(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-24
(45)【発行日】2023-05-02
(54)【発明の名称】履帯部品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230425BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20230425BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20230425BHJP
B62D 55/20 20060101ALI20230425BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/54
C21D9/00 E
B62D55/20 Z
(21)【出願番号】P 2018157603
(22)【出願日】2018-08-24
【審査請求日】2021-07-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001236
【氏名又は名称】株式会社小松製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【氏名又は名称】北野 修平
(72)【発明者】
【氏名】聒田 英治
(72)【発明者】
【氏名】前田 和生
(72)【発明者】
【氏名】小林 直己
(72)【発明者】
【氏名】野田 隆司
(72)【発明者】
【氏名】波多野 守
(72)【発明者】
【氏名】天田 貴文
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
(72)【発明者】
【氏名】宮西 慶
(72)【発明者】
【氏名】西島 良二
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/185337(WO,A1)
【文献】特開2018-103963(JP,A)
【文献】特開2003-328078(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0037198(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/00- 9/44, 9/50
B62D 55/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.41質量%以上0.44質量%以下のCと、0.2質量%以上0.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.0005質量%以上0.0050質量%以下のSと、0.6質量%以上2.0質量%以下のNiと、0.7質量%以上1.5質量%以下のCrと、0.1質量%以上0.6質量%以下のMoと、0.02質量%以上0.03質量%以下のNbと、0.015質量%以上0.03質量%以下のTiと、0.0005質量%以上0.0030質量%以下のBと、20質量ppm以上60質量ppm以下のNと、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼からなり、
57HRC以上60HRC以下の硬度を有する高硬度部と、
前記高硬度部以外の領域であって、前記高硬度部よりも硬度が低い低硬度部と、を備え、
前記高硬度部は、
マルテンサイト相と、残留オーステナイト相とを含む第1母相と、
前記第1母相中に分散し、MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第1非金属粒と、を含み、
M
23C
6(Mは前記鋼を構成する金属元素)で表される炭化物を含まず、
前記低硬度部は、
マルテンサイト相を含む第2母相と、
前記第2母相中に分散し、MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第2非金属粒と、を含み、
M
23C
6(Mは前記鋼を構成する金属元素)で表される炭化物を含まない、履帯部品。
【請求項2】
前記鋼は、0.05質量%以上0.20質量%以下のV、0.01質量%以上0.15質量%以下のZrおよび0.1質量%以上2.0質量%以下のCoからなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有する、請求項1に記載の履帯部品。
【請求項3】
前記第1母相の結晶粒度番号は5以上12以下であり、
前記第2母相の結晶粒度番号は5以上9以下である、請求項1または請求項2に記載の履帯部品。
【請求項4】
前記第1母相を構成するマルテンサイト相は低温焼戻マルテンサイト相であり、
前記第2母相を構成するマルテンサイト相は高温焼戻マルテンサイト相である、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の履帯部品。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の履帯部品の製造方法であって、
0.41質量%以上0.44質量%以下のCと、0.2質量%以上0.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.0005質量%以上0.0050質量%以下のSと、0.6質量%以上2.0質量%以下のNiと、0.7質量%以上1.5質量%以下のCrと、0.1質量%以上0.6質量%以下のMoと、0.02質量%以上0.03質量%以下のNbと、0.015質量%以上0.03質量%以下のTiと、0.0005質量%以上0.0030質量%以下のBと、20質量ppm以上60質量ppm以下のNと、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼からなる鋼材を準備する工程と、
前記鋼材を熱間鍛造して成形体を得る工程と、
前記成形体を945℃以上1050℃以下の温度から前記鋼のM
S点以下の温度まで冷却することにより前記成形体の全体に対して焼入処理を実施した後、570℃以上620℃以下の温度に加熱することにより前記成形体の全体に対して高温焼戻処理を実施する工程と、
高温焼戻処理が実施された前記成形体の一部を900℃以上の温度から前記鋼のM
S点以下の温度まで冷却することにより前記成形体中に高硬度部を形成した後、前記高硬度部を150℃以上200℃以下の温度に加熱することにより前記高硬度部の硬度を57HRC以上60HRC以下に調整する工程と、を備える、履帯部品の製造方法。
