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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-26
(45)【発行日】2023-05-09
(54)【発明の名称】二相ステンレス鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230427BHJP
   C21D 1/70 20060101ALI20230427BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20230427BHJP
   C21D 7/06 20060101ALI20230427BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230427BHJP
   C21D 1/76 20060101ALI20230427BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C21D1/70 P
C21D6/00 102L
C21D7/06 B
C22C38/58
C21D1/76 F
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019050352
(22)【出願日】2019-03-18
(65)【公開番号】P2020152941
(43)【公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】花井 実菜美
(72)【発明者】
【氏名】木村 謙
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 夏子
(72)【発明者】
【氏名】日高 康善
(72)【発明者】
【氏名】長▲崎▼ 健一
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-088945(JP,A)
【文献】特開2012-153953(JP,A)
【文献】特開2011-168838(JP,A)
【文献】特開2012-224904(JP,A)
【文献】特開平10-088288(JP,A)
【文献】特開2009-068079(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C21D 1/70
C21D 6/00
C21D 7/06
C22C 38/58
C21D 1/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さ方向中心位置におけるフェライト相の面積率が35~65%である金属組織を有する二相ステンレス鋼であって、
表面から深さ方向に少なくとも20μmまでの領域において、フェライト相の面積率が80%以上であるフェライト濃化層を有し、
前記厚さ方向中心位置における平均結晶粒径dcと、前記表面から深さ方向に20μmまでの領域における平均結晶粒径dsとが、下記(i)式を満足し、
前記厚さ方向中心位置における化学組成が、質量%で、
C:0.001~0.060%、
Si:0.01~1.50%、
Mn:1.0~4.0%、
P:0.050%以下、
S:0.0050%以下、
Cr:19.0~24.0%、
Ni:1.0~5.0%、
N:0.050~0.25%、
Al:0.003~0.050%、
Ti:0~0.050%、
Nb:0~0.15%、
Mo:0~2.0%、
Cu:0~3.0%、
W:0~2.0%、
Mg:0~0.0050%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.30%、
B:0~0.0040%、
残部:Feおよび不純物である、
二相ステンレス鋼。
ds/dc≦0.50 ・・・(i)
【請求項2】
前記厚さ方向中心位置におけるMn含有量より、前記表面から深さ10μmにおけるMn含有量の方が低い、
請求項1に記載の二相ステンレス鋼。
【請求項3】
前記厚さ方向中心位置における化学組成が、質量%で、
Ti:0.01~0.050%、
Nb:0.02~0.15%、
Mo:0.05~4.0%、
Cu:0.05~4.0%、
W:0.05~4.0%、
Mg:0.0002~0.0050%、
Ca:0.0002~0.0050%、
REM:0.005~0.30%、および、
