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特許7266286無口蓋義歯の義歯床形成システムおよび設計支援装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-20
(45)【発行日】2023-04-28
(54)【発明の名称】無口蓋義歯の義歯床形成システムおよび設計支援装置
(51)【国際特許分類】
   A61C 13/01 20060101AFI20230421BHJP
【FI】
A61C13/01
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019069820
(22)【出願日】2019-04-01
(65)【公開番号】P2020168057
(43)【公開日】2020-10-15
【審査請求日】2021-11-02
(73)【特許権者】
【識別番号】518378466
【氏名又は名称】宇田川 恵司
(74)【代理人】
【識別番号】100145241
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康裕
(72)【発明者】
【氏名】宇田川 恵司
【審査官】中尾 麗
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-192503(JP,A)
【文献】特開平06-304190(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0333235(US,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0102909(KR,A)
【文献】独国特許出願公開第01955733(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61C 13/00-13/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上顎の歯肉の下面に接触する義歯床を有する無口蓋義歯を形成するための義歯床形成システムであって、
患者の口腔内の少なくとも上顎顎提の印象を採取した印象物の三次元表面形状の走査を行い、印象の三次元表面形状情報を生成する三次元走査装置と、
患者の口腔内の少なくとも上顎の顎骨と歯肉の断層撮影画像を取得するためにコンピュータ断層撮影を行うコンピュータ断層撮影装置と、
前記三次元表面形状情報に基づき上顎の歯肉の下面に接触する義歯床のCADモデルを生成し、前記断層撮影画像から得られる歯肉の厚みをデータとして取得する設計支援装置と、
前記義歯床のCADモデルを取得し、義歯床を形成する製造装置と、
を備え、
前記設計支援装置は、前記断層撮影画像に基づき顎骨と歯肉の表面の形状から前記歯肉の厚みを取得し、取得した前記歯肉の厚みが他より薄くなっている顎骨の突起近傍の歯肉表面に当接しないように回避して、義歯床における歯肉の内側面に接触する内側床部にビーディングを形成するようにCADモデルを生成することを特徴とする義歯床形成システム。
【請求項2】
前記設計支援装置は、前記断層撮影画像に基づき歯肉の内部の血管、神経および/または腫瘍の位置を取得し、前記ビーディングが前記血管、神経および/または腫瘍の位置の近傍の歯肉表面に当接しないようにCADモデルを生成することを特徴とする請求項1に記載の義歯床形成システム。
【請求項3】
前記コンピュータ断層撮影装置は、上顎と下顎の所定の咬合力を付加した状態で歯肉および歯肉に装着された義歯床をコンピュータ断層撮影し、
前記設計支援装置は、上顎と下顎の所定の咬合力を付加した状態で歯肉および歯肉に装着された義歯床をコンピュータ断層撮影して取得した前記断層撮影画像に基づき、前記ビーディングが接触する歯肉の内側面における被圧変位量を測定し、前記被圧変位量に基づき前記ビーディングの位置および/または高さを調製することを特徴とする請求項1または2に記載の義歯床形成システム。
【請求項4】
上顎の歯肉の下面に接触する義歯床を有する無口蓋義歯を形成するためのCADモデルを生成する設計支援装置であって、