【請求項6】
前記鋼は、0.05質量%以上0.20質量%以下のV、0.01質量%以上0.15質量%以下のZrおよび0.1質量%以上2.0質量%以下のCoからなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有する、請求項5に記載の履帯部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、履帯部品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
油圧ショベル、ブルドーザなどの履帯式作業機械の足回りを構成する部品である履帯部品は、土砂などの硬質の異物と接触する環境で使用される。履帯部品の耐久性を向上させるためには、高い耐摩耗性が要求される。耐摩耗性を向上させるためには、部品の硬度を上昇させる対策が有効である。しかし、単に部品の硬度を上昇させた場合、部品を構成する材料の靱性が低下するため、部品の表面に割れや剥離が発生し、部品の交換が必要になるという問題が生じる。つまり、履帯部品の耐久性を向上させるためには、高い耐摩耗性を達成しつつ、耐割れ性および耐剥離性を高いレベルに維持する必要がある。
【0003】
優れた耐久性を有する履帯式足回り部品用鋼および履帯リンクとして、0.4質量%程度の炭素含有量を有し、種々の合金元素が添加された鋼および当該鋼からなる履帯リンクが提案されている(たとえは、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された鋼を用いて履帯部品を製造することにより、高い耐摩耗性を達成可能な硬度を有する部品を得ることができる。しかし、特許文献1に開示された鋼を用いて一般的な製造プロセスにより部品を製造すると、引張試験における絞りの値が低い傾向にある。本発明者らの検討によれば、引張試験における絞りの値が低い場合、耐剥離性が低下する。すなわち、特許文献1に開示された鋼を用いて一般的な製造プロセスにより製造された履帯部品においては、さらなる耐久性の向上が求められる。
【0006】
耐久性に優れた履帯部品およびその製造方法を提供することが、本発明の目的の1つである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に従った履帯部品は、0.41質量%以上0.44質量%以下のCと、0.2質量%以上0.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.0005質量%以上0.0050質量%以下のSと、0.6質量%以上2.0質量%以下のNiと、0.7質量%以上1.5質量%以下のCrと、0.1質量%以上0.6質量%以下のMoと、0.02質量%以上0.03質量%以下のNbと、0.015質量%以上0.03質量%以下のTiと、0.0005質量%以上0.0030質量%以下のBと、20質量ppm以上60質量ppm以下のNと、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼からなる。この履帯部品は、57HRC以上60HRC以下の硬度を有する高硬度部と、高硬度部以外の領域であって、高硬度部よりも硬度が低い低硬度部と、を備える。高硬度部は、マルテンサイト相と、残留オーステナイト相とを含む第1母相と、第1母相中に分散し、MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第1非金属粒と、を含み、M23C6(Mは上記鋼を構成する金属元素)で表される炭化物を含まない。低硬度部は、マルテンサイト相を含む第2母相と、第2母相中に分散し、MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第2非金属粒と、を含み、M23C6(Mは上記鋼を構成する金属元素)で表される炭化物を含まない。
【0008】
本発明に従った履帯部品の製造方法は、0.41質量%以上0.44質量%以下のCと、0.2質量%以上0.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.0005質量%以上0.0050質量%以下のSと、0.6質量%以上2.0質量%以下のNiと、0.7質量%以上1.5質量%以下のCrと、0.1質量%以上0.6質量%以下のMoと、0.02質量%以上0.03質量%以下のNbと、0.015質量%以上0.03質量%以下のTiと、0.0005質量%以上0.0030質量%以下のBと、20質量ppm以上60質量ppm以下のNと、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成される鋼材を準備する工程と、鋼材を熱間鍛造して成形体を得る工程と、成形体を945℃以上1050℃以下の温度から上記鋼のMS点以下の温度まで冷却することにより成形体の全体に対して焼入処理を実施した後、570℃以上620℃以下の温度に加熱することにより成形体の全体に対して高温焼戻処理を実施する工程と、高温焼戻処理が実施された成形体の一部を900℃以上の温度から上記鋼のMS点以下の温度まで冷却することにより成形体中に高硬度部を形成した後、高硬度部を150℃以上200℃以下の温度に加熱することにより高硬度部の硬度を57HRC以上60HRC以下に調整する工程と、を備える。
【発明の効果】
【0009】
上記履帯部品およびその製造方法によれば、耐久性に優れた履帯部品およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図4】
図3の線分IV-IVに沿う概略断面図である。
【
図5】履帯リンクの製造工程の概略を示すフローチャートである。
【
図6】高硬度部を構成する鋼のミクロ組織を示す光学顕微鏡写真である。
【
図7】低硬度部を構成する鋼のミクロ組織を示す光学顕微鏡写真である。
【
図9】光学顕微鏡およびSEMによる観察結果と元素マッピング結果とを示す図である。
【
図10】結晶粒界に存在する生成物の同定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[実施形態の概要]
