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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-24
(45)【発行日】2023-05-02
(54)【発明の名称】電流検出回路の調整方法
(51)【国際特許分類】
   H02P 23/04 20060101AFI20230425BHJP
   H02P 6/10 20060101ALI20230425BHJP
【FI】
H02P23/04
H02P6/10
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2018185709
(22)【出願日】2018-09-28
(65)【公開番号】P2020058110
(43)【公開日】2020-04-09
【審査請求日】2021-09-02
(73)【特許権者】
【識別番号】300052246
【氏名又は名称】ニデックエレシス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【弁理士】
【氏名又は名称】駒井 慎二
(74)【代理人】
【識別番号】100176692
【弁理士】
【氏名又は名称】岡崎 ▲廣▼志
(74)【代理人】
【識別番号】100138689
【弁理士】
【氏名又は名称】梶原 慶
(72)【発明者】
【氏名】小池上 貴
【審査官】安池 一貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-123736(JP,A)
【文献】特開2010-063325(JP,A)
【文献】特開2017-167625(JP,A)
【文献】特開2010-022162(JP,A)
【文献】国際公開第2017/109884(WO,A1)
【文献】特開2008-126839(JP,A)
【文献】特開2013-129214(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 23/04
H02P 6/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3相モータの少なくとも2相に対応して設けた電流検出回路の調整方法であって、
3相から選択した2相への6通りの通電電流をもとに算出した前記電流検出回路各々の電流ゲイン値を、各相間のばらつきが最小となるように調整する第1の調整工程と、
前記第1の調整工程で調整した前記電流検出回路各々の電流ゲイン値に該電流検出回路全体の電流ゲイン値を反映して、該電流検出回路各々の電流ゲイン値を再調整する第2の調整工程と、
を備えることを特徴とする電流検出回路の調整方法。
【請求項2】
前記第1の調整工程は、前記3相モータの回転を止めた前記6通りの通電電流に対応した6通りの通電モード各々における正方向電流と負方向電流の測定値をもとに、前記電流検出回路各々の電流ゲイン値を求めることを特徴とする請求項1に記載の電流検出回路の調整方法。
【請求項3】
前記6通りの通電モードにおける前記正方向電流と前記負方向電流それぞれに対応した6個の電流ゲイン値の1つの電流ゲイン値を1と仮定するとともに、該1と仮定した電流ゲイン値を含む6個の電流ゲイン値の平均が1となるように前記電流検出回路各々の電流ゲイン値を調整することを特徴とする請求項2に記載の電流センサの調整方法。
【請求項4】
前記6通りの通電モードにおける前記正方向電流と前記負方向電流それぞれに対応した6個の電流ゲイン値の平均を1と仮定して前記電流検出回路各々の電流ゲイン値を調整することを特徴とする請求項2に記載の電流センサの調整方法。
【請求項5】
前記第2の調整工程は、出力トルクの目標値から逆算した駆動電流を通電させるとともに出力トルクの実測値を求め、これら目標値と実測値との比較結果をもとに前記電流検出回路全体の電流ゲイン値を算出することを特徴とする請求項1に記載の電流センサの調整方法。
【請求項6】
前記出力トルクの実測値の平均値が期待値となるように前記電流検出回路各々の電流ゲイン値を一括して調整することを特徴とする請求項5に記載の電流センサの調整方法。
【請求項7】
