記温度プログラムにより設定されるプログラム温度を補正することを特徴とする請求項6に記載した電気炉の制御方法。

Tcp=Tp+M(ΔTp-ΔTc)

Tcp:補正後のプログラム温度
Tp:補正前のプログラム温度
ΔTp:目標レート
ΔTc:実レート
M:調整倍率
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度プログラムに基づき電気炉を制御して、電気炉内に配置された試料を当該電気炉により加熱又は冷却し、当該試料の温度変化に伴う状態変化を測定する熱分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
熱機械分析装置(TMA)、示差走査熱量計(DSC)、熱重量測定装置(TGA)、示差熱分析装置(DTA)、熱重量示差熱分析装置(TG-DTA)等の熱分析装置は、試料を加熱又は冷却するための電気炉を備えている。
電気炉は、温度プログラムに設定してあるプログラム温度と実際の電気炉温度との偏差に基づきPID制御(Proportional-Integral-Differential Controller)されており、電気炉内に配置された試料をその周囲から加熱する。
【0003】
しかしながら、従来の熱分析装置における電気炉の制御では、試料の昇温速度が目標レートに保持されず不安定となる欠点を有していた。具体的には、従来の偏差型PID制御では、実際の電気炉温度がプログラム温度に追随するように制御されるため、昇温開始後の立ち上がりにおいて、電気炉内に配置された試料の昇温速度が目標レートよりも遅くなることがあった。この昇温速度の遅れを短縮するために、昇温開始当初に電気炉の出力を上げると、逆に試料の昇温速度が目標レートを超えてしまうことがあった。また、立ち上がった後の昇温過程においては、電気炉の昇温速度が目標レートに保たれていても、電気炉内での熱の対流や輻射の影響から、試料の昇温速度が目標レートから離れてしまうことがあった。さらに、試料の温度を一定の目標温度にホールドしようとしても、偏差型のPID制御では、目標温度から大きくオーバーシュートした温度にホールドされてしまうことがあった。
【0004】
特許文献1に開示された熱分析装置では、上述したような偏差型PID制御の欠点を解消して、試料温度を温度プログラムに精密に追従させるために、測定に先立ち、温度偏差近似式(f)を求めておき、この温度偏差近似式(f)に基づいてプログラム温度を補正して、電気炉の温度が補正プログラム温度に一致するようにフィードバック制御する構成が採用されている(同文献1の明細書段落「0020」「0021」を参照)。
【0005】
しかし、温度偏差近似式(f)を求めるには、試料の種類ごとに、あらかじめ電気炉を一定の速度で加熱又は冷却しながら、試料温度に対する試料と電気炉との間の温度偏差を予備計測する必要がある。そのため、ユーザは、測定開始前に、補正のための煩雑な予備計測作業を強いられ、作業性が悪いという欠点を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-322364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたもので、ユーザに補正のための事前の作業を強いることなく、実際の試料の温度変化をあらかじめ設定してある目標レートに迅速に到達させ、且つ当該目標レートに追随させることのできる熱分析装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る熱分析装置は、温度プログラムに基づき電気炉を制御して、電気炉内に配置された試料を当該電気炉により加熱又は冷却し、当該試料の温度変化に伴う状態変化を測定する熱分析装置において、温度プログラムにより設定されるプログラム温度を補正する補正手段を備えている。この補正手段は、電気炉内の監視対象に対する温度変化の目標レートを設定する目標レート設定部と、監視対象の実際の温度を検出する対象温度検出部と、当該対象温度検出部で検出した温度から監視対象に対する実際の温度変化の実レートを算出する実レート算出部とを含み、目標レートと実レートとの差分に基づきプログラム温度を補正することを特徴とする。
【0009】
