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特許7269021風味を損なわない乳酸菌培養物及びその製造法
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  • 特許-風味を損なわない乳酸菌培養物及びその製造法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-25
(45)【発行日】2023-05-08
(54)【発明の名称】風味を損なわない乳酸菌培養物及びその製造法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20230426BHJP
   A23L 33/135 20160101ALI20230426BHJP
   A23L 33/175 20160101ALI20230426BHJP
   A23L 5/00 20160101ALN20230426BHJP
   C12R 1/46 20060101ALN20230426BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12N1/20 Z
A23L33/135
A23L33/175
A23L5/00 J
C12R1:46
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019015693
(22)【出願日】2019-01-31
(65)【公開番号】P2020120631
(43)【公開日】2020-08-13
【審査請求日】2021-07-15
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-1366
(73)【特許権者】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】100101432
【弁理士】
【氏名又は名称】花村 太
(72)【発明者】
【氏名】山本 悠
(72)【発明者】
【氏名】楠原 史朗
(72)【発明者】
【氏名】三井田 聡司
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅彦
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】英国特許出願公告第01431809(GB,A)
【文献】特表2009-512435(JP,A)
【文献】特開2013-188177(JP,A)
【文献】International Journal of Oral Biology,2014年,39(1),35-40
【文献】Asian-Australian Journal of Animal Sciences,2004年,17(11),1582-1585
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/20
A23L 33/135
A23L 33/175
A23L 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シスチンを含有する乳培地におけるストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌との混合培養物であり、
前記ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌が、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)であり、
前記ラクトバチルス属細菌が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)YIT9029(FERM BP-1366)であることを特徴とする乳酸菌培養物。
【請求項2】
シスチンを含有する乳培地で、ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌とを混合培養する乳酸菌培養物の製造法であり、
前記ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌が、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)であり、
前記ラクトバチルス属細菌が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)YIT9029(FERM BP-1366)であることを特徴とする乳酸菌培養物の製造法。
【請求項3】
乳培地中のシスチン添加量が0.001~0.006%(w/w)であることを特徴とする請求項2に記載の乳酸菌培養物の製造法。
【請求項4】
前記シスチンを含有する乳培地が、20%以上の割合で無脂乳固形分(SNF)を含有しているものであることを特徴とする請求項2又は3に記載の乳酸菌培養物の製造法。
【請求項5】
ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)YIT9029(FERM BP-1366)を有効成分とする硫化水素低減剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化水素臭がなく風味を損なわない乳酸菌培養物及びその製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肝機能向上作用、免疫賦活作用等の他、抗酸化作用を有することが知られているグルタチオンは、グルタミン酸、システイン、グリシンからなるトリペプチドであり、酸化型および還元型が存在する。酸化型は、2分子の還元型グルタチオンがジスルフィド結合によってつながった分子であり、還元型グルタチオン(GSH)はチオール基を有しており、フリーラジカルや過酸化物などの活性酸素種を還元して消去することができる。
【0003】
この還元型グルタチオンについては、所定量のシスチンを添加した乳培地で、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)を培養することによって、還元型グルタチオンを高濃度で含有する培養物を得る製造方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-188177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この提案では、培地中の無脂乳固形分(SNF;Solids Not Fat)は10~20%であり、培養温度30~34℃、培養時間12~24時間の条件が記載され、シスチン0.002~0.004%を添加した培地では、還元型グルタチオン(GSH)生産量が大きくなり、還元型グルタチオン(GSH)量は、21日間保存しても5~32%程度しか減少しない(特許文献1、表1参照)ことが開示されている。
【0006】
しかしながら、シスチン添加量 0.004%では、硫化水素様の臭気がイニシャルで強く認められており、風味上の問題となるため、シスチン添加量の上限が抑えられていた。