前記第1の調整工程においてモータロックにより前記3相モータの回転を停止する第1の強制駆動モードを実行し、前記第2の調整工程において前記3相モータに所定電流を流すとともに回転子に外力を付与して一定回転させる第2の強制駆動モードを実行することを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載の電流検出回路の調整方法。
【請求項8】
モータ駆動用のインバータを有するモータ制御装置であって、
3相モータの少なくとも2相に対応して設けた電流検出回路と、
請求項1~7のいずれか1項に記載の調整方法によって、前記電流検出回路の電流ゲイン値を調整する調整手段と、
前記調整された電流ゲイン値を記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された電流ゲイン値に基づいて前記3相モータを駆動制御する手段と、
を備えることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項9】
当該モータ制御装置に着脱可能に構成された検査装置をさらに備え、前記検査装置を前記調整手段として機能させることを特徴とする請求項8に記載のモータ制御装置。
【請求項10】
前記電流検出回路は、前記モータの各相の相電流を電圧として検出するシャント抵抗と、該シャント抵抗における降下電圧を電流値に換算して電流検出信号として出力する増幅回路とを含むことを特徴とする請求項8に記載のモータ制御装置。
【請求項11】
車両等の運転者のハンドル操作をアシストする電動パワーステアリング用モータ制御装置であって、
3相モータの少なくとも2相に対応して設けた電流検出回路と、
請求項1~6のいずれか1項に記載の調整方法によって、前記電流検出回路の電流ゲイン値を調整する手段と、
前記調整された電流ゲイン値を記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された電流ゲイン値にもとづいてパルス幅変調信号を生成する手段と、
前記生成されたパルス幅変調信号により前記モータを駆動制御する手段と、
を備えることを特徴とする電動パワーステアリング用モータ制御装置。
【請求項12】
請求項11に記載の電動パワーステアリング用モータ制御装置を備えたことを特徴とする電動パワーステアリングシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばモータ制御装置の電流検出回路のばらつきを調整・補正する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電動パワーステアリング装置等のモータ駆動用インバータにおいて、3相モータの相対応に設けた電流センサ(シャント抵抗)の電流検出値にばらつきがあると、トルクリップルが発生する。このことから、電動パワーステアリング装置等におけるモータ駆動制御において、モータに流れる電流を正確に検出することが重要となる。
【0003】
そのため、PWM(パルス幅変調)による3相モータの駆動制御において、電流制御値とモータ電流検出値との差が小さくなるようにモータ駆動パルスのデューティ比を調整する場合、トルクリップルを低減するには、電流センサでの電流検出値のばらつきを低減させる必要がある。
【0004】
例えば、特許文献1のモータ制御装置は、3相ブラシレスモータの各相について、U⇔V,V⇔W,W⇔Uへの6通りの通電パターンを実行し、所定の基準値と、各通電ステップにおいて電流センサでサンプリングした検出値の平均値との比に基づき、電流センサの出力値の相対誤差が減少するように電流センサの補正ゲインを決定するモータ制御装置の調整方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5388512号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、6通りの検出モード(通電パターン)に対応する数式を用いてセンサ補正係数を算出する際、1通りのセンサ検知結果から補正係数を求める式と、複数のセンサ検知結果から補正係数を求める式とが混在しており、相間にアンバランスが生じている。
【0007】
つまり、特許文献1は、6通りの検出モードを実行しても、1相を除いた5個の数式をもとに補正係数(電流センサの補正ゲイン)を算出しているため、補正ゲインの算出から除外され、対象とならなかった相で誤差が生じ、その誤差が特定の相に集中するという問題がある。