このように本発明は、試料に対する温度変化の目標レートと実レートの差分に基づきプログラム温度を補正することで、実レートが目標レートに追随するように電気炉を制御することができる。これにより、試料を目標レートに合わせて安定して昇温又は冷却することができ、高精度な熱分析測定を実現することができる。
【0010】
補正手段は、次式(1)に基づいて温度プログラムに設定してあるプログラム温度を補正する構成とすることが好ましい。
Tcp=Tp+M(ΔTp-ΔTc) ・・・(1)
【0011】
上式において、Tcpは補正後のプログラム温度、Tpは補正前のプログラム温度、ΔTpは試料に対する温度変化の目標レート、ΔTcは試料に対する実際の温度変化の実レート、Mは調整倍率である。
【0012】
ここで、「試料に対する温度変化の目標レートΔTp」は、熱分析測定を実行する際の試料の目標昇温速度又は目標降温速度であり、あらかじめ設定される。また、「試料に対する実際の温度変化の実レートΔTc」は、試料の実際の温度を微分して算出される昇温速度又は降温速度である。この実レートΔTcを算出するために、試料の実際の温度に相当する温度を、熱分析測定中はリアルタイムに計測している。
【0013】
また、調整倍率Mは、熱分析装置(特に、電気炉)の構造との関係から実験的に調整される倍率である。例えば、温度が上がりやすい電気炉の場合は、実レートが目標レートに早く到達するので、倍率は小さく設定される。逆に、温度が緩やかに上がっていく電気炉では、倍率が大きく設定される。この調整倍率Mは、例えば、熱分析装置に対して製造元で実験により求めて設定することができる。設定された調整倍率Mは、測定対象となる試料の種類が変わっても調整しなおす必要はない。
【0014】
熱分析装置には、温度変化に伴う状態変化があらかじめ既知の標準試料を、電気炉内に試料と並べて配置する構成のものがある。
このような構成の熱分析装置においては、上述した監視対象として、試料、標準試料又は電気炉のいずれか一つを選定することができる。
【0015】
いずれの温度変化を監視対象とするかは、熱分析装置の種類等に応じて適宜決定することができる。例えば、熱機械分析装置(TMA)、示差走査熱量計(DSC)、熱重量測定装置(TGA)、示差熱分析装置(DTA)、熱重量示差熱分析装置(TG-DTA)に対して、試料の検出温度、標準試料の検出温度、電気炉の検出温度をそれぞれ使用した実験を行い、いずれの検出温度から算出した実レートΔTcがもっとも良好な補正結果を得ることができるか検証することで、いずれを監視対象とすることが好ましいか判断することができる。
【0016】
次に、本発明に係る電気炉の制御方法は、温度プログラムに基づき電気炉を制御して、電気炉内に配置された試料を当該電気炉により加熱し、当該試料の温度変化に伴う状態変化を測定する熱分析方法において、電気炉内の監視対象に対する温度変化の目標レートを設定するとともに、監視対象の実際の温度を検出し、当該検出した温度から監視対象に対する実際の温度変化の実レートを算出して、これら目標レートと実レートとの差分に基づき、温度プログラムにより設定されるプログラム温度を補正することを特徴とする。
【0017】
ここで、温度プログラムにより設定されるプログラム温度は、上述した(1)式に基づいて補正することが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明によれば、試料に対する温度変化の目標レートと実レートの差分に基づきプログラム温度を補正することで、実レートが目標レートに効率的に追随するように電気炉を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】熱機械分析装置(TMA)の概要を示す模式図である。
図2】本発明の実施形態に係る熱機械分析装置の電気炉の制御系を示すブロック図である。
図3】本発明の実施形態に係る熱機械分析装置の電気炉制御方法を説明するためのフローチャートである。
図4】(a)は、プログラム温度を補正せずに電気炉をPID制御した場合の温度特性図、(b)は、本発明を適用して補正後のプログラム温度に基づいて電気炉をPID制御した場合の温度特性図である。
図5】(a)は、プログラム温度を補正せずに電気炉をPID制御して、試料温度を一定の目標温度にホールドしようとしたときの温度特性図、(b)は、本発明を適用して補正後のプログラム温度に基づいて電気炉をPID制御して、試料温度を一定の目標温度にホールドしようとしたときの温度特性図である。