本願の履帯部品は、0.41質量%以上0.44質量%以下のCと、0.2質量%以上0.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.0005質量%以上0.0050質量%以下のSと、0.6質量%以上2.0質量%以下のNiと、0.7質量%以上1.5質量%以下のCrと、0.1質量%以上0.6質量%以下のMoと、0.02質量%以上0.03質量%以下のNbと、0.015質量%以上0.03質量%以下のTiと、0.0005質量%以上0.0030質量%以下のBと、20質量ppm以上60質量ppm以下のNと、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼からなる。この履帯部品は、57HRC以上60HRC以下の硬度を有する高硬度部と、高硬度部以外の領域であって、高硬度部よりも硬度が低い低硬度部と、を備える。高硬度部は、マルテンサイト相と、残留オーステナイト相とを含む第1母相と、第1母相中に分散し、MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第1非金属粒と、を含み、M23C6(Mは上記鋼を構成する金属元素)で表される炭化物を含まない。低硬度部は、マルテンサイト相を含む第2母相と、第2母相中に分散し、MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第2非金属粒と、を含み、M23C6(Mは上記鋼を構成する金属元素)で表される炭化物を含まない。
【0012】
上記耐土砂摩耗部部品において、上記鋼は、0.05質量%以上0.20質量%以下のV、0.01質量%以上0.15質量%以下のZrおよび0.1質量%以上2.0質量%以下のCoからなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0013】
まず、本願の履帯部品を構成する鋼の成分組成を上記範囲に限定した理由について説明する。
【0014】
炭素(C):0.41質量%以上0.44質量%以下
炭素は、鋼の硬度に大きな影響を及ぼす元素である。炭素含有量が0.41質量%未満では、焼入焼戻によって硬度を57HRC以上とすることが難しくなる。一方、炭素含有量が0.44質量%を超えると、絞りの値が低下し、耐剥離性が低下する。そのため、炭素含有量は上記範囲とすることが必要である。また、十分な硬度を容易に確保する観点から、炭素含有量は0.42質量%以上とすることが好ましい。
【0015】
珪素(Si):0.2質量%以上0.5質量%以下
珪素は、鋼の焼入性の向上、鋼の母相の強化、焼戻軟化抵抗性の向上等の効果に加えて、製鋼プロセスにおいては脱酸効果を有する元素である。珪素含有量が0.2質量%以下では、上記効果が十分に得られない。一方、珪素含有量が0.5質量%を超えると、絞りの値が低下する傾向がある。そのため、珪素含有量は上記範囲とすることが必要である。
【0016】
マンガン(Mn):0.2質量%以上1.5質量%以下
マンガンは、鋼の焼入性の向上に有効であるとともに、製鋼プロセスにおいては脱酸効果を有する元素である。マンガン含有量が0.2質量%以下では、上記効果が十分に得られない。一方、マンガン含有量が1.5質量%を超えると、焼入硬化前の硬度が上昇し、加工性が低下する傾向がある。また、鋼の十分な焼入性を確保する観点から、マンガン含有量は0.40質量%以上とすることが好ましい。また、加工性を重視する場合、マンガン含有量は0.9質量%以下であることが好ましく、0.8質量%以下とすることがより好ましい。
【0017】
硫黄(S):0.0005質量%以上0.0050質量%以下
硫黄は、鋼の被削性を向上させる元素である。また、硫黄は、製鋼プロセスにおいて意図的に添加しなくても混入する元素でもある。硫黄含有量を0.0005質量%未満とすると、被削性が低下するとともに、鋼の製造コストが上昇する。一方、本発明者らの検討によれば、本願の上記鋼の成分組成において、硫黄含有量は絞りの値に大きく影響する。そして、硫黄含有量が0.0050質量%を超えると、絞りの値が低下し、十分な耐剥離性を得ることが困難となる。そのため、硫黄含有量は上記範囲とすることが必要である。また、硫黄含有量を0.0040質量%以下とすることにより、耐剥離性を一層向上させることができる。
【0018】
ニッケル(Ni):0.6質量%以上2.0質量%以下
ニッケルは、鋼の母相の靭性を向上させるのに有効な元素である。ニッケル含有量が0.6質量%未満では、この効果が十分に発揮されない。一方、ニッケル含有量が2.0質量%を超えると、ニッケルが鋼中において偏析する傾向が強くなる。その結果、鋼の機械的性質がばらつくという問題が生じ得る。そのため、ニッケル含有量は上記範囲とする必要がある。また、ニッケル含有量が1.5質量%を超えると、靱性の向上が緩やかとなる一方で、鋼の製造コストが高くなる。このような観点から、ニッケル含有量は、1.5質量%以下とすることが好ましい。一方、57HRC以上の硬度を有する鋼において、鋼の母相の靭性を向上させるという効果を十分に発揮させるには、ニッケル含有量は1.0質量%以上とすることが好ましい。
【0019】
クロム(Cr):0.7質量%以上1.5質量%以下
クロムは、鋼の焼入性を向上させるとともに、焼戻軟化抵抗性を高める。とりわけ、モリブデン、ニオブ、バナジウム等との複合添加によって、鋼の焼戻軟化抵抗性を顕著に高める。クロム含有量が0.7質量%未満では、このような効果が十分に発揮されない。また、クロム含有量が1.5質量%を超えると、焼戻軟化抵抗性の向上が緩やかになる一方で、鋼の製造コストが高くなる。そのため、クロム含有量は上記範囲とする必要がある。
【0020】
モリブデン(Mo):0.1質量%以上0.6質量%以下
モリブデンは、鋼の焼入性を向上させ、焼戻軟化抵抗性を高める。また、モリブデンは、高温焼戻脆性を改善する機能も有している。モリブデン含有量が0.1質量%未満では、これらの効果が十分に発揮されない。一方、モリブデン含有量が0.6質量%を超えると、上記効果が飽和する。そのため、モリブデン含有量は上記範囲とする必要がある。
【0021】
ニオブ(Nb):0.02質量%以上0.03質量%以下
ニオブは、鋼の強度および靱性の向上に対して有効である。特に、ニオブは著しく鋼の結晶粒を細粒化するので、靱性改善に極めて有効な元素である。このような効果を確保するためには、ニオブ含有量は0.02質量%以上必要である。一方、ニオブ含有量が0.03質量%を超えると、粗大な共晶NbCの晶出や、多量のNbC形成に起因して母相中の炭素量低下を招くため、強度低下や靭性低下という問題が生じる。また、ニオブ含有量が0.03質量%を超えると、鋼の製造コストも高くなる。そのため、ニオブ含有量は上記範囲とする必要がある。
【0022】
チタン(Ti):0.015質量%以上0.03質量%以下