【0008】
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、モータ制御装置の電流検出回路における電流検出の不平衡を補正してトルクリップルを軽減する電流検出回路の調整方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成し、上述した課題を解決する一手段として以下の構成を備える。すなわち、本願の例示的な第1の発明は、3相モータの少なくとも2相に対応して設けた電流検出回路の調整方法であって、3相から選択した2相への6通りの通電電流をもとに算出した前記電流検出回路各々の電流ゲイン値を、各相間のばらつきが最小となるように調整する第1の調整工程と、前記第1の調整工程で調整した前記電流検出回路各々の電流ゲイン値に該電流検出回路全体の電流ゲイン値を反映して、該電流検出回路各々の電流ゲイン値を再調整する第2の調整工程とを備えることを特徴とする。
【0010】
本願の例示的な第2の発明は、モータ駆動用のインバータを有するモータ制御装置であって、3相モータの少なくとも2相に対応して設けた電流検出回路と、上記例示的な第1の発明に係る調整方法によって、前記電流検出回路の電流ゲイン値を調整する調整手段と、前記調整された電流ゲイン値を記憶する記憶手段と、前記記憶手段に記憶された電流ゲイン値に基づいて前記3相モータを駆動制御する手段とを備えることを特徴とする。
【0011】
本願の例示的な第3の発明は、車両等の運転者のハンドル操作をアシストする電動パワーステアリング用モータ制御装置であって、3相モータの少なくとも2相に対応して設けた電流検出回路と、上記例示的な第1の発明に係る調整方法によって、前記電流検出回路の電流ゲイン値を調整する手段と、前記調整された電流ゲイン値を記憶する記憶手段と、前記記憶手段に記憶された電流ゲイン値にもとづいてパルス幅変調信号を生成する手段と、前記生成されたパルス幅変調信号により前記モータを駆動制御する手段とを備えることを特徴とする。
【0012】
本願の例示的な第4の発明は、電動パワーステアリングシステムであって、上記例示的な第3の発明に係る電動パワーステアリング用モータ制御装置を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、モータの各相の電流検出回路における電流検出値のばらつきを補正して、特定の相に電流検出の誤差を集中させないことで、検出電流の不平衡に起因するトルクリップルを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明の実施形態に係るモータ制御装置の全体構成を示すブロック図である。
図2図2は、図1の電流検出回路7a~7cの電流ゲイン調整工程を示すタイミングチャートである。
図3図3は、実施形態に係るモータ制御装置における電流検出回路の調整処理手順を時系列で示すフローチャートである。
図4図4は、実施形態に係るモータ制御装置を搭載した電動パワーステアリング装置の概略構成である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る実施形態について添付図面を参照して詳細に説明する。図1は、本発明の実施形態に係るモータ制御装置の全体構成を示すブロック図である。図1のモータ制御装置10は、電動モータ15の駆動制御ユニットとしてのモータ制御部20、モータ制御部20に対して着脱可能に構成された検査装置30を備える。検査装置30は、後述するようにモータ制御装置10の電流検出回路(電流センサ)を調整するために、電流ゲイン値を算出する機能と、モータ制御部20と通信する機能を有する。
【0016】
モータ制御部20は、モータ制御部20全体の制御を司る、例えばマイクロプロセッサからなるCPU12、CPU12からの制御信号よりモータ駆動信号を生成し、FET駆動回路として機能するインバータ制御部4、電動モータ15に所定の駆動電流を供給するインバータ回路(モータ駆動回路)5を備える。
【0017】
メモリ25には、CPU12が実行するモータ制御プログラム、後述するばらつき調整後における電流検出回路の電流ゲイン値等が記憶される。メモリ25は読み出し専用メモリ(ROM)であってもよい。また、メモリ25はCPU12に内蔵された構成であってもよい。