図6】昇温と降温を経て熱分析測定を実施したときの試料温度の変化を示す実験データである。
図7】試料を昇温して一定の目標温度にホールドしようとしたときの実験データである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を熱機械分析装置(TMA:Thermo Mechanical Analysis)に適用した実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
熱機械分析装置は、試料の温度をプログラムに従って変化させていき、その過程で試料に一定の圧力を加えながら試料の寸法変化を測定する熱分析装置である。熱機械分析装置によれば、試料の膨張、収縮、軟化の挙動を温度の関数として測定し、試料の軟化点、ガラス転移温度、融解温度、結晶化温度、固相転移温度等を求めることができる。
【0021】
図1は、熱機械分析装置(TMA)の概要を示す模式図である。同図に示すように、熱機械分析装置は、電気炉2、差動トランス3、2本の検出棒4,5を備えている。電気炉2の内部空間には保護管1aが挿入され、その保護管1aの中空部内は測定室1を形成しており、この測定室1に試料配置部7が設けられている。
【0022】
試料配置部7には、測定対象となる試料S1と、標準試料S0とを並べて配置し、これら試料S1と標準試料S0をそれぞれ検出棒4,5の下端で押圧して、試料配置部7に押し付ける。検出棒4,5を介して試料S1と標準試料S0に付与する荷重は、図示しない加圧手段によって一定の値に設定されている。
【0023】
このように試料S1と標準試料S0に一定の荷重を付与した状態で、電気炉2によって測定室1内を加熱する。2本の検出棒4,5は、試料S1と当接する検出棒4を差動トランス3のコア3aに連結し、一方、標準試料S0に当接する検出棒5を差動トランス3のコイル3b側に連結してある。これにより、各検出棒4,5の変位の差分が差動トランス3によって検出される。
【0024】
ここで、標準試料S0は、熱的変形が無視し得るほど小さな材料(例えば、アルミナ)で形成してある。したがって、この標準試料S0に当接する検出棒5には、熱による試料配置部7周辺の熱的変位が伝えられる。そこで、差動トランス3によって、この試料配置部7周辺の熱的変位を試料S1側の検出棒4の変位から除去することで、加熱による試料S1の長さ変化のみが検出される。
【0025】
図2は、本実施形態に係る熱機械分析装置の電気炉の制御系を示すブロック図である。
電気炉2は、制御部10(制御手段)によって加熱速度や冷却速度が制御されている。
【0026】
制御部10は、温度プログラムに設定してあるプログラム温度と、実際の電気炉温度との偏差に基づき、電気炉2をPID制御(偏差型PID制御)する構成となっている。制御部10は、温度プログラム設定部11、電気炉温度検出部12、温度偏差算出部13、偏差型PID演算部14、電気炉出力コントローラ15の各部で構成され、さらに補正部20を含んでいる。なお、制御部10は、具体的にはコンピュータと、それを動かすプログラムとで構成される。
【0027】
温度プログラム設定部11は、熱分析測定を実行する際の経過時間に対するプログラム温度を指示するための温度プログラムをあらかじめ設定しておく記憶部である。基本的には、ここに設定された温度プログラムに基づいて電気炉2が制御される。ただし、本実施形態では、試料温度の目標レートに実レートを速やかに合致させるために、補正部20が算出した補正値がプログラム温度に加算され、その補正後の温度プログラムに基づいて、電気炉2が制御される。
【0028】
電気炉温度検出部12は、電気炉2の実際の温度を検出するセンサであり、具体的には電気炉2内の温度を測定する部位に接続された熱電対(電気炉熱電対)で構成してある。
【0029】
温度偏差算出部13は、補正値が加算された補正後のプログラム温度と、電気炉温度検出部12で検出した実際の電気炉2の温度との偏差を算出する演算処理部である。この温度偏差算出部13には、後述するプログラム温度補正部26からの出力信号と、電気炉温度検出部12からの出力信号とが入力される。
【0030】
偏差型PID演算部14は、温度偏差演算部13で算出した補正後のプログラム温度と、実際の電気炉2の温度との偏差に基づき、PID演算(比例・積分・微分演算)を実行する。
電気炉出力コントローラ15は、偏差型PID演算部14が実行した演算結果に基づき電気炉2の温度をPID制御する。