チタンは、鋼の靱性の改善に有効である。チタン含有量が0.015質量%未満では、このような効果が小さい。一方、チタン含有量が0.03質量%を超えると、かえって鋼の靱性が劣化するおそれがある。そのため、チタン含有量は上記範囲とする必要がある。
【0023】
硼素(B):0.0005質量%以上0.0030質量%以下
硼素は、鋼の焼入性を顕著に向上させる元素である。硼素を添加することにより、焼入性向上を目的として添加される他の元素の添加量を低減し、鋼の製造コストを低減することができる。また、硼素は、旧オーステナイト結晶粒界にリン(P)および硫黄よりも偏析する傾向が強く、特に硫黄を粒界から排出して粒界強度を改善する。硼素含有量が0.0005質量%以下では、このような効果が十分に発揮されない。一方、硼素含有量が0.0030質量%を超えると、添加された硼素と窒素とが結合してBNが形成され、鋼の靭性を劣化させる。そのため、硼素含有量は上記範囲とする必要がある。
【0024】
窒素(N):20質量ppm以上60質量ppm以下
窒素含有量が多すぎると、過剰な窒化物が形成されることにより、鋼の靱性が悪化するおそれがある。そのため、窒素含有量は60質量ppm以下とする必要がある。一方、窒素含有量を20質量ppm未満とすると、鋼の製造コストが上昇する。そのため、窒素含有量は上記範囲とする必要がある。
【0025】
バナジウム(V):0.05質量%以上0.20質量%以下
バナジウムは、必須の元素ではない。しかし、バナジウムは、微細な炭化物を形成し、結晶粒の微細化に寄与する。バナジウム含有量が0.05質量%未満では、このような効果が十分に得られない。一方、バナジウム含有量が0.20質量%を超えると、上記効果は飽和する。また、バナジウムは比較的高価な元素であるため、添加量は必要最低限とすることが好ましい。そのため、バナジウムを添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。
【0026】
ジルコニウム(Zr):0.01質量%以上0.15質量%以下
ジルコニウムは、必須の元素ではないが、鋼中において炭化物を球状細粒化して分散させることにより、鋼の靱性を一層改善する効果を有する。ジルコニウム含有量が0.01質量%未満では、その効果が十分に得られない。一方、ジルコニウム含有量が0.15質量%を超えると、かえって鋼の靱性が劣化するおそれがある。そのため、ジルコニウムを添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。
【0027】
コバルト(Co):0.1質量%以上2.0質量%以下
コバルトは、必須の元素ではないが、クロム、モリブデンなどのカーバイド形成元素の母相への固溶度を上昇させるとともに、鋼の焼戻軟化抵抗性を向上させる。そのため、コバルトの添加により炭化物の微細化と焼戻温度の高温化とを達成し、それによって鋼の強度および靭性を向上させることができる。コバルト含有量が0.1質量%未満では、このような効果が十分に得られない。一方、コバルトは高価な元素であるため、多量の添加は鋼の製造コストを上昇させる。コバルト含有量が2.0質量%を超えると、このような問題が顕著となる。そのため、コバルトを添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。
【0028】
不可避的不純物
製造プロセスにおいて意図的に添加された成分以外に、不可避的不純物として、鋼中に上記以外の元素が含まれる場合がある。不可避的不純物であるリン(P)は、0.010質量%以下とすることが好ましい。不可避的不純物である銅(Cu)は、0.1質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以下であることがより好ましい。不可避的不純物であるアルミニウム(Al)は、0.04質量%以下とすることが好ましい。
【0029】
本願の履帯部品は、上記適切な成分組成を有する鋼からなっている。さらに、本願の履帯部品においては、高硬度部および低硬度部に、M23C6で表される炭化物(Mは鋼を構成する金属元素であって、主にCrおよびMoの少なくともいずれか一方;以下、「M23C6炭化物」という)が含まれない。
【0030】
本発明者らの検討によれば、履帯部品を構成する鋼として上記適切な成分組成を有する鋼を採用した場合、一般的な製造プロセスにより部品を製造すると、鋼の結晶粒界にM23C6炭化物が生成する。M23C6炭化物が生成すると、M23C6炭化物の周囲の領域においてCrおよびMoの含有量が低下する。そのため、当該領域における焼入性が低下し、ベイナイト組織が形成される。M23C6炭化物およびこれに起因したベイナイト組織の形成により、鋼の引張試験における絞りの値が小さくなる。鋼の絞りの値が小さい場合、当該鋼から構成される履帯部品の耐剥離性が低下する。
【0031】
本発明者らは、履帯部品の耐久性を向上させるための方策について検討した結果、上記適切な成分組成を有する鋼を採用するとともに、鋼の組織からM23C6炭化物を排除することにより、耐剥離性を向上させ、耐久性に優れる履帯部品が得られるとの知見を得た。本願の履帯部品においては、履帯部品を構成する鋼として上記適切な成分組成を有する鋼が採用されるとともに、高硬度部および低硬度部にM23C6炭化物が含まれない。これにより、本願の履帯部品は、耐久性に優れた履帯部品となっている。
【0032】
本願において、高硬度部および低硬度部がM23C6炭化物を含まない状態とは、高硬度部および低硬度部の断面をFE-SEM(電界放出型走査型電子顕微鏡)にて観察し、鋼の結晶粒界を含む80μm2の領域を10視野以上調査した場合に、M23C6炭化物が発見されない状態を意味する。M23C6炭化物は、たとえば上記方法でM23C6炭化物の可能性のある生成物を発見した場合に、STEM(走査透過型電子顕微鏡)の明視野像にて生成物を検出した後、当該生成物のSAD(制限視野回折)パターンを確認することにより同定することができる。
【0033】
上記履帯部品において、第1母相の結晶粒度番号は5以上12以下であってもよい。第2母相の結晶粒度番号は5以上9以下であってもよい。このようにすることにより、履帯部品に優れた靱性を付与することが容易となる。第1母相の結晶粒度番号は9以上12以下であることが好ましい。第2母相の結晶粒度番号は7以上9以下であることが好ましい。
【0034】