コンピュータ断層撮影を行うことにより得られる患者の口腔内の少なくとも上顎の顎骨と歯肉の断層撮影画像に基づき顎骨と歯肉の表面の形状から前記歯肉の厚みをデータとして取得し、
患者の口腔内の少なくとも上顎顎提の印象を採取した印象物の三次元表面形状の走査を行うことにより生成された印象の三次元表面形状情報に基づき上顎の歯肉の下面に接触する義歯床のCADモデルを生成するとともに、取得した前記歯肉の厚みが他より薄くなっている顎骨の突起近傍の歯肉表面に当接しないように回避して、義歯床における歯肉の内側面に接触する内側床部にビーディングを形成するようにCADモデルを生成することを特徴とする設計支援装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無口蓋義歯の義歯床形成方法および義歯床形成システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、主に咬合圧から生ずる痛みを軽減することで支持力を確保すると共に、装着の安定性を向上させ維持力を確保する目的で義歯の義歯床を形成する技術が提案されている。たとえば、特許文献1は、顎の特定部位に対応する位置に正確、かつ、適切なリリーフ部を有する形状情報を形成することができ、患者の痛みを低減し、装着安定性に優れた義歯床、義歯床の形成方法等を開示する。この義歯床形成方法では、リファレンスポイントが配設された第1義歯床が第1形状情報に基づいて形成される。コンピュータ断層撮影により、第1義歯床の第1撮影画像情報と、顎及び顎に装着された第1義歯床の第2撮影画像情報とが形成される。リファレンスポイントを基準として、第1撮影画像情報と第2撮影画像情報とを重ね合わせた第3撮影画像情報が形成される。第3撮影画像情報に基づき、第1形状情報に、顎の顎神経集中部等の特定部位に対応する位置にリリーフ部を配設した第2義歯床の第2形状情報が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-192503号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
昨今高齢者が増加し、総義歯の需要が高まっている。着脱可能な総義歯の場合、面積の大きい口蓋部分の存在により装着した時に違和感や圧迫感を感じる患者が多いため、無口蓋の義歯の方が好まれる傾向にある。しかし、上顎に装着する無口蓋義歯の場合、脱落を防止するための維持力を確保することが重要なので、義歯床縁を封鎖するためのビーディングが設けられることが多い。一方、ビーディングは、上顎の歯肉(粘膜)に対しては凸状物となるために歯肉に対する痛みの原因となり得るので、その痛みのために十分な支持力を伝えることができなくなってしまう。
【0005】
そこで、本発明は、かかる事情を鑑みて考案されたものであり、上顎に装着される無口蓋義歯において、良好な維持力と支持力を確保するための義歯床形成方法および義歯床形成システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、上顎の歯肉の下面に接触する義歯床を有する無口蓋義歯を形成するための義歯床形成システムであって、患者の口腔内の少なくとも上顎顎提の印象を採取した印象物の三次元表面形状の走査を行い、印象の三次元表面形状情報を生成する三次元走査装置と、患者の口腔内の少なくとも上顎の顎骨と歯肉の断層撮影画像を取得するためにコンピュータ断層撮影を行うコンピュータ断層撮影装置と、三次元表面形状情報に基づき上顎の歯肉の下面に接触する義歯床のCADモデルを生成し、断層撮影画像から得られる歯肉の厚みをデータとして取得する設計支援装置と、義歯床のCADモデルを取得し、義歯床を形成する製造装置と、を備え、設計支援装置は、断層撮影画像に基づき顎骨と歯肉の表面の形状から歯肉の厚みを取得し、取得した歯肉の厚みが他より薄くなっている顎骨の突起近傍の歯肉表面に当接しないように回避して、義歯床における歯肉の内側面に接触する内側床部にビーディングを形成するようにCADモデルを生成することを特徴とする義歯床形成システムが提供される。