【0031】
また、補正部20は、目標レート設定部21、試料温度検出部22、実レート算出部23、差分算出部24、補正値算出部25、プログラム温度補正部26の各部で構成されている。本実施形態では、試料S1を監視対象に選定し、補正部20が試料S1に対する温度変化の目標レートΔTpと、試料S1に対する実際の温度変化の実レートΔTcとの差分に基づき、プログラム温度を補正する。
【0032】
目標レート設定部21は、試料S1に対する温度変化の目標レートΔTpをあらかじめ設定しておく記憶部である。既述したとおり、目標レートΔTpは、熱分析測定を実行する際の試料S1の目標昇温速度又は目標降温速度である。熱分析測定を実行している間は、試料S1の実レートがこの目標レートに速やかに合致するように、電気炉2が制御される。
【0033】
試料温度検出部22は、試料S1の実際の温度を検出する機能を有しており、具体的には試料S1の温度を測定する部位(例えば、試料配置部7の試料S1と接する面)に接続した熱電対(試料熱電対)からの信号に基づき試料S1の実際の温度を検出する。
【0034】
実レート算出部23は、試料S1に対する実際の温度変化の実レートΔTcを算出するための演算処理部である。既述したとおり、実レートΔTcは、試料S1の実際の温度を微分して算出される昇温速度又は降温速度である。具体的には、試料温度検出部22で検出した試料S1の実際の温度を微分して、実レートΔTcが算出される。
【0035】
差分算出部24は、目標レート設定部21に設定してある目標レートΔTpと、実レート算出部23で算出した試料S1に対する実際の温度変化の実レートΔTcとの差分(ΔTp-ΔTc)を算出する演算処理部である。
【0036】
補正値算出部25は、既述した(1)式の補正値、すなわちM(ΔTp-ΔTc)を算出する演算処理部である。この補正値算出部25には、補正値を算出するために必要となる調整倍率Mが、あらかじめ設定してある。
【0037】
プログラム温度補正部26は、温度プログラム設定部11に設定されたプログラム温度Tpに、補正値算出部25で算出した補正値M(ΔTp-ΔTc)を加算して、プログラム温度Tpを補正する。すなわち、補正後のプログラム温度Tcpは、既述した(1)式のとおり、Tp+M(ΔTp-ΔTc)で算出される。
このプログラム温度補正部26で求めた補正後のプログラム温度Tcpが温度偏差算出部13に入力される。そして、補正後のプログラム温度Tcpと、電気炉温度検出部12で検出した実際の電気炉2の温度との偏差が算出され、その偏差に基づいて電気炉2がPID制御される。
【0038】
次に、図3を参照して電気炉の制御方法について説明する。
測定室1の試料配置部7に試料S1と標準試料S0を配置して、熱分析測定を開始すると、あらかじめ設定してある制御タイミングに同期して、実レート算出部23が、試料温度検出部22で検出した試料S1の実際の温度を微分して、試料S1に対する実際の温度変化の実レートΔTcを算出する(ステップS1)。
【0039】
次いで、差分算出部24が、目標レート設定部21から目標レートΔTpを読み取り、実レート算出部23で算出した実レートΔTcとの差分(ΔTp-ΔTc)を算出する(ステップS2)。そして、算出した目標レートΔTpと実レートΔTcとの差分を利用して、補正値算出部25が補正値M(ΔTp-ΔTc)を算出する(ステップS3)。続いて、プログラム温度補正部26が、温度プログラム設定部11に設定されたプログラム温度Tpを読み出し、当該プログラム温度に、補正値算出部25で算出した補正値M(ΔTp-ΔTc)を加算して、プログラム温度Tpを補正する(ステップS4)。このような手順で、補正後のプログラム温度Tcpが算出される。
【0040】
その後、温度偏差算出部13が、補正後のプログラム温度Tcpと、電気炉温度検出部12で検出した実際の電気炉2の温度との偏差を算出し(ステップS5)、その偏差に基づいて電気炉出力コントローラ15が電気炉2をPID制御する(ステップS6)。
【0041】
上述したステップS1からのS6までの制御動作は、熱分析測定が終了するまで、制御タイミングに同期して繰り返し行われる(ステップS7)。
