(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-20
(45)【発行日】2023-04-28
(54)【発明の名称】イチイ属の毛状根の製造方法
(51)【国際特許分類】
A01H 3/00 20060101AFI20230421BHJP
A01H 7/00 20060101ALI20230421BHJP
C12N 5/04 20060101ALI20230421BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230421BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20230421BHJP
C12N 1/21 20060101ALN20230421BHJP
C12R 1/41 20060101ALN20230421BHJP
【FI】
A01H3/00
A01H7/00 ZNA
C12N5/04
C12N5/10
C12N1/20 A
C12N1/21
C12R1:41
(21)【出願番号】P 2021540995
(86)(22)【出願日】2020-08-24
(86)【国際出願番号】 JP2020031802
(87)【国際公開番号】W WO2021033779
(87)【国際公開日】2021-02-25
【審査請求日】2022-01-13
(31)【優先権主張番号】P 2019152191
(32)【優先日】2019-08-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501123547
【氏名又は名称】北海道三井化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】南 洋
(72)【発明者】
【氏名】多葉田 誉
(72)【発明者】
【氏名】矢崎 一史
(72)【発明者】
【氏名】草野 博彰
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-003976(JP,A)
【文献】特表2001-514009(JP,A)
【文献】特開2019-110860(JP,A)
【文献】特表平08-500973(JP,A)
【文献】特開2003-225090(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 3/00
A01H 7/00
C12N 5/04
C12N 5/10
C12N 1/20
C12N 1/21
C12R 1/41
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
AGRICOLA(STN)
BIOTECHNO(STN)
FSTA(STN)
SCISEARCH(STN)
TOXCENTER(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イチイ科イチイ属の植物材料にアグロバクテリウム・リゾゲネスを浸潤させ毛状根を製造する方法であって、
(a)前記イチイ科イチイ属の植物材料の少なくとも一部を、
アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬し、減圧環境下においた後、常圧に戻すことを3回以上繰り返す浸漬工程と、
(b)前記浸漬工程で浸漬された植物材料を挿し木する挿し木工程と、
(c)前記挿し木工程で挿し木された植物材料を育成する育成工程と、
を含み、
前記アグロバクテリウム・リゾゲネスが、A13株(MAFF210266)である、
毛状根の製造方法。
【請求項2】
前記植物材料がイチイ科イチイ属の枝である、請求項1に記載の毛状根の製造方法。
【請求項3】
前記枝が若枝である、請求項2に記載の毛状根の製造方法。
【請求項4】
前記植物材料の少なくとも一部の端部を切断して切断面を作成し、前記浸漬工程において、前記切断面を前記アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する、請求項1~3のいずれか1項に記載の毛状根の製造方法。
【請求項5】
前記植物材料の複数の端部を切断して複数の切断面を作成し、前記浸漬工程において、前記複数の切断面の少なくとも1つを前記アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する、請求項4に記載の毛状根の製造方法。
【請求項6】