これによれば、コンピュータ断層撮影することにより取得した歯肉(粘膜)の厚みに基づき義歯床の内側床部にビーディングを形成することで、良好な維持力と支持力を確保するための義歯床形成システムを提供することができる。
【0007】
さらに、設計支援装置は、断層撮影画像に基づき歯肉の内部の血管、神経および/または腫瘍の位置を取得し、ビーディングが血管、神経および/または腫瘍の位置の近傍の歯肉表面に当接しないようにCADモデルを生成することを特徴としてもよい。
これによれば、コンピュータ断層撮影することにより取得した歯肉(粘膜)の内部の血管等の異物に基づきビーディングを形成することで、痛みや不適合の原因となり得るものを考慮してビーディングを形成することができる。
【0008】
さらに、コンピュータ断層撮影装置は、上顎と下顎の所定の咬合力を付加した状態で歯肉および歯肉に装着された義歯床をコンピュータ断層撮影し、設計支援装置は、上顎と下顎の所定の咬合力を付加した状態で歯肉および歯肉に装着された義歯床をコンピュータ断層撮影して取得した断層撮影画像に基づき、ビーディングが接触する歯肉の内側面における被圧変位量を測定し、被圧変位量に基づきビーディングの位置および/または高さを調製することを特徴としてもよい。
これによれば、歯肉と歯肉に装着された義歯床とをコンピュータ断層撮影することで、歯肉と義歯床のビーディングの接触具合を確認し、咬合力を付加して撮影されたコンピュータ断層画像から測定されるビーディングが接触して生ずる被圧変位量に基づきビーディングを再形成することで、適正な維持力と共に適正な支持力を発揮できる義歯床形成システムを提供することができる。
【0009】
上顎の歯肉の下面に接触する義歯床を有する無口蓋義歯を形成するためのCADモデルを生成する設計支援装置であって、コンピュータ断層撮影を行うことにより得られる患者の口腔内の少なくとも上顎の顎骨と歯肉の断層撮影画像に基づき顎骨と歯肉の表面の形状から前記歯肉の厚みをデータとして取得し、患者の口腔内の少なくとも上顎顎提の印象を採取した印象物の三次元表面形状の走査を行うことにより生成された印象の三次元表面形状情報に基づき上顎の歯肉の下面に接触する義歯床のCADモデルを生成するとともに、取得した前記歯肉の厚みが他より薄くなっている顎骨の突起近傍の歯肉表面に当接しないように回避して、義歯床における歯肉の内側面に接触する内側床部にビーディングを形成するようにCADモデルを生成することを特徴とする設計支援装置が提供される。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明によれば、上顎に装着される無口蓋義歯において、良好な維持力と支持力を確保するための義歯床形成方法および義歯床形成システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係る第一実施例の無口蓋義歯の、(A)義歯床側からみた上面図、(B)人工歯側からみた下面図(歯肉に装着した状態)。
図2】無口蓋義歯を装着しない状態での、図1(B)に示すS-S断面においてコンピュータ断層撮影した上顎の顎骨と歯肉の示す、(A)コンピュータ断層写真、(B)その模式図。
図3】本発明に係る第一実施例の無口蓋義歯の、(A)顎骨に突起がある断面におけるビーディングの位置を示す模式図、(B)顎骨に突起がない断面におけるビーディングの位置を示す模式図。
図4】本発明に係る第一実施例の無口蓋義歯の、(A)歯肉内部に血管がある断面におけるビーディングの位置を示す模式図、(B)歯肉内部に血管がない断面におけるビーディングの位置を示す模式図。
図5】本発明に係る第一実施例の無口蓋義歯の形成方法を示すフローチャート。
図6】本発明に係る第一実施例の無口蓋義歯の義歯床形成システムの概略構成図。
図7】本発明に係る第二実施例の無口蓋義歯における被圧変位量を示す模式図。
図8】本発明に係る第二実施例の無口蓋義歯の形成方法を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下では、図面を参照しながら、本発明に係る各実施例について説明する。
<第一実施例>
