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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-25
(45)【発行日】2023-05-08
(54)【発明の名称】短距離輸送後の牛の枝肉成績向上方法
(51)【国際特許分類】
   A23K 20/174 20160101AFI20230426BHJP
   A23K 50/10 20160101ALI20230426BHJP
【FI】
A23K20/174
A23K50/10
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021095795
(22)【出願日】2021-06-08
(65)【公開番号】P2022187676
(43)【公開日】2022-12-20
【審査請求日】2021-06-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000201641
【氏名又は名称】全国農業協同組合連合会
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武本 智嗣
(72)【発明者】
【氏名】平野 和夫
【審査官】櫻井 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-145962(JP,A)
【文献】特開平05-091842(JP,A)
【文献】特開平02-295428(JP,A)
【文献】特開昭58-224646(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110507738(CN,A)
【文献】武本智嗣,肉用去勢育成牛における長距離輸送による代謝障害と第一胃内保護ナイアシンもしくはコリンの補給による低減,栄養生理研究会報,日本,家畜栄養生理研究会,2019年03月,63巻1号,33-42頁
【文献】Satoshi Takemoto, Masayuki Funada, Tohru Matsui,Effect of niacin supplementation in long-distance transported steer calves,Animal Science Journal,Volume 89, Issue 10,Japanese Society of Animal Science,2018年07月23日,1442-1450頁
【文献】植竹勝治 他,輸送牛の家畜福祉,畜産の研究,62巻1号,2008年01月,70-86頁, https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030752040.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 10/00 - 50/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
短距離輸送された7か月齢~10か月齢の黒毛和種の牛に、バイパス加工したナイアシンを少なくとも輸送前1日から輸送後25日まで給与することを含む、該牛を肥育して得られる枝肉のばらの厚さ又は脂肪交雑を、短距離輸送後にバイパス加工したナイアシンを給与していない牛から得られる枝肉よりも向上させる方法であって、前記短距離輸送が、絶食かつ絶水条件下で行われる2時間以上8時間以内の輸送であり、バイパス加工したナイアシンの給与量が、ナイアシン換算で1日当り5g~60gである、方法。
【請求項2】
バイパス加工したナイアシンの給与量が、ナイアシン換算で1日当り10g~35gである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
バイパス加工したナイアシンを、少なくとも輸送前1日から輸送後28日まで給与する、請求項1又は2記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、短距離輸送後の牛から得られる枝肉の成績を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、素牛の商業的な輸送が常態化し、輸送に伴うストレスの増大が素牛の体重を減耗させることが経験的に知られている。輸送条件も多様であり、本州-九州もしくは北海道間を輸送する長距離型、各地域の農家、公共牧場および家畜市場の間を輸送する短距離型等がある。輸送は絶食および絶水で行われることが多い。絶食および絶水を伴う輸送により体重の低下や生理学的変化が生じるが、部分的に輸送距離により生じる変化が異なる。例えば、(1)輸送は甲状腺と副腎機能の活性化を引き起こし、この活性化は短距離輸送よりも長距離輸送のほうが大きい、(2)短距離輸送のほうが長距離輸送よりもストレスと関連しているホルモンであるコルチゾールの血液中濃度が増加する、などがある。