【0018】
インバータ回路5には、不図示の外部バッテリよりモータ駆動用の電源(B+)が供給される。インバータ回路5は、複数の半導体スイッチング素子(FET1~FET6)からなるFETブリッジ回路であり、図1では、電動モータ15への駆動電流を通電するスイッチングFETの図示を省略している。
【0019】
FET1,3,5は、それぞれのドレイン端子が電源側(B+)に接続され、ソース端子がFET2,4,6それぞれのドレイン端子に接続されている。FET2,4,6のソース端子は、グランド(GND)側に接続されている。
【0020】
電動モータ15は、例えば3相ブラシレスDCモータであり、上述したFETブリッジ回路は3相(U相、V相、W相)のインバータ回路である。インバータ回路を構成する半導体スイッチング素子(FET1~FET6)は、電動モータ15の各相に対応している。ここでは、FET1,2がU相に、FET3,4がV相に、そして、FET5,6がW相にそれぞれ対応している。
【0021】
これらのFETのうちFET1,3,5は、それぞれU相、V相、W相の上アーム(ハイサイド(HiSide)ともいう)のスイッチング素子であり、FET2,4,6は、それぞれU相、V相、W相の下アーム(ローサイド(LoSide)ともいう)のスイッチング素子である。
【0022】
スイッチング素子(FET)はパワー素子とも呼ばれ、例えば、MOSFET(Metal-Oxide Semiconductor Field-Effect Transistor)、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)等のスイッチング素子である。
【0023】
インバータ制御部4は、CPU12からのPWM制御信号にしたがったスイッチング信号を生成して、インバータ回路5のハイサイド(HiSide)FET1,3,5、ローサイド(LoSide)FET2,4,6それぞれを駆動するドライバ(プリドライバ)である。
【0024】
ローサイド(LoSide)FET2,4,6と電源のマイナス側(GND)との間には、各相に対応した電流検出回路(電流センサ)7a~7cが配置されている。電流検出回路は、モータ駆動電流検出用のシャント抵抗に流れる直流電流を増幅回路を用いて検出する。例えば、電流検出回路7aは、シャント抵抗R1と、モータ駆動電流によるシャント抵抗R1の両端の電位差(降下電圧)を電流値に換算して電流検出信号として出力する、オペアンプ等からなる増幅回路9aとで構成される。同様に電流検出回路7bは、シャント抵抗R2と増幅回路9bからなり、電流検出回路7cは、シャント抵抗R3と増幅回路9cからなる。
【0025】
電流検出回路7a~7cからの出力信号(電流検出信号)は、A/D変換部17に入力され、そのA/D変換機能により、電流検出回路7a~7cで検出されたアナログ電流値がデジタルデータに変換され、CPU12に送られる。なお、A/D変換部17はCPU12に内蔵された構成であってもよい。
【0026】
モータ制御部20は、検査装置30とのデータ通信等を可能にするインターフェース部(I/O)23を備える。CPU12は、A/D変換部17より得たデジタルデータを、インターフェース部23を介して検査装置30へ送信する。
【0027】
検査装置30は、その装置全体を制御するCPU31と、モータ制御部20とデータ通信等をするためのインターフェース部(I/O)33、後述する電流検出回路の調整工程を実行する際に電動モータ15の相電流を切り替える通電切替部37、電動モータ15のトルク調整等を行うトルク測定部35等を備える。
【0028】
本実施形態に係るモータ制御装置では、モータ制御装置とは別に設けた検査装置30において電流検出回路の電流ゲイン値の調整等を行う構成とすることで、モータ制御装置10の出荷前段階での電流検出回路の電流ゲイン調整が容易になる。また、検査装置30をモータ制御装置10より着脱可能にすることによって、モータ制御装置のコストアップを回避できる。
【0029】
さらに、本実施形態に係るモータ制御装置の構成は、機電一体型の装置のように、組立後は外部へ信号線を引き出してモータ電流を直接測定できないタイプのモータ制御装置に対して電流ゲイン値の有効な調整方法を提供できる。
【0030】