図1乃至図6を参照し、本実施例における義歯床形成方法および義歯床形成システム100を説明する。義歯床形成システム1は、図6に示すように、コンピュータ断層撮影装置10(CT:Computed Tomography)、設計支援装置としてコンピュータ支援設計装置20(CAD:Computer Aided Design System)と、製造装置としてコンピュータ支援製造装置30(CAM:Computer Aided Manufacturing System)と、三次元走査装置40(3D Scanner)とを備える。これらの装置は、互いにネットワーク50を介して通信可能に接続されている。ネットワーク50は、有線/無線、構内LAN(ローカルエリアネットワーク)接続/インタネット接続などのいずれであってもまたこれらの組み合わせであってよく、互いに通信可能である限り、特に限定されない。これらの装置は、ネットワーク50に対応したネットワークインターフェース機能を備える。
【0014】
コンピュータ断層撮影装置10は、放射線などを利用して生体を走査しコンピュータを用いて処理することで、生体の内部画像を取得するための装置である。骨はX線の吸収率が高くX線コントラストが高いことから単純X線写真でも骨の観察可能だが、コンピュータ断層撮影装置10は、生体の横断(軸位断)像が得られ、単純X線撮影では分離できない軟組織の構造を観察できる。歯科用CTは、軟組織より硬組織の構造の観察に向いたコーンビームCT(CBCT:Cone-beam CT)が使用されることが多いが、歯肉内構造を得るためには、コンピュータ断層撮影装置10は、多列検出器型エックス線CT装置(MDCT:Multi Detector row CT)が好ましい。
【0015】
コンピュータ断層撮影装置10は、少なくとも、患者の上顎の骨、それに付着する粘膜(歯肉)、また粘膜に装着された無口蓋義歯の断層撮影を行い、画像情報を生成する。また、コンピュータ断層撮影装置10は、上顎に装着された無口蓋義歯に下顎が咬合した状態でこれらの断層撮影を行い、画像情報を生成することが含まれてもよい。コンピュータ断層撮影装置10は、典型的にはX線断層撮像装置が使用されるが、例えば、磁気共鳴撮像(MRI:Magnetic Resonance Imaging)装置も使用可能である。
【0016】
三次元走査装置40は、患者の口腔内の少なくとも上顎顎提の印象を採取した印象物の三次元表面形状(立体形状)の走査(スキャン)を行い、印象の三次元表面形状情報を生成する。実用的には、三次元レーザスキャナが使用される。無口蓋義歯を装着する患者の多くは上顎の歯をすべて失っている場合が多いので、印象は、歯を含まず顎堤のみの表面の立体的形状をなすことが多い。三次元走査装置40は、上顎の顎堤部分の立体的形状を直接光学印象により採取してもよい。この場合、三次元走査装置40は、可視波長において画像データを取得する光学デジタルカメラであってもよく、口腔内の撮像処理後、口腔内特に顎堤部分のデジタル値の画像データを生成し、当該部分の三次元表面形状情報を生成する。この場合の歯肉の印象を採取した印象物は、デジタル値の画像データである。
【0017】
コンピュータ支援設計装置20は、三次元表面形状情報に画像処理を実施するように設定され、CADの手法を使用して無口蓋義歯を設計するように構成されている。コンピュータ支援設計装置20は、画像データを使用して無口蓋義歯の義歯床のCADモデルを設計する設計ソフトウェアを含む。この設計ソフトウェアは、三次元走査装置40が形成した三次元表面形状情報に基づき上顎の歯肉の下面に接触する義歯床部分のCADモデルを自動的に生成する。また、この設計ソフトウェアは、コンピュータ断層撮影装置10により形成された上顎の断層撮影画像から得られる歯肉の厚みをデータとして取得し、義歯床部分に後述するビーディングの位置や形状を付加してCADモデルを生成する。また、この設計ソフトウェアは、義歯床形成システム100のユーザの入力により、義歯床部分の形状や人工歯の位置のCADモデルを生成する。
【0018】