【0003】
一方、反すう動物のルーメン(第一胃)で吸収されないように、ルーメンをバイパスする加工(バイパス加工)を施した飼料添加物が種々利用されており、ナイアシンをバイパス加工したもの(以下、バイパスナイアシンということがある)も牛の飼料添加物として公知である。牛の輸送ストレスに対するバイパスナイアシンの効果として、長距離輸送による体重増加抑制及び血清中肝臓機能指標の異常がバイパスナイアシン補給により軽減することが知られている(非特許文献1~3)。しかしながら、バイパスナイアシン補給が輸送後の枝肉成績に及ぼす影響は全く知られていない。短距離輸送ストレスに対するバイパスナイアシンの効果も全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2020-145962号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】日本畜産学会第122回大会講演要旨集、第120頁、講演番号I29-21、2017年3月28日発行
【文献】武本 智嗣、栄養生理研究会報、2019年、63巻1号、p.33-42
【文献】Takemoto S, Funaba M, Matsui T. Anim Sci J. 2018 Oct;89(10):1442-1450
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
短距離輸送後の牛は、短距離輸送していない牛と比較して枝肉成績が劣るという問題が見出された。本願発明の目的は、短距離輸送後の牛の枝肉成績を向上させる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、短距離輸送後の牛にバイパス加工したナイアシンを給与することにより、該牛から得られる枝肉の成績を向上させることができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、短距離輸送された牛にバイパス加工したナイアシンを給与することにより、該牛から得られる枝肉の成績を向上させる方法であり、以下の態様を包含する。
(1) 短距離輸送された7か月齢~10か月齢の黒毛和種の牛に、バイパス加工したナイアシンを少なくとも輸送前1日から輸送後25日まで給与することを含む、該牛を肥育して得られる枝肉のばらの厚さ又は脂肪交雑を、短距離輸送後にバイパス加工したナイアシンを給与していない牛から得られる枝肉よりも向上させる方法であって、前記短距離輸送が、絶食かつ絶水条件下で行われる2時間以上8時間以内の輸送であり、バイパス加工したナイアシンの給与量が、ナイアシン換算で1日当り5g~60gである、方法。
(2) バイパス加工したナイアシンの給与量が、ナイアシン換算で1日当り10g~35gである、(1)記載の方法。
(3) バイパス加工したナイアシンを、少なくとも輸送前1日から輸送後28日まで給与する、(1)又は(2)記載の方法。

【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、短距離輸送後の牛を肥育して得られる枝肉の成績を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、「短距離輸送」とは、輸送時間が8時間以内の輸送(陸路を車両で輸送する場合、概ね300km程度以内)を意味する。本発明は、短距離輸送が、絶食、絶水条件下で行われる場合に特に威力を発揮するが、必ずしも絶食、絶水条件下で行われなくてもよい。なお、短距離輸送は、通常、2時間以上である。8時間を超える輸送(例えば、九州又は北海道と関東圏との間の輸送)は「長距離輸送」という。
【0011】
本発明の方法が適用される牛は食肉用の牛(肉牛)であり、黒毛和種のような食肉用の品種の牛の他、ホルスタイン種やジャージー主のような乳牛品種の牛で食肉用とされるものも包含される。後者の典型例として乳牛品種の雄牛が挙げられるが、本発明の方法が適用される牛の性別は制限されず、雄でも雌でもよく、月齢も特に限定されない。本発明の実施の一態様として、例えば、繁殖農場から肥育農場への育成牛の短距離輸送に対して本発明の方法を適用する場合には、対象とする牛の月齢は一般に7か月齢~10か月齢程度である。
【0012】
