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特許7266673溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材の鋼板及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-20
(45)【発行日】2023-04-28
(54)【発明の名称】溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材の鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230421BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230421BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20230421BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/58
C21D8/02 B
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021522521
(86)(22)【出願日】2019-10-25
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-01-14
(86)【国際出願番号】 KR2019014161
(87)【国際公開番号】W WO2020085848
(87)【国際公開日】2020-04-30
【審査請求日】2021-06-22
(31)【優先権主張番号】10-2018-0129081
(32)【優先日】2018-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】522492576
【氏名又は名称】ポスコ カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】チェ,ジェ-ヨン
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-257499(JP,A)
【文献】特開2007-231312(JP,A)
【文献】国際公開第2018/088214(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/134220(WO,A1)
【文献】特開2014-095146(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、炭素(C):0.05~0.09%、マンガン(Mn):1.5~1.6%、シリコン(Si):0.2~0.3%、アルミニウム(Al):0.02~0.05%、ニッケル(Ni):0.4~0.5%、リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下と、
チタン(Ti):0.005~0.02%、ニオブ(Nb):0.01~0.05%、銅(Cu):0.1~0.3%、クロム(Cr):0.1~0.2%、及びモリブデン(Mo):0.05~0.10%のうち少なくとも1種以上、ボロン(B):5ppm以下、及び窒素(N):60ppm以下のうち1種以上を含み、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、
20~100mmの厚さを有する鋼板であって、
前記厚さが20~40mmの時、微細組織が面積分率で40~50%の下部ベイナイト、3~6%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトからなり、
前記厚さが40mm超~60mmの時、微細組織が面積分率で35~40%の下部ベイナイト、3~5%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトからなり、
前記厚さが60mm超~100mmの時、微細組織が面積分率で30~35%の下部ベイナイト、3~5%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトからなる、ことを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材の鋼板。
【請求項2】
前記低降伏比鋼材の鋼板は、引張強度が600MPa以上、降伏比が85%以下、-10℃でシャルピー衝撃エネルギーが100J以上である、ことを特徴とする請求項1に記載の溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材の鋼板。
【請求項3】