次に、本実施形態に係るモータ制御装置における電流検出回路の調整方法について詳細に説明する。図2は、図1の電流検出回路7a~7cの調整工程(電流センサの電流ゲイン調整工程)を示すタイミングチャートである。本実施形態における電流検出回路の調整方法は、図2に示すように電流検出回路7a~7c個々の電流ゲイン値のばらつきを調整する第1の調整工程と、電流検出回路7a~7c全体の電流ゲイン値を一括して調整する第2の調整工程とからなる。
【0031】
第1の調整工程では、図2のタイミングt1で電動モータ15の回転を止め(モータロック)、図1において符号a~fで示す6通りの通電方向(U相→V相、V相→U相、V相→W相、W相→V相、W相→U相、U相→W相)に相電流を順次、流し、得られた検出電流をもとに各電流検出回路のゲイン値を算出する。
【0032】
具体的には、検査装置30の通電切替部37より通電指令を受けたモータ制御部20のCPU12によって、図2に示すように、静止状態にある電動モータ15に対して、最初にU相→V相(図1の“a”)の通電が行われ、順次、U相→W相(図1の“f”)、V相→W相(図1の“b”)、V相→U相(図1の“d”)、W相→U相(図1の“c”)、W相→V相(図1の“e”)に通電方向を切り替える強制駆動モードを実行する。
【0033】
図2の波形IU,IV,IWは、上記の通電方向に対応する各相の電流波形であり、波形Tは、各通電方向におけるトルク波形の一例である。6通りの通電における各通電時間は、例えば1~3秒程度とする。ここでは、各電流検出回路の電流ゲイン値を、ゲイン調整用の強制電流をインバータに流したときに各電流検出回路で検出した検出値をもとに算出する。つまり、モータ静止状態での2相通電による電流検出回路における検出電流のA/D値をもとに、各電流検出回路の各相の電流正方向ゲインと電流負方向ゲインを算出する。
【0034】
U,V,W各相の電流正方向ゲインをGup,Gvp,Gwp、電流負方向ゲインをGum,Gvm,Gwmとし、2相通電によるセンサ検出電流の測定結果を表1のように表すことができる。ここでは、電流値として通電直後の整定時間を除いた部分の平均値を用いる。
【0035】
【表1】
【0036】
同じ通電状態では、正方向と負方向とで流れる電流は同一なので、電流正方向ゲインに電流を乗じた値と、電流負方向ゲインに電流を乗じた値とにおいて、下記の式1の連立方程式が成り立つ。
【0037】
【数1】
【0038】
ここで、P12=Ip12/Im21,P23=Ip23/Im32,P31=Ip31/Im13,P21=Ip21/Im12,P32=Ip32/Im23,P13=Ip13/Im31と定義する。ただし、各相に流している実電流値は不明のため、Gup=1と仮定すると、連立方程式である式1は、下記の式2に変形できる。
【0039】
【数2】
【0040】
ここでは、未知の電流ゲイン値が5個であるのに対して、式1に示すように方程式が6で過剰決定系となる。そこで、最小二乗法を用いて上記方程式の解(最小二乗解)を算出する。
【0041】
式2をxについて解くと式3のようになり、式3を展開すると式4のように表すことができる。
【0042】
【数3】
【0043】
【数4】
【0044】
そして、最終的に下記の式5により電流ゲイン値Gup,Gvp,Gwp,Gum,Gvm,Gwmの平均を1にして、調整後の電流ゲイン値としてGup′,Gvp′,Gwp′,Gum′,Gvm′,Gwm′を得る。このように最小二乗解により誤差が分散されるため、2相の電流の検出値誤差が全体で最小となるように電流検出回路7a~7cの電流ゲイン値を調整できる。
【0045】
【数5】
【0046】
上述した第1の調整工程で得た電流ゲイン値(補正値)は、検査装置30よりモータ制御部20に送信され、図2のタイミングt2で、CPU12によってモータ制御部20内のメモリ25に書き込まれる。このように、電流検出回路について求めた6個の電流ゲイン値により電流検出の誤差が分散される。換言すれば、各電流検出回路のゲイン間の相関のばらつきが均一化される。
【0047】
なお、本実施形態に係るモータ制御装置では、電流センサとしてシャント抵抗という性能の劣る素子を使用しても、ゲイン調整によってばらつきを低減できるので、電流検出回路そのものの構成を簡素化し、低廉化できる。
【0048】