B:0.0003~0.0040%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1または請求項2に記載の二相ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1から請求項までのいずれかに記載の二相ステンレス鋼を製造する方法であって、
厚さ方向中心位置におけるフェライト相の面積率が35~65%である金属組織を有し、前記厚さ方向中心位置における化学組成が、質量%で、
C:0.001~0.060%、
Si:0.01~1.50%、
Mn:1.0~4.0%、
P:0.050%以下、
S:0.0050%以下、
Cr:19.0~24.0%、
Ni:1.0~5.0%、
N:0.050~0.25%、
Al:0.003~0.050%、
Ti:0~0.050%、
Nb:0~0.15%、
Mo:0~2.0%、
Cu:0~3.0%、
W:0~2.0%、
Mg:0~0.0050%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.30%、
B:0~0.0040%、
残部:Feおよび不純物である、
二相ステンレス鋼に対して、
(a)SiOを含む薬剤を母材表面に塗布する工程と、
(b)O濃度を2~10体積%である雰囲気中において、1200~1300℃で5h以上加熱する工程と、
(c)ショットブラストを施す工程と、
(d)1~10%の佛酸と2~20%の硝酸とを含む水溶液をノズルから吹き付けることにより酸洗する工程を順に施す、
二相ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二相ステンレス鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二相ステンレス鋼は、耐食性に優れるとともに、特に高い強度を有することから、建材または構造材料として使用されている。熱間圧延ステンレス鋼板および鋼帯の中で二相ステンレス鋼の鋼種としては、JIS G 4304に記載のSUS329J1またはSUS329J4L等が挙げられる。
【0003】
これら従来の二相ステンレス鋼は、添加元素量が多く比較的高価であるため、近年、添加元素量を抑えた安価な二相ステンレス鋼が開発されている。特許文献1および2には、希少金属に分類され高価なNi含有量が低く、MnおよびN等のオーステナイト生成元素を活用した安価な二相ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開昭61-56267号公報
【文献】特開2010-229459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述の二相ステンレス鋼は、構造材または建材として適用する検討が数多くなされている。これらは、主に厚板を対象とする。今後、二相ステンレス鋼の適用拡大には、新たな用途を有する薄板への適用、および薄板で必要となるユーザーが要望する特性の向上が必要となる。それらの要望の一つに、耐疲労特性のさらなる向上が挙げられる。構造材および建材の一部においても、同様の要望はある。
【0006】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、高い強度を有するとともに、優れた耐疲労特性を有する二相ステンレス鋼およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記した課題を解決するために検討を重ねた結果、以下の知見を得るに至った。
【0008】
(a)数種の二相ステンレス鋼を溶製し、酸素を含有する雰囲気下において、多種の条件で処理した結果、SiOを含む薬剤を母材表面に塗布した場合において、母材表層部でMnの含有量が減少することを見出した。
【0009】
(b)オーステナイト安定化合金元素であるMnを一定量以上含有している二相ステンレス鋼において、表層部のMn含有量が減少すると、二相ステンレス鋼の表層部には、フェライト相の分率が高くかつ微細なフェライト濃化層(以下、「α濃化層」ともいう。)が形成される。
【0010】
(c)この要因は現在調査中であるが、一因としてSiOによる母材表面の酸素ポテンシャルの低下が考えられる。エリンガム図によれば、MnはSiと同様、FeおよびCrよりも低い酸素ポテンシャルで酸化する。SiOの塗布により、母材表層部における酸素ポテンシャルが、Mnが酸化されるレベルまで低下し、Mnのみが選択的に欠乏したと推察される。さらに、高温でのオーステナイト相の結晶粒から複数のフェライト相の結晶粒に変態することで、微細化するものと考えられる。
【0011】