前記複数の切断面は、前記アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬しない少なくとも1つの切断面を含む、請求項5に記載の毛状根の製造方法。
【請求項7】
前記アグロバクテリウム・リゾゲネスが、前記植物材料に導入する目的遺伝子を含む、請求項1~6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記植物材料がイチイ(Taxus cuspidata)である、
請求項1~7のいずれか1項に記載の毛状根の製造方法。
【請求項9】
イチイ科イチイ属の植物材料にアグロバクテリウム・リゾゲネスを浸潤させ毛状根を製造する方法であって、
(a)前記イチイ科イチイ属の植物材料の少なくとも一部を、
アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬し、減圧環境下においた後、常圧に戻すことを3回以上繰り返す浸漬工程と、
(b)前記浸漬工程で浸漬された植物材料を挿し木する挿し木工程と、
(c)前記挿し木工程で挿し木された植物材料を育成する育成工程と、
(e)前記育成工程で生じた不定根の少なくとも一部を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する浸漬工程と、
(f)前記浸漬工程で浸漬された不定根を挿し木する挿し木工程と、
(g)前記挿し木工程で挿し木された不定根を育成する育成工程と、
を含み、
前記アグロバクテリウム・リゾゲネスが、A13株(MAFF210266)である、
毛状根の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イチイ属の毛状根の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イチイ科イチイ属植物、例えばタイヘイヨウイチイ(Taxus brevifolia NUTT)には、卵巣癌、乳癌、肺癌などの治療薬として使用されるタキサン系抗がん剤であるパクリタキセルが含まれている。現在、タキサン系抗がん剤はイチイ属植物のプランテーション、或いは植物細胞培養法を用いて原料が生産され、これを前駆物質として製造が行われている。しかしながら、イチイ属植物は地上20cmの高さに成長するのに10年以上かかる生長の遅い植物であり、また植物細胞培養での細胞増殖においても2~4週間で2~3倍と極めて遅く、工業的生産には不十分であり大量のパクリタキセルを得ることは困難である。
【0003】
この問題を解決するため、イチイカルスにアグロバクテリウム・リゾゲネスを感染させ、タキサン骨格構造を有する物質の含有量を高めるように形質転換されたイチイカルスの作出方法が開示されている(特許文献1)。また、パクリタキセルの生産量向上を目的としてアグロバクテリウム ツメファシエンスLBA4404株を用いて10-デアセチルバッカチンIII-10β-O-アセチルトランスフェラーゼ遺伝子を導入する方法が報告されている(非特許文献1)。さらに他の遺伝子導入方法として、アグロバクテリウム・ツメファシエンスEHA105株やアグロバクテリウム・リゾゲネスATCC15834株を用いてTaxus cuspidata細胞株にβ-グルクロニダーゼ遺伝子を導入する方法(非特許文献2)、パーティクルボンバードメント法を用いてβ-グルクロニダーゼ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子を一過的に発現させる方法(非特許文献3)等が報告されている。
【0004】
加えて、Taxus cuspidataの種苗にアグロバクテリウム・リゾゲネスR1000株、A4株及びATCC15834株を感染させ、得られた107系統の根から安定的に生育する3系統の毛状根が得られた(形質転換効率約2.8%)という報告(非特許文献4)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Zhang et al. (2011) Plant Cell Tiss Organ Cult. 106:63-70.
【文献】Ketchum et al. (2007) Plant Cell Rep. 26:1025-1033).
【文献】Vongpaseuth et al. (2007) Biotechnol Prog. 23:1180-1185.