前記低降伏比鋼材の鋼板は、溶接入熱量200KJ/cm以上のサブマージアーク溶接(SAW)後に島状マルテンサイト(MA)の分率が3~6%である溶接熱影響部(HAZ)を有する、ことを特徴とする請求項1に記載の溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材の鋼板。
【請求項4】
前記溶接熱影響部(HAZ)は、-10℃でシャルピー衝撃エネルギーが100J以上である、ことを特徴とする請求項に記載の溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材の鋼板。
【請求項5】
重量%で、炭素(C):0.05~0.09%、マンガン(Mn):1.5~1.6%、シリコン(Si):0.2~0.3%、アルミニウム(Al):0.02~0.05%、ニッケル(Ni):0.4~0.5%、リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下と、
チタン(Ti):0.005~0.02%、ニオブ(Nb):0.01~0.05%、銅(Cu):0.1~0.3%、クロム(Cr):0.1~0.2%、及びモリブデン(Mo):0.05~0.10%のうち少なくとも1種以上、
ボロン(B):5ppm以下、及び窒素(N):60ppm以下のうち1種以上を含み、残部Fe及びその他の不可避不純物からなる鋼スラブを1100~1250℃で再加熱する段階と、
前記再加熱されたスラブを900~1000℃で粗圧延を行う段階と、
前記粗圧延の後、830~870℃で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を製造する段階と、
前記熱延鋼板を250~500℃まで3~200℃/sの冷却速度で冷却する段階と、
前記冷却の後に常温まで空冷する段階と、を含み、
20~100mmの厚さを有する鋼板であって、厚さが20mm~40mmの場合には、微細組織が面積分率で40~50%の下部ベイナイト、3~6%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライト(acicular ferrite)を含み、厚さが40mm超~60mmの場合には、面積分率35~40%の下部ベイナイト、3~5%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトを含み、また、厚さが60mm超~100mmの場合には、面積分率30~35%の下部ベイナイト、3~5%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトを含み、
前記冷却は、
前記熱延鋼板の厚さが20~40mmの時、80~200℃/sで行い、
前記熱延鋼板の厚さが40mm超~60mmの時、20℃/s以上~80℃/s未満で行い、
前記熱延鋼板の厚さが60mm超~100mmの時、3℃/s以上~20℃/s未満で行い、
前記冷却は水冷で行い、780~860℃で開始する、ことを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築構造物、船舶構造物、海洋構造物などの素材として用いられる鋼材に係り、より詳細には、溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建築構造物の高層化及び大型化の傾向により、これらの素材として用いられる鋼材も大型化されることにより既存の鋼材に比べて厚い厚物鋼材に代替されている。
【0003】
かかる厚物鋼材は、母材の高い強度と衝撃靭性の他にも低い降伏比が要求されることが一般的であり、高強度及び厚物化されるほど数回の溶接を伴うため、溶接に要する時間と費用が大幅に増加するようになる。
【0004】
そこで、入熱量の高い大入熱溶接を適用すると、全体溶接のパス(pass)数が減り溶接の能率が向上するため、費用を節減するという効果が得られるだけでなく、溶接構造物の安定性も向上させることができる。
【0005】
しかし、大入熱溶接は、一般溶接に比べて鋼材の溶接熱影響部(Heat Affected Zone、HAZ)の範囲が広くなり、熱影響部の温度が相対的に高い範囲まで上昇してオーステナイト結晶粒が成長し、結果として粗大な組織が生成されて溶接熱影響部の衝撃靭性が低下する可能性が大きい。
【0006】
一方、上記のような問題を解決するために、高温で安定したTi系炭・窒化物などを鋼材に適切に分布させて、溶接時に溶接熱影響部の結晶粒成長を遅延させようとする技術などが提示されている。
【0007】
一例として、特許文献1は、TiN析出物を用いる技術であり、100J/cmの入熱量(最高加熱温度1400℃)が適用される時、0℃での衝撃靭性が200J程度(母材は300J程度)である構造用鋼材を開示している。具体的に、TiとNの含有量比(Ti/N)を4~12に管理して、結晶粒サイズが0.05μm以下のTiN析出物を5.8×103個/mm~8.1×104個/mm、結晶粒サイズが0.03~0.2μmのTiN析出物を3.9×103個/mm~6.2×104個/mmで析出させてフェライト微細化を図り溶接部の靭性を確保している。