(d)これらの特徴を有することにより、表面に上記のα濃化層が形成された二相ステンレス鋼は、結晶粒微細化を一因として高い強度を有するとともに、耐疲労特性に優れる。従来の二相ステンレス鋼では、母材表層部が二相組織であるため、軟質相の降伏およびそれに伴う両相界面での変形の集積により、初期亀裂が早期に発生していたと考えられる。それに対して、母材表層部における組織を単相かつ微細化することにより、耐疲労特性が向上したと考えられる。
【0012】
(e)上記のα濃化層は、SiOを含む薬剤を母材表面に塗布した状態で、O濃度が2~10%である雰囲気中において、1200~1300℃で5h以上加熱保持することにより形成することができる。
【0013】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、下記の二相ステンレス鋼およびその製造方法を要旨とする。
【0014】
(1)厚さ方向中心位置におけるフェライト相の面積率が35~65%である金属組織を有する二相ステンレス鋼であって、
表面から深さ方向に少なくとも20μmまでの領域において、フェライト相の面積率が80%以上であるフェライト濃化層を有し、
前記厚さ方向中心位置における平均結晶粒径dcと、前記表面から深さ方向に20μmまでの領域における平均結晶粒径dsとが、下記(i)式を満足し、
前記厚さ方向中心位置におけるMn含有量が、質量%で、1.0%以上である、
二相ステンレス鋼。
ds/dc≦0.50 ・・・(i)
【0015】
(2)前記厚さ方向中心位置におけるMn含有量より、前記表面から深さ10μmにおけるMn含有量の方が低い、
上記(1)に記載の二相ステンレス鋼。
【0016】
(3)前記厚さ方向中心位置における化学組成が、質量%で、
C:0.001~0.060%、
Si:0.01~1.50%、
Mn:1.0~4.0%、
P:0.050%以下、
S:0.0050%以下、
Cr:19.0~24.0%、
Ni:1.0~5.0%、
N:0.050~0.25%、
Al:0.003~0.050%、
Ti:0~0.050%、
Nb:0~0.15%、
Mo:0~2.0%、
Cu:0~3.0%、
W:0~2.0%、
Mg:0~0.0050%、
Ca:0~0.0050%、
REM:0~0.30%、
B:0~0.0040%、
残部:Feおよび不純物である、
上記(1)または(2)に記載の二相ステンレス鋼。
【0017】
(4)前記厚さ方向中心位置における化学組成が、質量%で、
Ti:0.01~0.050%、
Nb:0.02~0.15%、
Mo:0.05~4.0%、
Cu:0.05~4.0%、
W:0.05~4.0%、
Mg:0.0002~0.0050%、
Ca:0.0002~0.0050%、
REM:0.005~0.30%、および、
B:0.0003~0.0040%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(3)に記載の二相ステンレス鋼。
【0018】
(5)上記(1)から(4)までのいずれかに記載の二相ステンレス鋼を製造する方法であって、
厚さ方向中心位置におけるフェライト相の面積率が35~65%である金属組織を有し、前記厚さ方向中心位置におけるMn含有量が、質量%で、1.0%以上である二相ステンレス鋼に対して、
(a)SiOを含む薬剤を母材表面に塗布する工程と、
(b)O濃度を2~10体積%である雰囲気中において、1200~1300℃で5h以上加熱する工程と、
(c)ショットブラストを施す工程と、
(d)1~10%の佛酸と2~20%の硝酸とを含む水溶液をノズルから吹き付けることにより酸洗する工程を順に施す、
二相ステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高い強度を有するとともに、優れた耐疲労特性を有する二相ステンレス鋼を工業的に安定して得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0021】
1.二相ステンレス鋼
本発明に係る二相ステンレス鋼は、厚さ方向中心位置におけるフェライト相の面積率が、常温で35~65%である金属組織を有する。なお、残部はオーステナイト相および析出物である。フェライト相の面積率が65%超であると、オーステナイト相の面積率が35%未満となり、十分な強度が得られない。一方、フェライト相の面積率を35%未満とするためには、オーステナイト相の面積率を65%超とすることとなり、以下のような種々の問題が生じ得る。
【0022】