【文献】Kim et al.(2009) J. Korean Soc.52:144-150.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の様に、イチイ属の形質転換や遺伝子導入方法について種々検討がされているが、未だ導入効率は低く、また安定した形質転換された個体を獲得する手法は確立されていないのが現状である。そのため、高い効率の遺伝子導入法が求められている。
そこで本発明は、イチイ属の毛状根を効率よく製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、イチイ科イチイ属の植物材料を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬し、挿し木することにより、イチイ属の毛状根を効率よく製造する方法を見出した。
【0009】
本発明には、以下の実施形態が含まれる。
<1> イチイ科イチイ属の植物材料にアグロバクテリウム・リゾゲネスを浸潤させ毛状根を製造する方法であって、
(a)前記イチイ科イチイ属の植物材料の少なくとも一部を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する浸漬工程と、
(b)前記浸漬工程で浸漬された植物材料を挿し木する挿し木工程と、
(c)前記挿し木工程で挿し木された植物材料を育成する育成工程と、
を含む、毛状根の製造方法。
<2> 前記植物材料がイチイ科イチイ属の枝である、<1>に記載の毛状根の製造方法。
<3> 前記枝が若枝である、<2>に記載の毛状根の製造方法。
<4> 前記植物材料の少なくとも一部の端部を切断して切断面を作成し、前記浸漬工程において、前記切断面を前記アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する、<1>~<3>のいずれか1つに記載の毛状根の製造方法。
<5> 前記植物材料の複数の端部を切断して複数の切断面を作成し、前記浸漬工程において、前記複数の切断面の少なくとも1つを前記アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する、<4>に記載の毛状根の製造方法。
<6> 前記複数の切断面は、前記アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬しない少なくとも一つの切断面を含む、<5>に記載の毛状根の製造方法。
<7> 前記アグロバクテリウム・リゾゲネスが、前記植物材料に導入する目的遺伝子を含む、<1>~<6>のいずれか1つに記載の製造方法。
<8> 前記アグロバクテリウム・リゾゲネスが、A13株(MAFF210266)、ATCC15834株、およびLBA1344株もしくはこれらの形質転換体からなる群より選ばれる少なくとも1種である、<1>~<7>のいずれか1つに記載の毛状根の製造方法。
<9> 前記植物材料がイチイ(Taxus cuspidata)である、<1>~<8>のいずれか1つに記載の毛状根の製造方法。
<10> イチイ科イチイ属の植物材料にアグロバクテリウム・リゾゲネスを浸潤させ毛状根を製造する方法であって、
(a)前記イチイ科イチイ属の植物材料の少なくとも一部を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する浸漬工程と、
(b)前記浸漬工程で浸漬された植物材料を挿し木する挿し木工程と、
(c)前記挿し木工程で挿し木された植物材料を育成する育成工程と、
(e)前記育成工程で生じた不定根の少なくとも一部を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に、浸漬する浸漬工程と、
(f)前記浸漬された不定根を挿し木する挿し木工程と、
(g)前記挿し木工程で挿し木された不定根を育成する育成工程と、
を含む、毛状根の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一実施形態では、イチイ属の毛状根を効率よく製造する方法が提供される。本発明の一実施形態の製造方法によれば、アグロバクテリウム・リゾゲネスに目的遺伝子を導入し、これを用いて該形質転換方法にてイチイ属の形質転換を行うことにより、高効率で目的遺伝子が導入されたイチイ属の毛状根の取得が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】イチイの枝から発生した不定根の様子を示した図である。
【
図2】PCRにてrolB、virD2、EF1α各遺伝子の増幅を示したアガロース電気泳動図である。
【