【0007】
本発明者らは、乳培地中のシスチンの添加量を多くしても、硫化水素臭がない乳酸菌培養物及びその製造法を得ることを目的として鋭意研究の結果、本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る乳酸菌培養物は、シスチンを含有する乳培地におけるストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌との混合培養物であり、
前記ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌が、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)であり、
前記ラクトバチルス属細菌が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)YIT9029(FERM BP-1366)であることを特徴とするものである。
【0009】
本発明に係る乳酸菌培養物の製造法は、シスチンを含有する乳培地で、ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌とを混合培養する乳酸菌培養物の製造法であり、
前記ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌が、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)であり、
前記ラクトバチルス属細菌が、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)YIT9029(FERM BP-1366)であることを特徴とするものである。
【0010】
本発明に係る乳酸菌培養物の製造法は、乳培地中のシスチン添加量が0.001~0.006%(w/w)であることを特徴とするものである。
【0011】
本発明に係る乳酸菌培養物の製造法は、前記シスチンを含有する乳培地が、20%以上の割合で無脂乳固形分(SNF)を含有しているものであることを特徴とするものである。
【0012】
本発明は、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)YIT9029(FERM BP-1366)を有効成分とする硫化水素低減剤に関するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、シスチン添加を行った乳培地で、ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌とを混合培養を行うと、ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌の単独培養を行った場合と比べ気相中の硫化水素濃度が低いだけでなく、硫化水素様の臭気が減弱するという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ストレプトコッカス属細菌(ST-1)単菌培養と、ラクトバチルス属細菌(LcS)との混合培養による硫化水素(HS)発生量の違いを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明においては、乳培地におけるストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌との混合培養物であり、更には、シスチンを含有する乳培地で、ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌とを混合培養することにより、ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌の単独培養を行った場合と比べ気相中の硫化水素濃度が低いだけでなく、硫化水素様の臭気が減弱する。
【0016】
本発明のストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌としては、還元型グルタチオン産生能を有するストレプトコッカス属細菌であれば特に限定されるものではないが、例えば、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus themophlus)、ストレプトコッカス・アガラクティア(Streptococcus agalactiae)等のストレプトコッカス属細菌が挙げられ、これらは、1種単独で用いることもできるし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0017】
これらの中でも、特にストレプトコッカス・サーモフィルスが好ましい。ストレプトコッカス・サーモフィルスとしては、ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT 2001、ストレプトコッカス・サーモフィルスATCC 19258等を用いることができるが、これらの中でも培養物中の還元型グルタチオン含量が高くなるため、ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT 2001(FERM BP-7538、寄託日:平成13年(2001年)1月31日)が好適に用いられる。
【0018】
本発明のストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌と混合培養するラクトバチルス属細菌としては、好ましくは、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)から選ばれる。特に、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)YIT9029(FERM BP-1366、寄託日:昭和62年(1987年)5月18日)をストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌と共に混合培養することにより、良好なヨーグルト飲料を得ることができて好ましい。
【0019】
還元型グルタチオン産生乳酸菌を培養する際には、培養した発酵物の食品への適応性が高いという点で乳培地が好適に用いられる。この乳培地としては、牛乳、山羊乳、羊乳、豆乳などの動物及び植物由来の液状乳、または脱脂粉乳、全粉乳などの粉乳、濃縮乳から還元した乳などをそのまま或いは水で希釈したものを用いることができる。
【0020】
本発明の乳培地には、還元型グルタチオンを産生させるために、シスチンを添加する。本発明で用いられるシスチンには、L-シスチン、D-シスチン及びこれらの混合物が含まれるが、L-シスチンが好ましく用いられる。乳培地中のシスチンの添加量は、通常0.001~0.01%(w/w)、好ましくは0.001~0.006%(w/w)である。
【0021】