まず、一般的に希少金属にも分類され高価なオーステナイト安定化元素であるNiの含有量を増加する必要があり、高価となる。また、省合金で安価な二相ステンレス鋼を想定した場合、Nの含有量が高くなり過ぎ、高強度となり過ぎる。それに加えて、熱間加工時に粗大な化合物を形成する。以上の理由から、厚さ方向中心位置におけるフェライト相の面積率は35~65%とする。
【0023】
厚さ方向中心位置におけるフェライト相の面積率は、40~60%であることが好ましい。フェライト相以外の相は、オーステナイト相および析出物である。析出物は炭化物、窒化物、硫化物、または金属間化合物等のいずれでもよい。
【0024】
フェライト相の面積率は、電子線後方散乱回折装置(EBSD)により測定する。具体的には、各深さ位置を中心として100μm×100μmの領域を対象とし、1μmのステップで測定を行うものとする。そして、測定結果からBCC相を特定し面積率を求め、フェライトの面積率とする。
【0025】
2.フェライト濃化層
本発明に係る二相ステンレス鋼においては、表面から深さ方向に少なくとも20μmまでの領域において、フェライト濃化層を有する。本発明において、「フェライト濃化層(α濃化層)」とは、フェライト相の面積率が80%以上である領域を指す。好ましくは85%以上である。
【0026】
上記のα濃化層は、フェライト相の面積率が35~65%である金属組織を有する二相ステンレス鋼が改質されることにより形成されたものである。したがって、α濃化層の金属組織において、残部はオーステナイト相および析出物である。
【0027】
上述のように、α濃化層は、SiOを含む薬剤を母材表面に塗布した状態で、所定の酸素を含有する雰囲気での加熱、保持(熱処理)により、形成される。高温でのオーステナイト相の結晶粒から複数のフェライト相の結晶粒に変態するため、結晶粒が微細化し、具体的には、結晶粒径が1/2以下となる。
【0028】
そのため、本発明に係る二相ステンレス鋼においては、厚さ方向中心位置における平均結晶粒径dcと、表面から深さ方向に20μmまでの領域における平均結晶粒径dsとが、下記(i)式を満足する。
ds/dc≦0.50 ・・・(i)
【0029】
上記のα濃化層は、上記の熱処理により形成され、熱間加工、室温へ冷却後に実施される冷間加工、および、例えば、製品または製品を構成する部品等への成形時にも、同熱処理で形成された割合のまま、少なくともほぼ近い割合のまま維持される。また、鋳片、それらの加工後の熱間圧延板、冷間圧延板の各中間材に対して、上記の熱処理をさらに行うことにより形成、厚さを増加させることも可能である。なお、製品での形成、増加も可能であるが、耐疲労特性のさらなる向上を目的とする本発明では、表面品質の問題より想定しない。
【0030】
なお、厚さ方向中心位置および表面から深さ方向に20μmまでの領域における平均結晶粒径は、フェライト相の面積率と同時に、EBSDにより測定することが可能である。また、平均結晶粒径とは、α濃化層を含み、オーステナイト相およびフェライト相からなる二相組織の全粒の結晶粒径の平均値を意味する。
【0031】
上述のように、フェライト相に富み、かつ粒径が微細なα濃化層を表面に有することにより、初期亀裂の発生を防止し、耐疲労特性を向上させる効果が得られる。α濃化層の厚さが20μm未満では、上記の効果が十分には得られない。そのため、α濃化層の厚さは20μm以上とする。好ましくは25μm以上である。
【0032】
なお、α濃化層の厚さの上限は特に限定しないが、実機製造で想定される高温かつ長時間の熱処理である鋳塊の固溶化熱処理(スラブソーキング)を想定した場合でも数mmが上限と考える。また、熱処理時に5mmを超える厚さとした場合、効果は飽和し、製造コストが嵩むといった問題が生じる。
【0033】
3.寸法
本発明に係る二相ステンレス鋼の寸法については特に制限は設けない。なお、本発明の二相ステンレス鋼を加工後に鋼板として用いる場合には、その板厚は0.2~20.0mmであることが好ましい。
【0034】
4.化学組成
本発明に係る二相ステンレス鋼は、厚さ方向中心位置におけるMn含有量が、質量%で、1.0%以上である。上述のように、本発明においては、オーステナイト安定化合金元素であるMnを一定量以上含有させておくことでオーステナイト相を確保するとともに、表層部において、Mn含有量を減少させることでα濃化層を形成している。Mn含有量が1.0%未満では、上記の効果を得ることができない。
【0035】