コンピュータ支援製造装置30は、CAMの手法を使用して無口蓋義歯を作製するように構成されており、典型的は、三次元プリンタやミリングマシンを含む。コンピュータ支援製造装置30は、コンピュータ支援設計装置20により形成された無口蓋義歯の形状情報を取得する。コンピュータ支援製造装置30は、ミリングマシンである場合、コンピュータ支援設計装置20の形状情報に基づいて、樹脂製のブロック材料を切削し、無口蓋義歯の義歯床部分を形成する。コンピュータ支援製造装置30は、三次元プリンタである場合、同形状情報に基づいて、プリンティングにより義歯床部分を形成する。さらに、コンピュータ支援製造装置30は、義歯床部分に接着剤により人工歯を取り付け、固定し、無口蓋義歯を作製する。
【0019】
本実施例における無口蓋義歯の義歯床形成方法を以下に説明する。一般に、従来の上顎用義歯は、人工歯を配設して上顎顎堤の形状の概形(U字型、馬蹄形などという)に成形され、上顎顎堤に接触する顎堤床部と、この顎堤床部の内側に連続し形成され、口蓋のほぼ全面に接触する口蓋部とを備える義歯床により構成されている。この上顎用義歯は、口蓋床部が口蓋に密着することで維持力が向上する。一方、無口蓋義歯とは、図1に示すように、一般の上顎用義歯には備えられる口蓋部を有さず、上顎顎堤形状の概形に成形され、上顎顎堤に接触する顎堤床部から構成される上顎用義歯である。無口蓋義歯は、口蓋部を有さないため、維持力が弱く、食事時などに直ぐ脱落してしまうとされてきた。しかし、口蓋床部がないと、口に入れたとき違和感や圧迫感が少なく、装着した際の嘔吐反射も少なく、維持力が備えられるのであれば、上顎用義歯の使用者にとっては無口蓋であることが好ましい。本願発明に係る無口蓋義歯の義歯床形成方法は、このような無口蓋義歯を作製するための方法を提供する。
【0020】
本願発明に係る義歯床形成方法により作製される無口蓋義歯は、図1に示すように、歯肉の内側面に接触する内側床部に形成されたビーディング(白点線)を有する。無口蓋義歯の義歯床は、上顎の顎堤をなす歯肉の外側面に接触する外側床部と、外側床部から連続して延在し顎堤をなす歯肉の頂部付近に接触する中央床部と、中央床部から連続して延在し顎堤をなす歯肉の内側面に接触する内側床部とから構成される。したがって、無口蓋義歯の縦断面形状は略U字型をなす。
【0021】
内側床部は、中央床部と、歯肉に接触する内側床部が歯肉から離れる部分である内側端部との間にある部分である。内側端部の形状や中央床部からの距離は、後述するように変化し得るが、一般的には、内側端部は、装着した時には上顎顎堤と口蓋の境界付近に位置する。ビーディングは、この内側床部に形成される。ビーディングは、内側床部から通常一定の高さで盛り上がった線状の隆起であり、通常内側端部から所定の一定の距離に形成されるが、後述するように変化し得る。
【0022】
所定の高さとは、線状隆起が痛みを生じない程度に歯肉に食い込むと共に線状隆起の両側で粘膜と内側床部の接触が維持される程度の高さであり、一般的に凡そ0.5mm程度である。所定の距離とは、線状隆起の高さとの関係で変化しうるが、線状隆起の内側端部側の内側床部が顎堤と維持力を発揮できる程度に接触する距離である。ビーディングは、かかる線状隆起の両側において顎堤に接触し、さらに線状隆起で顎堤の歯肉に食い込むことにより歯肉に密着し、義歯床と歯肉の間に空気や食物等の流入を阻止することにより、良好な維持力を形成するため無口蓋義歯が上顎から脱落することを防止することができる。
【0023】
ここで、図2を参照して、患者の顎骨の例を説明する。図2(A)は、図1(B)のS-S断面におけるコンピュータ断層撮影画像である。ただし、図1(B)では無口蓋義歯が装着されているが、図2(A)では装着されていない状態の画像である。また、図2(B)は、図2(A)の画像を分かりやすくするために線図で模式的に表したものである。このコンピュータ断層撮影画像によると、この患者の顎骨の口蓋側における内側面には3つの突起(点線矢印の突起1~3)が存在することが確認できる。このような顎骨表面における突起は、患者によりたびたび見受けられるが、このような突起があると、突起がある部分とない部分では、歯肉表面までの距離が異なり、歯肉の厚さが小さな範囲で異なることになる。そのため、義歯床からこのような突起の近傍の歯肉表面に圧力が加わると、痛みの原因になることがある。特に、隆起したビーディングが突起の近傍の歯肉表面に当接するとより痛みが増すことになりかねない。