本発明では、バイパス加工したナイアシン(バイパスナイアシン)が給与される。ルーメンをバイパスするバイパス加工自体は、この分野において周知である。例えば、バイパス加工は、硬化油などのバイパス加工に使用される原料を加工する原料に対してスプレーコーティングやパンコーティングをすることにより行うことができる。バイパスナイアシンは市販されているので、市販品を用いて本発明を実施することができる。
【0013】
本発明の方法におけるバイパスナイアシンの給与量は特に限定されないが、通常、ナイアシン換算で1日当たり5g~60g程度であり、例えば、10g~50g、10g~40g、10g~35g、10g~30g、又は10g~25gであってよい。
【0014】
バイパスナイアシンを給与する期間は特に限定されないが、少なくとも短距離輸送の前1日~輸送後25日の期間、例えば、少なくとも短距離輸送の前1日~輸送後30日の期間、給与することが好ましい。給与開始時期は、例えば輸送前2日、輸送前3日、輸送前5日、又は輸送前7日であってもよい。輸送後の給与は、例えば輸送後28日まで、輸送後30日まで、又はそれ以上の期間行ってもよい。バイパスナイアシンは、給与量を抑えても少なくとも25~30日間程度の長期間にわたって給与を継続することにより、短距離輸送が枝肉成績に及ぼす悪影響を低減し、短距離輸送後の牛から得られる枝肉の成績を向上する効果が得られる。
【0015】
本発明の方法における枝肉成績とは、例えば、ばらの厚さ、又は脂肪交雑である。下記実施例に記載されるとおり、短距離輸送後の牛にバイパスナイアシンを給与することにより、該牛から得られる枝肉のばらの厚さ及び脂肪交雑がいずれも有意に向上する。
【0016】
バイパスナイアシンは、飼料又は飲料水に添加して給与することができる。
【実施例
【0017】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0018】
実施例1 短距離輸送した育成牛におけるバイパスナイアシン補給が枝肉成績に及ぼす影響
平均月齢約7.8ヶ月の黒毛和種去勢育成牛10頭(各区5頭)を試験に供した。各区とも、絶食、絶水条件下で、約5時間(約275km)の短距離輸送(陸路を車両で)を行った。輸送前日の17:00に給餌し、輸送当日の15:00まで絶食であった。対照区は、短距離輸送の前後とも、それぞれの農場の給与体系通りに飼育した。ナイアシン区は、対照区の飼養管理に加えて短距離輸送の前1日~短距離輸送後30日まで、バイパスナイアシンを原物50g/頭/日(ナイアシン換算で20g/頭/日)で給与した。輸送前はバイパスナイアシンを水と共に経口摂取させ、輸送後の30日間は配合飼料にトップドレスで給与した。
【0019】
短距離輸送から約23か月後に屠殺し、社団法人日本食肉格付協会の評価基準に従い枝肉成績を評価した。統計解析にはJMP Ver. 15.0.0を使用し、モデルあてはめによりStudent t-testを行なった。
【0020】
評価結果を表1に示す。バイパスナイアシンを給与することにより、枝肉重量は同等であったが、ばらの厚さ、BMS(高い方が脂肪交雑が多い)、BCS(低い方が肉色が明るい)は統計学的に有意な(p<0.05)変化が認められた。一般的にBMSが高い、つまり脂肪交雑が向上すると肉表面の脂肪粒子の増加により明るくなるので、肉色は淡くなることが報告されている(三津本ら, 中国農業試験場報告 B, 29:35-41 (1986))。したがって、本試験で認められた、ナイアシン区におけるBCSの低下は、筋肉内脂肪量が増加したことに起因していると考えられた。
【0021】
【表1】
【0022】
参考例1 長距離輸送した育成牛におけるバイパスナイアシン補給が枝肉成績に及ぼす影響
平均月齢約8.8ヶ月の黒毛和種去勢育成牛10頭(各区5頭)を試験に供した。各区とも、絶食、絶水条件下で、1.5~2日(約1,400km)の長距離輸送(陸路を車両で)を行った。輸送前日の17:00に給餌し、絶食絶水条件で長距離輸送した。対照区は、長距離輸送の前後とも、それぞれの農場の給与体系で飼育した。ナイアシン区は、対照区の飼養管理に加えて長距離輸送の前1日~短距離輸送後7日まで、バイパスナイアシンを原物100g/頭/日(ナイアシン換算で39g/頭/日)で給与した。輸送前はバイパスナイアシンを水と共に経口摂取させ、輸送後の7日間は配合飼料にトップドレスで給与した。長距離輸送から約22か月後に屠殺し、実施例1と同様に枝肉成績を評価した。
【0023】
結果を表2に示す。枝肉重量はバイパスナイアシン給与により有意に増大したが、ばらの厚さ、BMS、BCS等の枝肉形質には有意な差が認められなかった。
【0024】
【表2】