Mn以外の元素の含有量については、フェライト相の面積率が35~65%となる限り、特に制限はない。以下に、厚さ方向中心位置における好適な化学組成について説明する。各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0036】
C:0.001~0.060%
Cは、耐食性を劣化させるため、その含有量は少ないほど好ましく、C含有量を0.060%以下とすることが好ましい。しかし、過度な低減は精錬コストの上昇に繋がるため、C含有量を0.001%以上とすることが好ましい。製造性の点から、C含有量のより好ましい範囲は0.010~0.045%である。
【0037】
Si:0.01~1.50%
Siは、強度を高める元素であり、精錬時の脱酸効果を有するため、その含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、過度な含有は、製造時の割れを招くため、Si含有量を1.50%以下とすることが好ましい。製造性の点から、Si含有量は1.00%以下であることがより好ましい。
【0038】
Mn:1.0~4.0%
Mnは、二相ステンレス鋼ではオーステナイト相を安定化させる。加えて、高強度化に有効であり、脱酸効果を有する。一方、過度の含有は耐食性の劣化を招くため、Mn含有量を4.0%以下とすることが好ましい。製造性およびコストを両立するためには、Mn含有量は1.5~3.5%であることがより好ましい。
【0039】
P:0.050%以下
Pは、製造性および溶接性を阻害する元素であり、その含有量は少ないほどよい。そのため、P含有量を0.050%以下とすることが好ましい。しかし、過度な低減は精錬コストの上昇に繋がるため、P含有量を0.003%以上とすることが好ましい。製造性および溶接性の点から、P含有量のより好ましい範囲は0.005~0.040%であり、さらに好ましい範囲は0.010~0.030%である。
【0040】
S:0.0050%以下
Sは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり、熱間加工性を低下させる。したがって、S含有量は低いほど好ましく、0.0050%以下とすることが好ましい。熱間加工性の点から、S含有量は低いほど好ましいが、過度な低減は原料および精錬のコストの上昇に繋がるため、S含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。製造性の点から、S含有量のより好ましい範囲は0.0001~0.0020%であり、さらに好ましい範囲は0.0002~0.0010%である。
【0041】
Cr:19.0~24.0%
Crは、耐酸化性、耐食性を向上する元素である。二相ステンレス鋼として十分な耐食性を確保するために、Cr含有量を19.0%以上とすることが好ましい。しかし、過度なCrの含有は高温雰囲気に曝された際、脆化相であるσ相の生成を助長することに加え、合金コストの上昇を招くため、Cr含有量を24.0%以下とすることが好ましい。製造性の点から、Cr含有量のより好ましい範囲は20.0~23.5%である。
【0042】
Ni:1.0~5.0%
Niは、耐食性を向上させ、二相ステンレス鋼ではオーステナイト相を安定化させる。耐食性向上のために、Ni含有量を1.0%以上とすることが好ましい。一方、Niは希少金属に分類され高価であるため、その含有量を5.0%以下とすることが好ましい。製造性の点から、Ni含有量の好ましい範囲は1.5~4.5%である。
【0043】
N:0.050~0.25%
Nは、耐食性を向上させる元素であり、またNiと同様にオーステナイトを安定化させるため、Niの代替として用いることができる。N含有量が少ない場合には十分な耐食性が得られない場合がある。そのため、N含有量を0.050%以上とすることが好ましい。一方、N含有量が多い方が耐食性には効果的であるが、溶製時に窒素ガス化して気泡を生成する場合があるため、N含有量を0.25%以下とすることが好ましい。製造性の観点から、N含有量のより好ましい範囲は0.10~0.20%である。
【0044】
Al:0.003~0.050%
Alは、脱酸元素として用いられる。脱酸元素として0.003%以上含有すれば効果があるため、Al含有量を0.003%以上とすることが好ましい。一方、過度の含有は硬質化を招くため、Al含有量を0.050%以下とすることが好ましい。製造性の観点から、Al含有量のより好ましい範囲は0.005~0.030%である。
【0045】
Ti:0~0.050%