図3】PCRにて(1)GFP、(2)virD2、(3)rolB、(4)EF1αの各遺伝子の増幅を示したアガロース電気泳動図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明に係る毛状根の製造方法は、イチイ科イチイ属の植物材料にアグロバクテリウム・リゾゲネスを浸潤させ毛状根を製造する方法であって、
(a)前記イチイ科イチイ属の植物材料の少なくとも一部を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する浸漬工程と、
(b)前記浸漬工程で浸漬された植物材料を挿し木する挿し木工程と、
(c)前記挿し木工程で挿し木された植物材料を育成する育成工程、
を含む。
【0013】
本発明における「不定根」とは本来の根以外の部分、例えば枝や茎から発生した根を意味する。また、本発明における「毛状根」とは、不定根のうち、アグロバクテリウム・リゾゲネスが植物に感染し、アグロバクテリウム・リゾゲネスが保有しているT-DNAが植物細胞に送り込まれ、染色体に組み込まれることで形成されたものを意味する。
【0014】
<(a)浸漬工程>
本発明における浸漬工程は、イチイ科イチイ属の植物材料の少なくとも一部を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する工程である。
【0015】
イチイ科イチイ属の植物材料は、後述するアグロバクテリウム・リゾゲネスの宿主として使用できれば特に限定されないが、例えば、Taxus canadensis、Taxus baccata、Taxus x media、Taxus brevifolia、Taxus chinensis、Taxus canadensis、Taxus cuspidata等を挙げることができる。これらの中でも、Taxus cuspidata(イチイ)が好ましい。
【0016】
植物材料として用いる部位および形態は、特に限定されず、木本、枝、葉、根、不定根、茎、種子、カルス等あらゆる部位および形態を用いることができる。形質転換をより効率的に行う観点および発根効率を向上させる観点から、枝が好ましい。また、枝の中でも、越冬し新たに伸長する時期(日本の春から夏(3月から9月頃))に得られる若枝が好ましい。また後述のとおり、本発明の一実施形態にて作成された不定根を植物材料としてさらにアグロバクテリウム・リゾゲネスの浸潤に供すこともできる。植物材料が枝、好ましくは若枝であると、アグロバクテリウム・リゾゲネスに感染しても生存している枝が多くなり、形質転換効率がより向上する傾向がある。
【0017】
本発明に用いるイチイ属の植物材料の大きさは、特に限定されるわけではないが、例えば枝の場合、例えば1cm~50cm、好ましくは10~40cm、より好ましくは20~30cm、最も好ましくは20~25cmの長さにすることができる。
【0018】
植物材料は、少なくとも一部の端部が切断されて切断面が作成されており、その切断面をアグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液(以下、「菌液」ともいう。)に浸漬することが好ましい。このように切断面を浸漬することで、アグロバクテリウム・リゾゲネスの感染効率がより向上する傾向にある。また、植物材料は、複数の端部が切断されて複数の切断面が作成されており、その切断面の少なくとも1つを浸漬することが好ましい。このように複数の端部を切断することで、発根効率がより向上する傾向にある。また、植物材料が複数の切断面を有する場合、その切断面の少なくとも1つを菌液に浸漬し、かつ、その切断面の少なくとも1つを菌液に浸漬しないことが好ましい。このように少なくとも1つの切断面を菌液に浸漬しないことで、減圧環境下において浸漬した切断面から植物材料の内部にアグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液が浸透しやすくなり、形質転換効率がより向上する傾向がある。
【0019】
切断する方法は、特に制限されず、例えば、刃物を用いて植物材料を切断すればよい。
【0020】
植物材料を浸潤させる菌液は、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含み、アグロバクテリウム・リゾゲネスが生存できるものであれば特に制限されない。菌液としては、例えば、蒸留水、等張液、緩衝液、組織培養用のLB培地やYEB培地などの液体中にアグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液を挙げることができる。
【0021】