【0008】
しかし、上記特許文献1は、炭・窒化物を過度に形成することにより、連続鋳造時にスラブの表面でクラック(crack)の発生が激しくなるという問題があり、このように多数の表面クラックが発生したスラブを用いて厚板製品を生産する場合、最終製品の表面にもクラックなどの欠陥が発生して表面補修などの問題が発生したり、補修自体が難しくなり不良品が製造される可能性が高いという短所がある。
【0009】
そこで、特許文献2では、表面クラックの敏感度指数(Cs)を適正水準に管理して、上記特許文献1で発生し得る表面クラックの発生を抑制させ、SiまたはCrなどの溶接熱影響部の靭性に否定的な影響を及ぼす元素を制御することにより、溶接熱影響部の靭性に優れた鋼材を開示している。
【0010】
しかし、上記特許文献2の鋼材は、溶接熱影響部の靭性の側面では従来に比べて向上した結果を示すが、建築構造物、船舶構造物、海洋構造物などで要求される低い降伏比の特性を満たせないという傾向がある。
【0011】
これは、TiNなどの析出物を活用する特許文献1のような鋼材の場合にも発生し得るが、鋼材の製造過程中に析出物が母材にも生成される可能性があり、これによる析出硬化の効果により降伏強度が上昇して低降伏比を実現することが難しい。
【0012】
また、通常、溶接熱影響部の結晶粒成長を抑制する効果を表す元素の大部分は、結晶粒成長の抑制効果から降伏強度も増加させるため、溶接熱影響部の靭性と母材の低降伏比を同時に実現することができる方案に対する研究が必要な実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開1999-140582号公報
【文献】韓国公開公報第2016-0078772号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の一側面は、母材の低い降伏比及び高靭性と共に溶接熱影響部の靭性に優れた鋼材及びこれを製造する方法を提供することを目的とする。
【0015】
本発明の課題は上述した内容に限定されない。本発明の追加的な課題は、本明細書の内容全般に記述されており、本発明が属する技術分野における通常の知識を有する者であれば、本発明の明細書に記載された内容から、本発明の追加的な課題を理解するのに何ら問題がない。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の一側面は、重量%で、炭素(C):0.05~0.09%、マンガン(Mn):1.5~1.6%、シリコン(Si):0.2~0.3%、アルミニウム(Al):0.02~0.05%、ニッケル(Ni):0.4~0.5%、リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下と、チタン(Ti):0.005~0.02%、ニオブ(Nb):0.01~0.05%、銅(Cu):0.1~0.3%、クロム(Cr):0.1~0.2%、及びモリブデン(Mo):0.05~0.10%のうち少なくとも1種以上、ボロン(B):5ppm以下、及び窒素(N):60ppm以下のうち1種以上を含み、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、
20~100mmの厚さを有し、上記厚さが20~40mmの時、微細組織が面積分率で40~50%の低温ベイナイト、3~6%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトを含み、上記厚さが40mm超~60mmの時、微細組織が面積分率で35~40%の低温ベイナイト、3~5%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトを含み、上記厚さが60mm超~100mmの時、微細組織が面積分率で30~35%の低温ベイナイト、3~5%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトを含む溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材を提供する。
【0017】
本発明の他の一側面は、上述した合金組成を満たす鋼スラブを1100~1250℃で再加熱する段階と、上記再加熱されたスラブを900~1000℃で粗圧延を行う段階と、上記粗圧延後、830~870℃で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を製造する段階と、上記熱延鋼板を250~500℃まで3~200℃/sの冷却速度で冷却する段階と、上記冷却の後に常温まで空冷する段階とを含む溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、母材の強度及び靭性に優れるだけでなく、大入熱溶接時に溶接熱影響部の靭性に優れた鋼材を提供することができる。また、上記本発明の鋼材は、低い降伏比を有することで構造用鋼材として適合に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一側面による発明例及び比較例の微細組織を観察した写真を示すものである。