【0024】
そこで、本発明に係る義歯床形成方法は、以下に述べる方法で上顎の歯肉の下面に接触する義歯床を有する無口蓋義歯の義歯床を形成する。まず、図3(B)に示すように、患者の上顎の顎骨には図2に示すような突起がないことがコンピュータ断層撮影画像により確認された場合、歯肉の厚さが薄くなっているところがないので、内側床部の内側端部は、義歯床が十分な維持力を有することができる程度に口蓋の方へ中部床部から延在する。ビーディングは、内側端部から所定の距離に線状の隆起として形成される。顎堤に接触するが口蓋部分への接触が最小限となるので、患者は装着した時に違和感や圧迫感を感じることが少なくなると共に、ビーディングが歯肉(粘膜)に密着して義歯床縁を封鎖するため良好な維持力が発揮される。
【0025】
図3(A)に示すように、患者の上顎の顎骨には図2に示すような突起があることがコンピュータ断層撮影画像により確認された場合、歯肉の厚さが薄くなっているところがあるので、突起がない場合と同様な位置にビーディングを形成すると痛みの原因となり得る。そこで、内側床部の内側端部を口蓋の正中の方へ延在させて、ビーディングが突起の近傍の歯肉表面に当接しないように回避して形成される。これにより、口蓋部分への接触範囲が増加するが、患者が装着・咬合した時に痛みを少なくすることが可能となり良好な支持力を得ると共に、ビーディングが歯肉に密着して義歯床縁を封鎖するため良好な維持力が発揮される。このように、歯肉の厚みに基づき義歯床における歯肉の内側面に接触する内側床部にビーディングを形成することで、良好な維持力と支持力を確保することが可能となる。
【0026】
また、コンピュータ断層撮影は、太い血管、神経、腫瘍などの軟組織の構造を観察できるので、図4(A)のように、たとえば歯肉内にそのような圧迫することが好ましくない異物(本図では血管と表示)の存在の有無や位置を確認可能とする。コンピュータ断層撮影画像によりこれらが確認された場合、歯肉の厚さが薄くなっているところがあると判断できるので、図4(B)に示すかかる異物がない場合と同様な位置にビーディングを形成すると痛みの原因となり得る。そこで、内側床部の内側端部を口蓋の正中の方へ延在させて、ビーディングが血管等の近傍の歯肉表面に当接しないように回避して形成される。これにより、患者が装着・咬合した時に痛みを少なくすることが可能となり良好な支持力を得ると共に、ビーディングが歯肉に密着して義歯床縁を封鎖するため良好な維持力が発揮される。なお、異物が存在する場合には、その異物の大きさだけ歯肉の厚みが薄くなったものとする。そうすると、歯肉の厚みに基づき義歯床における歯肉の内側面に接触する内側床部にビーディングを形成することで、良好な維持力と支持力を確保することが可能となる。なお、図4(B)は、実質的に図3(B)と同じなので説明を省略した。
【0027】
図5を参照し、無口蓋義歯の義歯床形成システム100における義歯床形成方法を説明する。なお、フローチャートにおけるSはステップを意味するものとする。義歯床形成システム100の三次元走査装置40は、S100において、上顎顎提の印象を採取した印象物の三次元表面形状の走査を行い、印象の三次元表面形状情報を生成する。義歯床形成システム100のコンピュータ断層撮影装置10は、S102において、上顎の骨とそれに付着する歯肉の断層撮影を行い、断層画像情報を生成する(第1撮影工程)。コンピュータ断層撮影装置10は、S104において、断層画像情報に基づき、顎骨の形状、血管/神経/腫瘍などの異物の位置を取得する(位置取得工程)。
【0028】
コンピュータ断層撮影装置10は、S106において、コンピュータ断層画像に基づき、顎骨と歯肉の表面の形状、血管/神経/腫瘍などの異物の有無や位置から歯肉の厚みを取得する(厚さ取得工程)。なお、歯肉の厚みは、歯肉表面の垂線が顎骨と交差するまでの長さとしてもよいし、歯肉表面から咬合力が働く頭方向(図視上方向)の直線が顎骨と交差するまでの長さとしてもよい。
【0029】