本実施形態に係るモータ制御装置では、実際に電動モータ15に流れる電流と目標電流とが一致するように電流値をフィードバックするフィード・バック制御(F/B制御)を行うことができる。例えば、電流検出値が目標値より小さければ、モータ駆動のPWM制御信号のデューティを上昇させ、電流検出値が目標値より大きければデューティを減らして、電流検出値を目標値と一致させるように制御できる。
【0049】
一方、上記のF/B制御が目標値と電流検出値が一致するよう制御するのに対して、電流検出値について目標値との対比等を行わないフィード・フォワード制御(F/F制御)を行うこともできる。
【0050】
上述した第1の調整工程による電流調整結果の例を表2および表3に示す。表2はフィードフォワード制御(F/F制御)による電流調整結果であり、表3はフィードバック制御(F/B制御)による電流調整結果である。
【0051】
【表2】
【0052】
【表3】
【0053】
このように、第1の調整工程における電流検出回路の電流ゲイン値の調整は、F/F制御、F/B制御のいずれによっても可能であるが、表1と表2からは、F/F制御による調整の方がF/B制御よりも、より効果の高い調整ができることが分かる。
【0054】
次に、図2に示す第2の調整工程について説明する。第2の調整工程では、電流検出回路7a~7c全体の電流ゲイン値を一括して調整する。そこで、図2のタイミングt3で電動モータ15に通常の駆動電流を流して回転させ、そのときのトルクをトルク測定部35で測定する。すなわち、電動モータ15のコイルに電流を流すとともにモータの回転子に外力を付与して一定回転にしたときのトルクを測定する。
【0055】
具体的には、電動モータに対して目標トルクから逆算した駆動電流を通電させ、同時に出力トルクの実測値を求め、目標値(推定値)と実際の計測トルク値とを比較する。そして、比較結果をもとに電流検出回路全体の電流ゲイン値を求め、それを各電流ゲイン値に一律に反映させる。ここでは、モータの回転方向を時計回り、半時計回りそれぞれについて1回転分のトルク測定を行い、測定したトルクの平均値が期待値となるように電流検出回路7a~7c全体の電流ゲイン値を一括して調整する。
【0056】
例えば、第2の調整工程でトルクの平均値として期待値(想定値)の1.5倍のトルクが測定された場合、第1の調整工程で得た電流ゲイン値全体に対して一律に1.5を乗じて、電流検出回路の電流ゲイン値全体を最終調整する。
【0057】
第2の調整工程で得た電流ゲインの補正値は、検査装置30よりモータ制御部20に送信される。そして、図2のタイミングt4において、モータ制御部20のCPU12によって、上記補正値を電流検出回路7a~7cの電流ゲイン値の最終調整値としてメモリ25に再書き込みされる。
【0058】
式6は、電流ゲイン値の最終調整値を求める数式を例示している。すなわち、第1の調整工程で得た電流ゲイン値をGup′,Gvp′,Gwp′,Gum′,Gvm′,Gwm′とし、目標q軸電流より算出した目標トルクをハットT(Tの^)、実トルクをTとすると、第2の調整工程で調整後の電流ゲインGup″,Gvp″,Gwp″,Gum″,Gvm″,Gwm″は、式6で表すことができる。
【0059】
【数6】
【0060】
図3は、本実施形態に係るモータ制御装置における電流検出回路の調整処理手順を時系列で示すフローチャートである。最初に電流検出回路それぞれの電流ゲイン値のばらつきを調整する処理(上述した第1の調整工程)を実行する。すなわち、図3のステップS11においてモータロックにより電動モータの回転を止める強制駆動モードに移行する。そして、ステップS13で、検査装置30の通電切替部37は、モータ制御部20のCPU12に対して2相通電コマンドを送信し、相間の通電を行う。ここでは、U相→V相の通電から開始する。
【0061】
ステップS15では、上記の相間通電により得た検出電流(2相通電によるA/D値)を不図示のメモリに記憶する。
【0062】
ステップS17において、U相→V相、V相→U相、V相→W相、W相→V相、W相→U相、U相→W相の6通りの通電方向について電流検出回路の電流検出が完了したか否かを判断する。これら6通りの通電方向について、電流検出処理が完了していない場合、ステップS19において、通電方向を切り替える。
【0063】