Tiは、C、Nと結合し、溶接部耐食性の向上および高強度化に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。一方、過度の含有は耐食性の低下および合金コスト増を招くため、Ti含有量を0.050%以下とすることが好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、Ti含有量を0.010%以上とすることが好ましい。
【0046】
Nb:0~0.15%
Nbは、C、Nと結合し、溶接部耐食性の向上および高強度化に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。一方、過度の含有は耐食性の低下および合金コスト増を招くため、Nb含有量を0.15%以下とすることが好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、Nb含有量を0.02%以上とすることが好ましい。
【0047】
Mo:0~2.0%
Cu:0~3.0%
W:0~2.0%
Mo、CuおよびWは、耐食性の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。一方、過度の含有はコスト増加および熱間加工性の低下を招く。そのため、Mo含有量を2.0%以下、Cu含有量を3.0%以下、W含有量を2.0%以下とすることが好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、これらの元素から選択される1種以上の含有量を0.05%以上とすることが好ましい。
【0048】
Mg:0~0.0050%
Ca:0~0.0050%
REM:0~0.30%
B:0~0.0040%
Mg、Ca、REMおよびBは、熱間加工性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。一方、過度の含有は製造性を阻害することに繋がる。そのため、Mg含有量を0.0050%以下、Ca含有量を0.0050%以下、REM含有量を0.30%以下、B含有量を0.0040%以下とすることが好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、上記効果を発揮するため、Mg:0.0002%以上、Ca:0.0002%以上、REM:0.005%以上、B:0.0003%以上から選択される1種以上を含有することが好ましい。
【0049】
上記の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0050】
また、上述のように、α濃化層はMn含有量を減少させることによって形成することができる。そのため、厚さ方向中心位置におけるMn含有量より、表面から深さ10μmにおけるMn含有量の方が低くなることが好ましい。すなわち、厚さ方向中心位置におけるMn含有量をMnc(質量%)、表面から深さ10μmにおけるMn含有量をMns(質量%)とした場合に、Mns/Mncの値が1.0未満となることが好ましい。厚さ方向中心位置および表面から深さ10μmにおけるMn含有量は、電子線マイクロアナライザー(EPMA)により測定可能である。
【0051】
5.製造方法
本発明の二相ステンレス鋼でα濃化層を形成するための製造方法について説明する。上述のように、SiOを含む薬剤を母材表面に塗布した状態で熱処理することにより、母材表層部においてMnのみを選択的に酸化させて含有量を減少させる。そして、オーステナイト安定化合金元素であるMnが欠乏する結果、オーステナイト相が不安定化する。そのため、高温ではオーステナイト相である結晶粒が、冷却により複数のフェライト相の結晶粒に変態することで、微細粒からなるα濃化層が形成するものと考えられる。
【0052】
Mnのみを選択的に酸化させ、十分な厚さのα濃化層を形成するためには、熱処理条件、特に雰囲気を適切に調整する必要がある。上述した化学組成を有する鋼片、具体的には、鋳塊、熱間圧延板および冷間圧延板の各中間材に対して、以下に示す条件で加熱することによって、各中間材にて20μm以上の厚さを有するα濃化層を形成、増加し、最終的な製品板において残存させることが可能である。なお、製品板での形成、増加も可能であるが、耐疲労特性の更なる向上を目的とする本発明では、表面形状の問題より想定しない。
【0053】
処理条件について詳しく説明する。
【0054】
SiOを含む薬剤を母材表面に塗布した状態で、O濃度を2~10体積%である雰囲気中において、1200~1300℃で5h以上加熱する。加熱後には、熱間圧延を実施してもよい。
【0055】
<SiOを含む薬剤>