このように、試料S1に対する温度変化の目標レートΔTpと実レートΔTcの差分に基づきプログラム温度を補正することで、実レートΔTcが目標レートΔTpに追随するように電気炉2を制御することができる。これにより、試料S1を目標レートΔTpに合わせて安定して昇温又は冷却することができ、高精度な熱分析測定を実現することができる。しかも、実レートをリアルタイムに計測してプログラム温度の補正を実行するため、特許文献1の熱分析装置のように、計測前にユーザによる補正のための予備計測作業を行う必要がなく、効率的に熱分析測定を実施することができる。
【0042】
図4(a)は、プログラム温度を補正せずに電気炉をPID制御した場合の温度特性図である。プログラム温度を補正しない場合は、昇温開始後の立ち上がりにおいては、試料温度の実レートがプログラム温度の昇温速度よりも遅くなる(図のA)。その後の昇温過程では、逆に試料温度の実レートがプログラム温度の昇温速度よりも早くなったり(図のB)、遅くなったりして(図のC)、試料S1の昇温速度にばらつきが生じる。
【0043】
図4(b)は、補正後のプログラム温度に基づいて電気炉をPID制御した場合の温度特性図である。本発明を適用してプログラム温度を補正した場合は、試料温度の実レートが、昇温開始後の立ち上がりから速やかに補正前のプログラム温度の昇温速度に合致する。
【0044】
図5(a)は、プログラム温度を補正せずに電気炉をPID制御して、試料温度を一定の目標温度にホールドしようとしたときの温度特性図である。プログラム温度を補正しない場合は、試料温度が目標温度よりも大きくオーバーシュートする。
【0045】
図5(b)は、補正後のプログラム温度に基づいて電気炉をPID制御して、試料温度を一定の目標温度にホールドしようとしたときの温度特性図である。本発明を適用してプログラム温度を補正した場合は、試料温度の昇温速度が速やかに零となり、目標温度に対する試料温度のオーバーシュート量が小さい。
【0046】
図6は、昇温と降温を経て熱分析測定を実施したときの試料温度の変化を示す実験データである。温度-70℃から昇温速度20℃/minで600℃まで試料S1を昇温し、その後は再び-70℃まで試料S1を冷却した。その結果、プログラム温度を補正しないときよりも、本発明を適用してプログラム温度を補正したときの方が、速やかに昇温されて試料温度が目標温度の600℃に到達した。その後も本発明を適用してプログラム温度を補正したときの方が、速やかに試料S1が冷却された。
【0047】
図7は、試料を昇温して一定の目標温度にホールドしようとしたときの実験データである。同図から、プログラム温度を補正しないときよりも、本発明を適用してプログラム温度を補正したときの方が、目標温度200℃に対するオーバーシュート量が小さくなることがわかる、
【0048】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、必要に応じて種々の変形実施や応用実施が可能であることは勿論である。
例えば、本発明の適用範囲は、熱機械分析装置(TMA)に限定されるものではなく、示差走査熱量計(DSC)、熱重量測定装置(TGA)、示差熱分析装置(DTA)、熱重量示差熱分析装置(TG-DTA)など、試料を加熱するための電気炉を備えた各種の熱分析装置に適用することができる。
さらに、本発明は、複数の装置からなるシステムにより構成することもできる。
【0049】
また、上述した実施形態では、試料を監視対象とし、試料の熱電対を用いて試料の実際の温度変化を検出する構成で説明をしたが、これに限定されず、標準試料や電気炉を監視対象としてもよい。すなわち、標準試料の温度を測定する部位(例えば、試料配置部7の標準試料S0と接する面)に接続した熱電対や、電気炉内の温度を測定する部位(例えば、電気炉内の試料S1近傍に位置する面)と接続した熱電対を用いて、試料の温度変化として、それらの実際の温度変化を検出し、試料の昇温又は冷却を制御する構成とすることができる。
【符号の説明】
【0050】
1:測定室、2:電気炉、3:差動トランス、4,5:検出棒、7:試料配置部、
10:制御部、11:温度プログラム設定部、12:電気炉温度検出部、13:温度偏差算出部、14:偏差型PID演算部、15:電気炉出力コントローラ、
20:補正部、21:目標レート設定部、22:試料温度検出部、23:実レート算出部、24:差分算出部、25:補正値算出部、26:プログラム温度補正部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7