上記履帯部品において、第1母相を構成するマルテンサイト相は低温焼戻マルテンサイト相であってもよい。第2母相を構成するマルテンサイト相は高温焼戻マルテンサイト相(ソルバイト相)であってもよい。このようにすることにより、履帯部品に優れた靱性を付与することが容易となる。
【0035】
なお、本願において低温焼戻マルテンサイト相とは、焼入された鋼が150℃以上250℃以下の温度で焼戻されることによって得られる(低温焼戻によって得られる)組織からなる相を意味する。高温焼戻マルテンサイト相とは、焼入された鋼が500℃以上の温度で焼戻されることによって得られる(高温焼戻によって得られる)組織からなる相を意味する。低温焼戻マルテンサイト相であること、および高温焼戻マルテンサイト相であることは、当該相の硬度、炭化物の析出状態等を調査することにより確認することができる。
【0036】
本願の履帯部品の製造方法は、0.41質量%以上0.44質量%以下のCと、0.2質量%以上0.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.0005質量%以上0.0050質量%以下のSと、0.6質量%以上2.0質量%以下のNiと、0.7質量%以上1.5質量%以下のCrと、0.1質量%以上0.6質量%以下のMoと、0.02質量%以上0.03質量%以下のNbと、0.015質量%以上0.03質量%以下のTiと、0.0005質量%以上0.0030質量%以下のBと、20質量ppm以上60質量ppm以下のNと、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼からなる鋼材を準備する工程と、鋼材を熱間鍛造して成形体を得る工程と、成形体を945℃以上1050℃以下の温度から上記鋼のMS点以下の温度まで冷却することにより成形体の全体に対して焼入処理を実施した後、570℃以上620℃以下の温度に加熱することにより成形体の全体に対して高温焼戻処理を実施する工程と、高温焼戻処理が実施された成形体の一部を900℃以上の温度から上記鋼のMS点以下の温度まで冷却することにより成形体中に高硬度部を形成した後、高硬度部を150℃以上200℃以下の温度に加熱することにより高硬度部の硬度を57HRC以上60HRC以下に調整する工程と、を備える。
【0037】
上記履帯部品の製造方法において、鋼は、0.05質量%以上0.20質量%以下のV、0.01質量%以上0.15質量%以下のZrおよび0.1質量%以上2.0質量%以下のCoからなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0038】
本願の履帯部品の製造方法においては、上記適切な成分組成の鋼からなる鋼材が準備された後、当該鋼材が熱間鍛造されて成形体が得られる。この熱間鍛造の加熱後の冷却過程において、鋼の結晶粒界にはM23C6炭化物が生成する。その後、本願の履帯部品の製造方法では、成形体を945℃以上1050℃以下の温度から上記鋼のMS点以下の温度まで冷却することにより成形体の全体に対して焼入処理を実施した後、570℃以上620℃以下の温度に加熱することにより成形体の全体に対して高温焼戻処理を実施する工程が実施される。焼入処理のための加熱温度を945℃以上とすることにより、先に生成したM23C6炭化物が鋼の母相中に固溶し、消失する。その後、高硬度部を形成した後、高硬度部を150℃以上200℃以下の温度に加熱することにより高硬度部の硬度を57HRC以上60HRC以下に調整する工程が実施される。成形体において高硬度部が形成された領域以外の領域が、低硬度部となる。これにより、M23C6炭化物を含まない高硬度部および低硬度部を含む本願の履帯部品を容易に製造することができる。
【0039】
[実施形態の具体例]
次に、本発明の履帯部品の実施の形態を、図面を参照しつつ説明する。以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0040】
まず、
図1~
図4を参照して、本実施の形態における履帯部品としての履帯リンクについて説明する。
図1は、履帯式走行装置の構造を示す概略図である。
図2は、履帯の構造の一部を示す概略斜視図である。
図3は、履帯の構造の一部を示す概略平面図である。
図4は、
図3の線分IV-IVに沿う概略断面図である。
【0041】
図1を参照して、本実施の形態における履帯式走行装置1は、たとえばブルドーザなどの作業機械の走行装置である。履帯式走行装置1は、履帯2と、トラックフレーム3と、アイドラ4と、スプロケット5と、複数の(ここでは7つの)下転輪10と、複数の(ここでは2つの)上転輪11とを備えている。
【0042】
履帯2は、環状(無端状)に連結された複数の履帯リンク9と、各履帯リンク9に対して固定された履板6とを含んでいる。複数の履帯リンク9は、外リンク7と内リンク8とを含んでいる。外リンク7と内リンク8とは、交互に連結されている。
図2および
図3を参照して、各履板6は、一対の外リンク7または一対の内リンク8の履板固定面79,89に固定されている。これにより、外リンク7と内リンク8とが交互に並ぶ2つの列が形成されている。
【0043】
図1を参照して、トラックフレーム3には、アイドラ4と、複数の(ここでは7つの)下転輪10と、複数の(ここでは2つの)上転輪11とが、それぞれの軸周りに回転可能に取り付けられている。スプロケット5は、トラックフレーム3の中央から見てアイドラ4が取り付けられる側の端部とは反対側に配置されている。スプロケット5は、エンジンなどの動力源に接続されており、当該動力源によって駆動されることにより、軸周りに回転する。スプロケット5の外周面には、径方向外側に突出する突起部である複数のスプロケットティース51が配置されている。各スプロケットティース51は、履帯2と噛み合う。そのため、スプロケット5の回転は履帯2に伝達される。その結果、履帯2は、スプロケット5の回転により駆動されて周方向に回転する。
【0044】
トラックフレーム3の端部(スプロケット5が配置される側とは反対側の端部)には、アイドラ4が取り付けられている。また、スプロケット5とアイドラ4とに挟まれたトラックフレーム3の領域には、接地側に複数の下転輪10が取り付けられ、接地側とは反対側に複数の上転輪11が取り付けられている。アイドラ4、下転輪10および上転輪11は、外周面において履帯2の内周面に接触している。その結果、スプロケット5の回転により駆動される履帯2は、アイドラ4、スプロケット5、下転輪10および上転輪11に案内されつつ、周方向に回転する。
【0045】
次に、履帯2の構造の詳細について説明する。
図2および