このように、ステップS13,S15,S19の処理を繰り返して、順次、U相→V相、U相→W相、V相→W相、V相→U相、W相→U相、W相→V相に通電方向を切り替えながら、電流検出回路による測定値を取得する。そして、上記6通りの通電方向について電流検出回路による測定値の取得が完了した場合、ステップS21において、上述した式1~式5に従った処理(最小二乗解による誤差の分散)によって、2相の電流の検出値誤差が全体で最小となるように各電流検出回路の電流ゲイン値を算出する。
【0064】
ステップS23において、上記の処理で得た電流ゲイン値(補正値)を検査装置30よりモータ制御部20に送信し、モータ制御部20のCPU12によってメモリ25に補正値を書き込む。
【0065】
ステップS31では、上述した第1の調整工程に対応する強制駆動モードを終了して、第2の調整工程に対応する強制駆動モードに移行する。すなわち、個々の電流検出回路の電流ゲイン値のばらつき調整処理から、電流検出回路全体の電流ゲイン値の一括調整処理にモードを切り替える。
【0066】
そこで、ステップS33において、モータロックを解除して、検査装置30の不図示のサーボモータ等を用いて、電動モータ15を低速で回転させながら電動モータ15に所定の通電電流を流す強制駆動モードに移行する。続くステップS35では、検査装置30のトルク測定部35において、上記のように強制駆動モードで回転している電動モータ15の出力トルク(目標値)を測定する。
【0067】
上記の強制駆動モードでは、例えば、電動モータ15を5rpm(電気角で1/3Hz)で数秒間、回転させながら、3相のF/B制御により60アンペア通電させたときのトルクを測定する。この強制駆動モードにおけるモータの回転数と電気角との関係は、モータの極対数に応じて適宜、変更してもよい。
【0068】
ステップS37では、出力トルクの目標値から逆算した駆動電流を通電するとともに、実際の出力トルク(実測値)を求め、目標値と実測値とを比較した結果をもとに、電流検出回路全体の電流ゲイン値を求める。そして、ステップS39において、上記のステップS37で求めた全体の電流ゲイン値を、上述したばらつき調整後の各電流ゲイン値に一括して反映させる。
【0069】
すなわち、電流検出回路全体の電流ゲイン値を個々の電流検出回路の電流ゲイン値に反映させて、電流ゲイン値を全体的にかさ上げする。電流検出回路全体の電流ゲイン値は、検査装置30よりモータ制御部20に送信され、モータ制御部20のCPU12によってメモリ25に補正値として再書込みされる。こうすることで、電流検出回路の電流ゲイン値全体を最終調整する。
【0070】
その結果、実施形態に係るモータ制御装置では、電流検出回路を構成するシャント抵抗そのもののばらつきを吸収しつつ、電流検出回路の増幅回路のゲイン調整が行われることになるため、電流検出回路の電流検出値のばらつきに起因するトルクリップルを効果的に低減できる。
【0071】
図4は、本実施形態に係るモータ制御装置を搭載した電動パワーステアリング装置の概略構成である。図4において電動パワーステアリング装置50は、電子制御ユニット(Electronic Control Unit: ECU)としてのモータ制御装置10、操舵部材であるステアリングハンドル52、ステアリングハンドル52に接続された回転軸53、ピニオンギア56、ラック軸57等を備える。
【0072】
回転軸53は、その先端に設けられたピニオンギア56に噛み合っている。ピニオンギア56により、回転軸53の回転運動がラック軸57の直線運動に変換され、ラック軸57の変位量に応じた角度に、そのラック軸57の両端に設けられた一対の車輪55a,55bが操舵される。
【0073】
回転軸53には、ステアリングハンドル52が操作された際の操舵トルクを検出するトルクセンサ59が設けられており、検出された操舵トルクはモータ制御装置10へ送られる。モータ制御装置10は、トルクセンサ59より取得した操舵トルク、車速センサ(不図示)からの車速等の信号に基づくモータ駆動信号を生成し、その信号を電動モータ15に出力する。
【0074】
モータ駆動信号が入力された電動モータ15からは、ステアリングハンドル52の操舵を補助するための補助トルクが出力され、その補助トルクが減速ギア54を介して回転軸53に伝達される。その結果、電動モータ15で発生したトルクによって回転軸53の回転がアシストされることで、運転者のハンドル操作を補助する。
【0075】