図2】本発明の一側面による発明例の島状マルテンサイト相を観察した写真を示すものである。
図3】本発明の一側面による発明鋼の溶接後の溶接部及び溶接熱影響部の位置別の衝撃靭性(-10℃)を測定した結果を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、既存の建築構造用などの素材として用いるための厚物鋼材の製造時に母材の降伏比が高く、大入熱溶接を適用する場合は溶接熱影響部(HAZ)の靭性が脆弱になる問題点を根本的に解決するために深く研究した。その結果、鋼の合金組成及び製造条件を最適化することにより、母材強度、降伏比及び靭性だけでなく、溶接時に形成された溶接熱影響部の組織を制御することによって靭性に優れた溶接熱影響部が確保可能なことを確認して、本発明を完成するに至った。
【0021】
特に、本発明は、サブマージアーク溶接(Sebmerged Arc Welding、SAW)のような大入熱溶接時に溶接熱影響部(HAZ)の靭性を優秀に確保することができるため、構造用鋼材として適合に適用することができる鋼材を提供するという効果がある。
【0022】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0023】
本発明の一側面による溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材は、重量%で、炭素(C):0.05~0.09%、マンガン(Mn):1.5~1.6%、シリコン(Si):0.2~0.3%、アルミニウム(Al):0.02~0.05%、ニッケル(Ni):0.4~0.5%、リン(P):0.02%以下、硫黄(S):0.01%以下と、チタン(Ti):0.005~0.02%、ニオブ(Nb):0.01~0.05%、銅(Cu):0.1~0.3%、クロム(Cr):0.1~0.2%、及びモリブデン(Mo):0.05~0.10%のうち少なくとも1種以上、ボロン(B):5ppm以下、及び窒素(N):60ppm以下のうち1種以上を含むことが好ましい。
【0024】
以下では、本発明で提供する鋼材の合金組成を上記のように制御する理由について詳しく説明する。この時、特に言及しない限り、各成分の含有量は重量%を意味し、組織の割合は面積を基準とする。
【0025】
炭素(C):0.05~0.09%
炭素(C)は、鋼材の強度確保に最大の影響を及ぼす元素であるため、適切な含有量で鋼中に含有される必要がある。
本発明において、上記Cの含有量が0.05%未満の場合には、鋼材の強度が過度に低下して構造用鋼材としての使用が難しくなる。これに対し、その含有量が0.09%を超えると、炭素当量(Ceq)が過度に大きくなり母材及び溶接部の硬化能が大きく増加することにより溶接部の靭性が低下するという問題がある。
したがって、本発明では、上記Cの含有量が0.05~0.09%であることが好ましく、より有利には、0.06~0.08%で含むことができる。
【0026】
マンガン(Mn):1.5~1.6%
マンガン(Mn)は、鋼の硬化能を高めて強度確保に有用な元素であるが、本発明においては、溶接熱影響部(HAZ)の靭性を確保するための側面でその含有量を適切に制限する必要がある。
一般的にMnは溶接熱影響部の靭性を大きく損なわないが、鋼板の厚さ中心部に偏析(segregation)される傾向があり、このようにMnが偏析された部位は、Mn含有量が平均含有量に比べて非常に高くなるため、溶接熱影響部の靭性を大きく損なう脆性組織を容易に生成させるという問題がある。これを考慮して、本発明では、1.6%以下でMnを添加することが好ましく、但し、その含有量が低すぎると鋼板の強度確保が困難になるという問題があるため、その下限を1.5%に制限することが好ましい。
【0027】
シリコン(Si):0.2~0.3%
シリコン(Si)は、鋼板の強度を高め、溶鋼の脱酸のために必要な元素である。そこで、0.2%以上に含有することが好ましい。但し、上記Siは、不安定なオーステナイトが分解される時にセメンタイトが形成されることを抑制するため、島状マルテンサイト(MA)組織の生成を促進させ、これは、溶接熱影響部の靭性を大きく低下させるという問題があるため、これを考慮して上記Siの含有量を0.3%以下に制限することが好ましい。もし、上記Siの含有量が0.3%を超えると、粗大なSi酸化物が形成され、かかる介在物を基点として脆性破壊が発生するおそれがあるため、好ましくない。