また、乳培地の無脂乳固形分(SNF)は、還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌との混合培養においては、高濃度で無脂乳固形分(SNF)を含む乳培地であれば、菌体内で蓄積された還元型グルタチオン(GSH)が菌体外に放出されて酸化型グルタチオン(GSSG)に変化し、その際に、発生する硫化水素濃度が低いだけでなく、硫化水素様の臭気が減弱することが確認された。
【0022】
そのため、20%以上の乳培地の無脂乳固形分(SNF)と、0.001~0.01%(w/w)のシスチンとの含有乳培地におけるストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌との混合培養物においては、発生する硫化水素濃度が低いだけでなく、硫化水素様の臭気が減弱することが確認された。
【実施例
【0023】
実施例1
先ず、シスチンを添加した培地でストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌を培養して得られた発酵物を評価した。具体的には、本実施例1では、供試菌株として、ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2001(以下、「ST-1」とも記す)を用いた。ST-1の凍結保存菌液を10%(w/w)脱脂粉乳水溶液(ST-1は0.01%(v/v))に接種し、37℃で22時間前培養した。
【0024】
この前培養液20mLを、L-シスチン濃度を変えて添加した乳培地(無脂乳固形分(SNF)16%(w/w)、L-シスチン0~0.004%)10Lに接種し、34.5±0.5℃でpHが4.2以下に到達するまで撹拌培養を行って各々の乳酸菌発酵物を得た。乳酸菌発酵物中の生菌数及び培養直後の風味評価を行った。結果を次の表1に示す。表1に示す通り、L-シスチン添加量が0.003%及び0.004%で硫化水素臭があった。
【0025】
【表1】
【0026】
実施例2
次に、シスチンを添加した培地でストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌を培養して得られた発酵物の菌液の評価を行った。実施例1と同様に前培養を行い、この前培養液20mLを、L-シスチン濃度を変えて添加した乳培地(無脂乳固形分(SNF)16%(w/w)、L-シスチン0~0.004%)10Lに接種し、34.5±0.5℃でpHが4.2以下に到達するまで(培養時間:24時間)撹拌培養を行って各々の乳酸菌発酵物を得た。乳酸菌発酵物の菌液の評価を行った。結果を次の表2に示す。なお、硫化水素臭については培養8時間目と24時間目に評価した。
【0027】
【表2】
【0028】
表2に示す通り、シスチン添加量が0.002%~0.004%で培養24時間目に硫化水素が検出され、シスチン添加量に応じて硫化水素の検出量も多くなることが判った。また、硫化水素臭については、検出限界(0.05ppm)以下であったシスチン添加量が0.001%でも確認され、シスチン添加量が0.003%~0.004%では、培養24時間目でも硫化水素臭が残っていることも確認された。
【0029】
実施例3
シスチンを添加した培地でストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌と、ラクトバチルス属細菌とを混合培養して得られた発酵物の評価を行った。実施例1と同様にストレプトコッカス属細菌を前培養し、ラクトバチルス・カゼイYIT9029(以下、「LcS」とも記す)の凍結保存菌液を10%(w/w)脱脂粉乳水溶液(0.5%(v/v))に接種し、37℃で22時間前培養した。
【0030】
これら前培養液25mLを、L-シスチン濃度を変えて添加した乳培地(無脂乳固形分(SNF)22.7%(w/w)、L-シスチン0~0.006%)10Lに接種し、34.5±0.5℃でpHが4.4未満に到達するまで撹拌培養をコントロールは26時間、L-シスチン添加物は27時間行って各々の乳酸菌発酵物を得た。乳酸菌発酵物の評価を行った。結果を表3に示す。表3に示す通り、L-シスチンを添加していないコントロールは勿論ではあるが、L-シスチン濃度が0.004%及び0.006%を添加した培養物においても、硫化水素臭がなく風味を損なうものでは無いことが確認された。
【0031】
【表3】
【0032】
実施例4
UHT(Ultra high temperature)殺菌乳を用いて硫化水素様の臭気を調べた。具体的には、実施例1及び実施例3と同様に前培養物を調製した。各々の前培養物をシスチンを0.004%(w/w)もしくは0.006%(w/w)となるように添加したUHT殺菌乳(SNF22.7%)に添加し、実施例3と同様に、ST-1単菌培養もしくはST-1・LcS混合培養を24時間行い、気相中の硫化水素様の臭気を調べた。結果を次の表4に示す。
【0033】
【表4】
【0034】
尚、評価は4人で行い、風味の評価基準は次の通りである。
×:硫化水素様の臭気が認められる。
△:硫化水素様の臭気がやや認められる。
○:硫化水素様の臭気が認められない。
【0035】
その結果、ST-1単菌培養を行ったロットではシスチン0.004%以上で強い臭気が認められたが、ST-1・LcS混合培養を行ったロットではシスチン0.006%にて臭気がやや認められる程度であった。
【0036】
実施例5
実施例4と同様の試験を、低温殺菌脱脂粉乳でも検証した。具体的には、実施例3と同様に、シスチン濃度0.002~0.006%(w/w)の範囲で調製した低温殺菌脱脂粉乳(SNF22.7%)にて、ST-1単菌培養もしくはST-1・LcS混合培養を24時間行い、気相中の硫化水素様の臭気を調べた。その結果を表5に示す。実施例4と同様に、混合培養ロットでは気相中の硫化水素様の臭気が単菌培養ロットに比べて減弱していることが示された。
【0037】
【表5】
【0038】
実施例6
LcSとの混合培養による気相中の硫化水素濃度に対する効果について検証した。具体的には、シスチンを濃度0.002~0.006%(w/w)の範囲で調製した仕込み乳(SNF22.7%)を用いて、ST-1単菌培養もしくはST-1・LcS混合培養を24時間行った後、ガス検知管(ガステックGV-100S、硫化水素測定用検出管4LTおよび4LB)を用いて気相中の硫化水素濃度を調べた。
【0039】
結果を次の表6及び図1に示す。尚、図1はストレプトコッカス属細菌(ST-1)単菌培養と、ラクトバチルス属細菌(LcS)との混合培養によるHS発生量の違いを示す説明図である。
【0040】
表6及び図1に示す通り、いずれのシスチン濃度においても、混合培養を行ったロットでは単菌培養のものと比べて硫化水素濃度が低かった。よって、シスチン添加乳培地において確認されたLcSによる臭気の抑制は、ST-1の増殖に伴う硫化水素の発生を抑えることによるものと考えられた。
【0041】
以上の通り、ST-1単独の培養では、シスチン添加量に応じて硫化水素の検出量も多くなることが示されたが、ストレプトコッカス属還元型グルタチオン産生細菌とラクトバチルス属細菌とを混合培養することにより、硫化水素臭がなく風味を損なうものでは無いことが確認された。
【0042】

【表6】
図1