図3を参照して、各履板6は、外リンク7または内リンク8に対して、ボルト93およびナット94により締め付けられて固定されている。隣り合う外リンク7と内リンク8とは、履帯2の回転面に垂直な方向から見て(
図3の視点から見て)それらの一部同士が重なるように配置され、連結ピン91およびブシュ92により連結されている。
【0046】
より具体的には、
図2~
図4を参照して、各内リンク8には、履帯2の回転面に垂直な方向に貫通するブシュ孔85が2つずつ形成されている。この2つのブシュ孔85のうち一方のブシュ孔85は、内リンク8において長手方向の一方の端部に形成され、他方のブシュ孔85は他方の端部に形成されている。また、内リンク8において履板6が取り付けられる側とは反対側には、踏面87が形成されている。一方、各外リンク7には、履帯2の回転面に垂直な方向に貫通する連結ピン孔75が2つずつ形成されている。この2つの連結ピン孔75のうち一方の連結ピン孔75は、外リンク7において長手方向の一方の端部に形成され、他方の連結ピン孔75は他方の端部に形成されている。また、外リンク7において履板6が取り付けられる側とは反対側には、踏面77が形成されている。
【0047】
各履板6が固定される一対の外リンク7は、履帯2の回転面に垂直な方向から見て、それぞれの2つの連結ピン孔75が重なるように配置される。同様に、各履板6が固定される一対の内リンク8は、履帯2の回転面に垂直な方向から見て、それぞれの2つのブシュ孔85が重なるように配置される。また、隣り合う外リンク7と内リンク8とは、履帯2の回転面に垂直な方向から見て、連結ピン孔75とブシュ孔85とが重なるように配置される。そして、連結ピン91は、
図4を参照して、一方の列を構成する外リンク7の連結ピン孔75、一方の列を構成する内リンク8のブシュ孔85、他方の列を構成する内リンク8のブシュ孔85および他方の列を構成する外リンク7の連結ピン孔75を貫通するように配置される。連結ピン91は、連結ピン孔75に圧入され、かつその両端部が外リンク7のボス部76においてかしめられることにより、一対の外リンク7に対して固定されている。
【0048】
図4を参照して、ブシュ92は、一対の固定ブシュ92Bと、一対の固定ブシュ92Bに挟まれて配置される回転ブシュ92Aとを含んでいる。回転ブシュ92Aおよび一対の固定ブシュ92Bは、それぞれ軸を含む領域に貫通孔を有する中空円筒状の形状を有している。回転ブシュ92Aおよび一対の固定ブシュ92Bは、軸が一致するように配置されている。回転ブシュ92Aと固定ブシュ92Bとの間には、シールリング95が配置されている。固定ブシュ92Bは、内リンク8のブシュ孔85に嵌め込まれることにより固定されている。連結ピン91は、回転ブシュ92Aおよび一対の固定ブシュ92Bの貫通孔を貫通するように配置されている。その結果、回転ブシュ92Aは、連結ピン91に対して周方向に相対的に回動することが可能となっている。
【0049】
さらに、
図4を参照して、連結ピン91の軸を含む領域には、軸方向に延在し、潤滑油などの潤滑剤を保持する潤滑剤保持孔91Aが形成されている。また、連結ピン91には、径方向に延在し、外周面と潤滑剤保持孔91Aとを繋ぐ潤滑剤供給路91Bが形成されている。また、潤滑剤保持孔91Aは、連結ピン91の一方の端面側に開口部を有しており、当該開口部にはプラグ91Cが嵌め込まれている。潤滑油などの潤滑剤は、潤滑剤保持孔91Aの開口部から潤滑剤保持孔91A内に供給され、その後開口部にプラグ91Cが嵌め込まれることにより、潤滑剤保持孔91A内に保持される。そして、潤滑剤保持孔91A内の潤滑剤は、潤滑剤供給路91Bを介して連結ピン91の外周面と回転ブシュ92Aの内周面との間に供給される。その結果、連結ピン91の外周面と回転ブシュ92Aの内周面との間の摩擦が軽減され、連結ピン91の外周面および回転ブシュ92Aの内周面の摩耗が抑制される。すなわち、履帯2は、回転ブシュ92Aを含む上記構造を有する回転ブシュ式履帯である。このような履帯式走行装置1においては、外リンク7の踏面77や内リンクの踏面87の摩耗が履帯式走行装置1の寿命または部品交換周期を決定する場合が多い。
【0050】
本実施の形態における履帯式走行装置1において、履帯部品である履帯リンク9(外リンク7および内リンク8)は、0.41質量%以上0.44質量%以下のCと、0.2質量%以上0.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.0005質量%以上0.0050質量%以下のSと、0.6質量%以上2.0質量%以下のNiと、0.7質量%以上1.5質量%以下のCrと、0.1質量%以上0.6質量%以下のMoと、0.02質量%以上0.03質量%以下のNbと、0.015質量%以上0.03質量%以下のTiと、0.0005質量%以上0.0030質量%以下のBと、20質量ppm以上60質量ppm以下のNと、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼からなっている。履帯リンク9の踏面77,87を含む領域は、57HRC以上60HRC以下の硬度を有する高硬度部7A,8Aである。高硬度部7A,8Aは、たとえば部分的に焼入硬化処理されることにより形成された硬化層である。部分的な焼入硬化処理は、たとえば高周波焼入により実施することができる。履帯リンク9の高硬度部7A,8A以外の領域は、高硬度部7A,8Aよりも硬度が低い低硬度部7B,8Bである。低硬度部7B,8Bの硬度は、たとえば30HRC以上45HRC以下である。
【0051】
高硬度部7A,8Aは、マルテンサイト相と、残留オーステナイト相とを含む第1母相と、第1母相中に分散し、MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第1非金属粒と、を含み、M23C6炭化物を含まない。高硬度部7A,8Aに含まれる残留オーステナイト量は、たとえば10体積%以下である。高硬度部7A,8Aに含まれる残留オーステナイト量は、5体積%以下とすることが好ましく、4体積%以下、さらには3体積%以下とすることがより好ましい。低硬度部7B,8Bは、マルテンサイト相を含む第2母相と、第2母相中に分散し、MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第2非金属粒と、を含み、M23C6炭化物を含まない。
【0052】