SiOを含む薬剤としては、SiO系酸化防止剤が挙げられる。また、SiO系酸化防止剤としては、例えば、SiOを体積%で45%以上含む混合酸化物が挙げられる。塗布量は0.3g/cm以上とすることが好ましい。
【0056】
<雰囲気>
加熱時における雰囲気中のO濃度を2~10体積%とする。O濃度が2体積%未満では、Mnを酸化させることが困難になるおそれがある。一方、O濃度が10体積%を超える場合、Mn以外の元素も酸化してしまい、α濃化層が得られない場合がある。このため、雰囲気中のO濃度は10%以下とする。O濃度8%以下であるのが好ましく、5%以下であるのがより好ましい。
【0057】
<加熱温度>
加熱温度は1200~1300℃とする。加熱温度が1200℃未満では、Mnの酸化が不十分となり、α濃化層が得られない。一方、1300℃を超えると、Mn以外の元素も酸化してしまい、α濃化層が得られない場合がある。また、局所的に深いスケールが形成される異常な酸化が起こる可能性が高まることに加えて、生成スケールが多くなり、材料ロスにより歩留りが低下し、製造コストが嵩む問題がある。加熱温度は1210℃以上であるのが好ましく、1290℃以下であるのが好ましく、1280℃以下であるのがより好ましい。
【0058】
<保持時間>
加熱時の保持時間は5h以上とする。保持時間が5h未満では、Mnの酸化が不十分となり、α濃化層が得られない。一方、30hを超えて加熱しても効果は飽和し、コストが嵩むばかりであるため、製造性の観点から保持時間は30h以下とすることが好ましい。
【0059】
さらに、α濃化層の厚さは、前記の熱処理とともに熱処理後の脱スケール方法に依存する。本発明の二相ステンレス鋼は、加工された上で使用される製品板において、α濃化層が20μm以上の厚さで存在することにより優れた効果を発現する。しかし、上記の厚さを満足しつつも、不適切な脱スケール方法では、α濃化層が減厚または消失する可能性もある。
【0060】
脱スケールは、ショットブラスト後、適切な酸洗により達成され、その一例を説明する。
【0061】
<脱スケール条件>
まず、スケールの破砕、除去を目的とするショットブラストを実施する。スケールは、母材金属のように組成変形するものではなく、ショット粒はできる限り小さな粒径が望ましく、多数であることが効率的である。材質は、母材に付着しないことが望ましいが、その後に酸洗を実施することから鋼球の使用で構わない。また、母材への付着、押込みが生じない範囲で強い圧力での噴射が望ましい。
【0062】
次に、1~10%の佛酸と2~20%の硝酸とを含む水溶液をノズルから吹き付けることにより、スケールを飛散、除去することにより、優れた特性を発現される。佛酸と硝酸とを含む水溶液はスケールのみを腐食除去し、α濃化層を腐食しないことが最も望ましく、低い濃度であることが好ましい。佛酸の濃度は、好ましくは8%以下、さらに好ましくは6%以下である。また、硝酸の濃度は、好ましくは15%以下、さらに好ましくは12%以下である。各酸の濃度の下限値はスケールを腐食除去するために、佛酸1%以上、硝酸2%以上が好ましい。
【0063】
本発明の製造方法は、上述した化学組成を有する二相ステンレス鋼に対して、α濃化層の形成を目的とする熱処理と残存を目的とする脱スケールの実施を特徴とし、優れた特性を達成するものである。すなわち、(1)鋳塊を前記熱処理後に前記脱スケール、(2)鋳塊の前記熱処理後に熱間圧延に続けて前記脱スケール、(3)熱間圧延板を一般的方法で脱スケールに続けて前記熱処理後に前記脱スケール、(4)冷間圧延板を前記熱処理後に前記脱スケールなどである。製品板に20μm以上の厚さのα濃化層が存在することにより、優れた効果を発現する。
【0064】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0065】
表1に示す化学組成を有する二相ステンレス鋼を溶製し、1200℃で加熱した後、幅100mm、断面減少率95%の条件で熱間圧延、続けて、1100℃×30min保持の固溶化熱処理を実施した。その後、ショットブラストを施した後、表面を切削加工し、厚さ4mm前後の熱延板を得た。なお、化学成分は成分調整後かつ鋳造直前の溶湯の中心部より必要量の試料を採取し、表1に示す元素について平均値を測定した。また、切削加工は各熱延板ともに同様に実施し、同一の表面形状(粗さ)となるように調整した。
【0066】
【表1】
【0067】
その後、SiOを体積%で50%含むSiO系酸化防止剤を、塗布量が0.5g/cmとなる条件で塗布し、熱処理を行った。熱処理時の加熱温度、保持時間、加熱時の雰囲気を表2に示す。加熱時の雰囲気は表2に示す濃度のOを含み残部がNである混合ガス雰囲気とした。