【0028】
アルミニウム(Al):0.02~0.05%
アルミニウム(Al)は、溶鋼を安価に脱酸することができる元素であり、そのためには0.02%以上に含有することが好ましい。但し、その含有量が0.05%を超えると、連続鋳造時にノズル詰めを引き起こすという問題がある。また、固溶されたAlが溶接部に島状マルテンサイトの生成を助長するおそれがあり、それにより溶接部の靭性を阻害する可能性が高い。
【0029】
ニッケル(Ni):0.4~0.5%
ニッケル(Ni)は、母材の強度と靭性を同時に向上させるのに有利な元素であり、そのためには0.4%以上でNiを含むことができる。但し、上記Niは高価の元素であり、その含有量が0.5%を超えると、経済的に不利になり、溶接性が劣化するおそれがある。
【0030】
リン(P):0.02%以下
リン(P)は、強度向上及び耐食性の確保に有利な側面があるが、衝撃靭性を大きく阻害する元素であるため、可能な限り低く含有することが有利であり、その上限を0.02%にすることが好ましい。但し、不可避に添加される水準を考慮して0%は除外することができる。
【0031】
硫黄(S):0.01%以下
硫黄(S)は、MnSなどを形成して衝撃靭性を大きく阻害する元素であるため、可能な限り低く含有することが有利であり、その上限を0.01%にすることが好ましい。但し、不可避に添加される水準を考慮して0%は除外することができる。
【0032】
本発明の低降伏比鋼材は、上述した合金組成の他にチタン(Ti):0.005~0.02%、ニオブ(Nb):0.01~0.05%、銅(Cu):0.1~0.3%、クロム(Cr):0.1~0.2%、及びモリブデン(Mo):0.05~0.10%のうち少なくとも1種以上をさらに含むことができる。
【0033】
チタン(Ti):0.005~0.02%
チタン(Ti)は、窒素(N)と結合して微細な窒化物を形成して溶接溶融線(Fusion Line)の近くで発生し得る結晶粒粗大化を緩和し、靭性の低下を抑制するという効果がある。この時、Ti含有量が過度に低い場合には、Ti窒化物の数が不足であり粗大化の抑制効果が充分に発揮されないため、0.005%以上添加することが好ましい。但し、その含有量が過度になると、粗大なTi窒化物の生成により結晶粒界の固着効果が落ちるという問題があるため、その上限を0.02%に制限することが好ましい。
【0034】
ニオブ(Nb):0.01~0.05%
ニオブ(Nb)は、鋼の強度を高めるのに効果的な元素であるが、溶接熱影響部の靭性を大きく落とすため、その含有量を適切に制限する必要がある。特に、溶接溶融線付近でオーステナイト領域に逆変態時にNb炭窒化物がオーステナイト粒界に析出されて靭性を阻害するため、これを考慮して0.05%以下に制限することが好ましい。但し、強度確保の側面で0.01%以上に含有することが好ましい。
【0035】
銅(Cu):0.1~0.3%
銅(Cu)は、母材の靭性低下を最小限にしながら鋼の強度を向上させるのに有利な元素である。かかる効果を充分に得るためには0.1%以上に含有することができる。但し、その含有量が過度な場合、製品の表面品質を大きく阻害するため、その含有量を0.3%以下に制限することが好ましい。
【0036】
クロム(Cr):0.1~0.2%
クロム(Cr)は、上記Cuと同様に母材の靭性低下を最小限にしながら鋼の強度を向上させるのに有利な元素である。かかる効果を充分に得るためには0.1%以上にCrを含有することが好ましいが、その含有量が0.2%を超えると、溶接性を大きく低下させるため好ましくない。
【0037】
モリブデン(Mo):0.05~0.10%
モリブデン(Mo)は、少量の添加だけでも鋼の硬化能を大きく向上させてフェライト相の形成を抑制するという効果があり、強度を大きく向上させるのに有利である。そのためには0.05%以上に含有することができるが、その含有量が0.10%を超えると、溶接部の硬度を大きく増加させて靭性を阻害するため好ましくない。
【0038】
本発明の低降伏比鋼材は、ボロン(B):5ppm以下、及び窒素(N):60ppm以下のうち1種以上をさらに含むことができる。
【0039】
ボロン(B):5ppm以下
ボロン(B)は、微量の添加でも硬化能を向上させる元素であるが、その含有量が5ppmを超える場合には、むしろ粒界で析出または晶出して低温衝撃靭性を大きく阻害するという問題がある。特に、本発明では、Bの他にも硬化能を確保することができるMn、Ni、Moなどを含有するため、上記Bの含有量が過度になると否定的な影響を及ぼすおそれがある。
したがって、本発明では、上記Bの含有量を5ppm以下に制限する。
【0040】
窒素(N):60ppm以下
窒素(N)は、チタン(Ti)と共に添加する時にTiN析出物を形成して溶接熱影響による結晶粒成長を抑制するという効果がある。但し、過度に添加すると、粗大なTiNを形成して低温衝撃靭性を損なうだけでなく、AlN形成により表面クラックを誘発するため、これを考慮して最大60ppmで含有することが好ましい。