履帯リンク9を構成する鋼は、0.05質量%以上0.20質量%以下のV、0.01質量%以上0.15質量%以下のZrおよび0.1質量%以上2.0質量%以下のCoからなる群から選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0053】
本実施の形態の履帯部品である履帯リンク9は、素材として上記適切な成分組成を有する鋼が採用されるとともに、高硬度部7A,8Aおよび低硬度部7B,8BにM23C6炭化物が含まれない。これにより、本実施の形態の履帯部品である履帯リンク9は、耐久性に優れた履帯部品となっている。
【0054】
履帯リンク9において、高硬度部7A,8Aを構成する第1母相の結晶粒度番号は5以上12以下であることが好ましく、9以上12以下であることがより好ましい。また、低硬度部7B,8Bを構成する第2母相の結晶粒度番号は5以上9以下であることが好ましく、7以上9以下であることがより好ましい。これにより、履帯リンク9に優れた靱性を付与することが容易となる。
【0055】
履帯リンク9において、上記第1母相を構成するマルテンサイト相は低温焼戻マルテンサイト相であることが好ましい。上記第2母相を構成するマルテンサイト相は高温焼戻マルテンサイト相であることが好ましい。これにより、履帯リンク9に優れた靱性を付与することが容易となる。
【0056】
次に、本実施の形態の履帯部品である履帯リンク9の製造方法の一例について、
図5を参照して説明する。本実施の形態における履帯リンク9の製造方法では、まず工程(S10)として鋼材準備工程が実施される。この工程(S10)では、上記適切な成分組成を有する鋼からなる鋼材が準備される。
【0057】
次に、工程(S20)として熱間鍛造工程が実施される。この工程(S20)では、工程(S10)において準備された鋼材に対して熱間鍛造が実施される。これにより、履帯リンク9の概略形状を有する成形体が得られる。熱間鍛造は、たとえば工程(S10)において準備された鋼材が1200℃以上、たとえば1250℃に加熱されて実施される。熱間鍛造後の冷却過程において、鋼の結晶粒界にM23C6炭化物が形成される。
【0058】
次に、工程(S30)として調質工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)において得られた成形体に対して調質処理が実施される。具体的には、まず成形体が945℃以上1050℃以下の温度域に加熱された後、当該温度域から鋼のMS点以下の温度まで冷却される、このようにして、成形体の全体が焼入処理される。次に、焼入処理された成形体が570℃以上620℃以下の温度域に加熱された後、室温まで冷却される。このようにして、成形体の全体が高温焼戻処理される。これにより、成形体を構成する鋼の母相が、全域にわたって高温焼戻マルテンサイト相となる。ここで、焼入処理のための加熱温度を一般的な加熱温度よりも高い945℃以上1050℃以下の温度域とすることにより、工程(S20)において生成したM23C6炭化物が鋼の母相中に固溶し、消失する。
【0059】
次に、工程(S40)として高硬度部形成工程が実施される。この工程(S40)では、まず工程(S30)において調質処理された成形体のうち高硬度部7A,8Aを形成すべき領域が900℃以上の温度域に加熱された後、当該温度域から鋼のMS点以下の温度まで冷却される。このようにして、成形体中に高硬度部7A,8Aが形成される。成形体の部分的な加熱は、たとえば誘導加熱により実施することができる。鋼のMS点以下の温度までの冷却は、たとえば冷却媒体として水または水溶性油の水溶液を採用した冷却により実施することができる。冷却は、成形体の表面温度が100℃以下の温度になるまで継続されることが好ましい。冷却は、たとえば成形体の表面温度が50℃以上100℃以下の温度になるまで継続される。その後、高硬度部7A,8Aが150℃以上200℃以下の温度域に加熱された後、室温まで冷却される(低温焼戻)。これにより、高硬度部7A,8Aを構成する鋼の硬度が57HRC以上60HRC以下の範囲に調整される。
【0060】
次に、工程(S50)として仕上げ工程が必要に応じて実施される。この工程(S50)においては、工程(S10)~(S40)までが実施されて得られた成形体に対して、必要な仕上げ加工等が実施される。以上のプロセスにより、本実施の形態における履帯リンク9を製造することができる。
【0061】
本実施の形態の履帯リンクの製造方法によれば、上記適切な成分組成を有する鋼からなる鋼材を熱間鍛造して成形する際に鋼の結晶粒界に沿って生成するM23C6炭化物を、工程(S30)の焼入処理における加熱温度を945℃以上にまで高くすることにより消失させたうえで高硬度部7A,8Aを形成する。このようにして、耐久性に優れた履帯部品である履帯リンク9を製造することができる。
【実施例】
【0062】
上記適切な成分組成を有する鋼からなる鋼材を用いて本願の履帯部品の高硬度部および低硬度部に対応する試料を作製し、特性を評価する実験を行った。実験の手順は以下の通りである。
【0063】
まず、上記適切な成分組成を有する鋼からなる鋼材A~Cを準備した。具体的な成分組成を表1に示す。表1において、各数値の単位は質量%である。
【0064】
【表1】
(機械的性質に関する実験)
表1の鋼材のうち、鋼材Cを用いて、上記実施の形態の工程(S10)~(S40)と同様のプロセスにより高硬度部に対応する試料を作製した。得られた試料から引張試験片およびシャルピー衝撃試験片(2mmUノッチ)を作製し、引張試験および衝撃試験を実施した。また、同様にして得られた試料の残留オーステナイト量を測定した。また、同様にして得られた試料から観察用の試験片を作製し、ASTM結晶粒度を確認した(実施例)。比較のため、鋼材Bを用い、上記実施の形態の工程(S10)~(S40)において工程(S40)における焼入時の加熱温度を900℃未満としたプロセスで試料を作製し、同様に試験を実施した(比較例)。焼入時の加熱温度および冷却温度、ならびに試験結果を表2に示す。なお、比較例1については残留オーステナイト量の測定を行わなかった。
【0065】
【表2】
また、表1の鋼材のうち、鋼材Aを用いて、上記実施の形態の工程(S10)~(S30)と同様のプロセスにより低硬度部に対応する試料を作製した。得られた試料から引張試験片およびシャルピー衝撃試験片(2mmUノッチ)を作製し、引張試験および衝撃試験を実施した。また、同様にして得られた試料から観察用の試験片を作製し、ASTM結晶粒度を確認した(実施例)。比較のため、鋼材Aを用い、上記実施の形態の工程(S10)~(S30)において工程(S30)における焼入時の加熱温度を900℃未満としたプロセスで試料を作製し、同様に試験を実施した(比較例)。試験結果を表3に示す。