以上説明したように本実施形態に係るモータ制御装置では、モータロック状態において6通りの2相通電電流をもとに電流検出回路各々の電流ゲイン値を算出して、各相間のばらつきが最小となる、すなわち、ばらつきが均一となるように調整する。そして、所定の通電電流を流した状態で求めた、モータの出力トルクの目標値と実測値との比較結果をもとに、上記調整後の電流検出回路各々の電流ゲイン値に電流検出回路全体の電流ゲイン値を反映した再調整を行う。
【0076】
その際、電流ゲイン値の算出対象をU,V,W各相のプラス側、マイナス側の6項目とし、6通りの通電結果全てを使用して連立方程式の最小二乗解を算出しているので、各相の電流検出値のばらつき(補正後の誤差)が小さくなる。その結果、特定の相に電流検出の誤差が集中せず、電流検出回路各々における検出電流の不平衡を補正してトルクリップルを低減できる。
【0077】
すなわち、電流センサとしての電流検出回路各々の電流ゲイン値の調整のみならず、電流検出回路全体の電流ゲイン値にもとづいて個々の電流ゲイン値のばらつきを補正することで、モータ駆動における電流検出回路の電流検出値のばらつきに起因するトルクリップルを低減できる。
【0078】
さらには、電流検出回路各々の電流ゲイン値を調整した後、電流検出回路全体についての電流ゲイン値を一括して調整・補正することで、ばらつきの絶対量を反映した電流検出回路全体のゲイン調整が可能となる。
【0079】
また、本実施形態に係るモータ制御装置を電動パワーステアリング装置に搭載した場合、モータ制御装置の電流検出回路の電流ゲイン値のばらつきが調整されることで、トルクリップルを低減したモータ駆動を実現でき、電動パワーステアリング装置において円滑な操舵アシストが可能となる。
【0080】
<変形例>
本発明は上記の実施形態に限定されず、種々の変形が可能である。例えば、上述した例では、電流検出回路の電流ゲイン値の調整処理を、図1に示す検査装置30で実行しているが、別途、検査装置30を設けない構成としてもよい。すなわち、検査装置30における処理機能を、モータ制御装置10のCPU12に移行して、CPU12が電流検出回路の調整処理を行う構成としてもよい。
【0081】
また、上記の実施形態では、相電流を6通りの通電方向に順次、流して得た検出電流をもとに各電流検出回路のゲイン値を算出する際、Gup=1と仮定したが、これに限定されない。例えば、上記の式1の連立方程式に、下記の式7で示す平均値に関する条件を加えて行列式に直すと、下記の式8が得られる。
【0082】
【数7】
【0083】
【数8】
【0084】
式8は、未知数6に対して方程式が7で過剰決定系となる。そこで、最小二乗法を用いて上記方程式7の解(最小二乗解)を算出する。式8をxについて解くと、式9のように表すことができる。最終的に式9を解くことで、Gup~Gwmを求めることができる。
【0085】
【数9】
【0086】
また、電流検出回路の構成について、3相の場合、相電流の和についてI+I+I=0の関係があるので、2相の電流が分かれば他の1相の電流が判明する。よって、上述した電流検出回路(電流センサ)は3相すべてに対応して設けず、少なくとも2相に対して設ければよい。
【0087】
例えば図1において、U,Vの2相のみに対する電流検出回路7a,7bを備え、残り1相(例えばW相)の電流は、上述した式(Iw=-Iu-Iv)より、U,Vの2相より算出してもよい。
【0088】
一方、図1に示すように3相すべてに対して電流検出回路7a~7cを備えるが、電流制御では2相のみを用いて上記の要領で制御し、残り1相の電流検出回路は、故障検知でのみ用いるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0089】
4 インバータ制御部
5 インバータ回路
7a~7c 電流検出回路(電流センサ)
9a~9c 増幅回路
10 モータ制御装置
12,31 CPU
15 電動モータ
17 A/D変換部
20 モータ制御部
23,33 インターフェース部(I/O)
25 メモリ
30 検査装置
35 トルク測定部
37 通電切替部
50 電動パワーステアリング装置
52 ステアリングハンドル
53 回転軸
54 減速ギア
55a,55b 車輪
56 ピニオンギア
57 ラック軸
59 トルクセンサ
R1~R3 シャント抵抗
図1
図2
図3
図4