【0041】
本発明の残りの成分は、鉄(Fe)である。但し、通常の製造過程において、原料や周囲の環境から意図されない不純物が不可避に混入する可能性があるため、これを排除することはできない。かかる不純物は、通常の製造過程における技術者であれば誰もが分かるものであるため、そのすべての内容を具体的に本明細書に記載しない。
【0042】
上述した合金組成を有する本発明の鋼材は、20~100mmの厚さを有し、微細組織として、低温ベイナイト、針状フェライト及び島状マルテンサイト相を含むことが好ましい。
特に、本発明は、上記鋼材の厚さによって微細組織の分率を制御することが好ましい。
【0043】
具体的に、上記鋼材は20~40mmの厚さを有する場合、微細組織が面積分率で40~50%の低温ベイナイト、3~6%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライト(acicular ferrite)を含むことが好ましく、厚さが40mm超~60mmの場合には、面積分率35~40%の低温ベイナイト、3~5%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトを含むことが好ましい。また、厚さが60mm超~100mmの場合には、面積分率30~35%の低温ベイナイト、3~5%の島状マルテンサイト(MA)及び残部針状フェライトを含むことができる。
【0044】
本発明は、鋼材の厚さが薄いほど圧延後の冷却時に冷却速度が速くなるという効果が発生し、これにより低温ベイナイト相をさらに含有することにより強度が増加するという傾向を表す。低温ベイナイト相は、本発明において母材及び溶接部の強度を確保するのに主要な役割をするが、過度な場合、伸び率及び衝撃靭性に不利に作用するため、本発明では、鋼材の厚さによって冷却速度と微細組織相(phase)の分率を綿密に制御する必要がある。
【0045】
上記鋼材の微細組織のうち低温ベイナイト相が不十分になると、目標水準の強度を確保することができなくなり、これに対し、針状フェライトまたは島状マルテンサイト相の分率が少ないと、低温靭性が急激に低下するというおそれがある。
【0046】
そして、上述した分率で島状マルテンサイト相を含む際に、上記島状マルテンサイト相は長軸の最大長さが1μm以下であり、一つのオーステナイト結晶粒内で20個以下で分布することが好ましい。
【0047】
島状マルテンサイト相は、鋼中に微細なサイズで均一に分布すると、破断の伝播を妨害する役割に寄与するようになり、これにより鋼の強度、衝撃靭性などの機械的特性を全般的に向上させるのに主要な役割をすることができる。したがって、鋼中になるべく均一に分布させることで、島状マルテンサイト相による効果を向上させることができる。但し、島状マルテンサイト相のサイズが一定水準以上に粗大化するかその分布が不均一な場合には、むしろ破断の開始点として作用するか、破断の伝播経路となり機械的特性を阻害するおそれがある。
【0048】
本発明では、上記島状マルテンサイト相を含む際に、そのサイズと分布を制御する必要があり、具体的に上述したように制御することにより島状マルテンサイト相による効果が得られるものである。
【0049】
本発明で提供する鋼材は、上述したような微細組織を有することにより、降伏比が85%以下と低降伏比を有しながら引張強度600MPa以上の高強度、かつ-10℃でシャルピー衝撃エネルギーが100J以上と靭性も優秀に確保するという効果がある。
【0050】
さらに、本発明の鋼材は溶接を行うことができ、上記溶接後に島状マルテンサイト(MA)の分率が3~6%である溶接熱影響部(HAZ)を有することができ、上記島状マルテンサイト相を除外した残りの組織は、低温ベイナイトと針状フェライトで構成される。一方、上記鋼材の厚さが40mmを超える場合には、溶接後に形成された溶接熱影響部(HAZ)内の島状マルテンサイト(MA)分率が3~5%であることができる。
【0051】
上記溶接熱影響部内の島状マルテンサイトの分率が3%未満の場合には、強度と靭性が大きく低下するおそれがある。これに対し、その分率が5%または6%を超えるかそのサイズや分布が意図する範囲から外れた場合には、破断の開始点または伝播経路として作用して靭性と延性が大きく阻害するおそれがある。ここで、溶接熱影響部内の島状マルテンサイトの分布とは、上述した母材内の島状マルテンサイト相の分布水準を意味し、溶接熱影響部の微細組織も厚さ別に制御された母材の微細組織相(phase)分布と同一または類似することを明らかにしておく。
【0052】
本発明の鋼材は、上記のように溶接後に溶接熱影響部の微細組織が制御されることにより、-10℃でシャルピー衝撃エネルギーが100J以上と靭性を優秀に確保するという効果がある。