菌液は、アグロバクテリウム・リゾゲネスの浸潤を促進するために界面活性剤を含むことが好ましい。界面活性剤としては、非イオン性の界面活性剤が好ましい。非イオン性の界面活性剤としては、例えばポリエーテル変性シリコーンの1種であるSILWET-L77(商品名)や、Tween20(商品名)、Tween80(商品名)などが例示される。
【0022】
菌液の光学濃度(OD600)は、特に制限されないが、例えば0.05~2.0である。形質転換をより効率的に行う観点から、OD600は0.1~1.0が好ましい。
【0023】
菌液における菌数は、特に制限されないが、例えば1.0×102~1.0×108cfu/mlである。形質転換をより効率的に行う観点から、菌数は1.0×104~1.0×106cfu/mlが好ましい。
【0024】
菌液が含むアグロバクテリウム・リゾゲネスは、特に限定されないが、形質転換効率をより向上させる観点から、A13株(MAFF210266)、ATCC15834株、およびLBA1344株もしくはこれらの形質転換体が好ましい。アグロバクテリウム・リゾゲネスとしては、形質転換効率をより向上させる観点から、これらの中でも、A13株又はA13株の形質転換体が好ましい。これらアグロバクテリウム・リゾゲネスは、単独或いは複数種を混合して利用することができる。アグロバクテリウム・リゾゲネスは、野生株を含んでいてもよく、後述の目的遺伝子などが染色体中に組み込まれた変異株を含んでいてもよく、植物材料内での発現を意企する遺伝子が組み込まれたプラスミドを含む変異株を含んでいてもよい。
【0025】
アグロバクテリウムが含むプラスミドとしては、例えば、pBI121、pHKN29、pLC41、pSB131、U0009B、U0017S、pSB134、pNB131、およびpIG121Hm、もしくはこれらのプラスミドに目的遺伝子が導入されたもの等があげられるが、これらに限定されるわけではない。
【0026】
本発明において目的遺伝子とは、イチイ内で発現を意企する目的の遺伝子を指す。目的遺伝子については、特に限定されず、例えばレポーター遺伝子である緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、ルシフェラーゼ(LUC)遺伝子やβ-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子、パクリタキセルの生産性向上を目的とする場合には、Taxadiene synthase(TXS)、taxadiene5α hydroxylase(T5αH)、taxadiene 5α-ol O-acetyltransferase(TDAT)、taxan 10β-hydroxylase(T10βH)、taxadiene 13α-hydroxylase(TαH)、taxan 2α-O-benzoyltransferase(DBBT)、10-deacetylbaccatin III-10-O-acetyltransferase(DBAT)、phenylalanine aminomutase(PAM)、Baccatin III:3-amino,3-phenylpropanoyltransferase(BAPT)、3’-N-debenzoyl-2-dexytaxol-N-benzoyltransferase(DBTNBT)等から選択されたパクリタキセルの合成に関与する酵素を生産するための遺伝子を挙げることができる。
【0027】
減圧環境下における浸漬は、真空ポンプなどによって大気圧よりも減圧されたチャンバー内において行われる。減圧下の真空圧力は、例えば30kPa以下とすることができる。形質転換効率をより向上させる観点から、減圧下の真空圧力は、20kPa以下が好ましく、15kPa以下がより好ましく、10kPa以下がさらに好ましく、5kPa以下が特に好ましく以下、2.5kPa以下が最も好ましい。
【0028】
また減圧する時間は、例えば1分間~2時間とすることができる。形質転換効率をより向上させる観点及び発根効率をより向上させる観点から、減圧する時間は、好ましくは1分間~30分間であり、より好ましくは2分間~10分間である。
【0029】
減圧環境下から常圧環境下に戻す際には、植物材料を菌液に浸漬した状態で行うことが、形質転換効率をより向上させる観点から好ましい。すなわち、植物材料を菌液に浸漬した状態でチャンバー内の圧力を常圧に戻すことが好ましい。チャンバー内を常圧に戻す時間は、発根効率をより向上させる観点から、1秒間~30分間が好ましく、1分間~3分間がより好ましい。
【0030】