義歯床形成システム100のコンピュータ支援設計装置20およびコンピュータ支援製造装置30は、S108において、三次元走査装置40が生成した三次元表面形状情報に基づき、CADモデルを作成すると共にそのCADモデルに基づいて樹脂製のブロック材料を切削し、ビーディング付近から内側端部以外の義歯床部分を形成する(義歯床形成工程)。また、コンピュータ支援設計装置20およびコンピュータ支援製造装置30は、S110において、厚さ取得工程で取得した歯肉の厚みに基づき、義歯床形成工程で形成した義歯床における歯肉の内側面に接触する内側床部に内側端部を形成すると共に内側端部から所定の距離および所定の高さでビーディングを形成する(第1ビーディング形成工程)。
【0030】
無口蓋義歯を作製する歯科医師は、S112において、患者に無口蓋義歯を装着し、上下顎の咬合状態(口を閉じた時に上顎の人工歯および下顎の歯牙が接している状態)で咬合を採取する。なお、下顎の印象を採取しておいて、上下の印象から咬合を取得してもよい。歯科医師は、S114において、採取した咬合から無口蓋義歯の人工歯の表面を切削するなどして調整する。歯科医師は、S116において、無口蓋義歯を仮義歯として患者に装着する。その後、歯科医師は、2カ月間ほど患者の意見等を考慮し無口蓋義歯の細部を調整した後、正品とする。
【0031】
上述した無口蓋義歯の義歯床形成方法は、歯肉の印象を採取した印象物により形成した義歯床を形成する義歯床形成工程と、上顎の顎骨と歯肉をコンピュータ断層撮影する第1撮影工程と、第1撮影工程で撮影したコンピュータ断層画像に基づき、顎骨と歯肉の表面の形状から歯肉の厚みを取得する厚さ取得工程と、厚さ取得工程で取得した歯肉の厚みに基づき、義歯床形成工程で形成した義歯床における歯肉の内側面に接触する内側床部にビーディングを形成する第1ビーディング形成工程と、コンピュータ断層撮影した画像に基づき歯肉の内部の血管および/または神経の位置を取得する位置取得工程と、を備える。このように、コンピュータ断層撮影することにより取得した歯肉の厚みに基づき義歯床の内側床部にビーディングを形成し、さらに痛みや不適合の原因となり得るものを考慮してビーディングを形成することで、良好な維持力と支持力を確保するための義歯床形成方法を提供することができる。
【0032】
また、無口蓋義歯の義歯床形成システム100は、上述した義歯床形成方法において、コンピュータ断層撮影を行うコンピュータ断層撮影装置10と、コンピュータ断層画像に基づき、厚さ取得工程、位置取得工程、および後述する測定工程を実行するコンピュータ支援設計装置20(設計支援装置)と、義歯床およびビーディングを形成するコンピュータ支援製造装置30(製造装置)と、上顎顎提の印象を採取した印象物の三次元表面形状の走査を行い、印象の三次元表面形状情報を形成する三次元走査装置40と、を備える。これによれば、良好な維持力と支持力を確保するためのビーディングを備える無口蓋義歯を設計製造する義歯床形成システム100を提供することができる。
【0033】
<第二実施例>
図7および図8を参照し、本実施例における無口蓋義歯の義歯床形成方法を説明する。なお、上記実施例と同じ部分は重複記載を避けるため説明を省略する。本実施例の義歯床形成方法は、上記実施例において、仮義歯を装着した後に行う無口蓋義歯の調整として実施してもよい。図8のフローチャートは、かかる実施を表している。
【0034】
歯科医師がS116で無口蓋義歯を仮義歯として患者に装着した後、コンピュータ断層撮影装置10は、S118において、装着した状態で断層撮影を行い、またさらにその状態で下顎からの咬合圧を仮義歯に加えて断層撮影を行い、断層画像情報を生成する(第2撮影工程)。装着して咬合圧を加えない状態の断層画像からは、通常状態にける歯肉表面と義歯床全体およびビーディングの接触具合を確認することができる。コンピュータ断層撮影装置10は、歯肉表面と、義歯床すなわち外側床部、中部床部、内側床部の表面との一致度が高いほど適合が良いと判断し、一致度の低い部分を示すことが好ましい。
【0035】