【0053】
一方、本発明において上記鋼材を溶接する方法としては、大入熱溶接を適用することができ、一例として溶接入熱量200KJ/cm以上のサブマージアーク溶接(SAW)方法を適用することができる。
すなわち、本発明の鋼材は、上記のような大入熱溶接を行っても靭性の劣化が最小化された溶接熱影響部を得ることができるものである。
【0054】
以下では、本発明の他の一側面である溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比鋼材を製造する方法について詳しく説明する。
【0055】
まず、上述した合金組成を満たす鋼スラブを準備した後、上記鋼スラブを1100~1250℃で再加熱する工程を経ることができる。
上記鋼スラブの再加熱時に1250℃を超えると、オーステナイト結晶粒が粗大化して目標とする物性を有する鋼材が得られない。これに対し、その温度が1100℃未満の場合には、鋳造中にスラブ内に生成された炭窒化物、例えばTi及び/またはNb炭窒化物などの再固溶が難しくなる。
したがって、本発明では、上記鋼スラブを1100~1250℃に再加熱することができる。
【0056】
上記により再加熱された鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼板として製造することができる。上記熱間圧延は、粗圧延及び仕上げ圧延を通じて行われることができる。
上記粗圧延は900~1000℃の温度範囲で行うことができ、上記仕上げ圧延は830~870℃の温度範囲で行うことができる。上記粗圧延時の温度が900℃未満の場合には、後続する仕上げ圧延時に目標温度の確保が難しくなり品質不良が発生するおそれがある。また、上記仕上げ圧延時の温度が870℃を超えると、粗大な組織が形成されて鋼の靭性が劣化するおそれがあり、これに対し、その温度が830℃未満の場合には、板材の形状を制御することが困難になる。
したがって、上述した温度範囲で粗圧延及び仕上げ圧延を行うことができる。
【0057】
上記により製造された熱延鋼板を250~500℃まで3~200℃/sの冷却速度で冷却を行うことができる。
【0058】
本発明では、製造された熱延鋼板の冷却工程を制御することで、低降伏比の確保に有利な微細組織を形成することができる。
【0059】
上記冷却速度が3℃/s未満の場合には、鋼板の硬化能が充分に高くないため、低温ベイナイト組織が適切に形成されることができず、パーライト基盤の微細組織が生成されて強度が大幅に低下し、靭性が減少するおそれがある。これに対し、冷却速度が200℃/sを超えると、低温フェライト及びフェライト相の形成の代わりにマルテンサイトが主に生成されて強度が過度に高くなり、靭性が劣化し、降伏比が高くなるため、本発明で適用しようとする用途に適合な物性を確保することができなくなる。
【0060】
一方、本発明は、上記により製造される熱延鋼板の厚さによって冷却速度を異ならせて適用することができる。具体的に、上記熱延鋼板の厚さが20~40mmの場合には80~200℃/sで行い、その厚さが40mm超~60mmの場合には20℃/s以上~80℃/s未満、その厚さが60mm超~100mmの場合には3℃/s以上~20℃/s未満で行うことが好ましい。
【0061】
また、上述した冷却速度で冷却時に終了温度が250℃未満の場合には、マルテンサイト相が過度に形成されて強度は大きく増加することに対し、靭性が劣化するおそれがある。これに対し、その温度が500℃を超えると、低温ベイナイト相が適切に形成できず低降伏比の確保が困難になるおそれがある。
【0062】
上述した冷却速度を確保するために水冷で冷却を行うことができ、780~860℃で冷却を開始することが好ましい。冷却が開始される温度が低すぎると、冷却開始以前にフェライトとオーステナイト2相領域に該当する温度に進入するようになり一部のフェライトが生成されることで、鋼材の強度を大きく低下させるおそれがある。これに対し、その温度が高すぎると、冷却中に鋼材の厚さ中心部側で伏熱が発生して組織が逆変態されるおそれがあり、圧延後に静的再結晶が発生する機会が相対的に減少して、不均一な組織が生成される可能性が高くなる。
【0063】
一方、上述した冷却工程を完了した後は、常温まで空冷することができる。
【0064】
なお、上記空冷を完了して得た熱延鋼板に対して大入熱溶接する工程をさらに行うことができ、上記大入熱溶接方法としては、溶接入熱量200KJ/cm以上のサブマージアーク溶接(SAW)で行うことができる。
【0065】
上記大入熱溶接後に形成された溶接熱影響部(HAZ)は、島状マルテンサイト(MA)相を3~6%の分率で含むことができ、これにより、上記溶接熱影響部は、-10℃でシャルピー衝撃エネルギーを100J以上と確保することができる。
【0066】
[実施例]