また、減圧環境下と常圧環境下を繰り返し付与することが、形質転換効率をより向上させる観点から好ましい。繰り返しの回数は、例えば3回~5回にすることができる。
【0031】
<(b)挿し木工程>
本発明における挿し木工程は、浸漬工程で浸漬された植物材料を挿し木する工程である。
【0032】
本発明における挿し木とは、植物材料を支持しうる物質にて固定することであり、固定に用いる資材として土、焼土、超吸収性ポリマー、炭、水苔等が挙げられるがこれらに限定されることはない。固定方法は、育成できる程度に固定できれば特に制限されず、従来公知の方法を用いることができる。
【0033】
<(c)育成工程>
本発明における育成工程は、挿し木工程で挿し木された植物材料を育成する工程である。
【0034】
育成工程は、挿し木された植物材料が育成できれば特に制限されず、従来公知の育成方法を採用することができる。例えば、挿し木された植物材料を、露地において育成させてもよく、人工気象機により一定環境下にして育成させてもよい。人工気象機により一定環境下で育成させる場合、例えば10℃~40℃の範囲に保てばよく、20℃~30℃の範囲に保つことが好ましい。また、照度は、1.0klx~15.0klxの範囲に保てばよく、2.0klx~6.0klxの範囲に保つことが好ましい。育成期間は、不定根の発根が確認できれば特に制限されず、例えば2週間~2月とすることができる。
【0035】
本発明の一実施形態では、上述の(a)~(c)工程から得られた不定根をさらにアグロバクテリウム・リゾゲネスに感染させ、さらなる形質転換を行うことができる。このさらなる形質転換は、上述の(a)~(c)工程で形質転換されずに生じた単なる不定根に対して行って形質転換効率を向上させてもよく、毛状根に対して別の形質転換を行ってもよい。また、単なる不定根と毛状根を選別せずに、不定根に対して別の形質転換を行ってもよい。
【0036】
すなわち、本発明の一実施形態は、上述の(a)~(c)工程に加え、(e)育成工程で生じた不定根の少なくとも一部を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する浸漬工程と、(f)浸漬工程で浸漬された不定根を挿し木する挿し木工程と、(g)挿し木工程で挿し木された不定根を育成する育成工程と、を含む、毛状根の製造方法である。(c)育成工程と(e)浸漬工程との間に、さらに(d)植物材料から生じた不定根を選別する選別工程を有していてもよい。
【0037】
<(d)選別工程>
本発明における選別工程は、上述の育成工程で生じた不定根を選別する工程であり、任意に行うことができる。選別は、アグロバクテリウム・リゾゲネスに感染していない単なる不定根と毛状根とを選別する工程であってもよく、特定の遺伝子が導入された毛状根を選別する工程であってもよい。選別方法は、選別するという目的を達成できれば特に制限されないが、例えば、特定の遺伝子の導入状態により選別することができる。特定の遺伝子の導入状態は、レポーター遺伝子の発現や特定遺伝子に対するPCR法などの常法により確認することができる。
【0038】
<(e)浸漬工程>
本発明における(e)浸漬工程は、(c)育成工程で生じた不定根の少なくとも一部を、減圧環境下において、アグロバクテリウム・リゾゲネスを含む溶液に浸漬する工程である。植物材料の代わりに選別された不定根を用いる以外は(a)浸漬工程と同様に行うことができる。菌液の組成や、浸漬時の環境は、(a)浸漬工程と同じ条件であってもよく、異なる条件であってもよい。
【0039】
不定根は、植物材料(例えば枝)から分離して用いてもよく、植物材料(例えば枝)から分離させずに用いてもよい。
【0040】
<(f)挿し木工程>
本発明における(f)挿し木工程は、(e)浸漬工程で浸漬された不定根を挿し木する工程である。(f)挿し木工程は、(b)挿し木工程と同様に行うことができる。資材や固定方法は、(b)挿し木工程と同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0041】
<(g)育成工程>
本発明における(g)育成工程は、(f)挿し木工程で挿し木された不定根を育成する工程である。(g)育成工程は、(c)育成工程と同様に行うことができる。(g)育成工程における育成条件は、(c)育成工程の育成条件と同じあってもよく、異なっていてもよい。
【0042】
毛状根の製造方法において、(a)浸漬工程~(c)育成工程の各工程に加え、(d)選別工程~(g)育成工程をさらに含むことで、形質転換効率をより向上させることができる。