【0068】
次いで、スケールの破砕、除去を目的とするショットブラスト後、1%佛酸および2%硝酸の水溶液をノズルから1分間吹き付けることで、表面に形成したスケールを除去した。さらに、表面粗さRa≦0.3μmのワークロールを用いた冷間圧延により厚さ2mmに減厚した後、25%窒素と75%水素の混合雰囲気中において1000℃加熱で3min保持の熱処理を実施した。
【0069】
そして、スケール除去後の試験材を組織観察および評価試験に供した。なお、スケール除去前後の断面観察の比較より、全ての試験材において、スケールのみが除去されていることを確認した。
【0070】
【表2】
【0071】
まず、上記試験材から組織観察用の試験片を切り出した。そして、圧延方向に垂直な断面を観察面とし、EBSDにより測定した。なお、結果の解析は、TSL社製OIM Analysis ver.7.3.0を用いて実施した。そして、板厚中心位置と表面付近とのそれぞれについて、フェライト相の面積率、ならびにオーステナイト相およびフェライト相の平均結晶粒径を求めた。
【0072】
なお、各測定は、オーステナイト相およびフェライト相の両相を含む10以上の粒が測定対象となる状態で実施した。値の変動を抑制し、より正確な平均値を得るためには、20以上の粒を測定対象にすることが好ましい。
【0073】
各深さ位置での測定は、所定の深さを中心として、幅800μm×深さ40μmの領域について1μmの間隔(ピッチ)で実施し、その領域での平均値を採用した。なお、測定は幅800μmの一辺が、最も近い試験片の表面と最も平行になるような状態で実施した。
【0074】
また、表面近傍については、例えば、最表面の場合、幅800μm×深さ20μmの領域、深さ10μmの場合、幅800μm×深さ30μmの領域、深さ20μmの場合、幅800μm×深さ40μmの領域について測定した。すなわち、表面から深さ20μmまでの場合、幅800μm×深さ40μmよりも狭い範囲の試験片断面での平均値となる。
【0075】
さらに、測定結果について、スケールまたは局所的に材料が存在しない部分が含まれた場合、平均値の算出時に除去した。そして、フェライト相の割合が80%となる深さ位置を特定し、表面から当該深さまでの距離をα濃化層の厚さとした。
【0076】
また、同様の領域での結晶方位の測定結果より、結晶の角度の差が15゜以上となる部分を境界とし、それらに囲まれた部分の面積を円相当径に換算した値より円相当径を算出し、結晶粒径とした。
【0077】
次に、同じ試験片を用いて、EPMAによる線分析を実施し、厚さ方向中心位置におけるMn含有量(Mnc)および表面から深さ10μmにおけるMn含有量(Mns)を測定し、その比(Mns/Mnc)を算出した。なお、線分析は、直線にて長さ200μmを1μmピッチにて、各点を1秒保持で測定した。また、長さ200μmの直線での測定は最も近い試験片の表面と最も平行になるように実施した。
【0078】
続いて、耐疲労特性の評価試験を行った。耐疲労特性の評価は、JIS Z 2275に従い、以下の曲げ疲労試験により行った。試験片はJIS1号試験片を用いて、両振り式の平面曲げ疲労試験機にて板表面での曲げ応力が500N/mmでの繰り返し曲げを行った。そして、10回繰り返し後の破断の有無を調査し、破断しなかった場合を○、破断した場合を×として評価した。
【0079】
それらの結果を表2にまとめて示す。
【0080】
表2に結果を示すように、試験No.1~6では、本発明の規定を満足するため、耐疲労特性に優れる結果となった。それらに対して、比較例である試験No.7~11では、α濃化層が形成されず、耐疲労特性が劣る結果となった。
【0081】
具体的には、試験No.7、8および10では、加熱温度および/または保持時間が不適切であったため、α濃化層が形成されなかった。また、試験No.9では、SiO系酸化防止剤を塗布していなかったため、厚い酸化スケールが形成し、その直下に濃化したNの影響によりオーステナイトが安定となり、フェライト相の面積率が著しく低下する結果となった。さらに、試験No.11では、元々のMn含有量が低く、Niによりオーステナイトが安定化されているため、Mnを選択的に低減してもフェライト相の分率を十分に上げることができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、高い強度を有するとともに、耐疲労特性に優れた二相ステンレス鋼を工業的に安定して得ることができる。