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。但し、後述する実施例は、本発明を例示してさらに具体化するためのものであって、本発明の権利範囲を制限するためのものではない点に留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項及びこれから合理的に類推される事項によって決定されるためである。
【0067】
下記表1に表した合金組成を有する鋼スラブに対して、下記表2の製造条件で一連の工程(再加熱-熱間圧延-冷却)を経てそれぞれの熱延鋼板を製造した。この時、下記表2により冷却を完了した後、常温まで空冷した。
【0068】
【表1】
(表1において、B*はppmで表したものである。)
【0069】
【表2】
【0070】
それぞれの製造された熱延鋼板の機械的物性(降伏強度(YS)、引張強度(TS)、伸び率(El)、降伏比(YR))と衝撃靭性(CVN、-10℃)を測定し、その結果を下記表3に表した。この時、引張試験試片は、JIS5号規格試験片を圧延方向に垂直な方向(transverse方向)に厚さ方向1/4t(ここでtは鋼板厚さ(mm)を意味する)地点で採取し、上記採取されたそれぞれの試片に対して常温で引張試験を実施した。また、衝撃靭性試片は、ASTM E23規格試験片を圧延方向に垂直な方向(transverse方向)に厚さ方向1/4t地点で採取して、各測定温度でシャルピーV-ノッチ(Charpy V-Notch)衝撃試験を3回実施して平均値で測定した。
【0071】
微細組織の分率は、衝撃靭性試片の残滓から組織観察用試片を採取した後、1次として、SEMで低温ベイナイト及び針状フェライトの分率(面積%)をASTM E560規格に明記された方法で測定し、2次として、レペラ(Lepera)腐食後、光学顕微鏡を用いて島状マルテンサイト分率を測定した後、その結果を下記表3に表した。
【0072】
【表3】
(表3において、Bは低温ベイナイト相、AFは針状フェライト相、MAは島状マルテンサイト相を意味する。)
【0073】
上記表1~3に表すように、本発明で提案する合金組成及び製造条件を満たす発明例1~7は、意図する微細組織を有することにより強度及び延性に優れるだけでなく、低降伏比を有しつつ衝撃靭性に優れることを確認することができる。かかる効果は、鋼板の厚さに関係なく確保可能なことを確認することができる。
【0074】
一方、本発明で提案する合金組成が本発明を満たせない比較例4~7は、共通的に低降伏比の確保が難しく、この中で比較例5と比較例7は衝撃靭性も劣化していた。
また、合金組成は本発明を満たすことに対し、製造条件が本発明から外れた比較例1~3は強度または靭性が劣化していた。
【0075】
図1は、発明例2(厚さ40mm)、発明例3(厚さ60mm)、及び発明例4(厚さ80mm)と比較例6(厚さ20mm)の微細組織を走査電子顕微鏡(SEM)で観察した写真を示すものである。また、図2は、発明例2(厚さ40mm)の島状マルテンサイト相を観察した写真を示すものである。
【0076】
図1図2に示すように、発明例は、低温ベイナイト及び針状フェライト相が充分に形成されながら、所々島状マルテンサイト相が形成されたことを確認することができる。これに対し、比較例の場合は、低温ベイナイト及び針状フェライト相が充分に形成されず、生成されたベイナイト相もその形態からみて高温で形成されたものと推定される。かかる微細組織の差異により、比較例は発明例に比べて低い強度の結果が表れたものと判断される。
【0077】
一方、上記で製造した熱延鋼板のうち一部の熱延鋼板に対して、226KJ/cmの入熱量でサブマージアーク溶接(SAW)を行った。
【0078】
上記溶接を完了して形成された溶接熱影響部内の溶融線(FL)で試験片を採取して衝撃靭性(CVN(-10℃、-20℃、-40℃))を測定した。さらに、FL+2、FL+5及びFL+10部位でもそれぞれ試験片を採取して衝撃靭性(CVN)を測定し、その結果を下記表4に表した(ここで、+2、+5、+10部位は、溶融線を基準として母材方向にそれぞれ2mm、5mm、10mm離れた地点を意味する)。この時、衝撃靭性は、それぞれの温度(-10℃、-20℃、-40℃)でシャルピーV-ノッチ(Charpy V-Notch)衝撃試験を3回実施して平均値で測定した。
【0079】
【表4】
【0080】
上記表4に表すように、本発明で提案する合金組成及び製造条件によって製造された熱延鋼板(発明例)をSAW方法で溶接して得た溶接熱影響部内の溶融線(FL)の衝撃靭性に優れることを確認することができる(図3参照)。
【0081】
なお、発明例4と同一の厚さを有する比較例7の場合には、溶接後の溶接熱影響部内の溶融線の衝撃靭性が劣化したことを確認することができる。また、相対的に厚さの薄い比較例5の場合にも、溶接熱影響部の全区間にわたって衝撃靭性が非常に劣化したことを確認することができる。
図1
図2
図3