【0066】
【表3】
表2を参照して、高硬度部に対応する試料において、工程(S40)における焼入時の加熱温度を900℃未満とすると、0.2%耐力および絞りの値は好ましい値を確保できるものの、引張強さが不十分となる(比較例参照)。比較例の引張強さ2058MPaは、硬度56HRC未満に対応する。これに対し、工程(S40)における焼入時の加熱温度を900℃以上とした場合、2183MPaという十分な引張強さを得るとともに、優れた絞りの値および0.2%耐力を確保することが可能であった(実施例参照)。表3を参照して、低硬度部に対応する試料において実施例と比較例とを比較すると、0.2%耐力および絞りの値において実施例が比較例を大幅に上回っている。また、実施例と比較例とを比較して、結晶粒度は同等であるにもかかわらず、衝撃値において、実施例が比較例を大幅に上回っている。このことから、本願の履帯部品は、耐久性に優れていることが確認される。
【0067】
(鋼組織に関する実験)
表1の鋼材を用い、上記実施の形態と同様の手順で履帯リンクのサンプルを作製した。このサンプルの高硬度部および低硬度部から試験片を採取した。採取された試験片の表面を研磨した後、硝酸アルコール溶液にて表面を腐食し、光学顕微鏡にてミクロ組織を観察した。
図6は、高硬度部を構成する鋼のミクロ組織である。
図7は、低硬度部を構成する鋼のミクロ組織である。
【0068】
図6を参照して、高硬度部を構成する鋼のミクロ組織から、高硬度部の母相である第1母相は、低温焼戻マルテンサイト相を含んでいることが分かる。また、高硬度部から採取した試料について、X線を用いて残留オーステナイト量を測定したところ、1~2体積%の残留オーステナイトが存在することが分かった。このことから、高硬度部を構成する第1母相は、マルテンサイト相と、残留オーステナイト相とを含むことが確認される。
【0069】
図7を参照して、低硬度部を構成する鋼のミクロ組織から、低硬度部の母相である第2母相は、高温焼戻マルテンサイト相を含んでいることが分かる。
【0070】
図8は、高硬度部および低硬度部をSEMにより観察し、発見された生成物をEDX(エネルギー分散型X線分析)により分析した結果を示す写真である。
図8に示すように、高硬度部および低硬度部を構成する第1母相中および第2母相中には、1~20μm程度の大きさの非金属粒(MnS、TiCNおよびNbCNからなる群から選択される少なくとも1種を含む第1非金属粒および第2非金属粒)が分散していることが確認される。
【0071】
(結晶粒界に形成される炭化物に関する実験)
表1の鋼材を用い、上記実施の形態の工程(S20)まで(鍛造温度は1250℃)を実施した試験片(鍛造まま;試料A)、工程(S30)の焼入処理(焼入時の加熱温度は870℃)までを実施した試験片(焼入まま;試料B)、および工程(S30)の焼入処理(焼入時の加熱温度は965℃)までを実施した試験片(焼入まま;試料C)を作製した。試料A~Cについて、光学顕微鏡およびSEMにてミクロ組織を観察するとともに、粒界に沿って存在する生成物についてEDXにより元素マッピングを実施した。実験結果を
図9に示す。
【0072】
図9を参照して、鍛造ままの試料Aおよび焼入時の加熱温度を870℃とした焼入ままの試料Bにおいては、結晶粒界に沿ってMoの炭化物、またはMoおよびCrの炭化物が存在していることが分かる。また、この炭化物の周辺にベイナイト組織が形成されている。このベイナイト組織の形成は、上記炭化物の形成によって合金元素量が局所的に低下し、焼入性が低下したことに起因するものと考えられる。一方、本発明の履帯部品に対応する焼入時の加熱温度を965℃とした焼入ままの試料Cには、上記のような炭化物は発見されなかった。以上の実験結果から、熱間鍛造の際に形成された上記炭化物は、焼入時の加熱温度を870℃とした場合には残存するものの、焼入時の加熱温度を965℃とした場合には固溶して消失することが分かる。
【0073】
試料Aおよび試料B中に存在する炭化物について、STEMの明視野像にて炭化物を検出した後、当該炭化物のSAD(制限視野回折)パターンを確認することにより同定した例を
図10に示す。
図10に示すように、炭化物はM
23C
6炭化物であることが分かる。すなわち、本願の履帯部品の製造方法においては、熱間鍛造時に形成されたM
23C
6炭化物が、工程(S30)の焼入時の加熱により消失していることが確認された。
【0074】
(加熱温度と絞りとの関係に関する実験)
表1の鋼材を用い、種々の温度から急冷して焼入硬化した後、低温焼戻を実施した試験片を作製し、引張試験を実施した。このとき、焼入時の加熱温度を変化させ、引張試験の絞りに及ぼす加熱温度の影響を調査した。実験結果を
図11に示す。
【0075】
図11を参照して、加熱温度を945℃以上とすることにより、絞りの値が明確に上昇していることが分かる。この945℃以上の温度域は、結晶粒界に形成される炭化物に関する実験においてM
23C
6炭化物が見られなくなる温度域に一致する。このことから、鋼の結晶粒界に生成するM
23C
6炭化物を945℃以上の温度域への加熱によって消失させ、絞りの値を向上させることが可能であることが分かる。
【0076】
なお、上記実施の形態においては、本願の履帯部品の一例として履帯リンクについて説明したが、本願の履帯部品は、部品の一部に57HRC以上60HRC以下の硬度を有する高硬度部を含む種々の履帯部品、たとえば履帯ブシュ、履帯ピン、スプロケットティース、下転輪、上転輪などに適用することができる。
【0077】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、請求の範囲によって規定され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0078】
1 履帯式走行装置、2 履帯、3 トラックフレーム、4 アイドラ、5 スプロケット、6 履板、7 外リンク、7A 高硬度部、7B 低硬度部、8 内リンク、8A 高硬度部、8B 低硬度部、9 履帯リンク、10 下転輪、11 上転輪、51 スプロケットティース、75 連結ピン孔、76 ボス部、77 踏面、79 履板固定面、85 ブシュ孔、87 踏面、91 連結ピン、91A 潤滑剤保持孔、91B 潤滑剤供給路、89 履板固定面、91C プラグ、92 ブシュ、92A 回転ブシュ、92B 固定ブシュ、93 ボルト、94 ナット、95 シールリング。