【実施例】
【0043】
以下に実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0044】
〔実施例1〕
1.アグロバクテリウム・リゾゲネスの接種
(1)アグロバクテリウム・リゾゲネスの培養
アグロバクテリウム・リゾゲネスLBA1344株、ATCC15834株及びA13株(MAFF 210266)をYEB培地に植菌し28℃、200rpmで2日間振とう培養した後6,500rpm、5分間、20℃で遠心分離し集菌した。
(2)イチイへのアグロバクテリウム・リゾゲネス接種
集菌した各菌体を、0.46gの接種培地(ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(富士フィルム和光純薬社製))、20gのスクロース、0.1gのMES、100μLのB5ビタミンx1000倍液、2μLの6-ベンジルアデニン(1g/L DMSO)、1mLのアセトシリンゴン(10g/L DMSO)、40μLのSILWET L-77(商品名)を水に溶解し、1N水酸化カリウム溶液でpH5.7に調整し、200mLのアグロバクテリウム・リゾゲネス懸濁液(菌液)を得た。イチイ(Taxus cuspidata)から若枝約20cmを採取し、基部から約5cmの葉を除去した後、頂部及び基部を切断して切断面を2つ形成し、アグロバクテリウム・リゾゲネス懸濁液(菌液)に基部先端を含む切断面を浸漬した。このとき、もう一方の切断面(頂部)は菌液に浸漬しなかった。これを真空デシケーター(kartell社製)に移し真空ポンプ(アルバック機工社製:DA-30S)で3分間真空(0kPa)まで減圧した後、常圧に戻すことを3回繰り返した。イチイ若枝を取り出し、100倍希釈した植物活力剤(メネデール社製)を含む水で灌水した土(プロトリーフ社製:CASA GRAINE さし芽・種まきの土)に挿し木し、人工気象器(日本医科器械製作所社製:NC-350S)内で23℃、2.6klxで1ヶ月保管した。1ヶ月後、アグロバクテリウム・リゾゲネスを接種した若枝から約50本が発根した(
図1)。
【0045】
2.毛状根のジェノタイピング
(1)不定根のゲノムDNA抽出
アグロバクテリウム・リゾゲネスを接種し得られた不定根のうち、長さが長くDNAを抽出しかつ後述の実施例2を行うことができる49本について、それぞれの先端(根端)を数cm(7~10mg)切除し液体窒素で凍結、乳鉢で破砕した。破砕した不定根をチューブに移し、2×CTAB溶液(2%の臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム、100mMのTris-HCl(pH8.0)、1.4MのNaCl、20mMのEDTA)を1ml添加し、65℃で1時間インキュベートした。これに等量のクロロフォルム/イソアミルアルコール(24/1)を加え、20分間混和した後、12,000×gで10分間遠心分離した。遠心分離後上層を回収し、上記操作を繰り返した。得られた溶液に等量のイソプロパノールを添加し16,000×gで5分間遠心分離した後、上清を除去し70%エタノール水溶液を添加し再度遠心分離した。上清を除去し沈殿を乾燥させた後TE緩衝液100μLに溶解し、ゲノムDNA溶液を得た。
(2)PCRによる導入遺伝子の確認
不定根より抽出したゲノムDNAを鋳型としてPCRによる導入遺伝子の判定を行った。PCR試薬はKOD One(登録商標) PCR Master Mix(東洋紡社製)を、またイチイの内在遺伝子(EF1α)を検出するプライマー(配列番号1、2)、アグロバクテリウム・リゾゲネスの残留を判定するために用いるvirD2遺伝子を検出するプライマー(配列番号3、4)、毛状根の判定に用いるrolB遺伝子を検出するプライマー(配列番号5、6)を使用した。使用したプライマー配列を以下に示す。
【0046】
・配列番号1
CCCGGATCCTGAGACTGGAGTGATTAAGC
・配列番号2
TTGATGACTCCAACAGCAACAGT
・配列番号3
ATGCCCGATCGAGCTCAAGT
・配列番号4
CGAGCCTGCCGCTCAAGGCGCCGAA
・配列番号5
TTGGTGAACTGTGTGATGCCGCAA
・配列番号6
TCTATCTCGCGAGAAGATGCAGAA
【0047】
定法に従いPCR反応を行った後、増幅産物をアガロース電気泳動に供した結果を