また、上顎と下顎の所定の咬合力を付加して撮影した断層画像からは、咬合力が働いている状態での歯肉表面と義歯床表面の一致度や被圧変位量、また歯肉に対するビーディングの食い込み度合いやその部分の被圧変位量を確認できる。そこで、コンピュータ断層撮影装置10は、S120において、咬合力が働いている状態における歯肉表面各部の被圧変位量を測定する(測定工程)。図7に示すように、人工歯にかかる咬合力が義歯床に伝わり、義歯床が顎堤にバランスよく均等に咬合力を分散させることで支持力が向上するので、被圧変位量は、全体として均等でありバランスがよいことが好ましい。なお、所定の咬合力とは、その患者が通常の食事をするときに噛む力程度であってよい。
【0036】
一方、ビーディングが当接する歯肉表面における被圧変位量は、ビーディングが比較的に歯肉の厚い部分に設けるように設計されるので、比較的大きくなることが想定されるが、咬合力が付加されていない状態でも既に歯肉に食い込んでいる状態なので、あまり大きくなることも痛みの原因となるため好ましくない。コンピュータ断層撮影装置10は、ビーディングが当接する歯肉表面の被圧変位量とその他の部分の被圧変位量とを比較し、ビーディングが歯肉に適度な被圧変位量を生じさせるよう、ビーディングの位置や高さを示すことが好ましい。
【0037】
そして、コンピュータ支援設計装置20およびコンピュータ支援製造装置30は、S122において、測定工程で測定した被圧変位量に基づき、義歯床全体で一致度の低い部分を調整し、ビーディングの位置や高さを調整した無口蓋義歯を形成する(第2ビーディング形成工程)。歯科医師は、S124において、その無口蓋義歯を仮義歯として患者に装着する。その後、歯科医師は、1カ月間ほど患者の意見等を考慮し無口蓋義歯の細部を調整した後、正品とする。本実施例における無口蓋義歯は被圧変位量を考慮入れて調整されているので、上記実施例の無口蓋義歯に比し、細部の調整の期間は短くすることができる。
【0038】
本実施例における義歯床形成方法は、第2撮影工程において上顎と下顎の所定の咬合力を付加して撮影し、第2撮影工程で撮影されたコンピュータ断層画像に基づき、ビーディングが接触する歯肉の内側面における被圧変位量を測定する測定工程と、測定工程で測定した被圧変位量に基づき、ビーディングを再形成する第2ビーディング形成工程とをさらに備える。これによれば、咬合力を付加して撮影されたコンピュータ断層画像から測定されるビーディングが接触して生ずる被圧変位量に基づきビーディングを再形成することで、適正な維持力と共に適正な支持力を発揮できる義歯床形成方法を提供することができる。
【0039】
なお、本発明は、例示した実施例に限定するものではなく、特許請求の範囲の各項に記載された内容から逸脱しない範囲の構成による実施が可能である。すなわち、本発明は、主に特定の実施形態に関して特に図示され、かつ説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、数量、その他の詳細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
【0040】
たとえば、上記では、上顎の歯肉の下面に接触する義歯床を有する無口蓋義歯の形成方法を中心に述べたが、本願発明を、上顎に装着される口蓋のある義歯において良好な維持力と支持力を確保するため、義歯床を形成する工程と、上顎の顎骨と歯肉をコンピュータ断層撮影する工程と、コンピュータ断層画像に基づき歯肉の厚みを取得する工程と、歯肉の厚みに基づき歯肉の内側面に接触する内側床部にビーディングを形成する工程と、を含む有口蓋義歯の形成方法に適用できることは明らかである。さらに、本願発明は、上顎に装着される義歯だけではなく、下顎に装着される義歯において良好な維持力と支持力を確保するため同様の工程を含む義歯の形成方法に適用できることは明らかである。
【符号の説明】
【0041】
100 義歯床形成システム
10 コンピュータ断層撮影装置
20 コンピュータ支援設計装置(設計支援装置)
30 コンピュータ支援製造装置(製造装置)
40 三次元走査装置
50 ネットワーク
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8