図2に示す。ここで、rolB遺伝子が増幅されていれば形成した根が毛状根であり、virD2遺伝子が増幅されたものは根にアグロバクテリウム・リゾゲネスの残存があると判定される。加えてイチイの内在遺伝子(EF1α)を、ポジティブコントロールとして用いた。アグロバクテリウム・リゾゲネスを接種した若枝から発根した49本の根からゲノムDNAを抽出し前述のPCRによる導入遺伝子の確認を行った結果、11本からrolB遺伝子が検出され、このうち4本はvirD2遺伝子が増幅しアグロバクテリウム・リゾゲネスの残存が検出された。結果、不定根49本からアグロバクテリウム・リゾゲネスの残存が確認された4本を除く45本中、7本が毛状根であった(形質転換効率は約15.6%)。PCRで得られたrolB遺伝子増幅産物を鋳型とし、配列番号5、6のプライマーを使用し定法に従い3130xl Genetic Analyzer(Life Technologies社製)を用いてシーケンス解析を実施したところ、A13株と一致し、イチイ毛状根ゲノムDNAに導入されたrolB遺伝子はA13株由来であった。
【0048】
〔実施例2〕
3.アグロバクテリウム・リゾゲネスを接種した個体への再接種
(1)コンピテントセルの調製
アグロバクテリウム・リゾゲネスATCC15834株及びA13株(MAFF210266)を5mLのYEB培地に植菌し28℃、200rpmで一晩振とう培養した。この培養液を250mLのYEB培地に添加し28℃、200rpmで5時間振とう培養した後、5,000rpmで10分間、4℃で遠心分離し集菌した。1mMのHEPES(pH7.0)、10%グリセロールで順に洗浄し、前述遠心分離条件で集菌した後、2.5mLの10%グリセロールに懸濁した。滅菌チューブに40μLずつ分注し液体窒素で凍結した後-80℃で保存した。これをコンピテントセルとし、後述の実験に使用した。
(2)エレクトロポレーションによるアグロバクテリウムの形質転換
各コンピテントセルを溶解後プラスミドpHKN29(Mol Plant Microbe Interact.(2003)16:663-8)を1μg添加した。エレクトロポレーター(Bio-Rad社製:Gene-pluser)にて2.5kV、25μF、200Ωの条件で定法に従い高電圧パルスをかけた後、速やかに800μLのYEB培地を添加し28℃、1時間回復培養を行った。これを50μM/mLカナマイシンを含むYEB寒天培地に播種し、28℃で3日間静置培養した。
(3)アグロバクテリウム・リゾゲネスの培養及び接種
前述3.(2)で形質転換された各アグロバクテリウム・リゾゲネスのコロニーを50μM/mLのカナマイシンを含むYEB培地に植菌し28℃、200rpmで2日間振とう培養した後、6,500rpmで、5分間、20℃で遠心分離し集菌した。
集菌した各菌体を前述2.1で根端を採取した後のイチイ若枝の頂部を切断して改めて切断面を形成し、49本の不定根の根端を改めて切断して切断面を形成した。この若枝が有する49本の不定根に対し、1.(2)と同様の方法にて接種、保管した。1ヶ月後、アグロバクテリウム・リゾゲネスを接種した49本の不定根から新たに約40本発根した。なお、49本は、若枝から分離させずに、まとめて菌液に浸漬した。
【0049】
4.再接種した個体から得られた毛状根のジェノタイピング
前述の3.(3)で得られた不定根32本を2.(1)、2.(2)と同様にゲノムDNA抽出、PCRによる導入遺伝子の確認を行った。また、プラスミドpHKN29にコードされるGFP遺伝子を検出するプライマー(配列番号7、8)も合わせて使用した。アガロース電気泳動の結果を
図3に示す。
【0050】
・配列番号7
CCACCCTCGTGACCACCTTCAC
・配列番号8
GAACTCCAGCAGGACCATGTGAT
【0051】
結果、不定根32本中14本からGFP遺伝子が検出され(
図3(1))、これらの不定根からアグロバクテリウム・リゾゲネスの残存は検出されず(
図3(2))、このうち4本からrolB遺伝子が検出された(
図3(3)の白い点線で囲んだ部分がrolB遺伝子の発現を示す)。この時の形質転換効率は12.5%であった。この様に、一度アグロバクテリウム・リゾゲネスを接種し発根させた個体を材料として再度接種を行うことで毛状根を得ることが可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明によれば、イチイ属の毛状根を効率よく製造する方法が提供される。本発明の製造方法によれば、アグロバクテリウム・リゾゲネスに目的遺伝子を導入し、これを用いて該形質転換方法にてイチイの形質転換を行うことにより、高効率で目的遺伝子が導入されたイチイ毛状根の取得が可能となる。
【配列表】